◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう36◇◆◇◆

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1名無し草
ここは一条ゆかり先生の「有閑倶楽部」が好きな人のためのスレッドです。

前スレ 
◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう35◇◆◇◆
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1237730587/

お約束
 ■sage推奨 〜メール欄に半角文字で「sage」と入力〜
 ■妄想意欲に水を差すような発言は控えましょう
*作品への感想は大歓迎です。作家さんたちの原動力になり、スレも華やぎます。

関連サイト、お約束詳細などは>>2-7の辺りにありますので、ご覧ください。
特に初心者さんは熟読のこと!
2名無し草:2009/08/09(日) 14:09:18
◆関連スレ・関連サイト

「有閑倶楽部 妄想同好会」 http://houka5.com/yuukan/
 ここで出た話が、ネタ別にまとまっているところ。過去スレのログもあり。
 *本スレで「嵐さんのところ」などと言う時はココを指す(管理人が嵐さん)

「妄想同好会BBS」 http://jbbs.livedoor.jp/movie/1322/
 上記サイトの専用BBS。本スレに作品をUPしにくい時のUP用のスレあり。
 *本スレで「したらば」と言う時はココを指す

「有閑倶楽部アンケート スレッド」
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1077556851/
 上記BBS内のスレッド。ゲストブック代わりにドゾー。

「画像アップロード用掲示板」
 http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs.cgi?user=11881yukan2ch
 これまでの競作などに使用した暫定的な掲示板です。
 途中で消えることもあり。
3名無し草:2009/08/09(日) 14:10:33
◆作品UPについてのお約束詳細(よく読んだ上で参加のこと!)

・初回UP時に長編/短編の区分を書いてください。ネタばれになる
 場合を除き、カップリングもお願いします。

・名前欄には「題名」「通しNo.」を。

・未成年も見ているので、性的な描写は良識の範囲内でお願いします。
 18禁描写入りのものをUPする時は、エロパロ板の有閑スレなどを
 ご利用ください(姉妹スレではないので、先方で断りを入れてから利用)。

・最終レスに「完」「続く」などと書いてもらえると、読者にも区切りが分かり、
 感想がつけやすくなります。

・連載物は、2回目以降、最初のレスに「>>○○(全て半角文字)」という形で
 前作へのリンクを貼ってください。

・リレー小説で次の人に連載をバトンタッチしたい場合は、その旨明記を。

・直前に更新ボタンを押して、他の作品がUP中でないか確かめましょう。
 重なってしまった場合は、先の書き込みを優先で。

・作品の大量UPは大歓迎です!
4名無し草:2009/08/09(日) 14:12:09
◆その他のお約束詳細

・萌えないカップリング話やキャラ話であっても、 妄想意欲に水を差す発言は
 控えましょう。議論もNG(必要な議論なら、早めに別スレへ誘導)。

・作家さんが他の作品の感想を書く時は、名無しの人たちも参加しやすいように、
 なるべく名無し(作家であることが分からないような書き方)でお願いします。

・あとは常識的マナーの範囲で、萌え話・小ネタ発表・雑談など自由です。

・970を踏んだ人は新スレを立ててください。
 ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
 この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、490KB位で新スレを。

※議論が続いた場合の対処方法が今後決まるかもしれません。
 もし決定した場合は次回のテンプレに入れてください。
5名無し草:2009/08/09(日) 14:13:13
◆初心者さん・初投下の作家さんへ

○2ちゃんねるには独特のルール・用語があるので、予習してください。
 「2ちゃんねる用語解説」http://webmania.jp/~niwatori/

○もっと詳しく知りたい時
 「2典Plus」http://www.media-k.co.jp/jiten/
 「2ちゃんねるガイド」http://www.2ch.net/guide/faq.html

○荒らし・煽りについて
・「レスせずスルー」が鉄則です。指差し確認(*)も無しでお願いします。
 *「△△は荒らしだからスルーしましょう」などの確認レスをつけること。

・荒らし・アオラーは常に誰かの反応を待っています。
 乗せられてレスしたら、「その時点であなたの負け」です。
 詳しくは「■■ 注 意 ■■」を参照のこと。

○誘い受けについて
・有閑スレでは、同情をひくことを期待しているように見えるレスのことを
 誘い受けレスとして嫌う傾向にありますので、ご注意を。

○投下制限
・1レスで投下出来るのは32行以内、1行は全角128文字以内ですが、
 1レス全体では全角1,024文字以内です。
 また、最新150レスの内の15レス以上を同じIPアドレスから書き込もうと
 すると、規制に引っかかりますので気をつけてください(●持ちを除く)。
6名無し草:2009/08/09(日) 14:15:08
■■ 注 意 ■■

このスレには、「現実」と呼ばれる粘着荒らしが居ついています。
清×野嫌い、野梨子主役嫌いの清×悠厨で、短時間にレスを連投するのが得意。
好きな言葉は「過疎」。

上記の要素がある作品を投下した作家さんを攻撃し、感想を装った誹謗中傷を
繰り返しますが、全て一人の自演行為です。
乗せられてレスしたら、その時点であなたの負け。 スルーするようお願いします。

 || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
 || ○荒らしは放置が一番キライ。荒らしは常に誰かの反応を待っています。
 || ○放置された荒らしは煽りや自作自演であなたのレスを誘います。
 || ○反撃は荒らしの滋養にして栄養であり最も喜ぶことです。荒らしに
 ||  エサを与えないで下さい。.             ΛΛ
 || ○枯死するまで孤独に暴れさせておいて    \ (゚ー゚*) キホン。
 ||  ゴミが溜まったら削除が一番です。       ⊂ ⊂ |
 ||___ ∧ ∧__∧ ∧__ ∧ ∧_      | ̄ ̄ ̄ ̄|
      (  ∧ ∧__ (   ∧ ∧__(   ∧ ∧     ̄ ̄ ̄
    〜(_(  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い、先生。
      〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
        〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ
7名無し草:2009/08/09(日) 14:16:27
◆「SSスレッドのガイドライン」の有閑スレバージョン

<作家さんと読者の良い関係を築く為の、読者サイドの鉄則>
・作家さんが現れたら、まずはとりあえず誉める。どこが良かったとかの
 感想も付け加えてみよう。
・上手くいけば作家さんは次回も気分良くウプ、住人も作品が読めて双方ハッピー。
・それを見て自分も、と思う新米作家さんが現れたら、スレ繁栄の良循環。
・投稿がしばらく途絶えた時は、妄想雑談などをして気長に保守。
・住民同士の争いは作家さんの意欲を減退させるので、マターリを大切に。

<これから作家(職人)になろうと思う人達へ>
・まずは過去ログをチェック、現行スレを一通り読んでおくのは基本中の基本。
・最低限、スレ冒頭の「作品UPについてのお約束詳細」は押さえておこう。
・下手に慣れ合いを求めず、ある程度のネタを用意してからウプしてみよう。
・感想レスが無いと継続意欲が沸かないかもしれないが、宣伝や構って臭を
 嫌う人も多いのであくまでも控え目に。
・作家なら作品で勝負。言い訳や言い逃れを書く暇があれば、自分の腕を磨こう。
・扇りはあまり気にしない。ただし自分の振る舞いに無頓着になるのは厳禁。
 レスする時は一語一句まで気を配ろう。
・あくまでも謙虚に。叩かれ難いし、叩かれた時の擁護も多くなる。
・煽られても、興奮してレスしたり自演したりwする前に、お茶でも飲んで頭を
 冷やしてスレを読み返してみよう。
 扇りだと思っていたのが、実は粗く書かれた感想だったりするかもしれない。
・そして自分の過ちだと思ったら、素直に謝ろう。それで何を損する事がある?
 目指すのは神職人・神スレであって、議論厨・糞スレでは無いのだろう?
8名無し草:2009/08/09(日) 17:39:45
乙です!助かります。
9名無し草:2009/08/09(日) 20:07:12
>>1乙!
またおもしろい作品がたくさん読めますように。
止まってる連載の続きも待ってます。
10名無し草:2009/08/11(火) 06:07:00
お盆時、人がいないね・・・
11名無し草:2009/08/12(水) 12:27:57
コミケ前だから?
12名無し草:2009/08/14(金) 10:31:54
hoshu
13黄桜可憐に恋した男の長話・10:2009/08/16(日) 10:39:18
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1237730587/541-549 の続きです。

初めて女の肌に触れたのは、中学に入ったばかりの頃だった。
相手は入ったばかりのメイドで、20歳になったばかりだと言っていた。
女は、唐突に僕の部屋に入ってきて服を脱ぎ始めた。
あっけに取られた僕は逃げ出すことも出来ず、女のなすがままに服を脱がされ、
あっという間に関係を持ってしまった。女は、金目当てだった。

僕を溺愛していた母、百合子は、事実を知ると半狂乱で激怒した。
即行そのメイドを解雇し、今度は僕を徹底的に拘束し始めた。
目立たぬよう、男という性を感じさせぬよう、若者らしい行動を一切禁じ、
さらにメガネをかけ顔を隠し、できるかぎり野暮ったい服装をするように課した。
そして、できあがったのが、現在の冴えない僕ってわけだ。

母の努力の甲斐もなく、それでも女は僕に寄って来た。
いや、寄って来たのは僕ではないな。剣菱の金に、だ。
僕が望まなくとも、女は剣菱財閥の財産を目指してやってくる。次から次へと。
そんなわけで、高校に入る頃には、僕もいい加減女に慣れてきていた。
現在の秘書と仲良くなったのもこの頃で、ヤツと一緒に遊んだ。たくさんの女と。
母がああいう人なので、相手の女に被害が及ばぬよう家族には必死に隠してきたが。

だから僕は女性を好きになった事はない。
恋など一度もしたことはない。
まあ、それで不自由を感じた事もないので、何一つ問題はないけれど。

そんな僕に可憐はちょうどよい偽装恋人だった。
妹の友達で、セレブな世界に憧れているだけで、僕に何の期待もしていない女の子。
おかげで僕もさほど気を使わずにすむし、何より肉体関係を持つ必要ない。
これは僕にとっては、驚くほど画期的な出来事だった。

最低だって?
最低なんてもんじゃない、僕は腐りきった男だ。身も心も、何もかも。
14黄桜可憐に恋した男の長話・11:2009/08/16(日) 10:40:15
さて、ディナーの当日。
迎えにやった剣菱の車から降りてきた可憐は、少し奇妙な感じで歩いてきた。
すっかり忘れていた。……そういえば、捻挫したばかりだったな。

「足、大丈夫かい?そんな高いヒールはいてたら、痛いんじゃないのか?」
「平気よ、おしゃれに我慢はつきものだし」
「おいおい、我慢って」
捻挫の痛みを我慢してまでオシャレってするもんじゃないだろ?

僕はさっと腕時計を見つめ、時間を確認した。
「まだ時間はあるね。もっと履きやすい靴を買いに行こうか」
「買ってくれるの?!」
パアッと可憐の顔が輝く。
現金だなぁ。こんなに喜んで。
普段の僕なら、連れの女性がこんな風に喜んだら、嫌な気分にもなったかもしれない。
でも、可憐だと不思議に嫌ではない。むしろ無邪気さが可愛らしくさえ感じる。

なぜだろう?
あ、そうか。悠理にダンゴとか饅頭とかを買ってやる時と一緒だ。合点がいった。
事実、新しい靴は快適だったようで、可憐はイキイキとしはじめた。
饅頭を食う悠理のように。

その足でそのまま、僕たちは今日のディナーの場所へ向かった。
その場には秘書が先に着いてやきもきして待っていた。
「遅いぞ!『社長』」
「ああ、すまない。ちょっと野暮用で」

すると、僕の隣にいた可憐は前に進み出て、秘書に向かって頭を下げた。
「はじめまして、黄桜可憐です。よろしくお願いします」
15黄桜可憐に恋した男の長話・12:2009/08/16(日) 10:40:57
へえ、と関心した。
これまで僕の隣にいたような女は、僕の秘書などまるで目に入らぬか、自分の下僕のように扱うものなのに。
秘書も同じように思ったのだろう。ニッコリ笑った。
「はい、よろしくお願いしますね、可憐さん」

僕は可憐に聞いていた。
「君の家は、商売をやってるんだっけ?」
「ええ、宝石商よ」
「なるほどね」
その辺りこれまで僕と付き合った女の子たちとはちょっと違うかもな。
そもそも僕がこうして公の場所に連れてきた女は、一生仕事などすることないお嬢様ばかりだったし。
可憐にはこれが仕事だって意識があるんだろう。頼もしいことだ。

先方はもうすでに席について待っていた。
交渉相手は、カーネルサンダースのような恰幅の良い男だった。
優しそうなどこか間の抜けた感じもある、アメリカの良いオヤジといった風情だ。
僕は心の中ですっかり彼の事を「カーネル」と呼んでいた。

今回の取引は、彼の事業の一部門であるスーパーマーケットチェーンを、剣菱財閥が買収すると言う内容のもの。
剣菱には、全米各地に拠点を置く事が出来るというメリットがある。

「先日はご挨拶もせず退出してしまい、失礼しました」
僕がそう言ってあやまると、カーネルは大いに笑っていった。
「いやこの間のお2人はとても可愛らしかった。それでぜひ一度お話をしてみたいと思ったんですよ」
「お恥ずかしい限りで」
可愛らしい、ですか。カーネルほどの年配から見ると、確かに僕らは可愛いのかもしれない。
可憐に至っては孫ぐらいの年齢だろうし。
16黄桜可憐に恋した男の長話・13:2009/08/16(日) 10:41:38
「豊作さんは今回の取引対象が私にとってどれだけ大切なものか、ご存知ですかな?」
「ええ、あなたの事業の礎になった部門だと聞きました」
彼はスーパーを足がかりに、様々な分野に事業を広げ、一代で大富豪となった男だった。
しかし、企業として成功した今、スーパーは事業の一部門になってしまい、業績は低迷。
他部門の足を引っ張るほどになってしまった。
そこで、剣菱との買収話が沸いて出たというわけだ。

「実はこのスーパーは私の父親が始めた、街中の小さなドラッグストアが原点でしてな。
あの当時はまさかたった40年でここまで大きくなるなど想像もつかなかった」
「……そうですか」
「君には私がどれだけこのスーパーを愛しているのか、想像もつかぬまいね」
「いえ……」

おおっと、お涙頂戴の苦労話が始まるのか?
僕はこの手のおやじの昔話が好きではない。なぜなら苦労話という名の自慢話だから。
しかも一代で巨万の富を成し遂げた天才の、だ。
凡才の僕にはひたすらつまらない自慢話だ。どうやって欠伸を我慢するかの勝負だなー。
……などと、僕はかなり不敬なことを考えていた。

ふと、可憐に視線をやると、「よくわからない」といった風情でニコニコしている。
どうもさほど英語が得意ではないらしい。
これは丁度いい。
その場に通訳を用意してなかったので、僕は可憐にカーネルの話を通訳をはじめた。
これなら、この退屈な自慢話を受け流すのも楽だ。

カーネルの話はかいつまむとこんな感じだ。
彼の会社は元々、彼の父親がクズ同然の金を集めて始めた小売店だったそうだ。
彼がまだ学生の頃、その父親が死んだ。
それを機に、彼は学校を辞め、スーパーの経営に専念し始めた。
その後、激しい競争を経て、ついに全米すべての州に出店をかなえたのだ……
17黄桜可憐に恋した男の長話・14:2009/08/16(日) 10:42:22
まさに、アメリカンドリーム!すばらしいね!
僕は直訳そのままに可憐に話を伝えることに専念していた。(興味もなかったし)
しかし、話が佳境に入った頃、ふと可憐を見ると、ふるふると震えている?
「可憐?どうした?」
「うっ……う」
可憐はカーネルの顔を感動的に見つめ、涙を抑えた。
「ご苦労……なさったんですね」

いや、なぜ泣ける?!
……驚いた!僕は驚いたぞ!お涙頂戴のこんな薄っぺらい話で泣く女がいるとは!

あきれ果てる僕とは反対に、可憐の涙はカーネルを大いに満足させたらしい。
カーネルはさらに饒舌なった。なので、僕も慌てて通訳を続ける。
可憐は時に笑い、時に涙を流し、もう、のめりこむようにして話に聞き入っていた。
カーネルもすっかり警戒を解いたのか、満面の笑みで可憐に話しかけている。

すごいな。
たった一滴の涙で、一瞬のうちにこの財界の大物の心を開いた。
しかも、話せば話すほど、気に入られていくようだ。この娘……
僕はあきれを通り越して、可憐に感動すら覚えていた。

しかし、同時に僕には素朴な疑問が生まれていた。
だって奇妙だ。
カーネルは「いかに自分のスーパーを愛しているのか」を語っていた。
じゃぁ、なぜ日本に来た?なぜ愛するものを剣菱なんかに売ろうとしてるんだ?
そう思った瞬間、ふっと僕は可憐への通訳をやめて、カーネルに向き合っていた。

「では、あなたはなぜ、それほど思い入れのあるスーパーを売ろうとしてるのですか?
よりによって僕みたいな得体の知れない日本人に」
18黄桜可憐に恋した男の長話・15:2009/08/16(日) 10:43:04
すると、カーネルは初めて僕に振り向いた。
「やっと私と話をする気になったかい?『少年』?」
「え?」
すると、カーネルの柔和な笑みは消え、僕を射抜くような視線に変わった。
「言ったろう?オヤジがクズ同然の金から起こした会社だったと」
「ええ」
「クズが、巨万の富に化けるからさ。日本人の、冴えないメガネの少年の手でね」
そういったカーネルの顔には、もはや人の良いオジサンの面影はなかった。

カーネルは可憐にはニッコリ笑いかける。
「私はこの若いお嬢さんが気に入った。実にいい。だから、このお嬢さんをパートナーと
してここまで連れてきた君も、話をする価値がある人間なのかもしれないな。
とてもそうは見えないけれど……」
「…………」僕はあっけに取られて何もいえない。

「よし、『ビジネスの話』をしてやろう、少年」

チックショー!舐めやがって!
ディナーを終え、カーネルと別れた車の中で、僕はギリギリとつめを噛んでいた。
何度も「少年」呼ばわりされ、頼りない3代目だと舐めきった態度を取られたものの、
カーネルの「ビジネスの話」は、非常に有益なものだった。
僕がかつてない手ごたえを感じているほど、カーネルの言葉のひとつひとつには価値があった。
それがまた腹立たしい。

イライラと無言でいると、隣に座っていた可憐が僕に突然謝った。
「今日はごめんなさい」
「え?」
「お話の途中で泣いちゃって」
「いや、全然。むしろ感謝してるほどだよ」
19黄桜可憐に恋した男の長話・16:2009/08/16(日) 10:43:47
すると可憐は一拍おいてからつぶやいた。
「あの方もお父様が亡くなって苦労したって言ってたでしょ?アタシも子供の時、
パパをなくしてるから、色々思い出しちゃって」
「そうだったのか……苦労したんだな」
「ううん、アタシは全然苦労なしよ。でも、ママが大変だったのは知ってる」

娘を聖プレジデントに入れられるぐらいだ、可憐の母は宝石商としてかなり成功しているのだろう。
それでもきっと、女一人では、娘にはうかがい知れぬ苦労もあったはずだ。
思わず僕はしんみりとしてしまった。

すると、その場の空気を払拭するように、可憐は言った。
「だからアタシは、玉の輿に乗るのよ!絶対にアタシより長生きするお金持ちを見つけるの!」
「可憐より長生きするって難しくないか?金持ちは大抵年寄りだ」
「だから、二代目とか三代目とかの若いおぼっちゃまを狙うのよ!」
「やめとけ、狙うなら一代目を狙え。二代目三代目は知ってる限りロクなのいない」
「あら?豊作さんみたいに?」
僕は苦笑いをした。確かに僕はロクな三代目ではない。

でもなるほど。
可憐の玉の輿願望は、親の苦労を見てきたゆえなのか。
ちょっと前まで婚約者だった女も、家のために僕に「身売り」しようとしてした。
玉の輿願望がある女は皆、こんな風に悲しみを背負っているのかもしれないな。
20黄桜可憐に恋した男の長話・17:2009/08/16(日) 10:44:28
「でも、アタシだったら、絶対にスーパーを売らないわ」
可憐はふっとそう言ってから、口を押さえた。
差し出がましい事を言ったと思ったらしい。

「いいよ話して」僕が促すと、可憐は続けた。
「だって、あれほど好きだったお父様が始めた形見のスーパーでしょ?しかも自分の手で
大きく育てて……。アタシならぜーったい売らないわ。最後まで手元に残す」
「でも、そこを割り切れるのがアメリカ人って事なんじゃないかな?」
「だって、豊作さんだったらお父様の大事にしたもの売れる?会社はもちろん、畑とかも手放せる?」
「よほど問題があれば……」

と、答えようとして、僕は黙った。
そうだ。可憐の言うとおり、僕だったら父の大事にしたものは最後まで売らない。
売るとなったら、よほどの事態だ。

……と、いうことはカーネルには「よほどの事態」が起きてるということか?
表面には出ていない、何かがあるのか?
僕はその場で即行秘書にメールを打ち始めた。調べなおしてみる価値はありそうだ。

ふと、可憐の横顔を見た。
今話していたことなど忘れたかのように夜の街に見入っている。
自分が今、どれほど重要な事を言ったのか、全くわかってないようだった。

うちの悠理の友達でいるだけあるな。やっぱり変わった娘だ。

これで何か出たら、可憐の手柄だ。

(つづく)
21名無し草:2009/08/16(日) 21:24:56
>>黄桜可憐に恋した男の長話
情にもろい可憐が可愛いですね。
しかし、豊作さんて一癖も二癖もあっておもしろい。
続き待ってます。
22名無し草:2009/08/16(日) 23:20:25
>黄桜可憐に恋した男の長話乙です。
ちょっと情緒が成長してなさそうな豊作さんが可愛いです。
豊作さんって原作であんまり出番ないから妄想しがいがありますよね。
続き待ってます。
23名無し草:2009/08/17(月) 11:17:00
可憐に関わった人達が
心を開いていくところが素敵だ。
いい子だよね〜。可憐。
24不埒な僕ら:2009/08/18(火) 21:03:08
短編(美×可)2レス

「なんで美童がここにいるのよ」
「可憐こそ、何してんだよ」
「あたしはあそこの彼とお食事」
「僕はあっちの彼女とお食事」
「…………」
「…………」
2人で顔を見合わせ、一瞬無言になってから、同時に言った。

「「じゃあ、なんでこんなところに隠れてんの?」」

僕たちがいるのは、近頃話題のちょっとシャレたレストランだった。
そのレストランの柱の影に、なぜか2人して隠れていた。

「あたしの相手、どうも今日、指輪持ってるみたいなのよね……。
あたしはそんな気全然なくって、どう逃げ切ろうかと思って」
「実は僕は、他の女の子の存在があの子にばれちゃって。彼女思いつめててね。
ぶっちゃけちょっと怖くって」
「同じ穴の狢って事?」
「どうする?」

可憐と僕とは揃って柱の影に収まるように、抱きしめあうように話していた。
いくら相手が可憐とはいえ、こんなに密着するのは珍しい。
それで僕は妙な気分になってくる。
可憐ってこんなに可愛かったっけ?
25不埒な僕ら:2009/08/18(火) 21:03:49
僕は可憐の腰を抱いて、体をさらに密着させる。
すると、可憐は抵抗せずに僕の瞳を覗き込んだ。
「なにするつもり?」
「いや?可憐が色っぽいから」
「ふうん?感じちゃった?」
可憐は僕の首に腕を絡めてきた。可憐もまんざらでもないらしい。

「あたしね?」可憐が首をかしげ上目遣いに色っぽい視線で言う。
「美童の腕の中が一番安心するわ。それがいつも不思議」
「なぜ僕たちは恋人同士にならないんだろうね?お互い好きあってるのに」
「そうね……」
可憐が僕の顔をじっと見つめ、すうっと唇を寄せてくる。
なので僕も少し首を傾けて、その唇を迎えようとした。
あと一瞬で触れ合いそうな刹那……

「ナイわ〜」
「ナイね〜」
ほぼ同時に、そう言った。

「「じゃあっ!健闘を祈るっ!」」

それで、2人同時に威勢良く手を上げて、不埒な僕らは右と左に別れたのだった。


(終)
26名無し草:2009/08/18(火) 21:13:51
>不埒な僕ら
いいなーこういう関係w
凄く好きです。
27名無し草:2009/08/19(水) 19:18:36
競作のお題でる?
28名無し草:2009/08/20(木) 15:09:33
>不埒な僕ら
すんごいツボな作品でした!
親友以上恋人未満な関係がかっこいいですね。
29名無し草:2009/08/20(木) 16:23:40
>不埒な僕ら
美童って客観的に見れば、超美形で背も高くてスタイルも良くて
テニスや乗馬が得意だから、それなりにがっしりしてるだろうし
(細マッチョ?)
本当は上質の凄くイイ男なんだよなぁ

密着したら可憐でもドキドキしたり感じたりしそうだw
30名無し草:2009/08/24(月) 00:30:48
前スレ落ちたみたいだね保守
31名無し草:2009/08/24(月) 17:13:16
ほしゅ
作品待ち
32名無し草:2009/08/24(月) 17:27:42
もっともっと美悠カモン!
33黄桜可憐に恋した男の長話・18:2009/08/25(火) 07:22:39
>>13-20の続き

『カーネル』のこの来日は、日本の経済界の社交を活性化させていた。
会食、ディナー、パーティなどが各所で開かれ、僕はその都度可憐を呼んだ。
カーネルのお気に入りで、しかもとびきり若く可愛い女の子。
そんな可憐はどこへ行っても人気で、実によい相棒だった。
こうした場では僕自身も若すぎるほど若いワケで、可憐はオジサンたち……もとい、
財界人と会話する上での潤滑油として大活躍してくれた。

しかし可憐のとてもまだ高校生とは思えない見事な立ち回りに、僕は舌を巻いた。
大いなる好奇心を持って、人の話に相槌を打ち、ビジネスの話になるとスッと引く。
玉の輿に乗る努力をしていると言うのはダテじゃないらしい。

「君は本当に玉の輿に乗れるかもな」
「まぁ、ありがとう!だったら豊作さん、アタシに誰か素敵な人紹介してよ」
「いいけど、カカア天下になりそうだ、という注意書きが必要だな」

そうはいいながらも、可憐といる事で少なからず僕も影響を受けていた。
『人の話をちゃんと聞くこと』
それは可憐から僕が学んだ事のひとつ。
まさかそんな基本的なことを、高校生の可憐から教わるとは夢にも思わなかったが。

カーネルとのディナーの時もそうだったが、可憐はどんなにつまらなく退屈であっても、
財界のオヤジたちの話をしっかりと聞いた。
そして、その退屈な話の中に、ひどく重要な事柄が隠れているのを発見したりする。
可憐は人の話を聞き出す天才だ。
なのに本人も周りも、その天才ぶりを全く分かってないのが、さらにすごい。
玉の輿より女スパイの方が向いてるんじゃないだろうか?
とにかく僕は大事な話をいかに適当に受け流していたかを思い知った。
僕を反省させた、それだけでも可憐は大したものだと思う。
34黄桜可憐に恋した男の長話・19:2009/08/25(火) 07:24:07
そんな調子で、可憐との付き合いは、あくまで社交の場が中心だった。
僕たちが2人きりになる時間はごく僅かな偶然の産物でしかない。
だからこそ、そんな時間が色濃く心に残る。

例えばその日、僕たちは夜の首都高を走っていた。
「すごいわ」
「なにが?」
「夜景よ。すごくキレイ」
湾岸の大きな橋を渡ると、キラキラとした東京の街が迫ってくる。
一瞬満天の星空の中に突入していくように錯覚するが、入ればただのビルの林で興ざめだ。
こんなもん別に珍しくもない。
とは思ったが、口に出すのは辞めた。
無邪気に窓を開けて街を眺める可憐の瞳があまりにも輝いていたから。
景色には興味はないが、可憐のこんな顔には少し興味がある。
僕は時間を確認していった。
「ちょっとだけ時間あるから、埠頭の方に寄ってみようか?」
そこは、東京の街が良く見える公園で、ちょっとしたデートスポットだった。
カップルばかりの中、可憐と2人並んで歩いた。
「こんなところあったのね」可憐は景色に夢中になっていた。
僕は夜景ごときでロマンティックな気分には到底なれない。
だからこんな風に感動できる可憐の瑞々しい感性が少し羨ましくもある。
「ほら、段差あるぞ、気をつけて」
手を差し出すと、可憐の白い手が僕を頼ってくる。
僕たちは、手をつないだ。少し照れくさい。
可憐の手は思いがけず柔らかくて、僕よりもだいぶ小さかった。

段差を越えた後も可憐は何気なくそのまま僕の手を握り続けていた。
「手、つないだままでいいのか?」
「え?」可憐は手をつなぎ続ける違和感に感づいてないようだった。
ま、いいか。
それで僕たちは再び車に乗るまで、手をつなぎ続けていたのだった。
僕と可憐はこんな風に、自分たちも気づかぬうちに少しずつ、距離を縮めていた。
35黄桜可憐に恋した男の長話・20:2009/08/25(火) 07:25:06
しかし、こんな僕たちを快く思わない人もいた。
その人が僕を嫌がるのも当然といえば当然だが。

「キザクラアキコ様という方が、名前を言えば分かるといらしてますが……」
受付の女の子が戸惑いの声で連絡してきた。
「なんだっけ?どこかで聞いた名前」秘書が頭をひねった。
「キザクラって……。ああっ!可憐のお母さんだ!す、すぐお通しして」
僕は慌てて身なりを取り繕った。

可憐の母親は、僕のオフィスに入るとキッパリといった。
「初めまして。単刀直入に言いますと、説明をいただきたくって参りました」
「はいっ」僕は思わず姿勢を正してしまう。
「うちの娘を夜な夜な社交の場に連れ出して、一体どういうことなんでしょうか?
可憐に聞いても、要領を得ないことばかりで。何でも、偽装恋人?とか」
「いや、実際その通りで……」
僕はしどろもどろになりながら、偽装恋人に至る事情を説明した。
「そんなわけで、お嬢さんをお借りしてます。申し訳ないです……」

可憐のお母さんは、はあ、とため息をついた。
「うちのお客様から、可憐が剣菱のご子息とお付き合いしているらしいと聞いた時は、
腰が抜けるほど驚いたんですけれどね、そういうことでしたのね……」
そして、僕をにらみつけ、キッパリといった。
「失礼ですが、剣菱財閥の跡取りという立場の方がなさるような事だとは思えませんね」
「す、すみませんっ!」
「あの子がまだ未成年だという配慮が全くない。しかも、偽装関係を解消した後の
あの子の立場も考えてくださっていない。将来的な汚点になりますよね?どうしたって」
「……あ……」

汚点。
そうだ、それについては全然考えてなかった。
36黄桜可憐に恋した男の長話・21:2009/08/25(火) 07:26:26
「ま、これだけ噂になってしまっていたら、今更どうしようもありませんけれど。
少なくとも、今後は節度あるお付き合いをお願いしますわ」
「はい……本当に申し訳ありません」
僕は、深々と頭を下げた。

何も言えなかった。可憐を軽々しく扱っていたのは確かだったから。
僕は可憐の先のことなどひとつも考えていなかった。
そればかりか金で関係を解決できる軽い立場の女の子だと思っていたのだ。
こんな風に母親や可憐を傷つけるなどと考えることなく。

それでも僕は可憐を手放すつもりは全くなかった。
僕はすっかり可憐を好ましく思っていたから。
身なりは派手で、口調もスレた感じ。しかし、実は素直で瑞々しい感性を持った女の子。
妹の友達という気楽さも新鮮で、可憐に会うのはささやかな楽しみになっていた。

「最高責任者」という人生最大の危機と必死に戦っている僕にとって、可憐の存在は
カンフル剤のようなものだった。
そんな僕に秘書はあきれていった。
「高校生の女の子に会うのが楽しみって。豊作、実はロリコンなんじゃね?」
「っていうか、たぶんアイドルの追っかけの気持ちに近い。見ているだけでも幸せ」
「うわ、わびしいな〜。俺ならベッドのお楽しみがない女なんて、どーでもいいけどね」
秘書はそう事も無げに言うと、仕事の話に入った。
「明日から交渉開始だ。先方は13時に剣菱本社にやってくる。
お前はとりあえずこの情報を頭に叩き込んでおけ。あとパソコンを立ち上げとけ。
会議の状況によって、必要な情報はその都度俺がお前に送るから」
「OK」
秘書は、男としては最低だが、友人として部下としては、実に頼りになる人間だ。

こうして、剣菱とカーネルの本格的な交渉がついにはじまった。
37黄桜可憐に恋した男の長話・22:2009/08/25(火) 07:28:20
僕は剣菱財閥のお偉方を従えて、立派なお飾りとしての役割を果たすべく、交渉の席の
中央に座っていた。
座っていた。
座り続けていた……。

「なんで、また13時がやってくるんだよ……」

交渉が始まったのは、昨日の13時だった。そして今、驚きの13時。
なんと、交渉開始から24時間経過してしまっていた。

会議にいる全ての人間は、もはやボロくずのようにぐったりなっている。
カーネル以外は。
と、いうのも、カーネルが一歩も引かないからだ。
この一日でカーネルは、かなりワンマンだということがわかってきた。
カーネルの首脳陣たちが事態を収拾しようと妥協案を提案をしても、カーネル自身が
わざわざ跳ね除けたりしている。

おかげで、どちらの首脳陣もぐったり疲労困憊だ。お互い年寄りばっかりなのに。
オジイサンたちが初回の交渉からこんな無理して大丈夫だろうか?
ああ、畜生。眠い。辛い。疲れた。
誰もがぐったりする中で、カーネルばかりがバカみたいに元気だった。化け物のような体力だ。
うちのオヤジみたいだ。これだから、天才で偉大な奴はキライなんだ!

僕の寝ぼけた頭に浮かんだのは、可憐の顔だった。
会いたい。会いたいな。あの子の顔が見たい。声が聞きたい。
今、可憐に「頑張って」とか「大丈夫よ」とか言われたい。おお、かなり弱ってるな。

いや、弱ってるのは僕だけではない。もうこの場にいる皆が限界だ。
なのにカーネルはここにきてめちゃくちゃな事を言い始めた。
「だから、初めに私が言った案が一番だ」と。
38黄桜可憐に恋した男の長話・23:2009/08/25(火) 07:30:19
それは、話し合いの論点を、昨日の13時の時点に戻すものじゃないか!
両社のお偉方たちの顔が、絶望に染まった。

さすがに頭に血が上った。畜生、まだ続ける気か!
僕は衝動的に立ち上がった。
そして、大きな声でカーネルに怒鳴った。だってもうヤケクソだ。

「このクソオヤジっ!!今日はもう帰れっ!!」

僕は怒鳴ると同時に、その場にあったノートパソコンを投げつけていた。
こんな時ばっかり僕のコントロールはいいらしい。それはカーネルの顔に見事ヒットした。

そして、交渉は決裂した。

……ああ、ここはどこだ?
部屋がザワつくのを感じて僕は目が覚めた。
ここは、社長室。僕のオフィスだ。
時計を確認すると、もう18時だった。
いつの間にか、ソファーで寝てしまっていたらしい。

「ニュースで見て、心配で来ちゃいました」
可憐の声がした。秘書となにやら話しているらしい。
ニュース?
ああ、交渉が決裂したのが、TVで流れたか。
それで、可憐はわざわざ心配して会社までやってきてくれたのか。

あの後、カーネルは激怒し帰って行き、僕は人生で初めて重役たちにしこたま怒られた。
お偉方にしてみれば「お飾り」にすぎない僕が交渉をぶち壊しにしたわけで、怒り心頭だろう。
おっさんたちの怒りは最もだが、知った事か。
自分たちだって、あの場はもう限界だっただろ?僕が最悪の方法で収拾つけてやっただけだ。
39黄桜可憐に恋した男の長話・24:2009/08/25(火) 07:31:49
僕はぶっ倒れていたソファーから身を起こし、可憐に手を上げ挨拶した。
可憐は体のラインを強調したグラマラスな服を着ていた。それは確かに似合うけれど、似合わない。
そんなに胸を強調する事ないのに。
僕は秘書がひっそりと視線をそこに送っているのを見逃さなかった。
いかんいかん、可憐が危ない。

「可憐」僕は可憐を呼び寄せた。
可憐がソファーに寄って来た。
「うわぁ、ヨレヨレね!何があったの?」
「カーネルと24時間耐久レースです」
「なによ、それ?」
「24時間交渉を続けて、結局、僕のせいで決裂したわけで」
「豊作さん何をしたの?」
「怒鳴りつけて、モノを投げつけ『帰れ』と言った」
「まさか!豊作さんが?」

秘書が気を利かせて、オフィスから出て行った。
可憐と僕はあくまで「偽装」の関係で、何もしないって言ってんのに。
まぁ、今の可憐の姿は確かに「社長の愛人」風だけど。
でも、可憐が来てくれて嬉しい。昨日から、どれだけこの顔を見たかったことか。
「心配して来てくれたんだ、ごめん」
そう言うと、可憐は優しく首を振った。
「豊作さんが頑張っていたの知ってるもの。知らん振りできないわ」
今、一番言って欲しかった言葉を、可憐が言ってくれた。
「ありがとう」
僕は心から感謝の言葉を言った。
一番いて欲しい時に、一緒にいてくれてありがとう。

少し元気が出たら、腹が減ってきた。そういえば、昼飯を食べてない。
「あー、腹が減った」
「そう思って、作ってまいりました」可憐がかしこまっていった。
「といっても、簡単なパウンドケーキなんだけど。食べる?」
40黄桜可憐に恋した男の長話・25:2009/08/25(火) 07:34:04
「可憐が、お菓子を作ってきた!?」正直、驚いた。
「何か気の利いた手土産を持って来ようと思ったんだけど、本気で思いつかなくって。
豊作さん、美味しいもの知り尽くして飽きてるでしょ?だからあえて手作り!」
うん、一番嬉しいお土産かもしれない。僕は喜んでいただくことにした。

可憐が作ったと言うそれは、不恰好だけどふんわりと甘くて、とても素朴な味がした。
「うん、美味しい。女の子の手作りって食べるの初めてかもしれない」
「あら大事な『初体験』がコレで悪かったわね〜、可哀想に!」
可憐はコロコロと笑った。

いい笑顔だな。本当に落ち着く。
この子が本当に「奥さん」だったら、幸せだろうな。

……って、何を考えてるんだ、僕は!
まだ高校生だ。しかも妹の友達だ!
オフィスに平然と手作りケーキを持ってくるような子供だぞ?
僕は疲れてる。いかんいかん。

可憐が僕に尋ねた。
「交渉、豊作さんがブチギレるって、よっぽどだったんでしょ?」
「うん、まあね」
そこで、僕は可憐にわかるように昨日の会議の一部始終を話した。
「やっぱり売りたくないのかしら?」
「え?」
「論点を蒸し返すなんて、やっぱり売る気ないんじゃないかしら」
「ああ、この前のオヤジの大事にしたものを手放せるか?って話かい?」
「だって、あちらの首脳陣は話を進めたがってるんでしょ?抵抗するってちょっと変よね?って思って」

やっぱり、可憐もそう思うか。実は僕もそう思っていたところだ。
可憐と一緒に行ったディナーで気付いた、カーネルのスーパーに対する執着。
今、僕にはそれが重要な意味を持つように思えていた。
剣菱のお偉い方はもちろん、ひょっとするとカーネルサイドの重役も重視していない事だが。
41黄桜可憐に恋した男の長話・26:2009/08/25(火) 07:35:22
こうやってまとまってない考えを整理するのにも、可憐は役に立つ。

やっぱり、あの会社には表面に出てない何かがある。
だから、カーネルの心証はともかく、会社としてはこの交渉を辞める事はないはずだ。
きっとまだ、やり直すチャンスはある。
粘ってやる!

僕はとっさに、立ち上がって秘書に電話をかけていた。
「あの会社の内部調査の結果はまだか?荒くってもいいから、なるべく早く欲しい。
あと、ブレーンたちと今後の話がしたい。明日朝早く、集まるように言ってくれ」

電話を置くと、今日相手が提出した資料に向かった。資料に穴がないかチェックだ。
きっと、突破口はある。
「じゃ、アタシ帰るわね」可憐の声がした。
「あ……」
可憐の事を一瞬忘れていた。
「ちょっと待て!一緒に食事にでもいかないか?」
「アタシの事はいいわよ。やる気が戻ってよかった」
そう言って、可憐はドアに向かい、振り向きざまチュッと投げキッスをくれた。
「じゃ、がんばって」

僕は思わず苦笑いだ。
可憐は投げキッスが実に様になる。だが、それは可憐本来の姿からはほど遠い。
本当は、あんな気取りのないお菓子を作ってしまう女の子のクセに。
不恰好で素朴な味のケーキは、僕には可憐の人柄を表しているように感じられ、
なんだか幸せな気分になった。
可憐の置いていったケーキをぽんと口に入れると、僕は気合を入れた。
「よし、仕事だ」
そして、僕は一発伸びをしてから、大量の資料と格闘し始めた。

僕の中で可憐は、鼻もちならない女から、名前の通り可憐な少女へと、
すっかり姿を変えていた。
42黄桜可憐に恋した男の長話:2009/08/25(火) 07:36:28
黄桜可憐に恋した男の長話
つづきます…
入れ忘れた、すません
43名無し草:2009/08/26(水) 00:02:33
やべぇ、兄ちゃんかっこいい。

続きお待ちしてます
44名無し草:2009/08/26(水) 08:09:19
>黄桜可憐に〜
漫画ではちょこっとしか出てない兄ちゃんだけど、なんか等身大なかんじでいいですね。
あの万作さんと百合子さんの息子だもんね。
続き楽しみに待ってます。
45名無し草:2009/08/28(金) 08:27:24
保守
46名無し草:2009/08/28(金) 12:35:51
人が少ないようですが、秋のころを目指して競作話を進めてみませんか〜?
私、参加は初めてなんですが、初めてだけにやってみたい。
前回はこんな感じ?

投稿期間は2週間
8レス以内の短編小ネタ
お題が3つ

個人的には今回もこんな感じでいいと思いますが、いかがでしょう?
47名無し草:2009/08/28(金) 17:21:00
賛同がいないってことは皆やる気がないんでは
普通の投下でいいんじゃね?
48名無し草:2009/08/28(金) 17:46:08
嵐さん、更新どうもありがとうございます!

そして、自分は46さんに同意です。
60万ヒットももうすぐですしね。
競作が決まれば、参加できるよう頑張ってみます。

49名無し草:2009/08/28(金) 19:52:42
ほんとだ、更新来てる。
嵐さん、いつもありがとうございます。

60万ヒット記念、良いね。
競作するなら参加予定です。

前回のような三題噺も楽しかったけど、従来のように1つのお題でも良いと思う。
期間やレス数については>>46>>48に同意。
50名無し草:2009/08/29(土) 05:13:26
少なくとも3人は参加者がいるね。
前回も開催まで冬立ち上がって、春開催だったようだし、
のんびり参加者つのりながらいきますか。
お題は1つでよいと思います。
私は3つあったら3つ書くと思うけどw
お題、カプにする?テーマにする?
51名無し草:2009/08/29(土) 05:33:00
遅ればせながら、嵐さんいつもありがとう!
52名無し草:2009/08/29(土) 13:34:32
お題、自分は3つでも1つでもいいけど、1つの方が決まりやすい気がする。
自分も、3つあったら3つ書きそうだけどw

カプっていうのは、特定カプを決めるってことですか?
53名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 06:21:23
>>52
それもありかと思ったんだけど、やはりカプを決めるのはやめたほうがいいかな?
じゃ一つのテーマということで。
54名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 10:34:30
>>50
カプ固定ならお仲間とサイトでやれば?ってかんじ
55名無し草:2009/08/31(月) 00:52:59
じゃお題決めなきゃ
あ、その前にひとつ?みっつ?
56名無し草:2009/08/31(月) 00:54:38
あ、ごめん一つだったね
57名無し草:2009/09/01(火) 05:26:01
お題、提案行きます。

映画

既存の、できれば多くの人が知ってる映画をテーマに。
ストーリーが映画に影響された内容でもいいし、
単にその映画のタイトルが出てくるだけでもいい。
タイトルに映画のタイトルを入れる。
58名無し草:2009/09/01(火) 12:22:33

「映画」、自分はいいと思います。
「誰もが知っている作品」を考えるのが難しそうでもあり、
それを考えるのが面白そうでもある。

その場合、小説、漫画、アニメドラマが原作の映画もいいのかな?
(今、そういうの多いから)
また、タイトルの一部である名前を変えるのはアリ?
(例:となりのトトロ→となりの清四郎、みたいな)

ちなみに、自分が何となく考えていたのは「部屋」。
ミステリー、ホラー、SF、恋愛からHっぽいのまで幅広くいけるかな、と。
ただ、下手すると同じ様なシチュになりそうな気がしなくもない。
59名無し草:2009/09/01(火) 12:45:26
>>58
「誰もが知ってる映画」になっちゃうと、難しいから、
コアな人しか知らないような映画でなければ、そこそこ知られていればいいと思います。
世代によっても、知る知らないもあるだろうしねー

「部屋」でもいいかも。
60名無し草:2009/09/01(火) 13:29:10
続きマダァ-?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
61名無し草:2009/09/01(火) 14:14:25
「映画」にするなら、既存作品のオマージュ・パロディ的な使い方だけじゃなくて、
「映画」そのものがキーワードになってればOKにした方が、集まる作品の幅が
広がるんじゃないかな。
例えばだけど、既存作品名を出さずに普通に映画デートするような話でも良いし、
自主制作するような話でも良い、な感じではどうだろう。

で、お題の提案は「果実」。
ただ単に、そろそろ秋だなぁという発想からなんだけど、結構いろんな捉え方が
できるんじゃなかろうかと。
62名無し草:2009/09/01(火) 16:52:19
>61に賛成。「映画」にするなら映画そのものをテーマとして捉えたほうがいいと思う。
誰もが知ってる映画ってのも反対。
特に映画好きだと映画ファンの間で話題になった奴は皆知ってると思ってたりするから。
知らなくてもそれなりに楽しめると思う。

でお題の提案は「消える」
なんとなく、そんな感じがいいかなあと。
63名無し草:2009/09/01(火) 19:49:46
「映画」に関しては>>61に一票。裾野を広くしたほうがいろんな作品が読めそう。

お題の提案、「指」
そこはかとなくエロい作品が読めそうだからw
64名無し草:2009/09/01(火) 19:54:46
映画を提案したものですが、皆さんの意見に賛成。
確かに広義にした方がいいかも。
映画の場合は裾野を広くする方向で…

>>63
「指」は、実は私も提案しようかと思ったw
理由は同じく、そこはかとないエロス漂う作品が読みたいからw

提案のどれも書きたくなるいいテーマですなぁ。
65名無し草:2009/09/01(火) 21:32:01
お題提案「宝石」

「酒」とともに原作に関係あるモチーフで、有閑らしいから。
66名無し草:2009/09/01(火) 21:33:43
>58だけど、難しいのが分かっていて、あえて「誰もが知っている映画」
にするっていうのも面白いかと思ったんだ。
でも、皆さんの意見に同意します。

本当、どのお題も魅力的で、妄想意欲がかきたてられるー。
皆さんの意見を聞いているだけでも楽しいし。
やっぱり、お祭りっていいな。
67名無し草:2009/09/01(火) 22:54:27
たしかに祭りっていいね〜。
皆のお題を見てるだけでも楽しいw

お題提案ですが「学校」
有閑原作で学校ネタが少なくて淋しかったから。
68名無し草:2009/09/01(火) 23:20:17
じゃ便乗してお題提案

「三分」
短い時間だけど、何ができるかなって思うと楽しい気がして。
69名無し草:2009/09/02(水) 00:39:32
お題提案「箱」
段ボールでも宝石箱でもよし。
自分が入っちゃうような場所の事でもいい。(部屋とかぶるか?)
70名無し草:2009/09/02(水) 01:03:15
お題が出始めると、いよいよだな〜という気がする。
お題以外に決めることは、この3つかな?

投下準備期間
投下期間
レス数
71名無し草:2009/09/02(水) 01:04:18
途中で送信しちゃった。

お題候補が出揃ったあたりで、いつもみたいに投票で決める?
72名無し草:2009/09/02(水) 07:43:10
>>46によると前回は
>投稿期間は2週間
>8レス以内の短編小ネタ

自分は、
ネタは8レス以内
投下期間は1週間
準備期間も1週間

を提案。

ネタは8レス以内でいいと思う。ちょうどよいサイズかと。
多くしても10レスかな。
前回は三題噺でネタが3つあったからちょいと投下期間が長め?
投下期間は1週間ぐらいでもいいかと思う。
あまり投下期間が長くなると、ダレたり長編作品がUPしにくくなったりするかな、と。
準備期間は、従来だと1週間ぐらいだったかと。

この期間とか決めるのも投票にする?

>>66>>67
お祭り良いねw
73名無し草:2009/09/02(水) 11:10:48
投票用のテンプレを作ったので修正よろしく。
各意見へのリンクも貼ってみた(リンクのない意見は、今までの競作の
時の投票項目から引っ張ってきたもの)。

明日までお題を募集して、9/5(土)〜9/11(金)の1週間かけて投票
するのはどうかな。
週末しか来れない人、平日しか来れない人、それぞれいるだろうから。


↓テンプレ
74名無し草:2009/09/02(水) 11:12:42
★☆ 60万ヒット記念祭り ☆★

☆お題
映画 >>57-59 >>61-64 >>66
(既存作品のオマージュ・パロディ的な使い方、映画そのものがキーワードに
 なるものなど、なんでもあり。誰もが知ってる映画でなくても可)
部屋 >>58-59   果実 >>61   消える >>62   指 >>63-64
宝石 >>65   学校 >>67   三分 >>68   箱 >>69

☆お題の数
1つ >>49-50 >>52-53 >>55-56   3つ(三題噺) >>46 >>48

☆準備期間
2週間   10日   1週間 >>72

☆投下期間
2週間 >>46 >>48-49   10日   1週間 >>72

☆レス制限
10レス   8レス >>46 >>48-49 >>72   6レス
75名無し草:2009/09/02(水) 17:59:01
長編投下なんかされないから長くても大丈夫だぉ(^ω^)

今更誰が投下するのか教えてほしいくらいだぉ(^ω^)
76名無し草:2009/09/02(水) 18:06:28
>>75
ごもっとも
77名無し草:2009/09/02(水) 19:27:55
長編投下しようと思っていた俺って。。。OTL
78名無し草:2009/09/02(水) 19:36:26
>>77
どうぞどうぞ投下してください


言うだけ番長しないでね.゚+.(・∀・)゚+.゚
79名無し草:2009/09/02(水) 19:53:13
>>78
ありがとう。
でも、お祭りすんでからにする。
お祭り積極的に参加するだが。
80名無し草:2009/09/02(水) 23:48:59
>>77祭りも長編も楽しみに待ってますよw

そして>>74テンプレ乙です。

出遅れましたがお題提案「ギャンブル」

実際の賭けでもいいし、ギャンブル性の高い行動でも思考でも何でもいいです。
トリッキーにしようかと思いましたが、1,2巻はともかくイメージと違うような気がして断念。
81名無し草:2009/09/04(金) 21:48:56
マダァ-?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
82名無し草:2009/09/05(土) 00:38:21
日付変わったから、投票スタートでいいかな。


★☆ 60万ヒット記念祭り ☆★

・投票期間 9/5(土)0:00〜9/11(金)24:00
・1人当たり、各項目1票ずつで投票
・多重投票防止のため、なるべくコメントや理由付きで
 (コメントを付けると、誰かがそのネタ書いてくれるかも?)


↓投票項目
83名無し草:2009/09/05(土) 00:39:20
☆お題
映画 >>57-59 >>61-64 >>66
(既存作品のオマージュ・パロディ的な使い方、映画そのものがキーワードに
 なるものなど、なんでもあり。誰もが知ってる映画でなくても可)
部屋 >>58-59  果実 >>61  消える >>62  指 >>63-64
宝石 >>65  学校 >>67  三分 >>68  箱 >>69  ギャンブル >>80

☆お題の数
1つ >>49-50 >>52-53 >>55-56   3つ(三題噺) >>46 >>48

☆準備期間
2週間   10日   1週間 >>72

☆投下期間
2週間 >>46 >>48-49   10日   1週間 >>72

☆レス制限
10レス   8レス >>46 >>48-49 >>72   6レス
84名無し草:2009/09/05(土) 01:25:13
まとめ乙です。早速投票します。

☆お題  映画
幅広いタイプの作品が読めそうなので。

☆お題の数  1つ
3つより1つの方が書きやすそうだから。

☆準備期間  2週間
連休中はネットできない人や、出かける人が多そうだから。

参考までに。
1週間 9/19(土)0:00スタート→前半が連休中になってしまう
10日  9/22(火)0:00スタート→連休真っ只中のスタート
2週間 9/26(土)0:00スタート→連休に被らない

☆投下期間  1週間
短い期間で集中した方が盛り上がれると思う。

☆レス制限  8レス
書きやすそうだから。
85名無し草:2009/09/05(土) 04:31:46
まとめ乙です。投票させていただきます。

★お題
私も「映画」で。
他のテーマより裾野が広く感じるから。ってことは、ネタかぶりが少ないかなーと。
(テーマに広がりが少ないと、他の方と全く同じシチュで書きかねないんで、自分)
それに知らなかった映画やマメ知識など出てきそうで、楽しみだなあ、と思い。

★お題の数
1つ。
そういった意味でも映画がいいな。
もう一作書きたいと思った時に、全く違うものが書けそう。

★準備期間
2週間。
主体性なくって申し訳ないですが、>>84さんの分析にとても納得したので。

★投下期間
1週間。
短期集中型の方が盛り上がるかな。せいぜい行っても10日。

★レス制限
10レス以下。
サイズ的には、8レスぐらいってちょうどいいサイズだと思うので、8レスでいいんだけど。
個人的な問題で、8レスぐらいを書くつもりで書くと、大体10レスになるから。
自分の書きこぼし防止にw
86名無し草:2009/09/05(土) 10:17:10
まとめ乙です。

☆お題
果実
そこはかとなくエロスを感じるのでw

☆お題の数
1つ

☆準備期間
2週間
同じく>>84さんの意見に納得したので。

☆投下期間
1週間
準備期間が2週間あるから、投下期間は短くても大丈夫かと。

☆レス制限
8レス
書く側(短いとまとめるのに苦労する)と、読む側(長いのが続くと疲れる)の
妥協点だと思うので。
87名無し草:2009/09/05(土) 13:17:04
投票します。

☆お題 :宝石  
競作のお題はアイテムの方が面白いような気がする。また有閑らしい話を読めるのではと期待。

☆お題の数:1つ
三題噺で挫折した苦い経験があるので。

☆準備期間 :2週間
他の方と同じく>>84さんの意見に納得&準備期間が長い方が参加者が増えそうかなと。

☆投下期間 :1週間
短期集中の方が盛り上がれそう。あまり長いとダレそうだし、投下がない時が続くと寂しい。

☆レス制限 :10レス
あくまでも上限なので、制限は緩くしておいた方が書き手は書きやすいのでは、と思うから。

88名無し草:2009/09/05(土) 21:32:57
>>82-83まとめ乙です
投票します

☆お題
宝石…有閑らしいお題であること
種類も豊富だし、直接でなく象徴としての宝石など抽象的な使い方もできそうだから

☆お題の数
一つ…今回は三題噺が前提でのお題選出ではないと思うから

☆準備期間
2週間…単純に準備期間は長い方がいいと思うので

☆投下期間
10日。2週間と1週間の中間てことで

☆レス制限
10レス…>>87の意見に同意。10レスなら長さを気にせず安心して書けそう
89名無し草:2009/09/06(日) 09:46:22
投票します。

☆お題
「映画」
自分では手を出さない映画をテーマにした作品や色々なタイプの作品が読めそうだから。

☆お題の数
1つ

☆準備期間
2週間
>>84さんに同意

☆投下期間
1週間
自分も短期集中の方が盛り上がると思うので。

☆レス制限
10レス
>>87に同意。


90名無し草:2009/09/07(月) 06:42:51
まとめ乙です。投票します。

☆お題
「映画」
選択肢が多い分逆に難しさも感じたけど、新しい試みだと思って、
その可能性にかけてみた。

☆お題の数
1つ
単純に書きやすそうだから。

☆準備期間
2週間
幾つか書きたい人もいると思うので、余裕をもって。

☆投下期間
10日
1週間でもいいけど、人の作品を見て刺激を受けて、
2作目や、初めてだけど自分も書いてみたいと思う人が
出て来るかもしれないと思ったから。

☆レス制限
10レス
余裕をもって。



91名無し草:2009/09/07(月) 09:19:54
>>82-83まとめ乙です。
投票します。

☆お題
「映画」
いろいろな切り口のお話が読めそうだから。

☆お題の数
1つ

☆準備期間
2週間
>>84、90さんに同意

☆投下期間
10日
>>90さんに同意。

☆レス制限
10レス
>>87さんに同意
92名無し草:2009/09/09(水) 07:03:38
もう今回は仕方ないですけど
こういう話し合いって別スレでできませんか?
決定してから本スレに報告していただければ何も問題ありませんよね?
競作の話題が始まってからそればっかりでとても残念です。
レスが増えてるからSS投下あったのかと期待してはガッカリの繰り返し。
投票内容なんか読んでも何もおもしろくないですし。
本スレ占領してまで投票がやりたいなら、せめて笑える小ネタ入れつつ書いてよ
と無理な要求をしたくなるほど本当につまらないんですよね。
競作に参加しようと盛り上がってる人たちだけ楽しそうで、個人サイトにきたみたいな疎外感…
次の機会からは、話し合いの場を他に設けることも視野にいれていただけると有難いです。

みなさん盛り上がってるのにごめんなさい。
93名無し草:2009/09/09(水) 07:18:46
そして過疎る本スレ
94名無し草:2009/09/09(水) 08:46:08
本当にこのスレには色々な読み手も書き手もいるなー。良い事だ。
私個人としてはスレ落ちを防ぐためにも悪くないとは思っていた。何度落ちて悲しい思いをした事か。
話し合いはここでもいいと思うけど、確かに投票はしたらばお借りしてやってもよかったかもね。
次回に活かしましょう。
95名無し草:2009/09/09(水) 10:48:34
>>92
つまらないと思うなら、それが話し合いであれ作品であれ、スルー
すればいいだけのこと。
ここはあなたの専用スレではないのだから、あなたの望まない流れに
なることだってあるんだよ。

公共の場なんだから、もう少し大人になったらどうかな?
具体的には、スルーの技を覚える、「お題」などをNGワードに設定
して見えないようにする、自分が面白いと思う話題をふる、意見を
述べるにしても、早い時期にもっと穏やかな方法で行う、などなど。


これだけでは何なので、別の話題でも。
有閑倶楽部の6人が今のお題候補から何か選んで競作するとしたら、
どれに決まるかな?
悠理は食べ物のお題が無いと怒り出しそうだw それ以前に、SSを
書く悠理というのは想像しにくいけど。
96名無し草:2009/09/09(水) 11:00:47
>>92
レスの内容がオマエモナーになっていること、気が付いてる?
例えばこんなふうに


>>92みたいな意見を言うのって別スレでできませんか?
まとまってから本スレに報告していただければ何も問題ありませんよね?
>>92で競作への文句が始まってからそればっかりでとても残念です。
レスが増えてるからSS投下あったのかと期待してはガッカリの繰り返し。
盛り上がっているところに水を差すような意見なんか読んでも何もおもしろくないですし。
>>92も本スレ占領してまで自分の意見を通したいなら、せめて笑える小ネタ
入れつつ書いてよと無理な要求をしたくなるほど本当につまらないんですよね。
>>92への意見ばっかり続いて、別スレにきたみたいな疎外感…
次の機会からは、話し合いの場を他に設けることも視野にいれていただけると有難いです。


ということで、ここから先の議論こそ別スレでやって欲しい
ネットでの議論 「議論 = ケンカ腰」という感覚
ttp://pc11.2ch.net/test/read.cgi/internet/1195779437/123-
97名無し草:2009/09/09(水) 11:08:05
>>95
せっかく話題を振ってくれてたのにごめんorz

可憐なら「宝石」
ではありきたりなので「指」で
理由を聞かれて、「あら、指って色っぽいじゃない。ふふふ」と有閑初期のお姐さまモード
で言い放ち、男性陣をたじろがせる可憐が見たい
98名無し草:2009/09/09(水) 16:08:54
競作もお題もほんとどうでもいいわ
投票者は多いけど実際の投下数は(ryだし




せめて投票する人は名前欄にでも投票といれてレスするの大賛成
99投票:2009/09/09(水) 22:58:07
流れなんか読まずに投票します。


☆お題
「映画」
古今東西いろんな映画があるし、選択肢は多そうなので。

☆お題の数
1つ

三つもさばける自信がありません。

☆準備期間
2週間
長ければ長いほど有り難いです。


☆投下期間
10日
カレンダー見るとそうかなと。


☆レス制限
10レス
読み手にも書き手にも丁度いい分量なのでは。



祭が盛り上がりますように。
100投票:2009/09/10(木) 03:28:13
金曜までということなので、そろそろ投票しておきます。

☆お題  宝石  
恋愛系でも事件系でも例えとしてでも。原作エピともからめやすそう。

☆お題の数  1つ
三題噺は、お題として意味のある作品を成立させるのが難しかったと思う。

☆準備期間  2週間
皆さんと同じ

☆投下期間  1週間
このくらいで十分かと。

☆レス制限  8レス
読み手としては短い方がお祭りらしい緊張感が感じられて面白いので、間をとって。
101投票:2009/09/10(木) 07:52:40
投票します。

☆お題  映画
学園が舞台の学生らしいw話も読めるかと思って。

☆お題の数  1つ

☆準備期間  2週間

☆投下期間  2週間
1週間だとうっかり投下しそこねる人が出かねないかと思って。

☆レス制限  10レス
102投票:2009/09/11(金) 23:38:47
間に合うかな?投票します

お題・・・三分
お題の数・・・ひとつ
準備期間・・・2週間
投下期間・・・2週間
レス数・・・8レス

103名無し草:2009/09/12(土) 00:25:36
集計してみた。合っているか確認よろしく。


★☆ 60万ヒット記念祭り ☆★

☆お題
映画 7票 >>84-85 >>89-91 >>99 >>101
(既存作品のオマージュ・パロディ的な使い方、映画そのものがキーワードに
 なるものなど、なんでもあり。誰もが知ってる映画でなくても可)

宝石 3票 >>87-88 >>100  果実 1票 >>86  三分 1票 >>102  

以下は0票
部屋  消える  指  学校  箱  ギャンブル
104名無し草:2009/09/12(土) 00:26:45
☆お題の数
1つ 12票 >>84-91 >>99-102   3つ(三題噺) 0票

☆準備期間
2週間 12票 >>84-91 >>99-102   10日 0票   1週間 0票

☆投下期間
1週間 6票 >>84-87 >>89 >>100  10日 4票 >>88 >>90-91 >>99  2週間 2票 >>101-102

☆レス制限
10レス 8票 >>85 >>87-91 >>99 >>101  8レス 4票 >>84 >>86 >>100 >>101  6レス 0票
105名無し草:2009/09/12(土) 01:34:10
つづきマダー?(・∀・)っ/凵⌒☆チンチン
106名無し草:2009/09/12(土) 06:53:42
>>103>>104
集計乙です。

・投下期間、9月26日〜10月3日
・テーマ「映画」
・レス制限、10レス

ということで、よろしいでしょうか?
☆お題「映画」に関係した、短編・小ネタ・コピペ改変・イラスト・漫画等をウプしてください。
(既存作品のオマージュ・パロディ的な使い方、映画そのものがキーワードになるものなど、
 なんでもあり。誰もが知ってる映画でなくても可)

☆期間 9/26(土)0:00〜10/2(金) 23:59の1週間

☆投稿方法
(1)共通ルール
・投稿の時は、名前欄に“競作・<作品のタイトル>” と入れてください。
・カップリングがある際は、出来る限り作品の冒頭に記載をお願いします。
・10レス以内(画像の場合は10枚以内)にしてください。

(2)短編・小ネタ・コピペ改変等
・本スレへのウプ推奨。気が引けるという人は「短編UP専用スレッド」も利用可。
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1029258872/
・難民板では1レスで投下出来るのは32行以内、1行は全角128文字以内ですが、
 1レス全体では全角1,024文字以内なので気を付けてください。
・未成年も見ているので、性的な描写は良識の範囲内でお願いします。
 18禁描写入りのものをUPする時は、エロパロ板の有閑スレなどを
 ご利用ください(姉妹スレではないので、先方で断りを入れてから利用)。

(3)イラスト・漫画
http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs.cgi?user=11881yukan2chに直接ウプか
 yukan2ch★infoseek.jp(★を@マークにかえる)にメールしてください。
 投稿作は、妄想同好会に吸収されるまでは管理します。
・18禁の場合、「局部がかかれていない(見えない)物であり、出版物として商業市場
 (同人ではありません)に出せる程度の物」が基準です。

☆作品の裏話などはこちらへ。妄想同好会にUPする際、作品の後ろに付けます。
裏話スレッド http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1027901602/

=== 作家も自称作家も初心者もROMちゃんも・・・燃えてみませんか? ===
108名無し草:2009/09/12(土) 08:31:01
>>106
>>107みたいな感じかな。意見あったらよろしくお願いします。

>嵐さん、絵板管理人さん
前回と同じテンプレにしてみましたが、大丈夫でしょうか?
不都合があったらご指摘ください。
109名無し草:2009/09/12(土) 12:19:47
>>107
お疲れ様です。
これで良いと思います。
110名無し草:2009/09/12(土) 12:27:03
>>107
まとめ乙でした。
楽しみだなぁ。
111俺、vs野梨子 その1 1/3:2009/09/12(土) 14:53:50
お祭り後に、と思ってましたがお祭りまでまだあるので、長編投下させていただきます。
全10回ぐらい。「魅×野」です。よろしければお付き合いくださいませ。

―――――――――――――――

白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで俺の仲間。容姿端麗、頭脳明晰の大和撫子。
いつも幼馴染の清四郎と一緒にいるくせに、男嫌いとのたまう美少女。

それで、時々物凄く腹が立つ。

俺は野梨子に言った。
「せっかくもらった手紙をぽいと捨てるなよ」
「え?なんて言いました?魅録」
「だから、男からもらったラブレターを、読みもせずに捨てるなって言ってんだ」
野梨子は大きな目をさらに大きくした。
今まさに、もらったばかりのラブレターをゴミ箱に捨てようとしていたのだ。

俺の様子を見て、美童と可憐が目配せをしたのが見えた。
悠理は固唾を呑んで、清四郎は涼しげな顔をして俺の様子を見守っている。
でも、俺は言わずにはいられない。

「あのなぁ。その手紙を書いたやつの気持ちとか、考えたことある?」
「なんですの?急に」
「それ書いたやつは、野梨子に気持ち伝えるために、便箋を選んでペンを選んで、
何を書こうか悩んでやっとの思いで書いたものを野梨子に渡してるわけ。
そういう男の純情を、ポイとゴミ箱に捨てるなって言ってんだ」

野梨子は真っ赤になった。
こんな風に面と向かって行動を批判されたことなんてないのかもしれない。
112俺、vs野梨子 その1 2/3:2009/09/12(土) 14:54:33
「直接渡されたんじゃありません。下駄箱に入っていたんですわ」
「そんなのどうでもいいって。俺が言ってんのは、そいつが野梨子のために、
それを書いたって事。せめて読んでやれよ。それを自分がされたらって考えてみろ。
野梨子は男嫌いかもしれないけれど、男だって気持ちはあるんだぜ?悲しいだろ?」

野梨子はしかめっつらをして椅子に座って、ラブレターの封を切った。
そして、便箋を開くと、大きなため息をついた。
「これのどこが男の純情ですって?」
「え?」
野梨子はラブレターを冷たい表情で読み上げた。
「『のりこたん大好き。ちゅーしたい。もみもみしたい……』……続きも読みます?」
「…えーと…」
「こういうのを、セクハラっていうんです!」
野梨子はその手紙をビリビリと破り、丸めてぽいとゴミ箱に捨てた。
そして、パンパンと手を払うと、俺のほうをジロリとにらみ、言った。
「余計なお世話、ですわ。魅録」
「……ごめん」

ぼそと美童が言った。
「魅録の負けー」

後日、清四郎は俺に言った。
「でも、野梨子にはあれぐらい言ってやってよかったと思いますよ」
「そうか?」
「野梨子は少し薄情なところがあって、それを見て周りがどう思うのかなんて、
本人は全くお構いなしです。言える人が言ってやったほうが、野梨子のためです」
「そう思うなら清四郎がいってやればいいのに」
「僕は、絶対嫌です」清四郎はキッパリ言った。
「お前はそういうやつだよな」
清四郎はいつでも野梨子と一緒にいるけれど、否定的な事を言ったりすることはない。
ましてや俺のように攻撃する事はない。
113俺、vs野梨子 その1 3/3:2009/09/12(土) 14:55:20
「でも」と、清四郎が俺に尋ねた。
「なぜ、魅録はあの時、野梨子を叱る気になんてなったんですか?
野梨子がラブレターを捨てるのなんて、何度も見ているでしょうに」

そういえば……
野梨子が捨てようとしていた白い封筒に書いてあったヘタクソな『白鹿野梨子様』の字。
それが俺の字に似てるって思ったんだった。
で、その時に初めて、その手紙を書いた男の事を思いやった。
思い返せば、それだけの事だったのだが。

「哀れだって思ったんだよな。手紙を書くほど好きな相手に、ゴミ扱いされる男が」
「ほーお」清四郎が口笛でも吹きそうな調子で言った。
「なんだよ」
「いえ、なんでもありませんが」

俺は立ち上がって清四郎に言った。
「じゃ、俺そろそろ帰るわ」
「僕はここで野梨子を待って帰ります」
「んじゃ、また明日」
そう言って部室から出ようとする俺を清四郎が呼び止める。
「あ、そうそう、魅録」
「ん?」
「あれから野梨子、もらった手紙はなるべく読むようにしているようですよ」
そう言って、清四郎はにやりと笑った。
それで、俺は少しくすぐったい気分になった。

白鹿野梨子。
男嫌いで薄情で、仲間ではあるけど、よくわからない女の子。
それでも
俺はなぜか彼女のことが気になって仕方がない。

(続きます)
114名無し草:2009/09/12(土) 16:44:43
>俺、vs野梨子
やった!新連載だ。
魅録が野梨子を叱るのってすごく新鮮だなぁ。
これからどういうふうに魅録の気持ちが動いていくのか、続き楽しみにしてます。
115名無し草:2009/09/12(土) 20:11:19
>俺、vs野梨子
おおっ新連載ですね!嬉しいなー
タイトルからして惹かれます。続きが楽しみです
116名無し草:2009/09/12(土) 20:32:53
集計お疲れ様です
117名無し草:2009/09/12(土) 21:11:05
>>113
俺、ガンガレ!
118嵐 ◆F/MOUSOU1Q :2009/09/13(日) 01:41:28
>>107-108
短編専用スレと裏話スレ、イラスト・漫画の18禁の基準は
>>107の通りで大丈夫です。
ありがとうございます。
119俺、vs野梨子 その2 1/4:2009/09/13(日) 20:11:21
>>111‐113の続き

白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで俺の仲間。容姿端麗、頭脳明晰の大和撫子。
しっかり者のクセに方向音痴でよく迷子になる女の子。

「まったく!どうして携帯の電池の充電ぐらいしておかないんでしょうね?野梨子は!
じゃぁ、魅録はそっちを探してください」
「OK」

俺たち有閑倶楽部はその日、日本最大の花火大会に遊びに来ていた。
ちょっと屋台に買い物に、と悠理と野梨子を2人きりで屋台にやったのが悪かった。
悠理が屋台の食い物を夢中になって買いあさってる間、野梨子はあっさりと迷子になってしまった。
しかも、電話をしても出ない。どうやら携帯の充電を忘れているらしい。
ったく、こんな野梨子のどこがしっかり者なんだよ!

