【国際】南宋滅亡後、日本人が中国を軽視するようになった理由…「異民族統治の元朝以降、中国に“本当の中国人”はいない」[4/26]★2
2011年4月20日、ある中国人ジャーナリストがブログサイト・新浪ブログで「元代以降の日本による中国軽視」の原因を分析した。
隋・唐代の中国は日本の師であり、宋代の中国は日本が思いを馳せる場所だった。しかし、続く元・明・清は大国であったにも
かかわらず、日本にとって敵となった。なぜだろう。中国に対する隣国の態度の変化をみることで、中世以降のわが国が失った魅力、
ひいては国際社会における地位の変化を知ることができる。
秦から隋・唐の時代まで、日本は中国を手本としていた。唐代に日本の中国文化崇拝は頂点に達し、宋代までは我々の文化の
吸収に努めていた。しかし日中両国が交流を進める中、日本のエリートたちは、中国人が持つ時代遅れの観念、為政者の統治感覚
の欠如に気付く。
やがて南宋が元に滅ぼされる。漢民族がモンゴル民族に打ちのめされ、日本は中国に対する見方を大きく変え始めた。日本の中に
“政治大国としての東洋のリーダー”であらんという意識が芽生え始めたのだ。さらに、二度の元寇が失敗すると、日本は自信をさらに
強めることになった。「漢民族を滅ぼした蒙古を、日本人は打ち負かしたのだ」と。
元代以降の中国に日本が敵対をはじめた理由には、こうした政治的側面以外に、日本人の中国文化に対するコンプレックスも
背景にあると考えられる。宋代までの中国に対する日本人の憧れは強かった。宋が元に滅ぼされ、日本人は考えた。異民族が統治
した元朝以降の中国に“本当の中国人”はいない、と。
17世紀以降、たびたび外敵の侵攻を許したわが国は弱体化する。逆に明治維新を成功させた日本は、ついに“打倒中国”の準備
を本格化した。中国軽視は一層激しくなり、日本の指導者は「もはや中国に希望はない」とまで考えるようになったのだ。
ソース(Record China)
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=50870 モバイル版URL :
http://rchina.jp/article/50870.html 前スレッド(★1が立った日時 2011/04/26(火) 20:10:31.69)
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1303816231/
嘘吐きだからだよ
ちょっと何言ってるか分からない。
あぁ朝鮮は関係ないから書き込まないでくれる?
↓
嘘をつく、責任を取らない、外国で犯罪ばかり犯す、謝らない、大声でうるさい、大勢で生活保護を不正受給する、マナー最悪、中国人社会から外に出ようとしない、
6 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:10:49.98 ID:mixkSq3s
義満って明の冊封うけてなかった?
7 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:11:46.77 ID:iekUDFs5
「本当の中国人」は今の中国にはほとんどいないだろうな。
今の中国人(一応漢民族と呼ばれている)はドブネズミのような生命力と繁殖力だけが旺盛な「雑種」と言う感じだ。
中国文化のうち日本でブームになったのは仏教・禅宗くらいなもので、単に宋以降それが廃れたからじゃないの?
大国かどうかなんて関係無いような
>>6 ほとんど歴代の足利将軍は朝貢貿易しとったはず
自分達の犯罪の矛先を日本に向ける、恐喝、領土を後から主張してウザイ、国際社会に非協力的、中国共産党大嫌い、チベットでの非人権的弾圧、灰色収入の常態化、レアアースを政治取引にする、頭の悪い中華思想
11 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:15:41.22 ID:igaBl+po
清朝の最後の方まではアジアのリーダーとしての中国に対する淡い期待はあったと思うけどね
「ああもう中国はダメだな」と確信したのは北洋艦隊でわが国を脅しに来た時だろうなあ
唐代にはくすきのえで対立したよな?
13 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:16:43.00 ID:oFijj+uj
>>3 騎馬民族に抵抗した南宋→南宋滅亡→漢民族の混血化が進む→純粋な漢民族が減少
宗主国に逆らった朝鮮地区→朝鮮惨敗→毎年朝鮮地区の美人数千名を宗主国に上納→美型DNAが失われる
こういう事じゃね!?
14 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:17:08.26 ID:gc1nYv1/
日清戦争が決定的だったな
まぁ度重なる戦乱や政治不安で輸入品の質の低下もあったようだし
過去ほど文化的に尊敬できる国ではなくなったのは確かだろう。
現代に関しては言うまでも無い。
16 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:18:11.76 ID:DOuph1Nj
今の中国人には尊敬に値するものがない
やってることは民族同士の領土争いばっかりで毎回1から同じことの繰り返しで
何千年も無駄にしてるんだもんなwww
18 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:19:38.20 ID:+nptXs7E
>>1 中国も韓国と似たようなこというようになってきたな
そんなに日本に対してコンプレックスあるのか?
19 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:20:22.04 ID:OIuaCFET
円仁上人の渡唐記の時点で 円仁上人は なぜか上から目線で唐人見てたような
20 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:21:16.49 ID:Mii0I/zf
中華を自認するなら、「辺境」にある日本の考え方なんて気にしちゃ駄目だよ
もう自分らが中華じゃない事を暗に示してもうてる
21 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:23:38.63 ID:mPJco1Fu
遣唐使の廃止ってもう唐が必要なくなったからじゃなかった?
利害関係、つまりそういうことだろ
日本はアジアのリーダーたろうとか別に考えて中国を軽蔑したり恐れてる訳じゃない
情けねー言い訳して武力や金の力にものを言わせてアジア周辺国に脅しをかけてるその姿に深く失望してんだよ
恐喝でアジアの盟主になれるわけねーだろ頭悪いな
23 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:24:30.37 ID:PkMxAeLt
小野妹子に「日出る天子から日沈む天子へ」の書状送った時からだよ
>>19 こういう話がさらっと出てくるのが東亜だなあw
戦国時代以前の日本で大陸の政情がどうこうなんて
意識の端にも上ってなかったと思うんだが
中国自身のなにがしかのコンプレックスを鏡映しに見てるだけじゃないのか、この記事は
日本の唯一の救い(?)は、先の大戦で降伏した相手の首魁が
黄色人種でなかった事と人種差別主義が多分に入っていたからだな。
労働力として使う事はあっても、他民族プレイが好きなヤツは少なかった。
単純に周りの国に何も与えないからなんじゃ
28 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:30:35.43 ID:YB25icgQ
>>二度の元寇が失敗すると、日本は自信をさらに強めることになった。
>>「漢民族を滅ぼした蒙古を、日本人は打ち負かしたのだ」と。
元寇は2回とも台風の時期に来ちゃって日本「ラッキー♪」元「神風オソロシス(((( ゚д゚;))))」じゃなかったっけ?
「漢民族を滅ぼした蒙古を、日本人は打ち負かしたのだ(`・ω・´)」こんなホルホルした?
支那事変の時期についてだけは当てはまる捉え方だと思うけどな。
天皇が皇帝を下属させたり北平・南京の陥落に狂喜したり。
「八紘一宇」に名を変えた小中華思想の暴走だわ。
30 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:31:38.30 ID:wI1EjVRS
>>19 日本人は天竺(インド)文化を尊敬していたのであって唐文化は眼中に無かった
さらに唐は文化ストロー国家でしかなく。
サンスクリット経典を漢訳してしか渡さないので
むしろ邪魔にすら思っていた。
31 :
【東電 80.5 %】 :2011/04/27(水) 19:32:12.97 ID:hmNSg+Lv
>「漢民族を滅ぼした蒙古を、日本人は打ち負かしたのだ」と。
いや、日本人はそこまで自信家じゃないよ。
ほとんど台風のおかげだし。
32 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:36:53.58 ID:iht1DAoC
>日本の中に“政治大国としての東洋のリーダー”であらんという意識が芽生え始めたのだ。
過大評価にもほどってものがあるだろW
>>30 一応唐は強大な文化国家だったのでは?
途中でもう学ぶもんないから要らないになったけど。
仏典の漢訳に関しては、中華思想のせいかと。
三蔵法師からして元のサンスクリット教典捨ててたりするし。
>>28 だから中国はいつまでも日本人を理解できずにトンチンカンな事を言ってるんだろう
つーか、中国人は日本人がんな事で優越感持ってるとでも思ってるのかよ?それこそ劣等感ありすぎだろ
中国は盟主を、誰も彼もが貢いでくれるものとでも思ってるのか。権力は他の弱いものを守る為にあるんだ。それを与えずに認めてもらおうとするなよ。守れば頼りにされる。信頼を周辺国に与えろ、武力を自分を肥え太らせる為に使うな
青磁がなくなったのは残念
36 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:40:02.77 ID:IFpIQJ6l
随、唐だって、北からやってきた鮮卑族だろ。
そもそも殷だって、北からやってきて夏を滅ぼした異民族。
北から異民族がやってきて、前王朝を滅ぼして、中原に居座る。
それの繰り返し、しかも前王朝の文化を受け継ぐわけではない。
随、唐の時代にすでに古典とは乖離した文化の国となっており、
わざわざ人を派遣する意味がなくなって、
古典を輸入するだけで用が足りることに気が付いただけでしょ。
最近良いニュースないけどバブルはじけたん?
遣唐使の廃止くらいから、中国文化に対する敬意みたいなもんは
どんどん薄くなっていったのは確かだな。
まあ逆に言えば、学ぶものが無くなったから廃止したってことなんだが。
実際、今の日本人の中国文化に対する敬意も、唐代以前のものに集中してる感じだしな。
>>26 宗の頃の日本が「東洋のリーダーに」なんて考えると思ってる事自体
中華思想の酷さが浮き出てるな。
結局中国人には「支配する」か「支配される」か、って思考しか無いんだろうな。
中国はしばしば、なぜ日本は米国に従うのか好きなのかと思い、それが強い国だからだという結論に達し、日本に強い態度に出るが、日本人は強い国だからアメリカと付き合ってんじゃない。最低限の約束を守る安心があるからだ
中国が盟主に戻りたいなら約束を守れ、嘘を付くな、信頼される国に国民共々なれ
まぁでも珍しく大体あってる
表現がおおげさになりがちなのはお国柄でしかたないさ
42 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:45:49.29 ID:DOuph1Nj
いつも思うけどレコチャイの記事書いてるのは中国人じゃなくて朝鮮人だろ
43 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:46:48.76 ID:3t+DKB9V
江戸の文化とかまったく分析せずに記事かいてるなこれ。
もし中国人が唐以前の礼節を身に着けたなら、いい友になれるかもね
まずは衛生観念からちょっとずつ覚えてほしい
45 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 19:53:43.15 ID:oOC5jX3U
中共支配になってからはただの基地外国家
徽宗が頭を抱えて一言
↓
47 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:00:02.31 ID:YC529IZ3
漢字の起源みたいなもんか。
韓国なわけはないけど、今の漢民族ってわけでもなく、
いわゆる客家と呼ばれる少数民族が本来の漢民族で起源なわけだしな。
そもそも隋とか唐だって漢民族じゃないだろ
>>28 ホルホルしてるどころか、元の集団戦法がそれ以降日本に取り入れられるようになった。
それまでの鎌倉武士は、一騎がけして戦うという、何とものどかな戦だったw
なので、結構あれは大きな出来事なのだよな。
50 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:04:04.60 ID:AMK7txbP
古代文明で黄河文明ほど文化遺産が残っているものないし
エジプトなんか残骸だけ古典もほとんどないし
日本は古代の中国文明を尊敬しているだけで
今の中国なんて日本語翻訳流用で日本文化のパクリでしょ
51 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:05:28.87 ID:QCL8NvCY
満州族の辮髪と全く同じではないだろうけど、唐の鮮卑族は辮髪してたって本当?
