>>64-68 続き
『Red or Blue?』
歩みを止めなければ待ち受ける死の運命。
其の恐怖に耐える事が出来ずに、逃げ出しても解決にならないと察していても居るべき場所から飛び出した過去。
そして目の前に示されたのは其の選択を清算する為のソクラテスの毒人参。
ペットオトルの水がピチャピチャと音を立てて跳ねる。
滑稽なまでに動揺を隠しきれない柳谷の顔は、死刑台に上る罪人のように青褪めていた。
触れればそのショックでそのまま心臓を止めてしまいそうな、悲痛な姿に長田の同情は募る。
「ギブソンさんは僕を助けてくれはったんです」
控えめに柳谷の陰に隠れていた長田は柳谷の前に一歩踏み出すと、久馬に宣言するかのように言い放った。
「声を掛けてくれはったから、僕は禁止エリアに入らずに済んだんです」
長田は言い切ると、激しく上下する心臓を押さえつけるように左胸を押さえる。
動悸音が手に響き、長田の全身は規則正しい脈拍に支配されていた。
「…誰やって出来る」
久馬は大きな目をそっと伏せると、小さく呟いた。
「え?」
予想の範疇から懸け離れた返答に、長田の背に微弱な冷汗が生じる。
「目の前の人間を救うんやったら、誰やって気の迷いで出来る」
「そんなこと!」
先輩に対しているにも関わらず、つい口から漏れてしまった本音に、慌てて長田は自らの口を押さえた。
勿論自らの命の価値が軽んじられていることには気付く余裕も無く。
「冷静に考えて、裏切ったから始末に負えんのや」
柳谷に合わせられた久馬の視線は、交わることはなかった。
柳谷の無反応さに久馬は詰まらなそうに鼻を鳴らすと、デイパックの中からアルコールの浸された布を取り出して、
自らの擦り傷を消毒し始める。
「ゴエも鈴木も、お前のことを信じてたから探しに行った。自分のことだけ考えて、逃げだしたなんて思いもせずにやな。
薄々気付いとったんやろ?灘儀さんが死ぬなんて、普通の状況やったら有り得へんて、自分のせいやって」
「酷い…」
詳しい経緯は知らずとも、長田が思わず漏らした言葉に、久馬は嘲るような悲しげな笑みを零した。
「酷いのはどっちや」
消毒の手を止めて、虚空を見やる。
寂しげな声は、深く悩んだのだろう久馬の胸中を匂わせているようだった。
「俺やって自分の望むように生きてる。でも何かを望まれとることくらいは察せる。
…何でせめて置手紙くらい出来んかったんや」
過去の罪が重石となって柳谷の身体の上に積み重ねられていく。
身動きが出来なくなるほどの重圧に、柳谷は息を吸うことすら困難になるような感覚を覚えた。
「戻ってきてどうするつもりやった?ゴエに謝るつもりやった?
灘儀さんを殺してすみませんって言って、許されるとでも思った?」
普段ののんびりとした口調からは想像出来ない程の冷たい言葉が、柳谷に浴びせられる。
「もう灘儀さんは戻って来ぉへんのに」
ザクリと。久馬の口から発せられた語句は確かに、柳谷の心を深く傷つけていた。
一方的なまでに傷つけられてへたり込む柳谷の姿から、長田はそっと目を逸らす。
久馬の悪趣味な試練に何処となく得心がいったのだ。
柳谷は毒入りの水を飲ませられても仕方のないような失態を仕出かしている。
だからこそその水を飲み干して信頼の証を示すことに意味がある。
そして、命が失われた代償だからこそ自らの命を懸ける義務がある。
良いとは思えないけど、と長田は心の奥で小さく付け加えはしたが。
茫然として涙を流すことさえ忘れてしまったかのような柳谷に、久馬は猶も言葉を継いだ。
「戻ってくるとは思ってなかった。けど戻ってきたんやったら、この水を飲まそうと思ってた。
『ギブソンは、謝罪の為に毒を呷って死んだ』そう言うたら、ゴエも納得してくれると思ったからや。
俺はな、誰に命令するつもりも自分の考えを押し付けるつもりもない。でも…」
久馬はデイパックを肩から下して座り込み、柳谷と同じ視線になり、
ペットボトルを持つ柳谷の右手を左手で包み込むように握ると、右手でペットボトルの蓋を空けた。
「メンバー同士が憎しみあって争い合うのは見たない。それには、今ここで」
ペットボトルが久馬の力で二人の目の前まで掲げられる。
透明なプラスチックを挟んで、二人の視線が交差した。
「お前がコレを飲むしかないんや」
与えられた最後の瞬間に、柳谷は確かに自分の力で選択肢を択びとった。
強烈な力で振り解かれた久馬の手から零れ落ちたペットボトルは、
透明な滴を撒き散らしながら地面に落下する。
コロンコロンと。床を転がる音が響く中、柳谷は両手と頭を地面に押し付けながら叫んでいた。
「ホンマにっ、ホンマに悪いことしてもうたと思ってます!謝っても謝り切れんのも分かってます!
