【歴史】戦艦長門沈没からまもなく60周年

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199番組の途中ですが名無しです
その日、授業が終わった教室で、長門さんは僕に近づいて言った。
「一緒に来て欲しい」
僕はぽかんと口を開けたまま彼女を見つめてしまう。
驚きを通り越して、意外なこともあるものだな、と妙に冷静に思っていた。
長門さんはそんな僕にかまわず、くるりと回って教室から出て行く。
僕は慌てて鞄を手に取り、長門さんの後を追った。
「あの、長門さん、いったいどこへ行くの?」
「本屋」長門さんはふりかえらずに答えた。「ついてきて」
「はい……」
僕はそう答えるしかなかった。

長門さんの後ろについて歩く。
駅に着いた。
僕も長門さんも電車通学ではないから、定期などは持っておらず、切符を買う必要があった。
先に長門さんが券売機の前に立つ。僕はそれを後ろから覗き込んでいた。
一番安い乗車券を買っている。
ということは、隣の駅か………。
確かに、あそこには何軒か大型の本屋があったはずである。
長門さんは券売機から離れ、買ったばかりの乗車券を改札に通していた。
その一連の動作は流れるようにスムーズで、とても美しかった。
…と、見とれている場合じゃない。僕も切符を買い、長門さんの後を追った。
200番組の途中ですが名無しです:2006/06/01(木) 01:47:52 ID:TUweWYq/0 BE:78220984-#
電車はすぐに来た。席はわりと空いている。
僕と長門さんは並んで座る。
長門さんはすぐに鞄から本を取り出して読み始めた。
こうなると、話しかけるのも忍びない。
僕も本を読むことにしよう。
最近、長門さんに借りた本があるのだ。
孤島を舞台にしたミステリーである。
登場人物達が、互いに「エラリイ」とか「ヴァン」「アガサ」などと、
海外のミステリー作家の名称で呼び合っているのが特徴だ。
僕はその本を読む。
電車は揺れ、それに合わせて僕と長門さんの身体も揺れる。
触れる。
長門さんの体温を感じる。
「…………」
電車が次の駅に着くまでの間、僕はその本を十ページも読み進めることができなった。

駅を出ると、長門さんは脇目もふらずに歩き始めた。
どこか急いでいるようでもある。
しかし、僕の記憶している大型書店のある方向とは反対側だった。
「あれ、長門さん、そっちなの?」
「そう」
長門さんはそう答えると、僕に言い聞かせるように告げた。
「早く来て」
僕は黙ってしたがった。
201番組の途中ですが名無しです:2006/06/01(木) 01:49:35 ID:TUweWYq/0 BE:68444047-#
ついた先は小さな古書店だった。
店先で老年の男性が、本の詰まった段ボールを重そうに動かしている。
おそらく店主だろう。
「こんにちは」
長門さんは店主に話しかける。
「あ、こんにちは、長門さん」店主は微笑んだ。
「早かったね。例の本、とても楽しみにしていたとみえる」
長門さんは軽く頷いた。
店主の男は店の中に入る。長門さんもそれに続く。
僕も店内に足を踏み入れた。

いちめんの本の海。
本棚と、テーブル代わりの段ボール箱に、いっぱい詰まった本。
足の踏み場もないほどだ。
そして、むわっとする香り。
図書館のそれを何倍にも濃くしたような感じだ。
もちろん、嫌な匂いじゃない。
「えーっと、どこにやったかな」
店主は店の中をきょろきょろ見回す。
「ああ、そうか、上に入れちゃったか……」
そして、彼は僕に初めて視線を向けた。
「君、すまないんだけど、あれを取ってくれないかな」
店主は壁の本棚の上の方を指さす。僕の背なら背伸びして充分届く高さだ。
「いいですよ」
僕は本棚の前に立つ。
「タイトルは?」
「スターシップと俳句」長門さんが答えた。
「スターシップと俳句……ね」僕はそう呟き、その背表紙を探した。
しかし、なかなか面白いタイトルだ。いったいどんな内容なのか。
202番組の途中ですが名無しです:2006/06/01(木) 01:50:49 ID:TUweWYq/0 BE:68443474-#
「彼、長門さんの彼氏なの?」店主が長門さんにいきなりきく。
「え……?」
一瞬、長門さんの戸惑うような声が聞こえた。
僕からはその表情は見えない。
「いやいや、言わなくてもいいさ」店主は笑った。
僕は目的の本をみつけ、手に取る。
そしてふり返った。
「ありました。これですよね?」
長門さんは頷く。僕は本を渡した。
あれ……?
長門さんの頬が、すこし赤い気がする………。
「お兄さん、顔が赤いよ」店主はまた笑った。
僕は照れ隠しに苦笑した。
しかし、恥ずかしがっていたのは、本当に僕だけだったのだろうか。

その古本屋で長門さんは他に二冊の本を買った。
店を出たとき、長門さんの表情はいつもと同じだった。
やっぱり、さっきのは見間違えだったのかもしれない…。
「あまり時間がない」長門さんは言った。「日が暮れてしまう」
僕は時計を見た。
「うーん、日没までにはまだ、一時間はあると思うんだけど……」
「一時間では足りないかもしれない」
203番組の途中ですが名無しです:2006/06/01(木) 01:53:13 ID:TUweWYq/0 BE:39110944-#
それから一時間後、電車に揺られて、僕たちは初めの駅に戻っていた。
僕の両手には、重いハードカバーの詰まった紙袋がある。
長門さんも、本の入った小さな袋を持っていた。
あれから長門さんは、大型書店を三軒ほどはしごして、これだけの量の本を買ったのである。
「すっかり日が暮れちゃったね」僕は呟いた。
長門さんは頷く。
あとはこの本を長門さんのうちまで運ぶだけだ。
僕たちは再び歩き始める。もう、今日だけで相当な距離を歩いている。
そして、どうして長門さんが僕を本屋巡りに誘ったのか、その理由を実感していた。
つまり、荷物持ちである。
きっと、それだけ。
だけど………、
僕はこんな妄想をしていた。
(あの古本屋の店主に、僕を紹介したかったから、とか……)
我ながら突拍子もない憶測だ。
「迷惑だった?」
長門さんは急に立ち止まり、横目で僕をみながら、そうきいた。
「そんなことないよ、ぜんぜん」
僕は苦笑しながら答えた。
長門さんは一瞬だけ、不思議そうな顔をする。
そして、また歩き出す。
いつまでもこうして歩いていたい、と僕は思った。

そういえば、僕は長門さんのうちを知らない。
どうやら、今日、初めて行くことになりそうだ。
つまり、少なくとも、長門さんは僕に警戒心を持ってはいない、ということだろうか。
今日は、それがわかった。
今はきっと、それで充分だろう。