統一教会「建国の日は最も重要な祝日として祝いたい。」

このエントリーをはてなブックマークに追加
1 にゅーすけ(長屋):2011/02/11(金) 15:20:33.68 ID:l08pM4BI0● BE:819207465-PLT(18000) ポイント特典

建国記念の日/国家意識欠如に潜む陥穽

きょうは「建国記念の日」。初代・神武天皇が大和の橿原宮で即位したとされる日である。
日本国の始まりを祝うこの日、改めて国家とは何か、祖国とは何か、
そして祖国の歴史とは何かを考えさせられる、今日このごろの状況である。

昨年の尖閣諸島での中国漁船による領海侵犯・衝突事件、
ここに至って露骨さを増すロシアによる北方領土不法占拠固定化の動きなどをみるにつけ、
国家観の欠如、歴史観の揺らぎが、他国の付け入る隙を与えていることを痛感させられる。

戦前の紀元節を、国民の祝日「建国記念の日」として祝うようになったのは、
昭和42年(1967)から。「建国をしのび、国を愛する心を養う」のが、その趣旨である。

しかし、「建国記念の日」が制定される以前から、左翼勢力は「紀元節の復活だ」と反対。
また一部の歴史学者は、建国記念の日が、実証的な根拠に欠くとの理由で反対した。
露骨な政治的意図を持った左翼勢力の反対以上に、歴史家の反対は影響力があったといえよう。
その立場は一見、学問的でニュートラルな立場と捉えられたからだ。

しかし、わが国が皇室を中心として国を出発し、そのかたちを整えていったことは事実であり、
この日がわが国正史『日本書紀』を根拠にしたことの意味は重い。
イエス・キリストの生誕日が12月25日であるか、学問的根拠は曖昧で厳密性に欠くから、
クリスマスを祝わないという話は聞いたことがない。

領土が不当に侵害され、国民の生命財産に損害を蒙った時、
われわれは国益や国家主権というものに改めて目覚める。
しかし、問題が起きてからでは遅い場合がしばしばだ。
国家意識の欠如や国益への鈍感さは、それを侵害しようとする国にとっては思うつぼである。
それらに対し、われわれは日ごろから、もっと敏感でなければならない。そのためにも、建国の日は最も重要な祝日として祝いたい。
http://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh110211.htm