■世界のリーダーはこんな本を読んでいた 山崎浩一
書棚を覗くと、その人物の趣味、趣向、人となりまでうかがい知ることができる。では、世界の権力者は
一体、どのような本を愛読しているのか。読書は彼らの政策にいかなる影響を与えているのか。権力者たち
の愛読書から、彼らの思想・性向を読み取ってみたい。
「権力者たちの愛読書」というテーマで文献を漁っていたら、なかなか面白い逸話にぶち当たった。まずは
そこから話を始めよう。
最近、「私が何を考えているかが知りたければ、この本を読めばいい」と側近や来訪者に愛読書をPR
しまくっている国家元首がいる。それも1人じゃなく2人。しかも両国の同盟は風前の灯火というあやうい関係
にある。そんな2人がまるでシンクロしたように、愛読書にまつわる類似行動を見せているのだ。
さて、2人の元首とは?−−正解は盧武鉉大統領とブッシュ大統領である。
まず、盧さんの愛読書とは、盧政権で政策室行政官を務めたペ・ギチャン氏の『コリア、再び生存の岐路に立つ』
(日本未発売)。朝鮮日報(今や盧政権の目の敵)の検証記事によれば、対北支援、自主国防、北東アジアバランサー論、
戦時作戦統制権返還、米韓FTA、親日究明・清算といった政策から大統領自身の公式妄……もとい公式発言まで、
ほぼすべてのネタ元がこの本なのだという。
なるほど、かつての部下の本をアンチョコにしていたわけだ。それを臆面もなくPRできるケンチャナヨな人柄
に畏敬の念さえ覚える。数十年後、「あの本が一国の命運を決した」と回顧されたりしないとも限らない。
命運の善し悪しはともかく。
一方、ブッシュさんの愛読書は、イスラエルの右派政治家ナタン・シャランスキー氏の『なぜ、民主主義を
世界に広げるのか』。旧ソ連で反体制活動後、移民してシャロン政権の閣僚も務めたロシア系ユダヤ人だ。
世界を民主主義と専制主義に二元化し、自由と民主を世界に広げ独裁と圧政を終焉させることこそが究極の世界平和
−というブッシュ・ドクトリンの虎の巻こそが、この本なのだという。「何をいまさら。要するにネオコンじゃん」
という気もするが、実際に読んでみれば少しは違いもわかるのかもしれない。
この御両人、国益やイデオロギーさえ絡まなければ以外に意気投合したりするのかもしれないが、うーむ、それに
しても一国の、いや、もはや国際社会の首脳ともあろう御方が、たった1冊のアンチョコに世界戦略を丸投げして
しまってよいのだろうか?その本に誤植や乱丁があったりしたら、たちまち国家も世界もめちゃくちゃになりそうで
怖い怖い。いや、別に彼らの知性や人格をあげつらう気は毛頭ない。今や「彼らには何言ってもOK」的な空気さえ
あるわけだが、やはりあくまでもアクチュアルな政策や結果で評価すべきだろう。
たとえばブッシュさんの最も有名な愛読書はもちろん聖書だが、これもずいぶん揶揄や風刺の対象にされてきた。
まるでカルトの教典扱い。イランのアフマディネジャード大統領の愛読書がコーランだったら(っていうか確実だが)、
マスコミや知識人は揶揄できるだろうか?そもそもブッシュさんは意外に読書家で、脱北者・姜哲煥の収容所体験記
『平壌の水槽』(03年ポプラ社 1680円)に感動して著者をホワイトハウスに招いたり、今年の米中首脳会談前にも
ユン・チアンの『マオ』(05年・講談社 上下巻各2310円)を読んで中国の現代史(この本でかなり書き換えられるはずだ)
と人権問題の「予習」をしたりもしている。彼をアホ呼ばわりする民主党の親中派や「安倍は日本帝国軍の復活を
目論んでいる」とまで書くニューヨークタイムズの日系カナダ人記者は、これらの本を読んでいるのだろうか?いや、
読んだとしても自分に都合のよい読み方しかしないから同じことか。本というのは「何を」よりも「どう」読むかが
大切なのだ。
たとえば金正日総書記の愛読書がヒトラーの『わが闘争』らしいことは、亡命側近の著書や証言で知られている。
一見わかりやすい愛読書だが、彼があの本のどこをどう読んでいるかによって、わかりやすさや危なさの度合いは
まるで違ってくるはずだ。将軍様との歴史的会見を熱望している通信社や新聞社のみなさん、もし実現したら参考
までにちょっと訊いてみてくれませんか?
>>2以降に続く
ソース:SAPIO 10/25号 PP76-77 記者がテキスト化
>>1の続き
さて、わが国の番である。すでに就任前から倒閣運動が始まる異常人気の安倍新政権。安倍批判のためなら、
あれほど憎かった小泉前首相すら絶賛しちゃう自爆者まで出る始末。その安倍さんの愛読書として知られるのは、
古川薫『吉田松陰・留魂録』(02年・講談社学術文庫 861円)と司馬遼太郎『世に棲む日日』。つまり吉田松陰。
小泉さんの『ああ同期の桜』(海軍飛行予備学生14期会編集 03年・光人社 1890円)や麻生さんの『ゴルゴ13』
(さいとうたかを 小学館)『ジパング』(かわぐちかいじ 講談社)等に比べると、ツッコミどころもなく
「ああ、そうですか」で終了。
が、そこに果敢にジャブを繰り出すのが朝日新聞『天声人語』だ。
−略−
それにしても1人の読書家として見る権力者というのは、実に逆説的な存在である。ひとたび権力の座に就いたとたん、
自らの世界観を相対化したりひっくり返したりできなくなる。本を読むたびにコロコロ世界観が変わる権力者など、
だれが信じたがるだろうか。でも一方、それこそが本を読む最高の快楽であり目的だったりもするのである。だから
権力者たちは、自らの「完璧」なはずの信念や主義主張を肯定・補強してくれる本、あるいはそのように読める本しか
読めない。世界観を揺るがしかねない本が読めるとすれば、それは敵対勢力への対策としてくらい。それを思えば、
私たちは世界観を変える自由を…ん?待てよ。本当か?私たちだって実は自分の世界観を都合良く肯定・保守してくれる
本や情報や読み方ばかる選んでやしないか?それを揺るがす本を虚心に受け容れて「私の世界」を鍛え直したりする
度量を備えているのか?
「権力者のリテラシー」とは、権力者だけのものではないのだ。
資料:
世界の権力者たちの愛読書
ヨシフ・スターリン 『君主論』 マキアヴェリ
サダム・フセイン 『罪と罰』 ドストエフスキー
レーニン 『何をなすべきか』 チェルヌイシェーフスキイ
毛沢東 『資治通鑑』 司馬光編纂
フランクリン・ルーズベルト 『武士道』 新渡戸稲造
ビル・クリントン 『錬金術師』 パウロ・コエーリョ
ヒラリー・クリントン 『オスという悪魔』 リチャード・ランガム ディル・ピーターソン
ケ小平 『孫子』
ジャック・シラク 『奥の細道』 松尾芭蕉
吉田茂 『銭形平次捕物控』 野村胡堂
橋本龍太郎 『美味しんぼ』 雁屋哲原作 花咲アキラ作画
中曽根康弘 『氷川清話』 勝海舟
ソース:SAPIO 10/25号 PP76-77 記者がテキスト化