1 :
名無し草:
2 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:18:48
3 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:19:47
◆その他のお約束詳細
・萌えないカップリング話やキャラ話であっても、 妄想意欲に水を差す発言は
控えましょう。議論もNG(必要な議論なら、早めに別スレへ誘導)。
・作家さんが他の作品の感想を書く時は、名無しの人たちも参加しやすいように、
なるべく名無し(作家であることが分からないような書き方)でお願いします。
・あとは常識的マナーの範囲で、萌え話・小ネタ発表・雑談など自由です。
・950を踏んだ人は新スレを立ててください。
ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、485KB位で新スレを。
他スレの迷惑にならないよう、新スレの1は10行以内でお願いします。
※議論が続いた場合の対処方法が今後決まるかもしれません。
もし決定した場合は次回のテンプレに入れてください。
4 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:20:12
◆その他のお約束詳細
・萌えないカップリング話やキャラ話であっても、 妄想意欲に水を差す発言は
控えましょう。議論もNG(必要な議論なら、早めに別スレへ誘導)。
・作家さんが他の作品の感想を書く時は、名無しの人たちも参加しやすいように、
なるべく名無し(作家であることが分からないような書き方)でお願いします。
・あとは常識的マナーの範囲で、萌え話・小ネタ発表・雑談など自由です。
・950を踏んだ人は新スレを立ててください。
ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、485KB位で新スレを。
他スレの迷惑にならないよう、新スレの1は10行以内でお願いします。
※議論が続いた場合の対処方法が今後決まるかもしれません。
もし決定した場合は次回のテンプレに入れてください。
5 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:20:31
6 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:21:15
◆「SSスレッドのガイドライン」の有閑スレバージョン
<作家さんと読者の良い関係を築く為の、読者サイドの鉄則>
・作家さんが現れたら、まずはとりあえず誉める。どこが良かったとかの
感想も付け加えてみよう。
・上手くいけば作家さんは次回も気分良くウプ、住人も作品が読めて双方ハッピー。
・それを見て自分も、と思う新米作家さんが現れたら、スレ繁栄の良循環。
・投稿がしばらく途絶えた時は、妄想雑談などをして気長に保守。
・住民同士の争いは作家さんの意欲を減退させるので、マターリを大切に。
<これから作家(職人)になろうと思う人達へ>
・まずは過去ログをチェック、現行スレを一通り読んでおくのは基本中の基本。
・最低限、スレ冒頭の「作品UPについてのお約束詳細」は押さえておこう。
・下手に慣れ合いを求めず、ある程度のネタを用意してからウプしてみよう。
・感想レスが無いと継続意欲が沸かないかもしれないが、宣伝や構って臭を
嫌う人も多いのであくまでも控え目に。
・作家なら作品で勝負。言い訳や言い逃れを書く暇があれば、自分の腕を磨こう。
・扇りはあまり気にしない。ただし自分の振る舞いに無頓着になるのは厳禁。
レスする時は一語一句まで気を配ろう。
・あくまでも謙虚に。叩かれ難いし、叩かれた時の擁護も多くなる。
・煽られても、興奮してレスしたり自演したりwする前に、お茶でも飲んで頭を
冷やしてスレを読み返してみよう。
扇りだと思っていたのが、実は粗く書かれた感想だったりするかもしれない。
・そして自分の過ちだと思ったら、素直に謝ろう。それで何を損する事がある?
目指すのは神職人・神スレであって、議論厨・糞スレでは無いのだろう?
7 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:22:14
◆作品UPについてのお約束詳細(よく読んだ上で参加のこと!)
<原作者及び出版元とは全く関係ありません>
・初めから判っている場合は、初回UP時に長b編/短編の区分を書いてください。
・名前欄には「題名」「通しNo.」「カップリング(ネタばれになる場合を除く)」を。
・性的内容を含むものは「18禁」又は「R」と明記してください。
・連載物は、2回目以降、最初のレスに「>○○(全て半角文字)」という形で
前作へのリンクを貼ってください。
・リレー小説で次の人に連載をバトンタッチしたい場合は、その旨明記を。
・作品UPする時は、直前に更新ボタンを押して、他の作品がUP中でないか
確かめましょう。重なってしまった場合は、先の書き込みを優先で。
・作品の大量UPは大歓迎です!
8 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:24:11
※※※次回のテンプレを張られる方へ。※※※※※※※※※※※※※
自分のミスで、このスレのテンプレは、
>>3と
>>4が重複しています。
次スレ立てるときは、
>>3の部分に、
>>7を貼ってください。
申し訳ございません。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
9 :
名無し草:2008/04/13(日) 22:25:47
10 :
名無し草:2008/04/14(月) 00:19:15
新スレ乙&おめでとうございます。
競作参加作UPします。
――あなたが死んだら。待ち合わせをしましょうね、あの場所で。
大丈夫。あなたなら分かります。浄刹で、屹度お逢いしましょうね。
「もし、もし? 夜分に恐れ入ります。よいこらしょっと」
「うごぉッ」
「お目覚めでございますか、魅録さま。お目覚めで?」
「あ、当たり前だ、お前みたいなのが腹の上に落ちてくればッ。鳩尾に肘いれ
やがって……って誰だおまえ? つーかものすごく小さい。なんだお前ッ!?」
「ご覧の通り、手の平サイズの爺で御座いますよ。当然人間では御座いませんが、
……恐ろしいですかな?」
「いや別に。小さいし。んな事よりなんの用だ、こんな夜中に」
「実は折り入ってお願いがあって参りました。私、ある事情から縛束の術をかけられ
まして。見てください、体に巻きついたこの鎖。これのせいで行くところへも行けず、
たいへん難儀をしております。そこで魅録さまにお力をお貸しいただけぬかと…」
「ある事情ってなんだよ?」
「まぁその辺りは適当に想像なすって下さいまし。生きておれば色々ございます」
「なんだそれ。まーいいけど。で、どうすればいいんだ。と言うか、そもそも
なんで俺なんだ?」
「代打でございます、弥勒菩薩さまの」
「いきなりビッグネームだなオイッ。禁止薬物使ってもムリだろ、そんな代打」
「菩薩さまの言霊は如何なる結界をも貫き、遍くこの世に響き渡ると聞きます。
此処は悠久の昔より言霊の幸ふ国。たとえ人間であっても同じ響きの名を持つ
魅録さまならば、それなりの効力が期待できると踏んだわけでして」
「人選間違ってる。名前違ってもいいから偉い坊さんとこに行け」
「なに方法は簡単でございます。真言秘術の三密言をご存知ですかな? つまり
とある三つの言葉を唱えて頂くだけでよろしいので。ただひとつ厄介なのは、
アヤカシである私の口からはその言葉をお伝えする事が出来ず……」
「八方塞がりじゃねえか。もームリ、絶対ムリ。諦めろ」
「ご心配には及びませぬよ。さり気ない会話の中で、自ずとその言葉が魅録さまの
お口から出るよう、私が誘導いたしますから」
「丑三つ刻に世間話しろってか。あのさ、ほんと方向性まちがってるからヨソ当たった
方がいいって。べつに面倒だから言うわけじゃない、お前のためだ。な、そうしろ」
「試しもせずにその仰りよう。ああそうですか、そんなにお嫌ですか……」
「なんだよその眼つき……殺気が篭ってんじゃねえかッ!脅しか、俺を脅す気か。
分かった。付き合おう」
「さすがは魅録さま。物分りがよろしゅうございますな。では手っ取り早く
クイズ形式で伺います。孝行者が立身出世を遂げて故郷へ戻る事を慣用句で
なんと言いましたかな?」
「なんつったっけな。ああアレだ。錦を衣て夜行くが如し」
「何故わざわざ認知度の低い方を選択しますかな?」
「だっておまえ、さっき俺にエルボー入れたろ。人にものを頼む奴がそんな事して
いいと思ってる?」
「……」
「分かった。殺気を漂わすのはよせ。でその慣用句のどの言葉がそうなんだ?」
「最後の動詞を名詞法で」
「ふーん。じゃ言うぞ。準備はいいか?」
「お願い致します」
「故郷に錦をかざぐるま………待てって。冗談だって。俺だって恥ずかしかった
んだぞ、言うの」
「なら言わねばよう御座いましょう」
「こんな夜中に叩き起こされて変なテンション上がってんだよッ。
よし、じゃあ今度こそ言うぞ。飾り。おっすげえ、鎖短くなった!……う、体だりぃ。
なんだこれ、副作用? ちょっと休憩させてくれ」
「そんな暇は御座いません。日の出までに済まさねばすべてパーで御座います」
「そう言われてもな。そうだ、ダチ紹介してやるからちょっと行って来いよ。
悠理なら霊感強いから効くぞ、たぶん」
「まぁ魅録さまがご紹介下さる御仁なら言霊の効力に差し障りも御座いません
でしょうけれども……ふぅ、宜しゅう御座います。悠理さまと申されましたか?
では私が参上する旨、先方様に打電しておいて頂けますかな?」
「打電? ああメールのことか。了解」
「こ、これが悠理さま……なんと可愛げな寝が……ごげあッ!」
「只今戻りました」
「早かったな……どうした、鼻血でてるぞ」
「寝返りのついでに腕十字固めを見舞われましてな。一体どういう育ちを…」
「おまえも俺を起こすのにジャンピングエルボー使ったよな?な?」
「いや、それにしても可愛げな寝顔で御座いましたなあ」
「こっち見ろ。眼逸らすんじゃねえ。てか腕十字は関節技だろ。なんで
鼻血出してんだよッ」
「そのような事より。ご紹介下さるのは有り難いのですが、出来得れば
マトモな方をお願いしとう御座います」
「贅沢言いやがって。ん〜じゃ野梨子だな。マトモを絵に描いたような人間だぞ」
「それは何より。さっそく無電の方よろしくお願い致します」
「メールな。わかった」
「お邪魔いたします……あっ」
「こんばんは。どうぞお座りくださいな」
「あなたは……あ、いえ、あの、お話は魅録さまから?」
「ええ、さきほどメールが届きました。『体中に鎖を巻きつけた放置プレイ中の
不憫な老人が行くので、せめてもの慰めに与太話に付き合ってやってくれ』と」
「……あのクソ餓鬼」
「それで何をお喋りすれば宜しいのでしょう?」
「……」
「どうかなさいました?」
「いえ、あの、少しの間でよいのです」
「はい?」
「……あなたの膝で、泣かせては貰えますまいか?」
「お、戻ったか爺さん。……どうしたんだよ、ボーッとして」
「野梨子さまがあまりにお美しく。そう、あの方はまるで竹取物語のかぐや…」
「姫? うわ、体だりぃ。てめ、引っ掛けやがって。あれ? 鎖まだ残ってるぞ。
野梨子じゃダメだったのか?」
「見惚れてしまってそれどころでは御座いませんでした」
「見惚れてたぁ? オイオイ気をつけろよ。ヘタに手を出すと幼馴染という名の
用心棒に消されちまうぞ」
「そんなつもりは御座いませんよ。ただ遠い昔、懇意にしていた尼僧に面差しが
よく似ておられましたのでな。ついつい想いが迸り…」
「なにかしたのか!?」
「何も。ただちょっとの間膝をお借りしたのですよ。温かく柔らかく、その上
いい匂いのする太股でございましたぁ…」
「それ、バレたらヤバイ気がする」
「なんの、人間なんぞに後れは取りませぬよ。時にここだけの話、この縛を解く
三つの言は、私がその尼僧に捧げた言葉から尼僧自身が選んで術に昇華してくださ
れたものなのです。『尼僧でありながらまるで姫君のような君。野辺で手折りし
この花を君が御胸に飾りたる事叶わば、私は生涯……』と、まぁそんな事を若さに
任せて口走ったわけでして、ほほほ」
「じゃあついでに鎖もその尼さんに取って貰えばよかったじゃないか」
「それが言に願を籠めるのが思いのほか厄介でしてな。加持を終える頃すでに
あの方は気息奄々。縛を解くどころか、生きる力も残っておらぬ有様で」
「そりゃ気の毒だったな。爺さんも辛かったろ」
「愛しい女は去る。縛は残る。ダブルスチールで御座いました」
「パンチ、な」
「浄刹で逢いましょうと言われたことが唯一の慰めでしたが、この鎖が消えぬこと
には死さえ叶わぬ身。寿命も尽きて久しいと云うのにいつまで生き恥を曝せば
良いのやら。尤も、死んだところでアヤカシの私には迎えもおらず、あの方の待つ
浄土へ上がるなど夢のまた夢ですがな。どの道逢えぬものならば、恥に塗れて
この世に在るより、地獄巡りにでも出掛けた方がよほど気が紛れると云うものです」
「そんなに惚れてたのか」
「淑やかな見目に似合わず、間の抜けたところのあるお方でしてなぁ。そこがまた
可愛らしゅうて、愛しゅうて……」
「おい泣くなって。よし、次は可憐に頼んでみろ。あいつは情に篤いやつだから」
「おお、さようで御座いますか。ではさっそくモールス信号の方よろし…」
「メールな。だんだん遠くなってるぞ」
「戻りました」
「早ッ!」
「『寝不足は美容の大敵。起こしたら絶交』と貼り紙がありましたので」
「もともと付き合いなんかないだろ」
「袖振りあうも他生の縁。これを契機にどのようなお付き合いが始まるか、男女の
仲というものは実に奇妙なもので御座いますからな」
「ついさっき尼さんの話で涙ぐんでた爺さんはどこへ行った?」
「男たるもの何時までもメソメソしてはおられませぬ。さあ、お次はどなたですかな」
「美童んとこでも行って来い。あいつならまだ起きてるだろ」
「では手旗信号の方よろ…」
「メールな。覚える気ないだろ、おまえ」
「お邪魔いた……アッこれは……ほほう…ははぁ…いやはや勉強になりますな。
や、今度は腕をあちらに、足をこちらに……ほぅ、これはまた前衛的な……」
「今度はずいぶん遅かったな。うまくいったのか?」
「なにぶんナニがアレでしたので、見学だけで退散して参りました」
「見学ぅ? なにやってんだよ、もういっぺん行って来い」
「いやもう十分。眼福も過ぎれば目の毒と云うもので」
「爺さん、いったい何を……?」
「ホホホホホホホホ。聞きたいですかな、詳しく?」
「聞きたくねーッ、ダチのそんな生生しい話くわしく聞きたくねーッ!」
「これまた初心な反応。や、さては魅録さま、ど…」
「あ…おまっ…ちがっ…るせーよッ。あーもうお前なんか清四郎に凹まされて来い!」
「ハイハイ、行って参ります。ではメールの方よろしく」
「メールな。あ?今メールって……なんだよ」
「お邪魔いたします清四郎さま。やや、これはお茶にお茶菓子。見ず知らずの
爺をこのように歓待してくださるとは、なんと感じのよい御仁」
「たいしたお構いも出来ませんが、どうぞお座りください。ところでお姿から
お見受けするに、あなたは西国出身の晦(クヮイ)さんではありませんか」
「おや、私をご存知で?」
「実は最近、拾芥抄を読み終えたばかりなんですよ」
「ほう、鎌倉期に編まれたあの百科全書が今でも読まれておりますか。あれには
若気の至りのイタズラが針小棒大に記されて往生したものですよ」
「針小棒大? またご謙遜を。その鎖はあなたの日頃の振る舞いを危ぶんだ
鎮濫上人によって巻かれたものだそうですね」
「なに一寸した痴話喧嘩でして。いえプレイでは御座いません。それにつけても
人間というものは実に果敢無いものですな。この鎖を解くことも出来ず、
あの方は私を置いてあっさり逝ってしまわれた…」
「そこで人間の口を借りて縛を解こうと?」
「アヤカシの私に人の術は使えませぬので、ご協力を願っておるわけです」
「しかし三密言の元々は阿吽の間に黙の一文字を入れたもの。それに倣い、通常
秘術に用いる言は漢字三文字だったと記憶しているのですが?」
「博識でございますなぁ清四郎さまは。実を申しますと、それには一寸したロマンス
が御座いましてな。清四郎さまは鎮濫が女人であったことをご存知……」
「何らかの意図があってそうした、というわけですね。それだけお聞きすれば
十分です。さ、始めましょうか」
「……あ、さようで御座いますか。ではさっそく。えー清四郎さまは女人の
どんな表情がお好きですかな?」
「やはり微笑んでいる姿が一番きれいに見えるでしょうね」
「ああそれ、その微笑むを別の言葉でッ」
「笑う?」
「おしいッ。活用がおしいッ。進行形とかお願いする感じでもう一度ッ!」
「なるほど、分かりました。では少々お待ちいただけますか。この手のものは
紙に書いてみないと上手く纏まりませんので」
「は?」
「――お待たせしました。解けましたよ。名詞形の飾り、姫だけでは
はっきりしませんでしたが、笑うの活用に拘ったところで確信しました。
肝心なのは言葉ではなく、文字そのもの。つまりアナグラム」
「穴……なに?」
「かざり・ひめ・わらって。並べ替えると『めっかわひてらざり』――
メッカは日照らざり。これは聖地から光を消してしまうための呪…」
「もしもし?」
「縛を解くなどと嘯いて、実はこの世から光を消そうと画策していたのですね」
「……しておりませんて。どれどれ、その紙切れをお見せください。ほほう、大分
ご苦労なすったご様子。火の無い所に煙を立てるのは難しゅうございますな。
しかしこれなどはなんとも艶っぽい。『ひざからめつわりて』。実に悩ましげな妄想を
掻き立てられる出来ですぞ。えーそれからこちらは『めつざひ、てら、わかり』
……んっ!」
――大丈夫、あなたなら分かります。浄刹で、屹度お逢いしましょうね。
「ああ、それですか。めつざひ、てら、とくれば思いつくのは法華滅罪之寺。国分尼寺
の正称です。門跡はたしか奈良の法華寺でしたか。しかし、それだけでは呪になら…」
「そ、それです、それで良いのですッ! あの方は確かに云われた、待ち合わせをしま
しょうと、あなたならわかります、浄刹で逢いましょうとッ!」
「なんの話です?」
「ようやく分かりました。浄刹とは極楽浄土の意ではなく、法華寺の境内を指していた
のですな。あの方は初めから私をお迎え下さるおつもりで、この三密言を選ばれ……
嗚呼、清四郎さまには何とお礼を申してよいやら。だからと言う訳ではございませぬが、
穴なんとかの出来においては清四郎さまの圧勝でございますぞ!」
「よく分かりませんが、浮かれている場合ですかね。僕はさっき『笑って』と言った
筈ですが、残った鎖は消えていませんよ」
「ややっ本当だ。やはり魅録さまの言霊でないと効かぬのでしょうかな」
「それはどうでしょう。座蒲団をめくってみれば原因が分かるかもしれませんよ?」
「ざぶとん? 座蒲団がどうか……ギャッこれは八角円ッ!」
「その通り。外部と内部、一切の干渉を断ち切る妖魔封じの結界です。あなたがここへ
来ると聞いて準備しておきました。その中心に座ったからにはあなたはもう籠の鳥だ」
「な、なぜこのような?」
「世界を闇で包もうとしたのですから、当然の報いでしょう」
「ですから私はなにも……おや? そこの窓から見えているのは野梨子さまの
お部屋では……も、も、もしやあなたは幼馴染という名の…」
「さて、悔い改めてもらいましょうか。いろいろと」
「戻ってこねーな。ってことは上手くいったのか。とすると今ごろ……
平気だろ、あの爺さんなら。地獄だろうがどこだろうがやっていけるさ。
……尼さん、迎えにきてくんねーかな。そうすりゃ爺さんも笑って成ぶ…うッ」
―――お久しぶりですね、あなた。もう浮気は嫌ですよ。
終
19 :
名無し草:2008/04/14(月) 09:23:24
>深更の客
超GJでした!
めちゃくちゃおもしろかったです!
3題をこういうふうにもってくるとはすごいとしかいいようがない。
魅録も清四郎もすごくらしくっていい。朝からテンション上がりました。
20 :
名無し草:2008/04/14(月) 15:34:24
>深更の客
爺さんのその後が不安です。用心棒に成敗されちゃったのでしょうか。
21 :
名無し草:2008/04/14(月) 16:01:14
>深更の客
すごすぎます
面白過ぎます
うますぎます
22 :
名無し草:2008/04/14(月) 21:47:14
>深更の客
アナグラム、非常に面白かったです。
「めっかわひてらざり」w
噴きました。
爺さんと尼さんのロマンスも情が深くて良かったです。
とにかく超GJ!でした。
23 :
名無し草:2008/04/14(月) 23:28:18
>深更の客
GJです。
>幼馴染という名の用心棒
表現の仕方がいい!
24 :
名無し草:2008/04/15(火) 00:50:20
前スレは本当に充実してたね。
まさか使い切るとは思わなかった。
25 :
名無し草:2008/04/15(火) 09:45:13
前スレの「ある日のできごと」
素敵だったんだけど4歳→2歳だったら完璧たっだと思う。
26 :
名無し草:2008/04/15(火) 09:57:23
>>25 ん、なんで?
下と2歳差の方が自然だから?
27 :
名無し草:2008/04/15(火) 10:55:48
>>25同意。
でも優しい雰囲気の好きな作品なんで脳内変換して読む。
>>26 4歳だともうちょっとしっかりしてるから。
28 :
名無し草:2008/04/15(火) 18:55:32
なるほど、まりがとう。
29 :
名無し草:2008/04/15(火) 21:58:59
競作祭りもあと少しですね。
今回はホントにバラエティに富んだ作品がいっぱい読めて楽しかった。
残りはわずかだけど、まだまだ良い作品が出てくることを期待してます!
30 :
名無し草:2008/04/16(水) 00:21:41
「ある日のできごと」はよかった。
優しい感じでほんわかした。
私はそのまま読んでたけど、確かに2歳の方がいいかも。
脳内変換して読んでみます。
31 :
名無し草:2008/04/16(水) 07:48:39
脳内変換して読むことをわざわざ書かなくてもいいんじゃない。
作家さんに失礼だと思うよ!!
32 :
名無し草:2008/04/16(水) 10:43:26
>>31 みんなSSを褒めてる上で、こうだったらもっと良かったなと
言ってるんだからいいでしょう。
私が作家だったらこの談義は嬉しいよ。
作家やSSを批判したり煽るのは絶対だめだけれど。
てか釣られた気がするけれど、いちおうレス。
33 :
名無し草:2008/04/16(水) 11:00:25
今日で競作も最終日だね。
もう投下はないかな?
いろんなジャンルの話が読めて楽しかったです。
34 :
名無し草:2008/04/16(水) 11:37:11
ラストスパートかけて書いてる作家さんが、いると信じてる
35 :
名無し草:2008/04/16(水) 14:41:18
野梨子のお墓AAは本当お気の毒でした。
連休はいつも2ちゃんなんですか?
36 :
名無し草:2008/04/16(水) 15:09:11
>>34 駆け込み来たらうれしいね。
祭りはたくさん投下があったし盛り上がってうれしかった。
37 :
名無し草:2008/04/16(水) 23:46:45
清野で2レス書きます。
久しぶりに野梨子にあった。
長く伸びた前髪が時間を立ったことを感じさせた。
髪型のせいか大人っぽくなり、気だるげにも見える。
日本にいたの洋装はお嬢様風だったけれど
飾りのないシンプルな服に身をつつんだ今の姿をみるとすっかりフランスに馴染んだようだった。
観光案内をしてもらったり、近況を話しているとあっという間に夜になってしまった。
「では、また明日」
「野梨子、大事な話しがあります」
「もう遅いですわ。明日では駄目ですの」
「今したいんです。大事な話です」
「しかたないですわね」
「結婚してください。」
「私の両親に頼まれましたの?」戸惑いも見せずに言う。
「僕の意思です」
「同情してくださらなくて結構ですわ」
「同情なんてしていません」
「しています」
「ふむ。同情して欲しくないなら何故急に、日本から離れたんですか?
お妃候補になったのが嫌だったから逃げたんですよね?」
「逃げるなて失礼ですわ。西洋の文学は以前から好きで興味がありましたし、
フランス留学はミセスエールからすすめられたんです。
それに今はまだ結婚なんて考えられませんわ。皇●子様でも清四郎でも、です」
「そんなことを言っても野梨子が独身である以上お妃候補のままですよ。
他のお妃候補は早々と結婚したり、体に傷をつけたりしていて、どんどん候補者が少なくなっているのが現状です」
「何度もお断りしています。それにしても詳しいですわね」
「週刊誌で色々と書かれていますから。可憐もよくチェックをしていて、お姫さまになるのね、なんて言ってますけど」
「可憐にかわりましょうか?とお伝えください」
「今は美童一筋ですから玉の輿に興味はないと思います。チェックをしているのは野梨子を心配してるからです」
「冗談ですわよ。冗談」
「僕は野梨子一筋です。小さい頃からずっと」
「迷惑をかけたくありません」
「迷惑ではありません。野梨子と結婚できるなら嬉しいです。たとえ野梨子の気持ちが僕になくても」
「私でいいんですの?」
「野梨子がいいんです」
「清四郎っ」と呟き野梨子が抱きついてきた。
「野梨子」と抱き返す。
「私のせいで人生をきめてほくないと思っていて…。気持ちは清四郎にありますわよ」
大きな黒い瞳が真っ直ぐに僕を見つめた。
「わかっていますよ」
「フフッ」
笑っているところをみると、大人の女性に変身した彼女が高校生のころに戻ったように見えた。
終
40 :
名無し草:2008/04/17(木) 00:10:27
>姫探し
駆け込み乙です〜。
最終日だけど今日はもうないかなと思ってたので
最後にもう一つ読めて嬉しいです。
言い合いが清四郎と野梨子らしくて笑ってしまいそうになりました。
ラストの占め方がよかったです。
作家さん達も乙でした。
作家じゃないので見てるだけですが、投下がたくさんあって幸せでした。
41 :
名無し草:2008/04/17(木) 02:13:20
清悠の専スレ落ちた?
自分は清悠が好きだが、他のカプも同じぐらい好きだから、
またこのスレに戻ってきてくれたら嬉しいんだけど。
このスレで清悠関連の話が読みたいし、
やっぱり単一カプだけだと、スレの保持も難しいし。
でもやっぱり荒れちゃうかな。
42 :
41:2008/04/17(木) 02:14:23
ごめん、新スレ立ってたんだね。
>41はご放念ください。
43 :
名無し草:2008/04/17(木) 02:29:58
専スレが立った経緯は、いろいろ複雑で、心中穏やかではいられない人もいるけど、
清悠の専スレが立った経緯はともかく、
実質的に、双方穏やかに萌え話をするために受け入れられたんだよね?
ただ、たとえアラシや、アラシに踊らされた住人や、過激な人がいたとしてもそれは例外で、
(はじめに誰が荒らしたとか、カプ同士の対立とか、●●カプファンから迫害されたとか、そういう言い合いは非生産的)
このスレの基本は、アラシじゃないかぎり有閑ファンは来るもの拒まず、の筈。
もちろん清悠作品も。
だから、このスレに清悠専スレが戻ってくる、戻ってこないは、
あくまで向こうのスレの人たちが判断するべきことで、
こっちのスレは、その決定を受け入れるだけでいいんじゃない?
もちろん、清悠専スレが元気に活動してても、
こっちのスレで清悠作品をうpすることもOKだと思う。
あくまで向こうとこっちは今のところ、独立した別スレだと思うから。
44 :
名無し草:2008/04/17(木) 06:58:07
そうだね。
このスレは、専スレが出来る以前も以降も変わらず、同じ状態で続けたらいいと思うよ。
清悠作品のうpもOKだと思う。
専スレの維持云々は、向こうのスレの問題だし、こっちで考えることじゃなさそう。
もちろん再度合併を、向こうのスレの住人さんが望むのなら、それもあり。
45 :
名無し草:2008/04/17(木) 09:08:27
競作終わったねー。
楽しかったです。
46 :
名無し草:2008/04/17(木) 09:59:46
荒れなきゃいいよ、荒れなきゃ。
向こうが出来た経緯は誰がたてたのかは知らないけど、某カプを嫌う人がいて出来たんじゃん。
自分はあのスレは見てないしどうでもいいけど、あのスレがあるのにも関わらず相変わらず荒らす人がいるのはすごく嫌。
http://houka5.com/yuukan/long/stop/l-29-2-08.htmlの続きです。
長く連載をストップさせてしまい申し訳ございません。
諸事情で続きを書けなくなっていたのですが、なんとかプロットの書き直しに成功したため、再開します。
また自分のうっかりミスで、
序盤で経理部長は豊作派・経理部次長が社長派と書いたにも関わらず
中盤で、両者とも社長派と書いてしまったのですが、正しいのは後者(両者とも社長派)の方です。
余計なことだとも考えたのですが、
3年間というあまりに長い休載だっため、作品の概略について書かせていただきます。
■登場人物
【剣菱精機関連】
☆連載開始時点での社長派……マーケティング部全体、広報部部長、経理部全体
戸村……社長。豊作と敵対する派閥の長。
八代……マーケティン部チーフ。表向きは反豊作派だが、野梨子に言い寄ってからは、豊作派に。
経理部長…剣菱精機の経理部長。反豊作派。パーティーで可憐に愛人契約をもちこんだ。
☆連載開始時点での豊作(専務)派
豊作……専務
金井……豊作の女性秘書
高田……開発部長。加瀬の友人。元は豊作派であったが、今井メディカルと通じ、退職した。
加瀬……開発部員。高田の友人
高砂……常務。表向きは豊作派だが、実際は反豊作派。
【その他】
今井昇一……今井グループの会長令息。偽装パーティーで悠理の夫候補として会い、彼女に惹かれる。
大和田……魅録行き付けのバー「Growth ache」のマスター
江崎……現在、可憐と恋人未満?のお付き合いをしている男性
■あらすじ
高校三年生の夏休み明け、一回り大きく成長したと感じさせる清四郎に魅録は焦りを感じる。
清四郎は、夏に野梨子から振られたことを契機に、医学部へ進学することに。
魅録は理由の分らない劣等感を刺激されている最中、どことなく元気が無さ
そうな悠理から豊作について相談を受ける。
その理由は、豊作が会社で厳しい立場にあるからであった。
現在、剣菱精機(剣菱グループの医療機器部門の会社)の専務をしている
豊作は、社長の戸村と派閥争いをしている。
近頃、豊作の仕事にさまざまな妨害工作が行われており、豊作は悩んでいた。
悠理と魅録はふたりは協力して豊作を助けることとなる。
当初は清四郎への対抗心で、ふたりだけで解決するつもりだったが、
結局バレて、有閑倶楽部全体で事件解決にあたることとなった。
作戦の一環で、剣菱夫妻の協力のもとパーティを開く。
その席で、悠理は剣菱グループとライバル関係である今井グループの令息とお見合いをする。
その結果、魅録は悠理が清四郎が好きであることを知る。
またそのパーティーの中、野梨子は剣菱精機の中では、豊作と敵対する派閥に
属している筈のマーケティン部チーフの八代に出会い、アプローチを受ける。
八代は野梨子とのデートを条件に、こちらに寝返ることになった。
パーティをきっかけに、魅録は悠理へ少しずつ想いが傾いていく。
情報収集していくうちに、剣菱精機の開発室長の高井が
今井メディカル(今井グループ系列の医療機器会社。剣菱精機とはライバル)
の社員に情報をリークし、その見返りに引き抜きをされたことが発覚した。
また、もともとは豊作側の派閥であった筈の常務・高砂もまた陰で裏切って
いることも発覚する。
室長の高井が裏切っていたことにショックを受ける豊作だが、
あらためてどんでん返しをしてやろうと決意を新たにする。
そんななか、美童がある提案をした。
(また物語の本筋とは別の流れで、可憐→美童が進行しています)
49 :
名無し草:2008/04/17(木) 10:15:09
>>47 続きが読めるなんてあまりに嬉しすぎて涙目です
楽しみにしています
翌日、豊作は剣菱精機の社長室の前に立っていた。一瞬だけ奥歯を
噛み締め表情を整えると中に入る。
立ち上がって出迎える秘書室の面々にわずかに笑顔を浮かべて挨拶をした後、
奥の扉を丁寧にノックした。
「剣菱です」
相手からの返事を確認して、豊作は入室した。革張りのハイバックチェアに
座っていた社長の戸村和正が立ち上がる。
腺病質そうな眉間の皺がさらに深い。戸村は小柄な男であるが、普段あまり
そういったことを感じさせなかった。
「今日、なぜ呼び出されたのか分かるね、専務」
会長の息子であるということから表向きは豊作におもねる人間が多い中、
戸村は真っ向から彼の前に立つ。現在、剣菱万作が会長職と兼任している本社
の社長職に相応しいのは、豊作ではなく自分であると本気で考えているのだ。
ゆえに現在、反専務(反豊作)派の筆頭とされているのがこの戸村である。
しかし豊作陣営としては、戸村社長は一連の事件の黒幕ではなく、祭り上げ
られているだけであろうと考えていた。
「はい」
社長の問いに、豊作は頷くだけにとどめた。張り詰めた空気の中しばらく
沈黙したのちに、戸村社長は深く息を吐き出した。
「いくら会長の子息である君でもこの失敗は許されない」
「存じております」
豊作は奥歯を噛み締めた。表情が硬くなるのは如何ともしがたい。
開発室長である高田の離反を許したことは、痛恨のミスだ。違法行為の立証
は難しいだろうが、背任はおそらく事実だ。
しばらく重苦しい沈黙が流れた後、戸村社長は言葉を選ぶように切り出した。
「……今更、歯に絹を着せても仕方あるまい。私は君を快く思っていなかった」
腺病質そうな眉間にますます皺を寄せて、戸村は椅子立ち上がった。
「ええ」
「剣菱ほどの大企業で世襲制とはナンセンスだと思っている。もちろん創業者
一族の権利はないがしろにすべきではないが、必ずしも会長職に就けなければ
いけないというものではなかろう」
何が言いたいのか。
目で問う豊作を制して、戸村社長は続けた。
「だがこのような失態での失脚は残念に思う。君は次の会長にふさわしくない
と思うのは本心だが、君が会社に必要な人材であることには代わりがない」
意外な言動に当惑する豊作に、戸村は迷いを振り切るように宣告した。
「一ヵ月後の役員会議で、おそらく君は糾弾されるだろう。私は君をフォロー
するつもりはない。失態は自分で取り返したまえ」
「――はい」
豊作は黙って頭を下げた。
* * *
次の金曜日、いつものように魅録は生徒会室でノートパソコンの前にいた。
同じく部屋にいた悠理は、最近美童のリクエストで入れた長椅子に寝そべり、
足をぶらぶらさせている。
のんびりとした、無邪気とさえ言える仕草だったが、ここ最近で魅録は、
彼女もまた年相応に、表面上とは異なる顔を持っていることを知ってしまった。
だからだろうか。
かつてはふたりきりで沈黙の中にあっても気にならない程、空気のように自然
だった悠理の気配が、今は胸をざわめかせる。
何を考えているのだろうと、またひそかに傷ついていやしないのだろうかと、
愚にもつかないことを考えてしまう。
――馬鹿な。
今はそんな場合じゃない。
タイムリミットの重役会議まで、期限は迫っている。
やることはたくさんあった。
魅録は頭を振って、余計な考えを捨て、目の前の液晶に集中した。
剣菱精機の過去の株価の流れの把握や、以前パーティーの後に設置した盗聴器
の解析など、そういった情報を捌くには、魅録と清四郎が手分けしてもなお、
手が足りなかった。
こういった頭脳労働は野梨子にも手伝ってもらっていたが、どちらかといえば
野梨子には、悠理とともに重役たちの交友関係を洗ってもらうことを優先して
もらっていた。
彼女には遣り手婆並みの親類をはじめとして、意外と国内の貴腐層の情報に
明るい知り合いが多いのだ。悠理は言わずもなが。
高井室長の辞職の一件以降、魅録たちはそれぞれ役割分担を行って動いていた。
指令塔をである魅録は、基本的に自分が動くことはなかったが、これが中々に
もどかしい。
安楽椅子探偵を気取っているわけでもないので、自分で身体を動かした方が
性に合っているのだろう。
黙々とパソコンで作業すること十分弱。
「魅録たちんとこ、もう授業終わってたんだ。一番乗りだと思ってたんだけど」
いつもに増して華やかな可憐が生徒会室へ顔を出した。
「確か今日だったよな、可憐。頑張れよ」
「まかせてよ。しがない中年男を落とすなんて分けないんだから」
可憐はちょっと日本人離れしたチャーミングなウインクをしてみせた。
彼女はこれから、剣菱精機の経理部長とデートなのだ。
経理部長は反豊作派の中心人物であり、パーティーで彼女に愛人契約を持ち
かけてきた男である。また、そのとき同時に、不自然に金のめぐりが良いこと
が判明していた。そのため、例の美童発案の作戦は、彼がターゲットになった
のだった。
「一応、身の危険を感じたら逃げていいからな」
そう言うと、しぶい顔をした。
「ほんっとアイツ悪趣味なんだから。まあ身の危険の方は、悠理が護衛して
くれるし、大丈夫だと思うけどね」
「実は結構ノリノリだろ、可憐」
「分る?――そろそろ行くわよ、悠理」
ふふと笑いながら席を立った可憐に、魅録は危ないヤツだなぁと苦笑した。
「りょーかい」
ずっと長椅子でダラダラしたままだった悠理が、勢いをつけてリズミカルに
起き上がった。
可憐と悠理が去った後、次にやってきたのは清四郎だった。
ちなみに美童はパーティで落とした戸村社長の秘書とデート、そして野梨子
もまた八代義一との契約を果たすべく、彼と初デートだった。
「全く、うちの女性陣たちは今、春まっさかりですな」
面白くなさそうに言いながら、よいしょとオッサンくさい掛け声をいれて
清四郎は魅録の正面の椅子に座った。
「可憐はどうかしらないが、悠理と野梨子の方は、相手にいろいろ捩じ込まれ
ているだけだから、いい迷惑だろうけどな」
複雑な内心を押し殺して、魅録は苦笑した。
「いっそ野梨子に恋人でも出来たら、僕も諦めがつくんでしょうけどね」
「まあこればっかりはな。アイツに彼氏が出来るのって、かなり遠い未来の
ような気がするぜ?」
「分かってます」
溜息をついた清四郎は、普段の彼とは想像もつかないほど、弱弱しかった。
――清四郎の想いは、いまだまっすぐに野梨子へ向いている。
報われない恋をする清四郎も、そんな彼を好きな悠理も、魅録にとって
どちらも哀れだと思う気持ちは本当だった。
そして同じぐらい、どこかで安堵している自分がいる。
もし清四郎と野梨子が、あるいは逆に清四郎と悠理が両思いになったと
したら、そのどちらであっても耐え難いことだと思った。
自らの悠理への淡い想いもひっくるめて、恋愛という魔物がこの居心地の
良い自分達の関係を壊してしまうことを、魅録は怖れた。
「覚悟していたことですが、失恋後も幼馴染として近い距離にいるのは、
正直きついですね」
思わず、といった風にそう呟いてから、清四郎は口を噤んだ。
それから何事もなかったかのように、自分のノートパソコンを広げた。
「――さあ、僕もはじめます。前日から何か動きありました?」
「八代さんが、専務のパソコンにスパイウェアを感染させることに成功した
みたいだぜ」
魅録もあえて突っ込むこともなく、中断していた作業を再開した。
ツヅク
54 :
名無し草:2008/04/17(木) 10:45:26
〉秋の手触り
待ってました!この作品大好きでずっと気になってたから…
競作に連載復活、このスレにもいい風が吹いてる!
続き楽しみにしてます、乙でした
55 :
名無し草:2008/04/17(木) 11:03:59
>秋
待ってました〜!
もう、複雑な恋模様の決着が気になって気になって仕方なかったので、
再開嬉しいです。
他の作家さんたちも待ってますよ〜?(´・ω・`)
56 :
名無し草:2008/04/17(木) 11:15:14
>>46 あのスレがなくてもあっても荒す人は、
いつまで経っても居なくなることはないだろうからスルーで。
わたしも、専スレの存続・消滅はこのスレでする議論じゃないと思う。
専スレの人たちは、何かの不自由を感じて向こうに行ったんだろうから、
その不自由をまだ感じるなら、専スレを継続したらいいし、
もう感じないなら戻ってきたらいい。
もし戻ってくるとしたら、このスレのスタンス的には上にもあるようにいつでも受け入れOK じゃない?
だってもともと清悠は、このスレでは数あるカプの中のひとつに過ぎず、
清悠だけを拒むのは変な話。
57 :
名無し草:2008/04/17(木) 11:38:44
荒らしへのことだけど、今問題になってる特定の人物は、テンプレの下に
追加テンプレをいれておいた方が良かったんではないだろうか。
どうやらやってるのは、どう見ても同一人物に見えるし
ほおって置いておさまるタイプの荒しではない。
特定荒しの今までの特徴を書いておいて、
これから来る新参の為にもこういう荒しが寄生してると、強く注意を促す意味で。
過去ログを見てたら作家や特定ファンへの攻撃は暴れ方が悪質だし、
2chだからと言ってもあれではいくらこのスレが好きでも嫌な思いをしてる人がいるし、
あの度に荒れて妄想が中断されるのは本望ではない。
事前の予防策が必要だと思う。
いくらなんでも野梨子のファンは、ここしかスレの行き場がないんだからこのままでは可哀想でしょ。
古参だったら荒らしだって分かるけど、新参やこれから作家になろうとする住人には
ああいう個人やファンへの攻撃レスを見ると敬遠する原因にもなると思うんだよね。
58 :
名無し草:2008/04/17(木) 11:45:48
野梨子ファンだけど、叩かれても華麗に脳内スルーだから、問題なし。
テンプレにも、スルーしろと書いてある。
アラシに乗せられて、対立っぽくなった昔の二の舞になりかねない。
59 :
名無し草:2008/04/17(木) 11:53:38
特定のキャラや作家さん叩きなんていう、分りやすい荒し方でイチイチ動揺する人は、
テンプレに入れたって動揺したり、簡単に煽られるんじゃない?
60 :
名無し草:2008/04/17(木) 11:54:04
野梨子ファンなんてファンじゃなくても言えるからな。
61 :
名無し草:2008/04/17(木) 12:05:39
>>59 簡単に煽られるっていうより、
初めて見に来た人がああいうレスが並んでたら迷うんじゃないか?
