夜闌 香焚き、天を夢む

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581名無しさん@お腹いっぱい。
【15年前 長城のはるか北 蒙古高原】
見渡す限りの緑の大地を駆ける騎手が二人。
一人は壮年の男、もう一人はその子だろうか。
まだ幼いが負けん気の強そうな少年だ。
父は時々後ろを振り返る。息子がついて来ているか心配なのだろう。
懸命に鞭を振る少年。置いていかれてなるものか。
父は安堵の表情を浮かべ、また少しだけ馬を速く奔らせる。
この地に生きる民族の通過儀礼だ。

しばらく駆けた。いくつかのパオが見える。
ここが彼らの仮初めの集落だ。
大自然とともに生きる彼らには国境なんて概念は無い。
彼らは広大な蒙古高原を中心に北はバイカル湖、東は大海、西はカスピ海まで移動する。
そして南は……。

長老「よく無事に帰ってきてくれたな、ナチン・バアトルよ。」
----「キタド(中華)軍が長城を越えたという噂は本当だったのか?」
ナチン「ええ、長老。すでにキタド軍は長城を越え砂漠まで来ていました。」
-----.「何が目的かはわかりません。ですが、かなりの大軍でこちらに向かっています。」
長老「こちらに……。ということは標的はウイグル本国ではなくタタール(韃靼)もしくは我々か。」
----「もしやついにテュルク(突厥)を滅ぼすつもりだろうか?」
ナチン「それはわかりません。いずれにせよ早く手を打たないと……。」
582名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/04(火) 15:50:09
【15年前 長城のはるか北 蒙古高原】
見渡す限りの緑の大地を駆ける騎手が二人。
一人は壮年の男、もう一人はその子だろうか。
まだ幼いが負けん気の強そうな少年だ。
父は時々後ろを振り返る。息子がついて来ているか心配なのだろう。
懸命に鞭を振る少年。置いていかれてなるものか。
父は安堵の表情を浮かべ、また少しだけ馬を速く奔らせる。
この地に生きる民族の通過儀礼だ。

しばらく駆けた。いくつかのパオが見える。
ここが彼らの仮初めの集落だ。
大自然とともに生きる彼らには国境なんて概念は無い。
彼らは広大な蒙古高原を中心に北はバイカル湖、東は大海、西はカスピ海まで移動する。
そして南は……。

長老「よく無事に帰ってきてくれたな、ナチン・バアトルよ。」
----「キタド(中華)軍が長城を越えたという噂は本当だったのか?」
ナチン「ええ、長老。すでにキタド軍は長城を越え砂漠まで来ていました。」
-----.「何が目的かはわかりません。ですが、かなりの大軍でこちらに向かっています。」
長老「こちらに……。ということは標的はウイグル本国ではなくタタール(韃靼)もしくは我々か。」
----「もしやついにテュルク(突厥)を滅ぼすつもりだろうか?」
ナチン「それはわかりません。いずれにせよ早く手を打たないと……。」
長老と父、それから大人たちは何かを話し合っている。
少年にはまだ難しい内容だ。
父を待つのに飽きた少年は母や弟妹たちの待つパオへ向かう。
ただいまの挨拶もそこそこに草原の南の話をせがまれる。
少年は旅の思い出を面白おかしく、そして大げさに語った。
兄の冒険記を子守唄に弟妹たちは眠る。
母も食事の用意がある。少年の話ばかりを聞いているわけにもいかない。

まだ話し足りない少年。幼馴染の少女のパオに遊びに行く。
久しぶりに集落に帰ってきた少年の話を、少女は目を輝かせながら聞いた。
ずっと会っていなかったから、話に花が咲く。
少女はまだ見ぬ草原の南に想いを馳せ、少年はそんな少女を喜ばせようと話を続けた。

少女「いいなぁ。あたしも南に行ってみたいわ。ねえ、今度はあたしのことも連れて行ってよ。」
少年「まだ無理だよ。僕は父さんの後ろをついていっただけだもの。」
少女「うーん、それじゃあもう少しだけ待つわ。あたしたちがもう少し大きくなったら大丈夫でしょ?」
少年「もちろん!僕たちがもう少し大きくなったらボルテを万里の長城まで連れて行ってあげるよ。」
少女「やったぁ!約束よ。あたしとっても楽しみだわ!」

少女の嬉しそうな顔を見ていると、何だか誇らしい気持ちになった。
その1月後、ある晩。
少年の部族は大呉帝国によって滅ぼされた。
半年前、大呉帝国の国境を越えて生活していた部族がいた。
厳しい冬の寒さをしのぐためにその部族はより南へと移動していたのだ。
しかしそれは漢民族にとっては重大な挑発行為であり侵略行為だった。
怒りに震えた大呉帝国の地方官は直ちに上奏し、帝国軍の出動を要請。
朝議の結果、これを機に東突厥そのものを滅ぼすことが決定された。
長城を越えた帝国軍は、たまたま遭遇した集落を演習がてら襲撃したのだ。
それが少年の部族の集落だった。

父は部族の戦士として勇敢に戦って死に、母と弟妹たちは大呉帝国の兵士に殺された。
あの幼馴染の少女は幾人かの若い女性たちと一緒に連れ去られていった。
部族で生き残ったのは少年の他はわずか十数人だけだった。
その僅かな仲間たちも未だ同胞の無残な骸が転がり血も乾かぬこの草原をそれぞれに去っていった。
幼く身寄りのない少年はかつて父が教えてくれた北方民族の新たな盟主ウイグルを頼って西へ奔った。
少年にはそれしかできなかった。

