【日本史】武田信玄の騎馬軍団不在説は本当?日本には騎馬隊が存在しなかったの?
1 :
つばさちゃん(東京都):
唐津くんち「信玄の兜」半世紀ぶり地元でお色直し
国の重要無形民俗文化財・唐津くんちの9番曳山(やま)(木綿町)「武田信玄の兜(かぶと)」の総塗り替えが終わり、
10日、唐津市民やくんち関係者に披露された。半世紀ぶりに地元でお色直しを受けただけに、沿道には大勢の市民が
詰めかけ「エンヤー、エンヤー」と掛け声をかけ、本番さながらの熱気だった。
曳山は漆工芸品で、良質の和紙をのりで張り合わせて乾かす「一閑張り」の手法で作られている。約25年に1回、
漆を総塗り替えしているが、技術者の高齢化によって、1962年以降は福岡県内で行われていた。今年1月、市埋蔵
文化財管理センター「西ノ門館」内に専門の修理場が完成したため、9番曳山が地元で塗り替えを受けることになった。
2月7日〜9月19日に作業が行われ、曳山は金箔(きんぱく)や黒漆が新たに施された。総事業費約3460万円。
曳山は秋晴れに輝き、約150人のひき子たちのかけ声にも力が入っていた。木綿町正取締の石井隆彦さん(54)は
「週に何度も塗り替えの様子を見に行けたのがよかった。本番が楽しみ」と声を弾ませていた。
(2010年10月11日 読売新聞)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/matsuri/saga/20101012-OYS8T00153.htm
はい
3 :
ぽえみ(アラビア):2010/10/12(火) 17:38:57.02 ID:yCayjqiy0
んなわけない。鈴木真哉説を真に受けすぎ。
日本にも格好いい騎馬隊はいたよ。
元寇の時代から絵巻物には騎馬武者がいるんだから当然いるだろ
5 :
じゃが子ちゃん(広西チワン族自治区):2010/10/12(火) 17:41:55.05 ID:wCXLNiFZO
丁寧に埋葬された馬のお墓が見つかってるし。
騎馬隊の規模はともかく、否定はできないだろ。
6 :
アンクル窓(東京都):2010/10/12(火) 17:44:33.96 ID:Fv6kSJVw0
>>4 「やあやあわれこそは」の時代は集団で戦う騎馬隊ってより、
個人戦の延長って感じだな。
7 :
ダイオーちゃん(新潟県):2010/10/12(火) 17:44:51.15 ID:11U9hdlF0
日本にはパイクみたいな対騎馬用の長槍とか無かったん?
8 :
おばこ娘(チベット自治区):2010/10/12(火) 17:45:22.93 ID:MKBKEpxu0
木曽馬みたいな小柄な馬ぐらいいくらでも居たんじゃないか
9 :
あいピー(宮城県):2010/10/12(火) 17:45:56.43 ID:rdQuQR8J0
唐津くんちってどこだよ
10 :
ハムリンズ(沖縄県):2010/10/12(火) 17:46:08.11 ID:M2KmEmp50
馬は小さかったらしいね
あと馬で突っ込むのはまれで、普通は降りて戦ったとか
11 :
たねまる(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 17:46:53.32 ID:r/HNUGfbO
誰が見たの?w
騎馬に乗ってたのは指揮官だろ
13 :
キューピー(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 17:47:26.27 ID:KOY7T3SXO
だがこの通説には疑問が残る
武田家の騎馬率は10%だよ
つまり騎馬軍団てほどのものではない
16 :
ぽえみ(アラビア):2010/10/12(火) 17:55:36.17 ID:yCayjqiy0
長篠合戦で馬防冊が用いられたのは
明らかに武田の騎馬隊を警戒したからだろ。
17 :
ピカちゃん(関東・甲信越):2010/10/12(火) 17:58:27.88 ID:LTrMR1bEO
結局騎馬隊は存在したで結論でたろ
一人の馬鹿学者にどんだけ振り回されてんだよ
18 :
ヨドちゃん(静岡県):2010/10/12(火) 18:01:24.52 ID:u56RvZbR0
馬自体が小さいのであったとしても微妙
19 :
ヤン坊(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 18:04:17.60 ID:FB9qNG6GO
>>10 「日本の馬は小さかった」説に対してはさまざまな学説が有っていまだ確定はしてない
俗説に惑わされるな
中国で騎馬隊あったんだから馬連れてきててもいいんじゃないかな
21 :
アイニちゃん(東京都):2010/10/12(火) 18:07:05.47 ID:q9mcrJjz0
>>18 人間自体も小さかったから^^
小さい馬でも突撃して蹴散らせたよ。
22 :
でパンダ(東京都):2010/10/12(火) 18:08:28.04 ID:WPn4jeFpP
調べてもいないのに最近でた説で知ったかするスレか
23 :
パルシェっ娘(広西チワン族自治区):2010/10/12(火) 18:09:47.42 ID:BB8ei7f1O
大河ドラマはフィクションとして見るべき
あれを史実と勘違いされたら困る
>>18 日本の土着の馬の原産地はモンゴルって話だから
馬の大きさを今のサラブレッドと比較して大きい小さい言うのはあまり意味が無い
騎馬オンリーはなかったんじゃないの
武田騎馬軍団の中心人物山県昌景は身長130-140の小男だったらしいな
長崎クンニ
唐津クンニ
28 :
買いトリーマン(東京都):2010/10/12(火) 18:17:14.64 ID:ZUQK6fQ80
日本刀がわん曲してるのって馬上で使えるようになの?
だとしたら何で両手剣なの?片手剣じゃないとおかしいよね。
騎馬隊があったかどうかなんてそんなに重要か?
むしろ教科書にも載ってる日本史上超重要人物が若いときウンコ漏らしたことのほうが重要だろ?
ウンチ漏らしが天下人になって教科書に載った国ってどれだけあるんだよ
「坂の上の雲」の秋山好古が騎兵隊を一からの立ち上げエピソードを読んで
武田騎馬隊の馬もポニーサイズだったのかも とゲンナリした記憶がw
歴史考古学の学説の主流では、戦国時代の馬のサイズはどのくらいなんだろ
31 :
あおだまくん(東京都):2010/10/12(火) 18:18:19.13 ID:LIoG3mz20
回りの大名は存在しない物恐れすぎだろ
戦国時代の逸話なんて実際に役に立つのかどうか疑わしい。
三段撃ち(笑)、赤備え(笑)、車懸り(笑)、騎馬鉄砲(笑)
34 :
おたすけケン太(catv?):2010/10/12(火) 18:23:44.25 ID:sGbVVRmFP
日本に馬っていたのか
騎馬隊無かった厨と日本刀使わなかった厨は知ったかぶりでことさらにそれを吹聴するからたちが悪い
戦国時代の馬はポニーって言うと顔真っ赤にして
モンゴルも小さかったとか反論してくるけど
実際のところポニーだよね戦国時代の馬
37 :
パレオくん(チリ):2010/10/12(火) 18:28:45.16 ID:uEihi+630
ポニーだけど重さは小柄なサラブレッドくらいあるから結構強い
伊達の騎馬鉄砲隊はガチで存在したからな
>>36 ポニーだから役に立たないという主張に反論されてるだけで
誰もポニーじゃないとは言ってないんじゃないの、分類上のポニーに分類されてるってだけだし
40 :
ぽえみ(アラビア):2010/10/12(火) 18:34:03.33 ID:yCayjqiy0
西洋の馬も現代のサラブレットに比べると小さかったから。
日本の馬だけが小さいみたいな誤解のないように。
41 :
ポンパ(北海道):2010/10/12(火) 18:34:09.23 ID:1CRFWytd0
なんでおまえらそんなに武田騎馬軍団にたいして熱くなれるんだよ
42 :
バスママ(東京都):2010/10/12(火) 18:34:15.67 ID:+/BhIfib0
>>16 本当に馬防冊が用いられたのだろうか?
後世の歴史家の後付ではないのだろうか?
43 :
くーちゃん(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 18:37:38.01 ID:Cd7xBpWJO
>>28 まぁオールラウンダーって事よ
斬ってヨシ、突いてヨシ、両手でヨシ、片手でもまぁヨシ
馬上で振り抜いてもそこそこヨシ
んであの形
44 :
みらいくん(関西・北陸):2010/10/12(火) 18:37:56.16 ID:DkBmByWQO
武田家が全員赤備えなのはいつも違和感ある
45 :
りゅうちゃん(チリ):2010/10/12(火) 18:39:39.86 ID:VOaDXJrV0
馬に乗って移動
下りて戦う
機動力じゃ上杉の方が上だよね
上杉憲政が亡命してから24年間で14回も関東遠征してるんだぞ
しかも慣れてからは真冬の三国峠越えたりしてるし
>>30 そんなのに考古学なんていらねーよ、生物学で十分だろ。
在来馬のサイズみれば明らか。
日本の在来馬のサイズはポニーサイズだよ。
でも当時の日本人の体型も今の中学生サイズだったから、
それで何の問題もなかった。
48 :
くーちゃん(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 18:41:12.08 ID:Cd7xBpWJO
ポニーとか真顔で言ってる奴は本当にポニー見たことあるのかよw
在来種はあんなに可愛くねーよ
49 :
タヌキ(東日本):2010/10/12(火) 18:41:36.92 ID:0vuJGRER0
牙軍団っていう軍隊の呼称だったのが誤って伝えられたんじゃないの。
50 :
アメリちゃん(福島県):2010/10/12(火) 18:44:03.53 ID:GHlwBXhb0
51 :
ぽえみ(アラビア):2010/10/12(火) 18:45:53.70 ID:yCayjqiy0
>>36 ポニー言うとミニチュアポニーしか連想できないバカが多いの何でじゃろね
53 :
ハムリンズ(沖縄県):2010/10/12(火) 18:50:35.35 ID:M2KmEmp50
>>19 発掘される馬の骨の馬体が130cm〜から150cmってどこかで読んだけど
どーなんだろう
54 :
ヨドちゃん(東京都):2010/10/12(火) 18:50:42.82 ID:hesVENPK0
>>47 たまにいたデカブツさんはどうしてたの?
斎藤義龍さんとか朝倉の真柄兄弟とか三浦義意さんとか
2m前後あったんでしょ?
55 :
はち(滋賀県):2010/10/12(火) 18:52:43.69 ID:7egSX+ov0
56 :
メーテル(東京都):2010/10/12(火) 18:56:06.62 ID:gB58XTMd0
鈴木眞哉の新刊でたね。
戦国厨の鼻をあかすのは楽しいね。
58 :
宮ちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 18:57:33.87 ID:x3ekj7d40
絵とか残ってるんだからそこから推測すればいいじゃない
60 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 19:04:02.45 ID:pWFSBRuh0
ふつうに騎馬隊くらい居たけど
>58
ほとんどが江戸時代の妄想だから・・・
江戸時代は武士が最高位なので、武勇伝その他脚色されまくった
謙信ちゃんが一番つよくてかわいいってことでいいじゃん
出版物やテレビが、面白おかしくてめーらのおまんまの為に歴史を歪めていた。
最近の大河なんでアホくさくて見れねーわ。
戦国大名って兵科ごとに纏めて運用できなかったから
西洋みたいな騎兵集団が騎兵単独で迂回やら警戒行動したとは思えないんだけど
>>60 ふつうにはいない
臨時的に騎馬だけで追撃するとかはある
>>56 鈴木のじいさんの著作も穴があって否定の否定の叩き台にされてるがな
67 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 19:08:30.34 ID:pWFSBRuh0
>>30 130〜140cm、モンゴル馬と同じ馬格
>>33 三段撃ちはふつうに行われてたし、赤備えも現実に施されてた装備だから
68 :
UFOガール ヤキソバニー(愛知県):2010/10/12(火) 19:09:08.85 ID:Tisu93oW0
いまじゃ中国も韓国も日本も
サラブレッドはじめアラブ馬ばっかで撮影してるよな
69 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 19:09:18.32 ID:pWFSBRuh0
70 :
ぽえみ(アラビア):2010/10/12(火) 19:10:43.54 ID:yCayjqiy0
すぐ西洋と比較する奴がいるけど、
西洋もマウリッツが出てくるまでろくに戦術なんて考えなかったろ。
騎士は馬鹿の一つ覚えで突撃してるし。
72 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 19:13:43.85 ID:pWFSBRuh0
>>64 当時の西洋って日本と比べると
武装も軍組織も戦術も錬度も士気も5歩も10歩も劣ってるよ
騎馬に乗ったご主人様に徒歩の家来数人連れていく
それの集まりを騎馬隊と呼んでいいのかな
74 :
ちびっ子(関西地方):2010/10/12(火) 19:13:55.55 ID:yjangYhw0
ゲームの印象で戦では騎馬部隊が何万騎もいるイメージだ
>>64 何処の国でも、騎馬を前線に大量投入させる事なんてしないよ
軍馬の確保って並大抵じゃないからね
大抵は斥候、情報伝達
騎馬民族ぐらいじゃない、ちゃんとした騎馬隊があるの
日本の馬に鎧武者姿で乗ってみたらすぐ疲労で動かなくなったよー
キリっ!
→訓練されてない馬なら当然だボケー
鉄砲、横一列で一斉に撃ってみたら煙で視界が悪くなったので
二列目が連射するとか、無理だよー
キリっ!
→精密に狙って撃つもんじゃねーだろボケー
こんな流れだっけな?
77 :
おたすけケン太(神奈川県):2010/10/12(火) 19:17:09.16 ID:2qm8MhGYP
>>73 騎馬1、武士4、足軽5〜10、雑兵5、くらいが平均的な最小部隊
騎馬だけで構成された部隊はまた別に編成されてた
>>76 火縄銃がライフル銃と同じ命中精度あると思ってるのかヒデえな
まーた在日の犯行か
>>28 日本刀は戦国時代はほとんど使われてない。
多いのは槍。ほとんど槍だったと言ってもいい。
>>80 でもほぼ全員持ってたんだろ
邪魔だと思うんだけどな
82 :
光速エスパー(沖縄県):2010/10/12(火) 19:20:36.50 ID:uRVha3pm0
>>6 名乗りを挙げて一騎打ちしてたのも今じゃ否定されてる訳だが
83 :
エコまる(九州):2010/10/12(火) 19:20:44.21 ID:bHBNoEzzO
山道に切った竹を並べられたり、織田さんの爆薬で吹っ飛ばされたり、橋もろとも落とされたりで、馬も大変だよな。
いきなり現代から戦国時代を想像するからトンデモ論が出てくるような気がする
順を追ってさかのぼっていけば真の姿が見えると思うが
日本の騎馬隊って江戸時代の幕藩体制時にはあったの?