だって特定ファンや攻撃のレスに、乗っかるようなレスまでついてることがある(←これが問題)。
古参だったら最初に荒らしたのが誰なのか分かってるから、誰がやってると大体見当はつくけど
初めて来た人は「あれ、そうなの?」って思うんじゃないだろうか。
62 :
名無し草:2008/04/17(木) 12:21:03
分りやすい悪意なのに、迷うかなー。
そんな簡単に迷う人はテンプレなんか読まないと思うよ。
63 :
62:2008/04/17(木) 12:27:07
あ、なんか強行に反対してるみたいになってしまった。
それがスレの総意ならテンプレに入れてもいいと思う。
64 :
名無し草:2008/04/17(木) 12:33:45
ただの住人の私からしたら、テンプレに書かれたとしても何の不自由も問題もない。
だから書いてもいいと思うよー。
荒らし本人からしたら書かれるのは出来るだけ避けたい所だと思うからw
65 :
名無し草:2008/04/17(木) 13:20:04
どちらでもいいって意見は分かるが
テンプレに入れられたくなさそうなかんじの人?がいて吹いた。
自分は荒らしてないからテンプレにマークされても被害はないからどちらでもいいもの。
66 :
名無し草:2008/04/17(木) 13:22:48
えっと、自分はテンプレ入れなくてもいいなと思って書いたんだけど、
それだけで荒し認定されても。
なんか過剰に反応しすぎな現状にウンザリしてるだけだから。
67 :
名無し草:2008/04/17(木) 13:40:37
>>66 あなたの事を言ったんじゃない。
63にもレスしてるから分かってるよ。
誤解させたようですまない。
68 :
名無し草:2008/04/17(木) 14:07:58
69 :
名無し草:2008/04/17(木) 15:19:28
>>43 >実質的に、双方穏やかに萌え話をするために受け入れられたんだよね?
まあ双方穏やかに出来るなら、立ったいきさつがどうであれスレッドが2つ分かれてることに意味があったと思うんだけど、
分かれてもなおそれが出来ずに、ここで清野と野梨子に関連するものを執拗に批判する人がいるのがねぇ。
この多種カプスレでやるのいい加減にしてほしいわ。
70 :
名無し草:2008/04/17(木) 17:01:07
前スレ「ある日のできごと」の作者です。
ご感想ありがとうございます。
いつもROMだったのですが、思い切って書いてみました。
私自身、子育ての経験が無いために4歳くらいってこんな感じかな?って想像で書かせていただきました。
ああいう感じだと2歳の方が自然なんですね。
このようなご意見は私にも大変参考になり嬉しいです。
そのまま読んで頂いても、脳内変換して頂いても全然構いません。
こちらとしては好意と受け取っていますので気になさらないでくださいね。
他にも、こうだったら良かったなどのご意見は嬉しく思います。
他の作者さんがどう受け止められるかはわかりませんが、私はこのようなご意見が交わされるならば、他にも色々と妄想したものをこれからうpしていきたいな、と思います。
71 :
名無し草:2008/04/17(木) 18:58:09
オツです。
初うpの方が居たのを知れて嬉しかったです。
またどんどんうpしてくださいね。
実は今回の子の年齢の意見は影で参考になった一人です。
他のうpも初めて書いたという方がいたし、祭りの豊作ぶりを見るとお初の方が多かったんでしょうか。
72 :
名無し草:2008/04/17(木) 20:55:49
>秋の手触り
乙です。
もう読めないと思っていたのでびっくりしました。
本当に嬉しいです。
続き楽しみにしてます。
73 :
名無し草:2008/04/17(木) 21:26:35
>姫探し
二人のやりとりが心地よく
台詞の流れかたが好きでした。
>秋の手触り
最初題名を見た時、驚いて2度見しそうになりました。
戻ってきてくれるのを楽しみにしていました!
清四郎と魅録の想いが報われる日は来るんでしょうか…。
復習がてら一から読み直してきます。
74 :
名無し草:2008/04/18(金) 09:58:04
>>47 剣菱精機の経理部長である淵脇良助は、浮かれた気分でいた。
出社に着てきたスーツも、貧相な身体に似合っているとはいえなかったが、
かなり高級な仕立てのものを選んできたのだから、その気合がうかがえる。
近頃、社内の派閥の対立が激化しているので、何かとこき使われて気苦労
の耐えない日々を送っていたため、こんな楽しい気分は久々だった。反専務
(反豊作)派の派閥に属することでいろいろ甘い汁を吸ってはいたものの、
基本的には、事なかれ主義であり、めんどくさがりなのだ。
もうすぐ九月末の決済で忙しいのだが、今日は定時で上がった。
あまり勤勉とはいえない彼が、ここ数日は猛烈な勢いで仕事をこなし、急ぎ
の仕事は全て片付いているのだ。
それもこれも、久しぶりに若い女とデートできるからである。
彼には妻がいて、なおかつそれとは別に直属の部下とも不倫をしていた。
それでも、最近金回りが良くなってきた彼の目には、彼女たちはいかにも
物足りなかった。
それが先日剣菱夫妻によって主催されたパーティで、偶然見かけた女性
のことが頭から離れない。
軽い気持ちで声をかけたのだが、その美貌のみならず、豊満なスタイル、
ウィットに富んだ会話、洗練された物腰に淵脇はたちまち虜になった。
一目惚れであったといっていい。
その場で申し出た愛人契約は断られたのだが、後日、彼女の方から連絡が
あり、本日会うことになったのだ。
それもこれも、自分から滲み出る苦みばしった五十男のオーラに、彼女も
また惚れたのだろう。
待ち合わせに指定した喫茶店では、予定より早く着いたにも関わらず、
相手の女性――黄桜可憐さんは、さらに早く到着していた。
それもまた淵脇の自尊心を満足させた。
「淵脇さん。来てくださったのね」
あでやかな笑顔を浮かべた彼女に、淵脇はヤニ下がりっぱなしだった。
大人っぽくも清楚な茶色のワンピースに、脚線美を見せ付けるパンプス、
丁寧に巻かれた髪がふわりと揺れた。
「あなたのような美しい女性から呼びだしを受けて、断る男はいませんよ
――コーヒー1つ」
上着を脱ぎながら、忙しなくウェイトレスに注文し、淵脇は身を乗り出す
ように浅く腰掛けた。
心持ち、彼女は後ずさるように上体を反らした。
なるほど。ゴージャスな見た目ではあるが、意外とウブなのかもしれない。
「だっておじ様。あの時、せっかくの申し出を断ってしまったでしょう?
来てくださるか、あたし、心配だったんですわ」
くねくねと甘える様子は、某会長令嬢に言わせれば『気持ち悪いほど
わざとらしいぐらいに』分りやすい媚びであったが、あまり女性を見る目の
ない淵脇は、ますます夢中になっただけだ。
単純な彼には、これぐらいあからさまなアピールの方が効果的だった。
「それで、今日はどうして私を?」
普段の一人称は俺であったが、格好をつけて淵脇は「私」などと言ってみた。
「先日のお申し出なんですけど……」
彼女は伏し目がちにして、手元のコーヒーカップの取ってを掴む。
しばらく言いよどんでいたが、ウェイトレスが淵脇の分までコーヒーを
運んできたのをきっかけに、話しはじめた。
「あたしは親と同居していますし、愛人にはなれません。あと、正直お手当て
とかもいらないんです。でも……」
彼女はちらりと上目遣いで淵脇を見た。
期待に鼻の穴が膨らませた彼を見て、一瞬女性は表情を強張らせたが、
なんとか媚を顔に張り付かせたままでいることに成功したようだった。
「あたし、おじさまみたいな素敵な男性と仲良くしていただきたいわ」
リンゴーン。リンゴーン。
淵脇の頭上で天使が鐘を鳴らしていた。
可憐たちが出て行った後も、魅録は清四郎とともに生徒会室に残って
仕事を続けたが、下校時間が過ぎても終わらなかったため、電話で悠理
と相談し、ふたりとも剣菱邸に泊り込むことに決めた。
「とりあえず高砂常務は、叩けば埃――どころじゃありませんね」
「インサイダー取引に、自社の機密の流出、か。他にもありそうだな。
やっぱり、今回の豊作さんの妨害を仕切っているのも高砂常務か」
魅録は、はじめて剣菱精機へ見学に行った日のことを思い出した。
あの日開発部棟で起こったパソコンへのウイルス騒ぎも、下手人は高田
室長あたりだろうが、それを指示したのはおそらく高砂常務だろう。
「これで表面上は豊作さんの味方のような顔をしているんですから、驚く
べき面の皮の厚さですね」
「自社の新しい研究のプレス前に、自社株を売ったかと思えば、今井メディ
カルの新型C-PAPがPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に承認
されるやいなや、これまた一般に発表する前に今井メディカルの株を買って
いる。もちろん別名義だが。今井メディカルとの癒着振りも凄い」
「しかしこれはマズいかもしれませんね」
「ああ……」
今日は美童が戸村社長の秘書とデートをしたが、やはり彼はシロである
目算が大きかった。
高砂常務の動きが戸村社長の感知しないところで行われていたのなら、
やはり今回の騒動の首魁は高砂常務自身となる。
「こうなると反社長派を一網打尽、とはいきませんね。高砂常務は表向き
は豊作さん側なんですから」
下手をするとそれがかえって豊作を窮地においやりかねない。
派閥のパワーバランスも、高砂が裏切っていたことから、かなり社長派
に傾いてしまっている。
真実をつきとめるだけではまだ、足りない。
夕食を食べた後もふたりで仕事をしていると、23時ごろにようやく悠理
が剣菱邸へ帰宅した。
ターゲットである淵脇がなかなか可憐を離さなかったため、こんな時間
になったという。
「相変らず、可憐は上手いことやるなーと関心したよ、あたいは」
「まあ、まず普通の女性に出来る芸当じゃありませんね」
清四郎はくすりと笑った。
「初デートでホテルに誘われたらどうしようかと思ったけどな。まあ、可憐が
そんな台詞を相手の男性に言わせるはずがないか」
魅録もほっとして言う。
可憐自身が夢中になってしまうような、頭も顔も良く、離れしている男性
ならともかく、その辺に転がっている一般人なら赤子の手をひねるよりも
たやすいだろう。
いいように手のひらでコロコロと転がしている様が見えるようだ。
「それにしても腹減ったー! なんか寒かったし!」
九月末になると、そこそこ冷えて来る。
可憐が豪華な夕食をとってる間、腹ペコのまま悠理は外で彼女たちを
見張っていたのだ。
「お疲れさまです」
ぽんぽんと肩を叩いて、苦労を労った清四郎に、悠理は含羞むように笑った。
とっさに魅録は口を挟んでいた。
「そうだ、お前聞いたか?」
「何を?」
「あの今井昇一が、万作さんたちを通して、二回目のお見合いの席を求め
てきているって」
悠理は途端に苦いものを飲み込んだかのような顔をして、「うげー」と
呟いた。
「気に入られたもんですね」
ずずっと清四郎が茶をすする。
「今井家と剣菱家の婚姻なんて、絵に描いたような良縁だからな。気に入る
も気に入らぬもないだろうがな」
魅録の言葉に、清四郎は眉を動かした。
「今井会長の思惑とは別に、息子自身も悠理を気に入っていたようですよ?
悠理も黙っていれば美人ですし」
そういえば清四郎は、パーティで悠理に迫っている昇一と体面したことが
あるのだ。
無線機越しで感じたあの歯がゆい思いが胸によみがえる。
たやすく悠理を喜ばせ、傷つけることの出来る清四郎を魅録はにくいと
思った。
清四郎にあって、自分にないものとはなんだ。
なぜ自分は清四郎ではない。
「魅録から作戦を聞いたときは無茶だと思いましたがうまくいきましたねぇ。
悠理に色仕掛けをさせるなんて僕には思いつきません」
清四郎はくすくすと笑う。そこに悪意はないことを承知のうえで、しかし
これ以上聞きたくなかった魅録はわざとそっけなく言った。
「別に今井のぼっちゃんを落とさなくてもいいんだよ。今井メディカルに、
今井グループと剣菱に縁談があると思わせて、手出しを控えさせたらいいん
だから」
「確かに、あんまり深入りさせると面倒そうですしね」
清四郎もあっさり頷いた。
「まあ今井グループの顔を立てて、何回かのデートは必要でしょうが」
「もーなんでもしてくれーって感じだよ」
憮然として悠理は言った。
そこに、それ以外の感情が浮かんでいないか、思わず探しかけた自分に
魅録は気づき、自嘲した。
80 :
名無し草:2008/04/18(金) 11:08:08
仕事もひと段落して、魅録たちはそれぞれ客間をあてがわれた。
しかし根をつめて作業していたために疲れていたにも関わらず、ベッドに
入っても一向に眠気がこなかった。
何度目かの寝返りを打ったあと、とうとう魅録は諦めた。
バイクで夜道を少し流してこようか。
そう思い、起き上がると客用のガウンから着替えて階下に降りた。
夜勤のメイドか誰かを探して、戸締りをしてもらう必要がある。
人を探しているうちに、大広間の前まで来た。そこで人の気配がしたため、
重厚な扉を開くと、突然夜気が頬を掠めた。
はっとして視線を滑らせると、広間の中心に誂えられた天井までの大窓が
全開となっており、そこから入り込んできた風がカーテンを揺らしている。
その先はバルコニーにつながっていた筈だった。
「――悠理?」
色気のない猫柄のパジャマを着た悠理が、バルコニー欄干によりかって
夜空を眺めていた。
手元にはビール缶があり、ああ彼女もまた眠れなかったのかと魅録は
苦笑した。
「起きていたのか」
「うん」
短く呟いた悠理の隣にいくと、同じように欄干に寄りかかる。
彼女はちらりともこちらを見ようとはしない。
「――魅録は、さ」
悠理は何かを言いかけて、やめた。
「なんだよ、言えよ。気になるだろ」
「やめとく。――心配かけてごめんな」
言葉少なくもそういう悠理に、魅録は先日のパーティーが終わった後に、
行ったGrowth acheでの一件を思い出していた。
魅録は悠理の言葉に何も返事をしなかった。
彼女も返答を期待しての言葉ではなかったのだろう。それ以上何も言わな
かった。
おそらく悠理は、自分の想いが魅録にバレていたことに気づいている。
けれど寄りかかろうとはしない。
清四郎が好きだと口にもしない。
月も星もあまり見えない暗い夜に、悠理の横顔だけがさえざえと浮かんで
いる。怜悧とさえ見えるそれは、客観的に見れば年相応であったかもしれない。
しかしあまりに悠理らしくはなかった。
いつものように、悲しいことがあればわんわんと声をあげて泣けばいいのだ。
――わかっている。
普段の天真爛漫な笑顔もけっして嘘ではないだろう。きっと彼女は、ただ
何もかもを飲み込み、了解しているだけなのだ。
もう俺は、あの夜のように落ち込んでいる彼女の髪の毛に無遠慮に触れ、
慰めることは出来ないだろう。
たった数日前のことが遠い昔のことのように感じられた。
馬鹿だなあと魅録は思う。
不器用な悠理も、時間の流れに抗っていながら、しかしこうして彼女との
時間を積み重ねてしまう自分も。
ツヅク
82 :
名無し草:2008/04/18(金) 12:29:34
>秋の手触り
じわじわと魅禄と悠理の距離が近づいているのがたまりません。
83 :
名無し草:2008/04/18(金) 15:33:44
>秋の手触り
うわっ連載再開してる!
1から読み直してきます。
檻暴走愛病院坂世界可憐さん薔薇恋チカと唱えてみる。
84 :
名無し草:2008/04/18(金) 20:22:53
>秋
さっそく続きが。
野←清←悠←魅録の切ない一方通行が、どう変化するのか気になります。
あと微妙に八代氏と野梨子のデートが気になる。
85 :
名無し草:2008/04/18(金) 21:02:25
>秋の手触り
昨日に続いて乙です。
この作品中の悠理の元気な中に垣間見せる憂いとか、親友と思っていたのに一瞬にして恋に変わって
とまどうせつない魅録、自分の気持ちを素直に受け止められる清四郎がすごく好きです。
あと可憐→美童ってありそうであまりないシチュで楽しみです。
少女から女性へと羽化しつつある野梨子の気持ちがこれからどう動くのかも楽しみ。
86 :
名無し草:2008/04/18(金) 22:10:36
裕也君〜の続き書きます。
前スレの>>670-
>>672の続きで2レスです。
どなたか続きよろしくお願いします!
「やっぱさぁ、鬼退治っていったら桃太郎だよね」
大湊のいる建物に向かう途中、悠理が話し出した。
「だったらあたい桃太郎がいいな!」
「はぁ?」
裕也は呆気にとられる。
(大湊たち敵陣に乗り込もうとしてるこんなときに何言ってんだよ!)
半ばあきれ気味な裕也が悠理に突っ込もうとした、そのとき。
「何言ってるんだよ悠理」
すかさず美童が突っ込んだ。
(おぉ!俺と考えることが一緒だ!!)
裕也君のテンションは一気に上がった。
・・・・が、しかし。
「悠理が桃太郎だったら桃から生まれる前に桃食べちゃうでしょ」
(え――)
突っ込むところそこかよ!?
裕也君のテンションは一気に下がった。
「美童。突っ込むところちがうだろ」
と、そこへ魅録の鋭いツッコミがはいった。
(さすが魅録!持つべきものは長い付き合いのダチだな!)
うんうん、と裕也君はひとり納得した。
裕也君のテンションは再び上がった。
・・・・が、しかし。
「桃太郎っていったら桃、桃っていったらピンク、ピンクっていったら俺の頭。だから桃太郎は俺だろ」
(え――)
突っ込むところそこかよ!?パート2。
裕也君のテンションは再び下がった。
「魅録は桃太郎って感じじゃないだろお」
「でも悠理は桃食っちまうだろ」
「食わねえよ!」
「いや、食う!」
悠理と魅録の会話は、なぜか桃太郎をめぐる口論へと発展した。
「・・・・・・」
裕也君、呆然。
「――まぁまぁ、言い争いはそこら辺にしてください」
と、清四郎が口論を制止した。
(清四郎!やっぱりお前はいい奴だ!!)
最近、裕也君の中で好感度が急上昇している清四郎君。
裕也君のテンションはまたまた上がった。
・・・・が、しかし。
「桃太郎は、あいだをとって僕でいいじゃないですか」
(え――)
清四郎、お前もか。
裕也君のテンションはまたまた下がった。
結局、桃太郎はあいだのあいだをとって裕也ということで落ち着いた。
(だけどこいつら・・・・)
裕也君は、ただいま口論の真っ最中である有閑倶楽部の4人を凝視する。
「だーかーら!あたいは犬がいい!」
「悠理、いいですか?犬というのは頭のいい動物なんです。なので悠理には無理です」
「何だとお!?」
「魅録は頭が派手だから雉っぽいよね」
「雉?それより早くきびだんご役決めよーぜ」
何だこの緊張感の無さは・・・・・・。
有閑倶楽部入れ替わりがなくなって平和な状態に戻ったはずなのに、相変わらず有閑倶楽部に翻弄され続ける裕也君なのでした。
89 :
名無し草:2008/04/19(土) 00:14:35
>裕也君〜
久々のリレー、待ってました。
相変わらず倶楽部に振り回される裕也君、乙。そして「きびだんご役」に笑ったw
一体誰がやるんだwww
そういえば原作の扉絵で、清四郎が桃太郎の恰好をしていたことがあったっけ・・・。
ふと、あの絵を思い出しました。
>>75 週明け、魅録は学校が終わるとすぐに剣菱精機へと向かった。
前と同じように頭を黒のスプレーで染め、スーツを着用した魅録は、豊作
とともに開発棟へ足を伸ばした。
もちろん突然、高田室長が辞職して混乱しているだろう生体工学研究室を
訪ねるためだった。
「やあ、おはよう。ちょっといいかな」
前回と同じように、セキュリティチェックを通過した後、豊作と魅録が
顔を出すと、研究員たちの顔に動揺が走った。
まだ上層部以外の人間には高田が辞表を提出したことは知らせておらず、
ただの休暇としている。一応嘘ではない。高田室長の辞職は九月末となって
いるため、あと数日間は、あくまで彼はまだ剣菱精機の人間なのだから。
だが研究員の面々の表情からして、自分達の室長が突然出社してこなく
なった理由を彼らはすでに知っていたようである。
室内はどこか荒れた印象があった。徹夜での作業は良くあることであり、
デスクの上に書類などが乱雑に詰まれていることも、彼らの白衣がよれ
よれであることも、いつものことだ。しかし今日に限っていえばすさんだ
印象があった。
「せ、専務!」
気まずい沈黙を破ったのは、高田の部下で、友人でもあった加瀬であった。
「あいつ――いや、室長が突然辞職したって本当ですか」
「ああ。高田君は辞表を出してきたよ」
「なんで!」
「――おそらく君が思っている通りだ」
豊作の言葉に加瀬は絶句した。
つい先日、新素材のカテーテルの研究について、生き生きと高田とやり
あっていた姿は魅録の目にも新しい。
その彼とは思えぬ悄然とした姿だった。
「……あれから、室長とちゃんと話をしたいと思って、共通の友人や実家
の方も回ったんですが、連絡がつかないままなんです。室長が僕たちを
裏切って、今井メディカルとつながっていた、という噂は本当ですか?」
直接的な加瀬の言葉に、一同は豊作の言葉を固唾を呑んで待った。
「高田君が今井メディカルの開発センター長と話しているところを見たと
言う者がいる。引き抜きをかけられていたのは事実だろう。機密の流出や、
ウイルス騒動などの犯罪行為にまでかかわっていたのかどうかは分らない
ので断言は出来ない。彼の行方は今調べているところだが、まだ今井メディ
カルに入社してはいないらしい」
「そんなの、こんなに突然、何もかも放り出してやめたんだもの、裏切って
いたに違いないじゃないですか!」
高田を慕っていた筈の女性が、耐え切れずといった風に叫ぶと、それまで
沈黙を守っていた他の人間も、口々に高田を詰った。
高田は彼らの良きリーダーだった。その分、裏切りが許せないのだ。
「最低な人だな、室長は!」
「研究はこれまでどおりできるけれど、きっと高田室長に裏切られたのなら、
データのほとんどは向こうにも渡っている。同じものを作ったって仕方ない
じゃないか」
「ひどすぎるよ」
「信頼していたのに」
「巨額の予算が動いているのに……。どんするんだよ、この先俺ら」
「――これ以上、言うな」
彼らの言葉は尽きそうになかったが、豊作はそれをさえぎった。
「だって」
「指揮が落ちるだけだ。言うな」
重ねて言うと、彼らは渋々口を閉じた。
豊作は視線をめぐらし、黙り込んでしまった加瀬を捕らえた。
「もし研究内容が盗まれていたら、今井メディカルとは時間勝負だ」
「……」
「どちらが先に研究を完成させて臨床開発へ移行できるか、また、どちらが
先にプロトコールを立案して、治験を実施できるか。それにかかっている」
「……」
「――君には君にしかできないことがある」
加瀬ははっとして顔を上げた。
「卑怯な遣り方に屈服するな。やれるだけのことをやれ。高田室長はこの
熾烈な現場に耐え切れず、下を向いて逃げ出して
しまった。その親友に、お前はお前の姿を見せつけてやるんだ――友人と
してやれることを、するんだ」
部屋の端で、その一連の流れを黙って見守っていた魅録はほうと溜息を
ついた。
豊作、いや彼だけでなく加瀬もまた、高田の裏切りの原因は加瀬への嫉妬
だと思っているのだ。魅録の推理ともいえない想像が正解だと補強された形
となる。
高田は初めて会ったときも、あのパーティのときも、加瀬への羨望を隠し
もしなかった。
「……はい」
やがて、小さくはあったが、加瀬ははっきりと頷いた。
「僕はやってみせます」
「ああ。期待している」
そう豊作が答えると、加瀬から嗚咽が漏れた。
(――さすがは剣菱の息子だな)
魅録は胸中でひとりごちた。
豊作には、彼と一緒にやっていきたい、この人のために何かしてあげたい
と人に思わせる何かがある。
それは単なる感情論ではなく、企業人としての経験と実績がもたらした
地に足がついた信頼だろう。
豊作は、これまで魅録が目指していた男とは対極にいると思っていた。
だが今は、彼の背中が大きく見える。
ここ数日のもやもやとした気持ちを晴らしてくれるような何かがそこに。
ツヅク
豊作の台詞が何故か夕方なのに「おはよう」であるのは脳内で消去してください…。
94 :
名無し草:2008/04/19(土) 20:06:06
>秋の手触り
連日投下、乙です。
話がどんどん進展していって、うれしいです。
豊作兄ちゃん頑張れ!
95 :
名無し草:2008/04/19(土) 20:45:35
>秋の手触り
乙です。
豊作兄ちゃんにオーラが!(失礼)
続き楽しみにしています。
96 :
名無し草:2008/04/19(土) 21:23:17
>>83
じゃあそれに加えてSPOUSE、愛の形、突発的なと唱えてみる。
97 :
名無し草:2008/04/20(日) 00:02:23
>96
SPOUSEってのは読んだことなかった。d
もう一回過去ログ漁ろう。
結構、妄想同好会もかなりのボリュームになってきたね。
嵐さんに改めて感謝
98 :
名無し草:2008/04/20(日) 00:31:32
SPOUSEはそういえば誰が書いたんだろう。
R入ってたけど続きが気になってたよ。
話の中身からとても想像ができない題名(SPOUSE⇒配偶者)も。
99 :
名無し草:2008/04/20(日) 00:36:48
暴走愛が、どうやったら第一部に繋がるのか、いまだに気になる。
清四郎好きには、総攻めに近い暴走愛はたまらんかったな。
あの性格の悪いところとか(褒め言葉
便乗で、檻が読みたい
死にまで流れが及んでるし、き、気になるOTL
檻はすごく印象深いシーンが多かった。
死が彼らを〜のくだりとか。
小夜子とか懐かしすぎる。
正直最近きたばっかりなので、見てない作品多いや。
リアルタイムでスレを見てきた人たちがうらやましい。
>>98 配偶者って意味なんだ。知らなかった。
ますます続きが想像できないわ。
>>103 一気に読めるのもいいよ〜
俺も最近きたばっかり。
で、まとめサイト行ったのだけど…
「清×野 喪失編」って
無いんですか?
喪失作家全部のSSは、たぶんまとめサイトから自主的に消してもらうように言ったんだと思う。
喪失シリーズのSSは過去ログをから見れる。
愛の形ってどの話だっけ、覚えてないんだけど長編にある?
あと
>>83の可憐さんはちゃんと完結してるんじゃ。(ただ唱えたかっただけならすまん)
愛の形は短編にあるよ。完結してないけど。
可憐さんは確かに完結してるね。
ありがd
愛の形がうpされた時、このスレから離れてた時期だった。
読みに行って来る。
愛の形は一度しかUPしてないんだけど、なんか印象に残ってるんだよな。
愛の形読んできた、上手いね。
作家さん見てたら続きキボンヌ。
過去ログってなんですか?
ぐぐれ。
>>114 妄想同好会(
>>2にある)に、SSのまとめや、過去スレが保管してあるよ。
>>90 「お久しぶりね、昇一さん」
何かを取り繕うような、白々しい微笑みを浮かべた母の横で、父はつまら
なそうな顔で、もそもそとソテーを噛み砕いていた。
すでに老年の域に達そうかという父は、昇一とは祖父と孫ほどに年が離れ
ている。年を取ってからの子供は可愛いというが、少なくともこの今井
グループの総裁は、四十代になって得た念願の息子である昇一に対して、
なんの興味も示さなかった。
否、昇一だけではない。三人いる姉も含め、基本的に父親は子供たちの
ことに無関心だ。彼から子供たちに話しかけることがあるとすれば、今井家の
管理する財産のことと、グループの経営についてのほぼ二択と言って良かった。
そして自分の結婚話は、少なくとも父親にとってほとんど仕事といって差し
支えない。
「剣菱家のご令嬢とは、どうなっている」
またこの話題か。
パスタをフォークで絡める手を止めた。うんざりとした気持ちのままに
吐き出されようとする溜息をなんとか飲み込み、昇一は顔をあげた。
「二度目の見合いの席を申し込んだのですが、反応が鈍いですね。まだ返事
をいただいてません」
「正式に両親を通して申し込め。そもそも向こうから進めてきた縁談であろう。
本人が拒否しても両親なら喜んで差し出すさ。あんなじゃじゃ馬を引き受けて
やるといっているんだ。感謝してるだろうよ」
居丈高な父親の言葉は、昇一をいつも憂鬱な気分にさせた。
その横で、母親は余計な口出しはせず、だがしっかりと昇一を見ている。
「全く愚図ね、あなたは。――それよりもお父様。今度わたくし、そろそろ
コテージを……」
息が詰まるような空気を、突然姉の一人が遮った。
内容はろくでもないような金の無心だったが、今回に限っては救われた
ような心地で、昇一は食事に専念することとした。
食事のあと、昇一は部屋に引きこもった。
しばらくすると、部屋の内線が鳴った。
さっき話題にしたばかりの剣菱悠理からの電話だという。
いつもはこちらから電話しても五代とかいう老人で止められてしまうのだが、
どうしたことだろか。
昇一はあわてて通話を繋ぐよう命じた。
『ええと、昇一さん?』
「こんばんは、悠理さん」
『えっと、見合いの件なんだけどさ……』
悠理の話はこうだった。
やはり彼女からは、この見合い話は断りたいということ。また、断りはするが、
昇一の面子を立てるために、一回くらいはもう一度会っても良いということだっ
た。
口調の端々から不本意そうな様子が伝わってきて、昇一は苦笑した。
以前、パーティで昇一がそうするよう頼んだことを覚えていたらしい。
(どうせなら、その後に前言撤回して口説いたことも覚えておいてほしかったん
だけど)
いくつか会話を交わした後、昇一は電話を切った。
来週の日曜日に約束を取り付けることが出来た。
本当は休日とはいえどアポイントがあったのだが、途中で気が変わられても
困る。動かせない予定でもなかったので、今回は彼女を優先することにした。
そのまま昇一は、室内に誂えた簡易の仕事机に近寄って、引き出しを引いた。
手に取ったのは、クリアファイルに挟んでいた数枚の報告書と写真。
それには、あのパーティの翌日から昨日までの剣菱悠理の行動を記してあった。
お抱えの興信所を使って調べさせたのだ。
それによると、どうも悠理やその友人の行動は不審だ。何か調べ物をして
いるのか、大きなことをしでかそうとしているようにも見える。
有閑倶楽部。
彼女たちのグループは、通っている高校ではそう呼ばれているらしい。
まあそれはおいおい調べるとして。
昇一は手元の写真をいくつか広げた。
『恋人はいないって聞いたよ。――それとも好きなヤツでもいるんですか』
『い、い、いるよ!』
「好きな男、ね……」
あのとき悠理を助けにきた男――そう、あいつの名前は菊正宗清四郎という
らしい。彼女が好きなのはおそらくこの男だ。
しかし彼らが付き合っている様子はない。
むしろ調査にあがってきた一連の彼女の行動から気になるのは、この男だ。
松竹梅魅録。警視総監の息子であり、名家である和泉家の流れも汲む。
条件としては、我が今井家の方が剣菱家には有利の筈だが、この松竹梅を
婿に招けば、兄である豊作氏の片腕にもなることが出来るだろう。
最近、やたら悠理と一緒に行動しているらしい。高校生であるにも関わらず
何度か剣菱精機にも足を運んでいるという。
――牽制をかけておくか。
そう決めて、彼は机の中に書類を戻した。
まだ悠理をそういう意味で好きなわけではない。
じゃじゃ馬で粗暴な小娘だ。――だが惹かれている。
どうせ政略結婚をしなければいけないのなら、姉たちのような意地の悪い
女よりは、この剣菱悠理みたいな天真爛漫な娘の方がいいではないか。
* * *
「センター長!? やっと繋がった。ぜんぜん連絡をくれないから裏切られ
たかと思いましたよっ」
本日何度目かのコールでやっと繋がった電話に、高田敏正はまくし立てた。
剣菱精機へ辞表を提出してからこっち、今井メディカル側からの連絡が
途切れたのだ。
ただでさえ不安な状況だというのに、何もやることのない時間がそれを
助長した。
実家から遠く離れた東京で暮らし、また信頼できる友人といえば
同じ研究室の加瀬しかいなかった。
これまでは特に不便も感じず、朝から晩まで研究に没頭していた彼には、
不安な時間をどう潰せばよいのか分らなかったのである。
むろん、自分が裏切った加瀬に連絡を取れる筈もなかった。
そのためようやく来た電話に高田はほっと胸をなでおろしたのだが、
電話の相手の言葉は予想外なものだった。
「――そんな、約束が違うじゃないですか! 俺、いや僕を引き抜いて
くれるっていう約束だったから、協力したんですよ!」
『協力? 君が勝手に私たちに擦り寄ってきただけだろう。わかっているの
かね、君がやったことは犯罪行為だ。こっちは君が連絡してくること自体が
迷惑なんだよ』
「そんなっ。あなたは受け取ったじゃないか。今回だけじゃなくて、昨年
だって! だいたい、僕はあなたがもう今の会社を辞めろと言うから辞めた
んですよ」
『――君、こういう噂は知っているかね?』
「え……?」
『我が今井メディカルの親会社、つまり今井グループの会長令息が剣菱の
令嬢と婚約するらしい』
「……それが」
『もともと剣菱精機と今井メディカルが半々の共同出資で、タイに新しく
アジアンスタディのためのCROを作る話は以前からあったんだが、
君の知ってる通り、剣菱精機と我が今井メディカルとは以前からライバル
関係だから上手くいかなくてね』
「なにが、何がいいたいんですか。両家の結婚なんて、子会社の社員である
僕たちには何の関係も……」
『そう。社員である君は当然知ってるだろう。君のところの専務、豊作氏は
剣菱の会長令息だ。その豊作氏が取引を持ちかけてきたのだよ。
――剣菱精機から手を引けば、私をその研究所のCEOにしてくれる、とね』
「!!」
やられた。
身体が足元から冷えていくような気がする。
脳裏に浮かぶ豊作は、気弱で人のよさそうな笑顔を浮かべていたが、
彼がそれだけの人間ではないことは知っていたのに。
『まあ君には剣菱精機との違約金をかわりに払ってやったし、次の会社に
入社できるまでの生活費も世話してやる。しばらくは家でのんびりさせる
とよい』
「僕はっ! 剣菱精機と同等の最先端で働けると思ったから!」
『じゃあ、はっきり言おう――うちにとってライバル会社とはいえ、自分
の勤める会社に後ろ足で砂をかけた人間をうちの社員にできるわけもない
だろう。一度、犯罪行為に手を染めて会社を裏切った人間は、きっとうち
でも同じことをするだろうからな」
センター長はくくくと笑った。
呆然自失した高田は、思わず受話器を落としそうになった。
遠く、センター長の声がまだ続いていたが、もう高田の耳には入らな
かった。
ツヅク(オリキャラばかりですみません)
>秋の手触り
待ってました〜。続き楽しみにしています。
>秋
連日読めて感激です。
悠理の見合い相手のことは気になってました。
魅録とどうカラムのか楽しみです。
>秋の手触り
昇一もいろいろ複雑そうですね。
再び悠理に会うときが楽しみです。
確かにあそこは、すごいファンの多いサイトだったし、
変な客もいたみたいだけど、
それはないんじゃないか。
管理人さんも、過剰な盛り上がりの訪問者を淡々と捌いていた印象がある。
単に日常生活上の問題とか、萌えの枯渇だとかそんなふうに思ったけどな。
西友サイトの中で、作風も含めていまだに一番好きなサイトだった。
>秋の手触り
すごいハイペースの更新!
わくわくしながら続き待ってます。
>>117 「どうもこうもありませんわよ」
お茶を啜りながら野梨子は珍しく憤然とした様子で口火を切った。
大和撫子とした美少女が眦を吊り上げるのを見て、魅録はやぶへびで
あったかと口を噤んだが、かわりに可憐が横槍を入れた。
「いいじゃないの。あたしはキモいオヤジだったんだから」
「それはそうですけれどっ」
――次の日の放課後のことである。
久しぶりにメンバー全員が揃って出た話題は、野梨子と八代義一氏との
週末デートについてだった。
昨日魅録は学校が引けるのと同時に剣菱精機へ行ったため、まだことの
顛末を聞いていなかったのだ。
「あの人に羞恥心ってものはないのかしらっ。公衆の面前で恥ずかしげも
なく」
「いーじゃない。変な人みたいだけど見かけはいいし、女冥利につきるって
いうものよ」
可憐を含め、魅録以外のメンバーはすでに昨日のうちに話を聞いていたの
だろう。ニヤニヤと笑みを浮かべている。
それだけで大体のことが想像できた。
おそらく、あの優男は恥ずかしがる野梨子を虐めるためだけに、四六
時中、彼女を口説き続けたのだろう。
「まあ実際、八代さんはそれだけ助けになってくれてますからね。お茶
ぐらい付き合ってあげてください。そもそもこちらの陣営の手伝いをする
かわりに彼と約束したのは野梨子自身ですからね」
「分かってますわ!」
案外子供っぽく、口を尖らせる野梨子に、穏やかな苦笑を浮かべる
清四郎。
ちらりとだけ魅録は清四郎の表情を確かめたが、いつもと変わりのない
様子に少しだけ肩透かしを食らう。
(まあ、基本的にいつまでもぐだぐだしてる奴じゃあないよな)
「で、可憐の方は? 悠理からは、経理部長と上手く一回目の接触が出来
たって聞いてるが」
魅録が話をふると、可憐はゴージャスな巻き毛をかきあげると、自信
たっぷりに頷いた。
「あれから毎日メールしてるわよ」
「それは上等。次もよろしくな。美童は、戸村社長の秘書とどうだった?」
美童は肩をすくめた。
「手がかりなし。やっぱり本当にシロっぽいんだよなー」
「そうか」
うーんと考え込んで、魅録は椅子の背もたれに凭れかかったまま天井
を見た。
「一応、今井メディカルの妨害工作は止まったし、第一段階はクリア
したんですがね」
清四郎も苦々しさが滲んでいる。
高砂常務が表向きは豊作擁護の立場を取っていたのが思いもよらず
大きな壁となっていた。
「このままだと高砂の馬鹿常務に足を引っ張られて、豊作さん自身が
懲罰人事の対象になりかねないよなー」
高砂がライバル会社の今井メディカルだけでなく、社長派と内通して
いる証拠がほしい。
今のところ、はっきりとした社長派で、なおかつ汚職の事実が発覚して
いるのは経理部長だけである。
それでなんとかフィフティフィフティに持ち込めるかどうか。
「ま、やるだけやるしかないか」
少しだけテンションが落ちた場の空気を読んで、魅録は報告会を
締めくくった。
荷物をまとめていると、悠理が近寄ってきた。
「魅録、今日もうち来んの?」
「出来たら。豊作さんとも話したいし」
「じゃ、ついでにあたいをバイクのうしろへ乗っけろよ」
「あいよ」
自然と浮かんでくる笑みを顔を立ち上がることで誤魔化して、魅録は
背中越しに返事をする。
今、自分たちが噂になってることを、きっとこいつは忘れてるんだろうな
と思いつつ。
「じゃ、俺帰るわ」
他の面々に声をかけて生徒会室を出ると、悠理はそのうしろを軽快な
足取りで着いてくる。鼻歌を口ずさみながら、手にしたメットを降り
まわしながら、リズムをとっている。
部屋に置きっぱなしのそのメットは、魅録自身が用意してやったものだ。
裏門近くの死角に止めておいたカタナに跨ると、悠理もなんの躊躇も
なく、タンデムに座った。
魅録はただまっすぐ前を見て、発進させる。
途端に、肌寒いほどの涼気が肌を嬲った。
背中にしがみつく悠理は、はじめから彼女を乗せるためだけに作られた
バイクであるかのように、ぴったりとそこに収まっている。彼女を乗せる
ようになってから、他の誰かを乗せると軽い違和感を覚える程だった。
――愛車のカタナに悠理を乗せることに、たいした意味などなかった。
意味などなく、彼女を後ろに乗せてきたという事実を重ねてきた。
そして突然、気づいた。
彼女はとっくに特別になっていたのだと。
「こないださ、言ってた件!」
「なーにー!? もっと大きい声でー!」
風切り音に負けないように大声で魅録は叫んだ。
いつもの慣れた道が、今は違って見える。
秋が近づき、町が色を失っていっても、悠理を後ろに乗せていれば、
何もかもが鮮やかな景色となった。
「ツーリング! 行こうって言ってただろ!」
「あーっ 言ったなー!」
負けじと叫ぶ悠理の声も弾んでいる。
「金沢まで足伸ばすかー!?」
「いいな! いつ行こうかっ!」
「次の土日はどうだ!?」
「………」
(悠理?)
返事が返ってこないなと思っていると、ふと何を思ったのか、悠理は
魅録にしがみつく腕に力を入れた。
腹の辺りのまわる悠理の手。
そこだけがやけに熱を持って、魅録ははっと息を呑んだ。
途端に高鳴る心臓の音が煩い。
(冗談じゃ、ない)
思春期の中学生でもあるまいに。
そうしているうちに、悠理はふと力を抜いて、もとのように気楽な
調子で返事をした。
「日曜日は無理ー! 今井の馬鹿坊ちゃんと会うからー!」
ああ――そういうことか。
魅録の脳裏に、パーティで昇一と対峙していた悠理の様子が蘇った。
そしてその後に清四郎へ逃げ込んだ彼女の声もまた。
今井昇一の存在は魅録にとって失恋の記憶であり、悠理にとっても
おそらく似た様なものである。
魅録も内心で溜息をついて、アクセルをぐっと開けると、心持ち
スピードをあげた。
ツヅク
>秋の手触り
朝一番から更新があって幸せな気分に。
もう魅録にしちゃいなよ悠理、と言いたくなる。
どうなるのかなー。
>秋の手触り
話が進んできましたね。
三角関係(四角関係?)がどう進んでいくか楽しみです。
ランキング常連の有名Pや、神絵師とかは、下々から絶賛※貰うのなんて当たり前だから、気にしないんじゃないか?