肖像画見ても冠被っていて分らない
俺はなんとなく今の日本は宋の時代に似ているような気がするんだよね。
文化だけは変に一流な一方で過剰な平和主義、すなわち何の権限もない軍隊に
加え、なんでも金で解決しようとする土下座外交…
数百年後の韓国の教科書には、昭和平成の時代は日本が一目置かれた最後の時代だった
なんて記載されるんじゃない。宋同様に。
53 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:11:43.56 ID:tQePA+fF
五胡十六国時代に漢民族の血は、周辺民族とぐちゃぐちゃに入り混じってしまっている。後は推して知るべし。
卑弥呼の時代の後、神武東征のことがシナ史で不明なのは、その為である。
54 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:14:22.87 ID:9ErL+uot
中国に“本当の中国人”はいてない
>>52 数百年後に韓国がある気がしない
そしてそもそも、かの国の教科書はウリナラファンタジーだ
56 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:17:18.94 ID:3t+DKB9V
北京て中国の首都だけど
蘇州、杭州あたりが本物の中国だと思ってる。
あそこの気候風土の良さは異常。
57 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:17:57.09 ID:JMxgJ3b/
今でも三國志や項羽劉邦などの時代は人気あるじゃない
戦力や文化の国の魅力の他にも、日本は中国には、徳や信義に重きをおいていた時代の考え方に魅力を感じていたのじゃないかな
大戦後の日本と同じく、他民族に征服されると卑屈になる
日本から見た元以降の中国は拝金主義や戦力を前面に押すだけの只の大きな国でしか無くなった
ならば、経済や戦力が逆転すれば後はしかり
58 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:20:32.80 ID:tQePA+fF
シナ人の血ほど汚いものはない。だからシナ人の信ずるものは、昔はヒスイ今は金。
三国志の頃の中国人はかっこよかったよ
日本の中で自然とそんな変化が起こるほど
交流が盛んだったのかな
常識程度の知識しかないけど、元が攻めてきたからじゃないのか
>日本から見た元以降の中国は拝金主義や戦力を前面に押すだけの只の大きな国でしか無くなった
拝金主義ってところはまさに今の日本だよな
精神的に立ち直らないと、日本も中国みたいになっていくかもな
62 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:30:37.55 ID:JMxgJ3b/
>>61 きっと台湾やタイまたはトルコのような親日的な国々が残念がっているよ
うん
つくづく台湾は日本にとって救いだね
支配者と被支配者の関係で理不尽もあったろうけど
それでも戦前日本の精神を肯定してくれてる
意味わからんwwww
元寇は退けたかも知れんけど、その恐怖は消えずに防人常駐させて防備固めてただろ。
65 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:41:16.08 ID:d+FzArz+
このスレで王朝の順番を再認識致しました
Fラン卒
66 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:43:27.82 ID:VmKDCf7O
>>61 大陸に「あんな風には成りたくない」という中国が常にいて
今みたいに昔も反面教師的な感じだったのかも
67 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:47:50.01 ID:BJQ7lrfV
ゴミはちらかり放題
そこらじゅうで排便排尿する
情を理解してない
自分さえ良ければよい
義理が通じない
人を騙すのを何とも思わない
これらのどこら辺が尊敬に値するのか?
68 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:51:21.21 ID:mLmsFrgS
>>51 辮髪なんか野蛮な格好はしてない。
唐は一応は漢民族の国ということになっている。
鮮卑系だったのかもしれないが一応漢文化に染まっていたから。
69 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:53:06.33 ID:88gqu9EO
確か今の漢民族は実はモンゴル人と聞いた事あるね
70 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:53:43.50 ID:SfDgiZSq
私達が尊敬してた中国の人達はどこに行ってしまったんだろうと思う時は確かにあるかも
別に全ての人が入れ替わった訳じゃないだろうし、尊敬できる人もいるんだろうけど
楚も建国当時は蛮族扱い、秦も異民族扱い。
中華とは何かって遡っていくと異民族に蹂躙されては逆に組み込んで行って概念の拡大をして行ったんだよね。
「昔の中国は〜」って良く聞くけど、ちょっと待ってほしい
現在まで伝わっている情報はごく僅かであり
漢詩や水墨画といった芸術作品はあくまで「理想化された中華」であり
実体を表すものではないと、心に留めておくべきではなかろうか?
つまり、昔の中国人は確かに偉大な人物もいただろうが
大部分の人民は今と大差なかったんじゃねーかってこと
73 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 20:59:49.75 ID:mLmsFrgS
>>70 いるんだろうね。
中国人はみんな字が上手だと年寄りが言っている。
中国人の筆で書いた字はいいなとおもう。馬の置物などもいいなあ。
中国人は馬が好きなんだろうね。いい面はいっぱいあるけど
北京政府や香港の人たちはなんか韓国人みたいできらい。
74 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 21:05:25.94 ID:1qprkK9C
75 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 21:05:58.46 ID:mOqYQfFx
>>61 日本人の拝金主義だって。。笑わせるな。。ww
アメリカやヨーロッパのグリーディー(強欲)な
グローバリストから比べたら、まるで子供以下。。
在日には確かに「拝金主義」みたいな奴。。金以外信じないって奴いるけど、
日本人は慎ましいもんだよ。。
むしろ、世界第二位の経済大国にも関わらず、なぜこうも日本人は貧しいのか考えるべき。。
76 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 21:12:03.33 ID:MgRDo05s
>>1 大体合ってる。漢民族が滅亡してから、中国から学ぶべき文化は消滅した。
別に軽視してる訳ではない。無視しただけ。
77 :
稗田朝臣無礼:2011/04/27(水) 21:18:42.60 ID:4cYW2I95
>1
一面ではそれなりの分析だが、
日本が中国を軽視するようになったのは、
戦国時代の欧州と接触して、じかに中国以外の高い文明を知り、
細々とでも蘭学の窓を開いていたことが大きい。
欧州の文物を取り入れたことで、中国に対する見方がかなり変化しただろう。
合理的で科学的に物を見る、というのは日本人に備わっていたから、
その視点で見ると、中国は変という観念が生じるのは当然のこと。
78 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 21:22:42.95 ID:JMxgJ3b/
>>71 以前の異民族の支配体制より、元の統治が相当苛烈だったんだろうかな
漢民族は階級も一番下に置かれてたし
徳や信義なんか吹き飛ぶ程に
元も漢の文化には飲まれていったけど、元の支配から当の
>>1の中国が感じてる位に民族的に変わってしまったんじゃないかな
79 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 21:27:42.03 ID:bDAA2c7E
軽視というより諦めてんだよ
ギャーギャーうるさいから無視してんだよ
台湾みたいに歩みよってくればどこだって受け入れるよ
>>75 ホリエモンやら汚せち事件やら見てると、すでに中国人化してきてるように見えるけど
最近では金のために自分の子供にポルノやらせる親もいるそうじゃないか
バブル期の日本がどんなだったか忘れたのか?
経済大国でも日本が貧しいのは外国に吸われてるからだろ
大地震で壊滅的な地域があってもろくに支援せず、そのくせ外国へのODAはやめようとしない
腐敗しきった政治見てると拝金主義としか見えないな
81 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 21:38:31.45 ID:wI1EjVRS
>>50 >古代文明で黄河文明ほど文化遺産が残っているものないし
「黄河文明」なんて実体の無いプロパガンダだよ
東京文化を神田川文明とかいって権威つけしているようなもの。
82 :
伊58 ◆AOfDTU.apk :2011/04/27(水) 21:41:13.55 ID:F6Edehx1
思わず溜息が出てしまった。
軽視するように成ったのではなく、漢籍に書かれていたような高尚な人物でないと気がついたからなのだ。
自分が、称賛されなければ、軽視・蔑視されていると考える中国人の思考も、忌避される原因なのだ。
イデオロギー的にはそうだろうね。北畠親房や山鹿素行なんかは姓がころころ変わるつまり王朝がころころ変わり
異民族に支配されているシナを見下しているからね。
84 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 22:04:26.96 ID:S4fW3Whc
「本当の中国人」とか言っても、
日本人になりすましてる中国人は平気で「我が家の先祖は江戸時代に大店の薬問屋で(ry」
などと言い張って決して元中国人だったことを認めようとしないし、
欧米に住んでいる奴らも近年やっぱり向こうで排撃されるようになってきたら
平気で「華僑の先祖はアングロサクソンだから欧米に住むのは当然である。」
などと言ってるんだがな。
他にも先祖がトルコ人だったとかペルシャ人だったとか名乗る奴もいるが、とにかくずうずうしいよ。
85 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 22:16:43.69 ID:mLmsFrgS
>>1 まあ、日本にしても中国にしても一枚岩ではない。
いろんな人間がいるのだと言う視点が欠けていると思う。
日本でも日本人と在日韓国朝鮮人だと中国人に対する意見が全く違う。
日本人で中国を憎んでいると言う人はあまりみないが、韓国朝鮮人は中国に
凄く近く中国に傾倒するのに中国人を心底にくんでいるようだ。また
日本人に対しても心底にくんでいるようだ。殆ど何人かみわけがつかないから、
なんでも人がいうことをそのままとらず、話半分に聞いて、多くを知るなかから
判断していったらいいと思う。
宋までが中国文化の最盛期だったのは間違いない
ただ腕力の時代だから戦力がともなわなかったんだろw
87 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 22:26:08.74 ID:vMoq7CbH
>>28 神風云々は恩賞ケチる半ば方便だったかと。
実際は、実力で海上まで追い出してる段階で既に元側で撤退の相談してたんじゃなかったっけ。
>>80 子供売るなんて昔からだろ
むしろ少子化で減った
89 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 23:19:44.36 ID:IFpIQJ6l
南宋どころか、随、唐も異民族。
中国4000年の歴史なんて、大嘘。
民族も文化も、まったく継承されていない。
91 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 23:24:04.99 ID:3w+UYNEY
>>1 日本は為政者の血統がころころ変わる中国の状況に、ある時期から違和感
感じ出したんだと思うよ
どこの馬の骨とも知れない下賤が皇帝になるなど、貴種をほこる人々には
軽薄にしか見えないからね
>>28 それは上陸後ボコボコにされて遁走するときの話
いわゆる神風ってのは泣きっ面に蜂に過ぎない
少しは確認してから書き込みましょうね
94 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 23:37:44.73 ID:3w+UYNEY
>>92 元との戦いは、ナポレオンがロシアの焦土作戦と大寒波で敗北したのと似てる
と思うんだけどな
弘安の役で日本は、20万の元軍を2ヶ月もの間上陸させず、元軍を兵糧攻め
にしている。そして台風の季節まで足止めた。
よくやったと思うよ。
95 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/27(水) 23:45:34.33 ID:WyMPuPEt
元じゃなくて唐朝以降だろ。
資治通鑑の記述を見れば、隋が南朝を滅ぼすまでは南朝を正統としていたのに、
隋が陳を滅ぼしたとたんに隋が正統な王朝になる。
明らかに隋が異民族の王朝だということを、大博学なる司馬光先生が暗にお認めになってる。
96 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/28(木) 00:33:57.41 ID:fe0k8SuI
中華の威光が強い時代には頭を下げる日本人は多かっただろうが、
中国のやり方の根幹が恣意的で不透明でアンフェアなものだと疑い始めた
ころに威光が弱まったグダグダ状態を見せられるとリバウンドで
蔑視が倍増される。
決定的なのは日清戦争以降でしょ
明朝(後期)〜日本は中国の王朝と外交関係なかったしなぁ。
貿易も基本的に禁止。
まぁ、禁止といっても対イギリス貿易みたいに黙認されてたんかな。
99 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/28(木) 07:51:03.19 ID:IeiAD7/e
100 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/28(木) 07:56:21.89 ID:+L7JJ3KZ
遣唐使の途中で「学ぶものはない」と感じたのが正解。
>>97 いやアヘン戦争で多くの
中華信者がダメだこりゃってなって
尊皇攘夷そして倒幕が始まる。
吉田松陰なんかも最初中華に期待をしていた人なのよ。
102 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/28(木) 08:02:03.68 ID:IeiAD7/e
>>100 唐は王朝の統治期間は長いが混乱期が続いた。盛唐を過ぎたら混乱の連続だったからね。
他の王朝同様、混乱期、文化的には退潮。
103 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/28(木) 08:22:55.28 ID:CkPhAJMN
隋唐時代で大陸事情が分り、実際はより強い北方民族の存在が分ったんじゃなかった
遣隋使・遣唐使は律令や仏教以外にも、視察の意味もあった
北方民族と大陸王朝が争っていれば、真実に強い北方民族は日本には来ない
結果、大陸に王朝があることも日本にとっては損ではない、
という考え方があったと、王朝時代の記録を研究した物で読んだ覚えがある
詳細を忘れてしまって残念
尊敬や軽視とか感情論より昔から打算的に考えたと思う
武家時代の貿易も儲かるからであって、儲からなければ誰もやらなかっただろ
>>103 >尊敬や軽視とか感情論より昔から打算的に考えたと思う
武家時代の貿易も儲かるからであって、儲からなければ誰もやらなかっただろ
日本の本質は「実用性」と「写実性」であると筑波大学の古田博司教授が喝破してたけど、そこから見て
納得がいく意見です。日本で中国に過剰な思い入れをするのは漢籍を読み込んだ学者だけで、為政者は
特別に傾倒してる気配は無かったように見える。
105 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/28(木) 13:39:59.33 ID:qA65QNFR
>>33 >一応唐は強大な文化国家だったのでは?