「やめてくださいな!」
人ごみの中から、聞き覚えのある声がした。
近づいていくと、2人の男に絡まれて、腕を掴まれている野梨子がいた。
「スゲー可愛い。どこから来たの?年いくつ?」
「だから、離して下さいって言ってますでしょ?」
「お上品だねぇ。俺たちの席空いてるからさー、一緒に花火見ようよぉ」
野梨子は酔っ払いの若い男に抱きつかれ「きゃー」と叫び声を上げた。
あーあ、案の定。だから野梨子は一人にしちゃだめなんだ。

俺は野梨子に近づいていって言った。
「あのー、俺の妹に何かご用ですか?」
「あ〜?妹ぉ?」
酔っ払いが俺をにらむ。
なので俺も思いっきり睨み返してやる。
「まさか、お兄さんたち俺の妹どこかに連れてくつもりっすか?」
120俺、vs野梨子 その2 2/4:2009/09/13(日) 20:13:10
ケンカ上等。俺は浴衣の肩をたくし上げ、二の腕を見せてみた。
すると、酔っ払いは一気に弱気になって、野梨子の手を離した。
「……妹なら仕方ないけどよぉ」

「み……」
野梨子が俺の名前を呼ぼうとしたので、俺は野梨子の手を握り締め、ひっぱった。
「ほら、野梨子、行くぞ。親父たちが待ってる」
俺は野梨子を思い切り引っ張って歩きはじめた。
野梨子は泣きそうな、驚いた顔のまま、無言で俺についてくる。

酔っ払いから離れた頃合を見て、俺は野梨子に怒鳴った。
「ったく!あぶねーなぁ!迷子になるなら初めっから一人で行動するな!」
「……ごめんなさい。でもまさか迷子になるなんて思わなくって」
「もう少し自分が方向音痴だって自覚を持てよ」

俺は野梨子の手を握ったまま、片手で携帯を操作して清四郎に連絡を取る。
「野梨子捕獲完了。今から戻るから」
『了解、お疲れ様。花火始まりそうだから急いで。僕も戻ります』
「OK」
電話を切ると野梨子がむっと膨れた顔になっている。上目遣いに俺をにらむ。
「捕獲って、ひどい言い方ですわね」
「言われて当然だ。どれだけ清四郎が心配したと思ってるんだ?」
「清四郎?」
「そうだよ。野梨子の事必死に探してたんだぞ。心配かけるなよ」
「魅録は?心配してくれましたの?」
「え?」
その時、大きな爆裂音がして、一発目の花火が上がった。
続けていた会話は、うやむやになってしまった。
「始まってしまいましたわね。観覧席まで戻ります?ここでも良く見えまけど」
「俺はここでもいいけど、立ちっぱなしじゃ疲れないか?」
「私は大丈夫ですわ」
「じゃ、ここで見てくか」
121俺、vs野梨子 その2 3/4:2009/09/13(日) 20:14:50
俺たちは2人並んで夜空を見上げた。
この花火大会は花火師たちの競技大会も兼ねている。
全国の花火師たちがこの日のために全力で作ってきた花火だ。それはもう素晴らしかったが……。
俺は野梨子を見ていた。
花火がぱあっと夜空に広がるたびに、野梨子の白い肌に輝きが反射する。
夜空を見上げる代わりに、俺は思わず野梨子に見惚れた。

そんな俺に気づかぬ様子で、花火を見ながら野梨子が尋ねてくる。
「なぜあの時、私の事を妹って言ったんですの?」
「は?」
「ああいう時は、『俺の彼女』っていうんじゃありませんの?」
「彼女って言うより、妹って言った方がカドが立たないだろ?『俺の女だ!』なんて
いった瞬間、殴りあいになるよ。相手酔っ払ってるんだし」
「そういうものですの?」
「それに、俺と野梨子じゃ、恋人同士には見えないだろ?」
「あら……妹になら見えるって言いますの?」
「ははは、確かにどっちにしても無理があるけど。清四郎となら野梨子が妹でも彼女でも
不自然じゃなさそうだけどな」
すると、野梨子はつまらなそうな顔になった。
さっきから清四郎の名前を出すと、不思議にちょっと機嫌が悪くなる。

野梨子は俺の顔を見あげて、キッパリといった。
「言っておきますけど、清四郎とはこんな風に手をつないだりしませんわよ?」
「え?」
「そろそろ手を離してくださいな。妹でしたら手をつないでいるのは不自然でしてよ?」
そういえば、捕獲以来、ずっと手をつないだままだった。
俺はそんな事すっかり忘れていたのだが。でも、離すのは嫌だった。だって…

「ダメだ。離したらまた迷子になるだろ?」
「もう大丈夫ですわよ」
「あっさり迷ったくせになに言ってんだ。捕獲した以上、観覧席戻るまで離さないぞ」
俺は本当に何の気なしにそういったのだが、野梨子は違ったようだ。
122俺、vs野梨子 その2 4/4:2009/09/13(日) 20:15:57
「だって……」野梨子が真っ赤な顔になった。
「恥ずかしいんですっ!」

俺は反射的に手を離した。
野梨子は唇をかみ締めるようにしてる。そういえば男嫌いだったっけ。
手を離した俺たちは、何となく無言になってしまった。
それで、2人きりでいるのは居心地が悪くなって、観覧席に戻ることにした。

観覧席では、皆が待っていた。
悠理が屋台で買い込んだ大量のジャンクフードの中にうずもれて。
「ごめんなー!野梨子。あたいが目を離したから迷子にさせちゃって」
「いえ、私が悪いんですの。心配かけてごめんなさい。魅録が見つけてくれたので安心しましたわ」
ニッコリと野梨子は悠理に笑った。そして当然といわんばかりに涼しげな顔で清四郎の隣に座る。

「お疲れさん」
立ち尽くす俺に美童が冷たいラムネを投げてきた。俺はそれを受け取って、美童の隣に座った。
勘のいい美童は何かを察したのだろうか「野梨子となんかあった?」小声で言ってきた。
「いや、なーんもなかった」
「へーぇ、2人とも、何にもなかったって様子じゃないけどね」
「そう言われたって、何もなかったんだ。本当に」
本当は、何かはあったのかもしれない。
でも、その時の俺は『何か』が何なのか、全くわかっていなかったのだから仕方ない。

白鹿野梨子。
男嫌いで怒りっぽくって、仲間ではあっても、やっぱりよくわからない女の子。
それでも俺は、彼女のことが気になって仕方がないのだ。

(続きます)
123絵版”管理”人:2009/09/13(日) 21:31:15
まだ前回の絵板やメルアドも落ちてなかったようなので、今回もぜひ使ってください。
ただし前回・前々回同様に、
確実に保守できると断言できるのは、嵐様のサイトに吸収されるまでの間のため、
申し訳ございませんが、それ以降は保障できません。
(長期間、投稿がなければ、アカウント削除されることもあるらしいです)
124名無し草:2009/09/14(月) 06:16:21
>俺、vs野梨子
続けて読めて嬉しいです!
ケンカ上等の、やんちゃで元気な魅録が気持ちいいな〜。
野梨子も魅録を意識しているようですね。
続き楽しみにしています。
125名無し草:2009/09/14(月) 09:34:20
>俺、vs野梨子
さっそく続きがきていて嬉しいです
何の気なしにずっと手を繋いでいる魅録に対して、野梨子の「恥ずかしいんですっ!」が可愛い
しかも、ちょっと怒り口調なのが野梨子っぽくてツボです
続きを楽しみにしてます
126名無し草:2009/09/14(月) 19:13:40
>俺、vs野梨子
花火大会のシチュが好きなので読めて嬉しい。
ちょい強引な魅録がいいですねー。
続き待ってます。
127名無し草:2009/09/15(火) 02:09:39
>>118 >>123
嵐さん、絵板管理人さん、いつもありがとうございます。
今回もよろしくお願いします。
128俺、vs野梨子 その3 1/5:2009/09/15(火) 11:16:56
>>119-122の続き。「魅×野」です。お祭りの前にさくっと投稿中。

白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで俺の仲間。容姿端麗、頭脳明晰の大和撫子。
俺との共通項はほとんどない女の子。

テスト3日前、教科書を前に清四郎と悠理がやりあっていた。
「なぜお前はこんな基本的なことを知らないんです!?」
「んなこと言ったって、覚えられないもんは仕方ないだろー!」
「わかりました。……頭で覚えられないなら、徹底的に体に仕込んでやりましょう」
「え、え?!あたいやだー!助けて魅録ーっ!」
悠理が清四郎に引きずられて帰っていくのを、俺は片手を上げて見送った。
テスト前のおなじみの光景だ。清四郎はああ見えて、実に面倒見が良い。
清四郎の努力のおかげであの悠理が、赤点は仕方ないにしろ、落第は免れているのだから。

2人が出て行って、部室はシンと静かになった。
美童と可憐はそれぞれテスト前の最後のデートとかで、お出かけ中。
俺と2人きりになってしまったのは、野梨子。
他の奴らと2人になっても何も感じないが、野梨子と2人きりだと俺は少し酸欠気味。
気詰まりな空気を払拭しようと話かけた。

「野梨子は勉強しなくっていいの?」
「してますわよ?今ここではやってませんけど」
「あ、そう」

それであっさり会話が途切れる。会話のための会話が続くわけがない。
野梨子が立ち上がった。
「清四郎も悠理の家に行ってしまいましたし、私も帰りますわ」
「あ、それなら家まで送っていこうか?」
俺がそういうと、野梨子はびっくりした顔をした。
129俺、vs野梨子 その3 2/5:2009/09/15(火) 11:17:45
「だって、バイクでしょう?」
「うん。乗っていけよ、今日天気がいいから気持ちいいぞ」
「で、でもっ!私、スカートですし!」
「スカートがめくれる事なんてないから大丈夫だよ」
そういうと、野梨子が少し赤くなった。
その顔が思わず可愛くて、俺はつい笑顔になってしまう。
「じゃぁ……安全運転でお願いしますわ」

バイクを校門まで回してくると、野梨子がちんまりと立って待っていた。
俺はヘルメットを渡す。
「女性用のヘルメットをいつも持ち歩いてますの?」
「女性って言うより、ほとんど悠理専用。つけかた、わかる?」
言いながら俺は、野梨子の頭にヘルメットをかぶせて、ぱちんと紐を調節した。
一瞬、野梨子と視線が合う。
それでようやく俺は、野梨子と史上最短の至近距離にいる事に気づいた。

ヤベェ、ドキドキしてきた。

しかも、バカなことに、俺はその瞬間まで忘れていた。
このバイクだと、安全に乗せるためには、体を密着させるしかないって事に。
いつも何も考えずに悠理を乗せてきたからすっかり忘れていた。
ヤバイ。どうしよう。マジでどうしよう?!

それでも、今更引っ込みはつかないし、言うしかなかった。
「俺の腰にしっかりつかまって」と。
そうすると、野梨子の細い腕が俺の腰に回ってきた。すごい緊張感。
さすがにいつもよりも腹に力が入った。

130俺、vs野梨子 その3 3/5:2009/09/15(火) 11:18:40
「もうちょっとしっかり捕まってくれないと、あぶない」
「つかまってるつもりですけど……」
「手で腰を持つんじゃなくって、背中抱きしめる感じで」
「……!!」
野梨子が激しく緊張しているのが分かった。
清四郎以外の男と、こんなにくっついたことないよな、きっと。
それでも野梨子はそろりそろりと、背中に体を密着させてきた。悠理よりも小さくって軽い感触。

ぴったりくっついたのをきっかけに、俺はエンジンを噴かせ、飛び出した。
黙っているとつい背中の感触を意識してしまうので、野梨子に声をかけ続ける。
目に入ったもの、感じたこと、思いつくままにそのまんま。
「風が気持ちいいだろー!」
「ええ!本当に!」
「あ!見ろよ、あそこに新しい店が出来てる」
「あら、可愛い。ケーキ屋さんですわね」
野梨子もバイクに乗ってテンションが上がっているようで、饒舌になっていた。
どうでもいいような事を大きな声で話しているうちに、野梨子も徐々にリラックスしてきたのが分かる。

妙な緊張感が解けると、だんだん楽しくなってきた。
「なあ、ちょっと寄り道していっていいか?」
「いいですけど、どちらへ?」
「空」
「そら?」

1時間後、俺たちは空の上にいた。
「寄り道という割には……随分遠かったですけど」
「あはは、悪い」
131俺、vs野梨子 その3 4/5:2009/09/15(火) 11:19:25
俺は、臨海の公園の大観覧車に野梨子を連れてきていた。
「たまに乗りたくなるんだよな。でも、こればっかりはひとりで乗ったら寂しい人だろ?」
「そうかもしれませんわね」野梨子はくすくす笑った。
「悠理と来てもいいんだけど、悠理だと興奮して揺らしたりして落ち着かないからさー」
「いいですわよ。テスト前のいい気分転換になりますわ」
野梨子はそう言うと、港を眺めた。
その横顔が気持ち良さそうで、俺は少しホッとした。無理やりに近い形で連れてきてしまったから。

「長い時間、バイク乗って怖かったろ?」
「いいえ、むしろちっとも怖く感じなかったので不思議でしたわ。魅録が運転上手だからなんでしょうね」
「上手っていうか……まあな、3歳の頃から、自転車乗るより先にバイクに乗ってるから」
「バイクに?免許なくっても乗れますの?」
「うん、ポケバイって言うのがあってそれは子供から乗れる。もちろんサーキットでだけど。知らない?」
「知りません」
「中学の時は、それよりちょっと大きいミニバイクっていうので国内NO.1になったこともあるんだぜ。
今はライセンスも持ってるし、たまにレースも出てる。ま、皆と遊ぶので忙しくて、あまりやってないけど、」
「まあ!全国一!すごいわ!」

そして、野梨子は大きな瞳を輝かせて言った。
「魅録を尊敬しますわ!魅録は私にはできない事が本当にたくさんできますのね!」

野梨子にまっすぐに褒められて、俺は面食らってしまった。
俺の事をそんな風に思ってくれていたとは夢にも思わなかったから。
そんな複雑な俺の気持ちが顔に現れていたのだろう。野梨子も照れくさそうに微笑んだ。
132俺、vs野梨子 その3 5/5:2009/09/15(火) 11:20:10
それでまた俺たちは無言だ。
気持ちが触れ合いそうになると、どちらともなく引いてしまう。
気詰まりなような、ずっとこのままでいたいような、不思議な「間」。
悠理にはもちろん可憐との間にもこんな瞬間はない。野梨子と対する時だけだ。

ゆっくり20分ほどかけて、観覧車は下界へ降りた。
その間、俺たちは学校の話やら、天気の話やら、無難な話を交わして「間」を埋めた。

「今日はありがとうな」
「私こそ、『家まで送ってくださって』ありがとうございました」
野梨子の家についた頃には、もうすっかり辺りは夕闇に包まれていた。
「長い寄り道だったな」
「ええ」
そういって、2人、クスリと笑った。
「じゃあ、また明日」
「ええ、また」

それで俺たちは別れた。
それだけだった。
次の日からはいつも通り、野梨子は清四郎が送って帰り、俺は悠理をバイクに乗せる。
野梨子と俺は、ただの仲間の一人。
でも……

白鹿野梨子。
清四郎の幼馴染で、男嫌い。ただ俺の仲間ってだけの女の子。
それでも俺は彼女の事が気になってしかたがない。

(続きます)
133名無し草:2009/09/15(火) 16:45:27
>俺、vs野梨子
さくさく読めて嬉しいです。お互いの距離がちょっと近付くと引いてしまうじれったさがこの二人らしくていいな。
魅録は自分の気持ちに気が付いているのかな?

134☆☆ 60万ヒット記念祭り ☆☆:2009/09/16(水) 10:20:06
☆お題「映画」に関係した、短編・小ネタ・コピペ改変・イラスト・漫画等をウプしてください。
(既存作品のオマージュ・パロディ的な使い方、映画そのものがキーワードになるものなど、
 なんでもあり。誰もが知ってる映画でなくても可)

☆期間 9/26(土)0:00〜10/2(金) 23:59の1週間

☆投稿方法
(1)共通ルール
・投稿の時は、名前欄に“競作・<作品のタイトル>” と入れてください。
・カップリングがある際は、出来る限り作品の冒頭に記載をお願いします。
・10レス以内(画像の場合は10枚以内)にしてください。

(2)短編・小ネタ・コピペ改変等
・本スレへのウプ推奨。気が引けるという人は「短編UP専用スレッド」も利用可。
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1029258872/
・難民板では1レスで投下出来るのは32行以内、1行は全角128文字以内ですが、
 1レス全体では全角1,024文字以内なので気を付けてください。
・未成年も見ているので、性的な描写は良識の範囲内でお願いします。
 18禁描写入りのものをUPする時は、エロパロ板の有閑スレなどを
 ご利用ください(姉妹スレではないので、先方で断りを入れてから利用)。

(3)イラスト・漫画
http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs.cgi?user=11881yukan2chに直接ウプか
 yukan2ch★infoseek.jp(★を@マークにかえる)にメールしてください。
 投稿作は、妄想同好会に吸収されるまでは管理します。
・18禁の場合、「局部がかかれていない(見えない)物であり、出版物として商業市場
 (同人ではありません)に出せる程度の物」が基準です。

☆作品の裏話などはこちらへ。妄想同好会にUPする際、作品の後ろに付けます。
裏話スレッド http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1027901602/
135名無し草:2009/09/16(水) 10:21:06
正式な公示がなかったようなので↑UPしました。
やれ、楽しみ。
136名無し草:2009/09/16(水) 11:31:27
>俺、vs野梨子
魅×野というより、魅→←野っていう感じのじれったさが二人っぽくて好きです。
この距離がどう縮まっていくのか、楽しみにしています。

>>134
ありがとう。競作、盛り上がるといいな。楽しみです。
137俺、vs野梨子 その4 1/6:2009/09/17(木) 05:40:12
>>128-132の続き


白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで俺の仲間。容姿端麗、頭脳明晰の大和撫子。
ずっと気になってた彼女が、ついに俺の人生を変えた。

「魅録がそんなにいい加減に将来を考える人だと思いませんでしたわ!」

野梨子が俺に怒ってる。
えっと、野梨子が怒るようなこと、言った?俺。
周りに同意を求めて視線を泳がせると、周りの全員が俺から視線をそらした。

今、俺が野梨子に言った事ってなんだっけ?
悠理が無事、大学に内部進学できることが決まって、悠理に必死で勉強させた清四郎の努力が
実を結んでよかったなーって、話して……

「俺はてきとーに、聖プレジデントの工学部でも行っておこうかなー」
確か、そう言ったんだった。
すると野梨子が珍しく会話に食いついてきた。
「あら、なぜですの?」
「どうせ、親父と同じ仕事するか、千秋さん家の仕事を手伝うかなんだから、どこの学部
行っても同じかな、と思って。だったら、理系進んだほうが面白そうだし」
「お父さんの仕事?家の手伝い?……それが魅録のやりたいことなんですの?」
「特にやりたいことじゃないけど、まあ、この調子だとそうなるだろうなって話」
「家族が期待してる事じゃなくって、魅録自身がやりたいことは?夢はないんですの?」
「しいて言うなら学生がやりたい。明るく楽しい無駄な時間が続くんなら最高♪」

俺がそう言った瞬間に、野梨子が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がって、言ったのだ。
「魅録がそんなにいい加減に将来を考える人だと思いませんでした」と。
138俺、vs野梨子 その4 2/6:2009/09/17(木) 05:41:59
「失望しましたわ!」
野梨子はそう言い残して、部室を出て行ってしまった。

俺は、清四郎に答えを求めた。
「な、なんであいつ、あんなに怒ってるの?」
「野梨子自身が、進路で悩んでるからでしょうね」
清四郎はこともなげに答えた。
「野梨子の周辺、茶道の世界も複雑で、派閥争いとか色々あるようですよ。単純に白鹿の
家元を継げればいいってわけではないようで」
「……そうなのか」

「あーらま、それじゃ今の魅録の言い方はムカつくかもね」
可憐が言った。
「じゃぁ、可憐は真剣に進路考えてるのかよ」
「あたし?あたしも明るく無駄な学生生活が最高って思ってるけど。でも、NYに行く!」
「はあ?」
「本場、NYでジュエリーの勉強する事にしたの。ママのお店を継ぐにしても、さすがに何の勉強も
してないのはマズいでしょ?説得力が必要だと思うのよね。だから修行してくるわ」
「ママの仕事を継ぐ?玉の輿の夢はどうなるんだ?!それに、お前、英語大の苦手じゃんか!」
「もちろん、NYでも玉の輿は狙っていくわよ!それに……」

「英語に関しては、僕もついていくから、多分大丈夫」
美童が言った。
「いずれ父も本国に帰るようだし、大学は日本にこだわる必要ないからね。
僕も可憐とあっちに行くことにした。この歳でNYを経験しておくのもいいと思ってさ」
本気でビックリした。そんな事、2人とも微塵も言ってなかったじゃないか。

俺がぽかんと口を開けて何も言えないでいたところへ、清四郎が畳み掛けた。
「実は僕も、内部進学はしません」
「え?」
「一般入試で、最高学府を目指します」
139俺、vs野梨子 その4 3/6:2009/09/17(木) 05:43:12
「えっと、じゃあ、このまま大学へ内部進学するのって……」
「はーい!あたいは上にあがるよ」進学を決めた悠理が明るく言う。
「それと、多分野梨子も、とりあえずは聖プレジデントの文学部に行くでしょうね。
そこから先はどうなるのかわかりませんが」

俺は、本当に何も考えてなかったのが俺だけだと知って、呆然となった。
「明るく楽しく学生生活」なんて言った俺が、まるでバカみたいじゃないか。
いや、実際何も考えてなかったバカなんだけど。

その日から、野梨子は俺に対して冷たく接してきた。
まぁ、そもそもさほどべったり仲良くしていたわけでもないから大して問題ないが。
それでも、野梨子の冷たい表情を見る度、俺もむかむかしてきた。
『失望しましたわ』
そういった時の野梨子の見下げきった顔といったら……何度思い出しても腹立たしい。

「なんだよ!俺が将来何をしようと、野梨子には関係ないじゃないか」
「本当に関係ないの〜?」美童が雑誌を眺めながら言う。
「どういう意味だよ」
「さあ?関係ないなら、魅録こそ野梨子の事なんて気にしなきゃいいのにってこと」

本当にそうだ。気にしなきゃいいのに。
野梨子が誰かにプンスカ怒ってる事なんて日常のようなもんで気にしてたらきりがない。
なのになぜ、今回ばかりは野梨子が怒っているのがこんなに気になるんだろう。
しばらく考えたが、答えが出なかった。その上、イライラも解消しない。

「……帰るわ」
「はーい。魅録も難儀な性格だねぇ〜」

美童はこっちを見もしないで、ひらひらと手を振った。

バイクを飛ばすと、あの日の青空を思い出した。
そして、その青空の中、にっこりと笑う、観覧車の中の野梨子。
140俺、vs野梨子 その4 4/6:2009/09/17(木) 05:44:07
『魅録は私にはできない事が本当にたくさんできますのね。尊敬しますわ!』
野梨子はキラキラした目でそう言ってくれたんだった。
それが今じゃ、見下げ果てたという顔をされている……

悔しい。

一晩考えても二晩考えても、イライラはおさまらなかった。
その間も、野梨子は俺に対して異様にそっけない態度を続けている。
お前がそうなら、俺も野梨子のことを嫌いになってやる!

「魅録さぁ、最近、イライラしてて怖いしつまらない」悠理が言った。
「あ?」
「魅録のよさって、ノリがいいところだったろ?今のお前、付き合いにくいぜ?」
「なんだよ、悠理まで『失望した』とか言うなよ?野梨子に言われただけで辛いのに」

あ、そうか。
そこまで言って、ようやく俺は気づいた。
野梨子に失望されるのが、ただ辛いのだということに。
「尊敬しますわ!」
その一言が、いつまでも欲しいのだという事に。

野梨子ができない事をやって、すごいと思われたい。『何でも出来て羨ましい』って思って欲しいんだ。
うわー!なんて傲慢なんだ、俺!

『魅録自身がやりたいことは?夢はないんですの?』
野梨子は俺に聞いた。
きっと、俺がそれを真剣に考えない限り、野梨子の失望を撤廃できない。
でも、俺がやりたい事ってなんだ?夢はないのか?
……夢か。夢ならある。
でもそれはあまりにも壮大で無謀な夢で、真剣に考えようとした事すらなかったけど……
141俺、vs野梨子 その4 5/6:2009/09/17(木) 05:45:52
畜生!野梨子め!
俺にはこれしか思いつくもんがないんだ。大馬鹿な夢を追ってやるぞ!見てろ!

俺は衝動的にバイクのキーを持って立ち上がった。
「急にどこへ?」
「剣菱の知り合いのところ!」
「剣菱?あたいの家?」
「いや。剣菱ファクトリー」

こうして、白鹿野梨子は、俺の人生をあっさり変えた。

すっかり秋も終わり、清四郎も受験の追い込みに入り、有閑倶楽部のそれぞれが暇もなく
バタバタと年末の慌しい日々を過ごしていた頃、俺はようやく野梨子に対決した。

「俺、内部進学やめるよ。っていうか、大学進学自体、やめる」
「えっ!それでどうしますの?!」
「オートバイのレーサーになる」
「は?!」
野梨子が豆鉄砲でも食らったような顔になった。

「実はずっと誘われたんだ。悠理ん家の、剣菱のチームに入らないかって。
才能を認めてくれていて、育ててくれるって人がいるんだ。今までも多少は結果出してるし、
結構いい線狙えると思う。いつかmotoGP出れるよう、頑張るから」
「もとじーぴー……?」
「わからない?世界最高峰のバイクのレース。バイクのF1みたいなもんで……」
「そんな荒唐無稽な!まさか魅録が……」
「荒唐無稽って言うなよ。俺、真剣なんだからな。言ったろ?中学の時チャンピオンになったって。
一応、その腕が買われてるんだよ」
「だって、ちいさなバイクでしょ?3歳の子供でも乗れるような」
「ああ、そっか、確かに俺そんな言い方したな」
俺は思わず笑ってしまった。本当に野梨子はこの手の事が苦手だ。
どんなレーサーも、まずはポケバイ、ミニバイのチャンピオンになる事がスタートなのだが。
142俺、vs野梨子 その4 6/6:2009/09/17(木) 05:47:55
「とにかく、野梨子に叱責されたおかげで無茶する気になった。ありがとな」
俺は握手を求めて野梨子に片手を差し出した。
「本気……ですのね?」
野梨子は手を取らず、俯いてしまった。
俺はその時どうしても野梨子の大きな瞳が見たかった。
だから、野梨子の顔を覗き込んだ。そして目があうと俺は改めて言った。
「ありがと」

すると野梨子が泣き出した。
「みんな、いなくなってしまいますのね」
「いなくならないよ、俺たちは仲間だろ?」
「いいえ、嘘。魅録だって会えなくなるし、可憐も美童もいなくなってしまいますわ。
今までみたいには行きませんわよ、絶対」
「大丈夫だよ、俺は日本にいるんだから、しょっちゅう帰ってくるし。みんなでバカ騒ぎしようぜ」
「無理よ!みんな変わってしまうわ」

そう、泣きじゃくる野梨子の予感は正しかった。
その後の俺たちは、今までのように暇だ暇だとぼやく生活とは無縁になった。
皆、それぞれの道を歩くのに必死で、ほとんど会えなくなってしまったのだ。
野梨子も、親の期待に応え白鹿流茶道の跡継ぎの道を選び、必死にもがいていた。
俺の知らない苦労をたくさんして、辛い物思いにたった一人で耐えて。

未来を知らないその時の俺にできた事といえば、野梨子の涙を拭う事ぐらいだった。
指でそうっと野梨子の頬に触れ涙を拭うと、野梨子が大きな目でじっと俺を見つめた。
その刹那、心をキリキリと切ない痛みが刺す。
後で考えれば、それが恋心だったと、即座に断言できるのだが……
その時の俺には、何もかもがさっぱりわかっていなかったのだ。

とにかくそれが、高校生の俺が野梨子に触れた最後の瞬間だった。
次に俺が白鹿野梨子に触れるのは、なんとそれから5年も先の話となる。

(続きます。続きは5年後から)
143名無し草:2009/09/17(木) 09:07:14
>俺、vs野梨子
日常話が続くと思ってたので急展開にビクーリでした。
大人設定の魅野、個人的に大好物なもんで楽しみ。
連休中はPC触れないけど携帯からチェックしますw
144名無し草:2009/09/17(木) 11:35:21
>俺、vs野梨子
自分も以外な展開に驚きました。
5年後が気になるよ〜っ
続き待ってます。
145名無し草:2009/09/17(木) 22:23:23
>俺、vs野梨子
GJです。っていうか5年も?!w
続き楽しみです!

>競作
いつも事前の盛り上がりの割に投下はイマイチなので
過剰な期待はしないで待ってます。
でも投票してくれた人の数だけ実際に投下あったら嬉しいなぁ。
投票されたみなさん、頑張って書いてくださいね。
146名無し草:2009/09/17(木) 22:58:46
豊作兄ちゃんカモンヽ(゚∀゚)ノ
147俺、vs野梨子 その5 1/9:2009/09/18(金) 09:09:44
>>137-142の続き 連休前にひとまず投下

白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで昔の俺の仲間。容姿端麗、頭脳明晰の大和撫子。
俺が高校生の時に、密かに恋していた女の子。

「野梨子に恋人が出来たかもしれない」
悠理がそう言った。

体中の血が頭に上るのを感じた。
「えっと、それは清四郎?」
「は?何言ってんの?違うよ、野梨子の家のお弟子さん。タレントもやってるスゲー色男」
清四郎ではないと聞いて、少し安心する俺がいた。
だが、心臓は変わらず早鐘のように打ち続けていた。

無意識のうちに胸のポケットにある「お守り」を探りながら、俺は言った。
「恋人かもしれないって、どういうこと?」
「野梨子に聞いても、濁すんだよ。でも公の場にはそいつと2人で出てることが多い。
ただ、相手の男、女遊びが派手で有名なんだよな。そこがちょっと心配」
「そうなんだ……」

野梨子とまともに会わなくなって、すでに5年が過ぎていた。
俺は野梨子に宣言したとおり、剣菱のチームでバイクのレーサーになった。
全日本に数回優勝、日本で開催された世界選手権でも優勝した。
今はGPライダーとしてヨーロッパに拠点を移して、世界選手権GP250クラスにフル参戦中。
自分で言うのもなんだが、俺はこの世界で自分でも思っていた以上に勝負できていて、
今ではそこそこ名が知れてきていると思う。

ちなみに、悠理は俺のレースチームのオーナーだ。
オーナーとして次のレースの開催地、ここイタリアへやってきている。
148俺、vs野梨子 その5 2/9:2009/09/18(金) 09:12:17
悠理のほかは、お互い海外暮らしの美童や可憐にはそれなりに会っていたけれど、
日本からあまり出ない野梨子には会えていない。
俺はほとんど日本に戻る事はなかったし、日本に帰ったとしてもプロモーション活動や
ミーティングに時間をとられて、プライベートな休日など全くないに等しかった。
それでも、野梨子の事を忘れた事は一度もなかった。

「野梨子は、恋人なんか作らないのだと思っていた」
俺がぽつりと言うと悠理がニヤニヤしながら言った。
「へー、魅録、ショック受けてんだ?自分はモデルと浮名流したりしてんのに」
「バーカ。そんなんじゃねえよ」
俺は悠理のおでこを小突いた。

その時の俺には、世間的に恋人と呼ばれる存在がいた。
サラサラの金髪で碧眼の、ちょっと美童に似たモデルで、ジーナという。
事実、彼女と俺は仲は良いし、よくデートもしているのだが、普通の恋人とはちょっと違う。
あくまで、恋人のような相手、である。

「ま、それはそうと、次のレースは絶対勝てよな」
「ん、次勝ったらMotoGPクラス参戦させてもらえそうだし、がんばる」
「剣菱としても君には活躍してもらわんと困るのだよ。巨額の金がかかっているのだし」
「金の事なんか何にもわかってないくせによく言うよ」
悠理はそんな茶のみ話をして、あっさり帰っていった。この後はアフリカに行くのだという。
お嬢様は、世界中を派手に遊びまわるのに忙しいらしい。

俺は再び胸ポケットに入った「お守り」を探った。
お守り、それは「写真」だ。
高校を卒業して俺が旅立つ前、花見に訪れた剣菱邸で美童が撮ってくれたもの。
「すごく感じが良かったから撮った」というその写真は、野梨子と2人、
満開の桜の下にいるものだった。
何を話していたのか今となってはわからないが、野梨子が笑顔で俺を見上げ、
俺が野梨子を見つめて笑う、そんな奇跡の一枚。
149俺、vs野梨子 その5 3/9:2009/09/18(金) 09:13:25
決して楽ではなかった日々もこの写真を見ると何となく気力がわいた。
弱音など吐くとまた野梨子にプンスカ怒られる、そう思うと自然に笑みがこぼれる。
そしていつも身に着けているうちに、いつしかその写真がお守り代わりになった。

5年だ。
5年も経っているのに、俺はまだこうやって野梨子の面影ばかりを追い続けている。

野梨子は5年も音信不通の俺のことなんて、とうに忘れ去っているだろうに。
恋人ができたって当然。結婚したっていいぐらいだ。野梨子だって充分大人なんだから。
しかし、野梨子は茶道のその男と結婚するんだろうか?
そう思うだけで、やり場のない感情で体が焼け付くように熱くなる。

「バカみてえ」

もう一度、写真の野梨子を見て、胸が締め付けられるほど切ない気持ちになった。
会えなくなってから好きだったのだと確信するなんて、本当に俺はバカだ。
他の男が現れて今更、こんなに気が狂わんばかりに、野梨子を求めてしまうなんて。

それでも
『魅録を尊敬しますわ!』
5年前、そういってくれた野梨子。
あの時の俺は、親の金以外何も持っていなくって、自分に何ができるのかもわからず、
かといって何をしようとするわけでもない、小僧だった。
清四郎のように頭脳も腕力も優れているわけでもなく、美童のように人を魅きつける
魅力があるわけでもない。
好きなことに熱中できるぐらいしか得意のない、中途半端な俺。
だから野梨子がまっすぐにそう言ってくれたのが、思いがけず嬉しくて……

野梨子に恋をした。
150俺、vs野梨子 その5 4/9:2009/09/18(金) 09:16:09
でも、その思いを伝えるには俺は何も持っていなさすぎて、気持ちを伝えるどころか、
恋を自覚することすらできなかったんだ。
それに、野梨子は俺には高潔すぎた。いつも背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いて進む少女。
だらしない男を絶対に許さないゆえ、男嫌い。

……今の俺は、少しは野梨子に恋心を伝えるに相応しい男になれているだろうか?
……野梨子の心に、今の俺が入り込む隙が少しでもあるのならチャンスが欲しい。

俺は野梨子に恋人ができたと聞いて、初めてそれを自覚した。

そして俺は、野梨子のために便箋を選び、封筒を選ぶ。
ペンは黒のボールペンでいいか。
俺は野梨子に手紙を書いた。
今度、イタリアに来ないか?と。
俺のレースを見ないか?俺がロードレーサーになったきっかけはお前なんだから、
クラスアップがかかってる次のレースは見に来いよ。それぐらいしたって、悪くないはずだぜ?
そんな内容をつらつらと。

こんなに文字を書くのは久しぶりだ。手が震えてただでさえヘタな字がさらに汚い。
ほら、野梨子、お前に手紙を書くのはこんな風に切ないぐらい緊張するもんなんだぜ?

俺は、高校時代のおかっぱ頭の野梨子が、ラブレターをぽいっとゴミ箱に捨てる姿を思い出していた。
野梨子に読まれることなかった哀れなラブレターたち。
それに俺は心から同情し、野梨子に対して激しい怒りを感じたのだった。
そうか、あの時すでに、俺は野梨子に恋していたのかもしれない。
だから男心をあっさりと捨て去るあいつの薄情が許せなかったのだ。
「捨てないで、ちゃんと読めよな、野梨子」

俺は野梨子に航空チケットとレースの観覧チケットを送った。
この手紙が野梨子の心に届くよう祈りながら……
151俺、vs野梨子 その5 5/9:2009/09/18(金) 09:31:28
―――――――― 数日後

「魅録、日本から客が来てるぞ」
そう言われて俺がファクトリーの入り口に向かうと、背筋を伸ばして佇む女がいた。
おかっぱだった髪の毛は肩を越えるほどに伸び、少し大人びた感じ。
さらに、雰囲気も清楚な少女から大人の上品な美しさに変わっていたが……
「野梨子だ……!」
「魅録」
野梨子の声が俺の名前を呼んだ。
それだけで俺はもう嬉しくて、思わず駆け寄ってまくし立ててしまった。
「会いたかった!来てくれたんだ!遠かっただろ?疲れてないか?元気か?」
本当は抱きしめたい。野梨子を思いっきり。
「元気ですわ。魅録も元気そう」
野梨子は大きな目を細めて、ニッコリと笑った。懐かしい笑顔。

「チケットをありがとうございました。連絡もしないで来てしまってごめんなさい」
「いいよ、来てくれたのならなんでも!野梨子が来てくれてすごく嬉しい」
俺はすごく素直な気持ちだった。だから正直に気持ちを伝える。
野梨子が来た。俺のために来てくれた。それだけでこんなに幸せだ。本当に嬉しい。
「…………」野梨子は何ともいえない表情で、俺をじっと見つめた。
「どうした?」
「いえ、魅録の顔を見たら安心して、懐かしくて」

その時、ふと俺は変な事に気づいた。
野梨子が持っているものは小さな手提げバックひとつ。スーツケースはない。
ちょっと買い物にでも行くような格好だ。

「野梨子、荷物はこれだけ?」
「ええ、身一つで来てしまって」
「……とりあえず、落ち着いて話せるところ行くか。俺、今日はもう上がりだし」
「ええ」
152俺、vs野梨子 その5 6/9:2009/09/18(金) 09:32:22
身一つで、日本からイタリアまできたって?それはいくらなんでも少し異常だ。
何があった?野梨子?

「……落ち着いて話せる場所が、魅録の部屋だとは思いませんでしたわ」
「これでもパパラッチに追いかけられたりしてんの。野梨子といたら目立つし。
だから、ゆっくりするなら俺の部屋が一番」
「パパラッチにはまた、妹だって言えばいいじゃありませんの?」
「あはは、今となっては妹っていう方が不自然だな。ま、適当に座ってて」

イタリア滞在中の俺の部屋は、高級ホテルの巨大なスイートルームだ。
この部屋に滞在できるのは、ある程度成功した男の証だと思う。
親の金を使わないでも、自分の力で俺はこの部屋に暮らすことができるようになった。
だから俺は野梨子にこの部屋が見せられるのが嬉しくて仕方ない。

野梨子はソファーに座った。
こうやって大きなソファーに座ると、小さな体がさらに小さく見える。
イタリアの大きな女ばかり見てきた俺には、それがやけに新鮮。

「それで、今日はどこに宿をとった?」
「……それが、ホテルも取らずに来てしまって」
やはり、おかしい。
ヒッチハイクしてるわけでもあるまいし、旅先の宿も決めずに来るなんて。
「……なにがあった?」
「…………」

野梨子は答えずに下を向いた。
まーた無言だ。5年前と変わらず野梨子はすぐ口を結ぶ。
その時、携帯が鳴った。
清四郎だった。清四郎は開口一番言った。

「まさかとは思いますが、そっちに野梨子が行ってませんか?」
「野梨子……?」
153俺、vs野梨子 その5 7/9:2009/09/18(金) 09:33:27
振り向くと、野梨子が首をぶんぶん横に振りながら、唇に指を当てている。
ナイショのサインだ。なるほど、居場所を知られたくないらしい。
俺は反射的に言っていた。

「いや、いないよ?……ってか、野梨子がどうしたの?」
「野梨子が失踪しました。今から警察や航空会社に問い合わせますが、
その前に野梨子が頼って行きそうな知人には、当たっておこうと思いまして」
「なんで失踪なんかするんだ?」
「さあ?僕が知ってることと言えば、来週、野梨子は結納をひかえてるんですよ。
お相手は白鹿流の一番弟子だそうですが、これがまた女にだらしない男で」
清四郎は苦々しい口調で言った。野梨子の結納に関しては清四郎の心中も複雑らしい。

「あのさ」俺は清四郎に言った。
「ひとまず警察にあたるのはやめておけよ。野梨子なら大丈夫だと思うぜ?」
「は?」
「高校の時の仲間の処にでもいってるんじゃねーか?」
「魅録?」
「いや、俺は何もしらねーよ?ただ野梨子の事だ、また迷子にでもなってるんだろ」
「……なるほど、そういうことですか。大丈夫なんですね?」
「ああ、大丈夫だ。きっとお前も安心して任せられる奴のところにいるさ」
「わかりました。野梨子は安全、と」
清四郎は大きなため息をついた。
「君がそう言うなら、野梨子をお任せしましたよ」
「了解」
俺がうっかりそう答えると、清四郎は軽く笑って電話を切った。
野梨子が安全であることは伝わった。とりあえずはこれでいい。

さてと。
俺は野梨子を振りむいた。野梨子は小さな体をさらに小さくしていた。
「今ので確実にバレましたわね」
「バレた、じゃねーよ!お前、結納が嫌で逃げてきたな?」
「……ええ」
154俺、vs野梨子 その5 8/9:2009/09/18(金) 09:35:07
野梨子はぽつぽつと打ち明け始めた。

それは今、白鹿流で起こっているお家騒動の事だった。
現在、白鹿の一番弟子である男が「家元」の名を欲しがっており、自分の流派を作ろうとしている。
男は白鹿流の事業を支え、タレント活動もしており、野梨子のお母さんと並んで今や白鹿流の顔らしい。
分裂すれば多くの弟子がそちらへついて行く気配があり、白鹿流は大打撃を受ける可能性が高い。
そうなれば、野梨子のお母さんは身も心も大ダメージを受けるだろう。
結婚さえすれば分裂は回避してやると男に迫られた野梨子は、一度は結婚を承諾する。
だが、やはり野梨子には自分の人生を白鹿流に捧げる覚悟がどうしても決まらないらしい。

「悩んでいたところに、魅録が送ってくれた飛行機のチケットを見てつい……」
「それじゃ、お前は逃げられればどこでもよくて、衝動的にここまで来たってこと?」

渡りに舟ってヤツだ。
航空チケットを送ったのがたまたま俺だっただけで、美童が送ったのなら美堂の処、
可憐が送ったのなら可憐の処に行っていたってことか。
俺に会いたくって来たわけじゃないのかよ。

「できれば、来週までここに居させてくださいませんか?」
「来週まで?」
「結納の日が終わるまで帰りたくないんですの。茶道の方も……少し離れていたいですし」

来週は、俺のMotoGPクラス進出がかかってるレースがある。
それを見に来てほしくて、手紙を出したのに。
結局、野梨子に必要だったのは航空券だけだったってことか……。

高校生時代に野梨子が読まずにゴミ箱に直行させていたラブレターたちを思い出す。
自分がその哀れなラブレターにでもなったような気分。
いよいよ、俺は野梨子に取るに足らない人間だと言われた気がした。
会えて嬉しかったのは俺だけ。
野梨子は手を差し伸べてくれる相手なら誰でもよかったのに、俺は馬鹿みたいに喜んで。
155俺、vs野梨子 その5 9/9:2009/09/18(金) 09:36:39
思わずカッとなって、衝動的に俺は野梨子をソファーに押し倒していた。
野梨子がびっくりして大きな瞳で俺を見つめる。久しぶりに見る、この顔。
「魅録!」野梨子は俺の体を押しのけようとした。
だから俺もついムキになって、野梨子の手首をつかんで自由を奪った。

「俺なら、何もしないで優しく受け入れてくれるとでも思った?」
「だって魅録……」
「仮にも男だぜ?」

すると、野梨子は体の力を抜き、観念した様に瞼を閉じた。
「それは、覚悟の上ですわ」

匿ってもらうお礼に、俺に抱かれるつもりでいたって言うのか?そして、俺がそうするとでも?
野梨子はその態度が一層俺を苛立たせるのに気付かないんだろうか。

「覚悟、ね。野梨子も5年で随分スレちゃったんだ?」
そう言いながら俺は野梨子の乳房をぐいっと掴んだ。
野梨子の全身がびくっと跳ねる。
何が「覚悟」だ。
これだけでガクガクに震えているじゃないか。

恐怖の影を落とす野梨子の瞳にうつる自分の顔。なんて間抜け面。
野梨子にこんなことしてる自分のことが吐き気がするほど嫌になった。
俺は舌打ちして野梨子から身を引き離した。

「勝手にしろ!」

白鹿野梨子。
残酷で薄情で自分のことしか考えてない冷たい女。
それでも俺は、5年たっても彼女の事を無視できないのだ。

(続きます)
156名無し草:2009/09/18(金) 12:50:31
>俺、vs野梨子
レーサーになった5年後の魅録、いい男になってるんだろうなーと想像してにやけて
しまいました。
魅録から突然手紙を受け取って野梨子が本当はどう思ったのか気になります。
続き早く読みたいです。
157名無し草:2009/09/18(金) 14:53:21
>>145
投票者が全員書き手って訳ではないでしょ
158名無し草:2009/09/18(金) 15:28:39
>俺、vs野梨子
5年後の急展開にドキドキしました。
世界的なセレブになったレーサー魅録がかっこいいですね。
大人になった二人がどうなっていくのか楽しみにしています。
159名無し草:2009/09/18(金) 20:52:42
野理子って可愛くてお嬢様で守ってあげたくなる子
だと思ってたけど、わたしには今回はイラとくる女になってる
これでも弥勒や清四郎は大事にするんだと思って嫉妬
モヤモヤワクワクしながら続き待ってます。
160名無し草:2009/09/19(土) 08:47:17
>>157
自分で書かないくせに投票だけする人っているんですか?
161名無し草:2009/09/19(土) 09:23:37
そりゃ沢山いるよ
162名無し草:2009/09/19(土) 10:33:38
>>159 誤字多すぎ。
163名無し草:2009/09/19(土) 12:23:34
>>160
ほとんどそうじゃねw
おまつりとかだいたいクレクレ読み専が言い出しっぺだしw
本スレ33より
【act.4】高校三年生・夏その1


 そのとき抱いた気持ちを的確に表現する言葉を、僕は持ち得ない。
 ゆえに、「語れ」と言われるのならば、事実のみを以って応えるしかない。
 いわく――幼馴染が恋に落ちた、と。

                       ※

 

 夏季休暇を目前とした昼休みのことだった。
 快適な温度に調整された教室の外では、白く霞むように晴れた空とともに、
茹だるような暑さが充満する、そんな日であったと記憶している。
 事の発端は、いつもは予鈴前には授業の準備を終えて行儀よく座っている
幼馴染が、時間ぎりぎりに教室へ戻ってきたことだった。
 緊急の用事があったにしては彼女の表情が得も言えず華やいでいたから、
ということもある。
 けっして顔色が悪いという訳ではないが、普段は人形めいた白さが目立つ
彼女の面(おもて)が、ほんのりと薔薇色に染まっており、ほんの少し
僕は見蕩れた。
 最近、彼女の表情にはっとすることが多い。
 いつまでも頑なな青い蕾のようであった昔とは違うのだ。
 ――胸に抱く感慨は、父親のような、兄のようなものであると思っていた。
 無論それも嘘ではなかったが、今思えば己を欺くように、思い込もうと
していたことを否定できない。
165名無し草:2009/09/20(日) 11:05:59
 なんにせよ、このとき僕は表層の意識では何気なく、野梨子に声をかけた。
「遅かったですね。もう予鈴がなりましたよ」
 言いながら彼女の手元に目を移すと、年代ものと推定される古い小説を手に
していた。剥がれかけの金箔押しのタイトルを僕はすばやく読み取った。
 どうやら図書室に寄っていたらしい。
「ええ。どれを借りるか迷ってしまって」
 仄かに微笑んだ野梨子を見て、はじめて僕はおやと思った。
 それはさりげないものであったが、同時に複雑な色の見え隠れする。
 含羞みがちな少女のたわいもないものようでいて、不躾な介入を無言の
うちに拒むような、そういった距離のある態度だと思ったのである。
 ――距離。
 とっさに選んだ言葉の持つ、意外までの深い意味に気づき、僕はうろたえた。



 
 顔に似合わぬロマンチストぶりが密かに気に入っている国語教師の朗読も、
今日に限ってはまるで興味を引くことがなかった。
 そっと野梨子を盗み見ると、机の中から何かを取り出しているところだった。
 ――さきほど図書室帰りの彼女が手にしていた小説だ。
 まさか彼女に限って、授業中の内職を?
 一瞬そんな考えがよぎったが、すぐに考え違いであることが分かった。
 野梨子はページを開くのではなく、真っ先に裏表紙を捲ったのだ。
 そして彼女は、図書カードが挟まっていない空のポケットホルダーを撫でたの
だった。
 表情まではうかがい知れることはなかった。
 しかしその柔らかな手つきを見るにつけ、容易く想像することは出来た。
 それまで穏やかであった水面に石を投げ入れられたかのように、僕はひとり
静かに静かに動揺した。


 そして僕はその放課後、人知れず図書室へ向かうことなる。
 貸し出し中の図書カードが収められた引き出しを開き、僕は。
 今まで友情と家族愛であるものと考えていた感情の正体を知ることとなる。


 ――もしも、と。
 このときのことを、僕はなんども振り返ることとなる。
 もしも僕と野梨子が同じクラスではなかったら。
 もしもこの日野梨子が余裕を持って図書室へ帰ってきていたら。
 もしも僕の席が野梨子の様子を伺うことが出来ない位置にあったのなら。
 野梨子の魅録への想いに気づくのが遅れ、何もかも手遅れになったのではないか。

 なんにせよ、僕は間に合ったのだ。
 否。
 ――無理やり間に合わせた、のだ。


                       ※


 
 自分に対する言い訳なら、あった。
 覚えている自分の方が可笑しいくらいの、罪のない幼い子供同士の約束。


 僕と結婚しようと、君から言い出したのだ。 


                                        act.5へ
167名無し草:2009/09/20(日) 13:00:43
薄情女キターーー

うれしいです
168名無し草:2009/09/20(日) 13:41:26
>薄情女〜
お待ちしてましたー!
このシリーズ大好きなので続きが読めて嬉しいよぉ。

まさか清四郎が野梨子の気持ちの変化を最初から気がついていたなんて驚きです。
そしてすぐに確認するところが彼らしいですよね。
続き楽しみに待ってます。
169名無し草:2009/09/20(日) 15:21:54
>薄情女
また読むことができるなんて嬉しすぎるー!
野梨子のちょっとした変化に気づいてしまうのは、
それだけ相手を意識しているからであり、長い付き合い故なのでしょうね
このシリーズの清四郎が好きなので、続きを楽しみにしています
170名無し草:2009/09/20(日) 17:05:15
>薄情女
お待ちしてました。
不感症男ではあんなに朴念仁に思えた清四郎が、実は割と鋭い面もあったということが
見えてきて、ふたりの感じ方の違いが楽しいです。
他のエピソードも楽しみにしています。
171名無し草:2009/09/20(日) 17:13:58
>薄情女
大好きです、このシリーズ!!
読めると思ってなかったので、嬉しさ倍増。
清四郎の鋭さがあだとなったのか吉と出たのか。
何でも確かめないと気がすまないのが清四郎らしくって
いいなぁ。
続き、待ってます。
172名無し草:2009/09/21(月) 01:09:56
>薄情女
 自分も続きを楽しみにしていました。
 さすがは清四郎、野梨子の気持ちに気づいていたか。
 次なる清四郎のアクションを待っています。
173俺、vs野梨子 その6 1/6:2009/09/23(水) 06:50:22
>>147-155 の続き 

白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで昔の俺の仲間。俺が密かに恋していた相手。
5年間、ほぼ音信不通だった彼女が、今俺の部屋に身を寄せている。

俺は野梨子が作ってくれた和食を堪能していた。
「野梨子、すげぇ!あの小さなキッチンでこんな料理が作れるなんて思わなかった」
「立派なキッチンでしてよ?さすが長期滞在型スイートですわね」
「ほんと、美味いよ!まともな日本食が食べられるのは本当にありがたい」
「こんなものでよければ、私がいる間は毎日つくりましょうか?」
「えっ!いいの?」
「匿っていただくお礼ですわ。魅録のためでしたら、喜んで」

少し頭が冷えてきた。
理由が婚約者から逃げ出すというものであれ、野梨子が俺を頼ってきたことに間違いはない。
元々、野梨子は『仲間』だ。有閑倶楽部の大事な仲間。必要な時に手を差し伸べてやるのは当然だ。
と、いうわけで、結局俺は野梨子をこの部屋に匿ってやることにしたのだった。

野梨子もあっという間に落ち着いてきたようだ。
まともに話すのは5年ぶりだというのに、俺たちは高校の時のような自然な会話ができている。

「さっきは悪かったな。動揺した」
「いえ、魅録の事情も考えず来た私が悪いんですわ。ごめんなさい」

野梨子は何事もなかったようにニッコリ笑った。
俺もつられてニッコリ笑う。
何もなかった振りをするのは、お互いうんざりするほど得意だ。

あの後、頭の冷えた俺は野梨子を連れて街へ出て、野梨子に必要な身の回りの物を買い集めた。
基本的に野梨子が物を選び、俺は金を払う。
野梨子は俺が金出すのを嫌がったが、俺が保護する以上、野梨子に金を使わせるつもりはない。
174俺、vs野梨子 その6 2/6:2009/09/23(水) 06:51:27
そんなわけで野梨子の買い物を待っている暇な間は、俺はファンサービスに勤しんだ。
俺はイタリアではそこそこ顔が知られているので、あっという間に人垣が出来てしまう。
ファンに野梨子は何者か?と聞かれるたびに、俺は答えた。

「妹、みたいなもん」

結局、野梨子は『妹』。5年前もそう言った。
俺たちは本当に5年前からひとつも進展がない。

野梨子が美しい所作で箸を使いながら言った。

「魅録がイタリアでこんなに有名人だとは思いませんでしたわ。まさにスーパースター!」
「イタリアはバイクレース人気があるからね。俺、こっちでCMにも出たし。
それに髪の色は相変わらずこんなだろ?覚えやすいらしい」
「……少し気が引けます。私なんかが魅録みたいな有名人と一緒に居ていいのかしら?」
「野梨子が何言ってんだよ。ま〜、おかげでパパラッチに追いかけられて大変なんだ。
今日も撮られてるかも。悪ぃな」

そう、俺は思いがけずイタリアで人気者になっていた。
日本では強面と言われるこの顔も、この国ではカワイコチャンに見えるらしい。
レースで勝利を重ねるごとに、妙な追っかけと、ストーカー、それからパパラッチに悩まされるようになった。
それで、俺はとある自衛策に出たわけだが……。

携帯が光った。
「あ、ジーナだ」
俺はちらりと野梨子の方を見る。
俺とジーナが世間的に恋人と言われている事は、野梨子も知ってるだろうか?
野梨子は『私のことはお気になさらず』という涼しげな顔で俺を見た。
この様子だと、ジーナが俺の恋人だって知ってるな。

電話に出ると、ジーナの明るいイタリア語が聞こえた。
175俺、vs野梨子 その6 3/6:2009/09/23(水) 06:52:31
「はーい、ミロク、そっちの調子はどう?」
「まあ、元気にやってるよ。ジーナこそパリでの仕事は順調?」
「良い仕事やらせてもらってるわ!ミロクのおかげよ」
「こっちにはいつ帰ってくる?」
「ミロクのレースの直前になるかもしれないのよね。いいかしら?」
「うん、大丈夫。いつも悪いな」
「お互いさまでしょ?じゃ、レースまでしっかり体調整えてね。またね」
と、俺とジーナはまるっきり色気のない事務的な会話をして電話を切った。

実の処、ジーナは俺の恋人ではない。
彼女と知り合ったのは、3年前、プロモーションも兼ねたパーティでの事だった。
その当時、俺は本格的にイタリアに拠点を移し、レースでは何度か勝利をして、
期待の新人として注目を集め始めていたところだった。
人気が出たのはいいが、同時にストーカーまがいのファンやパパラッチに悩まされ始めてもいた。
そんな時に出会ったのが彼女だった。

ジーナは言った。
「ねえ。あなた私の恋人にならない?」
「はあ?!」
「私、世界一のモデルになりたいの。手始めにまずイタリアで有名になりたいのよね。
それにはあなたみたいに注目されている恋人が必要なの。つまり、ハクが欲しいのよね」
「そんな理由で俺を恋人に?」
「嫌ならなにも本当に恋人になる必要はないのよ?お互い本当の恋人ができるまでの仮初の恋人。
あなただって、私と恋人宣言すればパパラッチを追い払えるわよ?悪くない話でしょ?」

あっけらかんとそうまくし立てる彼女を、俺はすっかり気に入ってしまっていた。
まるで美童を女の子にした感じのルックス。そして可憐のように軽薄で底抜けに明るい美女。
有閑倶楽部時代の空気を思い出して、俺はついOKしてしまったのだ。
176俺、vs野梨子 その6 4/6:2009/09/23(水) 06:53:18
以来、ジーナとは不思議な関係が続いていた。
世間には恋人といっておきながら、決して恋人ではない。
人前ではキスをするが、2人きりでいる時は決してしない。「人に見せるだけ」の恋人。
俺のレースの時や、彼女のショーなどお互いの大事の時には駆けつけて、世間に仲良しをアピールする。
おかげで、俺はパパラッチの悪意に満ちた取材から、少し逃れることができていた。
「私は本当に恋人になってもいいのよ?ミロク」
「バカ言え、全然その気ないくせに」
俺が小突くと、おでこにさらさらの金髪がかかる。本当に美童のようだ。
友達としては最高だが、正直、美堂を思い出す相手に食指は動かない。
ま、とにかく恋人ではなくっても、俺たちが仲良い友人なのは間違いなかった。

あっさりと電話を切った俺に野梨子が言った。
「いいんですの?私に遠慮しないでもうちょっとおしゃべりすればよろしいのに」
「いいんだよ、大した用事じゃないんだから」
「あんなにあっさり切ったらジーナさん、寂しいんじゃありませんの?」

どうやら、野梨子は本当にジーナを俺の恋人だと思っているようだった。
イタリア語で会話していたので、俺たちがどんな会話をしているのかもわかるまい。
全くモテないと思われるよりは、誤解させておくのもいいか。
俺は安易にそんな事を考えた。だから、
「俺たちの仲はそんなんじゃないんだよ」
と、どうとでも取れる言い方をしておいた。
野梨子は表情を変えないで「そう」とだけ言って、箸で口にものを運ぶ。
俺の気持を知らんぷりするなよ。少しは気になってるくせに。
意地悪な気分になった俺は、野梨子に言った。

「それでさ、野梨子」
「はい?」
「ベッドひとつなんだけど、一緒に寝ようか?」
「!!」
177俺、vs野梨子 その6 5/6:2009/09/23(水) 06:54:06
野梨子がポカンと俺の顔を見て、みるみるうちに頬に赤みが刺す。
へへん。驚いたか、ざまーみろ。俺の気持を知らんぷりしたりするからだ。

「……いいですわよ?一緒に寝ましょう」
「へ?」
「申しましたでしょ?覚悟の上だって。魅録が本当にそれを望むならよろしくてよ」

氷のような冷たい目で野梨子はそう言い切った。
野梨子の後ろからゴゴゴゴゴと地響きが鳴り響いたように感じた。激しく怒ってる?!
「ご、ごめん。……ナサイ」
結局、ベッドは野梨子に提供し、俺はソファーで眠ることになった。

こんな風に、俺たちの共同生活は始まった。

俺は日中はファクトリーでの打ち合わせやプロモーション活動で忙しく、野梨子とはいられない。
その間は野梨子は一人でイタリア観光を楽しんでいるようだった。
と、言っても、あんなに方向音痴ですぐ迷子になる女を、遠出させるなんてとんでもない。
行き先はホテルの周辺、俺の許可がある場所のみ、だ。
『まるで子供のような扱いだ!』と、野梨子は初めこれに抵抗したが、匿っている以上、
俺が野梨子の保護者だ。文句は言わせない。

ホテルに帰ると、毎日野梨子が手料理を作って待っていてくれた。
恋しい女と、その手料理。至福の時間だ。
お小言が付いてくるのを除けば……

「今日、クローゼットの奥に汚れた下着が山のようにたまっているのを発見しましたわ!
なぜあんなになるまでためておくんですの?」
「見たの?!」
「ええ。部屋に洗濯機もついてますのに」
「……いや、だって洗濯面倒だし。かといって下着をホテルのサービスに出すのも色々厄介かと
思ってつい……。洗濯するより買っちゃった方が早いし、かといって捨てるのも忍びないし……」
「なんてもったいない!洗濯機に放りこんで回すだけですのに!とにかく、洗濯しておきましたから」
178俺、vs野梨子 その6 6/6:2009/09/23(水) 06:55:24
「えっ!」 俺のパンツを?!
「今後は靴下と下着は分けておいてくださいませ。汚れの質が違います。靴下はオイルだらけでしたわ」
「…………はぃ」

お小言はあるにせよ、野梨子が来てから部屋の居心地は格段によくなっていた。
部屋の掃除はサービスが入っているので今までどおりのはずだが、空気が違う。
言うなれば生活感のようなものがあって、それが俺を安らかにさせてくれていた。

それは例えばコーヒーの香り。
「はい、どうぞ」
「お、ありがと」
野梨子は食後しばらく経つと、必ずお茶かコーヒーを入れる。自分の分と必ず俺の分も。
淹れたてのコーヒーの香りが漂うと、無味乾燥なホテルの部屋も穏やかな暖かさに満たされる気がするのだ。
「さすが茶道の先生。コーヒー入れても美味しい」
「ちゃんと背筋を伸ばして座って飲みなさい。そんな風にソファーに横たわりながら飲んでたら、
火傷しますわよ」
またお小言だ。お茶の先生は作法にうるさい。俺は言われたとおりに姿勢を正して飲んだ。
野梨子はそんな俺を見守ってから、行儀よくソファーに座ってカップに口をつけた。
この女の所作は、指先の動きまで流れるように美しい。

心地よい。
たった数日でこんなにここを居心地良くしやがって。
お前が日本に帰ったら、俺はどうしたらいいんだよ。

野梨子と俺は趣味や趣向は合わないのかもしれないが、感じ方は近い。
TVの話題、今日あった事、そんなどうでもいい日常会話がすごく楽しい。
俺にとっては夢のようなこの生活を、野梨子はどう感じているのだろうか。
婚約者から逃げ出す事がなければ、イタリアには来なかった?