でも、でも死にたいないんです!ホンマにっ、すんませんでした…」
絶叫が泣き声に変わり締め付けるような悲痛な叫びが空間を満たす。
抑え付けようにも抑えられない咽び泣く咳混じりの声が充満していた。
傍らで自らの命の恩人の陰惨な姿を直視できないのか、長田は壁と向き合いつつ泣いている。
久馬は、プライドをかなぐり捨てて命乞いをするかのような柳谷の姿に、
顔を顰めると、立ち上がって床に放り出されたペットボトルを拾い上げた。
かなりの分量が零れてしまったものの、まだ親指の高さほどの水が残っているペットボトルを
まじまじと見つめながら久馬は輪郭のぼやけた声を紡ぐ。
「生きたいって思うことは間違ってないやろ。生物の本能や。それを抑えつけろなんて俺は言わんよ」
その声音は妙に優しげで、先程までの鋭い舌鋒とは根底から異なるものだった。
「でもな、人と人とは信頼で結ばれるんや。
ましてやこの状況なんやから、何よりも信頼を裏切ったらアカンかったし、人を疑うのもアカンかった」
柳谷と長田はこの段で久馬の狙いに漸く気付く。
いや最初から彼らの前に示されていたものを、勝手に疑念を募らせて問題を複雑にしていたのだった。
「ゴエが灘儀さんが死んだのはギブソンのせいやって言うてなじる?アイツはそんなことはせえへんよ」
言うと、久馬は自然な動作でペットボトルの"毒入り"の水を口に含んだ。
涙が止め、呆けたように久馬を見つめる柳谷の視線から逃れるように、久馬はそっと二人に背を向ける。
そして幾らかの時間の後、何も起こりはしなかった。
そう、何も。
柳谷は、自分が悲劇の主人公ではなく
単に自らの仲間を信じ切れなかった愚か者であったことに気付かされていた。
目の前に蜘蛛の糸はきちんと垂らされていたのだ、ただ切れることを恐れて登れなかっただけで。
試されて揺らぐような仲間は要らぬのだと、まるで久馬の後ろ姿はそう語っているように見えて。
「久馬さ…」
「そろそろ、鈴木とゴエが戻ってくるやろ」
投げ掛けられた柳谷の言葉をあっさりと遮ると、
久馬は柳谷に一瞥をくれることもなくデイパックを掴んで階段に歩み寄る。
すると一段目に足を掛けたところで、久馬は立ち止まりそのままの体勢で振り返った。
「ギブソン」
穏やかな声が柳谷に振り掛かる。
然し柳谷は俯いたままで、その口調が今までとは異なっていることに気付こうともしなかった。
久馬は諦めたように一つ溜息を吐くと、思いきり叫んだ。
「早よ行け!」
柳谷は久馬の鋭い声に身体を震わせると、すぐさま立ち上がり正面の扉から走り出す。
取り残された形の長田は久馬を一瞥した後、柳谷の後を追った。
だから久馬の瞳が潤み、涙が零れかかっていたことも、
久馬が柳谷に辛く当たった本当の意図も、まだ柳谷は知らない。
―毒杯は呷られず、彼は逃げ出した。
定められた法を逸脱した彼の言葉はもう届かず、善く生きることは為し得ない。
殺されるかまたは他の憂き目に遭わなければならないなどということは、
不正を冒すよりも遥かに良いことなどと、知ることもなく。
ザ・プラン9 ヤナギブソン
【所持品:照明弾(4/5) ジッポライター 斧
第一行動方針:もう何も考えたくない】
りあるキッズ 長田 融季
【所持品:プリン 他支給品のみ
第一行動方針:柳谷が心配だから追ってみる
基本行動方針:相方の安田と合流
最終行動方針:相方と話し合って決める】
ザ・プラン9 お〜い!久馬
【所持品:ネタ帳
状態:軽い擦り傷
第一行動方針:鈴木と浅越の戻りを待つ
基本行動方針:脚本執筆
最終行動方針:バトルロワイヤルを題材にした脚本を書きあげる】
【現在位置:ホテル(C4)】
【8/16 12:25】
【投下番号:344】
>>118 プラン編投下乙です!
久馬さんの穏やかな怒りが切ないです。
きっとそれがリーダーとしての務めなんでしょうね。
でもギブソンさんかわいそう…
ほしゅ
◆864fRH2jywさん投下分からの引継ぎ。次長課長井上編です
井上は青木から奪った拳銃を左手に握り締めたまま森の中を彷徨っていた。
出発してからたった数十分の間に起こった出来事の為に、いつになく警戒した様子で
辺りを探りながら歩を進める。
二度殺されかけ、死体も見た。
しかし結果的には武器を手に入れられたし、負った傷も大した物では無い。
傍から見れば、運が良かったと言われるだろう。
しかし井上はそう思っていなかった。ゲームに参加させられた時点で十分不運なのだ。
井上は恐る恐る後ろを見た。今の所、波田もクロちゃんも井上を追ってくる気配は無い。
その事に少しだけ安堵感を覚える。
あの後、二人がどうなったかは考えない事にした。
「嫌やわ、ほんま」
首の切り傷が時折ちくりと痛んだが、触れてみればすでに傷の形にうっすらと
瘡蓋ができている。化膿する可能性は低いだろう。
「……はよ見つけてぇや、河本」
井上の口から、もう何度呟いたか分からない言葉が零れる。
相変わらず感情の読めない表情だったが、瞳の奥にははっきりと焦りの色が見えていた。
山の中をあてもなく歩き続けていると、いつのまにか陽が大きく西に傾いているのに気付いた。
思わず立ち止まって空を見上げると、澄んだ青空だった空がオレンジ色に染まっている。
足場の悪い森の中を歩き続けたせいか、両足の関節という関節が軋むような痛みを発していた。
それに気付いて足に意識を向けてみれば、足の裏や指先がじんわりと痺れ
太ももやふくらはぎの筋肉もひどく張っている。
一旦疲労に気付いてしまうと、急に全身の筋肉が疲労を主張し始める。
「あかん、疲れたわ」
両足をさすりながら井上が呟いた。
どこか休めそうな場所はないだろうかと辺りを見回すが、所々に藪や苔むした
岩がある程度で身を隠せそうな場所はない。
しかし休む場所を探す為に再び痛い足を引きずって山の中をうろつく気にもならなかった。
「どうしようかなぁ」
井上は手近な木にもたれ掛かって考える。
座ったりテーブル代わりに使えそうな岩はあちこちにあるが、身を隠すには小さすぎる。
藪も密度が薄く草丈も短いため、隠れてもひどく間抜けな状態になってしまいそうだ。
「小杉の頭みたいな藪やなぁ」
森に入ってすぐの所だっただろうか。十分に身を隠せるどころか、普通に歩いていても
