【アメリカ】 ミャンマー問題で「日本に失望」―グリーン前米NSC部長 [06/03]

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43伊58 ◆AOfDTU.apk
週刊新潮20040909変見自在 ビルマの心
戦争に負ける。
 日本も一度、体験した。乗り込んできたマッカーサーの言いなりにされた。
 マッカーサーは無抵抗の日本をみんなの前に引き出し、下卑た笑いを湛えていたぶる。「さあ、みんなにこう言え。払は自分の身を守りません。みんなを信用して素っ裸で転がっています、と」。
 世に言う平和憲法だ。
 それを聞いて日本には近代化させてもらった恩義のある国も、植民地のくびきを外してもらった国もハイエナのように飛びついてきて賠償を請求したり、李承晩ラインを引いたり、あるいは北方四島を侍っていったり、日本は酷い目に遭ったものだった。
 それでもビルマに比べれば日本はまだ幸せな方だったかも知れない。
 ビルマは十九世紀末、英田に植民地になれと通告された。
 由緒ある王国が拒絶すると、英国は軍艦一隻を送ってビルマを叩き潰し、ティポー国王夫妻をインドに流し、王子と王家につながる人々すべてを処刑した。
 こうすればビルマ国民は心棒を失って国家としての復元力を大きく失う。ちなみにGHQも天皇ご一家を中国に遠流するつもりだったが、やればわが身が危なくなるのをマッカーサーは知っていて、それで実行しなかったといわれる。
44伊58 ◆AOfDTU.apk :2006/06/03(土) 11:39:21 ID:KDMOuFqw
 さてビルマ。心棒を抜いた英国は次に「ビルマ人の国」をふち壊しにかかる。インド人を入れ、華僑を入れ、周辺の山岳民族モンやカチンを山から下ろしてビルマ人を支配させた。
 マッカーサーもやる気になればそれはできた。日本に大量の中国人と朝鮮人とフィリピン人を送り込んで
彼らに支配させる。
 等々力不動は取り壊され代りにモスクが建ち、隣にキリスト教会が並び、向こうには孔子廟が聳える……。
冗談ではなくラングーンはまさにそういう景色に変わっていった。
 そんな辛酸をなめたビルマ人アウンサンは先の戦争のさなか、日水軍と行動をともにし、自分の国を取り戻すのに成功した。
 しかし日本の敗勢が濃くなると、彼は世話になった日本に「弓を引く」と通告する。日本についていればビルマ人の国は永遠に取り戻せない。それを察してほしい、と。
 このくだりを英戦史家ルイス・アレンが『日本軍が銃をおいた日』の中で感激して詳述している。
 しかし英国はアウンサンの真情を許さず、ビルマの独立は認めたものの、彼は暗殺される。
 そして半世紀。世界から忘れ去られている問にビルマ人は中国の共産ゲリラと戦い、鎖国政策をとって華僑たちが愛想をつかして出て行くのを待ち、英国の手先だった山岳民族とも和解して再建を図った。
 そのしるしにビルマ人の国ビルマという国名を、五族協和を意味するミャンマーに改めている。日本人の国、日本をやめてしまうというのと同じ大決断だ。
45伊58 ◆AOfDTU.apk :2006/06/03(土) 11:40:04 ID:KDMOuFqw
 そこまでまとめて軍事政権が退こうとしたとき、アウンサンの娘スーチーを英国が戻してきた。彼女は父の暗殺のあと英国に引き取られて三十年も暮らし、英国人と結婚もしていた。
 いわば英国の代理人でもある彼女のもとに、かつて植民地時代に英国の下でいい思いをした華僑や山岳民族が結集し一大政治勢力と化していった。
 ビルマ人がやっと取り戻した祖国。それを再び植民地時代に引き戻す英国の動きにビルマ人が怒り、再び軍事政権が帰ってきた。ビルマの苦悩は続く。
 世の中、馬鹿が多い。先日の朝日新聞のコラムでアジア総局長真田某がミャンマーの「民主化の遅れ」をさかんに嘆いていた。
 彼はその前にもASEN拡大問題で英国がスーチーの弾圧をロ実にミャンマーの加盟に大反発したと報じていた。ビルマをぶち壊した英国が何か言うなら「申し訳ない」だろうが。
 彼はビルマを中国より酷い独裁国家風に書く。でもこれが中国ならスーチーに十六年間もぶ−たれさせずにとっくに始末している。
 ビルマは心優しい国だと思わないのだろうか。
 そのミャンマーのエネルギー支援に日本が三十億円出すと言ったらまた朝日が非難がましく書きたてた。
 日本人は、心のかようビルマに金を出す方が、北朝鮮に五十億円出すよりははるかにましだと思っている。