辺境Pな自分は、むしろ逆の方(自分より明らかに上手い人から※貰う)が緊張する。
話変わるけど、トマ豆腐Pとかのレンの声調ってどうやってんだろ。
VSTとかでギチギチにピッチいじってる風でもないけど、ちゃんと滑舌いいよね。
レンじゃないみたい。
誤爆ごめんなさい。
135 :
名無し草:2008/04/22(火) 16:53:32
新作うpします。
基本的にギャグですが、たまに恋愛も絡むかもしれません。(その時はあらかじめ明記するようにします)
中編〜長編になる予定です。
苦手な方はスルーしてください。
今回は4レスいただきます。
――すべての始まりは、悠理のために清四郎が開いた勉強会だった。
ここは剣菱邸。
悠理の部屋では、悠理と清四郎が机を囲んで向かい合っていた。
鬼のような形相の清四郎と、蛇に睨まれた蛙のような悠理。
地獄の勉強会の真っ最中である。
「悠理、もう一度聞きます。三角形の面積の公式は何ですか」
「……えっと……」
「何ですか」
「……ヒントは……」
「そんなものはありません」
「ケチ!」
「うるさい。文句を言う前に答えてください」
「……」
「答えてください」
「……」
「答えろ悠理」
「……『縦×横』?」
悠理は恐る恐る声を発した。
「違う!!」
清四郎の怒号がとぶ。
「三角形の面積の公式は『底辺×高さ÷2』です。同じことを何度言ったらわかるんですか!」
「わ、わかんねぇもんはわかんねぇんだよ!しょうがないだろ!」
「しょうがなくない」
清四郎はきっぱりと言い切った。
「だいたい悠理、三角形の面積なんて小学生の時に学ぶべき公式ですよ。それをなぜ高校生のあなたが理解していないんですか」
「だって……」
「だってじゃない」
清四郎の言葉は容赦なく続く。
「言い訳をしている暇があったら、少しは理解する努力をしてください」
「……」
悠理はしょぼん…と萎んでしまった。
そんな悠理の姿に、清四郎は大きくため息をついた。
「――気をとりなおして、次の問題にいきますよ。悠理、台形の面積の公式は何ですか」
「……えっと……」
「何ですか」
「……質問してもいい?」
「質問ならいいですよ。言ってみてください」
「……あのさ……」
悠理がためらいがちに清四郎を見上げる。
「……ダイケイって……何?」
がくぅぅぅ
思わぬ悠理の質問に、清四郎は激しくずっこけた。
「悠理……どうやったらそんなに馬鹿な質問ができるんですか。ある意味天才ですよ」
「え、もしかしてあたいのこと誉めてる?」
「もしかしなくても誉めていません」
「――台形とはですね、一組の対辺が平行な四角形のことですよ」
「た、対辺……?へ、平行……?」
「つまり悠理の大好きなプリンの形のことです」
「プリン!?」
悠理の瞳がたちまち輝く。
そんな悠理の姿を見て、清四郎は再度大きくため息をついた。
……何となく苛々してきた。
「まったく……。あれだけの食べ物を吸収できる胃を持っているなら、同じように知識を吸収できる脳を持っていたっておかしくはないはずなんですけどね」
苛々気味の清四郎は、むすっとした顔で悠理に尋ねた。
「――本当に脳みそあるんですか?」
「……は?」
悠理の眉がぴくりと上がる。
「言っておきますが、『脳』みそですよ。決して、食用の味噌ではありませんからね」
「……(ぶちっ)」
これには、さすがの悠理もぶち切れた。
「馬鹿にするなあ!!」
悠理は勢いよく机を叩いて立ち上がった。
「いくらあたいでも、脳みそと味噌の違いくらいわかるわい!」
「ほー、そうですか」
清四郎は相変わらずむすっとしている。
「何だよお!いつもいつもあたいのこと馬鹿にして!清四郎なんか一度馬鹿になってみればいいんだ!」
「それは面白そうですね。僕も一度悠理になって、その馬鹿な頭の仕組みを研究してみたいと思ってたんですよ」
「何だとお!?この冷酷人間!」
「なっ……冷酷人間とは何ですか!」
清四郎も勢いよく立ち上がった。
「悠理にそんなことを言われる覚えはありませんよ!」
「嘘つけ!ありまくりだろ!」
二人の口論は止まらない。
「あたいだって、あたいだってなあ!一度清四郎になって、その高慢で嫌味ったらしい頭の仕組みを真っ二つにしてみてぇよ!」
「やれるものならやってみればいいじゃないですか!」
「何だと――!?」
怒りに身をまかせ、悠理は清四郎に掴みかかった。
――そのとき。
ゴンッッッ
盛大な音をたてて、悠理と清四郎の頭がぶつかった。
「何するんだよ清四郎!」
清四郎が叫ぶ。
「それはこっちの台詞ですよ悠理!」
悠理も叫ぶ。
「……」
「……」
……何かがおかしい。
頭にできたたんこぶを撫でながら、二人はお互いを見つめ合った。
「……どうして僕が目の前にいるんですか」
「……何であたいが目の前にいるんだよ」
最悪の考えが頭をよぎる。
まさか……。
「「入れ替わった……!?」」
――その通り。
二人の願いは、叶ってしまったのである。
<続く>
141 :
補足:2008/04/22(火) 18:07:07
リレーの「裕也君〜」と入れ替わりネタがかぶってすみません。
総入れ替わりではないので見逃してください……。
リレーとは別のストーリー展開をしていきたいと思います。
よろしくお願いします。
>秋の手触り
魅録がせつないよぉ。
想いが伝わるといいのにな。
>清悠記
新連載楽しみにしています。
裕也君おもしろすぎます
こんなに続くなんて思わなかった
>秋の手触り
魅悠の萌えポイントつかれまくりです。
このカプは、友達ってところが切ない。
>清悠記
新連載きたー!
なんか清四郎が苛々しながら、低レベルな言い争してるのが可愛くて笑えました。
なんか前スレからずっと充実してるなー。
リレーも、他の連載の続きも待ってます。
>清悠記
男女入れ替わりって、これから着替えとかどうするんだろう。
いろいろ妄想が浮かんできてニヤニヤしちゃいます。
>>127 「それじゃ、また明日〜」
「僕たちもそろそろ帰りましょうか」
魅録たちに引き続いて、生徒会室を出て行った美童を見送った後、
野梨子は清四郎に声をかけられた。可憐も帰り支度をしている。
野梨子は少しだけ迷った後、可憐の方に視線を遣った。
「可憐、今日はお暇ですの?」
「野梨子? なあに、何かあるの」
不思議そうに振り向いた可憐に、野梨子は微笑んだ。
「週末はしばらく、経理部長と会ったりとで忙しいでしょう。この間言って
いたカフェ、これから寄りませんか?」
「珍しいわね、あんたが」
確かに平日に野梨子の方から遊びに誘うのは珍しかった。
「無理かしら?」
しかし可憐は小首を傾げた後、しかしすぐに了承した。
「ううん。大丈夫だわ、行きましょ」
「――ということで、清四郎」
くるりと野梨子が清四郎の顔色を伺うと、彼はあっさり頷いた。
「女性同士楽しんできてください。僕は甘いものは苦手ですしね」
「ごめんなさい」
「いや。僕も今日は本屋に寄ってから帰るとします」
そう言って、清四郎も生徒会室から出て行った。
二人生徒会室に残されると、可憐はウインクをして、まだ帰り支度
のすんでいない野梨子を促した。
「んじゃ、そうと決まればさっさと行きましょ。あそこ放課後は混むわ」
「可憐」
話があってカフェに誘ったことを、彼女は気づいているのかもしれない。
人気店のため、店はほぼ満席であった。それでも客席間に適度な
距離があるのと、低く流れるBGMが騒音を抑えてくれるため、店には
ゆったりとした空気が流れている。
ウェイターに注文した後、可憐が断りを入れた後に携帯のメール
チェックをはじめたので、野梨子も鞄の中を探った。
――1件の未読メールがあります。
(八代さん……)
発信者:八代儀一
件名:今、仕事が終わったよ
本文:昨日はありがとう。楽しかった。今晩電話していい?
溜息は噛み殺したつもりだったのだが、可憐にはバレていたらしい。
いつの間にか面白そうな顔をしてこちらを見ている。
(――もう、なんですの、あの方)
今度は溜息を隠さなかった。
八代儀一と知り合ってからというもの、野梨子はいいように振り回され
てばっかりだった。君は美しいだの、慣れない様子がかわいいだの、
ふざけたことばっかり言って、野梨子が困るのを彼は喜んでいるのだ。
ただでさえ箱入り娘である彼女が、恋愛という分野において大人の男
へ上手く立ち回るのは難しいというのに。
「野梨子は嫌だろうけどさー。やっぱり紳士じゃないの、その人って」
「どこがですのっ」
「だって一日デートしてたと言っても、早目の食事をした後、すぐに家に
帰してくれたんでしょ。で、手も握ってこなかったし、野梨子がどれほど
邪険にしても、不快な顔もしなかった。いい男じゃない」
「慣れていて、余裕があるだけですわ」
「余裕? 結構なことじゃない。自分が大人で、あんたが高校生である
ことを弁えてくれてるんだから」
「可憐はそう思うかもしれないけど、わたくしは――」
「今、あたしが相手にしてる経理部長なんて、やったらしつこかったわよ。
あたしは未成年だし、親が厳しいと牽制したのに、なかなか帰してくれ
ないし、すぐ腰を抱こうとするし。まあ、あんなのと比べられたら八代さんが
可哀か」
「それはそうですけど……」
「まあ、あんたと八代さんの約束は、たまにお茶を飲んだりするぐらいの健全
デートだけでしょ? 付き合えと言われてるわけでもないし、キスとかされる
わけでもない。割り切って楽しんでおいたら?」
「割り切って?」
「だって結構楽しかったんじゃないの? ちらっとしか会ったことないけど、
お話も上手そうだったし、女の子を退屈させるタイプじゃないでしょ」
可憐の言うとおりだった。
彼に腹を立てたり、恥ずかしがったりと忙しかったが、退屈だと思ったり、
心底嫌がるようなことに出くわしたりはしなかった。
(――そういえば最近、悠理や清四郎のことを考えずにすんでいる……)
ふと野梨子は夏休みのことを思い出した。
丹後半島で過ごしたあの一日。
悠理とのことは、以前から覚悟していたことであり――それに、何もかも
終わったことだった。しかし清四郎からの告白だけは予想外のことだった。
もうすでに振った形となっており、清四郎もあれから何も口にしないで
以前どおりに振舞ってくれている。
だが野梨子にはどこかスッキリしないものがずっと残っていた。
自分と彼とは幼馴染だ。毎日顔を合わせながら、彼はいつの間にか
自分を好いていてくれたのだ。
そのことを思うとき、野梨子はいつもどのように振舞っていいのか分から
なくなる。
彼を男性として意識していなかったからこそ、自分は彼に近づきすぎて
いたかもしれない。しかし、ならばどこまで近づいて良いものか、さっぱり
分からなかった。
そもそも告白以前、自分がどのように彼と接していたかさえ、思い出せ
ない。
生まれてから今まで、ずっと一緒に成長してきた。自分たちの距離なんて、
意識したことがなかった。なかったからこそ、普段通りの態度というものが
どのようなものなのかが分からない。
そしてそれは、恋の対象としてだけでなく、友人としての自分も失いたく
ないと言ってくれた清四郎の言葉を裏切ってしまうものだろう。
夏休みが終わってからも、野梨子は密かに懊悩していた。
しかし八代儀一と出会ってからというもの、さんざん振り回されているせいか、
悩む暇がなくなった。その結果、清四郎にも自然な振る舞いができるように
なってきたような気がする。
「そう……かもしれません」
「そうよう。いい男にちやほやされるのも、たまにはいいもんよ」
可憐がそう言ったとき、ちょうど注文したものが届いたため、その話題はたち
消えになった。
「いつ見ても綺麗よねー。ここのケーキって」
「そうですわね」
目の前にあるのはただのアップルパイだったが、パイ生地にかけられたアプリ
コットジャムの色艶といい、皿の周囲を彩るラズベリーといい、鮮やかであった。
「ついついダイエットなんて忘れちゃうのよね」
「可憐は太ってなんかいませんわ」
そう笑いながら、野梨子はなみなみと注がれたカフェオレボールを両手で
包んだ。じんわりとした熱が手を温める。
明日は10月1日。ようやく制服も衣替えである。
今年は厳冬だと言われている。昼間などはさわやかな涼気で過ごしやす
かったが、もう夕刻あたりになると肌があわだつようになった。
「――可憐、あの」
野梨子が言いにくそうにしながらも、ようやく切り出すと、可憐は黙って
こちらを見つめかえしてきた。
やっぱり彼女は、今日野梨子に誘われた理由に気づいていたようだ。
「ええと江崎さん、でしたかしら。あの方とまだ」
恋に走れば、一直線の可憐である。毎日がそれを中心にして動き、話題
もそればっかりであるのが今までの常だった。それが、ここ数日ほど、彼の話を
聞かない。
可憐は躊躇を見せず、返答した。
野梨子が何を言うのか、だいたい予想していたのだろう。
「別れたとか、そういうのじゃないわ。付き合ってるわけじゃないから。デートは
してるけど」
「そう……ですの」
ふわりとカフェオレボールから湯気が立ち上がる。
少しだけ沈黙が流れた。
「あたしさあ。前に野梨子に言われてから、考えていたの」
「……」
可憐は少しだけ伏せ目がちにした。長い睫が目元に影を落とす。
手入れの行き届いた綺麗な指先でティースプーンをつかむと、紅茶に砂糖
を入れてかきまぜる。
たっぷりの沈黙をはさんだ後、彼女は顔を上げた。
「あたし、あいつが好きだわ」
「ええ」
「――あいつがあたしのこと、ただのガールフレンドにしか思ってないことは
分かってる。それに、たくさんいる彼女になることより、美童の親友になること
の方が難しいことって分かっていたから、それで良かったと思ってた」
「可憐」
「でも駄目。あいつがあたしを――あんたや悠理と同列に扱うのが耐え
られない。あたしは優先してほしいの。三人いる女の親友じゃなくて、たった
一人の恋人として優先してほしい」
「当たり前ですわ」
恋をしているのなら当たり前の欲求だ。恋愛経験の乏しい野梨子にだって
分かる。
「――今回の計画ね、美童の発案じゃない?」
「経理部長のこと?」
「そう。あたしにああいう役が振られるのって、いつものことだし、あたしも嫌じゃ
ないの。結構楽しいし。でも今回、美童の口から出たことに、あたしはムカ
ついてしょうがないの。美童はあたしの気持ちなんて知らないし、悪くないのは
分かってるの。でも腹が立って仕方がないのよ」
可憐は大きな瞳をまっすぐに輝かせ、宣言した。
「だからあたし、この件が終わったら頑張る」
「可憐」
野梨子は微笑んだ。
萎れているよりも、ずっと可憐らしい言葉だと思ったのだ。
可憐は華だ。何も並び立たない一茎一花の、――それも大輪の花だ。
彼女には、いつも自分が一番だと艶やかに微笑んでいる方が似合う。
「クリスマスを美童と過ごせるように頑張るわ」
野梨子はそっと腕を伸ばすと、スプーンを握った可憐の手を上から包み
こんだ。
「それでこそ可憐ですわ」
可憐の恋がかなっても、玉砕しても、自分は彼女を応援しようと野梨子
は心に誓った。
(ごめんなさいね、美童)
可憐も美童も野梨子の親友だったが、今回だけは可憐側につかせて
もらおう。美童が可憐に追いかけられて進退窮まっても助けてなどやらない。
女同士の絆は深いのだ。
ツヅク
>秋の手触り
可憐と野梨子の女同士の会話って大好きです。
野梨子にとって清四郎の存在がこれから変わっていくのかどうか楽しみです。
そして可憐、迷いをふっきった彼女は本当に綺麗。
前向きな可憐が大好きです。
>秋
やっと野梨子パートが読めて嬉しい。
野梨子も可憐も女の子らしいし、二人とも優しいし好き。
>清悠記
新連載!
清四郎と悠理のこういうやりとりって、なんか好き。
遠慮のない感じが。
続きがwktk
>秋の手触り
なんか女友達しててイイ。
仲良しの二人を見るのが楽しい。
可憐の片思いが健気で自分も応援したくなった。
>155
それなら、有閑キャッツも、無人島も気になるな。
そしてもちろん、今続行中の入れ替わりも。
ぜんぶ最終回を見たいから、職人さんたちお願い。
清×野すれ違い編も気になるよ。
でもリレーのことを言うともうきりがない。
でも155のリレーとか、清野とかは
恋愛中心だし、展開が穏やかだから、完結できるかも?
>秋の手触り
可憐いいなー。
みんな生き生きしてて大好きです。
ま、おねだりは誰にでもできるわな。
スレ29
>>848-849 「可憐に野梨子…どうしたんだい?」
仲直りの使者役を彼女達が買って出たんだろうと、予想はついていた。
来るならこの二人だろうとも、思ってた。
「あんたらしくないわね美童。もともと怒りが長続きするタイプじゃないのに」
隣にすとんと腰を降ろして可憐が唇を尖らせる。いきなり本題だなんて、仲間には距離感なしの可憐らしいやり方だ。
「私は美童が正しいと思っていますわ。当然だとも思っていますのよ」
立ったまま艶やかに微笑んで野梨子は言った。
赤い唇は薄暗い部屋ですら鮮やかで目を引く。そして、あの唇は嘘を紡がないことを僕はよく知っている。
「やだ野梨子、あたしだって美童が正しいって思ってるわよ!」
綺麗に手入れされた髪を翻しながら、可憐が間髪いれず叫ぶ。
どんなときでも全身こまやかに磨き上げた、いい女はこうあるべきというお手本みたいだ。
さりげなく香る香水も、僕がほっとする香りだといつか言ったもので、彼女は気遣いの天才でもあることを思い出させる。
「『男だったら女が自分を安く見せる手助けなんかしちゃだめだろ』な〜んて、
今までの美童の台詞で一番かっこいいって思ったわ!……でも」
表情を曇らせる可憐に、野梨子も重い吐息をついた。
「清四郎も魅録も反省していますの。本当ならここに来てきちんと謝罪すべきだと二人も思っているんですわ」
気遣わしげに僕を見ながら二人の弁護をする野梨子の声には、いつもの透明感がなかった。
「…それなのに、なんで今まで誰もあんたに連絡取らなかったのか、おかしいと思わない?」
だんだん沈んでくる可憐の声は、少し疲れて聞こえた。
「思わない?って聞かれても…」
僕は二人の顔を交互に見るふりをして、視線を彷徨わせた。
みんなのことをずっと考えていたようで、実はまったく考えていなかったことに気付いて焦っていた。
「そうね、あんたは怒ってる側だもんね」
可憐が肩をすくめて苦笑いする。野梨子は時計をちらりと見て、急ぐように口を開いた。
「時間もあまりないので手短に話しますわ。美童、私達は今悠理の監視の目を逃れて来ているんですの」
「は?監視?!」
思いがけない単語に、僕は今度こそ二人の瞳を交互に覗きこんだ。
「悠理の言い分だと、冗談の通じないやつは倶楽部にふさわしくないんだそうですわ。もうムキになってしまって
私達の意見なんて聞こうともしませんの」
「剣菱財閥の力を使いまくった監視でね、あたしたちがあんたに連絡取らないように見張ってるってわけ」
野梨子と可憐は、それぞれ袖を引いて手首に巻きついた発信機を見せた。鍵付きのいかにも最新式なそいつは、
おそらく魅録と清四郎にもついているんだろう。
確かにそれでは、誰も僕と連絡が取れるはずがない。
「だからあんたからの連絡を待ってたんだけど、こないし。杏樹は美童は引き篭もりになったなんて言うし」
溜息を大袈裟につきながら、可憐は足を組み替えた。
「で、仕方ないからこっちが動いたってわけよ。ね、野梨子?」
後を引き受けたというように頷いて、野梨子が僕を見た。
「今は魅録がなんとか悠理の気をひいてツーリングに出かけ、清四郎が通信アンテナの配線をいじってなんとか
私達の場所が掴めないようにしているんですのよ」
「悠理のヤツ、いったい何を考えてるんだよ」
思わず口をついて出た言葉は、自分が思っていた以上に怒気が強かった。
文句があるなら、僕に怒鳴り込んでくればいいのに、悠理らしくもない。なんだか無性に腹が立った。
「それはね、美童」
フフンと鼻を鳴らして、百戦錬磨の戦士のごとく可憐は笑った。
「悠理はコドモだから、自分の感情をどうしていいかわかんなくて混乱してるのよ」
「食べることや寝ることにはあんなに素直ですのにね」
野梨子もくすくす笑って言う。
「まあ初恋だから仕方ないわね」
にっこりと二人して笑いかけてくる。
「ごめん、意味がよく…」
分からない。
「あら、世界の恋人・美童グランマニエがこんな簡単なことも分からないの?」
妖艶ですらある笑顔で、可憐は僕を見た。
<続く>
>突発的な〜
リアルタイムで読めて、得した気分。
このSSの美童、大好きです。
なんかニヤニヤしながら、可憐みたいに近くで二人をヲチしたい。
続き愉しみです。
>突発的な
美悠大好物なんで、続き待ってました!
当事者はうろたえてるけど、周りは楽しいだろうなw
なんかこの二人のカプは可愛い。
>>146 それから魅録は、毎日剣菱邸に泊り込んで、暇を縫っては情報収集を
続けた。
打ち込むことがあるのはありがたかった。
少なくともその間は余計なことを考えずにすむ。
高田敏正の行方については菊翁に頼み込んで探してもらっている。
借りを作ってしまうこととになるが、なまじっかの探偵より早い仕事を
してくれるだろう。
土曜日の晩、剣菱夫妻や悠理はそれぞれ出かけており、珍しく魅録は
豊作と二人きりでの夕食を摂った。
「学校は休みだっていうのに、拘束してしまってすまないね」
夕食後のコーヒーを飲みながら、豊作が頭を下げた。
魅録は慌てて腰を浮かせた。
「頭なんか下げないでくださいよ」
「いや、僕がしっかりしていたら、君に手伝ってもらうことなんてなかった
んだが。どうも僕は、派閥争いというものに向いていないようだ。面目ない」
「そんなこと」
「いやそうなんだ」
豊作は自嘲した。
「剣菱精機の専務に就任したばかりのころ、電力の独禁法がらみで奔走して
たんだ。兼六が横槍入れてきたこともあって、僕も父の補佐についつい熱中し
しまって、本分を疎かにしてしまった。いろいろ片付いて、専務業に専任しよう
と思ったころには、派閥ができている上に、重立った役員たちはほとんど社長派。
自分側についてくれていた常務にも裏切られるし、全く実から出た錆とはこの
ことだね」
確かにそれは企業に属するものとしては迂闊だったかもしれない。
「……でも、豊作さん、下の人たちに慕われていたじゃないですか。裏切った
あの高田室長でさえも、豊作さんを尊敬してたのは本当だと思いますよ」
そう、あの眼差しは本当だった。だからこそ豊作や周りの人間は裏切りに
気づかなかったのは皮肉なことだ。
豊作は眉を下げて微苦笑した後、話を切り替えた。湿っぽくなりそうだった
からだろう。魅録から見て、豊作はウィットな話題は苦手そうな感じがした。
「ありがとう。――それにしてもいいのかい、君」
「何がですか?」
「親御さんとか心配してるんじゃないか?」
「うちの両親はそんなこと心配しないから大丈夫ですよ。連絡も入れてますし」
千秋さんは言うに及ばず、父親もまた心配などしていないだろう。もし心配
するとすれば、身の危険ではなく、息子がまた何かしでかしてやしないかと
いうことぐらいだ。
「そういや、僕は僕の妹の友人になろうなんていう子だ」
豊作は小さく笑って納得した。
「ともかく、あまり根をつめないように。やることがあったら、僕や金井君にも
言ってくれ」
「分かりました。でも今は大丈夫ですよ」
「そうか。今晩はもういいのかい」
「はい。今日のところは作業に区切りがつきました」
「悠理のやつもフラフラ遊びに出てしまったし、退屈だろう。せっかくの土曜日
の夜だし、どこか出かけてもよいよ。夜勤のものがいるから、うちの出入りは
好きにしてもらっていい――ああ、未成年の子に言う言葉じゃないか。君と喋って
いると、ついつい忘れてしまうよ」
豊作は、はじめて朗らかな笑みを見せた。
彼と悠理は似ていない兄妹だったが、案外その笑顔はそっくりだった。
「君は不思議な子だね。年の差があるのに、とても気安くなってしまうよ」
「それじゃ豊作さん。気安いついでに、ちょっと付き合ってもらえませんか?」
「?」
「チェスでも、ポーカーでも。そういやプールテーブルもありましたよね、ここ」
豊作はふっと笑った。
「チェスやビリヤードでは勝負にならないだろう。きっと君はなんでも上手く
こなすだろうから。――そうだな、幸運に縋ってポーカーにしよう」
喫茶ルームには、紫煙と酒の匂いが濃厚に絡んでいて、もしこの場に百合子が
いたら眉を顰めていただろう。
「あーあ、ワンペアだよ。しかも3。魅録君は?」
お手あげ、といった風に手札をオープンにすると、豊作は煙草を灰皿に押し付けた。
豊作はいつものきっちりとした姿とは違い、髪は乱れ、ポロシャツの釦も外されて
いる。こうリラックスしていると、いつもの腺病質そうで生真面目な風貌から、
いっきに年相応に見えるから不思議だ。
「俺はですね」
それまでポーカーフェイスを保っていた魅録は笑って手札をひっくり返した。
「あれ」
「そ、ブタさん」
おどけたように言うと、豊作は笑った。
「君にはまんまと、騙されたよ」
「ペテン師になれるかもしれませんね?」
魅録も煙草をプカプカと吹かしながらニヤリと笑う。
「ペテン師はノーペアなんか出さないよ」
「ちゃんと仕込んだら、いかさまポーカーも出来ますよ、俺」
テーブルに広がったトランプをかき集めて、玄人はだしの手さばきで札を切って
みせる。
「お遊びならともかく、君は真っ当に生きるのが似合ってるよ」
「そうですか」
「そうだよ」
豊作は気分がよさそうに、オン・ザ・ロックのウイスキーが入ったグラスを
揺らした。
「君みたいなのが部下だと楽なんだけど、人の下につく男じゃないだろうな」
「起業する気はないですよ?」
「そうなのか? 勿体無い」
意外なことを聞いたというふうな豊作の顔こそ、魅録には意外だった。
「俺はモノを弄るのが好きですからね。たぶん技術畑に行くでしょう」
「なら大学は、どこか専門の?」
「たぶん」
「たぶん、ねー。暢気だなあ、もう秋だよ?」
豊作は呆れたように言った。確かに彼の言う通りだ。そろそろ推薦が決まる時期
でもある。
清四郎が医学部に行くといわなければ、そのまま何も考えずに聖プレジデントの
大学部へ進んでいたか、願書の出願時期ギリギリに決めたりしたかもしれない。
聖プレジデント出身という履歴書は、そう悪いものでもないのだ。
たとえ大学の途中でやりたいことが見つかっても、頑張れば進路変更など出来る
自信が魅録にあったせいでもある。
「やりたいことはいっぱいありすぎるて決めかねてるんです。特に、乗り物系は
いいですね。操縦者にも、メカニックにも興味がある。どれもスリルがあって
魅力的です」
「君はなんでもこなすからなあ。でも、――そう、ガッチガチな因習にまみれた
この財界も、ずいぶん刺激的だよ」
今度は豊作の方がニヤリと笑った。
自分が反派閥の罠に嵌って痛い目にあったというのに、随分と豪胆なものだ。
「……そりゃ、剣菱のトップを張ってたら、波乱万丈でしょうね」
咽喉の乾きを覚え、魅録は手元のウイスキーをあおった。
熱を飲み込んだかのように、かっと胸元が灼ける。
「あの父の息子に生まれたというだけで、僕には十分すぎるよ」
「違いない」
「ま、考える余地はあるんじゃないか? あの無鉄砲な妹の旦那になるには、
相応の包容力が必要だよ。たとえば危なっかしい時期会長の兄を支えてくれる
ほどの、ね」
不器用な豊作のウインクに、魅録は思わず絶句した。
「……冗談を」
「まあ考えておいて。――僕はそろそろ休ませてもらうよ」
豊作は魅録を追い詰めることなく、淡い笑みを浮かべたままで、立ち上がった。
退出する彼の背中を、豊作は見つめることしか出来なかった。
ツヅク
最後の行の誤字
×豊作は見つめる
○魅録は見つめる
毎度すみません。いろいろ台無しです。
>秋〜
おおお、ついに恋愛方面でも物語が動いてくるのですか!?
魅録には頑張ってほしい。
>突発的な
待ってましたー!
悠理、以外な行動に出ましたね。
早く悠理と美童のやりとりが読みたい。
続き楽しみに待ってます。
>秋の手触り
魅録と豊作さんの男同士のやりとり、いいですね。
豊作さん、魅録の気持ちに気が付いてて言ったのか、たまたまなのか。
なんか豊作さんを見直してしまいました。
本スレ21のレス382-383の続き。
>(
http://houka5.com/yuukan/long/l-12-4.html)
目の前で可憐が背を翻して去ったあと、どれほどそこに立ち尽くしていただろう。
もう可憐は行ってしまった、そう思う一方で、どこからか動いてしまってもいいのかと問う声がする。
可憐のためには、たとえ彼女が望んでも新開と引き離した方がいいだろうか。
恋人の経済力を当てにするような男などに、可憐を幸せに出来る筈がない。
――――いや。
打算ばっかりだったとしても、新開が可憐を好きだったのは確かだ。
可憐が新開を助けて生きることを選んだのなら。
(・・・何が可憐のためだ。)
清四郎は唇をかみしめた。
そんなのは嘘だ。
たとえ、可憐が新開を選んで幸せいっぱいになったところで、清四郎はきっとそれを素直に祝福できない。
生徒会室でした可憐へのキス。
驚いたような、傷ついたような、可憐の眼差しが忘れられない。
――『仮に僕が…僕だけが反対したら可憐は行くのを止めるんですか!?』
自分の気持ちなんて知らずに、平気で目の前で揺らぐ可憐。
悔しかった。
やりきれなかった。
出来ることなら、ならば僕を選べと可憐に言いたかった。
(なんだ。・・・全部、ぼくのわがままじゃないか)
途方に暮れて、清四郎は動けずにいた。
そのときだった。
「――――清四郎、なの?」
「可憐!?」
新開と消えた筈の可憐が、エレベーターから降りてきたのだ。
「君はあの男と行ったんじゃ」
清四郎の声に、可憐はしばらく黙り込んだ後、突然顔をくしゃくしゃにした。
「清四郎!」
こらえていたものを吐き出すように、胸に飛び込んできた可憐を、清四郎はとっさに抱きしめた。
可憐は、いつもの彼女からは考えられないぐらいに、声をあげて子供のように泣いている。
化粧がはげるのだってお構いなしだった。
「私、好きだったのに。本当に好きだと思ってたのに!」
「可憐…」
嗚咽を漏らしながらの可憐の台詞に、清四郎は胸が痛かった。
しかし可憐はこう続けた。
「でも渉さんのこと、愛せなかった。弱ってる渉さんが愛してるって言ってくれたとき、
思い浮かんだのは、清四郎だったの」
「!?」
清四郎は驚いて、抱きしめていた可憐の身体をはがすと、彼女を見つめた。
マスカラが落ちてぐちゃぐちゃになった顔を見て、清四郎は笑おうとして失敗した。
唇が重なった。
あの生徒会室でのものとは違って、ひどくゆっくりで、静かな。
キスが解けたあと、清四郎はそのまま彼女をもう一度強く抱きしめた。
「僕も、君が好きです」
滑稽なほど、声は震えた。
腕の中の可憐は一瞬だけ固まり、それからまた盛大に泣いた。
上でリレーの話があったんで、思わず続けてしまいました。
清四郎と可憐がくっついたら、魅悠が残ってるので、誰か。
自分もこの話好きなので、最終回が読みたいです。
>想い出がいっぱい
まさかの復活がうれしい。
そういやいいところで止まってたんだよね。
魅悠の行方も気になります。
>想い出がいっぱい。
魅悠は一応決着ついてる? から美野が気になるな。
この前、過去ログ見てたら
「菊正宗クンの恋人」とか
「豊作→野梨子←清四郎」があって。
改めて読みたいな、と。
誰か書いて欲しい…。
自分文才ないから…。
復活ありがとう!
久々に読めて感動しました!>想い出&突発的な
この乗りで
「清×野×美 3P」と唱えてみる。
>>「清×野×美 3P」と唱えてみる。
このテのは、今ならエロパロのほうが書き手が多いような気がする。
R大好きなんだがエロパロは何故かあまり萌えない。
エロパロはどちらかというと男性向けだからね。
どうしても過程が薄くて、エロ重視なのが基本的に多いから。
でも自分は向こうのも凄く上手くて萌えたのがあった。
便乗して唱えてみる。
岡田あーみんのパロディで「清四郎さんは心配性」
パピィ的なのが清四郎として、典子が野梨子?(名前一緒だし)
184 :
182:2008/04/25(金) 00:12:54
うん、あと北野は魅録がベストかな。
清四郎が天井に張り付いて二人を監視したり
大人気ない突込みでカップルの会話を邪魔をしてるところが読みたいな〜と。
何気に清野が同居してるのも萌えポイント。
文章力のない私にはシーンを思い浮かべるのが限界だった。
清四郎には、可憐か悠理かの恋人がいるけど、
つい幼馴染に心配から過干渉になってしまっても笑える。
清「な、なに!? デートだとっ だめだ、ダメですよ野梨子! 男はみんな狼ですっ」
魅「いいかげん鬱陶しい男だな」
清「デートは次の日曜日ですか。ならば保護者として僕も」
野「次の日曜日といえば、あの方が美童にデートに誘われてましてよ?」
どちらを選ぶべきか、清四郎ピンチ、みたいな。
>>173の続き
翌日、可憐は学校を休んだ。
いろいろな気持ちの整理をつけるに必要だったのだろ。
放課後の部室で仲間たちにことの顛末を告げたのは清四郎だった。
みんなにからかわれて、珍しく困った顔をしている彼は、それでも幸せそうだった。
美童は、清四郎の穏やかな顔を見て、あのとき彼に電話をしたのは間違いではなかったと思った。
自分が清四郎の背中を押すのが、おせっかいではないかと思う気持ちがあり、躊躇していたこともあった。
それでも電話することに決めたのは、悠理のことがあったのと――美童自体の恋のせいだ。
たとえ障害があっても、伝えなければいけない気持ちがある。
それが
分ったから。
美童もまた、野梨子に好きだといったことを後悔していない。
しばらくして野梨子が席を立ったので、美童も少し遅れて追いかけた。
探した結果、野梨子がいたのは屋上だった。
ぼんやりと金網を手で掴んで、空を見上げている。
「野梨子」
声をかけると、彼女は振り返った。
肩で切りそろえられた真っ直ぐの艶髪がふわりと揺れる。
――――泣いているのかと思っていた。
でも野梨子は笑っていた。
「美童。私、清四郎にちゃんと告白しましたわ。もちろん振られたのですけれど」
「そう…………がんばったね」
「ええ。だからこれはもうお仕舞い」
美童は彼女を抱きしめることが出来るなら、と思った。
(美野フラグ立ててみた。)
>リレー
おおお、乙。
てかこれ、もうまとめ入って良さそうなところまで進んでたのに、停まってたんだなー。
今夜はすごく豊作だー。
>突発的な、
待ってました。
そりゃ美童怒るよなーとか思いつつ、悠理の言動が気になります。
>秋の手触り
豊作さんと魅録の会話が好きです。
年の離れた男友達みたい
>リレー
そういやこんなリレーが!
清可がくっついてほっとしました。
新開さん(懐かしい…・・・)には可哀相だけど。
>>179-181 自分も、このスレのRのが萌える。
まあこれは、向こうとこっちとのニーズが違うだけなんだろうけど。
R自体に萌えているというより、
そういうことをしちゃう二人の関係性に萌えてるというか。
>>182 岡田あーみん大好きだから、ここでこの名前を見れて嬉しいw
最近の流れに便乗して、病院坂の作家さんお待ちしております。
いまだにずーっと楽しみにしてますので。
同じく便乗して暴走愛の作家さん待っています!
病院坂って、清野になるのか、清悠+魅野になるのか、どっちにするつもりだったんだろう。
清野ENDだったら、魅録が切なすぎるな。
暴走愛も、清四郎は最終的に誰を選ぶつもりだったのか。
194 :
193:2008/04/25(金) 02:23:14
途中でエンター押してしまった。
清四郎スキーなんで、清四郎が絡む関係の作品はすごく興奮する。
どちらの作品も、不器用な愛で相手を傷つけてしまってる清四郎萌え。
あーみんと、有閑倶楽部の読みきりが
りぼんの同じ号に載ってた時代もあったなー。
ときめきトゥナイトとかもあって黄金時代だった。
>>193 スルーされてるけど、ひそかに魅可も出てきてるんだけどね病院坂。
まだ話が全然見えてこないし、カプだって全部どうもならないかも知れないし。
誰が一緒になるかは作家さんの思うように書いてもらいたい。
病院坂は数年ぶりに帰ってきてくれたんだし、
前回の投下からまだそんなに時間が経ってるわけではないんだから、まだ誰ENDにするとかの話をして過去形にしないでくれ・・。
そうピリピリせず、またーりと。
>>184 お父さんは心配性は懐かしいなー。
好きだったけど、そのキャスティングおもしろそうでいいなw
こいつら100%伝説では危脳丸が美童にピッタリだと思う。
スレ違いだけど、あーみんはお父さんを18歳の時にあれを書いてたんでしょ、鬼才すぐる。
>>166 扉の向こうから廊下を歩く音がして、魅録は深い思惟の底からゆっくりと
掬い上げられた。
気がつけば、手にしていたカットグラスの氷はすでに解けきっている。
思った以上に、豊作の言葉に動揺していたようだ。
苦笑して、水割りというより、ただの色つき水のように薄まったウイスキーを
飲み干した。
足音は、この喫茶ルームの前で止まった。
「あ、魅録。ここにいたんだ」
悠理だった。
いつのまにか彼女は帰宅していたようで、例の大量にレースがあしらわれ
ている部屋着を着ていた。髪が濡れているところを見ると、もう風呂も済ませて
いるらしい。
悠理はちらりと卓上に視線を走らせた。銘柄の違う二種類の吸殻がある
灰皿とトランプ。
「兄ちゃんと? 兄ちゃんは魅録が気に入ったんだな」
「そうか?」
「だって兄ちゃん、小さい頃から本ばっかり読んで、あたいとは遊んでくんなかっ
たもん。とくにトランプとかさ。兄ちゃんすんげー弱いの」
そう言って、悠理は魅録の正面に座ると、悠理は豊作が残したグラスに
ウイスキーを注ぎ、自分も口をつける。
「しかもこれ、兄ちゃんが気に入ってるやつじゃん。なんとかっていう国産の
非売品。気に入ってなきゃ秘蔵の酒は出さないよ」
「ああ、どうりで旨いけど知らない味だと思った」
クリスタルのデキャンタに入っていたため、ラベルが確認できなかったのだが、
非売品だったのか。
それも国産とは珍しい。
「そうそう、魅録。お土産」
「何?」
差し出されたのは、ライブハウスのチケットだった。開催日を見たら、明日に
なっている。
どうやらこれを渡すために魅録を探していたようだった。
聞けば、悠理は昼間に町で共通の友人と偶然会ったらしい。明日の
ライブのチケットが捌けなくて困っているという話を聞いて、カンパのつもりで
二枚買ったとのことだった。
「あたいは明日今井昇一と会うから行けないけど、魅録に用がないなら誰か
誘って行ってきたら? あいつも久しぶりに魅録の顔が見たいと言ってたし」
悠理の言うとおり、その友人とはしばらく会っていなかった。
普段の魅録なら、すぐに行く気になっただろう。腰の重さとは無縁なのだ。
だが今日は、あまり気が進まなかった。
明日、悠理が今井昇一と会うせいかもしれない。
魅録は、先ほどの豊作の台詞をなんとなく思い出す。
――豊作さんは、自分や悠理の結婚について、今までもいろいろ考えて
きたのかもしれない。
万作は生涯現役かもしれないが、それでもいずれ剣菱家は豊作の代に
なるだろう。そのときに豊作が剣菱グループの名実ともに会長となるのか、
それとも経営者一族である剣菱の当主として剣菱グループを影から支配し、
会長職は有能な人材に任せるのか、選択を迫られる。
そのときに、豊作や悠理がどのような人間と結婚しているのかということが
重要になってくるかもしれない。
剣菱はあまりに大きくなりすぎた。
(悠理の気持ちさえ伴うのなら、今井昇一は最適とは言えないものの、
悪くない相手かもしれない)
その考えは、魅録をひどく不快にさせた。
「んじゃ、一応このチケットは貰っておく。いくら?」
「いーよ。最近、魅録が忙しいの、あたいが兄ちゃんのこと頼んだせいだし。
まあ礼にしちゃ安すぎるから、また後でなんか考えるけど」
ウイスキーをちびちび舐めながら、悠理は言う。
グラスの口を掴むその細い手首から、魅録は視線をはずすことができない。
ストレートのせいか、悠理の耳は若干赤く染まっている。
「礼はどうでもいい。乗ったのも俺だし」
そう? と首を傾げた悠理は、ちょっとだけ溜息をついて立ち上がった。
「んじゃ、あたいはそろそろ寝るわ。明日早いし」
当たり前だが憂鬱そうに言う。
早い、という言葉が引っかかって、魅録は訊ねた。
「明日はどこに行くんだ?」
「んー。遊園地」
「遊園地? それはまた……」
初顔合わせから、次がまだ二回目の席ということになる。
今回のことはちゃんとした仲人を立てた見合いではなく(そもそも見合い
自体が単なる偽装に過ぎないものの)、それとなく両者顔合わせをしただけ
だが、それにしてもいきなり遊園地というのは、イレギュラーな選択ではない
だろうか。
「なんというか、普通の高校生のデート地って感じだな」
悠理はともかく、昇一の方はいい年をした大人だ。
「どこ行きたいか聞かれたから、あたいがリクエストしたんだよ。二人っきり
でもあんまり話さずにすむじゃん」
「ほー、考えたな」
「うんにゃ、可憐のアドバイス」
「なるほど」
――もしかして、もしかしなくとも。
これが悠理の人生初のデートとなるわけだ。
「まあその、なんだ。気をつけろよ」
思わず奥歯に物が挟まったような言い方になってしまったが、悠理は
それでも言外に匂わせたニュアンスに気がついたようだ。
「大丈夫だって。あたいと結婚したいんなら、かえって無茶しないだろ。
無茶したら父ちゃんたちを怒らせるだけだしな」
確かに今は、既成事実云々を持ち出すような時代ではない。
「そりゃ、今井会長は剣菱と手を組みたいからこの婚約話にノッたん
だろうが、あの息子はそれだけじゃねえだろ。お前に気があるのは明らか
だし、なんか雰囲気が――いい感じしなかった」
パーティのとき、彼が悠理を口説いているのを無線越しに聞いた。
割と本気になりかけていたような気がする。
「そう、かな」
「まあお前のことだから大丈夫だろうが、お前だって一応女なんだ」
そう魅録が言うと、一瞬悠理はきょとんとした後、可笑しそうに笑った。
「一応ってなんだよ、一応って」
「あと、もう今井のぼっちゃんの顔色を伺う必要もないから、手を握ら
れても振り払っていいんだぞ」
いつもと違う男友達の様子に、悠理は訝しげな様子であったが、
素直にこくんと頷くと、口の端をあげた。
「魅録は心配してくれるんだな――オヤスミ」
それは酒の香りとともに、花が匂うような笑みだった。
――彼女がただの友達だなんて、どうして思えたのだろう。
扉が閉じる音とともに、鈍い痛みが魅録の胸に訪れた。
当たり前にそこにあったものは、もう当たり前ではない。
積み重ねてきたものは、変質してしまった。
不可逆な時間の流れを呪っても、彼女とただの友人でいられた最後
の夏はもはや遠かった。
ツヅク
>秋の手触り
魅録と悠理の関係が、ちょっと切なくって良いなぁ。
いつもの悠理の、ちょっとした仕草に色気を感じる様子に
ときめきます。
>秋の手触り
>「魅録は心配してくれるんだな」
悠理、ほんとは清四郎に言ってほしかったんだろうなと思うとせつない。
>>186さんのつづき
「――野梨子。あのときの言葉覚えてる?」
「あのときの?」
「ぼくが君を守るといった、あの言葉だよ」
『もしも野梨子に何かあったら、今度は絶対僕が君を守るよ。命をかけて!』
はっとして野梨子は顔をあげた。
「あれは本心だよ。演技なんかじゃない。・・・・・・ほんとは分かってるよね?