すっぽりと隠れてしまえる藪があったのを思い出し、目の前の藪と比較しながら
井上はそんな感想を漏らした。
「陽が当たらんからかな。なら陽に当てれば生えてくるんかな」
藪の話なのか小杉の髪の事なのか、どちらともつかない事を口にしながら井上は空を見上げた。
木の葉の天蓋が日光を遮断し、夕日はほぼ水平に森に差し込み木の幹を照らしている。
「……ん?上いいんとちゃうか?」
空を見上げたついでに目に入った大きな木の枝ぶり。大人が二人がかりでやっと幹に
手が回せるだろうかというほどの立派な木は、周りの木と比べても明らかに大きかった。
当然、かなりの高さの枝でもしっかりと太く、十分に人一人が休む事ができそうだ。
「ええやん、河本来たらすぐわかるやん」
井上は嬉しそうに木を見上げた。幹はごつごつと節くれだっていて、楽に登れそうだ。
青々とした葉がみっしりと木を覆っているため、よほど注意して木の上を探してでもいない限り
誰かに気付かれる事もないだろう。
井上は休む場所を木の上に決めると、自分の座る枝を物色し始めた。
「座り心地のええところがええな。河本いつ来るかわからへんし」
しばらくして幹の中ほどより少し上の、三つ又に枝が分かれている部分を見つけた。
井上は辺りに人がいないのを確認すると、器用な身のこなしでするすると木に登っていった。
目的の枝まで難なく登ると、座る位置よりも少し高い枝にぶら下がるように掴まり
数度枝を蹴って強度を確かめる。
井上が予想していたよりも随分としっかりした枝だったようで、何度蹴られてもびくともしない。
「よしよし」
枝がしっかりした事を確認した井上は、デイパックが腹側にくるように掛けなおすと
枝に腰を下ろした。ちょうど井上の背中の辺りで二又に別れた枝に体を挟むようにすると
思いのほか体が安定する。
「秘密基地みたいやな」
井上は妙に満足げな表情で頷くと、腹に抱えたデイパックの中からペットボトルを取り出した。
ペットボトルの隣に乾パンの袋があったが、特に腹も減っていなかったのでそれには手を付けない。
ペットボトルの水はひどくぬるくなっていたが、それでも美味しかった。
いつの間にか遠くのスピーカーから誰かの声が流れ出ていたが、木の葉が風に
揺られる音に遮られてよく聞こえない。井上はぼんやりと夕日を眺めながら
水をひとくち口に含んだだけでペットボトルをデイパックに戻した。
「きれいなぁ」
枝の上に腰を落ち着けると、井上は目の前に広がる景色に感嘆の声を漏らした。
山の斜面に生える大木の上からは島がほぼ一望できる。
山裾から広く島を覆っている森の中ほどに、ぽっかりと切り取られたように学校が建っている。
学校と海の間には民家らしい家の屋根がぱらぱらと散らばっている。
更にその向こう、海岸近くのゆるい傾斜地に民家とは異なる建物がいくつか建っているのが見えた。
その建物の間から、一筋の煙が立ち上っていたが、井上は特に注意を払わなかった。
それよりも、目に入る景色全てが夕日によってオレンジ色に染められている様を
ただキレイだなと思いながら眺めていた。
【次長課長 井上 聡】
状態:首に軽い切り傷
所持品:ハリセン 自動拳銃(ベレッタM84)
第一行動方針:ガムテープ
基本行動方針:河本を探す
最終行動方針:河本のおおせのままに
【現在位置:森の中】
【8/15 18:10】
【投下番号:345】
投下乙です!
井上、なんという暢気さw 秘密基地とか言ってる場合じゃないw
景色の美しさに気をはらう心の余裕があるってある意味すごいw
井上と河本は再会するのかなあ。続きが楽しみです。
保守
過疎ってるな…
保守
130 :
名無し草:2008/07/12(土) 20:11:10
(´ρ`)
『Also sprach Zarathustra.』
彼女は、眩い太陽の照りつけるアスファルトの上を早足で歩いていた。
つい先ほど……といっても一時間前ほどであるけれど、この島に連れてこられて4回目の放送が行われ、
面識のある芸人や縁のない芸人達の名が読み上げられた。
しかし、最初の放送の時ほど彼女がその放送で、彼らや彼女らの死で狼狽する事はなかった。
それは色々と麻痺している為と言うよりも、このバトルロワイアルが始まって丸一日経った今、
いい加減現状を受け入れねばならないという思考が働いてきているからだろう。
「………………」
現状を受け入れる、それは同時に彼女が不本意ながらもバトルロワイアルを認め、そのルールの下で
思考し行動し始めている事でもある。
特に、昨日から誰とも遭遇できず一人島の中を右往左往していた彼女には、一度バトルロワイアルに乗る方向で
傾きかかった思考を修正する機会などないに等しい。
肩から下げられ、一歩ごとに揺れる彼女のデイパックに入っていた支給品は刃物や銃器と言った武器ではなく
無骨なデザインの暗視ゴーグルだった。
電気が止められており、街灯などの明かりが期待できないこの島で、夜間の行動が支障なく行えそうな点では
良い道具かも知れないけれど、暗闇に紛れて奇襲を行うには彼女は非力……いや、無力すぎた。
武器を持っている人間と合流するにも、ゴーグルだけでは相手を釣る事は出来ないだろう。
下手すればゴーグルを奪われた挙げ句、その場で彼女だけ殺されてしまう可能性も高い。
無条件で彼女を受け入れてくれる集団ももしかしたら存在するかも知れないけれど、そんなお人好しの連中に加わっても
結果的に彼女の死期をほんの少し延ばすだけで、この島の帰還という根本的な解決には至らないはず。
ならば、どうするべきか。
――ゴーグル以外の付加価値を私自身が持てばいい。
例えばサバイバルの知識や怪我の手当方法。このバトルロワイアルで必須の技能を私が拾得する事が出来れば
武器を持っているこのゲームに乗った人間も私の事を殺せない。何だかんだで同行を認めてくれるはず。
そうすれば、向こうに素直に従うフリをして隙を見て武器を手に入れ、そいつを殺せばいい。
そのために。
彼女は……田上 よしえは島の南にある集落の路上を照りつける日差しやそれによって流れ落ちる汗など構わずに
ただただ早足で歩き続けていた。
彼女が目指す場所はこの集落のどこかにあるだろう図書館、もしくは書店。
