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October 19, 2006
期間工(トヨタ)
毎月名古屋へ伺っているとトヨタを身近に感じる
昨夜、友人たちと居酒屋で食事し飲んでいたときのことだ。
隣席にいた4名の30歳前後の男性から声をかけられた。
「お姉さんたちは何をしているんですか」
今?
今だったら私たちは食事をして酒を飲んでいるよ、ーーーなぁんてことは言わないで(笑)、
どうやら職業を尋ねているようだ。
私たちは30代後半?40代半ばの女3人。
いわゆる専業主婦には見えないうえに、なんだか皆「ふつうの職業」ではない風なので尋ねてみたということだった。
会社経営者と、医者と、私。
なぜ職業を尋ねたんだろうと逆質問してみると、応えて。
「僕たち、4人ともトヨタの『キカン』なんです」
キカンとは、期間従業員(期間工)の意。彼らは、トヨタの生産現場で全従業員の3分の1にあたる約1万人のうちの4人。
今の時代、製造業だけで期間工200万人を超え全従業員に占める割合は5人に1人といわれている。トヨタでは、4カ月?3年未満の契約で工場ライン業務を行なう。(中日新聞)
「僕はもう三度目のキカンで、こいつらも同じキカンですから」
で、その、自らを『キカン』と、どこか自虐めいて名乗る彼らは、何度か同じ期間工を繰り返しているという。
「立ち仕事ですから、最初は疲れて2週間で行けなくなりました」
「単純作業でつまらなくて、でも、他のバイトじゃトヨタほど金くれないから、また戻ったんです」
「3年の契約を終えて、もう一回契約したってそれほど良くないけど、他のバイトよりマシ」
「正社員と一緒だから、やりづらいことってあるよ」
「上司は威張ってるしさ」
彼らは、なぜ私たちに声をかけたのか。
「お姉さんたちって、なんか儲かってそうじゃないですか。僕たちは今、飲みながら、いったい何をやったら儲かるのかって話してたところだったんで」
へえ。
そうですか。
それは、ある意味光栄なことである。
たとえば、
「お姉さんたちって、なんか貧乏臭いじゃないですか」
なぁんて評されるより光栄だ。
でもね、
同じ居酒屋で隣り合って飲んでるわけだから、あなたたちが自らを卑下するほどには、私たちも豊かではないと思うよ。
(彼らは「トヨタ」を漢字で書くことができるのだろうか、と、ふと思いつつ)
まあ、適当に話を合わせながら(私たちはオトナだから)、「若いんだからがんばってね」とか、
「トヨタは日本を代表する企業だから大丈夫だよ」とか、「働いているのは偉いね」とか。
すると、
調子にのった彼らは口々にこんなことを言う。
「医者なんて、いいですよね。給料高そう」
「こんな時間(平日の19時すぎ)に飲んでいるってことはヒマなんだ」
「俺ら、毎日こんな感じで飲んでるから一緒ですよね」
「でもお姉さんたちは、儲かってそうだよね」
ああ・・・・
困ったなあ。
私たちはできるかぎり大人の対応をしたい。
が、
調子にのって、甘えはじめたのだろう彼らの言葉は続く。
「テレビとか出てたら儲かるでしょう」
残念ながら彼らが想像するほど、テレビの出演料は高額ではないし、きれいごとではなく、お金のためだけに出ているわけでもない。
なにかを伝えたいと思って出るのがテレビや雑誌という媒体でもある。でも、そんな説明はしない。自分が持つ正義や役割意識や社会のしくみを知ろうとしない人には伝わらないから。
彼らのなかで一番ハンサムな男の子が、経営者女性に向かって言う。
「会社とか経営してんだったら、俺のことも雇ってくださいよ?」
ああ。
言っちゃだめだよ、それは。
この類いの発言をするとき、人はとても浅ましく見える。
彼女は、上の言葉を聞いて席を立った。
「あ、明日の朝早いんだった。もう帰ろうよ」
「そうだね、帰ろうか」
「夜更しはお肌によろしくないしね」
そして別の店に女3人で座る。
「困ったもんだねー」
「うん。でも私たちも彼らを調子にのせたから、悪かったかな」
「ううん、違うよ!」
強く言葉を発したのは経営者の彼女である。
「向上心がなくて勉強もせず、平日の早い時間から連日飲んでいる男の子なんて、うちでは絶対に雇わない。スタッフにはお願いして仕事をしてもらってんだから。お願いしたくなる子じゃないと雇わない!」
そうだよね。
彼らに年間300万円以上も払っているトヨタは偉い。
経営者の彼女は続ける。
「うちの従業員は7人だけど、みんなもっと真面目だし、いい従業員に恵まれているんだなぁ、と実感したよ」
そうだよね。
いくら酒の席であっても、初対面の人間を相手に職場の悪口を言ったり、上司を侮辱するのは論外。
「期間工のシステムは社会の不安定化に繋がる。トヨタは社会的責任として日本の規範となれ」ーーという意味の某作家コメントを読んだが、本末転倒だ。
向上心があり、与えられた仕事に生き甲斐を見つけ、社会の一員として役割を果たそうとする若者が職を得ることができないのは不幸せなことだ。
が、ただ金を儲けることだけを求める彼らに仕事を与え、なかなか仕事を継続することのできない彼らに期間を区切ってでも採用する企業は立派である。
真面目に働き企業の求める基準を満たす期間工については、正社員への登用も行なっている。その意味でトヨタは社会的責任を果たしている。
期間工の採用は正社員の安定雇用ともつながる。もしも期間工のシステムが存在していなければ、増産時に大量採用した正社員を、減産に伴って大量リストラしなければならなくなる。
これは、期間工に犠牲となれというものではなく、一人でも多くの人材が正社員として役割を担ってほしいと望むことでもあり、包括する問題は深遠である。
私たち3人は、のんきな飲み仲間だ。
みんな忙しくしているため、会えたのは2年半ぶりだが。
その日は、
私が宿泊している名古屋市内のホテルで、
株式会社デンソー副会長を送る会が開かれていた日でもあった。偶然だが。
黒い服に身を包んだ多くの人々が静かにロビーを行き交い、車寄せには黒塗りのトヨタ車が列をなす。
あなた方が努力して築き上げてきた企業文化を若者に引き継ぐことができますよう、一人でも多くの若者が引き受ける気概を持つことができますよう、心の中で手を合せた。
合掌。
06:48 PM in 日記・メモ | Permalink | Comments (9) | TrackBack (1)