>途中でもう学ぶもんないから要らないになったけど。
日本は唐の風習(道教)は文化と考えていなかった
唐の皇帝が不老不死(道教)の妄想に執りつかれて仏教弾圧したので
文化ストロー国家としての役割も無くなり、遣隋使の必要がなくなった
大国であるのに、大国としての責任感がまるで無いしなあ
まずそこからじゃない?
107 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/28(木) 13:53:03.78 ID:98HG2eIy
>>101 そのあたりの情報を幕府は、きちんと掴んでいたのだよね。条約締結に
躊躇したのは、アヘンが持ち込まれることを恐れたため。
アル意味、アヘンは大砲より恐ろしい兵器だったから。
中華の最盛期は北魏w
それ以降は衰退するのみだ。
109 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 08:47:15.28 ID:tTbauu/B
>>28 ホルホルはしとらんが、公家日記に大暴風の記載がないことと、
気象学的に台風が来たとは考えにくいことから元寇の台風説は見直されてるよ
110 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 08:52:38.71 ID:nylMZeP8
軽視される最大の原因は、日本に入国した中国人が犯罪ばかりやっているからだろ。
大昔の政権がどうのこうのなんて、さほど大きな理由ではあるまい。
>>110 それが彼らには受け入れがたい話らしいのだね
だから昔からということにしたいのだろう
まあ、このあたりの時代から、中国は馬鹿だと多くの日本の知識人が思うようになったのは事実だよ。
ただ、それ以前から、基本的に中国とは距離を置くようにしていたこと、
中国が馬鹿にされることが増えたのは、単に、中国が貧しく文化的に遅れ始めてきたからに過ぎない。
今も昔も文明は豊かな水と燃料(古代では木、現代では化石燃料)があるところに栄えるもんさ。
古来より中国王朝は水と燃料を焼き畑農業のように使い潰して栄えてきた。
そして、それが枯渇して国力が衰えれば、王朝が滅びまた新しい土地を使い潰して栄え、衰えた。
でもって、遂には移住先が少なくなり中国全土が貧国になった。
20世紀後半になって、先進国の投資マネーの力や技術の力で石油を輸入し、
今まで技術的な問題で汲み上げていなかった水を強引に汲み上げることで
再び経済発展をしたが、結果として今まで以上に土地はボロボロとなり、未来は閉ざされていく。
まぁ、歴史に詳しい人ならもっと踏み込んだ分析が出来るのかも知れんが、
大体中国ってこんなもんだろ。
114 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 10:40:28.41 ID:ypYb5o6h
元寇以後が大事だったんだよ。
海上戦力の維持は割に合わないことを悟った元朝もえらい。
僧侶を使った民間外交民間貿易を許容したのもえらい。
多数の南宋人が投降、帰化したものと思う。
でも僧侶に化けて帰国を果たしたものもいるだろう。
民間貿易禁止して倭寇の汚名着せた明王朝よりはずっとまし。
最初の頃の明王朝は足利義満を日本国王に任命したときまで
が説得力のピークで、下克上やらかした朝鮮王朝を承認してから
というもの坂道を転落。
>>113 黄文雄氏も中国は資源を使い果たして森を伐採したせいで治水が上手くいかなくなったと書いてたなぁ・・・
植林をきちんとしてきた日本とは全く違う文明なのが分かる。
>>114 モンゴルは費用対効果考えて貿易ができたら日本を無理に征服する必要はないと割り切ったんでしょうね。
日本側は貿易の対価として金銀を使うの躊躇しなかったのでそれでモンゴル側も満足した模様。
116 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 11:21:00.98 ID:gCy/T0Pn
中国人自体が偽者。
中国人は残念だが民族全体を通じての崇高な精神が感じられない。
118 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 11:43:40.69 ID:u7iqiEkt
去年、内モンゴルへ植林のボランティアに行って来たけど、虚しかったなぁ
こんなことしても、工場が地下水汲み取るんで水が枯渇しそうなんだよ
しあわせになるために寿命を縮めてるんだ彼らは
119 :
3:2011/04/29(金) 11:54:17.58 ID:MHHwz6Uc
目前中国gdp<日本gdp,我们歧视你们日本人,
120 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 12:09:53.21 ID:1tXqyyuG
侍の教育受けた連中は、明治になっても四書五経を諳んじ漢文に堪能
漢文、唐詩、宋詞、元曲、それぞれ時代で秀でたものはあるんだけど
やっぱり、漢文、唐詩、までかな、日本人的には
121 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 13:39:29.89 ID:9hBfvT22
>>86 五代十国の混乱100年で盛期など吹き飛んでる
(実際は100年以上と言われてるけど)
122 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 13:53:53.00 ID:JJDO0z/C
日本は建国以来易姓革命を一度もおこしてないので王朝名がかわったりしてないからな
中国っていうかあの辺りは革命によって王朝かわりまくってその度に主要支配民族が
ちがってくるし・・・(現在日本の今上天皇は初代神武天皇から数えて125代目)
世界最古の王朝がある日本とは比較にならないよ・・・
123 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 13:57:03.08 ID:uqjzzQlm
明滅亡後、亡命者はどのくらいいたのだろう?水戸黄門も
そうした亡命学者を水戸に招いたらしいけど。
>>122 そりゃ皇室には姓は無いもん。
易姓革命しようがない。
125 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 14:35:40.86 ID:JUYBZ141
騙さなければ騙される
殺さなければ殺される
何千年も続くリアル北斗の拳
それが中国
126 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 14:39:17.94 ID:uqjzzQlm
>>122 というか皇室自体が、王朝とは言いがたいし。あって当たり前のようなものだと
思う。
体制が変わり、政権が交代しても、これは不変にして普遍。
127 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 15:09:12.20 ID:KfgaEG5q
>>126 あって当たり前のようなもの、普遍的存在にしたことが凄いんだと思うよ
最初からそうだったわけではない
>>123 赤穂浪士の一人が明人の子孫だったそうだからな、結構多かったのかも。
130 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 16:55:24.53 ID:rNKx8g/Q
>>127 もし大陸にあったら間違いなく滅んでいたとは思うけどな
131 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 16:58:27.32 ID:RRAYTowm
>>1 馬鹿だと気づくのにちょっと時間がかかっただけだよ。
132 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 17:00:30.11 ID:RRAYTowm
>>132 武林唯七隆重、お祖父さんが元明軍の軍医で秀吉の唐入りの際捕虜になった人だったそうです。
なお隆重の辞世の句は漢詩でした。
135 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 18:09:25.49 ID:JNYytPKC
そんな遡らにゃわからん話でもないだろ
文革で捨てちゃならない物すべて捨てた
中国が中国の魅力たる物を暴走して全て自ら破壊した
後に残ったのは先進各国にとって都合のいい低コストの生産工場候補地
ここらからどんどん歪な国になってったんじゃね?
136 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/29(金) 18:37:59.99 ID:1tXqyyuG
かって中原やその周辺にいた民族は、北から西からの蛮族の圧力に押されて
どんどん南下して行った、現在のヒマラヤの少数民族とか、山岳民族とかが
かっての文明を築きあげた民族の末裔ではないだろうか
あまりにも野蛮すぎる中国、停滞が不自然に長すぎるのは入れ替わりのせい
山に逃げたのがチベット・ブータン・雲南やビルマの山岳民族で、海を渡ったのが
日本人でしょうな、何かと共通点も多いし間違いないと思います。
>>126 摂政関白にしても、征夷大将軍にしても内閣総理大臣にしても、
天皇が任命しなければなれない。
ただし、天皇自身は一時期を除いて統治を行わない。
すなわち日本は昔から権威と権力の分離を行ってきたんだよね。
こうすることで、国を治める力の無くなった者が権力の座に居座り続けて国が乱れることを
可能な限り(無論完全にではない)抑えてきたんだよな。
そして、新しい統治者が自身の正当性を示すがために、前政権を否定するために
下らない破壊を行う必要性を薄めてきた。前政権を徹底して破壊しなくても、
天皇の認めがあれば、正当な統治者になれるから。
>>138 > そして、新しい統治者が自身の正当性を示すがために、前政権を否定するために
> 下らない破壊を行う必要性を薄めてきた。前政権を徹底して破壊しなくても、
どこぞの政権与党がやらかしてますけど。
>>139 うん、その通りw
それこそが、連中が根本的に日本、日本人とは異質の集団であることの証。
支那には天皇がいない!
