音楽は、美しいうそであると同時に、それを受けとめてくれる人との
感受性のコンタクトだと思います。あるモチーフで、例えば旅行したとき
に見た風景を素材に私なりの感性で作曲をします。それを演奏家は
演奏家なりの感性で弾き、聴く人はまたその人なりの感性で受けとめる。
その三者のコンタクトの中から生まれる響き合いが私にとっていちばん
大切なものなのです。曲というのはそのための手段に過ぎません。
クラシックの作曲をしているというと、気難しい人間を思い浮かべる人も
いるかも知れません。でも私は「明るく楽しく」こそが、いい曲づくりの
秘訣だと思っています。
オカヤソ
>多分オカヤソは書き込めなくなったら「2chには興味がなくなりました」とか「レヴェルが低いので放置します」とか
>イソップ物語の「あの葡萄はすっぱいに違いない」並みのへタレ発言をすると思う。
こんな予想が出てるけど、どうする?
創作というのは何でもそうでしょうが、自分の感性がそのまま表れるもの
です。いい曲を作ろうと思ったら、弾く人、聴く人の反応やいろいろな
外からの刺激を素直に受けとめる姿勢が大切で、自分の世界だけに
こもっていては、すぐに限界がきてしまうでしょうね。
新しい人と知り合え、新しい刺激と出会えるという意味で、私は転勤が大好きです。
赴任先の一つ松山支店時代に盲腸を患って、1か月ほど入院したことがあります。
入院は生まれて初めての体験だったので何もかもが珍しく、その感動(!?)が私に
「点滴の詩(うた)」という曲まで作らせてしまい、見舞いに来た人や看護婦さん
を呆れさせました。
116 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/16 23:01 ID:aWSwdiKf
岡やん 俺おまえに音楽習いたいので遊びに行くよ
今、仕事では、私はシステム開発に携わっています。システムという興味深い
ものとの新しい出会いを求めた私が、会社に希望を出し、それが受け入れられたのです。
マーケット・リサーチのシステムを作ったときは、全店発表会で委員長賞を
もらいました。預金・ローンなどの大量一括処理に代表されるのがこれまでの銀行の
システムでしたが、現在住友信託では、信託ならではの、手づくりやきめ細かさと
いったノウハウをシステムに取り込もうと、力を入れています。
第8章と第9章も
もうスレあるから
ヨロシクね(はぁと
119 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/16 23:02 ID:aWSwdiKf
家は結構近いのでわかるぜ
私が手がけたシステムという曲を、そのユーザーとなる社員が演奏し、
聴衆であるお客様と響き合えたら、こんなにすてきなことはありません。
121 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/16 23:03 ID:aWSwdiKf
土産に花火持ってくぜ
いいなぁ、花火。
123 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/16 23:08 ID:aWSwdiKf
夏のキャンプで大量にあまったのが役に立ちそうだ
124 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/16 23:08 ID:pO3lQAvF
過去ログとかどこにあんの?
125 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/16 23:09 ID:aWSwdiKf
ここに岡やんの住所かいたらまずいかな?
137 :岡田 有希子 ◆3KicSwgEPg :02/12/15 21:50 ID:8Tmz/p9w
岡田 有希子の発言 :
岡田先生も其のたびに東京に言ってるんですか?
hiko の発言 :
でも、会長のボクは出れないことが多いので、東京にいる後輩が全部やってくれてますよ。
岡田 有希子の発言 :
なぜ出れないんですか?
hiko の発言 :
忙しくてね。最近、田舎の放送局に引っ張り出されてますので。まあ、ボク以外にも作曲家が結構いますので、曲を送って演奏してもらうっていう
hiko の発言 :
ことで、
hiko の発言 :
コンタクトはいつも取れるんです。
それでは、メッセ実況を終了しました。
11:00ごろにまた来る。
それでは。
私が手がけたシステムという曲を、そのユーザーとなる社員が演奏し、
聴衆であるお客様と響き合えたら、こんなにすてきなことはありません。
>>126番
岡田有希子という2チャンのクズは、全て受信拒否にしていますので、
いらっしゃるのならどうぞ。生きて帰れないですよ。ハハハ・・・。
>>106 オカヤソは人間の中でも、もっとも醜いウソツキです。
>>128番
くやしかったの?(;;
ご免傷つけて(;;
>>128番
ごめんなさいごめんなさい。
勘弁してください。
311 :金土日 ◆B/2ch/ss26 :02/12/13 00:41 ID:yTsqv22J
岡田大先生へ
> 「平均律」はドイツ語の"Wohltemperierte"に相当するんですが、
> temperierteという言葉は「調整する、律する」という意味です。
>
> どこに「率」という意味があるのでしょうか?