なあ、野梨子。俺に会えて嬉しいって少しでも思ってくれた?
俺は5年前以上に、お前の事を好きになってしまっているのだけど、お前は何も変わらない?
(続きます)
179名無し草:2009/09/23(水) 10:26:37
>俺、vs野梨子
野梨子のほうが魅録よりも一枚上手ですねw
お小言を言われる魅録がかわいい。
野梨子は魅録のことをどう思っているのか、続き楽しみです。
180名無し草:2009/09/23(水) 21:39:02
>俺、vs野梨子
お待ちしてました
5年経っても変わらず「妹みたいなもん」としか言えない微妙な距離がもどかしいです
魅録はそれ以上の気持ちを自覚してるみたいだけど、野梨子は・・・?
続きを楽しみにしてます
181名無し草:2009/09/24(木) 03:37:52
>俺、vs野梨子
野梨子が何を考えているのかわからない。
魅録は野梨子にとってただの友達?
続き待ってます。
182名無し草:2009/09/24(木) 04:05:38
最近、8巻以降の有閑倶楽部を読みまして清四郎にくっつく悠理に萌えたので投下します。
携帯で拙いですが…

※注※ 清×悠

以下8〜10レスくらいです。
183名無し草:2009/09/24(木) 04:07:11
今日も賑やかな有閑倶楽部。お馴染みのメンバーがワイワイ仲良くケンカしたり笑ったりしている。
明るい日差しが窓からこぼれ、「せっかくの天気だし外に繰り出すか!」と
6人は学園内を歩き出す。と、突然彼らに飛び込んできた人影。
「うわっ!何だ!?」
「すっ、すみません!」
馴染みのない顔。しかし恐縮して謝るその顔は、よく見ると美形だ。
いや、美形というか、可愛らしい顔をしているワンコのような男だった。
「あ、あの俺、2年の松田と言います、あの、それで…」
ふわふわした柔らかそうな髪を指でかき乱して赤面しながらワンコは喋り出始める。
そしてあたふたしながら悠理の手を取ると、
「剣菱悠理さん!…ずっと好きでした!貴女のことが好きなんですっ!」
と言って勢い良く頭を下げた。のけぞるメンバー。と、周囲の生徒達。
「なんて命知らずな…」
青冷める周囲の生徒達、固唾を呑んで見守るメンバー共に、悠理の反応を待つ。
当の悠理はしばし固まっていたが、ようやく口を開いた。
「お前、もの好きだな…」
呆れ顔で見つめる。
「でもまあ、気の済むまで傍にいるのは別に構わないぞ」
意外な答えに周囲は「え!?」となるが、悠理は余裕綽々と頷いた。
184清×悠 2:2009/09/24(木) 04:08:26
「あっ、ありがとうございます!!」
ワンコ男はパタパタと尾っぽを振るのが見えるような喜びようで、紅潮した顔で頭を下げる。
とりあえず今日は手を振って松田を返したところで
メンバーは悠理の手を引っ張って、部室に連れ戻した。
「どういうことだ、悠理!?」
悠理が説明するところによると、深刻な不況により剣菱と繋がるために
悠理に近づいてくる輩が後を絶たないらしい。
だが悠理の粗暴さと、あまりの色気のなさに皆諦めて去っていくそうだ。
「だからアイツもそうなるさっ。アハハッ」と、悠理は笑った。
しかしそうはならなかった。ワンコ君は意外にしぶとく、悠理が粗暴に振る舞っても
嫌な顔もせず優秀な執事のようにフォローする始末。色気ない態度にも怯まない。
だんだん、悠理の松田に対する態度も甘くなってきていた。
「だってアイツ、ワンコみたいなんだもん。怒っても邪険にしても懐いてきてさ…」
「アイツならあたいでもやっていけるかもしんない、なんてなっ。アハハ」
悠理は笑ったが、何とはなしに危なっかしく感じる。
「おーい」
遠くから松田が手を振って悠理を呼ぶ。笑顔で駆けていく悠理を
メンバーは複雑な思いで見つめた。
185清×悠 3:2009/09/24(木) 04:09:24
積極的に悠理を誘う松田のおかげで、悠理とメンバーはいつの間にかすっかり疎遠になっていた。
もう何日もいっしょに弁当を食べていないし、いっしょに下校もしていない。部にも来ない。
いっしょに居る機会は格段に減っていた。
「何か静かですわね…。悠理がいないと…」
普段はあまり悠理といない野梨子が口をひらく。
「ああ、ギャーギャー五月蝿いやつがいないからな」
魅録が窓の外を見ながら答える。そこには木に登って、下りられなくなって怯える猫を
助けようと手を伸ばす悠理と、下から見守り笑顔で声援を送る松田がいる。
このごろ悠理は見るからに女らしくなった。
言動は相変わらず粗暴だが、雰囲気が優しく柔らかくなった。
松田に向ける笑顔は、今までの悠理からは想像できないくらい『女の子』だ。
ボサボサだった髪もキチンと梳してカチューシャのようにリボンまでしてきたのには驚いた。
照れくさいのかシンプルなベルベットの細い黒リボンだが。
それだけで娘の恋に張り切る百合子さんと抵抗しつつも照れながら髪を弄らせる悠理、
松田と剣菱家の良好な関係が見てとれる。
「悠理、松田と結婚するのかな…」
「…」
美童の呟きに皆何となく黙ってしまった。
186清×悠 4:2009/09/24(木) 04:10:25
破局は唐突に訪れた。
松田の元婚約者が悠理のいる前で松田に泣きついたのだ。どうしても諦められない、と。
それは悠理の前どころか大勢の生徒の集まる、食堂での出来事だった。
松田は硬直したまま動けなくなった。元婚約者に情はある。しかしここで彼女を選べば
剣菱の顔に泥を塗ったことになり、親にどんな迷惑が掛かるか分からない。
そもそも会社の経営の苦しい親のために悠理に近付いたのだ。
悠理と仲良くなったと告げた時の、あの両親の嬉しそうな顔…
邪だった自分を問いただすこともなく、暖かく受け入れてくれた剣菱家の人たち…
あの人たちを自分は裏切るのか。そんなことは出来るわけがない…
「松田」
松田はハッとして顔を上げた。
「今までありがとうな。あたい、お前と出会って柄にもなく女みたいなカッコしたりさ…」
悠理はアハハッと困ったような笑顔で頭を掻いた。
「母ちゃんは張り切るしホント、困ったぜ…もうそんなことしないでいいんだあって
あたいもホッとしてんだ。だから気にすんなよな。あたいの相手なんかして大変だったろ?
お前の父ちゃんの会社のことは、あたいから父ちゃんに頼んでおくから心配すんな。
ありがとな。楽しかった…」
187清×悠 5:2009/09/24(木) 04:11:28
笑顔でそれだけ言うと、悠理はクルリと背中を向けた。
「ゴメンっ!ゴメンなさい…」
その背中に松田が泣き出しそうな顔で声を掛けた。
「初めは親のためだったんだ。会社が危なくなって暗い顔ばかりしてる両親に
少しでも明るい笑顔が戻ればと…
でもいつの間にか本当に君に惹かれていた。恋とは違ったかもしれないけど
本当に好きになったんだ。大好きだった。本当なんだ。それだけは、それだけは…」
“信じてほしい…”
その言葉は辛そうに歪んだ唇の中で、声にならずに消えた。
「あたいは…」
背を向けてじっと松田の言葉を聞いていた悠理が口を開いた。
「あたいはバカだしガサツだし、女っぽさの欠片もない男女だし
女に見られたことなんかない、見られたくもないんだ」
普段の悠理とは違う静かで冷静で、しかしキッパリとした声だった。
「魅録はあたいを男友達と思ってるし、清四郎なんかあたいのこと猿かペット扱いなんだぞ」
クルリと松田のほうに向き直ると
「だからお前の“恋じゃないけど大好き”ってのはかなりイイほうなんだぞ」
そう言って、にっと笑った。
「またウチにも遊びに来いよ。母ちゃんも父ちゃんもお前のこと気に入ってんだ」
188清×悠 6:2009/09/24(木) 04:13:23
ヒラヒラと手を振り立ち去る悠理に、松田とその婚約者は何時までも頭を下げていた。
しばらくして部室に悠理の様子を見に来たメンバーだったが
魅録は悠理の言葉に胸を突かれて、落ち込んでいた。隣りの清四郎も元気がない。
かくして、こういう場面に強い野梨子が声をかけることになった。
「…ゆ、悠理?」
ドアの隙間から恐る恐る覗き見るメンバーたち。
悠理は机に突っ伏したまま、押し黙って答えない。床には投げ捨てられた黒いリボンが落ちていた。
「悠理…」
皆どう言葉をかけたものか迷っていた。すると悠理が重い口を開いた。
「…今日はほっといてくれ」
「明日になったら笑ってくれていい。バカにしていい。だから今は放っておいてくれ」
堅い口調が皆の胸を刺した。
「悠理、バカにするだなんて、どうしてそんなこと…」
野梨子が「どうしてそんなこと思うんですの?」と言い終わる前に
その脇をスッと人影が通り過ぎた。そして次の瞬間、違う意味でみんな固まっていた。
皆の視線の先にあるもの、それは正面から思い切り悠理を抱き締める清四郎の姿だった。
「猿だなんて…ペットだなんて本気で思ってなんかいません…」
189清×悠 7:2009/09/24(木) 04:14:21
呆然とされるままになっている悠理を必死の感じで抱き締めながら、清四郎は続ける。
「当たり前みたいに近くに居すぎて気付かなかった。
君が離れてからようやく気付くなんて僕はバカです…
君が松田に笑いかけるのを見るたびに、何故僕ではないのかと。
遠くから眺めて初めて気付いた。嫉妬している自分に。
いつも僕の傍にいた君の大切さに」
「そしてすぐに僕を頼って纏わりついてくる君の可愛さに」
そう言って清四郎は普段の悠理を思い出したようにクスリと笑った。
「…好きです」
その言葉は驚くほど真摯に、静まり返った部室に響いた。
半ば信じられない思いで、固唾を飲んで見守っているメンバーの沈黙を破って悠理が口を開いた。
「あたい、ついさっき失恋したばっかなんだけど」
声の調子にいつもの子供っぽさが戻っていることにメンバーたちは(おや?)と思った。
それを聞いて清四郎も緊張が解けた様子でクスっと笑う。
「構いません。失恋のキズが癒えるまで気長に待ちますよ」
それを聞いてしばらく考え込むように黙っていた悠理だったが
「あたい、松田とはまだキスしてないんだ」
「…んん??」
清四郎が怪訝な顔をした瞬間、悠理の唇が清四郎の唇を捕らえた。
190清×悠 8:2009/09/24(木) 04:15:29
固まる清四郎に悠理はしてやったりな笑顔で言った。
「ファーストキスやったんだからな。前みたいに逃げるなよ?清四郎」
それを聞いて清四郎も負けずに返す。
「あの時と今では違いますからね。万作さんや豊作さんも居ますし
いきなり全てを任されるわけではありませんし大丈夫ですよ。
それより貴女こそ令嬢に相応しい知識や教養を身に付けて下さいよ?」
「…。…わ、分かった」
藪蛇だったと後悔しつつ、悠理は渋々承知した。
「よし。いい子いい子」
ニコニコしながら悠理の頭を撫でる清四郎。その周りには事の決着を見て
祝福しようと友人達が駆け寄ってきていた。明るい陽の射すいつもの部屋で。
191名無し草:2009/09/24(木) 04:17:44
以上です。
1のタイトル入れ忘れました…
すみませんでした
192名無し草:2009/09/24(木) 17:01:02
>>191
乙です
部外の男と恋する悠理も意外でかわいかったです。
193名無し草:2009/09/24(木) 18:18:35
>清×悠
悠理からのキスが意外でビックリしました。
でもよく考えてみれば、こういう積極性も彼女ならではかも。
194俺、vs野梨子 その7 1/7:2009/09/25(金) 06:01:53
>>173-178の続き

白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで昔の俺の仲間。俺が5年間ずっと思いを寄せている相手。
結婚が嫌で日本から逃げ出してきた彼女を匿って、そろそろ10日になる。

「俺明日、夕方からオフなんだ。どこか行って飯でも食おうよ」
「大丈夫ですの?私なんかと外へ行って……?パパラッチの標的になったりしません?」
「そりゃ、多少は写真撮られたりするかもしれないけれど、大丈夫だよ。俺はもう慣れっこ。
ファンも、この前買い物に行った時に野梨子の事『妹』だと言ったら、皆納得してたし」
「あら。また私の事を『妹』って言いましたのね」
「俺とお前、全然似てないけどな。イタリア人には日本人なんて皆同じに見えるのかもしれない。
大きなレースの前に家族が来るのは自然だしな」

すると、野梨子はためらいがちに言った。
「でも……あの、ジーナさんが嫌じゃないかしら?万が一、タブロイド紙の記事になったりしたら」
「ジーナは気にすることないよ。お前の事、知ってるし」
「知ってますの?!」
「ああ」
ジーナは俺の『お守り』の件を知っている。
それで多分、俺が野梨子の事を好きだって事も。

「……わかりましたわ。では一緒にお出かけいたしましょう。『お兄さま』」
野梨子は笑って言った。

そして、次の日の夕方、俺たちはドライブへ繰り出した。
野梨子にとっては、イタリアに来て初めての遠出のはずだ。
やはり、連日ホテルの周りを歩くだけでは物足りなかったらしい。いつもよりも晴々としている。
弾むような声で野梨子は言った。
195俺、vs野梨子 その6 2/6:2009/09/25(金) 06:04:24
「今日はバイクじゃありませんのね?」
「正直、夜に公道でバイク乗る方が怖い。何が起こるか分からないし。それに車の方が野梨子が楽だろ?」
「それはそうですけど、久々に魅録のバイクに乗りたかったですわ。プロのレーサーの」
「そういえば、バイクに乗せた事あったよな」

そういえば、なんて言っておきながら、俺は野梨子を乗せた日の事を忘れてなどいなかった。
若かりし頃は、背中にしがみついてきた野梨子の感触を繰り返し思い出したものだ。情けない。
「あっ」
それこそ『そういえば』!高校の時より大きくなってる?!
それに気付いた瞬間、ついそこへ視線を送ってしまっていたらしい。
野梨子が胸元を隠した。

「なんですの?」
「なんでもないでーす!あっ!見ろよ移動遊園地があるぜ」

街へ時折訪れる、移動遊園地だった。
メリーゴーランドとゴーカート。それから小さな小さな観覧車。
小さいながらもイルミネーションは豪華で、精一杯キラキラと光って可愛らしい。

「野梨子、観覧車乗ろうよ」
「ええ!」

観覧車に並ぶと、何人かが気づいて俺に寄ってくる。
サインを求められたので、俺はサインに応じた。
俺は基本的にこんな風に人と交流するのが好きなので、全く苦ではない。積極的にサインする。
ファンの一人が俺に聞いた。

「ジーナはどうした?こんな可愛い子連れてたら、ジーナがヤキモチ焼くんじゃないの?」
「大丈夫、ジーナは今パリにいるよ。俺のレースの時に帰ってくる」

俺はそうイタリア語で言った。
196俺、vs野梨子 その7 3/7:2009/09/25(金) 06:05:15
「ジーナさんの事を話してますの?」野梨子が聞いてきた。
「ああ、ジーナはどうしたって聞いてきたから、レースの時に帰ってくるって答えた」
「魅録とジーナさんとの事、イタリア中の人が知ってますのね」
「んー、公の場にはいつも2人で出るからなぁ」
「まあ、仲良がよろしいんですのね」

野梨子は顔色ひとつ変えない。
俺の事なんて、男としてどうでもいいって事なんだろうなぁ。
元々野梨子は男嫌いだし、俺の事が男に見えてるかどうかすら怪しいよ。

順番が来て、俺と野梨子はブランコのような貨車に2人並んで座った。
キラキラに飾り立てられた貨車は時間をかけてのんびりと昇ってゆく。
俺は、はやし立てるファンに手を挙げて応えた。

「思ったより眺めがいいですわね!」
「高校の時一緒に乗った観覧車ほどじゃないけどなぁ」
「あの時は、清四郎と悠理が先に帰っちゃって送ってくださったのよね」
「ああ」

俺はずっと気になっていた事を聞いた。

「……清四郎とは、今でも会ってるの?」
「高校の時のように毎日ではありませんけど、今でもよく会ってますわよ」
「ふーん。しばらく会ってないけど元気?」
「なんでも世界征服するんだって張り切ってますわ。それで相変わらず悠理と喧嘩ばっかり」
「悠理と?」
「ええ、……あっ」そう言って野梨子は口を押さえた。
「なんだよ?」
「なんでもありませんわ。ほら見て、大きな月!」
197俺、vs野梨子 その7 4/7:2009/09/25(金) 06:06:16
確かに大きな満月だった。
それからしばらく、俺たちは月に飲み込まれるように無言になった。
月はこんなに近くにあるように見えるのに遠い。
まるで、俺と野梨子の距離のようだ。
隣に座っているのに、全く手が届かない場所にいる女。憧れてやまない俺のお月さま。

「野梨子、こっちには、いつまでいるつもり?」
「魅録のレースが終わるまではいますわ」
「その後は?日本に帰るのか?」
「……そのつもりですけど」
「結婚騒動は、どうする?」
「結婚はしません。それにもう、ここに来た時点で白鹿を継ぐのは諦めてますわ」
「いいのかよ?」
「ええ、私が間違ってたんです。したくない事をしてまでしがみ付くのは私の性分ではありませんもの」

野梨子はキッパリとした調子で言った。
昔から開き直ると強い。そして決して曲げない。野梨子はさらに続けた。

「それに、日本から何も連絡がないって事は、清四郎が両親へ説得してくれて、
ついでに結婚話も片づけてくれてるって事だと思いますわ」
「お前……、そんなことまで清四郎に頼りっぱなしでいいのかよ」
「そこは、私も清四郎のお世話をしてますからいいんですわ。ギブアンドテイク、ですわね」

野梨子の、俺と清四郎に対する態度は相変わらず全く違う。
俺が野梨子の保護者面をするのには抵抗するくせに、清四郎には安心して頼りきっている。
清四郎は身内、俺はあくまで『他人』、ってことか。

野梨子と清四郎の仲は、昔から本当に不可解だ。
単なる幼馴染を越えた仲でありながら、お互い関心のないそぶりをする。
信頼や愛情なんて言葉では表す事の出来ない、絆。
198俺、vs野梨子 その7 5/7:2009/09/25(金) 06:07:16
野梨子は、今更日本に帰って、どうするんだろう。
白鹿流のゴタゴタに巻き込まれ、それから逃れるようにイタリアに来た野梨子。
茶道を、白鹿流を継ぐのを諦めたってことは、やはり白鹿家を出るんだろうか。

そして幼馴染の誰かさんの腕の中に飛び込んだりするのかな。

俺は高校時代の頃のように何も持ってない男に戻った気分になっていた。
5年で何かを得たなんて思っているのは俺の勝手な幻想で、完全無欠のあの男の前では、
今も俺は何も持ってないに等しいのかもしれない。

……と。
その時の俺は、そんな風に自分のシリアスな気持ちに浸るのに夢中で、
隣にいた野梨子が、どんなもの思いでいたかなど、想像もしていなかったのだ。

いよいよ、レースの日が近づいてきていた。
レース2日前、夕食を食べ終わった後の食器を片づける野梨子に、俺は声をかけた。

「野梨子ぉ、俺明日の夜は調整でファクトリーに入るから、夕飯いらない」
「はーい。了解ですわ」
「明日の夜は野梨子一人でここに居させることになっちゃうけど、ごめんな」
「あら、お気になさらず。魅録こそ、やっとソファーから解放されますわね」

野梨子は『何言ってるの?』という調子で、くすくす笑った。
あ、そっか。俺がいない方がむしろ気楽か。
199俺、vs野梨子 その7 6/7:2009/09/25(金) 06:08:20
「……前日はあちらに泊まるんですのね。ついに明後日がレースですものね」
「野梨子、絶対見に来いよ」
「もちろん必ず行きますわ!魅録の高校からの夢がかかったレースですもの」
「それと……」

俺は思い切って言ってみることにした。

「野梨子。お前、日本帰らないでこのまま俺と一緒にいないか?」
「えっ?!」

野梨子があまりに驚いた顔をしたので、緊張が一気に押し寄せた。
なんだよ、レースの時より心臓がバクバクいってるじゃないか。
おかげで、ついしどろもどろになる。

「いや、俺も野梨子がこうやって身の回りの事やってくれてすごく助かったし、
短い間だったけど、今更、野梨子がいない生活なんて考えられないし」
「…………」
「野梨子がいれば、毎日和食が食べられるし。俺、野梨子が来てから体の調子いいんだ」
「…………」

野梨子は無言だった。気まずい沈黙が続く。なんか言え、野梨子!
しばらくたって後、考え込むように野梨子が言った。

「……私がいると便利ですものね……」
「そ、そう!だから、俺と居ろよ。一緒にヨーロッパの色々な国に行こうよ」
「……ねぇ、魅録、あなたは……」
200俺、vs野梨子 その7 7/7:2009/09/25(金) 06:10:40
なぜだか苦しそうに野梨子がつぶやいた時、そこで、携帯が鳴った。
俺は一瞬躊躇したが、野梨子が視線で『出ろ』と促すので、電話に出ることにした。

「もしもし魅録?僕です」
「清四郎?」
「今、君の部屋の前にいるんですが、開けてもらえませんか?」
「えっ?今?イタリアに?なんで?」
「君のレースを見に来たんですよ」

俺がドアを開けると、本当に清四郎がいた。
5年前よりもずっと洗練された上品な身なりで立派な体格。一流の男。
その男は、ドアを開けるなり俺の後ろを目で探り、野梨子の姿を見つけると言った。

「野梨子。迎えに来ましたよ。ホテルも取ってある。一緒に行きましょう」
「…………」

俺の背中に隠れるようにしながら、野梨子は茫然と清四郎を見つめていた。
そんな野梨子に、清四郎は招くように、スッと手を差し伸べる。
すると、野梨子の体が清四郎に引き寄せられるように動いた。

なんで行こうとしてるんだよ!野梨子!

「待てよ!!」

言うと同時に、俺は思わず野梨子を抱き寄せていた。

(続きます)

>>195タイトルミスりました「俺、vs野梨子 その7 2/7」です
ちなみに、お祭中に長編投下してもいいんでしょうか?
201名無し草:2009/09/25(金) 09:52:11
>俺、vs野梨子
清四郎キタ ━━(゚∀゚)━━ !!!
思わず行動に出てしまった魅録といい、続きが楽しみです。
視線を送ってしまう、正直者の魅録にも笑いましたw

お祭り中の投下は構わないと思いますよ。
競作専用スレになる訳ではないし、連載も読めたら嬉しいです。
202名無し草:2009/09/25(金) 16:17:17
>俺、vs野梨子
魅録ってばほとんどプロポーズの言葉なのに肝心な言葉が抜けてるよぉ。
清四郎の登場で二人の仲がどう進展するか楽しみです。

自分も祭り中の投下はOKだと思います。
☆お題「映画」に関係した、短編・小ネタ・コピペ改変・イラスト・漫画等をウプしてください。
(既存作品のオマージュ・パロディ的な使い方、映画そのものがキーワードになるものなど、
 なんでもあり。誰もが知ってる映画でなくても可)

☆期間 9/26(土)0:00〜10/2(金) 23:59の1週間

☆投稿方法
(1)共通ルール
・投稿の時は、名前欄に“競作・<作品のタイトル>” と入れてください。
・カップリングがある際は、出来る限り作品の冒頭に記載をお願いします。
・10レス以内(画像の場合は10枚以内)にしてください。

(2)短編・小ネタ・コピペ改変等
・本スレへのウプ推奨。気が引けるという人は「短編UP専用スレッド」も利用可。
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1029258872/
・難民板では1レスで投下出来るのは32行以内、1行は全角128文字以内ですが、
 1レス全体では全角1,024文字以内なので気を付けてください。
・未成年も見ているので、性的な描写は良識の範囲内でお願いします。
 18禁描写入りのものをUPする時は、エロパロ板の有閑スレなどを
 ご利用ください(姉妹スレではないので、先方で断りを入れてから利用)。

(3)イラスト・漫画
http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs.cgi?user=11881yukan2chに直接ウプか
 yukan2ch★infoseek.jp(★を@マークにかえる)にメールしてください。
 投稿作は、妄想同好会に吸収されるまでは管理します。
・18禁の場合、「局部がかかれていない(見えない)物であり、出版物として商業市場
 (同人ではありません)に出せる程度の物」が基準です。

☆作品の裏話などはこちらへ。妄想同好会にUPする際、作品の後ろに付けます。
裏話スレッド http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1027901602/

=== 作家も自称作家も初心者もROMちゃんも・・・燃えてみませんか? ===
(美×可です)

今日のデートの待ち合わせの時間までは、まだ少しある。
わずかな暇を持て余す僕と可憐は、2人で部室でダベっていた。

「あたし、映画のパート2って嫌い」
「なぜ?」
「だって、1作目でハッピーエンドで終わってるはずのカップルがいきなり別れていたり、
ひどい目にあってたりするんだもの。それだけでがっかりするじゃない?」
「そう?パート2の方が金がかかってたり、キャスティングが豪華になってたりする事多いよ?」
「美童はキレイな女優さんが出てくればそれでいいんでしょ?あたしはパート2がとにかく嫌」

珍しく、好き嫌いの少ない可憐が熱くなっている。

「特にディズニー映画のパート2が苦手!知ってる?シンデレラにもパート2があるのよ!」

可憐曰く。
シンデレラのパート2は、結婚後、愛してくれた王子様は仕事に明け暮れ、
シンデレラはしきたりに押しつぶされそうになりながら、家庭の切り盛りに明け暮れる……という、
実に現実的なお嫁さん苦労話らしい。

可憐は鼻息荒く言い放った。

「せめてお姫様はハッピーエンドのままであるべきよ!」
「……その割には、しっかりシンデレラのパート2を見てるじゃない。僕は存在すら知らなかったよ」
「だって、お姫様のその後って気になるでしょ?」
「なんで?」
「それは……」
可憐は口ごもった。

僕は知ってる。それは可憐がお姫様になりたいからだよね。
口では『玉の輿に乗りたい!』なんて、いかにもお金にしか興味がないような顔しながら、
可憐が本当に欲しいのは王子様の愛。
ま、もちろん王子様はお金持ちと相場が決まっているのだけれど。

「ねぇ、可憐」
僕は可憐を抱き寄せた。
すると、可憐はためらいもなく僕の膝の上に座る。

「僕が可憐の王子様になってあげようか?」
「そうねぇ、いいかもしれないわね」

可憐は僕の首に腕を絡めてきた。
可憐の髪は花の香り。
香りを嗅ぎながら、僕は可憐にささやいた。

「それで、お姫様を手に入れるには僕はどうしたらいいの?」
「キスしてみたら?」
ぞくっとする様な流し目で可憐は答えた。
僕たちは瞳を覗きこみあってタイミングを測り、そして唇を吸い寄せてゆく。
可憐の熱が僕の唇に近づいた刹那、僕は瞼を閉じた。

そして……

「むにゅ」

むにゅ???

可憐は僕の膝から飛び降りて、パッパとスカートを整え言った。
「はい、終了〜」
「あーーーっ!可憐、なんでこんな目立つ処にキスするんだよ!」

僕の真っ白なブラウスの胸元に、可憐の派手な口紅の跡が!

「いいじゃない、ワンポイントが可愛くって。じゃ、あたしデート行くわね」
「なんだよぉー!これ、どうにかしてから行けって!」
「あら〜、胸元の口紅のマークがとてもお似合いよ?プレイボーイさん♪」
「これからカノジョに会うのに、どうしてくれるんだよ〜!」

こんな火種の元、ひとつも可愛くなんかないぞ!
可憐は慌てる僕を見てケラケラ笑っていた。
くそっ!可憐相手に気を抜いた僕が悪かった。
「もちろん、キスの続きはないわよ?part2はキライなの。あたし」
「……じゃぁ、このままハッピーエンドまで可憐と続けてもいいってことかな?」
「あら?あたしと美童のハッピーエンドってどんな感じ?」

僕は宙を見つめ、しばし考えた。
……が、

「ナイなぁ〜」
「ナイでしょ〜?」

僕たちはほぼ同時にそう言った。

「あ、いけない。そろそろデートの時間に間に合わなくなっちゃう」
「マズイ、僕も」
「それじゃ、健闘を祈るっ!」

可憐はそう言い残して、勇ましくデートへと出陣していったのだった。


「……って、こら可憐!この口紅、落としてから行けっ!」


(終)

以上、>>24のpart2でした。
208名無し草:2009/09/26(土) 08:31:18
>お姫様は〜
競作1作目GJでした!
確かにおもしろかったり好きな映画のPart2って見たいけど見たらがっかりすることありますよね。
美可のやりとりがこの二人らしくてよかったです。やっぱり可憐がしてやったりなところもw
そして作品自体Part2というヲチもGJでした。
209名無し草:2009/09/26(土) 22:38:09
> お姫様は〜

「不埒な…」の可憐と美童が好きだったので、続き(part2)が読めて嬉しいです。
2人ともすごく小粋で彼ららしくて、読んでいてすごく楽しかった〜。
「映画」というテーマとの関連付け方も絶妙だし、面白かったです。ありがとう!
210名無し草:2009/09/27(日) 02:55:42
>お姫様は〜
208さんと209さんも書いているように、美童と可憐ならではの
小粋なやり取り(しかも可憐上位w)が良かったです。
落ちにも、やられた!と思いました。
4レスだけとは思えない印象の強さと独特の世界観、切れ味の
鋭さに脱帽です。
211競作・<ピンク・パンサー>1/10:2009/09/27(日) 07:42:16

(悠理→ピンク・パンサーで悠理総受け。10レスぎりぎり。おとぎ話風味)

24歳の誕生日に何が欲しいかと聞かれたので、あたいは遠慮なく言った。
「ピンク・パンサー」って。

お茶目なピンクの豹のキャラで有名な、同名の映画があったってことは、
今の大人なら大抵知っているだろう。でもあたいが言ったのは、映画
とは全く関係のない、オリーブの実ほどの大きさの、本物のピンク・ダ
イヤモンドの指輪のことだった。つい最近、持ち主のヨーロッパの貴族
がそれをオークションにかけることになって、世界中のコレクターたち
の注目の的になっている代物だ。
娘が宝石をねだるとは想定外だったろう両親は、一瞬驚いた顔をしたけど、
すぐに破顔して、早速ピンク・パンサーを手に入れる手筈を整え出した。
何と言っても、24歳の誕生日パーティーは特別だった。国内外を問わず
あたいの結婚相手として立候補してきた男たちの中から、厳密な調査をして
両親たちの眼鏡にかなった、選りすぐりの男たちが、その日全員集まるらしい。
そしてそこで、あたいは将来の伴侶ってやつを、選ばなきゃならなかった。

そりゃあ、乗り気なんかじゃ、全然なかった。
でも、今までだって自分で恋人の一人も作れなかったし、あたいの性格
からすると、今後も期待できそうになかった。
だけど社会に出て、母ちゃんに付き添って社交というものを重ねていく
うちに、剣菱の娘という自覚だけは年々強まって来ていたんだ。
そして両親たちの、「剣菱の重鎮となる男と結婚しろ」攻撃に一人で対
抗するのにも、そろそろ本格的に疲れてきてたから、よっぽど嫌な奴じゃ
なきゃ、剣菱のために、そいつと結婚してもいいかなって気になってたってわけ。
実を言うと、あたいは、いまだに全く宝石には興味がない。
なら、どうして「ピンク・パンサー」って思うだろ?
それには、ちょっとしたストーリーがあったのさ。
212競作・<ピンク・パンサー>2/10:2009/09/27(日) 07:43:33
あれは小1の夏休みで、あたいは家族とギリシャの別荘に来ていた。
夕方、夕陽の名所といわれる断崖絶壁の場所に皆で出かけたとき、一
人で人気のない辺りをふらふらしていたあたいは、つい、崖から足を滑
らせちまったんだ。
もう駄目だ!落ちる!と思って目を瞑った瞬間、誰かに左手をつかまれた。
危機一髪ってこのことだ。
あと一秒遅かったら、あたいは間違いなく海の藻屑となっていただろう。

かろうじてあたいをぶら下げている両手は、引っ張り上げることまでは
無理だったらしい。崖から生えている植物の枝やら、突き出た岩やらを
利用して、どうにか上までよじ登ったあたいは、うつ伏せになって暖か
い大地を全身で確認し、神に感謝しながら、しばらく息を整えていた。
すると、目の前に手が現れた。
顔を上げると、目に映ったのは、あたいよりちょっと大きい、細っこい
男の子だった。顔を良く見ようとしたけど、華麗な日没ショー真っ只中の
太陽の紅が邪魔をして、はっきり見えなかった。その手を頼りにあたいは
立ち上がって、照れ隠しと、大丈夫だということを示すために、笑ってみせた。

「bye!」
そいつはあたいが笑うと安心したんだろう、すぐに後ろを向いて走りだした。
あたいは慌てて、さっき兄ちゃんに教え込まれたばかりの英語を探した。
「サ……サンキュー!……ホォワッチュアネームッ!?」
有難いことにあたいのカタカナ英語は通じたらしく、そいつは遠くから
振り向いて、手を振りながら、言った。
「I’m PINK・PANTHER!」

その声はあたいにもはっきりと聞き取れた。そしてあたいは、そいつの
姿が急激に暗くなっていく地平線に吸い込まれるように消えて行くの
を見ながら、妙に納得していた。顔は見えなかったけど、背を屈めてし
なやかに、飛ぶように走り去って行くそいつは確かに野生の豹を思わせ、
そして、そいつは何と、ピンク色の髪をしてたんだ。
213競作・<ピンク・パンサー>3/10:2009/09/27(日) 07:44:44
そして、それが、あたいの初恋であり、今までの人生の恋の全てだった。
この出来事は誰にも話さなかったけど、あたいはこの18年間ずっと、
ピンク・パンサーとの再会を夢見ていた。柄にもない乙女心とガキっぽ
い根拠のない自信から、自分はピンク・パンサーと必ず結婚するって、
強く思い込んでいた。だから、今回のパーティーがとうとうあたいの年
貢の納め時かと思ったとき、つい「ピンク・パンサー」が欲しいって、
口から出ちまったってわけさ。

何らの奇跡が起こる事もなく、とうとうその日がやって来た。
各界の御曹司や実力者が大勢集まるため、警備が厳重になるのは仕方な
かったけど、それにしても常識を超える警備体制だったのは、一週間前
に舞い込んだ、一通のキザな予告状のせいだった。
いつの間にかメイン・リビングの壁に、小さいけれど上等なピンで留め
られていたそれには、日本語の明朝体の活字でこう書いてあった。
『○月○日ご令嬢の誕生日パーティー会場にてピンク・パンサーをいただきに参上する
by怪盗ファントム』

怪盗ファントムっていうのは、今、実際に欧米で活躍してる(?)現役
の宝石泥棒らしかったけど、同時に映画のピンク・パンサーに出て来る
怪盗の名前でもあった。この洒落た偶然のおかげで、この気の乗らない
パーティーに、高校時代にあいつらとバカやってた時のような胸の高揚
感をほんの少し感じ、あたいは何とか自分の気持ちを誤魔化していた。

パーティー会場である、都内の古い洋館を改築した剣菱の別邸に、この
日の為に誂えた真っ赤なマーメイドラインのドレスで、あたいが一歩足
を踏み入れるやいなや、花婿候補どもがどっと押し寄せてきた。
それにしても、よくもまあ、これだけ父ちゃんと母ちゃんの厳しい条件
をクリアした男どもがいたもんだ。
そして何よりも驚いたのは、花婿候補として、清四郎と美童も来ていたことだった。
214競作・<ピンク・パンサー>4/10:2009/09/27(日) 07:46:03
この日あたいが花婿候補たちから貰ったバースデープレゼントの総額
は、つつましい人物ならば、それだけで一財産と言えるものだったけど、
その中にあたいの興味を引く物は何一つなかった。
一通り全ての候補者と挨拶を済ませた後、あたいは早速清四郎を人の少
ない庭に引きずるように連れて行き、わざと思いっきり渋っ面を作って、聞いた。

「何で、おまえがこんな所にいるんだよ?」
憎らしいまでにタキシードの決まっている男は、相変わらずの澄まし顔だった。
「僕にも悠理と結婚する資格があると思いまして。今はまだ医学生ですが、
その気になれば進路変更など、いくらでも出来ますから」
「はあっ?凝りもせず、まだ剣菱に未練があるのかよ?」
容赦なく突っ込むと、さすがにちょっと辛そうな表情を見せた。
「高校時代にあんなことがあったので、何を言われても仕方ありません
が……。でも僕は、大学卒業後、以前のように悠理と会えなくなってか
ら、ずっと思っていた。何かが、足りないって……。そして今回、悠理
が本当に結婚するかもしれないと聞いたとき、やっと自分の気持ちに気
がついたんです。僕は、悠理が好きだ。」

本気であることを示そうと、黒い目は瞬きもせず、長い間あたいを熱く、
強く、見つめ続けた。力ずくで女を落とそうとする雄としての気迫に圧
倒され、あたいはもう少しで清四郎の胸に倒れ込むところだった。
あたい自身、決して清四郎が嫌なわけじゃない。
その気になれば、結婚できるかもしれない……
でも……

「野梨子は、どうすんだよ」
あたいがそう言うと、清四郎は一瞬黙り込み、その後息苦しそうな声を出した。
「野梨子との事は、全て終わりました」

215競作・<ピンク・パンサー>5/10:2009/09/27(日) 07:47:09
大学の一時期、清四郎と野梨子は交際していた。
誰もが、二人はそのまま結婚すると思っていたそのつき合いは、しかし、
ある日突然破綻した。
理由は本人たち以外、誰にもわからなかった。
おそらく、初めは些細な喧嘩だったものが、お互いのプライドの高さ故
にどちらも引かないでいるうちに、大事に発展してしまったのではない
かというのが、あたいたちの見解だった。
でも、野梨子がまだ清四郎を深く愛していることを、仲間は皆、知っていた。
そして、多分、清四郎もそうだ。
この二人に必要なのは、仲直りするきっかけだけなんだ。
清四郎のあたいに対する気持ちも、嘘ではないんだろう。
でも、それは現実から目を逸らしたい彼自身が自ら作り上げた、理想のシナリオに基づいているような気が、あたいはしていた。

お次は、美童だった。
彼の登場も、あたいには全く不可解だった。
「おまえ、女なら世界中に幾らでもいるだろ?まさか、おまえまで、
剣菱に目が眩んだのか?」
美童は聖プレジデント大学を卒業後、父と同じ外交官になるべく、ス
ウェーデンの大学に入り直していた。今回はわざわざ空を飛んでやっ
て来たというわけだ。髪をかなり切った彼は、一段と男っぷりが上がっていた。
「嫌だなあ、剣菱は関係ないよ。僕は、純粋に悠理が好きで、結婚し
たいって思ってるんだ」
「だから、どうして?男にしか見えないって散々バカにしてたくせに」
「んー、高校卒業した後、会う度に悠理が変わってきて……気がついた
らってやつかな……」
あたいは、意地悪っぽく言ってやった。
「本当は、可憐が他の男と結婚したからじゃないのか?」
案の定、美童は小さく息を飲んだ。
216競作・<ピンク・パンサー>6/10:2009/09/27(日) 07:48:00
高校卒業後、美童と可憐はそれぞれの恋愛遍歴を重ねながらも、互いに
意識し合っていると思っていたら、何と、可憐は仕事で長期滞在して
いたミラノで、イタリア人の大富豪と、昨年電撃結婚してしまったのだ。
お相手は30台半ばだが初婚で、いかにも濃いイタリア男。独身貴族を
満喫していたが、可憐に一目惚れしてしまったらしい。
そしてミラノでの可憐の結婚式に、美童はついに現れなかった。

「……それは、誤解だよ。……ううん、本当言うと、可憐の結婚に落ち
込んだのは事実だよ。でもあの時、悠理が、直接的には何も言わなか
ったけど、凄く僕のこと心配して気遣ってくれただろ?それが嬉しかっ
たんだよね。あれから悠理のこと、本格的に意識し出したんだ。信じて」
美童の目には清四郎と同じく、迷いがなかった。
美童の目はこんなに青かったっけ?一層場数を踏んだプレイボーイに
甘く、でも真剣に見つめられて、あたいは不覚にもドキドキしてしまった。
こういうのって、男のフェロモンっていうんだろうか?
清四郎も美童も、普段とは別人のようで、あたいは少し怖くなった。

美童と別れた後、何だか疲れたあたいは一人になりたくて、広大な庭の
片隅のベンチにふうと腰掛けた。そして誰もいないのを確認すると、右
の薬指のピンクの輝きを、ベンチの脇の灯篭の光にかざしてみた。
映画では確か、このダイヤの中に、ピンクの豹が浮かび上がってくるっ
てことだったな。
もしそうなら、お願い。あの時の、あたいのピンク・パンサーに、会わせてよ。
結婚したいなんて、そんな子どもっぽいこと、もう、言わない。
ただ、結婚しちまう前に、子ども時代とさよならする前に、
もう一度だけ、会いたいんだ──────

すると、目の前がピンク色に染まった。
「何、見てんの?」

217競作・<ピンク・パンサー>7/10:2009/09/27(日) 07:49:07
「魅録!」
中学時代からの悪友で、今は工学部の大学院生になっている魅録は、指
輪を見るために屈めていた姿勢を戻すと、当然のようにあたいの隣に座った。
あたいは面食らった。
「え?おまえも、あたいにプロポーズしに来たのか?」
「バッカ。俺は単純におまえの24回目の誕生日を祝いに来てやったん
だよ。ほら、プレゼント」
そう言って、魅録はあたいに小さな紙袋を渡した。開くと、あたいの大
好きなショップのショコラがコロコロと入っていた。魅録は毎年かかさず、
こういった高価ではないけど、あたいが大好きなものを贈ってくれる。
あたいは早速、一粒口に放りこんだ。
「んー、上手い!サンキュー」
「あと、怪盗ファントムにも興味あるしな」
そう言ってニッと笑う魅録を見て、あたいは、久し振りに心が緩んでい
くのを感じていた。

「しかし、おまえも色々大変そうだな。……まさか、清四郎と美童まで
悠理に惚れてたなんて、俺、全然気がつかなかったよ」
言いながら魅録は、もう一度、興味深げにあたいの指輪を覗き込んだ。
「それが、例のピンク・パンサー?」
「うん。今日の朝、父ちゃんと母ちゃんから貰ったんだ。でも、イミ
テーションかもしれない。一応本物として会場の中のケースに入って
いるダイヤも、本当のところは分からないんだ。イミテーションを幾つ
も作って、どれが本物か分からないようにしたんだよ。本物を知ってるのは、父ちゃんと母ちゃんだけ。警察にも、知らせてないんだって。」
「……親父も大変だな。でも、いい作戦だ。……で、どうすんだ?」
魅録の質問の意図は分かっていた。
「うーん……決めてもいいかなって思ってる……」
もう、どうせあたいのピンク・パンサーには会えやしないんだ。
きっとその代わりに、ダイヤの「ピンク・パンサー」が来たってことさ。

218競作・<ピンク・パンサー>8/10:2009/09/27(日) 07:52:26
「ピンク」という単語を頭の中で繰り返しているうちに、あたいは、ふと思った。
「……そういや、魅録さ、いつまでその髪でいるつもり?もう、ピン
クって年でもないだろ?」
この質問は、相当魅録のお気に召さなかったようで、思い切り顔がしかめられた。
「……何だよ、いきなり。元はと言えば、おまえがピンクの髪にしろっ
て言ったんじゃねーか」
「そんなん、中学ん時の話だろ。確か、おまえが髪型変えたいっていう
から、じゃ、ピンクなんてどうだって言ったんだよな。まさか、こんな
に長い間続けるとも思ってなかった……」
魅録の、あえぐような声が聞こえた。
「……だから……それは……悠理がピンクの髪が好きだって言ったから……」
そうだ、あの時魅録にピンク色を薦めたのは、「ピンク・パンサー」の
ことを思い出していたからだ。それで、つい、言っちまったんだ。
『あたい、ピンクの髪の男って、好きなんだよ』って……
今の今まで、そんなこと、すっかり忘れていた。でも、魅録は……?

袋の中のショコラは、あたいの好きな味ばかりだった。詰め合わせパッ
クではなく、沢山の種類の中から、一つずつ選んでくれたのは明らかだ。
そして、この店は通販をしていない上に、郊外のとても行きにくいとこ
ろにあるのをあたいは知っていた。
瞬間、あたいは自分の中で何かがパリンと壊れて崩れていき、それが再
び異なる形に生まれ変わりつつあるという、妙な感覚を味わっていた。
「……おまえ、ひょっとして……あたいがピンクの髪の男が好きだって
言ったから……ずっとその髪にしてたのか……?」
灯篭に照らされた魅録の顔が、面白いようにみるみる真っ赤になっていった。
「バッ、バカッ……!そんなこと、あるわきゃねーだろっ!」

魅録は昔から嘘をつくのが下手だ。
そして、あたいは、少し大人になっている。
男女の、何も分からないような子どもじゃ、もうなかった。

219競作・<ピンク・パンサー>9/10:2009/09/27(日) 07:53:37
その時、パーティー会場の、ライトが落ちた。
「!」
人々の悲鳴。続いて非常用ライトらしきものが点いた途端、母ちゃんの
演技でない叫び声が、響いた。
「ピンク・パンサーが消えた!ファントムよ!ファントムが盗んだんだわ!」
ということは、ファントムは見事に本物を盗んだらしい。
さすが怪盗!こうでなくちゃ!
その時、思わずベンチから立ち上がったあたいに、気配を完全に消して
走って来た何者かがぶつかった。
「……!」
灯篭の灯りはかろうじて点いていて、そいつを容赦なく照らし出した。
黒ずくめの服装で、顔の上部を、目の中心だけ開けた黒いマスクで覆っている。
そして、そいつは…………何てこった……!
頭に巻いている黒い布から、ピンクの髪をこぼれ落としていたんだ!

「ピンク・パンサー!」
咄嗟に、あたいは叫んでいた。
あたいの野生の勘は半端じゃない。
間違いない、こいつは、あたいの、ピンク・パンサーだ!
夢じゃない!とうとう、会えたんだ!
再び走り去ろうとして背中を向けたあいつは、あたいの声を聞くと、足を止めた。
あたいはあの時のように、ありったけの脳細胞を使った。
えっと……えっと……何て言うんだっけ?そうだ……!
あたいは、急いで地面にはいつくばり、右手を出し、言った。
「サ、サンキュー……ホワッチュアネーム?」
時が止まったような一瞬の後、振り向いた奴の口元が、嬉しそうに笑っていた。
あたいに黒手袋をはめた手を伸ばし、静かに抱き起こす。
そして、忘れもしない、懐かしい声が聞こえた。
「Yes, I’m PINK・PANTHER. I’m glad to see you again, lady」
そして、そいつはあの時と同じ豹のような身のこなしで、再びあたいから去って行った。
220競作・<ピンク・パンサー>10/10:2009/09/27(日) 07:55:18
咄嗟にそいつの後を追おうと走り出した魅録のジャケットの裾を、あたいはつかんだ。
「魅録、あいつ、何て言ってたんだ?」
「え……自分はピンク・パンサーだって……。そして、またおまえに会
えて嬉しいっ、てさ。何のことだ?」

会場はもう大混乱らしく、狂ったようにサイレンが鳴り響き、頭上では
ヘリコプターが夜空に乱舞している。いったいどこに隠れていたかと思
う数の、武装をした警官が、中から外から、空の上から、現れた。
何もかも、まるで映画を観ているようだと、あたいは一人感心していた。
「早く、今の事、報告しに行こうぜ!絶対、あいつがファントムだ!」
興奮している魅録を、あたいは引きとめた。
「いいんだよ」
「は?何で?」
動きを止め、何が何だか分からないといった表情の魅録を、あたいは
泣き笑いの顔で、ただ、見つめていた。
今までの分を、取り戻すかのように。

もどかしげな様子の、魅録の首に両腕を回し、あたいは説明してやった。
「つまり、あたいが本当に欲しかったのは、ダイヤの「ピンク・パンサ
ー」じゃなかったんだ。そして、願いはかなったし……。あたいは、ピ
ンク・パンサーを二つとも失ったかもしれないけど……でも……」
「でも?」
「でも、本物のピンク・パンサーはずっとここにいたって分かったから、
もう、そいつらに用はないんだ」
「え?」
「こういうこと」

そしてあたいは、十年近くも黙って傍にいた、シャイなあたいの
ピンク・パンサーにキスをした。


221名無し草:2009/09/27(日) 08:58:12
>ピンク・パンサー
すごくおもしろかったです。
悠理らしい初恋と、その初恋のおかげでそばにある本当の愛に気が付くことが
できてよかった。
読み応えもありました。GJでした!
222名無し草:2009/09/27(日) 16:18:47
>ピンク・パンサー
有閑らしいドキドキが詰め込まれてあって、脱帽しました!
魅録のプレゼントが粋で好きでした。
223名無し草:2009/09/28(月) 19:19:37
>ピンクパンサー

ピンク繋がりで楽しいお話でした。怪盗ものなんていかにも
有閑ですね。
清四郎と美童の恋の行方も気になります
224俺、vs野梨子 その8 1/9:2009/09/29(火) 05:13:10
>>194-200の続き。お祭中ですが長編投下させていただきます。

白鹿野梨子。
有閑倶楽部のメンバーで昔の俺の仲間。俺が5年間ずっと思いを寄せている相手。
その彼女は今、清四郎と俺の間で揺れていた。

野梨子を抱き寄せる俺に、清四郎が眉を寄せた。

「魅録?何のつもりですか」
「野梨子は俺のレースが終わるまで、ここに居るって約束なんだ。今帰すわけにはいかない」
「……ほお。そうなんですか?野梨子」
「…………」
「野梨子?」

野梨子は迷っているようだった。
行くな。
行くなんて言うなよ、野梨子。まだ話は終わってない。
絶対に離したくない。清四郎には渡さない。

俺は激しい意志を持って腕に力を込めた。
すると苦悶の表情でうつむいていた野梨子が、俺の顔を見上げた。
一瞬、視線がからみ、野梨子は観念したような表情をして、言った。

「約束、しましたわ」
「なら仕方がない」

清四郎はふうとため息をついた。
俺も息を殺していたらしい。はあっと大きな息が出た。

「じゃ、野梨子はここへ泊めるから」
「……わかりました。ではまた、レースの時に」
225俺、vs野梨子 その8 2/9:2009/09/29(火) 05:13:53
清四郎は俺の目から一度も視線を離さないままそういうと、
ゆったりした動作で後ろを向いて、鷹揚と去って行った。
そんな清四郎を見送ってドアを閉めた俺は、野梨子を抱きしめ直す。

「野梨子、なぜ行こうとしたんだよ!」

野梨子は何も言わず、抵抗もせず、俺の腕の中に居た。
華奢な体は5年前と同じように柔らかく、ほのかに甘い香りがする。
全身がゾクリとする。なんて甘美な刺激だろう。
俺はそっと、指で野梨子の唇に触れる。そして、そのまま野梨子にキスをした。

軽く音を立てて、1度。2度目は固く閉ざされた唇を誘うようにリズミカルに。
唇を離して、3度目。ようやく野梨子が唇を開いた。
そこから先は、2人とも夢中だ。
野梨子の息が乱れ、熱く切ない吐息に変わる。痺れるような快感だった。
かろうじて残っていた理性が吹っ飛んだ。もう歯止めが利かない。
俺は野梨子を抱き上げた。

「行くぞ」
「魅録?」

軽々と抱きあげる俺に野梨子が驚いている。
俺はそのまま、ベッドルームに野梨子を連れて行き、ベッドに野梨子を落とした。
野梨子は、もはや逃げようとも抵抗しようともしなかった。
ただ、じっと俺を見上げている。澄んだ瞳で。

「お前の『覚悟』を貰うぞ、野梨子」

野梨子が瞳を閉じた。
それを合図に、俺は野梨子の服の下にそっと手を入れ、胸に触れた。
体の緊張をほぐすように、衣類を脱がしながら、白い肌に唇を這わす。
226俺、vs野梨子 その8 3/9:2009/09/29(火) 05:14:37
野梨子は声を殺して堪えているようだった。
しかし俺の唇が触れる度に野梨子の体は小刻みに震えた。そんな慣れてない様子が可愛い。
俺は掻き立てられるようにキスを繰り返す。
そして、唇が胸の頂に到達した時、
「……魅録……っ」
ついに野梨子が声をあげ、俺にしがみついてきた。そこから先は、頭が真っ白だ。

俺はこの女が愛おしい。愛おしくって気が狂いそうだ。
俺はありったけの優しさを込めて、その晩、何度も野梨子を抱いた。

目覚めると、すっかり夜が明けていた。
久しぶりに見るベッドルームの天井だった。ボケた頭で今自分がどこにいるのかを思い出す。
隣にはつややかな黒髪の感触。それで、一気に我に返った。

野梨子は俺にしがみつくようにして寝息を立てていた。
胸が締め付けられるような幸福感。
さぞかし疲れたんだろう。最後の方はさすがの野梨子もかなり乱れていたし。
ふっと笑みが出る。なんて可愛い女なんだろう、野梨子は。

俺は野梨子を起こさぬようにそっと体を離し、立ち上がった。
ずいぶんゆっくりしてしまったらしい。
もう、ファクトリーに向かう時間になっていた。
俺は簡単に身支度を整えた。顔を洗って歯を磨いて……シャワーはいいや。
向こうでも入れるし、何よりまだ野梨子の残り香と一緒に居たい。

俺は『お守り』を手に取った。野梨子と俺が桜の下で笑っている写真だ。
本物のお守りが来てくれた今、もう必要ないかもしれないが、忘れずに持っていく。

適当に外に出られる格好をして、もう一度ベッドに向かった。
野梨子の黒髪に軽くキスをする。
227俺、vs野梨子 その8 4/9:2009/09/29(火) 05:15:20
「野梨子、俺行ってくるな」
「……もう、行きますの?」

野梨子も目覚めたようだ。
体を起こすと、白い細い指で髪を整えた。
何気ないしぐさも昨日の余韻でなまめかしく見える。

「今日は調整だから、会えるのは明日レースの後になってしまうけど、悪いな」
「わかりましたわ」
「レース見に来いよ。野梨子の席、一番いい所用意してあるからな」
「もちろんですわ。怪我なんてしないように気をつけて」

俺たちは一晩ですっかり当り前になったキスをした。
まさに至福の時だった。

だから、俺が『はじまり』だと思っていたこの時を、野梨子が『おしまい』だと思っていたなんて、
俺は全く考えてもいなかったのだ。

そんな俺は、恥ずかしながら野梨子のおかげで気力充実。
異様に元気だ。

「ミロク、調子いいな」
「はいっ!」

体の底から活力がみなぎる気分。
結婚してから伸びる選手って意外に多いけれど、きっとこんな感じなんだろうなぁ。
本当に男って、馬鹿みたいに単純にできてるもんだ。

そんな調子で、鼻歌でも歌ってしまいそうに気持ちよくトレーニングを終え、
調整ルームに入った俺に連絡が入った。
「ミロク、オーナーが日本から来てる。お前を呼んでるぞ」
228俺、vs野梨子 その8 5/9:2009/09/29(火) 05:16:07
ああ、悠理も来てくれたのか。
俺のチームのオーナーは剣菱モータース、剣菱グループの一部だ。
悠理は立場上はオーナーとして、実際は俺と遊ぶために度々足を運んでいてくれている。

しかし、オーナー室へ入った俺を迎えてくれたのは……
「清四郎?」
「はい、僕です」

清四郎はオーナー椅子に座っていた。
昨夜、ちょっとした対立があっただけに、ちょっとひるむ。
とはいえ、野梨子と一夜を過ごした後に清四郎と会う気恥ずかしさの方が勝っていたが。

「なぜ清四郎がここにいるんだ?悠理は?」
「悠理は今日本でぐったり寝込んでますよ」
「寝込んでる?病気でもしたか?」
「つわりです」
「は?つわりって?!悠理、妊娠してんの?!なんで?!」

清四郎はおもむろに立ち上がって名刺を渡してきた。
剣菱グループ、副会長、菊正宗清四郎?
副会長?なんだこれ?

「2か月ほど前に、悠理と結婚しました」
「えええええええっ!!!」
「そんなわけで、僕の子です」
「……えっと、それは『おめでとう』って言っていいの?」
「当然ですっ!」

とりあえず、茶でも飲みながら落ち着いて話を聞くことにした。
2人は「できちゃった結婚」ならぬ「バレちゃった結婚」だった。
2人の関係が悠理の両親にバレてしまうやいなや、次の大安吉日には高砂に乗せられていたという次第。
あまりの電光石火の早業に、拒絶する事も出来なかったという。
229俺、vs野梨子 その8 6/9:2009/09/29(火) 05:16:48
「僕としては結婚するつもりはサラサラなかったんですが」
「その割には、すぐ子供が出来てるじゃないか」
「ま、それはそれで」
「でも、先月悠理が来た時、何も言ってなかったぞ?それに、アフリカ行くんだって言ってた」
「あれは結婚の報告に来たはずだったんですが、君を前にしたら言えなくなってしまったらしい。
アフリカは止めました。あの馬鹿、僕が妊娠に気づかなかったら、今頃サバンナでつわりでしたよ」
「……なんだ、水臭い。電話なりで報告してくれてもいいのに」
「僕たちとしては、有閑倶楽部の仲間には、直接報告したいと思っていましたから」

こんな時、どんな顔をしたらいいのだろう。
あの悠理だ。あの子供みたいな悠理が子供を産むというのだ。よりによってこの男の子供を。
そう思った瞬間、顔がほてってきた。
俺の方が恥ずかしい!

「野梨子は……知ってるんだよな?」
「もちろん、結婚式にも出てもらいましたから」
「なんて言ってた?」
「普通におめでとうと喜んでくれましたよ」
「そっか」

……ってことは、最大の障害がすでになくなっていたってことか。
なーんだ!悩む事なんてなかったんだ。
俺は現金な事にやっと言えた。

「おめでとう!」
「やっと言ってくれましたね」
「そりゃ、少しは複雑な感じだ。悠理が結婚して子供を産むなんて想像したこともない。
正直、それが悠理にとってめでたい事なのかどうか俺にはわからない。しかも相手が清四郎だし」
「僕じゃ不満ですか?」
「いや、悠理扱えるのなんてお前しかいないさ。とにかく、おめでとう」
230俺、vs野梨子 その8 7/9:2009/09/29(火) 05:17:31
俺たちは拳同士をぶつけあった。
照れ隠しの挨拶だ。
一拍置いて、清四郎は言った。

「……君こそ、野梨子をどうするつもりですか」
「どうするって、まだ何も決めてないけれど」

なにせ昨晩始まったばかり。
すると俺の間抜け面が気に入らなかったのか、清四郎は眉をしかめてため息をついた。

「君が野梨子を日蔭の身にしようというのなら、僕は黙ってはいられない。
白鹿の男と結婚させた方がまだマシだ。奴の女遊びが激しいにせよ、野梨子は正妻なんだから」
「なんだよ日蔭の身って?」
「君には恋人がいるでしょう?それなのに野梨子も傍に置いておきたいというのはどうなんですか?
5年で有名人になって変わりましたか?魅録はそんな人ではなかったと思っていましたけどね」
「ちょ、ちょっと待て!恋人って……」
「ジーナさんの事です。君たちの仲は世界的に有名です」

まさか!
そんな風に思われていたとは知らなかった。
どおりで昨日、俺から野梨子を引きはがすように連れて行こうとしていたわけだ。

「待てよ、ジーナは恋人じゃない。ただの友達だ!」
「友達があんなに濃厚なキスをしたりしますか?僕は君のレースの度に何度も見てますよ」
「えーと、それにはちょっとした事情があって……。とにかく、恋人じゃないんだ!」
「じゃ、野梨子は君の何なんですか?昨日、野梨子が苦悩に満ちた顔をしているのを見ました。
どんな理由にせよ、野梨子にあんな顔をさせるのは許せません」
「あの時は話し合いの最中だったからだ!俺が好きなのは野梨子だ!」
「たった10日ほど一緒にいたぐらいで何を言ってるんですか君は」
「ずっとだ!高校以来、5年間ずっと思い続けていたんだ!俺には野梨子だけだ」
231俺、vs野梨子 その8 8/9:2009/09/29(火) 05:18:15
そこまで言って、ようやく清四郎がニヤリと笑った。

「ま、高校の時に君が野梨子の事を好きだったのは、知ってましたがね」
「……なんだよ。だったら言わせんじゃねぇよ」
「でも、ジーナさんが恋人じゃないというのは知りませんでした。本当に恋人じゃないんですね?」
「ジーナをよく見てみろよ、美童にそっくりだ」

清四郎が爆笑した。
お互い美童を思い出す相手では、どんなに良い女でもその気にはなれないらしい。
ひとしきり2人で大笑いして、改めて俺は清四郎に言った。

「野梨子は俺がもらうぞ」
「そうしてください。野梨子にしたって、もはや白鹿家には帰れませんから」
「白鹿家は……、結婚話はどうなってる?」
「そりゃ、よりによって君の処、『男』の元に逃げてますからねぇ。結婚話は消滅です。
ご両親も初めはカンカンに怒ってました。今は僕が説得して、何とか気を静めてもらってますが」
「……すまないなぁ」
「なんの。野梨子には世話になってるんで」
清四郎は野梨子と似たような事を言った。

「野梨子の家はどうなる?」
「白鹿流の分裂は免れないでしょうね。そもそも野梨子の結婚話が出た時点で崩壊してるんですよ。
野梨子の元婚約者は、結婚相手としては相応しくないですが、実業家としてはなかなかのやり手です」
「そうか……野梨子はそれで本当にいいのかな」
「精一杯努力はしてましたけどね、正直すぎる野梨子は人の上に立つのは向いてはいない。
白鹿流はあくまで野梨子のお母さんの夢であって、野梨子には違う夢があると気付いたのでしょう」
「夢?」
「それは君が野梨子から確かめてください」

そう言って、清四郎は立ち上がった。
232俺、vs野梨子 その8 9/9:2009/09/29(火) 05:19:17
「そろそろ僕はお暇します。剣菱系列の各所にも顔を出さねばなりませんしね」
「そっか、お前すっかり忙しい身分なんだなー。そっちの世界はよくわからんが、頑張れよ」
「魅録こそ明日レース頑張ってください。今や剣菱ファクトリーの顔なんですから」
「言われなくてもやるよ」

これで本当に何も気を揉む必要がなくなった。
いよいよ、気合が入った。後はレースに挑むだけだ。

夜、ファクトリーのベッドの中から、ホテルの俺の部屋に電話をかけた。
すぐに野梨子が出た。

「よかった。いた」
「いますわよ?悠々と一人気ままを楽しんでますわ」
「そうか、俺は野梨子がいなくて寂しいよ」
「……またそんなこと言って、お小言聞かないで済んで清々してるんじゃありませんこと?」
「いいや、野梨子に会いたいよ。俺はいつでも野梨子と一緒に居たい」
「魅録」

ああ、野梨子の口から出る俺の名前は、なんて甘美な響きなんだろう。

「レース、無理しないでくださいね。とにかく無事で」
「大丈夫だよ、心配しなくても」
「私はいつでも魅録の事が心配ですの」
「なんだよ、嬉しいじゃないか」
「本気で言ってるのよ?気を付けてくださいませね?」
「うん」

俺は有頂天だった。
そして、幸せの絶頂のまま、レースに挑んだ。

(続きます、次で最後)
233名無し草:2009/09/29(火) 06:50:41
>俺、vs野梨子

お待ちしてました〜!
ところどころ不安になるような魅録の独白が気になります
うう〜でも野梨子らしいっ
次回で最終回なのは残念ですが、楽しみにお待ちしてます
234名無し草:2009/09/29(火) 14:18:04
>俺、vs野梨子
>俺が『はじまり』だと思っていたこの時を、野梨子が『おしまい』だと思っていたなんて
の独白の部分には私もドキッとしました
でも、魅録ったら「行くな」とか「必要だから側にいろ」とは言っても、ほんとに肝心な言葉を言ってないよ〜
今回、清四郎と悠理のエピソードも面白かったです
あと1回で最終回ということで、魅録と野梨子がどうなるのか?続きを楽しみにしています
235名無し草:2009/09/29(火) 17:10:48
>俺、vs野梨子
ジーナとのことを誤解したままの野梨子が心配です。
魅録、すごく素直にキュンとするような言葉を言ってくれるのに、ほんとまず言わなきゃいけない言葉
が抜けてるよぉ。
ラストも楽しみに待ってます。
236競作・<私が美童に恋した理由>:2009/09/30(水) 09:33:23
美童×野梨子
卒業後の妄想です(大学生〜その後)
 時計の針が午前一時を回ってきている。
 長時間に渡る濃厚な情事をへても、結局僕は飢えを満たすことが
出来ないでいた。
 ――これ以上をと望む僕の方が傲慢なのだろうか。
 胸に燻る不満をなんとか宥めながら、僕はそっと一糸纏わぬ野梨子の
身体から身を引いた。
 彼女は横になったまま情熱とは無縁のような、冷淡とすら思える静かな
様子でそんな僕を見ている。
「もう寝ますの」
「ああ」
 そんな視線に晒されて、どうして続きなどできるだろうか。
 暗雲たる想いを抱く僕に気づかぬまま、彼女は無造作にすっと眼差し
を横に滑らせた。何気なくその先を追ったが、なんてことはなく、放り
出したままになっていたCDショップの青い袋があるだけだった。
 そういや一緒に映画を観ようといって、彼女をこの部屋に呼んだの
だった。
 確か以前ただの友達だった頃、野梨子と観にいった映画だ。僕も
気に入ったけれど、それ以上に野梨子が気に入って、DVDが出たら
買おうと言っていたのを覚えていて、この映画を選んだのだ。
 ――もちろん映画鑑賞なんてただの口実だったけれど。
 途端に僕は空しくなってきた。
 どんなに激しく抱こうとも、たかだか二千円程度のDVD以上の
興味を彼女から得ることが出来ないとは。 
 酷い女だとむしょうに悪態をつきたくなって、僕はひどく困った。
 野梨子と付き合いだしたのは高校を卒業した後だった。
 それまで常に行動を供にしてきた仲間たちにも、それぞれの新しい
生活ができてきた頃、その間隙を縫うように僕は再三彼女を誘い、
口説いた。
 きっと僕たち有閑倶楽部の関係が今も高校時代と寸分変わらず
同じものであったのならば、僕は彼女に対する恋心に気づくことは
なかっただろうし、気づいたとしても告げはしなかっただろう。
そして野梨子の方も、僕になびくことはなかった筈だ。
 ときおり――本当にときおり、だけど。
 その方がよかったのかもしれないと思うことが僕にはある。

 付き合いだした頃はよかった。
 全くもってツレなかった野梨子が、いつの間にか僕の手の中へ落ちて
きてくれたのだと知ったときの喜びったらなかった。
 それまでの友情としてではなく、恋人としての華やかな笑みを浮かべて
くれるのだ。そりゃ舞い上がるに決まってる。
 初めて彼女を抱いたときがその最高潮だった。下手をすりゃ結婚する
まで手を繋ぐことすらできないかもしれないと戦々恐々だった僕に
その身体が与えられると知り、僕は浮かれきっていたものだった。
 まるでセックスを覚えたての中学生のように、サカってしまった
自覚がある。
 それだけ僕は彼女に夢中だったのだ。
 そのときの僕にどうして想像できるだろうか。
 愛を確かめる筈の行為が、いつしか目に見えぬ溝を埋めるための、
空しい足掻きと摩り替わってしまうなどと。
 ――そして焦る僕の気持ちとは裏腹に、抱く度にかえって溝は深まる
ばかりだということに。
 僕なりにふたりの間に横たわる冷たいものの原因について、いろいろ
考えてみたのだ。
 もしかして野梨子はセックスが嫌いなのだろうか、とか。
 僕を好きだとは言ったものの、それと同じぐらい彼女は軽薄な
僕を嫌っているのだろうか、とか。
 友達であった頃の方が余程楽しかったと思われているのだろうかとか。
 けれど、いくら考えても答えは出なかった。
 知らずため息をついた僕に、腕の中、野梨子は遣りきれなさそうな
顔をした。
 瞬間、今まで押し込めていたものが爆発するような熱さを喉元に感じた。
(どうしてそんな顔をされなきゃいけないわけ)
「一体野梨子は僕をどうしたいの」
 苛々を隠し切ることが出来ず、尖った声が出てしまった。
 途端に、それまで硬く冴えていた表情が崩れ、彼女の瞳からぽろりと
涙がこぼれた。
 ――女優みたいだな、とその後に及んでも僕は皮肉げな思考を手放す
ことが出来なかった。
 僕に傷つけられたって、君は取り乱したりせずそんなふうに綺麗に
泣いてみせるんだ。
 しかしそんな子供っぽい考えは、野梨子が思わぬ言葉を口にしたこと
で霧散した。

「面白みのない女でごめんなさい」
 いじけた僕の心臓をぎゅっと握りつぶすような、そんな痛々しい笑み
だった。

                ◆  ◇  ◆
 とうとう夢が終わってしまった。
「面白みのない女でごめんなさい」
 そう口にしながら、私は未練がましく零れ落ちた涙をそっと手元の
シーツでふき取って、笑みを作ろうと努力した。
 ――それは結局徒労に終わったけれど、それでもみっともなく縋って
美童を困らせるつもりはないという意思表示ぐらいにはなっただろう。
(きっと悠理や可憐には、呆れられますわね)
 あんなに親身に心配してくれたというのに、結局私は詰まらない
プライドに縋りついてしまった。
 自分が想う程、美童が私を想ってくれないことに耐え切れなかったのだ。
 彼はあんなに優しくしてくれたというのに。
 ――きっと自分が元親友だったからこその、特別待遇だろう。美童は
かつての恋人たちに対しての不誠実な仕打ち――つまりは浮気だ――もせず、
大切にしてくれた。
 十分ではないか、これ以上なにを望むのだと自分でも思う。
 それでも、と思ってしまうのだ。
 付き合う前にあれほど熱心にくれた愛の言葉も今はなく、頻繁に重ねた
屋外でのデートも、最後にしたのはいつのことだったか。
 逢瀬は必ずどちらかの部屋で、部屋に一歩足を踏み入れた途端に縺れ
込むように押し倒される。
 生まれたままの姿で私を見下ろす美童は、滴るような色気を滲ませて
私をいつも赤く染めるけれど、かつて硬い閂を下ろした私の心の扉を
開いてみせたのはそんな彼ではないのだ。
 だから、美童から「DVDを観よう」と言って誘われたとき、私は
本当にうれしかったのだ。久しぶりにたわいのない時間を彼とすごせる
ことも、そしてそれが私にとって大切な思い出のあるタイトルであった
ことも。
 けれど私のささやかな期待は失望にとってかわった。
 DVDは部屋に転がされてデッキに設置されることもなく、私は
壊れた人形のように喘ぐだけ。
(きっと美童は私の詰まらなさに、気づいてしまったのだわ)
 好きと言われても恥ずかしさから同じ言葉を返すことが出来ず、俯く
ばかりだった私。
 きっとそんな私に飽いたからこそ、彼は余計な言葉を交わさずに済む
セックスという手段に走るのだろう。
 

