天安門広場、赤の広場、金日成広場は革命と権力誇示と抵抗の舞台だ。そして天安門広場は
世界最大の広さで、赤の広場は世界遺産になった美しさでも知られる。では金日成広場は?
「英雄的朝鮮人民軍将兵諸君に栄光あれ!」
1992年4月。朝鮮人民軍創設60年式典で金正日氏がお立ち台から初めて甲高い声を発して
以来、広場は北朝鮮の「顔」である。金日成、金正日父子の葬列がここに集合し、金正恩氏が
金正日生誕70年軍事パレードを閲兵した。来月15日には金日成生誕100年の祝典が、25日
は人民軍創設80周年の軍事パレードが行われる。数十万人の住民らが近くの沿道に晴れ着
姿で集まることだろう。
だが、金日成広場に軍人や群衆のためのトイレはない。だから、軍人たちは前日から極力、水
を飲まない。広場の地下に数カ所のトイレがあるらしいのだが、入り口は近年通行止めだ。ち
なみに天安門広場は周囲の歩道の溝に水を流して臨時トイレにしている。
北朝鮮の数十万人の軍人や住民は、国家行事の前日から市内各所に集合を命じられる。人々は
やむなく道端で用を足し、厳冬も盛夏も金一族の行事のため野外で夜を明かす。実に非人道的、
非生産的な人力浪費の限りだ。
綾羅島メーデースタジアムで行われるマスゲームには、10万人の平壌市内の小中学生が招集
される。訓練は6カ月から1年間続くが、子供たちは喜んで練習するという。ほうびにもらえるわずか
なお菓子や学用品のためだ。いま、平壌の少年少女は来月の本番に向けて金日成生誕100年
マスゲームの練習に余念がないだろう。子供たちはマスゲームにはトイレ用のビニール袋などを
持っていく。
国家や組織が主導するマスゲームなど、一糸乱れぬ集団行動というのは政治思想的な意義が
大きい。ある集団や国家を、生命体、有機体とみなそうという意図が背後にあって、熱狂や陶酔
を作り上げる。だから中国も旧ソ連もヒトラーのドイツにもマスゲームがある。「有機体国家論」
はナチズム体育学を生み出し、「個人は国家の肢体」とみなされた。
北朝鮮のマスゲームは、スターリン主義者だった金日成がソビエト体育事業から導入した。初演
は1948年だ。幼い児童を動員するアイデアは金日成が考えた。おなかをすかせた子供たちが
国家威信をかけた生誕100年のメーンイベントを演じる。(編集委員 久保田るり子)
MSN産経ニュース 2012/03/19
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120319/kor12031907190001-n1.htm