ここでほとんど組織されていなければ戦国時代に存在していたのかは怪しくなるとは思うんだ
>>81 んにゃ、武士のかなり上のクラスだけ。
それこそ太刀持ちみたいなのを引き連れてる奴がそいつに持たせてた。
それも、刃厚のすごい、鉈の長いようなやつ。
俺らが想像する日本刀は、飾り刀。余程の銘刀を相当の手慣れが振り回して
せいぜい10人斬れば、使い物にならなくなるので、合戦場では役に立たない。
86 :
ハムリンズ(沖縄県):2010/10/12(火) 19:23:38.64 ID:M2KmEmp50
87 :
アイミー(関西地方):2010/10/12(火) 19:24:23.86 ID:GvJImNL30
>>84 財政的な問題で幕藩体制化と比較するのは難しくね?
戦国時代のウマってロバみたいな奴なんだろ
89 :
みのりちゃん(広西チワン族自治区):2010/10/12(火) 19:26:16.41 ID:o4ROdYTtO
長篠の戦いで、鉄砲使って勝ったって言うのも嘘らしいしよね
誰が脚色したんだか
>>78 日本のは命中精度が良かったよ
西洋のとはまた違う
驚愕の新事実
信長は実在しなかった!
さらにいうと西洋のマスケット銃なんかも命中精度は別に悪くなかった
ちゃんと訓練された人が狙えばきちんと的に当てることができた
ただ当時の軍隊の運用方法がそうじゃなかったってだけ
93 :
アイミー(関西地方):2010/10/12(火) 19:28:23.51 ID:GvJImNL30
だってデカイ馬だと乗るのも一苦労だし、落馬したら危ないよ
ロバでも乗って戦ったら十分怖い
騎馬武者とかマジでキチガイ
94 :
光速エスパー(沖縄県):2010/10/12(火) 19:29:25.56 ID:uRVha3pm0
>>28 ありゃ硬度の違う鉄を挟み込んでるから焼き入れの際に膨張率の違いで反りが出る
焼き入れ前は直刀だよ
>>80 雑兵物語だと投石が一番メインの攻撃手段みたいな事書かれてるぞ
ちなみに刀で甲冑ぶったたくと反りが伸びて使い物にならなくなるとも書かれてる
>>85 それ花の慶次読みすぎじゃね・・・
そんな馬鹿でかい肉厚の刀って現存してるの?
96 :
みのりちゃん(広西チワン族自治区):2010/10/12(火) 19:31:19.61 ID:o4ROdYTtO
昔の馬って当然サラブレットじゃないし、
小さくて動きが遅いから、降りて戦った方が強いだろw
騎馬隊はいたんだろうけど、飾りみたいなもんだろうな
実戦には投入されてない
97 :
トラムクン(東京都):2010/10/12(火) 19:31:48.03 ID:zLWZ2Zds0
98 :
サニーくん(大阪府):2010/10/12(火) 19:32:26.42 ID:HnYp7LnT0
誰か知らんが陣地内での博打奨励して合戦時には半裸で蛮族の如く突撃する雑兵が結構いたとか
サラブレットなんて使ったらすぐにこけて後続に踏み殺されるんじゃないの
100 :
ペプシマン(群馬県):2010/10/12(火) 19:33:13.37 ID:ugpFA67Y0
信長の今川義元本陣奇襲も諸説あるらしいからな
101 :
光速エスパー(沖縄県):2010/10/12(火) 19:34:08.44 ID:uRVha3pm0
102 :
リッキー(チベット自治区):2010/10/12(火) 19:35:32.30 ID:44ggj4C40
秀吉の時代に日本で活動していた宣教師の有名な記録があるけど
秀吉の城にいる馬でさえ駄馬ばかりでありえないくらいの酷い調教状態だとあった
基本的に日本は家畜を調教する技術は近代に至るまであんま発達してないよね
103 :
アイミー(関西地方):2010/10/12(火) 19:35:32.73 ID:GvJImNL30
>>97 こんなデカイ馬だと背の低いナポレオン乗れないだろ
んなわけない
>>101 下のオッサンがもってる姿を見るととても使えたとは思えない・・・w
そもそも仕官たる武将がそんなもんかついで前線に出ていたということ自体
江戸時代の武勇伝の創作に他ならないと思うんだが
107 :
くーちゃん(チベット自治区):2010/10/12(火) 19:38:20.48 ID:ioDDQhpF0
よく
>>3みたいな発言があるが西洋的な騎兵がないことはあきらかだし「軍団」といえるほどの規模もないだろ
せいぜい歩兵の指揮官が騎馬武者やってるだけ
108 :
光速エスパー(沖縄県):2010/10/12(火) 19:39:09.45 ID:uRVha3pm0
>>97 昭和のドラマの珍走みたいにぐるぐる周りを走り回ってるだけじゃん
109 :
あどかちゃん(関西):2010/10/12(火) 19:40:08.85 ID:bfRbdHpsO
こういうスレっていつもタイムスリップして見てきたかのように語る奴ばっかだな
110 :
光速エスパー(沖縄県):2010/10/12(火) 19:42:59.38 ID:uRVha3pm0
>>106 朝倉始末記に真柄直隆がそれ使って殿したって記述あるって書かれてるだろ
一次資料疑ったらもう信用出来る物なんてない
111 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 19:43:11.59 ID:pWFSBRuh0
>>80 朝鮮出兵の明側記録に、日本兵の太刀撃ちは脅威だからなるべく近付かせずに戦うべき
ってのがあるよ
純粋に騎兵だけで編成した軍団は無かっただろ
騎馬武者は上士だから家来を連れてこないとならない
こいつらは当然徒歩
長篠で3000の鉄砲隊つかったってのは事実だよ
ただ逃げられないように囲い込んで合戦時間9時間にもわたってひたすらレイプし続けた戦術の勝利
名だたる名称が戦死しまくって勝頼のカリスマが地に堕ちた
>>107 馬の利点は機動力なんだから規模はともかく無いわけがない
115 :
ミーコロン(新潟・東北):2010/10/12(火) 19:46:24.95 ID:te4xhEyFO
バロン西は騎兵科
116 :
みのりちゃん(広西チワン族自治区):2010/10/12(火) 19:46:46.48 ID:o4ROdYTtO
長槍隊が一番効率がいいし、強いだろうな
槍の突き合いだろ
日本刀なんて使うわけないし
117 :
パルシェっ娘(広西チワン族自治区):2010/10/12(火) 19:46:53.59 ID:6RaeBwBIO
>>107 東北地方は騎馬隊あったんじゃね
あと騎馬隊じゃないが騎馬鉄砲隊は存在してたよ
まあ少数だし撹乱程度の専科しかあげられなかったが
118 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 19:47:09.91 ID:pWFSBRuh0
>>112 騎馬軍団は馬匹が足りないから無かった、というか遊牧国家以外にんなもんねーし
騎馬部隊はふつうにあった、記録にも残ってる
119 :
アメリちゃん(埼玉県):2010/10/12(火) 19:48:28.18 ID:O+G6t8AU0
日本は馬をたくさん養う余裕なんてなさそうだよね
121 :
ケロ太(東京都):2010/10/12(火) 19:48:42.06 ID:9f6Qpo9z0
おっさんの非常識
聖徳太子は教科書に出てこない
仁徳天皇陵もでない
4大文明は4大ではない
鎌倉幕府成立は1192ではない
122 :
怪獣君(北海道):2010/10/12(火) 19:48:44.35 ID:ju5N4iJbO
武田家って騎馬単独の編成で機動力をいかした迂回戦術とかやってたのか?
123 :
北海道米キャラクター(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 19:49:26.54 ID:iNiXf+zMO
日本の騎馬隊は日露戦争がピーク。
124 :
だっこちゃん(関東・甲信越):2010/10/12(火) 19:49:31.96 ID:/e91/ls3O
言ったもん勝ち
馬を自分で養える身分てどんなんだ
侍大将くらいでないと無理なんじゃないの?
126 :
しんちゃん(東京都):2010/10/12(火) 19:52:11.69 ID:3dXwbrGI0
日本には蹄鉄がなかったので馬の蹄はすぐに摩耗して使えなくなるし、
去勢をしなかったので従順に人間の言うことを聞かなかった、らしい。
127 :
暴君ハバネロ(宮城県):2010/10/12(火) 19:54:50.14 ID:iLL1NYRn0
伊達騎馬鉄砲隊って地元でも影薄い
騎馬隊の存在否定派って、
騎馬の仕事が突撃だけだと思ってんだろ
>>116 その長槍で突き崩した後のことを考えてないな。そこから乱戦(混戦じゃなく)に持ち込むのが常道だから
刀はそこで大いに使われる。
130 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 19:58:02.10 ID:pWFSBRuh0
>>125 大名支給で騎乗に慣れてる馬産地の兵から構成するか
馬を自分で養える身分の侍だけ集めた馬廻りか、他にもあるかもしれないけど
騎馬が牙をむく
132 :
チップちゃん(福岡県):2010/10/12(火) 19:58:47.92 ID:7b1HygnV0
北のほうにはでかい馬もいたろ
133 :
光速エスパー(沖縄県):2010/10/12(火) 19:59:46.14 ID:uRVha3pm0
>>122 騎馬単独かどうかは不明だが第4次川中島合戦で迂回戦術試みてた
134 :
コアラのワルツちゃん(新潟・東北):2010/10/12(火) 20:02:12.22 ID:EfnEIKMDO
センゴクのアンチ騎馬隊説の絵にならなさ
135 :
女の子(catv?):2010/10/12(火) 20:02:19.69 ID:yIOJhBBV0
信長の野望みたいなゲームでよくやる、騎馬隊による横隊での一斉突撃みたいなの。
アレが当時で行えたのかってトコだけ確認したいな。
見た目すごい迫力だけど、だだっぴろい野原とかでしかできんよな。
所詮農民兵だし
騎馬隊って言うほど洗練されたもんじゃないでしょ
てばさきだろ?
>>128 騎馬隊の存在を否定してるんじゃなくて、一般的なイメージが
現在の研究結果と乖離してることが問題なんじゃないの?
三千丁の鉄砲なんて多すぎる、実態は千丁あればいいほうなんて説もあるけど
その場にいた武将の軍役しかカウントしてないんだよな。信長は長篠に出てない領地からも
鉄砲をかき集めてるから実数は5000丁近くあったんじゃないかと言われてる
140 :
イプー(中国地方):2010/10/12(火) 20:09:03.09 ID:xVCOO1b50
141 :
怪獣君(北海道):2010/10/12(火) 20:09:21.00 ID:ju5N4iJbO
142 :
しんちゃん(東京都):2010/10/12(火) 20:11:00.81 ID:3dXwbrGI0
ホントにまともな騎馬隊がいないってことになったら、
大河ドラマとか黒澤明の影武者とか見ると悲しくなるな。
絵とかに描かれているのにか
144 :
ミーコロン(九州):2010/10/12(火) 20:12:32.71 ID:Q7P0mRzoO
矢楯とか竹束とか沢山用意しなくちゃいけない戦になると騎馬より駄馬の方が需要出てくるだろうし
大きな合戦になればなる程、騎馬隊の単科運用は難くなるかと
逆に言えば100対100みたいな小競り合いの時だと騎馬10騎での突撃なんかは有効だと思う
もともと騎兵科は奇襲専や攪乱用だろ
>>143 絵が現実をそのまま描いてるとは考えづらいような
147 :
はずれ(埼玉県):2010/10/12(火) 20:23:23.76 ID:0oEv5VZV0
こういう珍説はいつの時代にも出てくる。
皆が常識と考える通説を覆す説立てるだけで有名になれるから。
でも長く続く説にはなりえない。
信長は生きてるとか存在しなかったと言うだけで注目が集まるんだよ。
友人の友人がアルカイダ発言と同じ効果がある。
教科書からすら記述が削除されてる三段撃ちを、いまだに史実かのように教える学習塾ってアホなの?
149 :
ペンギンのダグ(栃木県):2010/10/12(火) 20:44:26.88 ID:YZzCmCuL0
>>146 絵は絵だからな
写真は真実で絵はなんだっけ? 依頼者の注文? 書き手の理想?
戦国絵巻とかは前者で最近の漫画やゲームは後者が多い気がする
まあ今の写真は加工してるから絵のカテゴリだよな
宣教師が日本の馬は怪獣だとかキョセイしてないから気が荒いとか書いてたような
150 :
さかサイくん(catv?):2010/10/12(火) 20:45:19.77 ID:gsIEXGZf0
義務教育だと、三段打ちすら知らない不勉強者がいるから困るんだよ。
いくら史実ねじまげているからって、脚色したとしてもオレは教えてもいいと思うな。
151 :
梅之輔(中国四国):2010/10/12(火) 20:50:05.12 ID:Q+QArXy90
>>3 正直武田の騎馬軍団より鈴木真哉の執筆スピードのが「疾如風」だよな
152 :
ドクター元気(チベット自治区):2010/10/12(火) 20:52:17.86 ID:CzoNcI070
1573年4月某日
尾張の平野にて、武田軍2万5千vs織田軍3万で激突
訓練度:武田95p、織田95p、、ほぼ互角
士気:武田80p、織田98p、、、祖国防衛の織田が上
疲労度:武田70p、織田30p
装備(鉄砲):武田300p、織田3000p
民衆の協力度:武田10p、織田100p
地の利、城の利用など:武田10p、織田80p
主将の能力:武田80p、織田95p
部将の能力:武田60p、織田80p
激闘5時間
武田軍1万5千で敗走
織田軍2万5千で追撃
三河某所にて、徳川軍5千待ち伏せ
激闘3時間
武田軍5千で敗走
追撃する織徳軍2万5千
4月某日
武田軍300、甲府に帰還
と、思ったら、上杉軍1万が待っていた・・・
武田は滅亡した時に遺臣が徳川に多く加入したからやたら持ち上げられてるんだよな
薩摩長州が今やたらと持ち上げられてるのと一緒
154 :
はずれ(埼玉県):2010/10/12(火) 20:56:48.85 ID:0oEv5VZV0
武田が持ち上げられるのは
やはり上杉謙信とガチンコしつづけるなど
その戦い方や男気みたいな美しい戦争を繰り広げたからじゃなかろうか?