あれがぼくの告白だったってこと」
「美童、でも、私は」
「分かってる。でも覚えておいて。ぼくは君が好きだよ」
キスも、抱きしめることもなく、見つめるだけだなんて。
それでもこんなに真剣にひとりの女性を口説いたことはなかった。
「ぼくを好きになれ、なんて言わない。でもぼくをちゃんと見て。
君を好きな男がいることを知っておいて」
他の女性を見ているような男に、彼女を守る役目を譲るつもりはなかった。
たとえ、それが野梨子の最強の幼馴染であっても、
そして彼女がいつまでも清四郎を好きだとしても。
続く
>>186さんのつづき
「――野梨子。あのときの言葉覚えてる?」
「あのときの?」
「ぼくが君を守るといった、あの言葉だよ」
『もしも野梨子に何かあったら、今度は絶対僕が君を守るよ。命をかけて!』
はっとして野梨子は顔をあげた。
「あれは本心だよ。演技なんかじゃない。・・・・・・ほんとは分かってるよね?
あれがぼくの告白だったってこと」
「美童、でも、私は」
「分かってる。でも覚えておいて。ぼくは君が好きだよ」
キスも、抱きしめることもなく、見つめるだけだなんて。
それでもこんなに真剣にひとりの女性を口説いたことはなかった。
「ぼくを好きになれ、なんて言わない。でもぼくをちゃんと見て。
君を好きな男がいることを知っておいて」
他の女性を見ているような男に、彼女を守る役目を譲るつもりはなかった。
たとえ、それが野梨子の最強の幼馴染であっても、
そして彼女がいつまでも清四郎を好きだとしても。
続く
連投ごめんなさい。
>秋の手触り
以前、嵐さんのところでまとめ読みして嵌ったので、
連載が停まっていたことを残念に思ってました。
久しぶりにスレにきたら、連載再開されててビックリしました!!!
この作品の女性陣はみんな美人に書かれてますね!
復習のために夏の匂いから読み直したので、
夏では普通に友達だった二人が読めたので、
今回は余計に魅録が切なかったです。
あと、可憐の片思いの行方も気になります。
>思い出がいっぱい編
このリレーは今回の再開を期に初めて読みました。
すごくドキドキの展開の続くリレーだったので、
再開してくれた人、続き書いてくれた人に感謝です!!
もうマトメに入ってるのかな?
入れ替わりのリレーも続き楽しみにしてます。
自己レス。
読み返したら、興奮しすぎてて書いたので
>この作品の女性陣はみんな美人に書かれてますね!
の一文が、他の作者さんを不快にさせてしまうかもしれないと気づきました・・・。
そんな意図があったんじゃないのですが、ごめんなさい。
他の作者さんの作品の女性陣もみんな綺麗だし、楽しく読んでいます。
あと長文ウザでごめんなさい。
興奮しすぎワロタ
大女優の続き待ち。
「白鹿野梨子の貞操を狙え!」
と唱えます。
いつまでも待ってます。
>>137-140 「ど、どうするんだよ清四郎!」
清四郎はおろおろしながら悠理に詰め寄った。
「どうするもこうするも、僕にだってわかりませんよ」
落ち着いているように取り繕っている悠理も、内心激しく混乱していた。
――が、しかし。
(……ん?ちょっと待てよ?)
「……へっへっへ……」
突然、何を思ったか、泣き叫んでいた清四郎が不気味に笑い出した。
「……何ですか悠理。僕の顔でそんなに気持ち悪く笑わないでください」
悠理が怪訝そうな顔をする。
そんな悠理をよそに、清四郎はにっこりと微笑んで悠理を見た。
清四郎君お得意の『悪魔の笑み』も、悠理クンの手にかかれば、ただの『やらしい笑み』にしか見えない。
「……いいこと考えちゃった!」
そう言うと清四郎は、なぜか隣室の百合子さんの寝室を物色し始めた。
「な、何やってるんですか悠理!」
「探し物――!」
悠理の問いに答えながらも、清四郎は物色する手を止めない。
タンスはもちろん、テーブルやベッドの下、果ては金庫にまで手をつけ始めた。
……婦女子の寝室に忍び込み、あさるかのようにあらゆるものを物色しまくる清四郎。
「……ものすごく変態じゃないですか」
――その通り。
「あった――!」
ようやく清四郎はお目当てのものを発見したようである。
意気揚々と手に持って、悠理の元へやって来た。
「……何ですか、それは」
「ふっふっふ……」
目を輝かせた清四郎は、後ろ手に持っていたそれを、悠理に向かって勢いよく突き出した。
しかも、某2X世紀の猫型ロボットのような効果音と共に。
「チャララチャッチャラ〜♪全身鏡〜〜!!」
ボカッッッ
言うまでもなく、清四郎は悠理に殴られた。
「何すんだよお!」
「何すんだよお、じゃありません!何ですかその効果音は!」
「え、だめ?」
「当たり前です!」
ふ――っ、と悠理はゆっくりと息を吐いた。
「――何度も言うようですが、悠理。お願いだから僕の姿で間抜けなことはしないでください」
「何で?」
「僕のキャラが確実に崩壊します」
悠理の額からは嫌な汗が流れていた。
「――それで、どうしたんですか。全身鏡なんて持ち出して」
悠理は話を本題へと戻した。
「あ、そうそう。あたいいいこと思いついてさ」
「いいこと?」
悠理は訝しげである。
清四郎は頷いた。
「よぉぉく見てろよ、清四郎!」
そう言うと清四郎は、全身鏡に向かってはっきりと大きな声で話し始めた。
「悠理、馬鹿なんて言ってすみませんでしたね。学力だけが人間のすべてではありませんよ。三角形や台形の面積の公式がわからなくたっていいじゃないですか。おいしい食べ物を食べることができれば、それでいいんですよね。
馬鹿なのは僕の方でした。悠理はちっとも馬鹿じゃありませんよ。今まで悠理を見下していた僕の負けです。完敗です。すみませんでした」
悠理への一通りの謝罪を済ませた清四郎は、勝ち誇った顔で、悠理に視線を送った。
「どうだ!全身鏡の力を借りれば、まさにあたいに謝っている清四郎そのもの!これぞ長年の夢だった、剣菱悠理勝利の瞬間!!」
「阿呆か――――!!」
悠理のチョップが清四郎に飛んだ。
「何すんだよお!」
「悠理、自己って言葉知ってるか。満足って言葉知ってるか」
「それくらい知ってるわい!」
「それじゃあ自己満足って言葉も知ってるな」
「……」
清四郎は黙り込んでしまった。
「まったく……。悠理の発想の豊かさにはほとほと感心しますよ。僕にはとても真似できません」
「え、もしかしてあたいのこと誉めてる?」
「だからもしかしなくても誉めてませんって」
やれやれ、と悠理は深くため息をついた。
「――ところで悠理。一つ聞きたいことがあるんですが」
「何だよ清四郎」
清四郎はふてくされている。
そんな清四郎にも悠理はお構い無しに尋ねた。
「今、何時だと思いますか?」
「……今?」
壁に掛けてある時計を見る。
「……今は……今は……今……」
あ――――!!と、清四郎は叫んだ。
「もう学校始まるじゃん!」
「そうなんですよね」
「ど、どうするんだよ清四郎!」
再び、清四郎はおろおろしながら悠理に詰め寄った。
「これからの学校、入れ替わった状態で行けっていうのかよ!」
「……そのことで、僕もいろいろ考えたんですが」
悠理は清四郎を見つめた。
悠理としてはありえないほどの真剣な瞳である。
「こうなった以上、仕方ありません」
ため息を一つ、悠理は断言した。
「――僕は悠理に、悠理は僕に。頑張って成り切るしかないでしょうね」
「そ、そんなぁぁぁ!!」
ひときわ大きな清四郎の叫び声が、剣菱邸に響き渡った。
<続く>
>清悠
「お互いになりきる」ということが無理のありすぎる二人が可笑しくて仕方ないw
問題あるのは性別というより、中身がw
>清悠記
そんなぁは、清四郎も同様でしょうw
他のメンバーの反応が楽しみです。
鏡のあたりのやり取りはお馬鹿っぽくて笑えました。
別にいいけど、なんで専用スレでやらないの?
わざわざ落ちたのを復活させたんだから、あっちのスレを使おうよ!
じゃないと意味ないよ。
また荒れて清悠派のせいにされたくないし。
>219
あの、言いたいことがよくわかんない。
自分は清悠好きだけど、向こうで連載しなければいけない理由があるの?
こっちはオールカプスレであって、清悠禁止スレではなかった筈。
それに清悠記は、いまのところカプなしだって、作者さん書いてたような。
(もちろんカプありにあってもいい)
向こうは、清悠以外のカップリング(特に清四郎や悠理が絡むもの)を目にしたくない人が、
気兼ねなく語るスレじゃないの?
>>220に全文同意。
ここはオールカプおkスレなので、問題ないと思う。
わざわざ落ちたのを復活させたとか、こっちのスレには
全く関係のないことだしね。
なので心おきなく投下してくださいね>清悠作者さん
続きをお待ちしてます。
どこで連載するかは、作家さんの自由。
同意。
ここの住人は、それぞれ○×カプが好き、だのの嗜好はあるかもしれないが、
それ以外のカプの嗜好を否定する狭量さはないと信じてる。
この先、清悠含め、特定カプの作品がうpされたときに、
清悠を貶めたり、このスレから追い出すような悪意のあるレスが出たといても、
それは荒しの仕業であり、ここの住人の本意ではない筈。
荒れたら、アラシの思う壺。
だから、職人も住人も遠慮しないでほしいなと思う。
流れを豚切
「何もお付き合いまで望んでるわけじゃないんだ。ただ僕たちは手紙を読んでもらいたいんだ。
もちろんお付き合いなんかできたらそれは幸福の極み…だがしかし!
どんなに脳味噌を絞った文面も、読んでもらえなければただのゴミ!」
「今まで数多の猛者達が文字通りゴミ箱に破れました。
『葉書作戦』『重要書類在中作戦』………我々に光はあるのでしょうか」
「あきらめたらそこで試合終了だ、君!………ほら、白鹿さんが来たぞ。よく見ておけよ。僕の今日の封筒は薄いピンクだ」
「何時ものように下駄箱を開けて…今日も凄い数の手紙ですね。
………!?ピンクの封筒を見た白鹿さんの顔が変わった……!?」
「ふふ。あれこそ僕のラブレターさ」
「菊正宗くんが来ましたよ。手紙の束を受け取って…あ、捨てた。でも先輩の手紙だけは、白鹿さん、後ろ手に持ってる!!」
「ふふふ。僕の作戦勝ちだな」
「……あれ?あそこから来るのは剣菱さんじゃないですか?………あっ!!白鹿さんから手紙を奪った!!」
「なななななにィ」
「宛名を見て、何か騒いでますね……先輩の名前、剣菱さんたち知ってるんですか?」
「……………」
「あ、開けた。菊正宗くんも読んでますよ!」
「…………………」
「二人は読み終わったみたいですね。ん?なんだろ剣菱さん、笑いを噛み殺したような顔だなぁ。
菊正宗くんは…なんだか呆れたような顔してますけど。
先輩、何か面白いこと書いたんですか?」
「…………………」
「手紙が白鹿さんに渡りましたよっ!
あ!!!凄いです!白鹿さんが読んでます!!難攻不落の白鹿さんが!!!!!
先輩、やりましたね!!」
「………………」
「…あ、でも読み終わったら捨てちゃいましたね。残念。でも読んだだけでも奇跡ですよ。
………あれ?ちょっと白鹿さん怒ってるみたいですけど…」
「…………………」
「行っちゃいましたね。…先輩?何青ざめてるんですか。
先輩は開拓者ですよ。勇者です。どうやって書いたか教えて下さいよ」
「…………………」
「ちょ、先輩どこ行くんですか。先輩、先ぱ………行っちゃった。
何を書いたんだろ。ゴミ箱から探すか。……………あった。これ、先輩の字だもんな」
『前略、野梨子へ。』
「へ??『野梨子??』先輩、白鹿さんを呼び捨てって………?」
『春の桜のように美しく、夏の海のように煌めき、
秋の森のように鮮やかに、
冬の空気のように澄んだ君に
いつしか心を奪われてmysweetheart…』
「別に変わったことを書いてるわけじゃあなさそうだな。
これは僕らの部誌でありバイブル『ラブレター作製マニュアル』の『愛のポエム方式』。
基本中の基本と言ってもいい。じゃあ、なんで?」
『そんな君を遠くから見ている俺はガラスのsentimental・heart
許されるなら君と…
返事待ってます。松竹梅魅録』
「はぁっ!!!???先輩が松竹梅さん?そんなバカな
………あれ?なんだこの蟻ん子のような小さな字は…」
『………くんと同じクラスの太田大五郎より』
「………なるほど………これなら読まれるよな………」
「……?」
その日遅刻して来た魅録。
にやにやと笑う悠理。
二人と同じクラスの太田くん………
生徒会室で野梨子さんがなんとなく落ち着かなかったのはまた別のお話。
お粗末ですた
>白鹿〜
読んでもらえるだけで満足なのか、
プライドはないのか太田君!
――笑わせてもらいました。
>白鹿野梨子さんにラブレターを
面白かったです。
ラブレターのポエミーな文章も。
微妙に魅録とフラグ経ってるのが、魅録好きにはニヤニヤ展開w
自分なら男子生徒なら野梨子は諦めるだろうけど、
どうしても気持ちを伝えたければ、バッサリやられるのを覚悟で
直接告白するのが無難そう。
まあそんな勇気がないからラブレターなんだおるけどw
>清悠
>>「チャララチャッチャラ〜♪全身鏡〜〜!!」
に、アホだなあ、可愛いなあと思ったw
>白鹿野梨子〜
>>『ラブレター作製マニュアル』の『愛のポエム方式』。
ぜひ読みたい!
>>199 翌日は良く晴れていた。
予定通り早朝に今井昇一が剣菱邸に迎えにきたようで、て、悠理は出かけていった。
魅録はといえば、彼女を見送った後もぼんやりとベッドの上にいた。
10月入って初めての日曜日ということもあり、絶好の行楽日和といえる。
もともと今井昇一の件がなければ、悠理を誘って昨日から一泊二日でツーリング
もいいなと思っていたのだ。せっかくなのだから、ひとりでバイクを走らせても
いい。――そうは思ったが、やはりやる気にならなかった。
結局、高校生の休日の過ごし方としては悲しいものがあるが、魅録は昨日と同様
にパソコンの前に座っていた。
特に急ぎの調べ物があるわけでもなかったが、考え事をするのが嫌だったのだ。
それなりに没頭していたらしい。
ふと気がつけば夕暮れ近くになっていた。
せっかくの日曜日を無為に過ごしてしまった。
自嘲して手を止める。長時間のVDT作業のせいで、ずいぶんと肩が重い。
肩の凝りを手でほぐしながら伸びをすると、ふとサイドボードに置きっぱなしの
ライブのチケットが目に入った。
時計を見て、今から準備をしても間に合うことを確認する。
(まあ、暇だしな)
今日はロックと言う気分でもないし、気乗りしないのは相変らずだったが、
せっかく悠理に貰ったものであるし、仲間にも久しぶりに会いたい気持ちもあった
ため、魅録は財布とチケットを掴んで立ち上がった。
* * *
オーソドックスなジェットコースター2種に宙吊りコースター、フリーホールに
パラシュート。
「さすがにちょっと気持ち悪くなってきたよ僕は」
「へっへっへ。頼りないな。あたいは大丈夫」
今井昇一が悠理を連れて行ったのは今井グループの系列会社が運営する遊園地
だった。そのため園内は混雑していたものの、ほとんど列に並ばず乗り物に乗る
ことが出来た。
待ち時間なしで立て続けに絶叫マシンをハシゴしたせいで、三半規管が特に弱い
わけでもない昇一も、多少足元がふらついてきた。
しかしさすがに悠理が元気だった。もともともやしっ子である昇一と悠理とでは、
単なる大人と高校生以上の体力の開きがあるのかもしれない。
「まあ、これで一通り乗ることが出来たしね。ちょっと乗り物は休憩して、休もうよ」
昇一の言葉に空を見上げれば、あたりはいつの間にか西日に輝いていた。
(――あ)
思いもよらず、夢中になって遊んでいたらしい。
ネコ耳(ちなみに遊園地のマスコットの耳だ)をつけた悠理は、急に気まずく
なって隣の今井昇一を盗み見た。
初めて会ったときのスーツ姿とは違い、ポロシャツに生成りのズボンというラフ
な格好をした今井昇一は、その手に一抱えもあるぬいぐるみを抱えている。先ほど、
悠理がゲームコーナーで手に入れたものである。あまり男らしくないひょろひょろと
した体格ではあるものの、女性的なわけでもないこの男には、はっきり言って似合わ
ないことこの上なかった。
「どうした?」
「なんでもない」
そう返事をしながらも、悠理は内心で反省していた。
(やば、ついつい思いっきり楽しんでしまった)
はじめの方は、意識しなくても自然に仏頂面が出来ていたのだ。
もともと、この男に再会するの不本意だったし、婚約話を断るという意味でも、
あまり愛想を良くする必要がなかったため、わざと不機嫌な顔をしておいたのに、
全部台無しだ。
なんだかバツが悪い。
急に沈黙した悠理をどう思ったのか、昇一は立ち止まった。
「悠理さんも疲れたのかい? ちょっと飲み物買ってくるから、そこで座ってなよ。
休憩しよう」
パーティ会場で見せた、癪に障るような気取った言葉遣いではない。本当はこちら
が素なのだろう。昇一は軽い調子でそう言うと、売店へ向かって歩いていった。
言われたとおりにベンチに座り、なんとなく昇一の背中を視線で追いかける。
(今日のアイツ、そんなに感じ悪くなかったからなー)
根が素直な悠理は、相手が嫌いでなければ、嫌な態度はなかなか取れない。
今日の昇一は、口説いてはこないし、気持ち悪い態度も取ってこない。
仕事中はどうか知らないが、少なくともパーティのような社交の場の彼と、プライ
ベートの彼とは随分違うようだ。初対面のとき、両親や自分の前で、ペラペラと
どうでも良いことを話していて、随分お喋りな男だと思っていたが、今日の彼はさほど
煩くない。先に本性を見せたのは悠理の方だという気安さからか、昇一は彼女の前で
自分を取り繕うのをやめたらしい。
あの上滑りするばかりの会話は、悠理にとってははっきり言って鬱陶しいだけだった。
その分、今の彼は好ましく、普段も自然に振舞ったらいいのに、と思った悠理は、
『昇一さん、普段もそっちのほーがいいよ。猫被ってるときの昇一さんてなんか煩いし』
と、結構失礼なことを言った。
本人はアドバイスのつもりなので、彼の社交努力を真っ向から否定したことには
気づいていない。
『そうですか?』
『うん』
苦笑した昇一に、悠理は大真面目にうなずいた。
その会話の後から、さらに昇一の態度は砕けたものになり、丁寧語も消えた。
そして、あの気持ち悪い態度を取らない昇一と遊ぶのは、悠理にとってそれほど
嫌なものでもなかったのだ。
兄に少しだけ似ている、と思ったせいでもある。
初対面の印象は真逆であったが、年の頃も同じくらいであったし、何より両者とも
大企業の御曹司である。少しぐらい似ているところがあっても不思議ではない。
そんなこんなで、すっかり警戒を解いてしまった悠理は、ついつい夢中で遊んで
しまったのだ。
もう随分と時間が経っていたらしい。
腕時計は午後5時を示していた。
(そっか、もう5時か……。そういや魅録はライブに行ったのかな)
本当は自分も行きたかったが、忙しい昇一に今日を指定したのは自分自身なのだ
から仕方がなかった。
「時間が気になるのかい?」
ふと声が聞こえて顔をあげると、ジュースを手にした昇一がそこにいた。礼を
言って紙コップを受け取る。
「腕時計をじっと見ていただろ」
「気になるっつーか、ダチが今日ライブだから、そろそろ準備してんだろうなと」
悠理としては何気ない話題のつもりだったのだが、昇一は少し考えるような仕草
を見せた。
「それは何時から?」
「え、7時からだけど」
「気になるなら行く? 夕食はライブの後でもいいし」
「――いいの? インディーズのライブなんて、興味ない奴には面白くないよ」
それは願ったりなことだったが、一応確認した悠理に昇一はあっけらかんと頷いた。
「いいよ。行こう」
いい奴じゃんと悠理は思った。
ダンナには無理だけど、付き合いのある奴のひとりに入れてもいい。
悠理はさっそく友人に電話し、チケットが余ってることを確認した。
「あとで金払うから、あたいの名前で二人分カウンターに渡しといて」
チケットを確保すると、悠理は「じゃあ行こうよ」と昇一ににっこり笑いかけた。
日曜日の夜の高速は混む。車では間に合いそうにないからという理由で、ライブ
ハウスのある渋谷まで電車で行った。ちなみに車は遊園地に預けてある。昇一は
そこでわがままぶりを発揮し、車は後で今井の自宅まで届けるように、職員へ命じ
ておいた。
悠理にとっても昇一にとっても久しぶりの電車だった。海だの街だの流れる景色
にいちいちはしゃぐ悠理の姿は、周囲の乗客には奇異だったかもしれないが、昇一
には可愛らしいものとして映った。
悠理とは年が離れているし、そもそもあの性格だ。いきなり恋愛感情を抱くと
いうところまではいかない。どちらかといえば妹のようなものだ。だが、実の姉
たちのような澄ました顔をしたご令嬢と結婚するよりは、彼女との生活はきっと楽し
いものに違いない――そんな風に、優しい未来の想像をするぐらいには、昇一は彼女
に惹かれていた。
今日、彼女を口説かなかったのも、彼女が喜びそうなことばかりしたのも、勿論
一度頑なにさせてしまった彼女を懐柔しようと思ったからであったが、それだけでは
ない。笑っている彼女といるのが、純粋に楽しかったのだ。
渋谷に到着すると、悠理はぐんぐん歩いていき、煤けたビルの狭い階段を降りて
いく。
この年までライブハウスに入るのが初めてだった昇一は、おっかなビックリで
着いていった。階段の壁にはわずかな隙間もないようにステッカーやら、チラシ・
フライヤーなどが張りめぐらされている。
扉を開くと、チープなバーカウンターがあり、その奥にステージがあった。飲み
物を頼んだ後に中に入ると、すでに客は大方詰めている。
「ふうん、そこそこ盛況なんだ。あいつら頑張ったな。――あ、魅録だ」
「悠理さん?」
『魅録』の名前に昇一は敏感に反応した。
興信所の報告にあった名前だ。
「え? ――ああ、ダチも来てんだよ、前の方に」
「へえ」
前の方に目立つピンク頭があったから、あれが魅録だろう。写真どおりだ。
向こうはこちらに気づいていない。
「一緒にいるのは?」
「知らない奴。チケット二枚やったから、ダチと来たんだな。あいつ知り合い多い
からなあ」
もうすぐはじまるライブに昂揚してきたのだろう。上の空で悠理は言った。
そのうち照明が落とされて、ステージにスポットライトがあたる。
途端に野太い歓声に包まれた。
プレイヤーたちが登場すると、トークもなく突然曲は始まり、ライブハウスは
熱狂に包まれた。
いまいち乗り切れない昇一は、周囲を観察した。
悠理の言うとおり、昇一はインディースバンドのライブを見たことがなかった。
いや、そもそも音楽自体に疎い。
もっとパンキッシュに派手な格好をした客ばかりだと思っていたが、そうでも
なくて安心した。
悠理は楽しそうに身体を揺らしている。さっきの魅録という奴ともよくライブに
行くのだろう。たとえ自分が悠理と同じ年で、同じ学校に通っていたとしても、
絶対に友人になっていなかった確信があるだけに、それは少し悔しいことのように
思える。
もちろん悠理が好きな男は、あの魅録とかいう少年ではなく、菊正宗清四郎と
いう怜悧な雰囲気を纏う男だとは知っている。だがあの様子だと、完全な片思い
だろう。
どうせ好きでもない人間と結婚するなら、自分にしておけばいいのだ。
同じ立場に生まれた者同士、協力して生きていける。
――それに自分たちなら。
昇一は、冷え切った仲の自分の両親や、高慢な姉たちを思い浮かべた。
自分たちなら、あんな冷たい家庭は作らないだろう。
昇一には良く分らないが、ライブは大成功だったらしい。
アンコールが終わった後もあちこちに汗臭い男たちの熱気が立ちこもり、正直
不快なぐらいだったが、悠理はらんらんと目を輝かせている。
「すごい良かった! 昇一さん、はじめてのライブが今日ってのは運がいいよ!」
周囲のざわめきが大きすぎて、大きな声を出さないと相手に聞こえない。
悠理は顔を紅潮させながら、全開の笑顔でそう叫んだ。
聖プレジデントと同じようなお坊ちゃん学校に通い、良家の子弟だけに囲まれて
育った昇一には、彼女の何もかもが新鮮だった。
「ねえ、この後どっかで何か食べてから、飲みに行こうよ!」
そう言った悠理の手が、自分の二の腕を掴んだとき、ふと昇一は視線を感じた。
どこもかしこも興奮している中で、ただ激しい視線が背中に突き刺さっている。
パーティのときに菊正宗清四郎と相対したときと違い、不思議と昇一には余裕が
あった。すでに覚悟が胸の中にあったせいだろう。
「昇一さん?」
昇一は視線で"彼"の様子を確認した後、腰をかがめると、悠理に顔を近づけた。
悠理はまだきょとんとした顔をしている。
――――遠く、歓声が聞こえた。
「友達に会っていかないの?」
「うん……別にいーや。知らない奴と一緒だし」
悠理はまだぼんやりとしている。
心ここにあらず、といったふうな彼女の手を引いて、ライブハウスを出た昇一
は、すぐに呼んでおいた迎えの車を見つけた。
「悠理さん、ちょっとここで待ってて。僕はお手洗いに行ってくる」
運転手に悠理を預け、昇一はライブハウスに戻った。
騒ぐ人ごみの中、すぐに目当ての人物は見つかった。
――写真の中の彼は年齢よりも落ち着いた、どこか不遜な顔をしていたが、今、
昇一の目の前にいる彼は、年相応に見えた。
無力な少年には、ここでご退場願わなければいけない。
「君が松竹梅魅録君?」
昇一は口元を笑いの形に歪ませた。
* * *
悠理が剣菱邸に戻ったのはもうすぐで日付が変わる、という深夜のことだった。
「遅くまでつれまわしてゴメン。じゃあおやすみ」
車の中からにっこり笑う今井昇一に、なんとか返事をした悠理は、のろのろと
自宅の門扉を開いた。
排気音を鳴らして車が去っていき、ようやく彼女は肩の力を抜いた。
(頭の中がグルグルする)
あれから、一緒に食事をとっても、お酒を飲んでも、味が全くしなかった。
ハアとと溜息をついた悠理は、自室へ直行した。
部屋の中は百合子の趣味でバロック・ロココ調で整えられたままだ。重厚に
誂えられているレースつきの天蓋が垂れ下がるベッドに勢いよく寝転がる。
手を伸ばしてマジマジ見ても、相変わらず細っこかった。
(――女なんかに生まれるんじゃなかったな)
そしたら、こんなに悩むような自体にはなっていなかっただろう。
昇一の顔と清四郎の顔が交互に浮かんでは消えた。
もう一度溜息をつくのとほぼ同時だった。
突然、部屋の扉が開いたのだ。
驚いて起き上がった悠理は、そこに不機嫌そうな顔をしている魅録を見た。
「遅かったな」
「う、うん」
どうしたのだろう。なんか怒ってる?
長年の付き合いで、あからさまな態度ではなくても、魅録が不機嫌であるのは
分る。
だがなぜそれが自分に向けられているのか、悠理には分らなかった。
魅録は、昨日までなかった大きな猫のぬいぐるみにちらりと視線をやってから
訊ねてきた。
「今日は楽しかったか」
「う、うん。思ったより」
「そうか」
相槌をしながら、魅録は近づいてくる。何気ない行動が、なぜか今はいちいち
怖い。
思わず、悠理はベッドの上で後ずさった。そんな彼女を嘲笑うかのように魅録
は睥睨し、口元を歪めた。
「今井昇一と婚約するのか」
突然、主語もなしにそう聞かれ、悠理は思わず固まった。
さきほどのライブハウスの一件が頭に浮かんだせいもある。
なぜ魅録が今、それを言うのだ。
「……」
とうとう魅録は悠理の傍まで来ると、ベッドに腰をかけた。
そして彼は暴力の匂いと色気を同居させた凄絶な眼差しで、悠理を射ぬいた。
「そうだよな。お前は清四郎が好きだもんな」
「……っ!」
どうして魅録は、答えられないことばっかり訊いてくるんだ。
悠理はほとんど混乱状態で、そう思った。魅録は今まで、追い詰めてくるような
ことは何も言わなかったのに、どうして。
魅録のことは誰よりも良く知っていると思っていた。でも今は、彼が笑顔の奥
で何を考えているのか、悠理には分らない。
どうして、どうして。
(そんなつらそうな顔すんの、魅録)
「なんで今井昇一なんかとキスした」
「………え?」
一瞬何を言われたのかが分らなかった。
固まったままの悠理を他所に、魅録は魂を引き絞るかのように、突然激昂した。
「俺は、お前が清四郎を好きだと思ったから……っ!」
魅録が膝をベッドに乗りあげる。逃げようとした悠理の腰を引き寄せ、そのまま
肩をシーツの上に縫いとめた。
突然加わった重みに、悠理は知識ではなく本能的にその意味を悟った。
混乱はもはや恐慌となり、魅録の腕の下でもがいた。しかし、圧倒的な力の差と、
肩を抑えられているためにピクリとも身体が動かせない。
魅録の身体はこんなに重かっただろうか。この腕はこんなに逞しかっただろうか。
自分のこの細い腕は、今あまりに無力だ。
自分を見下ろす魅録の瞳に、今まで見たこともない獣性をみとめて、悠理は
怯えた。
「清しろ……」
――そして魅録は、言葉ごと悠理の唇を奪った。
ツヅク
>秋の手触り
ももも、萌えたーーっ!
魅録には悪いけど、嫉妬にすごくツボつかれて、
最後のシーンに、思わず床ローリングしてしまった。
>秋の手触り
今まで見つめてるだけの魅録が嫉妬からこんな行動に出るとはびっくりしました。
>そして彼は暴力の匂いと色気を同居させた壮絶な眼差しで、悠理を射抜いた。
魅録好きなんで想像するとたまりません。射抜かれたいー!
>白鹿
第三者の2人の目線からの話も面白いなあと思いました。
野梨子にラブレターを読ますのも一苦労ですねw
>秋の手触り
魅録と悠理の関係が動いてきましたねー。
魅録が切なすぎる、がんばってほしい。
>>220 まぁ自分は、前専スレで本スレや他カプの悪口っぽいのを書かれてるのを見てからは、専スレなんぞ見ないし勝手にすれば、って感じだが、
いずれは向こうも本スレと統一でいいんじゃないのと思ってる、もともと一つのスレで充分すぎるほど出来てたことだしね。
>>423 たとえ専スレが本当に悪口を書いていたとしても(未確認だから何書いていたかは知らない)、
それをこちらが非難することじゃないと思う。
よく知らないが、専スレはこことは無関係のスレだし、こっちとはスタンスが違うんだろうから。
荒れないためには、相互不干渉が一番だと思うね。
もともと、相容れない何かがあって分かれたわけだし。
もちろんもし再統合なんてことになったら、こっちのルールに従ってほしいけど、
あくまでそれは「もし」に過ぎない話だし、
私は、本スレと専スレの統合の件は
>>43-44と同じ意見。
こっちのスレで話し合うことじゃないとも思ってる。
専スレの住人も、別に再統合したいなんて思ってないだろうし、
現状維持でいいんじゃね?
余計な波風立たずにすむし。
再統合するときは、両者が自然に願ったときで。
統合なんていつまでたってもどうせしたくないでしょ。
清悠派ならどっちでも読めるなら願ったりかなったり。
もうやめまそ。私は経緯を知ってるからこのスレしか興味ない。
>秋
こういう展開ってやっぱり萌えますね、言葉ごと唇を奪ったとか。
今回の魅録はすごい色気があってビックリですよ。
もっとやれと思っちゃいました。エロですみません。
※昨日に引き続き(白鹿野梨子さんにラブレターを!)、恐ろしくバカ話です。
「聞いてくれ!僕は世紀の一大プロジェクトを行う。
成功すれば僕ら『白鹿野梨子に捧げる会』だけでなく『可憐さんの前に膝まづき隊』、
さらに『剣菱さんの魅力にクラクラクラブ』…つまりは学園の殆んどの男たちの夢が叶うんだ。
どうだ、すごいだろう」
「(……懲りないなぁ、先輩も)へぇすごいですね。何をする気ですか?」
「ふふふ、聞きたいかね」
「まぁ、一応」
「これはだね、学内の裏部活……即ち『裏写真部』『裏漫画研究部』『裏文芸部』『裏パソコン部』を総動員する夢のコラボレーション企画なのだよ」
「(うわぁ、なんかディープな集団だなぁ)で、何をするんですか」
「ゲームを作るのだよ」
「…ゲーム?」
「君も思ったことはあるだう?菊正宗くんが羨ましいと。それと同じく、松竹梅くんやグランマニエくんも憧れの対象になりえるのだよ」
「あぁ。それはわかります」
「ゲームの主人公は菊正宗くんで、松竹梅くんでグランマニエくんだ」
「…………?あの…意味があんまり………」
「主人公は武道の達人でスウェーデンからの留学から帰国した暴走族総長。
隣には大和撫子の幼なじみ。喧嘩場で出会った財閥令嬢。留学先から文通していたグラマラス美女。…すごいだろ、天国だろ」
「(なんとゆうカオス…!ギャルゲーや漫画にありがちな都合のいい設定…!!)」
「君が言葉を失うのも無理もない。
裏漫画部が精力を注いだイラストは、もちろん本人に激似。イベント時に出る写真は裏写真部の努力の結晶。
シナリオはこの世のギャルゲーというギャルゲーをやりつくした文芸部の情熱そのもの。
それを裏パソコン部の技術で纏めた、まさに聖プレジデントの夢………!」
「はは…は…。すごいです、ね…」
「そうだろう?物語は高等部入学から始まるんだ。
野梨子さんと登校→黄桜さんと初対面→剣菱さんと授業を抜け出し…」
「………3人とも主人公を好きになるんですね」
「もちろん!上手手くやれば学校外デートやあんなことやこんなことや…むふふ」
「(先輩……墜ちるとこまで墜ちましたね………)」
「そうそう。試作品ができたんだ。見るかい?」
「はぁ…」
聖プレジデントの校歌が流れる。それをバックに美少女漫画調の黄桜可憐、剣菱悠理、白鹿野梨子。
。
制服姿だが、何故か超ミニスカートにされている。見えそで見えない、パンチラギリギリライン。
【すきすきめもりーず〜生徒会室に恋の嵐ッ〜】
「(…バカだ。悲しいくらいに大バカだ。だけど僕は…スタートを選ばざるを得ないッ………!)」
すきすきめもりーずの今後期待!
…続く?
馬鹿馬鹿しすぎてすみません…
>聖プレ〜
めちゃくちゃおもしろいです。
続きますよね?楽しみにしています!!
>聖プレジデント〜
続き待ってます。
「すきすきめもりーず」 がプレイしたくて仕方ありません。
>聖プレ
笑いました。
先輩、もっと堕ちてください。
「清悠記」の作者です。
今回は私のせいでいろいろとお騒がせして、本当に申し訳ありませんでした。
私としてはこちらのスレに投下させていただきたいと思っています。
よろしくお願いします。
続きを投下したいと思います。
今回は3レスいただきます。
>>213-216 (成り切るって言ってもなあ……)
その後、登校するために悠理と別れた清四郎は、菊正宗邸の前にいた。
人待ちである。
(あたいに清四郎の振りができるのか?)
あれから悠理に、清四郎らしく話せるよう敬語の使い方をみっちり教え込まれた。
しかし、だからといって不安が消えるというものでもない。
(そもそも、あたいと清四郎なんて正反対にも程があるだろ!)
それはその通りである。
「何でこんなことになっちゃったんだよお――!」
神様の馬鹿野郎――!と、清四郎は遠い空に向かって吠えていた。
――そのとき。
「……せ、清四郎?」
突然、肩を叩かれる。
「ぎゃっ」
「どうかしましたの……?」
いつもよりも下の方から聞こえてくる声の主に、清四郎は引きつった笑みを浮かべた。
「な、何でもないよ……ですよ」
「本当に?……大丈夫ですの?」
「大丈夫、大丈夫!」
「それなら……良かったですわ」
待ち人はほっと胸を撫で下ろす。
そして同じく、誤魔化しきれたことに胸を撫で下ろした清四郎は、気を取り直して最上級の笑みで微笑んだ。
「……おはよう。野梨子」
「おはようございます。清四郎」
――第一の関門、野梨子様のご登場である。
二人は学校に向かって歩き始めた。
いつもと何ら変わらない、幼なじみたちの登校風景である。
……少なくとも、見た目だけは。
「――昨日、アガサ・クリスティーの短編集を読み終えましたの」
野梨子はいつもと同じように推理小説の話を始めた。
――しかし。
「……アガサ……クリスティー?」
もちろん、中身悠理の清四郎にはちんぷんかんぷんな話題である。
清四郎の心の自問自答が始まった。
そして。
(……アガサ・クリスティーって新種の紅茶のことかなあ……。短編集は……あ!きっとタンペン味のシュークリームのことだ!)
清四郎は完全に勘違いしてしまった。
「アガサ・クリスティーと短編集はおいしかったですか?」
教え込まれたばかりの敬語で、自信満々に尋ねる。
「……おいし……?」
不思議そうな顔をする野梨子。
――しかし。
「……あ、面白かったですわ。特にトリックが最高でしたわね」
『おいしい』を『面白い』と勘違いしてしまった野梨子。
なぜか会話が続いてしまった。
それと同時に、清四郎の勘違いも続くことになる。
(トリック……?フリスクとかの仲間かなあ?旨そうだなあ)
「トリックは僕も興味ありますね。今度僕にもください」
清四郎は輝くばかりの笑顔で言った。
「……くださ……?」
またしても野梨子は不思議そうな顔をする。
――しかし。
「……あ、いいですわよ清四郎。くれはしませんけど、今度貸しますわ」
――おいおいおい。
野梨子は何も不審に思うことなく、にこやかに返答した。
「清四郎もアガサ・クリスティーは読みまして?」
「……読む……?」
(何のことだあ?紅茶を読む……読む……あ!飲むってことか!)
「いえ、まだ飲んだことはありませんよ。アールグレイとかダージリンは好きですけどね」
もちろん、アールグレイもダージリンも共に紅茶の名前である。
さすがに野梨子も会話のおかしさに気づくだろう。
いや、気づいてくれ。
――しかし。
「あら……私、アールグレイもダージリンも読んだことありませんわ。そんな方、初耳ですわね」
野梨子は紅茶の名前を、完全に推理作家の名前だと勘違いしてしまった。
「また読ませてくださいな」
「いいですよ。また持ってきますね」
野梨子と清四郎はお互いに微笑んだ。
勘違いも甚だしい会話が、これほど成立してしまうとは。
――幼なじみ、恐るべし。
<続く>
>清悠記
面白かったです!!
