日の丸・君が代 総合スレ Part57

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74朝まで名無しさん
 今日のスイスは非常な平和愛好国である。しかし、常にそうであったのではない。
【過去には過失もあった】。その過失は、我々が将来をはっきり見通すための【指針としての役に立つ】。
わが祖先は自由と独立を守るために戦った。この時点で【彼等の英雄的行為】に感謝を捧げる。
しかし、【わが祖先は、近隣の土地を侵略し征服するためにも戦った】。
このため彼等は破滅しかかった。が、【そのことを十分に理解して】、侵略戦争を放棄したのである。
 この賢明さによって平和が我が国にもたらされた。【その平和を守り続けること】によって、
【世代から世代にわたって】国民の【期待にこたえるような】国を、石を一つずつ積んでいくように
建設することができたのである。完全な国をつくるためには、常に手を加えなければならない。
 わが民主主義の真価は、絶えず必要な改革を促すことである。どのような制度も、生き物と同じように、
それ自体の生命力によって変化することから逃れるわけにはいかない。全ては進化する。
思想も、風俗や経済情勢と同様に進化する。
だから、国民や国民を代表する議員が、常に注意深く制度を見守ることは、どうしても必要である。
 この注意深く見守ることによって、制度の改革が求められてくる。
それは改革であって、【めくら滅法の破壊ではない】。【革命は、しばしば益よりも害となる】。
革命のあとの恐怖政治は、歴史の示すとおり、独裁制による血まみれの様相を呈した。
無秩序は、結局、暴君が現れて鞭をふるうことを求める。
 しかしながら、権力が或る個人に集中し、抑圧された人々が、
その独裁者を追放するために立ち上がるほかなくなったときに、革命が必要となる。
  民主主義は、
  【何も生み出さないでじっとしていること】と、【破壊的に転覆すること】との間に通じる、
  狭い、山の背のような道を、用心深く辿らねばならない。
75朝まで名無しさん:2012/01/29(日) 23:32:52.00 ID:iKS1NILN
 各人の義務は、【この法則に従って】活き活きと生きることである。
【公の問題に無関心であることは、この義務に忠実でないことを意味する】。
全ての破壊を欲することは反逆である。
 【法は、我々すべてを【拘束する】が、【我々を守る】ものでもある】。
我々も、法の制定に参加せねばならない。
【もし、制度の改善のために何もせず、共同体の管理に参加しないならば、
自分たちの制度について不平を言う資格はない】。
 健全な民主主義を維持して発展させていくためには、【建設的な反対派】による批判・審査が必要である。
この反対派は、欠陥と不完全性を指摘し、抉り出す。
 賢明な異議申し立ては、必要な改善を促し、【この改善によって【共同体の安全平穏】がはかられる】。
【【消極的逃避】や【組織的反抗】は、有益な勢力を無駄にし、妨害し、意味ないものとする】。
 とは言っても、世論は、【個々ばらばらな意見に分裂してしまうと】、何ら実りのないものになるので、
どうしても党派が必要になる。
【自由とは無政府主義ではない】。
【無政府主義は、【国家に関する全ての義務を全面的に否定する】ものである】。
各個人の政治的自由は、【精神的家族感あるいは経済的家族感という枠組み】の中で現わされねばならない。
このような枠組みは、その中の各自の意見と利益を守るに足るものである。
このような【共同体生活のきまりの外】で権力がふるわれると、
【秩序が失われ】、効果がなくなり、弱く、【不安定となり】、効率が悪くなる。
 もし、固く団結した多数派によって【事に対する決定の責任がとられないならば】、
活き活きとした民主主義は存在しなくなる。また、もし多数派が、その力を勝手気ままに乱用して、
【すべての国民の持つ合法的権利を国民の一部に対しては否定する】、
とするならば、その国には平和がなくなってしまう。