そこならば、確実にキャンプなどの野外活動の教本や家庭医療の本といった彼女の欲する知識の記された書物が見つかるはず。
「……あっつー。厭ンなるわね、この暑さは」
昨日に引き続いての猛暑は田上の体力をじりじりと奪っていく。
しかし、涼しくなる時間を待って動いていては、誰かに先んじられて本を持ち去られている可能性も出てくる。
彼女の目論見通り淋しい熱帯魚の如くヒラヒラと立ち回って生き延びるには、それだけは避けなければならない。
故に、ぶつぶつ文句をこぼしながらも彼女は歩いていく。
「………………」
今までの放送が証明するように、この島のどこかでは今も尚殺し合いが続けられているのだろう。
誰のモノかは知らないけれど、路上に血痕が点々としているのも見かけた。
しかし、延々と田上の視界に映っているのはゴーストタウンよろしく人の気配のない集落そのもの。
何度目になるかわからない、本当にこの島に他の芸人達もいるのか? という疑問を汗と共に振り払い
田上は交差点に差し掛かった所でふと足を止めた。そして目をこすり、ある一点を凝視する。
……あった。
彼女の視線の先にあるのは、街中でよく見かけるチェーン系列のそれではない、見るからに個人経営といった様子の小さな本屋。
店名を示した文字のペンキは剥げていて、軒先の庇も金属の骨組みだけとなっている。
見たところ窓が割れている様子も扉が開けっ放しになっている様子もなく、店内の本の保存状況は最悪ではなさそうで。
ならば、品揃えに若干の不安はあるモノの、探していた建物が見つかっていつまでもぼんやり立ちっぱなしになっているのも
何とも馬鹿馬鹿しい話ではある。
田上は口元に安堵の笑みを浮かべながらと本屋に近づき、扉に手を掛けた。
ぎぃ、と重たい扉を引き開ければ、外のむあっとした空気とは異なるいかにも古い本の匂いといった独特の芳香を帯びた空気が流れ出てくる。
本棚によって窓から差し込む光が遮られ、店内は薄暗くなっているけれども、この程度なら暗視ゴーグルを使うまでもない。
田上は扉を後ろ手に閉めると目指す本を探して実用書のコーナーへと進んでいった。
デイパックを一旦床に置き、続けられる家計簿の付け方だの編み物だのダイエットだのと言った本が並んでいる中を
うっかり見落としたりしないよう自然と息を殺しながら慎重に一冊、また一冊と背表紙を確認して本を探していく。
だから、彼女は気付かなかった。
足音を殺し、一匹の黒い野獣が今まさに彼女へと歩み寄って来ている事に。
「…………っ!」
不意に、田上の視界に左側から影が掛かる。
何ぞ、と思わず光が遮られた方を向いた刹那、田上の右側頭部に強い衝撃が叩き込まれた。
突然の事に踏ん張る事など出来るはずもなく田上の身体は雑誌類の書架に叩き付けられ、ずるずると床に尻餅をつく形となる。
「何……なの? 誰か、居るの?」
頭や身体が痛い為というよりも、脳が揺らされた事で頭が朦朧とし、状況の把握に手間取る。
辛うじて絞り出した言葉には、彼女の視界を塞ぐように立ちはだかる漆黒の着衣の大男がその存在で答えるけれど。
田上がそれがどういう事か理解するよりも早く、大男は田上の喉へと右手を伸ばし、ぐっと掴むと持ち上げた。
すぐさま左手も右手に添えられ、ギリギリとベアハッグの形で大男は田上を宙づりにしながらその喉を締め上げていく。
普段の数倍回転が鈍くなっている思考がさすがにこれは危険だと判断するけれど、その時にはもう遅い。
振り解くには相手と腕力差がありすぎ、暴れて逃げたくとも相手の太ももや腹部を蹴りつけても相手は動じず、
腕を振り回しても書架にぶつかるばかり。
「………………!」
結局為す術もないまま数十秒と保たず、気管と頸動脈を絞められた彼女の意識はすっと途切れていく。
最後に彼女のたわんだ視界に映り込んでいたのは、相手の鳩目入りの黒い帽子とサングラス。
鍛えられている事がわかる屈強な腕で、尚も首を締め上げられ続ける彼女が二度と目を覚ます事はなかった。
口の端から泡を吹いたままピクリともしない田上の肢体……いや、もはや遺体であろう……をどさりを床に横たえ、
大男は小さく安堵にも似た息を吐いた。
「……ほら、やっぱり殺せるやんか」
誰に告げるでもなく呟く彼の名はレイザーラモンの住谷 正樹。
昨日の夕方くりぃむしちゅーの上田の殺害に失敗し、逃走した彼は夜の内にこの集落にたどり着き、
今までずっとこの本屋に身を潜めていたのである。
民家などでなくここを選んだ理由は、最初は田上が本屋を目指したのと同じ、生き延びるために必要な知識の補完を行うため。
くりぃむしちゅー達から離れた後に確認した住谷のデイパックの中身は下剤入りの小瓶だった。
毒物ですらないこんなモノでは到底あの忌まわしい銃器に立ち向かう事は出来ない。
幾度も銃声が響き渡り、その度にあの学校で見かけた死体の生々しさが住谷の脳裏を過ぎっては彼の身体を強張らせる中で
それでも何とかするために知識を欲するのは知恵を持つ人間の必然の思考。
そして薄暗いこの店内で目的の本を入手してページをめくりながら住谷はふと思いつく。
自分と同じように考え、この店を探してやってくる連中が必ず現れるはずだ、と。
……ならば、ここで待ち伏せてそいつらを狩っていけばいい。
幸い、自分の今の格好はレイザーラモンHGの黒のエナメル革のコスチュームである。
肌の大半を露出しているわ、通気性ゼロ吸水性ゼロ、おまけに黒光りしているために太陽の光を吸収して大変だわという
デメリット色の高い格好ではあるけれども、これならこの薄暗い店内なら物陰に隠れればそうそう見つかるモノではない筈。
それにこの狭い店内ならいきなり銃をぶっ放されるような事にはならないだろう。
「………………」
方針が決まれば、後は実行するのみ。
会計のカウンターの中に窮屈ながらも潜り込んで待ちわびる事半日以上。
気の長くなるような時間は逐次書架から抜き出した本を読んで潰しながら、本来穏やかで生真面目な好青年として知られていた
黒い野獣の待ち受ける罠に、ついに一人の女芸人が足を踏み入れてしまったのだ。
彼女が書架に見入っている隙にカウンターから抜け出した住谷は、猫科の動物の如く足音を殺して近づいていき、
田上が視界の影から住谷の存在に気付いた瞬間、すかさず左のエルボーを全力で彼女の右側頭部へと見舞う。
