【雅子妃】皇室における東宮問題を語りつくす【小和田家】★45
サンデー毎日 2011/6/12
祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」
大震災から1カ月の4月11日、皇太子ご一家のお住まいに愛子さまの学友が招かれた。
同日、天皇、皇后両陛下は震災の犠牲者を追悼し静かに過ごされたという。関係者から
皇太子ご一家の行動に疑問の声が上がっている。
4月11日、月曜日。皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)が通学する学習院初等科は休み
だった。学習院の新学期の始まりは4月9日からだったが、その日が土曜日だったこともあり
11日が振り替えで休みになったのだ。
天皇、皇后両陛下の側近の一人が言う。
「東京大空襲のあった3月10日や8月の原爆の日、終戦の日などと同様に震災から1カ月と
いうような日には、皇族方は犠牲者を慰霊するためにお祈りを捧げられます。そして、お慎
みの日として心静かに過ごされるのが通例です。この日、両陛下は忙しい公務をこなされな
がらも黙とうをして犠牲者を悼み、静かに過ごされました」
サンデー毎日 2011/6/12
祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」 2
国家の平和を願い、国民の安寧を祈る。それは皇族の大きな務めの一つである。宮内庁ホ
ームページによると、皇太子ご夫妻の同日の動静についてこう公表されている。
「皇太子同妃両殿下 ご黙祷(東宮御所)」
皇太子ご夫妻は祈りを捧げていたことが分かる。「しかし・・・・・・」と、ある東宮関係者が顔
をしかめながら話すのだ。
「実はこの日、愛子さまのご学友10人前後が東宮御所に集まり『お楽しみ会』が開かれてい
たんです。お子さま方が楽しく遊ぶ会自体は何ら問題がないでしょう。むしろ良いことではあり
ますが、開催された日にち問題はなかったのでしょうか。震災から一カ月が経過した節目のお
慎みの日に、しかも両陛下が被災地への訪問を始めた時期です。そうした時期にワイワイガヤ
ガヤとした会を開催することはいかがなものか、そんな声が内部から上がっていました」
サンデー毎日 2011/6/12
祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」 3
東宮関係者の話を総合すると、「お楽しみ会」の全容は次のようなものだったという。
4月11日午前11時、保護者が運転する数台の車に分乗した学友らが東宮御所に入った。
男女ほぼ同数で、愛子さまと雅子さまが笑顔で迎えた。
東宮御所の庭ではボール遊びや鬼ごっこなどをするのを、東宮関係者2人が中心になって
つきっきりで面倒をみていた。子どもたちは元気に走り回り、疲れると室内でゲームに興じて
いたという。昼食にはサンドイッチが振る舞われ、午後3時のおやつとして出されたオレンジ
ゼリーを子どもたちは大いに喜んだ。
「よほど楽しかったのでしょうか、お楽しみ会は夜7時近くまで続きました。驚いたのは、両殿
下がお揃いでずっとご一緒していたことです。皇太子殿下はビデオカメラを、雅子さまは小さ
なカメラをそれぞれお持ちになり、子供たちの様子を常に撮影していました」(東宮関係者)
おやつの前、震災の発生時刻になると両殿下と愛子さま、そして招かれた子どもたちは揃
って1分間の黙とうを捧げた。
ハプニングもあった。午後5時過ぎ、関東地方で震度4の地震があり、子どもたち慌ててテー
ブルの下などにもぐった。1カ月前の恐怖がよみがえり、不安な表情を浮かべる子どもたちも
いたという。
東宮関係者が続ける。
「両殿下もお子さまたちも笑顔が絶えませんでした。しかい、多くの皇族の方々が静かに過
ごされていたことを考えると、素直に喜んでばかりもいられないと思うのです」
サンデー毎日 2011/6/12
祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」 4
お楽しみ会は当初、春休み中の4月6日に予定されていた。ところが、その日は両殿下が被
災者避難所になっていた味の素スタジアム(東京都調布市)を訪問することになり、11日に変
更されたのだ。
この時期、天皇、皇后両陛下は被災者や被災地の訪問を始めていた。3月30日に初めて、
東京都足立区の東京武道館に設けられていた避難所をお見舞いされた。その後、千葉や埼
玉、茨城、岩手、宮城、福島の各県の被災地をそれぞれ日帰りで訪ねている。皇太子ご夫妻
も、東京や埼玉の避難所を訪問された。
前出の側近が語る。
「両陛下はご高齢に加え、ご病気をおしてでも被災地まで出かけられています。そんな時期に
今回の皇太子ご一家の件は、やはり日程を変更されるなどしたほうがよかったのではないで
しょうか」
昨年9月5日号で本誌が報じたように、皇太子ご一家は昨年8月6日、広島原爆の日という「お
慎みの日」に静養先近くのリゾートホテルに出かけ、友人や家族とともにディナーを楽しんでい
る。天皇陛下はそれを知って、たいへん困惑されたという。
同じく昨年8月、東宮御所では皇太子家の「夏祭り」が開催された。愛子さまの友人とその家
族など数十人が招かれた祭りは、外部からの業者が屋台を出すなど例年以上の賑わいを見せ
た。例年なら関係者が手作りで行うのだが、必要以上に派手な印象を残したことが「鎮魂の季
節にふさわしくなかったのではないか」
と指摘された。
サンデー毎日 2011/6/12
祈りの日 東宮御所で開かれた「ある行事」 5
震災当日の雅子さまの差し入れ
一方で、雅子さまは大震災当日にこんな気遣いを見せていた。
東日本大震災が起こった3月11日、学習院初等科では交通機関がストップしたため、帰宅
できなくなった数十人の児童と保護者、教員が校内で一晩を過ごすことになった。
だが、備蓄されていたのはわずかな乾パンと水だけ。泊まるといっても教室の机を並べ、そ
の上で横になる程度のことで余震のたびに机の下にもぐることになった。空腹も重なり、とて
も眠れる状態ではなかったという。そうした中、東宮御所から差し入れが届けられた。学習院
関係者が話す。
「温かいコンソメスープとジュースでした。泊まった児童や教職員らを気遣った雅子さまの発案
だったと伺いました。寒い時期でもあり、ありがたいことでとても感謝しております」
天皇陛下の学友で元共同通信記者の橋本明氏は今回の件について言う。
「自分の家庭を極端に重く見て、公人としての活動、つまり皇室の祈りという伝統の尊重と実
践がかなり薄いような気がします。こうしたことが続いてしまうと、国民の気持ちがどんどん離
れてしまう。今まさに皇室は危機的状況にあると言わざるを得ません」
ジャーナリストで文化女子大客員教授の渡辺みどり氏はこう指摘する。
「できれば、この日は避けたかったですね。どうしてもというのであれば、両殿下と子どもたち
が千羽鶴を折ったり、励ましの手紙を書いて被災者に送るということもできました」
震災後1カ月という「祈りの日」に東宮御所で開かれた会。「次代の重責を担う皇太子家に
皇族としての自覚が欠けているのではないか」(宮内庁関係者)という声も上がる。その波紋
は広がっている。
本誌・皇室取材班