上杉と武田は戦争アーティストだな。
サッカーでいえばスペインとアルゼンチンの戦いをみるような魅力が色あせない。
「姉川の戦いで武田騎馬軍団は織田鉄砲隊に負けた」
156 :
ひかりちゃん(catv?):2010/10/12(火) 21:01:44.53 ID:0nWUwJoq0
日本馬とモンゴル馬の体格は大差ない
日本馬は小さすぎて乗れないって説を唱えた奴は本物の馬を見たことも乗ったこともないのだろう
みたいなこと言ってた奴いたな
日本で馬は貴重品だから馬を傷つけやすい騎馬突撃なんてやってられないだろ
日露戦争でも日本騎兵は戦闘時には馬から降りて戦った
158 :
やまじシスターズ(北海道):2010/10/12(火) 21:07:35.07 ID:9oM9L5RQO
維持費と使い勝手を考えたら古代ローマよろしく歩兵重視の戦術にならざるを得ないと思うんだ。
159 :
レンザブロー(東京都):2010/10/12(火) 21:09:15.39 ID:2cuQZjAw0
>>156 馬の体格に差はないけど、モンゴル兵に比べると武士の甲冑は重すぎる。
これだと騎兵戦術に肝心な機動力が生かせない。
160 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 21:11:08.84 ID:pWFSBRuh0
>>157 江戸時代中期以降、農業技術の発達で一家辺りの水田面積が小さくなり
それに伴って家畜の数が半分以下に減少した
>>159 モンゴルの重装騎兵も余裕で20`超えてる
>>159 俺も数百単位でまとまった単一兵科としての騎兵はなかったと思うけど、将校斥候的な騎馬隊や
長槍隊の後ろに待機して、叩き合いで崩れかけたらそこに突っ込む躍進(=ダッシュ)距離の短い使い方はあったと思う。
戦国後期には軍隊化して兵科ごとの編制も組んでるんだから、単なる主従の寄り集まりなんて
説は戦国初期の資料を拡大解釈しただけにすぎないし
162 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 21:43:55.41 ID:44sx7NpwP
鈴木の戯言をに受けたアホー知恵遅れの連中だけだろこんなの信じてるの
猛然と突っ込んでくる軍用馬の前に立てんのか?しかも上には俺らをぶっ殺して手柄立てようと
ときの声を上げて槍を振り回すお侍様つきだぞ?馬は馬でよく太らされて訓練も施されてて、牧場に放し飼いされてるのとわけが違う
そんなものが集団で突っ込んできてみろ。ちりじりに逃げるしかないだろ
西洋ではそれに対してパイクが発達したわけだけど
日本はそういう騎馬に対するカウンター戦術がないことからも
あんまり数がそろった騎馬が集団で突っ込んでくること自体がないとは言わんが少なかったんじゃないかなぁ
騎馬武者の装備のほうも、轢くためのランスとかの装備に進化してないし
164 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 22:01:22.21 ID:44sx7NpwP
でもお前に言わせればそういう戦術云々も江戸時代の脚色なんだろ?
甲斐も信濃も豊かじゃないから大量の馬を養うのは無理でしょ
規模の小さな騎馬隊はあったと思うけど
167 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 22:22:39.88 ID:44sx7NpwP
え?お前にとってはあれもこれも江戸時代の空想なんでしょ?
じゃあ戦術云々あってもお前にとっては創作の一部でしかないんでしょ?
まあ武士が公務員になった時代の軍事と年中戦争の戦国時代の軍事を一緒に考えてる時点で頭おかしいけど
武田鉄砲隊 放てえ!!!
>>167 だから意味がわからないw
論理が飛躍と妄想とファビョりに満ちてて俺へのレスなのかもよくわからないんだけど俺でいいんだよね?w
遊牧民と違って、農民は常に馬に乗ってるわけじゃないから
いざ戦じゃってなっても馬に乗って戦うとか無理だろ
171 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 22:30:30.77 ID:44sx7NpwP
>>169 あちゃー自分のレスすら忘れちゃうのか
何の根拠があるのか知らないけど、自分で屏風画、絵巻物や武勇伝は大半を江戸時代の空想だって言ってたよね?
じゃあ当時どういう風に戦ってたかって言うの残ってても、絵画と同じく妄想に過ぎないってことだよね?
鈴木に影響されてるのって何でこうなん?
江戸時代の公務員と戦国時代の戦闘集団一緒にしちゃうし・・・
172 :
ピンキーモンキー(catv?):2010/10/12(火) 22:33:40.70 ID:juO+Ph4n0
そういや、77のとこにあった、足軽と雑兵って違うものなんか?
足軽が戦闘員で、雑兵が非戦闘員の輸送兵兼雑用って感じに理解していいのけ?
173 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 22:33:56.38 ID:44sx7NpwP
あと騎馬武者の突撃に対するカウンターの術が無いって言ってるけど
それもお前が無知なだけだから
むしろ突撃されるの防ぐために、ある突撃対策を行い続けます
その合間を縫って騎馬武者は歩兵の先頭に立って突撃します
鈴木のPHP本じゃなくてきちんとした図鑑とか武器防具大全とか読んでれば分かることなんだけどなあ
どう考えても鉄砲最強なのに、鉄砲の入手にあらゆるリソースを注ぎ込まない戦国大名って池沼だよね
まぁつまり武田信玄も池沼
175 :
はち(滋賀県):2010/10/12(火) 22:38:25.86 ID:7egSX+ov0
>>174 鉄砲あっても硝石の入手ルートがなかったろ
176 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 22:38:37.23 ID:pWFSBRuh0
>>163 長柄はそもそもパイク並みの長さ
ランスは小規模戦闘用のオママゴト武器
>>165>>170 甲斐や信濃や西上野は馬産地、馬産地の村民は馬に乗れる、現実を見ような
鉄砲集めた鉄砲隊があるんだから騎馬隊もあるだろ。
そんなことより、俺は最近まで天目山の戦いって武田と織田の主力決戦だと思ってた。
実際は落ち武者狩りじゃん・・・しかも勝頼ってばろくに戦っても居ないのに部下が全部裏切って落ち武者状態。
名門武田家の最後なのにしょぼすぎる
俺でいいっぽいなw
俺は別に全部が嘘なんて一言も言ってないけどなぁw
ただ武将が一人で敵陣真っ只中で刀ぶん回して
最後に時世を呼んで討ち死にとかはほぼ妄想だとは思うけどw
絵だってスレの流れで3段撃ちとセットになって語っているわけだから
そういうのも含めて江戸自体に創作が入っているっていっただけw
お前の理屈の飛躍とファビョり具合と同じレベルで俺が返したら
お前は、資料のすべてはすべて信憑性があるって俺が突っ込んでいるようなもんだよw
まず落ち着けよw
179 :
クウタン(東京都):2010/10/12(火) 22:43:02.21 ID:zp/HqGqS0
何回言わせんだよ集団でも個人でも騎馬戦闘はあったし武士に馬は必需品だった
だがゲームやアニメみたいな大騎馬軍団は無かった
おまえらホント0か1なのな思考が極端すぎてよく騙されるだろ?
>>177 鉄砲は訓練なしで扱えるけど
騎乗戦闘なんて生半可な訓練で行えるものでものないし
同列に語るべきではない
>>175 硝石込みの話しだよ言わせんな恥ずかしい
戦国時代の考え方
・密集して敵を突破する
・機動力を犠牲にしてでも防御を厚くして被害を減らす
・上司が死んだら逃げろ
・占いで日程や戦場を決める
近代戦術の考え方
・散兵して敵を包囲する
・機動力が低下しない最低限の防具にして運用で被害を減らす
・指揮官が死んでも指揮権が引き継がれる
・合理的な時期と地形を考慮して戦場を決める
考え方が違うのだから単純に比較できないよな
183 :
はずれ(埼玉県):2010/10/12(火) 22:46:50.93 ID:0oEv5VZV0
当時の乗馬なんて
今で言う普通免許みたいなもんだろよ。
武士ならさらに大型特殊免許くらいあるやつ採用するだろ。
184 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 22:47:04.72 ID:pWFSBRuh0
>>181 明は硫黄があまり取れないからトレード、まあ金や銀や木材や日本刀もだけど
185 :
和歌ちゃん(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 22:49:48.98 ID:jxlN2s58O
186 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 22:52:04.11 ID:pWFSBRuh0
>>182 指揮官が倒れた場合は次席の武将が引き継ぐ
占いで日程や戦場を決めたりしたのは、室町初期まで
散兵するのは包囲の為じゃなく火器の火力を最大限に発揮するため
最低限の防具で運用する様になったのは、貫通力が高いライフル銃の普及で防具が無意味になって以降
大陸的会戦方式であるところの、「両翼に機動力の高い部隊を置いて包囲」
っていう手段が無かったように思う
サッカーでいうサイドアタックやSBのオーバーラップがなく、
ひたすら放り込みと中央突破が日本の戦争
おすまん
かんなえ
れぱんと
>>185 んじゃー港作るか奪い取ればいいじゃん。
あらゆるリソースを使って鉄砲を入手するとはそういう事だ。
190 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 22:55:32.00 ID:44sx7NpwP
>>178 えっ?大丈夫?戦国時代の武勇伝を脚色したのが武士だったとか
江戸の公務員と戦国の軍人一緒にして軍政どうこう言ってる時点でそうとう狂ってるんだろうけど・・・
屏風とかですら武士の脚色とか言ってるんだから、書物あっても当時の最高位の武士たちの捏造認定するんでしょ?
まあきちんと本読んでないからそういうこと言っちゃうんだろうなあ
〜とは言ってない!って無知や虚言を指摘された切羽詰った人間の言い逃れの常套句だよね
結局それと同然のこと言ってるのにね
191 :
うまえもん(中国四国):2010/10/12(火) 22:56:58.39 ID:1HjLMO6s0
192 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 22:57:23.27 ID:pWFSBRuh0
>>187 その大陸的会戦方式って
相手の士気が低く部隊の運用性が極端に硬直化した場合にしか出来ないからね
193 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 22:59:34.78 ID:44sx7NpwP
自分の無知さを棚に上げて「お前はファビョッている!」「お前の論理は飛躍している!」
これもただ単に自分の知識が追いついていないだけ
結局自分が無知蒙昧、その上言質に一切注意できない子供だからそういう見苦しい発言を終始繰り返す
194 :
和歌ちゃん(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 23:00:35.68 ID:jxlN2s58O
>>189 海外と取引するんだぞ
堺レベルが簡単に作れるかよ
>>190 だからその妄想癖何とかしろよw
2行目以降完全に空気と戦ってるぞ
軍制云々は〜だったら〜だったんだと俺は思うって可能性を示唆しているだけで
別に江戸時代に〜だったからこうだったなんて断定なんてしてない
一般的に軍人の数は減っても編成は変わらんものだと俺は思ってるしね
逆にお前みたいに見てきたかのように断定口調で歴史を語る奴って何なのよマジでw
俺をお前の考え方で洗脳したいわけ?
武勇伝云々だって俺は信じてないって言ってるだけでお前に俺と同じ考えを持ってくれって言ってるか?w
マジで何がしたいんだよコミュ障にもほどがあるぞw
>>194 そんなもん知らんよ。でも何もしなきゃ死ぬんだからやるしかないだろ。まぁやらずに死んだわけだが。
>>193 典型的なバカのガイドライン通りだよね。
超理論で相手の言う事を否定するだけで
自分からは何も示さない。
語尾にwがつくようになったらもうおしまい
なんか喧嘩してるようだが武田信玄は池沼という事でこのスレの結論は出たからいいじゃないか
・〜とは言っていない、などと言質を曖昧にしだす
・自分で示す資料はなく、曖昧な知識に基づく主観のみ
・相手の示す資料は超理論で否定
ID:a/dm+XZWPがどうしようもない無知でFAだと思う
200 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 23:13:32.04 ID:44sx7NpwP
〜だったら〜だったんだと俺は思うって可能性を示唆しているだけ
日本語ではこれを自分の推論もしくは推断を述べる意味合いなんだけど、トンキン語では客観的可能性をほのめかす意味なの?
あと江戸時代について言及するならその江戸時代の武士階級に関してのあまりに恥ずかしい認識を丸ごと改めたほうがいいと思う
なんで公務員っていって表現してるのかわからないのかなあ。彼らは形としては軍人だけど、中身は完全に軍人じゃないんだけどなあ
日本語できないわ江戸時代を全く知らないわで本当に日本人なのかな。トンキンは中国語が良く聞こえてくるしな
まぁ俺が言ったことは
絵にかかれていることは、3段撃ちに代表されるように創作
単騎特攻の武勇伝の類も創作だと思う
戦国の後に続く時代に、軍の編成で騎馬軍団のような編成が見られなければ
戦国時代にもなかったと考えられないか?
西洋のパイクやランスのような兵器がないから、西洋のような騎馬軍団ていなかったんじゃないの?
これだけなんだけど、どうも歴史のプロの癇に障ってしまったようだなw
202 :
はずれ(埼玉県):2010/10/12(火) 23:15:57.39 ID:0oEv5VZV0
ようは武田コンプだろ?
仁義みたいな世界で人を束ねた最後の人望あるカリスマ的な戦国武将だからな。
あとは暴力と恐怖で人を束ねただけの下劣な武将ばかりだからな。
204 :
キビチー(長屋):2010/10/12(火) 23:16:31.04 ID:NOjqUQE50
当時の馬はロバ並だから使えない
>>200 そりゃしってるけどさぁ
形式上でも歩兵とか騎兵とかの役職は藩ないで振り分けられるでしょ
一応武士なんだから
それにまったく騎馬軍団としての面影すらないんだったら、戦国時代にもなかった可能性高くねって話しなんだけど
206 :
ピンキーモンキー(catv?):2010/10/12(火) 23:17:13.70 ID:juO+Ph4n0
>>191 江戸時代に入ってからのデータではあるけど、詳しく書いてあるね、ここ。
情報ありがと。
ついでに、騎馬隊の任務についても書いてあったよ。
全否定派は面倒くさがらずにみておきなよ。
>>110 「真柄太刀は幾振りも伝わり」ってあたりで写真のは怪しい感じがするが・・・
さらに剛勇無双でいくつも伝説がある嫡男・隆基は140cmの太刀だしw
>>201 創作だと思うんなら、その根拠をはっきりと示さないとねぇ。
そりゃ、中には創作も含まれてるだろうが
だからといって他も全て創作と断ずるなんて、暴論にも程があるだろ…
209 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 23:18:29.40 ID:44sx7NpwP
語尾には草生やすのも含めて本当に注意するべきだよ
大人の世界じゃ自分の意見を述べるとき、内容よりもむしろこの部分で評価されたり反論材料になるから
究極的に言えば同じ内容を述べるにしても、この語尾の部分だけでその内容がどうにでも滅茶苦茶になってしまう
もっとも今のように、最初から内容が滅茶苦茶なら一切気にする必要は無いわけだが
>>208 だから俺はすべてが創作なんて一言も言ってないってw
>>187 むしろ山がちな、秘匿性の高い地形を利用しての迂回包囲は積極的にやってる印象なんだがな
>>205 江戸時代になると各藩内での行動に限られていった訳で、
そうなると、伝達や平時の移動以外で騎馬を使う必要がない。
どこの藩も次第に財政苦しくなっていくのに、
必要のなくなった騎馬隊をキープする必要はないわなぁ
214 :
ひょこたん(北海道):2010/10/12(火) 23:22:38.42 ID:YCp2gYQm0
江戸時代の一般的軍制である「備」なんかは、織豊時代から
江戸時代初期にかけて確立されたものなんだよね?
騎馬武者は当然いたけど、単一兵科で「騎馬隊」みたいのは
無かったんじゃないのかな?
>>210 だから、そういう曖昧な言い方だからダメなんだって。
自分のスタンスはぼやかして、相手の言うこと否定してるだけじゃ
お話にならないの
216 :
ポッポ(関西):2010/10/12(火) 23:25:07.37 ID:WkWojlBeO
機動隊の指揮車みたいな運用じゃないの?