もうそれで結論って事か
日本の歴史の連続性は天皇が実証しているんだな
国粋主義的で少し躊躇うけど
しかしローマ法王だってキリストの一番弟子である
聖ペテロの後継者だというのが権威の源であり
それが世界的に影響があるのが現実なんだよな
天孫降臨神話は侮れないな
中国が駄目になったのは朱子学だよ。
宋の後期以降、中国は僻みっぽくて大国の風格がなくなった。
いたずらな観念論をふり回し前に進めなくなってしまった
>>142 朱子学は過去の拡大再生産だしな
詰んじまってるんだよな
靖康の変の事は日本に伝わってたのかな?
だったら、さすがにこれはアカンわ、もう中華はオシマイって当時の人は思ったでしょうねw
146 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 07:50:16.82 ID:CfVGyfSu
今も昔も嘘つきは嫌われる
147 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 08:35:28.99 ID:lzVEsOXj
いわゆる中国文明というのは、じつは、ただ有閑階級の享楽のために用意された饗宴である。
いわゆる中国文明というのは、実はただこの人肉の饗宴のために用意された厨房にすぎない。
知らずに称賛するのは、まだ恕されるべきものであって、知って称賛するならば、
このやからは永遠に呪われるべきものだ。
魯迅
倭寇が始まるのは元寇の後なんだよね
それまで書物の中の世界だった理想化されていたモロコシが
弓矢と爆弾持って攻めてきて戦う「生身」の相手になった
その違いは大きい
当然逆に攻めていくという発想も生まれる
ただ、明治以降コンプレックスを乗り越えるために戦ったなんていうのは観念的すぎw
帝国主義のルールに乗っかって効率のいい市場と入植先を求めた結果だろ
中国は中華民国の「中華」とか、通称の「中国」、なんで近代は国名を二字にしたんだろう。
南北朝や五代時代などに前後、東西南北を付けて二字にすることは多かったけれど、
一字の方が中国っぽいと思う。
異民族は二字が多かったけれど。
隋、唐、宋とか歴史上の話題見る度、近代だけいきなり中華、中国になり
なんからしくない命名だな。
>>149 日本の国名が二文字だから真似て二文字に、だったりしてw
「漢民族がモンゴル民族に打ちのめされ、日本は中国に対する見方を大きく変え始めた。日本の中に
“政治大国としての東洋のリーダー”であらんという意識が芽生え始めたのだ」ですって? あはは。
この記者、バカじゃねえか?
確かに年をとって耄碌した秀吉は明国征伐を夢見たが、彼の死後、一人としてそんな野望を
持った人物は現れていない。むしろ江戸期になれば、鎖国に踏み切っている。
ただ、長崎出島のオランダ商館を通じて西欧社会の情報を得ていたし、
また清国商人も来ていた程度である。
江戸期を通じて「東洋のリーダー」であらんという意識なぞ全くなかった。
。
152 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 16:21:50.40 ID:4DBj5ZOZ
自分たちが尊敬にあたいすることをしていない、とはツユにも思わないのね。
153 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 17:16:44.73 ID:X8UrCmx4
154 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 17:20:27.65 ID:/DAml8Mw
江戸時代に中国古典に憧れて龍の刺青が流行ったり
朱子学が大勢を占めていたことを考えれば
非常におかしい記事。
日本が日本が言うまえに、自国の堕落を研究・分析する気はないのですかね。
そんなことだから共産党独裁下でも、実際には王朝時代同様に賄賂がはびこったり、
共産党幹部(貴族)の類が平民を虐げたりとかいうのが普通に起こるんだよ。
チョンには関係ない上の世界の話だから黙ってろと思っていたが、これを書いたのが中国人だと知ってコーヒーフイタ
157 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 21:03:26.82 ID:SaDdm7kA
>>128 なるほど、勉強になりました。36です。
岡田英弘先生も、中国について、同じようなこと言ってますよね。
158 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 23:16:04.08 ID:DN1jprJX
>>124 皇族が他者に姓を賜るのに、皇族に姓があったら変じゃね
159 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/04/30(土) 23:52:23.42 ID:iTE3ADQN
シナがもうちょいと、しっかりしててくれれば、
わが国も西欧相手に戦争、おっぱじめることもなっかただろうによ。
160 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/01(日) 00:11:11.82 ID:zDBCmzk6
権力闘争は原則としてライバルを弱体化できる方法であれば全て例外なく有効な戦術となりうる
だから法律を無視した犯罪であろうとライバルを弱体化できて自分が弱体化を免れる場合ならノープロブレムという訳だ
そういう何でもアリの世界である権力闘争の舞台では、時間の経過に従って最高実力者が次々に交代劇を繰り広げる
どれだけ強大な権力者であっても時間が経つに従って病死したり事故死したり老衰で死んだりするからだ
権力闘争で永久に勝ち続ける生物は存在しない
だから皇室に手を出したら終わりなのだと日本人はいつの頃からか気付いていた
権力闘争の頂上決戦の舞台に皇室を引っ張り出したら、首尾よく皇室を滅ぼして自分が新王朝を開いてもいつかは同じように新王朝が未来の実力者に滅ぼされる運命だからだ
むしろ最高実力者が例外なく皇室の臣下としての身分であり続けていれば、皇室は未来永劫存続し、
皇室とその臣民の権威は時間の経過に比例して未来永劫高まり続けていく事になる
易姓革命だの何だのと屁理屈を捏ねて皇室を権力闘争のプレイヤーにしてしまった儒教国が日本よりもみすぼらしい国に転落したのは当然の結果だ
161 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/01(日) 11:15:09.31 ID:bfrcMnru
中国の歴史とは中国大陸の歴史だってばっちゃんが言ってた
だから、「誰が」何したかは関係なく何千年の歴史とかトンデモが蔓延るんだって
>>1 部分的に合ってるけど、もうちょっと考察を深めて欲しいって感じ。
163 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/01(日) 13:04:39.66 ID:QUnzTDIl
>>161 そうそう中原を出入りした、さまざまな民族の歴史だからね。
漢族という概念そのものが、いんちき。
単に中原を中心とした地域に棲んでる人くらいの意味でしょ。
古典時代の文化、まったく受け継いでないし。
とても勉強になりますた。
165 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 00:53:23.86 ID:LF1vMWG+
>>128 リンク先より
アジアの中心部には広大な乾燥地帯があり、それを支配するのは遊牧民族で、
古代文明の多くはこの地帯とその周辺に成立した。
彼らはつねに移動しながら、暴力によって動物や他民族を支配する。
これに対して農耕文明を守るために中国、インド、ロシア、イスラムでは
軍事的な専制国家が発達したが、
その東西の周縁に位置する日本や西欧などの農耕地域に住む民族は、
こうした専制国家の直接支配をまぬがれ、生態系の自生的な遷移(succession)
によって農業文明から工業文明に進化した――というのが「生態史観」である。
へぇ〜
大陸で常にドンパチやってるより、離れた地域の方が自生的な独立地帯に成り得る可能性は高いわな
遊牧民は移動と共に交易もするから、文明の運び役にもなり古代文明の成立に繋がる
今より遥かに尊血主義が強かった過去の日本人が
王朝コロコロ変る中国に蔑視はしても尊敬はせんだろ
血統主義については一概に言えない。どちらにも血統主義はあるが表れ方が違う。
日本人は統治者の頂点たる天皇の血統にはこだわり、下々は家の存続を再重視して盛んに養子を取った。
中国人は庶民は血統にこだわり養子を隠したり系図を捏造したりするが、王朝の交代には寛容だった。
日本は封建制の名残りで為政者に血統のよさを求める空気があったが、庶民は生活のため実力主義を黙認した。
中国は逆で、科挙による官僚制の名残りで官僚は交替し易姓革命論で王朝の交替を正当化したが、
庶民は生きるために体面を重んじて純血を個人と家の名誉のバロメーターにした。
168 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 09:54:05.31 ID:yzZZawoW
文明・文化を基準に優劣を意識するようになったのは帝国主義の影響だろ。
それまで日本には文明・文化を基準に優劣を考える価値観が大してなかった。
時代や文化によって価値基準が違う。
>>1は己が文化主義だからといって、日本もそうである、歴史的にもそうであると
勝手な前提で価値判断している。
的外れ。
169 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 10:08:39.83 ID:eUWNdWnm
日本がアジアのリーダーになろうと思ったのは日清・日露戦争勝利後のことだ。
170 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 18:08:40.30 ID:joiQVaio
本人(中国人)自己評価が高くても周りは白けてる典型例
中国は空気読め
171 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 18:51:16.13 ID:DysOc9mf
>>49 相変わらず諸君の知ったかぶり知識のひけらかしはレベルが低いな
古い中学生知識をどうしてそうも知ったかぶりしようと思えるんだか。
172 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 18:54:00.23 ID:DysOc9mf
>>49 相変わらず諸君の知ったかぶり知識は誰もがどこかで聞いたことのある
程度の低い情報に基づいたものばかりだな。
どうしてそれをひけらかしの材料にしようと思えてしまうんだろうか。
おっさんのあんたが中学の頃に習ったであろう程度の知識を披露したていど
で自称知識人のあんたを評価する人間なんているんだろうかw
>日本の中に
“政治大国としての東洋のリーダー”であらんという意識が芽生え始めたのだ。さらに、二度の元寇が失敗すると、日本は自信をさらに
強めることになった。「漢民族を滅ぼした蒙古を、日本人は打ち負かしたのだ」
いやいや日本にはこんな考え方をする人はほぼいないぞ。
単純に、元が日本を攻めてきたことが日本に対する裏切り行為だからじゃないか?
174 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 19:01:07.34 ID:p0PAmHwS
>>173 何事にもせよ付き合い方というものがある
当時の鎌倉の態度は攻められてしかるべきと言うしかない
あれは裏切りではなく当然の帰結
175 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 19:02:11.04 ID:eUWNdWnm
>>逆に明治維新を成功させた日本は、ついに“打倒中国”の準備
を本格化した。中国軽視は一層激しくなり、日本の指導者は「もはや中国に希望はない」とまで考えるようになったのだ。
・・・打倒中国というよりシナを日本と同じように欧米型近代国家にさせようと革命の輸出を考えていたのだ。
この努力は敗戦の結果、達成されず、シナ自身が欧米型国家になることを今でも拒否している。
>>174 鎌倉幕府の振る舞いで元が攻めてきたってこと?
