150 :
番組の途中ですが名無しです:
「あ、雨だ」
学校の昇降口を出たところで、僕は立ちつくしていた。
どしゃ降りの雨。
急な夕立で、傘なんて持ってない。
(そうだ、ロッカーに置き傘があったな……)
折りたたみの小さな傘だけど、ないよりはマシだろう。
僕は傘を取りに教室へ戻ることにした。
回れ右して、下駄箱の方にふり向く。
「あ……」
そこに、彼女がいた。
「こんにちは、長門さん。もう帰り?」
「………」
長門さんは頷く。まったく無駄のない頷き方だと思う。
「僕も帰るんだけど、ほら、雨が降ってるからさ、教室に傘を取りに行こうと思って」
そのとき、僕は気づいた。
「あれ、長門さん、傘を持ってないの?」
長門さんはまた同じように頷いた。まるでコピーして貼り付けたみたいな動作だった。
「じゃあさ、僕の傘をかしてあげるよ。一緒に行こう」
言ってしまってから、しまった、と思う。
なに誘ってるんだよ、僕は……!
…でも、ここはきっと勇気を出すべき所。
そう、千載一遇のチャンスってやつだ。
「……ね、いいかな?」
長門さんは………あれ?
今、頷いたかな?
見過ごしてしまったかもしれない。
けれど、もう一度たずね直すだけの勇気を、僕は持ち合わせてはいなかった。
「え、えっと、それじゃあ僕は傘とってくるから、長門さんはそこで待っていて!」
僕は教室へ向けて一目散に走り出していた。
151 :
番組の途中ですが名無しです:2006/05/31(水) 00:57:26 ID:K1ZRc9Bk0 BE:58665964-#
傘を持って戻ってくると、長門さんの姿はなかった。
長門さんの下駄箱を覗いてみる。
そこには、彼女の上履きがあった。
「あーあ……」
僕は溜息をついた。
僕って、長門さんに嫌われてるのかな?
失意のうち、僕は昇降口を出る。
雨はまだ激しく降っている。
傘を開いて、一歩を踏み出した。
そして気づく。
「あ、長門さん!」
雨のカーテンの向こう、見知った後ろ姿に、僕はためらわず大声をかける。
長門さんのもとへ駆け寄る。
そして、傘を差しだした。
「はぁ……、長門さん、駄目だよ、濡れながら帰っちゃ」
長門さんは立ち止まり、僕の方を見る。制服が濡れて、肌に張りついているのがわかった。
「いい」
「え?」
「あなた、濡れてる」
確かに、この傘じゃふたりが一緒に入るのは無理だ。
「いいよ、僕は」僕は微笑んだ。「長門さんが雨に打たれてるのなんて、見てられないよ」
「………」
「さあ、行こう」
五月の雨は暖かった。
いや、暖かかったのは、隣にいる長門さんのせいかもしれない。
152 :
番組の途中ですが名無しです:2006/05/31(水) 00:59:29 ID:K1ZRc9Bk0 BE:48888454-#
どうして長門さんは先に帰ろうとしたのだろう?
僕はそれが気になっていた。
別に、僕を嫌っている様子はないんだけど……。
「あなたが持ってくるのは、小さな折りたたみ傘だと見当がついていた」
長門さんは唐突に話し始めた。
「傘立ては昇降口にあるから」
「ああ、なるほど」
僕にも長門さんの言わんとするところが理解できた。
「つまり、僕があの教室の小さなロッカーに傘を取りに行くって言った時点で気づいてたんだ」
長門さんは頷く。今度は見逃さなかった。
「すごい推理だね、長門さん。金田一耕助よりもすごいや」
「犀川創平の方がすごい」
「へっ?」
犀川創平って誰だ? 探偵の名前かな?
長門さんは無表情のまま、それ以上説明してくれなかった。
もしかすると、長門さん流のジョークだったのかな……。
しばらくしてから、長門さんはまた口を開く。
「傘を持っていたのはあなたなのに、あなたが濡れてしまうのは良くないと思った」
僕は言葉を失う。
思わず、長門さんの横顔を見つめてしまう。
濡れた髪。濡れた肌。
とても綺麗で、とても優しい、長門さんの横顔。
そして、僕は願った。
神様、これからもずっと、できるだけ長い間、長門さんと一緒にいられますように、と。
153 :
番組の途中ですが名無しです:2006/05/31(水) 01:00:31 ID:K1ZRc9Bk0 BE:73332656-#
「傘」
長門さんはとつぜん言った。
「いいんだよ長門さん。僕は濡れてもぜんぜんかまわないけど、長門さんを濡らすわけにはいかないんだ。
だって、僕は……、僕は、長門さんのことが………」
「雨、上がってる」
「あ………」
気がつくと、頭上にはオレンジ色の夕暮れ空が広がっていた。
僕は苦笑しながら、心の中では溜息をついて傘を閉じた。
「続けて」
「え?」
「さっき、何か言おうとしてた」
「な、なんでもないよ長門さん!」
長門さんはわずかに首をかしげた。
「そ、そうだ長門さん、雨はやんだけど、もう少し一緒にいてもいいかな? 僕も同じ方向だし……」
長門さんは頷く。
そうして僕らは、もう少しだけ一緒にいることができた。
ありがとう、神様。