本書は米中戦争を描いた単なる近未来架空戦記ではない。覇権主義が牙をむいた中華帝国が米国と
戦争になる6例をシミュレーションし、いずれも絵空事とはいえないリアリティーで危機を訴える。
ただそれは、フォーサイスやクランシーの小説のようなリアリティーではなく、軍事的なディテール
や現実の軍事情報を超えたところにある、戦略的な、ある意味、歴史的文脈としてのリアリティーで
あり、その分、恐ろしさがひしひしと伝わってくるのだ。
先代ブッシュ政権国防副次官、ジェド・バビンとレーガン政権国防総省動員計画部長、エドワー
ド・ティムパーレークの共著なので、中国の恐るべき軍事費膨張をどう捉(とら)えるのかという元
国防総省高官の危機感が本書に貫かれたテーマになっている。6話の中で最も私たちに切実なのは、
第4章「中日戦争」だ。尖閣諸島に侵略した中国に応戦するわが国が、ヒラリー・クリントンを思わ
せる女性大統領の優柔不断から、ついには大阪に北朝鮮の核ミサイルが打ち込まれるまで成す術(す
べ)もなく「近隣諸国」に蹂躙(じゅうりん)されるストーリー展開など、背筋が寒くなるほどの現
実感がある。
この話で重要なのは、中国に現時点で尖閣諸島侵攻能力があるかどうか、あるいは自衛隊が敵を殲
滅(せんめつ)できるかどうかという軍事上のリアリティーにあるのではなく、日米安保が機能しな
いことが簡単に起こり得るというフレームのリアリティーにあるのだ。「いまから十年後に日本はど
この国のことを怒っていると思う?(略)きっと日本はその両方(評者注・米中)に向けて核ミサイ
ルの照準を合わせてるだろうな」という登場人物の最後の科白(せりふ)こそ、今の日本人が自覚し
なければならないテーマそのものだ。
日本が核を含めて軍備を拡充しないと北京五輪後に中国が暴発する可能性が高いと、先日、在日中
国人評論家の畏友石平氏に言われた言葉を思いだした。(ジェド・バビン、エドワード・ティムパー
レーク共著、佐藤耕士訳/産経新聞出版・1575円)
評論家・戦略情報研究所客員研究員 西村幸祐
ソース:産経新聞『SHOWDOWN(対決) 中国が牙をむく日』
http://www.sankei.co.jp/books/shohyo/070415/sho070415011.htm