【織田】振り返れば奴がいる Part.4【石黒】

このエントリーをはてなブックマークに追加
205名無しさん@お腹いっぱい。
ここは完璧な密室だぞ?と彼はにやりと口元を小さく歪めて笑いました。
この人のこの笑みは私が一番苦手な笑顔です、何か楽しい事を企むような怖くて分からない笑顔。
確かにこの書斎は今やこの人のテリトリーになってしまいました。
ここにある過去の死体解剖の死因の結果などを纏めた膨大な資料は、滅多にここに来て調べる事はありません。
だけどこの人はその書斎で色々な事をしているので、もう誰も近寄る事は珍しくなってしまいました。
黒川先生なんてこの人が居なくても書斎に行くのが少し嫌だそうです(煙草の匂いとか)
そう考えあぐねていた私に、この人は痺れを切らしたのか私の肩を思い切り掴んで引き寄せられました。
彼の・・・・・・・・・・・司馬さんの腕に私は何時の間にか抱きしめられていました。
私はこういうことが全然慣れていないので(っていうか初めてに近いので)凄くドキドキしてこの人を見ます。
だけど、彼は私の視線にも何も無いかのようにそのまま書類を読み始めたんです。
私を腕の中に抱いて、何も無かったかのように当然というように。
私は何とかその網羅から抜け出したくて恥ずかしくて彼の中でもがきました。精一杯。

「はなして、ください・・・っ」
「嫌、大人しく眠れ。俺から逃げれるわけねーだろうが」
「司馬さん・・・・っ!!恥ずかしいんです・・・・・////」
「暴れるな、それ以上暴れたらこの場でヤって無理やり意識飛ばさせるぞ」
「っ!!!!?」

頬を両手で包まれ思い切り向かされた視線の先には、本気で楽しそうな顔の彼が居ました。
本当に今度こそ大人しくしていないと私は駄目だと体全体で感じ取りました。
だから、ゆっくりと抜け出そうと振り上げた手を下ろして、恐る恐る彼の背中に腕を回してみました。
そんな私の行動に彼は「いい子だ」と呟いて小さく舌打ちをしました。

206名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/23 00:05 ID:c0A6B2eF
「いい子だけど今そうじゃなくても俺は別に良かったのにな」
「や、です・・・・・・」
「分かってる。眠れ、お前の体は最近休息をとっていない」
「何で、分かるんですかぁ・・・・・」
「医者だからだな」

尤もらしい理由を言われて私は納得するしかありませんでした。
抱きしめられてその上頭に彼の大きな手が置かれて、私は意識がうっすらと無くなって行くのを感じます。
それでも彼と離れたくなくて、私はきゅっと彼の服を握り締めてぼんやりと映る彼の姿に縋りつきます。

「1時間・・・したら、起こしてください・・・ね・・・?」
「分かった」
「ずっと・・・・いてくださいね?」
「分かってる、眠れ・・・・・・・・・・・・・・・・ひかる」
「はぁい・・・・おやすみ・・・なさい」

最後に聞いた彼の声が私の名前を唱えてくれた時、私の意識はがくんと急激に音を立てて落ちていくのを感じました。
ああ、私はこの人の声に安心して眠れるんだなぁと思って嬉しくなりました。
実は私は最近寝不足気味だったので眠れて嬉しいのです。
きっと私が眠っている間守ってくれていると信じて身を委ねます。

お休みなさい、司馬さん。
207名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/23 00:08 ID:c0A6B2eF
「え、今日帰って来れないんですか・・・・・?」
『ああ・・・悪いな。夜勤があるの忘れていた』
「大丈夫ですよ!!お仕事頑張ってくださいね?無理しないで下さいよ??」
『分かってる。お前の方こそ気をつけて帰るんだぞ?無駄な寄り道はするなよ』
「子供じゃないんですからぁ・・・・・・・!!」
『子供じゃないから言っているんだ・・・・』
「え?」
『何でもない、何か有ったら何時でも連絡しろ。じゃあな』
「あ、はい!!」
+教訓+

午後5時を示す頃。
カチャリと受話器を元に戻すとひかるはふーっと溜息を吐いた。
今日は久しぶりに検察が早めに終わって電話の主、司馬江太郎と食事に行く予定が有ったのだが。
運悪く今日が彼の夜勤日と重なっていたようだ。全く偶然でも神様は意地悪だ。
ひかるは最近忙しい司馬と出かけるのは久しぶりだからとても楽しみにしていた分ショックも大きく。
電話から離れた後も医務院の中で少し沈んだ顔で残りの仕事に向かう。

「楽しみにしてたのに・・・・」
「何が?」
「く、黒川さん!?」
208名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/23 00:11 ID:c0A6B2eF
「じゃ今日は天野にこうちゃんがどれだけアンタに甘いか教えてあげるわv」
「え?ええ?」
「ってことはいつもの所に行くの?」
「偶には居酒屋とか良いんじゃない?部長達も来るならね♪」
「ええ?ええええ?」
「お〜呑みに行くなら俺も行くぞ〜。なぁ?」
「私は別に構わないわよ」
「ってことになるから行くわよね?天野?」

とどめに憧れの杉が「奢ってあげるから」と珍しい笑みつきで言うもんだから。
「寄り道せず帰れ」という司馬の命令をすっかり忘れたひかるは「はいっ!!」と迷うことなく返事した。

短針が11を指す頃、司馬は1人部屋の中でパソコンのキーボードを叩いていた。
今日は急患が来る事も無い珍しい日で、やる事も無く暇していたのでフロッピーに纏めていた患者のリストに目を通していた。
こんな暢気な事は天真楼病院に居た時はやったことも無かった。
209名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/23 00:19 ID:c0A6B2eF
その頃は悪どい事も何もかも躊躇無く出来ていた、それは自分だけの問題だから。
しかしあそこを止めさせられ自分と正反対だったあの男が死に、病院を出たあと自分は刺され。
死を覚悟して受け入れたあの瞬間、自分は一筋の光に救われた。
自分とは正反対の白く無垢で無防備な少女。小さな存在が今の司馬を救った。
刺された後は面倒な事も色々有った。それでも自分はあの時生まれ変われたと感じている。
自分のこの冷徹な性格がいきなり変わるわけではないが、死を突き放し生を与えた少女だけには。
優しくあろうと思った。それが彼なりの今までの人生の生まれ変わりだと信じて。

その少女は今はもうすでに大人の女性をへと変化を遂げている。
自分よりも8歳年下の少女に心奪われた事は今は誇りに思っている。
それを他人に教えてやる義理は無いだろうけど。

キーボードを叩く手を止めて物思いに耽っていた自分に気付き司馬は溜息を付く。
どうも彼女の事を思うと周りが見えなくなってくる。
こんな自分に戸惑いを覚える事はもう無くなった。
出会った当初は何故と自問自答を繰り返して悪循環にはまっていたりしたのに。
そんな事さえ懐かしいと思えるほど自分は彼女に溺れて居る。
微かに口元を緩めた時、コンコンと忙しそうに扉を叩く音が響いた。