服従させるための使者を送る予定だった元がそれをキャンセルして、日本侵略に切り替えたんだよ?
177 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 19:06:10.25 ID:1TkNCbWS
まあ、鎌倉幕府も口のきき方を知らない無礼な野蛮人は打ち首にする場合もあっただけだ
>>173 南宋と付き合いの深かった当時の日本人は元=漢族政権とは見てなかったのでは?
というか勝海舟の時代まで日本は中国にこそ北東アジアにリーダーになってほしがっていたと思う。
それが無理と悟るのが明治末くらいか?
>>178 おそらくってか、漢民族じゃないっていうのは分かっていたかもですね。
たしかに日清戦争がポイントかもですね〜
>>179 征服した民族を尖兵にしてさらにその隣国に攻め込むってのがモンゴルのやり方。
で高麗はむしろ積極的に日本侵略に加担しようと腹をくくった。
182 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 19:10:46.14 ID:1TkNCbWS
世界最強の超大国の人間であっても日本国内で無礼を働いたら始末される
モンゴル人だろうがイギリス人だろうが、無礼者は死ななくてはならないというのが日本でのルールなのだ
>>179 実際に送っていますが、日本の返答を待たずに帰国してしまったどうです。その高麗の案内役が日本侵略を提言したそうですよ。
× 南宋
○ 唐
菅原道真は伊達じゃない
>>183 モンゴル人より高麗人のほうが日本を理解してたんでしょうね。
奴らがこんなやり方で屈するわけが無いニダニダと展開が読めたから、譴責されるのを恐れて帰ってしまったと。
>>181 腹をくくった?
最初から侵略する気満々だったのかと思ってたけどw
>>183 返答待たずに帰ったんですか。
それはまた最初からやる気のない使者だな。
187 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 19:17:07.73 ID:fIErCS50
本当の中国人とは?
日本人が文献を通じて感動した人々。
はじめからいなかったかも知れない。
民間の交流が拡がるとバレてしまった。
孔子が過去に憧れながら、当時の中国に絶望したことに近いかもな。
>>185 本当その通りのことが当時起きたんだと思います。
モンゴルは最初から高麗に使者を遣わして、日本に服従を求めようとしていたところを、
その高麗の使者がそれに日本を侵略してはと、提言したが、モンゴルに怒られて、再度行けといわれたけど、
実際渡航せずに高麗に残っていたそうで、別の高麗の使者を今度こそ行かせようとおもって、いかせたは良いけど、
幕府の返答を待たずに帰国。チョンらしすぎるねw
モンゴルは服従させようとしていたところをみると、かなり疲弊していたのかと・・・
>>186 チョンの使者は最初から戦争になったところ、日本をのっとろうとしていたんじゃないですか?w
仮に日本侵略が成功していたなら、高麗が日本を統治すると思っていたかもw
>>188 詳しい経過は知らなかったけど、当時からやっぱり今の朝鮮と通じるところがあるんですね。
日中の百済人の記述もひどいもんだったけど、地理的なものかなぁ。
小国の悲哀は感じる…が、浪漫は全く感じない。
>>189 ですよね。
まあ、昔は侵略強奪が当たり前の世界だから。
日本は島国で良かった。
>>190 俺も知らないですが、高麗って今のチョンと関係しているんじゃないですか?百済は関係ないですが。
小国ですが、他国からみた、日本は浪漫ありまくりですよw(俺はアメリカから。)
>>191 韓国に関しては現在進行形で日本を侵略しています。
つ 竹島
>>189 真偽は確認してませんが、旧南宋出身の兵は助命されたのに高麗兵だけはモンゴル兵と
一緒に処刑されたなんて話を以前読んだことがあります。
つまり連中の惨めな皮算用は日本にもばれていて、事が終わった後にきっちり報復されたとw
元寇のときの資料って、学校でいかに嘘ばかり教えられたか愕然とするわ。
サムライ強すぎるだろwwww
>>194 いいぞ〜にっぽんw
今も昔も、本当、あさはかな連中ですねw
wikiまともなのか。
元寇って教科書程度しか知らないんだよね。
ちょっと見てみます。
>>198 日教組は「神風」って言葉がアレルギーだから、日本が他国と開戦するという歴史事項の際にはかならず、
「日本は無謀」って言葉を遣いたいんですよ。
元寇に関しては100%侵略行為なので、日本が悪いって意見が出る方がおかしいとおもいます。
>>174みたいな意見。
ネットなんて一般的じゃなかった学生の時、
ヒストリーチャンネルの日本刀の回で学校で教わらない元寇の事実に驚いて
色々図書館で本を読み漁って、アカ日本史教師に殺意覚えたもんだわ。
ムカつくんで度々食い下がったらアカが「オマエは江戸時代の農民が可哀想だとは思わんのか」と罵られて
他の連中はお前が先生に絡んでくれると授業が止まって嬉しいとか笑ってた。
>>199 174の
> 鎌倉の態度
が意味わからなかったんですが、そういう意味ですか。
とりあえずwiki見に行ってみます。
d
203 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 19:58:57.16 ID:WP+JRjRj
>>1 チャイニーズの奢りが激しくて世界的な社会構造に付いて行けなかったから、チャイニーズが邪魔になったんだよ!
,,,_,,-−、
ヽ==(w)i'
(,, ゚д゚) <因みに特攻隊の方の「神風」の読みは「しんぷう」と読むのが正しい
(|<W>j)
,i=@=i
/ノ;;|;;i'
V∪∪ 俺の記憶が正しければだが
205 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 20:01:59.40 ID:5CnjJW+T
>>200 江戸期の農民達が全員一律の重税で苦しんでいたとそのアカ教師が本気で思っていたのなら、
そいつは即刻義務教育を再履修するべきだな。
まして人の子に物を教えようとする人間がそんな硬直した思考でいてもらったら此方はたまったもんじゃない。
206 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 20:02:34.92 ID:GonHpB3B
>>173 単純に無礼な国書を怒っていただけじゃないか?
裏切りと感じるほど親密じゃないだろう
>>204 へー
知りませんでした。
やっぱり、神風特攻隊は元寇と関係あるんでしょうか?
>>206 まあ裏切り以外の言葉がみつからなかったんで、使っただけなんですが、
この他のレスで申し上げている通り、当時の日本人は元=漢民族とはおもっていなかったと思います。
>>207 ,,,_,,-−、
ヽ==(w)i'
(,, ゚д゚) <神風特別攻撃隊の「神風」は元寇の時に拭いた神風が由来
(|<W>j)
,i=@=i
/ノ;;|;;i'
V∪∪
210 :
稗田朝臣無礼:2011/05/02(月) 20:07:06.07 ID:uAv/mc/c
カルト左翼が日本は元の申し出を受け入れていれば元寇もなかったのに、
と間の抜けた平和ボゲ論をかましているけど、
元寇はなかった代わりに、勇猛宇果敢なサムライたちは先兵となって
モンゴル軍の指揮する戦場にかり出され、民衆は重い年貢に苦しめられて
国土が疲弊したのは間違いない。
元の国書は懐柔に近いおだやかなものに見えて、
その実、最後の文章には武力を使いたくはないのだが、
という恫喝する文面が入っている。
211 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 20:07:06.62 ID:GonHpB3B
>>208 漢民族かどうかを何故気にしていたと考えるの?
>>211 気にしていたとは思いません。
違う民族だっていうのを認識していたとおもうだけです。
>>209 ありがとうございます。
まあ、何度も聞いた話なので、知っていたんですが、何せ自分で調べてみたことがないので。
214 :
稗田朝臣無礼:2011/05/02(月) 20:11:42.13 ID:uAv/mc/c
>>211 元寇の後始末で、日本軍は元、高麗軍の生き残りが殺したけど、
南宋人は生かして捕虜にした。扱いも比較的丁寧だったようだ。
>>210 武力に拠らない中立がこの世に実現可能だと信じてる人はそういう愚かな結論しか出せないんですよ。
216 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 20:15:51.38 ID:GonHpB3B
>>212 特に意味はなかったのか
何民族であろうと侵略者に対する対応など変らないだろうけど
何故ことさら民族分類に拘るのか不思議だったんだ
217 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 20:17:33.89 ID:GonHpB3B
>>214 捕虜分類とか細かい話ではなくてもっと大雑把な話だよ
>>216 なるほど。
支配層の民族が変われば、いかに元が中国の地の国だとしても、まったく異質な国と認識する、いわば「潤滑油」程度の情報になると思います。
219 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 20:19:23.29 ID:vp5Iuoxe
今はどうだろう。
むしろ日本は中国に驚異を感じており、中国は日本を見下している。
そしてそれでいいのだ。所詮日本は小国。少子高齢化で没落していくのが決定している国だ。
日本は中国がコントロールすべき国だ。日本もそれを望んでいる。
>>219 今の中共に異民族をコントロールする余裕があると思ってるのか?
