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●トッド「過去にとらわれすぎるな」 若宮「日本の自制でアジア均衡」
若宮 パリの街にはドゴールやチャーチルの像がそびえてますが、日本では東条英機らの靖国神社合祀(ごうし)
で周辺国に激しくたたかれる。日本が戦争のトラウマを捨てたら、アジアは非常に警戒する。我々は核兵器
をつくる経済力も技術もあるけれど、自制によって均衡が保たれてきた。
トッド 第2次大戦の記憶と共に何千年も生きてはいけない。欧州でもユダヤ人虐殺の贖罪(しょくざい)意識が
大きすぎるため、パレスチナ民族の窮状を放置しがちで、中東でイニシアチブをとりにくい。日本も戦争への
贖罪意識が強く、技術・経済的にもリーダー国なのに世界に責任を果たせないでいる。過去を引き合いに出して
の「道徳的立場」は、真に道徳的とはいいがたい。
若宮 「非核」を売りにする戦略思考の欠如こそが問題なのです。日本で「過去にとらわれるな」と言う人たちはいまだ
過去を正当化しがち。日本の核武装論者に日米同盟の堅持論者が多いのもトッドさんとは違う点です。
トッド 小泉政権で印象深かったのは「気晴らし・面白半分のナショナリズム」。靖国参拝や、どう見ても二次的な問題
である島へのこだわりです。実は米国に完全に服従していることを隠す「にせナショナリズム」ですよ。
若宮 面白い見方ですね。
トッド 日本はまず、世界とどんな関係を築いていくのか考えないと。なるほど日本が現在のイデオロギーの下で
核兵器を持つのは時期尚早でしょう。中国や米国との間で大きな問題が起きてくる。だが、日本が紛争に巻き
込まれないため、また米国の攻撃性から逃れるために核を持つのなら、中国の対応はいささか異なってくる。
若宮 唯一の被爆国、しかもNPT(核不拡散条約)の優等生が核を持つと言い出せば、歯止めがなくなる。
トッド 核を保有する大国が地域に二つもあれば、地域のすべての国に「核戦争は馬鹿らしい」と思わせられる。
若宮 EU(欧州連合)のような枠組みがないアジアや中東ではどうでしょう。さらに拡散し、ハプニングや流出による
核使用の危険性が増えます。国際テロ組織に渡ったら均衡どころではない。
トッド 核拡散が本当に怖いなら、まず米国を落ち着かせないと。日本など世界の多くの人々は米国を「好戦的な国」
と考えたくない。フランス政府も昨年はイランの核疑惑を深刻に見て、米国に従うそぶりを見せた。でも米国と
申し合わせたイスラエルのレバノン侵攻でまた一変しました。米国は欧州の同盟国をイランとの敵対に引き込もう
としている。欧州と同様に石油を中東に依存する日本も大変ですが、国益に反してまで米国についていきますか。
若宮 日本のイランへの石油依存度は相当だし、歴史的な関係も深い。イラクの始末もついていないのにイランと戦争
を始めたらどうなるか。イラクのときのように戦争支持とはいかないでしょう。
トッド きょう一番のニュースだ(笑い)。北朝鮮と違い、イスラム革命を抜け出たイランは日本と並んで古い非西洋文明
を代表する国。民主主義とは言えないが、討論の伝統もある。選挙はずっと実施されており、多元主義も根づいて
いる。あの大統領の狂信的なイメージは本質的な問題ではない。
若宮 イラン・イラク戦争のとき日本は双方と対話を保ち、パイプ役で努力した。その主役は安倍首相の父、安倍晋太郎
外相でした。
トッド 私は中道左派で、満足に兵役も務めなかった反軍主義者。核の狂信的愛好者ではない。でも本当の話、核保有
問題は緊急を要する。
若宮 核均衡が成り立つのは、核を使ったらおしまいだから。人類史上で原爆投下の例は日本にしかなく、その悲惨さを
伝える責務がある。仮に核を勧められても持たないという「不思議な国」が一つくらいあってもいい。
トッド その考え方は興味深いが、核攻撃を受けた国が核を保有すれば、核についての本格論議が始まる。大きな転機
となります。
>>続く
ソース:朝日 2006年10月30日
http://www.asahi.com/column/wakamiya/TKY200610300159.html