【日韓】韓国に沙也可の足跡伝える韓日友好館オープン[04/29]

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149<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん
わかっていることは、
韓国側
!)朝鮮王朝実録に「降倭僉知沙也加」の記載があること。←信頼できるようだ
2)承政院日記に「降倭領将金忠善」の記載があること。←事実らしい
3)金忠善の子孫がいて沙也可の伝承を持っていること。
4)沙也可の伝承は金氏所蔵の「慕夏堂文集」に詳しく書かれていること。
日本側なし。
文献は大量にあるが、金氏伝承どおりの大物武将沙也可に該当する人物がいない。


そこで、私見「沙也可=豊臣時代の猫ひろし」論を展開したい。
つまり、沙也可は加藤清正軍の雑兵だったのだ。隣村のせがれ作左衛門だったのだ。

金氏伝承の沙也可は勇猛果敢な武将である。名もない雑兵との差は大きいが、
慶長・文禄の役の日本側記録による朝鮮兵のだらしなさ、弱卒ぶり、
さかのぼって、応永の外冦の朝鮮側記録の朝鮮軍の決定的な弱さ など勘案すると
日本の雑兵でも十分大物武将として朝鮮でやっていける。さらに将軍になるのも
可能だと思われるのである。金氏側も日本の大物武将であって欲しいという願いが
慕夏堂文集に加藤清正軍の大物武将と得意の捏造ででっち上げたわけである。

こう考えると、日本側文献に無いのも首肯できる。すべてがつじつまが合う。
「沙也可=豊臣時代の猫ひろし」論は以上です。長文ゴメン。