「野梨子?」
 美童が呆然として私を見ている。
 高校時代を思い出させる、幼い顔だった。
 私は身を起こすと、美童に視線を合わせ、その頬に手を這わせた。
手背に触る金の滝のような髪の手触りを楽しみながら、私はいとおしい
気持ちで胸が塞がれる思いだった。
 両手両足の指じゃ飽き足らない女性と関係を持ちながら、どこか
いつも彼は子供っぽく、そして純粋だった。人の汚い感情に敏感なくせ
に、平気で人の好意をもてあそぶくせに、決定的なところで彼は優しく、
お人よしだった。
 本当はずっと前から好きだった。
 美童から口説かれるよりもずっと前から、私こそが彼に惹かれていた。
 その気持ちに蓋をしたのは、意地と不安からだった。
 簡単に過去にされてきた彼のかつての恋人たちと同列に並びたくない
という、無意識下でありながら強烈な私の自尊心が、恋に身を投げ出す
のを躊躇わせた。
(それも結局無駄だったけれど)
 美童は知らないけれど、自分をがちがちに護っていた私がついに陥落
したのは「あのとき」のことである。

                ◆  ◇  ◆
 野梨子を誰よりも幸せにするって決めていた。
 彼女の幼馴染に誓うまでもなく、付き合い始めた頃、それは僕に
とって当たり前のことだった。
 それがいつの間に間違ってしまったのだろう。
 ――こんな顔をさせてしまうようになってしまったのだろう。
 僕の頬に白魚のような手を這わせながら、悲しそうに笑う野梨子に、
たまらなくなって僕は抱きしめた。
「……美童?」
 震える声で、野梨子はそっと僕の名を呼んだ。
「好きだよ」
 素直な気持ちのまま吐き出した言葉だというのに、野梨子ははっと
して身を竦ませた。その反応で、そういえば久しぶりにこの言葉を
言ったと僕は思い出した。
「好きだ」
 まだまだ言い足りない気がした。
「好きだ。好き――」
「嘘ばっかり!」
 腕の中、野梨子は僕の言葉を遮ると、僕の胸板をめちゃくちゃに叩いた。
「同情はたくさんですわ!」
 野梨子は子供のようにしゃくりあげた。
「――野梨子?」
「覚えていないくせに、それなのに……!」
 そう言うが早いか、彼女は僕の頬から手を引っ込めた。
 そのかわりと言えばあんまりにもあんまりだが、手元にあった
CDショップの青い包装袋ごと掴むと、先ほど頬を包んだその手で
今度は殴った。
 そこらの男どもよりもよっぽど思い切りのよい腕前に、
『うちの女性陣は、良いところも悪いところもお互いに影響を与えあって
ますね』
 と苦りきった顔で言った清四郎の言葉を思い出した。

 けどさ、清四郎。
(君も本当は分かってると思うけど、可憐や悠理の影響というより、
むしろこれ、野梨子の地だろ)
 身に覚えのないことで殴られ、怒ってもいいはずだったが、僕はその
一発で毒気を抜かれたかのように、かえってすっきりとしてしまった。
(僕の知らないところで泣かれるより、よっぽどいいよ)
 だからようやく、優しく彼女に問うことが出来た。
「ねえ、野梨子。君にそんなことを言わせる原因ってなに?
 僕が覚えていないことって?」
 小柄な顔を必死に仰いで僕を見上げている野梨子の目に、きらきらと
涙の残滓が光っている。
 思わず見惚れた僕に気づいて睨むと、野梨子は口をきゅっと引き結んだ。
 彼女はぷりぷりと怒りながらシャワーも浴びずに下着を身に着け
はじめた。
 慌てた僕が引きとめようと伸ばした手を気位たっぷりに撥ね付け、
「もう絶対、言ってあげませんわ」
 とツンとして言う。
 するとよっぽど僕が情けない顔をしていたのだろう。逆立てた柳眉
をといて、再び件のDVDを取り上げたのだ。
 またぶたれるのかと身体を強張らせた僕は、色男、金はあれども力は
無かりけり、だ。
 そんな僕を呆れたように見ながらも、野梨子はそのDVDを振り
上げることなく僕に差し出した。
「野梨子?」
「またこれを私と一緒に観てくれるのなら、許してあげてもいいですわ」
 その手はかすかに震えていた。
 それを悟らせまいと気丈に振舞う彼女に気づき、理由も分からないまま
僕はこの手を護るのだと、強く強く祈るように誓ったのだ。
 果たして。
 どうして野梨子の態度が軟化したかも分からずに、僕は野梨子と
肩を寄せ合いDVDを観て、以前と全く同じように画面で
繰り広げれる作り事の悲恋に泣き、そしてなし崩しに許されて
いた――らしい。
 僕は最後の最後まで気がつかなかった。
 だから、この喧嘩の前にも後にも、いろいろな人に「難攻不落の
彼女を軽薄なお前がどうやって落としたんだ」って聞かれる度に、
「僕の愛と努力だよ」なんて本気で答えたものだった。
 だって、そうとしか考えられなかったんだ。
 どんなに男たちが――もちろん僕も含めて――熱心に口説いても、
頷かなかった彼女を、あきらめずに追いかけて振り向かせたのは
僕の執着心の賜物だったし、その執着の源は愛情だった。

                ◆  ◇  ◆

 その後、僕たちは紆余曲折を経て結婚し、家族を増やし、その後
また二人きりになった。
 何くれと目立つ自分たちのこと、老いてなお事件に事欠か
なかったものの、さすがに孫どころか曾孫が生まれるように
なっては、心穏やかな日の方が大半である。
 僕がその真実を知ったのは、そんな凪いだように静かな
昼日中のことだった。

「もうこの機械も駄目ですわね」
 三世代・五世代と再生機の規格が変わっても、なぜか野梨子は
DVDという媒体に固執しており、各社がサポートを終了して
からも、友人に修理を依頼して、だましだまし使っていた。
 そのすでにガラクタの域に達していたDVD専用再生機が、
いよいよ本格的に壊れたらしい。

 あきらめるとなると、野梨子は早かく、次のごみの日には
さっさと出してしまった。
「良かったの?」
 不可解ながらもそのこだわりを知っていた僕がそう問いかけると、
彼女は老女になっても少女のような顔をして言った。
「映画はいつだって観られるけれど、あのDVDではもう観られ
ないのね」
「野梨子?」
 不可解な顔をした僕に、彼女はふわりと優しく笑う。
 皺を刻んでもなお僕にいとおしさをかき抱かせるその目元
は、遠い過去を懐かしんでいる。
「まだ友達だった頃、美童とふたりであの映画を観なければ、
きっと私、あなたに恋をしていなかったわ」
 僕の知らない少女の顔に、そして僕はまた老いらくの恋に
落ちる。


                ◆  ◇  ◆


 不埒なくせに決定的なところで優しく、お人よしなあなた
らしく、硝子玉のような瞳から零れ落ちる、混じりけのない
純粋なしずく。
 ――たわいもなく、計算されたあざとい「純愛」の物語に、
それでも素直に涙するその綺麗な横顔へ、私は囚われた。
 それはあなたが私に恋してくれるよりもずっと前の話。


                                             終わり
246名無し草:2009/09/30(水) 13:10:20
>私が美童に恋した理由
お互いに想い合っているのにすれ違っていた二人がせつなかったです。
でもハッピーエンドでよかった。
歳老いてからもなおお互いに恋している二人が素敵でした。
247名無し草:2009/09/30(水) 17:19:55
>私が美童に恋した理由
フランス映画とかを連想するような文章や内容に、情景が浮かんでくるようで惚れ惚れしました。
美×野らしく、美男美女(有閑はみんなそうだけど)に相応しい、しっとりしたロマンスで
とても素敵な一編でした。乙でした。
248名無し草:2009/09/30(水) 22:00:51
遅ればせながら

>俺、vs野梨子
続きキテター!嬉しい!
この作品で魅録がより好きになりました
次回も楽しみにしてます

>私が美童に恋した理由
美×野はまりたての自分にはむっちゃ嬉しいです!
美←野部分での野梨子が本当に可愛らしくて切なくてイイ!
未来の美×野が読めて良かったです。本当にありがとうございます
249名無し草:2009/09/30(水) 23:26:52
>私が美童に恋した理由
老いた二人というのが、とても新鮮でした。
紆余曲折を経た二人が、それでもなお惹かれ合っているというのが
読んでいてとても嬉しく、ホッとしました。良かった〜
書かれていない部分も知りたいなぁと思わせるほど、余韻のある
短編を読めて、とても幸せな気分です。ありがとうございました。
250競作・<永遠のシネマ>:2009/10/01(木) 03:35:39
競作投下します。魅×野。7レス予定です。
251競作・<永遠のシネマ>1:2009/10/01(木) 03:37:33
まるで映画の1シーンのようだった。

中学三年生の夏。
本屋で見かけた彼女。

漫画でも立ち読みするかと潜りかけた入り口で、
小さな肩が俺の腕に当たった。

かすかに息を飲む音。
パサリと落ちた本屋の袋。
揺れる夏服のスカート。
一瞬、俺を見上げた、その、彼女の。

彼女の。

*****

突然、俺の前にコーヒーが置かれた。
「○○○。」
妄想の世界から呼び戻された俺に、野梨子が何か話しかけた。
ぼんやりとしたまま、カップに目をやると、微かな波紋が今、消えるところだ。
野梨子は背中を見せると、そのまま可憐と談笑している。
可憐が俺の顔を見て、なにやらケタケタ笑っている。

あれ。
俺、なにしてたっけ。

「なんて?」
不意に口から言葉が出た。
突然だったので、自分であわてて口に戻そうとしたが無理だった。

俺の言葉に野梨子が振り返った。
252競作・<永遠のシネマ>2:2009/10/01(木) 03:39:47
「え?」
唇に笑みが残っている。
「なにか言いまして、魅録?」

唾を飲み込む俺。
可憐はまだ笑っている。

あわてて言葉を接いだ。
「いや、さっきなんか言った?」

野梨子が一瞬、あらという顔をする。
しかし、すぐに笑みが戻った。
「どうぞって、言いましたのよ」

ど う ぞ

彼女の唇がゆるやかに動いた。

*****

まず目に入ったのは唇だった。
林檎のように赤い。

いや肌の色だったか。
大理石の白。

それとも瞳。漆黒の石。

違う。
253競作・<永遠のシネマ>3:2009/10/01(木) 03:40:58
全部だ、全部が同時に俺の目の中に飛び込んできて、
その、
彼女の映像が。

俺の中に。全俺の中に。

突然ねじ込まれてきて、それからずっと上映中。俺の中で。
幾度となく。永遠にリバイバル。

両手を伸ばす、映像の中の彼女に向かって。

その手は空をつかむ。

だから口でつかまえる。

彼女を、彼女の映像を、彼女を映し出すスクリーンを、口でつかまえる。

頬をつかまえた。滑らかな頬。


******

「魅録〜 み、ろく〜」

目の前でひらひらと手が揺れている。

揺れた手の向こうに美童がいる。

なんで美童なんだ。泣いてしまいたい。

「なあ、魅録。映画見に行こうかって話してるんだけど。どう?」
254競作・<永遠のシネマ>4:2009/10/01(木) 03:41:55
行かねーよ。帰るよ、俺は。と言おうとした矢先。

隣に野梨子が座った。ふわり、と音がした。

おっ。と俺の心が騒ぎ出し、口から飛び出そうになったので口をつぐんだ。

「行きません? 魅録。話題の映画だそうですわ」
「絶賛上映中だよ」

美童が口を挟む。

そんなことより、俺はもっと見たいものがある。
俺の中で絶賛上映中の彼女。

*******

「ごめんなさい」

本屋の前で、名前も知らない彼女はあわてて俺に謝罪した。
ピンク色の髪を見て、怖くなったのかもしれない。
それから落ちた本を拾おうとしたのを、先に手を伸ばして横取りする。

「あっ」

小さく呟くと、彼女は紅潮した顔で俺を見上げた。

白い額を黒髪が滑っていく。
瞳の奥にとまどいが揺れる。
唇が迷う。
255競作・<永遠のシネマ>5:2009/10/01(木) 03:42:45
すべてがスローモーション。
すべてが。

まるで映画の1シーンのようだった。

俺は本を掲げたまま、何もかも忘れて彼女に見入ってしまった。
気がつくと彼女は俺の手から本を奪おうと苦労していた。
本を高々とあげて見せると、彼女はムッとした。

その顔が本を奪った俺に向けられているのにも気づかず、俺は言った。
「なに?」

彼女はますますムッとしてこう言った。
「返してくださいな」


黙って俺が歩き出すと、後ろからあわてたように追ってくる。
「ちょっと待って。本を返してくださいな」

追いかけてくるのが面白くて、歩みを調節しながらどこへ行こうか考える。
バスが出るところだった。
何も考えず乗り込むと、彼女はさすがに躊躇した。
しかし、運転手に乗るのかと問われると、意を決して乗り込んできた。

乗客のまばらな車内を、揺れに足をとられながら、後部座席に陣取った俺の元へやってくる。

「本をかえ…」
「はい」
256競作・<永遠のシネマ>6:2009/10/01(木) 03:44:11
あっさり渡すと、面食らって俺を見る。
不審な顔つきで俺の目をじっと見るので、負けじと見つめ返す。
と、ぱっと目をそらして、本を受け取った。
そのまま前方へ戻ろうとするのを、腕をつかまえた。
反動で彼女は後部座席にドシンと尻餅をつく形になった。

「きゃ」

化け物でも見るような顔で俺を見る。
全身の毛が逆立っているようだ。

「ごめん。からかっただけなんだ。ごめんよ」

謝ったけど、彼女はムッとした顔を崩そうとはしなかった。

きっとした顔で前を見る。
綺麗な横顔。

バスを降りる際にちらりと俺を見てよこす。
すぐに視線はそらされた。

残念だった。
連絡先も聞かずに。
もう会えないかもしれない。

と、思ったのは全くの杞憂に終わった。
その年が終わるまでに、俺は彼女と仲良しになり、親友となった。
そして「野梨子」という名前を知った。
257競作<永遠のシネマ>7:2009/10/01(木) 03:57:15
********

気づくと、生徒会室には俺と野梨子だけだった。

「あれ、皆は?」
「映画に行きましたわ」

野梨子は眼鏡をかけて、本に目をやりながら言った。

「魅録はずっと考え事をしてましたわね」

俺は立ち上がると、彼女の側に行った。

「出会ったときのことを思い出してたんだ」

野梨子は微笑んだ。

「ああ、あの最悪の出会いですわね」

「俺にとっては最高なんだけど」
「本をとられて」
「ぶつかってきただろ」
「因縁をつけられましたわ」
「見とれてたんだ」
「お上手ですこと」
258競作<永遠のシネマ>8:2009/10/01(木) 03:58:38
ほんとだって。と、俺は野梨子の眼鏡をはずした。
野梨子は俺を見上げる。
その頬を両手で包みながら、俺は言う。

「感動ものだったんだ、あの出会いは」
「大げさですわね。でも私も」

私も、の、もで口づける。
野梨子の唇はいつだって甘く、柔らかい。
あの頃、ずっと夢想していた唇。

俺の唇を交わしながら、野梨子が言った。

「私も思いましたのよ。まるで映画の1シーンのようですわって」

ありがたいことに、あのとき二人は、同じ映画を見ていたのだった。
願わくば、これからも、そう願いたい。

これからも、ずっと。

夢のような、あの映画を。
259名無し草:2009/10/01(木) 04:00:16
永遠のシネマ、これで終わりです。
投稿規制にひっかかって、間があいてしまい、すみません。
260名無し草:2009/10/01(木) 09:39:25
261名無し草:2009/10/01(木) 13:13:25
?
262名無し草:2009/10/01(木) 15:25:12
>永遠のシネマ
出会いが映画のようだったというお題の生かし方がいいですね。
原作の出会いとは違ってしまってるのが気になったんですが
この後また交差点で会ったってことなのかな?
263名無し草:2009/10/01(木) 17:22:26
>永遠のシネマ
両思いなのに野梨子にメロメロな魅録がかわいい。
あと、野梨子の眼鏡姿を想像して萌えました。
264永遠のシネマ:2009/10/01(木) 17:38:26
作者です。
>交差点の出会い
見事に記憶から抜け落ちてました…
ディスコが初顔合わせのような気がしてました。
そのディスコの前に二人が出会ってたら、という妄想で書きました。
わかりにくくて、すみませんでした…
265名無し草:2009/10/01(木) 20:47:20
>永遠のシネマ
魅録のキャラが別人
がっかり
266名無し草:2009/10/01(木) 23:23:14
嵐さん、いつもサイト更新ありがとうございます。
267名無し草:2009/10/02(金) 00:35:20
競作参加します。魅×野。
268競作<小さな恋のメロディ・1>:2009/10/02(金) 00:36:20
そっと足を踏み出し、心持ち顔を上げた途端、微かな水滴を感じた。
目を凝らして漸くそれとわかる霧雨は、庭の風景に柔らかな帳を掛けている。
髪と頬をそっと拭い、再び傘を手に取る。ぱちりと開く音が軽やかに響く。
しっとり濡れた感触が心地よくすらある門にそっと手を触れ、人影の無い静かな道を歩き始めた。

+   +   +   +

休日。登校日でもいささか早すぎる時間、私は自然に目を覚ました。
再び眠りに就くには勿体無いような気がして、読みかけの文庫本を手に取る。
いつしか周囲の物音や時間を意識せぬほど、文章の世界に没頭していた時、机の上の携帯が軽快な音色を奏でた。
私は、基本的に着メロ・着うたというものに拘りが無い。
明るく華やかで、流行にもお洒落にも敏感な友人たちは、折々のヒット曲やスタンダード、
お気に入りの曲を相手や用途に合わせて使い分け、目まぐるしく変えながら楽しんでいるけれど。
傍らに置いていた和紙製の栞を挿み、本を閉じると、折りたたみ式の携帯を開く。
真夜中でも陽が昇りきった朝でもないこの時間が、あなたらしいと思う。

“この間は有難う。例の物返したいんだけど。都合良かったら連絡くれ”

シンプルな文章。生まれてから今日までで最も良く知る異性の幼馴染と似た様で違う印象と内容。
仄かな高揚感を覚えながら、速いとは言えないペースで文字を打ち始める。

さほど間をおかず、再び私の携帯が鳴る。
先刻と同じ音色、送信者からの“おはよう”の文字で始まるメール。
昨晩彼は仲の良い友人達とバイクで遠出し、今し方帰宅したところだという。
――それならば、今度は“おやすみなさい”になるのかしら。
と暢気な事を考えながら読み進めた文に、胸が高鳴った。

“もし良かったら今から会えないか? 話したいこともあるし”
269競作<小さな恋のメロディ・2>:2009/10/02(金) 00:38:07
歩き出して間もなく、道の先にエンジン音を止めたバイクと人影が見えた。
同時に私の携帯が着信音を奏でる。画面を開き、相手を確認するまでもなく、通話ボタンを押す。
“おはよう”
受話器から低い声が耳に届くと同時に、人影が軽く片手を挙げる。
“もちろん俺の方が野梨子の家のすぐ近くまで行くから”
――言葉通りだった。

「おはようございます……これで二度目ですわね」
私はヘルメットを取りバイクに凭れていた魅録に傘を差しかける。
「ああ。まさかこんな早く野梨子に会うとは思わなかったけど」
「たまたまでしたのよ。でもこんな素敵な事があるなら悪くありませんわ」
「え?」
「夜明け頃の風景や空気って、同じ一日、同じ街なのに得も言われぬ情緒と静謐さがある
不思議な一時だと思いますの、私」
暫し言葉が消える。
「あー…そういう事か。希望の朝っていうくらいだしな。一日の始まり」
魅録が微妙な表情で髪を軽く掻き乱し、再び沈黙する。
抽象的に過ぎた面白味のない言葉で、返答に困ったのかもしれない。

「そうだ。遅くなったけどこれ、ありがとな」
漸く思い至ったように、魅録が手にしていた物を私に渡した。
「まあ、そのままでもよろしかったのに」
270競作<小さな恋のメロディ・3>:2009/10/02(金) 00:39:27
それは中間試験後、小暑を過ぎた頃。熱と陽射しが纏いつくような休日の昼下がり。
このままでは期末試験の結果も危ぶまれる結果の悠理は、清四郎の自宅で缶詰状態の勉強会、
残り4人で集まったものの、当初は皆で予定していた映画をどうするかという流れになった時、
美童と可憐の携帯が鳴った。二人はそのまま電話相手の元へと向かい、魅録と私の二人が残される。

「……これからどうする? 予定通り映画でも観に行くか」
私は構わなかった。「ええ」と頷き、目的の映画館へと向かったが、
「野梨子は何が観た――」
「魅録はどんな映画がお――」
何気なく同時に発せられた言葉に、顔を見合わせた。おそらく近い事を考えたに違いない。
私はそのままくすりと笑うと、再度口を開いた。
「私は魅録の観たい映画で構いませんのよ?というより今回は魅録の趣味優先でという事でしたわよね」
「ああ。でも本当にいいのか? 何なら野梨子の好きな作品で…」
そう返しながらも微妙に不安げな表情の魅録に、再び微笑む。

今回の映画は、ジャンケンで勝ち抜いた魅録、次いで悠理の希望が通り、既に前売券を購入していたもので、
カーレーサーを主人公としたハリウッド映画、最高技術のCGを駆使したレースシーン、
悠理と魅録らしい作品選びだと思う。
ごく自然に趣味や観たい映画が重なる。まるでよく似た兄妹か双子のように、或いは――
ほんの僅か胸を過った寂しさともつかぬ感覚に蓋をし、私は微笑んだ。

「いいえ、約束ですもの。今日はそのつもりでしたし。どんな映画か楽しみですわ」
271競作<小さな恋のメロディ・4>:2009/10/02(金) 00:41:52
数時間後、私は映画館のロビーでソファーに腰掛け、魅録を待っていた。
「お待たせ。これで良かったか?」
「ええ、ありがとう」
冷たい紅茶が乾いた喉を潤す。
「いや、こっちこそ。野梨子の好みとは違うかなと思ったんだけど、結局付き合わせちまって」
私の横に座り、コーヒーを口にする魅録の気遣わしげな言葉に、
「そんな事ありませんわよ。とても楽しめましたわ」
映画は、謳い文句通りの疾走感と迫力のある映像展開、王道ならではの爽快に楽しめる内容で、
気がつけば私も一緒に笑ったり、物語の行方に一喜一憂していた。
その後もあの場面が良かったなどと感想などを話し合っていたが、思いがけないほど自然に、
軽やかに言葉が続く。そんな和んだ空気と気持ちの中、ふと口をついて出ていた。
「魅録と一緒に観られたのも大きいかもしれませんわ。悠理が少し羨ましくもありましたの。
こうして魅録と同じ物を見て、お話できるって嬉し――」
思わず言葉を止めた事により、感情は逆に意識となって面に表れるものかもしれない。
普通に合わせていた視線が、急に気恥ずかしいものとして感じられる。
顔を背け、手元の紅茶を見つめる。今日はこんなに暑かっただろうか。

「俺も野梨子と一緒で楽しかった」
これまた飾り気のない言葉に、思わず魅録の顔を見る。再び彼と目が合う。
「そう……でしたの?」
「ああ、同じ事考えてた」
胸の鼓動の速度と暑さが増したように感じ、私は視線を逸らし、顔を伏せた。
「なあ、野梨子」
「はい?」
「よかったらまた――今日みたいにこうやって出かけたり、メールしたりしてもいいかな」
「……」
「ていうか、今も普通に遊んだりメールは時たましてるけど、何ていうかこうもっと――うわっ!」
言葉を探すように紙コップを忙しく弄んでいた魅録の手に、中味が零れかかったのはその時だった。
272競作<小さな恋のメロディ・5>:2009/10/02(金) 00:43:32
魅録のいう“例の物”とは、その時のコーヒーを拭うのに手渡した私のハンカチーフだ。
促されて中を確認してみたが、染みはおろか皺ひとつなく折りたたまれている。
「ありがとな。みっともないとこ見せちまった」
「いいえ。少し吃驚しただけですわ」
私は手にした薄紅の柔らかな袋が、風の気紛れでかかる雨で湿らぬよう、胸に抱え込む。
「もしかして…これからお休みになられるところでしたの?」
「まあな。そう珍しくもないし、ちょうど良いタイミングだったから気にすんな」
「そういえば、話したいことがあると仰ってましたけれど、どうかなさいましたの?」
私の問いに対し、魅録が困惑したような、強張った表情になった。
「……ああ。前の続きというか、言えなかった事」
「前?」
「映画館で言おうとした」
その時の情景が違いなく蘇り、傘の柄を握る手が緊張に似たもので固くなる。
「だけど、いざとなるとどうしても…やっぱ緊張するなー」
魅録が眉を顰め、自分の髪に指を差し入れた瞬間、派手な着信音が鳴り響いた。
私の物ではない、馴染みの薄い音楽――魅録の携帯だ。
魅録は暫し逡巡したようだったが、
「悪い。ちょっとだけ」
鳴り止まない電話に根負けしたのか通話ボタンを押す。
273競作<小さな恋のメロディ・6>:2009/10/02(金) 00:45:57
「――もしもし。――ああ。何だよ。まだ寝てなかったのか――え? お互い様だろ」
1つの傘の中で向い合う距離という事もあり、朝から元気に満ち溢れた彼女の声は、受話器越しであっても
誰かわかるほどだ。共通の友人の結婚式についての打ち合わせと待ち合わせらしき、軽口混じりの会話。
微笑ましさより痛みと胸苦しさが大きいのは、きっと。
私の思いをよそにあっさりと手短に電話は終わった。魅録は携帯をポケットに戻す。
「……悠理ですの?」
「いつもの通り。一晩遊びまくって昼からまた出かけようって、あいつこそ信じらんねー」
「……着信音違ってますのね。変えたんですの?」
「ああ。この間あいつと観に行った映画、………………のテーマ。かかってきた時に誰かわかりやすいように
着メロ変えて設定してるんだけど」
魅録の口からごく普通に零れる別の作品名。心の奥が軋むように痛む。特別であり、ごく当たり前の事。
「……そうでしたの。私も以前、魅録に教えていただきましたわね。そして……」
続く言葉を曖昧に呑み込む。それも映画の後の出来事だ。
その後私が何を選び、どう使っているのかも、無論魅録は知らない。伝えていない。
悠理と魅録、魅録と私の距離感、空気の違いが無性に胸を締め付ける。
例えばこんな時に。

話題を切り替え、複雑な思いを抑え込むように、
「……それでしたら、私への話の方は後日でも構いませんし、ゆっくり休んで下さいな。
また明日、学校でもお会いできますもの、その時にでも聞かせていただくという事でよろしいかしら?」
あらぬ方を見つめ、何事もないような口調で言った。
そう、何でもない事なのだから。もしまた一緒に映画を観くとしても、メールのやり取りも。
「野梨子?」
「魅録のお休みになる時間をこれ以上邪魔してはいけませんし、私、戻りますわ」
「いや、それは平気だって」
「雨ですから、道には気を付けてお帰りになって――」
「だからちょっと待てって」
一刻も早く、足早に去りたい思いの私を、傘の柄を持つ手首を掴む手が止める。
274競作<小さな恋のメロディ・7>:2009/10/02(金) 00:51:17
「明日とか学校じゃ駄目なんだよ」
「なぜですの」
思わず魅録を仰ぎ見た私の目を見て、彼は言葉を失ったようだ。
「……魅録にとっては当たり前の事なのでしょう。私と映画を観るのも、
一緒に過ごすのも。仲間ですもの」
私の問いともつかぬ言葉に対し、魅録も答えない。
私も唇を引き締めて黙り込む。決して言ってはいけない言葉を止めるように。

――もし私が悠理のようでしたら、あなたは当たり前のこんな事を特別に思ってくださるの――

私は傘をそっと自分の側に寄せ、代わりに手にしていたハンカチを袋から取り出し、再び魅録に渡すと踵を返した。
自宅の門に向かい、そのままゆっくりと歩き続ける。
再び訪れた静寂の中、私の携帯が、今や耳に馴染んだ軽快な音楽を流し始めた。
魅録と観た映画のテーマソングの着信メロディ。
驚きと――そして狼狽で、思わず足を止める。魅録にも聴こえただろうか。
面と向って会う時に携帯が鳴る事があろうとは思わずにいたため、音量をそのままにしていたのだけど。
275競作<小さな恋のメロディ・8>:2009/10/02(金) 00:52:11
恐る恐る携帯を取り出し、画面を開く。
いつもにもまして、文章は簡潔だった。

“何でもない事じゃない”

再びメールの着信音が鳴る。会話と変わらぬセンテンスとペースで、

“野梨子と、野梨子だから一緒に行きたいんだ”

その文字を目にした時、今度は私の携帯が着信を知らせた。
彼に教えて貰った通りに設定した、誰からの言葉かを知らせる、メールの着信音と同じメロディ。
画面を戻すのももどかしく、通話ボタンを押す。
「……はい」
私の名を呼ぶ魅録の声。
“メール見たよな”
「ええ」
私はそのまま振り返る。彼が近づいてくるのが見えた。
暫しの沈黙の後、メールの言葉が彼の声で繰り返される。
数メートルと離れていない距離での奇妙なやり取り。そして次の言葉。

“好きだ”

耳に押し当てた受話器、間近に立った彼の声が重なるように響いた。

(終)
276名無し草:2009/10/02(金) 00:52:54
終わりです。有難うございました。
277名無し草:2009/10/02(金) 01:44:23
>小さな恋のメロディ
タイトルのとおり初々しい二人ですね
映画の他に着メロが鍵になっているのも面白かったし、携帯で告白というのもシャイな二人らしかったです
読後に、早朝の澄んだ空気のような清々しさを感じる短編でした
278名無し草:2009/10/02(金) 02:01:48
>小さな恋のメロディ
静かなしっとりした情景描写が魅野の雰囲気にぴったりですね。
>真夜中でも陽が昇りきった朝でもないこの時間が、あなたらしいと思う。
魅録をそっと想っている野梨子の心情が伝わる一文で、キュンとしました。
魅録も男らしくて格好いいし、お題の絡め方、タイトルも良かったです。
寝る前に覗いたおかげでいい夢見られそう。超乙でした。
279競作<卒業>:2009/10/02(金) 03:24:28
競作です。
4レスの予定になります。

清四郎中心でいろいろです。
ちょっとクセがあるかもです。
280競作<卒業>1:2009/10/02(金) 03:25:33
 純白のウェディングドレスを纏った可憐。ステンドグラスから差し込む陽光を燦然と浴びて、眩くスパークするようだった。
 父親と死別した花嫁が選んだエスコート役は、同い年のピンク頭だった。やや緊張した面持ちで、晴れやかに笑う可憐と腕を組んでいる。
 祭壇ではタキシードを着た清四郎が待っている。薄い微笑をたたえて、バージンロードの道行きを見守っていた。
 参列者席では、新郎新婦の親友たちが――爆弾娘を必死で宥めていた。
「悠理ー、どうどう。花婿ボコボコにしようとか、考えちゃ駄目だよ。花嫁の立場ないじゃーん」
「そうですわ。気持ちはわかりますけど、落ち付いてくださいな」
 悠理は前方あった椅子の背もたれに掴みかかった。ビシバシと亀裂を生じさせながら、地の底から這いずり上がるような唸り声をたてた。
「あのゲス野郎が……あ、あんなハレンチなことしておいて――!」
281競作<卒業>2:2009/10/02(金) 03:27:07
****

「――終わったんなら、さっさと離れろよ」
「まだですよ。わかるでしょう?」
「つぅ……もっと優しく動……け、よ……」
「これ以上は無理な相談です。お姫様のように優しく扱っているでしょう?」
「どこが……くっ……」
「声は飲み込まずに、吐き出してください。多少は楽になりますよ」
「……」
「相も変わらず強情ですねえ。これならどうです?」
「あ! あっ、う……、はぁ……っ! この、変態っ……!」
「溶けてきましたね。僕の上に乗れますか?」
「止め……っ! 無茶だって、こんな体位! う、くぅ! んっ! あうぅ!」
「ああ、凄い格好だ。親には見せられませんねえ」
「だ、誰にも言うなよ……おまえと、こんな、こと――」
「言えませんよ。あなたの母親に知られたら、僕は殺されるでしょうしね。
でも、あなたのために死ねるなら、そんな一生も悪くない」

 悪魔のようなスダレ男は、その舌の根も乾かずうちに、
ベッドの相方を地獄へ突き落とすのだ。

「大学を卒業したら、結婚します」
「誰と……?」
「可憐です」

****
282競作<卒業>3:2009/10/02(金) 03:27:57
「ほらよ」
 魅録が花嫁を清四郎に託す。可憐は輝くように笑い、清四郎と寄り添う。
 牧師がおごそかに聖書の一節を唱じ、参列者に問う。
「この結婚に異議のあるもは、今すぐ申し出なさい」
 悠理が勢いよく手を上げた。
「ハイッ! 異議あ――」
 だが、その先は二人がかりで止めらてしまう。野梨子が悠理の口を封じ、
美童が自慢の顔を引っ掻かれながら、暴れる悠理を羽交い絞めにした。
「い、いやですわ。悠理ったら寝ぼけちゃって……」
「そうそう。凛々しい花婿に綺麗な花嫁さん。異議なんてあるはずないよねー!」
「モガモグゲフ……!」
 悠理は口を塞がれながら、ぎろりと教会を見渡す。
 自由になるのは、瞳だけだ。悠理は射るように見据えた。――祭壇近くに佇む、ピンク頭を。
 悠理と視線があった魅録は、一瞬だけ困惑の表情を見せた。
 そして、意を決したように祭壇の新婦を振り仰いだ。
「可憐――」
283競作<卒業>4:2009/10/02(金) 03:29:44
 魅録は風切るように頭を下げた。
「ごめん、可憐。清四郎を俺にくれ!」
「なァんですってえええええええ!!!!」
 可憐が血走った目で絶叫した。
 しかし、その残響も収まらぬうち、あっさりと頷いた。
「いいわよ、ほら」
 そう言って、可憐が花婿の背中を押し出すと、教会中から拍手が鳴り響いた。
 魅録が顔を上げると、悠理、野梨子、美童ら参列者、そして、牧師までもが、笑顔で手を叩いていた。
「あなたが覚悟をしてくれないから、皆に芝居をうってもらったんですよ」
 清四郎は余裕の含み笑いを浮かべている。
 ベッドの中だけでなく、自分の人生ですら、こいつの手のひらで転がされているのか。
 厄介な恋を選んでしまったものだ。
 魅録は苦々しげに唇をかんだ。
「おまえなんか嫌いだ……」
「僕は愛していますよ、一生ね」
 清四郎は魅録の腰に手をあてたかと思うと、羽のようにふわりと抱きあげた。
 男にお姫様だっこされた魅録は、激しく狼狽した。
「阿呆! おまえ、正気か! 降ろせ!」
「嫌ですよ。せっかく捕まえたのに」
 清四郎は魅録を抱きあげたまま、バージンロードを悠々と後戻りする。
 それは未来へ続く道行きだった。

終。
284競作<卒業>:2009/10/02(金) 03:30:28
以上になります。

嵐さんへ。

いつもお世話になっております。
こちらはサイトに載せないでください。
よろしくお願いします。
285名無し草:2009/10/02(金) 07:35:45
きめえ
286名無し草:2009/10/02(金) 09:17:09
ははは。いろいろ出るなあ。映画「卒業」にひっかけてあるんですね>卒業
(映画「紳士は〜」が下敷きのパラレル。清+魅主役で清×野、魅×悠風味。
可×豊ですが、豊作さんは出ません。お嫌な方はスルーお願いします。10レス。)

乗船客や観光客、船荷の運搬人等でごったがえしている横浜埠頭の国際客船
ターミナルの屋上で、ダークスーツ姿の男二人が、きな臭い双眼鏡を各々目
に当てていた。双眼鏡の先には、あと数時間後に出航予定の大型豪華客船
『クィーン・エリザベス三世号』の優美な白い姿。
清四郎は資料の写真と見比べながら、傍らの相棒に説明した。
「……茶色いロングのウェーブヘアが『黄桜可憐』。剣菱財閥の御曹司、豊
作の婚約者です。そして豊作の母親が今回の依頼人。彼女は財産目当ての可
憐に豊作が騙されたと思っていて、どうにか婚約を解消させたい。可憐は金
持ちの美男子に惚れっぽいのが弱点です。豊作のいないこの船旅中に、彼女
の素行を調査するのが……いえ、正直に言えば、婚約解消の理由になり得る
ような、彼女の浮気現場の証拠を捏造するのが、今回の僕らの仕事です」
聞いていた魅録は、舌打ちしながら、双眼鏡を目から放した。
「何か、かったりー仕事だな。あんまり、気が乗らねーや」

清四郎が、相棒のやる気を鼓舞するかのように、ニヤリと笑ってみせた。
「その代わり、ペイは良いですよ。今回の仕事に面白みを加味したいのなら、
ジェームズ・ボンドしたらどうです?可憐の親友であり、ボディーガード役
の二人も、とびきりの美人だ」
「そりゃいいや。黒髪のおかっぱが『白鹿野梨子』、亜麻色の猫ッ毛が『剣
菱悠理』か。おまえ、どっちがいい?」
「どちらでも。ちなみに悠理は豊作の妹で、女だてらに相当喧嘩が強いらしい」
「得意技『飛び蹴り』。おもしれえ。一つお手並み拝見といくか。けど剣菱
の娘じゃ、手ぇ出しづれーな。こんなに美人なのに、残念だ」
「おや、魅録はじゃじゃ馬お嬢様がお好みですか。ちなみに、白鹿野梨子は
頭脳派です。大変な男嫌いで有名で、彼女より頭の悪い男は存在すら認めら
れないとか。趣味は囲碁……ふむ」
「うっ……俺には無理だ。そっちは、おまえに任せるわ」

「了解しました。では、担当が決まったところで、そろそろ我々も行くとしますか」
「おう!」
笑って拳をぶつけ合った二人は、桟橋の横で、あたかも微笑んで手招きをし
ているような、華麗な豪華客船に向かい、埠頭に続くスロープを駆け下りて行った。

* * * * *
この客船は、N.Y.発の世界一周旅行中で、可憐たちはその途中、横浜から
シンガポールまでの2週間、乗船の予定だった。一通り船内を確認した二人
は、ビュッフェ会場でディナーを取りながら、辺りを観察していた。
「それにしても、年齢層高いな。リタイヤした金持ち相手ばかりじゃ、浮気
したくてもできないだろう」
「シッ。来ましたよ」
可憐を中心として会場に入ってきた彼女たちは、その三者三様の美貌とオー
ラで、出航後わずか2時間にもかかわらず、すでに船中の有名人となっていた。
三人が金粉を撒き散らすかのように清四郎たちの目の前を横切っていった後、
魅録が思わずヒュゥと小さく口笛を吹いた。しかし、清四郎は顔を顰めている。
「……他の二人はともかく、白鹿野梨子には全く隙がありませんでした。
これは、想像以上に手強い相手かもしれませんよ」
「おまえ、そういうの好みじゃん。手強い相手ほど、燃えるんだろ?」
お互いを知り尽くしている相棒の、小憎らしい笑みを、清四郎はあっさり無視した。
「まずは、仕事です。ジェームズ・ボンドするのはそれからですよ」

しばらく様子を窺っていたが、数々の誘いを男性から受けるものの、可憐は
ごく常識の範囲内でのリアクションしか取っていなかった。
「なんだ、可憐嬢、いい子ちゃんにしてるじゃねーか」
しかし、魅録がつまらなさそうに言った三日目、とうとう火種が上海から乗
ってきた。金髪碧眼の独身貴族、日本とスウェーデンの血を引く美童・グラ
ンマニエが挨拶したとき、可憐の目がハートになったのを二人は見逃さなかった。
ディナーは様々な趣向を取って行われるが、6人がけのテーブルを使っての
着席式の場合、特定の席をめぐって大金が動くのは日常茶飯事だった。可憐
たちと同席したい男性は数知れず、その競争率は大変なものだったが、とう
とう清四郎と魅録に、その順番が回ってきた。タキシードに身を包んだ清四
郎と魅録は、ディナー会場に入ってテーブルを確認するや否や、うなずいた。
既に一人席に着いていたが、それは、例の美童・グランマニエだったのだ。

三人は、皆の期待を知ってか知らずか、最後に登場した。
「ミス・カレン・キザクラ、ミス・ユーリ・ケンビシ、ミス・ノリコ・ハクシカ!」
張り切ったアナウンスに、会場の目が一斉に入り口に注がれる。
人々の視線を楽しんでいるようにも、小馬鹿にしているようにも見える高慢
な笑みを浮かべながら、華麗な衣装に身を包んだ三人は着席した。目の前に
美童を認めると、可憐はたちまち相好をくずした。しかし、さすが社交好き
の可憐である。美童に好意の視線を送りながらも、清四郎と魅録に話題をふ
ることも怠りなかった。

清四郎は、自分たちは企業所属のジャーナリストだと説明した。
「この旅は全て、仕事がらみなんですよ。一応言っておくと、魅録とは部屋も別です」
「まあ、そうだったの!実は野梨子と悠理の恋のお相手に、あなたたちはど
うかしらって思っていたんだけど、ゲイかもしれないって心配してたのよ」
顔を見合わせる清四郎と魅録だったが、当の本人たちの見解は違ったようだった。
「可憐、そんなこと勝手に決めるなよ!あたい、お相手が欲しいなんて言ったことないぞ!」
「私もですわ。大体、ここには可憐が浮気しないようにと豊作さんに頼まれ
て来ましたのよ。その私たちが恋愛してどうしますの?」
「だから、そんな恋愛下手な可哀想なあんたたちに、せめてクルーズ中だ
けでも、めくりめく素敵な経験をしてもらいたいと思ってるのよ。あたしは
大丈夫って、言ってるでしょ。愛する豊作さんがいるのに、浮気なんてしないわ」
「豊作さんって?」
以前日本に住んでいたことのある美童は、流暢な日本語を話した。
「可憐の婚約者で、あたいの兄ちゃん。剣菱財閥の跡取りだよ」
納得した美童の残念そうな青い目を、可憐が甘い微笑みで包みこんだ。
「でも、あたしは基本的にいい男と楽しく過ごすのが好きなの。これって、
浮気とは違うわよ。ねえ、グランマニエさん、ダンスはお好き?」

ディナーの後、若い6人はそのままバーに流れた。すっかり意気投合し、美
童に腕を回している可憐の傍に行こうとする野梨子と悠理を、それぞれ清四
郎と魅録が自分の元に引きとめた。
可憐が浮気するとしたら、美童しかあり得ない。そして、二人っきりにした
方が、事が起こる可能性は高いし、それこそ依頼人が望んでいることだった。
一枚の決定的な写真があれば、それをたてに、婚約を解消させるつもりなのだ。
それが、たとえ意図的に作り上げたものだったとしても。

魅録はプロの手口で巧みに悠理に酒を勧めていき、ついに甲板まで誘い出した。
並んでベンチに座ると、波のざわめきと夜風が気持ち良い。しかしロマンチック
なムードの中そろそろ甘い言葉をと思った矢先、悠理がおもむろに立ち上がった。
「あたい、もう戻るよ。可憐の傍にいなくちゃなんないんだ」
慌てた魅録は素早く悠理の肩に両手を置き、ベンチに戻した。
「可憐は、浮気しないって宣言してるじゃないか。信じてやれよ」
「だからって、何でおまえといなきゃならないんだよ」
「可憐も言ってただろ?このクルーズの間、素敵な夢でも一緒に見ようぜ」
「おまえとなんて、ごめんだね」
悠理はべーと、舌を出した。いまだかつて、口説いている女にこんな態度を
取られたことがなく、しかも自分はかなりモテるという自負のある魅録の驚
きが怒りに変わるまで、そう時間はかからなかった。
「おまえ、ホンットにじゃじゃ馬だな。っつーか、ガキだな」
「何をっ!じゃじゃ馬で悪かったな!そうだよ、あたいは自分より強い男にしか興味ないんだ!」
魅録の男のプライドに火が点き、また、新種の野生動物のような女への興味も高まった。
「へーえ……じゃあ、試してみようぜ?俺と、おまえと、どっちが強いか」
「望むところだ……けど、どこで、やるんだ?ここでやったら大騒ぎになるぞ」
「そうだな。じゃ、俺の部屋に来いよ。誰も来ないぜ」
「ばっ……!その手に引っ掛かるか、バカヤロー!」

「お嬢様が、何てまあ、お言葉の悪い……」
魅録が目を細めながら、悠理の唇をふさごうと身をかがめる。
「!」瞬間、悠理の得意の足蹴りが魅録の腹に入り、魅録は背を丸めてうずくまった。
「へへ、あたいを甘く見るからだい!」
ようやく話せるようになった魅録は、息も絶え絶えな声を出した。
「…………おまえ、本当に……トンでもない女だな……」
「こんな女、嫌になっただろ?」
その刹那、魅録は素早く身を起こし、ベンチ上に膝で悠理の足を押さえ込み
ながら、彼女の両手をも拘束した。組み敷いた獲物の上から勝利の笑みを浮かべる。
「いいや、自分でも知らなかったけど、すっげー好みらしい……」
「やっ、やめろ!……放せっ……んっ……!」
ふいをつかれた悠理の抵抗虚しく、その言葉は、今や本気となった男の唇に、
深く、飲み込まれていった。

一方その頃、清四郎も野梨子を反対側の甲板に連れ出すことに成功していた。
月明かりで見る野梨子は、どこか怪しい美しさがあった。そして彼女が正真
正銘の男嫌いなのはもう確かで、それが清四郎の征服欲を先ほどから刺激していた。
「あなたは月の女王のように魅惑的なのに、どうして男嫌いなんですか?」
「よけいなお世話ですわ。そんなお話なら、私、もう帰りますわよ」」
「……………………いえ、そうではなくて……実は、囲碁のお相手を願いた
いと思いましてね。僕も、囲碁にはちょっと自信があるんですよ」
「あら」野梨子の目が嬉しそうに光ったのを見て、清四郎は胸を撫で下ろした。
「嬉しいですわ。私の部屋にも簡単な囲碁盤がありますのよ」
「それでは、酔い覚ましにこれから一局いかがですか?ここで、どうです?
それとも、自信がありませんか?」
「とんでもない。絶対に負けない自信がありますわ。」
清四郎はここ一番で使う、最高レベルのキルユーの視線と声で、野梨子に囁いた。
「では、僕が一度でも勝ったら、僕の言うことを何でもきいてくれますか?
あなたは、絶対負けないのでしょう?だったら……いいですよね……?」
野梨子が持って来た囲碁盤で始めた勝負は大接戦となり、それは予想以上の
効果をもたらした。野梨子が頭の良い男に一目置くというのは確かだった。
「ちょっと、寒くなってきましたわね。私の船室にいらっしゃいませんこと?
可憐と同室ですけれど、寝室は部屋内で独立していて悠理とのツインですの」
これには清四郎の方が驚いた。
「……良いのですか?僕は、一応男ですよ」
「菊正宗さんのことは、もう信頼しています。それに、悠理も戻っているでしょうし」
今頃魅録は悠理とよろしくやっているのだろうかと思いつつ、とにかく野梨
子の気が変わらないうちにと、清四郎は自ら囲碁盤を持ち、素早く腰を上げたのだった。

* * * * *
翌日二人は互いの上首尾を軽く報告し合った。そしてその後、可憐と美童は
期待通り親密さを増し、お互いの部屋を頻繁に行き来する仲になっていった。
仕掛けた盗聴器によれば、二人が友人のつき合いを超えていないのは明白だった。
しかし、清四郎と魅録も、野梨子と悠理によって船室への出入りを許される
ようになっていたおかげで、元々人前での男女のスキンシップを特別なこと
とも思わない可憐と美童の、日本人の第三者から見れば相当きわどいツーシ
ョット写真を、二人は易々と手に入れることができていた。
船旅もあと少しという時、探偵二人は、仕事に対する深い満足感と共に、船
室に広げた、戦利品である可憐と美童の数々の写真を、眺めていた。

「はあ、お熱いこった。『浮気写真』って言っても十分通じるものばかりだな」
「二人が社交ダンスにはまったのが、ラッキーでしたね」
「……実際は、可憐は何もしてないのにな。何か、やましい気がすんだけど。俺、甘いか?」
相棒の仏心の芽生えを察した清四郎は、厳しい顔で黒い双の目を光らせた。
「……気持ちはわかりますが、これは仕事ですから。一度引き受けたからに
は、全うするのが、プロってものです」
「……そりゃそうだ。つまらないこと言って、悪かった。そういや、今日は
あいつらの船室パーティーに呼ばれてたな……」
「彼女たちの信頼を裏切ってるようで、心苦しい、なんて言わないで下さい
よ。とにかく、行かないわけにはいきません。不自然に思われますからね」
女たちが非常に好意的であることが、彼らの「騙している」という罪悪感を
煽り、それを誤魔化すために、魅録ばかりではなく清四郎も、飲みに、飲んだ。
「さあ、特製のカクテルですわ。今、セレブの間で流行っていますのよ。
ちょっと強いですけれど、お二人ならば大丈夫ですわよね」
「おまえら、酒にはどっちが強いんだ?」
こう聞かれると、二人ともお互い相手に負けまいと、差し出されたグラスを
一気飲みした。酒には相当の自信があった。が……

「グウェッ!ゲホッ!」「ブフォッ!何だ、こりゃ!」
酒を口から噴出した二人に、悠理が楽しそうに説明する。
「んーと、ウォッカと、ラムと、ワインと、スコッチと、バーボンと日本酒と……あと何だっけ?」
「あっ、熱い……!」
体の芯から次々とマグマのように湧き上がってくる、燃え立つような熱さに、
ついに二人は身悶えしながら、ネクタイを引き千切るように解くと、シャツ
のボタンを掻きむしるように外し出した。
「あらぁ、熱いなら、全部脱いじゃえばぁ?」
上着に伸びる、怪しい笑みを浮かべた可憐の手から、二人は身をよじって逃げようとした。
「いや、もう、今日は、これで失礼……ハアッ……ハアッ……!」
「だったら、ちょっとこっちで休んで行けよ」
悠理が自分たちの寝室のドアを開けると、どす黒いまでに赤い顔をした二人は、
滴り落ちる汗、激しい息づかいともにベッドに倒れ込み、そして、そのまま意識を失っていった……

* * * * *
「僕としたことが、まさに、一生の不覚です」
翌日の昼、二人が自らの醜態に気付いたとき、部屋には誰もいなかった。自
室に戻ると、清四郎は、らしくもなく頭を抱えて内省に入りこみ、一方魅録
は壊されたライター型小型カメラを修理しつつ、怒りを外へ吐き出していた。
「女に酔わされて、ぶっ倒れて、身ぐるみはがされて、商売道具壊されて、
フィルム盗られて……ああ、考えたくもないっ!」
清四郎が自嘲の表情のまま顔を上げた。
「……素っ裸にされなかっただけ、ましですよ。プロだったら、確実に最後
の一枚まで取っています。……ふっ……まあ、見られて恥ずかしいようなも
のはお互い持っていませんし、彼女たちの良い目の保養になったと思うことにしましょう……」
落ち着きを取り戻して来たらしい清四郎に、魅録はまだ半ば座った目を向けた。
「俺は、見られるより、見る方が好きなのっ。それに、脱がされるより、脱
がす方が好きなんだよ。チッ、こんなことなら、あの時力ずくでやっちまえば良かった」
「と、いうと?」清四郎の突っ込みに、魅録は気まずそうな顔をした。
「……白状するよ。実はあの晩、悠理を俺のベッドに連れ込んだものの、ま
た暴れ出したんだよ。で、腕相撲で勝負したら、それが強いのなんのって。
俺もマジになってたら、いつの間にか寝ちまったんだ。朝起きたら、もぬけの殻だったってわけ」
「……慰めになるかどうか分かりませんが、僕もあの晩は、野梨子のベッド
の上で、朝まで囲碁をしていましたよ。僕が勝ったら、の予定だったんです
が、これが……勝てなかったんですよ、一度も」
「おまえが!」「はい、僕が」

清四郎の告白は確かに魅録の慰めになったらしく、二人は一しきり互いの奮
闘を称え合った後、今後について話しあった。
「とにかく、おそらく目端のきく野梨子が気付いたのでしょうが、彼女たち
が僕らの正体を知ったのは確かで、証拠隠滅のためにあのような手段を取っ
たと思われます。この部屋からも写真やフィルムは全て盗まれましたし、身
につけていた物にかかわらず、カメラや盗聴器等は携帯にいたるまで全て壊されている……」
「ちょっと待て……、お、これ直ったぞ。さすが、俺様」
魅録が愛用の小型カメラを得意気に高くかざした。
「GJです、魅録。要は、写真一枚あれば事は足りるわけですから。問題は、
我々に気が付いた可憐が、もう美童には近づかないだろうということですが……」

* * * * *
しかし、その心配は無用だった。明日はシンガポールという、最後の夜のダ
ンス・パーティーで、どうぞ写真を撮って下さいとばかりに、可憐は堂々と美童と踊った。
清四郎と魅録が呆然と見ているところへ、野梨子と悠理が寄ってきた。
久し振りの彼女たちは、やはり眩しいくらい美しかった。
「ふふ。驚きました?探偵さんたち」
「……先日は、手厚い歓迎をどうも。僕も魅録も、生涯忘れられない思い出
ができましたよ……どうして分かったんですか?僕らが、探偵だって」
「松竹梅さんが、禁煙ルームでライターを使っていることがありましたのよ。
それでおかしいと思って、お二人のことをネットと剣菱の情報網で、調べましたの」
清四郎に睨まれ、魅録の頬が染まった。
「俺が言うのも変だけど、何でほっとくんだ、あの二人。もう写真、いただいたぜ」
「可憐は、自分は悪い事はしていないって言い張りますの。美童とダンスを
踊るだけなんだからって。それで誤解を招くような写真を撮られたとして、
豊作さんが自分よりも、写真の方を信じるのならば、それまでだってことですわ」
「可憐は、その時は自分から婚約を解消するって言ってんだよ。自分を信じ
られないような男とは結婚できないって」

* * * * *
10分後、魅録と悠理は、あの晩と同じ場所に出て来た。
「母ちゃんが依頼人じゃ、おまえらばっか、責められないよな。ああするの
が仕事だったんだから。ただ……その……聞きたいのは……あたいにキスし
たのも、あれも……仕事のうちだったのか?」
唇を尖らせ、拗ねたように海上の月を睨みつけている悠理の横顔に、魅録の
頬が熱くなった。
「……あ、あれは、違うよ。あれは……おまえが、おまえだったから……」
「また、したいと思うか?」
答えの代わりに、切ない表情の魅録が悠理の肩を引き寄せて顔を近づけた時、悠理の足が動いた。
「!……………………何、考えてんだよ……てめえ……!」
またもや背を丸めてうずくまり、腹を押さえて恨めしげな目を向ける魅録に、
悠理は呆れたように言った。
「全く学習能力のない奴だなー。今ってわけじゃないよ。もし、おまえが真
剣なら、今度は正々堂々とあたいの前に現れろってこと。言っとくけど、あ
たいは剣菱の娘だから、そう簡単には行かないぜ。じゃあな!」
そう言うと、悠理は魅録を置いて、一人飛ぶようにデッキを走り去っていった。
「腕相撲、強く、なっとけよー」の声を残して。
一方、清四郎と野梨子も、あの晩と同じ場所に来ていた。開口一番、清四郎は謝った。
「あれがあなたのお仕事なんですものね。品のあるお仕事とは言えませんけれど、
仕方ありませんわ。それより、私、素人の方で、菊正宗さんのように囲碁の強い方は
初めてでしたわ。それで……強くなったあなたともう一度勝負をしてみたいと思いましたの。
勉強して、是非また、私の前に現れて下さいませんか?」
「……そのときは、前回の約束は有効ですか?」
「……そう思って下さってかまいませんわ。でも、そう簡単には負けません
わよ。私は、白鹿野梨子ですから」
挑むような、面白がっているような黒い瞳を満足気に見下ろすと、しかし、
清四郎は未来の勝利を確信している、自信たっぷりの微笑みを返した。
「そのようですね。でも、あいにく僕は、菊正宗清四郎なんですよ」

* * * * *
翌日、シンガポールの国際客船ターミナルの屋上から、二人の男が双眼鏡で
眼下の埠頭を覗いていた。桟橋で、可憐が、まだ乗船を続ける美童と抱き
あって別れを惜しんでいる姿が目に入る。その後、可憐とその親友二人は黒
光りする大型リムジンに乗り込み、それはあっという間に、シンガポールの
喧騒の中に小さくなって、消えて行った。魅録が大きな溜息をつく。
「豊作は、きっと、可憐を信じるよ。でなきゃ大馬鹿だ。あんないい女、そういるもんじゃない」
「そうですね。おそらく剣菱夫人も、可憐のあの覚悟を知れば、彼女が決し
て財産目当てで豊作に近づいたわけじゃないことが分かるんじゃないですか?」
「……うん。けどさ、こういうのって、何て言うんだ?『ハートを盗まれた』っつーの?」
「普通、男は盗む方でしょう……多分、向こうもそう思ってますよ」
「そう願いたいね。さて、どうする?まだ昼間だけど、飲みに行くか?」
「100%同意します。それと……本屋に寄ってもいいですか?囲碁の本が、
欲しいんですよ」
清四郎と魅録が眩しげにシンガポールの青空を仰ぎ見て、再び海に目を戻すと、
「クィーン・エリザベス三世号」が、優美に、しかしどこか親しみ深く、新
たなドラマの主人公を楽しみに待っているかのごとく、静かに佇んでいた。

The End
297名無し草:2009/10/02(金) 10:24:08
>淑女
たったの10レスなのに、一本の映画を見終わったようです。
軽妙ながらどっしりした満足感がありました。
それぞれのキャラも魅力的でした。お見事!
298名無し草:2009/10/02(金) 11:09:00
>淑女は金髪がお好き
面白かったーーー!
くどくないのにしっかりと映像が浮かぶような描写が素敵です
299名無し草:2009/10/02(金) 11:39:32
>>281
>・未成年も見ているので、性的な描写は良識の範囲内でお願いします。
> 18禁描写入りのものをUPする時は、エロパロ板の有閑スレなどを
> ご利用ください(姉妹スレではないので、先方で断りを入れてから利用)。
300名無し草:2009/10/02(金) 14:45:30
>淑女は金髪がお好き
続編が読みたいと思うぐらい面白かったです!
301競作・<ザ・カンニングIQ=0> 1/8:2009/10/02(金) 14:46:10
ザ・カンニングIQ=0
(仏題:Les Sous-doues Passent le Bac、英題:The Under-Gifted)
1980年に製作されたフランスのコメディ映画。フランスの大学入学資格検定「バカロレア」の
予備校生たちがカンニングを駆使して合格を目指すまでを面白おかしく描いた物語。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より


「……っていう映画を、夜中にTVで見て思いついたんだ!」

あたいは部室で『思いつき』の成果を披露していた。
剣菱各社の頭脳を結集して作り上げた、現在の科学技術の最先端をゆくカンニンググッツだ。
すると、可憐と魅録がのけぞって言った。

「剣菱の人たちにカンニンググッツを作らせたの?ばっかじゃないの?!」
「……俺、さすがに剣菱にいる研究者たちが気の毒になってきた」
「んなことないよー。皆、喜んでくれたよ。おかげで、考えもしなかった新しい技術が生まれた
って言ってた。これから製品に生かしていくつもりだって」

あたいは自分の事を天才だと思った。
世の中にないなら、作ってもらえばいいのだ。完ぺきなカンニンググッツを!

「まず、カンニンググッツ1個目はこれ!机!」
「なによ?ただの机じゃない」
「ただの机じゃないんだな〜♪この机の表面をこうやって消しゴムでこすると……」
「おっ!英語の構文が出てきた!」
「ふふふ、机の表面一面に今回の試験範囲の重要ポイントが書き込まれているのだっ!」
「すごい……少し時間がたつと消えるのね……」
「内容もすげえ。今回の試験範囲の出そうな項目の対策がバッチリできてる。さすが、剣菱の頭脳!」

可憐と魅録はなんだかんだ言って感動している。
こぞって、机を消しゴムでこすりまくっていた。
302競作・<ザ・カンニングIQ=0> 2/8:2009/10/02(金) 14:46:51
「どうよ?面白いだろー」
「うん、面白い。……でもさ」と魅録が言った。

「お前、どこに何が書いてあるのか覚えてるか?答え探して机をこすりまくる事になるぞ?
相当な不審者だ」

うん、その通り。
それはあたいも気が付いていた。

「そう思って、第二弾はこれ!」
「これって何よ?何も持ってないじゃない」
「ふふふ……あたいの制服だよ!一見何の変哲もない制服に見えますが、布地を伸ばすと……」
「あっ!数式が出てきた」

あたいのカンニング制服は、布地がゴムのような素材でできており、布地を伸ばすと数式が出てくる。
そう、繊維に数式が織り込まれているのだっ!

再び、なんだか妙に冷静になった魅録が言った。

「確かに数式はこれを見ればいいけれど、悠理、肝心の数式を使う場所と解法、わかるのか?」
「うっ……」

そうなのだ。
実はそこに落とし穴がある。あたいは数学の解き方がよくわからない。

「そうなんだよな。あたいもそれに気がついて、やっぱり他の誰かの答案を見ちゃうのが
一番早いって思ったんだ」
「答案見るとか気軽に言うなっ!」

そう言って魅録は怒ったが、可憐はこの話に乗ってきた。
303競作・<ザ・カンニングIQ=0> 3/8:2009/10/02(金) 14:47:32
「あ、確かに。悠理のクラスって清四郎がいたわよね?」
「そう、でも現在、あたいの席はクラスの一番後ろ、対して清四郎は教卓の真ん前。
いくら視力のよいあたいでも清四郎の答案は見えないわけ。でも、角度的には答案が見える位置に
いるんだなー。そこで考えたのがこちら!」
「……メガネ?」
「カンニンググッツ、第三弾!『遠くまで見えちゃうメガネ』!このメガネをかけて蝶つがいの処で
ピントを調整すると遠いものでも見えちゃう仕組み」
「なるほど、望遠鏡みたいなもんね?」
「そう、例えば……」

部室の窓の外に目を向けた。
ちょうどいい事に、校庭の木の陰でメールを打つ美童がいた。
よし、角度はばっちり。
あたいは早速、メガネの性能を試してみることにした。

「『今夜は君のベッドで一緒に眠ろう。いや嘘。眠らせないよ』」
「なによそれ?」
「美童が今打ってるメール」
「そんな遠くても見えちゃうの?!」
「へへへ、角度さえよければ何でも見えちゃうぜ?」

あたいは調子に乗って美童のメールを眺めていた。

「美童って、いつもメールでこんな事書いてたんだ。うわっエロッ!」
「なになになにっ?」
「あいつ今日の夜は、○○を○○して○○するんだって」

その言葉を聞いて、魅録が頭を抱えて沈没した。
そして、言う。
304競作・<ザ・カンニングIQ=0> 4/8:2009/10/02(金) 14:48:31
「美童はともかく……。カンニングは清四郎勘付くと思うぜ?あいつ、そういうの敏感だ」
「いいよ〜。最悪、清四郎の答案が見えなくっても、他の奴の答案を覗いちゃうつもり」
「……黒い。今、最高に黒い顔をしてるぜ、悠理」
「ふふふふふ。これでテストの傾向と対策はバッチリだーーーーっ!」

すっかり気が大きくなったあたいは、試験の勉強なんて一切しなかった。
ま、普段もしないんだけどね。

さて、試験の当日。
カンニング机は前日に運び込んであったし、カンニング制服も着てきた。
あとはメガネをかけて準備はバッチリ!

わくわくするあたいに清四郎が声をかけてきた。

「悠理、珍しくメガネをかけてどうしたんだ?」
「あっ清四郎。な、なんか最近目が悪くなって、あんまり黒板が見えないんだよねっ!
だから、メ、メガネをかけようかと思って。今も清四郎の顔がやっと見えるようになった!」
「……ふーん。なるほど」

清四郎は興味のなさそうな顔でさっさと自分の席に戻って行った。
ひとまず、ごまかせたかな?
あたいは眼鏡越しに清四郎の動きをしばらく見つめ続けていた。
不穏な動きはないな。あたいのカンニングに気付いている様子はない。

よっしゃ!うまくいった!
あたいはほっと胸をなでおろした。

すると、清四郎が唐突に携帯を取り出して、メールを打ち始めた。
クラスの皆が試験前までのわずかな時間、最後の追い込みにかかっている時に、メール。
さすがは清四郎、余裕だ。
305競作・<ザ・カンニングIQ=0> 5/8:2009/10/02(金) 14:49:12
おっ、ちょうどいい!
早速メガネのチューニングをしてみよう。
へへへ。あいつ、どんなメールを書くんだろう?

あたいが清四郎の書いているメールを覗いてみると……。
まず清四郎は『僕は』と打った。
そして続けて打った言葉は……

『僕は君を愛している』

ボクハ キミヲ アイシテイル?
清四郎が誰を愛してるって?!

思わず席から立ち上がりそうになった。
美童のメールを見た時はビクともしなかった心臓がバクバクいっている。
清四郎が愛している人って……野梨子?それとも可憐?それともあたいが知らない誰か?

あたいはなぜか動揺した。
嫌だ。
なんだか理由はわからないけれど、とにかく嫌だ!

あたいがその先のメールを読もうと、鼻先までずり落ちたメガネを持ち上げたその時、
「はい、試験を開始しますよ」と、教師が入ってきた。
そのタイミングで清四郎は携帯を閉まって、席から立ち上がり、おもむろに言った。

「先生、ご相談があるのですが」
「菊正宗君?なんですか?」
「一番後ろの席の、剣菱悠理が目が悪くて黒板が見えないそうです。なので、僕と彼女の席を
交換してもよろしいでしょうか?」
306競作・<ザ・カンニングIQ=0> 6/8:2009/10/02(金) 14:49:53
な、な、なんて事を言うんだ!清四郎!
教卓の目の前の席になんてなってしまったら、カンニングの計画はおジャンじゃないか!

「あ、あたいは大丈夫!ほら、メガネだってかけてるし!試験に黒板関係ないし!」
「いや、黒板には試験の注意事項がギッチリ書かれていますよ?見えませんか?
そんなに視力が弱っていては、さぞかし試験中に困る事でしょう。……と、言うわけで、先生。
僕と彼女の席を取り替えてください」

なんだ、そのむちゃくちゃな理屈はっ!
でも、教師はニッコリと笑って頷いた。この教師は清四郎をめちゃくちゃ信頼している。

「ん。菊正宗君がそういうなら、いいでしょう。剣菱君、席を替わりなさい」

――――――― 絶望。

一番前の席ではカンニングメガネも役に立たず。
カンニング机もなく、カンニング制服を伸ばす事も出来ず。
まったく勉強してないおかけで、答案は真っ白だし。

あたいは絶望の中、ぼんやりと清四郎のメールの事を考えていた。

清四郎が誰かを愛してる。
それは、一体誰?
清四郎は人を愛することなどないと思っていた。
一時はあたいと婚約してたくせに。
そうだ、あの時、あたいの事愛してた?
愛がなくっても結婚できる奴が、人を愛せるもんかっ!生意気だ!

そして、
容赦なく試験終了のベルは鳴った。
307競作・<ザ・カンニングIQ=0> 7/8:2009/10/02(金) 14:50:33
全ての試験が終わり、あたいは机に突っ伏してしくしく泣いていた。
ぜーんぜんできなかった。
数学に至っては何が書いてあるかわからなかった。
でも、時間があったおかげで、せめて名前だけは上手に書けたと思う。
もう涙を流すしかない。うう、鼻水がいっぱいでるよぅ。

その時、携帯が光った。
メールだ。誰からだろう。

『僕は君を愛している』

清四郎?!