指揮官は高い所から見渡して指示を出すみたいな。
>>215 俺は他人の意見を否定してるレスしてるかねw
いわれのない飛躍した中傷には俺はそんな意図で書き込んでないんだけどって反論はしてるけど
お前の歴史の書き込みのここが間違ってるなんて書き込みをした覚えはないが
218 :
てっちゃん(神奈川県):2010/10/12(火) 23:25:13.40 ID:pWFSBRuh0
>>205 武田の軍制はふつう武将ごとに○騎○○人って割振りだけど
たまに○○騎、だけの武将がいる。相手側の記録にも馬乗りの兵が突撃した様子がある
219 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 23:25:55.77 ID:44sx7NpwP
>>205 一揆相手ですら鉄砲一つ使わない太平の世で戦争がなくなったんだから、そういう戦争だけに存在してる役職は形式的に残っても
わざわざ実質的にも残す必要は無くなるよね?
職務的には番方と呼ばれた武辺者の家系ですら読み書き算盤習って事務仕事する一方
経済的には土地も満足に持てず、藩から支給されるお給米すら半地お借り上げで半分藩に持っていかれる有様なんだよ?
せめてそういう背景知ってから述べなよ
220 :
ほっくー(東京都):2010/10/12(火) 23:26:07.43 ID:4FRqjRb10
・馬はあくまで移動手段
・戦場においても、その機動力を生かして短時間で優位な陣形を築いたり、
少数の遊軍による奇襲などに使われたが、
最前線での直接の戦闘の時は、馬に乗ってる兵も馬から下りて戦うのがデフォ。
・ただし、ごく一部だが馬を巧みに操って、馬に乗ったまま電光石火で斬り込んで戦闘ができる武将もいた。
こういう武将は敵からも味方からも一目置かれ、恐れられた。
・「馬に乗りながら戦闘をする」というのは、すでに江戸時代初期の、関ヶ原や大坂の陣を身を以て知らないゆとり世代の若者に
「そんなの嘘話だろw馬に乗りながら槍を振るうとか無理www」と疑われている。
どこの藩か忘れたが、第一級の史料がある。
ゆとり世代が、馬術に秀でていたとされる老将にその話をしたところ、
老将が馬上戦闘技術を披露して、
ゆとり世代がびっくらこいた、みたいな話が残ってる。
221 :
キビチー(長屋):2010/10/12(火) 23:27:34.25 ID:NOjqUQE50
騎馬軍団って規模じゃなかったのは確か
おまえらまだそんなこと言ってるのか?
222 :
ホックン(チベット自治区):2010/10/12(火) 23:27:37.41 ID:37M0a1Kq0
昔の人はhydeさんでも高身長だったんだろ
223 :
北海道米キャラクター(内モンゴル自治区):2010/10/12(火) 23:28:10.68 ID:+o+I8e1QO
これ馬じゃなくてドラゴンにしておけば最強だったんじゃないの?
>>219 だからそういう話じゃなくてさw
藩主でも〜の守とか形式上でも残ってるわけじゃん
だったら藩内の武士の序列にも
実質的には馬なんぞいなくても〜騎馬方みたいな役職や肩書きが会ってもおかしくないんじゃねって話がしたいのw
武士の官僚化は知ってます
>>215 まぁ、今のままじゃ自分の間違いには一緒気付かんだろうな。
ちゃんと自分でいろんな資料見てから
利いた風な口聞けって話ですよ
226 :
はずれ(埼玉県):2010/10/12(火) 23:29:21.64 ID:0oEv5VZV0
ゆとりは自動車のマニュアルですら運転不可能だからな。
そらただ歩きながら走り回りながらヤリ振舞わすしかできないだろうに。
227 :
BEAR DO(中部地方):2010/10/12(火) 23:29:30.01 ID:IjoOd6Oy0
いたに決まってるだろ!
3万騎の騎馬軍団だから
マジパブねぇから
228 :
うまえもん(中国四国):2010/10/12(火) 23:30:45.13 ID:1HjLMO6s0
>>206 どうしても戦国時代の見たいなら秀吉の小田原攻めか大陸出兵の時の軍役が探すの楽だと思う
明智軍記ってのもあるけどあれは江戸時代のだから上のウィキペディアとあまり変わらないんじゃないかと予想
229 :
はずれ(埼玉県):2010/10/12(火) 23:31:28.01 ID:0oEv5VZV0
マニュアル車を乗れたとしても
マニュアル車でサーキットやドリフトやジムカーナなんて無理にきまってんじゃん?
ってのがゆとり脳。
赤鬼、青鬼、浦島太郎♪
231 :
ひょこたん(北海道):2010/10/12(火) 23:31:54.58 ID:YCp2gYQm0
もちろん家格に繁栄されてるよ
馬廻役(親衛隊)みたいなのは高級官僚だろう
家老は侍大将
232 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 23:35:45.24 ID:44sx7NpwP
>>224 知らなかったでしょ?
しかも名前つきの専門役職、一定の号令係の必要な鉄砲隊にしか存在しませんが
そもそも存在したとしても、役職の名前と実際にやることなんて他の国々ですらまず一致しない
さらに鉄砲ですら幕府御料なら町の警備係になってるわけで
233 :
光速エスパー(沖縄県):2010/10/12(火) 23:36:42.16 ID:uRVha3pm0
>>174 武田は足軽に鉄砲2丁は家においとけって布令出してたんだけどな
騎馬隊より弓隊のほうが謎なんだが
農民上がりの雑兵がまともに弓扱えるの?
弓の訓練を受けたもの=武士だから
弓隊だけまとめて運用するのは騎馬隊と同じ理屈で無理なんじゃ?
235 :
ペーパー・ドギー(大阪府):2010/10/12(火) 23:38:28.56 ID:ULnl6CiF0
同じ名前の奴らが喧嘩してるから混乱してきたw東京が2人いるし
236 :
ヤキベータ(福岡県):2010/10/12(火) 23:38:47.19 ID:MXriagef0
でもさ、馬に乗ってたら人切れないよね
槍でぶすっと刺されるし
弓のいい的だし
>>234 別に、超正確に狙う必要なんてないしねぇ。
集団で射掛ける程度のことなんて、すぐできるだろ
>>232 だからそういう話じゃないんだってw
ぜんぜんかみ合わないね
戦国時代に活躍した兵科なら、
実態は江戸時代に変化したとしても名称はその御料の鉄砲隊みたいに残るんじゃねって話なんだが・・・
俺がほしいレスの例としては
実際何々藩では、形式上でも騎馬方みたいな役職がある程度の規模で残っていたから戦国時代にも騎馬隊いたんじゃねとか
騎馬方の役職のようなものはないからやっぱ騎馬隊いなかったんじゃねとかそう言うのw
239 :
ひょこたん(北海道):2010/10/12(火) 23:43:48.68 ID:YCp2gYQm0
実際のとこ”規模”の問題だよね
江戸時代初期の一般的戦術だと、まず初めに弓鉄砲
続いて槍合わせで相手の陣形を崩し、崩れたところを
騎馬隊で攻撃(あるいは防御)
これの繰り返しだったと思うけど、信玄の時代だと大分
違うだろうし
北条家よりも騎馬率は低かったってのを聞いたこと
あるけど、北条の配下は坂東武者だからなw
>>224 各藩の大番・書院番、家老クラスなんかは有事には侍大将扱いで騎乗身分を率いるって事になってたが、
やはり足軽は付属してたみたい。それでも騎馬武者と足軽の比率は1:3ぐらいとかなり小さい
>>238 そもそも、騎馬方なんて役職聞いたこともないよ。
242 :
ひょこたん(北海道):2010/10/12(火) 23:51:48.21 ID:YCp2gYQm0
江戸時代の侍大将ってのは、備の長官だからな
指揮官の廻りこそ騎馬武者だが、他の兵科も指揮してる
弓、鉄砲、槍他、直接戦闘に関係ない部隊も含めて
単独で作戦行動がとれるユニットのトップ
>>241 うん、おれもないw
だから騎馬方みたいなって言うかきかたしてるんだけど
幕藩体制に移行時に仮に騎馬隊がある程度の規模で存在していたなら
それを役職に反映させていないと不自然じゃねーのって言う疑問について提示しただけで
役職名は何でもいいよw
244 :
はずれ(埼玉県):2010/10/12(火) 23:52:33.53 ID:0oEv5VZV0
ま、今のサムライがいなくなった時代はなんの歴史的な武勇伝もなく
後世に語られることはないのは確か。
日本人がもっとも魅力が無くなった時代
西洋文明コンプが抜け出せなかった時代とでも紹介されるのかな?
騎馬じゃなくてポニー
246 :
でパンダ(神奈川県):2010/10/12(火) 23:57:48.15 ID:44sx7NpwP
>>238 鉄砲は特別だから明確に残っていただろうけど
騎馬の指揮を任されるする人なんて、どこそこの何とか守みたいな名字官位役職を名乗るほどの人たちがやるわけだから
母衣衆ほどで限定的で一定の名誉が無い限り、何か特別な呼称とか御家固有のポストなんて必要ないよね
さらにあったとしても、別の地域じゃ無いこともあるわけだ
具体的役職名の有無から特定のものを肯定否定するほうがおかしいんだけどね
wikiみたらモンゴル系の馬で小型だったらしいけどさ
モンゴルもその馬に近い馬使って大暴れしてたんだから戦争で使えたはずだろ
戦国板で逆否定されてるじゃん
普通に馬に乗って馬上槍で戦ってた
249 :
だるまる(和歌山県):2010/10/13(水) 00:05:10.96 ID:6ZxrLjaf0
戦国日本の馬はモンゴルの馬より大きかった
ローマ時代の騎馬隊などポニーレベルであったが十分活躍した
日本騎馬隊の活躍は朝鮮の役で向こう側に記録されている
250 :
フレッシュモンキー(catv?):2010/10/13(水) 00:05:14.25 ID:60F09dJ/0
馬の維持管理費が公費ってんなら分かるが、
おそらく私費扱いだろうからなぁ。
良い馬に乗っているとか、たくさん持っているとかで
自分を誇示したいトコなんだろうけど、外様だったら贅沢してただけで幕府に睨まれそう。
251 :
だるまる(和歌山県):2010/10/13(水) 00:06:39.69 ID:6ZxrLjaf0
騎馬隊は敗走に移行した敵にとどめをさすのに使われた
初戦から騎馬突撃するのは鉄砲の餌食になるのでありえない
252 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 00:07:41.11 ID:13wW3mXY0
馬に乗ってもおkな時点で、すでに勝ち組だからな
維持費とかは仕方ないだろう
て、武士は基本的にすべて自弁
江戸時代は馬の育成はかなり制限されてたとか聞いたけど
で、荷駄ばっかりに
>>246 なんか要領をえんなw
でも騎馬は強力な兵科で、歩兵よりも技術が要求されていて数も少数なら
幕藩体制移行時にほかの歩兵と一緒くたにされているとしたらそっちのほうが不自然じゃねーのかね
レスどおり騎馬にのる人間が既に官職もち+指揮官だけだとすると、それじゃ騎馬隊は組織できないので
騎馬隊はいなかったという結論になっちゃうけどいいの?
それとも隊だとしたら200〜300くらいはいたと思うんだが全員〜守なわけ?
あと最後の文は余計だろw
あらゆるアプローチを持ってするもんだろこういうことは。
別にそれだけで騎馬隊の存在の有無が決定するわけじゃないんだし
なんか自説にちょっとでもそぐわないとものすごい勢いで攻撃するって癖直したほうがいいよw
そもそも題材が不確定な歴史なんだしさ
255 :
ウェーブくん(大阪府):2010/10/13(水) 00:10:08.93 ID:CcqU7QRJ0
家にあったフロイスの日本覚書の本には
われらにおいては馬(上)で戦う。日本人は戦わねばならぬときには馬から下りる。
って書いてあった。あと
われらの馬は、非常に美しい。日本のは、それよりずっと劣っている。
ってあったけど小さいとかは特に書いてない。
幕末期の戦争で騎馬隊は存在してるの?
257 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 00:16:17.07 ID:13wW3mXY0
まもなくシーズン2が始まる「坂の上の雲」をみよう
阿部寛が苦労するんだ
258 :
オノデンボーヤ(広西チワン族自治区):2010/10/13(水) 00:17:03.52 ID:LzvfsdM2O
山梨(甲斐)や長野(信濃)は戦国時代今の切り開かれた地形とは別の様相だった
甲斐は金が採れさらに山側や丘陵地で馬産地として生計をたてていた
信濃は田を作る平坦な地域が特に少なく昔から林業と馬の産地で生計をたてていた
信濃の特に武田が初期から領有した諏訪から南の地域木曽伊那辺りは特に林業と馬産地として古来より木材と馬の調達先として盛んになった
259 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 00:17:06.88 ID:c/tw8H9u0
>>255 ただ国内でも馬の産地かどうかで質が違うから
フロイスが見た馬が平均なのかどうかはわからん
日本は山や河川が多いから馬の運用自体が変わって来るな
小汚い貧相な馬でも、そもそも求められる能力が違う可能性がある
まぁ差し引いても駄馬の可能性は高そうだけど
騎射の技術は、江戸初期ぐらいには途絶えていたらしい
ここから遡ると、戦国末期くらいには既に騎馬武者の存在意義は薄れてたんだろう
馬が減りすぎたのか、鉄砲が増えすぎたのかは分かんないけど
>>255 近世のヨーロッパに騎兵隊なんてあったのかな?
馬上で云々は騎士のことだろうか。
>>254 騎馬隊の役職名を自分で見つけてから出直して来い。
自分で言ったことで破綻してるんだから
>>259 「騎馬だけで統率して一軍を作る」っていう記述が古文書探してもどこにも無く、
どころか代わりに「馬を降りる」っていう記述があるんだとしたら、
そっちを採用せざるをえんと思うのです史学的見地から見て
書いてて思い出したけど、北条の史料にあるってどっかで見た記憶もあるけど
高坂の騎馬の数もわからないんでしょ
けっこうしょぼかったんじゃないの
>>262 だからそこがお前と俺のスタンスの違いなんだよなw
お前は自説の正当性を披露するだけ
特にソースもないけどw
ソースがあれば少しは勉強にもなるんだろうけどねぇ
おれは、こうだったんならこうなんじゃないの?って提示してるだけ
別にそれが是であろうが非であろうがどうでもいいw
それにお前はそんなわけあるかと噛み付いてくるとw
噛み合わんわけだよw
266 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 00:23:46.18 ID:d9ZD8/bvP
>>254 具体的なところを列挙されてバカの典型だとかお前は駄目なんだとか、みんなに袋叩きにされて何とか煽り返したい気持ちも分かるよ
でもなんでいきなりアプローチどうこうという抽象的かつ意義的なことに無理矢理つなげるの?つなげてるようで繋がってないんだけど
戦国時代の軍隊って、お前の中ではわざわざ指揮する兵隊の種類によってきちんと役職が設定されているって言う
ナポレオン戦争以後の欧州国民軍と同じなの?