> 浅学非才の小生にご教示くださいませ。
ところで、このお返事は?逃げてんじゃないよボケ。
『響き合いを求めて』
住友信託銀行 システム開発第一部 岡田克彦
(1990.9.執筆、1991年度、住友信託銀行 新卒者向け会社案内グラビアページ
‘his point of view’のグラビア添付用自己紹介文として掲載)
「音楽はうその中でも、もっとも美しいうそです。」
これは、私の好きなドビュッシーのことばです。私も美しいうそを求めて、
小学生のころから書きためてきました。もう、600曲くらいになるでしょうか。
一昨年、「クラリネットとピアノのためのドメスティックなラプソディ
ーOP.61」という、日本の原風景といったものをイメージした曲を、
東京・御茶ノ水にある室内楽専用のカザルス・ホールで行なわれた
コンクールで発表し、1位をいただきました。
そのときの審査員だった、ヴィオラ奏者の今井信子さんはオランダに戻って
(彼女はアムステルダムに住んでいます)この曲を演奏会で弾いてくれた
そうで、たいへん光栄に思いました。
でも、もっとうれしかったのは、コンクールを聴きに来ていたあるお年寄り
の女性から、「聴いていて自分の育った田舎の山や川が浮かんできました」
という手紙をもらったことです。
音楽は、美しいうそであると同時に、それを受けとめてくれる人との
感受性のコンタクトだと思います。あるモチーフで、例えば旅行したとき
に見た風景を素材に私なりの感性で作曲をします。それを演奏家は
演奏家なりの感性で弾き、聴く人はまたその人なりの感性で受けとめる。
その三者のコンタクトの中から生まれる響き合いが私にとっていちばん
大切なものなのです。曲というのはそのための手段に過ぎません。
クラシックの作曲をしているというと、気難しい人間を思い浮かべる人も
いるかも知れません。でも私は「明るく楽しく」こそが、いい曲づくりの
秘訣だと思っています。
創作というのは何でもそうでしょうが、自分の感性がそのまま表れるもの
です。いい曲を作ろうと思ったら、弾く人、聴く人の反応やいろいろな
外からの刺激を素直に受けとめる姿勢が大切で、自分の世界だけに
こもっていては、すぐに限界がきてしまうでしょうね。
新しい人と知り合え、新しい刺激と出会えるという意味で、私は転勤が大好きです。
赴任先の一つ松山支店時代に盲腸を患って、1か月ほど入院したことがあります。
入院は生まれて初めての体験だったので何もかもが珍しく、その感動(!?)が私に
「点滴の詩(うた)」という曲まで作らせてしまい、見舞いに来た人や看護婦さん
を呆れさせました。
今、仕事では、私はシステム開発に携わっています。システムという興味深い
ものとの新しい出会いを求めた私が、会社に希望を出し、それが受け入れられたのです。
マーケット・リサーチのシステムを作ったときは、全店発表会で委員長賞を
もらいました。預金・ローンなどの大量一括処理に代表されるのがこれまでの銀行の
システムでしたが、現在住友信託では、信託ならではの、手づくりやきめ細かさと
いったノウハウをシステムに取り込もうと、力を入れています。
オカヤソ昨日は、良く寝るれたろ〜
ファンとチャット出来た嬉しさで(w
「ネットも捨てたモンじゃ無いな ほっほほほ」
こんな感じ(w
私が手がけたシステムという曲を、そのユーザーとなる社員が演奏し、
聴衆であるお客様と響き合えたら、こんなにすてきなことはありません。
こっちにもキマソタ
『ネルケンの思い出』
・・・フォーレの室内楽・・・
岡田克彦
1990.8.執筆、『ピアノと遊ぶ会会報(1990年9月号)』に掲載
あれは、もう15年前のことになります。当時、早稲田の1年生だった
ぼくは、東京の下宿にピアノを持って行っていなかったので、近所の
高円寺ヤマハ音楽教室でピアノを借りて練習したり作曲をしていました。
「ネルケン」は、このヤマハで知り合ったアマチュアピアニストの一人に「
この近くにいい喫茶があるよ。」と連れて行ってもらった、ぼくにとって
初めてのクラシック喫茶でした。
ともかくここを知って以来、ヤマハでの練習の後は毎日のように行って、
かたっぱしからいろんな曲をリクエストして聴いていました。あの頃が、
今までで一番音楽そのものに狂っていたんじゃないかと思います。
実際、ほとんど、人類と口をきくこともありませんでしたし、大学なんて
月に1、2回くらいしか顔を出していませんでした。「ピアノと遊ぶ会」
を友人と結成して演奏や自作発表活動に動き出したのも、大学3年になって
からのこと。その頃はただ、一人でピアノ、レコード、スコアと対峙していました。
150 :
りつ (律、×率):02/12/17 01:54 ID:uqdFieQl
ちょいと、克彦ネエさん。
あーたもあっち行ったりこっち行ったり
忙しそうねぇ。
こっちに逃げて来たのか?弱虫だねえ。
CDについて
hiko の発言 :
ははは・・・CDにするつもりはないですけど、DAT収録のソースがありますので、ご希望の方には、カセットに落として送っています。
ピアノと遊ぶ会について
hiko の発言 :
「ピアノと遊ぶ会」については、ホームページに載せていますが、ぼくが四国にUターンした8年前からは、親睦会になっています。
hiko の発言 :
会員600名で、東京が400人、関西が200人
岡田 有希子の発言 :
そうですか・・・親睦会って具体的に何をするんですか?
hiko の発言 :
室内楽を演奏したりすることが多いですね。ピアノt@
hiko の発言 :
が半分で、後は、弦、管楽器と歌ですので。
hiko の発言 :
東京でやってますよ、年に3回。
もちろん、ピアノの演奏の方は、大学3年以降、いろんなプロやアマのピアニストと
出会って大いに刺激を受けたのですが、自分なりの和声法や対位法等
の作曲技法は、この頃にほとんど見つけることが出来たように思っています。
たしか、8月のとても暑い日でした。いつものように練習の後「ネルケン」
へ行き、その頃大好きだったモーツァルトのリンツを今日は誰の指揮で
聴こうかな? とレコードリストをめくっていたところ、ものすごく古い
