既出だろうけど、一応貼っておきます。
「選択」2002年4月号 76〜78
米国が突く日本「裏社会」経済
――不良債権「蟻地獄」で大統領に報告――
三月十五日、涙の離党会見で鈴木宗男衆院議員は恨み節を漏らした。
「私の排除と言いますか、潰しと言いますか、なにがしかの意図や思いがあ
って今の事態に至っているなと……」
次々と機密メモを流した外務省、そして連日の報道によるメディアの暴力
に一矢を報いようとしたのかもしれない。だが、それとは別の巨大な「見え
ざる手」が働いていた可能性に彼は気づいていないようだ。
そのヒントになる英文ペーパーを入手した。タイトルは「暴力団への対処
の仕方――組織犯罪に汚染された市場でのビジネスリスクとコストを最小限
にするテクニック」。日本に進出する米国企業向けのガイダンスにあたり、米
国務省のアドバイザーと国際組織犯罪の安全保障・経済影響評価担当の米政
府専門家が共同でまとめたものだ。この米国版「マル暴対策マニュアル」、宗
男疑惑を思い浮かべながら読むと、なかなか示唆に富んでいる。
「マル暴マニュアル」に浮かぶ陰画
▼国際比較 犯罪シンジケートが実力を行使するか、政府高官に圧力をかけ
て目的を遂げるカネと意思を持っているなら、標準的な企業セキュリティー
手続きでは追いつかない。企業や銀行といった公の評判が大事な産業では、
地元(日本)企業はパートナーや顧客、競争者との紛争調停に組織犯罪を利用
しようとするかもしれない。真っ先に挙がる例は、日本のヤクザの不動産や
商業紛争の調停への介入である。
日本では消費者向け貸し出しと不動産開発にヤクザ・シンジケート(広域暴
力団)がかなり深く侵食している。日本の犯罪組織は、裏情報誌や報道機関を
隠れ蓑にして企業をゆするネタを集めている。
▼暴力団管理テクニック 企業(進出外資)は何より毅然とした態度を示すこ
と。究極的には犯罪集団が(外国)企業を標的にした際のコストが高くつくよ
う注意深く行動する。その場合、日本のシンジケートが暴力を行使したり、
汚職高官を動かさないように気をつけなければならない。
▼組織暴力侵入防止のポイント 組織犯罪は意思決定権を持つ幹部社員に接
近する。一番狙われやすいのは、日本に家族がいて日本語を話す幹部社員だ。
狙われやすい社員には、裁量権がないことを公に示す必要がある。
▼投資戦略 組織暴力団が浸透している市場で日本企業に投融資したり、合
弁企業を設立したりするなら、前もって入念に細心の注意を払った調査が必
要だ。債権者や顧客に流れた手形を追跡すれば、暴力団やその支配企業にど
の程度結びつきがあるかがわかる。
調査で暴力団との結びつきが判明しても、外国企業の場合はビジネスを進
められる。隔離した特別目的法人(SPE)を設立し、利害に関わる資産の一部
かすべてを移せばいい。調査で暴力団絡みでないと判明した資産――人材や
融資ポートフォリオ、不動産または契約だけを特別目的法人に移すべきだ。
この特別目的法人は、証券を発行して企業に売りさばくか、資本市場の限ら
れた投資家に販売する。
米国や西欧の企業は現地の自国大使館を活用すべきだ。大使館の海外商業
サービスの現地オフィスか全米商業会議所、また大使館の商業担当官を通じ
るか、直接に地域安全保障担当官(RSO)に接触できる。RSOは現地駐在
法的アタッシェの協力で、日本の法執行機関に(暴力組織離れの)企業努力を
支援するよう圧力をかける。
マニュアルの要約を紹介したのはほかでもない。本誌三月号でジョージ・
W・ブッシュ大統領が二月の訪日直前、日本の裏社会を分析したインテリジェ
