>>894 アメリカは正義の味方ですね。もちろんそのころ何をしてたかも
知ってるよね?
>>895 アメリカはアメリカの都合で中国での商取引を拡大しようとしていた
利害の対立が懸念される状況にあった事も確かだが
明らかに勝てないと解っている戦争へ踏み込む理由とはならない
897 :
憂国の名無し:2006/09/15(金) 18:47:55 ID:f5bP81TV
898 :
朝まで名無しさん:2006/09/15(金) 19:05:57 ID:7giKEbEZ
明らかに勝てないとは思っていなかったからなあ
899 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆a7G9QH2uOQ :2006/09/15(金) 19:12:03 ID:h+gAo35G
思ってただろ。
だから奇襲作戦→早期に講和とゆ〜筋書を立てて開戦に踏み切ったのに
南方作戦も含めて思いの外うまくコトが運んだため勘違いしちまった。
900 :
朝まで名無しさん:2006/09/15(金) 19:33:07 ID:MkBtVpy6
誰にでも天皇になれる権利を与えてほしい。
あんなものになりたいの?
もの好きだね
902 :
朝まで名無しさん:2006/09/15(金) 20:30:02 ID:7giKEbEZ
対米英蘭蒋戦争終末促進ニ関スル腹案
一、速ニ極東ニ於ケル米英蘭ノ根拠ヲ覆滅シテ自存自衛ヲ確立スルト共ニ更ニ積極的措置ニ寄リ蒋政権ノ屈服ヲ促進シ独伊ト提携シテ先ツ英ノ屈服ヲ図リ米ノ継戦意思ヲ喪失セシムルニ勉ム
ニ、極力戦争相手ノ拡大ヲ防止シ第三国ノ利導ニ勉ム
昭和二十年十一月十五日 大本営政府連絡会議にて国策として決定
勝てないと思っていなかった、というのは、国策として上記の通り決定してることからわかるように、軍及び政府は
「速ニ極東ニ於ケル米英蘭ノ根拠ヲ覆滅」することが可能であり、
(主にドイツによって)英国が枢軸国に対し屈服し、英国が屈服した結果、米国は戦意を喪失し講和に応じるだろうとの見通しをもって対米英開戦に踏み切ったわけで、
「負けるのがわかってて」開戦に踏み切ったわけではないということ。
負けるのがわからなかったということが誤りであり、仮にわかっていたとしても、それを政策決定に生かせなければ「わかっていなかった」のと同じことだ。
903 :
伊藤博又 ◆r0GvLuD5CU :2006/09/15(金) 21:19:47 ID:9YVbZDYp
904 :
唯の人 ◆6OTu92tEKY :2006/09/15(金) 21:52:54 ID:fKwNhBcx
>>901 そんなことはないだろう。世の中には、ブルーテント張ったり、野宿で
寿命を縮めている人々は多数いる。生まれながらにして、教育の心配も
要らず、食うための、詰まりは将来奈落の底に陥る一片の心配もない
境遇は誰しも望むところだろう。個人の能力を超えて生まれたときから
保障されているなら誰しも望むところだろう。
905 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 22:10:33 ID:/v01+xtR
ふ〜ん、なりたかったんだ自称唯の人
・・・・・なりほど、唯の人である自分の境遇に反感さえ抱いてる、とメモろう。
906 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 22:11:30 ID:/v01+xtR
>>493 ちょっとちょっとぉ・・・・・
オイは、「革命権」なる国家転覆行動を認めてる国家が、世界のどこにあるんだ?、
銀河系ひろしや、ひさひといえども、銀河帝国全体を見渡したって、実例皆無じゃないか!
と訊いてるんだ。
おまえは、血が流されて実現しないと権利の獲得にもなってない、と主張したい?
それこそアホな結末だろ!
>>496:ホントのアホは仮想の他者を見下してりゃ気が済むのでストレスたまらず楽で117
>世間一般の標準からみて受けてきた教育の程度は低いとは感じる。・・・・・
どうでもいいけどな、教育の高低を言いたいなら、
ご自分の出身大学(院)ぐらい明らかにしてみたら?