録音で聴いたこともない奇妙な曲が始まりました。
まず、ト短調の主和音に基づく、ピアノの不気味な分散和音が32分音符
で始まり、それにのって、弦のユニゾンが陰鬱なメロディーを奏で始めた
のです。このト短調の重さからして、既に強烈な印象を持ちました。
真夏だっただけによけい感じたのかもしれませんが、熱くエロティックな
響きに、目の前がぼーっとなってしまいました。そのうち、平行調を経て、
音楽は地平線を飛び立ち、宙に解き放たれ、ひと所にとどまることなく、
次第に美しく移ろってゆく。…気がつくと、もう既に何回も転調しているのです。
まず、この魔術のような転調に開いた口が塞がらなくなりました。
そして、第2主題のモチーフがヴィオラとセロのユニゾンで提示される
頃には、もうコーヒーが冷めてしまったのもおかまいなく、そのしっとり
とした響きに聴き惚れてしまっていました。続いて、ゆったりとしたピアノ
の三連符のアルペッジョにのって第2主題が展開されてゆくくだり。
思わず息をのむ同主調移行の美しさ。それだけではありません。
キケンな傾向だな
リアルな現実から逃避して
都合の良い空想の世界に逝ってしまってる
犯罪を犯すぞ
159 :
痔・ヲカピー岡田彰布 ◆JiOKAPY7zA :02/12/17 01:56 ID:q5HcbB0N
>>143 いや、こうしてヲチ住民とだべっているのが彼の唯一の楽しみなので
毎日が楽しいのでしょう
だ っ て 現 実 に 友 達 い な い か ら
現実では誰も構ってくれませんよね?ね?ね?せ・ん・せ・い♥
再現部では、シャープ系の遠隔調にまで行ってしまって、いったいこの先
どこに連れてゆかれるんだろうと思っていると、弦楽器によって形成される
ニ長調が静まりゆく中、ハッとさせるように、ピアノがあの懐かしいフラット
2つの変ロ長調(つまり、原調の平行調)で突然第2主題を歌い始め、
予想もしなかった、意外な原調復帰のための複調を見せてくれました。
本当に懐かしい感じ。・・・・・また、もとのテーマに戻って来たんだな、
という感を醸し出す、効果的な再現でした。
この三度下の複調が決定的なショックとなりました。あとでいろいろと
アナリーゼすると、この作曲家は、「レクイエム」の『アニュス・デイ』
等でも同じ複調を用いているのですが、再現部の原調復帰だけに、
これほど効果的なものは他にはありませんでした。
ともかく、この転調の妙味…ただ、変わった転調をやっているのではなく、
遠隔調と近隣調が絶妙なバランスを保っていること、原調復帰への計算され
つくした奥の手が、全く計算を感じさせることなく自然に扱われていること。
それらにも増して作曲家自身の素晴らしい美意識・・・・・これらを耳にして、
長年ぼくの求めていた音楽はこれだ!! と、ほとんど直感的に思ったのです。
誰の何て曲だろう? 1楽章が終わってすぐにレコードジャケットを見せてもらいました。
フォーレ作曲「ピアノ四重奏 No.2」
ぼくにとってはこの曲が最初のフォーレの室内楽曲でした。今にして思えばラッキーな
出会いでした。もし、No.1のピアノ四重奏だったら、当時、ショパンの晩年の和声進行
を既に知っていたぼくには、これほど感銘を与えなかったでしょうし、一方、フォーレ
晩年の難解なものだったら、理解できなかったかもしれません。
演奏は、ピアノ;マルグリット・ロン、ヴァイオリン;ジャック・ティボー、
ヴィオラ;モーリス・ビュー、チェロ;ピエール・フルーニエ、で、GR盤「巨匠シリーズ」
の中の一枚でした。1940年6月10日の午後、ドイツ軍がオランダに侵入した日、
そして、ティボーの長男が戦死する前日にパリのスタジオで録音されたものだ、
とのロンの手記が載っていました。
165 :
痔・ヲカピー岡田彰布 ◆JiOKAPY7zA :02/12/17 01:58 ID:q5HcbB0N
>>149番
>実際、ほとんど、人類と口をきくこともありませんでしたし、大学なんて
> 月に1、2回くらいしか顔を出していませんでした。「ピアノと遊ぶ会」
> を友人と結成して演奏や自作発表活動に動き出したのも、大学3年になって
> からのこと。その頃はただ、一人でピアノ、レコード、スコアと対峙していました。
大学時代も友達いなかったんですね(ゲラ
自分自身の見栄から出た嘘が
彼をここまで、追い詰めたのか・・・
因 果 応 報
録音の状況からしても、まことにすさまじい演奏で、その後、
ユボー、ヴァランタン、コラール等がピアノを弾いて収録したCDと
比較しても、これは世紀の名演です。…
曲は1楽章のあと、ピアノの音譜の一粒一粒が飛び散るような病的な
スケルツォを経て3楽章で、形而上学的な美の極致に至ります。
鐘の音を象徴するピアノが提示され、弦楽器3本は、まるでその鐘の音が
はるかな地平から伝わってくる空間をゆらめく風のようにそれを優しく包み、
その響きを変遷させてゆきます。この3楽章は最後まで美しくない瞬間は
片時もありませんでした。
そして、終楽章のテーマいっぱい総出演の、複合ロンドソナタ形式と
でも言うべきフィナーレ。どれをとってもつまらない楽章は一つもない
ばかりか、4つの楽章は非常に有機的にかかわっているのです。
いつの日か、室内楽を演奏したり作曲しよう、と思ったのは、この時、
フォーレのピアノカルテットNo.2から受け取った大変なショックのためでした。
もちろん、その頃は演奏はピアノソロをメインに考えていましたし、作曲においても、
まだ、ピアノ曲の領域でやることがいっぱいありましたから、すぐに、というわけで
はありませんでした。が、ショパンが晩年にゆきついて、わずか、Op.60のバルカローレ
とOp.62のノクターンに集約した境地がそれっきり音楽史で孤立してしまっているの
ではなく、明らかにフォーレの一連の室内楽曲に引き継がれていること、従って、ぼくも、
本能的に、その方向に進んでゆくだろうこと、をほとんど確信していました。
全て出会いは偶然なのです。その偶然の何パーセントを必然にしてゆけるか、
ということが、人生の快楽の度合いを計る最も有効なバロメーターだと
