http://japanese.chosun.com/site/data/img_dir/2006/05/25/200605250000281in_05.jpg 韓国人留学生の申鉉亀(シン・ヒョング)さん(28)が東京のJR新大久保駅で線路に落ちた日本人女性を助け上げ、
また日本社会に大きな感動を与えた。
新大久保駅では2001年1月26日に韓国人留学生の李秀賢(イ・スヒョン)さん(当時26歳)が
酒に酔って線路に落ちた日本人を助けようとして死亡している。
今回の主人公申さんも李秀賢さんが通っていた赤門会日本語学校に通っている。偶然だろうか。
申さんは「線路に落ちた女性を見たとき、李秀賢さんのことを思い出した」とし、
「先輩に関する記憶が、線路に向かうよう私の背を押したような気がする」と話した。
21日午前5時30分頃、申さんは新大久保駅で降りた。先輩の引っ越しを手伝うため日暮里駅に向かっていた途中、
トイレに行きたくなって途中下車した時のことだった。「後ろで『ドン』という音がした。
プラットホームにいた人たちがその方向に移動していた。私も走っていった。一人の女性が線路の上によろめいていた。
酒に酔っているのか、線路に足が挟まったのか、プラットホームに上れないでいる様子だった」。
周囲にいた20人余りの人々はうろたえてばかりいた。その中には線路に落ちた女性の友人もいた。
しかし「助けて」と叫ぶ人はいなかったし、誰も線路に下りはしなかった。
「数分くらい過ぎたような気がしました。誰もがちゅうちょしていました。私もためらっていました。
そのとき、同じ状況で落ちた人を救った人が私の学校にいたという話を思い出したんです」
「あまりに緊張して『李秀賢』という3文字は頭に浮かばなかった」という。
申さんが通う学校には李秀賢さんの顔をかたどった銅板が掛けられている。
「名前ではなく、その銅板に刻まれた顔が頭に浮かびました」。
申さんはカバンをプラットホームに投げ出し線路に飛び降りた。申さんは身長178センチ、81キロのがっしりとした体格だ。
「長細い段ボールのラーメン箱を持ち上げた感覚だった。本当に軽かった」とし、
「あまりに緊張していて普段の何倍も力が入っていたんだと思う」と話した。申さんもすぐにプラットホームに上った。
「頭が混乱していたのですぐに駅を離れました」。申さんが助けた女性は18歳の女子大生で、
そのまま救急車で病院に運ばれた。足に軽いケガを負っていたという。
5年前、同駅で李秀賢さんが日本人男性を助け、自分は走ってきた列車を避けることができず死亡した事件は、
日本人社会に大きな感動をもたらした。韓流ブームとともに日本人にとっての韓国人のイメージが変わるきっかけとなった。
今回の申さんの行動もまた、毎日新聞や朝日新聞などのメディアで大きく扱われた。
申さんはソウルのロッテワールドに5年間勤務した後、自動車レースに関する勉強をするため昨年の9月に来日した。
ピアスをつけ、ひげを生やした今風の若者だ。申さんは記者に「あなたがいたとしても、同じことをしていたはずです」とし、
「そうですね。同じ韓国人だからそう思います」と話した。李秀賢さんも生きていれば同じように話したかも知れない。
朝鮮日報
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