中国内陸「反原発の村」ルポ
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/images/PK2012050202100037_size0.jpg 写真: 対岸の原発建設予定地を指さして不安げな表情を浮かべる安徽省安慶市望江県の住民ら
東京電力福島第一原発の事故後、近隣住民が建設中止を求めた中国江西省九江市彭沢(ほうたく)県の「彭沢原発」で、
認可時に地元政府や電力会社が虚偽資料を提出していた事実が明らかになり、住民の怒りを買っている。民意調査では住民を
買収して「賛成多数」をねつ造、周辺環境の資料も改ざんしていた。中国政府は原発の新規建設を近く再開するとみられるが、
住民らは「民意を無視して着工はできないはず」と反発している。 (安徽省望江県と江西省彭沢県で、今村太郎、写真も)
「原発が、こんなに危険だったとは…」。長江沿いにある安徽省安慶市望江県。張国富さん(60)は昨年三月、福島原発事故の
ニュースを見て背筋が寒くなった。長江の対岸ではすでに彭沢原発の基礎工事が始まっていた。わずか数キロ先だ。
彭沢原発の建設については、二○○六年ごろ、望江県の住民に対しても民意調査があった。当時、同県磨盤村トップの共産党
村支部書記だった韓正発さん(58)は本紙の取材に、「対岸にある村の政府や電力会社から、賛成の取りまとめを依頼された」と
明かす。
「原発が何なのかもよく理解していなかった」という韓さんは、村民に「全ての質問に賛成と答えれば“手間賃”がもらえる」と呼び掛けた。
“手間賃”は現金五十元(六百五十円)やタオル、洗剤、豚肉などだった。原発の危険性について説明はなく、村民の大多数が訳も
分からぬまま賛成と答えた。周辺の村でも、同様の買収行為があった。
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周辺環境について電力会社が国に提出したデータも、軒並み改ざんされていた。地元関係者によると、建設予定地の直下には
活断層があり、過去十年でマグニチュード(M)5・7を含む五度の地震が発生。だが、報告書では「付近に断層はなく、地震の少ない
地域」とされていた。
中国政府の原発建設基準は、半径十キロ内の人口は十万人以下と定める。だが、彭沢原発の場合、流動人口を含めると
約二十万人。
磨盤村に住む李樹全さん(74)は、「何も考えずに賛成していた」と悔やむ。
望江県の住民は、大半が反対に回った。県政府は昨年十一月、民意に押される形で、省を通じて中央政府に建設中止を要請した。
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一方、建設予定地の江西省彭沢県は、すでに原発特需に沸いている。基礎工事にダンプカーが出入りし、入り口には電力会社の
看板が掲げられた。現場近くには、電力会社職員や建設作業員を当て込んだ飲食店が次々とオープン。大規模な商店街の整備も進む。
建設予定地住民の移転などを進めた同県船形村の許交春・前党支部書記(46)は「年間二十億〜三十億元(二百六十億〜
四百億円)の税収に加え新規雇用も生まれ、地域経済への効果は抜群」と期待する。対岸での反対運動には「ねたみがあるのだろう。
自分たちも原発を誘致すればいい」「日本のような大地震はない。中止になったら、誘致の努力が台無しだ!」とまくしたてた。
中国政府は、福島の事故後に凍結していた原発の新設審査と新規建設を、近く再開するとみられる。しかし、彭沢原発が事故を
起こせば長江下流の上海など大都市にも影響が及びかねず、中国メディアも反対運動の経緯を詳しく報じている。
<彭沢原発> 原子炉4基(発電能力は各約100万キロワット)を設置し2015年に稼働、中国内陸部で初の原発となる予定。
中国紙によると、すでに第1期工事の認可を国から受けている。長江沿いの内陸部では計22カ所で原発建設が計画され、電力不足
解消などが期待される一方、事故時の冷却水不足を指摘する慎重論もある。
東京新聞: 2012年5月2日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2012050202000098.html