ンスリポートを読んでいたと報じたからだ。マニュアルはその関連文書で、
米政府のスタッフが大統領に示そうとした「闇社会に汚染されたニッポン」
像がくっきり浮かぶ。ここに映った日本の陰画はとても先進国とは思えない
が、それが米国の対日認識の現状だという厳しい現実には逆らえない。
大統領向けのインテリジェンスリポートはもちろんはるかに詳しいが、そ
れが日本の不良債権問題に潜む蟻地獄を大統領に悟らせたのだとしたら、米
国の対日政策を規定してしまったのではないか。
日本の組織暴力団に関する綿密な調査に基づき、ペーパーも不良債権処理
の困難さの分析にかなりの紙数を割いている。国務省、財務省、国防総省、
連邦捜査局(FBI)、中央情報局(CIA)など主要機関が競うように日本の
裏社会を調べ上げたのだ。山口組、稲川会、住吉連合、会津小鉄などの広域
暴力団の名が列挙され、政界、財界、官界との相関図、人脈にこと細かく触
れている。
ヤクザと縁の深い有力政治家のリストもある。いずれも日本の政治を動か
す「大物」で、愕然とさせられる。日ごろハト派でクリーンなイメージの有
力派閥リーダーが実は裏社会とつながりの深い秘書を通じて組織暴力団のト
ップと会ったり、暴力団の有力資金源である芸能プロダクションから融資を
受けている実態までも、虫眼鏡で覗くように追跡しているのだ。
官僚についても、バブル期に「勉強会」と称して裏社会とつなげた仕掛人
から、さまざまな接待攻勢を受けて身動きできなくなっているケースを紹介
している。裏社会に借りのある官僚や政治家は、その利害に反する政策を立
案も実行もできないと見ているのだ。
先送りは米国の経済安保に脅威
このペーパーは、法治国家として世界でもっとも安全なはずの日本が不良
債権処理問題では無法社会そのものであることを示し、「問題はわかっている
のに誰も手をつけようとしない。問題は政治にある」と指摘している。政府
はひたすら公的資金の注入や調整インフレによる金融危機対策という「きれ
いごと」に終始し、民間側もリスクやさまざまなトラブルを恐れて不良債権
買い取りに躊躇し続ける――米国の切迫した危機感は、「資本注入は不要」と
言い張って譲らない柳沢伯夫金融担当相に爪の垢でも飲ませたいくらいだ。
だからこそ、朝日新聞がスクープした訪日前の小泉純一郎首相宛て大統領
親書では、銀行の不良債権が帳簿上の処理にとどまり、不動産や事業など企
業の不稼働資産が市場処理されていない状況に苛立ちを隠さなかったのだし、
「早く市場に売却されないことに強い懸念を持つ」と早期解決を促している
のだ。
日本で笑顔を振りまきながら、ブッシュ大統領はどんな目で抵抗勢力の
面々を眺めていたのだろう。裏社会とつながる有力政治家が誰かを大統領は
ちゃんと知っていた。小泉首相個人については、裏社会と隠微なつながりを
持たない「クリーンな改革者」と見ている。「小泉の次は小泉しかいない」と
ホワイトハウス筋は言い切る。
だが、ここまで日本の病理を裸にした米国の真の狙いは何か。不良債権を
最終処理させ、買いごろの物件や企業、金融機関を吐き出させて、米資本が買
い叩けるよう障害を取り除く――そんな自国資本支援の動機はもちろんある
だろうが、それだけなら冒頭に挙げた裏社会対策マニュアルと米国の強力な
インテリジェンス能力だけでこと足りるはずだ。
現に米国の大手投資銀行は、日本の資産買収に米軍の上陸戦略や占領手法
を活用している。参謀格に米軍出身者を据え、情報収集や危機管理を迅速に
こなす。彼ら元軍人の多くは、敵国を占領したときの治安維持、犯罪処理な
