「組織的強制徴用なし」 慰安婦問題 米議会調査局が報告書

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210 留学生(埼玉県)
元慰安婦に対して送った総理大臣の謝罪の手紙の節
(Prime Minister's Letters of Apology ot Former Comfort Women)

アジア女性基金が設立された1995年7月、総理大臣の村山富一はアジア女性基金からの
援助を受け取る人それぞれに謝罪の手紙を送ることを約束した。
彼はその手紙のなかで慰安婦システムを「国家的な失敗」で「完全に言い訳のできないもの」と記述した。
しかしながら、彼の次の総理大臣である橋本龍太郎(保守政党である自民党党首)は
総理の座についた1996年(アジア女性基金が最初の賠償金を出す年)にそのような手紙を出すつもりがないことを公表した。
これはアジア女性基金の役員たちからの強い批判を呼んだ。
元総理大臣三木武夫の夫人である三木ムツコは、抗議のためにアジア女性基金役員の座を辞職した。
橋本総理は1996年7月に立場を変え、1996年8月には最初の謝罪の手紙を出した。
そっくり同じ手紙が4人の総理大臣(橋本、小渕、森、小泉)からアジア女性基金の賠償金の受け取り人たちに出されている。
この手紙は次のような定まったポイントを持っている。

・「総理大臣として」手紙を書いていること
・慰安婦問題(この時点では軍や国家権力の関与はなし)は、沢山の女性の名誉と尊厳を傷つけた重大な侮辱であること。
・総理大臣は「計り知れないほどの痛みの経験と、癒せないほどの肉体的な
そして精神的な傷に苦しんできた慰安婦たちに、私のもっとも誠意ある謝罪と後悔」という表現を使っている。

・総理大臣は全ての慰安婦に向けて送っている。個々の受け取り人に対してではない。
・「私たちの国は、道徳的責任と謝罪と遺憾の気持ちを強くもって、過去の歴史に正面から向き合い、
それを将来の世代に正確に伝えます」と書いている。日本語の「謝罪(apology)」とは、
罪の告白をするときの強い表現である。