ベンチャー精神と民族主義
内外を騒がせている韓国の”黄禺錫事件”に韓国国民は複雑な思いを抱いている。
世界最先端技術−「ES細胞開発」の誇りが一挙に"世界的な詐欺劇"に暗転したからだ。
しかし世論の底流には黄教授に対する支持と未練が根強い。そこには韓国人にとって
民族的な"見果てぬ夢"がある。
いまなおインターネット世界では若者世代による黄教授に対する支持と批判の大論争
が延々と展開されているが、ある"ネティズン"(ネット市民)はネットに
こんな"小説"を寄せている。
「黄教授の名前が人びとの記憶から忘れ去られていた二〇一〇年秋、難治病患者たち
のなかで金剛山観光に行ってきて完治したという奇跡のような話が広がった。金剛山に
万病に効くわき水があるといったウワサも流れたが完治した人たちは沈黙していた」
「しかし完治患者が千人に達したとき、韓国政府は世界を驚かせる発表をした。黄教授
の才能を惜しんだ政府が、北朝鮮の協力を得てひそかに金剛山に秘密研究所を設置し
研究を続けさせていたのだ。この秘密は北朝鮮の積極的な協力で守られ、黄教授はつ
いにES細胞の大量生産に成功した」
「神経損傷、顔面やけど、糖尿病による足切断など、あらゆる障害や難治病がES細胞
培養で作られた新しい組織や臓器の移植で続々と完治し、世界中から患者が韓国を
訪れるようになった。その治療予約患者は一年で一億人を超えた。また黄教授チームは
ES細胞で次々と新薬開発に成功し大もうけした。世界中の生命工学者や病院が巨額の
特許料を韓国に支払うようになった」
「二〇〇五年、黄教授疑惑事件でたもとを分かった米ピッツバーグ大教授や黄教授の
疑惑を暴露した韓国の研究者たちは、米政府やCIAから莫大な支援を得たにもかかわら
ずES細胞開発には失敗し破産した。ES細胞を基にした新医療産業による利益はサムス
ン電子の三百倍を超え、世界の金融機関が投資を競い韓国と北朝鮮の南北当局は断る
のに苦覚するほどだった」
「南北は世界のバイオテクノロジーの中心になり、それで得た資金により北朝鮮経済は
急速に成長し南北を合わせた経済力は日本を上回った。北朝鮮には資本主義経済が
広がり共産主義が衰退し、開放によって民主主義体制に変化し始めた。北朝鮮は毎年
30パーセントの高度成長を続け、専門家たちは南北統一も数年内に可能と展望するよう
になった」
「米国や日本の先端大企業は韓国企業に買収されたり、生産基地を韓国や北朝鮮に
移す企業が増え空洞化が進んだ。このため日米から韓国への密航や不法滞在が急増
し、日米の大使はしばしば韓国政府に呼ばれ注意されるようになった。急成長していた
中国も利益の半分以上を韓国に特許料として支払い、韓国との間の技術格差は広がった
中東の油田や豪州の鉄鉱、ウラン鉱山、アフリカの金鉱山など世界の資源のほとんどが
韓国企業の所有になった」
「中国の東北地方やロシアのシベリア南東部は完全に韓国経済の支配下に入り、
これらの地域の地方政府や住民は本国より韓国との関係強化を望むようになった。
住民投票で韓国に併合してもらおうという世論が高まり中国やロシア政府は戦々
恐々だ」
「今やあらゆる企業が黄教授の顔色をうかがい、疑惑を最初に提起し黄教授を追い
落としたMBCテレビには広告を出さなくなったためMBCは倒産した。黄教授チームの
経済力と収益はビル・ゲイツのマイクロソフト社の三十倍にもなり、黄教授がクシャミを
するとニューヨークや東京の株式市場が暴落し"鳥インフルエンザ"にかかるというのが
今日の姿である…」
一足早い韓国人の"初夢"みたいなお話だが、韓国の若い世代の民族感情が出ていて
すこぶる興味深い。とくに北朝鮮に対する見方に注目してほしい。韓国における近年の
対北融和ムードの背景に億こんな北朝鮮観があるのだ。そして米国、日本、中国を
おしのけての大国・韓国。とくに、北方大陸への拡大。黄教授は韓国人たちにそんな
夢まで与えたのだ。
黄教授は顔もいいし物言いもはっきりしていい。若々しく覇気を感じさせる。カリスマ的な
のだ。疑惑の渦中で「それでもES細胞技術は大韓民国のものです!」と大見えを切って
いる。「それでも地球は回る!」と地動説を支持したガリレオや「板垣死すとも自由は死せ
ず!」といった板垣退助みたいだ。
国際的な"詐欺ドラマ"になりつつある黄教授事件は韓国社会のベンチャー精神と過剰
な民族主義の勇み足だった。しかし夢を見させてくれたのだからいいではないか。
産経新聞05年12月31日紙面スキャン画像
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