★ オ ウ ム の 麻 原 彰 晃 は 朝 鮮 人 ? ★
1995年.平成7年
3月22日 捜査当局がオウム教団施設を捜索した際、麻原個人の金庫から、約七億円の
現金とともに十キロの金塊(時価約一千万円)が発見された。この金塊には刻印がなく、
再鑑定の結果、93年の脱税事件で金丸事務所から発見された無刻印の金塊とほぼ同一
の規格、品質であり、同じ高炉で精錬されたものと分かった。
4月23日 オウム真理教村井刺殺事件で、村井を刺殺した徐が犯行直前まで住んでいた
家の所有者である女性の姉とかつて同居していた相手は、実は北朝鮮の大物スパイ、
辛光洙(シンガンス)であった。
■北朝鮮・拉致事件関連年表
http://boboro-web.hp.infoseek.co.jp/bd203histry.htm
北のスパイ・辛光洙とオウムの接点
オウムの北鮮とのコネクションは早川が仕切っていたが、そのうちに村井が担当するように
なったらしい。 村井×早川という教団内部の権力闘争で、結局、村井は北鮮(=北の工作
員の早川)に口封じで消された。 村井を殺した徐は日本名「田中」として在日朝鮮人二世と
して群馬県高崎に生まれた。早川とは親密な関係があった。 徐は北のスパイ・辛光洙(原
さん拉致で指名手配になった大物スパイ)とも北の支援者が経営するスナック等で接触し
ていた。 そのスナックは石川県穴水町にある。ここは北の工作機関の一大アジト。拉致や
原発攻撃に絶好だからだ。 徐はチュチェ思想研究会にも加入、総連の大物幹部とは東京
で同居もしていた。 一方、国松警察庁長官銃撃事件の容疑者のひとり林泰男は1957年。
東京小平生まれ。北朝鮮国籍。その後、帰化。石川県穴水町に転居。 祖父母(北朝鮮国
籍)は北朝鮮の工作船の日本側支援メンバーとして公安の重要監視対象者。 その後、
祖父母は北朝鮮に帰国。辛光洙とオウムの林泰男との接点はいくらでも出てくる。
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朝まで名無しさん:03/08/29 03:24 ID:7SOuX1YB