伝説的な探偵小説誌「新青年」で活躍し、江戸川乱歩らに次ぐ大家の一人だった
直木賞作家、久生十蘭(ひさおじゅうらん)(1902〜57)が、太平洋戦争中、南方
戦線で記した「従軍日記」が神奈川県鎌倉市内で発見された。
私生活を明かさないことで知られた孤高の作家の戦争体験が克明につづられた
貴重な資料となりそうだ。
十蘭は、43年2月から1年間、新聞などに戦地の様子を執筆する海軍報道班員
として、ジャワ島やニューギニアを転戦した。従軍日記はこのうち日本出発から9月
1日までの行動記録をA5判大の日記帳3冊約700ページにぎっしりと記している。
一昨年死去した幸子夫人の自宅で遺品を整理していた姪(めい)の三ツ谷洋子さん
(57)が発見。2冊目初めまでの前半を夫人が清書したらしい原稿用紙もあった。
この清書原稿によると、日本占領下のジャワ島・スラバヤを拠点に前線への派遣
を待った十蘭は、ボロブドゥール遺跡や避暑地を巡るだけの「怠惰と無為」の日々に
憂うつになりながら、現地の一部日本人の振る舞いを「専制王国の王様」のようと批
判的に観察。母や妻への土産を買う家族思いの一面も見せている。また、反抗の意
図があるとして死刑になったオランダ人老人がいるとの話を聞き、「これ即(すなわ)
ち戦争なり」と、哀れむ感情を戒める記述もある。
日記そのものは癖のある字で書かれ、アンボン島やニューギニアの前線基地を回
った後半の記述は、今後判読が必要。十蘭は前線で機銃掃射を受けたり、一時行方
不明と伝えられるなど過酷な体験をしたといわれ、帰国後書いた戦争作品と実体験
との関連も明らかになりそうだ。
十蘭全集の刊行を予定している江口雄輔昭和女子大教授は、「生前、身辺雑記や
エッセーをほとんど書かなかった彼の生の姿が分かる貴重な日記。公式報道では
見えない、太平洋戦争下の南方の日常も理解できる」と評価している。
ソース:読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20050811i306.htm