【ピンクの】自称天才作詞家 瓢箪万作13章【ボブ】

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[第一話]
 奇妙な乗客が乗ってきたのは、二つ目の駅を過ぎた時だった。
 夏休みの臨時列車には殆ど乗客が乗っていなかったせいか、その男性は一際目立っていた。
何気なくホームを見つめていた私の目にその男の姿は飛び込んできた。男は電車の到着に奇妙
に驚いていた。何度も自分の持っている時刻表と見比べている。しかし、出発のベルが鳴りだ
すと慌てたように車内に飛び込んできた。その挙動不振な視線は明らかに異常者のものだった。
私は静かに彼の近くを離れ、彼が座った席を斜に覗き込める席へと移った。一つは好奇心から
発せられた物だが、もうひとつは警戒の意味でもあった。
 その男はきちんとスーツを着込んでいた。しかし、スーツを着なれている感じではなかった。
初めてスーツに袖を通した新入社員、そんな感じだ。もっとも新入社員と呼ぶには、幾分老け
た感じではあったが。
 男は席に付くなり上着を脱ぎ、座席に放り投げた。しわになる事など全く気にしていないよ
うだ。私が見ていると、ネクタイまで外した。さらにボタンを胸元まで外し、胸元に冷気を送
り込んでいる。その胸元から青白い肌が覗いている。緩み切ったその肌は嫌悪感以外呼び起こさない。
 男はいきなり立ち上がった。私は慌てて目を逸らす。無意識に身体を縮めて、彼から隠れる
ような姿勢をとった。別にそんな事をする必要はなかったのだけれども、その男に何故か気付
かれてはいけないような気がした。
 彼はぶつぶつと何かつぶやき、あたりを見回すとまた席に付いた。どうやら私が観察していた
事には気付いていないようだ。私はほっとして再び彼に目をやった。彼の視線は今度は窓の外に向いている。
表情は分らないが、全くやる気というものが伝わってこない。この男どこへいこうとしているのだろうか。
 そうしていると、突然誰かが彼に近付いていった。私は急に背筋が寒くなった。彼に近付いていったのは、
ピンクのワンピースを来た少女だった。しかも、そのワンピースはけばけばしい蛍光色で、見ている方を
苛々させるような恐るべき物だった。しかも、手荷物は何もない。明らかにおかしい。
 異常者は異常者を引き付けるのだろうか。彼女の視線も落ち着かない。私が固唾を飲んで見守っていると、
そのピンクの少女は、小太りのスーツ男にどもりながら、声を掛けてしまった。
(つづく・・・・かも)