222 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 20:28:35.78 ID:yJUTjBrt
>もはや中国に希望はない
おもいっきり正しい判断だったなw
223 :
稗田朝臣無礼:2011/05/02(月) 20:31:03.16 ID:uAv/mc/c
>>219 つりだろうが、むしろ逆だね。
中国史の中でコントロールできなかった国のほとんどは滅んだか、
モンゴルやチベットみたいに牙を抜かれた。
未だに唯一コントロールできない国が日本。
チョーセンもそうだが、中国も
平和憲法なんて信じていないから、
日本は再びアジアを支配しようと考えているのではないかと怖れている。
>>223 今度こそ漢族が自分たちで世界征服やろうとしてるんじゃないのかね
今まで領土拡大してたのって異民族ばっかだったし
225 :
忍法帖【Lv=25,xxxPT】 【東電 88.7 %】 :2011/05/02(月) 20:45:09.72 ID:U/aAigkV
日本の不幸は中国と朝鮮である。
この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、
もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりは
あまりにも大きい。
情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知り
ながら、過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。
国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。
もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。
「東アジア共同体」の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は
捨てるべきである。
日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。
この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。
悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。
私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。
福沢諭吉 「脱亜論」(明治18年)
226 :
稗田朝臣無礼:2011/05/02(月) 20:47:06.11 ID:uAv/mc/c
>>224 そういう意志があるとしたらコンプレックスのなせるわざ。
眠れる獅子ならぬ、眠れるブタとあなどられてきたから。
今は貪欲なブタくらいには格上げされたけど。
>>223 朝鮮や日本は併合ではなく属国化して支配したいとは思ってるでしょうな。
三国志の時代からシナ政権は朝鮮半島の領国化に興味は薄かったし。
228 :
稗田朝臣無礼:2011/05/02(月) 20:56:57.42 ID:uAv/mc/c
>>227 三国史の時代に限らず国が分裂している時は、
朝鮮半島に手を出す余裕がなかっただけ。
隋が統一した後、そして唐の時代何度も侵攻している。
結局、新羅が藤一したが、唐は領有化できなくとも属国化はした。
高麗の時代は元が領有化した。
李氏朝鮮の時代は明と清によって属国化。
軽視というか、大陸と一定の距離間を保てるようになったという点で決定的だったのは、
独自の通貨体制を確立できた時期だったと思うな
明銭や宋銭を使ってる時代は、明の貨幣政策転換の影響をもろに受けたらしいし
>>216 意味有るんじゃない?教科書にも、漢民族かどうか書いてあるし。
過去2000年遡っても日本が国交してたのは漢民族の王朝だけですよ。
>>167 日本には血統主義は無いよ。あるのは「家」
>>229 明銭でも宋銭でも所詮は銅資源。
物々交換貿易で、金銀を持つ者と、銅を持つ者ではどちらが強い立場か。
金銀と銅、どちらが重宝されるか分らないのか。
>>219 中国の実態を知れば知るほど「ウドの大木」としか思わんけどな。
未だに国内市場の統一もできず、人民解放軍を国軍化できず、全国民が同じ言語を話せず、対外戦争では
負けっぱなしで軍隊への予算増加も実際は退役軍人への年金払いと国内の暴動を鎮圧するために
人件費に消えていく中国の現状見たらバブル崩壊したら分裂へ一直線なの読めるし。
234 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/02(月) 23:11:14.19 ID:f5wTKA+3
>>231 「家」とは家元かな
家元有り、血統主義有りだよ
だいたい血統主義がなかったら皇室なくなってるって
236 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/03(火) 10:12:43.99 ID:rQ24c0Qj
>中国軽視は一層激しくなり、日本の指導者は「もはや中国に希望はない」とまで考えるようになったのだ。
中国自身も「もはや中国に希望はない」と考えてただろ
>>232 金銀銅の価値の違いなんていう単純な話じゃねえと思うが
日本で金銀銅が大量に産出される時期なんて、16世紀になってからだ
それまでの日本では宋銭と明銭が大量に流通してて、それが貨幣経済の主役だよ
中国の作った通貨で経済回してたんだから、その影響を受けないはずがねえじゃん
別に明国に支配されてたとは思わんけど、その通貨が何を信用元にして、
日本で通貨として通用してたのかを考えれば、そっからの脱却が
中国との関係での転換点の一つだったってのは、普通に納得できる話
>>237 元が日本侵略を諦めたが貿易は行ったのは日本から産出する金が目当てだった訳ですよ?
239 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/03(火) 13:24:39.84 ID:mLahjBCS
日本のアジアの盟主思想は、欧米列強との対立の中で芽生え育った思想でしょ
西洋があって対極として東洋を見た
そもそも中国とかそんな狭い世界観の話じゃない
中国人もライバル意識を1人で燃やしてる韓国人みたいになった〜w
自意識過剰ww
240 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/03(火) 13:41:44.50 ID:Ptm35oCV
>>223 >>未だに唯一コントロールできない国が日本。
・・・シナは日本も台湾もロシア、インド、米国、インドネシアもコントロールできていないが。
当時の日本人に「民族」なんて考え方があったとはとても思えない
民族は政治の結果。当時無くて一度創ればそんな民族居ませんとか無かったことには出来ん。詰される場合もある。
243 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/03(火) 15:12:38.53 ID:8URVdAIG
>>237 そうなんだ。過去の話から、これからのアジア統一通貨なんか作って
日本が参加したら中国や韓国の影響をもろに受けてしまうからだめだって
わかった。ありがとん。
モバイルなんでID変わってるけど
>>237ね
>>238 「灰吹法の導入によって、爆発的に生産が増える」とでも訂正しとこか
まあ、要するに、中国に銅を輸出して、それで造ってもらった銅銭を輸入したり(それが
日本国内で貨幣として流通した)、国内で中国の銅銭の模造品を創るような状態から脱却できて、
良かったんじゃないか?って話だよ
245 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/03(火) 22:31:29.06 ID:d431ZNOa
>>237 >その通貨が何を信用元にして、日本で通貨として通用してたのかを考えれば
銅という地金価値だろ
なぜなら地金価値のない紙幣や低すぎる鉄銭は輸入しなかった
>そっからの脱却が中国との関係での転換点の一つだったってのは、普通に納得できる話
そっからの脱却は国内の安定と銅資源問題だよ
またまたID変わってるけど、
>>237な
帰省中で、モバイル環境なもんで
>>245 明銭(永楽銭)の価値が日本の西国では軽んじられ、東国では重んじられた理由について
さまざまな説、理由がが出てるけど、西国に関して言えば、大内氏の撰銭令に見られる永楽銭の
完全な価値の失墜は、明国内での銀取引開始で明銭そのものの信用が崩れたからだと思ってる
日本でいち早く撰銭令を出した大内氏こそ、明貿易を活発に行っている西国の大大名だからってのが傍証
よって、「貨幣の供給側の影響を受けた形だった」という説に俺は納得してる
そこから脱却できた、した理由は、いくつか思い浮かぶけど、それはまあ、ここではどうでもいいかもな
たぶん、挙げられる理由全てを包括して、脱却に向かっていったわけで、誰が正しくて間違ってるなんてのは無いと思うんで
>>246 あっと、訂正します
最後の行
「誰が正しくて間違ってるなんてのは無いと思うんで 」
↓
「理由としての軽重はあっても、どれが間違ってるなんてのはたぶん無いと思うんで」
秀吉の頃には明国くらい軽くひねれると思ってた節があるよね。
249 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 02:14:24.04 ID:1KgGh7nk
>>246 >明国内での銀取引開始で明銭そのものの信用が崩れたからだと思ってる
明国内での貨幣価値が日本での信用元になっていたと仮定するなら
なぜ明国内で流通していた紙幣ではだめだったのか?
結局同じ所に行き着く
銀取引が増えることで銅銭の信用が崩れると、仮定する論理もよく分らない
価値としては銀が上でも、銀と銅は別物として素材価値が存在する
もう一つ
日本の宋銭輸入は宋が滅び元になっても続くが、元は紙幣制度に意欲的でほぼ移行する
元国内でお蔵入りになった宋銭を日本が輸入し続けたことは
元国内での貨幣価値が日本での信用元になっていなかった証左になる
最初に戻るが、元国内での貨幣価値に影響されなかった日本が
明時代になると影響されたとなるんだ?
元でも明でも単純に地金価値で銅銭に価値を見出していたから、
と考えるのは自然だろう
250 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 02:22:26.63 ID:8HTimodi
少子高齢化で、日本の没落が決定しているのなら、日本以上の少子高齢化の
中国や韓国も没落決定だなw。
251 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 03:58:13.77 ID:UYd6sam8
またID変わってるっぽいけど
>>237 >>249 >明国内で流通していた紙幣ではだめだったのか
そりゃ明が発行する不換紙幣に、日本が信用を感じなかったからだろう
農本主義を標ぼうする天子の経済政策から出来た、いい加減なもんだよ
>銀取引が増えることで銅銭の信用が崩れると、仮定する論理もよく分らない
>価値としては銀が上でも、銀と銅は別物として素材価値が存在する
明国内での年貢などの公取引に、それまで禁止されていた銀の使用が認められたことで、
紙幣と銅銭が銀に取って代わられた。それによって明国による明銭の重要度が失われ、
それが日本に影響を及ぼした、という説
銅銭の流通や流出、鋳造に消極的だった明国が脱・銅銭に舵を切った事で、
一定の質の銅銭を日本で安定供給する術を、日本の有力者たちは失った
外国に鋳造を任せている以上、この影響を被らざるを得なかったわけ
>日本の宋銭輸入は宋が滅び元になっても続くが〜
南宋だった地域で、南宋の頃からの両税法(銭貨での税納など)を元が認めていたよ
銅銭が公取引に使われてた
俺としてはそれは関係無くて、貨幣として使ってきた期間が、貨幣としての信用を築いていた可能性が高いと思ってるけど
西国じゃ常に宋銭>明銭だったのも「銭と言えば古銭(宋銭)」という思い込みがあったんだろう
(16世紀の東国じゃ永楽通宝>宋銭だったという。謎)
ここで、一度終わり。ちょっと続く↓
>元でも明でも単純に地金価値で銅銭に価値を見出していたから、
>と考えるのは自然だろう
明国内でも宋銭を模した私鋳銭が作られていたらしい。
上記の西国の価値観といい、銅銭の信用が質云々だけじゃ成立しない証拠だと思うけど、どうだろ
あと、俺の
>>237の
>別に民国に支配されてたとは思わんけど、その通貨が何を信用元にして、日本で通貨として通用してたのかを考えれば
これに引っかかってるんだと気づいたんだが、今読めば、オーバーな表現になってると思った
>>237の下の段は丸ごと取り下げるわ
あくまでも指摘したいのは、独自の貨幣制度を作り上げた事の重要性なんだよ
254 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 14:26:45.04 ID:/dlbCpJp
この話はよ、恐らく中国当局の自国民教育誘導の戦略。
新しい中華民族造らんといかんからなこれから分子生物学、考古の発掘も進むからな何時迄もセンズリ漢民族なんてやってる訳にはいかん。
その頃朝鮮は属国として全ての判断を
宗主国に委ね怠けた人生を送りました
256 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 14:57:40.01 ID:o7RFKreZ
社会主義国日本、資本主義国中国という本音と建前が逆だから嫌いなのだ
>>255 そこは万里の北系民族として扱ってる。大和朝鮮民族同祖も戦略的に使うだろうから東シナ海より先に料理する事は無いだろう。
258 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 15:11:39.47 ID:fBGBGqtC
清朝の腐敗、イノベーションを拒絶する漢族社会の堕落と衰退を
全力でスルーするとこういう歴史観になるのだな
清末期なんて中国知識層からすれば相当な屈辱だろw
贈収賄の横行、匪賊の跋扈、大量の乞食の慢性的な発生、
大規模な人身売買、どれもこれも列強侵略の結果だとでも言いたいのかな
それともそんな事実は全部なかった事にでもする気かこのブロガーは
だからよ、清も異民族。
これから中国当局による「本物中国人は誰か?」と云う壮大な謎かけゲームの始まりの時代だw
これは中国の漢民族が国内の多民族を蔑視してるからこそ思いついた妄想の産物だろ。
実際古代から日本は聖徳太子の頃には同格と見なして、道真の頃には行くだけ無駄と言い切るほどの大国。
朝貢がどうとかはあまり意味がない。
歴代の中華帝国はアヘン戦争に敗北するまで外交機関が朝貢受け付ける組織しかなかったため。
朝貢してたら属国なんて馬鹿な書き込みしてる奴が居るが歴史勉強した人間のものではない。
>>261 中国共産党はモンゴルも満州も全部「中華民族」とか主張してる訳です。
チンギス・ハンが中国の英雄にされちゃってるけど、あの人中国と接点殆ど無いのにね・・・・
>>263 表層の綺麗事しての中原の歴史の共有と裏に強烈な危険思想隠し持ってる。
265 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:07:43.33 ID:1KgGh7nk
>>253 丸ごと取り下げると書きつつ何も変っていないと思う
>あくまでも指摘したいのは、独自の貨幣制度を作り上げた事の重要性なんだよ
独自の貨幣制度を作り上げた事が対外的に重要だとするなら
どうしてその根拠を書かない?
