◇「生活できる賃金を」
「この業界にいたら、将来、生活していけなくなるのでは」
特別養護老人ホームで働く40代の男性介護士は、社会保障費の伸びを抑える政府方針が堅持されるというニュースを耳にする度に思う。
1年前。男性は九州北部にある訪問介護最大手コムスンの事業所で働いていた。
10年以上この世界に身を置いても手取りは月約20万円。だが、仕事を離れようとは思わなかった。「認知症のお年寄りはお世辞を言わない。本当に喜んでくれる」。その笑顔が励みだった。
07年3月。コムスン本社の会議から帰ってきた同年代の同僚が「初めてボーナスが出るようになる」と声を弾ませた。男性も「1カ月分でも出てくれたら」と喜んだ。
しかしその3カ月後、厚生労働省がコムスンに介護事業からの“退場”を命じた。
間もなく、開設時に人員基準を満たしていなかった近くの事業所が処分を受けた。開設時の責任者はすでに退職していた。
「どうして私たちが」。スタッフたちはやり切れない思いを抱いたまま、事業所から去っていった。
男性の事業所には約20人が残ったが、利用者の家族から「ここもつぶれるのか」という不安の声が寄せられた。
やがて、男性らスタッフはぼんやりとした罪悪感にさいなまれる。ちょっとした外出でも制服を脱ぐようになり、業務用車両にあったコムスンのマークを消した。
秋ごろにコムスンの譲渡先が決まったが、事業所の先行きは不透明。「もう辞めよう」と見切りを付け、昨年12月、現在の特養に移った。
続く
>>2 続き
>>1 結局、コムスンではボーナスどころか、退職金もなかった。男性は今の職場について「雰囲気がよく働きやすい」と言う。だが手取りはコムスンの時より月約5万円減った。
介護労働安定センターによると、介護職の平均月給は約19万円、1年間の離職率は約20%。他の職種と際だった違いがある。
介護労働者でつくる日本介護クラフトユニオンの河原四良会長は「介護報酬を引き上げて、せめて生活できる賃金にしてほしい」と訴える。
4月、男性の職場を訪れて介護の実習をした大学生が「この仕事には就きませんよ」と打ち明けた。介護保険制度の行く末が不安だからという。男性は、返す言葉を見つけられなかった。
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厚生労働省によるコムスンの処分から6日で1年。高齢社会を迎え、人生の最期を支える介護の仕事は重みを増す一方、介護労働者の給与水準は低く、離職率も高いままだ。現場に身を投じる人々を訪ねた。【関谷俊介】
http://mainichi.jp/area/saga/news/20080606ddlk41100689000c.html