アールグレイやダージリンって作者いそうだと思いました。
後日、清四郎(悠理)が紅茶を持ってきた時の野梨子の唖然とした顔を
想像してしまいます。
>清悠記
野梨子と悠理(清四郎?)が微笑ましすぎるww
それにしても、悠理敬語が上手いなぁ。
清四郎の教え方が上手いんだな。
>聖プレジデント
>スタートを選ばざるを得ないッ………!)」
↑でめちゃくちゃ笑いました。サガですねえw
>清悠記
もうしょっぱなから笑いっぱなしでした。
次の関門は誰でしょう。
>>230 それはどこまでも自分を蝕む甘い毒だと、悠理は思った。
※
ひらりひらりとまう、しろいはなびら。
※
『昇一さん?』
ライブが跳ねた後、興奮した自分のお喋りに付き合ってくれていた昇一が、
急にまとう空気を変えた。
不思議に思って顔を上げた自分に、昇一はまるでキスをするように顔を寄せ、
囁いたのだ。
――遠く、歓声が聞こえていた。
『ねえ悠理さん。やっぱり僕たち結婚しようよ』
彼は夕食の提案でもするかのように、さりげなくそう言った。
『君に好きな人がいるというのなら、僕は君に触れない。そのかわりにいろんな
ものから僕は君を守ってあげるし、君も僕を守ってくれたら嬉しい』
どんな熱情も、葛藤も含まれているとは思えない、それは淡々として、しかし
どこか誠実さを信じさせるような声音だった。
『僕には剣菱を、君には今井を支えられる。僕たちは同じ世界に生きているのだ
から』
剣菱をあからさまに狙う男から、求愛の類を受けたことがないわけでもない。
そういった男達は、初心な悠理を一時的に動揺させることには成功した。
しかしこの昇一の、色気も何もないような言葉こそ、それは悠理にとって、
思い出せる限り最大級の誘惑だった。
すぐに断らなかったのは、それもよいかと思ったからだ。
※
そこだけがとくべつにきりとられたかのようにしずかな、
しずかな、しずかな、そのきおく。
※
スローモーションのように、何もかもがゆっくりに感じられた。
唇が触れる、その瞬間、悠理の脳裏にはさまざまな記憶が錯綜した。
実際にはあっという間のことだった。
強引に重ねあわされた唇は、しかし彼の瞳がもつ暗い熱とは違って予想外に
柔らかく、悠理は怯んだ。
少しだけ、煙草の味がする。
なのにどこか甘い。
自分を組み敷く男の力でもなく、無慈悲な眼の色でもなく、その甘さこそに
悠理は絶望した。
(知りたくなかった)
怖いのに、目を閉じることが出来ない。限界まで瞠りながら、悠理の目は天蓋
を見つめていた。視界の端に映るピンクの髪。
突然抵抗を止めた悠理に、魅録は一端唇を放し、もう一度軽く口づける。
啄ばむように、優しく。あるいは深く。
肩を押さえつける腕の力も、胸を圧迫する彼の重みも、急いたような浅い魅録の
息遣いでさえ、悠理を傷つけるものではなかった。
彼は自分が好きなのだ。疑いようもなく。
だから、こんなふうに無理やりのキスだって柔らかく温かで、そして甘いのだ。
そのどちらか片方でも、愛情をこめてさえいれば。
(そんなこと、知りたくなかったよ、魅録)
突然、魅録が口付けをやめた。
途端にこの広い寝室には静寂が横たわる。
「――悠理。嫌なら俺を突き飛ばせよ」
眉を顰め、魅録は葛藤を滲ませる苦々しい声音でそう言った。
勝手なやつ。
そんなの、もう無理だ。ぜんぜん腕に力が入んないよ。
きりきりに張っていた糸を、魅録がぷちんと切っちゃったんだ。
もう特別でもなんでもなくなったキスを拒むのに、なんの意味があるっていうの。
眼裏が、かっと灼けるように熱く燃えたのが分ったが、涙は零れなかった。
――もう長いこと、悠理は泣いてなどいなかった。
「なんだよ。なんか言えよ……っ」
いつの間にか止んだキスに、ふと見上げる。
潮が引くように激情が去った魅録が真っ赤な目をして、自分を見下ろしていた。
瞳に自分が映っていることに、悠理は笑い出したいような泣きたいような、
中途半端な情動に突き動かされた。
こんないい男が自分の何に惚れたのだろうと不思議に思いながら、彼の頬に手を
伸ばす。
「あたいは清四郎が好きだよ」
悠理ははじめてそう言った。
自分の心の中でさえ、呟くのをはばかった程だ。今まで一度たりとも声に出した
ことなどなかった。
「知ってる」
「うん。そうだったな」
バカみたいな自分の努力なんて、まるで意味がなかった。
そう思った瞬間、突如として涙腺が決壊するのが分った。
表面張力が限界に達した涙が、頬を伝っていく。
止める術を知らず、いや、そんなことなど思いつきもせず、ただ溢れるままに
流れる涙がシーツを濡らした。
(ねえ、やっぱ無理なのかな。
清四郎を想って生きていくのって、やっぱりあたいには無理なのかなぁ……!?)
――桜が散りかけの、あの春の日。
清四郎自身がなんでもないただの長閑な休日だと思っていたとしても、悠理
には奇跡のように特別な時間だった。
一度だけ。そうたった一度だけ。
この恋の形見になればと、眠ったあいつから盗んだあのキスがあれば、全てを
忘れて友達として傍にいられると思っていた。
缶カンに入れたドロップのように、時折取り出してはその色を眺め、とっておき
のひとつを口に含んでは、幸せな気分になれた。
(だから知りたくなんかなかったよ)
――あたいが清四郎にしたキスなんて、別になんら特別なものでもなんでも
なかったのだと、知りたくはなかった!
「泣くな、悠理」
「無理だよ魅録。清四郎を忘れるなんて、無理だよ」
だって魅録も、今井昇一だって、あれだけ厳重に鍵をかけて隠していたのに、
簡単に見抜いてしまった。
きっとあたいからは、清四郎が好きだっていう気持ちがだだ漏れなんだ。
――お守りにしていたあのキスだって、もう魔法が解けてしまった。
これさえあれば何も望まないなんて思ったものは、ただの幻想だった。
泣き続ける悠理を、魅録はきつく抱きしめた。
骨も折れよといわんばかりの強い抱擁は、息をするのにもつかえる程で、
それはまるで幸せに胸が一杯になる様と似ていた。
「悠理」
彼女は一瞬、溺れるものが藁に縋るようにその背中に手を回しかけ、
――しかし、一呼吸分の逡巡の後、力いっぱい彼を押し戻した。
「ごめん」
並の男よりも体力がある筈の悠理が、今は肩で大きく息をしながら、魅録を
見つめた。
清四郎に失恋したからといって、愛される価値のない女だと自分を卑下したり
はしない。自分は自分であるという強い誇りは体の内側から強く悠理を支え、
それと同時に、親友に縋りつくことを良しとはしなかった。
「あたいから……友達まで奪いとんなよ」
赤く腫れあがった目元を涙できらきらと煌かせ、悠理はそう言った。
次の瞬間、魅録は悠理を突き飛ばすようにして離すと、寝室を出て行った。
背を向ける瞬間に見せた彼の表情に、悠理はまた泣いた。
ツヅク
>秋の
悠理も切ないけど魅録スキーなので魅録が切なくて切なくて
つい感情移入してしまいます。
背を向ける瞬間に見せた彼の表情っていうのがまた切ない。
悠理が魅録の魅力に気づく日が来たらいいのにと思いました。
>秋の手触り
少し前まで友達と思っていたなんて信じられないほどの激しい思いで
恋って不思議ですごいなと思いました。
二人に幸せになって欲しいけど・・・
>>256-258 「ごきげんよう、生徒会長」
「会長、今日も良い天気ですね」
学校に着いた清四郎は、鼻高々だった。
(みんなあたいに会釈するぞお。『会長』って何だか気持ちいいなあ)
「おはよう!みんな」
清四郎は無邪気に笑顔を振り撒く。
「きゃ――――!!」
「うぉ――――!!」
そんな清四郎の、中身悠理ならではの屈託のない笑顔に、側にいた多くの女子生徒と少数の男子生徒は鼻血を吹いて倒れた。
「……あれ?みんなどうしたんだろ」
知らぬは本人ばかり。
隣では野梨子がくすくす笑っていた。
「――清四郎ったら、今日は変にご機嫌ですのね。何かありましたの?」
「え!?いえ、特には……」
否定しつつ、清四郎は入れ替わったことを思い出す。
「……むしろ嫌なことが……」
「嫌なこと?」
野梨子は首を傾げる。
「徹夜の勉強会で悠理に何かされましたの?」
「はあ!?」
悠理、の名前に清四郎は反応する。
――と同時に、清四郎の中で入れ替わるまでの出来事がフラッシュバックし始めた。
(まったく……。あれだけの食べ物を吸収できる胃を持っているなら、同じように知識を吸収できる脳を持っていたっておかしくはないはずなんですけどね)
(――本当に脳みそあるんですか?)
(言っておきますが、『脳』みそですよ。決して、食用の味噌ではありませんからね)
(それは面白そうですね。僕も一度悠理になって、その馬鹿な頭の仕組みを研究してみたいと思ってたんですよ)
むかむかむかむか……
思い出せば思い出すほどむかつく記憶たち。
清四郎の怒りは、まるで洪水の川のごとく溢れ出した。
そして。
ブチッ
何かが切れる音と共に、清四郎の怒りは頂点に達した。
「あたいは何もやってな――――い!!」
「!?」
誰よりも驚いたのは野梨子である。
「あ、あたい……!?ど、どうなさったの清四郎!」
驚きを隠せない野梨子。
「野梨子〜〜!」
そんな野梨子に、清四郎は涙目で抱きついた。
「○×▲□!?せ、清四郎!?」
幼なじみの今まで見たことのない姿に、野梨子は赤くなってしまう。
「ど、どうしましたの!?」
「野梨子〜〜!聞いてよ〜〜!清四郎が、清四郎がぁぁぁ!」
清四郎は野梨子に告げ口をしようと試みた。
――しかし。
「ていやっっ」
ドゴッッッ
聞き慣れた声と共に、清四郎は後ろから飛び蹴りをくらわせられる。
「いってぇ!」
清四郎は勢いよく倒れ込んだ。
「清四郎!?」
抱きつかれていた野梨子も事態が飲み込めず、呆然としている。
「くそっ、誰だよ!」
清四郎は飛び蹴りをした相手を睨みつけた。
そして相手を確認して、ぎょっとする。
「――誰だよ、とは失礼だなあ」
棒読みの、言い慣れない乱暴な言葉。
その人物はまず、呆然としている野梨子に微笑みかけた。
「おはよう、野梨子」
そして次に、清四郎の制服についた埃を払い始める。
……払いながら、清四郎の耳元で小さな声で囁いた。
「一度やってみたかったんですよ、飛び蹴り」
『悪魔の笑み』を浮かべ、にっこりと笑う。
「……あっそ」
清四郎は不愉快そうに口元をひくつかせた。
――剣菱悠理、華麗に参上である。
<続く>
>清悠記
早速、やらかす悠理に笑えます。
前途多難w
でも清四郎、意外と楽しんでますね。
>清悠記
棒読み清四郎を想像するとおかしくてw
続き待ってます。
>>262 日曜日の夜はいつも午前1時には店を閉めることになっていた。
しかし目の前で杯を重ねる年下の友人の姿に、看板を仕舞うきっかけを逃した
まま、『Growth ache』のマスターである大和田は手持ちぶたさにグラスを磨い
ていた。
明日は学校だろうと窘めるべきかもしれなかったが、未成年だと知りつつ
酒を出してる不良中年の自分が、分別臭いことを言っても今更だろう。
それよりも何があったか知らないが、落ち込んでいる魅録をひとりにさせ
たくなかった。
「おかわり」
要求のままギネスを出しかけ、しかしそのまま思案した大和田は、シェイカー
を取り出した。
眉を顰めた魅録の前で、アルコールの一切含まないレシピでシェイカーを振る。
「大和田さん?」
「飲みすぎだ。チェイサー代わりにこれでも飲んでろ」
そういって差し出されたブルーのカクテルに、魅録はさらに渋面を作った。
しかし何も言わず、いっきに呷って飲み干す。
「おいおい味わって飲めよ」
konflikt(葛藤)と名づけたそのカクテルは、大和田がかつて恋した年上の
女性直伝のレシピだという。
「今の俺には嫌味だろ……」
「おおいに悩めよ青少年ってな――お前にこんなこと言う日が来るとは思って
なかったけどな」
夜遊びを覚えて大和田の周りをうろついていた中坊のときから、魅録は
いっぱしの男の顔をしていた。
「十分オコチャマだよ俺は」
魅録はそんな大和田の言葉に苦笑し、内心で自嘲した。
(ほんと、子供だよなぁ)
あれは子供の癇癪同然だった。
今井昇一の嘲笑が見えるようだ。
自分が情けなく、また恥ずかしさのあまり頭かきむしりたい。
――興奮が過ぎれば、いともたやすく今井昇一にノセられた自分に気づかざる
を得なかった。向こうにしてみれば、ただの牽制のつもりの台詞が、ここまで
効果があるとは正直思ってはいなかっただろうが。
魅録はライブハウスで見せた今井昇一の取り澄ました顔を思い浮かべ、苦々
しく舌打ちした。
悠理と昇一が人目をはばからず、ライブハウスでキス――少なくとも魅録には
そう見えた――をするのを、あのとき魅録は呆然と見つめていた。
その直前にちらりと昇一と目が合ったのは、おそらく偶然ではない。彼は魅録
に見られているのを承知で、ああいう行為に及んだのだ。
そして悠理とともに一旦外に出てから、今度はひとりで戻ってきた。
彼はまだ呆然とする自分のもとまで真っ直ぐ歩いて来ると、薄く笑みながら
言ったのだ。
『君が松竹梅魅録君ですか』
なぜ彼が自分の名を知っている。
強張った魅録に、一緒にライブへ来た友人は気を使って「オレ、先に帰るな」
と離れていった。いつも陽気な魅録とは違うことに気づいたのだろう。
『どうして俺のことを?』
『そんなことはどうでもいいでしょう。君も僕のことを知っているのなら話は
早い。もちろん悠理さんのことですよ』
どうみても気弱そうな青年である。
言葉遣いも容姿も軟弱で、なのにこの凄みはなんだろうか。
清四郎のような――いや違う。
生まれながらに人の上に立つような、そういう光の当たった男ではない。
むしろ。
凝視する魅録の前で、昇一は断言した。
『分かっていますか。君には悠理さんは手に負えないよ』
――あの無鉄砲な妹の旦那になるには、相応の包容力が必要だよ。
今井昇一の言葉と、昨晩の豊作の言葉が脳裏で重なった。
あんた達には、悠理の何が見えている。
『何が言いたい。あなたなら、手に負えると?』
魅録の言葉に、昇一は馬鹿にするように、笑みを深めた。癇に障る。
まるで何も分らぬ子供に見せるように侮りきった態度であり、憐れみの情
すら感じられた。
『それが分らないなら、舞台から降りるんだね。少なくとも僕であれば、
僕でしか出来ない方法で、彼女の人生を守ることは出来る』
悠理を振り向かせてみせるとか。
彼女を誰よりも愛しているとか。
そういった類のことを昇一が言ったのなら、魅録は笑い飛ばせただろう。
張り合う気にもなれたかもしれない。
だが昇一が言ったことの意味がそのどれでもないことは、頭に血が上った
魅録にも分った。
膝をつきたくなるような敗北感に、彼はそれ以上何も言うことが出来なかった。
悠理が好きだ。
もう自分を誤魔化す術はないし、そんなつもりもない。
だが、まだそれは硬い殻を破り、ようやく萌芽したばかりの想いだった。
自分のことで頭がいっぱいで、彼女の人生を考えるほど、成熟したものでは
なかった。
そのとき魅録は、はじめて昇一を恐ろしいと思った。
清四郎と同じぐらい、彼の恋を脅かす存在として。
眼裏に焼きつく、悠理と昇一のキスシーン。
ただプラトニックに眺めているだけの淡いものが、突如として生々しい現実感
とともに、目の前に突きつけられた気分であった。
きっとこのままでは奪われる。清四郎でもなく、他の誰でもなく、この男に
悠理が。
絶句した魅録を大した男でもないと鼻で笑って昇一が立ち去っても、魅録は
動くことが出来なかった。
――そして魅録は、どうしようもない敗北感のまま、悠理を傷つけたのだ。
酷く頭が痛い。
気がつけば、ソファー席に横たえられ、毛布をかけられていた。
いつの間にかうたた寝していたのか。
「……いてぇ」
起き上がると反動で、ずきりとコメカミが痛む。さすがに飲みすぎたようだった。
向かいには大和田が鼾をかいて寝ている。自分のせいで帰りそびれたのだろう。
その人の良さに苦笑する。
腕時計を確認したら、午前五時。
まだ夜は明けていない。だが頭痛で眠気は去っていた。
酒びたりの頭重感を追い出すため、外の空気を吸いに外に出た。
路上にはあちこちゴミが散らばり、視線をめぐらせば、道端で眠っている若い男
もいる。ホストらしき男が女性客と手を繋いで歩いているのも見えた。
魅録は店のマッチをすると、煙草に火をつける。
そして夜明け前の薄暗い空に溶けていく紫煙をじっと見つめていた。
―――そういえば悠理とはじめてであったのも、こんな時間のことだった。
人のことは言えないが、中学生の分際で歓楽街に出入りするなど、ご令嬢とは
思えない行状だ。
リンチされかかったサラリーマンに助太刀したところ、さらに悠理が面白がって
参入してきたのだ。小さな体から繰り出されるとび蹴りの凶悪さはいっそ清々しい
ほどで、魅録はすぐに彼女が気に入った。
彼女は今よりさらに少年めいた体つきをしており、ゴム鞠のように落ち着きが
なく、いつだって生き生きといた眼差しをしていた。
あの彼女が恋に泣くようになるなんて。
そう――あんなふうに、泣くなんて。
魅録は自分の腕の下、他の男を想って泣く悠理の顔を思い出していた。
嗚咽どころか声もなく、押し殺すようなひどく静かな涙だった。
感情ゆたかな悠理のことだ。泣き顔は何度か見たことがある。
でも、本当の意味で彼女が泣いたところを見たのは、これがはじめてなのかも
しれない。
ただの条件反射のような生理現象ではなく、彼女にとって泣くとは、ああいう
ことを指すのかもしれない。
(あんな、泣き方をするなんて)
堪らず抱きしめた悠理の体は、服越しでもはっきり分るほど冷たかった。
涙で濡れた瞳、頬に残る涙の線。
最悪なことは、彼女を傷つけたことを後悔しながらも、泣く彼女にどうしようも
なく欲情した自分がいたことだ。どうせ手に入らないのなら、このまま全てを奪って
しまおうかと一瞬でも考えてしまった自分がひどく情けなく、惨めだった。
自分は悠理とは違う。
ただ綺麗なままの恋心を胸に抱き、思い続けることなんて出来る筈がない。悠理へ
の想いは切羽詰った劣情を同時に伴っている。
今井昇一と悠理の重なった影が、魅録にそれを気づかせた。
(選ばないと)
悠理はいつだって笑っていた。
そんな彼女に、中途半端な手出しをして、追い詰め、あんな風に泣かせてしまった。
今なら分る。彼女がどれぐらいギリギリのところで立っていたかなんて。
自分の幼さからくる激情で、もう彼女を傷つけたくなかった。
『あたいから……友達まで奪いとんなよ』
彼女の逃げ場になってあげてやってもいいではないか、と内なる声は囁く。
親友として、彼女の恋の秘密を共有し、見守ってやればいい。
――この胸をあっという間に焦がしてしまった恋情を捨ててまで?
選ばねばならない。
簡単なことだ――二つに一つ。
この恋を続けるか、諦めるか。
気がつけば、煙草はほとんど吸わないまま短くなっていた。
舌打ちして店から持ち出した灰皿に押し付けると、もう一本に火をつける。
紫煙とともに溜息を吐き出しても、胸の重みは去っていかなかった。
――重ねた唇の感触も。
「……ちくしょう」
声にならない呟きとともに、魅録はもたれた壁をずり落ちながら座りこんだ。
そのうち空は白みはじめ、ネオンの消えた後の汚らしい街を朝焼けが照らしていく。
悠理は眠れただろうか。
* * *
その日、魅録と悠理はふたり揃って欠席した。
久しぶりに自宅に帰った魅録の元に、昼過ぎに菊翁文左ェ門から連絡が入った。
依頼していた元剣菱精機の開発室長である高田敏正の居場所が分ったのだという。
千々に乱れる思考の中、魅録はとりあえず頭の中の問題を棚上げすると、菊翁
の邸宅までバイクを走らせた。
ツヅク
>秋の手触り
いつも冷静な魅録が悠理への激しい想いを押さえ切れないぐらい、恋に溺れてる
姿がせつないです。嫉妬の相手が清四郎ではなく昇一だとは。
続き楽しみにしています。
>>秋の手触り
ここまで魅録に思われる悠理と、それでも清四郎を想ってしまう悠理…どちらも切ないですね。
最後にはみんな笑えるといいな。
続き楽しみにしてます。
自分の魅悠の一番の萌え要因って、友達ってところだなー。
二人の普段のやり取りだけできゅん死する。
魅可は、シーン毎に主導権を争ってる(駆け引き?)といい。
思わずどきっとさせられて、お互いに悔しがってる、とか。
魅野は、今まで付き合ったことのないタイプの女性だから、
どうしていいのか分らないでコワゴワ手を出す魅録だったらいいな。
あー、なんか魅録熱が高まってきた。
有閑メンバーみんないい男だけど、魅録ってほんと「男前」だな。
自分も好きだ。
>>282 じゃあ自分は美童で。
美悠の萌え所は二人して中性的な所。男勝りな悠理と優しい美童はかなりナイスな気がする。
でも、悠理を女の子扱いでオロオロさせられるのも美童だけ、みたいなw
美野はとにかく高貴な二人。貴族の血を引く美童と由緒正しい家柄の野梨子。
意外と釣り合いはとれてる気がする。
なにより、貴公子と大和撫子の絵面も美しい
美可はもう、姉弟かとw
美に対する拘りを熱くかたりあって欲しい
誰もが振り向く、THE☆美男美女…
相手に求めるものも高いけど自分にも厳しいから、かなり麗しのカップルかな。
え? これはもう清四郎のターン?w
清四郎はなんというか、知的さと、あのちょっと狭窄した視野というか思考回路が萌える。
あくまで一個人の私見だけど、一番独占欲強そうだし、恋に溺れるタイプに見える。
だからコメディでも、エロでも、純愛でもぴったり嵌るというか。
清悠は、凸凹カップルというか、全く違う二人というところに笑えるし萌える。
いつもは優位に立ってるつもりで、ふと気がつくと悠理に助けられたり、甘えてたりしてたらいいな。
すごくナチュラルにいちゃついてる感じだとなお萌える。
清可は、エロだったり、ドライだったりと大人な関係か、あるいは一転してドタバタお騒がせカップルでもどっちでも美味しい。
包容力ある大人よりも、清四郎とかが相手の方が、可憐は奔放に振舞える気がする。
そんな可憐に振り回されたらいいよw
清野は、小さいころから一緒に育ってきて、なんでも分かり合えてる筈なのに、
ふと気がつくと、お互いが異性として成長してた、みたいなのに萌え。
くっつくかくっつかないか、のところですごく葛藤したり、一度付き合ったら怒涛のように恋に嵌ったり。
二次創作限定だけど
清四郎×和子とか、豊作×悠理とかの近親相○とかも、ちょっと心惹かれる。
そういや前に競作であった、清四郎×野梨子母も良かった。
私は魅録×野梨子が萌え!一番萌え!
美可こそ自分は一番アダルティだと思う。
どっちも恋愛をたくさん経験してるから、そこからかもし出される大人の雰囲気というか。
どっちかが失恋したら一番分かってあげられるのが美童であり可憐であり。
そのうちにどうかなっちゃってるのが萌え。
清魅美の萌えカプ所の一意見は面白かったけど、やっぱり人それぞれだね。
納得出来るとこもたくさんあるけど、読んでると多少好きカプが贔屓になってるのかなと思ってしまうも。
それを含めてここの人が誰贔屓なのかと想像するのも面白いけどw
好きカプは一応あるんだけど、
それはそれというか、主食とデザートの違いというか。
全くの贔屓目なしで妄想するのはどうしても難しいよ、仕方ないことだと思う。
大抵は一番贔屓のキャラとかカプがいるもんだし。
ん? 別に争ってるわけじゃなくて、それぞれのひいきが見えて面白いという話では?
自分も290と同じでイチオシカプあるけど、
その他のカプも楽しんでる。
それに過去の一番好きな作品は、好きカプの作品じゃないし。
ってこれだけなら何だから、原作で妄想かきたてられるエピが、テニスだ。
二人とも特訓したんだなと思うと、行間に美悠妄想してしまう。
同じく、テニス以外にも男子禁制のホテル割り振りのおかげで美悠萌えになった。
扉絵でもバレリーナのペアしてたりするんだよね。
自分的には一番かわいいと思えるペアかもしれない。
美童って他の男2人より可愛いのからシリアスまでこなせやすいと思うんだよね。
美悠の流れに乗って・・・。
昔りぼんの「キャラ別バレンタイン攻略法」みたいな企画ページで
悠理が車に大きなチョコを乗せて、美童に手を振ってるイラスト
(美童は呆気に取られた表情)があって
和んだ記憶がある。
あの絵はかなりオイシイと思ったけど、画集や虎の巻に載ってないんだもんな〜。
その企画ページ読みたい……。
リアルタイムで読んでなかったからなー。有閑倶楽部。
美童関連で言うと、美童と可憐の社交ダンスも好きだな。
今はあってないような設定だけど、ときたま踊ってるのかなと思うと萌える。
秋の手触り
今日はうpないのかあ〜・・・
続きをお待ちしています!!
>>294 私もリアルタイムで読んでないから、その企画ページ読みたいな。
前スレにもちょこっとあったけど、バレンタインやホワートデー妄想も萌え。
イベント関係は、美童はいろいろ乙女の願望を形にしてくれそうでいいな。
あと、有閑倶楽部の中じゃ、美童と可憐が一番プレゼントをあげ甲斐がありそう。
付き合えなくても、告白自体は喜んでくれそうだから。
私もお待ちしています>秋の手触り
1日でも空くとさびしいw
>>274 菊翁により、高田敏正の居場所を入手した魅録は、さんざん迷ったあと剣菱
精機の本社社屋を訪ねていた。
豊作はちょうど会議が終わった後であり、専務室に通された魅録はすぐに彼と
面会することが出来た。
「魅録君。いろいろ助けてもらっておいて言えることではないけれど、学校を
サボるのは良くないよ」
秘書の金井が淹れてくれた茶を飲みながら、豊作は渋い顔をする。
「……ええ、そうなんですが今日はちょっと」
魅録が言葉を濁すと、豊作はあえて追及はしてこなかった。
気を取り直した魅録は、鞄から書類を出し、高田敏正の居場所が分ったことを
告げた。
「今は湘南のアパートに暮らしているようです。湘南にはご存知だと思いますが、
今井メディカルの国内研究拠点がおかれています」
「そうか……」
渋面のまま、豊作はしばし黙考した。高田と会うことに迷いを感じているの
だろう。傍に控えている金井の表情も硬い。
すでに今井メディカルの手出しへの策は打っており、実際に被害は止んでいる。
それだけでなく、高砂常務の背任の容疑も固まっている。高田がそれなりの
証拠を出してきたとしても、それを補強するものでしかない。高砂常務が豊作派
であったという事実がある限り、それは事件解決には繋がるかもしれないが、
豊作の立場を有利にするものではない。
それならば、ただの下手人にすぎない高田敏正と不愉快な面会をしたところで、
何の意味があるのだろうか。――しかし。
「会わぬわけにはいかないだろうな。――加瀬君をつれて、出来れば今日中に
仕事を終わらせて訪ねる」
「加瀬さん、ですか?」
加瀬は高田の部下であり、同じ大学の友人だという。
高田は加瀬の能力に嫉妬していた。態度を硬化させはしないだろうか。
魅録は懸念したが、それを口にはしなかった。豊作と加瀬が決めるべきこと
である。
それから3時間後、言葉通り仕事を終わらせた豊作は、加瀬と金井を伴って、
高田のアパートまで向かった。魅録はバイクでその後ろをついていく。
高田と入れ違いになることが不安であったが、ここ最近はずっと部屋に
篭りっきりだという。念のため部屋の前を菊翁のところの下の人間が張り込んで
くれている。――大きな借りを作ってしまったものだ。
夜7時頃にアパートへ到着した。
金井は車の中で待機することなり、男三人で部屋の前に立つと、インターホン
を鳴らしてみる。
応答がなかったため再び鳴らしたが、それでも扉は沈黙していた。しかし部屋
の中に気配はある。魚眼レンズで訪問者が誰かは分かっているのだろう。
刺激しないようにインターホンを連打することは避け、三人はしばらくの間
じっとそこで待つ。
そして数十秒後。
扉が開き、諦めたような顔をした高田敏正が現れた。
通された八畳一間のワンルームには、酷く物が少なかった。
まだ片付けられていないダンボールがいくつか積みあがっていたが、それに
しても殺風景であった。
研究室内での高田のデスクの惨状を知っていただけに、不思議な感じがする。
こんな静かな男だっただろうか。今まで二度しか会ったことのない男のこと
とはいえ、それにしても随分印象が違った。
二三日はあたっていないのだろう髭が、黴のようにぽつぽつと顎に浮いている。
不潔ではないが髪はざんばらで、眼には生気がない。
「どうぞ」
マグカップで紅茶を出された後は、沈黙が落ちた。
加瀬はズボンの太もも部分をぎゅっと握り締めて激情を堪えているように
見えたし、豊作は言葉を選びすぎて何も言えずにいるように見える。
――自分の出番かもしれない。
高田とは顔見知り程度でしかなかった自分が一番冷静に話を出来るだろう。
「前置きはやめておきましょう。話を聞いてください、高田さん」
いつもよりもかしこまった態度をつくり、魅録は切り出した。
「ほうさ……専務にも、高田さんにもそれぞれ言い分があると思いますが、
僕は取引を提案します」
豊作ではなく専務、俺ではなく僕としたことで、客観的な立場を強調する。
「ほう」
高田は目の前の高校生が何を言うのか、とでも言うふうに面白がるような
表情をしてみせたが、それはどこまでも作り物めいていて、魅録の眼には
無表情にも等しく見えた。
「高田さん。何もかもがバレていることは分かっているでしょう。あなたの
退職の仕方はあまりに突然で、不審すぎた。今井メディカルは、僕たちが
いろいろ調べていることを察知して、強引にあなたを説き伏せて退職させた
のでしょうが」
高田はすうっとニヤケ面を消した。
そうなると本当に能面のようになる。
「専務たちは証拠をそろえて、あなたと高砂常務を告訴することも出来る。
だがそれでは、火事の火消しには成功したというだけの話で、専務自体の降格
は免れない」
何が言いたいのだと、全員の視線が魅録に集まる。
「あなたの名前は出さない。告訴もしない。そのかわりに、あなたは専務に
有利な証拠出す、というのはどうでしょうか」
そう言うと、ざわりと空気が動いた。
言葉のない微妙な視線のやり取りの後、豊作が頷く。
「僕はそれで構わない」
「でも専務っ! 高田がやったことはっ」
咄嗟に腰を浮かせた加瀬を無感動に眇め見た高田は、口元に冷笑を刻んだ。
その笑みを見て、更に頭に血を上らせた加瀬は、手を伸ばすと高田の胸元の
シャツを鷲掴みにした。
「ちょっ 加瀬君!」
慌てて豊作が止めようとするが叶わず、加瀬はそのまま無抵抗の高田を引き
寄せる。ガシャンと派手な音がして、机の上の紅茶が零れた。
「何をっ 何を考えてるんだお前……っ!」
糾弾しながら感極まったのか、そのまま加瀬は絶句した。あまり人を罵り
慣れていないのだろう。言いたいことがまとまらないのか口を開けては閉じる
その様子に、高田は嘲るような眼差しをやったあと、低い声で恫喝するように
告げた。
「――離せよ、加瀬」
そこに、かつてあった青臭い友情や憧れといったものはなかった。
魅録でさえ変化に気づいているのだ。加瀬はなおさらのことだろう。その
暗い瞳に気圧されたように、彼は手を離した。
高田はわざとらしく着衣の
乱れを直すと、自分のズボンを濡らす紅茶を見て「熱いじゃねーか」と
静かな、というより平坦な調子で呟いた。そして次の瞬間、当然まだ中身の
あるカップを持つと、高田の顔に向かって引っ掛けた。
「熱ッ」
加瀬は咄嗟に手で庇ったようで、濡れたのは長袖のシャツだけだった。
「高田君、君は何をっ」
つられて激昂する豊作を手で制して、魅録はひたと高田を見つめた。
「僕たちをわざと怒らせようというのなら無駄ですよ」
はっとして豊作と加瀬は動きを止めた。
高田だけが少しだけバツの悪そうな顔をしている。その表情を見て、少し
だけ望みはあるかもしれないと魅録は踏んだ。
「――いいでしょう、僕と専務は今日のところは帰ります。ですが加瀬さんは
残していきますよ。ちゃんと話をしてください」
いろんな打算はあったが、魅録はそれを押し隠して事務的に言った。
それから少しだけ話をした後、加瀬を残して魅録と豊作は部屋を辞した。
アパートを出ると、急に冷たい夜風が身を包むだ。もうすっかり秋である。
階段を下りた後、豊作は気分を切り替えるように大きく息を吸うと、
ゆっくり吐いた。
「助かったよ。君がいなければ冷静に話なんて出来なかった」
「そんな」
「いや本当にありがとう。――ところで今日はうちに来るのかい」
軽く訊ねられて魅録は首を横に振った。
少しは冷静になったとはいえ、まだ考えがまとまっていない。しばらく悠理
とは顔を合せられそうになかった。
「ちょっとやることがありますし、今日は家に帰ります」
そうかと頷いた豊作は、魅録を夕食に誘った。確かにもういい時間となって
おり、空腹だった。
実のところ、魅録は昨晩からろくに何も食べていないのだ。
夕食は悠理との一件で食べていないし、今日は今日で、二日酔いで何も喉が
通らなかった。
「いつも世話になってるからね。ご馳走させてくれ。それにいろいろ話したい
こともあるし」
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
金井を最寄り駅まで送り届けたあと、ふたりは豊作の行き着けだという
小料理屋に行った。
店内に入ると、落ち着いた風情のビジネスマンが独りで燗を傾けている姿が
ちらほら。
(――いい店知ってるなあ)
注文した富久娘は舐めただけで状態が良いのが分る。
気取った店ではない。少々割高だろうが、庶民にも手が届く程度だ。高校生
の魅録を連れて行くことを考え、この店を選んだのだろう。
剣菱家の金の使い方は豪快であったが、この長男だけはさりげない。
突き出しで出てきた南京の煮物を見て、豊作は相好を崩した。
「ここの煮物は美味しいんだよ」
「豊作さんは和食が好きですか」
「なんでも好きだけど、どちらかというと和食かな」
「そういや悠理も和食好きですね」
そのせいか、女生徒たちの悠理への差し入れは、ほとんどが料亭の仕出し
弁当である。
「うちで食べる料理に関しちゃ、普段は父さんの希望がだいたい通るから。
もちろん母さんがリクエストしたら、その料理が最優先だけどね」
剣菱夫人もこういうところでは夫をたてるらしい。意外な一面を知った
気がする。
それから次々と料理が運ばれてきて、会話は和やかに進んだ。
アルコールが舌を滑らかにするのか、はじめは今後のことを話していたの
だが、お互いの趣味や過去の失敗、家族のことなど、プライベートにも
突っ込んだ話となり、内心で魅録は驚いていた。
嫌だったわけではない。むしろ新鮮で興味深かった。しかし、豊作がそう
やって人に胸襟を開くタイプだとは思わなかったのだ。
そうやって宴も酣になった頃、豊作から切り出された話によって、魅録は
真意を悟った。
「――ところで。昨晩は悠理と何かあったのかい?」
途端に、胃のそこが冷える。
「……何かあったというか、まあ」
誤魔化そうかと思ったが、無駄だろう。ビール片手にごくごく軽い調子で
豊作は訊ねてきたが、上辺に騙されてはいけない。魅録は曖昧に頷いた。
「朝起きたら、妹があからさまに泣き明かした顔をしていて、気まずいったら
なかったよ。父さんは今井の坊ちゃんと何かあったのかと無駄におろおろして
るし」
どうやら自分たちの二番目の子供が、息子じゃなくて娘であることを思い
出したらしいよと、豊作は肩をすくめる。
「なぜ、俺だと?」
「君が学校をサボらず、今日もうちに泊まるのなら疑いは保留だったんだ
けどね」
なんともまあ、分りやすい行動を取ってしまったわけだ。
何も言えないでいる魅録を揶揄うでもなく、豊作は淡々と続けた。
「妹の色恋沙汰に口を挟むほど僕はシスコンではないつもりだが、気に
かかることがあったので言っておくよ――悠理が、今井昇一との婚約話を
今すぐ断る必要はない、少し考えたいから保留にしてくれと言い出した」
「!」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
そこで豊作は一呼吸入れた。そして、少しだけ魅録に対して気の毒そうな
顔をしながら、続ける。
「僕は悠理を剣菱の犠牲にするつもりはない。でも、悠理はそこらの馬の骨
と結婚できる立場でもないし、だからと言ってあの悠理の手を取って駆け落ち
でもしてくれるような甲斐性のある男などそうはいない。あれは貧乏のできる
娘じゃないよ」
「……俺に、財界人としての力をつけて、悠理を手に入れろと、そう言うん
ですね」
手にしたコップをどんとテーブルに置く。少しだけ中身が零れて、店員の
気を引いてしまったが、そんなことどうでも良かった。
だがそんな魅録の様子にかかわらず、豊作はひどく冷静だった。
「重ねて言うけれど、口出しはしたくなかった。君に強要するつもりもない。
だが正直、兄としては今井昇一の手を取って、歯車に組み込まれる妹の姿は
見たくはない」
勝手なことだと、ほとんど八つ当たりだと承知のうえで、魅録は内心で
反発した。そのせいで、思わず荒げた声になってしまう。
「悠理には好きな男がいますよ。俺じゃあない」
豊作にとっては意外なことだったのだろう。一瞬だけ目を瞠った。
いくら勘が良いといっても、清四郎のことまでは気づいていなかったのが
それで分る。魅録のことは、最近寝食をともにしていることと、悠理と
一緒にいるからこそ気づいたのだろう。
豊作を黙らせたことに、魅録は意趣返しをしたかのようなつまらない喜び
と、そんな自分への失望を同時に覚えた。
しかし豊作はそんな魅録をよそに、しばらく考えたのちにこう切り替えして
きた。
それがどうしたんだい、と。
驚きに眼を見張った魅録へ、なおも豊作は言う。
「その男が悠理を愛して、守ってくれるというのかい。それならそれで僕は
いいけどね。だが悠理がお見合いをしているというのに、出張ってこない
ような男など、何のあてになるというんだい」
「悠理の気持ちは……」
「そんなこと、本当は大した問題ではないよ」
そこではじめて豊作は穏やかに笑った。
(ああ、やはり俺は子供だ)
背伸びをしていたつもりもない。
だがその当たり前の事実がこんなにも悔しいなんて。
「それとも君は、運命的で強く激しいものだけが、恋や愛というのかい」
「――そういうのを、唆しているって言うんですよ」
からからに乾いた咽喉で搾り出した声は、我ながらかすれている。
潤わせるために口に含んだ富久娘はしかし、もう味が分らなかった。
ツヅク
>秋の手触り
リアルタイムで読めて嬉しいです。
豊作さん、かっこいいぞー!
さすが大人の男だ。
続き楽しみにしています。
309 :
名無し草:2008/04/30(水) 22:30:12
>秋の手触り
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !! 今日は諦めていたからうれしい!
豊作さんがとてもカッコよく見えますw
唆されちゃえ魅録!
あわててあげてしまいました・・・ごめんなさい。
>秋
こういう展開になるとは。
魅録、将来決めちゃえよ!
>>269-271 その後、生徒会室。
バリバリバリバリ……
ぺら…ぺら…ぺら……
「…………」
有閑倶楽部は目の前の光景に言葉を失っていた。
――熱心にポテチを頬張る清四郎と、熱心に新聞を捲る悠理。
あまりにもおかしい。いや、おかしすぎる。
「この新発売のポテチは本当においしいですね。塩味が効いていますよ」
「最近景気悪いなあ。また株価下がったぞお」
言葉遣いこそ合わせる努力はしている二人だが、その他を合わせるつもりはまったくないらしい。
お互いにそれぞれの趣味を満喫していた。
……そのため、有閑倶楽部の混乱はさらに度を増した。
「……ゆ、悠理?今日は新聞なんて読んでどうしたのよ……?」
可憐が恐る恐る尋ねる。
「世界情勢の勉強だよお可憐。読む?」
「え、あ、あたしはいいわよ……」
後ずさる可憐。
「知識を増やすのはいいことだじょ」
「はあ!?」
可憐を含め、有閑倶楽部は声を揃えて驚いた。
「な、何言ってるんだよ悠理!」
「そうですわ!それではまるで清四郎みたいですわよ!」
「う゛っ」
「げほげほっ」
図星を突かれた悠理は息を詰まらせ、清四郎も食べていたポテチを詰まらせた。
「な、何言ってるんですか野梨子!!」
焦る悠理。
「そんなわけないだろお!?」
焦る清四郎。
反論する二人は、思わず元の口調に戻ってしまった。
「「……は?」」
驚く有閑倶楽部。
――これは、まずい。
「……あ、あたいが清四郎みたいなんて、そんなわけないだろお!?」
誤魔化すために、言葉遣いを無理矢理直した悠理は必死に叫んだ。
「そ、そうですよ!」
清四郎も必死に相槌を打つ。
必死なせいか、二人の言葉遣いはこれまでにないほど完璧だった。
「こんなに馬鹿なあたいと清四郎が一緒なはずないだろお!?」
「そうですよ!……ん?」
こんなに『馬鹿』なあたい、だって?
腑に落ちない悠理クン。
しかしそんな悠理クンに関わらず、悠理の姿の清四郎君は言い訳を続ける。
「だいたいあたいなんて馬鹿だし阿呆だし間抜けだし!こんなあたいなんかと一緒にされたら、清四郎が可哀想だじょ!!」
ちょっと待て――――!!