(それでも入学後に遊んでたら箸にも棒にもかからないわけし、
左翼的ムードが巷にあふれる時代の教育をそのまま信じ込んだらステレオタイプになるだけし。
そこで、戦前の国民一丸となって右傾化した時代とうり二つと比喩してんだよ、オッサン!)
907 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 22:12:54 ID:/v01+xtR
>>508 >昭和初期から、急激に軍国主義国家への道を歩み始めた日本だが、
>天皇がいても右翼化は防げなかった。
それが正しい認識。
潜在的な戦争への指向性という点では、
ウォール街の株暴落の直撃で千数百の銀行を倒産させ
市民の4分の1が失職したアメリカが筆頭だった。
ここに、アメリカが自国産業の防衛に走り始めたために、
その余波から3割の失業者を街頭にあふれさせたドイツ(第一次大戦の理不尽な戦後処理も加わる)と、
最終的に大陸と南洋以外に侵出しようがなくなった日本が加わる。
(日本が軍隊中心に増長していったことは否めないが。)
908 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 22:15:01 ID:/v01+xtR
>>548:伊藤博又 氏
>責任を問う相手は、そのことについて決定できる人間だ。
>戦争について決定できるのは、天皇と戦争指導者。
>そこを飛ばして国民に責任を押しつけるのは筋違いの議論だ。
昭和天皇が立憲君主的にあり過ぎたため、
民意の発動としての日中戦争方面に歯止めがかからなかった、とは言える。
アメリカとの関係における太平洋戦争は、表向きは日本の日中戦争が原因だが、
その実、中国との貿易を拡大させたいアメリカと権益を衝突させながら、
大国の思惑に巻き込まれた(追い詰められた)格好だ。
(その前に日本の輸出攻勢があり、レート差からアメリカのヨーロッパ方面の貿易も
日本に食われる調子になってってた。)
しかし逆に天皇は徹頭徹尾、立憲君主的であったことが奏功して、
責任を問いようがなくなった。
日本国民に責任がないという氏の見解は、現在の中国政府の公式見解とも合致することだが、
こと普選法が施行されていた時代、
中国方面の治安を良くしたかっただけの政府に先行してまで、好戦的となる必要はなかった。
それが軍隊そのものを過剰に信頼する態度にも表れ、国内テロを容認していたばかりか、
クーデターに対してさえ、それが民主主義の一大事と考える人が生じなかった。
これに対し最終的に厳しい対処を求めたのは、政府でも民衆でもなく昭和天皇ただ一人だ。
(なので、言論封殺を試みる勢力に対しては、鉄拳制裁以外には無いと考えるんだ。)
909 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 22:15:37 ID:/v01+xtR
>天皇免責という結論に執着して筋違いの議論をするから、論理に無理が生じる。
そうかな〜?
戦争をするというのは、平和時の外交関係を否定し、
相手国を従属的にしたり相手国に対して非従属的になったりという強力な意志の発現なんだから、
意志の主体こそ、責任を問われるべきでしょ。
そして、日中戦争の開始についても、太平洋戦争の開始についても、
体制内反対派のように妨害的に振る舞ったり疑義を差し挟んでは茶々を入れてた、
しかし大きくは国民を信頼し国民の意思に任せていた者に、何の責任が発生するんだろう?
そして、最終的には大権の二度目の発動を、
自分を犠牲にしてもかまわないという崇高な意志で主体的に行い、
戦争を終局させた者に、いったい何の責任を問えるというのだろう?
