【ピンクの】自称天才作詞家 瓢箪万作13章【ボブ】
[第三話]
目的の駅まではあと10分程かかりそうだった。
私は、車窓から見える風景を眺めながら二年前に亡くなった妻の事を思い出していた。
妻はこの夏の香りが好きで、新婚当初は二人でよく山歩きなどをしたものだった。
あの頃が一番幸せな時だったのかもしれない。私はいつの間にか、忙しさを言い訳にして、
彼女との時間をおざなりにしてきた。そして、私が知らないうちに彼女は病魔に侵され、気
付いた時にはもう手の施し用はなくなっていた。
それ以来、後悔の連続だった。亡くなった今、彼女のいない生活がこんなに寂しいものだったのかと痛感している。
こうして彼女の墓参りに向かう事が私にできるたった一つの愛情表現になってしまった事が我ながら情けない。
そんな事を考えながら、私は例のボックスシートに目をやった。相変わらず、奇妙な二人組は向かい合って座っている。
女は少しうつむいたようにしているが、男はなにやら薄笑いを浮かべて女を嘗め回すように見つめている。
その視線に私はまた嫌悪感を覚えた。あれは女性を「商品」もしくは「セックスの対象」として見る目だ。
二人はぽつぽつと話をしているようだが、小さな声のせいではっきりとは聞こえない。
男は自分に陶酔しているようだった。私は敢て聞き耳をたて、何を話しているのか聞いてみた。
「その人は本来なら私と同じ年で、結婚の約束もしてた人なんです」
男はそう言って、女の反応を伺っている。どうやら、婚約者が亡くなった話をしているようだ。
彼も私と同じように、最愛の人を失っているのかもしれない。
しかし、私は直感的に彼の話が嘘か、妄想だと確信した。私が妻を失った時、
間違っても彼女の死を匂わせるような話しは出来なかった。一年以上経った今でも、自分から話をする事はできない。
それは思い出すのが怖いのと、彼女の死を受け入れる事が出来ない臆病さからだった。
間違っても、電車で乗り合わせた初対面の人間に話など出来ない。
確信すると同時に、彼に対する嫌悪感は最高潮に達した。彼は話しながら、自己陶酔に浸っている。
恐らくその話を餌にして、あわよくば女でも引っ掛けようとしているのだろう。これが初めてではないかもしれない。
悲劇の主人公になりきり、人の気持ちを操作する卑怯者、恐らくこれが彼の正体だろう。
私の確信を裏付けるように、男はピンク女から彼氏がいるという話を聞くと、大袈裟に驚いた。
確実に落とせると思っていたようだ。さらに、それっきり彼女との話もやめた。
ほぼ空席の列車でわざわざ乗り合わせた二人なのに、会話は何もない。
男はピンク女から全く興味を失って、またやる気のない表情で窓の外を見つめだした。
(万作の展開次第で つづく)