入れ替わっていることをいいことに好きなだけ言いたい放題の清四郎君に、とうとう悠理クンはぶち切れた。
「誰が馬鹿だとお!?ふざけんな!せいし……」
ぐぃぃぃぃぃ
「い゛だだだだっ」
反論しようとしたところで、清四郎の頬は悠理によって勢いよくつねられた。
「……悠理」
周りに聞こえないように、悠理の口が小さく動く。
「 黙 れ 」
「……はい」
清四郎はおとなしく引っ込んだ。
それにしても、清四郎を丸め込む悠理は極めてレアである。
「――おい。そろそろ予鈴だぜ」
ずっと黙っていた魅録が口を開いた。
「あら、本当ですわ」
「大変!あたし次、体育なのよ!急がなきゃ」
「どおしよ……。今日はサボっちゃおうかなあ」
そんなことを口々に言いながら、何事もなかったかのようにメンバーは次々に部室から出ていった。
(……ほっ)
とりあえず一安心。
何はともあれ、誤魔化しきれたことにほっとする悠理と清四郎である。
「――まぁ、とりあえずこの調子で乗り切りましょう。いいですね、悠理?」
「……」
「悠理?」
「……」
清四郎は下を向いて押し黙っていた。
表情は読み取れないが、何となく落ち込んでいるのがわかる。
「……いったいどうしたんですか。まさか、さっきつねったこと怒ってるんですか?」
「……」
清四郎はうつむいたまま答えない。
「……まったく……」
そんな清四郎を見かねて、悠理はため息をついた。
「すねないでください、悠理。……謝りますから」
「!」
清四郎がゆっくりと顔を上げ始める。
そして、悠理と清四郎の目が合った。
――そのとき。
「……へっへっへ……」
例によって、清四郎が不気味に笑い出した。
「……は?何ですか悠理」
拍子抜けの悠理。
そんな悠理に構わず、清四郎は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「――清四郎。今日は何の日だ!?」
「……今日?」
いきなり何ですか……と、壁に貼ってあるカレンダーに目を通す。
赤い文字が目に入った。
――期末テスト。
「……」
途端に、悠理の顔色が青ざめる。
期末テスト、ですって?
「そういうわけだから、あたいの姿でテストよろしくな!あたいも、清四郎の姿でテスト頑張るからさっ」
うきうきな清四郎。
「……」
そんな清四郎とは対照的に、悠理の目の前には、未来の学年順位表がちらついていた。
一位 剣菱悠理
最下位 菊正宗清四郎
「……」
あまりの衝撃に言葉も出ない。……最悪だ。
「清四郎!あたいのためにテスト頑張れよな!さっきから学年トップのあたいのことを想像してたら、にやけが止まらなくってさあ」
(……なるほど、さっきうつむいていたのはにやけ顔を隠すためですか……)
心配損した清四郎君である。
「清四郎!テスト絶対手ぇ抜くなよお――!」
悠理を放っておいて、うきうきの清四郎はそう言い残し、笑顔で部室を去っていった。
「……こういう時だけは頭が回るんですね……」
悠理はぽつりと呟いた。
(……悠理の姿でテスト……。仮に高得点を採らないように『努力』したとしても、僕のことだから高い点を採ってしまうにちがいない……。いったいどうするべきか……)
悠理は、悩みに悩んでいた。
――そんな悠理の姿を見つめる影がひとり。
「……」
ひとり部室に残った悠理を、魅録が静かに見つめていた。
<続く>
>清悠記
テスト!
なんて不運な清四郎w
とりあえず二人とも、ぜんぜん隠す気ないだろうってぐらい不自然だけど、
きっとナチュラルに普段の行動が出てしまうだな。
魅録の行動が気になります。
>清悠記
>僕のことだから高い点を採ってしまうにちがいない……。
なんていう自信!
あまりの清四郎らしさに笑ってしまった。
>清悠記
今回も面白かった!
自分も清四郎にテスト代わってほしいw
悠理が新聞読んでる姿、さぞかし不気味なんだろうな。
>>300 * * *
剣菱精機経理部長の淵脇良助は、その日も相変わらず上機嫌だった。
先月から口説き続けている女性――黄桜可憐が、ついにホテルまで
ついてきてくれたのだ。
先ほど浮かれてキスを仕掛けたところ、人が見ているかもしれないから嫌
だと拒まれたが、そんなことぐらいではこの高揚した気分を抑え付けること
は出来ない。
剣菱のパーティで出会ってから、彼女を抱くことをどれほど望んでいた
ことだろう。
はじめは愛人にと思ったのだが、よくよく話をしてみるとまだ高校生なの
だという。若い娘らしくまだまだ初々しい様子の彼女に、これからいろいろ
と教えるのが自分なのだと思ったら、笑いがとまらない。
鼻の穴を膨らましながら、淵脇は妄想を繰り広げた。
淵脇は幸福の絶頂にいた。
――ホテルに部屋を取り、エレベーターを降りるその瞬間までは。
「あーっ! ちょ、何やってんだよ可憐!!」
エレベータホールから廊下に出るなり、淵脇と可憐は怒鳴り声を浴びせ
かけられた。
驚いて振り返ると、短髪の少女が顔を真っ赤にして彼らを睨み付けている。
彼女の隣には北欧形の顔をした長い金髪の青年が立っている。夜のホテル
にいるくらいだ。彼女たちは恋人同士なのだろう。
少女の形相から、面倒事が起こることを察した淵脇は、若干迷惑そうな顔
をして可憐に訊ねた。
「なんだね、可憐。この子たちは知り合いなのか?」
ところが可憐はひどく狼狽えており、淵脇の問いに答える余裕さえもない
様子であった。
「や、やだっ。美童と悠理じゃないっ。なんでここに」
震えながら喘ぐように言葉を紡ぐ可憐に、金髪の青年は眉を顰めた。
「僕らのことなんてどうでもいいだろ。それより可憐、なんだよそのオジ
さん。なんでそんな奴とホテルにいるんだよ。まさか――」
質問の形をとってはいるが、青年の声音は確信に満ちた詰問口調だった。
可憐は慌てて弁解する。
「こ、恋人よっ。年は離れてるけど、好きなんだからいいじゃないのっ」
「いい訳ないだろっ! どう見ても中年親父と愛人の図じゃんか!」
青年がそう怒鳴り返すと、可憐はその眼差しに耐え切れないといった
ふうに、顔を背けた。
すると青年は溜息をついて、矛先を可憐から淵脇へと変えた。
雲行きが怪しい。面倒なことになった。
淵脇は冷や汗をかきながら、じりじりと足を後退させる。
「あのさ、あなたどこの誰だか知らないけれど、可憐が未成年だと知ってて
こんなところいるの」
「し、知らないっ! 俺は何も知らんぞっ」
いつもは可憐の前で「私」と上品ぶっていた淵脇だが、未成年との淫行
と指摘された途端に、まごつきはじめる。
そこに、第一声以降黙り込んでいた悠理の言葉が割って入った。
「――美童。あたい、このおっさんのこと知ってる。こないだのパーティー
で見かけたから、剣菱の関係者だよ、きっと」
「!」
悠理の台詞を聞くなり淵脇は息を呑んだ。とっさに彼の脳裏には、
『一流企業の管理職が未成年者と淫行』などの新聞の見出しがぐるぐると
浮かぶ。
(――警察に捕まるわけには)
可憐は自分に惚れているから黙秘してくれるだろう。
都合の良い打算をした淵脇は、次の瞬間には意外に俊敏な動きで身を
翻し、一目散に逃げ出した。
しかし悲しいかな、高校生と追いかけっこするには体力がなさすぎた。
「逃がすかっ」
「ひ、ひぃっ」
突然背中に衝撃が走り、淵脇はぶざまにも床に沈む。
どうやら少女が飛び蹴りをかましたらしい。そのまま肩を踏まれ、床
に縫いとめられた淵脇は、屈辱のあまり状況も忘れてわめいた。
「なななな、なんだお前は! こんな暴力ふるって、警察呼ぶぞっ」
口から泡を噴かんばかりに興奮してる淵脇に、少女はあきれたような
声を出した。
「なんだよ警察って。呼んだら困るのはおっさんの方だろ。あんまり
ダダ捏ねるようだと、父ちゃんに告げ口するかんな」
「父ちゃんって……」
嫌な予感がして、淵脇が問い返すのと同時に、可憐の金切り声が響いた。
「いや、お願いだからそんなことしないで悠理! 剣菱のおじさまたち
に告げ口なんかされたら、あたしたちもう会えなくなっちゃうわ!
あたし本気で淵脇さんのこと好きなのよ!」
そう叫んだ後、彼女はさめざめと泣き始めた。
くそ、可憐の奴め苗字をバラしやがって。
内心で舌打ちしながらも、淵脇はどうやってこの場を乗り切るか
目まぐるしく計算しはじた。
――そして、ふと思考の端に何か嫌な記憶がひっかかった。
「剣菱の……おじさま、だと?」
無意識に呟いた淵脇の頬を絨毯に容赦なく押し付けられながら、少女
はいっそ朗らかとも呼べるような調子で言った。
「そ。あたしの父ちゃん、剣菱万作。兄ちゃんは剣菱豊作ね」
――頭の中が真っ白になるとはこういうことなのか、と淵脇は床に
這いつくばったまま、妙に客観的な感想を抱いた。
* * *
――あの夜、小料理屋を出た後、結局魅録は剣菱邸に泊まった。
前もって宣言していたとおり、魅録は松竹梅の自宅に帰るつもりだった
というのに、酔い潰されたあげく、豊作の手によってほとんど強制的に
連行されたのだ。
これでは何のために、自宅に近い店を選んでもらったのか分からない。
魅録はバイクだったため本来は酒を飲めない。しかし豊作から誘われた
のだから断るのも失礼だろうと、帰りはタクシーを使うことを前提に
相伴に預かったのだが、これがそもそもの策略だったのだろう。
豊作の方は、はじめから剣菱邸に泊まらせるつもりで魅録をこの
小料理屋に誘い、酒を飲ませたのだ。
つまり、ハメられた。
(やってらんねーな)
苦々しく思ったのは事実であったが、無理やりにでも悠理に会わざる
を得ない状況に仕立ててくれたのは、やはり感謝すべきなのだろう。
翌朝、何の心構えもないうちに、悠理と廊下でばったり会ってしまった
魅録は、苦笑とともにそれを認めた。
悠理も同じ気持ちだったのだろう。彼女は困ったようでありながらも
安堵したような、複雑な表情を浮かべた。
「――おはよう」
「……はよ」
魅録がぎこちなくではあったが挨拶すると、悠理も小さな声で返して
くれた。
それから二人はしばらく無言になったが、突然「ぐるる」と悠理の
腹の虫が大きく鳴ったのを契機に、ふたりは苦笑ではあったがようやく
笑みを浮かべた。
そしてどちらともなく連れ立つと、食堂へ向かった。
今はその件には触れないという、暗黙の了解のままに。
それからというもの、魅録と悠理はつかず離れずの距離を保っていた。
二人の間に流れる微妙な緊張感に有閑倶楽部の面々が気づかない筈は
なかったが、その理由までには思い至らないようで、彼らからそれとなく
探りを入れられる度に、魅録は何もないと笑って誤魔化さなくてはならな
かった。
それでも違和感があったのは最初のうちだけだった。
やがて魅録と悠理はいつもの――少なくとも、仲間たちが思い浮かべる
彼らの――調子を取り戻しつつあった。
性別を超えた友情。衒いのない触れ合い。軽快な言葉の応酬。コツさえ
分かれば、以前のように振舞うのは難しいことではなかった。
まるではじめから何もなかったかのように。
事実、仲間たちは日々の雑事に紛れ、確かにあった筈の違和感を忘れた
ようだった。
「で、次はどこに誘われたのよ」
生徒会室で紅茶を啜りながら可憐が問うと、野梨子は不本意そうに
頬を赤らめて「博物館ですわ」と応える。
野梨子は相変わらず八代儀一からアプローチを受けているようだった。
この件が片付くまでは、彼の誘いを断ることができないという約束のせい
で、野梨子と八代儀一は頻繁にデートを重ねているらしい。
八代の話題が出る度に、魅録は清四郎の顔色を確認せずにはいられない
のだが、彼の顔色は常に変わらず穏やかである。
そして悠理もまた、ちらりとも清四郎を見ず、その内心も他者に窺が
わせることはない。
――いつから悠理が清四郎を好きなのかは知らないが、悠理はずっと
こんなふうに自分の気持ちをひた隠しにしていたのだろう。秘め事など
似合わぬ不器用な少女のくせに。
このまま魅録が何も言わなければ、あの夜のことはなかったことになる
のだろう。重なる時の中で風のように消えていき、自分たちはただの親友
へ戻る。
――悠理の涙が脳裏に焼きついて消えてくれない。
まだ何もはじまっていやしなかった。魅録さえ引くことができるのなら、
全ては過去に出来る。
『それとも君は、運命的で強く激しいものだけが、恋や愛というのかい』
どうすればいいのか、もう魅録には分かっている。
だが魅録にはまだ、その覚悟がなかった。
* * *
魅録の胸中とはお構いなしに、タイムリミットは着実に近づいていた。
社長派たちは、重役会議で専務である豊作を追い落とすための準備に
余念がないだろう。豊作はもちろん、魅録もまた、それを迎え撃つために
出来ることは何でもするつもりだった。
高田敏正との間の交渉は縺れているらしく、加瀬あたりは「あんなヤツ、
交渉なんてせずいっそ捕まればいい」と息巻いているそうだ。もちろん
まだ何の情報も得ていないし、高田室長の背任の根底には剣菱精機の
不名誉な派閥争いがある。公に出来ることでもないため、そう簡単な話
でもない。
魅録もあれから何度か高田に会いに行っている。
あまり進捗が芳しくないそちらの状況とはうってかわって、可憐の工作
は順調で、ついに経理部長である淵脇を陥落することに成功した。
短い期間で頻繁にデートを重ね、その証拠写真を撮ったうえに、ふたり
でホテルに入ろうとするところをわざと"剣菱悠理"に発見させたのだ。
これで淵脇はこちらの手駒になった。
カレンダーは十月下旬を示している。厳冬と言われる今年は紅葉時期
が早いらしく、剣菱精機の敷地内にある銀杏並木もそろそろ色褪せはじ
めていた。
――運命の重役会議まであと三日。
ツヅク
ブラジャー・トム
誤爆したスマヌ
>>秋の手触り
GJ!
いよいよクライマックスですね。豊作さんは…悠理と魅録は…野梨子と清四郎は…可憐と美童は…
すごく気になります。
続きを楽しみにしてます
>秋の手触り
魅録と悠理、幸せになってほしいな。
なにげに野梨子と八代の関係も気になる。
続き楽しみに待ってます。
>>249 スタートを押すと、黄桜さん(を模したキャラクター)が話し掛けてくる。
『名前を教えてね』
「!驚いたなぁ。本物の黄桜さんの声ソックリだ」
「ふふふ…そうだろう。これも、パソコン部の自作音声さ。
声の高低は勿論、しゃべり方やテンポにいたるまで研究に研究を重ねてだね…」
「(その情熱、他に行き場はないのかなぁ)」
僕が名前を入力しようとすると、先輩がキーボードを横取りした。
「ちょっ…何するんですか」
「いいからいいから」
『太田大五郎』…あっと言う間に先輩の名前が入力されてしまった。しかし彼はそれで『決定』ボタンを押さず、右下の『おぷしょん』ボタンをクリックした。
「なんですか、これは」
「ふふふ…まぁ、見てみたまえ」
画面中央に剣菱さんのキャラクタ-。
先輩は光の早さで自分好みに設定してゆく。
【呼び方】
→呼び捨て
ちゃん付け
あだ名(自由入力)
【話し方】
→ノーマル
敬語
【制服】
→聖プレジデント
セーラー
メイド服
ナース服
「…先輩」
「なんだい?」
「どうしてうちの学校以外の制服が選べるんですか。
しかも『メイド』や『ナース』って…」
「ふふふ。それがこのゲームのポイントなのだよ。通常モードでクリアの後に、新しく呼び方を『あだ名』から自由入力で『ご主人様』にしてみたまえ。それでメイド服だ。
もしくは『先生』にしてナース服…話し方は勿論、敬語モード。全く新しいロマンだろう?」
「…先輩。本当に変態ですね」
「変態で結構。しかしだね、そんな偉そうな事を言うのは鼻血を拭いてからにしてくれたまえ。」
「……………」
「他にも例えばネコ耳やウサ耳にもできるから、君も好きにいじるといいよ。
まぁ、とりあえず今回は全てをノーマル現実仕様にしておいたがね」
先輩は同じように黄桜さんと白鹿さんも設定すると、ようやく僕にキーボードを譲ってくれた。
プロローグが始まった。
【4月*日…今日から高等部。春休みに帰国してから喧嘩三昧だったけど…
おっといけない。野梨子と待ち合わせをしているんだった。急いで準備をしなければ…】
「(喧嘩三昧…ここは松竹梅くんの要素、なのかな…)」
【野梨子】『大五郎、5分の遅刻ですわよ』
【白鹿野梨子。幼なじみの大和撫子だ。毎日一緒に登校する。】
【野梨子】『留学から帰ってきて、少し身長が高くなりましたかしら。ふふ。』
【主人公】『なんだか嬉しそうだね』
【野梨子】『べ、別に…久しぶりの一緒の登校が嬉しいわけじゃあありませんからね!』
野梨子のイラストが頬を染める。
「ツーンデレェ!!!萌える!萌える!萌えるよなぁ!!(机をばしばしと叩く)」
「そ、そうですね…(うるさいなぁ。展開とかも知ってるくせに)」
「あ、ちなみに今表情が変わっただろう?各キャラクター48種類の表情があるからね。単純な喜怒哀楽だけじゃなく、『含み笑い』や『照れ笑い』なんかも…」
「あーあーはいはいわかりましたから」
【?】『大五郎ーッ!!!』
【後ろから元気な声がする。この声は…】
【悠理】『大五郎っ!復活おめでとー!』
【剣菱悠理。喧嘩場で出会ったじゃじゃ馬だ。よく見るとなかなか美人だが…】
【悠理】『なぁ今日ライブ行かないか?友達が出るんだけど』
【主人公】『今日?(何か予定、あったかな…)』
【教師】『おい、剣菱!お前中学の課題まだ終わってないんだからなー!』
【悠理】『げーっ!あいつ中等部から追っかけてきやがった!大五郎、また後でな!』
【悠理が焦って走り去った。】
【野梨子】『…大五郎、約束…覚えていまして?』
【主人公】『…約束?』
【野梨子】『忘れてしまったならいいですわ。じゃあ、またあとで』
野梨子が走り去る。
【主人公】「…。(野梨子の態度は気になるが…僕は新しい教室に向かった。)」
―――キーンコーンカーンコーン。…放課後。
【主人公】『(ふう。とりあえず、初日は何もなく終わったなぁ)』
【?】『太田大五郎…くん?』
【主人公】『…そうだけど』
【可憐】『やっぱりね!あたしよあたし。文通相手の黄桜可憐』
【黄桜可憐。スウェーデン時代に文通していた子だ。
実際会うのは今日が初めて。】
【可憐】『会えて嬉しいわ。イメージ通り、素敵な人ね。
これから空いてる?ちょっとお茶でもどうかしら』
【主人公】『(うーん…そういえば悠理にも誘われてたなぁ。野梨子の態度も気になるし…)』
【☆choice!この放課後は…☆】
1.可憐とお茶にに行く
2.悠理とライブ
3.野梨子が気になる
「(う〜ん…野梨子さん派の僕としては3番だけど、ちょっと剣菱さんや黄桜さんも…)」
どうする??どうする後輩A!!
続く
野梨子のあまりにも教科書的なツンデレ発言にフイタw
普通にそのゲームやりたいww
ゲーム発売祈願。
たとえ値段がいくらでも買いますww
クオリティ高すぎ
>>320 ]-DAYまでの最後の金曜日。
豊作と魅録、そして秘書の金井は、きたる重役会議のために、通常業務が
終了した後、剣菱邸の一室で資料作成をしていた。
――ここ一ヶ月の間に調べ上げた情報をまとめる作業の中で、彼らには
ひとつのある確信が生まれた。
戸村和正のことである。
彼は剣菱精機社長であり、剣菱グループ本体においても重役を務めている。
戸村社長は反豊作派の筆頭とされながら、実際には豊作への妨害工作に
何ら直接的な手出しや指示をしている様子がなかった。主犯はあくまで豊作派
を装っている高砂常務であり、それに手を貸したのも経理部長の淵脇や、
マーケティング部長などの"反豊作派"とされるものたちであって、戸村社長
自身ではない。
ではなぜ彼を中心にひとつの派閥が出来たのか。
自分を派閥の首領として祭り上げている部下たちを、しかし戸村社長は必要
としていない節がある。
目で問う豊作を制して、戸村社長は続けた。
さまざまな調査をすすめる豊作たちを妨害することもなく、むしろ降り
かかった火の粉は払えとでも言わんばかり言葉まで投げかけてきた。
――憶測であれば、その答を魅録たちは持っていた。
しかし無論それは憶測でしかなく、何の証拠もない。
「とりあえず、社長のことは今はおいておこう。今回の件とは関係ない。
あくまで問題は高砂と淵脇の糾弾と、僕自身の責任問題だけだ」
「それはそうですが」
一応は同意してみながらも、割り切れないものを感じて返答は曖昧なものに
なる。
「それに高田君のことも――君が気にかける必要はない。このまま取引に応じ
ないようであれば、告訴に踏み切る」
あれから加瀬は何度も高田のもとを訪れているらしい。
彼らがどんな会話をしているか知る良しもなかったが、彼は頑なに話し合い
を拒絶しており、取引どころではないらしい。
彼は自分がやっていることがどれほど薄汚いか承知で、会社と友人を裏切った
のである。
そしてその動機は友人への嫉妬だった。
自分を犯罪に駆り立てた嫉妬の対象が話し合いに出したところで、加瀬を余計
に意固地にさせてしまうだけかもしれない。
だが魅録は、別れ際に見た加瀬の表情に、希望を抱かずにはいられなかった。
ライバルとしての二人ではなく、昔からの友人だという二人の関係に期待を
かけた。
(見込み違いだったのかもしれないけどな)
清四郎に嫉妬した自分を、愚かにも加瀬に重ねてしまったのかもしれない。
今日は金曜日である。月曜日の会議まで、もう幾許もない。
「むろん、彼を告訴をすれば僕の体面は保てなくなるが、もともとそれが当然の
ことだからね。――今思えばいろいろ余計なことを考えすぎた」
そう言って、豊作は遠い眼をした。
いろいろ考えすぎた。
その台詞は自らの保身のことだけではないだろう。むしろ、自分を裏切った筈
の高田の今後についてがほとんどに違いない。
魅録の視線が自分から離れないのに気づいて豊作は細く息を吐き出したのち、
言葉を重ねた。
「彼は、彼を信じてついてきた研究員たちの多大な労力と真心を踏みにじった。
それはわかっていたんだよ」
以前加瀬が言ったとおりだ。
たとえどんな事情があろうとも、彼を罰しなくてはいけなかった。
「……俺が余計なことをしました」
取引など無断で持ち出して。
「いや君を責めているわけではないよ。ただ……僕が彼を信じたかっただけだ」
そう呟いて豊作は作業に戻ってしまったため、魅録はそれ以上何も言うことが
出来なかった。
作業は深夜まで続き、時計の針は午前二時を指していた。
取り扱う情報が膨大であるため時間はかかったが、なんとか形になった。
これまで確認してきた資料を目で追う豊作の姿を、魅録と秘書の金井は
緊張しながら見つめていた。
「――終わったね」
幾重にもわたるチェックを終えて最終的にそう頷いた豊作に、魅録と金井は
ほっと安堵の吐息を漏らした。
安心した途端、どっと疲れが全身に広がっていくような気がする。
肩が酷く重かった。
とにもかくにも、終わったのだ。
あとはもう、豊作に任せるしかない。
ぐっと椅子にもたれかかる二人に、ふと豊作は立ち上がった。
なんだろうと見守っていると、豊作は資料を机の上におくと、深々と頭を下
げた。
「ふたりともご苦労様。本当にすまなかった。金井君は女性だというのに
いつもこんな遅くまでこき使って申し訳ない。魅録君もうちの社員でもない
のによくやってくれた。バイト代は払わせてもらうよ」
どこまでも生真面目に豊作は言う。
それが性分なのだと分かっていたが、今更になってあんまりではないか。
二人は顔を見合わせた後、揃って口を尖らせた。
「水臭いじゃないですか。専務、私はあなたの秘書ですよ。一蓮托生です」
「俺もなんか面白そうだと思って、自分から頭を突っ込んだんですから
気遣いは無用ですよ」
二人に同時に言われ、豊作は眉根を下げた。
そんな彼に金井はふんわりと眼差しを弛める。
まるで抱きしめるかのように、包み込むような表情だった。
(この人、そんな顔も出来るんだな)
少し関心して、魅録はその表情を見た。
事態が事態のせいか、これまでテキパキと働く姿しか見ていない。無駄口を
叩くこともなく、文字通り豊作の手足となって働く彼女とは、プライベートに
突っ込んだ会話を交わすこともなかった。
容姿や服装も、人前に出ることが多い重役の秘書らしく華やかなもので
あったが、けっして出過ぎることなく、弁えている。
そのため印象が薄く、魅録には彼女自身を語る言葉はこれといって出て
こなかった。その彼女が。
「専務。謝っていただく必要はありませんわ。あなたの下で働くのは楽しい
んですから。おこがましくも専務の戦友だと自負しておりますのよ?」
控えめな、だが強さを見せるその態度に、魅録はふとある推測に行き当
たった。
(ふーん、そういうことか)
「けれどそれじゃ」
「謝罪ではなく、お礼なら受け付けますわ」
豊作の前にいるとき、この女性はなんて眩しいのだろう。
魅録が見守る中、豊作は金井の肩にそっと触れると、「ありがとう」と
穏やかに言った。
金井が剣菱家の車で自宅に送られていくのを見送った後、豊作は魅録を
少し早い祝杯に誘った。
どうやら彼の中で自分は酒飲み友達か何かになっているらしい。
魅録が自分よりもかなり年下であり、しかも未成年であることは考慮の外
らしい。見た目の堅物さを裏切るフランクさだ。
伊達に剣菱の血を引いていない。
もちろん悪い大人たちに囲まれて育った魅録に抵抗などある筈もなかったが。
今回招かれたのは彼の自室だった。
「乾杯」
ガウンを羽織って至極寛いだ風情の豊作と、ウイスキーグラスを合せる。
「完全勝利、とは言わないけどね。少なくとも会社の癌は除けるんだ。たとえ
降格処分になっても満足しないといけないかな」
グラスの酒に口をつけながらの台詞はほろ苦い。
会社の癌――そう言い切るまでには葛藤があっただろう。
側近の高砂常務と目をかけていた開発室の高田。そのふたりの裏切りは、
実際に蒙った実害以上に、手痛いものだった筈だ。
「勝率は半々ぐらいですか。役員たちは社長が掌握してますからね……」
「なんとか頑張ってみせるさ。この年になってプレゼンの練習なんてするとは
思わなかったよ」
気を奮い立たせるためだろう。明るく言った豊作に魅録もノッて、ニヤリと
してみせた。
「金井さんの期待に応えなければいけませんしね?」
魅録としてはうろたえる豊作を期待してそう言ったのだが、彼の反応は意外
に淡白だった。
「言っておくけど、僕たちは恋人同士じゃないぞ」
「嘘っ」
それであの空気はないだろう――そういう疑惑の眼差しを送ると、豊作は
仕方ないなといわんばかりの溜息を漏らした。
「まあ君に偉そうに説教した身だから、僕もぶっちゃけるけど」
彼は行儀悪くソファにもたれかかると、眼鏡を外した。そうすると、彼も
大企業の重役というよりは、ただの普通の若者に見えるから不思議だ。
皺を伸ばすように指先で眉間を圧す。
「確かに僕は金井君に好意を寄せている。もしかしたら金井君もそうではないか
と思っている」
「そうではないか……って、あれは明らかに」
思わず言いかけた魅録を、豊作は視線で制した。
「だけど僕は、何の力も持たないうちはそれを告げることも、彼女を縛ることも
しないよ。今はまだ、彼女を抱きしめない」
一瞬、言っていることが分らなかった。
首を傾げる魅録に、豊作は淡々と告げる。
「僕は剣菱を背負うにはあまりに未熟だよ。妻となる女性を守れる自信がない
ぐらいには。――そして彼女にも、剣菱の妻になる覚悟がまだない。愛や恋だけ
では動けないよ」
聞く人が聞けば、それは冷たい言葉に聞こえたかもしれない。
だが。
"まだ――"
「諦めるつもりはないんですね」
ほとんど確信をもってそう訊ねると、豊作は淡々とした調子を崩さずに応えた。
「知ってるかい? 出合ったころの金井君は酷く臆病で、引っ込み思案だった。
――不安がりながらもついてきてくれる金井君がいて、なぜ諦められるんだい」
この人は信じているのだ。
しっかり独りで立ったうえで、お互いがお互いを支えられる日がくることを。
そこに彼らの絆が見え隠れして、魅録には面映かった。
だからこそ訊ねてみる気になった。
魅録は手の中のグラスの氷を傾けながら、口を開いた。
「ひとつ聞いていいですか」
豊作が頷くのを確認すると、魅録はウイスキーの水面に自分の顔を映しながら、
情けない質問を思い切って唇に乗せる。
「豊作さんは好きな人と一緒に生きることを諦めていない。ならなぜ悠理との
ことを俺にけしかけるんですか。あいつが好きなのは、俺じゃない」
「直感で君がいいと思った。――ただ、君にはそれじゃ納得がいかないかも
しれない。だから後付けの理由でいいのなら、用意があるよ」
「それでもいいです」
「悠理が恋愛していることを、僕は君に言われるまで気づかなかった。あの単純
な悠理が、他人に気づかせずに恋をする。こんな不思議なことがあると思うか?
あいつらしくもない。あの生まれながらのバカなあいつが、なんでそんな自分を
殺すように息を潜めてなくちゃいけない」
「それは」
豊作の指摘は、そのまま魅録自身も思っていたことだった。
悠理が自分の恋をひた隠しにするのは、おそらく清四郎が野梨子を好きだった
ことを知っているからだろう。振られたことまで知っているのかどうかは定か
ではないが。
だがそれだけで、たったそれだけであの悠理があれほど萎縮するのだろうか。
「僕には、君といるときが一番、悠理が悠理らしくなれるように見える」
それは買いかぶりだと叫んでしまいたかった。
悠理のあの涙を見ていない。
その涙にさえ、欲情した自分を。
黙りこんだ魅録に、豊作は自嘲するように言った。
「本当は、僕は君に何も言うべきじゃないし、君も僕の言葉を聞くべきじゃない
かもしれない。結局のところ、人は自分の思いのままにしか動けないのだから」
「俺は」
簡単なことだ。
清四郎や今井昇一など問題ではなかった。
彼らはきっかけではあったが、魅録のこの想いの前には何の関係もない。
――ああそうだ。そんなことははじめから分かっていた。
何かがすとんと胸に落ちた。
そう気づいた途端、ぞわっと全身が総毛だった。
どくんと鼓動を刻んだ胸から四肢の末端まで、痺れに似た衝撃が走る。
目が覚めるような心地だった。
何か真新しく、斬新な思いつきをしたわけではない。前から答えを知って
いながら選び取れなかっただけのこと。
なのに魅録は今、はじめてそれに気づいたかのような思いで、自分が辿った
思考の流れをなぞる。
何を長いこと迷っていたのだろう。
「ありがとうございます、豊作さん」
礼を言って、魅録は手にしたグラスを置いた。
「魅録君?」
豊作は虚をつかれたかな顔をして、魅録を見ている。
魅録は彼に向かって微笑んだ。
人は自分の思いのままにしか動けない――確かにそうだ。
豊作自身が言ったとおり、もはや今の自分には彼の言葉が必要とは思え
なかった。
「それじゃ、俺はこれで。――やることが出来ました。もしかしたら、しばらく
顔を見せないかもしれません。もう会議の資料は出来たし、差し支えないと
思いますが」
「それはそうだが。……そうだ、明後日は悠理がまた今井昇一と」
「構いません。あいつが選ぶことです」
急にうろたえた豊作に、魅録はきっぱりと言った。
絶句した豊作に「それじゃ」と軽くいって、魅録は背を向けた。
不思議と心は凪ぎ、ひどく静かだった。
豊作の自室を出た後、一旦、与えられた客室に戻って外出の準備をした。
そしてヘルメットを取り、廊下に出たところで悠理と鉢合わせした。
寝ている途中で目が覚めたのだろうか。
寝間着姿の悠理はそれまで寝ぼけ眼であったが、魅録を見た途端、不審そう
に顔を顰める。
「え、こんな時間にどこ行くんだ?」
「ちょっと野暮用」
久しぶりに、悠理に対して自然に笑みが出た。
すると彼女は、先ほどの豊作と同じように、少し驚いたような顔をした。
自分は今どんな顔をしたのだろうと、少しだけ不思議だった。
「そ、そっか」
「そうだ、豊作さんに聞いた。お前、明後日……ていうかもう明日か。
また今井昇一に会うんだって?」
「――うん」
悠理はまるで叱られた子供のように、しゅんとして頷いた。魅録の顔色を
窺うように、上目遣いである。
彼女にしてみれば、魅録は自分に告白同然のキスをしてきた男であり、求婚
してくる男と会うなどということは、さぞかし言いづらいだろう。
恋愛経験値の低いこいつに、こんな顔させたかと思うと、魅録はなんだか
可哀相に思えた。
そして、嫉妬だけではなく純粋に彼女を思いやれる自分に少しだけ安堵した。
「お前さ、今じゃなくてもいいけど、いつか清四郎に告れよ」
そう言った途端、悠理は何かとてつもなく信じられないことでも聞いたか
のように目を見開いた。
油断しているせいか、ひどく子供っぽい顔だった。
随分と久しぶりに素の彼女の顔を見た気がする。
最近の彼女は、笑っているときでさえ、作られたものであるかのような
違和感がついて回った。
「もっと自分の気持ちを大事にしろ。お前に振られた俺が言うんだから
間違いがない」
「魅録……」
「今井昇一だってお前を抱きしめるぐらいはしてくれるかもしれないが、
傷を舐めあうぐらいで清四郎を忘れられるのか」
硬直している彼女を抱きしめたいと発作的に思ったが、こらえる。
駄目だ――そう、今は。
「縋るものが欲しけりゃ、今井昇一じゃなく俺にしとけ」
自分の言葉は、ただでさえいっぱいいっぱいな彼女の思考を混乱させて
しまったらしい。
今のも涙を零しそうな大きな瞳が可愛くて、魅録は彼女の頭を撫でた。
くるんと石鹸の匂いが立ち上がる。
一時は、もう二度と触れることはないだろうと思った髪だ。
「いや違うな。誰にも縋りつくな。お前は、妥協するな。たとえお前の好き
な清四郎にさえも遠慮することはない。手に入れたいのなら、手に入れる
よう努力しろよ。俺や、今井昇一とかの言葉に惑わされんな」
「もう……言ってること、ぐちゃぐちゃだよ」
唇を尖らせて、はじめて悠理が文句を言った。
泣きたいのか笑いたいのか分らないといった表情だった。
「どれも本音だ」
悠理の表情に誘われて、うっかりと好きだといいそうになったが、まだ
言わない。
とてつもなく気の長い、そして馬鹿な決意をたったさっきしたばかり
なのだ。
魅録は未練を断ち切るように、悠理の髪から手をのけた。
「じゃ、俺はもう行くな」
悠理の表情を見てしまったら、あっさりと自分の中の約束を反故しそう
な気がして、魅録はそっけなく背を翻した。
悠理はそのまま立ち尽くしていたようだったが、角を曲がろうとした
とき、背後から声がかかった。
「自分ばっか言いたいことだけ言って、わけわかんないよ馬鹿!」
癇癪を起こしたような悠理の声に、今度こそ魅録は声を出して笑う。
「お前こそ、いつもそういうふうに、言いたいこと言えよ!」
手をひらひらと振って、その場から魅録は立ち去った。
ツヅク
>>秋の手触り
リアルタイムで読めてラッキー
魅録がいい男過ぎて切ないです
金井秘書と豊作さんも幸せになれるといいな。
続きが待ちきれません
>秋の手触り
豊作さんも魅録もほんと、いい男ですね。
迷いをふっきって大きな決意をした魅録が素敵です。
悠理も彼女らしい姿を早く見られますように。
続き楽しみに待ってます。
>秋
うわぁ〜本当に大詰めだ!