910 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 22:16:23 ID:/v01+xtR
>敗戦直後に「一億総懺悔」という言葉が流行った。
>しかし、この「懺悔」というのは加害者としての懺悔ではない。
>天皇の意図を実現できなかった臣下の不甲斐なさを表現した言葉だ。
>したがって、決定権者が天皇であることを前提にした言葉ともいえる。
>責任が天皇にあるということは、敗戦まで、国民にとって自明のことだったんじゃないか?
http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1945.html 8月28日:【一億総懺悔】 東久邇宮首相は閣議後の会見で
「全国民総懺悔をすることが、わが国再建の第一歩であり、わが国内団結の第一歩であると信じる」と語った。
敗戦により「四等国」になりさがったという国民意識に拍車をかける一方、
戦争責任をあいまいにするということで猛烈な反発を招いた。
言葉の成立当初は加害者としての懺悔が企図されたものではなかった、という伊藤氏の指摘は正しいが、
天皇の、と考えるよりも、国家としての戦争を
勝利をもたらすようには完遂することができなかった、と考えるべきだと思う。
なぜなら、ポツダム宣言を受諾して一億総懺悔する方向以外だったら、
日本はなお戦争を遂行しながら、一億総玉砕する方向しかあり得なかったからだ。
(それはアヘン戦争で敗れた中国以上の惨禍をもたらす方向性だ。)
「一億一心」に始まる「一億玉砕」の方向は、「一億総懺悔」で解消され、
その後の繁栄を享受する中、「一億総白痴化」を招きながら「一億総評論家」となって2chが・・・・・(ry
●この「一億総懺悔」は、やがて訪れる占領統治がどんなに過酷であっても耐え抜こうと、
国民すべてに呼びかけたものだ。
(東久邇宮→朝日新聞の途中で変節がある。)
ポツダム宣言に対し、陸軍は全日本国民の奴隷化まで予測し、頑迷にその受諾を拒否した。
ミズーリ艦上で降伏文書に署名するのは、この発言からわずか4日後、9月2日のこと。
911 :
唯の人 ◆6OTu92tEKY :2006/09/15(金) 22:31:23 ID:fKwNhBcx
t00000は相変わらず、金魚の糞のように長い汚物を垂れ流す。
これを、真面目に読むやつがいるのには閉口だが、これも個人の自由だ。
t000000000もカメレオンの如くHNを変えてのカキコはご苦労なことだが、
どこかション弁臭いマーキングが残っているのは愛嬌か。
912 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 22:39:43 ID:/v01+xtR
ふ〜ん、図星だったんだ。怒るとは。(wwwww
>>884 >>889 戦国時代の天皇・朝廷については、
(1)室町時代よりも権威が高まり、実質的に政治権力を行使さえするようになったとする説(今谷明など)
(2)まったく形骸化して無力だったとする説(本郷和人など)
など、研究者によって見解がかなりばらついている。
信長との関係でいえば、(1)の説では、「信長は天皇権威にも挑戦し、正親町天皇に譲位を要求したが
拒絶され、ついに挫折した」とされる。一方(2)の説では、「天皇はまったく無力無害な存在だったからこそ
信長にも倒されずに済んだ(=政治的に無価値な天皇をわざわざ潰すために兵を動員するほど、信長は
ヒマではない)」というニュアンスになる。
ただ、(1)の立場でも、戦国期の天皇そのものが具体的な強い権力を持っていたといっているわけではなく、
戦国大名の間で天皇の存在が一定の求心力を持っていた結果、天皇の存在感が浮上した、という大名側の
事情を重視している。
仮に天皇の存在が戦国時代に一定の政治的影響力を持ったとしても、それは、
・戦国大名や各種勢力の間のパワーバランスの結果、ときに第三者に仲介してもらうことが便利なことが
あり、朝廷が仲介者になることがあった(=あくまで結果論であり、仲介して服従させる強権が最初から天皇に
備わっていたとはいえない)
・足利将軍が無力化したため、名目上は将軍の上級者である天皇が、統一性のシンボルとしては認識され
やすかった(天皇も将軍も無力なら、上級者である天皇のほうが優先的に認知されやすいのは当然)
・特に地方の戦国大名ほど、京都の朝廷などの文化的蓄積にあこがれる心理的傾向があり、寄付をして官位を
買ったり、古典文学を学んだりした(政治的権威はともかく、一定の文化的権威とはいえるだろう))
などによるものだろう。
そして、政治的影響力が仮にあったとしても、だからといって「政治制度」「国家制度」と呼んで良いかはまた
問題である。たとえば比叡山延暦寺や石山本願寺は政治的影響力が大いにあったが、国家制度といえるかどうか。
914 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆cwkQcZxsX6 :2006/09/15(金) 23:06:42 ID:mq6P+oj5
>>913 戦国時代の「天道思想」からして、朝廷の権威が失墜しているのは
明らかだろ。応仁の乱によってそれまでの価値観で成り立っていた
武家社会は崩壊した。だからこその下克上であり、天道思想だわな。
915 :
???:2006/09/15(金) 23:23:40 ID:pBHR/lOq
皇室の盤石ぶりはますます高まっている。反皇室は冬が目前のキリギリスである。つまり、
風前の灯火である。(w
916 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆cwkQcZxsX6 :2006/09/15(金) 23:26:38 ID:mq6P+oj5
ダンゴムシじゃなかったっけ?
