【〒330-9799】さいたま新都心 Part.10 祝【REINA】

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日本の敗戦は一九四五であるが、その七年後の一九五二年四月二十八日にサンフランシスコ講話条約が批准され、日本は米国占領統治下を離れ独立国となり、同時に、日米安全保障条約が発効した。
406〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:24:08 ID:ei5yD/Yt
以来、日本は米国に国防を依存してもっぱら経済成長にして今日に至っている。
407〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:34:44 ID:ei5yD/Yt
その結果、こんにち国民の国家意識は極めて薄く、豊かさに溺れ、頽廃的な国家となっているのである。
408〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:39:01 ID:ei5yD/Yt
一方、中国は一九四九年に建国されたが、その翌年の朝鮮戦争、続くインドシナ戦争、さらに蒋介石率いる国民党政府軍との台湾海峡での戦争において、米国から何回も核兵器で威嚇された経験から
409〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:40:37 ID:ei5yD/Yt
「一皿のスープを皆ですすっても核を持つ、それを米国に届かせる」
410〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:41:51 ID:ei5yD/Yt
「ズボンをはかなくても原子力潜水艦を持つ」
411〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:43:00 ID:ei5yD/Yt
という軍事大国化をめざした。
412〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:46:32 ID:ei5yD/Yt
中国の建国当初から、「核をもとう」と決断していたのは、初代国家主席・毛沢東であった。
413〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:48:56 ID:ei5yD/Yt
「毛沢東が国家の総力をあげて核開発にと決断した背景には、核兵器に対する彼の鋭く、かつ確かな認識があった。
414〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:51:59 ID:ei5yD/Yt
毛沢東は核兵器の持つ軍事的政治的な意義、将来の中国の五十年、百年後における核保有の意義を明確に認識していた」と。
415〒□□□-□□□□:2006/05/18(木) 00:55:49 ID:ei5yD/Yt
それは毛沢東の「他人の侮りを受けたくなければ、原子爆弾を持たないわけにはいかない」(五六年・中共中央政治局会議)との発言からもわかる。