体中の血液が沸騰した。
あたいだった!
清四郎がメールを書いていた相手は、あたいだったのだ!
心臓が止まりそうな衝撃。血管が切れそうなショック。

だが、次の文を読んだ瞬間、一気に冷めた。

『僕は君を愛している。
だから君が間違った事をするのが許せない。
カンニングなんかしないで、正々堂々と試験に挑む事だ。
追試までの間、ビシバシ鍛えてやるからそのつもりで』

頭の上から清四郎の声がした。
「そういうわけで、今日から追試に向けて特訓だ。悠理」
「うわああああんっ!」
蛇のような冷たい視線で絡め取られ、あたいは逃げられない事を悟ったのだ。
308競作・<ザ・カンニングIQ=0> 8/8:2009/10/02(金) 14:51:14
その日から、あたいは部室で連日サディスティックな特訓を受けることになった。

「ほーら、よそ見するな。手を動かせ!一つでも暗記しろ」
「ううっ……くそっ!なぜカンニングに気づいたんだよ?」
「机です。悠理の机だけひとつだけピカピカの新品になっていたので、これは何かあるぞ、と。
そうしたら、変てこなメガネまでかけ始めた。犯罪するにはツメが甘いんですよ。お前は」
「くっ……」

清四郎は必ず勘付く。そういったのは魅録だったっけ。

「だからって!なんであたいをこんなにいじめるんだよっ!」
「いじめじゃないですよ?愛です、愛」
「愛してるなんて心にもないメールを書きやがって!愛してるならもっと優しくしろっ!」
「愛は優しさとは違います。減らず口叩いてる暇あったら、やれ!」

減らず口はどっちだ!
あたいは泣きそうになりながら、清四郎の言うとおりに必死に英単語をノートに書き写した。
そんなあたいの姿を見ながら、ぼそりと清四郎が言った。

「……あれは本音なんですけどね」
「…………」

あたいは聞こえないないふりをした。
清四郎の心の中を盗み見るのはやめておこう。
今はまだ、ね。

まぁ、それもどうせ『勘付かれて』しまってるんだろうけど。


(おしまい)
309名無し草:2009/10/02(金) 17:16:52
>小さな恋のメロディ
魅野らしいしっとりした優しい雰囲気の素敵なお話でした。
映画というお題も上手く生かしているし、作品のタイトルも納得でした。
あと、魅録が緊張したり照れたりする時に自分の髪をくしゃっとするのが癖のような
描写に魅録好きとして萌えてしまいました。

>淑女は〜
清四郎と魅録のやりとりに笑わせてもらいましたw
特に「見られて恥ずかしいようなものは〜」の清四郎のセリフあたり。
女の子三人がかっこよかったです。

>ザ・カンニング〜
清四郎らしい抜け目のない告白ですね。
それにしてもグッズの開発に一体いくらかかったんだろう。




310名無し草:2009/10/02(金) 19:11:17
>ザ・カンニング
IQ=0って映画のセレクトが悠理に似合いすぎて吹いたww
清四郎とのかけあいが原作っぽいノリで楽しかったです。GJ!
311名無し草:2009/10/02(金) 20:27:35
>ザ・カンニング
グッツじゃかくてグッズ
こういうのって初っ端から萎えるわ
312名無し草:2009/10/02(金) 20:39:32
かくて
313名無し草:2009/10/02(金) 21:11:59
>淑女は
すごく面白かったー
映画を下敷き&パラレルなのに有閑の各キャラと上手くハマっていて、オリジナルのような読み応えがありました
豪華客船が舞台というのも有閑のゴージャスな世界観にピッタリですね
上で、どなたかも仰っていたように、続編(魅×悠と清×野のその後)が読みたくなりました

>ザ・カンニング
こちらも原作の清四郎と悠理の掛け合いが思い浮かぶようで、面白かったです
カンニンググッズは孫悟空の輪を思い出したり、勉強会とか原作のノリが活かされてて楽しかった
ただ、作者さん的には意識してなかったのかも知れないけど、この内容ならカプ要素の表記をしておいた方が良いのかも
個人的には二人の今後?を匂わせるようなラストが好きです
314名無し草:2009/10/02(金) 22:31:14
>小さな恋のメロディ
読んでいるこちらまでドキドキしたり切なくなったりする、素敵な
話をありがとうございました。初々しい二人がとても良かったです。
二人で見た映画のテーマソングを着メロにしたと書いてあるのに、
ラストシーンで私の耳には、小さな恋のメロディのテーマソングが
聞こえてきましたw

>淑女は金髪がお好き
313さんも書いているように、パラレルなのに有閑倶楽部の世界観や
6人のキャラがピッタリと当てはまっていて、読み応えがありました。
元の作品は見たことがないのですが、見ていたらもっと楽しめたの
かなと思うと悔しい気分です。機会があったら見てみますね。

>ザ・カンニング
まさかこの映画がくるとは思わなかったので、いい意味でビックリです。
読んでいて、見に行った時のことを思い出しましたw
第二段の制服ネタは、セータの袖の話としてあったような・・・?
元の映画を清四郎と悠理に当てはめたのがうまい上、有閑倶楽部の
原作の雰囲気もきっちり出していて、やられた〜と思いました。
315名無し草:2009/10/03(土) 00:07:41
競作も終わりかな。
作者さんたち、ありがとうございました。
いい作品が沢山読めて楽しかったです。
さて、もう一度読み直してこよう。
316名無し草:2009/10/03(土) 00:13:19
自分も競作楽しませて頂きました。
ありがとうございました!
317名無し草:2009/10/03(土) 04:56:26
競作、お疲れさまでした。
当初心配していたけど、作品数も多くて嬉しかった。
楽しかったです!ありがとう。
318俺、vs野梨子 その9 1/9:2009/10/04(日) 06:38:50
>>224-232の続き

白鹿野梨子。
意地っ張りでプライドが高く、扱いにくい俺の最愛の女。
俺は彼女との長い長い対決にようやく終止符を打つ。

「ミロク!おめでとう!さすが私の恋人ね!」
「ジーナ!来てくれたのか」
「もちろんよ。パリから飛んできたわ!本当に優勝してしまうなんてすごいわ!」

俺はレースに優勝した。
ヘルメットを外した俺に一番初めに飛びついてきたのはジーナだった。
おそらく、ファクトリーの誰かが気をまわしてくれたのだろう。
世間的にはジーナが恋人なんだから仕方がないが……

俺とジーナの姿を撮ろうと、フラッシュが一斉に焚かれた。中継のテレビカメラもいる。
俺はあたりを見渡した。
野梨子は?野梨子がいない。一体どこに居る?

ジーナはそんな俺の首に手をまわし、いつも通りキスをしようとしてきた。
いつもはちょっとは役得だと思っていたジーナとのキスだが、さすがに躊躇する。
そんな俺に耳元で小さくジーナがささやいた。

「ミロク?きょろきょろしてどうしたの?カメラが向いてるわよ」

確かに不自然だ。仕方がないので俺はジーナにいつものように深くキスをした。
そして、報道陣に大きな声で言った。

「ごめん!インタビューはまた後で!」
319俺、vs野梨子 その9 2/9:2009/10/04(日) 06:40:31
ジーナを奪うように連れて奥へ引っ込んだ。
後ろからはやし立てる声が聞こえる。そんな俺たちに大きなフラッシュが焚かれた。

長い廊下で俺とジーナは2人きりになった。

「ミロク?何か変よ?どうしたの」
「ごめんジーナ、もう終わりにしたい」
「……あの『お守り』の彼女が来たからでしょ?レースの時会ったわ」
「うん、そうなんだ。えっと……なんて言ったらいいか」
「……いいわ、そんな顔をされたら仕方がない。お別れしてあげる。彼女を見て何となくわかったし。
それに、初めっから『お互い恋人ができるまで』って約束だったものね。
まあ、私はいつの日か本当にミロクと恋人になれたらいいな〜なんて、思ってたんだけど」
「それは、ごめん……」
「そういうことなら、私も決心がついたわ。アメリカに行く」
「へ?」
「モデルから女優に転身しないかってオファーがあったの。英語はまだまだ苦手だけど、
やれるだけの事はやってみたい。いい機会だからハリウッドに行ってみる事にするわ」
「すごいな……お前」
「ミロクがのおかげよ。あなたの恋人って事で話題になってミラノで売れて、パリに行けた。
今度は自分の力でハリウッドに挑戦してみる」
「うん。長い間、ありがとうな、ジーナ」
「私こそ」

そして、俺とジーナは軽く最後のキスを交わす。
俺たちがキスをする時は、必ず誰かに見せつけるためだった。
2人きりで、誰も見ていないところでするのは初めてだ。最初で最後の、本物のキスだった。

「ミロク、取り込み中悪いけど、セレモニーだ!早く来いよ!」

俺はあわただしくジーナと別れ、セレモニーへ向かった。
ガッツポーズでファンに応え、レースを振り返り、関係者へ感謝の言葉を述べる。
320俺、vs野梨子 その9 3/9:2009/10/04(日) 06:43:19
どれだけ願ったかわからない表彰台の一番上に居ながら、俺の目は野梨子の姿を探し、
心は野梨子を追っていた。

野梨子はどこにいるんだろう。
なぜ、一番初めに駆け寄ってきてくれるのが野梨子ではないんだろう。
お前が変えた俺の人生で、大切なこの瞬間に。

セレモニーが終わり、ファクトリーの皆への感謝もそこそこに、俺は野梨子を探した。
野梨子に用意した貴賓席にはいない、ラウンジにもいない。バックステージにも、どこにも。
バタバタと走り回る俺に、ファンや報道陣やファクトリーの人間が驚いている。
嫌な予感がする。野梨子がまた『迷子』になってしまったかもしれない。

「魅録!」

日本語の、聞きなれた声がした。清四郎が俺を呼びとめた。

「君はバタバタと何をしてるんですか」
「野梨子はっ?!野梨子はどこへいった?」
「君のレースが終わってしばらくして、タクシーでどこかへ行きました」
「なんで?!なぜ止めないんだ清四郎!」
「止める間もなく行ってしまって。僕も追いかけはしたんですが」

俺はそのまま、外へ飛び出した。
「ミロク!何をしてるんだ。祝賀パーティがはじまるぞ!」
ファクトリーの人間が慌てて俺に駆け寄ってきたが、俺は聞かずにバイクに飛び乗った。
野梨子、なぜお前がいない!

俺は夢中でホテルに帰った。
野梨子がいるとするなら、ここだ。
俺たち2人がわずかな間だったけれど共に過ごした場所。

「野梨子!」
321俺、vs野梨子 その9 4/9:2009/10/04(日) 06:45:11
部屋はシンと静まり返っていた。
そして、リビングの中央にある机の上に、小さな封筒が置いてあった。
『松竹梅魅録様』
キレイな字だった。俺宛の、野梨子からの手紙だ。

俺は封を開け、ざっと手紙を読んだ。
あまりの内容のひどさにめまいがした。
バカヤロウ!野梨子の馬鹿野郎!
俺とあんな夜を過ごしておいて、この期に及んでまだわからないのかよ!

俺はゴミ籠に手紙を捨てると、力いっぱい部屋のドアというドアを開けた。

「野梨子!まだいるんだろ!隠れてないで出てこい!」

バスルームのドア、納戸のドア、キッチンのドア、ベッドのドア
そして、クローゼットのドアを開けた時、隅に小さくうずくまる野梨子を発見した。

「今日はもう、戻ってこないと思っていましたわ……」
「心配させんな馬鹿!」

俺は思いっきり野梨子を抱きしめた。
誰よりも一番会いたかった女。俺の愛する野梨子。

野梨子は日本から来た時と全く同じ格好をしていた。

「お前、このまま日本に帰るつもりだったな?」
「ええ、そうですわよ?だってそういう約束でしたでしょう」
「日本に帰ってどうするんだ」
「やっぱりもう一度、母の元へ戻って、修行をし直します。だって、それが私の決めた道ですし」
「あの男と結婚するのか?」
「結婚は……しません。私のせいで白鹿流は規模を縮小してしまうかもしれませんが。
私が白鹿流を継ぐのは母の夢です。私はせめてその夢をかなえてあげたいと思います」
322俺、vs野梨子 その9 5/9:2009/10/04(日) 06:46:16
するすると機械のように野梨子の口は動く。
まるで何度も練習したかのように。
野梨子は嘘つきだ。嘘つきの大馬鹿だ。

「それは『お母さんの夢』だろ?お前自身の夢はないのかよ」
「私の夢……?」
「お前、高校ん時俺に聞いたろ?『自分自身の夢はないのか』って。今度は俺がお前に聞く。
白鹿野梨子自身の夢はなんだ?」

俺がそう言うと、無表情だった野梨子の顔がくしゃりとゆがんだ。
そして、観念した様に大きな瞳から涙がぽろぽろと流れ落ちる。

「私の夢は、松竹梅魅録、あなたですわ」

野梨子は床に崩れ落ち、叫ぶように言った。

「5年間、あなたが見ている夢を、私も一緒に見てきました。あなたが一流レーサーになる夢を。
そうよ、私はずっとあなたの事だけを思ってきたんですわ!5年も!
あなたに恋人ができても、私はあなたを思うことをやめられなかった……っ!」

まくしたてるようにそう言いきると、野梨子は小さな顔を手で覆って泣いた。

野梨子は言う。
すべては5年前、俺が『野梨子のおかげでレーサーになる事を決めた』と言った瞬間からはじまったと。
スポーツ音痴の野梨子は一人でコツコツバイクレースの世界を調べた。
結果、バイクレースが命を落とす事もある危険なものだと知り、以来、責任を感じた野梨子は、
必死に俺の事を見守り続けたのだという。

俺は知らなかった。
野梨子が日本での俺のレース全てを見に来てくれていた事。
そして、ヨーロッパに移ってからは、悠理の家で必ず中継を見てくれていた事を。
323俺、vs野梨子 その9 6/9:2009/10/04(日) 06:47:21
「それだけじゃないわ。あなたの載ってる記事なら、どんなに小さくても切抜いて、
スクラップブックに集めてありますわ」
「そんなことまでしてたの?」
「そうよ。私はすっかりレーサーとしての魅録のファンになっていたんですわ。だから……」

野梨子は床を見つめながら言った。

「ジーナさんの事もよく知ってます。彼女ならあなたにお似合いだと思ったわ。
人気者だし、すごく綺麗だし、頭もいい。さすが魅録が選んだ人だって思ったんですわ」

俺は激しく後悔していた。
俺にとってはパパラッチを避けるために、ジーナにとっては箔をつけるために、ついた嘘。
そして、野梨子がイタリアに来てなお、やきもちを焼かせたくって続けた大きな嘘。

「雲の上の人になったあなたに憧れ続けるのはやめようって、一度は結婚も決心したんです」
「好きでもない相手とか?」
「私にはあなた以外は誰だって同じですもの」
「……野梨子……」
「でもそんな時、あなたから手紙が来て、航空券が入っていて……。すごく嬉しかった。
私の事を忘れてなかったってだけで嬉しくて、先も考えずに衝動的にここへ来てしまったのですわ」

俺はしゃがんで野梨子の肩を抱きよせた。
すると、野梨子が身を離した。

「これ以上私を惑わすのはやめて!あなたにはジーナさんがいるでしょう?」
「ジーナは恋人じゃないよ」
「何を言ってますの?レースの後あんなキスまでしておいて」
「あれか?あの場では仕方なかったんだ!俺は本当はお前に来てほしかったのに来ないから」
「もう、いいですわよ。そんな嘘までついて引きとめたいほど私は便利でしたの?
私は都合のいい女になるつもりはありませんわ。あなたに囲われるなんて耐えられない」
324俺、vs野梨子 その9 7/9:2009/10/04(日) 06:48:22
あまりの言いように俺は思わず怒鳴った。

「ジーナは恋人じゃない!」

野梨子の体がビクリと跳ねた。
清四郎といい、野梨子といい、人をなんだと思ってるんだ!
俺がそんなことができる男とでも?
馬鹿正直に5年間も同じ女を愛し続けて、その女の口からこんな言葉を言われるなんて。

……いや、違う。
悪いのは俺だ。
つまんない見栄を張って、くだらない嘘をつき続けていた。少しでも野梨子の気を引きたくて。
それが逆に野梨子をこんなに重く苦しめていたなんて。

野梨子お前、あの夜どんな気持ちで俺に抱かれていたんだよ。
恋人がいる男に抱かれるなんて、まっすぐな気性の野梨子にとっては一番許されない事だろうに。

「ごめん……。本当にごめん、野梨子」

野梨子はきっとレースの前の俺を思いやって『覚悟』してくれたんだろう。
恋人がいる男に抱かれて、それで自分が何かを失ったとしても、傷ついたりしない覚悟を。

俺はうつむいている野梨子の顔を上にあげて、瞳を覗いた。
涙だらけの顔だ。
子供みたいに黒髪が頬に張り付いている。
俺は本当にこの女が愛おしい。この女だけがどうしても愛おしい。
325俺、vs野梨子 その9 8/9:2009/10/04(日) 06:49:31
「俺も、野梨子の事だけ思ってきたよ。この5年間」

俺は胸ポケットから『お守り』をとりだした。
満開の桜の下、俺と野梨子が笑っている写真。俺を支え続けた野梨子の笑顔。

「くしゃくしゃだろ?5年間、ずっと肌身離さず持ち続けた」

野梨子が驚いた顔で俺を見上げる。

「俺は馬鹿だから、自分の気持ちに気付かなかったんだ。いや、野梨子を好きになっては
いけないとすら思ってた」
「……なぜ?」
「ずっと、俺は野梨子にふさわしくないって思ってたから。レーサーになって勝利を重ねて、
自分自身の成功を認められるようになって、ようやくお前を好きだと自覚できた」

野梨子はただ、じっと俺を見上げている。
あの夜と同じ澄んだ瞳で。

「おとといの夜に気付けよ。俺がお前を愛してるって」
「……私も本当は信じたかったんですのよ?でもやっぱりあなたにはジーナさんがいたんですもの」

すねた口調で野梨子が言ったので、俺は少しほっとした。
野梨子もやきもちを焼ける普通の女の子だった。
それで、俺たちはようやく気持ちが伝わりあったのだと思った。

「だから、それはパパラッチ除けの嘘なんだ。ハッキリさせなくって本当にごめん」

俺は野梨子を抱きしめた。華奢な小さな体。
ずっと、高校の時からあこがれ続けた女の子。もう、絶対離さない。

俺も『覚悟』を決める。
326俺、vs野梨子 その9 9/9:2009/10/04(日) 06:50:33
「俺の人生はお前が変えた。だから、お前の人生は俺が決めていいか?」
「え?」
「結婚しよう。俺たち5年も遠回りしてるんだ。充分だろ?お互い」
「魅録……」

野梨子がそっと唇を寄せてきた。俺たちは契約のキスを交わす。
長い時間をかけてようやく成就した俺たちの恋。もう一生離れない。

ひとしきりキスを交わして、俺はつぶやいた。

「ってか、俺、もっと早く言うべきだったよな?」
「その通りですわっ!」

野梨子と俺は顔を見合わせて笑った。
こうして、俺と白鹿野梨子との長い長い対決は、ようやく決着がついたのだった。

―――――――― 後日談

結婚後、お祝いに駆けつけてくれた可憐がこともなげに言った。

「なーんだ。結局、野梨子が魅録に押し掛け女房したって事じゃない」
「言うなればそうですのよ。なのにこの人ったら『恋人がいる』なんて変な見栄を張るから、
私もこの人が考えてる事がわからなくって、ややこしいことになったんですの」
「なに言ってんだ。野梨子が強がって『匿ってくれ』なんて言うから悪いんだろ?
素直になりゃいいのに、やたら気のない振りしやがって」

可憐が俺たちを見て呆れた。
「それを言ったら、高校の時からだわ。傍から見たらとっくにあんたたちできあがってたわよ!
それを意地を張り合って5年もかけて……。あたしから言わせたらバッカみたい!」

(終わり)
長い期間お付き合いありがとうございました。
327名無し草:2009/10/04(日) 06:52:32
息をつめて最終回をいっきに読みました。
面白かったです!
328名無し草:2009/10/04(日) 07:13:37
モトGP好きなので、別の意味でも楽しかったよ
乙でした
329名無し草:2009/10/04(日) 09:19:07
面白かったー!乙でした!
330名無し草:2009/10/04(日) 10:34:21
>俺、vs野梨子
野梨子と魅録の甘〜いハッピーエンドで読んでて楽しかったです。
こちらの魅録が元気でかわいくて、でもかっこよくて好きです。
連載乙でした。
331名無し草:2009/10/04(日) 11:59:41
>俺、vs野梨子
早く素直になれーとか思いつつ、見栄っぱりな魅録と意地っりな野梨子が可愛かったです
不器用でなかなか素直になれない二人の5年に及ぶ長い戦いだったけど、
最後はハッピーエンドで良かった。連載乙でした
332名無し草:2009/10/07(水) 12:26:08
作家さんの光臨まで、ちょっと雑談。

倶楽部内恋愛もいいけど、メンバーが倶楽部外恋愛と結婚をするとして、
誰が一番に結婚すると思う?
どいつもこいつも晩婚そうと思うのは私だけ?w
333名無し草:2009/10/07(水) 15:08:03
しれっと清四郎が一番先に結婚して、野梨子がもやもやするっていう展開が萌える。
そしてそんな野梨子が別の男性と恋に落ちて、清四郎もモヤモヤすると倍率ドン。

でもあくまで恋愛感情じゃないのが自分の萌えポイント。
334名無し草:2009/10/07(水) 17:15:50
結婚に踏み切るのって勇気が要りそうだけど、
その辺一番潔さそうなのは魅録ってイメージがあります。
男らしくプロポーズしそう。
335名無し草:2009/10/07(水) 19:20:21
女性陣と清四郎は晩婚のイメージが強いなあ。
可憐はなんだかんだで男運がなくて、結局玉の輿を自分で作りそうだし。
比較的早そうなのは、魅録か美童かな。
それでも学生結婚とかは想像できないけどw
336名無し草:2009/10/07(水) 20:27:20
>335
確かに女性陣は晩婚そう。
可憐は玉の輿自分で作れそうに同意w
原作でママも言ってるけど、
現状でも裕福な暮らしをしているのに、なんであそこまで玉の輿狙いなんだろうw

清四郎はどうかな。
案外早い気もする。
337名無し草:2009/10/07(水) 20:57:11
清四郎が、30歳近くまで童貞のままだったら笑えるw
338名無し草:2009/10/08(木) 05:37:37
あっさり美童が出来ちゃった結婚したり。
で、子煩悩なパパになる。
しかも、子供は女じゃなくって全部男。

全然似合わないけど、そのギャップがまた萌。
339名無し草:2009/10/08(木) 12:29:23
家のこととか考えなければ悠理も早そう。
それこそビシっとプロポーズされたら、サクッと結婚しちゃいそうな気も。
あ、倶楽部外恋愛がテーマでしたね、それだと遅いか〜。
扱えそうな男子、いなさそうだもん...
340名無し草:2009/10/08(木) 16:30:10
やはり野梨子と清四郎にくっついてほしい。で、ずーと丁寧語の会話。
341名無し草:2009/10/08(木) 17:39:36
↑それわかります。
そして魅録と悠理は、カッコ良く時々甘い結婚生活を送って欲しいなー。
342名無し草:2009/10/08(木) 18:48:59
↑分かります。すっごい想像できる。
タイミングはどっちでしょう。
やっぱり清四郎からなのかな。
魅録と悠理は、カッコイイ時々メチャメチャ甘い結婚生活を送って欲しいなぁ。
普段サバサバな感じが、たま〜に甘くなるのって、すっごく好き。
343名無し草:2009/10/08(木) 19:53:00
む〜、個人的には清四郎には悠理、魅録には野梨子が合うと思う。
清四郎野梨子も捨てがたいが、悠理取り扱える男は清四郎かな、と。
清四郎悠理の場合は晩婚。清四郎野梨子は早婚なイメージ。

ま、魅録はぶっちゃけ独身も似合いそう。
魅録のように多趣味で独身が周りに多いからなんだけどw
344名無し草:2009/10/08(木) 19:57:36
あ、倶楽部外だった。
倶楽部外と言う事なら、可憐は豊作さんで、早婚って事で。
詳細不明だけど、この2人の歳って離れてるんだよね?
豊作さん続き待ってまーす。
345名無し草:2009/10/08(木) 20:04:02
美童悠里で謎夫婦がいいよ
346名無し草:2009/10/08(木) 22:15:26
話の途中すみませんm(__)m
魅×悠で投下させて戴きます。
魅録と悠理は初期のイメージでw
347魅×悠1:2009/10/08(木) 22:24:18
「魅録ってさ、彼女とか作んないの?」
何のことない日常的な会話、美童に話を振られたが、いつもの様に適当に流そうとすると、そこに可憐が話を割って入った。
「男友達と遊んでる方が、楽しい魅録だもんねぇ?」
全く、勝手なことを言う。
放って置いて欲しい。
清四郎や野梨子までが、クスクスと笑い出した。
おいっ!
お前等にまで笑われるのは、いくら何でも不本意極まりないぞ…と、心の中で突っ込んだ。
「別に興味がないわけじゃねーよ」
俺は、溜め息混じりにそう言って、煙草に火を付けた。
その時、勢いよく扉が開いた。
「もぉ、やっと終わったよぉ〜!」
補習でぐったりした悠理だった。
「ちゃんと普段から勉強しないから、こういうことになるんですよ」
清四郎が、淡々とした口調で言うと、野梨子もそれに続いた。
「そうですわよ。あれ程私と清四郎が口を酸っぱくして、きっちり復習してと注意しましたのに…」
矛先が違うところに向かった様だ。
悠理には悪いが、俺は心半ばホッとした。
が、俺がこんなこと言われるのも、元はといえばこいつのせいだからな…。
そして、俺はとてつもなくこいつには甘いんだろう。
348魅×悠2:2009/10/08(木) 22:25:26
今だって、清四郎と野梨子に説教されてるこいつを庇って、呆れる二人を宥めている。
当のこいつは…というと、俺の背中に隠れてしがみ付いてくる。
「魅録ちゃあ〜ん、助けてぇ〜」
端から見れば、俺と悠理は男友達。
…どう頑張っても、俺の一番の女友達ってとこだろう。
美童と可憐が悠理の方を見て、あれも論外、恋愛話出来るやつが居ないなんて溜め息吐いてる。
正直、悠理のヤツは、何考えてるかさっぱり分かんねぇ。
それは、まだ中坊の頃、お前と出会って間もない頃の話。





「魅録ちゃ〜ん、お邪魔させて貰ってるよん!」
あちこちの喧嘩場で鉢合わせ、意気投合した悠理は、いつの間にか俺の家にもちょくちょく遊びに来る様になっていた。
…にしても、俺の留守中に勝手に部屋に上がって待ってるというのは、実のところ勘弁して欲しい。
「なんで、お前がここに居るんだ?」
悠理は、聴き終わったCDを元に戻しながら、次は何聴こうかなぁなんて、返事半分で返して来る。
「あぁ、お前の姉ちゃん?分かんないけど、部屋で待ってていいってすぐ上げてくれたんだ。それともまずかったか?」
俺に姉貴は居ない。
…千秋さんだな…。
「あれは、お袋だ」
349魅×悠3:2009/10/08(木) 22:26:54
そんなことは、どうでもいいのだが。
問題なのは、そこではない。
「へぇ〜。若い母ちゃんだな」
悠理はひたすら俺の部屋を、面白いもんでもないかとがさがさしている。
そこで、何かを見付けたのか、動きが止まった。
同時に、俺も固まってしまった。
「お前も、こんなの見んのか〜?」
手に取ったソレをまじまじ見つめながら、悠理は言った。
しまった。
学校のダチから、回って来たものだが、上手い言い訳等思いつく筈もなく…。
「なぁなぁ、あたいにも見せろよ!」
とんでもないことを言い出した。
「な、何言ってんだ?」
冗談じゃないと、否定しようとするが、全く聞く耳を持っていない。
「あたい見たことないんだよね〜。兄ちゃんの部屋とかも漁ったら出てくんのかな?」
やめろ〜という叫びは、意味をなさなかった。
やがて、テレビ画面からは、男女が絡み合う様と、わざとらしい迄の喘ぎ声が鳴り響いた。





「ねぇねぇ、魅録もこーゆーことしたりすんの?」
そうきたか。
あまり、こういった自分の事情を聞かれるのは得意ではない。
「別に…、俺は付き合ってる女とかいねぇしな」
早く会話を終わらせたい。
350魅×悠4:2009/10/08(木) 22:27:53
そんな思いを知ってか知らずか、悠理はふーんと頷くだけだ。
「したいとは思わねーのか?」
何なんだよ…?
「そりゃ、興味ないと言えば嘘になるよ。好きになった相手とならしたいだろうし…、普通はそーゆーもんじゃねーの?」
男友達としか思ってない相手ではあるが、事実上は異性である相手が、こういった質問をずけずけとして来ることは、いまいち対応に困ってしまう。
「そっかぁ〜。じゃあ、あたいには?」
にっこり笑いながら問いかけてくるこの無邪気な悪魔に、俺は背筋が凍った。
「あいにく、お前が女に見えたことはない」
俺は、煙草に火を付けて、煙を深く吸い込んだ。
「何だよぉ、失礼なやっちゃなぁ!?」
悠理は俺の煙草を取り上げ、自分のものの様にくわえ出した。
「あのなぁ…、別に本気で女じゃないなんて思ってねーよ。さっき言ったろ?俺は好きな奴としかしたくねーの!つか、煙草くらい自分で買えよ?有り余るくらい小遣い貰ってんだから」
そう言って、俺は新しい煙草をもう一本取出し火を付けた。
「だって、あたいお前と一緒んときしか吸わないもん!…って、あたいはお前好きだぞ!一番気の合う大切なダチだ」
俺は呆れた。
351魅×悠5:2009/10/08(木) 22:29:05
こいつの言う好きは「Like」であって「Love」ではない。
「そーゆー意味でなら、俺もお前は大切なダチだし好きであることに違いはないがな」
多分、初恋すらまだなのだろう。
この女らしさの欠片もない食欲魔神は。
「ちぇっ!あたいの溢れる様な魅力が分かんないなんて…」
ぶつぶつ独り文句をたれているので、俺は悠理の頭をコツンとこづいた。
「いちいち面倒くさい奴だな。それともあれか?試してみたいのか?」
勿論、冗談のつもりだ。
突然、顔を真っ赤にして、こちらを責め立てて来る。
形勢逆転―――。
「何だ?急に怖くなったのか!?」
俺は、煙草の火を消して、悠理の腕を引き寄せてみた。
少々、悪のりが過ぎてしまった様だ。
「ばっ…、怖くなんかないやい!」
強がりな奴め。
DVDも終わった頃、急に静けさを帯びた部屋。
そろそろ、許してやろうかと俺は腕を離した。
すると、こともあろうか、悠理は自分の着ていたキャミソールを躊躇うことなく脱ぎ捨ててしまった。
初めて見せ付けられた「男友達」の下着姿に、こいつは女なんだと確信させられた。
「早く試してみろよ!」
意地で言ってるんだろうと思ってた。
352名無し草:2009/10/08(木) 23:38:03
続き楽しみです!
353名無し草:2009/10/08(木) 23:39:03
連投支援、必要……かも知れないので一応
354名無し草:2009/10/08(木) 23:45:14
支援?
355名無し草:2009/10/08(木) 23:46:19
支援かな
356魅×悠6:2009/10/09(金) 02:42:30
「俺が悪かった。だから、さっさと服を着てくれ」
俺はくるりと背を向けた。
「お前なぁ、あたいがここまでやってんのに恥かかす気か!?それともお前の方こそビビってんじゃねーのかよ!!」
言いたい放題だな…。
けど、そんな格好で居られたときちゃあ、相手が悠理であろうとまだ中坊の自分は否でも意識してしまう。
それにしても、何で俺がこんなにあたふたしなければならないんだ?
普通は、女の方が躊躇するもんじゃないのか?
ああ、こいつは普通の女じゃなかったっけな。
「後悔すんじゃねーぞ…」
俺は、そっと悠理の肩に手を掛け、唇を合わせた。
俺が触れる度に、甘く反応する様やガリガリだと思っていたのに意外と柔らかいしなやかな肢体は、紛れもなく女であることを知らしめさせられた。
これが、俺たち二人の初めてだった―――。





それ以来、俺たちは度々身体を重ねる様になっていた。
別に付き合ってるとか、そういうんじゃない。
単なる興味本意というか、最初のいきさつがあんなんだったわけで、特別な何かがあったわけじゃない。
ガキが覚たてのセックスに夢中になってるだけ。
357魅×悠7:2009/10/09(金) 02:43:54
相変わらず、悠理は何を考えてるのかさっぱり読めない。
何度目かの行為の後、俺は意を決して言った。
「なぁ…、お前はこのままでいいのかよ?」
こういう中途半端な関係は、お互いを傷付けるだけだ。
そのとき既に、俺は悠理と共に歩いていく覚悟が出来てたし、悠理が嫌ならもう会わないという最悪の選択肢だって考えていた。
が、答えは俺の予想を遥かに裏切ることになり、俺を苦悩させた。
「そうだよなぁ〜。お前、この前学校の後輩に告られたって言ってたもんな。あたい邪魔する気もないし、これからは一番のダチとして応援するかぁ」
確かに、そんなことを言ったような気もするが、彼女と付き合うつもりなんてこれっぽっちもない。
「だからさ、これからは元の付き合いに戻せばいーじゃん!もともとお互い興味本意で試しただけなんだし!!」
ちょっと待て…。
そんな簡単に割り切れるものなのか?
呆然とする俺を余所に、悠理はあっけらかんとした様子で、衣服を身に付けていく。
すっかり身支度を終えると、振り向きざまに言った。
「じゃあな!!明日のツーリング楽しみにしてるぜ」
俺にピースを送ると、いつも通り軽やかな足取りで帰って行った。





358魅×悠8:2009/10/09(金) 02:45:13
それから、何事もなかったかの様に一年が過ぎた―――。
俺も悠理も、あのことについて一切触れはしなかったし、周りの族仲間も誰も知るものは居なかった。
そして、聖プレジデント高校に入学。
俺たちは沢山の時間を共に過ごすことになる。





清四郎や野梨子はともかく、そういうことにだけ、やたらと目ざとい美童や可憐ですら、俺と悠理の過去については全く気付いていない。
「悠理ったら初恋もまだなんて。いつまでたっても子供よねぇ」
「そうだよなぁ。好きな男にでも抱かれりゃ女は変わると思うけど、悠理だもんなぁ〜」
可憐と美童が、隣でお菓子を頬張ってる悠理を横目に言う。
「うるひゃい!!おまえらみたくまんねんはふひょうひらないらけら」
口に物を入れたまま喋るな。
ていうか、可憐も美童も分かっていない。
いや、間違ってはないのかも知れないが。
可憐の言う「初恋」はまだなのかも知れないし、美童の言う「好きな男」と寝たことはないかも知れない。
俺との関係を切ってからも、悠理のそういう話は一切聞いたことがない。
359魅×悠9:2009/10/09(金) 02:50:24
で、そういった二人の会話のターゲットから自動的に外される悠理、清四郎、野梨子。
当然、矛先は俺の方向に向かって来る。
あいにく、こいつ等が喜びそうな浮いた話は持ち合わせていない。 悠理との一件があってからも、マイタイ王国の王女なんかとそれなりに恋愛したりもした。
が、離れてみるとやはり遠い国で浮き足立ってただけなのかとか、王女と駆け落ちするとか、王女の国を一緒に守っていくなんて、そんなことは考えられなかった。
限られた時間だからこそ、一時は燃え上がったんだろうと今となっては思うが。
「何だよぉ!食わねぇんならくれたっていいじゃないかぁ〜」
どうやら、また人のお菓子に手を付けたみたいだ。
「今から食べようと思ってたのよ!」
「全く、馬鹿な上に手癖は悪い…、救い様がありませんな」
「そうですわよ!さっきご自分のを沢山お食べになったじゃありませんか」
「だよねぇ。悠理だけ十人前もあったのに」
やれやれ、またか…。
「俺のをやるよ」
呆れ半分に自分の分を差し出す。
「わぁ〜い!!魅録ちゃん愛してる」
そんな軽々しく愛してるとか言うなよ。
食い物さえくれりゃ誰でもいいくせに。
360魅×悠10:2009/10/09(金) 02:51:37
「また、あんたが甘やかすから…」
…可憐の怒りの矛先が、こっちに向かった。





―――それは、ある日のことだった。
「悪いけど気持ちだけ貰っとくわ」
昼休みの校庭、俺はクラスも違えば、喋ったこともない女生徒に告白を受けた。
なんで喋ったこともない相手を、好きだとか言えるんだ?
でも、美童だったらアリなんだろうな…。
取り敢えず美人なら。
それを言うなら可憐もか?
一目惚れして運命の人とか、しょっちゅう言ってるしな。
そんなことを、ぼんやり考えながら、なるべく優しく、傷付けないようやんわりと断った。
「いいの。私、自分の気持ちを伝えたかっただけだから。このまま何も言えず、卒業してしまうことが嫌だったの」
彼女はにっこり微笑むと、俺にありがとうと言って去って行った。
自分の気持ちを伝えたかっただけ…か…。
さて、俺も教室に戻るか。
と、足を進めると、木の陰には悠理が隠れていた。
なんて、タイミングの悪い…。
そういや、ここは悠理のお気に入りの授業をサボるときの昼寝場所だった。
「聞いてたのかよ?」
悪趣味な奴だ。
「いやぁ〜、差し入れの弁当もたらふく食ったし、午後はここでフケちまおうかなぁなんて…」

361名無し草:2009/10/09(金) 02:52:56
すみませんw
続きはまた明日にでも、うpしますm(__)m
362名無し草:2009/10/09(金) 10:14:30
楽しみにしてます!
魅録が語って進むのって、いいですね。
どうなっていくのかドキドキです。
363名無し草:2009/10/09(金) 17:09:36
いままでなかった設定で新鮮ですね。
続き楽しみにしています。
できれば作品名があるといいな〜。
364魅×悠11:2009/10/10(土) 04:24:38
悠理はそう言うと、そのまま芝生の上に腰を下ろしたので、続いて俺も隣に座る。
「断ったのか?何で?美人じゃん」
人の気も知らないで。
「放っとけよ」
何でお前に、そんなこと言われなきゃならないんだ?
「えー、だってさぁ、なんて言うか、お前の好みっぽかったからさ」
何の根拠があって、言ってるんだか。
「あのなぁ」
答えようとする俺の言葉を、悠理は遮った。
「さっきのコ、何となくチチに似てねぇ?顔とか雰囲気とか…」
まぁ…、言われてみれば顔は少し似てたかもな。
雰囲気も…、一見儚気な美少女に見えるのに、実は正々堂々として、凛としたイメージとか。
だが、今はそんなことどうでもいい。
ただ、自分の目の前に居る「男友達」が小憎たらしい。
「…俺は、取り敢えず試しに付き合ってみて、それから―――なんて出来る程、器用じゃねーんだよ。付き合うなら既に惚れてる女がいい」
そのまま、足を投げ出し仰向けに寝転んでみた。
「ふーん、何で?」
悠理は納得した様に頷きつつも、後に首を傾げた。
「付き合ってから、やっぱり好きになれませんでした…とは言えんだろ!情も湧くだろうし」
365名無し草:2009/10/10(土) 21:13:19
この先の二人の展開にワクワクします!
366名無し草:2009/10/10(土) 23:32:59
>>365
お約束
 ■sage推奨 〜メール欄に半角文字で「sage」と入力〜
367名無し草:2009/10/11(日) 16:22:17
「黄桜可憐に恋した男の長話」の続き待ってます。
368名無し草:2009/10/11(日) 17:52:28

私も大ファンです!
可憐のお相手はもう豊作さんしか考えられないヨ。
369名無し草:2009/10/13(火) 23:55:57
保守
370名無し草:2009/10/14(水) 03:48:47
ちょっとずつしか更新できてませんが…
「魅×悠」続き投下します
タイトルですが、「パラドキシカル」でいこうと思いますので、よろしくお願いしますm(__)m
371魅×悠12【パラドキシカル】:2009/10/14(水) 03:52:21
悠理は怪訝そうな表情で、俺の顔をじろじろ見ている。
「…試しでえっちはするくせに」
俺は、再び抗議しようとした。
悠理の言ってることは、自分たちの過去の行いを指している。
確かに、興味本位ではあったかも知れない。
けど、関係を断ち切る前、もしくは断ち切ってからも、俺は確実にお前に惚れてたと思う。
それに対して、悠理の方は百パーセント俺の気持ちに気付かないどころか、何を考えているのか依然として不明だ。
何だか、無性に腹ただしくなった。
俺は、悠理の腕を掴み引き寄せ、そして抱き寄せた。





―――チャイムの鳴る音がする。
昼休みが終わったのか。
抱き寄せた身体は、相変わらず華奢で、何処からあんなパワーが出るのか謎だなんて思い耽っていた。
「魅録…?」
悠理は状況が呑み込めないのか、ポカーンとしている。
それが何だか、憎らしかったので、いっそう抱き締める手に力を込めた。
あぁ、そっか…。
俺は自分がこんな未練がましい奴だと、知らなかった。
「なぁ…、俺たち付き合わねぇか?」
悠理の細い肩がびくりと動く。
震えてる?
恐る恐る顔を向けてみる。
372名無し草:2009/10/14(水) 07:15:06
>>371
・最終レスに「完」「続く」などと書いてもらえると、読者にも区切りが分かり、
 感想がつけやすくなります。
・連載物は、2回目以降、最初のレスに「>>○○(全て半角文字)」という形で
 前作へのリンクを貼ってください。

373黄桜可憐に恋した男の長話・27:2009/10/14(水) 19:39:59
>>33-41の続き

次の日。

「昨日はすみませんでしたっ!」僕は重役を集めて、まず謝った。

シーンとする会議室。
嫌味なほど立派な椅子に座る剣菱グループの重鎮を前に、僕は窒息しそうになりながら頭を下げた。
重役の一人が腕組みをしながら口を切った。

「それで、あなたはこの始末をどうするつもりですか?」
「えーと、おそらく、先方はもう一度交渉を要求してくるはずです。だからやりなおせると」
「なぜ、そう言い切れるっ?!」

この人が怒鳴るのをはじめて聞いた。
いつもニヤニヤしながら僕におべっかを使ってくるこの人が。
こ、こわっ!
僕はしどろもどろになりながら、必死で言った。

「お、おそらく、個人としてはマーケット部門を売りたくないと思うんですね?
でも、企業のグループ全体としては売らざるを得ない状況にあるんじゃないかと……
私たちが好調だと思っていた部門に隠した落とし穴があるとか……えーっとだから、
必ず交渉のやり直しを求めてくると思います。こちらは動かなくっていいと思うんです……が」

「それはあなたが根拠もなく思ってるだけだろう!」
「根拠は……、一応あります。あと、今もう一度現地に調査をしにやってます。
だから少し待ってください。僕に時間をください」
「昨日、交渉をめちゃくちゃにした若造の言う事など、誰が聞けるか!」

全く取り付く島がない。僕は背を丸めて頭を下げていた。
374黄桜可憐に恋した男の長話・28:2009/10/14(水) 19:41:00
しかし、そんな僕たちのやり取りをじっと聞いていた別の重役がゆったりと口を開いた。

「豊作さん、僕は昨日ね」
「……はい?」
「ああして決着付けてくれて良かったと思ってるんですよ。いえ、むしろあなたにしか
できない事をやってくれた。僕らは立場上、暴れたくてもできませんからねぇ」

見ると、周りのお偉い方も何となくうなずいている。

「何よりあの迫力。あなたのお母上を思い出して、僕はむしろ嬉しかったんですよ」

会議室に大きな笑い声が起きた。
先ほどの緊迫した空気が一転し、和やかな雰囲気に包まれる。
見ると、さきほどまで僕を怒鳴っていた重役も、カラカラと笑っていた。

重役たちはひとしきり笑うと、僕に向かって言った。

「おい、三代目、この交渉をまとめたいか?」
「はい。ぼ、僕に何かできることがあるなら、ぜひ!」
「じゃぁ、ここはあんたの話を聞いてやろう。そのかわり、こっから先はビシバシやるからな?」
「は、はいっ!よろしくご指導ください!」

僕は改めて頭を下げた。

そこから、会議室は説教部屋へと変わった。
これまでどちらかというと慇懃無礼に僕に接していたお偉方たちが、口々に遠慮なく
昨日の交渉の問題点を僕に説教しはじめたのだ。
まるでデキの悪い部下に接するように。
やり玉に挙げられて、正直、身に堪える状況だったが、なんだか僕は気分が良かった。
これまでのように、お飾り扱いされて蚊帳の外にいるよりずっといい。
375黄桜可憐に恋した男の長話・29:2009/10/14(水) 19:43:17
そして、どうやら僕の読みは正しかったようだ。
その日の午後、果たして相手のほうから交渉のやり直しを求めてきたのだった。

交渉のやり直しが始まった。
しかし、そこにはカーネルの姿はない。
おそらく、自ら外れたか、外されたのか……

僕は、少し胸が痛んだ。
カーネルはやはりこのスーパーを売るつもりなどないのだ。それが確信になったのだから。

「三代目の言うとおりだったようだな。先方、余裕の振りをしながら売り焦っている」

剣菱のお偉いさんが言った。

「よし、三代目、強気で行こう」
「強気って……。僕には無理です」
「何を言う。どうせ、こっちの調査の結果が出るまで交渉を引き延ばさなくてはならないんだ。
無理難題を押し付けて、強気で行け。そして交渉を引き延ばすんだ、わかったな」
「ぅ〜、はい……」
「ったく、たよりねーなぁ。しゃきっと行けしゃきっと!」
「はいぃっ!」

剣菱の重役たちの僕への態度もすっかり変わっていた。
肩書きは僕の方が上なのに、僕が怒鳴られる叱られるは当たり前という状況だ。
だが、ブレーンたちは、僕を剣菱の三代目として育てようとしてくれているように思えた。
その実感が嬉しかった。

そんな調子で、のらりくらりと交渉を続けている時だった。

「調査の結果が出たぞ。お前の言ってた通りだった!」

秘書が興奮気味にやってきた。
376黄桜可憐に恋した男の長話・30:2009/10/14(水) 19:45:01
「相手企業のマーケット部門の赤字に関しては報告どおりだけど、それ以外はもっとひどい。
主力と言われている部門に、巧妙に赤字を隠していた事がわかった」
「あー、やっぱり……。でも、そんなに悪いの?」
「悪いというかひどいもんだ。金融危機のあおりをもろに受けてる。現在手放そうとしている
マーケット部門の方が、実直に経営しているだけまだマシ。他部門は来年まで持ったら万歳」
「なぜ、そっちを切り捨てる方向にはならないんだろうか?」
「今は他部門の方がこの企業の顔だからなぁ。そっちを大切に思ってる人間が多いんだろう。
マーケット売って出来た金で他の部門を立て直そうとしてるんだろうけど、な。厳しいな」

秘書の調査結果を見ると、順調であるはずの他部門は実はボロボロ。
しかし、マーケット部門だけは真面目に経営している跡が見えた。
僕は切ないような嬉しいような不思議な気持ちで調査書を眺めていた。

ああ、カーネルおじさんは、大切な遺産を守り続けてきたんだな。
自分の礎になった、小さなドラッグストアを。

「交渉をまた白紙に戻そう。マーケット部門を買うのは辞めにする」
「ええっ!豊作、今更なに言ってんの?」
「その代わり、マーケットに投資をして他部門を切らせる提案をしてみる」
「豊作!」
「だって、こんな状況がわかっていて元の交渉を続けられないだろう?
お偉いさんたちを集めてくれ。相談したい」

さあ、戦略会議だ。
父のような直感がない僕に出来るのは『人の話を聞く事』だけ。
お偉いさんの話をたくさん聞いて、とにかく考える事だ。


そして、次の日の夜。
僕はカーネルと可憐と共に、なぜかオペラを見ることになった。
377黄桜可憐に恋した男の長話・31:2009/10/14(水) 19:46:13
「久々だね」
「そうね、ケーキを持っていった日以来ね」

可憐は相変わらずキュートだった。
今日は髪を巻き毛にしている。

我ながら思う。
自分が女の子の小さな変化に気づくようになるとは思わなかった。
可憐の事なら、どんな些細な事でも気がつくらしい。不思議な事だ。

「この前のケーキ、身に堪えてた時だったから食べて生き返る気がしたよ。ありがとう」
「良かった。あのケーキ、黄桜家のオリジナルなのよ。子供の頃、ママから教わったの」
「へー、秘伝のレシピだ」
「いかにも家庭料理って感じだったでしょ?だからアタシが作ったのを食べた事があるのは、
豊作さんと……、それからパパだけ」

可憐はそう口に出すと、ふっと寂しげな顔をした。
父親の名前を出す時、可憐の雰囲気は少し変わる。
強くて勝気な女の表情が崩れ、頼りなげな子供のような面差しになる。

そしてたぶん、こっちの方が本当の可憐。
「気が強くて高飛車な女」という鎧を着て、この子は母親と2人、踏ん張って生きてるんだろう。

可憐がとても小さく感じた。
だから、僕は可憐の肩を抱いた。
なだらかな可憐の肩はピクリと跳ねて、でもそのまま僕の腕を受け入れている。

僕は感じた事のない感情に突き上げられていた。
可哀そう、ではない。欲情したわけでもない。
ずっと可憐の肩を、ただこうして抱いてやっていたい、それだけの気持ち。
378黄桜可憐に恋した男の長話・32:2009/10/14(水) 19:47:10
「可憐は……」
「え?」
「いや、なんでもない」

僕は何を言おうとしたんだろうか。
自分でも、自分が言おうとした言葉が見つからなかった。
ただ、心が何かでキリキリと締め付けられたような、苦しい感情。
この気持ちは、なんだろう?

しばらくして、舞台の幕が上がった。
僕らはボックスに座って、カーネルの隣でそれを見ることとなった。

言っておくが、僕はオペラなどと言う高尚な趣味はさっぱりわからない。
ただカーネルと隣に座る、それだけの目的のために、秘書が手配したものだった。

しばらくオペラ鑑賞を続けて、カーネルが言った。

「……それでどうだい?少年。このオペラを見て」
「退屈極まりないです」
「ほお、オペラに招いたホストが、退屈とのたまうか」
「これはあなたを接待するのに、秘書がお膳立てしただけで、僕は面白さがさっぱりわかりません」
「そう思っても、適当にわかったふりをするのが普通だが」
「あなたの前では嘘をつかないほうがいいと思いましたから」
「ははは。確かに正直者は好きだ」
「……あなたは正直ではないようですが」

僕は勇気を出して、富豪の深い緑の目を見つめていった。

「……マーケット以外の部門の経営は、かなり怪しいようですね」
「少年、ようやく気づいたか。気づくのが遅いぞ。あと数日で逃げ切るところだった」

カーネルはニッコリ笑った。
379黄桜可憐に恋した男の長話・33:2009/10/14(水) 19:48:27
「け、剣菱はマーケット部門を買う交渉を白紙に戻したいと思っています」
「ふむ?」
「その代わり、他部門を買い取らせていただいて、マーケット経営に支援させていただきます」

調査結果が出た後、僕はブレーンたちを集めた。
そして、交渉の白紙化を提案すると、意外な事にお偉方は言ったのだ。

「三代目は、なぜ他部門を切り捨てようとしているのか?だったら、他部門を買おう」
「えっ?!マーケットよりもひどい状態ですよ」
「ま、さすがに切り捨てる処も必要だがな。流通と保険、証券だけ押さえよう。
何と言っても、あの会社のブランド名はでかい。うちが買い取るとなると株が上がるぞ」
「だ、だって、剣菱だって大変ですよ?!そんな体力があるかどうか」
「うちは不況の中でも踏ん張ってる化け物企業だからな、なんとかするさ」

ブレーンたちは豪快に笑った。
父もそうだが、剣菱の上層部も大胆な人が多いらしい。
彼らの事を父の腰ぎんちゃくだとばかり思っていたので、意外だった。
これまでそんな事にも気付かなかった僕は、一体なんなのだろう?

カーネルは黙って思案しているようだった。
僕は必死になって言った。

「僕は……、マーケットを買うのは嫌なんです。あなたの礎になった小売店の名前を、
あなたの名前から剣菱に変えるのは、とても良い事だとは思えなくって。その……」
「……ありがとう」
「え?」
「ありがとうと言ったんだ、少年。私個人としてはその提案を受け入れたいと思う。
うちの部下たちはどう思うかはわからんが」

思わず僕は立ち上がりかけた。
380黄桜可憐に恋した男の長話・34:2009/10/14(水) 19:49:45
「いっ、今から、話をしてくれますか?」
「いや待て。彼女に最後までこのオペラを見せてやってからにしなさい」

振り向くと、僕の隣では可憐が歌声に聞き入っていた。
あまりにも無垢でまっすぐなその視線に、僕は席に座りなおした。

可憐は若い。
世の中の全てをキラキラした瞳で見つめている。
そして、純粋にオペラに感動する事が出来る瑞々しい感性を持っている。
歳を取るだけ取って、ただ何も残さぬまま穢れ切ってしまった僕とは全く対照的だ。

カーネルが可憐を見ながら言った。

「彼女は良い……。女性としても可愛らしいが、何よりも良い妻になるぞ」
「ええ、そうでしょうね」
「ま、君の妻になるかどうかは、わからないようだが」

さすがに気付いていたか。
僕は苦笑いして言った。

「ええ、彼女にはいずれふさわしい男が現れるでしょう」

そう、僕ではなくもっと有能でスケールの大きな男が。
例えば、うちの父やこの富豪のような、真に世を変える力を持つ大物が、可憐にはふさわしい。

そう思うとたまらなく心が痛んだ。
自分が愚鈍な男である事が、何も持っていない男であることが、どうしようもなく悲しかった。
こんな絶望的な気持ちになるのは初めてだ。
381黄桜可憐に恋した男の長話・35:2009/10/14(水) 19:50:46
そうだ、元々、僕など可憐の眼中にはなかった。
この偶然から発生した偽装恋人計画がなければ、2人きりで会話を交わすことすらなかっただろう。
だから可憐が僕の隣からいなくなり、誰か別の男のものになるのは当然の事。
あたりまえのその事実。

それが、胸を引き裂くように、痛い。

「本当にそれでいいのかい?少年」
「ええ。あなたは僕の事を少年と呼びますが、彼女にとっては、僕はオジサンです。
実を言うと彼女は僕の妹の友達でして」
「なるほど、妹の友達だったのか。ま、それにしても年齢は関係ないがな」
「ええ、だからダメな男の言い訳なんですよ」

汚れきったダメ男は、求めてはならない。
清純な乙女を。

……可憐を。

(つづく)
382名無し草:2009/10/14(水) 21:28:09
>黄桜可憐に〜
お待ちしてました!
剣菱の重役たちが豊作さんを剣菱の息子として(一応)認めてくれたようで、
読んでいてこちらまでほっとしました。
一見、ひねくれているようで、純粋な豊作さんがイイ!
続き楽しみにしています。
383名無し草:2009/10/15(木) 11:50:27
豊作さんカッコイイ!
可憐に落ちて来たかな?
384名無し草:2009/10/16(金) 07:54:50
>黄桜可憐に〜
作家さん乙です!
内容も面白いけど文章力もものすごいですね。
続き楽しみにしてます。
385名無し草:2009/10/18(日) 01:20:17
一旦保守
386名無し草:2009/10/18(日) 12:56:11
>307
ザ・カンニング
>せめて名前だけは上手に書けたと思う。
なんじゃこれ、悠理かっわいい!
元気いっぱいでいいですね。
387名無し草:2009/10/18(日) 13:05:53
>俺、vs野梨子
ラストの、可憐の「ばっかみたい」の
一言が、なんとも愛情あふれて思えます。
きっと、可憐も5年間、二人を
気にかけていたんだろうなあ。
388名無し草:2009/10/18(日) 19:34:48
作家さんのを見てたらむくむくと書きたくなったので、
UPさせていただきます。
微妙に長くてすみませんが、よろしくどうぞ。
389[通り雨] 魅×悠 その1:2009/10/18(日) 19:38:25
いつもと変わらぬ生徒会室。
エスカレーターで大学まで進むあたいらの学校は、夏本番を目前に控えてものんびりしたものだった。
可憐は恋がしたいと喚き、野梨子と清四郎は、
また始まったと苦笑の視線を交わして碁盤へ視線を落としてるし、
魅録はなんだかよくわかんねー機械弄り。美童は忙しく携帯電話にかじり付きだ。

あたいは……、お腹一杯になって、少し眠くなりながら空見てたんだ。
もくもく上る入道雲は、真っ白でふわふわで、食べたら美味しそうだな、
なんて思ってたのは、内緒にしとく。
まだ食べるんですか、って、馬鹿にされるだろうからな。
それでも、他に何もする気力もなくて、ただ空を眺めているしか出来なかった。
回りに気付かれ無い様に、細く長く息を吐き出した。
390[通り雨] 魅×悠 その2:2009/10/18(日) 19:39:59
「あ〜それにしても暇だわ、もうすぐ夏休みで暇になっちゃうし何かぱーっと騒ぐ様な事ないの?」
自慢の豊かなウェーブの髪を弄りながら、溜息まじりに可憐が呟く。
「そうだなぁ、こないだ知り合った子の田舎の家に8月入った頃に誘われてるんだけど皆で行く?」
美童が嬉しそうに、美人で可愛い子なんだよ、家が老舗の旅館しててさ、
なんて笑顔で報告するもんだから、碁盤から本気で嫌そうに視線を向けた野梨子が呟いたんだ、
わざわざあたいを見ながら。
「……もう一ヶ月もすればお盆でしてよ。悠理とそんな所に行ったら、命が幾つあっても足りませんわ。」
「あたいだって、そんなとこ行きたかないやい。」
なんでもかんでもあたいの所為にすんなよな。好きでこんなに幽霊に好かれてる訳じゃないわい。
じと目で野梨子を睨んだあたしを、清四郎がしたり顔でやんわり宥めた。
「まぁ、悠理があっちの世界のお友達を作るのは良い事ですよ。」
何が友達だよ、勝手なこと言って、本当に怖いんだぞ、あれ。
時々今だにうなされて夜中目覚ますんだかんな。知らないだろ、オマエラ。
「あ、ねぇ、じゃ、こういうのは?剣菱のおじ様にマイタイ王国に連れてってもらうの。
 久しぶりにチチと会えるわよ?ねぇ?魅録?」

どきん、とあたいの胸が跳ねた。
391[通り雨] 魅×悠 その3:2009/10/18(日) 19:41:02
嬉しそうに可憐がはしゃぐ。
何気ない可憐の一言に、何かの機械の部品が、ごっ!と派手な音がして床に転がった。
固まった魅録の視線が、部品、あたい、可憐、とゆっくりと動く。
引きつったその視線に、きり。と小さくあたいの何かが痛んだ。
「あ、それいい。きっと今ごろ王室立て直して、可愛いラバさん沢山いるよ!」
「あ、お、おま、あほ!そんな訳に行くかよ!大体何人んちの親父の金で遊ぼうとしてんだ!」
「いーじゃない、おじさまもきっと前国王に会えて嬉しいわよ。」
慌てる魅録に、美童も可憐も清四郎も野梨子も面白そうにからかい始めて。
勘弁してくれ。またひとつあたいの胸の何かが軋んだ。
「……………あたい、帰る。」
「え。何言ってんだよ、まだ何の予定も立ってないじゃないか。」
カバンを手に立ち上がったあたいに、美童がきょとんと問いかけた。
なんだその顔、あたいだって、あっちこっち遊びに行きたかったんだい。人の気も知らないで。
「そうですわよ、どうしますの?」
どうもこうも無いよ!ああもう!

「………今年の夏は見合いで一杯なんだよ!」

バシン!と閉じた扉の音が耳に酷くこびり付いた。
392[通り雨] 魅×悠 その4:2009/10/18(日) 19:41:47
明輪の運転する車がまっすぐに家への道を進む。
車窓から眺める町は、本格的な夏の始まりに、誰の足も浮かれてる様に見えて、
酷く憂鬱な気分に陥った。
事の始まりはまたかーちゃんの一言から始まった。

「悠理!もう豊作の嫁に期待するのはやめたわ。貴方一日も早く結婚して子供を生みなさい!
 そうしたらあたしがその子を綺麗なあたし好みの娘に育てから!」
・・・・かーちゃん、あたいの子がどうしてもう娘って決まってるんだよ。
「や、やだい!だいたいにーちゃんの嫁見つけた方が早いじゃないか!」
「あら、それも良いわね、じゃ、貴方と豊作二人で見合いして、
 どっちが孫を作るのが早いか競争すればいいわ。」
「おお、かーちゃんそれは良いアイデアだべ。」
「な、何言っているんですか、母さん!」
「貴方達、どうせ好きな人も居ないんでしょう? 好きな人の一人でも居るなら考えなくもないけど、
 見合いすれば一人ぐらい好きになる人がいるかもしれないでしょ。」
そこから後は雪崩の様に話が決まってた。
綺麗な顔して、そこそこに頭の良さそうな男と女が、世界各国からピックアップされるその数、五十数人。
あたいとにーちゃんの顔は磨けば光んだから、
嫁か婿の顔が良ければその子も綺麗な顔になるだろうとはかーちゃんの弁だ。

まともな恋すらしたことないあたいが、結婚に子供だなんて、
いくらかーちゃんだって、想像力豊かすぎやしないか。
……いや、恋、恋なぁ……。
数日前からの何十度目かの溜息を吐き出して、あたいは視線を明輪へと移した。
「明輪。家帰んのやっぱやめ。どっか走れ、海見えるとこ!」
「え、いやしかし、お嬢様、今日はお見合いのドレスを選ばれ…。」
言葉の代わりにかるーく運転席の背を蹴り上げる。ひ、と悲鳴を上げてハンドルにしがみ付く明倫が見える。
「………、湘南でよろしいでしょうか。」
あたいは鼻息で返事をして、また視線を窓の外に立ち上がる入道雲へと移した。
393[通り雨] 魅×悠 その5:2009/10/18(日) 19:43:59
悠理が去った生徒会室は、一瞬の静けさのうちに暴風雨がやってきた。
「うそ!おばさまったらまた悠理に剣菱家つがすつもりなの?!」
「そんな、だって雲海和尚に怒られたばかりですわよ?」
「いや、おばさんだったらやりかねないよ?なんたって、フリルとレースで銀行も飾っちゃう人だもの」
「そんな事したら、雲海和尚がまた息子に成りかねませんよ。
 いやしかし、うーん、悠理に見合いとはまた………。」
それぞれが降って沸いた見合い話にあこれと詮索をし始めた。
そんな中、転がった機械の破片を拾うこともせずに、呆然と扉を見つめる男が一人。
………、いや、俺か。
「魅録、魅録は何も聞いてないんですの?悠理そんなこと何か言ってなかったんですの?」
時々家にも遊びに言ってますでしょ?と続けた野梨子の言葉も、今の俺には頭の中まで入ってこない。
だってあの悠理が、いや、それよりあの男女と結婚したがる男なんて………、
いや、いるか。
なんてったって、天下の剣菱財閥、あるとあらゆるコネに経済力に影響力、金の力、
その魅力に勝てる男なんて早々いないだろう。
それに大人しくしてれば美人だし、あのおばさんの娘だ、磨けばひか………。
いや、そうじゃなくてっ!
あいつ何だってそんな、いやあの母ちゃんだろうなきっと絶対、いや親父さんかも……。
そういやここ数日あいつ元気なかったっけ、いや、ずっとちゃんと飯食って……たと思う、多分。
こないだ一緒に連れとツーリング行ってた時も何も言わなかったし、元気そうだったし、
ここの倶楽部にも顔を出して………、あいつ何やってた?
オヤツ食いながら、そういや窓の外ずっと………。
いつもなら、食うだけ食ったら俺の機械弄りの後ろに来て、「なぁ、これなんだ、それなんだ?」
と五月蝿いぐらいに纏わり付くか、愛用のギター鳴らすか、サンドバッグでうさ晴らしてるか、
大音量のi-pod片手に踊って……なんだ、女じゃねーな……。
394[通り雨] 魅×悠 その6:2009/10/18(日) 19:44:58
「ちょっと魅録、聞いてるの?!」
可憐に片袖ひっぱられて、思わず俺も我に帰る。そうだ、ええと。
「あ、ああ、いや、えーと何の話だっけ?」
「魅録?どうしたの?何だか上の空っぽいけど。」
「やーねぇ、悠理の見合い話がショックなの?そんなの今に始まったことじゃないじゃないの、
 ねぇ?せ・い・し・ろ・う?」
いかにも何かを含んだ可憐の視線が清四郎に投げかけられて、件の男が眉間に皺を寄せた。
「…………若気の至りをいつまでも……。
 いくら僕でも持て余しますよ、剣菱財閥はどうにでも出来てもあの駄馬にはね。」
「………さらりと、有り余る自信を見せつけられましたわね。」
「いえ?野梨子。自信ではなく確信ですよ?」
ああ、なんだか訳がわからなくなってきた。

「………とにかくだ!」

8つの視線が集まる。
「……かっ…………帰ります。」
メットを手にすごすごと生徒会室を後にすることしか出来なかった。
ああ、俺ってなさけねー。

[続く]
395名無し草:2009/10/18(日) 20:53:51
>通り雨
新連載乙です。
悠理と魅録の心の声がおかしくて、笑ってしまいました。特に魅録w
続き楽しみに待ってます。
396名無し草:2009/10/18(日) 22:25:20
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!
魅×悠、楽しみにしています。
397名無し草:2009/10/18(日) 22:56:12
魅×悠、嬉しいです!
続き、待ってます!
398名無し草:2009/10/20(火) 19:51:46
通り雨作者です。
コメントくださった皆様ありがとうございます。
長過ぎかなと思わないでもないけど、勢いでUPしてしまいます。

どのぐらいUPしたら規制に引っかかるんだろう・・・。
と、思いつつじわじわUPしてみます。
では、続きをどーぞ。
399[通り雨] 魅×悠 その7:2009/10/20(火) 19:53:28
>>389>>394の続き。

扉を閉めた向こう側から、ここぞとばかりに追い討ちがかかる。
「素直になれば宜しいのに。」
「あら?十分素直な反応だと思うわ?」
「花嫁を掻っ攫われる花婿は、思考が停止するものと相場が決まってるのさ。」

誰が花婿か!


