【朝日新聞】ルマンへの挑戦には、「理科離れ」対策のヒントが詰まっている
【天声人語】2007年12月17日付
薄紫のもやの中に、まずヘッドライトが現れる。次いで腹に響く排気音、走り去る怪物マシン。
フランスの自動車レース「ルマン24時間」の印象は鮮烈だ▼
85年の歴史で、日本車の総合優勝は91年のマツダのみ。その走りをスタンドで見届けた。
硬い客席に、ままならぬ仮眠。夏至ながら、油断の薄着に夜風がこたえた。丸1日の走行距離を
競うルマンは、耐久力の公開実験に例えられる。半数は煙火を噴いて力尽き、完走車は新幹線
なみの速さで日本―豪州ほどの道程を行く▼
この玄人の世界に、東海大学の学生が挑むという。走りはプロに託すが、エンジンや車体は内外の
企業と共同で開発した。出場申請が通れば、来年6月、伝統の一戦に大学チームが初めて乗り込む
監督を務める工学部教授、林義正さんは資金集めに奔走している。日産でレースに携わり、ルマンも
3度経験した。「登る山は高いほどいい。突破力を養うには最適の教材です。あの空気の中に、
一秒でも長く居させたい」▼
学生たちは、レース規則の和訳から始めたそうだ。好きこそ物の上手なれで、夢中になりながら、
知識と技術が身につく回路に入っているらしい。各自の専門性を車に結晶させ、衆目の中で出来栄えを
試す。はるか先には表彰台もある。ぜいたくな「授業」である▼
先頃の国際比較で、日本の生徒は科学的応用力の衰えを指摘された。現実の喜びや楽しみに結びつく
なら、授業や実験はもっと輝くはずだ。ルマンへの挑戦には、「理科離れ」対策のヒントが詰まっている。
http://www.asahi.com/paper/column20071217.html