ぼくはずっと思っているのですが、このフォーレに限っては、そのように考える
余裕も無いほど強い必然的な出会いだったようで、あの日から約1ヵ月というもの毎日
「ネルケン」で、この「ピアノ四重奏No.2」を聴き、アカデミアに輸入を頼んだ
楽譜を手に入れる、かなり前に、全て暗譜してしまっていたのです。
こうして出会ったフォーレが、いったいイデオロギーにおいて何主義なのか、
今だにぼくには適当な言葉が見つけられません。まず、普遍的な美や情緒の
存在を信じていた、という点において、明らかにフォーレはロマン派では
ありません。が、一方、ドビュッシーの始めたサンボリックな新しい音楽とも
無関係にフォーレは存在していました。教会旋法にスポットを当ててそれを
リバイバルさせたという点は、フォーレを語るにあたって重要な一要素だとは
思いますが、これは作曲技法の一部に過ぎません。
今だに、ぼくにとっては、「フォーレ」は「フォーレ」でしかありません。
ただ一つ、ぼくが強く感じるのは、文学における、松尾芭蕉やリルケ
の生き方がフォーレのそれと非常に似通っている、ということです。
ここまで突っ込み甲斐のある香具師は初めてだ(;´д`) ハァハァ
さて、フォーレの作品全般について、それを初期、中期、晩年、と分けて
考える方もいらっしゃるかと思いますが、ぼくはこういう捉え方には反対です。
第一、晩年に向かって進歩し続けなくてはならないほど才能の欠落していた
作曲家はベートーヴェンくらいのもので、モーツァルトのように早熟でなくとも、
普通は、ある時期で作風は確立されていて、その後は、それをベースにして、
純化と拡張を行なっているからです。
それに、フォーレは、こういう、ロマン派→近代→現代、の過渡期を生きた
人ですから、和声の扱いが変わっていったのは当然のことですし、また、
こういう時期でなくても新しい和声を求めてゆくのは作曲家として当然の
行為で、何のバロメーターにもなりません。初期のノクチュルヌがショパン的で、
一方、晩年のアンプロンプチュに全音音階を使っていても、両者とも、フォーレ
の信じる普遍的な美や情緒をめざして書かれたものならば、初期とか晩年とかの
区別は適切ではありません。
人はここまで落ちる物なのか・・・
惨め過ぎる・・・
最早、人語は彼には理解出来まい、
完全に自分の中に閉じ篭っている。
ぼくの考えでは、フォーレは歌曲から書きはじめ、おそらく「レクイエム」
を書くことによって、全ての作風を確立したと思います。そして、その後、
死ぬまで、フォーレはちっとも変わっていません。ただ、純化と拡張を
行なっているだけです。もちろん、純化と拡張の仕方によって、作品を
傾向でいくつかの群に分けて考えることが出来ます。例えば、室内楽曲
全10曲について、ぼくは下記のようにざっと分けてとらえています。
A.ヴァイオリンソナタNo.1、ピアノ四重奏No.1
B.ピアノ四重奏No.2 → ピアノ五重奏No.2
C.ヴァイオリンソナタNo.2、チェロソナタNo.1
D.ピアノ五重奏No.1 → 弦楽四重奏曲
E.チェロソナタNo.2 → ピアノ三重奏曲
Aは、レクイエム作曲以前に書かれた2曲で、いずれもフォーレの作品としては
習作の域にあるものです。もちろん、ヴァイオリンソナタNo.1は、ブラームスの
ヴァイオリンソナタNo.1よりも先に書かれたことで評価が高いのですが、
「ブラームスの先を行っていたから偉い」とは、何ともフォーレに対して失礼な評価です。
こと、室内楽におけるフォーレの才能は、内面性においても、モチーフ操作、
構成、音響力学等技術面においても、ブラームスよりもはるかに優れていました
から。もちろん、この2つの作品は既に傑作であり、教会旋法が使われる等の
独自性が打ち出されています。が、この後に作曲された8曲に比べるとまだ
本領発揮には至っていません。
さて、フォーレの本領発揮の室内楽曲は、従って、B〜Eの作品群であるわけです。
まず、Bの2曲は、一種の形而上学的な純化のプロセスをたどっている
作品群です。ことに両者の緩徐楽章にはそれがよくあらわれています。
この内、ピアノ五重奏No.2はフォーレの晩年、ほとんど耳が聴こえな
かった頃に書かれたことを考えると、奇跡としか思えない恐るべき作品と
いえます。
ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏など、はるかに単純な和声で書かれています
から、耳が聴こえなくても技術的に十分作れる作品ですが、このフォーレの
ピアノ五重奏No.2は複調や無調など、耳の聴こえる人でもかなり扱いにくい
複雑な和声構造で書かれているうえ、それらのいくつかは、フォーレ自身にとっても
新しい、初めて用いる手法なのです。これらの響きを耳で感覚的に確かめることも
出来ず、頭の中で整理しながら曲の終結に向かって解決してゆくには、相当の忍耐力が
必要です。
穏やかな曲の表面とはうらはらに、フォーレは精神的に非常に強い人だった
と、ぼくは思います。そしてそれゆえに、このピアノ五重奏No.2の演奏
には厳しいものが求められ、フォーレの室内楽の演奏においても、この曲が
最後の目標とされるのは当然のことです。
最早、彼はコピペするだけの獣
理性など当の昔に消えうせているのだろう。
ナムアミダブツ
だからなんなのよ、この駄文は。
同じような厳しさの求められるフォーレにしては大変に強い曲が、Cの2曲です。
これらの2曲は、ピアノ五重奏No.2と同時期、最晩年に向かって枯れてゆく
プロセスで生まれた作品ですが、いずれもデュオという簡素な編成ゆえに、
フォーレの同時期のピアノ曲等と共通する要素の方が多く、ピアノ五重奏No.2
とは一線を画している作品です。「レクイエム」しか知らない人達にとっては
一番ショッキングな作品ですが、フォーレがこの世に生まれて来て一番書きたかった
作品はこのあたりだとぼくは思います。
>>184番
>フォーレは精神的に非常に強い人だった と、ぼくは思います。
んであなたは精神的に弱い、いや壊れた人ですかぁ?
