『戦艦大和の最後』手首切断は無かった

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16番組の途中ですが名無しです
この記事さ、うちのひい爺さんも死ぬまで同じ様なこと言ってたんだ。
爺さんは「大和」じゃなくて、記事に出てる「矢矧」に乗ってて救助されたんだけどね。

「軍艦乗りはひとつの船でひとつの家族。国の為に戦って、国の為に死のうと、
 あの頃は皆がそう思って船を走らせとった。
 陸軍と違って、上官でも肩を叩き合って気さくに笑ったりからかい合ったりしてた。
 そんな事するわけがないし理由もない。
 当時のわしらを鬼畜か気狂いみたいに言う事で、コイツらに何の得があるのか知らんけど、
 こんなありえない嘘まで世の中で信じられてしまうのは情けない。」

ってな事をよく言ってた。90年頃だったその頃、
学校で日教組どっぷりの教師の話を聞き、朝日を読んで育った漏れは
自分らの戦争を正当化したくてこんなこと言ってるんだろうなぁと漠然と思ってて、
批判的な思いで聞いてたが、もっとちゃんと話聞いときゃ良かったなぁ。