【円・ドル・人民元 通貨で読む世界】制裁足踏みウォール街
「日本は民主国家で、円安が問題になったとき、日本は誠実に交渉して公正な水準に
是正したが、独裁国家中国は人民元を不当に安くなるよう操作している」(米下院国際
関係委員会監視調査小委員長のD・ローラバッカー議員)。ワシントンでは米議会の
対中報復法案が相次いで提案されるなど、対中批判が渦巻いている。「今や議会の標的は
中国で日本は問題ない」(M・グリーン元米国家安全保障会議アジア局長)というわけで、
現在の円安に非難の矛先が向けられる可能性は少ない。だが、油断は禁物である。
中国の影響力は米金融市場で日本をしのいでいる。米国は外からの資本流入に頼って財政と
金融政策を運営しているが、中国は政府機関としては米国債の最大の買い手になっている。
そのことを敏感に受け止めているのはニューヨーク・ウォール街を代表して財務長官を
務めている「ミスター債券」こと、ポールソン元ゴールドマン・サックス会長である。
「われわれの対中国政策はイールドの結果につながる」(米財務省高官)。
議会の圧力を受けている財務省は議会を説得するのにイールド(yield)という言葉を
使う。英語のイールド(yield)とは2つの意味がある。ひとつは譲歩、もうひとつは
債券の利回りである。つまり、穏健な対中対話路線をとることは、中国側の譲歩を引き出すし、
米国債の利回りを安定させるというわけである。
議会側では「米国や日本の強力な資本家が独裁中国と不純な同盟を結んで、手っ取り早く
もうけていると仲間うちでよく話す」(ローラバッカー議員)と反発する。無理もない。
中国は外貨準備運用専門会社を設立し、その投資第1号に選んだのが、米大手企業買収
ファンド「ブラックストーン」に30億ドルの出資である。出資は議決権なし、つまり
「物言わぬ株主」で4年間は売却しないし、1年は他の投資ファンドにも出資しない。
中国は同社上級会長のピーターソン氏に「すべてあなたのために」と言わんばかりの
メッセージを送った。北京の後ろ盾で中国市場に参入できると、ブラックストーンの
ニューヨーク市場への新規株式公開は一般投資家の注目を集め高値がついた。ピーターソン
氏は18億8000万ドルを手中にし、ピーターソン氏と共同会長で最高経営責任者の
シュワルツマン氏は6億7720万ドルの現金と時価75億ドルの持ち株を確保した。
まさに中国さまさまである。
米国では政治よりも市場原理が優先する。ワシントンでの対中強硬法案の動きが表面化
した今月12日には国債相場が急落。債券市場の基準金利である10年もの国債の利回り
(イールド)が急騰し、過去5年間で最高になった。米国のインフレ懸念以上に、中国を
筆頭にアジア各国が米国債離れをみせるのではないかという不安が市場に流れたためだという。
その証拠に「市場の魔術師」とうたわれたグリーンスパン前米連邦準備制度理事会
(FRB)議長が、国債相場の暴落を聞いた後、「中国政府が米国債を大量に売る気配はない」
と断言すると、市場は落ち着きを取り戻した。
10年もの国債利回りの急激な上昇は住宅抵当金利を押し上げるので、米国景気の最大の
懸念材料になっている住宅市場の冷え込みを加速させる。さらに、「JPモルガンなど大手
金融機関の主力収益源になっている金融派生商品市場を直撃する恐れが出る」(国際金融
アナリストのA・シムキン氏)。金利負担が大幅に増える米政府自身を含め、国債相場の
安定は死活問題である。従ってウォール街での存在感を高めている中国はワシントンを牽制
(けんせい)できる。
一方で、安い円資金がヘッジファンドに流出しっぱなしの日本は「円安を放置している」との
反発を米自動車業界から受けている。「日本は無風」といつまでも澄ましてはいられない。
(ワシントンにて 編集委員 田村秀男)
(2007/06/17 08:58)
http://www.sankei.co.jp/keizai/kseisaku/070617/ksk070617000.htm