いずれも、重要な旋律を除いて、全てがモチーフのポリフォニックな
積み重ねから成り立っています。その意味で、フォーレの古典音楽、特に、
バッハへの並々ならぬ系統の感じられる作品です。換言するなら、フォーレ
の室内楽曲の成功の種明かし。これだけの対位法的基礎がフォーレを
成り立たせているのです。よく、フランクのことを「フランス近代のバッハ」
なんて呼ぶ音楽評論家がいますが、このあたりのフォーレの作品について、
ちゃんと楽譜読んで下さいよ、ってぼくは言いたい。
フランクが、『コラール』『プレリュード』『フーガ』『アリア』なんて、
バッハと同じ題名の曲をたくさん書いていることに惑わされてはいけませんね。
フランクのフーガは対位法的発想ではなく、和音の一部の偶然の横のつながりから
出来ていて、ラフマニノフと五十歩百歩の対位法しか使っていません。
おそらく、フランス近代の作曲家でバッハの考えたフーガをバッハと同じ発想で、
ポリフォニックに正しく使えたのは、フォーレとその弟子のラヴェルだけでした。
(ドビュッシーは自著「クロッシュ氏」で自ら述べているように、
バッハの平均率を和声的に楽しんでいたので、ここでは関係ありません。)
その意味では、フォーレこそ、「フランス近代のバッハ」にふさわしい
人です。
(ドビュッシーは自著「クロッシュ氏」で自ら述べているように、
バッハの平均率を和声的に楽しんでいたので、ここでは関係ありません。)
その意味では、フォーレこそ、「フランス近代のバッハ」にふさわしい
人です。
195 :
痔・ヲカピー岡田彰布 ◆JiOKAPY7zA :02/12/17 02:08 ID:q5HcbB0N
平均「率」キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━ !!!
Dの2曲は、凝りすぎのきらいのある不可解な作品群です。
ヴュイエルモーズは、これらの作品がなかなか大衆に理解されないのは、
聴衆の耳が怠惰なためだ、と言っていますが、この状況は何十年もたった
今も変わっていません。第一、どちらの曲も今だに名演が出ていません。
ことに世の弦楽四重奏団で、フォーレの弦楽四重奏曲を好んでやるグループは皆無です。
>191
う゜・・・漏れにはその趣味はない・・・てか、あの写真見たら・・・
絶 対 に 掘 ら れ た く な い ! !
まだ、獣とやってるほうがまし。
ぼくの見るところ、一つには、いずれの曲も教会旋法にこだわりすぎたこと、
また、もう一つには曲想に比べて書かれた編成の方が1本か2本、横の線が
多すぎると思います。これが、この2曲が失敗(失敗と言ってもフォーレは
ショパン同様、駄作のない人ですので、他の魅力的な作品に比べて外部に
与えるインパクトが弱い、という程度の意味ですが)の理由のように思います。
最早、彼を「人類」と分類するのは
無理だろう。
「人としての尊厳」
か、追い詰められて
完全に崩壊している。
横浜の作曲家の八木下さんとはここで、ぼくは意見が合わないのです。
彼は、ピアノ五重奏No.1が大変に気に入っているのです。確かに、
素晴らしく美しいテーマです。でも、モチーフ処理を見ていると5本の線
は生かしきれていないとぼくは思うのです。また、1楽章の第二主題が
冷遇されているのは、どうしてなんだろう、とぼくは思うのです。
好き嫌いの問題ではなく、ぼくの尊敬するフォーレは室内楽に関しては、
もっとパーフェクトな作曲家だったはずだよ、と言いたいということなの
です。ですから、この2曲、もし、ブラームスが書いていたらぼくは絶賛
しますね。ブラームスは室内楽は大したことないですから、最初から何も
期待してませんので、…。
悪い、ワタクシ寝ますわ
あと汚物処理よろしこ
Eの2曲は、いわゆる、フォーレの最晩年の枯淡の境地にある作品で
極めて似通った書法で書かれています。つまり、1楽章はアレグロで、
喜びも悲しみも超越してひたすら疾走する状態を示し、2楽章でノスタルジー
に浸り、鬼火が飛びかうような3楽章で曲を閉じています。ことに、ピアノトリオの
3楽章は、松尾芭蕉の絶句となった『旅に病んで夢は枯野を・・・・・』を
思い起こさせるような無窮動で、フォーレの最期の作品にふさわしいものです。
(厳密にはこのトリオはOP.120でOP.121の弦楽四重奏曲が
絶作ですが、OP.119のノクチュルヌNo.13からOP.121まで
の3曲はほとんど同時期に書かれており、どちらかというと、弦楽四重奏曲よりも
OP.119とOP.120の方がフォーレの最晩年を代表する作品になっています。)
「モーツァルトの短調は疾走する。涙は追いつけない。」という名言が
ありますが、このEの作品群の2曲、チェロソナタNo.2の1楽章のト短調と
ピアノトリオの1楽章のニ短調の表情は、このモーツァルトの短調の表情に
極めて近いものです。
大体、ぼくはロマン派(一口にロマン派と言っても、ショパンの晩年や
ブラームスの晩年のような時代を超越した特殊な物は除きますけど)の短調の扱い
にはうんざりさせられます。ロマン派の短調は、大体が、絶望や失恋などの個人的
感情を押し付けるものが多いと思うのです。でも、少なくとも、ぼくが曲を書く時には、
絶対に自分の個人的な感情を、演奏者や聴衆に押しつけたりはしたくない。
>(ドビュッシーは自著「クロッシュ氏」で自ら述べているように、
>バッハの平均率を和声的に楽しんでいたので、ここでは関係ありません。)
やっと来たな。「平均率」
311 :金土日 ◆B/2ch/ss26 :02/12/13 00:41 ID:yTsqv22J
岡田大先生へ
> 「平均律」はドイツ語の"Wohltemperierte"に相当するんですが、
> temperierteという言葉は「調整する、律する」という意味です。
>
> どこに「率」という意味があるのでしょうか?
> 浅学非才の小生にご教示くださいませ。
これに答えてくれ。
叙情的でも、モーツァルトやフォーレのような、リリシズムを保っていたい、
と思っています。そのためには、(ブラームスのようにシンフォニーにパッサカリア
を使うようなことまでは必要ありませんけど)かなり古典音楽を勉強して、自分の
血や肉にしておかなくてはいけない、と常々感じています。
もしかしたら、生まれつき
脳に障害があったのかも知れない。
以上のように、フォーレの室内楽にもいろいろな作品があって、
その世界の拡がりは、一人の人が全てを好きになることが出来ないほどです。
最近は、フランス近代音楽が急速に日本でも定着してきています。まだ、
全部味わっていない皆様も、この豊かな世界を是非試していただきたいと
思っています。で、フランス近代音楽と言えば、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、
の3人が代表であることは言うまでもありませんが、全然異なっています。
やがて岡田は考えるのをやめた・・・
to be continued・・・
↑
綴り合ってる?