世論の天皇制支持、と言う意味で磐石なのは何ら異論は無いが、
次世代の継承の恒久性と言う意味では依然綱渡りなんだが。
>>914 そこは両面があると思っている。既存の秩序が崩壊し、それまでの体制としての権威が
崩壊するという事態がまず当然起こる。ところが一方、混乱状態が続いているうちに、今度は新興勢力が
確定して成り上がってくるので、その成り上がり者が「飾り」「文化的権威」を求めるというところも否定できない。
また、乱世の中で支配力を争うものが、全国的に通用する一定の表象のようなものに目を向けるということは
ごく自然ではある。
つまり、古代律令制以来の支配者としての朝廷の政治的威光という意味での「権威」は、当然、失墜した。
(それまでに長期的に低落してきたわけだが)
一方、戦国大名が力を付けてくると、文化的・装飾的な意味での「権威」を求める動きが出てくるのも事実で、
後奈良天皇や正親町天皇の即位式や内裏修理に戦国大名たちが献金をしたのも、そういう意味があろう。
ただ、考えてみると、後者はそもそも「権威」という単語は使わない方が良いのかも知れない。後者の時点では
朝廷はまさに京都の一文化団体に過ぎず、そこにこそ存在意義があったとも言える。
920 :
???:2006/09/15(金) 23:33:52 ID:pBHR/lOq
反皇室の権威が失墜していることは明らかである。共産国は滅び、皇室の盤石性・繁栄はいよいよ
高まり、廃止派は冬を目前とするキリギリスなのである。つまり、まもなくいなくなるのである。(w
921 :
(○´ー`○)はカワイイ ◆cwkQcZxsX6 :2006/09/15(金) 23:38:17 ID:mq6P+oj5
>>919 ああ、確かに成り上がりの代表である秀吉は「藤原」の家系を、
三河の家康は「源氏」の家系を買って己の権威付けに利用したよな。
ところが将軍になり幕府を開くと、家康は「禁中並公家諸法度」で
朝廷勢力を厳しく監視し取り締まった。江戸期に朝廷が没落したのは
応仁の乱が遠因ではあるが、徹底して行動を制限したこの制度に
よるところが大きい。
922 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/15(金) 23:42:43 ID:/v01+xtR
>>551 :伊藤博又 氏
>tooo の主張は、国民は関東軍の謀略を承知した上でその行動を支持し、連盟
>脱退の意思がなかった政府に圧力をかけて、脱退の意思決定をさせたというもの。
てより、謀略云々を敢えて問題にしない精神態度に国民の側がなってた、ということ。
幣原発言に見られるように日本政府内でさえ、関東軍の犯行を疑い、
事態不拡大を表明したにもかかわらず、関東軍は暴走していった。
●端的には国民すべてが進軍開始の現実に呑み込まれ、応援的な気持ちになってたということ。
>私の主張は、国民は関東軍の謀略を知らなかったからその行動を支持し、連盟
>脱退は、満州における新旧の既得権を確保するための手段としてやむなくとられた
>手段で、この点について政府と世論の間に大きな対立はなかったというもの。
ま、国民方面に自国の軍の非をわめき立てるという政府は、
現在でも充分あるわけではないし(速報性あるTVが中心となった現代マスコミは別)、
事態不拡大という政府の判断理由が、国民に周知徹底されたってわけでもない。
しかしそれでも賢明なら、すでに張作霖爆殺時の真相は広く流布されてたわけだし、
政府の動向を観察するポジションにあった新聞各社が、
知りませんでした、推測しようもありませんと言ってる方がオカシイだろうということ。
●政府が連盟脱退に反対だったことは、32年11月に松岡を送った時点のこと。
常任理事国として参加している国際連盟を、鼻から脱退したろなんて無謀さは日本にはない。