封建領主にくっつく封建領主って言う構図が土地ごとに細かくあり、その土地と収益の中から土地責任者が兵隊を供出し大領主に従うという時代なのに?
そもそもみんなが騎兵の活躍が書かれている部分とか紹介してるのにそういうのも一切見ないで
「役職が無いから騎馬隊は存在しなかった!俺が正しかった!お前はすごい勢いで攻撃してきたけど!」なんて言っちゃうの?
自分のちっぽけな自尊心を守りたいがために、手段と方法を違えて固執するさまってこっけいだね
>>266 まんま265に俺の考えが書いてあるから読んでw
268 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 00:26:47.32 ID:iZp5eDYR0
>>254 幕藩体制への移行で大半の足軽は帰農させられてるよ
254が歩兵呼ばわりしてる人間の大半は侍身分で甲冑持ち。
それに幕藩体制下でも馬廻りの名残は各藩に見られる
269 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 00:27:24.35 ID:d9ZD8/bvP
ソースを提示しないくせに
「あれは江戸時代の武士の創作だ!」「絵を見たところこんなのが前線に立てるわけが無い!だから武将が前線に立つことは江戸時代の創作に他ならない!」
なんていう人がソースを口にする。きっとこれも日本語とはちょっと違う意味合いがあるんだろう
トンキン語は難しい
270 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 00:28:56.50 ID:c/tw8H9u0
>>263 日本史に限らず、騎馬の一団ってのは傭兵とか騎馬民族とか特殊な集団にならざるえない
それほど金も物資も技術も必要だからな
常時抱えるより、雇った方が早い
世界史でも珍しいのに、日本でそれも単独で動く部隊があるとは考えにくいからな
>>269 だからそれもさっき説明したでしょw
俺はスレの流れで3段打ちの絵の話になったからそれは創作だって言ったの
これは今の3段打ちはなかった説に沿ってるから別にソースはイランよね
まぁこれに異論があるならそれはそれでいいしおれは否定はしないしねw
あと武将が刀持って大暴れってのは常識的に考えて俺はないって思ってるし
複数に囲まれて一人が大暴れなんてのはマンガの世界だけだって言う方が現実だと認識しているから
時世の句なんて誰が書きとめるんだよって話しだしねw
俺の認識だからソース出せといわれても困ることではあるが
まぁ一騎当千とかの武勇伝が史実というのであれば、それも俺は無理には否定はしないよw
信じるに足るソースがあるんだろうからさ
272 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 00:32:15.64 ID:iZp5eDYR0
>>267 江戸時代に入ってから幕府の禁令で馬の保持が制限されてるうえ
馬が居ても伝馬役に回されたのだから、馬自体が乏しいのに完全な形で役職が残るわけないでしょ
273 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 00:35:12.93 ID:d9ZD8/bvP
おれは、こうだったんならこうなんじゃないの?って提示してるだけ
あれ?最初から推断に加えてあれは創作だ!なんていう主張の繰り返しだったよね?あれだけ指摘されたのにまた突然はぐらかし始めたの?
予防線を張ってるつもりなんだろうが、それになってないし恥も知らんよなぁ
>>273 まぁお前がそう思うんならそれでいいよw
俺のスタンスは最初から変わらないけど
実際直近の軍制のやり取りでもまったくかみ合わないし
やろうとしていることが違いすぎるw
母衣衆とか馬廻とか無視して騎馬隊はなかったと結論付けるならそれでいいじゃん
276 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 00:40:40.00 ID:d9ZD8/bvP
自分の無知を棚に上げて「お前は俺と違うから話にならない!」
役職の名前の有無から否定しようとしたり、もう見てられないよね
騎馬隊に関する周りのレスも無視してるのか怒りで見えなくなっているのかわからないけど
無かったことにしているし
277 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 00:40:40.19 ID:c/tw8H9u0
兎に角、何処の国だろうが騎兵の一団と言われる
馬に乗って統率されて戦闘すらこなすなんて事、馬に乗る事が生業じゃないと絶対出来ない
>>275 俺はそういうあったなかったで騎馬隊を論じているわけじゃないんだがなぁw
こういうレスが味方だとうれしいのかねw
まさかこれと同じレベルなのかなぁ
そうですよ
上杉は団結力が持ち味なのです
今こそ義を貫きましょう
280 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 00:43:47.12 ID:d9ZD8/bvP
あと、馬を御すということが出来ない、馬もコストがかかりすぎるというのであれば
農民の農耕に馬が使われたという教科書にすら出てくることはどうなるのかな
これは農民ですら馬をある程度所有し、なおかつ重労働に馬が耐えうるほどに餌を与えて管理できてもいたということだけど
281 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 00:44:04.14 ID:3UzBymad0
でもこのころの武芸は世界最高峰の武術だったことは間違いない。
グレイシー柔術はこのころの武術がベースになってる。
どんな曲芸武術家がいても不思議ではない時代。
282 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 00:46:03.11 ID:d9ZD8/bvP
>俺はそういうあったなかったで騎馬隊を論じているわけじゃないんだがなぁw
254 名前: お自動さんファミリー(東京都)[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 00:09:10.43 ID:Rhf9wnmcP [1/6]
>>246 なんか要領をえんなw
でも騎馬は強力な兵科で、歩兵よりも技術が要求されていて数も少数なら
幕藩体制移行時にほかの歩兵と一緒くたにされているとしたらそっちのほうが不自然じゃねーのかね
レスどおり騎馬にのる人間が既に官職もち+指揮官だけだとすると、それじゃ騎馬隊は組織できないので
騎馬隊はいなかったという結論になっちゃうけどいいの?
じゃあこれは何?俺のブラワザが文字化けでも起こしてるのかな?
284 :
モジャくん(東京都):2010/10/13(水) 00:49:08.02 ID:EXLc3fwp0
騎馬がいなかったら一ノ谷はどうなるんだよw
285 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 00:49:21.48 ID:c/tw8H9u0
>>281 個人レベルなら馬に乗って無双は沢山居たと思うよ
天下人の秀吉なら、そう言う奴らを集めて一団に出来たかも知れんね
ただその頃の秀吉が必要になるとしたら明への遠征ぐらいだろうな
>>282 いたならいた、いないならいないでその結論にいたる論理を論じているわけであって
その存在の是非について語ってるわけじゃないよ
まさかそれもわかってないの?
287 :
モジャくん(東京都):2010/10/13(水) 00:50:28.35 ID:EXLc3fwp0
288 :
みらいくん(関東・甲信越):2010/10/13(水) 00:50:55.49 ID:39zWiE/IO
騎馬隊はあっただろうけど、移動速度の早い歩兵位な感じ?
289 :
タックス君(東京都):2010/10/13(水) 00:52:14.96 ID:TMCCHfPr0
騎馬はいたけど、統率された騎馬だけの一団はいなかったってこと?
地に足が着いた名将たち(真贋不明)
今川義元
斉藤義龍
加藤清正
東海道は百鬼夜行か
291 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 00:52:20.86 ID:3UzBymad0
>>285 いまの平和で車社会になっても
乗馬クラブレベルで簡単に馬なんて乗りこなしてるぜ。
強いものが出世するじだいなら馬くらい余裕で乗りこなすだろ。
あのころの車やバイクみたいなもんだろ?
292 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 00:52:20.97 ID:13wW3mXY0
使番っていえば、なんか「○○パン買ってこい!」
って感じの小間使いみたいだけど、奴らは中堅将校だからな
若いのは次世代の幹部候補生
293 :
ねるね(関西・北陸):2010/10/13(水) 00:52:54.65 ID:RSJJhzKZO
日本に野生の馬なんているのかね?
サラブレットみたいな
人を乗せて走り回れるほどの
屈強な馬の群がいたのかね?
ないね。
あろうはずがない。
294 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 00:53:30.73 ID:d9ZD8/bvP
>>286 役職の有無だけでそう論じたのはまさにおまえ自身でしょ?お前じゃないというのであればほかに誰がそんなこと言ってるの?
>>288 いや武田騎馬隊ってのは馬が異常に多い荷駄隊の事で
これにより武田軍は他国より格段に速い作戦行動が可能になって
恐れられたってのが正解
>>294 だからそこで問題になるのがおまえの論理の飛躍でしょw
俺は役職が残っていれば存在していた可能性は高いし
なければ存在していなかった可能性が高いって書いてるよ。よくよんでねw
これをお前の脳内で翻訳すると
役職が見当たらないので騎馬隊はいなかったって俺が主張しているようになるみたいだけど
>>291 カブを足だけで制御しつつ、弓や槍で他のカブ乗りをたたき落とす
しかも山や雑木林、舗装されていない土地で
探せばいそうだけどw
スタントマンとか
>>291 乗馬クラブの馬はほぼ去勢されてるんだが
300 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 00:57:33.23 ID:c/tw8H9u0
>>291 先ず前提がまるで間違ってるのは
乗って戦うと言う事だ、バイクならバイク上で戦える人間
さらにそれが集団って事、まるで次元が違う
例えて言えば、剣豪は探せば戦国時代簡単に見つかるだろうが
それで剣豪の一団を作ろうとしたら非常に難しいって事さ
301 :
みらいくん(関東・甲信越):2010/10/13(水) 00:58:37.64 ID:39zWiE/IO
騎馬隊と言っても、今の時代劇に出てくるような、徹頭徹尾馬上戦闘する大規模集団みたいなのは想像出来んな。
ものすごい輸送部隊だったんでしょ
騎馬隊じゃなくて
303 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 00:59:24.71 ID:3UzBymad0
>>298 オレでもカブなら余裕。
リッターバイクは無理。
つかカブですら突っ込んできたら人間事故死するぜw
304 :
さいにち君(東京都):2010/10/13(水) 01:00:29.17 ID:vRWMlAOq0
何かこんな説が分かれちゃうほどあやふやな時点で、
当時は騎馬隊がそれほど一般的ではなかったんじゃないか、
って思っちゃうね。
305 :
レインボーファミリー(大分県):2010/10/13(水) 01:00:43.00 ID:+F6iQ/dg0
光栄のゲームの武田軍団のインフレぶりはひどいと思う。
306 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 01:00:45.71 ID:d9ZD8/bvP
役職があるかどうかだけでそのものの実質的な有無すら決まるってどういうことなの?
まず封建社会において率いる兵種により役職がいちいち公式の役職が設定されるということ自体確かなの?
そもそもこんなこといってるのこのスレどころか日本中探してもおそらく自分だけなのに
俺はそんなこと言ってないとか・・・何の病気?
307 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:01:30.40 ID:3UzBymad0
武器なんてもたなくても
馬が500で人間の集団に突っ込まれたらひとたまりもないだろ?
308 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:01:39.29 ID:iZp5eDYR0
309 :
生茶パンダ(新潟県):2010/10/13(水) 01:02:08.33 ID:7pLdRtkZ0
>>301 騎馬武者ってエリートだからその周りに家来がぞろぞろついているのが普通で
それ全体を合わせての「騎馬隊」
ヨーロッパみたいな騎兵部隊ではなくて、騎馬率が高めの部隊って程度
310 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 01:02:11.89 ID:13wW3mXY0
今大河で話題(?の後藤様も馬廻格だったと思う
叔父の吉田東洋も確か同じ家格
ちなみに長崎留守居役拝命後の弥太郎も
同じ格式をゲト
311 :
きのこ組(神奈川県):2010/10/13(水) 01:02:19.65 ID:E3dt+A5X0
完全な資料無いならいたということでいいじゃないか
その方が妄想が膨らむし、ロマンがあるじゃないか
312 :
みらいくん(関東・甲信越):2010/10/13(水) 01:02:20.67 ID:39zWiE/IO
大体、騎馬隊(荷駄でもいいけど)てどれくらいの規模なの?
数百頭?
313 :
モッくん(長屋):2010/10/13(水) 01:02:20.94 ID:G1OTaehi0
>>113 楔形陣形で、囲いを突破すればよかったじゃん
島津は、関が原で敵陣突破してるじゃん
314 :
Mr.メントス(東京都):2010/10/13(水) 01:02:58.75 ID:FwHjg3rL0
きば
鉄砲隊といえば大阪での神保さんを思いだす
>>308 ほろ衆って何百もいないし、馬周りって戦場で騎馬だったとは限らないでしょ?
>>297 残る元になった役職をお前が示すのが先。
役職云々を言い出したのはお前だからね
318 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:04:05.25 ID:3UzBymad0
てか、馬って駄馬ですらリアルだと結構でかくてびびるぜ。
サラブレッドとか半端なくでかいからな。
319 :
さっしん動物ランド(広西チワン族自治区):2010/10/13(水) 01:04:18.39 ID:9amLK4jdO
昔の馬って自転車くらいの大きさだったって本当?
320 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:04:33.13 ID:iZp5eDYR0
>>309 こういう知ったかぶりの無知が一番性質悪い
現実は騎兵部隊も厳然と存在した、馬廻りやそれ以外でも
321 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 01:06:22.74 ID:13wW3mXY0
道産子っていうか、いわゆる北海道の馬は恐ろしいぞw
リアルでみると
知り合いにその関係の人がいるんだけど、まったく勝てる
気がしない
>>306 言ってるよw
戦国時代に騎馬軍団があったとすれば、強力かつ高価な兵科で歩兵よりは少数=選抜された武士が
幕藩体制に移行する際に、ほかの歩兵隊と何にも変わらない待遇役職で継続登用されるほうが不自然だって
何かしらの名誉や特権が付属していると考えることがそれほど不自然かね?
あと論理の飛躍を修正させてもらうと
俺は別に今すぐにお前がその役職についてのソースが見つけられない=待遇役職が存在しない=騎馬隊の存在否定
という3段論法はやってないからねw
323 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:07:11.24 ID:3UzBymad0
やっぱ英雄は馬に乗ってて欲しいな。
ラオウと国王はセットだから絵になるんだろっての。
324 :
ねるね(関西・北陸):2010/10/13(水) 01:07:23.40 ID:RSJJhzKZO
>>295 いねーよ。
もしいたら日本の固有種で
競馬できるだろ。
ポニーに毛が生えた程度の
道産子しかいない。
325 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:07:56.10 ID:iZp5eDYR0
>>316 馬廻りは当然騎馬、徒歩ならわざわざ馬上身分を寄り集める意味が無い
あと、母衣衆と馬廻り衆は別物
326 :
レインボーファミリー(大分県):2010/10/13(水) 01:08:54.43 ID:+F6iQ/dg0
大量に弩を使って、矢に附子を塗りつけて、馬を的にすればいいのに。
蹄鉄はいてない獣なら、毒つきの大型のマキビシ大量にまいとけばよかったのに。
>>322 あのな。存在してるかどうかも自分で把握してない
架空の役職持ち出して、その役職が後に残ってないから
その部門は存在してないのでは?とか言い出したのはお前だぞ。
328 :
ホッピー(東京都):2010/10/13(水) 01:09:26.62 ID:+xx0SPZ40
武田騎馬隊不在説も面白いけど、信長の鉄甲船の話も面白いよな。
329 :
オノデンボーヤ(広西チワン族自治区):2010/10/13(水) 01:10:26.85 ID:kmO783QkO
ロバだったんじゃね?
