貫く 澤地久枝さん 昭和の原点
http://www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/news/20051227dde012040001000c.html 「私が75年生きてきた時間、親たちから聞いたり、小さい時の体験を含めてこの75年を振り返ってみて、
政治がこんなにひどかったことはかつてない、というのが今年の実感です」。
「総選挙の結果にあきれ果てたんです。この国は滅びるな、と思ったし、
自分は何をしているのかという気持ちにもなりましたが、そこから気持ちを立て直しました。
これで終わりじゃなく始まったんだという気持ちに、自分をきちっと置き直せたという意味で、大きく試された年だったと思う」
「大事なタイミングだったんですよ。どこかで小泉さんに『あなたの政治の方向に賛成できません』と言わなければ、
暴走するのは分かっていたのに。マスコミ、特にテレビが果たした役割はとっても悪かったと思うんです。
大声で乱暴なことを言う人が勝ちで、その人が言っていることが真理になったのよ。政治の根本が狂う時は、
あらゆるものが劣化して腐っていく。怒るべき時は怒るべき、正すべき時は正すべきです。
でも、みんなノーマルな反応をしない。そこまで追い込まれたのかと思うと悔しいし、複雑です。
今年はできることをやったつもりだけど、この暮れにすがすがしく自分はいい答えを手にしたとは言えないわ……それは残念です……」
やりきれなさのこもる深いため息が、その場を満たした。
「あー右へ振れる、右へ振れると感じていたわ、ずっと。時代が変わる瞬間ははっきりしなくて、
気がついたら温度がちょっと違うなと感じるものなのね。60年安保が腰砕けになって、
日本の戦後の方向が決まりました。それから経済が発展し、カネが万能になって国民性までおかしくなりました」
「長い不景気で露骨に曲がり始めましたね。アメリカは日本をくみしやすいと思ったし、
日本の政治家、官僚、財界人はアメリカにくっついて軍需景気があるのがいいと思ったのよ。
潜在失業率がひどくても、世の中が悪いと怒るんじゃなく、戦争でもやろうかという動きに惹(ひ)かれている。
戦争をしないと世界経済は動かないと思う人が増えたあたりで日本の大きな曲がり角へ来て、
今年は曲がってしまったんじゃないでしょうか」
「おかしいと思っている半分以上の人たちと気持ちを通わせ、人のつながりを強化することです。
人の心が重なれば、見えない砦(とりで)ができる。それ以外に、こんな悪政の大洪水には対抗できません」
一貫して戦争を問い、国家を問うてきた澤地さんは、憲法9条を柱に改憲の動きに反対する市民グループ
「九条の会」の呼びかけ人の一人。昨年6月の結成後、活動は各地に広がっている。
「みんな戦争は良くないって言いますよ。でもやめない。戦争は最も地球環境を汚染する。
いろんなことを考えて交戦権を捨て、武器を持たないと決めた日本の憲法は時代の先取りもいいところ。
お見事です。あの時、戦争は二度とやりたくないと思った気持ちに、あれ以上ぴったりの憲法はなかった。
その扇の要が9条。人権、思想の自由もそのほかも9条がなくなったらバラバラになる。だから九条の会なんです。
私たちは世界に誇ることをしているんだから悲壮になったりせず、にこやかにやっていくの。
顔引きつらせ、髪振り乱す時代ではないから」
14歳の体験から始まったその人生はジグザグ、らせん状、時には立ち止まりながら、
気づくと一本の道になっていたという。「自分の心が望まないことはやりたくない、
何か少しでも世の中に役に立つ人間でありたいと、気がついたら今の私がありましたね」。
今、自分の考えと同じ考えを持つ人が自信を取り戻すことに希望を託したいという。
「より良くなると思わなきゃ、生きられないんじゃないかしらね」
無から立ち上がった人の強さがそこに見えた。【本橋由紀】