それが、また、楽しいのですが、特に、フォーレについてぼくが感じること
は、フォーレの作品はドビュッシーやラヴェルに比べて決してインターナショナル
なものじゃない、ということです。あくまでも、フランス的な明澄さとモデスティー
に基づいていること、そして、こうした要素が作品の中で使われている教会旋法と
相まって、特に日本的風土には馴染みやすい音楽だというふうに思っています。
4年前、やっと「原宿マ・ノン・トロッポの会・サロンコンサート」で、
ラヴィーヌカルテットメンバーで、ぼくがピアノを弾いて、フォーレの
ピアノ四重奏No.2全楽章を演奏出来ました。一つの大きな夢が
かないました。
また、その時の演奏のライブ収録テープでもって、「御茶ノ水・カザルスホール・アマチュア室内楽オーディション」
の予選を軽く突破出来、審査員の先生方、特に、その中の一人、オランダ在住のヴィオラ奏者の
今井信子さんに高く評価していただけたことは、とても嬉しいことでした。
その他でも、ピアノソロの練習時間が取れなくなるほど、弦楽器の皆様に誘われて、
いろいろ、やりたかったフォーレの室内楽曲は演奏会でほぼ全部やれて来ていて、
とても満足しています。
が、この頃でも、フォーレのピアノ四重奏No.2が聴きたくなった時には
「ネルケン」に行って、ロンのレコードを聴くことにしています。
このCDはもちろん自宅に持っています。が、初めて「ネルケン」で聴いた、
あの暑かった日と同じ気分や感動を大切にしたいからなのです。
(そして、もちろん、二度とあの頃の若かった自分に戻れないことを確認させられる
のですが・・・・・・・。)こうした全く不合理な感傷がこれまでぼくが出会った
音楽には全てつきまとっていて、それが重要なのです。
だから覚めた目で自分のレパートリーを眺めるなんてとても出来ません。
浅薄なセンチメンタリズムだ、と一笑に付されるかもしれないけど、
こういう感傷的でノスタルジックな気分に浸れるほどの作品への愛情も
なく音楽をやることはぼくには出来ません。
音楽の世界では、よく、世のため人のために努力しているのです、本当に作曲や演奏は
辛いことなんですよ、という顔をしている人に出会います。辛いのならやめればいいのに
なあ、って思うんですけど。大体こういう人はすっかり覚めてしまっていて、
こんな感傷なんてとうの昔に置去りにしてしまっているので、原則として、
ぼくはこういう人達とは、
お友達になってあげないことにしています!!
後天的な精神障害でも
ここまで来ると、治療は困難を極めるだろう・・・
余りにも、お母さんが可愛そうだ。
お父さんも泣いているだろう・・・
オカヤソ・・・君には一つ礼を言いたい・・・
私も無職だが、君を見ていると勇気がわいてくるよ・・・
下には下がいる・・・こんなアフォでもネットができるんだ!!
漏れならちゃんと就職できるって・・・
ありがとう、オカヤソ・・・君とは違う道を歩んで正しい道を歩いて逝くよ・・・
220 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/17 02:15 ID:a65h7HHl
岡田君、覚えていますか?小学校3年のときの担任だった小林です。
あのころの君は、ちょっと理屈っぽいけど、テストでは誰にも負けない、物知りで、皆に信頼されてましたね・・・
文章、読みました。
一生懸命、調べて、書き込んでる、ってそんなところは変わってないですね。
間違ってたら突っ込まれるからきをつけなくちゃ、とか、これはきっとあってるはず、とか思って、
一生懸命書いて、いろんなところにペタペタ貼って。
でもそれはみんな嘘で。自分がどんな嘘をついたのかも忘れちゃってて、
レスとか見ても、思い出せなくて。
何もかもバカにされて、頑張っても、頑張っても報われなくて。
自分で後から読み返してみても、なんだかよくわからなかったりすることもあって。
いったい、どこで人生間違ったんだろうって。
俺が本当にやりたいことはこんなことじゃなかったんだ、もっと普通に幸せでも良かったのに、って。
自分が本当はできるってこと、認めて欲しくて、でもこんな世界でしか自分を出せない、人と話すのが怖い、馬鹿にされるのが怖い・・・
大丈夫、こんなパソコンの電源なんか切って、外へ出てみようよ!
2ちゃんねるのことなんか、見たことも聞いたこともないひとで溢れてる!
いまなら、きっとやり直せる!
頑張って!いつでも先生は君の見方だから!