それでも満州国建設へと向かう関東軍の蛮勇に、
国民をはじめとして新聞が拍手を送っていたことが大きく、
それが12月の、事実上総動員態勢のマスコミの共同宣言に、集約されてもいるということ。
923 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/16(土) 00:04:28 ID:879CY6as
>>551 :伊藤博又 氏
>満州国の承認と連盟脱退は一応別の問題ですよ。そのことは新聞社の共同声明
>に参加した時事新報社が連盟脱退については反対の論陣を張ったことでも明らか。
満州国の承認(日本だけが承認した)に固執するあまり、それを認めない国際連盟から脱退した。
内容を吟味するなら、リットン調査団の報告書は日本が決して呑めない代物ではなかった。
ところが満州国の権益を一手に支配する方向性が、
資本の輸出の増加とともに決定づけられてしまった、と推測できる。
(歴史的にみても、列強による侵略は大方この方向。
南満州鉄道、それへの並行路線を頓挫させたりアメリカによる共同管理の提案を拒絶したりなど、
と又、関東軍が治安管理の重点目標の一つに鉄道を入れながら暴走してったとゆ経緯から。)
>奉天軍のしたことだという関東軍の発表を新聞各社が大々的に報道していた。
>さて、tooo が当時の国民ならどちらを信じます?
> 石原らの謀略と事件の実際の経過が確認されたのは、四半世紀を経た1956年、
> 『別冊知性5 秘められた昭和史』に、花谷正「満州事変はこうして計画された」という
> 主謀者の1人の回想が発表されてからのことである。
便利な口実となる「欺されてました史観」は根強い。
今の政治でも、「欺されてました」の一言で、トンデモな政治家を選択したことが赦免されてる嫌いがある。
と同じようなレベルにおいて、軍を信頼するという気運がすでに、昭和初期から形成されていた。
政治家が収賄などで失職したとき、地元民はテレビカメラに向かって言う。
「このようなことをしてるとは思わなかった。」
しかし待てよ、投票したのはモマイじゃないのか?
収賄などすでに織り込み済みで、地元に(中央から金を引っ張り)貢献する者を選んだんじゃないのか?
裁判所で収賄と認定され犯罪者の烙印を押された者でも、
中選挙区だったときは「禊ぎ」で再当選を果たす。
さて、「このようなことをしてるとは思わなかった。」は果たして真実でしょうか?
924 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 01:23:56 ID:eV+Gpod8
明治天皇の一番のオキニーは、誰あろう伊藤博文だったそうだよ。
なにかにつけては「伊藤はどこだ?」と呼びつけ、好んで話したそうだ。
同い年で親近感が持てたってのもあるかもしれない。外国事情に精通してて
洒脱だし、なんか色々話したかったんだろう。信頼度も抜群だった。
明治憲法起草の頃、お互い若かったでしょ。まだ30代かな?
案外、ホリエと宮内のような軽いノリであれ作ってたりしてなw
「そこケイツネ50いっとこうよ、かっこいいじゃん」みたいに
「いきなり神聖不可侵ってこれヤバクね伊藤?」
「いやこっちの方が全然かっこいいじゃないすか」とかw(あー不敬だ)
925 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 01:34:52 ID:eV+Gpod8
伊藤の方も天皇の前で、過度に畏まったりはしなかったらしいよ。
2人きりの場面では、ひょっとして友達感覚だったかもな。
926 :
tooo ◆s/lQJB6p9w :2006/09/16(土) 02:08:16 ID:879CY6as
>>924-925 そこんとこ、ホントのところはどうなんだろな?
