【韓国】「韓半島の種子狩り」 日・米の順に一掃して去って[12/11]
種子産業の根幹となる種子を確保するための戦争は長い歴史を持っている。古くは
16世紀のヨーロッパ人たちが植民地の植物を自国に持ちこんで売り込んだ歴史まで
さかのぼる。イ・ヒョンギュ韓国生命工学研究員博士は「帝国主義時代の宣教師たちが
植民地で聖書に種子を隠して自国に持ち帰った事は有名だ」と語った。西洋ではこのよう
にして持ちこんだ植物を元に植物学を発展させた。国内種子があまり無いアメリカが
世界最大の種子遺伝資源(45万点)を保有するようになったことも同じだ。第3代大統領
トーマス・ジェファーソンは「国家に一番貢献する事の中の一つは外で有用な植物を導入
して栽培することができるようにする仕事」と強調した。アメリカは1862年の農務部創設
以後、外国駐在領事館が作物導入の任務を直接引き受けた。
我が国は奪われた方に属する。国内の学者たちは日帝強占期時に「白頭山から漢拏山
まで国内種子が日本によってくまなく目を通された」と見ている。アン・ワンシク博士(韓国
地元研究会)は「当時軍人の身分だった日本大学教授が痛嘆に全国の麦、小麦の種子
をすべて搬出して行ったりした」と語った。この大学は以後400〜500点の麦種子を保有した
世界的麦遺伝資源センター(国際植物遺伝資源研究所)に選定された。
日本が去った後をアメリカがもう一度一掃して去った。北漢山に自生した香木を1947年
にあるアメリカ人が持って帰ったことが今のアメリカライラック市場の30%を占める「ミス・キム
・ライラック」だというエピソードは有名だ。1980年当時大学院を修士過程にあったチョン・
ヒョク韓国生命工学研究員博士に指導教授がアメリカ人教授を案内してくれと言って頼んだ。
以後チョン博士は全国の野山を回って山葡萄や山いちごのような野生果樹の種子を採集
するアメリカ人教授を見守らなければならなかった。彼は米オレゴン州立大学のウェスト
ウッド農大教授で果樹学の大家だった。チョン博士は「当時は誰でも対価や制裁無しに
私たちの遺伝資源を搬出できたことが現実」と語った。その種子の中一つが米国産の
輸入イチゴになったかもしれない。
私たちもやられてばかりではない。1980年代後半、韓国は情報機関(当時の安全企画部)
が直接採種活動を繰り広げたことも伝わっている。ニンニク品種開発のために花を咲かせる
ニンニクの種子を旧ソ連の中央アジア地域で直接採集して来た。当時の韓国ニンニクは花が
咲かなくて交配が不可能だったからだ。
1980年代後半から自国の生物資源に対する所有権の概念が定立されてからはもうこのよう
な露骨的な掠奪は難しくなったが、007のスパイ作戦を彷彿させる隠密な種子狩りは相変らず
続いている。
▲ソース:ハンギョレ新聞(韓国語)2006-12-1109:27:59
http://www.hani.co.kr/arti/society/environment/177396.html コレでスレ立てようかなと思ったんだけど…内容が似てるんで