『孤独とノスタルジーの果てまで』
・・・プーランク・・・
岡田克彦
1986.8.10.執筆、『ピアノと遊ぶ会会報(1986年8月号)』に掲載
演奏する立場において、僕が一番愛している作曲家は、フランシス・プーランクです。
今まで出会ったどんな作曲家よりもぼくに近くて、もしかしたら彼はぼくの
ために曲を書いてくれたんじゃないかと思えるほど、水を得た魚のように、
自然に演奏できるからです。
初めてプーランクの曲を聴いたのは、4年前、APA(エイパ・日本アマチュア
演奏家協会)に入会して間もない頃でした。できたばかりの、簡易保険会館
で行なわれたベルリンフィルメンバーによる室内楽コンサート。曲は
「オーボエ、ファゴット、ピアノのためのトリオ」でした。この時の
第一印象で、そのうち、ぼくが夢中になる要素を持った作曲家だ、と直感しましたが、
まさか、今のような深い関係になるとは夢にも思いませんでした。
どうやら・・・彼は妄想癖があるようだ・・・
出来もしない演奏を脳内でしているのだからな・・・
あわれなことだ・・・
最早、自我は保てないか・・・。
終 わ っ た な 岡 田
当時は、ただ、フォーレの室内楽曲をやることだけが当面の課題でしたから。
ところが、APA入会後、フォーレをやるかたわら、プーランクをやるはめに
なってしまい、最初は、管楽器の人達に頼まれてやっていたものが、だんだん
とぼくの中で大きな部分を占め、ついにはフォーレをしのいでしまいました。
「木管ピアノ六重奏曲」を皮切りに、「ピアノ協奏曲」「フルートとピアノのためのソナタ」
「ある日、ある夜」「クラリネットとピアノのためのソナタ」「ノクターン」
「オーボエとピアノのためのソナタ」等、レパートリーも増え、考えてみると、
その数はフォーレよりもずっと多いのです。一方、聴く方でも、バレー組曲「牝鹿」
はじめ、「オーバード」、オペラ「ティレジアスの乳房」「カルメル派修道尼の対話」、
無伴奏カンタータ「人間の顔」、「2台のピアノのための協奏曲」などは、特に気に入りました。
彼の作品には、彼の尊敬していたモーツァルトのパロディーや収拾のつかない
転調など、ディレッタントなギャグがいっぱい詰まっています。
「牝鹿」に『プラハシンフォニー』が出てきたり、「2台のピアノのための
協奏曲」に『戴冠式』が出てきたり、思わず吹き出さずにはおれません。
もちろんこれらは、十分ほくを楽しませてくれ、また、一般的にも、
この機知に富んだセンスには定評があります。
おやおや・・・すでに自分の言いたいことしか言っていないようだ・・・
「光が・・・広がっていく・・・」
しかし、ぼくが最も好きなところは、他にあります。それは、例えば
「ピアノ協奏曲」の第2楽章の冒頭のオーケストラの刻むリズムにのって
だんだん懐かしい気分になってゆく和声進行や、「フルートとピアノのための
ソナタ」の1楽章の第1モチーフの熱い思いや、これの下のバスラインの
クロマティックな和声進行によって醸し出される、薄氷の上を歩くような
不安定さや、
「オーボエ、ファゴット、ピアノのためのトリオ」の第2楽章の
終結の調性が定まらずに、美しく妖しげに揺れ動いたりするところや、
「クラリネットとピアノのためのソナタ」の第3楽章の懐かしい第3主題や、
かの有名な「フルートとピアノのためのソナタ」第2楽章の官能的なテーマの
美しさなど、に代表されるものです。
多分最初は些細な「嘘」だったに違いない
しかし「嘘」を疑われなくする為に又「嘘」をついて・・・
ドンドン塗り固めて逝った・・・
その末路が、現実逃避になってしまった。
今の彼に「嘘」と「現実」を見分ける事は出来まい。
オカヤソファソのみんな!!オカヤソにファンレターを送ろう!!
235 :
りつ (律、×率):02/12/17 02:24 ID:uqdFieQl
>>229 ちょいと、克彦ネエさん。
>十分ほくを楽しませてくれ
「ほく」?
若い頃の作品から既に垣間見えていたこの孤独の裏返しとしてのノスタルジー
は、晩年、ギャグがなくなってゆくのにつれて、次第に強くなってゆきます。
その極めつけが、ぼくがプーランクの全作品中最も好きな「オーボエとピアノのためのソナタ」
死の前年、1962年に書かれたこの曲には、全くギャグも遊びもありません。
ただ、ノスタルジックな気分の美しさと、恐ろしく孤独な独白だけから成っています。
>233
そうだな・・・
人は嘘をついて、その嘘を隠す為に更に嘘をつく・・・
無限連鎖だ・・・まるで次から次へと借金するように・・・
・・・ん?もしかしてオカヤソはしゃっきんまみれ?
>>234 最早、彼に「手紙」と言う物は理解出来まい
第1楽章
懐かしいト長調で始まります。静寂に向かってオーボエが呼びかけピアノが
ト長調の主和音で8分音符を刻みながら答える。…なんと、ト長調な響きでしょう。
曲はセブン系の分散和音を加えて次第にメロドラマ風になってゆきますが、突然、
変ロ短調の透明な第2主題によって飛躍し、それが美しく遠隔のニ長調に移ったかと
思うと変ロ短調の別のテーマの孤独な影が少し差してくる。
少しとどまってから、恐ろしく寂しい中間部に入ります。
が、これは長く続かず、最初のト長調が再現し、ほんのしばらくの安堵に浸る
ことが出来ます。その後も、気分は、何回も不安定にゆれ動き、結局は、
ト短調で暗く終わってしまう。
ノスタルジックなト長調に昇華されている外見は、それと同じだけの恐ろしい孤独に裏づけされている。そのため、本来、底抜けに明るいはずのト長調が、ここではちっとも明るく感じられないのです。
…プーランク以外の誰も、こんな世界は表現できなかったでしょう。
そうだ・・・一つ聞きたいが・・・
あんた、自分のサイトでコンサート予定を書いてあるが・・・
本 当 に 開 催 す る の か ? !
御園のHPに逝ってもあんたのコンサート予定なんぞなかったぞ?
第2楽章
スケルツォ。三部形式の中間部はノスタルジーに満たされた美しいテーマですが、
前後のバカ騒ぎは、従来の茶目っ気タップリのものとは無縁の、気狂いじみた
ストイックなもので、いわば、全く肉体を伴わない世紀末の乱舞でもって、
聴く人の心を掻き回します。
>238
恐らく・・・既に文字と言うものを判読できるかどうかもあやしぃ・・・
第3楽章
ようやく、この3楽章の冒頭の2小節のピアノの和音によって、聴衆はノスタルジックな
世界に再び救われ、懐かしいテーマがオーボエに再現し、しばらく歌われます。
しかし、美しい一時もここまで!
クロマティックな装飾を伴ったピアノ伴奏の死の足音がついに、ついに、近づいて来る。
オーボエから、懐かしいテーマを否定的に激しく奪ってしまおうとする。
オーボエは、あの第1楽章の第2主題を思い出して美しさを取り戻そうとする
ものの、それも、ほんの一瞬の無駄な抵抗に終わります。
…すなわち、ピアノが死の足跡を刻みながらオーボエの孤独なつぶやきに
「複調で答え」、取り返しのつかない 「不協和音の後悔」のうちに曲を
閉じるのです…。
では、わたくしは
そろそろ休ませて貰います。
オカヤソ明日は(もう今日だけど)明日の
2ちゃんねらーに遊んでもらいな、
わたくしは暫く留守にします。
別にその間に遁走しても良いYO
そろそろ限界じゃないの?