内務卿が大久保利通の時代には、執務室にも緊張が走ってて、
出入りする者みんなが用件だけ話して退出してたと言うし、
内務卿を伊藤博文が引き継いだあとは、
酒気を帯びた西郷従道や中井弘らが朝から入り浸りで猥談に興じてたというし、
しかし、新聞紙条例の甘くなった改正案が帝国議会を通過して、
明治天皇に裁可してもらうときには、
みんなこれってさすがにヤバクね?と躊躇してしまって、誰も行こうとしないので、
内務大臣になってた西郷従道が手を挙げて引き受け、
裁可を取り付けて短時間で戻ってきたので、周囲が驚いたと言うし。
その時の西郷従道は、ご裁可願いまーす、と言って、
明治天皇の目前に書類を差し出して、頭を下げたまま待ってたそう。
「くだけてる」と「なめてる」は紙一重。
927 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 02:16:17 ID:mFkdTbEf
しみじみ、くだらない制度だね。情報化社会にその再現は不可能。
928 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 02:17:08 ID:83XXlt9S
アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚
アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚
アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚
アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚
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アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚
アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚
アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚アジアに謝罪しろ侵略非人間民族日本豚
929 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 02:23:37 ID:iXAZ55Nk
マイケル・グリーン
議長、この重要な公聴会での証言者として招いていただきありがとうございます。また長年の
優れた活動をこの場を借りて感謝したいと思います。
委員会は日本と中国あるいは韓国との係争が日本が同盟国として信頼できるかしうるか
あるいはアジア太平洋地域での平和維持にどうかに影響するかどうかに関して意見を述べよ
といわれました。
信頼できる同盟国/利害関係者としての日本
最初に日本の国際的役割について述べたいと思います。なぜなら国際平和、安定、開発に
関してアメリカや世界はますます日本に依存するようになったからです。日本はアメリカにつぐ
国連やIMF、世界開発組織への財政支援をしています。日本はテロとの戦いで欠かせない
パートナーでありアフガニスタンの作戦において着実な海軍による支援と復興資金を提供しました。
日本の自衛隊はイラクにおいて地上での復興支援にあたり、そしてイラクへの復興財政支援を
申し出た最初の国の1つであります。5000億ドルもの支援が他の湾岸諸国の資金援助の呼び水になりました。
日本はイラクで有能な外交官を失いましたがイラク政府が正常になるまで支援の姿勢を堅持しました。
アジアにおいて日本は援助であれ貸付であれ開発資金の指導的提供者です。また日本は地域に安定を
保証しアメリカの権益を守る米軍に年間50億ドルもの支援を続けています。東アジア共同体なるものが
提唱されたときもアメリカを含めること民主主義と法治主義という主張を先導しました。結果として日本は
人権問題や知的財産問題を国内の問題とみなす中国と競合関係に陥りました。この議論が発展し日本は
地域の民主国家との関係を強化し特にインドや豪州と戦略対話と協力関係を進めました。
実際、豪州は日本と安全保障条約を締結することを模索しておりインド首相が年末に訪日する際も
多くの地域イニシアチブが検討されています。
930 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 02:24:14 ID:eV+Gpod8
天皇はまず、伊藤の政治家としての手腕を信頼してたのは確かなよう。
それありきだと思う。
明治天皇に情実で取り入って事を運べるほどに甘くはないでしょ。
議会制がひかれた以上は。
931 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 02:25:47 ID:iXAZ55Nk
欧州と南アジアを旅行したさいには日本の援助を目の当たりにすることができました。クウェートでは
サモワから帰還したばかりの陸上自衛隊員に遭遇しました。彼らは疲労し砂漠の砂で汚れていましたが
