【国内】韓国からの修学旅行も京都へ 関係者らゆかりの史跡を視察[02/27]

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34「京都を見て・・・」に注目
第11次朝鮮通信使節(1763〜1764)の日本紀行文

大阪を見ての驚き
「三神山の金闕銀台とは まことこの地のことであろう」
「人家が塀や軒をつらね その賑わいの程は我が国の錘絽(ソウルの繁華街)の万倍も上である」
「北京を見たという訳官が一行に加わっているが かの中原の壮麗さもこの地には及ばないという」

名古屋を見ての驚き
「山川広闊にして 人口の多さ 田地の肥沃 家々の贅沢なつくり 遠路随一といえる中原にも
見あたらないであろう 朝鮮の三京も大層立派であるが この地に比べれば寂しい限りである」

江戸を見ての驚き
「楼閣屋敷の贅沢な造り 人々の賑わい 男女の華やかさ 城郭の整然たる様 橋や船にいたるまで
大阪、西京(京都)より三倍は勝って見える」

京都を見て・・・
「惜しんで余りあることは この豊かな金城湯池が 倭人の所有するところとなり
帝だ皇だと称し子々孫々に伝えられていることである この犬にも等しい輩を 皆ことごとく掃討し
四百里六十州を 朝鮮の国土とし 朝鮮王の徳をもって 礼節の国にしたいものだ」

「日東壮遊歌」金仁謙著 高島淑郎訳注 平凡社東洋文庫

240年前も今も言ってることが少しも変わらない。相変わらず「日本滅ぼしてやるニダー」
今後も変わらないよ。一度完全に破滅しないと変わらないと思うよ。彼らは。