330 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:11:05.38 ID:iZp5eDYR0
>>324 今もモンゴルでナーダムやってるだろ
>>322 不自然だよ、鉄砲足軽も騎馬足軽も武具を大名に支給される足軽身分で
幕藩体制下で武士身分になったのは少数
331 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 01:11:27.97 ID:13wW3mXY0
JRA関係の仕事したこともあるから、サラブレッドは
頻繁にみてたけど、馬の種類は知らんがスゴいの
いるよな
勝負するどころか、近寄ることすら躊躇する
奴らがちょっと機嫌悪いだけで殺されそう
>>327 そういう考え方もできるよねって感じでねw
何かおかしいか?w
歴史に詳しい奴がいるなら幕藩体制下の一般的な役職とかに詳しい奴がいるかもしれないから
こういう考え方でも騎馬隊の存在の是非を論じられるんじゃないのって提案なんだけどw
>>325 >馬廻りは当然騎馬、徒歩ならわざわざ馬上身分を寄り集める意味が無い
根拠それだけ?意味はあるだろ。親衛隊なんだから、身分の列記とした人をそろえる必要がある
>あと、母衣衆と馬廻り衆は別物
一緒なんて書いてなくね俺
335 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:12:56.54 ID:3UzBymad0
カブで惹かれたくらいで
人間なんて複雑骨折しちまうレベルだから
体重何百キロもある馬が何百党というレベルで突っ込んできたら余裕で
ひき殺せるだろ。ひき殺してのこりの残党は馬から下りて弓でもやりでも
突き刺せばそりゃ強いだろ。
>>332 是非を論じるのなら資料を出せ。
仮定の上に妄想積み重ねてドヤ顔されても
死ねとしか言いようがないんですよ
337 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 01:13:40.10 ID:ECJVmpkR0
>>324 お前の現代の競馬知識から出た否定の言葉より
歴史の史料の方を信じるだろ普通
338 :
さいにち君(兵庫県):2010/10/13(水) 01:13:59.76 ID:+0ZxLN2A0
日本で騎馬の集中運用で機動部隊として使ったのは、
源義経と北畠顕家の2人の天才だったと思う。
特に後者が高速騎馬部隊を運用したはずだが、情報が何故か少ない。
>>324 だんねんながら
サラブレッドは野生では生きていけないです
大型軽量過ぎて脆いので、おそらく戦いにも使えません
50kg〜60kgの荷物を背負って、レース場を数`疾走するのに最適化するために交配し
適さない物は適宜間引いてる
あれは実用品じゃなくて芸術品なの
340 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 01:15:26.81 ID:c/tw8H9u0
そもそも馬は戦術的に逃走や伝令等足に使うもので、戦いそのものに投入するって考え方が異端なんだよ
異端だから、武田の騎馬隊なんて物語が出来る
後はロマンだな
341 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 01:16:33.89 ID:d9ZD8/bvP
>>322 えっ?今度は言ってるって?さっきまで「騎馬隊にまつわる役職がないから騎馬隊なんて存在しないんだ!」とは言ってないって自分で言ってたよね?
強力な武装制限が施された幕藩体制でそういう戦争の色が強く出ている役職が残るということ自体が不自然だよ?
しかもこの鉄砲頭の名称だって天領以外に存在したかは分からないし
さらにお前はまず騎馬隊にの存在は、まず騎馬隊に関する役職あってこそで語ってたよね?
そして最後にそんな三段論法を用いて「牙隊は存在しないとはいっていない!」と前言撤回・・・もうぼろぼろだよね
そして三段論法の使い方もおかしい
>>338 南北朝の辺りは資料的にも相当面倒で、
歴史小説家ですら敬遠するジャンルだな。
343 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:17:19.94 ID:3UzBymad0
オレなら戦から逃げるために馬は必須だな。
>>336 ドヤ顔とか仮定と妄想で言われてもねぇw
そのまま返すしかないなぁw
345 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:18:35.07 ID:iZp5eDYR0
>>334 全員が乗馬ならわざわざ徒歩になる意味が無い
どの大名も馬廻り衆は数百人規模、これで満足か?
346 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 01:19:17.81 ID:c/tw8H9u0
>>335 そうだけど、その破壊力はまったく逆にも使える訳で実用的とは言えない
急に止まれんからね前列が射掛けられたら、将棋倒しでみんな圧死
>>344 まぁ、そういう所だけ突っ込んでくる時点で
もう終わってるんだけどな。
資料も出さずに、根拠の極めて薄い仮定と妄想を組み合わせた
トンデモ理論を語りたいなら自前のブログでやれ。
それが嫌ならきっちり勉強して資料を出せ。
348 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:21:10.29 ID:3UzBymad0
考えてもみろよ
プロ野球で乱闘になっても
黒人くらいのレベルの人間が威勢よくつっこんできても
大人3人はなぎ倒せるんだぜ。
>>335 長槍地面に突き刺してそこに騎馬が突っ込むと
槍は折れないで騎馬武者がぶっ飛ぶって話は本当なんだろうか
>>345 >全員が乗馬ならわざわざ徒歩になる意味が無い
本陣を馬で固めるなんて聞いたことないわw
突貫力っていう騎兵の利点殺してどうするの、それこそ意味ないだろ
あらゆる局面で歩兵の上位互換が騎兵だと思ってる?
>どの大名も馬廻り衆は数百人規模
その数百人に徒歩もいるってんなら満足
すべて騎馬だとか言い出すのなら満足しない
351 :
モッくん(長屋):2010/10/13(水) 01:23:26.45 ID:G1OTaehi0
戦車で逃げるダレイオス3世を追撃する馬上のアレキサンダーの絵があるじゃん
西洋では、馬や戦車に乗ったまま戦ってたのは確かなんだろ?
戦車の突進なんか歩兵けちらしまくりだろ
352 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 01:23:38.27 ID:13wW3mXY0
>>349 時期によって違うけど、長槍に馬は突っ込まないだろう
アイツらの仕事は陣形崩すこと
崩す前に突っ込んだら痛いよね
353 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:24:22.26 ID:iZp5eDYR0
>>350 全員騎馬だよ、無知は勉強してから出直して来い
馬廻りの成り立ち考えろ
354 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 01:24:22.32 ID:d9ZD8/bvP
封建時代なら名のある郎党や血族の誰かが戦闘で騎馬武者や足軽たちの先頭に立ち、他が追従していく形で突撃していったり
代表が郎党に向かって「お前は騎馬何騎とあの辺の足軽を率いて、頃合を計り一気に斬り込め」みたいなことが
矢玉の切れ目を見計らって武功に逸る武者がわれこそはと競って突っ込み、それに追従する郎党、そして〜様に続けと集団で追いかける徒歩
まさに騎馬隊でしょ
>>346 アレクサンドロス大王は騎兵隊の一撃で勝利を得て
マケドニア朝期のビザンツ帝国は数百の騎馬隊による楔形突撃で世界最強の帝国へと返り咲き
ナポレオンは数千の騎兵隊を使ったんだけど
355 :
ミルミルファミリー(千葉県):2010/10/13(水) 01:24:30.27 ID:wT+6/NAR0
戦闘に馬使うより補給に馬使った方が効率よさそうだけどな
>>351 残念ながらダレイオスの戦車は避けられて全く役に立たなかったw
357 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:25:41.62 ID:3UzBymad0
ズレータ1人止めるのに
ガタイのいいプロ野球選手が5人がかり
ふつうのにんげんなら8人はなぎ倒せるわな。
359 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 01:26:46.45 ID:ECJVmpkR0
>>357 昔、当時ハムにいた金村がズレータにぶつけてしまって
ボコボコに殴られた時、身を挺して止めに入ったのが
膝が悪い上に鈍足の松中さんだった・・・
361 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:28:04.31 ID:iZp5eDYR0
>>355 そりゃそうだけど、騎馬部隊が全く存在しなかったっつー説は誤り
>>358 歩侍ではなく馬上身分を集めたのが馬廻り衆
363 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:29:27.32 ID:iZp5eDYR0
輸送用動物で最強なのは
駱駝か馬になるのかな?
>>361 それほどの馬上身分にどうして一族郎党含めた徒歩組がつかないと思えるのか
雑兵物語にも、主人(騎馬武者)を見失わずしっかりくっついていけ
って文章があった気がするぞ、確か
ラクダって普通の地形でもよく動くものなのかね
367 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 01:32:54.50 ID:13wW3mXY0
源平とかの話しになると、また状況がガラっとかわるよね
一騎の武者の周りに徒歩の家の子郎党が、シューティング
ゲームのオプションよろしくでサポ
これが戦術ユニットになって戦が行われる
信玄は信長−秀吉−家康っていう流れの前の人で
住んでるとこも田舎だったから江戸時代とはちょっと違う
かも知れないけど、騎馬軍団ってほどのことは無かった
と思う
368 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 01:34:16.58 ID:c/tw8H9u0
>>354 それは所詮物語りだよ
古代騎兵戦で有名なザマの会戦では両軍合わせて10万近くの兵がぶつかったが
騎兵部隊はヌミディア騎馬民族の傭兵数千で、その騎兵が大活躍したザマでも
騎兵を直接ぶつけるなんて馬鹿な真似はしてない
主に包囲、追撃に使われただけ
何で比較的新しい戦国時代の歴史はあったりなかったりが交互にやってくるんだ?
流行でも追ってるのかと
370 :
やまじちゃん(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 01:35:21.77 ID:LzvfsdM2O
李「ニダ」
明「おいやめろwww」
立花「なんかきた」
島津「あれはマジキチだ」
戦国ランスのてばさき強くね?
372 :
デンちゃん(兵庫県):2010/10/13(水) 01:38:50.91 ID:mVc1CxPy0
律令制時代には居たよ。
騎兵は騎兵だけで運用しろという運用マニュアルもある、鉄かは知らんが装甲騎兵もいたらしい。
その後、律令軍制崩壊後も騎射に長けた裕福な農民層で構成した健士だかが編成されて蝦夷兵と共に太宰府を防衛の任についてる。
373 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 01:38:54.44 ID:3UzBymad0
馬一党でも止めるのむずかしくね?
どうやって止めるん?
ヤリで構えても慣性の法則的にそのまま吹っ飛ばされるだけだろ。
つかみ所もないし、足引っ掛けて転ばすこともできねーぞ。
374 :
Dr.ブラッド(dion軍):2010/10/13(水) 01:39:08.28 ID:XS7LIEWYP
詳しそうな人に聞くけど車がかり戦術って実際あったの?
375 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 01:39:59.76 ID:ECJVmpkR0
源平や南北朝辺りはの騎馬のインフレ率は異常だよな奥州八万騎とか十万規模でいたらいいからな
376 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 01:40:16.24 ID:d9ZD8/bvP
>>368 どこが作り話?
突然ザマの戦いを持ち出してきてあたかもこれが全部のように語ってるところ悪いんだけど
むしろザマは歩兵の室の差だったよね
そして貴重な文献で戦争だけ物語だよとかあまりに都合のいい解釈
カンナエもガウガメラも騎兵の一撃で勝ってるよね。ビザンツにおいては騎兵で全盛期を迎えたわけだ
377 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 01:41:56.68 ID:13wW3mXY0
>>374 いきなり何をw
確かアレは結果的にそうなったと思った
狙ったんじゃなくて
川中島はそんな詳しくないけど、状況考えれば
急いでたろうし
網野史観によると西国と東国はもうはっきりと文化的に分断されているらしいんだよね
確かに、東の武者のほうが兵制はちゃんとしてたし、戦には強く、ノウハウも蓄えていたろう。
律令期に設立された牧も、東国には多い。
かくして騎兵運用ってのはあったのかもしれんが、
天下を取ったのが西国の秀吉で、そういった騎兵に関する技術が疎かに、伝えられなかった
というストーリーも、まぁ、考えられなくもないんだけどね。いかんせん史料がねぇ
神奈川は口は悪いが読ませるな
取りあえずスレの最初から見てみるから戻るまでその調子で頼むぞ
380 :
モッくん(長屋):2010/10/13(水) 01:42:52.59 ID:G1OTaehi0
381 :
おたすけケン太(新潟県):2010/10/13(水) 01:43:08.89 ID:sLKZ2ENx0
382 :
やまじシスターズ(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 01:45:00.11 ID:F0WXNgIaO
俺の新説では武田騎馬隊は武田馬隊だったんだよ!
人という重りを捨てた馬はまさに獣
そんなのが百頭も突っ込んで来たらもう陣形なんか目茶苦茶だからな
鉄砲なんかよりよっぽど効く戦国時代の生きたミサイルやで!
学者が見てたらパクっていいぞ
みんな、ばんえい競馬に行ってみよう
384 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:45:15.57 ID:iZp5eDYR0
>>365 馬上身分のみを選択的に集めて編成したのが馬廻り衆
京都でのお披露目描写でも当然郎党なんて付いてない
385 :
黄色のライオン(チベット自治区):2010/10/13(水) 01:46:24.14 ID:jLEqhoZ00
伊達家の騎馬鉄砲隊は実在したの?
>>384 >京都でのお披露目描写でも当然郎党なんて付いてない
落ち着け。誰の、何の話かw
387 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 01:49:09.96 ID:c/tw8H9u0
>>376 カンナエもガウガメラも重装歩兵が主力だよ
壊走して陣形を崩した相手の追撃、殲滅に騎兵が使われたのであって
どの何をさして一撃と言って、何を持って騎兵の勝利としてるか知らないが
388 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 01:51:41.64 ID:ECJVmpkR0
>>374 解らんあのお方の事だからあったかも
「兵の多少は勝敗に関係ない気力が充実していれば寡兵でも勝てる!」
ちょw精神論だけですかwでも勝率良いと言う人だし
389 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 01:52:49.29 ID:iZp5eDYR0
390 :
やまじシスターズ(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 01:52:49.57 ID:F0WXNgIaO
>>383 ばんばデカイよな
農耕馬のパワフルさパネェけどあいつらすぐ休むからな
関係ないけどこの前安楽死した実家の馬用小便壷五十万で売れて失禁した
ちょっと待って、カンナエもザマも勝敗の決め手になったのは包囲されたかされなかったか、
つまり相手の騎兵力に対しこっちの騎兵力がこれを上回るかが分かれ目だった
って認識だったんだけど、違うのか?
ちなみに塩野歴2ヶ月です
392 :
カーネル・サンダース(東海):2010/10/13(水) 01:53:43.74 ID:b+ojkvjKO
関係ないけど信長の鉄砲三段って当時の世界的に見るとどんなもん?
