【論説】辛淑玉氏「日本人が北朝鮮拉致事件に飛びついたのは、加害者としての糾弾に疲れ、被害者になるチャンスだったからだ」[9/24]
日韓・日朝交流について人材コンサルタントの辛淑玉さんから、その問題点と展望を寄稿してもらった。
日韓・日朝の歴史の中で、直接的な被害者にも加害者にもならずに済んだ人たちが大人になって果たすべき責任とは、「国家の代理人
にならないこと」に尽きると思います。国家を背負わず、一緒に被害者を救済し、加害者を特定して処罰し、再発防止を図ることです。
歴史における加害者は国境を超えているし、被害者もまた国境を超えています。例えば、かつて朝鮮半島の女性を軍用性奴隷にした
人たち、だまして日本に送り込んだ人たちの中には、朝鮮人もいたのです。被害者から見れば、日本が加害者で朝鮮は被害者とはならない
のです。だからこそ、国境を超えて加害者を糾弾し、被害者を救済することで、問題の解決が図れます。
多くの日本人が北朝鮮による拉致事件に政治的に飛びついたのは、長年、国家と一体となった加害者として糾弾されてきたことに疲れた
からだと私は見ています。初めて堂々と「被害者になれる」チャンスがめぐってきたのがあの拉致事件でした。そして、被害者に感情移入する
ことで心のバランスを保っているようにも見えました。
それが、足元の在日を徹底的に叩き、強硬な経済制裁を主張するという行動となって現れ、ほそぼそと進められてきた日朝の民間交流
をも停滞させる結果になりました。もしこれが、拉致も強制連行も共に解決しようというスタンスであったなら、歴史は大きく動いたことでしょう。
韓国の人も、北朝鮮の人も、日本の人も、「国家」を背負っている限りその病気からは抜け出せず、足元の被害者を救うことはおろか、
他者と手を取り合うこともできないと思います。
「日本」の人がこの呪縛から自らを解放するには、まず「国家によって歴史における加害者にさせられた者(被害者)」として日本国家と
向き合うことから始めるべきではないでしょうか。
あえてキーワードはと問われたら、「在日」への差別問題の解決だと思います。両国の歴史ののど元に刺さったトゲがここにあるからです。
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辛淑玉(シン・スゴ)さん
東京都生まれ。在日コリアン三世。人材育成コンサルタント会社・香料舎(こうがしゃ)代表。神奈川県人権啓発推進会議委員。
著書は「差別と日本人」(野中広務氏と共著)など多数。50歳。
ソース(東京新聞 9/20付 24面)