おそらく銅銭輸入を根拠としているんだろうが、銅銭は日本が自発的に輸入した物であり
強制的な物ではない
自発行動から派生する影響を、どう解釈して外部影響としているのか?
主張の論理をちゃんと説明してほしい
266 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:10:47.75 ID:oZIWeRwR
南宋というか、その前の南北朝時代からほとんどが北方系の王朝だけどな。
隋・唐だって純粋な漢人の国じゃないし。
元によって文化一掃
遊牧民だから、海洋貿易よりシルクロードステップロードを重要視したんじゃないの
宋人ってかなり人数が日本に逃れてきたって
なんかの本に
268 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:20:28.68 ID:N8z8DPud
>>265 あら、丁度上がってきたのな
いや、重要性の根拠なら書いてるじゃん
中国の銅銭に頼ってた以上、日本国内の銅銭の安定供給も中国の国内事情に左右される。実際にされた。
銅銭の信用不安が15世紀後半から確実に起きてて、それが日本での西国の銀、東国の金
さらには米を貨幣代わりに使う経済に変化するきっかけになったんだよ
15世紀後半から起きた銅銭の混乱の流れが終わるのは、江戸時代に良質な国産銅銭である寛永通宝が出来てから
269 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:25:05.33 ID:apPktMxp
漢民族は尊敬してるけど、今の北方から侵略してきた偽漢民族は全く尊敬できないw
特に共産党系w
270 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:32:00.20 ID:1KgGh7nk
>>252 >銅銭の流通や流出、鋳造に消極的だった明国
紙幣発行の背景には宋元明でも銅不足上があった
銭貨の大量鋳造が出来なくなれば他で補うしかなく、代替品として発達していったもの
>それまで禁止されていた銀の使用が認められたことで、紙幣と銅銭が銀に取って代わられた。
紙幣を刷りすぎて紙幣が暴落したため、銀の使用を認めざる得なくなった
紙幣暴落は元でも起きており、明は元の失敗を参考に紙幣と銅銭の流通を図った、
が、失敗したのだ
>>268 >日本国内の銅銭の安定供給も中国の国内事情に左右される。
慢性的に銅不足だった中国はついに銅銭輸出をできなくなったんだよ
>>268 補足
銅銭の信用不安の原因については、諸説ある
最近、俺が納得したのは何度も書いてるけど、明国の国内事情によるものという「供給側の影響」説
だけど、それ以外の事情だったとしても、決定的なのは「日本には自国で銅銭を安定供給する術がない」事
(但し、私鋳銭は各地で作られていた気配はある。びた銭が多く混乱の原因の一つとなった)
戦国時代を通して、銅銭不安を抑えられなかった(これも何度も書いてるけど、16世紀半ばまでの東国の
永楽銭重視は謎の一つ。同じころの西国では完全に信用を失っていた)
自国の貨幣制度の確立=中国に銅銭の鋳造を頼んでいた時代から抜け出た
のが重要だと思うのは、そんなにおかしな事かな?
272 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:36:03.41 ID:apPktMxp
まぁ、既に隋の煬帝に対しては対等だって宣言してるしね
あんなメッセージ送ったのはアジアで日本一国だけでしょうね
273 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:42:46.06 ID:1KgGh7nk
>>252 とりあえず、疑問を書いとくよ
>南宋だった地域で、南宋の頃からの両税法(銭貨での税納など)を元が認めていたよ
>銅銭が公取引に使われてた
南宋には銅銭があったから旧体制での両税法を地域的に許しただけであって
元の法定通貨は紙幣で、銅銭鋳造にも消極的だった
地域的なことを元全土の話にすり替えようとするのか分らない
>貨幣として使ってきた期間が、貨幣としての信用を築いていた可能性が高い
それは日本国内での流通による貨幣評価だろ
>銅銭の信用が質云々だけじゃ成立しない証拠だと思うけど、どうだろ
これも日本国内での流通の貨幣評価だろ
外部影響とするなら国内評価でない影響力をなぜ担保にしない?
274 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 21:49:52.58 ID:N8z8DPud
>>270>>273 宋銭については、正直わからん事が多いし、興味もないんだが、
宋銭でわかってる事は「日本が何に信用を置いてそれが流通していたのか」がわからない
銅の地金価値に理由を収束させるのは、その後の古銭としても
日明でずっと信用があったという状況の説明にはならない
>それは日本国内での流通による貨幣評価だろ
>銅銭の信用が質云々だけじゃ成立しない証拠だと思うけど、どうだろ
そうだよ。そう書いてるじゃん
そもそも宋銭が使われ出した時代と室町時代じゃ、貨幣経済の浸透具合からして
大分違う。時代が違えば貨幣に対する感覚も変わってくるにきまってんじゃん
すまんが、今から移動するんでここで終了
でもまあ、俺はもうこれで話し合うのは良いかな
細かい部分での摺合せはもういいや
あくまでも、
>>229の「日本と中国との関係で、一定の距離間が保てるようになったという点で決定的だった」
という条件の話で始まってるし(ちなみに
>>229は俺じゃない)
>>271が俺の結論て事で
275 :
稗田朝臣無礼:2011/05/04(水) 21:50:24.32 ID:5p9ERA5l
>>268 現在のドル紙幣を中心とする貨幣経済と
近代以前の中国の銅銭の流通をごっちゃに考えていないか。
宋銭の流通とは、結局
>>245 のいうように
>国内の安定と銅資源問題
だろう。
奈良時代の律令国家が和同開珎その他を鋳造して貨幣経済を広めようとしても、
結局のところは銅資源の供給、銅の産出がままならなかったことで挫折した。
宋銭は歴代中国の王朝の中では銅の優れたの管理をして、
>地金価値
が高いものだったから、(多少は中国の貨幣だということはあるにしても)
日本以外でも広く流通しただけのことだろう。
>>274 あら、間違えた
>これも日本国内での流通の貨幣評価だろ
>それは日本国内での流通による貨幣評価だろ
これが正しい。これで本当に最後にします。ではでは
277 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/04(水) 23:28:03.62 ID:H34hve+G
秀吉が太閤になった時代は庶民も金銀を扱ってたなんていう、太田牛一の記録があるね。
石見銀山の採掘が開始されてからは、大量に生産された銀は明国に輸出されて、
明国の銀使いはさらに加速するようになったとか。
明の国内は洪武帝が恐れた通りに銀使いによって堕落して、そのまま日本や女真の侵攻によって崩れてくんだから、
歴史の流れってのは面白い。
278 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 12:12:22.53 ID:eo4GL6Tk
昔は銀>金>銅だったのは中国も同じだよね。
279 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 12:37:27.34 ID:2zdnQgMf
当時の美術品を比較すれば日本がなぜ支那を軽視したのかが分かる
280 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 13:01:51.13 ID:7FhVcE6c
まじで中国人の血引いてると恥ずかしいよ、どんなに真面目に暮らしても、
あまりにも駄目な中国人が多いから同じ様に見られる。
兵馬俑見るたび秦は西方異民族と実感する
写実的な造り、写実的な美意識が強くないとあんな風には造らない
一体いつから中国大陸は西方北方の支配下だったんだよw
>>281 つうか多分周も西方遊牧民っぽいし秦も指摘通り異民族だろうし古代から中国は異民族が流れてきて
中原に住む民族を支配する構図だったように見える。
>>281 まだ全体は掘って無いから何が出るか解らんが、万里の長城的なもんも始皇帝が最初じゃなく亡霊の様に太古から在るんじゃないか?今の中国人はその消防署の方から南下したんだろ。w
284 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 17:08:53.82 ID:ekg55EfC
朝鮮=大陸にやってきた異民族の属国地帯
朝鮮人=属国民
中国=大陸にやってきた異民族直接支配地帯
中国人=被支配民
285 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 18:31:22.09 ID:B8uUKgsh
>>274 朱印船貿易が終わると、ベトナムから砂糖輸入しなくなるけど、
「日本とベトナムとの関係て、一定の距離間が保てるようになったという点で決定だった」
なんて言わないでしょ。
だって輸入しなくなっただけだから。
286 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 18:55:23.87 ID:FqYYDnKo
漢族が滅んだのは実際にはもっと前、西晋が滅んだ時です。
>>286 東晋じゃないのか?江南で生きつづけたろ。
まあ、春秋まで戻れば江南も蛮族だけどさ。
>>285 輸入輸出「それ以上の何か」があると思ったんじゃね
本人が逃げたから迷宮入り
289 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 20:57:57.51 ID:Qv3/uXpp
>>284 少数民族は除くんだ
×中国人=被支配民
○自称漢族中国人=被支配民
290 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 21:01:34.86 ID:htfSMdb8
>>285 それはまた別の話じゃないか?
砂糖が日本全国で通貨として流通してたってならまだしも。
291 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 21:18:58.35 ID:ZHshut1p
>>285 完全に筋違い。意味不明。
>>288 他国から銅銭を買う状態に、輸入輸出以上の意味がある事がわからんアホ。
なんだこのスレ。
酷使さまだらけだなwww
292 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 21:26:45.79 ID:HtdJiDWw
史記以上に優れた歴史書はないね。
時代を下ると官製正史ばかりで
読む価値は余り無いね。
外国銭のほとんどは宋銭でなかったっけ
永楽銭は少なかったよな
>漢民族を滅ぼした蒙古を、日本人は打ち負かしたのだ
「たすかったーっ!ラッキー」ってくらいビビってたよ、正直
295 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 21:42:56.83 ID:r98qz2K/
いや日本の支配層は客家だということを知らんのかな。
296 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 21:52:48.00 ID:Gm+qwEs7
日清戦争以後じゃねえの?その後もグダグダだったからそりゃ尊敬は
されなくなるだろうね。共産主義なんか導入しちゃったりしてw
貧乏をこじらせたりしてるし。あのまま蒋介石総統にやれせておけば
今の日本なんか影も形もないぞ。そういうミスを連発してれば尊敬されなく
なるだろうね。
297 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 22:03:59.09 ID:B8uUKgsh
298 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 22:09:57.44 ID:Ugo8j2O+
>>296 蒋介石は日本陸軍士官学校出身だから日本の敵ではない。
299 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 22:10:25.53 ID:CVVvGbXM
南宋滅亡の頃生まれてねーし
そーなんですか
宋はすばらしい国だ。 日本は宋と事実上(経済)では同じく国だった。
明は現実主義のさもしい国。 裏切る将軍、官僚が続出した。
302 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 22:29:47.25 ID:NBU5Xfwy
>>1 綺麗事だけ並べて実践できない国なんて、誰が重視するかってーの
304 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 23:30:40.36 ID:QhUgiX0F
>>149 元以後は、大元、大明、大清が正式な国名らしいぞ?