「怨まないでくださいね。あなたが僕より弱いから、死ぬんです」
素の関西弁ではなく、HGの人格が強い時……ぶっちゃければHGを演じている時に発せられる
演技がかった標準語で昨日と同じ台詞を呟き、住谷はサングラスの下で目を細めた。
デイパックから暗視ゴーグルなどの使えそうな品々を自身のデイパックに移し、田上の遺体を店の外の藪の中に隠してから
再び住谷はカウンターの中に身を潜める。
バトルロワイアルの開始から時間が経ち、浮き足立っていた連中もさすがにそろそろ落ち着きを取り戻してくるだろう。
そうすれば、まだ何人かがここに駆け込んできて、無防備な背中を晒してくれるに違いない。
地味な作業であるが、そいつらを狩っていく事……それが彼は自身のスキルを活かしつつ当面死なずに済む一番の道。
けれども。
このバトルロワイアルがそんなに生易しいモノではない事を、彼はやがて身をもって知る事になる。
【田上よしえ 死亡】
【レイザーラモン 住谷 正樹】
所持品:下剤 暗視ゴーグル 家庭医療の本
状態:万全・銃恐怖症?
第一行動方針:本屋で待ち伏せる
基本行動方針:殺せそうな芸人から殺していく
最終行動方針:優勝
【現在位置:J6・本屋】
【8/16 13:35】
【投下番号:346】
まとめサイト432続き
『白紙委任状2.』
昨晩夜半過ぎから出始めた雲は徐々に空全体に広がり始めていた。
しかし未だ太陽は隠れ切らず、燦々と地面を照らし続けている。
自らに向かって真っ直ぐ伸びる植物達に恩恵を与えるように。
けれども、その恵みは地上全ての箇所に行き渡るわけではない。
深い森。こんもりと生い茂る樹木達は、相変わらずその下に光が入り込むのを拒んでいる。
ただ湿気と熱だけがそこにはあった。迷い込む者たちに、恐ろしいまでの不快感をもたらす環境。
人間に容易く侵されぬよう、自然とはそうなるように出来上がっているものなのかも知れない。
さて、今その只中を強い足取りで歩いている、孤独な男の話。
心より慕う先輩芸人との再会を遂げ、そしてまた別れてから、既に半日が過ぎた。
ななめ45°の土谷は、あれからほとんど休みもせずにずっと森の中を進み続けている。
彼を急がせているのは、ただ1つ頭に縫い止められた使命感。
これまで、BRに放り込まれてからつい半日前までの間には、果てしなく長く長く思えていた時間が
こうなって見れば驚く程あっという間に経過するものであることに気付く。
何か果たさなければならないことが出来ると、途端に時は短くなってしまうものなのだと。
視線は絶えず下に落としている。
この島のどこかに、長らく連れ添ったトリオのメンバー、岡安と下池が存在する筈なのだ。
何処かで倒れていて、永久の静寂を保ちながら、土谷に捜し当てられるのを待っている。
絶対に見過ごすまいと頑張ってはいるが、しかしまだ彼らはおろか他の人間
―生きているものにも死んでいるものにさえも、一切出会えていない。
予め分かってはいたが、捜索は困難を極めた。
薄闇の中で只管に凝らす目の奥が、しくしくと痛んで視界が霞む。
加えて日を通して溜まりに溜まった疲労はそろそろピークに達する頃だ。腿が痺れ、膝が揺らぐ。
が、それでも土谷は一向に諦めることも止まることもなかった。
強い意志が彼の心を励まし続けていたから。
極力早く、相方達を捜し出さねばなるまい。何しろ遅くなればなる程、自分の身も危うくなる。
危険に巻き込まれる前に、せめて死ぬ前に、2人の死体 …いや、人間を、見つけ出したい。
見つけ出さなくてはならない。
トリオのリーダーとして、出来ればメンバーの生前にそれらしくありたかったのが今や不可能となってしまったのだ。
だからこそ、そのくらい成し遂げられずにどうするだろう。
それこそが、野村の言葉を借りるならば、彼の立場に対するせめてものけじめとなる。
何も成さないまま命を落とすことだけは、何としても避けたい。
(野村さんと約束した。野村さんも磯山さんを捜すために頑張ってるんだ。俺もきっとやれる。
最後の最後くらいリーダーらしくあいつらに会って、一言言っとかないと。そんで、区切りを付けないと。
そうすれば、きっと俺もあいつらも、思い残すところがなくなる。だから、早くしないと)
彼の背を押すものは、この考えしかなかった。またこれだけで充分とも言えた。
30年近く生きてきて、これ程までに強い思いに突き動かされたことはないのではないだろうか。
そう思える程、この行動方針は輝くような確かさを持っていた。
生きる価値すら自分にはないと考え始めていた時、野村によって提示された救いの道。
そこに縋り付くことが、今の土谷にとっての“生”そのものだったのだ。
ただ食糧と水、双方に於いて無謀にも近い節約が強いられるため、開始以来それらを一度として満足に口に出来ておらず、
熱った身体はからからに乾いて喉がひび割れるようだったし、空腹から生じる脇腹が痛むような感覚は抑えようがない。
厳しい環境に加え、生き物として極当たり前の体内からの催促が彼を苦しめた。
それを紛らわすように、土谷は支給された勉強道具セットの1つである学習ノートに文字を書き連ねるのに熱中していた。
時に歩きながら、時に木陰で休みながら。
何事かぶつぶつ呟きつつ、一旦ひたすらに言葉を書き並べては、また考え直して付け足したり消したり。
幾度も幾度も繰り返す。 少しずつ埋まっていくページ。
「電車ネタだけは絶対外せねぇよな。お約束ネタだし、人気あるし。
そうなると岡安の車掌とあと誰か、って感じで…変態2人に割と普通な人物の俺が突っ込む形が一番いいだろうから、
―下池に女装でもさせるかな。うーん、出オチにならないよう展開をちゃんとしないと…」
それは、トリオで演じるネタの台本だった。
出来れば、年始に開催する筈だった単独ライブで、大勢の観客の前で披露したかったもの。
もうそれは、決して叶うことはないけれど。
まだ若干先の話だったため本番に向けた準備は何一つ行っていなかったが、頭の中にアイデアだけは溜めている。
お陰で幾らでもペンが走った。こんな状況でおかしな話だが、随分調子がいい。思わず笑みが浮かぶ程だ。
確かにはじめは、ただ単に空腹と渇きを誤魔化し忘れたかったために始めた作業であった。
