三橋は焦っていた。そのせいか歩くスピードもだんだん速くなる。
石橋をたたいて渡ると言うが、今はそんな悠長なことを言っている場
合ではない。とにかく早く家に帰りたかった。チカチカと光る電灯が
余計におのれの恐怖心を煽り出す。すたすた、ひたひた。風がびゅう
と吹く。 れん、と聞こえたのは空耳ではなかった。すたすた、ひたひ
た。 体中血の気がざあと引く。全身が総毛だった。こわくないよ。
誰かが呼ぶ声もこわくなんてないよ。もうすぐ家だから、大丈夫。自
分に言い聞かすのも精一杯だった。あと少し、もう少し。風が一際強
く体も持っていかれそうな程強く吹いた。全身が凍りついたように動か
ない。 渡されていたプリントがどさりと落ちた。ひたひた、ひたひた。
耳元にかさかさな唇の感触があった。じっとりとした空気の中で、ねば
りつくような吐息を耳のそばで荒く吐いている。肩に置かれた手はその
熱い息とはたいしょう的に、氷のように冷たかった。