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<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:
お願い致します。(※は私が勝手に注を入れてみました)2つに分けて書き込みます。
『8世紀 最古級の新羅写経 /東大寺所蔵の「大方広仏華厳経」/角筆の文字 片仮名に影響か』
2009.6.12 読売新聞 文化・23面
奈良・東大寺所蔵の経典に、新羅語の文字や抑揚を表す符号「梵唄譜(ぼんばいふ)」(節博士)が角筆(かくひつ)で多数書かれているのが見つかり、
最古級の8世紀の新羅写経とわかった。小林芳規・広島大学名誉教授(国語学)が同寺図書館発行の「南都仏教」第91号に発表した。奈良時代に朝鮮半島の
仏教文化が色濃く影響していたことを示す貴重な発見だ。 (編集委員 柳林修)
角筆は、木や竹などの先をとがらせた筆記具。墨を付けずに紙をへこませて書く。判読が難しく、1961年に小林氏が世界で初めて古文書にその痕跡を発見。
今では全国で約3500点、中国や韓国などでも見つかっている。
今回、「新訳華厳経」80巻のうち、巻12〜20を1巻にした「大方広仏華厳経」(8世紀)を、斜光を当てて調査。角筆で書かれた文字や梵唄譜を多数確認した。
たとえば、「是法」の間に書かれた「●(※「叱」のくちへん部分が0のような楕円)」は「叱」の草書で日本語の「ノ」に、「尓(その)時」の右下の
「●(※「ら」のような字)」は「良」の草書で「二」に、それぞれ相当する新羅語の助詞で、漢文を新羅語で訓読するための仮名だった。
また、「利」を略したとみられる角筆独特の新羅語の文字「リ」もあった。日本の片仮名「リ」に似ており、平安時代初期(9世紀)に漢字を略して生まれた
とされる片仮名が、実は新羅語の影響で出来た可能性も指摘されている。
角筆や紙質、合巻経の様式などから、この華厳経は同寺では初の新羅写経と判断された。新羅写経の使用目的について、
小林氏は「勘経(かんぎょう)」を挙げる。勘経は写経を確かなものにする照合作業で、その際に原本に近く信頼性の高い新羅写経が使われたとみる。
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73の続き:2009/06/13(土) 00:16:59 ID:fF5J5lUE
新羅写経の存在は、東大寺に新羅語のわかる僧侶がいたことを示し、その国際性を物語る。現に、752年の大仏開眼会ではインド僧の菩提僊那(ぼだいせんな)が開眼導師を勤めた。
小林氏や韓国の学者は今年8月から共同研究を行い、全容を解明する。
近年、京都・大谷大所蔵の経典「判比量論(はんひりょうろん)」(8世紀、国重文)でも同様の書き入れが見つかり、新羅写経と判明した。しかし、110行の経典で書き入れはわずか。
今回の経典は1141行もあり、多数の書き入れの発見が見込まれることから、新羅語研究の進展に大きく寄与することは確かだ。
今回の華厳経と同一セットとされる正倉院宝物の華厳経を、紙質や書式などから新羅写経と指摘する山本信吉・元奈良国立博物館長(文献史学)は、こう指摘する。「中国・唐との交流が
主流の奈良時代に、朝鮮半島の仏教文化の影響が底流にあったことを確かな証拠で示した。朝鮮半島の影響をもっと考えるべきだ」
東大寺は奈良仏教の中心をなしていた。それだけに今回の発見は古代仏教史はもちろん、国語学や朝鮮古代史をも解明する重要な手がかりになりそうだ。