「役に立たない支給品」であったノートを眺めていた時にふと思い立って、書き出してみようかと考え付いただけのこと。
しかし書いていく内段々と案が膨らんでいく中で、もう1つ、
本人にさえ思いもよらなかった目標が生まれるに至った。それは、
(この機会に自分の全てを出し切って、トリオの歴史上最高の台本を作り上げよう)
共にこれを舞台で演じる同志達は既に亡い。それでも、関係ない。
お笑い芸人として全精力を尽くして何が出来るかと言えば、最終的にはやはりネタだ。
最後の最後に1つくらい、ななめ45°が存在した証として形あるものを完成させたい。
いつか2人に再会する、その時までに。
そして彼らを捜し当てた暁には、この最強の台本をメンバーに手向けてやるのだ。
花などは要るまい。自分達は芸人だ。供えるものとしてこれ以上に相応しいものがあるだろうか。
自分達の知らない内に素晴らしい新ネタが出来上がっていて、それがいきなり相方によって手元に届けられたなら。
岡安も下池も、きっと大いに驚くだろう。そして必ず、喜んでくれるに違いない。
それを思えば、苦しみを全て忘れられた。
―現実逃避。
(勉強道具セットも捨てたもんじゃないな。紙と鉛筆だけじゃ書き辛くて仕方ないけど、これなら歩きながらでも書ける。
本当、ネタ作りには打ってつけだ。ずっと要らないと思ってたけど、やっと使い道が判明したわ。
…しかしあれだな、こんな状況で新ネタ作ってるのなんて、多分俺くらいのもんじゃねぇのかな。
普通の精神なら、とてもじゃないけどこんな時にお笑いのことなんて考えられないだろうし。
何しろ俺、笑いに賭けてたんだもん。どんな時にだって絶対忘れるわけない。だからこんなことが出来るんだ。
…何かこの期に及んでやっと一端の芸人らしく振舞えてるな、なんて)
ちょっと格好の付いた自分が嬉しくて、一層笑いが深くなった。
―実際のところ、人生全てを『笑い』に傾け、BRに放り込まれて尚その呪縛から逃れられない者など幾らでもいる。
それこそ土谷には考えも及ばないような、異常なまでの執着心で。
更には、土谷が3日目にしてようやくネタのことに気が行くようになったのに対し、
初日からそのことばかりを思い、心血を注ぎ、正に命を削る勢いで取り組んだ芸人さえ存在したのだ。
これらは無論、土谷には知る由もない事実だが。
けれども、彼のこの思い違いを馬鹿げているなどと言うことは何人にも出来まい。
当人が真に懸命になっている限りに於いては。
2つの希望。 今の心境はどこか、頭上に僅かに見える空に似ている。
雲間から光が差し込み、降り注いでいるような。
いつか雲は完全に割られ、日光が世界を明るく照らし出してくれることだろう。
そう思っていた。そう望んでいた。
この国の何処か、BRとは全く切り離された平和な場所で、読み上げられているある予言。
『今日のお天気は下り坂です。西日本を中心に日本列島は次第に雨雲に覆われ、
午後から全国的に雨、所により激しい雷雨となるでしょう。
お出掛けの際には傘をお忘れにならないよう、ご注意ください』
彼は、知らなさ過ぎた。
―――
ずっと足元とノート、下方にばかり気を取られていたために、
前方からひとりの人間がこちらに向かってゆっくりと歩み寄って来ていたことに、しばらく気が付かずにいた。
我に返った時には、特に注意をしないまでも藪の揺れるガサガサという音が耳に届くまでに、
何者かが近付いている。
( しまった、油断して― )
瞬時に血の気が引き、どきりと心臓が跳ねた。
おそるおそる、顔を上げる。
そこにいたのは。
「 … パンさん!!」
半日前と、よく似たシーン。
何と言う奇跡だろう。またも眼前に現れたのは、土谷にとって非常に馴染んだ人物の姿だったのだから。
細身の体をふらりと夏草の中に直立させて、こちらを眺めている男。
同じ事務所の先輩芸人。
ダブルブッキングの、黒田俊幸。
土谷にとっては野村と同じ直の先輩。彼もまた、事務所内でも特に勝手を知った仲だ。
各所のライブで度々共演していた上、普段も一緒に食事に行ったりお笑いについて真面目に意見を交換し合ったりして、
随分打ち解けていた。先輩後輩の括りを感じさせない気さくさが、若い身には随分有り難かったものだ。
まさか二度も親しい者との再会が叶うとは。土谷の心は感激に満ち溢れる。
黒田はいつも通りの、やんわりとした優しげな笑顔でこちらを見つめていた。
いかにも彼の人の好い性格を表している、あの表情で。
思わず腕を開げながら駆け寄った。
「パンさん!あぁ会えるなんて思わなかったですよ!無事で良かっ……」
“いつもの”黒田ならば。 軽快な声を張りながらこちらへ走ってきて、
喜びを全身で表現しつつ抱き付いて来る等したであろう。
長らくの付き合いから、土谷はそう、当たり前のように思っていた。
けれども。 今の黒田は土谷の知る彼とは既に少しだけ、違っていた。
黒田がすっと腕を伸ばす。 横にではなく、前方へ向かって。
そのまま行けばほんの数秒で縮まる筈だった二者の距離は、その細い腕によって永遠に保たれた。
近付いて来たのは、黒田自身の身体ではなく、彼の指に絡められた、実に無機質な金属の塊。
こちらに向かって口を開ける真っ暗な銃口と、
「 ………パンさん ……? 」
そして、 死だった。
【ななめ45° 土谷隼人】
所持品:勉強道具セット一式
第一行動方針:岡安と下池を捜す・新ネタの完成
基本行動方針:相方捜索
最終行動方針:未定
【ダブルブッキング 黒田俊幸】
所持品:ワルサーPPK(6/7) 、控え銃弾(5発)
第一行動方針:相方と生き残るために他人を殺す
基本行動方針:相方と生き残るために他人を殺す
最終行動方針:未定
【現在位置:森(F5)】
【8/17 11:26】
【投下番号:347】
>>136 投下乙です。虎視眈々と獲物を狙う住谷が恐い…
でも格好がHGというギャップがw
これから彼の身に何が起こるのか、楽しみで堪りません。
146 :
名無し草:2008/07/21(月) 02:20:33
保守
>>136 田上…また一人去り行く女芸人。
知識を集めるために本を!っていう発想はなかった。確かにありうる。
HGはこれからどうなって、どこまで行ってしまうのが楽しみ。
>>145 先輩後輩の哀しい邂逅…!
