◆撤去された通称「ニセモノ市場」のその後
【夕佳的上海消息】(その3)−加藤夕佳(上海サーチナ)
上海のニセモノ市場として名を馳せた「襄陽路礼品市場」は、この6月30日にとうとう全面撤去された。
旅行ガイドに必ず掲載される有名スポットだっただけに、「市場」の消滅は旅行者や出張者にとっては
残念なことだろう。一方、企業駐在員の間には、日本からのお客さんのアテンド先が減って大助かりだ
という声もあるという。
「市場」がまだ健在だった頃は、人も車も絶えることがなかった。特にタクシーの乗降が頻繁で、
ほぼ一日中、慢性的な渋滞が続いていた。しかしさすがに撤去後は人通りも減り、車の通りもスムーズに
なった感がある。タクシーの運転手に聞いても、「最近は渋滞がなくなったから、このあたりを通る
のはラクだよ」と評判がいい。とはいえ寂寥感が漂うほどさびれてしまったわけではなく、まだ一定の
賑わいを保っている。その立役者はやはり、日本語や英語が堪能(?)な客引きたちだ。
つい先日もこのあたりを歩いたところだが、私のことはすぐに日本人と分かるらしく、客引きに
声をかけられた。
「お嬢さん、バグ、バグあるよ(バッグのことだが、中国人は促音の発音が弱いのでバグと聞こえる)」
「ビトン、ビトン。ニセモノあるよ。グチ、グチもあるよ」「ロレクス、時計あるよ。タンヒルも何でもあるよ」
「お嬢さん」という、じつに適切で正確無比な呼びかけに反応した私は、あやうく、
「じゃあ、グチのバグ、見せてよ」と応じそうになった。しかしかろうじて、それは踏みとどまった。
「市場」は撤去されたはずなのに、どうしてまだ客引きがウロウロしているの?という疑念が湧いたからだ。
ひょっとすると、路地裏の怪しげな雑居ビルの一室あたりに用意された「店舗」に連れて行かれて
ボッタクられるかも――。と、我ながら理性的な判断がはたらいたのである。
いや、もっと正直にいえば、“上海在住の日本人女性、「お嬢さん」の呼びかけについフラフラ。
モグリのニセブランド店で身ぐるみ剥がされる”という見出しで報じられるのを恐れただけだ
(ついでにいえば、“被害者もニセ「お嬢さん」だった”などという、シャレにならないオチまで付けられ
てはかなわないという思いも脳裏をよぎった)。
しかし「市場」跡地をうろつく得体の知れない客引きは、以前の客引きと違って相当しつこかった。
気温が体温を上回る暑い日だったこともあって、彼らのあまりのしつこさにムッときた私は、
つい「うっとうしいな、もう!あっちへ行きなさいよっ!」と叫んだのだった。だから今後は、よほど
「お嬢さん」と呼ばれたいという思いに駆られないかぎりは、「市場」跡地に行くのは避けたいと思う。
本来なら警察に厳しく管理してもらいたいところだが、当の警官たちは客引きたちと世間話に興じて
いるという体たらくなので、こちらはまったく期待できそうにない。
ところで、かつて無数にいた「市場」の業者たちはどこへ消えたのだろうか。この2カ月の間、
多くの方々から訊ねられた問いでもあるが、じつはあの業者たちは、上海市内の何カ所かに設け
られた新たな「市場」に移動させられていたのである。
先日、そのうちの一ヵ所、浦東の上海科技館地下にある「亜太盛匯広場」(写真)を覗いてみる
機会があった。もともと「襄陽路礼品市場」のテナントだった業者が優先的に入居を許可された
ショッピングモールだ。地下鉄2号線の「科学技術館」駅に直結していて交通至便だが、まだできた
ばかりとあって、人も店もまばらだった(写真はショッピングモールの中で一番賑やかなところを
収めたもの)。ここでは取扱いブランドが厳しく管理されており、扱ってはならない禁止ブランドの
ロゴ入りポスターがあちこちに貼られていた。
もちろん、客引きはここでも健在だった。しかし警備員が常時モールを巡回しているためか、
その声に勢いは感じられなかった。さしずめ「健全な」ニセブランドモールといった風情だが、
こうなると不思議なもので、あの「襄陽路礼品市場」の沸騰するような猥雑さが懐かしく思い出されてくる。
この新モールに足りないものは、まさにそれなのだ。それからもうひとつ、「お嬢さん」という
呼びかけもなかったが、それは私がここに二度と来たくないと思った理由のほんの一部でしかない。
写真:
http://news.searchina.ne.jp/2006/0907/column_0907_008.jpg ソース:サーチナ中国情報局
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=0907&f=column_0907_008.shtml