ガウガメラってダレイオスを騎兵で直接攻撃して敗退させたってやつじゃねえの
違うん?
394 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 01:57:33.38 ID:d9ZD8/bvP
>>387 騎兵の一撃があったからこそローマの歩兵はいよいよ狼狽して押しつぶしあったし
ガウガメラでは敵の騎兵がアレクサンドロスの騎兵の誘引で役目を果たさず、その後の騎兵の一撃でペルシャは王が身一つで逃走し
本来ならいかに一枚岩で精強なマケドニア軍でも数倍の歩兵に圧倒され、数倍の騎兵に囲まれてあっという間に皆殺しだった勝負に勝てたわけで
395 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 01:58:03.53 ID:ECJVmpkR0
>>392 三段云々は置いておいて
馬防柵陣地による鉄砲の大量運用と言うのは先にスペインかどこかがやってたけど
日本初だし世界的にも中々のものだと思うよ
>>389 どんなんだったかなと見直したが(めんどうなので私訳版でごめん)、
主に信長の描写に尽き、馬揃えの景観の描写があるわけでもないし、
これをして徒歩はいなかった!って言うのは無謀じゃないか
信長公記で言うんなら兼松又四郎の話をしたい。
信長の馬周りなんだが、素足だったので足が血だらけになって、信長に草鞋を貰ってる。
こいつ、完全に徒歩だよねw
397 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 01:59:40.42 ID:13wW3mXY0
戦国マメ知識だと、武田騎馬軍団と同様に
三段撃ちも出てくるよね
でも発想的に近いことしてるように感じんだが
398 :
アヒ(東京都):2010/10/13(水) 02:01:44.16 ID:9zYo8HEr0
本書くためだけに異説打ち上げる学者をなんとかしろ
歴史やりたいんなら地道に頑張れ
399 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 02:03:54.31 ID:3UzBymad0
まあ戦が強い弱いは戦術しだいだろ。
手取り川ではのぶなが軍は謙信軍にふるぼっこで
おまけに信長軍は今まで戦った相手の中でかなり弱いなとまで謙信に言われる始末。
400 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 02:04:47.86 ID:Z7+QNNiGP
戦国時代と同時期だと流行りはテルシオだね
核をなすパイク兵の方陣(20から30列)
パイク兵の方陣の周囲に二列の銃兵
その方陣の四隅に小規模の銃兵の方陣
16世紀後半には銃兵の割合がパイク兵と同じくらいになる
401 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 02:05:22.63 ID:3UzBymad0
>>398 だってマーケティング的には正解なんだもん。
異論唱えときゃよく売れるから。
402 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 02:06:32.42 ID:iZp5eDYR0
>>394 ペルシャ戦争の歩兵戦力はマケドニア軍が優勢、騎兵はペルシャ側が優勢
そもそもペルシャ側は離反や内紛続きで内部崩壊気味だけど
>>396 信長公記の記述読めば、全員騎乗だったのは理解出来たでしょ?
>>398 ちらっと見た歴史論文集に載ってたテーマ
「池田輝政の蔵入り地管理について」
お前らこれ買うか?w
404 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 02:07:26.96 ID:c/tw8H9u0
>>394 何か俺の話してた騎兵の突貫攻撃とは違う話になって来てるな
運用の話はそりゃアリだよ
俺は騎兵の運用自体は否定してないよ
405 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 02:08:09.36 ID:3UzBymad0
謙信曰く
兵数はだいたい1万から2万くらいがもっとも統率がとれて
最強の試合運びができるとな。
とくに野戦においてはと。
406 :
ウェーブくん(catv?):2010/10/13(水) 02:09:07.78 ID:PvPaC+WI0
騎馬突撃がフィクションなら世界中に存在した重騎兵はなんなの
407 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 02:10:20.98 ID:13wW3mXY0
>>403 値段にもよるけど買うかも知れない・・・
そういう資料は有益
408 :
石ちゃん(チベット自治区):2010/10/13(水) 02:13:28.19 ID:mFYPMjM+0
大量の馬を飼うのかな
409 :
おれんじーず(関西地方):2010/10/13(水) 02:13:43.27 ID:c/tw8H9u0
>>406 多分重層鎧を人馬につけた何かと勘違いしてない?
更には鐙の無い時代の突撃ってぶち当たって行くようなもんじゃないよ
410 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 02:18:30.16 ID:13wW3mXY0
おまえら、もう書くことないの?
スレが止まってるようだが
411 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 02:18:54.83 ID:iZp5eDYR0
>>409 鐙なんて数世紀の時代からあるじゃねーか、とか書いとく
>>402 全然違うとこ読んでたわw
馬場を使ったデモンストレーションが目的だったんだから、そりゃあ全員騎乗だろ
これをして「馬周りは全員騎乗」はやはり無謀
413 :
ほっくん(東京都):2010/10/13(水) 02:23:45.24 ID:oxEn5YR90
>>403 それ、池田の輝ちゃんが、福島さん曰く「チンチンで所領を得た」
関ヶ原以後の話だろ。
そんなモン、興味ある奴ほとんどいないわ。
414 :
ウェーブくん(catv?):2010/10/13(水) 02:23:54.06 ID:PvPaC+WI0
415 :
ほっくん(東京都):2010/10/13(水) 02:27:22.11 ID:oxEn5YR90
>>412 要は、騎馬武者は「花形」なんだよな。
だから、当時の閲兵式は「馬備え」と言われていただけであって、
実際の戦闘とはかけ離れてるのは当然だわ。
>>10 そんな小さな馬を見てヨーロッパの騎士連合軍は大笑いしたそうだよ
しかし、結果はヨーロッパ軍の歴史的大敗
この戦いは『死体の山』という意味でワールシュタットの闘いって呼ばれてる
その小さな馬と日本の馬は同じ系統の馬です
417 :
ソーセージおじさん(神奈川県):2010/10/13(水) 02:31:11.56 ID:iZp5eDYR0
>>412 全員騎乗で甲冑も輝羅美やか、見栄えがするから馬廻り衆が出たんだよ。
馬廻り衆は当然全員騎乗
>>417 分かった。そこまで頑なに言うんならそうなんだろうなw
419 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 02:33:52.90 ID:d9ZD8/bvP
ペルシャが崩壊気味ならどうしてダレイオスは100万とも言われるほどの途方も無い大軍を一箇所に集めてガウガメラまで維持、指揮できたんだろうね
騎兵が優勢ならどうして分断された側は逃げ出したんだろうね
歩兵が優勢ならならなんでパルメニオンは援軍を強く要請して大王も追撃を断念して歩兵を助けたんだろうね。不思議な話だ
馬に攻撃された兵士は押しなべて狼狽し、ペルシアのようにどれだけ数が多かったりローマのように国民意識があって訓練を受けていたとしても自制が効かなくなり
それが実際に馬と接していないところの兵士や100の国の王にさえも波及して精神的に深刻な影響を与えてしまうところを強く強調したい
して鈴木とその信者に言わせれば日本人なら槍でも持たせれば農民でも逃げ出さずにボコボコにできるらしい
俺はババアの余所見運転の自転車の前にすら立つ勇気は無いが
420 :
やなな(北海道):2010/10/13(水) 02:34:33.23 ID:13wW3mXY0
馬廻って親衛隊だぜ?
殿様、もしくは、部隊が複数ある場合はその司令部を守ってる
そいつらが徒歩で戦闘するような戦況ってのも嫌だろうw
421 :
ほっくん(東京都):2010/10/13(水) 02:34:49.43 ID:oxEn5YR90
>>416 日本の戦国時代より300年も前のモンゴル軍の戦功を
日本と結びつけるとか、あまりにアホすぎるわ(失笑)
戦国期直後でも、朝鮮すらろくに支配できなかったのが日本の現状だろ。
422 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 02:36:21.49 ID:Z7+QNNiGP
馬廻は全員が騎乗できる身分じゃないだろ
あくまでも大将の周りを固める精鋭の奴らってだけで
>>421 論じてるのは、ポニー級の馬でも騎乗して十分に闘えるということ
ポニーじゃ騎乗して闘うのは無理という説に対する反論
馬の世話って誰がするの?
馬に乗る1人だけじゃ絶対世話できないよね
馬一頭に最低でも世話に4人は必要に思えるけど
425 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 03:04:20.41 ID:ECJVmpkR0
騎乗の武士なら当然使用人や馬丁くらいいただろ
西洋の甲冑騎士も従者がつきもの。
日本の騎馬武者も、例えば槍持ちって騎馬武者の従者でしょ。
馬丁とかそのへんはどうなんだろうね。
騎馬武者一人に何人くらい従者がついてたんだろう。
そりゃわかるけど俺が聞きたいのは
騎馬武者1人に下級武士が4人、雑兵が12人、
人夫とか馬丁とかの一応非戦闘員が4人いたとするだろ
20人位で騎馬隊を編成したとして
残りの20倍の徒歩の兵士をどうするのかってこと
戦場では一緒に連れていけないだろ
428 :
おおもりススム(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 03:17:59.74 ID:OUFHz2TgO
馬なんざ毒矢で5分もあれば行動不能
電撃銃があれば瞬殺
なんつって
でもどうして日本では騎馬戦法が広まった後でも毒矢がデフォにならなかったの?
429 :
コン太くん(茨城県):2010/10/13(水) 03:27:11.70 ID:d6zaUoWs0
後ろからココナツの殻を持った従者が付いてくるんだろ
430 :
おばあちゃん(広島県):2010/10/13(水) 03:30:42.85 ID:anz0SDTf0
日本の有名な戦場を見ても大体は平地でしょ
そこでやっぱ馬の必要性は出てくるのよ
431 :
ほっくん(東京都):2010/10/13(水) 03:31:47.55 ID:oxEn5YR90
>>428 半農半士みたいなのが多かったし、
領土を拡張する上で、土地から上がる収益に密接に関わってる農民をガンガン殺害したら、
その後の統治に大きな影響が出るから。
432 :
おおもりススム(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 03:33:08.99 ID:OUFHz2TgO
ダメだなぁ日本の射手様は
箸より重い物は持てないってか
433 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 03:33:32.51 ID:ECJVmpkR0
>>427 確かに興味深いなその大名家の軍制によるんだろうけど
状況に応じて編成していたんじゃないか?
「取り敢えず騎馬のみで一隊編成するからお前んとこの郎党はあの足軽大将の指揮下な」
とか、それとも武器や鎧を貸し出していたみたいに馬はある程度主家で揃えて用意してたとか・・
434 :
ルーニー・テューンズ(沖縄県):2010/10/13(水) 03:33:59.12 ID:lMoAuORP0
>>281 グレイシー柔術のベースは講道館柔道だろ何言ってんの
435 :
エキベ?(東海・関東):2010/10/13(水) 03:34:13.72 ID:73i7OmbfO
木曾馬もそこそこでかいからな、なんともいえん
鎌倉には馬でかいの出てきたし
436 :
ばっしーくん(茨城県):2010/10/13(水) 03:34:34.06 ID:y7ZEOQtU0
ちょっとセンゴク読んでくる
>>419 100万なんて単なる史料の誇張表現に決まってるじゃん
438 :
カナロコ星人(チベット自治区):2010/10/13(水) 03:38:33.91 ID:jOvEkYCX0
>>427 行軍自体は騎兵と歩兵が一緒に移動して
合戦時は本陣を設営して
そこで非戦闘員や歩兵とか騎兵を分離すればいい
439 :
カバガラス(京都府):2010/10/13(水) 03:38:47.64 ID:Hvpp+Bqw0
史記は意外と記述が正確だったんだっけ。
そんなことより古代の戦車が実際はどんな使われ方してたのかって事の方が気になるなあ
大群相手じゃ速攻取り囲まれてボコボコだろあれ 機動性(この場合俊敏性か?)いいとは思えないし
441 :
うずぴー(愛知県):2010/10/13(水) 03:42:52.98 ID:gsctS3Rk0 BE:2448634087-2BP(2028)
100万人なんて運用できないだろ、兵糧どうすんだよ
>>260 モンゴルだって永楽帝の頃に銃火器を装備した明軍に苦戦してるからな
443 :
てん太くん(関東):2010/10/13(水) 03:45:59.90 ID:/DzYCbFaO
>>427 まず騎馬武者それぞれの家来達は、当然家内の最上位者の指揮下に入る。
歩兵部隊全体を指揮する者は恐らく騎馬隊の最上位者から指名され、各家々の最上位者を指揮する
444 :
ほっくん(東京都):2010/10/13(水) 03:47:46.98 ID:oxEn5YR90
>>434 いろいろ批判がある書物だけど、
武士道を説いた「葉隠」には、当時の"柔術"という言葉をそのまま使って記述しているところがいくつかある。
その一つに、
「柔術では一旦下になっても最後に勝てばいい、ということになってるが、
命懸けの喧嘩をして、下になったところで周りから止められたらどうする。どう見ても下になってる方が負けだ。」
というようなことが書いてある。
逆に言えば、グレーシー柔術は
「一旦下になっても最後に勝てばいい」という、
古い伝統的な柔術の考え方を継いでいるのは事実。
445 :
てん太くん(関東):2010/10/13(水) 03:49:41.06 ID:/DzYCbFaO
>>440 鐙が無いと十分に馬上戦闘出来ず、騎兵の数が不十分
戦車は歩兵に対してなら機動力で優位に立てる。
>>102 そういうのはそれこそモンゴルみたいな遊牧民が開発して、それが戦争や交易で技術伝播したんじゃないか
日本が貿易してるのはせいぜい中国とか東南アジアとか北方の民族とだから
鉄砲三段撃ちは教科書から削除されたんだっけ?
448 :
ルーニー・テューンズ(沖縄県):2010/10/13(水) 03:54:20.51 ID:lMoAuORP0
>>444 そんなもんは柔道にだってあるだろ
押さえ込まれたって返して逆に押さえ込めば勝ちみたいな
甲冑着込んでる前提でやるような武田流とか竹内流とか柳生心眼流みたいなのが当時の柔術だろ何言ってんの
449 :
ケズリス(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 03:57:19.72 ID:OUFHz2TgO
>>431 ふーんそっか
でもいざ合戦の場ではそんな事よりも今日明日の勝ち負けが重要なのでは?