パンさんはもう脳味噌があっちに逝っちゃったよ土谷。逃げろ。
土谷の命運が気になる。
>>74-78 の続き
『クラブハウスの魔(法少)女 .3』
「………………」
くわばたの気配が遠ざかっていってまでさすがにいつまでも呆然としている訳にも行かず、島田はようやくヨロヨロとながらも動き出した。
まず、ぐったりとした赤岡の身体を両腕で抱え上げ、先ほどまでくわばたが眠っていた長椅子に横たえてやり
そして汗やスーツの隙間から入ったのだろう土で汚れたワイシャツを脱がすべくボタンを一つ二つ
手間取りながら外した所で、島田はある事を思い出した。
「…………あっ」
くわばたは自分が先ほど脱ぎ捨てた濡れた衣服を取ってくると言っていた。
その中には間違いなく『あれ』も含まれている筈で。
そう思い至った瞬間、島田は胸元を露わとする中途半端にセクシーな状況となった赤岡を残して踵を返すと
くわばたを追いかけてロビーへと駆け戻っていった。
「………………っ!」
ぺたぺたと足音を立てて駆け込んだロビーには、当然のようにくわばたの姿があり、
息せき切った様子の島田に……というよりもその格好にくわばたは眉を寄せる。
「何無造作にデカいだけのモノぶら下げとんのよ」
「いや、その、水に溶かす金平糖取りに来たというか、あの」
「そこにバスタオルがあるから腰に巻いとき。レディーの前なんやから」
「あ、ありがとう……っていうか」
彼らよりも前にここに立ち入った先客がクラブハウスの中を物色した時にかき集めたのだろう品々を視線で示して告げるくわばたに
島田は素直に礼を言うけれど、その様子はどこかぎこちない。
それも仕方のない所だろう。
何故なら、くわばたが既に片手にまとめて持っている濡れた黒い布の塊……島田の衣服からしたたり落ちる泥水は
どこか不自然な赤みを含んでいて。
その赤み、島田がこうして慌てた原因は昨晩島田のワイシャツに染み付いたいつもここからの菊地の血。
赤岡の怪我の大半は打撲で、切り傷は左腕のものぐらいである事、そして目の前の島田の裸体を見ても額に巻かれた包帯の奥以外に
怪我をしているような箇所が見られない以上、さすがにくわばたもこの血が第三者のモノであると気付くだろう。
「………………」
「………………」
今も尚赤みを帯びた水滴がしたたり落ちていく中で、自然と互いに口が閉ざされ、ロビーには気まずい沈黙が流れる。
しかし、放っておけばいつまでも続くのではないかとも思われたそれは、案外容易に終わりを告げた。
「何やっとんの。金平糖取りに来たんやなかったん?」
「でもそれ……ワイシャツの…………」
「今はそれをどーこー言うてる場合やないやろ? 今は赤岡を優先、そうやないんか?」
自業自得ではあるけれども菊地を……芸人仲間を手に掛けた事を糾弾されるのでは、そうでなくとも
バトルロワイアルのルールに乗っている人間だと警戒されるのでは、と思わず身構える島田にくわばたはさも当然のように平然と言い放つ。
何せ彼女自身がバトルロワイアルのルールに則って既に芸人を殺しており、これからも殺していこうとしている人間なのだから
今更服に血が付いている程度でキャーキャー言っていられるほど暇ではない。
「そりゃあ、これが小原のやったら許さへんけど、ちゃうんやろ?」
重ねて問いかけるくわばたの言葉に島田はすかさず首を縦に振って答えた。
やったらそれでエエ。そう呟いて僅かに目を細めるくわばたの行動は、あまりに状況を割り切りすぎていて
赤岡の熱中症を見過ごせない、という先ほどよりも『バトルロワイアルの前に無力な女芸人』という当初の設定から逸脱しかかっている。
そこを適切に指摘されたならば、もしかしたら厄介な事になっていたのかも知れないけれど。
「………………」
くわばたにとって運が良かった事に、島田はそんなくわばたに違和感を感じるどころか
逆に感謝の念と女の人ってやっぱり強いんだなぁ……という感慨を強めていた。
元来の騙されやすさも影響しているのだろうが、父親を早くに亡くし、末っ子の長男として母親と姉達に囲まれて育ってきた中で
島田に女性特有の強さを目にする機会が多々あったのも、くわばたのドライさを当然のものと認識させる一因になっていたのかも知れない。
ともあれ、結果オーライ的に島田の信頼を勝ち得ながら、くわばたはバスタオルを腰に巻き、自身の荷物が入った
水色のリュックを抱えた島田と共に先ほどまで居た元のスタッフルームへと戻る。
そして赤岡のワイシャツとボトムを完全に脱がしてやり、全身の至る所に打撲の痕の見られる華奢な身体に
軽く引きながらも濡れた島田のスーツを押しつけて皮膚を湿らせ、気化熱によって体温が下がるよう手当を施していく。
首や脇や太ももの付け根といった、太い動脈が走っていて特に体温を下げるために重要な箇所には靴下などを貼り付け、
島田もその間に食料から抜き出した金平糖を砕いて溶かした水を、赤岡の口に惜しみなく含ませてやって。