まぁ、キミ如きどうでも良いが(w
孤独感にもいろいろありますが、このプーランクの晩年の孤独感の切実さは
恐ろしく深いものです。
ぼくは、この3楽章の終結をピアノで弾く度に、胸をえぐられるような痛み
を覚えてなりません。
人間、誰しも死ぬ時は一人ですし、ましてや作曲行為など、もともと孤独な
ものです。
他の作曲家たち、モーツァルト、ショパン、シューベルト、ブラームス、フォーレ、
ドビュッシーなども、最晩年、独特の境地の同じような作品を残しています。
が、これらは、芸術家の晩年にふさわしい、ある種の聖諦の境地にあって、
ある種のあの世の光的なものを発していて、まるで、天国で書かれたような
趣きがあります。でも、プーランクにはそれが全くない!
ただ、ひたすら孤独で暗く恐ろしい世界を覗き込んでいる!
なぁ・・・オカヤソ・・・あーた漏れの質問聞いてるか???????
コンサートは開くのかって聞いてるの!!
あ・・・ごめん、開催拒否されたんだっけ?(プ
250 :
珍満腹 ◆LpB0apFrxs :02/12/17 02:31 ID:1zZr9lcS
よう、岡田君。夜も遅いのにくだらないコピペに精が出るねえ。
きみ、どうやら、APAでも
過 去 の 汚 点
と見なされているようじゃないか。
つまり、きみが会員だったということは
A P A に と っ て は 不 名 誉 な こ と
なんだね。
事実、きみがいなくなってからのほうが活動が充実しているようじゃないか。
要するにきみは
単 な る 疫 病 神
に過ぎなかったということだ。
才能もなく、どこに行っても誰からも嫌われ、疎んじられるというのは、やはり脳に重大な欠陥があるのだろうな。かわいそうにねえ。はっはっは。
満腹さん・・・彼には何を逝っても無駄です・・・
すでに・・・既に彼は・・・うぅっ!!!!(泣
オカヤソもそろそろ
遁走だな、(w
おやすみ
こんな作品を残すなんて、たぶん、プーランクは、前述の作曲家たちよりも
ずっと、「現代人特有の精神的な弱さとデリカシーを具備した、大変な寂しがり屋
だったんだろうな。」それと、「彼はホモセクシャルだったから、一生独身でい
たからなのかもしれないな。」彼の魂は、決して天国に召されることなく、
最後まで現世に執着していたようです。
ここ、4年来、この痛々しいプーランクを一緒に演奏してくれるオーボエ奏者
を捜し続けていました。が、ようやくこのプーランクの孤独を察知している人
とめぐりあえ、最近、練習を始めました。が、何ということでしょう!
一回一回弾き終わる度に、ぼくのハートは、ボロボロに掻きむしられ、どんどん、
精神が削り取られてゆく。…しかし、いけないのはわかっていても、それに魅かれて、
小悪と官能の世界に落ちてゆく自分を、もう、食い止めることはできない。
255 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/17 02:34 ID:F3Em5P/Q
>252
ですな・・・私もそろそろ寝よう・・・
それでは・・・残った皆さん・・・廃棄物の処理は頼みましたぞ・・・
ドビュッシーが太陽ならば、プーランクは底知れぬ暗闇です。
プーランクのすべては、マイナー志向で否定的で、決して、ドビュッシーの
ように、多くの人に感動を与えたり、励ましたりするようなポジティブな効果
はあり得ません。しかも、客観的に眺めて、プーランクなど作曲技法上、
何の革新もなし得なかった、取柄のない人です。
258 :
珍満腹 ◆LpB0apFrxs :02/12/17 02:37 ID:1zZr9lcS
作 曲 も 素 人
ピ ア ノ も 素 人
文 章 も 素 人
学 歴 も 中 途 半 端
思 考 力 皆 無
言 語 能 力 皆 無
セ ン ス 皆 無
容 姿 醜 悪
経 歴 詐 称
無 職 無 収 入
駄 目 な 奴 は 何 を や っ て も 駄 目
ゼ ロ に な ん ぼ 掛 け て も ゼ ロ
あははははははははははははははははははは。
岡田君、きみ、もうこれ以上ないほどに社会の底辺だよな。あはははははははは。
しかも、ドビュッシーが大衆受けなど考えもせず自分の世界だけからスタート
しながら結局は時代の中心になっていったのに対して、現世に執着して
大衆的な発想のプーランクの本音は、ほとんどの人に理解されることはない
でしょう。…なんと言う皮肉…あと100年もすれば、音楽史の上から
プーランクの名前は消えているかもしれません。作曲技法上の欠点を指摘して、
彼をけなすことは誰にでもたやすくできることです。
しかし、プーランクのことを一人の作曲家として客観的に眺めることは、
ぼくにはもう、絶対に出来ません。ぼくはもう既に、彼の作品の演奏のため
なら、自分の作曲なんて捨ててしまってもいいくらい、プーランクが好きに
なってしまったのです。
『孤独とノスタルジーの果てまで』、
彼につきあってみようと思っています!!
262 :
珍満腹 ◆LpB0apFrxs :02/12/17 02:43 ID:1zZr9lcS
そうか、彼はもう・・・ううっ(w
では、おれも寝るか。岡田君、あとはせいぜいたった一人で、誰も読まない無価値な駄文をアップしつづけてくれたまえ。
はっはっはっはっは。
263 :
名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:02/12/17 04:19 ID:Zo0YB8rD
ヲカヤソ晒し上げ
おかやん、お前の音楽観やら批評やら駄文書くのもいいけどさぁ〜
もっとお前らしい文あるでしょ?オナニーとか自慰とかマスとか手淫とか・・・
そ〜ゆ〜のが似合ってんだよ。わかる?
265 :
珍満腹 ◆LpB0apFrxs :02/12/17 08:43 ID:vMpK5Emz
無駄飯食いの岡田克彦晒し上げ