▽【記者の目】狂牛病におびえる農家 感染可能性認めた対策に −− 三木陽介(前橋支局)
この事態に、村内の乳牛農家の心情は複雑だ。「村から再び、感染牛が出たら、村の畜産は
壊滅する」と酪農家はつぶやいた。これまで3頭の感染牛が96年産であることから、複数の
農家が同年産の乳牛出荷を見合わせていることを証言した。
また、狂牛病判明に備え、科学雑誌を購入し狂牛病特集を読んで「初めて恐ろしさを知った
」と話す農家もあった。酪農家の女性は「本来は生産者の私たちが、餌の原料もすべて知った
うえで飼育しなければならない」と反省の言葉を語り、責任生産に向けた方法を懸命に考えて
いた。
ところが、同村で開かれた農水省幹部と畜産農家との対話集会で、同省幹部は「BSE(狂
牛病)検査をしているから安全だ。出荷してほしい」と繰り返すばかり。酪農家の一人は「出
荷したくても出荷できない現状を理解してもらえない。(酪農の将来は)絶望的だ」と天井を
仰いだ。
「安全文化」という言葉がある。チェルノブイリ原発事故(86年)以降、にわかに使われ
た言葉だ。事故、災害発生の可能性を認め、事前に対応策を立てるなど社会全体で安全意識を
高める考え方だ。狂牛病問題で、農水省が一方的に「安全」を強調するたびに、同原発事故以
前に通産省(当時)や電力会社が「原発は幾重もの頑強な壁で覆われ、安全だ」と主張してい
たことを思い出す。
取材していて情けないのは、農家が「安全」に対する責任感や意識が芽生え、対応について
懸命に悩んでいるのに対し、行政側が理解できず、相変わらず一方的な「安全」に固執し、消
費拡大に懸命になっている姿だ。
同村の牛が感染牛だった事実は、汚染の拡大を示した。狂牛病の潜伏期間は2〜8年、感染
牛は今後も出る可能性は高い。出会った獣医師は「もうこうなったら、狂牛病と付き合ってい
かないといけない」と強調した。
今求められているのは、感染の可能性を認めたうえでの対応策だ。出荷牛の流通の徹底管理
や牛の検査体制の充実、また、関係機関の連絡・調整の体制づくりなど課題は山積している。
対策の一つ一つが、農家の自覚を促し、牛肉に対する消費者の安心感を取り戻す手だてになる
はずだ。
メールアドレス
[email protected] (毎日新聞2001年12月27日東京朝刊から)