その会話を聞きながら、すだれ頭がやれやれと笑って立った。
400[通り雨] 魅×悠 その8:2009/10/20(火) 19:56:10
メットを片手に部屋から出てきたは良いが、照りつける日差しと纏まらない頭に、一つ溜息を付いた。
免許を取った時に無理やり許可させた駐輪場で、携帯を取り出して視線を落とした。
何処に掛けようとしたのだろう、何処に電話掛けて、何聞くんだ?
”見合いするのか?”確認してどうする?
メットを放り出したバイクが熱気で暑い。俺の頭も相当茹だっている。
もう一つ盛大な溜息と共に携帯をポケットへと仕舞えば、
微かな足音と共にすだれ頭の友人が、メットを片手に近づいて来た。
………こんな日に送れってか。
恨みがましい視線を我ながら浮かべていたと思うが、先ほどからかわれた手前もあって、
何とも言えない視線を黙って向けた俺に、清四郎が手にしたメットを放り出して来た。
「今日は野梨子と本屋に行く約束をしていますから、送ってくれなくて結構ですよ。」
「……メット、あるけど?」
二つも被って帰れってか?と言外に視線で語れば、含んだ笑いを浮かべる男。
ちくしょう、何だか全部見透かされてる気がするぜ。
「………今日は天気が良いですからね、一っ走りツーリングでも如何ですか、
 沢山話たいこともあるんでしょう?」
「え、いや、誰とだよ。」
「件の駄馬と。魅録、さっきから何度溜息付きました?」
駄馬ってなぁ、オマエ、と言いかけた俺に、畳み掛ける様に問われる回数。
………覚えてる訳ねーだろ。
「………借りにはしないからな。」
また一つ溜息を付いて、手渡されたメットをフックに引っ掛けた。
「ええ、構いませんとも。こないだの贋作作家の紹介でチャラにしましょう。
 ああ、それと、見合い話はいざとなれば切り札もありますからね、安心していってらっしゃい。」
満面の笑顔で語り去って行く男に、切り札って………、って言い掛けて、思いとどまる。
まぁ、愛弟子だもんな、それが一番早いっちゃ早いか、と思い返して、腹立ち紛れに舌打ちを一つ返す。
ああ、なんだやっぱり見透かされてるな、俺。
腹立ち紛れにキックレバーを思い切り踏み込んだ。
ああちくしょう、こいつまで一発で掛かってくれねぇ。
メットを被った重い頭でまた一つ天を仰いだ。
401[通り雨] 魅×悠 その9:2009/10/20(火) 19:57:16
なんとか家へと帰らせようと宥める明輪を蹴り上げる形で追い払った。
今頃帰り道で五代あたりに泣きついているんじゃないかな。
五代は母ちゃんに泣きついているだろうなぁ……。
そこまで考えてまた一つ、重い溜息を吐き出した。
泣き付きたいのはあたいの方だい。

きらきらと夕日を受けて沈む海は、これから始まる夏の匂いを含んで一層綺麗に見えた。
打ち寄せる波に遊んでいたサーファーも家族連れも恋人達もそろそろ家路への支度を始めた所だ。
水平線の近くを橙色に染めながら沈む夕日と、それを受けて暗く鈍った雲を眺めて、防波堤の上で一人膝を抱えた。
今頃、怒ってるだろうなぁ、母ちゃん。父ちゃんはオロオロしてるだろうか。
あいつら……は、ひとしきり人の噂を肴にしたらきっとそれぞれ適当に帰って遊んでんだろうな。
…………あいつも。
402[通り雨] 魅×悠 その10:2009/10/20(火) 19:58:04
抱えた膝の上に顎を置いて、細波に耳を傾ける。綺麗なお日様が沈み、全ての色をオレンジに染めて行く。
水平線の向こうに沈む夕日に、南の島で見た光景を思い出していた。
すらりと伸びた女性らしい肢体と、均整の取れた体が一つに重なって行くのを、やるせない思いで見つめていた。
やめろ、やめろよ。
そんな事したら忘れられなくなっちゃうだろ。
おまえはその国捨てられないんだろ、あいつだって、おまえの身分を思えば捨てさせるような事しないよ。
ずっと、あいつはあんたの事思って遠い地で暮らして行くんだ、そんな残酷なことさせんなよ。
オマエ知らないだろ、あれから暫く、オマエに似た髪形の女見かけるたんびに振り返るんだぞ。
可笑しいだろ、オマエがこんなとこ居る訳ないって十分知ってる筈なのにさ。
ああ、なんだって、あんなに人の気持ちわかんない奴が好きなんだろう。
母ちゃんと父ちゃんの始めた世界一周クイズん時だって、こっちに付いてくれたのは嬉しかったけど、
あれ、どっちかっていうとあたいに、じゃなく野梨子に付いただろ。
あたいを庇うより、野梨子庇うみたいな言い方だったよな。
清四郎と見合い話した時だって、あいつ笑いながら、良い話じゃないかなんて笑ってたもんな。
女じゃないって言ってたっけ。
馬鹿にしやがって、すんなり見合いに賛成されてあたいがどんなに悲しかったかオマエ知らないだろ。
ずっと隣で笑ってられるなら、どんな思いもわからなかった振りするんだって決めてたのに。
危うく叫びそうだったんだからな。
あたいが好きなのは、って。
403[通り雨] 魅×悠 その11:2009/10/20(火) 19:59:17
ぎゅ、と何かに掴まれた気がした胸を一層抱え込んで沈む夕日を睨みつけた。
ああ、夕日がまぶしいや、そんなに眩しいから、目が眩みそうになるだろ。
夕日から目を逸らして見上げた空は、今にも泣き出しそうな雲。
ああ、このまま雨でも降って、風邪でも引いたら見合い中止になんないかな。
……我ながら馬鹿みたいな発想だな。
夏中ずっと風邪なんて引いてられないのは良く分かってんのに。
ぽつり、と頭の上へと一粒落ちてきた雨粒に、埋めた膝から顔を上げる。
おかしいや、夕日は射してんのに雨だなんて。
ああ、なんだっけ、狐の嫁入りっていうんだっけ、嫁入りしたくてしてんのかな。
ぼつぼつと音を立てて降り始めた雨は、だんだん雨脚が強くなる。
動くのもメンドクサイや。
降り始めの雨に咽返る様なアスファルトと、潮の匂い。
打ち寄せる波の音と、沿線を走る車の音。
なんだか酷く、あたいは独りぼっちだ。

[続く]
404名無し草:2009/10/20(火) 21:18:46
勢いのupだなんて!
嬉しすぎでした!
405名無し草:2009/10/21(水) 00:00:55
>通り雨
悠理の切ない想いが伝わってきて、良かったです。
「すだれ頭」連発に笑ったw
規制については>>5の投下制限を参照。
406名無し草:2009/10/22(木) 18:37:36
>404様
ありがとう、ちまちま地味に行きますね。

>405様
ありがとうございます。
彼は一人暖簾ごっこも出来る髪形だと思います。
もっかい読み返して規制の事が分かりました。
微妙にこのままUPしてくと規制引っかかりそうなので、
じんわり間を開けてUPしますね。
教えて下さってありがとうございました。
407名無し草:2009/10/22(木) 19:11:19
作家による作品投下以外のレスは荒れる元ですよ… つ過去ログ
408名無し草:2009/10/22(木) 21:00:15
>通り雨
新連載乙。面白かったです。
悠理が乙女っぽくて可愛いですね。
続き待っています。
409名無し草:2009/10/24(土) 06:51:48
パラドキシカル、通り雨
両方とっても楽しみにしてます!
410名無し草:2009/10/26(月) 22:57:14
保守
>>156
【act.5】高校三年生・夏その2

 恋は盲目とはよく言ったものである。
 のちに、己の空回りっぷりを知った僕は、頭を抱えて床を転げまわりたい
ほどの羞恥に見舞われることとなる。
 だがそれは結果論でしかない。
 混乱の只中にあった僕は、自分に出来る限りの足掻きをするしか道が
なかったのである。


                       ※


 野梨子が小首を傾げて笑った。
 揺れた生絹の黒髪に、夏の陽が遊ぶ。
 肩を並べて下校するのは十年来の習慣であったが、その一刹那、こんなふう
に笑う人であったろうかと、僕はまるで見知らぬ他人に対するような心持ちを
彼女に抱く。
 縫いとめられるかのように目が離せぬ自分に気づき、甘い恋の感傷よりも
むしろ、苛立ちや困惑、自己嫌悪といった感情に苛まれずにはいられなかった。
 彼女をこのように咲き誇らせたのが、あの気の好い友人でなければ、
このような気持ちを抱かなかっただろうか。
 ――笑いたまえ、野梨子。
 かつて君が指摘した通り、僕はどうしようもなく自尊心が高い愚か者だ。
 どれほど周囲や自分自身を誤魔化そうとしても、先に惚れた方が負けなどと
いう幼い価値観を捨てられずにいるし、本音では誰かに執着する自分など許せない
とすら思っている。
 それがお互いの手の内を知り尽くしている幼馴染に失恋するなど――それも、
相手の想い人が共通の友人であるなど、屈辱の極みであった。
「今晩」
 もうその問いに対する答えなど知っている。
 けれど自虐的に、僕は口を開いた。
(――もしも君がここで)
 夏の陽気に汗ばみながら、それでいてどこまでも涼とした気配を持つ、
野梨子の瑞々しい腕を掴んで僕が考えたことは、どこまでも卑屈であった。
 彼女は大きな目を瞠って驚きを表しながらも、そんな僕の思いに全く気づかぬ
まま笑顔でいる。
「清四郎?」
「今晩、なにか予定はありませんか。久しぶりにうちで食事でもどうです」
 僕の眼差しのもと、彼女の頬がわずかに強張る。
 罪悪感か、あるいは――秘めた恋への含羞みか。
(もしも君がここで、僕に彼への恋心を告白したのならば)
 けれどそれは一刹那の間にごくさりげなく消し去られ、彼女は呼吸をするかの
ような自然さで嘘をついた。
「ごめんなさい。今度の茶会のことで、母に用事を言いつけられてますの」
 何も知らぬ少女の顔で、野梨子は微笑んでいる。 
 それはこの夏の日差しのように、まぶしく。




 帰宅後、僕は自室の窓越しに見える光景に、うっすらと笑みを刷く。
 そこには初々しい恋人たちの姿がある。
 野梨子が魅録の手を借りながら、おそるおそるタンデムシートに跨っていた。

 ――君よ、後悔したところでもう遅い。

 時間を見計らい、僕は電話を手にする。
 情の厚い男の心に、そして僕を保護者のように見ている彼女の心に、一抹の
気まずさの種を蒔くことなど簡単なことだった。
 野梨子がはっきりと彼への恋心を告白したのならば、僕は応援するしかなかった。
 幼馴染の彼女はもちろん、魅録もまた大事な親友に違いない。
 しかし彼女は口にしなかった。
 今まさに咲こうとする恋を、そっと心に秘めて守ろうとし――致命的なミス
をしたのだ。

 
 この僕の手で握りつぶせるほどには、その恋の蕾は柔らかく、脆い。
 そして僕は躊躇などしないだろう。


                       ※


 そのときの、否、彼女への恋心を自覚してからの僕は、喜劇役者のように滑稽で、
空回りをし続けた。
 しかし、どれほど不恰好な姿を人へ晒したのだとしても、こんにちのように野梨子
を得られる未来があると分かっているのならば、
 たとえ今の僕が過去へ戻ったとしても、同じことをするに違いない。


                                        act.6へ
414名無し草:2009/10/29(木) 00:19:01
薄情女お待ちしていました
悩む清四郎可愛いです
415名無し草:2009/10/29(木) 00:58:21
保守
416名無し草:2009/10/29(木) 02:37:25
>薄情女
続きが読めて嬉しいです。
不感症男の時には朴念仁すぎて、よく分からなかった清四郎の心のうちが読めて面白いです。
個人的に、このシリーズの清四郎がほんと好きです。
続きを楽しみにしてます。
417名無し草:2009/10/29(木) 20:47:55
ハロウィンなのでお菓子焼いてる野梨子と可憐に
つまみ食いする悠理とか可愛いですね
男の子達は何してるだろう
418名無し草:2009/11/01(日) 21:36:38
ホシュ
419名無し草:2009/11/03(火) 20:42:45
保守
420名無し草:2009/11/06(金) 17:50:52
保守
421名無し草:2009/11/07(土) 22:50:35
ほしゅですわ。
422名無し草:2009/11/09(月) 07:07:05
保守ですね。
423名無し草:2009/11/09(月) 12:10:16
大規模な規制で、UPできない作家さんたくさんいるんだろうか・・・
424夫、清四郎:2009/11/09(月) 16:19:50
俺、vs野梨子でお世話になりました。
その続編を投下させていただきます。
清×悠です。
「俺、〜」の少し前の時間から始まります。
よろしくお願いします。
425夫、清四郎 その1 1/9:2009/11/09(月) 16:20:34
やった。
やってしまった。
清四郎とやってしまった。

昨日は飛行機の中でしこたま飲んで、酔っ払ってて、身も心も疲れていて、それで……。
細切れに覚えてる。
あたいは何度か嫌だと言ったんだ。
だけど、清四郎はムキになってやめなかったし、あたいも酔いが回って受け入れてしまった。

月明かりの中、朦朧とベッドから起き上がって清四郎を見つめた。
いつもはキチンと整えた髪はぐしゃぐしゃ。
素っ裸の体には薄い毛布が一枚。
それで、あたいの手を握ったまま熟睡してる。

あたいの『夫』。
夫?夫だって?
この男が?
清四郎があたいの夫?

間違ってる。
こんなの間違ってるよ!


――――― そもそも、結婚した事自体がめちゃくちゃだった。

結婚のきっかけとなった事件があったのは数日前。
清四郎は野梨子と一緒にあたいの家に遊びに来ていた。

そして清四郎はあたいの成績を見ると、茫然とこう言ったのだった。

「……お前は相変わらずですね。大学5年生にもなって、未だに単位がほとんど残っている
状態ってどういうことだ!このままだと、8年で卒業できないぞ」
426夫、清四郎 その1 2/9:2009/11/09(月) 16:21:38
「だって、大学ってつまらないしぃ〜」
「つまらないじゃない!よく除籍されないで残ってられるものだ。
僕がアホなお前の頭に叩きこんで、やっとの思いで入れた大学です。それを……」

同じ大学をとうに卒業した野梨子は言った。

「清四郎がまた悠理を助けてあげればよろしいのよ」
「いやだ!あたいは清四郎に鍛えられるぐらいなら、大学なんて卒業できなくってもいい!」
「僕だってうんざりです」
「あら?お互い、毎日退屈だって言ってますでしょ?時間はたくさんあるんじゃありませんの」

あたいと清四郎は思わず顔を見合わせた。
でも、清四郎は眼をそらせて言った。

「とんでもない!僕には仕事があって忙しいんです。そんな暇はありませんよ」
「あら?忙しいお仕事って、病院の窓口の事ですこと?」
「……うっ」
「果てしなく退屈だって言ってましたでしょ?」

清四郎がぐっと黙った。

清四郎は結局、医者にはならなかった。
医師という職業はお姉ちゃんが継いで、清四郎は東京の赤門がある大学で経済学を学んでいた。
将来は菊正宗病院の経営に関わるつもりで、だ。

だが、菊正宗家の方針で、大学新卒の清四郎はいきなり経営にはタッチさせてもらえず、
今は『一通り修行する』という名目で窓口業務に関わっている。
一時期は剣菱財閥の経営にも手を出した事がある清四郎には、
このポジションが退屈で仕方ないらしい。

「清四郎のお仕事は5時には終わりますでしょ?その後、悠理に教えて差し上げたらいかが?」
「だからなんで僕が……」
427夫、清四郎 その1 3/9:2009/11/09(月) 16:22:59
「清四郎には悠理を無理やり大学に入れた責任もありますでしょう?必要ないのに」
「……そう言われますと、返す言葉がありませんが」

ちょっと待て!話の流れがヤバイ方向に来てる!

「あたいはいやだ!野梨子、清四郎の特訓がどれだけサドなのか知ってるのか?」
「Sとは聞き捨てならないな。あれだけ懇切丁寧に指導してやったのに」
「……ヤバイ、清四郎まさかやる気になってるな?!」
「そうだ、悠理。絶対卒業させてやる。覚悟しろ」
「いやだーーーーっ!!!」

その日から、清四郎は毎日5時すぎにあたいの部屋にやってきた。
あたいをビシバシ鍛えるために。

「こんなレポート、適当にぐぐってコピーして貼り付けて総論書くだけだけでも何とかなるのに」
「この文章のどこをどうコピーすればいいんだよー。何を言ってるかもわからないのに」
「……あああああ、もう、だからお前は馬鹿だと言ってるんだ!」

毎日、夕方5時から馬鹿だ馬鹿だと言われる立場にもなってほしい。
馬鹿だと言われ慣れているあたいだって、じわじわと寿命を削られる気分だ。

あたいは高校時代、清四郎と婚約していた時を思い出していた。
あの時も辛かったな。
マナーだの英語だの、やりたくもないレッスンをいっぱいやらされたんだっけ。
あの時も限界だったけど、今ももう我慢の限界だ!

「もう!嫌だ!」
「こら待て悠理!」

あたいは、机をひっくり返して逃げ出した。
清四郎が追いかけてくる。
428夫、清四郎 その1 4/9:2009/11/09(月) 16:23:52
物を投げつけながら部屋中を逃げて逃げて、逃げまくる。
あたいはもう必死なのだけど、清四郎ときたらなんだか楽しそうだ。

あたいの投げたブタのぬいぐるみが清四郎の顔に直撃した。
清四郎は一拍置いて、ニヤリと笑った。
……怖すぎる!
これがサドのなせる業じゃないとしたら、なんなんだよ!

そしてついに、ベッドに追い詰められた時、清四郎が卑怯なことに足をひっかけ、
タックルをかけてきた。

「ふぎゃっ!」
「よし!仕留めたっ」

ベッドの上に両腕を掴まれ羽交い絞めにされて、あたいが清四郎を睨みつけた瞬間……

―――――― ドアが開いた。

「悠理!いったい何の騒ぎ?!」

「……あ、母ちゃん」
「……あ、お邪魔してます」

「あ、あなたたち、いつの間に……」

母ちゃんがうろたえている?

あたいは状況を改めて見直した。
清四郎はあたいの手を握って、上に乗っている。
あまつさえ、ベッドの上だ。
これは見ようによっては……
429夫、清四郎 その1 5/9:2009/11/09(月) 16:24:39
「あらまあ!あなたたち、そういう仲だったのね!さすが元婚約者!」

「「誤解だ!」」

清四郎とあたいは同時に叫んだ。
しかし、母ちゃんは聞く耳を持たずまくしたてた。

「そうよ!あなたたち、もう結婚しちゃいなさい。歳も歳だしちょうどいいわっ!
さっそくお式を挙げましょう。次の大安吉日はいつかしら?まーっ!楽しみだわ!」

「「ちょっと待てーーーっ!!」」

あたいたちの叫びも空しく、母ちゃんの手によって、一気に話は進められ、
気付いた時には清四郎とあたいは高砂の上に乗せられていたのだった。
所要3日の荒業だった。

婚姻届けは式の最中に書かされた。
平日の大安吉日、突然人んちの子供の結婚式に呼びつけられた日本のお偉い財界人政界人を前に、
あたいと清四郎には、それを拒否する元気も勇気もすでに残ってはいなかったのだ……。

剣菱の家族は皆大喜び。
意外な事に、菊正宗家の皆さんも喜んでいるようだ。
家族全員満面の笑みで、祝福ムードは満点だ。

そして、野梨子は涙を流していた。

「本当におめでとう悠理!なんてキレイなウェディングドレス!」
「感激すんなっ!めでたくなんかないやいっ!」
「あら?なぜですの?」
「清四郎と結婚するぐらいなら、他の奴とした方がマシだっ!美童とか魅録とか」
430夫、清四郎 その1 6/9:2009/11/09(月) 16:25:56
「そう言えば、魅録たちには連絡しませんでしたの?」
「してないよ。今日までどうやって逃げ切るかばかり考えてたんだから」
「まあ、往生際の悪い」
「だって、好きでもない相手と結婚するなんて、お前に出来るか?野梨子!」

すると、野梨子が少し思案に暮れた顔をした。

「それは、仕方ないですわよ」
「なんで?」
「剣菱ほどの家のお嬢様なら、普通の恋愛で結婚するなんて難しいですわ」
「んなことないよ!あたいだってできればちゃんと恋愛結婚ってもんをしたいぞ?」
「でも、好きになった相手が実は財産目当ての詐欺師だったってこともありますわよ?
その点、清四郎ならお互いをよく知ってるし、結婚して何か不都合ございます?」

ちがう!
あたいが言いたいのはそんな事じゃない。

あたいが言いたいのは「お前はそれでいいのか?」って事だ。野梨子。
清四郎があたいと結婚してしまって、それでいいのか?
お前は清四郎と一緒になれなくなってしまうんだぞ?

「……野梨子はいいのか?」
「はい?」

その時、清四郎がやってきた。

「悠理、ヘリに乗る時間だ。行くぞ」
「ヘリって、ヘリコプター?なんで?」
「新婚旅行だそうだ」

はあ?
と、茫然とする間もなく、あたいはふわりと宙に浮いた。
431夫、清四郎 その1 7/9:2009/11/09(月) 16:26:45
清四郎があたいをいわゆる「お姫様だっこ」したのだ。
大きな歓声が上がる。

「な、なにするんだよ!」
「花嫁をこうして抱きあげるのは、花婿の義務だそうで。……君のお母さんがやれと」
「ちょっと待て!ってか、下ろせ!」
「シッ!皆さんが見てますよ。祝福してくれているんだ。笑え!」

そう言われて、あたいは無理やり笑顔を作った。
それがはたして笑顔になっているのかは、わからないが。

でも、まだ野梨子と話が終わってない。
あたいは野梨子に視線を送った。
すると、目が合った瞬間、野梨子は晴々とした笑顔で言い放ったのだ。

「悠理!新婚旅行、楽しんできてくださいね!」

野梨子めっ!何考えてやがるっ!
カッとなったあたいは、野梨子に向かってブーケを投げつけた。
するとなぜか、おお!とどよめきが起きて、拍手が巻き起こった。
野梨子もブーケを抱え、ちょっと照れくさいような顔をして喜んでいるようだ。

それが何を意味している行為だったのかわからぬまま、あたいはヘリに乗せられて、
そのまま空港から剣菱家自家用ジェットで(母ちゃんが決めた)新婚旅行先である
南太平洋の孤島へ旅立ったのだった。



「悠理……、悠理そろそろ起きろ」

声が聞こえる。
あたいの名前を呼ぶのは……?
432夫、清四郎 その1 8/9:2009/11/09(月) 16:27:34
目を開けると、清四郎がいた。
シャワーを浴びた後なのか、白いガウンに濡れた髪。
前髪を下げた清四郎は子供の頃のようで、年相応に若返ったように見える。

あたいはどうやら昨日の事を思い出しながら、2度寝してしまったらしい。
清四郎がベッドに座りあたいに手を伸ばしてきたので、あたいは清四郎に背をむけて、
寝がえりを打った。

「まだふて腐ってるんですか?」
「…………」
「もはや恥ずかしがる仲でもないでしょう」

顔にぼっと火がついた。
だって、どんな顔をすればいいんだよっ!
一人だけ涼しげな顔をしやがって。
こんな顔しておきながら、あんな事したくせに。あんな事……

昨日の夜の出来事が頭を駆け巡る。

「朝から変な事を思い出させるなっ!」
「今更、後悔したって遅い。僕たちは名『実』ともに夫婦ですよ。望む望まないに関わらず」

清四郎はしゃあしゃあとそう言うと、あたいの頭にキスをしてきたのだった。

ふざけるな!
あたいの事なんてちっとも愛してないくせに。

清四郎は昨日、飛行機に乗って2人きりになると言ったのだ。

「僕はなんだかこの騒動が楽しくなってきましたよ」

433夫、清四郎 その1 9/9:2009/11/09(月) 16:28:15
「なんで?」
「悠理のお父さんが、僕に剣菱でのポストを用意してくれました。新婚旅行から帰ったら、
僕は剣菱の副会長になるそうです」
「お前、また剣菱に戻ってくるつもりなのか?」
「ええ、高校時代は挫折しましたが、今度こそ本当に力を試せる。実は後悔してまして」
「剣菱の……重役になりたかったのか?」
「重役ぐらいで満足しませんよ。末はトップ、そして世界征服が目標です」

そして、清四郎はあたいに振り向いて言い放ったのだ。

「お前と結婚できて本当によかったですよ」

その一言で、血の気が引いた。

あたいたちの間には初めっから愛などない。
それでも、婚姻届にサインする時、真っ青に震えるあたいに清四郎は力強く手を添えてくれて、
その時、ほんのわずかだったけど思ったんだ。

隣に座っているのが清四郎でよかったって。

その、芽生えたばかりの小さな信頼すら粉々にする言葉だった。
剣菱の地位と財産が目当て。
だから、あたいと結婚して良かった。
清四郎は自分の口であたいにそう言ったのだから。

あたいは清四郎が言った事を忘れない。
絶対、忘れないんだからな!

(続きます)
434名無し草:2009/11/10(火) 00:03:44
『夫、清四郎』
これぞ清悠の王道的展開!?続き楽しみに待ってます!
435名無し草:2009/11/10(火) 02:35:24
今度は悠理vs清四郎が読めるんですね。
早くも火花が散っていて、今後の展開がとても楽しみです。
それにしても、百合子さんは相変わらずパワフルだw
436夫、清四郎 その2 1/7:2009/11/11(水) 20:55:00
大規模規制中、規制かからぬ隙間にUP。>>425-433の続き

母ちゃんが新婚旅行に選んだ島は南太平洋にある小さな島だった。
あたいは剣菱家がこんな処に別荘を持っている事を知らなかったけど、
でも、母ちゃんがここを選んだ理由はすぐにわかった。

隣の島の影も見えない南海の孤島、見渡す限りの水平線の海、照りつける太陽。
これじゃ逃げ出そうとしたって、逃れようがないじゃないか。

これで確信した。
母ちゃんが全てわかっていた事を。
あたいと清四郎が恋人でもなんでもないのを知っていて、母ちゃんは強引に結婚させたんだ。

島での生活は基本的に2人きり。
時間ごとに小さな船で食事が運ばれてくる他は、誰も来ない。
1周するのに10分もかからないほどの小さな島では、どうしたって清四郎の顔を見ないわけに
いかないし、TVもネットも漫画の1冊すらない場所では、海に潜るぐらいしか娯楽もない。

ここで、あたいと清四郎は2週間ほど生活しなくてはならない。

「これじゃ、牢獄だ!」
「世間ではこういうのを天国と呼ぶんですよ、きっと」

朝食を食べながら清四郎はいつもの調子で、人ごとのようにそう言った。
白い砂浜に白いパラソル。
その下に用意された机には、豪華なモーニングが並んでいる。

……とりあえず、食っておくか。
あたいは腰を据えて食事に集中する事にした。
437夫、清四郎 その2 2/7:2009/11/11(水) 20:55:48
清四郎の顔がまともに見られない。こういう気まずい空気は苦手だ。
あたいは、食事をバクバクと一気に平らげ席を立った。

「どこへ行くんです?」
「シュノーケリングしてくる。それぐらいしかやる事もないし」

コテージの中には水着も用意されていた。
きっと母ちゃんが選んだんだろう。
ありえないほど少女趣味の、ヒラヒラとした白い水着だったけど、仕方ない。
あたいはそれを着て、シュノーケルを持って海へ入った。

カラフルな魚、白い砂、生き生きとした珊瑚、それはそれは素晴らしかったけど。
あたいの心は冴えなかった。
あまりにもたくさんの出来事がたった数日の間にありすぎて、自分が何を感じているのか、
何を考えているのかすら、おぼつかない。

ぼんやり浮かんで海の中を眺めていると、突然大きな魚の影が横へとやってきた。
ぎょっとして体を離すと、大きな魚は立ち上がった。

「うわっ!」
「何を驚いているんですか」
「……清四郎だったのか。びっくりしたー」
「この島に僕以外の誰がいます?」

そう言って濡れた髪をかきあげた清四郎の姿に、あたいの頭はますます混乱した。
昨日の夜には全く気付かなかった。(それどころじゃなかったし)
久々に見た清四郎の体は明らかに肉付きが良くなっている。
元々筋骨隆々だったけど、高校生の時にはまだ肩も薄かったし胸も薄かった。
5年たった今、清四郎の体は完璧だ。
すごく健康的で自信に満ち溢れた筋肉。流れるような美しいライン。
438夫、清四郎 その2 3/7:2009/11/11(水) 20:56:30
「見惚れるな。悠理」
「バカ!そんなんじゃないやいっ」

顔がかあっとほてってきた。
こいつのこういうところ、大嫌いだ!
あたいが清四郎から逃げ出して泳ぎだそうとすると、清四郎はあたいの手を握ってニッコリ笑った。

「一緒に行きましょう」

あまりにも爽やかな青い空をバックにそう言われて、あたいは逆らえなくなった。
それで、清四郎に手を掴まれたまま一緒に泳いだ。

清四郎の目にはあたいはどう映ってるんだろう?
相変わらず女には見えないんだろうか。
あたいだって少しは肉付き良くなってるんだけど。
といっても、可憐ほどじゃないけどさ。
ま、あたいが清四郎にどう見えようと知ったこっちゃないケド。

しばらくそうやって2人で泳いでいると、少し水が濁ってきた。

「スコールが来る」

清四郎がそう言うので空を見上げると、強い雨がざあっと降り注いできた。
慌てて2人でコテージの屋根の下まで退散する。

「なんでこんなに突然雨が降ってくるんだよ!」
「南の島はどこもこんなもんです。まぁ、待っていればそのうち止みますよ」

だけど、雨はやむ気配もなく降り続いた。
こうなってしまうと本当に何もやる事がない。
あたいたちはベンチに2人で座ってぼけっと雨を眺めていた。
439夫、清四郎 その2 4/7:2009/11/11(水) 20:57:14
何となく視線を感じたので顔を横へ向ける。
清四郎があたいを見つめていたらしい。ふっと口の端を上げた。
その顔はいつものトモダチの清四郎で、昨日の夜の事が嘘みたいだ。
つい、あたいは頭の中から消えない疑問を口に出していた。

「なぁ清四郎?」
「はい?」
「なんで昨日あんな事したの?」
「あんな事?」

清四郎はいかにも面白がるような口調でそう聞き返した。
なんでこいつはこんなに余裕なんだよ!

「初夜に花嫁を抱かないのも失礼かと思いまして」
「はあっ?!そんな理由でっ?!」

あんまりな理由に怒りよりもむしろ脱力した。

「何バカなこと言ってんの?あたいたちただの友達だろ?」
「それでもお互い婚姻届にサインした以上、夫婦ですから」
「カタチだけだろ?あたいにとっては、お前はただの友達だ。それ以上はありえない」

なのに……
あたいはうっかりこの男を受け入れてしまった。
お前もそうだ、清四郎。
ただの友達のはずなのに、どうしてあんな事しようと思ったんだ?
あたいの事なんてかけらも好きじゃないくせに。

「お前だって、好きな女ぐらいいたんだろ?」

あたいは艶やかな黒髪の日本人形のような女の子を思い出しながら言った。
440夫、清四郎 その2 5/7:2009/11/11(水) 20:57:57
そうだ、清四郎が野梨子の事を忘れるわけがない。
他の皆と同様、海外に活路を見出したって良かったはずなのに、清四郎はあえて日本に残った。
きっとそれは、ずっと野梨子のそばに居続けるためだ。

だが、清四郎は答えずに逆に質問をしてきた。

「悠理こそ、好きな男性がいたんじゃないんですか?」
「いねーよ。そんなのいたら、とっくに母ちゃんに結婚させられてらぁ」
「じゃぁ、何の問題もないですね」

また不意打ちだ。
清四郎はあたいの唇を奪った。

腕力は圧倒的に清四郎の方が強くなってしまった。
清四郎の腕に抱きすくめられ、頭がくらくらする。
昨日の夜から、あたい、やっぱり変だ。

「ちょ、ちょっと待て」
「なぜ?」
「初夜が終わったんだから、もうやらなくてもいいじゃん!」
「一回したんだから、何度やっても同じでしょう?」
「そんなぁっ!」

清四郎はひょいとあたいを担ぎあげると、コテージの中へ向かった。
あまりの手際の良さに、このあたいも抵抗しきれないままベッドに落とされてしまう。

「嫌だ!」
「往生際が悪いぞ。抵抗するなら昨夜しておけばよかったものを」
「あれは酔っ払っていたからだ!あたいは何度も嫌だと言ったのに」
441夫、清四郎 その2 6/7:2009/11/11(水) 20:58:45
それでも……

「悠理、そんなに拒絶するな」

そうあたいの名前を呼んで、思いつめたような、真剣な瞳で見つめる清四郎の顔を見ると、
あたいはなぜだか抵抗できなくなってしまうのだ。
昨日の夜もそうだった。
もっと暴れようと思えばできたのに、清四郎の眼を見てしまったばっかりに、
つい、なし崩しに清四郎に身を任せてしまったのだ。

清四郎があたいの水着を脱がせ始めた。

「やだ……やめろ」

口ではそう言っていたものの、息が乱れる。
たった一晩であたいの体に何が起こったというのだろう。
清四郎の指先が、唇が、肌に触れる度に、あたいは行為に没頭し始めてしまう。
自分からも清四郎の体に手を、唇を這わしたくなってしまう。

「せいしろぉ……」

媚びたような、気色悪いほど甘い声が出た。
野性児とか、獣のようだとか、あたいはこれまでよく言われてきたけれど、本当にそうかも。
あたいはケダモノだ。
愛してもいない男とこんな事が出来るのは、あたいが獣だからだ。
442夫、清四郎 その2 7/7:2009/11/11(水) 20:59:30
清四郎も、きっと、ケモノ。
見かけは美しいけれど、中身は凶暴でどす黒い闇を持った、野蛮な獣。
あたいはそんな清四郎に抱かれて喜びの声を上げるのだ。何度も何度も。

そして。
清四郎が大切なのは地位と財産だって事も、あたいの事を愛してない事も、
本当にどうでもよくなった頃、事が終わる。

「僕たちは相性がいいらしい」
「…………」
「強引にさせられた結婚だけど、きっとうまくいく」

あたいは何も言わずうつぶせのまま、背中に落とされる清四郎の唇に身を任せた。

清四郎の言うとおりだと思った。
このままでいけば、あたいたちはきっと『うまくいって』しまうだろう。
でも、それでいいのかな?
少なくともあたいは『うまくいく』事に納得していない。
財産目当ての男とうまくいっちゃうなんて、あたいは絶対嫌なのだ。

とはいえ、海に潜るかセックスをするかしかないこの島で、あたいと清四郎は
何度もその2つの行為を繰り返すこととなった。

青い海と、空の下。
清四郎が天国と呼んだ場所で――――

(続きます)
443夫、清四郎 その3 1/9:2009/11/12(木) 17:00:42
>>436-442の続き

「……で、新婚旅行のお土産はありませんの?」

『お茶の先生』としてあたいの家にやってきた野梨子は、呑気にそう言い放った。

「あるわけないだろう?!牢獄だぞ?!牢獄っ!」
「まぁ!南太平洋の楽園にいったんでしょう?」
「何にもない無人島で、清四郎とずーーーっと2人きりで過ごしたんだぞ!牢獄以外の何なんだよ」
「あら、ロマンティックじゃありませんか」

ロマンティックなもんかっ。と、いうか真逆だ!
昼も夜もなく、ベッドで生々しく過ごしていただけの生活だ。2週間も!

「……それで、清四郎は剣菱の副会長になったんですって?」
「そお。旅行から帰るなり、毎日楽しそうに忙しくしてるよ」
「それは良かったですわ。病院でお仕事するよりも向いてますでしょうし」

新婚旅行から帰ってきてから10日ほどが経過していた。

清四郎はここんところ、父ちゃんに連れられて挨拶回りに勤しんでいた。
高校時代に会長代理をやった時とは、周りの受け止め方も全然違うらしい。
剣菱財閥の次代として、恭しく扱ってもらえる事が清四郎には面白くして仕方ないようだ。
父ちゃんも自慢の婿を連れて歩くのは楽しいらしく、2人でニコニコしながら出社し帰宅する。

それで、面白くないあたいはムカつきがここ数日おさまらないでいるわけだ。

あたいには清四郎による徹底的な「お嫁さんプログラム」が発動していた。
テーブルマナー、生け花、英語、そしてお茶などなど。
一流の講師陣による一流の(今更ながらの)花嫁修業。
お茶の講師はありがたくも白鹿流次期家元候補、白鹿野梨子さんなのである。
444夫、清四郎 その3 2/9:2009/11/12(木) 17:02:44
とはいえ、野梨子もあたいにモノを教えるのは不可能だとよくわかっているようで、
実質、てきとーに世間話をしながら、ただお茶を飲む時間と化している。

あたいは美しい友達の横顔を眺めながら尋ねた。

「……野梨子は」
「はい?」
「野梨子はいいのかよ。清四郎があたいと結婚してしまって」
「どういう意味ですの?」
「高校時代、あたいと清四郎が婚約した時、すごくヤキモチ焼いて怒ってたじゃないか」
「ああ、そんな事もありましたわねぇ」

野梨子がおかしそうにくすくす笑った。

「あの時の私は清四郎にべったりでしたものね。懐かしいですわ」
「清四郎だって野梨子の事が好きだったんじゃないの?」
「まさか!むしろ高校生の当時から清四郎には悠理と結婚する意志があったでしょう?」
「違う、お前もわかってただろう?あいつは『剣菱』を手に入れたかっただけだ」

そう、今も。
結局、清四郎は剣菱が欲しかっただけで、あたいと結婚をしたんだ。
あの笑顔を見ているとつくづくそう思う。

ヤバイ。
清四郎のニヤケ顔を思い出したら本当に気分が悪くなってきた。
あたいは野梨子に気づかれないように帯を少しずらした。

その時、野梨子がふっと懐かしい名前をもらした。

「魅録……」
445夫、清四郎 その3 3/9:2009/11/12(木) 17:04:15
「魅録がどうした?」
「あ、いえ……。魅録は次のレースの結果次第でクラスが上がりそうですわね」
「そうそう。お前相変わらずよく知ってるなー」

野梨子は魅録がレーサーになったのがきっかけで、熱狂的なバイクレースのファンになっていた。
魅録のレースがある時には、必ずあたいの家に来て、中継を眺めている。

「次のレースの時も、またイタリアには行きますの?」
「行く行く。たまにはお前も魅録のレース行ってやればいいのに。可憐は何回か来てるらしいぞ」
「私には仕事もありますし、海外に行くのは無理ですわよ」
「まぁ、いっか。レースする度にお馴染の、魅録とカノジョとの熱烈キスを見なくて済むしな。
しっかし、あいつがあんなに女とベタベタするようになるとは思わなかったよな〜」
「……そうですわね」

野梨子が眉間にしわを寄せた。
潔癖な野梨子には、魅録の素行が面白くはないらしい。

「で、野梨子はあの男とどうなってんの?」

ぶっと野梨子が噴出した。
お茶の先生らしからぬ行動だ。

「あの男って?」
「白鹿流の趣味の悪い男だよ。この前、一緒にパーティに出てただろ?最近、お前と2人で
色んな処に顔出してるらしいじゃん?ワイドショーでやってたぞ」
「まぁ!そんな事が放送されてますの?」
「お前はともかく、相手はTVの人気者だからな〜」

野梨子と最近一緒に居る男は、白鹿流の若手で、いつも着物をびっしり着こなしている色男だ。
TVのコメンテーターなんかをやっていて、よくしゃべる。
ホストのように色っぽいキャラと和風のギャップが受けて、主婦に大人気だ。
446夫、清四郎 その3 4/9:2009/11/12(木) 17:05:41
「やめてくださいな!ただの仕事仲間です」
「相手はそうは思ってないみたいだぞ?お前との交際を認めるみたいな発言してた。TVで」
「もう!マスコミってなんていい加減な取材を……」

そんな話をしながら、野梨子がふとお茶を立てていた手を休めて言った。

「どうしましたの?悠理。顔色がどんどん悪くなってますわよ?」
「実は……さっきから帯が苦しくって気分が悪い」
「まぁ、大変!」

そう言って野梨子が手早く帯を緩めてくれたけれど、気分の悪さはおさまらなかった。
食べすぎでもないのに、喉に胃の中の水が上がってくる感じ。

「悠理がこんなに青い顔するなんて気味が悪い。また、悪霊に取りつかれたりしたのかしら?」

そんな野梨子のヒトコトで、お茶の授業は終わりになった。

一人になったあたいは着物を脱いで、ぼんやりとベッドに横になっていた。
なんだろう?ひどくだるい。
こんなだるさは今まで一度も体験した事がない。
何がおかしいって、どんなに横になっていても、この気分の悪さが引く気配がないって事だ。
本当に悪霊かなぁ?嫌だなぁ。

そこへ、珍しく日が沈むよりも早く清四郎が帰ってきた。

「悠理、ここにいたか」
「あ、おかえり〜。早かったね、どうしたの?」
447夫、清四郎 その3 5/9:2009/11/12(木) 17:07:26
あたいはベッドに横たわったまま、手をひらひらさせて出迎えた。
すると、スーツがしわになるのも気にせずに、清四郎がベッドにもぐりこんできた。
2人でベッドに入るのも、いい加減もう慣れた。
清四郎は手早く挨拶代わりのキスをおでこにすると、興奮気味に話し始めた。

「明日ニューヨークへ行くことになった」
「ニューヨーク?」
「ああ、お義父さんと一緒に行ってくる。あっちも剣菱の重要拠点ですからね」

あたいは枕代わりに回された清四郎の腕を撫でながら尋ねた。

「それでどれぐらい行くの?」
「まあ、数日ってところですね。……それで、悠理も来ますか?」
「あたいも行っていいの?」
「もちろん。お義父さんも新婚の2人を引き離すのは悪いと言ってくれてますし」
「じゃ、行く!N.Y.久々だし!美童と可憐にも会いたい!」

美童と可憐は高校卒業以来ずっとN.Y.にいる。
可憐は世界一有名な宝石店で修行しており、美童は未だ学生生活を楽しんでいる。

ふっと笑うような顔をして、清四郎が唇を寄せてきた。
この男は、なぜこんなに甘えたようなキスをしてくるんだろう?
たった1か月前には、あたいたちは『ただの友達』だったハズだ。
友達どころか、お互い天敵に近い存在。
野梨子にはニッコリ笑うのに、あたいにはいつも苦々しい顔ばかり見せてきた清四郎。
448夫、清四郎 その3 6/9:2009/11/12(木) 17:09:40
……だったはずなのに。
いつのまにか清四郎はあたいにも天敵の頃にはなかった柔らかい笑顔するようになった。
そんな顔を見ると、さすがに情が湧いてきてしまう。

清四郎があたいの服を脱がせ始めたので、あたいは清四郎のネクタイを外した。
新婚旅行から帰っても、あたいたちのこんな関係は毎日続いている。

「……N.Y.に行ったら、美童と会うんですか?」
「多分な。美童は暇だから、いつも電話すればすぐ駆けつけてくれるし」
「ふーん……。今回は、ちゃんと報告してくるんだぞ」
「何の報告?」
「結婚の報告ですよ。結局、有閑倶楽部の面々でこの結婚を知ってるのは野梨子だけでしょう」
「報告、するのぉ〜?」
「当然でしょう?あいつらに知らせないでどうするんですか」
「うーん」

しなくってもいいんじゃないの?
この結婚、いつまで続くかわかんないし。
……と、答えを渋ってると、清四郎があたいを攻撃し始めた。

「僕たちがこういう関係だって、キチンと説明して来い」
「んっ……そういうのやめぃっ!」

もう、こんな清四郎にもすっかり慣れてしまった。
『夫』、あたいの夫。
でもやっぱ、『夫』なのは、間違っていると思うんだよなぁ。
449夫、清四郎 その3 7/9:2009/11/12(木) 17:10:25
―――――――― 次の日

あたいは清四郎と父ちゃんと共にニューヨークに飛び立った。
オシゴトをしている可憐は無理だろうが、暇にしている美童は遊び相手にはちょうどいい。
久々に思い切り遊んでやろう!と、あたいは息巻いていたハズだったのだが……

しかし、ホテルに着いたあたいは、ソファーから起き上がれないでいた。

「んー……」
「どうした悠理?具合悪いのか?」
「ずっと座っていたせいで腰が痛い。ニューヨークはやっぱ遠いや」

いや、腰が痛いというより、重い。
でもどこかを痛めた感覚ではない。今まで体験した事のない感覚。妙な感じだ。

「お前らしくもない。ま、少し元気がないぐらいがちょうどいいですよ。
羽目を外さないだろうから、心配せずに済む」

清四郎はそういいつつ、うつぶせに横たわるあたいの腰を揉んでくれた。
今じゃ、家族の誰よりも気軽にあたいの体に触るのは清四郎で、
それもごく自然に受け入れているあたいがいて、少し不思議だ。

「楽になったか?」
「うーん、まあまあ」

正直言うとあまり楽になってないんだけど、とりあえずそう答えておいた。

450夫、清四郎 その3 8/9:2009/11/12(木) 17:13:07
「これからお義父さんと食事をする予定ですけど、どうする?」
「食べるっ!」

あたいが元気よく答えると、清四郎はほっとしたような顔をした。

「じゃ、行きましょう。N.Y.でも指折りのレストランだそうです」

それで、あたいたちは父ちゃんと一緒に食事に出かけた。
父ちゃんと清四郎はうまくやっているようで、楽しそうに話をしている。
壮大な夢を二人で語って盛り上がっている。

だけど、その横であたいは戸惑っていた。
食事があまり美味しく感じない。
いや、美味しいハズなんだが、なんだか味がものたりない。
もっとはっきりした味のものが食べたい。

そんな事は表には出してなかったつもりだったが、父ちゃんと別れ、
部屋に戻ると清四郎が言った。

「やっぱりお前、変だ。本当にどうしたんだ?まさか風邪でもひいたか?!」

清四郎が額に手を当ててくる。
夜気にさらされた後の手が冷たい。

「熱はないようだな」
「時差ぼけかなあ?飛行機でもあんまり眠れなかったし」
「うん、それなら早く寝ましょう」
451夫、清四郎 その3 9/9:2009/11/12(木) 17:13:57
清四郎はテキパキとあたいの寝巻を用意して、ぽいっとベッドに放りこんだ。
あたいに早く着換えろと目配せすると、自分も着替えてとっととベッドに入ってしまう。
あたいもあせって着替えて、ベッドに入った。

清四郎はいつものようにあたいに腕枕すると、電気を消し、額にキスをした。

「おやすみ」
「……あれ?今日はしないでいいの?」
「しませんよ。腰が痛むんだろう?いいから早く寝なさい」
「寝るだけだったら、何もこんなに接近して寝なくてもいいのに。広いベッドなんだから」

それでも、清四郎はあたいを抱きしめるのをやめなかった。
逆にぎゅっと腕に力を入れ、すっぽりあたいを胸に収めた。

清四郎の鼓動が聞こえる。
規則的なその音は、どういうわけか新婚旅行のあの島で聞こえた波の音を思い出させた。
あの島の事を思い出したら不思議に安らいだ気分になって……

本当にあたいはどうしたんだろう?
財産目当てと知っていて、それでもこの男の腕を振り払う事ができないでいるとは。

清四郎の胸が温かくって、暖かすぎて、

……泣きたい。



(続きます)
452名無し草:2009/11/12(木) 21:56:16
おおー、続けて投下ありがとうございます!
悠理→清四郎への愛が芽生えていく?自覚する?過程が楽しみです
453名無し草:2009/11/12(木) 22:06:48
清×悠好きのツボを押さえた展開がたまらないw
続き楽しみです。
454名無し草:2009/11/13(金) 22:52:58
俺vs野梨子も面白かったですが、夫、清四郎もいいですねw
冷たいんだか、優しいんだか分からない清四郎がツボです。
清四郎は悠理に対する想いは自覚してるんでしょうか?
続きが楽しみです。
455名無し草:2009/11/13(金) 22:57:29
夫、清四郎
投下ありがとうございます!
>「悠理、そんなに拒絶するな」
>「僕たちがこういう関係だって、キチンと説明して来い」
萌え死にしてしまう…
456名無し草:2009/11/14(土) 08:12:09
続き来ないかなwktk
457夫、清四郎 その4 1/7:2009/11/14(土) 11:12:46
>>443-451の続き
清×悠ですが、今回若干、清×別キャラあります。苦手な方スルーしてください。


「美童ー!」
「おお、悠理!ひっさしぶり〜!」

翌日、すっかり元気になったあたいは、美童とニューヨーク観光に繰り出していた。
観光と言ってもいわゆる名所旧跡を巡るわけではない。
美童が見つけた面白い場所や変わった店を回る、街歩き。
あたいは不況の中も未だ衰えないN.Y.の熱気を楽しんでいた。

食事も、美童の選んだレストランは美味い。
さすがデートコースと女の嗜好を熟知しているだけある。
あたいが喜びそうなメニューをたんと注文してくれて、あたいは舌鼓を打った。
昨日、イマイチ食が進まなかった分、今日は満腹。

ようやく満たされてひとごこちついたあたいは、美童に尋ねた。

「可憐はどうしてる?」
「いつも通り元気なんじゃない?ここ数日会ってないからわからないけど」
「会ってないって、同じ部屋にすんでるんじゃないの?」
「女連れこむなら帰ってくるな!って言われて、最近はあまり帰ってない」

美童はHAHAHAHAHA!と高らかに笑った。

可憐と美童は、高校卒業後ニューヨークに渡り、二人で暮らし始めた。
同棲というわけじゃない。あくまで同居。
広いアパートメントを2人でシェアして暮らしているだけだ。
男女という性別を超えて、互いの事をよく理解しあえる美童と可憐だからこそできる生活だ。
458夫、清四郎 その4 2/7:2009/11/14(土) 11:13:51
「で、悠理はなんでニューヨークにきたわけ?」
「それがさぁ〜!……」

あたいは美童に結婚の愚痴をぶちまけようとして、口を開いた瞬間、次の言葉が言えなくなった。
信じられないものを見たからだ。

店の入り口から、『夫』が入ってきた。
ゴージャスな『美女』を連れて。

「あ、清四郎じゃん?!あいつもN.Y.に来てるんだ?」

あたいの視線の先を確認すると、美童がそう言った。

「一緒に居るのは……ああ、可憐だ」

可憐?
ああ、可憐か。
なんだ、アメリカナイズされてたからよくわからなかった。
久々に見た可憐はエキゾチックで大人っぽくって、高校の時のキュートなイメージはなかった。
思わず見とれるほど洗練された美女。
でも、よく見ると可憐だ。

でも清四郎、今日は一日中父ちゃんと仕事だって言ってた。
あたいが美童と遊ぶつもりだと言った時も、可憐の事は言ってなかったし。
可憐と会うのなら、あたいにヒトコト言ってもいいはずなのに水臭い。

「せ……」

あたいが、清四郎を呼ぼうとすると、美童があたいを止め、ヒソヒソ声で言った。

「やめとけよ」
459夫、清四郎 その4 3/7:2009/11/14(土) 11:16:27
「……?なんで?」
「そりゃ、野暮ってもんだよ。……そっか、あいつらまだ続いてたんだ」
「何の話?」
「気づいてなかった?高校の終わり頃、あいつらちょっと色っぽい事になったんだよ?」
「なにそれっ?!」

思わず大声を出してしまった。
シーーッと美童が唇に指を当てた。

「い、色っぽい事って?」
「もちろん男女の関係。細かい事までは僕にもわからないけど」

男女の関係……。
その単語一つで、清四郎が可憐の肌をまさぐる幻影がちらつく。

その瞬間、頭がぐわんと揺らめいた。
血の気がさーっと床まで落ちていって、そして、次の瞬間猛烈な吐き気が襲ってきた。

「うっ……」
「うわっ!悠理!こんなところで吐くな!」

目に残っているのは、可憐の残像。
男に腰に手をまわされて、エスコートされる美女。
その美女の腰に、昨日あたいの腰に触れていた手をまわしている男は、
あたいの『夫』……清四郎。

気付くとあたいは美童と可憐の住むアパートメントにいた。

「まったく、びっくりしたよ。倒れるなんて悠理らしくもない」
「ごめん。あたいもびっくり」
460夫、清四郎 その4 4/7:2009/11/14(土) 11:17:54
美童が紅茶を入れてきてくれた。
銘柄とかはわからないけれど、香りがよくってふんわりと気持ちが落ち着く。
気分の悪さも少し落ち着いてくる気がする。

「無理しなくっていいから、それ飲み終わったら横になってなよ」
「あんがと」

あたいは美童が提供してくれたベッドに横になった。
(基本、女の家にいるから)普段あまり使っていないという美童のベッドはふんわりと清潔で、
心地よくあたいは横になっていた。
ベッドにこんなゆったり一人きりでいるのは久々だ。
ここ1カ月ぐらい、いつも隣には必ず清四郎がいたから。

清四郎と可憐の残像が頭をよぎる。
あたいは直感した。
あの二人は体の関係にある。

そうでなければ、清四郎はあんな風に女の体に触れたりしない。
なんだよ、いたんじゃないか。『好きな女』が。
あんなに気安く可憐の腰に手をまわして、にこやかに笑って。

……可憐にもあたいと同じ事をするのかな。

考えていると、だんだん気分が悪くなってきた。
想像の中の清四郎と可憐があまりにも生々しくって。

あたいは妄想をおいやるように大きく頭を振った。
そして、気を取り直して起き上がって、美童が淹れてきてくれた紅茶の残りを飲む。
香りがよくって、心が解れていく気がする。
461夫、清四郎 その4 5/7:2009/11/14(土) 11:19:05
美童は、隣のリビングでTVを見ているようだった。
英語だからよくわからないけれど、舞台中継のようだ。珍しいもん見てる。
あいつお芝居なんてみたりするんだな。知らなかった。
美童はこうやって、あたいを適当に放っておいてくれて、そんな距離感がとっても楽だ。

これが清四郎だったらそうはいかないだろうな。
絶対にベッドに入ってきて、ずっと隣に居るだろう。
あたいに腕枕をして、ぎゅっと抱きしめて、それで……

ぽろぽろと涙が出てきた。
だめだ、清四郎の事を考えると苦しくなる。

なんであたいを抱いたりしたんだ、清四郎!
可憐と付き合ってるのなら、あたいなんかとやることなかったんだ、清四郎。
結婚したから?剣菱の地位と財産が欲しかったから?
そんなもん欲しかったらいくらでもくれてやる!

でも、あたいを愛してない奴にあたいの心は絶対にやらない。
清四郎なんか、絶対愛してやらない!



「悠理?大丈夫?」

いつの間にか、大きな声で泣きじゃくっていたらしい。
異変を察した美童が部屋に入ってきた。

美童はあたいの泣きじゃくった顔を見て、優しく笑って、ハンカチをくれた。
そしてしばらく、あたいを自由に泣かせてくれる。
ベッドに腰をかけてあたいの頭をゆったりと撫でながら。
462夫、清四郎 その4 6/7:2009/11/14(土) 11:20:19
こんな時の美童はとても優しい。
高校の時から、こんな風に美童はあたいの味方だった。
清四郎に意地悪をされていた時も、馬鹿にされていた時も、何となく傍で慰めてくれた。

ああ、そうだ。
清四郎じゃなく美童と結婚していたらよかったのに。
相手が美童なら、こんな苦しい思いをする事も、迷う事もなかったんじゃないかな。
美童が可憐と関係を持っていたとしても、きっとあたいはこんなに苦しくなかっただろうし。

しばらくそうして泣いていたら、少し涙が収まってきた。

「もう大丈夫?」

美童がそういうので、あたいは頷いた。
すると、美童がゆったりとした口調であたいに尋ねた。

「聞いてもいい?」
「…………」
「清四郎となにかあったりしたの?」

あたいは答えなかった。
いや、答えられなかったのだ。胸が苦しくって。

「言いたくないならいいよ。でも、少しでも悠理の気が楽になるなら話して」

そっと、美童があたいの手を握り締めた。
美童の手は意外と大きくて、あたいの手をすっぽり包む。
手のぬくもりが温かくって、かたまっていた身体がふんわり緩んでいくのを感じた。
だから、あたいは口を開く。

「……あのね、美童、あたいね」
「ん?」
463夫、清四郎 その4 7/7:2009/11/14(土) 11:21:09
「あたいと清四郎ね……」
「うん」

美童があたいの手に唇を当ててきた。

―――――――――――― その時だった。

「あら?!まさか、美童帰ってるの?」

唐突に部屋に女の声が響き渡った。
可憐だ!

ズカズカと足音がして、バンッとベッドルームの扉が開く。

「美童ったら、また女を連れ込んでいるんじゃないでしょーね!いい加減にしてよっ!
バスタブに知らない女の髪の毛が張り付いているのは、もううんざりよっ!」

あたいと美童は、取りつくろう事もできず、可憐がまくし立てるのを聞いていた。
ベッドの上で、お互いの手をしっかり握りしめたままで。

すると、可憐がきょとんとした顔をした。

「……あら?悠理?」
「悠理?!」

可憐の後ろから大きな、低い男の声がした。
いつものポーかフェイスが崩れて、珍しくあっけにとられた顔をした男。

『夫』が、いた。

(続きます)
464名無し草:2009/11/14(土) 23:22:35
>夫、清四郎 怒涛の展開w
清×悠も好きだけど、清×可も美×悠も大好物なので嬉しい展開です。
このまま四角関係にもつれ込むのか、勘違いなのか、どちらにしても続きが気になります。
465名無し草:2009/11/15(日) 07:00:14
>清四郎なんか、絶対愛してやらない!
悠理ちゃん、もう落ちてますって、手遅れですよってw
466名無し草:2009/11/15(日) 12:20:47
またいいところでw
これは展開が気になる。
467名無し草:2009/11/15(日) 20:11:20
投下wktk
468夫、清四郎 その5 1/9:2009/11/16(月) 06:30:20
>>457-463の続き。清×悠、若干、清×可風味もあります。
俺、vs野梨子の続編です。話がリンクしてます。よろしければそちらもよろしくお願いします。


「なにをやってるんだ!」

清四郎が大きな声で怒鳴った。
あたいと美童はベッドの上で手を握り締めあったまま、硬直した。

「な、何もしてないって!」
「ほんと、何にもしてないって!」
「手を離せ!」

清四郎が今にも飛びかかってきそうになったので、あたいたちは慌てて手を離した。
清四郎は美童を押しのけて、あたいの手首を掴んだ。
すごい力だ。痛い。

「……なぜ美童のベッドにいる……!」

絞り出すような声で清四郎が言った。
あたいの目を食い入るように見つめながら。

「違う!あたいが具合悪くなったから、美童にベッドを借りただけだ!」
「ベッドを借りただと?ふざけるな!ここは男の部屋だぞ」
「お前だって、女の部屋に来てるじゃないか!」
「女って、可憐は友達です」
「美童だって友達だろ!」
「この世で一番危険な男ですよっ!」

可憐があたいたちに待ったをかけた。

「ちょっと、ストーップ!美童が状況を掴めなくって本気で困ってるわよ」
469夫、清四郎 その5 2/9:2009/11/16(月) 06:31:34
振りかえると、美童が涙目でかたまっていた。

「こんな処で夫婦喧嘩をするのはやめて!菊正宗夫妻。あんたたちがまともに喧嘩したら
部屋が破壊されちゃうわ」

「夫婦?!」

美童が跳ねるように声を上げた。
可憐はそんな美童を諭すように言った。

「そ、この2人、結婚したのよ。だから、清四郎はあんたにこんなに怒っているワケ。
さ、皆ちょっと頭を冷やして。話をするならゆっくりとあっちの部屋でしましょ」

リビングに移って、可憐が皆にコーヒーを入れてくれた。
清四郎とあたいはソファーに腰掛け、美童はちょっと離れた椅子に腰をかけて。

「……で、結局、食事をしていたら悠理が具合悪くなって、美童が部屋に連れてきただけ。
ってことでOK?」
「うん。本当にそれだけ」

「この馬鹿、昨日も調子悪かったんですよ。しおらしくホテルで寝ていればいいものを、
美童と際限なく遊び狂ったんでしょう。全くお前は限度を知らない」

清四郎はそう言って、あたいの肩を抱いた。
何気ない、近頃ではお馴染の仕草だったけど、あたいは戸惑った。
可憐の目の前でこんなことされたくない。
あたいは肩から清四郎の手を振り払った。

「お前こそ」

あたいは清四郎をにらんだ。
470夫、清四郎 その5 3/9:2009/11/16(月) 06:32:37
「今日は父ちゃんと一日中仕事だって言ってたじゃないか。可憐と会うなんて
ひとことも言ってなかったぞ」
「仕事が思ったよりも早く終わったんですよ。だから空いた時間で、
可憐に結婚の報告をしようと、食事に誘っただけです」
「へ〜。どうだか」
「何?」

清四郎が眉間にしわを寄せた。
しらばっくれようったってそうはいかない。あたいは思い切って言ってしまう。

「あたい知ってるぞ。お前と可憐、デキてたんだってな」

2人がぎょっとなった。
シラを切るどころか、瞬時に目を合わせて茫然としている。
あたいに関係を知られるのは想定外だったらしい。

「可憐と付き合ってるなら、可憐と結婚しろよ!あたいとじゃなくって!」
「馬鹿なことを!可憐とは結婚しませんよ!」
「ああ、そうだったな。お前は剣菱の地位と財産に目がくらんだんだよな!」
「違う!あの時、結婚を避ける事は不可能だった。お前もよくわかってるはずだ」
「そうだ!だから間違いだったんだ!」

あたいは叫んだ。
なんでこんなに半狂乱になるのか自分でもわからない。

「お前となんか、結婚しなければよかった!清四郎なんて大嫌いだっ!」

叫ぶと同時にあたいは美童の部屋を飛び出していた。
清四郎が後を追ってきたのはわかったけれど、全力で振り切った。
あたいが本気を出せば、逃げ足の速さではまだ清四郎には負けないらしい。
471夫、清四郎 その5 4/9:2009/11/16(月) 06:34:11
でもこのままじゃそのうち簡単に清四郎につかまってしまうだろう。
どこかへ逃げよう。どこかへ、どこへ?どこへ行けばいい?
「そうだ、あいつの処へ行こう!」
あたいは携帯を手にとって、剣菱のジェットを手配することにした。

「イタリアへ行く。すぐにN.Y.に飛行機を手配して」

そして、あたいはそのままタクシーに乗り込んで、空港へ向かった。


――――――――― 数時間後

「うおっ!悠理、何しに来た?」

魅録が驚いている。
そりゃ、そうだ。何の予告もなく来たんだから。

「遊びに来ただけだよーん」
「悠理は相変わらず自由だなぁ」

魅録はそう言って笑った。カラカラと明るい。
この男だけは、本当にいつまでも親友だ。

魅録のところへはレースの時以外にも、こんな風に度々遊びに来ている。
だから今回も、魅録はごく自然にあたいを出迎えてくれた。
魅録の所属するチームは剣菱系のファクトリー。
だから、あたいは大きな顔をして簡単に入り込む事が出来る。

「俺、大きなレース控えてて、やることたくさんあって、遊べないぞ?」
「知ってるよ。あたいもぶらりと来ただけだから」
「なに?この後どっかいくの?」
472夫、清四郎 その5 5/9:2009/11/16(月) 06:35:57
「えーと……」

しまった、ノ―アイデアだ。
あたいは適当に答えておいた。

「アフリカ!」
「えーっ、いいなぁ!俺はしばらくはずっとヨーロッパだ」

そんな感じで、オーナー室のソファーに向かい合って座って、あたいと魅録はよもやま話をしていた。

「実はついさっきまで、N.Y.にいたんだ。美童たちに会ってきた」
「美童、元気?」
「相変わらず女遊びが派手みたいだった。めちゃくちゃ元気」
「美童には近頃会ってないなぁ。可憐にはちょくちょく会ってるんだけどな」

可憐。
その名前を聞いたら、ズシリと胸が痛んだ。
あたいが交際を指摘した時に、否定をせずに清四郎と眼を合わせた。
悪びれもしなかった。あたいの『夫』なのに。
その時の可憐の顔が瞼から離れない。

ふと、魅録が小さな声で言った。

「……野梨子には会ってるか?」
「もちろん、ちょくちょく会ってるよ。家も近いし。あ、そういえば!知ってる?
野梨子に恋人ができたかもしんない!」

魅録の顔色がみるみる変わった。
あれ?ショック受けてる?
あたいは面白いニュースのつもりで言ったんだけどな。
473夫、清四郎 その5 6/9:2009/11/16(月) 06:37:04
すると、魅録は言った。

「えっと、それは清四郎?」

こんなところで『夫』の名前が出た。
今度はあたいがショックを受ける番だった。

「は?何言ってんの?違うよ、野梨子の家のお弟子さん!」

つい、口調が強くなってしまった。
そうだ、忘れてた。野梨子と言えば清四郎。
清四郎にまつわる女は、可憐だけじゃなかった。

いや、清四郎にとっては、たぶん肉体関係がある可憐やあたいなんかより野梨子の存在は、重い。
清四郎には関わる女が多すぎる!しかも全部身内!
まったく、なんて男なんだ!

あたいはショックな顔を見られたくなくって、わざとからかうような調子で言った。

「へー、魅録、ショック受けてんだ?自分はモデルと浮名流したりしてんのに」
「バーカ。そんなんじゃねえよ」
「そんなんじゃない?あんなに濃厚なキスをしておいて、よく言うよ」

魅録は軽くあたいの額を小突いた。
そっか、あれだけイチャイチャしてる恋人でも、『そんなんじゃない』か。

魅録ですらこんな調子なら、男なんてみんなこんな感じなのかもしれないな。
誰とだってキスしたりセックスしたりできるんだ。
他に女がいたって、全然興味のない女だって、セックスなんていくらでもできる。
そう考えれば、可憐という女がありながら、清四郎があたいを抱いたのも腑に落ちた気がした。

魅録とはそんな軽い茶のみ話をして、あっさりと別れた。
474夫、清四郎 その5 7/9:2009/11/16(月) 06:37:55
さぁ、これからどうしよう。
清四郎はそろそろN.Y.から帰る頃だろうし、そんな日本になんて帰りたくないし。

あ、そうだ。
本当にアフリカに行こうかな?
そうすれば清四郎だってなかなか追ってこれないから、しばらく一人でいられるかも。
それに久々にでっかいサバンナでも見れば、気分もよくなるかもしれない。

「うん、決めた!アフリカに行こう!」

今のあたいに足りないのは、大自然だ!
あたいはアフリカに行く事に決めて、再び剣菱のジェットに乗り込んだ。

シートに着くと、安心したのか急激に眠気が襲ってきた。
そういえば、あたいの体内時計はめちゃくちゃだ。
日本からN.Y.、それからイタリア。前に寝たのは何時間前だっけ?

そんな事を考えながら、あたいは深い眠りに落ちた ―――――――


「悠理、悠理!起きろ」

ん?聞きなれたこの声は誰だっけ?
うっすらと目を開けると、目の前には今一番会いたくない奴がいた。

「うわっ!清四郎!」
「まったく……お前は!どれだけ心配をかければ気が済むんですか」
「ええっ?なんでアフリカに清四郎がいるの?!」
「ここは日本です。僕はお前がN.Y.をたってから、急いでこちらに戻ってきました」
「だって、この飛行機、アフリカに向かったはず……」
475夫、清四郎 その5 8/9:2009/11/16(月) 06:38:38
「お前が剣菱のジェットを使っていて、僕に情報が来ないわけないでしょう?
飛行機はイタリアから日本に直行させましたよ」
「そんなぁっ!」

ずっと寝てたから、全然気付かなかった!
それよりも、あたい、何時間寝てたんだろう。
ヨーロッパから日本まで、ずっと寝ていたなんて初めての経験だ。

いつもの事だけど、清四郎の登場があまりにも不意打ちだったので、
あたいは気まずくなるタイミングをすっかり失って、普通に清四郎と会話を交わしていた。
清四郎は眉間にしわを寄せたまま、じっとあたいの顔を見つめている。
……この目だ。
思いつめたような、不思議に真剣な目。
あたいはこの目を見ると、どうしても素直になってしまうのだ。

「……体の具合は大丈夫か?」
「ひどく胸やけがするけど大丈夫。イタリアで食べた料理が油っぽかったからな」
「今すぐ病院へ向かいましょう」
「なんで?平気だよ、これぐらい」
「今回ばかりは駄目だ。ちゃんと検査するぞ!」

それで、清四郎に連れられて、あたいは菊正宗病院に向かった。
言われるままに尿を取って、血液検査。それから……

「これ、何の機械?」
「エコーです」
「なんで、お腹にこんなもん当ててるの?」
「…………」

清四郎は答えない。
ただ、医師と一緒にモニターを食い入るように、真剣に見つめている。
そしてつぶやいた。
476夫、清四郎 その5 9/9:2009/11/16(月) 06:39:29
「いた……」
「ええ、いますねぇ」

医師が明るい調子で清四郎に返した。
あたいの腹の中に何がいるっているんだ?
不安な顔をするあたいに、医者がニッコリ笑って声をかけた。

「無事、妊娠してますね。おそらく6週目から7週目ってところでしょう」
「妊娠?!」

あたいは心の底からびっくりした。
そういえば、いつから生理来てなかったっけ?
ここの処、毎日出来事が多くて忙しすぎて、そんなものがあるのすら忘れていた。

「ど、どうしよう……」

あたいはそう問いかけたけど、清四郎は何も答えなかった。
清四郎はただ、モニターをじっと見つめ続けている。

いつものポーカーフェイスで、まっすぐな視線で。



(続きます)
477名無し草:2009/11/16(月) 07:13:43
おお、朝から遭遇嬉しい!
清四郎と可憐の関係が誤解ならいいなと思いつつ続きお待ちしてます。
478名無し草:2009/11/16(月) 12:15:39
>清四郎があたいを抱いたのも腑に落ちた気がした。
なるほどねー。
前作の魅録のセリフが、こんな風に生きるなんて面白い!
479名無し草:2009/11/16(月) 22:59:58
涙目でかたまる美童カワユスw
480sage:2009/11/17(火) 00:00:06
早く続きを!超はまっちゃいました☆
481名無し草:2009/11/17(火) 00:02:47
480です
すみません投稿久しぶりすぎて間違えました
482名無し草:2009/11/17(火) 10:53:36
悠理の発想の飛び方が原作っぽくて好きだ。
いまのあたいに足りないのは大自然だ!とかw
そして結婚式のときの、野梨子が悠理視点でなにげに不思議ちゃんぽい扱いになってたのがツボ。
「俺、VS〜」を読んでるから野梨子の反応に違和感ないけど、なにも知らない悠理的には理解できないよね
悠理視点の何かズレてるところがいい。
この先の展開も気になるけど、各キャラの描写がおもしろいので繰り返し読んで楽しい。
悠理視点の野梨子がカワイイんで、野梨子の再登場を期待。
483名無し草:2009/11/17(火) 23:24:20
>482同意
野梨子がまた可愛いんですよねw再登場希望です。
悠理が原作っぽいのに乙女なのもツボ。
続き待ってます。
484[通り雨] 魅×悠 その12:2009/11/18(水) 00:29:04
>>389>>394
>>399>>403
の続きです。びみょーにupです。

ちくしょう、あいつ、こんな天気だってのにどこほっつき歩いてんだ。
降り始めた雨はその威力を強めたり弱めたりしながら降り続いていた。
海岸線を舐める様に走る道を僅かに緩めた足取りでバイクが走る。
この辺なんだと思うんだけどな。明倫さんが悠理を降ろしたって所は。
湿った制服が重くて体重を移動するのにも気を使う。
ああ、何で俺必死にあいつ探してんだ。帰って風呂入って寝ればいいじゃねぇか。
どうせあいつの事だ、なんだかんだで見合いも破談にするに決まってる。
いや、向こうの方から断られるよな。

………でも、気になって仕方ねーんだよ。
どっかの飯屋でも探した方が早いか、こんな雨だし外にはいないか?