あと中華は中夏ってことらしい。
>>293 西は宋銭、東は永楽銭(明銭の一つ)
後北条は年貢を銭で納めさせてたけど、永楽銭で納めるように命じてた。
あと、信長が永楽銭の旗印を掲げてたのは有名だね。
日本全国で金銀米が主役の経済に移行するまでの話だけど。
306 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 23:40:00.96 ID:xX5+4tH6
>>304 ナニソレ
「大和」とお揃いにしなくても・・・
307 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 23:40:33.39 ID:oVipTtzf
アヘン戦争で勝手に自滅してたからだろ
なんだかんだ言っても、血族じゃなくて行動だよ
連中の行動思考、眼に見えるものすべてが醜く浅ましい。
309 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 23:50:23.32 ID:RQA/a8BH
>>298 第二次大戦後の話。要するに国民党政権が継続してれば、アメリカが
現実の日本と同じく強力にエコヒイキするだろうし。
中華民国に米軍を置けばいいんだから、日本は大して用事がなくなるんで、
エコヒイキは期待できず今よりずいぶんと貧乏だろう。で中華民国のおこぼれ
でなんとかやってる程度の国であろう。なんで中国人が共産主義を選んだのか
不思議。(国民党が腐敗しすぎではあったようだがw)
だなあ。
その国の歴史なんて二の次三の次だと思うよ。
むしろ、まったくどうでもいいかもしんない。
311 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/05(木) 23:58:12.18 ID:5nABC6g1
>>274 ちょうど良い記事があった
鎌倉の大仏様「素材は中国銭」 別府大グループが解明
ttp://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200806210064.html 鎌倉の大仏様は、中国からもたらされた銭(銅貨)で造られたらしいことが別府大(大分県別府市)
のグループの研究で明らかになった。
平安時代末の12世紀半ば、中国銭は貨幣ではなく、銅製品の原料として輸入されるようになったというのだ。
「輸入当初、日本で銭は流通していなかった。銭はもともと銅製品の原料として輸入され、
余った分がしだいに通貨として使われるようになった」との結論を導いた。
>宋銭でわかってる事は「日本が何に信用を置いてそれが流通していたのか」がわからない
輸入動機は純粋な資源調達だったようだ
つまり地金価値だな
312 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 00:23:59.01 ID:qQfhBOtN
>>306 大韓もお揃いになったぞw
今は日本だからいいちゃいいけどw
313 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 00:31:17.99 ID:zg26XDBi
上がってきたのを読んでたら逃げたとか言われてる
不本意なんでまた再開しましょか
明日早いんで、出来ても1時くらいまでですけど
>>311 宋銭が当初、銅の地金価値を目当てに「買われてた」のは異論が無いよ
>輸入動機は純粋な資源調達だったようだ
これは極論すぎるでしょ
平家が自分たちの権力の背景にしたのは、日宋貿易で得た宋銭
布や米を貨幣代わりにして取引していた時代に、宋銭は時の朝廷から「私鋳銭だ」と
罵られながらも、その流通の量を拡大させていった
これは明らかに貨幣として使われてる
て、まああいかわらず、些末な所で摺合せしたがる人だな
314 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 00:38:49.98 ID:zg26XDBi
もう一回まとめ
15世紀後半に日本の銅銭不安が起きた(これは江戸時代まで続く)
銭払いの代わりの決済手段が必要となった所に、灰吹法の導入によって爆発的に産出量が増えた金銀での
決済が行われるようになる(銭の不安が起きたから金銀が増えたのかはわからん。動機には十分なり得ただろうけど)
で、銅銭の信用不安は銅銭の供給を中国に任せていたから起きたと見る
銅銭の鋳造と供給を日本が国として出来る状態に無かった事が原因(官製の銅銭の流通が減った中国の国内事情に振り回された)
その状態からの脱却は、日本にとって意味が大きかった、はず(あくまでも俺の見方なんで、こう言っておこう)
こんなもんか
315 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 01:10:17.24 ID:hwz4RsxC
>>281 趙とか、戦国時代にすでに胡服騎射とかの装備してるしね
でも北方騎馬民族が多量に入り込んでくるのはやっぱり、五胡十六国だろうね
前漢の時代でも劉邦が冒頓単于の捕虜になっちゃうし、三國志でもオルドス地方は匈奴の領土だし
唐なんて左下半分は吐蕃の領土ww
安史の乱はウイグル族の力がなければ鎮圧できなかったって言う
宗も西方は西夏の領土だし、後半は南宋で北全部取られちゃうし
純粋な漢民族は、既に五胡十六国時代に絶滅したと思われw
316 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 01:13:05.22 ID:gqIKZhOX
>>313>>314 俺は異論ねえけどさ。
日本に主体性が無いような表現になってるから中国の影響なんてないやい!て
反発したい酷使様に食いつかれんだよ。
つまらんやり取りをしたくないならもっとバランス考えて書けって。
317 :
バブルス ◆2d5c6/JEQs :2011/05/06(金) 01:16:08.75 ID:HOS/C8dV
GW中はいつも以上にパラパラっとしか見て無かったが、
諸君もたまには面白いスレ立てんだな。
318 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 01:22:08.55 ID:hwz4RsxC
何で貨幣の話してんのかわからんけど、日本は皇朝十二銭なんて昔は貨幣生産してた
使用できなくなったのは鎌倉〜戦国の間くらいまででその後は普通に鋳造してるよ
倭銀は、ブラジルのポトシ銀山の銀とともに、地丁銀制や一条鞭法などと言った中国の税制に影響与えてるほど多量に輸出された
320 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 01:28:26.17 ID:hwz4RsxC
倭銀は中国の税制を変えたけど、南米の銀はヨーロッパ全体を変えたね
重金主義とかスペインやフランスなんかも銀の影響
価格革命なんかもそうだな
んで、なんで貨幣がスレタイと関係あるの?
イミフすぎ
321 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 01:55:06.74 ID:DV5unAwT
>>312 日本も月支(月氏)と対になる国名なんだよなあ。
322 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 01:55:10.08 ID:RqIPmrgo
>>313 通貨形状をしている物を取引に使ったら全てが貨幣取引、と何故考えるんだ
貨幣制度が崩れたため物々交換に陥ることは安易に予想できるだろ
というか、古くは物々交換が主流だが
現代でもインフレ状態の時は金銀宝石で資産管理をする風潮はあるだろ
同じことだ
宋銭が流通する上で、次第に貨幣価値は見出されていったとは思うが、
混乱時代だった日本の通貨流通が、水と油のように地金価値から分離する物でもないだろう
323 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 02:00:36.71 ID:Kx3MBB4a
>>1 つーか、情報収集間違えただけだろ。梅雨時に来るなんてアホじゃねーの。
日本はお陰様で助かったけど
324 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 02:08:26.00 ID:RqIPmrgo
>>314 同じことのようだから、眠たいのでまたレスする
酷使様は認めたがらんみたいだけど、足利将軍が明に朝貢して、金と交換してまで銅銭をもらい、
金銀を多く含有した銅を外人の商人に安く買い叩かれ、挙句の果てに、明内で流通してない銅銭に何の価値があるんだと、
国内で嫌われて経済取引が混乱を起す。こんな状態が日本にはあったんだよ。
327 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 07:59:44.45 ID:Sf4JmY78
328 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 08:43:26.49 ID:sTEnFFh9
民主化してりや問題なかったんだよ
戦車で市民引き殺した時点で中国は国として終わった
中国人はそんな国のコントロールが抜けないまま金だけもって下品さが増し、そんな姿に嫌気がさしたんだよ
香港は飲み込まれて見事に下品な街になったしな
329 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 08:56:09.85 ID:v+z1fDzU
日中戦争だろ。
330 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 09:51:00.16 ID:f09C1x8V
国士かあ、いい響きだな。
これからも胸を張ってお国のためになる学問を続けていきたいものだ。
331 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 10:04:00.22 ID:y+7BTF4e
>>1 > やがて南宋が元に滅ぼされる。漢民族がモンゴル民族に打ちのめされ、日本は中国に対する見方を大きく変え始めた。日本の中に
> “政治大国としての東洋のリーダー”であらんという意識が芽生え始めたのだ。
(;´Д`)無茶言いよるな・・・
> 宋が元に滅ぼされ、日本人は考えた。異民族が統治
> した元朝以降の中国に“本当の中国人”はいない、と。
それ朝鮮人の思考、小中華思想じゃ・・・
> 17世紀以降、たびたび外敵の侵攻を許したわが国は弱体化する。逆に明治維新を成功させた日本は、ついに“打倒中国”の準備
> を本格化した。
いや、寧ろそうやって支那が外敵の侵攻されまくってるの見て、 “欧米列強に備えろ” って流れじゃ・・・
> 中国軽視は一層激しくなり、日本の指導者は「もはや中国に希望はない」とまで考えるようになったのだ。
最期だけ何故かあってると言う異次元論法・・・(;・∀・)ワケワカメw
332 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 10:07:04.66 ID:QmHOO5NR
中国文化を積極的に取り入れてたが崇拝はしてない。それに、日本人は最初から中国とは対等もしくはそれ以上の立場で接してましたが……
中国人の歴史観って朝鮮人よりはかなりマシだが、でもやっぱり偏ってるなw
333 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/06(金) 11:22:56.04 ID:hwz4RsxC
>>325 なんか偉そうだから、俺がその嘘を指摘してあげる
>国内で嫌われて経済取引が混乱を起す
これは真っ赤な嘘、鎌倉時代から経済の物資流通は主に物々交換が一般的になり、経済取引に混乱など起きていない
貨幣を使わない経済取引は、例えばフランク族などゲルマン民族による侵入時のヨーロッパなどでも普通に起きていることです
もちろん日本で有名な三國志の魏なんかも、ゲームなどの実体と違い、実際は物々交換が主流ですよねw
董卓銭なんて悪銭が出まわって貨幣が駆逐されたけど、経済活動は普通におこなわれてた
これらは一時的ではなくごく一般的な行為であって、日本がことさら劣っていたような記述は語弊があります
というか物々交換は、バーター貿易などと言って現在でもおこなわれます
特に旧共産主義国家では普通にある行為です
アフリカ諸国でも物々交換はまだやってるところあると思うけど、それで経済活動の混乱とは何?
「貨幣なくして経済混乱する」と言う思考はどこから来たのか?
ぜひその部分を説明いただきたい
>>309 中国人が共産主義を選んだっておいおい・・・
あの時中国は共産党vs国民党vs汪兆銘政権の三つ巴に地方軍閥が絡む状態だったのを
ソ連が当時最新の重工業設備が存在していた満州を占領した後共産党に譲ったから
国民党が負けたんだよ。
いわば三国志的な天下取りゲームが展開された訳で、思想とかホントは関係なかったのよ。
335 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/07(土) 03:48:28.57 ID:pXPvYsUN
>>1 シナもチョンも必死で日本に認められる方法を探してるな
336 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/07(土) 12:06:51.56 ID:ijpzKlSC
中国も韓国と同じだな
337 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2011/05/07(土) 12:16:23.62 ID:uPnPH2iB
今のアメリカ人と1000年前のアメリカ人を
同一視する馬鹿は居ないだろ