特に指揮執ってるような偉い人にとっては。
なんでも日本の弓矢は貫通力に優れていたそうだから、矢毒塗って馬を目掛けてバカスカ打ち込めば
無敵の騎馬武者対策としては有効な気がするのだけど。
あと槍方も毒塗って待ってて、初戟は馬狙いとかさ
450 :
ほっくん(東京都):2010/10/13(水) 03:58:46.88 ID:oxEn5YR90
>>448 お前は葉隠を読んだことすらないな。
いわゆる「徒手空拳」での喧嘩を想定した話の中で出てくるんだが。
451 :
てん太くん(関東):2010/10/13(水) 03:59:51.62 ID:/DzYCbFaO
鎌倉時代初期の頃は、まだ強弓を引ける者は少数派だった
と言う事はつまり強弓が引ける騎兵は、少数部隊でも反撃を受けず距離を保って攻撃し続けられる。絶対的な戦力だった。
これが時代が下り、生産力が上がって武士階級を沢山養える様になり、半士半農に弓を訓練させられる様になると
弓騎馬の効果は減って長巻や手槍を持たせたり、偵察や奇襲、遊撃に使われた
>>449 弓が待ち構えてるとわかったら誰も突っ込んでこねーだろ普通・・
453 :
ポン・デ・ライオンとなかまたち(岡山県):2010/10/13(水) 04:06:09.79 ID:RZLjp/5c0
>>18 当時の馬は確かにサラブレッドに比べると小さいが
日本仕様で足腰が丈夫で当時の整備されていない道や野原では大活躍でしたが
何か?
弓が待ち構えてない合戦なんてあるの?
455 :
ポン・デ・ライオンとなかまたち(岡山県):2010/10/13(水) 04:07:54.15 ID:RZLjp/5c0
456 :
ルーニー・テューンズ(沖縄県):2010/10/13(水) 04:08:23.00 ID:lMoAuORP0
>>450 お前は何を言ってんの?
葉隠れ云々とかじゃなしに
グレイシー柔術が戦国時代の甲冑柔の流れを継いでるって言うレスに対して反論しただけなんだけど?
そういやこの間の水戸黄門見てたら街道で客探してるガキが手綱引いてる馬が
足細長くて毛並み艶々で立派すぎて笑っちまったな
今はもう見た目ショボい馬探してくるほうが難しいんだろうか
サムライソードで馬の細い足に切りつけたらおしまい
落馬して騎手ごと終了
459 :
てん太くん(関東):2010/10/13(水) 04:10:21.60 ID:/DzYCbFaO
>>454 大規模な弓兵を揃えられる 国はそれだけで大国なのよ。
多くの人員を訓練させられるだけの余剰生産力があるって事だから
弩にしても、工業製品を大量に生産出来ないと大量配備出来ないだろ?
そしてそうでは無い国の方が多いわけだ
460 :
お自動さんファミリー(神奈川県):2010/10/13(水) 04:10:47.55 ID:Z7+QNNiGP
>>451 室町から戦国に至る過程で騎射できる騎馬より
足軽による集団戦が重要になっただけ
石高が上がって人は養えても馬はそう簡単に増やせない
461 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 04:12:46.16 ID:3UzBymad0
今現在の柔道は
柔術から危険な技をすべて取り除いたスポーツ
としての柔道。
柔術は戦国時代からある相手をどんなシチュエーションでも殺せる
武術。
462 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 04:12:58.01 ID:ECJVmpkR0
>>456 だいじょぶだあ、解ってるよ
少しいおかしいんだろ・・大きな意味では流れをくんでるかも知れないが
それだと講道館柔道もそうなるしなあ
463 :
ほっくん(東京都):2010/10/13(水) 04:13:05.68 ID:oxEn5YR90
>>456 お前は何を言ってるの?
俺のレスに反論できないんだったら、
いちいち俺のレスにレス付けるなよ。
>>444の俺のレスに、
>>448で素っ頓狂なレスを付けたのはお前の方だぞ。
464 :
てん太くん(関東):2010/10/13(水) 04:18:57.54 ID:/DzYCbFaO
>>460 だからー 足軽が刀と槍しか持たなかったら、騎馬武者は有効だろ?
順序が逆だよ
弓や鉄砲が大規模に普及して騎馬武者の効果が落ちたから、集団戦になったんだ
465 :
ルーニー・テューンズ(沖縄県):2010/10/13(水) 04:19:54.31 ID:lMoAuORP0
>>463 最初に素っ頓狂なレス付けたのはお前だろw
甲冑柔は組み討ちメインだけど相手に組み敷かれた状態から
鎧通しで甲冑の隙間狙って刺すようなえぐい技とかあるから
一概に上のほうが勝ってるって訳じゃない
最終的にとどめ刺すまでやるもの
466 :
きららちゃん(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 04:21:06.65 ID:OUFHz2TgO
>>459 んじゃ尚更、矢毒を用いた方がいいのでは?
馬を狙う狙わないとか関係なくさ
467 :
てん太くん(関東):2010/10/13(水) 04:22:11.48 ID:/DzYCbFaO
日本刀は三人斬ったら斬れないから使えないだの、使われなかっただのといわれるけどさ
戦場で敵を三人斬る奴なんてほんの僅かだろ? 槍なり弓なりもあるわけだから十分だ
468 :
カナロコ星人(チベット自治区):2010/10/13(水) 04:25:06.87 ID:jOvEkYCX0
>>449 トリカブトはブスとよばれて日本の歴史でも暗殺に使われたことが何度かあったが非常に高価だった
関西や四国のサンヨウブシは毒性が弱すぎて
関東のヤマトリカブトは毒性は強いが育つ環境で毒性にばらつきがあるので精製しないといけない
大人の致死量が大体小型の錠剤1個分(小指の爪ぐらい)の毒が必要になるから矢につけて殺すには精製したブスじゃないと難しい
アイヌの狩猟方法でトリカブトの毒を煮出して矢じりにつける方法が昔からあったけど
東北や北海道に生えてるエゾトリカブトやオクトリカブトは毒性が強かったから有効だった
469 :
ケロちゃん(三重県):2010/10/13(水) 04:27:12.83 ID:wPZwDmtu0
土地が狭くて山がちだから馬の放牧に向いてない
馬の足の速さは逃げる為に進化した物だから馬上突撃はちょっと考えられない
モンゴル軍みたいな馬弓兵の一撃離脱が馬上戦法の最適解だろう
>>438 >>443 センゴクで言えば仙石の家来の津田妙算(鉄砲)や萩原国秀(女顔)は
仙石に仕えてるだけで秀吉に仕えてるわけじゃないだろ
例えば羽柴秀長が騎馬隊の隊長になって仙石が騎馬隊に編入されると
仙石の家来は羽柴秀吉に従うってこと?
戦場に着いたら歩兵、騎兵、非戦闘員と分離すればいいのは理想だけど
国から給料をもらってる近代国家の軍隊じゃないんだから
直接の主人と離されて素直に従うのかは疑問だな?
家来じゃないから食い物をちゃんともらえるかも分からないだろ
471 :
大吉(埼玉県):2010/10/13(水) 04:29:52.83 ID:3UzBymad0
まぁ三重の武将では無理だろうな。
織田に瞬殺されるレベルだからなw
>>466 マジレスすると、日本人は正直すぎて
戦闘で毒を使うという発想が出なかった
案が出たとしても一喝されるレベル
出土した馬の骨見るとたしかに小さかったけど
昔の日本人もhyde並に小さかったらしいからわからんな
あの加藤清正ですらhyde並だったらしいし
国民性で説明とか小学生か
武器の威力と携帯性を考えるとこんな感じだろ
脇差し サバイバルナイフ
刀 拳銃
槍 サブマシンガン
弓 アサルトライフル
サブマンンガンとライフルを同時に使うことはないし
戦闘で拳銃を使うことはまずないけど一応携帯しておくって感じで
476 :
セントレアフレンズ(東京都):2010/10/13(水) 04:46:10.71 ID:ECJVmpkR0
>>470 騎馬武者とその郎党とを城持ちクラスで例える自体で間違いじゃないか?それに与力とかあったし
その家来が主人から貰う食い物とかは更にその主人の主家から出てる訳だし
戦になったらそんな事言ってらんないじゃないかのう
477 :
おおもりススム(内モンゴル自治区):2010/10/13(水) 04:48:38.52 ID:OUFHz2TgO
>>468 なるほど
こっちでは生えてる所にはふんだんに生えてるから、内地もそんなもんかと思ってた。
あとマムシとかの毒なんかも矢毒にしてたりしたのかなと。
火縄以前は東北産が上等品として高値売買されてたりしたのかなw
>>474 国民性は無視できんだろ
お前の国では名乗り上げてるとこを背中から撃つのかも知れんが
479 :
わくわく太郎(東京都):2010/10/13(水) 04:55:08.30 ID:yvDC+sXR0
おまえらってほんとすぐ煽り合うよね
日本人が千何百年も日本人同士首切り落として殺し合ってきたの思うと
今は無理やり同じく二で押さえ込んでるけど
日本人同士って本質では仲悪くてわかりあえねーんだろうなってほんと思う
480 :
ルミ姉(広西チワン族自治区):2010/10/13(水) 04:58:12.85 ID:cbnyx+A1O
>>479 お前は世界史の時間に寝てたのか
国内で殺しあってない国がはたしてどれだけあるのか
481 :
うずぴー(愛知県):2010/10/13(水) 04:59:10.92 ID:gsctS3Rk0 BE:1093140555-2BP(2028)
>>479 過剰なまでの礼儀作法は少しでも気に食わないことがあると
キチガイのように粘着する性質のせいからだと思う
だって日本統一されなきゃただの別の国だし
昔は相手モンゴルだろうがどこだろうが領土の外の敵と戦争してる感覚じゃね
日本が今の領土でほぼ国土確定して事後的に振り返ればそう見えるだけで
イタリアなんて今でも昔の小国ごとに糞仲悪いんだぜ?あれよかマシ
日本てさ。
面白いよね。
欧州をそのまま縮小したような国なのかもしれない。
幕藩体制下の一つの天下、国民国家としての一つの国家として統一するには
天皇が必要だったのかもね。
血統と権威だけで実権を持たない權力の裏付けとしての天皇が。
>>470 たとえば、
一族の長男を含む騎馬3騎が直臣の子弟で構成された大名直属の騎馬隊に編入される
次男たち兄弟と一門衆5名とその中間と足軽で構成された歩兵隊総勢30人は家長である父親が統率する
その父親も30人率いて大名の直臣が率いる部隊の指揮下に加わる
と考えると何の問題もない
>>148 まともな学習塾なら戦国時代なんて分国法や楽市楽座などの政治経済しかやらねーよ
ゆとりって怖いなと思いました
縄文時代からずっとガラパゴス
それが日本
488 :
サン太(catv?):2010/10/13(水) 10:22:19.54 ID:H8nnWJNs0
三段撃ちがなかったってんじゃなくて、
信長が史上初めて三段撃ちして長篠に勝利した、ってのがマチガイだったのでは?
火縄の準備に手間取るからってことで、二段三段構えはどこでもやってかと。
ただ、物を揃えるのが大変だから十分にできなかったってことで
これを大規模に行うことができたのが、たまたま信長だった。 って理解してた。違ったのか?
489 :
メロン熊(東京都):2010/10/13(水) 11:02:01.54 ID:xIO6z/Ip0
一応通して読んだけど。
騎馬「隊」とか「軍団」が近代の軍隊みたいな常時編成として存在していたか、って言われれば存在しなかったと俺も思うよ。
そもそも当時の軍隊自体がそういう考え方で編成されてなかったわけでしょ?
騎馬戦闘、騎馬戦術があったか、と言われればあったんでしょ。ただそれは臨時編成でもなんでもいいわけだよね。
>>488 そもそも、設楽ヶ原で何丁の銃を展開して、どういう撃ち方したか、という当時の記録はない。
ごく一部の記録として、一部家臣に合わせて1000丁を預けてたという記録のみ。
最低1000丁でも十分凄いけどね。それを一斉にぶっ放したのか、何段かに分けたのかに
ついては、全く記述が無い以上「不明」とするしかない。
>>472 井戸に毒を流すなんて常套手段だったし
刀に肥だめの糞尿を塗る(感染症でアボンヌ)なんてのも
普通に使われてただろ
492 :
まがたん(catv?):2010/10/13(水) 11:22:11.40 ID:W/YbPNBt0
毒殺といえば中国地方
493 :
ばら子ちゃん(長屋):2010/10/13(水) 11:24:03.58 ID:xlwjN6Pf0
馬廻りって職制があったぐらいだから馬上資格を持つ層はいただろ。
ハンニバルの使ってた騎馬隊って強かったよね
その騎馬隊を敵に使われたら逆に負けるくらいに
ヌミディア騎兵ね
でもアフリカの騎馬民族ってのもよく考えるとわからんな
アフリカ人の中には平気で1日に50キロ以上走るやつとかいるからな
馬よりも早いんじゃね
馬って重い主人が鎧着て乗ってたりするとあまり動けないらしい
>>495 ヌミディア騎兵ときたかw
いやー
あのー
先ずは、半弓を使った軽騎兵全般の話をだな…
あのー
ヨーロッパとかオリエントとかそういう範疇でだな…
あー
カルタゴのハンニバルのころは歩兵と言ってもタワーシールドをぎっしり並べた重装歩兵だもんね。
主戦力の歩兵に対する騎兵の用兵的価値もずいぶん違ったものかもしれない。
中性的な感覚のそれとは。
>>490 さらに後方待機の本隊に2000、酒井忠次の別働隊に500があったらしいな
俺は三段撃ちはなかったけど、常時最大火力で撃ってたんじゃなくて10発ぐらい撃ったら
「交代」はあったんじゃないかと思ってる。当時に火縄銃なんて弾込め自体が結構な労働だし、
銃本隊も過熱するわ、ススたまるわで人と銃両方を休ませないととても成り立たないわ。
なにせ接触から武田軍の前線崩壊までは3時間はあったんだから
499 :
あんしんセエメエ(宮城県):2010/10/13(水) 15:00:43.49 ID:Pei1Es4Y0
馬30頭、武者30人+鎧の状態でどのくらい活動できるかな
馬の口取りもないし自分が鎧着てるだけで疲れるしで
2〜4時間位しかもたないかも
センゴク読めばいいと思う
どれだけ間違ってるかは知らんがww
501 :
パーシちゃん(東京都):2010/10/13(水) 16:38:06.20 ID:7DF+nmF70
仙石秀久を題材にしている時点でカッコいい感じにするならどうやっても無理があるからな
嘘か無理矢理な脚色して誤魔化さない限り
三段撃ち以前に武田軍側は鶴翼の陣で包囲を敷こうとしたけど
馬防柵がある側の武田軍中央部が右翼左翼よりも早く崩れて包囲に失敗、敗北した
騎馬隊というより、騎馬武者軍団という方が正しいかもしれん
504 :
キリンレモンくん(東京都):2010/10/13(水) 16:57:52.63 ID:Pj0d61f+0
元はそのポニーと変わらない馬でユーラシア大陸の大半を
征服したんだろ。日本に騎馬隊があってもおかしくないと思うな。
505 :
いきいき黄門様(長野県):2010/10/13(水) 17:02:43.88 ID:QVZF72G+0
武田家には、ケンタウルスが仕えていた
昔の日本人は馬より速く走り馬より持久力があったんだな
昔のおっつぁん等の持久力は洒落にならんよな
どんだけ行軍できんだよって話だ
ポニーって黄金伝説の濱口と一緒に出てる浜ちゃんみたいなのでしょ?
武田騎馬隊最強だなw