低速で走る俺を追い越して車が走る。
タイヤで細かく刻まれた雨粒が降り注ぐ、その視線の端に、淡い白に近い小さな背中が横切った。
防波堤の上、まんじりとも動かずに、座り込んだままの背中。
柔らかなクセ毛は、雨に塗れてぴったりと頭の形を現せているけれど、あの色素の薄い色。
慌ててバイクを止めようと、ブレーキを掛ければ、軽くスリップしたバイクの後輪が僅かに滑った。

おわ! …っぁ、アブネェ!

何とか体制を建て直し、少しだけ行き過ぎた防波堤の傍に僅かに開いた安全地帯にバイクを止めれば、
メットをバイクへと放り出して、淡い背中へと歩を進める。

やっぱりだ。何やってんだ、あいつ。
485[通り雨] 魅×悠 その13:2009/11/18(水) 00:29:53
体が重い。濡れた制服の所為かな、それとも考えすぎたからかな。
うじうじと答えのない事考えるのなんて、あたいの趣味じゃないのに。
ああ、本当に、こんな所で何やってんだろう、ああそうか、いじけてんのか、あたい。
膝の間から僅かに覗かせた瞳で夕闇の海を眺めれば不思議な光景に見えた。
頬を伝い落ちる雨粒に目を瞬かせて、眺める海はどこまでも暗くてあたいの心に見える。
さきほどまで、明るかった空の色は、夕焼けの名残を早々に雲に明け渡して、
狐の嫁入りは本格的な雨へと変わっていた。
ああ、なんとなくお腹空いてる気もするのに、食べる気力もないや。
そろそろ帰ろうかな、なんかこのままじゃどつぼにハマりそうだ。
あ、もう、ハマってんのかな。

溜息付くのもだるくて、もう一度膝に顔を埋めた。

「悠理!」

ああ、幻聴まで聞こえる。しかもあいつの声で。重症だ、あたい。

膝に顔を埋めたまま、そんな事をぼんやりと考えていたら、ぐ、と大きな力で腕が持ち上げられた。
バランスを崩したまんま、済崩しに立ち上がれば、ベイビーピンクの色が見える。
思いの他力強く引っ張りあげられた腕を包む大きな手、切れ長の瞳、
つんつんに立ってたはずの髪は雨にやられてなんだかぐったりで。

あれ??

幻覚を見た後の様にぽかん、と口を空けたあたいの顔を、同じ様にぽかんと眺めたあいつの顔が、
心配した様に、そしてなんだか苦虫でも噛んだみたいに歪められて、見下ろしていた。
なんだよ、そんなに、変な顔してたか?あたい。
「な、なんだよ、どうしたのさ、こんな所に………。」
486[通り雨] 魅×悠 その14:2009/11/18(水) 00:31:21
驚きと微かに泣き出しそうに見える顔を眺めて、心臓を素手で掴まれたみたいな衝動が走った。
なんだ、そんな曖昧な顔、見たことねーぞ。
今まで笑うか泣くか怒るか……、このぐらいの顔だったっけ。
腕を掴んで引っ張りあげたまではいいけど、微かに笑おうとして少しだけ歪めた悠理の表情に二の句が告げずに。
「あ、いや、おま、と、そ、それはこっちの台詞だよ!オマエん家いったら、湘南で降ろしたっていうし、
 五代さんはオロオロしてるし、明倫さんは平謝りだし!っていうか、こんなずぶ濡れで何してんだ?」
ばくばくと心臓が早鐘を打つのは、さっきバイクで滑ったからか、
それとも曖昧に歪んだ顔をした悠理が顔を伏せてしまったからか、
俺にもよく分からなかったけれど、酷くその姿が俺の心を鷲掴みにしてしまったのは間違いなかった。
ええい。ちょっと静かにしてろよ、俺の心臓!
「………何って………、景色見に?」
伏せられたままで顔の表情はわからなかったけど、どこか自嘲的な響きを含んだ悠理の声に、
ぐ、と心臓がまた締め付けられた。
ぎゅ、と抱きしめてしまいたくなる衝動をなんとか抑えて、俺の脳内は目まぐるしくこの後を考えていた。
冷静に考えなきゃ、このまま押し倒してしまいそうだ。天下の公道で。……俺、重症だな。
頭から頬へと流れ落ちる雨を一度拭って、少しだけ天を仰いだ。

雨はまだ止みそうにない。
487[通り雨] 魅×悠 その15:2009/11/18(水) 00:33:53
と、とりあえずだ!どっかで服乾かそう。このままじゃマジで風邪引いちまうからな。」
どこか上ずった様に聞こえた魅録の声が可笑しくて、あたいは俯いたまま薄く笑った。
なんでこんなに慌ててんだろう。
あたい、やっぱりそんなに変な顔してたのかな。
魅録の提案にうんとも嫌だとも答える言葉を無くしたあたいを、魅録は半ば引きずる様に防波堤から降ろす。
何度か車が通った後に、き、と音を立てて止まったタクシーにあたいを押し込めて、
運転手に魅録が良い訳がましく言葉を告げる。
「どっかで服乾かせる民宿となかないですか、遊びに来たんだけど、雨に降られちゃって。」
よくそんな言い訳すらすら言えるな、なんて思いながらも、
どんな顔していいんだかわからずにずっとあたいは俯いたまんまだ。
運転手が僅かに怪訝そうな声を上げつつも、じゃぁ、この近くにあるからと車を発進させるのを感じて、
あたいはまた一つ溜息を付きたくなる衝動をぐっと堪えた。
なんで、どうして、オマエが来るんだ。
誰にも会いたくなかったのに。

……嘘。あたい、本当は。

ちらちらと、こちらを伺う気配が伝わってくる。
大丈夫だよ、泣いてなんかいないから。
あんま見るの止めてくれないかな、顔ずっとあげれないじゃないか。
どうやって笑えばいいのかも思い出せないだろ。
酷く、胸が痛い。

ああ、違うか、心が痛いんだった。

[続く]

規制にやられて随分書き込めませんでした。
じわじわupです。よろしくどうぞ。
488名無し草:2009/11/18(水) 03:23:17
>>484
明倫は名輪の入力ミスですよね?
お互いの気持ちを知らないままでいる、
二人の心のすれ違いがせつなかったです。
続きお待ちしております。
489夫、清四郎 その6 1/7:2009/11/19(木) 06:37:14

>>468-476の続き

あたいの妊娠が分かった途端、周囲は大騒ぎだった。
孫を切望していた父ちゃんと母ちゃんはもう大喜びで、祝砲を上げる勢いだったし、
菊正宗の家族も手放しで喜んでくれた。

それで、あたいはと言えば、猛烈なつわりに襲われていた。
ずっと調子が悪いだけだと思っていたのは、つわりだったのだ。
それを自覚した瞬間から、ひどい吐き気の波がやってきた。

朝と夕方が特にひどくて、ほとんど床から上がれない状態。
何と言っても、このあたいを持ってして、食欲が全く湧かないとは!
つわりってすごい威力だ。我ながら信じられない!

一方、清四郎の仕事は日を追うごとに激しくなってきた。
気まぐれな父ちゃんの片腕として、激務に忙殺される日々。
昼間は外を回って、夜は剣菱家にある怪しげな指令室のような部屋で、
ほとんど丸一日仕事に取り掛かっている。
それでも、清四郎は合間を見つけてはたった10分でもあたいの様子を覗きに来た。

「仕事忙しいんだから、無理に来なくってもいいんだよ?」
「……僕が来たいんだから、いいんだ」

清四郎はただただ、あたいの事を労わってくれている。

考えてみれば……
あたいが清四郎の子供を産めば、剣菱での清四郎の地位は不動になるもんな。
うちの父ちゃんの、剣菱万作の孫の父親。これ以上ない重要なポジションだ。
実際、父ちゃんもちょっと前より本格的に、清四郎を剣菱の経営に参画させるようになっていた。
490夫、清四郎 その6 2/7:2009/11/19(木) 06:38:32
子供ができるなんて考えてもいなかったけど、よく考えれば婿の義務の一環だ。
清四郎があたいを抱いた理由は簡単なことだった。剣菱万作の孫が欲しいから、だ。
あたいはようやく納得のいく答えが見つかったと思った。

あれから、まだ可憐の件は話し合ってない。
清四郎は何も言いださないし、あたいも考えるだけで気分が悪くなってくるし。
あたいたちの間で交わされるのは、事務的なやり取りばかりだ。

「何も食べないのはよくない。なんだったら口に入りそうだ?」
「……紅茶」
「紅茶はコーヒー並みにカフェインが強い。それに、飲み物じゃなくて食べ物の方がいい」
「いや、紅茶がいい。美童の家で飲んだ時、少し楽になった」
「…………」

清四郎は黙って紅茶の手配をした。
紅茶が運ばれてきて、ひとくち口にしてみる。
ああ、良い香りだ。美童の処で飲んだのとは違うようだけど、とても落ち着く。

しばらく気づまりな沈黙が続く。
お互い話したい事はひとつ。でも、そのきっかけの一言がなかなか出て来ない。

「……可憐とは……」

意を決した様に、清四郎の方から言った。

「高校の最後の方に、ほんのわずかな時間付き合っていた事があるんです。
いや、あれを付き合ったとは言わないな、お互い気が迷っただけです。魔がさしたというか。
僕も可憐もやはりこの関係は必要ない、という結論に達して、すぐに解消しました」
491夫、清四郎 その6 3/7:2009/11/19(木) 06:39:25
気の迷い?
なるほど、清四郎は一時の気の迷いで女と関係を持つ事が出来るんだ。
ああ、でもそうだった、こいつは誰とでもセックスできるんだ。
あたいにしたことを考えれば、それも自然なことか。

「本当にそれっきりで、それ以降は元通りの友人です。すごく自然に、全く後腐れなく」
「…………」
「僕も可憐も、そんな事があったのすら忘れるほど過去の話だったから、お前に指摘された時、
本当に焦った」

清四郎は苦笑いをした。
あたいはしばらく黙って聞いてたけど、たまらなくなって言った。

「その割には、親密そうだったけどな。可憐の腰に手をまわして」
「エスコートした結果、たまたまそうなっただけです」
「もういいよ、どうでも」

あたいはベッドに潜り込んで布団をかぶった。
そんな話、自分の『夫』の口から聞きたくない。

「とにかく謝ります。お前に話さなかったのは悪かった」
「…………」

あたいが返事をしないで背中を向けていると、清四郎はふうと一つ大きなため息をついて、
あたいのこめかみにキスをした。

「僕はまた仕事に戻ります。いいか、少しでも食べられそうだったら何か食べるんだぞ?
あと、調子が悪くなったら、自分で解決しようとしないで、誰かの手を頼れ」

そう言い残すと、清四郎は再び仕事へ戻っていった。
492夫、清四郎 その6 4/7:2009/11/19(木) 06:40:33
あたいには清四郎がまったく理解できなかった。
気の迷いだって?魔が差しただけだって?
だからと言って、一度関係を持った女と、全く後腐れなく友人に戻る事なんてできるんだろうか?

あたいは、今、清四郎と別れたとして、元通りの友達に戻る事なんかできそうにない。
それに、清四郎は元通りだと思っていたとしても、可憐はどうなんだろう?
いくら経験豊富でサッパリした性格の可憐でも、そんなに割り切る事ができるんだろうか?

可憐……。
すごく綺麗になってた。
あの可憐を見て、清四郎だって心が揺らめかなかったわけがない。
それが自分の昔の女だったらなおさらだ。

そういえば、一番初めにあたいの妊娠を疑ったのは可憐だったらしい。
N.Y.であたいが美童の部屋を飛び出した後、美童や清四郎からあたいの体調の話を聞いて、
可憐は即座に妊娠を指摘したのだという。
当の本人であるあたいですらも思いつきもしなかったというのに。
確かに避妊はしてなかったけど、まさかこんなに即座に子供ができるなんて思ってなかったし、
何よりあたい自身、まさか人生で子供がこの身に宿る事があるなんて思ってもいなかったから。

……あたい、何やってるんだろう?

母ちゃんに強引に結婚させられてしまって、そのまま清四郎と関係を持ってしまって、
心の準備もないまま妊娠……
その間、わずか1カ月。
このまま、ただ流されるままでいいんだろうか?

なあ、赤ちゃん、お前はどう思う?
493夫、清四郎 その6 5/7:2009/11/19(木) 06:41:44
またつわりの波が襲ってきた。
このまま起きているとこの気分の悪さとずっと付き合わなくってはならない。
あたいはベッドに横になって、無理やり眠りに落ちてしまう事にした。

さあ、お前も母ちゃんと一緒に寝よう、あたいの赤ちゃん……


―――――――――― 翌日の朝

野梨子が真っ暗な顔でやってきた。

「……妊娠おめでとうございます。ハネムーンベビーですわね……」
「な、なんだよ。おめでとうっていう顔じゃないぞ!真っ暗だ!」
「……ええ、そうかもしれませんわね。ごめんなさい、話があってきましたの」

野梨子は自嘲ぎみにクスリと笑うと、言った。

「悠理のブーケトスが効いてしまったみたいですわ。実は私も結納が決まりましたの。
相手は悠理もよくご存じの、白鹿流のあの方ですわ」
「あの悪趣味男?なんだ、やっぱり付き合ってたんだ」
「付き合ってませんわよ」
「恋人じゃないの?」
「全く恋人じゃありませんわ。結納はしますけど」
「お前、知ってるか?結納やったら、次は結婚だぞ?」

そう言うと野梨子は、はぁ、と珍しく大きなため息をついた。

「そうですのよ。結納の次は結婚。悠理にだってわかりますのよねぇ」
「そら〜、一応人妻だし、結婚経験者だからな」
494夫、清四郎 その6 6/7:2009/11/19(木) 06:42:50
何気なく口から出た『人妻』という言葉に、あたいは我ながらうんざりした。
それで、どちらともなく野梨子と顔を見合わせ、二人ではーーーっと大きなため息をつく。

「ふ……、ため息ついていても仕方ないですわね。諦めて結婚しますわ。
悠理に『立場ある人間が普通に恋愛結婚するなんて難しい』と言ったのは私だったんですものね。
どうやら、私にも恋愛する自由なんてなかったみたい」

「でも野梨子、結婚の次は妊娠だぞ?あの男の子供、産めるのか?」

そう言うと、野梨子が真っ青になった。

「私はそんなヘマはいたしません!」
「ヘマっていうな!あたい妊娠してるんだぞ!それに男がその気になったら、絶対に逆らえないんだ。
あたいですらそうだった。一緒に暮らしていたら絶対だ!お前にその覚悟あるのかよ?」
「覚悟……」

野梨子が絶句した。
そして、涙目になって顔をゆがませ、苦々しく言いきった。

「そんな『覚悟』ぐらいいたしますわ。いいんですのよ、もう私はどうなっても。
好きだった人は、いつの間にか手の届かない人になってしまいましたし」

清四郎の事だ!
あたいと清四郎が結婚してしまったせいで、清四郎が手の届かない人になってしまったから、
野梨子は意に沿わぬ結婚をしなくってはならないんだ。
495夫、清四郎 その6 7/7:2009/11/19(木) 06:43:37
「悠理がうらやましい。私もせめて尊敬できる人と結婚したかったですわ」

ごめん!
本当にごめん野梨子。
あたいが清四郎と結婚してしまったせいだ。可哀そうに!
野梨子こそ、清四郎と結婚するべきだったのに!

「大丈夫!」

あたいは大きな声で野梨子を励ますように言った。

「あたいがなんとかしてあげる!」
「……何とかするって、何を?人が大怪我をするようなドンパチは嫌ですわよ?」
「とにかく、あたいに任せておけ!」
「無理ですわよ。悠理の気持だけ受け取っておきますわ、ありがとう」

野梨子は諦めたような笑顔を見せた。

その時、あたいは大きな決意をした。
なぜ今まで気付かなかったんだろう。初めっからこうしておけばよかったんだ。
あたいの苦しみも、野梨子の悲しみも、可憐との気まずさも、全て清四郎と結婚したからだ。
ずっと思ってた。この結婚は間違いだったって。

だったら、それを『解消』すればいいだけだ ――――――――


(続きます)
496名無し草:2009/11/19(木) 07:33:24
あぁーーー、悠理、はやまるな!

しかし、可憐との件を気の迷いだの魔が差しただのと表現する清四郎は
悠理と同じく理解できない…。
497名無し草:2009/11/19(木) 10:40:12
だめだ、野梨子と悠理の会話おもしろすぎるw
「お前、知ってるか?結納やったら、次は結婚だぞ?」とか
「ヘマはいたしません!」とか
完全にアホの子と天然ちゃんだ。
話の展開もドキドキでいいけど、こういう女の子同士のマヌケな会話って好き。萌えてしまう
野梨子はいかにも頭がいい感じで書かれることが多いから、こういうの新鮮でたまらない。
498夫、清四郎 その7 1/8:2009/11/20(金) 08:47:17
>>489-495の続き

「離婚だとっ?!」

清四郎がネクタイを外しながら大きな声を上げた。

「久々に仕事が一区切りついて、早く帰って来れたかと思えば……馬鹿馬鹿しい!」
「だって、あたいたちが離婚すれば色んな事がうまくいくもん。剣菱の仕事を失うのが心配なら、
あたいが父ちゃんに辞めさせないように口添えするからさ、大丈夫!お前能力あるし!」
「お前は……」

清四郎が絶句して、ふらりとソファーに腰を下ろした。
それで、大きく一呼吸してから、あたいに向かって言った。

「可憐の事が気になってるのなら、本当に何でもないんだ。魔がさしただけと言ったでしょう?」
「そんな言い方やめろ!相手が可憐じゃなくとも、女として許せない」

あたいがそう言うと、清四郎はハッとした顔をした。
この男にも少しは、やましいとか後ろめたいとか、そんな感情があるらしい。

「……本当に一時、わずかな時間だけだったんだ。その頃、僕は軽く失恋のようなものを
しましてね、それで、同じく失恋をしたばかりの可憐と慰め合ったというか……」

慰め合う、か。
ああ、嫌だ。
本当に清四郎からこんな生々しい話を聞くのは耐えられない。
耳を覆いたくなった。
499夫、清四郎 その7 2/8:2009/11/20(金) 08:48:58
「今更、言い訳になりますが、僕もまだ高校生で子供だったんです。可憐と付き合うことで、
やっと自分の気持ちの所在に気付いた」
「意味が分かんない」
「悠理には理解できないのかもしれない。お前は生まれながらにして強いから」
「あたい、そんなに強くないぞ。お前には負けてばっかりだ」

そういうと、清四郎は優しい顔になった。
結婚して以来、ストレートにあたいに向けるようになった柔和な視線。
駄目だ、この目にほだされたら、また負けだ。
あたいは清四郎から目をそむけた。

「……可憐の気持ちはどうだったんだろうな」
「可憐も同じですよ。僕たちの関係は無意味だった。だからお互い納得してすぐ別れたんです」

清四郎の口から出た、あたいを含まない『僕たち』という言葉に、ぞわぞわと悪寒が走る。
あたいは思わず叫んでしまった。

「ちがう!あたいは可憐の事なんて、どうだっていいんだっ!」
「……じゃぁ、なぜ離婚なんて言い出したんだ」
「あたいの言ってるのは野梨子の事だ。野梨子、結婚させられるんだ。全然好きじゃない奴と。
相手は白鹿流の一番弟子だ。お前も知ってるだろ?」
「何?」

清四郎の目に鋭い光が宿った。
やはり、野梨子は清四郎の『特別』であり続けている。

「だから、あたいたち離婚しよう?それで、お前が野梨子と結婚すればいい。
相手がお前なら白鹿家だって納得だろうし、野梨子を救ってあげると思って……」

今度は清四郎が怒鳴る番だった。
500夫、清四郎 その7 3/8:2009/11/20(金) 08:49:48
「なにを下らない事言ってるんだ!」
「だって、野梨子はお前の事好きだし、清四郎だって野梨子の事……」
「なんて馬鹿馬鹿しい!僕たちの間にはもう子供までいるんですよ」

「だから、それだってまだ初期だし、どうにでもなるだろ?」

あたいはその時すごく必死で、必死のあまり思わず口からポロリと出た言葉だった。
清四郎は愕然とした顔になり、真っ青なまま言葉を失っていた。
普段のポーカーフェイスはどこへ行ったのだろう。

「お前は……自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
「あ、あたいだって本当は嫌だけど。でも、清四郎が野梨子と結婚するなら子供は邪魔になるだろ?
だったら初めっからなかった事にした方が、お前のためだと思って」
「邪魔だと?!なかった事にするだと?!」

清四郎は立ち上がり、あたいに向かってぐっと手を握り締めて、身体を震わせた。
殴られると思った。
でも、清四郎は耐えた。
耐えて、ひとしきり力を込め終わると、怒りも臨界点を超えたのか、今度は脱力した。

「お前が妊婦でなければ、殴っていたところですよ!」

清四郎は再び、疲れ切ったという様子でどさりとソファーに座りこんだ。
上を向き、顎を上げ、天に向かって答えを求めるように。
そして、しばらくして、苦しげにつぶやいた。

「悠理……」

絞り出すような声であたいの名前を呼ぶ。
501夫、清四郎 その7 4/8:2009/11/20(金) 08:51:02
「そんなに……?子供が出来た今となっても、僕と夫婦であるのが嫌なんですか?」
「お前だってそうだろ?あたいなんかと結婚したくなかったはずだ」
「僕は悠理だから結婚したんです。悠理だから、あの茶番な結婚騒動にも応じたんだ」
「剣菱家の娘はあたいだけだから、仕方ないもんな」
「……本当に、お前にはどうしても伝わらない」

清四郎は顔をゆがませて、苦々しい顔でふっと笑った。
そして額に手をやり俯き、静かに言った。

「……頼む悠理、僕から子供を奪わないでくれ」

それは、およそ清四郎らしくない、これまで聞いた事のない悲痛な声だった。

「あの時、妊娠が分かった瞬間は、僕にとって人生で最大の喜びでした。
悠理にとっては望まぬ妊娠だったかもしれないけれど、僕はお前が妊娠してくれて嬉しかった。
モニターで子供を見た時は、気が狂うかと思うほど。だから、頼むから子供は……」

まさか!
清四郎がこんな事を言うなんて、信じられない。

子供が出来たのが、人生最大の喜び?
だって、あたいと結婚したのは、剣菱の地位と財産のためだって言ったじゃないか。
子供の事だって、清四郎が剣菱の婿である続けるための、ただの義務の一環だと思っていたのに。

だからあたいは……

「悠理?」

あたいは……

「悠理、なぜ、お前の方が泣くんだ?」
502夫、清四郎 その7 5/8:2009/11/20(金) 08:51:48
気がつくと、あたいの頬には一筋の涙が伝っていた。
あたいは自分でも気付かぬまま、涙を流していたのだ。

爆発しそうな感情が広がって、あたいは思わずお腹に手をやった。

清四郎は喜んでくれていたんだって!
気が狂うぐらい嬉しかったんだって!

本当はあたいだって、すごく嬉しかった。
あたいが子供を産むなんて考えた事もなかったけど、だからこそ本物の奇跡だと思った。
つわりは苦しかったけど、赤ちゃんのためならそんなもん、屁でもない!
何度もお腹に話しかけた。朝も夜も、つわりで苦しんでいる時だって。

でも……
子供が出来てもポーカーフェイスを決め込んで、仕事ばかりやってる清四郎が不安だった。
清四郎にとって子供が義務でしかない存在なら、そんな父親を持ってしまった子は不幸だ。
そんな男と結婚してしまったあたいが、悪い。
何度も何度も赤ちゃんにごめんなさいって思った。

例え清四郎と離婚したとしても、絶対に産んで育てるつもりだった。
父親のない子にしてしまうのは悪いけど、その分、あたいが全力で愛するからって。
母ちゃんの全てをかけて大切にするからねって。

そう、あたいのお腹の中のちいさな命に……


――――――――― その時、清四郎の携帯電話が鳴った
503夫、清四郎 その7 6/8:2009/11/20(金) 08:52:33
清四郎はぼんやりと携帯を見つめてから、緩慢とした動作で着信に応じた。
そして、突然、驚いたような声を上げ、しばらく何か緊迫したやり取りが続いた。

「……どうしたの?」

尋常じゃなさそうな電話に、あたいは恐る恐る聞いた。
すると、清四郎は電話を切って、言った。

「野梨子が失踪した」
「えっ?!」
「昼頃、なにか郵便物を手に持ったまま家を飛び出したっきり、帰ってこないそうだ」

もう、深夜12時を過ぎていた。

野梨子の性格から考えて、家族に連絡もせずこの時間まで外に居るなんてありえない。
何か事件に巻き込まれたのか、誰かに会いに行ったのか。
……いや、結納から逃げ出したのか?

「一体どこへ……」
「わからない」
「野梨子が行きそうなところで、思い当るところ、ないの?」

あたいがそう聞くと、清四郎がつぶやいた。

「……魅録」
「魅録?」
「ああ、きっと野梨子は魅録のところだ。電話をかけてみる」
「まさか!イタリアだぞ?」

清四郎はすばやく電話をかけた。
すぐに魅録が出たようだった。
504夫、清四郎 その7 7/8:2009/11/20(金) 08:53:30
「まさかとは思いますが、そっちに野梨子が行ってませんか?」

電話から魅録の声がする。
魅録は「いない」と言っているようだった。
しかし、清四郎が粘り強く野梨子がいなくなった状況を魅録に伝えると、電話の向こうにいる
魅録の声のトーンが変わった。
そして、しばらくすると清四郎はほころぶような笑顔になって言った。

「君がそう言うなら、野梨子をお任せしましたよ」

軽く笑い声をあげながら、清四郎は電話を切った。

「野梨子は、魅録の処に居ます」
「ええっ?!本当に?なんでまた魅録の処に?」
「悠理は知らなかったんですか?野梨子は高校時代からずっと、魅録の事が好きだったんですよ。
結納が嫌で逃げるとするなら、魅録の処しかない」

そんな!
あたいは驚いた。

「わかりましたか?だから、野梨子が僕と結婚するなんてありえないんです」
「だって、野梨子、『好きな人は手の届かない人になってしまった』って言ってた。だから、
あたいはてっきり清四郎が結婚しちゃった事だと思って……」
「魅録だって充分『手の届かない人』ですよ。今やバイク界では知らぬものないスターです」

あたいは野梨子が魅録のレース中継を見ている横顔を思い出していた。
食い入るような真剣な瞳。祈るように組み合わされた両手。
あれは、魅録に恋をしていたからなの?
505夫、清四郎 その7 8/8:2009/11/20(金) 08:54:14
「ってか、なんで魅録?高校時代、野梨子お前にべったりだったじゃないか」
「恋する相手と幼馴染は違いますよ。それに、魅録もひっそりと野梨子の事を好きでしたよ。
でも、あんなに恋人とイチャついてる魅録の元に、今更、野梨子が行ったところでどうなることか」

清四郎は少し苦々しい顔をした。
魅録の恋人との熱々ぶりは、男としても目に余るものらしい。

「さあ、白鹿家に連絡して安心させましょう。魅録の処へいると知ったらお怒りになるでしょうが、
その代わり、野梨子の意にそぐわぬ相手との結納はなくなるかもしれない」

あたいは高校時代に、野梨子が魅録の事を好きだった事も、可憐と清四郎が出来てたって事も、
全く気付かなかった。
だって、みんなそんな事、微塵も表に出さなかったじゃないか。
いや、出してたのかもしれないけれど、あの頃のあたいにそれを嗅ぎ取るのは不可能だった。

でも今は、誰かを恋する気持ちというのが少しだけ、わかる。

清四郎が茫然とするあたいをぎゅっと抱きしめた。
いつもは頼りがいのある腕が、今日は子供のように、乞うようにあたいに巻きついてくる。
だからあたいも、支えるように清四郎の体に腕を回す。

「悠理は、どこへも行くな」

あたいは、コクリと頷いた。
そして、ただじっと胸に顔をうずめて夫の鼓動を聞いていた。


(続きます。次回で最後)
506名無し草:2009/11/21(土) 10:35:05
>夫、清四郎
くぅ〜、次回が楽しみすぐる
でも終わっちゃうのも残念だw
507名無し草:2009/11/21(土) 11:20:53
>夫、清四郎
おもろいです〜悠理がかわいくて涙でてくる!
続き待ってます!
508名無し草:2009/11/21(土) 18:30:10
>夫、清四郎
首を長くして続き待ってます
509名無し草:2009/11/22(日) 13:01:37
>夫、清四郎
このシリーズ、ずっと楽しませてもらってます。
ほんと、悠理が原作らしくってすごくいい。
悠理が結婚したり、母になったりってあんまり想像できなかったけど、作品を読んでいるとすごく自然に思える。
そしてその姿がすっごく可愛い♪
続きが楽しみです〜!
510夫、清四郎 その8 1/9:2009/11/23(月) 06:28:59
>>498-505 の続き

「あれは、高校の卒業後の桜が散る頃だったわ」

可憐があたいにそう語り始めた。
野梨子が失踪して10日ほどたったある日、可憐ははるばるN.Y.から日本へやってきた。
あたいと差しで話をするために。

「あの時、野梨子と魅録がずっと2人で桜の下にいたのよ。2人きりの時間を惜しむように、
お互いの顔をずっと目に焼きつけようとするように。その姿がすごくキレイでね、
清四郎は幼馴染が本気で魅録に恋をしている事に気づいたってわけ」

その時、清四郎の心は乱れた。
それまでも、何度か野梨子の心の変化に気づいてはいた。
しかし、それはそれこそ気の迷いのようなもので、幼馴染が清四郎から本当に離れていく
事があるなんて思ってもみなかったのだ。
けれど、桜の下で魅録を見つめる幼馴染の視線には、強烈な本物の思いが込められていた。
それを悟って、清四郎は大いに動揺したのだという。

「あたしもちょうどその時失恋をしてね、何となく話したら、清四郎も珍しく胸中を明かしたの。
それでお互い、慰め合って話をするうちに……わかるでしょ?」
「セックス、したの?」

可憐が口の端をふっと上げた。

「あんたにはストレートに言うしかないわね。したわ」
「…………」
「甘ちゃんな子供同士の、つまらない衝動よ。でも、それで清四郎もさすがに気付いたんじゃない?」
「なにを?」
「愛のない相手とするのは無意味だって。いや〜、空しい時間だったわよ……って、
こんな話、本当は奥さんにするもんじゃないのよ?」
511夫、清四郎 その8 2/9:2009/11/23(月) 06:31:10
「……うん」

そりゃそうだ。『妻』としては決して面白い話ではない。それがどんなに過去の事でも。

「とにかくそれで、お互いが誰かの代わりにはならないって、あっさり気付いたわけ。
ま、あたしも清四郎も当時はまだ高校生だったし、それに見かけほど強い人間じゃないのよ。
強くて迷いのない悠理にはわからないかもしれないけれど、あたしも、……きっと清四郎も、
迷って間違えた事をいっぱいやって、やっと正解に近づくタイプなの。だから許して」

可憐は、清四郎があたいに言ったのと似たような事を言った。
二人とも、何を根拠にあたいの事を『強い』と言うんだろう?あたいはそんなに強くない。
それに迷いがないわけじゃない。
その証拠に、夫のこんな昔話を聞くのが、本当は逃げ出したいほど嫌。
なぜか『聞かなきゃいけない』と思うから、聞いているだけ。

あたいが釈然としない顔で神妙に聞いていると、可憐はカラッと笑顔になって言った。

「そんなわけで、あたしは全く後腐れなし!それでも、清四郎のおかげで肝が座ったのは確かよ。
これから自力で人生を切り開いていくんだって、楽しかった高校時代に決別できた。
そういう意味で大切な思い出。あんたには悪いけど忘れないわよ、一生」

あたいには可憐がすごく逞しい女に見えた。
ただ軽くて恋に恋していた高校時代の可憐とはちょっと違う。大人になったのだと思う。
きっと色んな経験をしたんだろう。人として凄味を増した。
高校卒業から何も変わらず、のほほんと暮らしていたあたいとは、大違いだ。

可憐は、そんなぼけっとしてるあたいに笑いかけ、「教えてあげる」とつぶやいた。

「清四郎、その時あたしに言ってたわ。自分が求めている答えがやっとわかったって」
「……答え?」
「答えはあんたよ、悠理」
「へ?」
512夫、清四郎 その8 3/9:2009/11/23(月) 06:33:00
可憐は軽く茶化すような調子で始めた。

「あんたに負けたのが悔しくて悔しくて、清四郎ちゃんは強くて賢い男の子になりました。
そして、立派な青年になって婚約までしたのに、散々拒絶されたあげく、また負けました」

あたいが相変わらず分からないといった顔をしていると、可憐は笑って言った。

「清四郎はね、野梨子を守るために強い男になったのか、あんたに自分を認めさせるために
強くなったのか、それがどっちだったのか改めてわかったのよ、きっと」

「……あたい……?」
「そう、清四郎の心に居たのは悠理だったの。清四郎の原動力は、子供の頃からあんたよ。
だから、そろそろあんたも清四郎を認めてあげて」

清四郎!
子供の頃の清四郎の顔が浮かんだ。中学生、高校生、そして今。
そうだ、ずっと傍に居た。
高校を卒業した後も、清四郎はあたいから一時も離れずに、日本に、あたいのそばにいたんだ。

「N.Y.で清四郎があたしに結婚の報告しに来たのは、変な話、結果的にあたしだけが
清四郎の気持ちを知ってたからだわ。清四郎、柄にもなく笑顔でね、こっちが照れたわよ。
なのにあんたったら、よりによってあたしとの出来事を持ちだして逃げちゃうんだもん。
あの時の清四郎の絶望ぶりといったらもう!ひどかったわ。だからあたしも申し訳なくって」

そうか、だから清四郎は可憐を呼び出して、2人きりで会ったりしたんだ。

「……可憐、あたい」

あたいが言葉に詰まると、可憐があたいの頭を撫でてくれた。
そして、優しく言った。
513夫、清四郎 その8 4/9:2009/11/23(月) 06:35:15
「よかったわね。赤ちゃんが出来て。あんたみたいに元気な子を産んであげるのよ?清四郎、喜ぶわ」
「可憐〜……」
「悠理はいくつになってもベソかきなんだから」

あたいはぐすぐす泣いた。泣きじゃくった。
可憐は優しい。
高校の時からいつもあたいに優しかった。文句言いながらも、何でも面倒を見てくれた。
今も、話しづらいだろうに、こんなに誠実に話をしてくれている。

夫と昔、なにがあったってどうだっていいや。あたいは可憐が好き。

「あたいが男だったら、可憐を好きになると思う」
「当り前でしょ?清四郎が変わり者なだけよ」

カラカラと笑って、可憐は立ち上がった。

「あ〜!いっぱいしゃべって疲れちゃった!じゃ、あたしそろそろ行くわね」
「この後、どこに行くの?」
「イタリア。魅録のレースを見に。せっかくN.Y.から出たからついでにね」
「だったら、清四郎も行くから一緒に剣菱の飛行機乗っていけばいいのに」
「やーよぉ!」

可憐はひらりとスカートをひるがえして振り返った。

「また『奥さん』を心配させちゃうでしょ?あたしは一人でいくわ。じゃあね!」

そう言い残して可憐は軽々と帰って行った。
514夫、清四郎 その8 5/9:2009/11/23(月) 06:36:59

「……可憐が来たんだって?」

イタリアへ向かう準備を進めながら、清四郎が言った。
清四郎は野梨子が失踪してから、白鹿家へ説得に回ったり、婚約相手の家に話をつけに行ったり、
奔走していた。
清四郎曰く「これが最後の野梨子のお世話」だそうだ。
イタリアでは魅録の出方次第で、野梨子を引き取ってくるかどうかを決めると言っている。

「うん、可憐からいろんな話を聞いた。可憐と清四郎が付き合った時の話も聞いた」
「…………」
「それで、思ったんだ。あたいね」

清四郎は手を休めず、でも耳はしっかりとこちらに向けているようだった。

「清四郎と結婚できて、本当によかったって」
「…………!」

清四郎があたいを振り返った。
驚いた顔が子供の頃から変わらない表情で、その顔が可愛くって、心に温かい感情が湧きあがる。

あたいは清四郎に愛されていた。
結婚してからずっと、清四郎はあたいに愛を注いでくれたのに、それに気づかないふりをしていた。
清四郎はそれでも粘り強くあたいを愛し続けてくれた。

「愛してるんだ、清四郎」
「悠理」

「清四郎がどこへも行くなって言ってくれるから、あたいはどこにも行かないよ。
清四郎が子供を欲しがるから、産むよ。他にはない?清四郎が望む事なら、あたいなんでもする」
515夫、清四郎 その8 6/9:2009/11/23(月) 06:39:49
清四郎があたいを抱きしめて、唇を求めてきた。
N.Y.に行って以来、ずっとしてなかったキス。久しぶりだ。
キスがこんなに気持ちいいのは、あたいが清四郎を愛しているからだ。
何度も身体を求めあったのも、愛しているからだ。
あたいはそんな簡単な事に、気付こうとしなかったなんて。

ひとしきりキスを交わして、清四郎は言った。

「悠理、愛してます」
「うん知ってる」
「知ってる?拒絶されるのを恐れて、愛してるって言いだせなかった不安を知ってるか?」

そう言えば、清四郎は愛という言葉を口に出した事はなかった。
でも、ずっと全身で愛を示してくれていた。

「結婚すら納得してないお前を妊娠させてしまって、つわりに苦しんでいるのを見て、
どれだけ罪の意識に苛まれたか。それでも、子供が出来たのが嬉しくて嬉しくて、僕は……」

あたいは、清四郎の首に手をまわした。
なんて愛おしいんだろう、清四郎は。
本当はすごく素直で、弱虫で、でも負けず嫌いで、だから懸命に努力して強く賢くなった『夫』。
いつもポーカーフェイスで完璧ぶっていて、本当は小さな男の子みたいに精一杯胸を張ってる清四郎。
あたいの夫!

「ごめんね。一生、清四郎だけを愛すから、だから許して」

あたいが清四郎の顔を覗きながらそう言うと、清四郎はくしゃっと笑った。
516夫、清四郎 その8 7/9:2009/11/23(月) 06:40:30
そうだ、あたいはこの大きな子供の『お母ちゃん』になってあげよう。
うんと甘えさせて、うんと大切にして、うんと頼りにして、うんと盛りたてて。
精一杯愛して、幸せにしてやるんだ、清四郎を。
できそこないのあたいだけど、清四郎と一緒ならきっとうまくやれる。頑張れる。

「でも、もう『気の迷い』はナシな?」
「生涯迷いません」

突然、清四郎があたいをひょいと抱き上げ、ベッドに向かった。

「妊娠中、あんまりこういう事しない方がいいと思うんだけど……」
「今はつわりはおさまってるんだろ?経過は順調だし大丈夫、無理はしない」
「だって、これからイタリアへ行くんだろ?」
「飛行機なんて、いくらでも遅らせられますよ。僕は剣菱の副会長で、これは会社にとっても
大事な事なんだから」
「うそだあっ!」

それでも、あたいは清四郎のなすがままになってしまうのだ。
初めっからそうだった。

あたいだって、ずっと、清四郎の事が、夫の事が、大好きだったんだ。

517夫、清四郎 その8 8/9:2009/11/23(月) 06:41:13

―――――――――――――――― 後日談

あの結婚式から、何年がたっただろう。
僕たちの間には子供が何人も生まれ、広大な剣菱邸が狭く感じるほど賑やかだ。

妻は、学業面では気が遠くなるほど劣等生だったが、母親としては驚くほど優等生だった。
子供に乳をやり、食事を食べさせ、風呂に入れ、ヘタクソな子守歌を歌い、一緒に寝てしまう。
毎日子供たちと一緒に泥だらけになって遊び、たっぷり笑って、子供に愛情を降り注ぐ。
僕の子供たちは、理想的な母親に育てられて、ガサツながらも心も体も元気いっぱい育っている。

時折思い出す。
真っ白なウェディングドレスを着た妻を見た時の事を。
あまりにも清純で、誰よりも美しくて、僕は自分の長年の夢がついに叶ったのを知った。
悠理を妻にする事、それこそが自分の夢だったという事。
そして、こんな風に、妻と一緒に賑やかな生活をずっと続けていくのが幸せなのだと言う事を。

「うへー、やっと寝たぁ。次に起きるのはたぶん4時間後だな」

新生児を寝かしつけた悠理がベッドに戻ってきた。
妻はためらいもなく、僕の腕に絡まって横になる。

「やっと寝られる〜」
「……悠理。お前、今幸せか?」
「は?突然何?」
「こんなに毎日子育てに忙殺されて、辛くないか?」
「だから言ったじゃん、お前が望む事なら何でもやるって。清四郎たくさん子供欲しいんだろ?」

そこへドアが開いて上の息子がやってきた。
518夫、清四郎 その8 9/9:2009/11/23(月) 06:42:44
「かあちゃーん、おしっこー」
「あー、はいはい。いい加減トイレ一人で行けるようになれよ〜」
「だってお化け怖い〜」
「かあちゃんだってお化けは怖いんだぞ!ったく、仕方ない。勇気を振り絞って行くぞ!」

そう言って、悠理は再びベッドから出て子供の手を引いた。
僕は2人きりの時間があっという間に失われた無念さに、思わずふうとため息をつく。
すると、悠理が振り返って言った。

「清四郎は幸せなの?」
「はい?」
「あたいはすっごく幸せだよ!」

ニッコリと笑うと、妻は子供の手を引いて、果敢に夜の廊下へ向かって行った。

僕が幸せかどうかなんて、聞くまでもなく明白だ。
これ以上の幸せは世の中のどこを探したってきっとない。
僕はほっこりとした気持ちになって、妻の背中を見送った。

すると、僕の隣で寝ていた別の幼児が泣きだした。
「夢に怪獣が出ただと?わかった、父ちゃんが退治してやる」

……まったく、休む暇がない。
僕は子供の背中をトントンしながら、子供の世話に翻弄される幸せを噛みしめていた。



(終わり)

子煩悩な清四郎でした。ありがとうございました。
519名無し草:2009/11/23(月) 07:36:56
何人いるんだw

おもしろかったよ、乙!!
読後感もさわやかでいいもの読ませてもらいました。
有閑メンバー全員がそれぞれ魅力的で嬉しかったです。
520名無し草:2009/11/23(月) 07:41:44
面白かったー
投下ありがとう!楽しめました
521名無し草:2009/11/23(月) 07:55:54
作家さん、ありがとう。めちゃめちゃ面白かったです。

原作通りのキャラが原作ではありえない言動をとるのに違和感なし。
清四郎の原動力が野梨子ではなく悠理だった、というのもそういえば原作でも
そう描かれてたし。

そして可憐の口から説明を聞けた事でもやもやもすっきり。
いい女だな、可憐。
522名無し草:2009/11/23(月) 16:44:52
いい話だな〜。

「上の息子」はきっと悠里似に違いない。
背中とんとんの幼児はミニ清四郎みたいな男の子だったらいいな。
新生児は隔世遺伝でふりふり大好きの女の子だったりして。

あー、幸せそうだ。よかったね、清四郎。
523名無し草:2009/11/24(火) 14:30:06
面白かった〜。大団円が嬉しかったです。
美童と可憐編も見てみたいです。
>>164
【act.6】 高校三年生・夏その2

「野梨子からは、いろいろ噂を聞いてますよ」
 ある日、新婚家庭に遊びに来た野梨子の大学での親友は、野梨子が
中座したときを見計らって、揶揄めいた言葉を投げかけてきた。
 正直、成美と呼ばれるこの快活な女性のことを僕は良く知らない。
 お互いの存在は知っていたものの、改めて紹介されたのは、本日が
はじめてである。
 だがずっと前から知り合っていたような気さえする。
 少なくとも、僕は一方的に彼女のことを見ていた。
 無論、僕らが人生の中でもっとも離れていた大学時代の四年間、
そのかわりのように親友の座を射止め、野梨子に倶楽部以外の友人
関係をつくってみせた人間だからである。
 だからこそ、愛想笑いを浮かべながらも、態度が若干事務的になる
のはしょうがない、と僕は自分に言い訳をする。
「噂?」
「ええ。――実は私、清四郎さんに真相を教えてもらいたくて、ここ
に来たの。野梨子ったら恥ずかしがって、教えてくれないし」

 成美から聞かされる野梨子の姿に、あの焦燥の日々の中、自分だけが
一方的に心を痛めていたわけではないと、今更ながらに僕は知ることと
なった。
 高校三年生の夏。
 幼馴染への恋を持て余した僕は、世の中で一番自分が不幸だとでも
いわんばかりに周りに当り散らす、馬鹿な少年であった。
 
                      ※

 ジージジジ。
 ただでさえ苛々するというのに、蝉の声がうるさくてかなわない。
「……清四郎?」
 行儀悪く頬杖をしながら論文――権威のある医学雑誌に掲載された
ものとは思えないほど稚拙な内容であることも、僕の苛立ちを助長して
いた――を流し読みしていたところ、少しだけ怯えたように声をかけられ、
僕はついと視線を遣る。
 僕の自宅の客間にて、平机の正面に座る悠理が分かりやすくビクビクと
しながら、そこにいた。
 そうさせたのは僕自身だが、それでも『僕は触らぬ神か』と気分が悪い。
「ここ、分かんないんだけど」
 悠理が指差したのは、古文の問題集にある初めの方の一文だった。
 ハア。
 僕はわざとらしく溜息をついた。
 最下位でないことがかえって驚くほど、こいつは馬鹿である。
 その馬鹿が夏季休暇に補講を受けなくて済むように、僕は先週から
勉強を見てやっていたのだった。
 ――僕が自分の時間を裂いてまで、可憐や悠理の勉強を見るのは、
仲間に対する親切心というよりも、共に楽しい長期休暇を過ごしたい、
という分かりやすい己の欲望のためである。
 もちろん貴重な長期休暇である。仲間で過ごす以外の予定とて、たくさん
ある。
 自分たちはべったりとした友人関係を築いているわけではないので、
それぞれがそれぞれに、自分の時間を持っている。僕たちに比べれば外で
過ごすことの少ない野梨子ですら、母親の家業であるお茶だけでなく、
お花に日本舞踊と趣味と教養をかねた習い事は今も継続しているし、
それに付随した人付き合いも層を問わず幅広い。
 しかし、やはり気のあった友人たちと過ごす夏は格別のものがあった。
 だからこそ僕は、逃げようとする悠理の首根っこをわざわざ捕まえ、
勉強させている。
 にも関わらず。
「さっき説明したばっかりでしょう。いい加減にしてください」
「!」
 相手を苛立たせる台詞回しをわざと使って、僕はうんざりとしてみせた。
「僕だって暇じゃあない。いつも君の尻拭いができると思わないでください」
「清四郎、おま、お前なあっ!」
 平机から腰を浮かせた悠理は、とうとう腹に据えかねるといった様子で
立ち上がると、鞄を引っつかむと粗暴な所作で部屋を飛び出していった。
 勢いのまま僕を殴らなかったのは、頭に嵌った例の孫悟空の輪のせい
だろう。となると、きっと彼女が向かう先は、スペアの鍵を持つ野梨子の
家だ。
 逃げ出す悠理を捕まえることなど容易なことだった。いかな逃げ足の
速い彼女とはいえ、僕とは男女の差があるし、僕には電流という切り札が
ある。
 しかし、なんだか気力が綯えた僕は、押しかけたリモコンのボタンから
指をはずし、ふたたびその場に座りなおした。
 悠理が馬鹿なのは、いつものことである。
 それは欠点といえば欠点と言えるかもしれないが、それも含めて彼女の
個性であり、もちろん僕はそれを承知で仲間をやってきたのだった。
 なのに今日に限って妙に苛立ってしまい、ついつい皮肉を言ってしまった。
 ――八つ当たりだと分かっていた。
 だが悠理だって悪いのだ。
 他の女性がいる男などに惚れ、馬鹿のように笑い、『今度一緒に
ツーリング行くんだ』などと笑っているのだから。
 野梨子という女性がいるにもかかわらず、悠理を特別扱いしている
魅録への苛立ちは、そのまま悠理への苛立ちへとかわった。
 何も知らない悠理に自分の姿が重なって遣りきれなかった。

                      ※

 先日。
 頃合を見計らってかけた電話の先、いつもは快活な魅録の戸惑ったような
吐息が記憶にこびりついている。
 ――今、どこにいるんですか?
 仲間内に何も言わず、恋を育てていた彼らのことだ。正直な返答など
はじめから期待せぬまま、僕はそう聞いた。
 案の定、ちょっとヤボ用、という嘘にはならない程度の曖昧な台詞に、
僕は口の端を上げる。
 ――そうですか、じゃあまた今度でいいです。言っておきたいことが
   あっただけなんで。
 ――言っておきたいこと?
 ――ええ。
   野梨子のことでちょっと。
 思惑通り絶句した気配に、しかし僕は何も気づかなかった振りで言葉を
続ける。
 ――長い間、幼馴染をしておいて今更で恥ずかしいんですけどね、
   野梨子を好きになってしまったんです。
 その後、彼らしくもないしどろもどろの返答の後、通話は切れた。
 おそらく傍にいただろう野梨子に対し、魅録はどういった言い訳をした
のだろうか。
 デート中の彼らに投げかけた爆弾の効果を想像するとおかしくなって、
僕はしのび笑った。
 しかしその笑いも、すぐに空しく乾いていった。
 お互いの感情をそっと秘めている彼らと、はじめてこの想いを口に
出した理由が、相手を陥れるためであった僕と。
 嗤われるべきはどちらであるかなど、問うまでもないだろう。


 翌日、顔を合わせた野梨子の表情は平静そのものだった。
 その内面を推し量ろうとしたが、長年の幼馴染である僕をしても、
それを窺うことはできなかった。
 相変わらずの丁寧な手つきで例の本――ああ、故チェスタートンには
何の恨みもないが、一生の鬼門となるだろう――を図書室へ返却するとき
の表情にも、一遍の揺らぎを見出すこともなかった。
 翻って魅録の方といえば、流石であった。
 電話を切ってからしばらくして、頭が冷えたのであろう。すぐに真実を
つきとめたようだった。
『俺が野梨子といたの、知っていたんだろう?』
 朝、学校で会った途端、白々しい挨拶などすべて飛ばして、そう口火を
切った。
 見事な切れ味であった。
 一瞬、返答できなかった僕に苦笑した魅録は、『ま、なるようにしか
ならんよなあ』と独り言のようにつぶやきながら、踵を返した。

 それから、何事もなかったように彼は僕に接してくる。
 だがその背後で、野梨子との間に何かが進行しているかもしれない。
 それを想像するたびに、僕は胸が掻き毟られるような気がした。
 彼らの幼い恋心を弄ぶつもりで、僕の方こそが振り回されている。
 それを認めないわけにはいかなかった。

                      ※

 学生時代の大半を、猜疑と葛藤を友に過ごすことになった大半は、
自業自得である。
 しかし、目の前でニヤニヤとチシャ猫のように笑う女性を見て
いると、凝りもせず僕は思うのだ。
 野梨子も酷いではないか。
 随分と前から、同じように僕を好きになってくれていたというのなら、
少しでも情のかけらを見せてくれたのなら良かったのに、と。
 この僕と同じくプライドが高く、強情で、そして何よりも薄情な
気質の君にはきっと難しい注文だろうけれども。


                                        act.7へ
529名無し草:2009/11/25(水) 12:34:55
大作が続いてうれしい!
嵐さんのところで不感症男から復習してきましたw
530名無し草:2009/11/26(木) 07:19:02
>薄情〜
魅録は知ってたんですね!
不感症の裏側が面白いです!
531名無し草:2009/11/26(木) 13:15:29
久しぶりに覗いたら、けっこう盛況で嬉しい

>夫、清四郎
俺VS野梨子が好きだったので、こちらも楽しませてもらいました
ラブコメみたいなノリで、ちょっとした会話が面白かったです

>薄情女
好きなシリーズなので、続きが読めて嬉しい
不感症男では、朴念仁で鉄仮面の如く感情が読めなかった清四郎の本音が分かって面白い
同じ作品を違った角度から読めるって面白いし贅沢。続きが楽しみです
532名無し草:2009/11/26(木) 23:05:15
作品投下を待つ間に馬鹿話でも。
下ネタ系もあるので、苦手な人はスルーよろしく。

ttp://genzu.net/heimen/
建築平面図ジェネレータといって、名前を入力するとそれに合った(?)
間取りを作ってくれるお遊びサイトを見つけたので、有閑の6人で
やってみたら、面白い結果がw

寝室は、美童と悠理・可憐と清四郎の組み合わせで1室ずつ、魅録と
野梨子は単独で1室。
その上、悠理が何故か教室を持っている。何を教えるんだ?w

吹き出してしまったのが、魅録の濡れ場鑑賞室と、野梨子の下ネタ
相談室。しかもこの2室、10畳と15畳もあって広めの間取り。
魅録ってムッツリスケベだったのか。野梨子と下ネタって一番結び
つかないよ。本人が知ったら怒りそうだw
とどめが美童の触手研究室・・・もはや何も言うまいww

533名無し草:2009/11/27(金) 10:50:09
>>532
ワロタw
トイレも8畳もあるし。一人1個室だろうか。
悠理の教室は、特訓受ける方の部屋じゃないだろうか。4畳だしw
それにしても野梨子関連の部屋はなぜながっぽそいのか。
534名無し草:2009/11/27(金) 10:52:25
美童と可憐にすると、美童の触手研究室が24.5畳に!
535[通り雨] 魅×悠 その16:2009/11/27(金) 22:46:54
>>484>>487の続き

暫く走った車は一軒の小さな民宿の前へでゆっくりと止まった。
ちょっと待ってて下さいねと言い置いて、運転手が民宿の中へと走って行く。
戻ってきた運転手が、部屋あるそうですからとニコヤカな笑顔で告げた。
どうやら、あたいらのこの奇妙な沈黙と出で立ちには無視を決め込むことにしたようだ。
「あ、すみません、ちょっと待っていて頂けますか。」
ポケットの中から取り出した札を数枚、運転手に押し付けてから、魅録がそんな事を言うもんだから、
さすがのあたいもきょとん、と運転手と視線を交わした。
あたいを民宿に押し込んで自分は帰るつもりだろうか、なんて怪訝そうに魅録を見上げれば、
等の本人はあたいの手首を引っ張って、民宿への玄関へと足を向ける。
「まぁまぁ、お泊りですか、急な雨でしたもの、大変でしたねぇ。あ、こちらにお名前お願いしますね。
 あ、服はよろしければ後で出してくださいね、乾かしますから。」
人の良さそうな老婦人が、怪訝そうな顔ひとつせずに宿帳とタオルを差し出した。
ありがとうございます、とこちらも笑顔でやりとりをする魅録はやっぱりちょっとだけ大人に見えて、
あたいはまた俯いてしまう。
魅録があたいの頭にタオルを被せて、自分も体を拭きながら宿帳にペンを走らせる。
どんな顔してこのタオルから顔を出せばいいんだろう。
二階の一番奥の部屋に通されれば小さな6畳ほどの畳の和室と小さいテレビとトイレと洗面台、
小さな窓が一つ、そして奥にはこれまた小さそうな風呂場があるだけの、本当に簡素な部屋だった。
536[通り雨] 魅×悠 その17:2009/11/27(金) 22:52:40
「今日はこの雨の所為か他には二組お客様がいらっしゃいませんでね、どうぞごゆっくりお過ごし下さいね。
 後、これ、安物ですけど、お着替えありませんでしょう?良かったらお使い下さいね。
 私は奥の階段下りたところに居りますので、洗濯物もあればそちらに。」
男物の青い袋と女物の赤い袋を手渡してとニコヤカに挨拶をしてドアを閉める老婦人に、
顔を向けることも出来ずにあたいはタオルを被ったまま俯いていた。
老婦人を見送った魅録はといえば、部屋に置いてあったバスタオルと浴衣を一組探し当ててくると、
あたいの腕へとそれを捻じ込んで、有無を言わさずに風呂場へとあたいを押し込んだ。

「取りあえず風呂入れ、ちゃんとゆっくり温まるんだぞ、俺ちょっと出てくるけどすぐ戻ってくるから。」
言いたいことだけ言って、本当にドアを閉めて出て行ってしまった。
防音設備の柔い壁が、魅録の階段を降りる足音、扉が閉まる音、タクシーがまた発進する音を響かせた。
吐息を吐き出して、老婦人が手渡した赤い袋を開けてみれば、簡単なアメニティーグッズと、
本当に安物の白い女物のパンツ。
………下着がないよりマシか。目の前砂浜だからな、着替えもない奴がたまにはいるのかもしれないな。
なんて風呂場へと視線を落として、またあたしは苦笑を漏らす。
………温まれって言ったって、湯船にお湯も張ってないよ。
途方にくれたあたいは、取りあえず湯船にお湯を溜めながら、雨で張り付いた制服を脱ぐことにした。
537[通り雨] 魅×悠 その18:2009/11/27(金) 22:56:29
ああは言ってきたけど、俺一体これからどーすりゃいんだ?
あんな狭い部屋であいつと二人っきりだとか、俺が何かしましたか、神様。
もしかして何もしてねーから、怒られてますか、俺。
運転手にさっきまでいた防波堤まで送ってもらうことにして、また湿った制服をタクシーの後部座席に埋める。
後で、もう少し運転手にチップ弾んでおかなきゃ申し訳ないな、なんて考えながら。
戻ったら、あいつの様子見てからもう一部屋借りるか、俺が爆発しそうだもんな。
ったく、ナンだってあいつあんなに弱弱しくなったんだ。
こないだまで普通に笑ってたのに。
今度またツーリングに行こうなって、夏の軽井沢は込むから、もう少し遠出しようなって。
やっぱり見合いがショックだったんだろうか。
いや、ショック受けてたのは俺か。……みっともねー……。
ああ、どうすりゃいいんだ俺は。
そうこう考えてるうちに、バイクを止めた場所まで戻ってきた。
ぐっしょり濡れて仕舞ったシートとメットに、溜息混じりの吐息を落とす。
何はともあれ、俺も早く戻って風呂に入らなければ、本当に風邪を引いてしまいそうだ。

538[通り雨] 魅×悠 その19:2009/11/27(金) 22:58:59
湯船にお湯を溜めて、簡単に体を洗った後に顎先まで浸かれば体の芯まで暖まる様な気がして、
安堵の吐息が漏れた。
ぼんやりと、先ほどまでのことを思い返してみる。
どうして、魅録が来たんだろう。
あたいの家に来たって言ってたけど、何か用事でもあったんだろうか。
何か借りてたもんでもあったっけ?
それとも、倶楽部での捨て台詞の話でも聞きにきたのかな、そうだよな、多分。
ぶくぶくと音を立ててあたいの視界が水に埋もれる。
何を聞くっていうんだ、魅録が、あたいに。
結婚するのか?幸せになれよ?良い奴みつかるといいな?
ああ。泣き喚いてもいいかな。

ぶは、と顔を上げれば、外からバイクが一度吹かして止まる音が聞こえた。
ああ、そうか、バイク取りに行ってたんだ、良かっ………たのかな。
539[通り雨] 魅×悠 その20:2009/11/27(金) 23:00:33
さっき老婦人に聞いてた軒下にバイクを止めて、メットを二つ手に、民宿へと入った。
さっき借りたタオルももうびっしょり濡れていて、ひょっこり顔を出した老婦人に頭をもう一度下げてから、
取りあえず奥の部屋へと向かって階段を登った。
コンコンとドアをノックすれども返事はない。当たり前かさっき風呂場に放り込んだばっかりだもんな。
取りあえず部屋へと入れば、タオルを手に取って頭を乱暴に拭いた。
張り付く湿気を追いやろうと、エアコンのリモコンを探してボタンを押した。
古い形のエアコンが文句を言いながら動き出して、申し訳程度の冷風を運び出した。
これでも無いよりマシだろうか。
窓を開ければこれよりマシな風は入るかもしれないが、吹き込む雨と湿気には当りたくはなかった。
脱いだ制服の上着を一応ハンガーに通し、後で悠理のも老婦人の所に持っていこうかと考えながら、
シャツのボタンを一つ外した所で、がちゃり、と風呂場の扉が開いた。
どき、と一つ大きな音を立てた気がした心臓に、僅かに驚きながら、
なんでもない風を装って風呂場へと視線を向ける。
そして何気なく向けた視線に、心底後悔した。
先ほどと変わらずタオルを頭から被ったままだけど、制服から浴衣へと着替えた悠理は、
いつも以上に、いや打って変わってと言った方がいいだろうか、
酷く華奢で、酷く細く、酷く頼りなげに見えた。
掻き抱いてしまいたくなる衝動を抑える様に、タオルを持った手で、半ば乱暴に自分の髪を擦りながら、
「暖まったか?俺もちょっと風呂入ってくるわ。」
と、風呂場へと脇目も振らずに逃げ込んだ。
540[通り雨] 魅×悠 その21:2009/11/27(金) 23:03:57
また一人、部屋に残されたあたいは、はっきり言って手持ち無沙汰だった。
取りあえずタオルで首元に流れ落ちる水滴をざっと拭いて、首にタオルをかけたまま、
部屋の真ん中で座ってるのも可笑しい気がして、窓の傍まで足を向けて、窓の前で座り込んだ。
カーテンを少し開けて視線を外へと向ければ、いまだ、降り止む気配を見せない雨は、
ぽつぽつとそれでも雨脚は弱まった様で、窓を少しだけ開けてみる。
7月の、少しだけまだ涼しい雨に濡れた空気と、潮の香りに、細く長い吐息を漏らす。
あ、エアコン付いてたっけ、まぁいいや、なんかあんま涼しくないし、雨粒当たってる方が気持ち良いし。
こんな所に二人で泊まる事になるなんて思わなかったな。
というか、何してんだ、あたい。
今からでも、五代呼んで帰った方がいいんじゃないのか。
暖かい布団もあるし、心もとない下着と浴衣で過ごす必要もないし。
何よりこの気まずい空気から開放されるじゃないか、と思った後に。
………携帯をカバンと一緒に明倫に押し付けたのを思い出して、また吐息を吐き出して途方に暮れた。
窓べりに、顔を出して外を眺める、もう、なんだかどこにも居場所がないや。

[続く]

友達に貸してて、今原作が手元に無いんですが、
明倫か名倫だかどっちだったか判別が・・・。
wikみたら明倫だったんですけど、どっちなんでしょうね。
間違ってたらすみません。
541名無し草:2009/11/27(金) 23:12:32
[通り雨]待ってました〜!!
読めて嬉しいです!!
542名無し草:2009/11/27(金) 23:58:12
続きが楽しみ!
543名無し草:2009/11/28(土) 01:58:35
>通り雨
単行本12巻には、名輪と載ってます。
544[通り雨] 魅×悠 その22:2009/11/29(日) 02:09:48
>>535>>540 の続き

取りあえず風呂場に入れば脱いだばかりの悠理の制服が籠の中に入ってあるのが目についた。
うわぁ、何か酷く生々しい。
バスタブと呼ぶには酷く小さい風呂には、悠理が溜めたのだろうか、暖かい湯が張ってあった。
いつもなら、何も考えずにそのまま入るのに、今日は何だか酷く風呂場の中でもどぎまぎしてる。
ああ、我ながら情けなさ過ぎる………。
中学生か、俺は。
もやもや考えながら風呂に入ってたら、なんだか上せた様に顔が熱くなるのを感じた。
一息吐いて風呂からあがる。浴衣を身に着けて部屋へと戻れば、
湿って冷えた空気が俺の肌をざわりと撫でて行った。

「お、オマエ、何してんだ。」
545[通り雨] 魅×悠 その23:2009/11/29(日) 02:10:41
夕涼み。」
「夕涼みってオマエな……。」
さっきまで散々冷えてただろうが。なんて呟きながら、こちらに足を向ける魅録に顔を向けないまま、
あたいは聞こえない振りをする。
だって、どんな顔してあいつ見ればいいんだよ、わかんないよ、あたい。
「ほら、もう窓閉めろ、本当に風邪引くぞ。ってか、雨振り込んでんじゃないか。」
ぐい、と片腕を引っ張ってあたいの体を引っ張り起こそうとする魅録の手を軽く払う。
「やだ、触んな。あたいなんてほっとけばいいじゃないか。」
窓のサッシにしがみ付こうとするあたいを、呆れた様な声音で魅録が呟く。
「ほっとけるかよ。どうかしてるぜ、オマエ。そりゃ、見合いがショックなのはわかるけど……。」
「触んなっ!何なんだよ、何が分かるんだよ、見合いすんのあたいだぞ!
 何なんだよ、もうあたいなんてほっときゃいいじゃないか!優しくなんてすんなよ!」
心が痛くなるから!そうは叫べずに、また伸びてきた魅録の腕を振り払って、
窓のサッシを掴んだ腕に顔を埋めた。
ほらみろ、心が痛いじゃないか、どうしてくれんだよ、泣きそうだよ、あたい。
「……………ほっとけないからここに居るんじゃないか。」
溜息を吐き出す様に呟かれた声は僅かに低かった。そんな同情いらないよ。情けなくなるだろ、余計。
いまだにサッシにかじりつくあたいを、魅録が溜息をもう一つ吐き出しつつ、窓に手を掛けた。
「ほれ、もう手引っ込めろ、オマエが構わなくても俺が寒いんだよ。」
ぐ、と押し込まれる様に閉められる窓に、あたいはしぶしぶ手を下ろす。
じゃ、クーラー止めればいいじゃないか、って言いたかったけど、それも止めておいた。
でも、顔を上げる気も、立ち上がる事も出来ずにその場に座り込んだままだった。
…………引っ込みつかないっていうか、動けないっていうか………。
546[通り雨] 魅×悠 その24:2009/11/29(日) 02:11:42
ぽたぽたと流れ落ちる雫が、悠理の肩を塗らして行く。
白く滑らかな肌を滴り落ち………、じゃなくって!
ヤバイ考えに反応しそうになった己を諌める様に、自分の頭を拭いてたタオルを手に取った。
「ほれ、オマエまたちゃんと拭いてないだろ、風邪引いて寝込んだら美味しいもの食えなくなるぞ。」
「………するから。」
「ん?」
少しだけ乱暴にその猫っ毛をわしゃわしゃとタオルで拭く。
その間も黙ったままで、されるがままに頭を拭かれていた悠理が、何かを呟いた。
いつもなら、通った声で発せられるその声音はどこか弱弱しく、か細く聞こえるなんて、
ああ、俺も相当重症だ。
「…………魅録が優しくするから………、胸が痛いんだよ。」
オマエの所為だ。そう呟かれた言葉に、胸を鷲みにされる。
え、と。俺の所為で胸が痛い。いや、そうじゃなくって、優しくしたら胸が痛い?
人の優しさが痛いというか、俺オンリー?
ええと、それってつまり。
俺が頭を拭いてた頭が、僅かに揺れている。
いや、頭だけじゃなく、肩も、微かに。
「……お、……おま…。ゆ……。」
ぐい、と肩を掴んで、力任せにこちらを振り向かせれば、
歯を食いしばって、大きな瞳に涙を溢れさせて、音もなく泣く瞳が映る。
頬を真っ赤に染めて、一文字に結ばれた口元に、寄せた眉。
ああ、いつも大声で泣き出す前のこいつの顔。
俺の言語機能がどっかに吹っ飛んだ。ああ、馬鹿、そんな風に泣くんじゃ………。
俺の片手を振り払い、顔を隠そうともがく悠理の顔を肩口に抱え込んだ。
「馬鹿、何で泣く必要があんだよ………。」
「………み、……みっ魅録っ……が、悪い…っだ。」
いつもより、酷く抑えられた声が掠れて、揺れていた。
ああ。そんな泣き方するなよ、いつもの、オマエはもっと何をするにも弾けているだろう?
「っあ、あた…いっ……っ事なんか、……ほう…っ…てっ」
ああ。だめだ、オマエが悪いんだからな。

────、────────────。
547[通り雨] 魅×悠 その25:2009/11/29(日) 02:15:06
天から振った声に、あたいの鼓動が一瞬止まる。
息も、忘れたのかな、あれ、声も出ないや。
あれ?今あたい何で泣いてたんだろ。
ぽかん、と口を開けて抱え込まれた腕に掴まるあたいを、もう一度魅録が
「………何ぼけっとしてるんだよ、普通リアクションするだろ。」
そう無反応だと余計俺が恥かしいじゃないかよ、なんて言いながらあたいの頭に顔を埋める。
抱き抱えられて見上げた首元も、耳も赤いのが見えて、あたいの血圧も上がった。
熱い、何か熱いよ顔が。
って、さっき何て言ったんだよ、何か頭真っ白で、ええと。
「……っみ、魅録っ。も、もっかい、も一回言ってっ!」
さっきの、なぁ!って掴んだ腕をぶんぶん揺する。
顔まで、っていうより全身赤くなった気がする魅録を揺する。
だって、あたい何聞いたんだか、わかんない。
魅録は酷く狼狽した様子で、ぎゅ、とあたいを抱え込んだ。
「ばっ……、二度も言えるかっ、一度で十分だろ!」
「やだ!だって良く聞こえなかったんだもん!ね、も一回!ね!」
掴んでた腕を放して、魅録の浴衣を持ってゆさゆさと揺すった。だって、ちゃんと聞きたい。
幻聴だったらどうするんだよ!どうしてくれるんだよ!
揺すられた体がまた一つ赤くなる。ベイビーピンクの髪よりも赤くなった顔が見えて、
視線を外した照れくさそうな顔が、観念した様に伏せられて。

「……三度はねぇぞ。」

[続く]

次回UPで終わりマス。UPが規制にひっかかりませんよーに(=人=)

>>543
ありがとうございます。
やっぱり間違えてましたね、すみません。
548名無し草:2009/11/29(日) 22:34:05
悠理かわえぇ
最終回お待ちしています!
549名無し草:2009/11/30(月) 22:31:34
>[通り雨]続けて読めて嬉しかったです。
悠理の感情が分かってほっとしました。魅×悠に目覚めましたw 

>黄桜可憐に恋した男の長話、バラドシキカルの続きも待っています。
550名無し草:2009/12/01(火) 03:43:44
作品投下多くて幸せです
作者の皆様、続き楽しみにしてます!!
551名無し草:2009/12/02(水) 00:21:05
test
552[通り雨] 魅×悠 その26:2009/12/03(木) 19:40:07
>>544>>547の続き。最終回デス。


ああ、ダメだ、こいつにはやっぱり敵わない。
………弱い奴多いな、俺。
でも、やられっぱなしで居る俺じゃねぇんだよ。
「……好きな奴、放っておけるわけないだろ──……」
囁きながら、柔らかく薄く色づいた唇へと口付けを落とす。
最初は少しだけ触れる様に、次は啄ばむ様に、段々と深くその唇を貪る様に求めた。
少しは抵抗するかと思った体は、一瞬だけ硬く緊張したように、縮こまったものの、
暫くすれば、浴衣を掴んでいた腕が緩み、そ、と俺の背中へと回された。
いや、しがみ付かれたって言う方が正解か。
整った歯列をなぞり、開いた歯の隙間に舌を入れれば、逃れ様とする舌を絡め取る。
ああ、やべぇ、止まらねぇ。
「………っ…、ふ……」
聞いた事もない熱に浮かされた様な甘い声が、悠理の口元から漏れる。
さしたる抵抗もない悠理に気を良くした俺が、首筋を抱えていた手でその細い背を撫で廻す。
当たり前の事だけど、女らしい体なんだな──…。
薄目を開ければ、頬を赤く染め眉を寄せて僅かに酔った様に瞳を閉じるその姿に、カッと俺の何かに火を付けた。
細い腰に手を伸ばせば、ぐ、と引き寄せて………。
553[通り雨] 魅×悠 その27:2009/12/03(木) 19:41:05

わはははははははは!

