2月19日付 編集手帳
東京・池袋のキャバレーで舞台衣装に着替えようとしたら、部屋がない。トイレの横にゴザが敷かれ、「ここで」と支配人が言う。
売れる前の下積み時代ならばともかく、茶の間の人気者であった人には、こたえただろう
◆『てなもんや三度笠』が終わって『必殺』シリーズが始まるまでの4年間、藤田まことさんはテレビから忘れられた時期をすごしている。
ほかに仕事がなく、歌とコントを携えてキャバレーを回ったのはその頃である
◆「まことさん、まことさん」とチヤホヤしていた取り巻き連中は、背を向けて去っていった。いっときの人気にのぼせていた頭を冷やし、
芝居の基礎を身につける時間を運の“神さん”が与えてくれたんでしょうな――藤田さんはのちに語っている
◆『てなもんや』あんかけの時次郎、『必殺』中村主水、『はぐれ刑事純情派』安浦吉之助、『剣客商売』秋山小兵衛…と、重ねた年輪に
ふさわしい花を咲かせたのも、じっと地に根を張る不遇のときがあったからだろう。藤田さんが76歳で急逝した
◆人の世の浮き沈みと、泣き笑いと、人情喜劇を見ているような役者人生である。
(2010年2月19日01時30分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20100218-OYT1T01487.htm