全員の想いがどう決着つくのかわくわく。
>聖プレジデント
3番でw
>秋
魅録と豊作さんのコンビというかやりとりがすごく好きです
切ない魅録もいいけど、やはり魅録がこうかっこいいのが素敵です
幸せになってほしいです
悠理も魅録も二人が幸せになれれば一番です
続きが楽しみです
秋を含めて、ここのスレで豊作さんが出てくることが多くて、
原作読むときにさらっと流してた豊作さん登場シーンを舐めるように読んでしまうw
あとモルダビアも。
あ、そりゃあるね。
モルさんは酒の競作で嵌った。
あとはカモルリネタが面白かったな。
瑠璃ってどぎつい顔してるけど、悪い子じゃなかったから
原作読んだとき可哀相だなと思って、今後が気になってたw
あとは和子さんとか。
瑠璃って両親が殺人犯で、ほんと不幸だな。
痩せたら、顔の肉が減って、美人じゃなくても平凡な女の子にはなれそう。
お化粧しだいで女って変わるし。
気立ての優しそうで、旦那には尽くしそうだし、
ギャグキャラとはいえ幸せをつかんでほしい。
>>338 「さあ、お手をどうぞ」
助手席のドアを開き、まるで女王陛下に仕えるかのように支え手を出すと、
野梨子は思い切り渋面をつくった。それでも彼女は顔をツンと逸らし、
たいしたことではないといわんばかりに、逆らわず手を取った。
怒ったり、恥らったりという反応は、かえって自分を無駄に喜ばせる
だけなのだと、一ヶ月間で身に沁みたのだろう。
(まあ、そんなとこも可愛いんだけど)
八代は内心でにやけた。
「ありがとうございます」
野梨子は儀礼的に微笑むと、彼の手を借りて車から降りる。そしてさりげ
なく手を離そうとしたが、八代は逆にぎゅっとその手を握んでみた。
ここではじめて野梨子は動揺した。
自分と彼女が契約をした後、デートをするのはこれで四回目。
だが、自分の方からこんなふうに触れられるのははじめてのことだった
ので、警戒を忘れていたのだろう。
「や……八代さん?」
まだそれほど力が込めているわけでもなかったが、彼女は思わずといった
ふうに上擦った声をあげる。
八代はそんな反応を楽しむように笑みを浮かべ、わざと芝居がかった
気障ったらしい声音で耳元で囁いた。
「今日で最後なんだから、手ぐらい握らせてよ」
最後。
その言葉に、野梨子は思わず手を振り払うことも忘れ、まじまじと
彼の顔を見た。
「今日は君とデートできる最後の日だからね」
土曜日である。役員会議は月曜日だから、契約期間における最後の
週末ということになる。
そう言うと、野梨子は動きを止めた。
自分の方からそれを切り出したことが意外だったのだろう。
野梨子が自分の誘いに応じてくれるのは、あくまで契約上での取り決め
によるものだ
敵側であった自分に、豊作側へ寝返ってもらうため、野梨子はこうして
誘いを断らない。言い換えれば、豊作側のことが片付けば、もう自分と
会わなければならない理由もないのだ。
「大丈夫だって。いくら僕でも、一度寝返ったのに、もう一度寝返ったり
なんか出来ないよ。僕は真面目に働いただろう?」
安心させるように言ってみたが、彼女はやっぱり少し不審そうな顔を
していが、もう手を振り払う様子もなかったため、そのまま歩き出した。
当初の予定通り、ふたりは古代エジプトの特別展が開催されている
博物館を観てまわった。
特に歴史や芸術などに興味があるわけではないう八代にとって、実に
学生時代ぶりの博物館である。
中に入って、熱心にミイラやら副葬品やらを見ている野梨子とは違い、
八代はむしろ彼女自身を見つめていた。
野梨子を連れて歩くと、人々の注目が自分たちに集まるのが分る。
どんな派手な女性や、美しい女性を連れてもこうはならない。野梨子
の顔が整っていることだけではなく、その存在感が原因だろう。
野梨子は、彼女自身が自認している以上に、気位が高い。
男慣れしていない彼女の挙動には初々しさがある反面、大人の女性も
そうそう持ち得ないだろう内面の強さが矛盾なく同居している。そんな
彼女にじっと見つめられると、何もかも見透かされたような気がして、
どきっとすることがあった。
(本当のことを知ったら、彼女は怒るのだろうか)
実のところ、八代には野梨子たちに告げていないことがひとつあった。
別に彼女たちを裏切っているわけではないし、怒られなければいけない
理由もないとは思うのだが、騙されたと思えば気分が良くないだろう。
あのパーティ会場で野梨子に近づいたのは意図的であったが、彼女に
惹かれたのは嘘ではない。
嫌われたくなければ、今ここ告げてしまった方がいいかもしれない。
(でもなあ、それで重役会議の筋書きが変わったらまずいしな)
そんなことをつらつら考えていたら、もう展示物をすべて回りおわって
いた。
野梨子が珍しく華奢な靴を履いていたことには気づいていたため、
すぐに博物館内のカフェへと誘う。
二人でコーヒーを飲みながら、のんびりと会話をした。
八代は野梨子とのこういった時間も好きだった。
「……どうかいたしまして? 上の空ですわね」
ふと会話が途切れたとき、思いがけなく問われて、八代はぎくりとした。
そしてそれが失敗だった。
野梨子は油断ならない社内の敵などではない。そのことが彼を油断させ
たのだろう。
思わず不味い、という顔をしてしまった八代に、野梨子はますます不審
そうな顔をした。
「そうかな」
なんでもないような顔を今さらしても、遅いかもしれない。だが八代
はなんとかそれを押し通すことにした。
「ええ。それになんだか今日は落ち着きがありませんわ」
もしかして、彼女は前々から八代には何か疑問を感じていたのかも
しれない。そうでなければ、これほどしつこくは訊ねてこないだろう。
「君とこうするのも最後かと思ってね」
「そういう顔じゃありませんでしたわ。何を隠していらっしゃるの。
まさか豊作さんたちを裏切るような……」
しくじった。
それまでは疑問でしかなかったものを、不審に変えてしまったのは
八代のミスだ。
もともと八代は専務である豊作と対立する立場を取っていた。少しでも
不審を感じたら、野梨子はこうして追及してくるに決まっていたという
のに。
野梨子はそれまでの穏やかな空気と一変して、八代を見据えている。
そのような状況ではないにも関わらず、凛としてそこに在る彼女に八代は
思わず見蕩れた。
八代の視線の先、コーヒーカップを優雅な仕草でゆっくりとソーサーに
戻し、そして言った。
「わたくしたちを敵に回すお覚悟があると、そう判断してよろしい
んですね」
それは初めて出会ったときを思い起こさせる、嫣然とした笑みだった。
――言い逃れする方法はそれでもあったのかもしれない。
しかし気がつけば、八代は苦笑して告げていた。
「僕は二重スパイだよ」
「!」
野梨子は珍しく、その花のかんばせを歪めた。
――さすがに、それから彼女を納得させるには、少々骨がいった。
全てを語り終わった後、野梨子はさすがに驚きを隠せない様子だったが、
それでも出来ることなら専務である豊作や魅録には内緒にしてほしいと
いうこちらの要望には、頷いてもらうことが出来た。
少し態度が余所余所しくなったことに溜息をつきたいような心地だった
が、騙すようなことをしていたのはこちらだ。仕方ないだろう。
もしかして最後になるかもしれないデートで、彼女を不機嫌にさせて
しまったのは少し痛い。
まだ高校生、いわば子供の顔色が気になる自分が滑稽ではあったが、
切実なものだ。
八代は少し考えて、彼女を野梨子を自宅に誘った。
「ご自宅……ですか?」
異性の家へ入るということに野梨子は躊躇したようだったが、家族と
一緒に住んでいるということを説明したうえで、絶対何もしないことを
約束すると、了承してくれた。
八代家は郊外に建てられた一軒家である。
自宅に到着すると、ぷっくりとした体型の母親が玄関まで走ってきた。
あらかじめ野梨子の来訪を知らせておいたため、待ちかねていたのだろう。
顔を輝かせ、好奇心もあらわに野梨子を見ている。
――何か良からぬ勘違いをしている気がする。
「お邪魔いたします。わたくし白鹿野梨子と申します。八代さんにはいつも
お世話になっております」
「こちらこそ。野梨子さんというのね。可愛らしいわあ」
「んじゃ、部屋案内するから」
母親に口出しする隙を与えないようにするため、挨拶が済んだらすぐに
野梨子を自分の部屋に案内する。
母親の不本意そうな顔がちらりとうつったが、気にしないこととした。
野梨子を二階の自室へ通すと、彼女はキョロキョロと部屋の中を見ている。
男性の部屋が珍しいのだろう。
「母さんがはしゃいじゃってごめんね」
苦笑しながら、八代は卓袱台に日本茶と和菓子を並べる。
「女性を家に連れてくることなんてないからね」
「八代さんは手が早いと伺ってますわ」
野梨子の指摘に、八代は苦笑した。
「うちの母さん、ああいうキャラだよ。遊びの女の子なんて連れてきたら
大騒動だよ」
そういうと彼女は納得したような顔をした。
「それで、どうしてわたくしをここへお誘いになったの」
「契約が終わるからね。最後だし、せめて僕のことを知ってほしくて」
常になく直球の言葉を投げかけてみると、彼女は戸惑ったようだった。
野梨子の反応を見るためにからかうときならともかくとして、こういう
穏やかな雰囲気のときに、八代が素直な言葉を告げるのは初めてのこと
である。
返す言葉に困って、野梨子が言いよどむんだので、八代は彼女を安心
させるように軽い調子で言った。
「別に僕と付き合えと言ってるわけじゃないから。――それに今、君を
口説くつもりはないし」
「それはどういう……」
「今の君に何を言っても無駄だろうから。だって君、今は恋愛するような
心境じゃないだろ」
「そんなふうに見えますか?」
「見える」
不思議そうな野梨子の問いに、頷く。
自覚しているのかどうか分らないが、今の彼女には、恋愛の入り込む
隙間があるとは思えなかった。
ためしに八代以外の誰が彼女を口説いてみせても、恥ずかしがったりは
するかもしれないが、その根幹が揺れることはきっとない。
酷く残念なことだが、仕方がないだろう。
――会う度に、彼女はいつもどこか遠いところを見ていた。
人間だれしもそういう時期がある。
だからこそ八代は彼女の負担にならない程度の軽い付き合いしか望ま
なかったのだ。
「――僕はさ、よく君を子供にするように揶揄ったけれど、時折、君に
対してどう接したらいいのか分らなくなることがあったよ。君はまだ十代
だけど、君はもう少女であることを卒業したような顔をすることがあるね?」
そう言うと、野梨子は少しだけ沈黙した。
何か思い当たる節でもあったのかもしれない。
しばらくした後に、野梨子は優しく目を細めた。
「もしそうだとしたら」
八代自身にも覚えがある、何か昔を懐かしむような痛みを伴った眼差し
であり声音だった。
「それはきっとわたくしの友人のお陰ですわ」
そう、そしてそんな風に語ることが出来るその出来事は、きっと決定的
に彼女にとって過去なのだ。
そのことにだけ、八代は少し救われたような心地になった。
「恋してたんだね」
「ええ」
「大事な思い出なんだね」
「ええ」
そのとき野梨子が刷いた表情は甘くけぶるようだった。普段の彼女が
浮かべる他のどの表情よりも八代の胸を打ち、それが彼には愛おしく、
また口惜しかった。
いつか僕の言葉が君の心の琴線に触れることが出来るのならば。
そのしとやかな頬をこの手で濡らせる日がくるならのならば、僕は。
しばらく二人でいろいろな話をしたのだが、父親が帰宅してからは
八代家総出の歓待となった。
本当は野梨子とふたりで外食しようと思っていたのだが、張り切った
両親と妹を前に、あえなく撃沈したのだ。
とりあえずご馳走と考えて思いついたもの全部出しました、とでも言う
ふうな、何か間違った晩餐の後、引き止める家族を振り切り、野梨子を
ようやく家の外に出してあげることができた。
「本当にごめんね」
謝ると、野梨子は楽しいご家族ですね、とくすくす笑う。
ふとそのとき、彼女の携帯が鳴った。
「ちょっとごめんなさい」
そう言って、彼女は携帯の画面を確認し、しばらくしてから八代の方
を向いた。
「申し訳ないのですが、自宅ではなく、駅の方へ車を回してもらって
よろしいですか?」
「あれ、どこか行くの?」
「悠理に誘われました」
「ああ、専務の妹さんか。いいよ、僕が剣菱家まで送ってあげる。野梨子の
家とあまり距離も変わらないし」
そう請合って、八代は野梨子を車に載せた。
車の中で窓の外を眺める彼女の横顔は、なぜか機嫌がよさそうであった。
口元に柔らかな笑みを絶えず浮かべている。
当初は何か車内で楽しくお喋りをしたいなとも思っていた八代だったが、
楽しそうな彼女を見るのも悪くないかと考えなおし、話しかけなかった。
この日が過去となったとしても、きっとこの夜、車の中から見た景色と、
隣に座る女性のことを自分は忘れないだろう。
かつて繰り返してきた恋のように、あっさりと記憶に埋もれることはない。
はじまることさえなかった恋だった。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
「うん、さよなら」
剣菱家の門前で待ち構えていた悠理に向かって駆けていく野梨子の背に、
八代は子供のように大きく手を振った。
またね、と言おうとしてやめる。
きっともう自分からは連絡しない。
それでも、またいつか彼女と再会することもあるだろう。
そのときは彼女の心に、新しい恋が入り込む隙間があればいいと、八代は
自分の諦めの悪さを笑った。
野梨子を見送った後、ウインドウを閉めると車を発射させた。
乾いた秋の夜空に、星が瞬いている。
――――ああ、良い夜だ。
ツヅク
>>秋
リアルタイムで読みました。
八代ー!切ない。こんなにいい男だとは思わなかった。
毎回毎回楽しみにしてます。
綺麗な文体、大好きです。乙でしたー。
>秋
八代って結構萌えオリキャラです。
やっと野梨子と八代の話も見れたし、面白かった。
>秋の手触り
気になっていた野梨子と八代の話が読めて嬉しいです。
八代も本当に恋してたんですね。
八代も大人のいい男だなー。
続き楽しみにしたいます。
>>354 助手席のドアを閉めた途端、冴え冴えとした闇が野梨子を包んだ。
どこかに植えられているのだろうか。金木犀のたおやかな匂いがかすかに煙って、
そっと消えた。
「野梨子!」
屋敷の正門で待っていてくれた悠理へ向かい、野梨子は駆け寄る。何も急ぐ
ことはなかったが、急かされるように足は動いた。細いパンプスの爪先が僅かに
痛んだが、気にしなかった。
背後でサーチランプが光り、排気音とともに車が去っていくのが分った。閑静な
住宅街のこと、それは長く耳に残ったが、やがてあたりはしじまを取り戻した。遠く、
秋虫の声が闇に沁みいる。
野梨子は細長く息をひとつ吐き出した。それは胸に残っていた気持ちごと、
ひんやりとした夜風にさらわれ、溶けていった。
悠理はなぜか、硬い表情をしている。一呼吸置いた後、野梨子はようやく
問いかけた。
「悠理、今日は急にどうしましたの?」
そう訊ねながらも、魅録のことではないかと野梨子は検討をつけていた。
最近、魅録との間がぎくしゃくしていることには気づいていた。お互いに何気
ない顔をしていたので、仲間たちは口出しが出来なかったのだ。
「土曜日なのに一日退屈してたからさ、久々に泊まってけよ」
肩のあたりで無造作に切られた髪が揺れ、甘さのない白い頬を門灯が照ら
していた。野梨子は突き動かされるような衝動のまま、手を伸ばすと、その頬を
親指でなぞった。ひどく冷たい。
「野梨子……?」
「ほっぺたが冷たいわ。ずっと外にいましたの?」
「月が――見たいなと思って」
鳶色の大きな瞳からはいつものような強い光が失われ、今は母親を見失った
小さな子供のように、途方にくれた顔をしている。
何があったのかと問いを重ねようとして、しかし彼女自身から言い出すまでは、
と思ってやめた。かわりに微笑んだ。
「ちょうど良かったですわ。わたくしも悠理に会いたいと思っていましたの」
剣菱邸へ入ると、出迎えたメイドたちは少し慌てたようだった。
「お友達とは白鹿さまでしたか。てっきり……いや、今しばらくお待ちいただけ
れば、すぐにお部屋の準備は整います」
「しばらく野梨子はあたいの部屋にいるから大丈夫」
「分りました。明日は何時に今井様はいらっしゃる予定ですか」
「忘れた。てきとーに来んだろ」
彼らのやり取りを聞きながら、野梨子は少し複雑な気分になった。
メイドたちが間違えた相手とは、魅録だろう。
作戦が始まった当初、魅録がここにずっと泊り込んでいたことは聞いている。
そして最近は泊まらなくなったことも。
ここ最近のふたりの微妙な空気からして、ふたりがこの家でどういう顔をして
一緒に過ごしていたのか、気にならないといえば嘘になった。
そして今井様とは。
「もー中間テスト最悪だったよ」
相変らずゴージャスな自室に野梨子を通すと、悠理は学校のことや友達の
ことなど、他愛のない会話をはじめた。
もともと悠理は無口とは縁遠いが、沈黙を差し込む隙もないほど饒舌
な彼女も珍しい。
「せっかく今回はわたくしが教えたのに、赤点は3つだなんて、ちょっと失礼じゃ
ありませんこと? 期末には挽回していただきます」
魅録ほどではないが、清四郎も豊作に協力して忙しかったので、今回は
野梨子が勉強を教えたのである。その結果が赤点3つでは立つ瀬がない。
期末テストこそはと、当人ではなく野梨子が燃えていた。
「う〜お手柔らかに」
「卒業できなくて困るのは悠理でしょう。卒業さえすれば、大学へは進める
のですもの。正念場ですわ」
剣菱家は学校に多額の寄付をしている。ここを踏ん張れば、将来は安泰
だろう。
「……野梨子はやっぱ大学はうち?」
「もちろん。可憐も今さら進路変更はしないと言ってましたわ」
「魅録と美童はどうなんだろ。清四郎みたいに外部受けるのかな」
その言葉に隠しきれない寂寥を認め、野梨子は苦笑した。
あれほど険悪な仲であった自分たちが、こうやって離れ離れになることを惜しむ
ようになるだなんて、小等部のころは考えもしなかった。
「魅録と美童からは特に聞いてませんけど、何の準備もしてないところを見る
と、うちの学校かもしれませんわね」
もともと聖プレジデントの生徒は圧倒的に内部進学を選んでいる。
「そっか。清四郎とか、もう受験勉強はじめてるって言ってたもんな」
ベッドに座った悠理は、つまらなさそうに足をぶらぶらと揺らせる。
「いつかバラバラになっちゃうもんな……。野梨子は家継ぐんだろ。抵抗とか
全然ないの?」
それはさり気無い声音であったが、そう聞こえるよう慎重に吐き出された問い
であることに野梨子は気づいた。それでも気づかぬふりをして、野梨子は明るく
返事をした。
「確かに迷ってましたわ。それでも自分で決めたことです。もう迷いはありませんわ」
夏休みに倶楽部の面々との旅行から帰った後、野梨子はごく自然のなりゆき
で、いろいろと将来のことを考えることとなった。
誰かに決断しろとせっつかれたわけではない。自分で自分に許していた猶予は
もう切れたのだと気づいたからだった。
同じく将来のことを考えていたらしい清四郎とも、たくさん話をした。
「そう、なんだ」
悄然としている悠理の気を引き立たせるため、野梨子は微笑んで提案した。
「冬休みはもう遊べないかもしれませんわね。この件が終わったら、どこかみんなで
遊びに行きましょうか」
すると、悠理はやっと顔を輝かせた。
「だよな。あたいが頼んだことだから仕方ないけど、最近兄ちゃんの件で、全然
みんなと遊べなかったし」
「もう明後日の重役会議で、一応のカタがつくんでしょう? 結局、わたくし
はあんまりお手伝いできなかったわ」
「八代義一をひっぱってこれただけすごいよ。兄ちゃんが戦力になって助かったっ
て言ってた」
悠理の言葉に、野梨子は苦笑する。
八代との約束のためまだ明かせないが、彼はもともと計算づくで、
自分からこちらに接触してきたのだ。野梨子の手柄とは思わなかった。
「今回の殊勲賞はやっぱり魅録ですわね。月曜日の重役会議に魅録は
同席するのかしら」
「一応そのつもりらしーけど、なんか月曜日までに戻ってこれるか分んないって
言ってたらしい」
「戻ってこられるって……どこから?」
「知らないってば」
野梨子としては当然の問いに、しかし悠理は苛立ったように声を荒げた。
だがそれが八つ当たりであることを自覚しているのか、すぐにバツの悪そうな
顔をした。
「……ごめんなさい」
理不尽であったが野梨子は先に謝っておいた。
悠理が黙り込むと、途端に会話が途切れ、気まずい沈黙が横たわる。
野梨子はついと視線を逸らすと、バルコニーまで繋がる窓に近寄ると、大きく
開いた。
夜の帳が落ちる外から風が入り込んできた。
秋の乾いた冷気が頬を嬲り、ぴりぴりと皮膚を刺激する。
夜はあまりに静かで、耳の奥を流れる血流の音さえ聞こえる程だった。
「もう秋ですわね」
呟くと、背中に強い視線が注がれたのが分る。
「野梨子、あの」
悠理は何かを言いかけ、しかしすぐに口を噤んだ。野梨子は振り返り、無言
のまま先を促したが、飲み込んだ言葉が再び紡がれることはなかった。
ふたりはしばらく見詰め合った。
開け放したままの窓から、ふわりとカーテンが揺れる。
野梨子の黒い瞳に誘われるように、悠理は立ち上がり、こちらに近づいてきた。
窓辺に立つ二人を、蒼い月が照らす。
均衡を破り、口火をきったのは、やはり野梨子の方からだった。
「わたくし、ずっと悠理と話したかったのですわ」
それは半ば真実で、半ば嘘だった。
――今夜ここに来るまで、野梨子は悠理と二人きりになることを、無自覚の
まま怖れていたのかもしれない。
思えば、こうやって彼女とふたりで向かい合うのは、随分と久しぶりのことだった。
自分たちには時間が必要だったのだ、と今なら分る。
頬に触れた指先から伝わる感触に愛しさを感じはしたが、それはもはや恋情
ではなかった。こうやって向かい合っても、もう心に漣は立たない。
あの日、何もかもあの夜の砂浜においてきた。
八代が自分のことを子供でないというのなら、そうなのかもしれない。あの星空
の下で、わたくしの少女時代は終わりを告げた。
「野梨子があたいと?」
訝しげに眉を動かす悠理に、ただ無言で頷く。八代義一とのやりとりまで話す
必要はないだろう。それは彼に対して失礼なことだと野梨子には思われた。
だが悠理には納得が出来なかったのだろう。
「どうして?」
「変わらぬものを確かめたかった、からかしら」
そう言った瞬間、悠理は顔を強張らせた。
その反応で、己が悠理の繊細なところに鋭いものを穿ったのだと分った。
――野梨子が悠理との間に、不思議なシンパシーを感じるのはこんなときだ。
性格も外見も全く違うというのに、なぜか大切なところで誰よりも彼女は自分
のことを理解している。心が揺さぶられたとき、タイミングよく彼女がそこにいる。
そしてきっと、彼女にとって自分もまた。
そのシンパシーゆえに、あの夏に抱いた悠理への想いを擬似恋愛と判断する
者がいるのなら、勝手にすればいいと思う。あるいは麻疹のように一時の情熱
であったとでも。
けれど事実、自分たちは一時期、心を共有していたのだ。――そして、少し
ずつ確実に容積は減っていく。
「変わらぬものってなんだよ」
悠理は強張ったままの顔で呟く。
野梨子がそのまま返事をしないでいると、彼女は重なった視線を無理やり
剥がすと、溜息とともに言った。
「聞いただろ――明日、今井昇一と会うんだ」
「お付き合いするつもりですの、今井昇一さんと」
悠理が今日、自分を呼んだ理由にようやく思い当たり、野梨子は静かに
訊ねてみた。
ただの確認にしか過ぎないその言葉に、悠理はひどく傷ついた顔をした。
「……わかんない」
「好きなんですの?」
「違う……でも」
浮かべた表情に、悠理が揺れていることが知れる。
「いいんですの、悠理はそれで」
「あたい分んないよ。あのとき清四郎も、今の野梨子と同じことを言ったけど、
あたいには分んない」
一瞬何のことかと思ったが、先ほどの『変わらぬもの』の発言のことだろう。
そういえば夏休みに清四郎から告白されたとき、その場に悠理も居合わせた
のだった。彼女はあのときのことを言っているのだ。
「悠理……」
「あたいだって信じてたよ。野梨子と手ぇ繋いで砂浜歩いたとき、なんにも
変わらないって信じてたよ。でも今は分んない。もう、分んないよ」
目の前でゆっくりと悠理の顔が歪む。彼女は縋りつくように野梨子の両肩
へ手を置くと、顔を伏せると地面に言葉を吐き出した。
「……だよ」
夜風に紛れ、よく聞こえない。
声にならない言葉は、ただ掠れた吐息のみを野梨子に伝えた。
「あたいは………、だよ」
胸を衝かれ、野梨子は悠理を見つめた。
何を言っているのかと、問い詰める気にはならなかった。
悠理の感情に引き摺られるように目の奥が熱く、視界が潤む。なのに
彼女の言葉は淡々と乾き、濡れもしていないのだ。
悠理はわたくしの胸では泣けない。
わたくしでは駄目なのだ。
「ねえ、悠理」
自分の言葉は滑稽なほど震えていた。
馬鹿馬鹿しい。何を分ったような気になっているのだ。彼女の何をも知らない
くせに。――そんなふうに思いもするが、言葉は止まなかった。
野梨子は大きく息を吸い込むと、そのまましばらく瞳を瞑った。
今ひととき、あの夏の夜がこの身体に蘇る。
「悠理。変わらないものなんて、ないのかもしれませんわ」
さっきと逆のことを言うと、ぎゅっと肩に置かれた悠理の手に力が篭った。
彼女がナーバスになっている理由は、おそらく色恋に関することだろうとは検討を
つけているが、きっとそれだけではないだろう。
それだけでは、彼女の怯えやこの頑なさは説明できない。本来、彼女は
誰よりも朗らかな性質なのだ。
どうしたの。何があたったの。誰にいじめられたの。
そんなふうに声をかけてあげたい衝動に駆られたが、野梨子は口にはしなかった。
きっとそうしてはいけないような、そんな気がした。
悠理が何を考えているかなんて野梨子には分らないし、彼女へ感じるシンパシー
とて、きっと紛い物だ。
それでもかまいやしなかった。
悠理がここまで動揺している理由は分らない。けれど彼女がここから踏み
出せないでいることだけはわかっている。
そう、かつての自分のように。
だから告げなければいけない言葉がある。
「出会ったときから、あの丹後半島の夜から、いまこの瞬間からも、きっとわたくし
たちは変わっていきますわ。それはとめられない」
不可逆の時に押し流され、重なる記憶に埋もれていき、そのとき感じた感情
は生々しさを失っていくだろう。
「わたくしたちはもう、子供ではいられませんわ。けれど」
それでも。
「悠理、あなたは何が怖いの。失うことばっかり怖がって立ち止まっていたら、
手の中に何も残りませんわよ」
もうほとんど微動だにせず、己の前に寄りかかったまま固まる悠理に向かって、
野梨子は降りしきる雨のように優しく言葉を投げかけ続けた。
「それでもね、悠理が、わたくしが、みんなが、今ここにいたという事実だけは
変わらない。あの夜に、あなたがわたくしにくれた時間のように、その記憶はずっと
傍にある」
それは自分自身へと向けた言葉でもあったのかもしれない。
昼間にした八代との会話に思いを馳せる。
これは偶然だろうか。
自分にはうかがい知れぬ大きな孤独を抱えている悠理が、この夜に自分を
選んで呼び出したことに、野梨子は意味を見出さずにはいられなかった。
「絆って、何かを、誰かを繋ぎとめるためのものじゃないでしょう。当たり前のように
一緒に積み重ねてきた時間と信頼は、たとえわたしたちの関係が変わってしまっ
ても残る。絆ってそういうものではなくて」
悠理に引き摺り出された激情は静かに去り、かわりに野梨子の胸には一抹の
寂しさだけが残った。
今にも蹲りそうなその小さな背中を撫でながら、野梨子は視線を窓の外へ
遣る。
いつの間にか風はやみ、虫の声ももう届かない。
蒼い月は浩々と世界をあまねく照らしている。
月日は平等に流れ、今こうして悠理といる時間も、すぐに過去となるだろう。
けれどきっと明日には、自分たちも笑っている。
(ねえ、そうでしょう悠理)
スモッグで曇った夜空、記憶にある満天の星空とは比べくもなかったが、これは
これでかけがえのない時間であることは間違いなかった。
ツヅク。
>秋の手触り
野梨子が悠理に惹かれた理由がわかった気がしました。
悠理、清四郎に告白できるのかな?
魅録はどこに行ったのか?すごく気になります。
続き楽しみに待ってます。
>秋の手触り
やっぱり野梨子の想いはもう終わってたんですね。
これからの彼女がどうなるのか気になります。
大女優の続きをずっとお待ちしています。
GJなSS作者様たち
come back!
>>312-316 「……悠理」
悩める悠理の元に、魅録がやってきた。
「魅録!」
「もう授業始まってるぜ。行かないのかよ」
「……」
悠理は深くため息をついた。
「……それどころじゃないんだ」
悠理の顔色は真っ青を通り越して、白くなっていた。
――期末テスト。
そして頭の中をぐるぐると回る、最悪のシチュエーション。
一般生徒。
(剣菱さんが学年トップですって!)
(あら、菊正宗君は?)
(菊正宗君は最下位らしいわよ)
(剣菱さんって本当は頭良かったのね)
(逆に菊正宗君って本当は 馬 鹿 だったのね)
有閑倶楽部。
(清四郎が最下位だって!)
(うっそ〜!あの知識の権化みたいな清四郎が!?)
(今回は私の圧勝でしたわね)
(それにしても悠理が一位かー)
(悠理もやれば出来るんじゃない!)
(頑張ったねえ、悠理)
(清四郎は残念だったな)
(最下位なんてある意味快挙ですわよ)
(どんまい☆清四郎)
菊正宗家。
(最下位!?清四郎が!?)
(か、和子落ち着いて……)
(こんな状況で落ち着いてられないわよ!最下位なんて菊正宗家始まって以来の 恥 だわ!)
(まぁまぁ……)
(そう怒鳴らんでも……)
(甘いわよパパママ!清四郎、前に菊正宗病院の実権は私で、経営は清四郎にまかせるって言ったわよね?やっぱり、あれは無しよ!実権も経営も私が握らせてもらうわ!)
ず――――ん…………
あれやこれや想像してしまった悠理のテンションは限りなく下がった。
「……大丈夫か?悠理」
心配そうに魅録が尋ねる。
「……魅録……」
悠理は魅録を見つめた。
――すると、ふとある考えが浮かんできた。
(……悠理と入れ替わったこと……。魅録に相談してみましょうかね……)
天目茶碗の事件をはじめ、魅録には助けられることが多い。
テストが間近に迫った今、清四郎君にはもうプライド云々で躊躇する余裕はなかった。
「……魅録。ちょっと話があるんだけど……」
「……話?何だ?」
魅録は悠理の側に腰掛けた。
「あ、今ここで話すのはまずいかも……」
他の誰かに入れ替わりを知られるのだけは避けたい。
「……魅録。二人きりで話がしたいんだ」
悠理は真剣な瞳で言った。
場所は体育館裏へと移った。
「――それで、何だ?話って」
「……あ、あの、さ……」
悠理はためらいがちに目を伏せる。
魅録に入れ替わりを相談しようという決意はしたものの、いざ言おうとするとなかなか恥ずかしい。
第一、魅録が信じるかは謎である。
「……悠理?」
魅録が悠理の顔を覗き込んだ。
「何だよ。言わなきゃわかんねぇだろ?」
「……」
(そう言われても、僕だって入れ替わりについて何て説明すればいいかわからないんですって!)
悠理は心の中で叫んだ。
――その時、話を切り出したのは魅録だった。
「……ったく。実は俺も気づいてたんだ」
「……え?」
「ほら、今日お前と清四郎よく二人で話してただろ?」
「……お、おう」
(話してたというか、入れ替わりの弊害で、話さざるを得なかったというか)
「……だから俺、おかしいと思ってたんだ」
魅録は悠理を見据えた。
(ま、まさか魅録……入れ替わりに気づいてたんですか……!?)
入れ替わりを隠し通せていたと思っていた清四郎君の心の動揺は大きかった。
「――悠理」
静かな魅録の声が、誰もいない体育館裏に響いた。
「な、何だよ魅録……」
悠理が恐る恐る尋ねる。
「――俺もお前が好きだ」
<続く>
>清悠記
悠理(清四郎は)なんて答えるのか。この後どうなるのかドキドキします。
続き楽しみにしています!!
「清悠記」うpします。
魅→悠です。
苦手な方はスルーしてください。
>>377-379 …………は?
悠理は拍子抜けした。
(よ、よかった……。入れ替わりがばれていたわけではなかったんですね……)
……って、そういう問題じゃないですって!!
清四郎君は思わずノリツッコミをしてしまった。
「……」
しばらく黙り込んでいた魅録が、再び口を開く。
「――おかしいと思ってたんだ。悠理と清四郎があんなに仲良く話してるなんて」
「……え?」
悠理は聞き返す。
すると、真っ直ぐに悠理を見つめた魅録は、はっきりと断言した。
「清四郎と仲良く話してたのは、俺にやきもちを妬かせるための作戦だったんだよな?」
…………は?
どうやら、魅録は果てしなく誤解をしているらしい。
「違いますって!」
誤解を解こうと、悠理は全力で否定した。
――しかし。
「そう照れるなよ悠理。お前の言いたいことはわかってる」
「何をわかってるんですか!」
「恋する女は変わるってヤツだろ?今朝、新聞読んでたじゃねえか」
「はあ!?」
……どうすればそんなに都合のいい解釈ができるのか。
魅録の誤解は、予想以上に果てしなかった。
――さて、悠理の言葉遣いが元に戻っているのも何のその、二人の会話はいよいよ大詰めである。
「――悠理」
魅録は悠理を見つめ直した。
「いろいろ話は飛んだけど……。そろそろ返事を聞かせてくれ」
(う゛っ……)
だから、そう言われても、僕は悠理じゃないんですって!
清四郎君の心の叫びは誰にも届かない。
「……はぁ……」
思わずため息が漏れた。
軽い目眩を覚える。
――そのとき。
くらっっっ……
「わっっ」
ため息と同時に、悠理は履き慣れていないヒールにバランスを崩してしまった。
視界がふらつく。
「悠理!」
倒れかかった悠理を、とっさに受け止めたのは魅録だった。
「大丈夫か!?」
「お、おう……」
大丈夫……と、言いかけて悠理は顔をあげる。
そして、今の自分の状況のまずさを瞬時に理解した。
――魅録の腕の中。
魅録に受け止められた悠理は、魅録に抱き締められていた。
魅録の顔が、すぐ目の前にある。
「悠理……」
その瞳は、完璧に悠理を悠理として見ていた。
――まずい。
魅録がこれから何をしようとしているかを瞬時に理解した悠理は、魅録から離れようと試みた。
(くっ……)
――しかし、中身清四郎の悠理の力を持ってしても、魅録の力強い腕からは逃げることができない。
「悠理……」
必死の抵抗も虚しく、そのまま、魅録の顔は悠理に近づいてきた。
「ちょっ……魅録……!」
悠理の心の葛藤が始まった。
(ちょっと待て魅録!今キスしたら魅録のファーストキス(仮)の相手は、悠理じゃなくて僕になってしまいますよ!?)
「……」
悠理の心の叫びは、当たり前だが魅録には届かない。
唇の距離はどんどん縮まっていく。
(魅録!僕だってファーストキスはせめて女性としたいですよ!)
「……」
(魅録のドアップはまた別の機会に見ますから!)
「……」
(お願いですから悠理じゃないって気がついてください!)
「……」
(魅録〜〜!!)
ついに、二人の唇は今にも触れそうなほど近づいた。
「悠理……」
あと3ミリ……2ミリ……1ミリ…………
「ぅわ――――!」
ドンッッッ
火事場の馬鹿力とも言えるとてつもない力で、悠理は魅録を突き飛ばした。
「!?ゆ、悠理……!?」
まさか突き飛ばされるとは思わなかったのであろう。
魅録は呆然と、自分を突き飛ばした悠理の方を見つめていた。
(はぁ……はぁ……)
肩で息をしながら、悠理は呆然としている魅録に鋭い視線を向ける。
「……魅録……!」
そして、自分の呼吸が落ち着いてから、魅録に向かって大声で言い切った。
「僕にホモの趣味はありません!!」
体育館裏に、悠理の声が響き渡る。
「……失礼します!」
そして踵を返すと、悠理は早足で校内へと去っていってしまった。
「……」
後には相変わらず呆然としている魅録君がひとり。
「……ホモ……?」
どういうことだ……?
魅録君はやはりわかっていなかった。
――そのとき。
「……魅録」
「!?」
冷たい声が、魅録の耳元に降ってきた。
<続く>
可憐の玉の輿願望って、なんか叶いそうにない気がする。
ド貧乏な男でも、結局情にほだされて…みたいな。
まぁ倶楽部の男性陣とくっつけば無問題だがw
ここんとこちょっとSSが少なめでさびしいですね。
祭りが結構盛り上がったっていうのもあるけど。
途中までの連載SS、全部お待ちしてます。
小ネタ、短編も待ってます。
作家さん、小ネタ職人さんきてー。
小ネタ一発。
「虎の巻」で、御大が有閑メンバーをギリシア神話の神に例えてたので、自分も自分なりに考えてみましたw
(御大と意見が一緒だったり違ったり)
悠理……戦神アレス
(ケンカ大好き・ケンカっ早い・頭が悪い・しかし容姿端麗)
清四郎……太陽神アポロン
(オールマイティに何でも出来る・医学の神でもある・恋愛感情がわからない)
野梨子……月の女神アルテミス
(男嫌いの処女神・高潔でプライドが高い)
魅録……伝令神ヘルメス
(顔が広い・誰からでも好かれる)
可憐……愛と美の女神アフロディテ
(神話1の美女・恋に生きる神)
美童……大神ゼウス
(とにかく女好き・女たらし・すべての女性に手を出す)
美童が最高神ゼウス?と思う方もいるかもしれませんが、ゼウスは呆れるほどの女たらしなので、その面ではやはり美童かとw
魅録のヘルメスと清四郎のアポロンは親友だったらしいです。(ぴったり)
個性が強いギリシア神の中でも、ヘルメスは比較的クセのない普通な神で、それゆえ誰からも好かれたと。
この辺りが魅録っぽいですよね。
可憐のアフロディテは言わずもがな、恋の噂が絶えない女神様です。
可憐そのものって感じがしますw
悠理のアレスは男神ですが「男版・アフロディテ」と言われるほど、とにかく外見が綺麗だったらしいです。悠理ですね。
清四郎のアポロンと野梨子のアルテミスはかなりぴったりなんですよ。
アポロンとアルテミスは双子の兄妹なんですけど、ブラコンシスコンがひどかったらしく、
男嫌いのアルテミスはアポロン以外の男には見向きもしなかったとか。
そんなアルテミスが唯一好きになったオリオン(ゆ、裕也?)は、アポロンの嫉妬ゆえの策略で死んでしまったり。
恋愛感情に疎いアポロンは生涯独身だったらしいですしね。
ギリシア神話を調べてたら、あまりにも有閑とぴったりなのでびっくりしてしまいましたw
>>388 清四郎の説明の所そのまんまだね、オールマイティで医学の神とか、面白いね。
まさか御大、アポロンから清四郎のキャラを作ったわけじゃないよね。w
メンバーを何かに例える小ネタは妄想で萌えれるから好き。
過去レスの猫の例えも面白かったし。
便乗で倶楽部内でバンド組ますとしたら
悠理→ギター
野梨子→ベース
可憐→ボーカル
清四郎→ドラム
魅録→ギター
美童→タンバリン(コーラスor可憐とWボーカルも)
でやって欲しい。
イメージだと野梨子→キーボード 清四郎→ベースな感じだけど
小柄な女の子が低い音をブインブイン鳴らしてる女ベースに惹かれる。
悠理や魅録はロック同好会の時そのままで。
美童、好きだけど妄想するとオチになってしまう。
NANA
ナナ 野梨子の顔に悠里の体
レイラ 可憐
レン 魅録
タクミ 清四郎
シン 美童
>>388 おもしろいですね。
みんなイメージにぴったりで楽しめました。
>>388 アポロンとアルテミスとオリオンに少し萌えてしまったじゃないかww
>>390 野梨子の顔に悠理の体……(*´Д`)ハァハァ
>>392 そんなメーカー出てたのか。
今度裕也とかもやってみる。
有閑倶楽部を昼ドラでやったらどんな感じだろう?と思って、考えてみました。
文章能力がないため、簡単なあらすじ予告のようにしてまとめました。
軽く読んでやってください。
<誘感クラブ>
「第一部」
平凡な田舎娘・可憐は、宝石商を営む両親と共に幸せな暮らしを送っていた。
しかし、そんな可憐を襲った突然の父の死。
父の死により、可憐の生活は一変してしまう。
切り詰まる生活、借金取りに終われる日々……。
母と自分の生活のために、可憐は田舎を去り、一人東京へ繰り出すことを決意する。
「第二部」
持ち前の美貌と気立ての良さを武器に、可憐は夜の仕事を始めた。
ある晩、客に言い寄られているところを、巡回をしていた刑事・魅録に助けられる。
可憐の不運な境遇に同情する魅録。
刑事として放っておけなかったため、魅録は可憐の身の回りの世話をすることを申し出る。
そんな魅録の優しさに、ほのかな恋心を抱く可憐。
いつしか二人は、お互いに惹かれあっていく。
続きます。
395 :
続き:2008/05/14(水) 21:37:45
「第三部」
魅録の助けもあって、夜の仕事に打ち込むことができた可憐。
どんどんとその地位を上げていく可憐の前に、一人の男が現れる。
その男は、医師・清四郎。
清四郎は妻子ある身だったが、魅録とは違う清四郎の魅力に、可憐はのめり込んでしまう。
――しかし、それはすべて清四郎の仕掛けた罠だった。
「第四部」
清四郎との危険な逢瀬を重ねる可憐。
その時、魅録の婚約者を名乗る財閥令嬢・悠理が現れる。
可憐に執拗な嫌がらせをする悠理。
同じ頃、清四郎の妻・野梨子は夫の浮気に気づき始めていた……。
四角、五角に絡まる恋愛関係。
果たして可憐の運命は?
清四郎の作戦とは?
すべての鍵を握る謎の貴族・美童の登場により、運命の歯車はさらに狂っていく……!
乞うご期待!!
……お粗末さまでした。
396 :
395:2008/05/14(水) 22:06:32
訂正です。
ラストの、「清四郎の作戦とは?」の文は、正しくは「清四郎の罠とは?」です。
細かいことで申し訳ありません。
訂正よろしくお願いします。
可憐昼ドラ似合いすぎ
元々御大の作品には昼ドラっぽいのの方が多いからかな
豊作や和子や千秋さん絡んだらもっとドロドロしそうだw
ac
清四郎の罠。
しかし迎え撃つは結束した女二人―――…悠理と野梨子の策略だった…
「私の頭脳と悠理の行動力があれば敵なんていなくてよ」
妖しく微笑む女の真意は―――!?
395に乗っかってみた
>可憐に執拗な嫌がらせをする悠理
中国の料理人(九江だっけ?)の料理を毎日食わせるとかかなぁ。
罠って可憐のことが好きで近づいたのか、何か違う目的のために可憐を利用して罠にはめたのか?
395がどっちの意味で書いたのか少し気になる。
395です。
個人的には「清四郎の罠」は、「可憐を利用して罠にはめる」という意味で書きました。
(昼ドラってそういうイメージが強くて……)
>>399 素敵ですw
実は、私はここから先の展開は考えてなかったので、乗っかってくださってとても嬉しいです。
続きどんどんつなげてもらってOKですよw
秋の手触り、待ってます!
温泉の話の冒頭で清野、魅悠、美可が電話してるシーン。
魅録は時宗さんに言われてかけたって言ってたけど、あとは
どっちからかけたのか?って漫画読んだとき妄想したな。
野梨子は清四郎が道場で合宿中にわざわざ電話したのか?
美童は可憐にモテモテ自慢(嫉妬させたい?)したくて電話したのか?なんてね。
悠理と話したがる時宗さんが可愛くて萌えるw
>>404 原作の電話とかもそうだけど、全員友人で萌え所が恋愛漫画に比べて薄いののに
時々ペアになるから余計に萌えるのかもしれない。
話変わるけど、SS連載、短編プリーズ。
清悠記の続き待ってます!!
清悠記うpします。
今回は少なめですが、2レスいただきます。
>>382-385 「残念だったね、魅録」
そこにいたのは美童だった。
冷たい声とは裏腹に、その表情はにこやかである。
「……何だよお前。まさか盗み見してたのか?」
怪訝そうな魅録。
「まあね。ほら、僕授業サボるって言ったでしょ?偶然通りがかったんだよ」
「あぁ……」
そういえばそんなこと言ってたな……、と魅録は一人納得した。
――しかし。
「……だからって盗み見すんなよ!」
問題はそこである。
「あっはっは〜ごめんごめん、何か面白そうだったからさ」
「……(むかっ)」
まったく反省していない美童君であった。
「――でもびっくりしたなあ」
「は?」
突然、やらしい笑みが美童の口元に広がる。
そして魅録に向かって、にやにやと呟いた。
「魅録って意外と大胆なんだね」
「なっ……」
魅録の顔が紅潮する。
「何言うんだよ美童!」
「だって〜、悠理に突然キスしようとするなんてさ」
「あ、あれは……!」
照れを隠すように、魅録はややうつ向きながら答えた。
「……あれは、今日の悠理がいつもと違ったから、つい……」
「いつもと違う?」
「……あぁ。何ていうか……」
「……今日の悠理、いつもより色っぽくなかったか?」
耳まで真っ赤にしながら、魅録は話を続けた。
「仕草が今までみたいにガサガサしてねえっつーか……。とにかく、すげぇ女らしいんだよ」
「あ、それ僕も思った」
うんうん、と首を縦に振る美童。
「ナイフとフォーク、ちゃんと使ってご飯食べてたし」
「股開いて座らないし」
「くしゃみする時、手で口元押さえながらしてたし」
「飛び蹴りする時、パンツ見えないように注意してたし」
「女らしいよな」
「女らしいよね」
二人は見つめ合う。
「男勝りな悠理もいいけど……」
「女らしい悠理も……」
「いいよな」
「いいよね」
二人の意見は完全に一致した。
「……美童。お前とはさらに友情を深められそうな気がするぜ」
「うん……。僕もだよ、魅録」
……先程の「むかっ」はどこへやら。
男たちの瞳は輝いていた。
――それにしても、中身清四郎の悠理の方が女らしいとは。
何とも悲しいものである。
<続く>
>清悠記
面白かったです!!中が清四郎の方が女っぽい悠理に萌えました。
この後の展開、楽しみにしています。
清→野で清四郎がベタ惚れっていうのが読みたい。
清四郎はめちゃめちゃ野梨子にアタックするんだけど、
野梨子は恋愛に疎いから交わしちゃう、みたいな。
それで倶楽部のみんなが面白がってる。
……あぁ、文才が欲しい。
あらすじだけでも萌える
清四郎のめちゃめちゃアタックって想像できないー
読んでみたい。
>412->414のやりとりを見て思い出した、本当は「笑って」「姫」「飾り」競作に出そうと思っていた話です。
お題にそっているか微妙だったためしまっておいたのですが、蔵出ししてみます。
カプは清野と魅悠ですが、かぎりなく清→野・魅→悠に近いです。ベタ惚れ設定です。よろしければ。
<王子様方の憂鬱>
花見をしたい、との剣菱悠理さんの発言により、本日剣菱邸のお庭ではお花見が開かれています。
見事な桜の木々の下、贅沢にもそれを眺められるのはたったの6人―――そう、有閑倶楽部の6人のみで御座います。
艶やかな桜は絶妙なライトアップでさらにその美しさを際立たせます。
そんな絶景を肴にして、皆さんついついいつもより、お酒が進んでしまいます。
(しかし言い出しっぺの悠理さん、それほど桜に興味がないようにも―…いえ、なんでもありません)
剣菱の料理人が腕を振るった極上の料理、これ以上なく気の合う友人。
若者らしく楽しげな笑い声が響く桜の庭です。
「本当に、綺麗ですわね…」
白鹿野梨子さんはきちんと正座した足を崩さずに言います。
隣に座る幼なじみ・菊正宗清四郎くんもそれに応えました。
「えぇ。野梨子の家の垂れ桜も見事ですけどね」
「あれは一本だけですから。こんな風にたくさんあると見応えが違いますわ」
微笑む野梨子さんの、ほんのり上気した頬と心なしかアルコールの所為で潤んだ瞳。
見上げられた清四郎くんも思わずにやけてしまいます(しかし、それをにやけたとみせないのが彼。
優しげに【微笑んだ】という表現にしておきます)。
そこへ、ご機嫌の悠理さんが走って来られました。
「見て見て、綺麗だろ」
その手には桜の木の枝が二本。にこにこと嬉しそうな悠理さん、大分酔いが回っているようです。
「あら悠理。折ってしまいましたの?」
野梨子さんは少しだけ眉をひそめますが、悠理さんはなんのその。
「あたいじゃないもーん。魅録が折ったんだぞ」
「お前が欲しい欲しいってうるさいからだろ!」
今日の悠理さんは真っ赤なミニスカート。なるほど、木登りには向かない格好です。
…そんな事を気にする彼女ではありませんが。見かねた魅録くんが手折ってやったのでしょう。
なんだかんだ、悠理さんには甘いのです。
「1本やるよ。はい」
「…え」
言うと、悠理さんは野梨子さんの黒髪にそっと桜を差し込みました。闇に融ける黒髪に、淡いピンクの花が咲きます。
一瞬、驚いた顔をした野梨子さんでしたが、すぐに柔らかな笑顔になります。
「ありがとう、悠理」
お酒が入り、熱く恋愛談義を語っている美童くんと可憐さんは置いておいて、
野梨子さんは桜の髪飾りをつけたまま、4人でのお酒と会話を楽しみました。
悠理さんは上機嫌でどんどん飲みます。
「おい悠理、飲み過ぎだぞ」
「うぅ〜ん…なんか眠くなってきた」
「ここは悠理の家なんですから…。部屋に帰りますか?」
「嫌だぁ!あたいここで寝る!」
「おいおい、風邪引くぞ」
「引かない!…な、野梨子、膝貸して」
ころん。悠理さんは転がって、野梨子さんの膝に頭を乗せます。いわゆる膝枕というシチュエーション。
清四郎くんと魅録くんの顔が少しだけ歪みます。
(ちょっ…悠理、それは僕の場所…いや、僕の?違、そうじゃなくて!)
