【開示記録は】福岡いじめ自殺総合スレpart10【真っ黒、黒】

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「いじめ自殺の周辺 筑前町からの報告 ─6─ 苦悩 心と心が響き合う世に」
(西日本新聞 06/12/18 朝刊28面)


 かなうものなら、あの日に戻りたいと言う。
あの日─。
わが子が自ら命を絶った日の朝。
「お母さん、行ってくるよ」。
いつもと変わらない元気な声だったと思う。
「行ってらっしゃい」。
炊事場で茶わんを洗いながら、背中で答えた。
「あれが最後と分かっていたら、と思うとですね。見送ってあげたかった…」。
母親(三六)の目に涙がにじんだ。
 「出張していて会えんかったです。二日前、近くの店で家族そろってラーメンを食べたのが最後でね」。
隣で黙々と食べる息子の横顔に、父親(四〇)も異変を感じることはなかった。
 福岡県筑前町立三輪中二年の少年=当時(一三)=がいじめを苦に自殺して二カ月余り。
苦しむわが子の心の内に気づくことができなかったことを、両親は今も悔やみ続けている。
 「親の自分たちが気づけなかったのに、よく学校を責められるものだ」。
そんな中傷を何度も耳にした。正直、きつかった。
 講演のため、福岡県内を訪れた政府の教育再生会議室長の義家弘介氏が、声を掛けてくれた。
 「わが子って近いようで遠い存在だと思うんです。純粋な子ほど、親に迷惑をかけたくないって思うんじゃないでしょうか」
 その言葉に、両親はただ泣いた。
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