ど国の再建のノウハウを持っている。米側関係者の居場所や電話番号などの
連絡先から、脅迫や誘拐対策まで完璧な危機管理マニュアルを備えているの
だ。あとは星条旗をバックに日本の司直に圧力をかけ、「米国市民の安全」を
強制すればよい。これを見ると日本はまだ進駐軍時代かと思えてくる。
だが、ことは対日ビジネスという小さな損得勘定に局限されるものではな
い。ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官ら政府要人が言うように、裏社
会に浸透され、自力で浄化できなくなった日本経済がいずれ迎える破綻が、
米国経済や国際金融市場を恐慌に巻きこみかねず、これは米国の経済安全保
障に直結すると真剣に考えているのだ。
実は対日インテリジェンスリポートは必要に応じて改定されてきた。初版
はクリントン前政権が作成し、二〇〇〇年末の政権移行時にブッシュ・チー
ムに手渡された。そこでは「日本は自力再建できない」と結論づけていた。
クリントン政権はロバート・ルービン財務長官(当時)を中心に、米投資銀行
やリップルウッドのような「ハゲタカファンド」を後押ししてきたが、その
グローバル市場戦略を継承するよう次期政権に促したに違いない。
だが、来日前にブッシュ大統領が手にしたのはその改訂版である。しかも
大統領の最側近、コンドリーザ・ライス国家安全保障問題担当補佐官が目を
通した上で、大統領に必読資料として勧めたものだ。一読すれば、ジャパン・
プロブレムの元兇は裏社会にあり、彼らこそ米国の安全保障を阻害するもの
だという結論が容易に演繹できたからだろう。
北朝鮮との「腐れ縁」排除に動く
重要なのは何が改訂されたかというより、何が新しく付け加わったかであ
る。それは日本の裏社会と北朝鮮の結びつきについての詳しい調査報告だっ
た。大統領は年頭教書で北朝鮮をイラン、イラクと並ぶ「悪の枢軸」と決め
つけている。「ならず者国家」から「悪の枢軸」への格上げは、テロとの戦い
を文字通り戦争と規定するブッシュ政権が、タリバンやアル・カイダと同じ
く撲滅を狙う強い意思の表れである。
日本の裏社会と一部政治家が持つ朝鮮半島との腐れ縁的な絡み合い、在日
韓国系と在日北朝鮮系の裏社会を通じた結びつき、そしてパチンコ、遊技場、
信用組合などや裏社会のネットワークを通じて北朝鮮へ流れる資金ルートは、
複雑怪奇としか言いようがない。日本国内では恐らく全貌を掴む勇気のある
機関はどこにも存在しないが、これこそ東アジア安全保障の要と見た米国は、
インテリジェンス要員を動員してとことん洗ったのである。
改訂版を読んだあと訪日したブッシュ大統領の脳裏には、不良債権―裏社
会―北朝鮮―悪の枢軸―政治家というリンケージが刻みつけられていた。今
後は与野党を問わず、北朝鮮との関係が疑われる政治家の排除を日本に求め
てくるだろう。朝鮮総連を通じて北朝鮮への資金パイプ役も果たしてきた朝
銀信組の救済に、公的資金を投じるよう働きかけた政治家は、少なくとも表
舞台から遠ざけられるに違いない。
東シナ海で沈んだ北朝鮮籍と見られる国籍不明船の引き揚げ調査を米国が
全面的に後押ししているのも、この不審船で北朝鮮が麻薬を日本の犯罪集団
と取引しようとしていたと見ているからだ。偵察衛星で監視する米国はその
接触の証拠を握っているに違いない。
米国は本気だ。そうしたプレッシャーが陰に陽に永田町に作用し始めた。
ムネオ疑惑と野中広務元幹事長の弱体化、加藤紘一元幹事長の離党の三つを
結ぶ交点に、裏社会と「北朝鮮」への締めつけが浮かんでこないだろうか。