「色々揉めたとは聞いてたけど、まさかここまで打撲のダメージが酷いとは思わへんかったからな……回復するかどうかは
五分五分どころか三対七か二対八かって分の悪さやけど、まぁこれで打てる手は殆ど打てたんちゃうかな」
赤く腫れている程度ならともかく、内出血の兆しの見られる箇所が散見される赤岡を一瞥して眉を寄せ、くわばたは呟いた。
「後は赤岡次第って事ですね。でも本当にありがとうございます。僕一人じゃ水も飲ませてあげられなかったし、何も出来なかった……」
これは例え目が覚めても肉の壁に使うにはちょっと分が悪いかしら。そんな口に出すには物騒すぎるくわばたの内心を知らぬまま
島田は素直な感謝の気持ちを言葉とする。
バトルロワイアルというこの状況からすれば、ここまで率直だと逆に何か裏があるのではという錯覚にも陥るものだが、
赤岡ならともかく、島田に……特に今の状況の彼にそのような策を弄する余裕はない筈。
長年の付き合いから来る分析も込みでくわばたはそう断じると、困った時はお互い様やろ? とそれだけ答え、微笑ましげに目を細めた。
クラブハウスの中は屋根と壁により日差しは遮られているとはいえ、建物で空気が閉じこめられている所に
その屋根や壁が蓄えた熱が浸透してくる為、じっとしているだけでもじんわりと汗ばんでくる。
手当が一段落してしばらくの後、入口を見張っているからとスタッフルームの赤岡を島田に任せるとくわばたはロビーに戻り、
先ほどバスタオルを引っ張り出した雑多な品の中から一振りの棒状のモノ……ゴルフのクラブを取りだしていた。
「………………」
長らくこの島が放置されていた以上仕方のない所だろうが、チタン? カーボン? 何それ食べられるの? とでも言いたげな
古い型の5番アイアンは、実戦での使用に耐えられるか正直微妙な所ではある。
けれども6時間近く前にこのロビーにいた先客、中山 功太がパターをそうしたように、
この程度のモノでも多少の効果が期待できるのならば身を守るために持ち出しておくべき品であろう。
「……まぁ、これぐらいやったら、万が一裏切られても即致命傷にはならないやろし」
5番アイアンを軽く片手で振り回し、くわばたはぼそりと呟いた。
何を考えているのか、その声色は低く、双眸も先ほどまでとは違い冷ややかな光を帯びている。
……他にも何か使えるモノが残っていないだろうか。
5番アイアンを一旦他所に除けてくわばたが尚も品々を覗き込もうとした所で、不意に辺りに大音量のノイズが響き渡る。
「……放送、か」
大勢死んでいてくれると助かるンやけど。そう小さく呟くと、告げられる情報を逃さぬよう
彼女は素早くデイパックから地図と鉛筆を引っ張り出した。
【号泣 赤岡 典明
所持品:MP3プレイヤー(2回目の放送収録) マイクスタンド 薬箱
状態:左腕に裂傷(手当て済)・右頬に軽い火傷・全身に強い打撲・眩暈・疲労・発熱・失神・熱中症の恐れ(手当中)・祝31歳
基本行動方針:生存優先・襲われたなら反撃もやむなし・でも殺さない
第一行動方針:川で水を補給する
最終行動方針:MP3プレイヤーに漫才を収録する・悔いのないように行く】
【号泣 島田 秀平
所持品:犬笛 (以下、水色のリュック内) 缶詰2個 シャツ ネズミのカチューシャ
状態:額に裂傷(手当て済)・躊躇・疲労・喉の渇き・裸体の腰にバスタオル
基本行動方針:生存優先・赤岡を信じる・くわばたを信じる・出来ればネタ以外で赤岡を助けたい
第一行動方針:赤岡の回復待ち
第二行動方針:川で水を補給する
最終行動方針:不明】
【クワバタオハラ くわばた りえ
所持品:グロック26(11/11)・熊のぬいぐるみ・魔法少女の杖・5番アイアン・支給品(小原の物)
(予備弾丸 9mmパラベラム弾 ×13)
状態:やや疲労
基本行動方針:無理せず殺す
第一行動方針:号泣に恩を売って当面の手駒にしたい
最終行動方針:優勝する】
【D7・クラブハウス】
【16日 12:00】
【投下番号:348】
>>152 投下乙です!
不安を誘う状況のはずなのにセクシー赤岡とかでかいだけの島田とかが笑いを誘うw
くわばた冷静で怖いなー。続きも楽しみにしてます。
154 :
名無し草:2008/07/26(土) 23:27:44
保守
156 :
名無し草:2008/08/02(土) 00:01:14
保守
ほす
もうすぐスレが始まって3年目になるけど、向こうの世界のお笑い界は
カオスな事になってるんだろうな。
吉本はロワに選ばれなかった面々で何とか抜けた分を補えるだろうけど
人力とか事務所によっては主力がごっそりいなくなってる訳だから
事務所の合併とかお笑い部門の廃止とかもあるだろうし
チャンスを求めて大阪で燻ってる芸人が大量に東京に流れたりもするんだろうし。
もうお笑い界大編成とかおこなわれてる感じじゃね?
少なくとも人力とタイタンはもう成り立たないよね、完全に。
162 :
名無し草:
投下期待age