そこで待っていたのは予想だにしなかった奴隷としての生活だった。
583名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/04(火) 15:51:17
ウイグルは大呉帝国と共同で東突厥を滅ぼし、新たな草原の帝国を築いた。
狡猾なウイグル商人に騙され、少年は奴隷としてウイグル軍人のもとへ売り飛ばされた。
屈辱の日々が続いた。
漢民族から見れば北方民族は全て同じに見える。
しかし実際にはテュルク系、チベット系、モンゴル系、ツングース系など様々な民族の混在する坩堝だ。
テュルク系の突厥やウイグルが草原の支配者であったこの時代。
モンゴル系部族出身の少年はその支配の対象でしかなかった。
負けん気の強い少年は湧き上がる怒りに必死で耐えた。
この頃から、少年はある志を胸に秘めるようになった。
【10年後 ウイグル首都 カラバルガスン】
ウイグル軍人「オイ奴隷、オ前ニ客人ガ来タゾ!労務ハ一旦止メロ!」
------------「客人ヲ待タセルノハ最大ノ無礼!急ゲ!」

主人が鞭を振り上げる。少年は慌てて馬の乳搾りを止めた。

ウイグル軍人「早ク来イ、ノロマ!」

横暴な主人の後ろを黙ってついていく。
平静を装っているがはらわたが煮えくり返っていた。
主人の向かった先には一人の恰幅のいい男がいた。
キタイ(契丹)人の服装をしているその男は商人だろうか。
自分はまた誰かに奴隷として買われていくのか。
奥歯がギリッと音を立てる。
だが。

クイルダル「久しぶりだね、坊ちゃん。よく無事でいてくれた。」
----------「覚えているかい?君の父さん―偉大なバアトル―ナチンの友人だったクイルダルだよ。」
----------「君がウイグルで奴隷民になっていると聞いてね。馬に鞭打って急いで来たんだ。」
----------「あれからの10年、キタイで商人として暮らしていたんだ。おかげで多少は裕福な生活を送れているよ。」

少年は思いもよらぬ同胞との再会に驚き、そしてこの10年の孤独と屈辱を思い返して涙した。
だがクイルダルの次の言葉に少年は絶望することになった。

クイルダル「君を我がカガンに献上しようと思う。」
----------「高名なバアトルの遺子にカガンは興味を持っているんだ。」

少年はウイグル軍人から二束三文で売られ、今度ははるか東方キタイへ連れて行かれた。
だが少年の予想に反してキタイでは奴隷として扱われなかった。
それどころかカガンの計らいで奴隷身分から解放され、カガンの小姓としての生活を約束されたのだ。
軍人たちからキタイの武芸や戦術を学び、長老からはキタイの生活様式を教わった。
日々成長していく少年の姿に、クイルダルは目を細めた。
少年はキタイへの道中、クイルダルを裏切り者と思ったことを恥じた。

それから5年が経った。
その時少年はすでに青年になっていた。
青年の名はテムジン。モンゴル族の誇り高き勇者ナチンの長男。
キタイの軍人の一人となった彼の眼は今、大草原と砂漠のさらに南を睨んでいる。
その視線の先には中華と北狄の境界、万里の長城がかすかに見える。

クイルダル「坊ちゃん、これ以上はまずい。早く戻らないとキタド人に見つかってしまう。」
テムジン「大丈夫さ、あいつらは馬の扱いが下手くそだからな。」
--------「俺たちに追いつけるわけがない。」
--------「……なあクイルダル。俺はいつかあの長城をぶっ壊してやろうと思ってるんだ。」
クイルダル「それはまた随分大きな夢だね。君はそんな大言を吐く人だったかい?」
テムジン「いや。今のは大言なんかじゃない。」
--------「あんなものがあるから、キタドなんて国があるから、いつまでも争いが無くならないんだ。」
--------「……俺は必ずキタドを滅ぼしてやる。」

かつてモンゴルという部族が草原にいた。
彼らは勇猛果敢な部族として知られていたが、15年前東突厥が滅亡する直前に大草原から忽然と姿を消した。
584名無しさん@お腹いっぱい。:2010/05/04(火) 15:52:23
だが誇り高き草原の戦士の血統は途絶えていなかった。
その瞳に宿る復讐と憎悪の猛炎は、キタイ、ウイグル、タタール、そして大呉帝国をも巻き込んでゆく……。

(前置きが長くなってすみません、以後は普通のレスに徹します。)
荒らすなクマッタ蛆虫
カガン「長城を越えてキタドに攻め入りたい、だと?」
テムジン「はい。昨年キタドは久々の豊作で農村も潤っていると聞きました。」
--------「これを奪い尽くせば我らの生活も豊かになりましょう。」
カガン「……テムジンよ。お主は優れた戦士だが少し短慮じゃな。」
------「今は西のウイグルと北のタタールで手一杯じゃ。」
------「とてもキタドを相手にしている余裕は無い。」
テムジン「では、せめてキタドの属国である渤海への侵攻をお許しください。」
カガン「テムジン、なぜそこまでキタドとの戦いを望む?」
------「父の仇をとりたい気持ちはわかるが、しばし待つのだ。」
------「よいな、テムジン。まずはウイグル、タタールへの防備に専念せよ。」
テムジン「……はっ。」

テムジン「クソッ、キタドめ。命数が伸びたことを神に感謝するんだな!」