イラクで淡水化事業をすすめることに誇りをもっていました。パキスタン奥地では真新しい校舎を見ました。
「日本ありがとう」という旗が掲げられていました。日米共同の支援の一環でした。
この国際平和と安定への貢献により91%のアメリカ人有識者と69%の一般人が日本を信頼できる同盟国と
みなしています。同じ外務省調査のなかで96%の有識者と78%の一般人が日米は価値を共有していると
答えました。これは英国より高い数値です。日本のイメージは国際的にも良好です。BBCが今年の春に発表
した調査の中で33カ国中31国が日本が世界に貢献していると回答しました。これは米国、英国、中国、北欧諸国
すらこえる数字です。否定が多数だったのは2カ国だけです。おわかりのように中国と韓国です。
932 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 02:29:03 ID:eV+Gpod8
>>927 明治だって今の中国以上に情報化社会だぞ。
伊藤が暗殺されたとき、日本のメディアがなんて伝えたか知ってっか。
風刺マンガの格好のネタにされたよw
933 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 02:58:04 ID:Xe7yLJyv
>>890-
>>892 宗教としてなら僧侶の方が上なんだけど。
934 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:01:31 ID:eV+Gpod8
>>933 なんで?宗教は等価じゃないの
価値に上下があるとは知らなんだ
935 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:07:20 ID:mFkdTbEf
>>934 それは宗教ってもんの内容を知らなすぎ。
936 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:08:06 ID:Xe7yLJyv
>>934 当時、「思想信教の自由」なんて無かったかと(w
>>890-892 いや明らかに政治的な意味を持つ。第一天皇から賜る称号は政治的なもの。
だいたい戦国武将が朝廷から宗教上の称号などもらわない。貰うとしたら僧侶から。
それに信長も天皇の威光を大いに利用したし、苦戦していた戦争相手との
仲裁を天皇してもらったりもした。
937 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:11:59 ID:mFkdTbEf
938 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:15:17 ID:eV+Gpod8
>>933 宗教でもその「副作用」ばかりがキツイものは社会的に否認されるべき
という議論であれば、わかるけど。
その場合、真っ先にやりだまにあげられるべきは、宗教的信念にもとづき
数億人を殺したカトリック、数千万人を殺したプロテスタント
現在そうなりつつあるイスラム教だろ。
宗教ではないがイデオロギーとしての社会主義も同断、
それに結びついてアジアでの大虐殺の温床となったブッディストも
全く人のこと言えたもんじゃない。日本で無差別テロさえ起してる。
日本の国家神道など、それらと比べれば実に影のうすいもんだ。
939 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:21:44 ID:J67Qodjb
天皇制がなくなった場合のデメリットは具体的に
言うとどういうことなんですか?
940 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:21:53 ID:mFkdTbEf
大東亜戦争は、神道の戦争だったのでは?
941 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:22:14 ID:Xe7yLJyv
>>936 続き
織田信長にしても、朝廷に対して自分を 関白・太政大臣・征夷大将軍の
いずれかに叙任するよう運動していたほど。
『天正十年夏記』観修寺晴豊の日記
942 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:25:00 ID:mFkdTbEf
>>939 かろうじて国家への関心とプライドを保っていた愚民層のアノミー化、
そしてメンヘル化。おそらくお隣の国のようにファビョる人間の増加。
943 :
朝まで名無しさん:2006/09/16(土) 03:26:02 ID:Xe7yLJyv
>>939 同じ東洋人で尚かつ、皇室の無い日本の近所の国々を参考にすれば?
中国・北朝鮮・韓国・台湾・フィリピン・カンボジア・ベトナム・ミヤンマー 他
>>940 戦争は政治的なモノだよ。常に。 宗教を利用する事も有るが、日本なら仏教が
盛んに戦意高揚に活動してた。歴史的にも僧兵の強さが知られている。
944 :
朝まで名無しさん:
>>940 そうだったとしても「宗教的信念」に基づく異教徒の大虐殺などしていない。
キリスト教と違って。