朝日 「ボルトが最後流してたように見える奴は素人。そもそも走るというメカニズムは─」

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1 賽門鉄克(栃木県)

 なんとしなやかで滑らかな加速なのだろう。ジャマイカのウサイン・ボルト選手が陸上競技の
男子100メートルで9秒7の壁を突き抜けた。

 北京五輪の晴れ舞台で、電光掲示が映した数字は9秒69。21歳のスプリンターが演じた
衝撃的な世界新記録に、世界の人々が酔ったに違いない。

 俊足自慢ぞろいのレースで、誰よりもリラックスしていた。

 スタートの位置につくまで、場内の音楽に合わせて体を揺らしていた。選手紹介の場面では、
自らの胸をたたいて「ぼくだよ」とおどけたしぐさ。ゴールの10メートルほども前から勝利を確信。
両手を広げ、歓喜のポーズのまま駆け抜けていった。このリラックスぶりが、技術的にも
世界新記録の原動力の一つになっていたといってもいい。

 走るというもっともシンプルな動作は、神経と筋肉の複雑な連係プレーから成り立っている。

 例えば、脚を動かすには太ももの前と後ろの筋肉を交互に収縮させる必要がある。トップ
スピードに乗ってから「さらに速く」と考えると、脳が筋肉へ与える指令が速くなり、混乱して
前と後ろの筋肉が同時に収縮する現象が起きやすい。こうなると筋肉が固くなり、速さは鈍る。

 彼の残り10メートルは流しているようにも見えたが、緊張せず、最後まで神経と筋肉を制御していたに違いない。

以下
http://www.asahi.com/paper/editorial.html