びくっと震えた様に止まったあたいが、うっすら目を開ける。
魅録はと言えば、あたいと同じ様に固まってじっとあたいを見つめてた。
蒸気した頬、少しだけ荒い吐息、汗ばんだ肌、あ、睫毛結構長いんだな。
ぼんやりとそんな事を考えてたら、笑い声は民宿を横切って遠くの方へと去って行った。
地元の酔っ払いかな。今、凄く良いとこ………うっわぁっ。
「……い、今更真っ赤になるな馬鹿。」
こつ、と音がして、魅録の頭があたいの頭に軽くぶつけられた。
「………そ、そう言う魅録だって、真っ赤じゃんか。」
悔し紛れにそう呟くあたいに、五月蝿い、俺はいいんだよ。って訳のわかんない言い訳しながら、
魅録が細く長い息を吐いた後、あたいを抱えてた腕を放して立ち上がる。
え。続きは?
そう考えてたのがバレてたのかな、そんなに残念そうな顔してたかな。
魅録が、馬鹿、と少しだけ甘い声音で言葉を紡ぐ。
「……また今度な。……済崩しでヤルのは嫌なんだよ。」
照れた背中がそう言ったから、あたいはがっかりした心が浮かび上がるのを感じた。
あ、なんだ、やっぱりがっかりしたんだ、あたい。
「………でも、あたい今度見合い………。」
てきぱきと、先ほどまでの事は忘れた様に、あたいに背を向けて、布団を敷く魅録の背に、あたいの呟きが届く。
「………それなら、清四郎が、雲海和尚の所にもう電話してるだろ。
 今頃、悠理の親父さんとおばさんはきっと和尚のきつい説教食らって青ざめてる頃だろうよ。」
あ!その手があった!それならあの父ちゃんと母ちゃんだって、きっと考え治す!
そうか、悩まなくたってさっさと電話してれば良かったのか。
あ、でも悩んでなかったら、今こうやって魅録といなかった訳で………。
554[通り雨] 魅×悠 その28:2009/12/03(木) 19:41:53
「さ、布団敷いたぞ。もう遅いし、寝るぞ。」
ぶつぶつと考え始めたあたいの思考を止める様に、掛けられた声に我に返る。
小さな部屋に布団が二組。
もちろん、あたいと魅録のだって分かってるけど、何だかやっぱり納得行かない。
「………ね、魅録ちゃん、一緒にね」
「ダメだ。」
「え〜!やだやだ、一緒に寝ようよぅ〜!」
提案を皆まで言う間に一蹴されて、追い縋って魅録の浴衣の裾を掴む。
やだ、やだよ、こんな所に一人置いてかれるのもやだけど、
一人で布団に入るのもやだ!だっていっつもタマとフクがいるから、安心して寝れるのに!
「ダメったら、だめ。俺だって我慢してんの。」
「我慢ってなんだよ、しなくていいよ。ってか、やだやだ、何か出そうなんだもん!」
「おっ………オマエなぁ!」
頭上から焦った様な声が振る。だって、だって本当に怖いじゃん。
雨は止んできたみたいだけど、窓だってガタガタ言ってるし。風でふっとびそうだし。
ああヤバイ考えたら泣けそう。
「………〜〜っ、───っああ、もう!分かったよ!知らねぇからな!」
がしがしがしと少しだけ乱暴に自分の頭を掻き毟った魅録にあたいは、
やった、魅録ちゃん愛してる〜、って抱きついたら、
ぐーで頭殴られた。
555[通り雨] 魅×悠 その29:2009/12/03(木) 19:44:19
「だっ!何すんだよ!馬鹿になっちゃうだろ!」
「それ以上成り様がねーよ。」
抱きつかれてそれどころじゃないの本当に分かれ、馬鹿。
うう、酷い。なんて俺に引っ付いたまま眉を寄せてみるコイツに本当に俺は天を仰ぐ気分だった。
さっきのを漸く抑えたって所なのに………本当に襲うぞ、ちくしょう。
「ほれ、寝るんだろ。布団入れよ。」
しぶしぶと俺から離れて布団に潜り込む悠理。
布団を半分開けて潜り込むってことは、やっぱり俺その隣で寝なきゃいけないのネ………。
がっくりと落としそうになる肩をどうにか伸ばして、
古いタイプの電球に手を伸ばし、紐を二回引っ張った。豆電球が頼りなげに布団をぼんやり浮かび上がらせる。
覚悟を決めて、もぞり、と布団の中へと入り込んで、よれよれになったタオルケットを引っ張りあげる。
にへへへ、と笑いながらやっぱり引っ付いてきた悠理を降参とばかりに抱え込んで、俺は長く細い息を吐いた。
さっき泣いたばっかりなのに、この変わり様はなんだ。
そんなに心配事が一気に無くなったのが嬉しかったのか。いやそりゃ俺も嬉しいけどよ。
さっきはこの目一杯に涙を溜めて……俺が好きだって言ったら驚いて、それでキ………、いやいやいやいや。
反芻しそうになった感情を抑える様に、摺り寄ってきた悠理の髪に顔を埋める。
「そういえばさ、………………ええと、………。」
暫く俺の腕に、居心地の良い場所を探して頭を動かしていた悠理が思い出したように口を開いて、
言い難そうに、口籠もらせる。
556[通り雨] 魅×悠 その30:2009/12/03(木) 19:46:12
なんだよ、いつものオマエらしくないな、と続きを促せば、決まりが悪そうに、
俺の首筋に顔を埋めながら小さな声で、聞いて来た。久しく忘れていた事に。
「……その、………チチは、……もういいの、かよ……。」
「………お、オマ……オマエこの状況でんな事聞くかぁ?!」
「だ、だって………、時々あれからあんな髪型の女見つけては振り返ってただろ!」
………気付いてらっしゃる。
野生の勘か?それ。心臓に悪いから本当にそれ止めてくれないか……。
「………オマエなぁ。……そりゃ、暫くは忘れらんなかったけどよ。
 ……いや、まぁ今も忘れてる訳じゃなくって、なんというか…………。」
情けなく顔を歪める悠理の瞳が至近距離で見えて、訳もなくどぎまぎして、美味い言葉が出てこない。
「…………あたい、ずっと知ってた。ずっと忘れられないんだって思ってた。
 あれから、ずっとチチに似た女を目で追ってるし、あたいと清四郎の見合いの話の時だって、
 魅録は面白がってたよな………、いつだって、女じゃないとか、猿だとか………。」
言ってて自分で落ち込んで来たのか、俺の喉元で喋る声が消え入りそうに震えていた。
ああ、そうじゃない。確かに、忘れられなかったけど、段々隣に居るオマエが当たり前になって……。
言葉を見つけられないまま、悠理の髪に顔を埋めた俺は、一つ息を吐き出した。
「………いつまでも、昔の女引き摺ってねーよ。俺はもうこのじゃじゃ馬で手一杯だ。」
「……み……、……。」
本当に考えなしでかと思えば勝手にドツボにハマって、泣いて笑って叫んで怒って食って寝て、
女じゃないって思うんだけど、仕方ねーよな、惚れた方が負けだしな。
悠理に言葉を続けさせぬ様に唇を奪う。

オマエが、悪いんだからな。
557[通り雨] 魅×悠 その31:2009/12/03(木) 19:47:52
あんまり冷房の効かない部屋で、引っ付いて寝るのは本当なら鬱陶しい。
けれど、腕の中で未だ夢の中のこいつの顔を見ればそんな事どう良くなってる自分に笑う。
腕の中で眠る姿は子供の様にも酷く大人びても見えて、
滑らかな肌と長い睫毛と薄く開いた口と、猫っ毛の髪を飽きる事なく眺めていた。
薄く日が差し始めている外の気配に、今日は晴れているだろうか、
それより、一日無断外泊して家で大騒ぎ……まぁ、俺ん家は大丈夫か、いつもあっちこっち遊んでるからな、
昨日の今日だから悠理ん家じゃちょっと騒ぎになってるかも知れないなぁ。
清四郎が上手く丸め込んでいてくれればいいが。
少しだけ、片手をずらして伸ばし、テレビのスイッチを入れた。
思いの他大きな音がしてテレビが流れ始め、俺は慌てて伸ばした手で音量を下げようとして、
…………っな。
558[通り雨] 魅×悠 その32:2009/12/03(木) 19:48:58
「なんだこりゃ!」
『剣菱家のご令嬢失踪!悠理さんは今どこに!』
でかでかと見出しの入った一面を指差しながら、説明をしているアナウンサーの横には、
満面の笑顔で、何処かアホ面に見える笑顔を見せる、俺の隣に眠る………。って、あ、起きた。
「ん〜……何だよ、五月蝿いななんなんだよぅ………。……?…………。…、………。」
瞼を擦りながら、起き上がった悠理は、俺に不満の声を上げようとして、
ふと見たテレビに自分の笑顔の写真がでかでかと映っていたらだろうか、
それとも失踪騒ぎになってる事にだろうか、イマイチ事態が飲み込めていない様子で、
俺、テレビ、俺、テレビと数度視線を移した後に。
「…………、何これ?」
俺に聞くな!
『それではですね、先ほど開かれた剣菱財閥の記者会見の様子をもう一度振り返ってみましょう。』
『悠理ぃ〜父ちゃん悪かっただがや〜!頼むから戻って来てくれぇ〜』
とステテコ姿で涙ながらに泣き叫ぶ万作の姿。
『あたしももう見合いしろなんて言わないから!』
と叫ぶ百合子の声。そしてその後ろで踏ん反り返っている和尚の姿。
そのさらに後ろで笑い転げる、友人4人の姿が次々と映し出される。
「…………………、…………。」
余りの事に頭が上手く働かず、たまらず俺はテレビのスイッチを押して、切った。
……ええと、どうすりゃいいんだ、これ。
困惑する俺と、さらにぽかんと口を開けたままの悠理。
一つ溜息を吐き出した後、ちょっと待ってろ、と布団を抜け出して、
さっき思い出した洗濯物を入れた籠を持つと部屋を出て行った。
559[通り雨] 魅×悠 その33:2009/12/03(木) 19:49:46
魅録が部屋を出てって、手持ち無沙汰になって、もう一度テレビのスイッチを入れたあたいは、
結局コメンテーターとアナウンサーがありもしない憶測を話してるのを、
またぼんやり眺めるしかなかった。
だって、携帯持ってないもん。っていうか、この騒ぎの中出てくのヤダ。
きっと清四郎あたりだろうな、こんな話でかくしたの。嫌がらせだよ、絶対。
暫くして、部屋に戻ってきた魅録は、一度だけ忌々しげにテレビへ視線を向けた後、
また乱暴にテレビのスイッチを押して切ると、何事も無かった様に布団の中に潜り込んで来た。
「…………宿のご婦人に黙ってる様に言い含めて来た。もう暫く心配してもらおうぜ。」
にやり、と意地悪く笑いながら、あたいを抱き抱える様に腕を廻す魅録を、
なんだか釈然としないまま、見上げた。
こんな時の魅録は、酷く楽しそうに見えるんだよなぁ。子供みたいだ。
「……なんだよ、それともすぐ帰るか?諸手を振ってお出迎えしてくれるぜ?」
「………絶対ヤダ。」
「じゃ、もう少しこうしてるって事で。」
あたいの髪に顔を埋める魅録に、一つ呟きを漏らす。
「………でも、いいのかなぁ、すっごい騒ぎになってる様な……。」
「……いいからちょっと黙ってろって。」
そう言われた後、暖かい唇が降って来て、それ以上口を開くのを止めておいたんだ。

560[通り雨] 魅×悠 その34:2009/12/03(木) 21:13:56
そうして、あたいと魅録は、昼過ぎまで眠った後、部屋で起きだすことも無くごろごろしてる所に、
容疑者発見とばかりに踏み込んで来た、清四郎と、野梨子と、美童と可憐に発見されることになる。
何で全員で来るんだよ!と叫ぶ魅録に、面白いからに決まってるじゃないか!と満面の笑顔で返したのは美堂だ。
詰めが甘いですよ。と意地悪く笑う清四郎に、
嫁入り前ですのに!と顔を真っ赤にする野梨子。
やだ、この子ったらいつの間に!と楽しげにあたいの髪を撫で回す可憐。
そんな光景をぼんやり見ながら、ああ、なんだか独りじゃなかったなぁ、なんて思ってたんだ。

外に出れば、昨日までの雨が嘘の様に晴れ渡った空が広がって、
曇ってたあたいの心まで、通り雨が洗い流してったみたいだ。

タクシーの運転手まで頭回らなかったぜ、と口惜しげにぶつぶつ文句を言いながら、
バイク乗り場へと向かう魅録に、あたいはこっそり耳打ちするんだ。

「今度二人でツーリング行く時は、皆に邪魔されないよーにアリバイ作ってこような。」

って。

馬鹿、と笑った魅録の背にしがみ付きながら、太陽の季節の訪れを感じていたんだ。


[完]

今度はもう少し腕を磨いて参ります。
所々不手際、スミマセン。
長々とお付き合い有難う御座いました。
561名無し草:2009/12/03(木) 22:41:21
すごく新鮮でした!楽しませていただきました。
その後の二人も読みたいです♪
562名無し草:2009/12/06(日) 16:57:07
>通り雨
チチのことを聞く悠理が愛らしく、意地悪な清四郎に笑いました。
魅録の今後の苦労が目に見えるようですw
切なくも可愛い話をありがとうございました。
563名無し草:2009/12/08(火) 04:21:34
564名無し草:2009/12/11(金) 08:11:26
ほしゅ
565名無し草:2009/12/11(金) 18:25:54
こども店長の名前が出るたびテレビを振り返ってしまう
566名無し草:2009/12/12(土) 02:14:14
髪型も似てるような気がしないでもない
567名無し草:2009/12/14(月) 01:20:18
すみません、野梨子総受けのエッチ有りの生徒会室で盛り上がるお話(競作?)があったと思うんですが、タイトル何でしたっけ?
嵐さんのとこもR支部も探したんですが見つけられませんでした( p_q)
もう一度読みたいので、どなたかご存知の方いましたら教えてください!
568名無し草:2009/12/14(月) 08:45:32
それはこの板では無いと思う
569名無し草:2009/12/14(月) 11:38:23
こども店長可愛いよね
好きだ
570名無し草:2009/12/14(月) 23:28:01
この板ではなかったですか。じゃあエロパロかな…?大変失礼致しました!
571名無し草:2009/12/15(火) 21:01:53
テレビ見てると毎日のように名前が出るのに気がつかなかった…>子供店長
572あたし、美童とそれから幾年:2009/12/17(木) 12:53:01
「俺、vs野梨子」と「夫、清四郎」でお世話になりました。
そのまた続編を投下させていただきます。
「美×可」です。
前2作と多少話の毛色が違います。そしてチョイ長め予定。
「俺、vs野梨子」のちょっと後の時間から始まります。
よろしくお願いします。
満開の桜の下に2人はいた。
野梨子が魅録を見上げ、魅録はほころぶような笑顔を見せる。
すごく絵になる瞬間だった。

美童がカメラのシャッターを押し、つぶやいた。
「恋人たちが別れを惜しんでる」
あたしと清四郎は、ただ何も言わず、立ち尽くすように2人を見つめていた。

失恋が確定した、瞬間だった―――――

*** *** ***


あの桜の日からもう5年以上。

「おかえり、イタリアはどうだった?」
「あら家に帰ってくるなんて珍しい。美童、今日はひとり?」
「ま、こんな日は僕もホームに帰ってきたりして」
「こんな日?」
「クリスマスだからさ」
「ああ、そうだったわね。美童の彼女たちも今日は実家で過ごすのねぇ」

N.Y.ではクリスマスは恋人たちの日、ではなく基本的に家族と過ごす日、だ。
日本のお正月のような感覚だろうか?ちょっと違うかな?

あたしと美童はずっとN.Y.で暮らしていた。
広いアパートメントを、一応2人でシェアしているのだが、
美童はたいてい女の子の家を泊まり歩いていて、ほとんど帰ってきていない。
「いや違うよ、僕も今日ぐらいは家族と過ごさなくっちゃ、と思って帰ってきた」
「家族?」
「もちろん、可憐のこと。こっちじゃお互いが家族のようなもんだろ?」
「あはは、そうね」
「それでクリスマスはどう過ごす?デリバリーでも取る?」
「じゃ、外へ何か食べに行きましょうよ。今日は空いてるんじゃない?」

高校を卒業して、あたしはジュエリーの専門学校へ進み、その後、カレッジで装飾学を学んだ。
今は世界的に有名な宝石店の……販売員だ。
本当は経営の方に入り込みたかったけれど、特にアピールできる取り柄もなく、
英語もさほど上手ではない新卒の日本人にはそれはかなり高いハードルだった。
納得がいってないけれど、修行は修行だ。しぶしぶ「売り子」に勤しんでいる。

美童は未だ、学生だ。
アメリカに来てから、転部を繰り返して、今は大学院で演劇学を学んでいるみたい。
最近は友達に誘われて、オフブロードウェイの舞台に立ったりもしているらしい。
何をやっているのかはよくわからないけれど、それなりに忙しそうではある。

2人でN.Y.の街に出た。
街はクリスマスのイルミネーションが雪に映えてキラキラと美しかった。
すごく寒いけれど、あたしはやっぱりN.Y.が好き。この街はどんな季節でも熱い。

素晴らしくライトアップされた大きなもみの木の前で、美童はあたしに聞いた。

「イタリアはどうだった?野梨子と魅録に会ってきたんだろ?」
「新婚さんたち幸せそうだったわよ〜!アツアツでこっちが恥ずかしいぐらいだったわ」
「5年もお互い一途に思い合ってようやく結婚たんだから、そりゃ相当だろうね」
「ま、結婚を決めた後も、野梨子の家族説得したり時間かかったようだけど。ほら、野梨子、
白鹿流継がなくなったじゃない?魅録が各所にバシッと頭下げて、やっと納得してもらったみたい」

桜の木の下の恋人たちは、5年たってようやく結ばれた。
あたしはそのお祝いに、ついさっきまでイタリアにいたのだった。
「それで……」
美童はあたしに尋ねた。

「可憐は、魅録とちゃんとお別れできた?」

その口調が美童らしくなく、あまりにも生真面目な調子だったので、ついカッとなってしまった。

「意地悪な子ね」
「可憐も健気だよね。野梨子と同じぐらい、魅録を思い続けていたのに」
「あたしは違うわよ。この5年、ちゃんとデートの相手ぐらいいたもの」
「あー、ハイハイ。たくさんいたね、お相手が」
「やな子っ」

あたしは美童を置いて、先を急いだ。
美童はクスリと笑って追いかけてきて、あたしの肩を抱いた。
柔らかい粉雪と、美童の髪の毛がくすぐったい。

あたしは、密かに魅録が好きだった。
別に恋人になりたいとか、セックスしたいとか、結婚したいとか、そんな事は思ってなかったけど、
ただ、あの子の素直な男の子らしさに、誠実さに、腕白さに憧れていたのだ。

だから、桜の下の魅録が、野梨子を真剣な眼差しで愛おしむ姿を見て、動揺した。
あの二人は魂で惹き合っていた。
口には出していないけれど、視線がお互いを求め会っていた。深く、熱く。
その時あたしは、ひっそりと大切にし続けていた思いが決して届く事がないというのを悟ったのだ。

「……でも、よく気付いたわね、美童。あたし、そんな事微塵も態度に出してなかったでしょ?」
「僕は我ながら嗅覚が鋭いからねぇ。周りで何が起こっているのか、大抵わかる」
「大抵わかるって、恋愛だけでしょ」
「まあね、でも、特に可憐の恋愛に関しては鋭いよ。家族だからね」
「なによそれ」
あたしは肩をすくめて、呆れた。

「家族だったら、毎日家に帰ってきなさいよ。最近特に激しいわよ、女遊び」
「可憐にとってN.Y.が修行の場なら、僕にとっては女の子たちが修行の場なの〜。やめちゃダメ」
「バッカじゃないの?……あ〜、だんだん疲れてきた」
「じゃぁさ、飲みにでも行かない?面白いクラブ見つけたよ」
「行く行く!」

あたしたちは、いつものノリで騒ぎに出かけた。

友達が家庭を持っても、お母さんになっても、あたしはこんな風に何も変わらない。
というか、変に経験豊富になってしまって、最近『心』が不感症気味だ。
野梨子のような、悠理のような、純粋に一人の男を愛する気持ちがなくなってしまっている。
もはや、ロマンスに対する憧れもない。
あたしの王子様は、そして玉の輿の夢はどこへ行ってしまったんだろうか。


だって、N.Y.は、すごく現実的な毎日だった。

「ちょっと、日本人が来たわよ、接客よろしく」
「はいはーい」

あたしが働いてる宝石店は、世界的に有名なだけあって、お客の多くは観光客だ。
日本語ネイティブのあたしは、日本人を相手にできるというだけで、この店に雇われた。
とはいえ、日本人の多くはこのお店に来るのだけが目的なので、ほとんど買っていかない。
あたし自身、まだまだ接客が上手というわけではないので、売り上げは上がらないし、
重宝されているのは日本語がしゃべれるだけ、という自分の実力を見せつけられているようで、
毎日腐っていた。

「どんなものをお探しですか?」
あたしがその日本人らしき女の子に声をかけると、女の子は戸惑ったような顔をした。
あら?日本人じゃないのかしら?

あたしは英語で話しかけた。

「ごめんなさい。日本人だと思って、つい日本語で声をかけてしまったわ。英語、わかる?」
「……ええ」
「何をお探しですか?」
「新年のパーティ用の……ジュエリー」

なんだか冴えない子だった。
変なぶかぶかのニットで、ちょっと小太り。あたしより何歳か年下かなあ?
仕草におどおどしたところもあって、暗くって、ちょっとジュエリーを買いに来た感じじゃない。
宝石店に来る人って、その人の中身自体も自信があってキラキラしてる人が多いから。
それにそもそも、こんな若い子が一人でこの店に来るって事も珍しい。
お金もなさそう。お店にあこがれてなんとなく入ってみただけなのかなぁ?

あたしはそれでも、接客を続けた。

「パーティだったら首にアクセントがあった方がいいかしら?どんなドレスを着るの?」
「……決まってない」
「あら?決まってないの?……それじゃ、ジュエリーからドレスを選ぶのかしら?」

あたしは彼女自身にあうジュエリーを探した。
若い感じで、お値段もお安めで……アジア系の肌に会うもの。

「これなんかいかが?」
「…………」

無言だったけど、反応があった。
少しVの字になったネックレス。
アジア人にしては白い肌、そして彼女の細くはない首にちょうどあい、顔が引き締まって見える。
「他にもこれとか、これとか……」

あたしは彼女の眼がキラキラとしてくる反応が楽しくって、色々な組み合わせを考えた。

「これなんか、お値段も手ごろよ?いかが?」
「…………ごめんなさい」
「え?」
「やっぱ、いいです!ごめんなさい!」

そう言って、女の子は脱兎のごとく店を飛び出て行ってしまった。
あっけにとられたあたしに、同僚がニヤリと笑って言う。

「あ〜ら、残念。時間の無駄だったわね〜」

ムカつく!こいつにだけは見られたくなかったのに。
この同僚はあたしにこうやっていつも突っかかってくる。
ま、あたしがノルマに追われない、腰かけ店員に見えるからなんだろうけど。
冗談じゃない。ママの支援は受けずにあたしだって自活して頑張ってるんだから。

宝石店ではこんな感じにうまくいかない事が多い。
はーあ、なんだか疲れる。冴えないなぁ。
あたし、なぜこんなに冴えない生活、送ってるんだろう。

ここ数年、いや初めっからN.Y.ではこんな感じだった。
まずあたしは、アジア系というカテゴリーに分けられてしまう事に戸惑った。
それを『個性』に感じるまでに数年かかって、自分そのものを表現するのにさらに数年。
なかなか馴染めないこの街で、それでも何とかやって行こうと頑張ってきたんだけど。

気分が落ち込んでいるのは、やっぱり魅録の結婚のせいだろうか?
幸せそうな野梨子を見たからだろうか。
あーあ。友達の幸福を素直に喜べないあたしは、やっぱり冴えない女だ。
アパートメントのカギを握って、エレベーターを上る。
重力に逆らって昇っていく箱の中にいると、ずっしりと疲れがたまっているのを感じる。
体ではなく、心の方が。

部屋に戻ると、ドアが開いていた。

「おかえり」
「あら、美童。今日も帰ってきたの?」

今日も美童がいた。
何となくほっとする。

美童はN.Y.に来て、どんどん変わっている。
高校時代よりもぐっと、男らしい男のフェロモンのようなものが出始めているように感じる。
少なくとも、今や『カワイコチャン』ではない。ちゃんと『オトコ』だ。

「お腹すいたー。可憐、今日のご飯はなに?」
「食費入れてくれないんだから、外で食べてくればいいのに」
「いいじゃん、可憐のご飯が食べたいんだよ〜。ご飯作ってよ」

でも、家事は全てあたしに押し付けて、ご飯が出来るのを待ちわびている処なんか見ると、
甘ったれな性格はあんまり変わってないみたいだけど。
今のあたしには、すごくそれが救い。

普通に食事をして、いつも通り食洗機に食器を入れて、あたしはやっと人心地ついた。

「あー、疲れたぁ」
「大変だね、キャリアガールも」
「なによそれ〜、嫌味?あたしにキャリアなんてありません。ただの販売員さん」
「でも、そこからのし上がっていくんでしょ?そのためにN.Y.に来たんじゃないの?」
「そうだけど、ちょっとぐらい生活にうんざりしてもいいでしょ?」

美童はあたしの肩を抱いた。
抱いた片手でTVのリモコンの操作をしながら。
あたしは心地よく美童に身体をうずめる。
この子はいつの間にこんなにお兄ちゃんっぽい仕草をするようになったんだろう。

ふと、あたしは口に出した。

「ねぇ、美童」
「なに?」
「ほんとに……もうちょっと、ここに帰ってきてよ。あたしたち、一緒に暮らしてるのに、
ほとんど会ってないなんて、寂しいじゃない」

美童が少し目を大きくして、ニコッと笑った。

「もしかして、僕が可憐に頼られてる?!可憐らしくもない!」
「そうよ!らしくない事言ってんのーっ!」
「あはははは、OK」

そう言って、美童はジタバタするあたしの頬に、軽くキスをした。

「なるべく帰ってくるようにするよ、ハニー」
「待ってるわ、ダーリン」
あたしはいつもの調子で答える。

でも、本当にちょっと弱ってるのだ。
日本語で話せる、日本での自分を知っていてくれる友達に、傍にいてほしいぐらいには。

美童はそんなあたしの気持を知ってか知らずか、あたしの肩を改めてしっかりと抱き直した。
そこからは、いつも通り。
2人で並んでドラマを見ながら軽いおしゃべりをした。

だけど。
その日から、美童は毎日、家に帰ってくるようになった。



*** *** ***


満開の桜の下、魅録と野梨子はいた。

あたしはその姿を見ながら、心の中で叫び声をあげていた。
魅録、魅録!と。
一度もあたしを振り向く事のなかった男の名前を、何度も何度も。

彼にとってあたしは女だった。
だけど、彼の女にはなれなかった。


(続きます)
582名無し草:2009/12/17(木) 16:06:47
>あたし、美童とそれから幾年
やった!新連載、乙です!
前2つの連載を読んで、一緒に暮らしている可憐と美童の関係が気になっていたので
この二人の話が読めて嬉しいです。
可憐、魅録が好きだったんですね。
可憐も美童もすごく魅力的なので続き楽しみにしています。
583名無し草:2009/12/17(木) 21:02:20
>あたし、美童とそれから幾年
レーサー魅録もカッコよかったけど、NYでお疲れ気味な可憐もはまってますね。
海外を舞台に、社会人になったそれぞれの描写がしっかりしてて面白いです。
長編連載楽しみにしてますので頑張ってください。
584名無し草:2009/12/18(金) 00:20:43
>あたし、美童
ホント上手いなあ。
大人になった6人がそれぞれ違和感なくハマってて。

何となくだけど、もし今、御大が先々の6人を描いたとしても、
読み手の自分はこの一連の作品ほどは納得できてないんじゃないかと思うw
585名無し草:2009/12/19(土) 23:41:49
柔軟剤の広告、御大絵があるよね
驚いた
>>573-581の続き

きっかけは、単に『男の子の興味のある事に興味があった』だけだった。

その日たまたま部室で魅録と2人で暇してたあたしは、魅録のバイク雑誌を手にとって、
眺めながら言った。

「何が面白いのかさっぱりだわ。どれも同じに見えるわぁ」
「馬鹿言え、全然違うだろ?例えば……」

魅録は懇切丁寧にあたしにバイクの型の違いを説明し始めた。
話の内容はほとんど覚えられなかったけれど、あたしはなんだか夢中で話す魅録が面白くって、
延々と話を聞き続ける事になった。

次は、魅録の番だった。
あたしのファッション誌を手にとって、パラパラめくると魅録が言った。

「……この並んでる口紅の何が違うのか、さっぱりわからん」
「よく見なさいよ。全く違うでしょうよ〜!色も質感も!」

あたしは魅録があたしにしたように、丁寧に説明を始めると、魅録は「へー」とか「ほー」とか
言いながら、話に乗ってきてくれた。

『お互いの趣味を披露しあう』
たったそれだけの事だったけど、不思議に楽しい新鮮な時間だった。

それからは、たまにあたしと魅録が一緒になる時には、さまざまな趣味話をするようになった。
お互い一人っ子で、異性の兄弟がいなかったし、異性の興味のある事には疎かったので、
新鮮だったのかもしれない。
バイクの話をする魅録の横で、あたしはぽつりと言った事がある。

「今度、魅録のバイクに乗せてよ。悠理はよく乗ってるんでしょ?」
「えーー、お前はぜってー、ダメ」
「なんでよお!」
「可憐なんか背中に乗せたら、俺が落ち着かないからだよん」

軽くそう言った魅録の耳が、少し赤くなった。
それがすごく可愛くて、そして嬉しかった。

自分が、女だと、特別だと、言われたような気分になったから。


*** *** ***

N.Y.では相変わらずの日々が続く。
その日は遅番だったので、午後から店に行った。

「あ、この間の……」

冴えない、アジア系の女の子がいた。
接客しているのは、あたしの大嫌いな同僚だ。
この前、あたしが選んだネックレスを、そのまま売りつけている。

「ちょっ……」

それはないでしょ!
あたしが2人に近寄っていくと、同僚は冴えないあの子に向かってまくしたてるように言った。

「では、これをお買い上げと言う事でいいかしら?」
「え……ええ」
「ありがとうございます!ではお会計はこちらで」
あたしが何かを口に出す前に、同僚は手早く商品を持って行ってしまった。
ウィンクまでして見せて。
客の女の子は、同僚についていきながら、チラと申し訳なさそうな顔で、あたしをみていた。

くっそーーーーっ!やられた!
って、仕方がないけれど、それでも、よりによってあの同僚だなんて。
ほんと、あたしって運が悪いというか、要領が悪いというか、とにかく最低!
あの女の子ももう一回戻ってくるとは思わなかったわ。
結局買うんじゃない!だったら、あの時に買ってよ〜!

それだけの出来事で、一日、何となく散々な気分で、仕事をする羽目になった。

今日も家に帰ってきている美童に、あたしはぶちまけた。

「あーっ!なんでこんなにツイてないんだろう」
「それぐらいで愚痴るなんて、可憐らしくないよ。ま、そのうち良い事もあるでしょ」

そう。切り替えの早さはあたしの良いところなハズだ。
だけど、そんな基本的な事を最近のあたしは忘れがち。
しょんぼりしていると、美童が笑った。

「はーい、ハグしてあげる。可憐おいで〜」

美童は大きく腕を広げてソファーに座った。
あたしは笑ってしまった。こんな所は、美童のいいところ。
素直に美童にハグされにいった。

美童はあたしを一度ぎゅっとすると、手を緩めて、DVDの操作をはじめた。
あたしはそのままソファーに座る。
「なに?今日はDVDを見るの?」
「そう、可憐に見てほしいなーと思って、持ってきた」
「何のDVD?」
「僕が出ている舞台の」

へー、美童がお芝居に出ている事は知っていたけれど、見るのは初めて。

で、見て、本当に驚いた。
あたしはそれまで、美童が出ている舞台って、小劇場の素人劇団をイメージしていたんだけど、
実態は全然違ったようだ。
そのお芝居はオフブロードウェイのミュージカルで、でも、しっかりお金が使われている
プロの舞台だった。
美童は脇役だったけど、ずば抜けて華がある。まぁ、それは昔からそうだったけど。

「我ながら、惚れ惚れするほどいい男だよなー、僕」
「ええ、ほんと。びっくりした!あんたちゃんと化けてるじゃない!」
「まあね〜。僕の美貌は神様の贈り物だからね〜」
「そうじゃなくって……」

美貌だけじゃない。
だって、舞台の上の美童に目が釘付けになる。
ひいき目もあるかもしれないけれど、周りの役者に全く負けてない。
いえ、それ以上。何か、一人オーラのようなものを放っている。

美童は家に帰って来ないで、こんなすごい事をしていたんだ。
あたしが冴えない日々を送ってジタバタとしていた間に。

「惚れなおしたかい?」
「ええ、すごいわよ!美童!」

あたしは興奮気味で美童の首根っこにつかまった。
「そんなわけで、僕はこれで食って行こうと思ってる」
「役者をやるの?!」
「うん、アメリカでアクターになる。いずれハリウッドに行って、映画にも出たい」
「いい夢だと思うわ。あんたにならそれも不可能じゃないと思う」

そういうと、美童は照れたような顔をした。
お調子者ではあるけれど、本当は手放しに褒められるのがそんなに得意な子じゃない。
でも、あたしはこれに関してはとっても褒めてあげたかった。
いつも人に振り回されてばっかりの美童が、自分でやりたいことを見つけた。
それだけで十分、すごい事だ。

「それで、僕、また舞台に立つんだよね」
「また?このお芝居をやるの?」
「違う。これは友達に誘われた舞台なんだけど、今度はオーディションを受けて選ばれた。
今度はオンのブロードウェイ。暇だったら見に来てよ。次はコメディなんだ」
「えーっ!すごい!コメディなんてあんたにぴったりじゃない。もちろん、見に行くわ!」

美童が笑顔を見せた。

「あたしも気合入れなおそ」

あたしがそう言うと、美童は頭を撫でてくれた。
ここんところ、いつもこんな風にあたしを癒そうとしてくれてる。

こっちに来てからは、美童はあたしにとって弟のような存在から『兄』へとシフトしていた。
逆転したのはN.Y.に来たばかりの頃だ。
N.Y.に来たばかりのあたしは、全てを美童に頼りっぱなしだった。
ほとんど英語が話せなかったし、社会の仕組みもよくわかってなかったから。
携帯電話の契約から、電気料金の支払い、アパートメントの契約、それから、
オートロックの開け方すら、何から何まで、美童にすべて助けてもらった。(いや、やってもらった)
「僕が頼られてる?可憐らしくもない!」と、美童は驚いてみせたけど、頼りにしてるなんてもんじゃない。
美童がいなければ生活できなかった。まさに、『家族』だ。
こんな子が友達だなんて、あたしはすごくラッキーだ。


それから数日たったある日、早番が終わって店を出た時、あたしを呼びとめる声がした。

「覚えてないと思いますが……」
「ああ、あなたは。覚えてますわよ」

あの、冴えないアジア人の女の子だった。

「何か御用?」
「あの!私、あなたにお願いがあってきました!」
「は?」
「私のドレスを選んでくれませんか?あなたにだったらお願いできると思って!」
「えっと、あたしただの宝石店の店員で、それはお仕事じゃないというか〜。それに今はオフで……」
「もちろん、報酬はお約束します」

あたしはびっくり仰天だ。
そう言って彼女が出したカードは、真っ黒な、悠理クラスの金持ちじゃなきゃ持てないような、
超プレミアなカードだったから。噂ではきいたことあるけど、見たのは初めて。

「私はあなたみたいになりたいの。あなただったら私を変えてくれると思うから」

その様子があまりに真剣で、あたしは、つい頷いてしまったのだった。

彼女の名前はリンと言った。N.Y.でも有名なお嬢さん大学の大学生。
こんな風に見えて、大きな会社を経営しているお父さんを持つ、お嬢様だった。
日系ではないらしいけれど、ルックスとしては日本人的。
どう手を加えれば綺麗に見えるのか、あたしには大体掴みやすい。
それに、こんな事するのは、そもそも大好きなのだ!
お買い物をして、人の服を選んで、報酬ももらえるなんてすっごく楽しい事じゃない?
ブティックを転々として、納得のいくドレスを選んだ頃には、すっかり夜になってしまった。

「私、田舎のハイスクールでも冴えなくって、N.Y.に出てくれば少しはマシになるかと思ってたの。
だけどこの通り。相変わらず変わらない私で、同級生には馬鹿にされてばっかり」
「そお」
「でも、せめて新年のパーティぐらいキレイになりたかった。恋だってしたいし」
「そうよね〜。今日選んだ服を着てメイクもしてもらえば、周りの目もずいぶん変わるんじゃない?」
「うん、ありがとう」

そう言って彼女は、相当な現金をあたしに手渡しした。

「こんなに?!貰えないわよ!」
「いいの、それよりも、連絡先を教えて。また連絡してもいい?普段着の事も色々相談したいの」
「……いいけど」

あたしは彼女とアドレスの交換をして、別れた。


そして結果的に、この行動があたしの人生を大きく変える転機となる。
その時は、全く思ってもみなかったけれど。


*** *** ***


「魅録のバイクに乗ったの?」
「ええ、時間があったので家まで送ってもらっただけですわ」

おかっぱ頭にキリリと制服を着こなした野梨子が、さも瑣末な出来事のようにそう言った。

胸がズキリと痛んだ。

魅録はあたしを乗せる事は出来ないと言った。
でも、野梨子はこんなに簡単にバイクに乗せたんだ。
魅録はわかっていたんだろうか、あたしがどれだけあんたのバイクに乗りたがっていたのかを。
あたしはダメで、野梨子はOK?

特別なのは、あたしと野梨子、どっちなんだろう?

答えは、その時とっくに自分でもわかっていたような気がする。
でも、あたしはあえて現実から目を背けた。

その時にはすでに魅録に恋をしていたから。


(続きます)

594名無し草:2009/12/21(月) 12:54:38
可憐が、最後には、誰よりも幸せになるように祈らずにはいられない。
595名無し草:2009/12/21(月) 13:35:45
>あたし、美童と〜
美童が役者っていままでありそうでなかったですね。
こちらの美童、包み込むような優しさが溢れていて、素敵です。
可憐の仕事も気になる。
続き待ってます。
>>586-593の続き

「やだなぁ、浮気なんかしないよ。じゃね、月曜日楽しみにしてる」

そう言った詰襟姿の美童は、その舌の根も乾かぬうちに、別の女の子へ電話をかける。
そしてデートの約束。その繰り返し。
野梨子や悠理がいない部室では、そんな光景がよく見られた。
あたしはともかく、乙女なお嬢様たちの前では、さすがに配慮するらしい。

「……次から次へと、よく女の子に嘘をつけるもんねぇ」
「嘘も方便。お互いの幸せのためだから。僕は女の子に夢を見せてあげてるんだ。
可憐だって色んな男の子に夢を見せてあげてるじゃん。僕も同じ」
「一緒にしないでよ、あたしは男の子とお散歩しているだけよ。あんたは別の体力使ってるでしょ」
「じゃ、可憐はボーイフレンドたちとは寝てないんだ」
「あたしはそう簡単には男と寝ないわよぉ」

そう言うと、美童はプハッと笑った。

「そんなデートくだらない。だったら僕と試してみる?可憐に天国を味あわせてあげるよ、一晩中」
「さいってー!だわ、あんた!」

美童は大笑いした。

*** *** ***

仕事中にリンからメールの着信があった。

「何のメール?」

嫌味な同僚が目ざとくあたしに尋ねてきた。

「友達との待ち合わせよ」

あたしはそう言ってごまかした。
本当は、今日も仕事上がりに『バイト』するのだ。

リンは新年のパーティでセンセーションを巻き起こしたのだという。
あたしが選んだドレスは、少し太めの体をセクシーに見せたし、髪型やメイクもあたしの指示どおりに
変えたら、生活そのものが変わってしまった。
それまで馬鹿にされていた相手を見返し、狙ってた彼氏もあっさりゲット出来たそうな。
ま、元々自信がなかっただけで、性格そのものは積極的な子だったらしい。

そして……

「今日はこの子を変えてあげてほしいの」

そう言ってリンが連れてきたのは、のっぽで赤毛でガリガリの女の子だった。
こんな子、日本で見た事ある。どこだっけ……?
あ、わかった。田んぼのカカシだ。

リンはこうやって、自分の冴えない友達を連れてきては、あたしにイメチェンさせるようになった。
彼女はお金持ちの大学に通っているだけあって、連れてくる子もまたセレブ。
あたし自身、友達が半端ないセレブなおかげで、こういう人種に慣れているのもラッキーだった。
セレブな女の子たちに動じることなく、お嬢様の『ご要望』にしっかり応える事ができるらしい。
こうして、何人かにアドバイスを繰り返すだけで、軽く宝石店の月収に達してしまった。
バイトと言うには割が良すぎて、ちょっと不安なぐらいだ。
でもこの『仕事』は純粋に楽しい。お金が手に入らなくっても、趣味としてやってもいいぐらい。

カカシの女の子は、案外手ごわかった。
赤毛と言うのがこんなに服選びに難航するとは思わなかった。でも、やりがいは、ある。

その時、真剣に仕事に熱中するあたしの名前を、日本語で呼ぶ声がした。

「驚いた。可憐だ!」

振り返ると、逞しい身体をスーツに隠した、人目を引くルックスの男。
清四郎がいた。

「やだ!清四郎!こんなところで何をしてんのよ?婦人服オンリーよ、ここ。……っていうか、
N.Y.に来てたの?」
「ええ。こっちでプロジェクトが進行してまして、お義父さんの代理でちょくちょく来てます」
「悠理は元気?そろそろ赤ちゃん生まれるころじゃないの?」
「まだあと少し。順調ですよ。……それでその、子供服を物色してました」

こほん、と照れくさそうに咳をして、清四郎は言った。
あらここ、紳士物はなくっても子供服はあるんだわ。

清四郎は子供の誕生が楽しみで仕方がないらしい。
あのカタブツで完璧な生徒会長がこんなにパパらしくなるなんて、誰が想像できただろう。
しかも、奥さんは悠理だ。
タイムマシンがあったら、過去のあたしにこの笑い話をぶちまけてやりたい。

「あたしはお仕事で、彼女の服を選んでいるところ」
「可憐の仕事って、スタイリストでしたっけ?」
「違うわ、バイトよ。お店には内緒よ?ばれたら首になっちゃうから」
「ほー」
そう言いながら清四郎はあたしの後についてきた。
赤毛の女の子も、特に嫌がっている様子もなかったので(ま、清四郎って良い男だしね)
そのままあたしはバイトに専念した。

清四郎も赤毛の子も、あたしのやることなすこと新鮮だったようで、いちいち感心してくれた。
その反応もすごく楽しくって、あたしはもう夢中だった。

だから、あたしはその時気付かなかったのだ。
あたしを見つめる、悪意に満ちた視線があった事に。


ようやく納得のいく服を見つけて、ヘアメイクなどのアドバイスもして、赤毛の子と別れた頃には、
すっかり夜になっていた。

「あ、いっけない。美童の舞台がはじまっちゃう」
「舞台って?」
「ああ、清四郎は知らなかったわよね?美童ったらアクターになったのよ」
「俳優?!」
「そうよ!ちょっとすごいんだから。ね、時間があるなら一緒に見に行ってやりましょうよ!」

あたしは美童の事を自分の手柄のように自慢していた。
清四郎にも、美童がすごいって事を見てほしい。

美童の新作は、なかなか盛況で満席だった。
この前録画で見たものよりも、ぐっと立派な大劇場。さすがオンブロードウェイの舞台だ。
美童は確実にキャリアアップしているようだ。

「ほら、美童がでてきたわよ」

清四郎が軽く口笛を吹いた。
美童の今回の役はよくありがちな『お約束の色男』。これ以上はないほど最適な役柄だ。
美童はあたしと、その隣の清四郎をすぐに見つけ、おや?という顔をした。
あたしが美童に手を振ると、胸に刺してあった赤いバラ(!)を客席に向かって投げてきた。
あたしに投げたであろうそのバラは、コントロールが狂って清四郎の手にすぽんとおさまり、
会場が笑いに包まれる。
美童はやけくそのように清四郎に投げキッスをした。

舞台の上の美童は、相変わらず輝いていた。
水を得た魚、ってこんな時の表現だ。生き生きとしている。
陽気でドタバタなコメディだったけど、美童の上手さは、素人目のあたしにもわかる。

「美童はなかなかいい役者ですね」
「でしょ?あの子の取り柄は顔だけだと思ってたんだけどね〜」
「僕たちもそれなりに歳をとってるって事ですね。ちょっとずつ、進化してる」

清四郎も、美童を認めてくれたようだった。その証拠に、その後は舞台に集中していた。
有閑倶楽部の男子の中では美童は何かとお荷物扱いだったから、清四郎のこんな反応が私まで嬉しい。

舞台が終わると、客席から美童に花束が渡された。
それなりにファンもついているようだ。
すこしずつ、美童も自分の道を歩き始めている。

あたしと清四郎が劇場を出ると、雪が降っていた。

「今日はホテル泊まるだけなんでしょ?だったらあたしんち遊び来なさいよ。美童も帰ってくるし」
「いや、今回は遠慮します。悠理に知られたら、また家庭の火種のもとになる」

清四郎はおどけたように両手をあげた。あたしは思わず苦笑い。
一息つくと清四郎は言った。
「……魅録の処へ行ったんだって?」
「そう、結婚のお祝いに行ってきたわ。野梨子に聞いたの?」
「いえ、魅録から電話が来て聞きました。……それで、君はもういいんですか?」
「まぁねぇ。元からただ憧れていたようなもんだし、失恋ってほどでもなかったから」
「そうですか?」

そう言いながら清四郎は、あたしの頭にかかった雪を散らすように、頭を撫でてくれた。
清四郎が腕を差しだしてくれたので、あたしはその腕に巻きついて、雪の道を歩いた。
悠理の顔がチラついたけど、これはそんな意味じゃないの。
苦しくて、足元がおぼつかないから、あんたのお父ちゃんの腕をちょっと借りるだけよ、悠理。

あたしが魅録に対する気持ちを自ら打ち明けたのは、清四郎にだけ、だ。
清四郎とあたしは、清四郎は野梨子に、あたしは魅録に、同時に『失恋のようなもの』をして、
その結果、寝た。

あたしは馬鹿な子供だった。
失いかけてた女の自信を、セックスで取り戻そうとしてた。
誰でもいいから、あたしにひと時でも夢中になって欲しかった。
でも、結果は空しいものだった。
空しいはずだ。男のただの性衝動から抱かれたんだから。
あたしは、あたしをカケラも愛してない男の、清四郎の腕の中で、魅録を思って、泣いた。

だからといって、清四郎とあたしの友情が壊れたわけでなかった。
むしろ、より一層絆が強くなった。今じゃ、本当の意味で親友だ。
男と女って、本当に不思議。こんな関係もあるんだわ。


「……客席見たら清四郎もいるんだもん。びっくりした!」

その日の夜も、美童はガツガツとあたしの作った料理を食べていた。
舞台の後はお腹がすいて仕方ないらしい。あたしはそんな美童をねぎらってやりたかった。
だから久々に気合を入れてごちそうを作った。
「あたしも偶然会ったからびっくりしたわよ。しばらくN.Y.にいるんだって」
「今日は可憐だけだと思ってたのになぁ。何も一緒に来なくってもいいじゃん」
「でも、清四郎がいて気合入ったでしょ?」
「まあ、入ったけど」

ひとしきり文句を言い終わると、美童は日ごろから気にしている話題を口にした。
可愛い悠理の事だ。

「悠理はどうしてるって?まだつわりで吐いてるの?」
「とっくにおさまってるわよ。今は胎児にお腹を蹴り上げられて肋骨が痛むのが悩みなんだって」
「へーえ、お腹の中でも蹴り入れたりするんだ〜。さすが清四郎の子」

外はすっかり吹雪になっていた。
N.Y.にはごくまれに、こんな風に突然ふぶく日もある。
こんな日に清四郎を部屋に呼ばないで良かった。確実にホテルには帰れなくなっただろう。

「ごちそーさまぁ!」

食事を終えた美童があたしの隣にやってきて、ソファーにどさりと横たわった。
そして、言う。

「なんで今日、清四郎と会ったりしたの?」
「だから、本当に偶然よ。あたしが服を選んでたブティックに、清四郎がたまたま居たの」
「……もうすでに、悠理の旦那さんだよ?子供までできた」
「あ〜ちょっとあんた誤解してるでしょ?あたしは不倫はしません!しかも清四郎となんて……」

突然、美童があたしの体に腕をかけてきた。

「なによ?」

美童の唇が触れた。
触れてそのまま、深く熱くキス。自然に受け入れてしまう。
身体が、抵抗しようと、しない。何も考えられない。

「……なんで?」
「なんでだろうね」

そのまま、ソファーにそっと押し倒されて、美童の髪がさらりと顔にかかる。
圧し掛かる美童の身体の大きさを感じて、背筋がゾクリとする。重い。

この子は、おかしい。間違ってる。あたしにだけはこんな事してはいけない。
それがあたしたちのルールだ。
だってあたしたち、似た者同士で、気があって、男女の垣根がないから一緒に暮らしても平気で、
そう、家族のようなものだって、あんたが言ったんじゃない。

美童はあたしの首筋に舌を這わせて、強くキスをした。
多分、痕がついた。

「いや……っ!」

つい、強く声が出てしまう。
だめだ、あたしも冷静にならなきゃ。
美童に思い出させなくっちゃ。あたしたちが、こんな事する間柄じゃないって事。
似た者同士の仲良しで、ただのルームメイトだってこと。

「美童、おかしいわよ。今日やった役の練習?プライベートでは必要ないんじゃない?」

あたしは必死に美童に語りかけた。
これを冗談にしないといけない。笑い飛ばさなきゃ。
でも、いつの間にか、服の中では美童の指があたしの肌に触れていて、涙が出そうだ。

美童はうるさいあたしを口ふさぎするようにもう一度キスをする。
怖い。
久々に男の人を怖いと感じた。こんなの、あたしの美童じゃない。
嫌だ。美童とするのだけは絶対に嫌。
この関係が壊れるのだけは、本当に、絶対に嫌!

刹那、美童と目があった。もはやあたしも言葉が出ない。
凍りつくような静かな沈黙。吹雪の街は全ての音を消していた。

「嫌なの?可憐」

あたしの瞳を見つめながら、美童は言った。

「なぜ?清四郎とは寝たのに」

次の瞬間、美童はコートを羽織ると、雪の街に飛び出していった。


*** *** ***

あの時、まだ高校生だった美童は、生意気にもあたしに天国をくれると言った。

「同じセリフ野梨子に言って御覧なさい。一生口をきいてもらえないわよ」
「もちろん、可憐にしかこんな事言わないよ。可憐があまりにもキュートだからさ」
「あーら、そんなにあたし魅力的かしら?あんたをそそっちゃうぐらい?」
「すごくね」

背伸びした会話だった。
高校生のあたしと美童は、そんな風に大人ぶった自分たちを、からかい合って笑っていた。

無邪気だった――――――。

(続きます)
605名無し草:2009/12/23(水) 08:10:26
はぁ〜。おもしろすぎる。
すぐに続きが読みたいような、もったいないような。
606名無し草:2009/12/23(水) 21:38:38
>あたし、美童と〜
美童の魅力が活き活きと描かれていて、原作の彼をも見直したく
なる気分です。
美童の役者と可憐のスタイリストはどちらもピッタリな仕事だと感じ、
ちょっとずつ進化している6人を見ているのも楽しくて、投下がとても
待ち遠しいです。
607名無し草:2009/12/23(水) 23:53:52
スレの容量が482KBになっていて、あと2回位の作品投下があると
いっぱいになってしまうので、そろそろ新スレの準備を。
テンプレは特に変更なしで大丈夫かな?
608名無し草:2009/12/24(木) 00:55:44
うますぎる。
悠理が幸せそうなのも垣間見えるとほっとする。
609名無し草:2009/12/25(金) 03:28:42
おもしろいな〜。
可憐はそのうちパトリシアフィールドみたいな人になっていくのかしら。

野梨子や悠理とはまた違って、働く女のリアルな大変さなんかが、なんとも共感できる。
美×可って、どうしても似たもの同士すぎて男女の仲をイメージしづらかったけど、
そこを違和感なく発展させていくのは流石。
あらためてシリーズで読み返すと、気づかなかった処にも布石が打ってあるね。
610名無し草:2009/12/25(金) 08:24:06
早く続きが読みたいです。
611名無し草:2009/12/25(金) 16:25:09
>>607
お願いします
>>596-604の続き

春の雨の日、清四郎の隣で朝を迎えたあたしは、さめざめと泣いていた。
何かが変わると思っていた朝だった。
でも、朝が来ても何も変わっていなかった。

わかった事は、
愛してない男と寝ても、その行為にあたしはのめり込む事が出来ると言う事。
でも、あたしを愛してくれない男と寝ても、ただ空しいだけって事。

野梨子が羨ましかった。
愛する人に純粋に美しい思いを抱き続ける事ができる野梨子が。

あたしはすごく馬鹿で弱い人間だ。
魅録があたしを振り向いてくれなかったから、野梨子を選んでしまったから、清四郎と寝た。
野梨子の大切な存在である清四郎と寝れば、
魅録を奪った野梨子への、あたしを選ばなかった魅録への、復讐になるかもしれない。
馬鹿だから心のどこかでそう思っていた。

何かが変わると思っていた。
でも自分の痛さを思い知っただけだった。

あたしの隣で、清四郎も目覚めた。
涙に気付いたのだろう、ゆっくりと腕をまわしてきた。
そして、黙ってあたしの肩を抱きしめる。

硬い肩、硬い腕。
身じろぎもせずに無表情のまま、清四郎は泣き続けるあたしの肩を抱きしめていた。

*** *** ***
「クビ?!あたしがですか?!」
「君は禁止されている副業をしているそうだね」

あたしはその日、勤めている宝石店の上司に、突然呼び出されていた。

「……副業ってわけじゃないわ!お友達にアドバイスをして、少しお金をもらっているだけで」
「とにかく、それはうちの店では認められない事なんだ。調査した結果、君のやっている事は、
うちの店から見ると立派な副業にあたるとわかった。それに、君はそれほど店に貢献できてない」
「そんな!あたしよりひどい子は他にもいるはずですし……」

確かに、うちの店は、副業を禁止している。それはわかっていた。
でも、そんなに悪い事をしているとは思っていなかった。
あたしは必死になって出来ない英語を駆使して抵抗したけれど、上司は最後に言った。

「……まぁ、君は日本人なんだし、もういいんじゃないかな?」

あたしは、あっという間に無職になってしまった!

言いつけたのは、あたしの大嫌いな同僚だったそうだ。
奴はあたしを張って、あたしがアドバイスした女の子からお金を受け取るところの写真を撮り、
それを上司に報告した。
上司はそれを受けて、改めて調査をし直したそうだ。
そしてブランドイメージから、あたしの行動は相応しくない、とみなされたわけだ。
まぁ、確かに褒められた行動ではなかったと思うけど。

あまりの失態に、同僚に怒る気力もわいてこない。
この先、どうやって生活しよう。貯金は多少あるから次の仕事を見つけるぐらいはできるけど。
でも、次の仕事を見つけられるんだろうか?いや、見つけるの?あたし。

あたしは風の強いN.Y.の5番街に放り出され、しばらく茫然とただ歩いた。
そして、いつの間にか、ブロードウェイを歩いていた。
美童……。
あれから、帰ってきてない。
電話にもメールにも返答がない。

でも、思えばあたしも悪かった。
もっと上手くあしらう事も出来たと思うのに、相手が美童だと言うだけで対応できなかった。
でも美童もおかしかったわ。あんな空気のまま飛び出して行くなんて、美童らしくもない。
あたしたち2人なら、あの程度の事、もっと上手く始末できるはずだったのに。

でも、今はそんな事なんでもいい。
美童に会いたい。
会って、助けてほしい。
助けてくれなくってもいいわ。せめてハグして欲しい。
美童のハグがあれば、きっと、また前に進める。大丈夫。

あたしはこの前美童の舞台を見た劇場に来ていた。
まだあの舞台をやってるハズで、この時間はきっとあの劇場に居るはずだ。
あたしは関係者の顔をして、劇場の中に忍び込んだ。
いちゃいけない場所でも、いて当然、という顔をするのは、高校時代に散々やったから、得意なのだ。

劇場に忍び込むと、客席に役者が集まっていた。
リラックスした様子で舞台を向かって何かチェックをしていた。リハーサルだろうか。

そこに、美童はいた。
ブルネットの美人を隣に従えて。

きっと彼女も役者仲間なんだろう。とてもきれい。2人で楽しげに何かを話している。
美童がブルネットに何かを耳打ちすると、ブルネットがはにかんで笑った。
すると、美童は彼女の肩に手をまわす。
あたしにいつもやっていたように。
美童は勘がいい。
あたしの視線に気づいたのだろう、ふっとこっちへ視線をやった。
そして、一瞬、美童は呆けたような顔をして、それからぎょっとした。
ブルネットの彼女が不審な動きをする美童に向かって、何かを話しかけている。
すると、美童は彼女に思い切りキスをした。

「…………っ!」

たったそれだけで、あたしは思わず逃げ出してしまった。
美童のキスを見て逃げ出すなんて、あたしらしくもない!もう、最悪だ!

でも、怖かった。
あたしにあえて他の女とのディープキスを見せる美童が怖かった。
美童のあたしに対する怒りを感じた。焦りも感じた。
でも、それよりも何よりも―――――

美童のあたしへの執着を感じたのが怖かったのだ。


「……まさか、僕のホテルに押し掛けてくるとは」
「だって、人生最大のピンチなんだもん!話せるの清四郎しかいないんだもん!」
「君の事はまだなんだかんだで家庭の火種なんですよ。うちの馬鹿が喧嘩の時、必ず持ち出す。
ホテルにまで押し掛けられたら、どう言い逃れをしていいのか……」
「言い逃れが必要な事するわけないでしょ!いいから話ぐらい聞いてよぉ〜!」
「話を聞くのはいいんですが……あと2つ、耳がありますがいいですか?」
「へ?」

清四郎の後ろに、大きなお腹の悠理がやってきて、仁王立ちになった。

「うちの清四郎を、いい加減惑わすな!」
「悠理!あんたもN.Y.に来てたの?というか、そのお腹で飛行機に乗って大丈夫なの?」
「おうよっ!バッチリ順調!大丈夫!」
「なにが大丈夫なものか。おかげで医療チーム同行ですよ。こいつの道楽のせいで」
「じゃ、あたい来ない方がよかった?」

きょとんと悠理が言った。

「だって、清四郎が言ったんじゃん。日本だとどうしても仕事漬けになって遊べないから、
海外行く時ぐらいは一緒に行って2人でのんびりしようねって」
「あーら、お熱いです事〜w」
「……悠理、夫婦の会話は、できるだけ人前では話さないように」

清四郎が大真面目にそう言ったのを聞いて、あたしは笑ってしまった。
そう、この夫婦も子供が出来て落ち着いていると言っても、まだまだ結婚したばかり。
あつあつの新婚さんなのだ。

今、清四郎の悠理を見つめるまなざしは穏やかだ。
それで、あたしは安堵していた。
あの朝、無表情であたしの肩をじっと抱いていた男の子は、もういない。
いなくなって、良かった。あの朝が、昔の事になって、良かった。

ふいに清四郎があたしに振り向いて言った。

「それじゃ、話を聞こうか、可憐」


それであたしは、悠理と清四郎を前に絶望的な失業宣言をした。
清四郎は相変わらずのポーカーフェイスで聞いていた。
けれど、悠理はケロリと言った。
「じゃ、日本に帰ればいいじゃん?」
「そんな単純な事じゃないでしょおっ!あたしはこの5年間、必死でここまでやって来たんだから」
「大体、なんで働いてるんだ?あたいみたいにのんびり実家で過ごしてればいいのに」
「あんたはそれでいいかもしれないけどさぁ、あたしはこれでもアメリカで頑張ってきたの!
それをいきなり手放して、日本帰って遊んで暮らす気にはなれないわよ」
「あれ?可憐ってそんなタイプだっけ?玉の輿に乗るために必死になってるのは見た事あるけど」

言われてみればそうだった。
高校時代のあたしはこんなに頑張ろうなんて思ってなかったと思う。
すると、無言で話を聞いていた清四郎がひょいと言った。

「可憐はお前みたいに単純じゃないんですよ」
「そおかぁ?こいつ、金持ってるって理由だけで、金持ち男のケツ追いかけてたやつだぞ?
今、わざわざアメリカで頑張ってるっていうのが、そもそも不思議」

悠理は時々、妙に鋭いところをつく。
あたしと清四郎は何となく黙ってしまった。
2人ともわかってた。きっかけがあるとすれば、あの時。
あたしが高校時代と決別した春。

「…………」

すると、何かを察したのか、悠理が複雑な顔になってしまった。
清四郎はそんな奥さんの頭をぽんぽんと叩いてから、あたしに言った。

「僕は、可憐はバイトを本業にすればいいと思う」
「無理よ。所詮は学生さん相手にお洋服のアドバイスしてるってだけだし、仕事の依頼だって、
リンって女の子の口コミだけだし。広がりようがないもの」
「でも、この間は見てて面白かったですよ。可憐のセンスには根拠と理論があるってわかりました」
「玉の輿に乗るためにおしゃれに全力尽くしていた頃の杵柄よ。なんの実績もないから、
せいぜい素人さんのお手伝いをするのが精いっぱいだと思うわ」
「学校は、服飾系を出たんですよね?」
「一応ね、大したことないカレッジだけど」
「ふむ」

清四郎は少し考え込んで、それから言った。

「可憐、バイトを本業にするチャンスをやろうか?」
「チャンス?」
「問題は実績がない事だけなんだろう?僕がゴリ押ししてやる」
「どういうこと?」
「剣菱自動車がアメリカ向けにイメージガールに使ってる新人女優がいるんだ。その女優が今度、
映画祭でレッドカーペットを歩くらしい。でも、その女優の服装のセンスは悠理並みだ」
「ああ、CMしてるの知ってる。ちょっと悠理に似てて、あんたの悪趣味を押し通したんだと思ってた」
「……それはさておき。その女優のプライベートから、コーディネーターをつけさせようと
思っていた処なんです。それを可憐がやりますか?」
「チャンスって、それ?!」

あたしは話の大きさにびっくりした。

「もちろん、僕が与えられるのはチャンスだけだ。それを生かすも殺すも、可憐次第。
どうです?悪い話ではないし、それぐらいの度胸可憐にはあると思いますが」
「度胸なんて、ないわよぉ〜」
「じゃ、日本に帰れ!」

スパン!と言い切られて、あたしはかっと身体の熱が上がるのを感じた。
大きすぎるチャンスで、何の実績もないあたしが委縮するのは見えてた。
見えていたけれど……
「やるっ」
「ほお、やってくれますか?」
「同じ日本に帰るなら、やるだけの事やってからの方がいいわ。その話、謹んでお受けしますわよ!」
「じゃ、明日、契約書を作らせましょう」

悠理はポテトチップをかじりながら、じっとあたしたちの様子を見ていた。


*** *** ***


それでも、あたしと清四郎は何度か逢瀬を重ねた。

体を重ねたのは初めのうちだけ。
次第に語らう時間が長くなり、最後はただ2人でベッドに横になって朝まで語り合っていた。

「野梨子に会った」
「そう」
「あの馬鹿にもあった」

清四郎は手で目を覆った。

「不思議な事に、野梨子とは今まで通り、何も変わらなかった。でも悠理には……、
あいつ相変わらず猫と全力で遊んでましてね、自分がひどく汚れた人間になった気がした」
「そっか、清四郎はやっぱり悠理だったか」
「…………」

清四郎はあたしの腕枕をやめて、頬杖をついてあたしを見つめた。
「君も魅録に会ったんだろう?」
「あたしは相変わらず」
「…………」
「たぶん、あたしの一番きれいな処にずっと魅録はいると思う。初めっからそうだった。
魅録とはこんな風にベッドで寝たいって思ってたわけじゃないもの」

清四郎が困ったような顔をして、笑った。

「あたしが傷ついたって感じているのは、きっと魅録に対してじゃなくって、自分の薄っぺらさを
思い知ったからだわ。見かけとイメージばっかり気にして、野梨子みたいな芯の強さはおざなりだったし」
「可憐は努力家だと思いますけどね」
「まあね。あたしも本当はそう思ってるんだけどね」

そして、あたしは清四郎に言ったのだった。

「漠然と決めたアメリカ行きだったけど、良い機会だからボロボロになるまで行ってくる。
それで、野梨子を蹴散らすぐらいの良い女になって日本に帰ってくるわ」

愚かな子供の精一杯の強がりだった。
ただ、それは呪文のようにあたしにまとわりついて、あたしをこの場所に縛り付けている。
今も。

そして、清四郎とあたしは、それを最後に二度と寝る事はなかった。


(続きます)
621名無し草:2009/12/26(土) 12:03:38
>あたし、美童とそれから幾年

素敵!映画になりそうなストーリーですね。
可憐がこれからどうなるか楽しみです。

622名無し草:2009/12/26(土) 12:08:13
おお、来てた!
いつも楽しみにしてます。登場人物がみんな生き生きしてて面白い!
恋だけじゃなく仕事の話にも燃えます。可憐には是非ビッグになって
もらいたい。
623名無し草:2009/12/26(土) 15:01:32
うわっ、今497KBだよ!
至急新スレ立ててくるので、書き込みストップしてください。
624名無し草:2009/12/26(土) 15:22:37
立てました。

◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう37◇◆◇◆
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1261807520/l50

625名無し草
>>624
乙!