(おいおいおい悠理…なんで野梨子だ?いつもみたいに魅録ちゃーんって来…!じゃ、なくて!)
男性二人の想いなどお構い無し。悠理さんと野梨子さんは仲睦まじく膝枕です。
「うふふ、悠理ったら。」
野梨子さんは優しく膝の上の柔らかい髪を撫でています。
もし悠理さんが猫であったら、喉をゴロゴロと鳴らしているでしょう。
「これ、貸してくださいな」
野梨子さんは悠理さんの右手にあった、もう一本の桜の枝をそっと取ります。
そして自分と同じようにその髪に差してやりました。
黒髪とのはっきりしたコントラストとはまた違う、淡く優しい色合いです。
「…かわいい」
「えへへ。お揃いだな」
生きた桜の髪飾り。照れたように目を合わせるお二人はとてもとても可愛らしく…男性陣は複雑な心持ちでありました。
ミニスカートから無防備に投げ出された細く長い脚と、気持ち良さそうに蕩けた表情。
恋人を見るように愛に溢れた眼差し、それに添えられた長い長い睫毛。
…ごくり。
「悠理。野梨子に迷惑だろ?」
「そうですよ。魅録にしてもらったらどうですか?」
清四郎くんの発言に、魅録くんが厚い友情を感じ取ったのは言うまでもありません。
(清四郎…GJ!)
しかし。
「やだよ。魅録固そうだし。野梨子は柔らかくて気持ちいい」
ガーン。松竹梅魅録くん、撃沈。
(…ふむ。柔らかな野梨子の膝…ますます他人に渡すわけにはいきませんな)
「…でも、野梨子は辛いでしょう」
「辛くなんかありませんわ。本当に寝てしまっても大丈夫ですわよ」
「…」
菊正宗清四郎くん、残念。
そんな清四郎くんをちらりと一瞥、悠理さんは向きを変え、野梨子さんのお腹の方に顔を向けました。
「…なんか野梨子、いい匂いする」
あろうことか胴体に手を回す始末です。
お腹にあたる感触がくすぐったいのか、野梨子さんはくすくすと笑います。その声もなんとなく艶っぽく、清四郎くんの煩悩を刺激するのでした。
(ちょっと待て!!僕だってまだしたことないんですよ…いや、悠理だからいいんですが…いや、悠理だからまずいのか?)
「お、飲んでるねぇ」
そこへ、熱く語っていた恋愛のエキスパート達がやってきます。こちらもいい感じに回っています。
(いい所に来た…!何か言え!何か!)
そんな圧力が伝わったわけではないでしょうが、二人も気が付いたようです。
「あれー?悠理、膝枕?いいなぁ」
美童くんが能天気にいい放つと、悠理さんは寝返りを打って顔をそちらに向けました。
「いいだろー。ここは譲ってやんないからな。他の誰かにしてもらいな」
「他の誰かって…」
「あたしは嫌よ。ここはイケメンエリートの指定席。」
可憐さんは即座に言い切ります。
「じゃあ魅録か清四郎だな」
「嫌だよぉ!筋肉ムキムキで鉄みたいな膝枕なんて」
「俺だってやだよ」
何が悲しくて野郎の頭なんか膝に乗せるか。
そんな魅録くんの想いはため息に乗って、清四郎くんだけに届きました。
「でも、こうやって見ると…」
可憐さんの口元が楽しそうに歪みます。
「あんたたち、カップルみたいね」
「…へ?」
あんたたち。即ち悠理さんと野梨子さん。
…言われて見れば、そう見えなくも…いや、その身長差、13センチ。
大和撫子の野梨子さんと、かたやボーイッシュな悠理さん。なるほど、お似合いと言えなくもありません。
「そーかなぁ」悠理さんはまじまじと野梨子の顔を見上げます。
(可憐、……GJ!きっとこれで『あたいだって女だぁ!』って展開に…)
―――なりませんでした。
「まぁ野梨子ならいいや。嫁に来る?」
「あら。私も悠理でしたら大歓迎ですわ」
え え え !!!
「男嫌いの野梨子と女の子にモテまくりの悠理かぁ。案外、ぴったりかもね」
「そこらへんの男とくっつくより納得できるわぁ!」
ケタケタと笑う二人。野梨子さんと悠理さんも満更ではない表情です。
一方、清四郎くんと魅録くんはひきつり笑いを浮かべています。
そんな清四郎くんを見て、悠理さんはほくそ笑むのでした。
(わりぃな、清四郎。あんたのお姫さまは簡単には渡さねぇよ。
野梨子も鈍いよな。お前の気持ちなんかちっとも気付いてないぜ。ま、せいぜい頑張りな。
お前のそんな顔、滅多に見れるもんじゃないし。野梨子はまだまだあたいのモンだ)
その髪を撫でながら、野梨子さん。
(少し魅録に意地悪が過ぎますかしら。こんなに悠理を独占して。
でも、はっきり言わない魅録も悪いんですのよ?そうじゃなきゃ疎い悠理には伝わりませんわ。
それまで貴方のお姫さまは私のものですわよ)
(なぁ、清四郎?)
(ねぇ、魅録?)
(最後には笑って)
みせろよな
みせて下さいな
(ある意味)
鈍感な二人、ため息をつく二人、何も知らない二人。…六人の心中はばらばらであります。
ばらばらなまま、お酒とお花と共に時間が過ぎて行くのでした。
夜も深く、春と言っても冷え込みます。とうとう剣菱家の執事、五代さんがやって来ました。
「皆様、そろそろお開きになさいませ。お部屋の準備も出来ていますよ」
しかしその頃、悠理さんは野梨子さんの膝の上で、本当に眠ってしまっていました。
「お嬢ちゃま…!起きて下され」
五代さんの呼び掛けにも、全く動じません。これには野梨子さんも苦笑いです。
「むむむ…仕方ありません。この五代、嬢ちゃまをおぶらせて戴きます…!」
そう言ってたすき掛けを始めます。しかしいくらお元気とはいえ、ご老体にはきついでしょう。
「いや、俺連れてきますよ」
魅録くん、待ってましたとばかりに悠理さんをひょいっと抱き抱えました。意識のない悠理さんは大人しく運ばれて行きます。
黙っていれば、本当に髪の桜が似合う美人です。
(…綺麗、だな)
まじまじと見つめて、魅録くんは思いました。
お城のような剣菱邸。まさしく姫とよぶに相応しい存在。
(…俺の姫さんになる日はいつになるかな…)
桜色の唇まで、あと少し。
一方、正座は得意な野梨子さん。
しかし長時間悠理さんの頭を乗せていましたので、ちょっぴりお疲れなのでし
少し飲み過ぎたのもあり、立ち上がるのにも一苦労です。
「大丈夫ですか」
頭上から大きな手が伸びます。その手を取って立ち上がり、お礼を言おうとすると…大きな手の持ち主は、その手を離すことなく歩き始めました。
「せ、清四郎…?もう、大丈夫ですわ」
「アルコールでふらふらじゃないですか。心配です。」
「でも…」
「嫌ですか?」
「そうじゃ、ありませんけど」
「それならこのまま」
にこりと笑って、二人は歩きます。
(生まれた時から決まってるんですよ)
黒髪に桜の髪飾りがさわさわと揺れています。
(野梨子、…僕の姫君)
「…私の顔に何かついてます?」
凝視されていたのに気が付いたのでしょう。野梨子さんは不思議そうに見上げます。
「…いえ、何も」
(いいですか、悠理)
最後に笑うのは、僕です。
自信たっぷりの笑顔の訳は、王子様だけが知るのでした。
おしまい。
通し番号間違えました…ずれてるorz
最後の
しかし長時間悠理さんの頭を乗せていましたので、ちょっぴりお疲れなのでし
も、
しかし長時間悠理さんの頭を乗せていましたので、ちょっぴりお疲れなのでした。
に脳内変換お願いします。
いろいろすみません
>王子様方の憂鬱
GJ!
(ある意味)鈍感な2人
に笑ってしまいました。
有閑倶楽部のメンバーがお花見してる姿が浮かびます。
あと、野梨子の膝枕で寝ている悠理も浮かび上がりますww
>王子様
おもしろかったです。
祭りの話と読んでも違和感なかったと思うけど、今回出てきた小ネタ話とも
限りなく近いですね(べた惚れ設定)
こういう話が読めて、キッカケを言ってくれた人にも感謝したいw
>王子様方の憂鬱
乙です!
自分のことには鈍感な悠理と野梨子がかわいい。
しかしほんとこの二人って似合うんだよね。
男二人が嫉妬しちゃうのもわかるw
UPしてくれてサンクスでした。
>王子様方の憂鬱
GJ!
読めてよかった!
男のほうが女の子を膝枕するのが読みたひ。
>>428 少し考えてみた。(清野です)
野「ふふっ、幼い頃によくやりましたわね。
清四郎の膝枕。」
清「いくら野梨子が正座に慣れていても、疲れるでしょう?
たまにはのんびりして下さい。」
野「………」
清「野梨子?」
野「…すぅ…すぅ…」
清「寝てしまったんですか…」
清(そんな安心しきった微笑みで寝ないで下さいよ…。
僕も一応男なんですから…。
でもこの体制だと何も出来ないな…)
清「………後で、お仕置きですね…。」
すいません、スルーして下さい。
430 :
428:2008/05/22(木) 21:44:38
>>429 おおっ!ありがとん!
お仕置きって、なにするんだ、清四郎。
萌えましたw
431 :
名無し草:2008/05/23(金) 23:40:48
どういたしまして
>>431 いやいや、429を書いたのは俺ですよ!
431さんは違います。
>>430 どう致しまして
>>409-410 (……俺も悠理が好きだ)
(……好きだ)
(……好きだ)
「……」
頭の中で何度も再生される魅録の言葉。
「……はぁ」
頬杖をつきながら、大きなため息が一つ。
「……どうしましょうかね……」
周りには聞こえないほどの小さな声で悠理は呟いた。
――あの場から逃げ去り、授業に出たはいいものの。
悠理の頭からは魅録の言葉がいつまでも離れず、授業にもまったく集中できないでいた。
「……うーん……」
しかも、忘れようとすればするほど、先程の映像はさらに鮮明に映し出される。
(……好きだ)
魅録の真剣な瞳。
(……好きだ)
真っ直ぐに自分を見つめる真剣な瞳。
(……好きだ、清四郎)
「……って、ちが――う!!」
思わず頭をよぎった妄想……じゃなくて想像に、悠理は机を叩いて立ち上がった。
し――――ん…………
「…………」
突然叫びだした悠理に、部屋中が静まり返る。
「……け、剣菱さん?どうしたの……?」
「!」
はっと我に返る悠理。
気がつくと、クラスメイトたちの熱い視線を受けていた。
(僕としたことが……!魅録が変なことを言うから、危ない方向に脳内変換してしまったじゃないですか!!)
悠理は焦り出す。
「……え、えっと……」
冷や汗が額から落ちる。
「剣菱さん……?大丈夫……?」
「……だ、大丈夫です……」
何とかそう答えた。
「あ、あは……あははは……」
下手な作り笑いを浮かべながら、悠理はそっと席に座り直した。
「……はぁ」
再度、大きなため息が出る。
(……外見上は悠理であるにしても、授業を中断させてしまうなんて……)
自己嫌悪の嵐。
悠理から負のオーラが立ち上った。
(一生……いや、二生の不覚だ……)
菊正宗清四郎、人生二度目の汚点であった。
――そのとき。
「「きゃ――!!」」
「……ん?」
窓の外から聞こえてくる黄色い声に、悠理は耳を傾ける。
(……何ですかこの歓声は……?)
確か、外では可憐のクラスと本来の僕のクラスが合同で体育をやっているはず……。
「……」
……待てよ。
僕のクラス=僕が体育=僕の姿で悠理が体育
悠理の目の前に一つの等式が出来上がった。
(……まさか……)
何となく嫌な予感が頭をよぎる。
悠理は、恐る恐る窓の外へと目をやってみた。
すると。
「くらえ!!鉄足シュート――!!」
外では清四郎の華麗なシュートが決まっていた。
(何ですか悠理そのファインすぎるプレーは――!!)
呆然とする悠理。
中身悠理ならではの身の軽さからか、そのシュートはあまりにも常人離れしていた。
むしろ猿のようである。
「……」
……猿ような動きの清四郎。
「……最悪じゃないですか」
――その通り。
(……あの 馬 鹿 が……)
見てしまった光景に、だんだんと悠理の怒りのメーターが上がり始めた。
(……いったい誰のせいでこんなに悩んでると思ってるんですか……)
全部悠理のせいなんですよ……、と言わんばかりに、悠理は窓の外の清四郎を睨みつけた。
メーターの上昇は止まらない。
(その上、僕の姿で猿のような動きまでするなんて……)
ブチッ
静かなる怒りの音。
怒りのメーターはついに頂点まで達した。
「……」
無言で自分の筆箱からシャープペンシルを取り出す。
もちろん、本来の用途である筆記のためにではない。
「……よし」
それを右手に持ったかと思うと、悠理は窓の外に向かって体勢を構えた。
そして。
「ふむっ」
狙いを定めて、勢いよくシャープペンシルを投げる。
清四郎君のパワーによって投げられたそれは、超高速回転をしながら目にも止まらぬ速さで窓の外まで飛んでいった。
――次の瞬間。
ゴンッッッ
「ぐはっっ」
シャープペンシルは、今まさに二度目のシュートを決めようとしている清四郎の頭に激突した。
たかがシャープペンシルといえども、そこは中身清四郎の悠理の腕力。
噴水のように頭から血を吹き出しながら、清四郎は盛大に倒れた。
「……う〜ん……」
その倒れっぷりはまるで、蛇と遭遇した悠理のようである。
気を失った清四郎の上では、天使たちが輪になって踊っていた。
「……ふっ」
そんな清四郎の様子を見て、悠理は勝利の笑みを浮かべる。
(……まあ、少しは気が済みましたね……)
すっきりとした顔。
(GJ……自分……!)
自分で自分を誉めた後、悠理はほっと一息ため息をついた。
そして、窓の外で気を失っているであろう清四郎に視線を送る。
「自業自得ですよ、悠理」
その表情は晴れやかだった。
――しかし、このときまだ彼は気づいていない。
猿のような動きをする清四郎よりも何よりも、飛んできたシャープペンシルごときで気を失う清四郎の方が、遥かに恥ずかしいということに――……。
果たして清四郎君の運命、どうなりますことやら。
<続く>
>清悠記
GJ!おもしろかったです。でもシャーペンは痛くてカワイソウ!!
せめて消しゴムがよかったんじゃないかなと。
有閑倶楽部入れ替わりネタ〜裕也君の奇妙な一週間〜
ってどうなりましたっけ?
>噴水のように頭から血を吹き出しながら
寒い少年向けギャグ漫画のノリでちょっと笑えない。
清悠記のおかげでアホの子の清四郎にハマりそうだw
大女優の続き待ってます。
大女優、本当にどうしちゃったんだろう。
私も続きを待っております。
3の倍数のときだけ?
ちょっw
清四郎の顔でなべあつの表情を想像しちゃった。
>>365 * * *
『……清四郎? 寝てんの?』
散りかけの桜が風に吹かれ、豪快に花弁を散らせている。
新学期が始まったばかりで、皆それぞれ忙しいのだろう。
珍しく清四郎とふたりで休日を過ごすことになった悠理は、皆と果たせなかった
花見をねだった。
コックに用意させた大きな弁当を全て平らげた後、ふと気がつくと清四郎は
ビニールシートの上に横になっていた。
普段は意志強く引き締められた唇が弛んでいる。涼やかな目元も閉じられ、
穏やかな呼吸に胸が上下している。
思わず見蕩れていると、そこに白い桜の花びらがひらりひらりと舞い落ちた。
彼とも思えぬ甘い構図に、ふと悠理の胸は高鳴り、そっとにじり寄った。
* * *
翌朝、悠理は珍しく誰の手を借りることもなく自力で目覚めた。
クィーンサイズのベッドの隣には、野梨子が赤ちゃんのように丸まって眠って
いる。
当分目覚めないだろう。昨晩はあの後、ふたりで酒を飲んだのだ。普段、勧め
られても飲まない野梨子だったが、このときだけは断らなかった。
悠理は野梨子の生絹のような黒髪を指先でかき混ぜ、少しだけ笑った。
この幸せな目覚めは、彼女と添い寝したせいだろう。
――優しい夢を見た。
――剣菱の子供であるということに、不幸だと思ったことはない。
そんなところに自分の価値があるのではないということを悠理は自覚して
いたし、もともと父親譲りの豪放磊落な性質である。与えられた環境を卑屈
に思ったりはしない。資産のある家に生まれたことを単純に「ラッキーだったな」
と受け止めている。
お嬢様然としたクラスメイトや、街で得た友人たち。その誰とも、同じ日本語
を使っているのに、分かり合えないもどかしさがいつもどこかにあった。誰に囲まれ
ていても、ふとした瞬間に、自分は彼らとは違う人間なのだという思いが浮かび
上がるのは、だから仕方のないことだった。
深刻に思い悩んでいたわけではない。「そういうものだ」と軽く受け止めていた。
だからこそ有閑倶楽部の面々と出会うまで、深い付き合いをした友人も
いなかったが、悠理はいじけることなく天真爛漫に生きてきた。
菊正宗清四郎は、剣菱というフィルターを通さずに自分を見た初めての
少年だった。
出会いが出会いだったにも関わらず、彼は悠理にへつらったり贔屓をすること
もなければ、避けたり怯えたりすることもなかった。関心すら寄せることもなく、
その他大勢の級友たちと悠理を全く同列に扱ったのだ。
何の好奇も含まない彼の平坦な視線は、悠理を不快にさせるどころか、
むしろ優しい気持ちにさせた。
自分が特別な人間なのだということは思いあがりで、ただの剣菱悠理なのだ
と教えてくれたから。
激しく燃え上がることもなく、しかし熾火のように胸へ居ついた思いが恋で
あると好きだと気づいたのは、二度目の高校二年生を終えたばかりの春休み
のことだった。
さらに言えば、自覚と失恋は同時であった。そのときすでに清四郎の想い人
を知っていたからである。
野梨子のような少女を清四郎が好きになったのは当然だと思った。羨ましい
という気持ちがなかったわけでもなかったが、不思議なほど嫉妬は覚えなかった。
同世代の友人達よりもオクテな自分を知っていた悠理には、自分が誰かと
恋人関係になるという想像は、あまりに現実味がないものだったのだ。
それに正直、恋など忘れてしまった方が都合良かった。
自分の結婚相手となる人間は、剣菱に雁字搦めにされることが予想できた
からである。それならば、結婚相手には全てに納得づくの相手を選んだ方
がいい。
どちらにせよ、清四郎への恋は当初、さほど切実なものではなく、悠理の中
に淡く、綺麗なものだけを残した。
野梨子の視線が自分へ向いているのに気がついたのは、それからしばらく
した初夏の頃である。
一方通行のみで出来た三角形に、戸惑わなかったといえば嘘になる。しかし
悠理はいつの間にか、報われぬ恋をする野梨子を自分と重ね合わせていた。
それは不思議に居心地が良かった。
だが、野梨子へ同一視を抱いていた期間は短く、均衡が崩れるのは一瞬
だった。
丹後半島で過ごしたあの夏の日、清四郎と野梨子はそれぞれの沈黙を
破って、歩き出した。
今なお立ち止まっているのは悠理だけだ。
悠理は野梨子の――そして魅録の言葉を思い出した。
失うことばっかり怖がって立ち止まっていたら、手の中に何も残らない。
自分の気持ちを大事にしろ。
きっと二人の言葉はそれぞれに正しい。
(今思えば、要するにあたいは、諦めるためにいろいろ言い訳をしてた)
いつだって悠理は、意識的に清四郎のことを考えないようにしてきたと思う。
自分自身にさえも、それが本音であるかのように錯覚させるほどには。
それでも、仮面は完璧ではなく、不意に毀れては、出来た隙間から本心
を垣間見せた。
(……けどね)
野梨子の髪を梳くのをやめて、起き上がった。
天蓋つきのベッドから抜けると、裸足のまま床に降り立った。ひんやりと
冷たいフローリングが、深まった秋を教えてくれる。
巨大なクローゼットの前まで歩いていくと、本日の服を適当に服を選んだ。
前回は今井昇一へそれなりに気を使って大人しい服を選んだが、今日は
遠慮する必要性を感じなかった。思えば、はじめからそうすれば良かったのだ。
悠理はクローゼットの扉に備えられた鏡に自分の姿を映し、にらみつけた。
* * *
約束の時間にベントレーのクーペで迎えに来た今井昇一は、出てきた悠理
に驚いた顔をした。彼女は目を疑う程にぴかぴかの金襴で出来た長袍を着て
おり、今にも仮装大会にでも出るかのようにド派手だったからである。
剣菱の令嬢の趣味の悪さは、昇一とて聞きかじってはいた。しかしそれらは
すべて風聞であり、彼自身は綺麗に着飾った彼女しか見たことがないため、
現物を目にしたそのインパクトたるや相当のものだった。
これは少し、いやかなり恥ずかしい。一緒に歩くことは、ほとんど羞恥プレイ
である。昇一は常識人なのだ。
ベージュのスラックスに、ざっくりと編まれた上品な秋用ニットを合わせた
昇一とは、立って並んだときのバランスは最悪といえた。
「今日は派手だね……」
狼狽えながらも取り合えず否定的な言葉を飲み込むと、彼女を助手席に
誘ったが、悠理は中に入らずただ一言言った。
「面倒だからはじめに言うけどさ、あたいはやっぱり結婚できない」
デートで顔を合わせた直後の台詞に相応しいとは到底言えない、あまりに
唐突な宣言であった。
昇一は取り繕った笑みを仕舞い、すうっと目を細めて訊ねた。
「どうして」
「いや、どうしてって言われても。どうしてもだよ」
ちょっと困ったように悠理は言った。
それがもし、悲壮な表情を浮かべての宣言だったら、昇一は一旦引き
下がって攻めどころを再考したかもしれない。だが悠理のそれは、あまりに
あっけらかんと軽く、葛藤のすえの決断とはとても思えないものであったため、
かえって昇一は動転した。
あれだけ意味深に、そして回りくどく種を蒔いておいたのだ。それが正しく
芽吹いているのであれば、本日自分を出迎えるときの悠理の表情は、暗い
ものでなければいけなかった筈だ。
なのにこれはどうしたことか。
呆然とする昇一に向かって、彼女はなおも軽い調子で言う。
「この結婚には意味がないよ。考えてみれば、良く分ることだった」
「ある。意味はある。僕は確かに君へ言った筈だよ。僕が君を守り、
君も僕を――」
「あのさ、昇一さん」
悠理はその言葉をさえぎると、ひたと昇一を見据えた。
「あたいはさ、好きな奴がいると言ったよね。そして昇一さんはそれでもいいと
言った。あたいたちの間に愛情がなくても、上手くやっていけるって。同じような
境遇で生まれたあたいたちは、お互いを上手く理解できるし、守って守られて、
いい家庭が築けるって。昇一さんが言いたいことって、そういうことだよね?」
悠理の言葉へ反射的に反論したくなったが、どこも否定するところがなく、
昇一は僅かな抵抗感を覚えつつも同意した。
「……ああ」
悠理はそこでハアと溜息をついた。
「あたいはこんなんだけどさ、一応剣菱の子供だよ。結婚の話はそれこそ
いっぱい来る。昇一さんもそうだろ」
「? も、もちろん。だが」
「そのどれだって、条件はいいよ。むしろ昇一さん以上に条件はいい人だって
いるよ。じゃあさ、あたいの結婚相手が昇一さんでなければいけない理由は
どこにあるの。反対に、昇一さんがあたいでなければいけない理由は?」
今更といえば今更なひどくシンプルな質問だった。
僅かに青ざめる昇一に構わず、悠理は容赦なく言葉を紡ぐ。
「――それにあたいたちがなろうとしてるのは家族だよ。上司と部下じゃない。
愛情がなくて、どうして守りあえるんだよ」
喘ぐように、昇一は力なく言い返した。
「……愛情なら、ある」
「はぁ?」
「そうだ、君の言うとおり家族になるんだ。恋愛感情はなくても、友人のような
夫婦であってもいいだろ」
「あのさ……」
溜息をつくように、悠理は一度、言葉を切った。
「あたいと昇一さんが友人だったってことあるの?」
悠理は真っ直ぐに昇一を見ている。
昇一は、咄嗟にその眼差しを揺るがせたいと強く願った。両親に言われる
ままにただぼんやりと生きてきた自分には、けっして持つことのない目をしている
彼女が眩しく、同時に激しく嫉妬した。
破天荒な彼女と結婚することは、今までの人生を何か変えるものだと信じた
昇一を、鼻で笑うように彼女はあっさりと身を翻す。
引き止めるように昇一は口走った。
「友情じゃなければ、やっぱり恋かもしれない。どちらでもいい。君が好きだ」
悠理は眉を顰める。
昇一は、何か自分が取り返しのつかない失言をしたのだと悟った。
目を逸らそうとした彼を、まるで叱り付けるように悠理は言った。
「あたいを見ろよ、昇一さん。あたいはこういう女だよ。ちゃんと分かってないだろ」
けばけばしい金襴の長袍を見せ付けるように、彼女は胸を反らせる。彼女
自身の言う通り、剣菱悠理という人間を如実に語る出で立ちだった。こんな
自分と並び立とうなどという気概が本当にあるのかと、彼女は今昇一に問うて
いるのだ。
まるで道化のような格好をした女を連れて歩くなんて、冗談じゃないとも思う。
それでも目の前にいる彼女は、ヒラヒラと空を飛ぶ蝶々のように美しく可憐で、
けれど強い。
そう、あのパーティ会場で自分の腕から逃れ、菊正宗清四郎へ駆けて
いったときよりもずっと。
昇一は悔し紛れに彼女の肩口を掴むと、すばやく唇を奪った。
一瞬だけ触れた唇は柔らかく、しかし色を纏わぬ子供のような匂いがした。
所詮、自分と彼女の関係などそんなものなのかもしれない。
悠理もまた、近づいてくる唇に驚いたような素振りを見せたものの、避ける
ことも、瞳を瞑ることもなかった。
恋慣れぬ少女だと想っていたが、自分のキスは彼女に何の感慨ももたらさ
なかったらしい。
「恋の相手だって、友人にだって、あんたはまるで不足だよ」
トドメとばかりにバッサリと切りつけられて、今度こそ昇一は微動だに出来な
かった。
昇一を睥睨する悠理の眼差しは優しくなかったが、それすらもいっそ
爽快でさえあった。
太陽の下、棚引いてきらきらと輝く悠理の髪を昇一は眩しく見つめた。
確かに友情でも恋でもなかったのかもしれない。
自分は、ただひたすら強く彼女に憧れた。
その強さに目が眩んで、いろいろ見誤っていた。
「――降参」
昇一が苦笑すると、悠理もまたようやく表情を崩した。
「あーあ。デートの帰りならともかく、今から出かけようとするときに振る
なんて、ちょっとひどくない?」
軽くぼやいて見せながら、それでも昇一はもう一度悠理を助手席に誘った。
これは悠理にとっても予想外だったのだろう。躊躇したように動きを止める。
「デート、するの?」
「当たり前。僕が何のためにこんな朝っぱらから来たと思ってるんだ」
「でも」
なお助手席に座ろうとしない彼女に、昇一は考え得る限りの意地の悪い
表情をしてみた。
「僕とデートした方が賢明だと思うよ? 君たちがこそこそ何かを嗅ぎまわって
いることを僕は知っている」
「昇一さんっ!?」
途端に硬化した悠理に、昇一は耐え切れず噴出した。
「ごめんごめん、そんな顔しないで」
初めてちょっとした優越感を抱きながらにやりと笑ってみせた。
悠理やその周辺のことを興信所で調べさせたときに、偶然手に入れた
情報だった。昇一にはどうでも良いことであったが、今彼女にこんな顔を
させることが出来たのだから、無駄にはならかった。
「大丈夫。今のところ君の不利になるようなことをするつもりはないよ。
本当は最後の切り札に取っておいたんだけど、なんか使う暇なかったし。
最後にデートくらいしてくれたっていいだろ」
「……」
「拗ねた顔しないで。美味しいものでも食べよう――さあ乗って、お嬢さん」
子供を甘やかすように、蕩けた口調で昇一はもう一度悠理をデートに
誘った。
膨れっ面をした悠理を引っ張りまわすのも少し楽しいかもと思いながら。
ツヅク
>秋の手触り
待ってました。
今回、悠理が清四郎に惹かれた理由がよくわかりました。
悠理が背負っている剣菱の名の重さも・・・
そして昇一にも心が通じ合う相手ができるといいなと思いました。
続き楽しみに待っています。
掌編というよりも小ネタに近いような話ですが、アップさせてください。
7レスお借りします。
CPはかろうじて清四郎×野梨子という感じなので、
苦手な方や濃い恋愛話が読みたい方はスルーお願いします。
・有閑の面々は三十歳前後(作中の時間から十年ほど経っているという設定)
・そのため清四郎も野梨子も若干雰囲気が丸くなっています
・六人以外のとある原作キャラクターの妄想設定がたくましいことになっています
上記の設定に抵抗がある方もスルーお願いします。
暇つぶしにでもなりましたら嬉しく思います。
「結婚?」
「ええ。まったく……僕も寝耳に水でしたよ」
そう言って菊正宗清四郎は肩をすくめた。
白鹿野梨子は、頭の中に浮かぶ人物と「結婚」の二文字がどうにも結びつかず、
彼にお茶を出した体勢のまましばらく固まっていた。
清四郎の姉でもあり、菊正宗病院で医者として辣腕をふるっている菊正宗和子が結婚を決めたという。
それを家族が本人から聞いたのは昨夜、久しぶりの家族団欒のときだったらしい。
「え……結婚って、相手は? どこかのお医者さまの息子さんと? お仕事はどうなさるんですの?」
「相手はうちの病院の医師です。おとなしく政略結婚なんてするような殊勝な性格ではありませんから。
もちろん、姉のことですから医者も続けるでしょうね」
清四郎から返事をもらっても、まあ、としか言葉が出ない。
和子の三十代半ばという年齢は、決して結婚に早すぎるということはないのだが。
野梨子にとって、菊正宗家の姉弟は隣家の幼馴染でもあり、
実の姉や兄のような存在でもあった。
とりわけ年の離れている和子は、清四郎ほど接点が多くなかったこともあり、
友達というよりも姉に近い。
端正な顔立ちと明晰な頭脳を持つ菊正宗家の長女は、あの清四郎をもたじろがせるほどの女傑で、
「大病院院長のご令嬢」という形容詞よりも「才色兼備の才媛」という例えがよく似合う。
確か小等部までは聖プレジデントに通っていたように思う。
中等部も「家から近いから」という理由で持ち上がっていった。
(弟同様に学年首席だったというようなことを耳にはさんだ覚えがある)
しかし高等部へは進まず、
都内屈指の進学校を選んでそこでも優秀な成績を危なげなくキープしていたという。
そこから医大へ進学し、トップの成績で過程を修め、
研修期間などを経て菊正宗病院への勤務を決めて以来、
若年ながら優秀な医者という評判をほしいままにしている彼女は、
キャリアウーマンの典型といった雰囲気だ。
――その彼女が、結婚。
「仮にも自分の娘ですからね、親父も一応『相手は誰だ』と詰め寄ったんですが、
自分の病院の、常々その腕のよさを褒めている医者とあっては反論のしようがありません。
親父の援護射撃をしようとしても、
同じ職場に勤めている僕としても異論の出しようがない相手です。
さすが我が姉というか……敵いませんよ」
「それは……さすがですわね」
あの父とこの弟にまったく有無を言わせない形で結婚を承諾させてしまうのだから、
さすがとしか言いようがない。
その後、ひとりだけ相手を知らない母親が「今度きちんと挨拶を」ということで、
その話は終わりになったそうだ。
「それで、とりあえず先に内々だけでパーティのようなものをするということです。
日が決まったらまた連絡しますから、野梨子もご両親と顔を出してやってください」
「ええ、それはぜひ。父と母にも伝えておきますわ」
――結婚。
今まで、野梨子はその言葉の重みをそれほどは実感してこなかった。
良家の子女――特に女性――は結婚が早いが、
何かの縁か有閑倶楽部の面々は全員が独身だった。
あの黄桜可憐や美童グランマニエでさえも。
だからこそ、あまり自らを省みることはなかったのだけれど、
和子の結婚は野梨子にとってはそれなりの衝撃だった。
高校時代から、世話好きの人間に「見合いをしろ」「婚約者を決めろ」と言われ続けてきた。
それも当然で、白鹿家は三百年以上も続く茶道流派の宗家なのだ。
家元の子は娘ひとり、しかも未だ決まった相手すらもいない――
これではうるさく言われるのも当然なのかも知れない。
単純に相手を見つけるだけならともかく、
相手に自分の籍に入ってもらわなくてはならないのだから。
娘に甘いおっとりとした両親は、
「無理に結婚を急がなくても」「娘の人生なのだから」と言ってくれている。
しかしその言葉を真に受けるには、白鹿家の歴史はあまりに重い。
今は良くても、現状では将来確実に問題の火種になる。
少なくとも、あの両親ならば後継者の件で派内が荒れるのを望みはしないだろうし、
野梨子にしてもそれは同じだ。
清四郎が帰ったあとの応接間で、野梨子は小さなため息をついた。
そして二月ほどが過ぎ、和子と婚約者との顔見せパーティが開かれた。
両家の身内と親しい友人のみの参加とはいえ、
片方の家が菊正宗家なのだから参加者も決して少なくはない。
野梨子も両親(父がたまたま帰宅していた)とともに、ふたりにお祝いの言葉をかけにいった。
和子のハートを射止めた相手は、
敏腕医師というよりも穏やかな学者といった方がピンと来るような容姿で、
少しだけ和子の父親に似ているような気がした。
有閑倶楽部からは清四郎に野梨子、可憐と松竹梅魅録が参加していた。
全員ではなくとも倶楽部の人間が四人そろえば話に花が咲いた。
――と、少し遅れて美童が現れ、慣れたふうに和子にお祝いを言い花束を渡した。
そのあとすぐに剣菱悠理が、彼女の両親――
すなわち天下の剣菱財閥の会長と会長夫人――を伴って祝いに駆けつけた。
剣菱百合子は賢く美しく意志が強い和子をたちまち気に入ってご満悦だったし、
剣菱万作は「うちのもんに何かあったらよろしくたのむだがや!」とおおらかに笑った。
スウェーデン貴族の息子と大財閥一家という超VIPの登場に会場は大わらわになり、
彼らと親しいうえに半ば菊正宗家の身内のような野梨子が、
清四郎とともに彼らの応対を申し出ることになった。
「急に用事が切りあがったんだよ。
そしたら父ちゃんも母ちゃんも、絶対行くって聞かなくってさあ」と呆れたように語る悠理。
「さすがおじさん……」と絶句する美童。
「でも豊作さんが代わりに残ってるんだろ?」と同情するような魅録。
「相変わらずねえ」と笑う可憐。
「わざわざありがとうございます」と一応殊勝に礼を言う清四郎。
高校時代を思い起こさせるような風景を見て、野梨子は微笑んだ。
全員で会うのは久しぶりだというのに、ぎこちなさの欠片もない空気が心地よかった。
一週間ほど経って、清四郎が手土産を片手に家にやってきた。
応接間に通してお茶を出したところで清四郎が言った。
「母が恐縮していました。先日は剣菱のおじさんたちの相手をさせてしまって、と」
「あら、気になさることありませんのに。わざわざありがとうございますと伝えてくださいな。
――そういえば、お式はいつになりますの?」
「さあ、未定です。あまり大げさにしたくはないと言っていましたが、どうなることやら」
やれやれ、と言わんばかりに清四郎は苦笑した。
尻に敷かれそうな義兄(になる予定の人物)に同情しているのかも知れない。
「結婚って大変ですわね」
「まして婿養子ですからねえ」
清四郎の言葉をさらりと聞き流しそうになって、意味を理解した野梨子はあわてて顔を上げた。
「婿養子……ですの?」
「ええ。言いませんでしたか?」
「聞いてませんわ。それじゃ、病院を継ぐのは……」
「姉でしょうね。『実権を握るのは私だ』と昔から言ってましたから」
「そう……」
驚きで続くはずの言葉が出なかった。
幼いころから、何となく、清四郎が病院を継ぐのだと思っていたからだった。
確かに清四郎はそう明言したことはなかったが、
清四郎なら医者としての能力も経営者としての能力も、
大病院である菊正宗病院にふさわしいものだから疑いもしなかった。
未だ呆然としたままの野梨子に、清四郎が言った。
「そうなんです。ひとりっ子の野梨子はわからないかも知れませんが、
弟っていうのは立場が弱いんですよ」
「妹」である悠理や、逆に「兄」であるはずの美童を脳裏に浮かべ、そうかしらと思う。
ただし剣菱家は例外に過ぎるかも知れない。
「だから、白鹿家の籍に入るのも特に障害はありません」
「そう……え? ええ!?」
あまりに意外すぎて、両手で口元を押さえて野梨子は黙る。今日は驚いてばかりだ。
目線だけを動かして清四郎を見ると、
彼はいつものように感情の読めない微笑みを浮かべていた。
何とも言えず黙ったままの野梨子に、彼は何事もなかったかのように告げる。
「まあ、あちこちであわただしいのも落ち着きませんし、詳しい話はひと段落ついてからになるでしょうけれど」
「そう……ですわね」
「しばらくはここだけの話ということにしておきましょうか」
「そう……ですわね」
決して嫌ではないし反対したいわけでもない。
それでも、言いたいことも訊きたいこともいろいろあったはずなのに、
彼女の明晰な頭脳はこのときばかりは少しも動いてくれず、途方に暮れるばかりだった。
おぉっ!SSが二本も!嬉しい
>秋
悠理と野梨子の穏やかで優しい関係が好きです。
今後の魅録と清四郎も気になります…続き、すごく楽しみにしてます。
>ムコ養子
GJ!このさりげなさすぎるプロポーズが清野っぽいwニヤニヤしました
ぜひこの二人の続編が読みたいです。
>ムコ養子
おもしろかったです。
清四郎らしいプロポーズですね。
自分も続編読みたい!
>ムコ
清四郎と野梨子は生まれた時からの付き合いだから、改めてプロポーズするのは大変そうですねw
サラッと言ってしまう清四郎の本当の心の内を見てみたい。
内心プロポーズするまで、どう言えば自然に言えるか練りに練ってそう。
野梨子の否定や肯定を聞かずに、言いくるめてしまう清四郎の強引さに萌えました。
>秋の〜
この後、どう展開してゆくのかドキドキしています。
続き楽しみに待っています!!
>>447 十月最後の月曜日。
運命の定例取締役会は午後三時に開催された。
出席者は取締役社長、取締役副社長、専務取締役、常務取締役、
役なし取締役8名、相談役3名、および監査役3名である。
議長は社長の戸村であり、まずは定例報告から行われた。
出席している全員がこの後に行われることをうすうす承知で、ぴりぴりとして
いる。社長と専務の両方をちらちらと見比べている。
一通り報告が終わり、ついに議題は開発部で起きた不祥事に移った。誰から
発言するか一瞬だけ会議室には沈黙が落ちたが、思わぬところから挙手が出た。
「まず私から発言させてください」
颯爽と名乗り出たのは、専務派の常務の高砂であった。
全員の注視の中、彼は今まさにスポットライトを浴びて舞台にたつ役者のように
生き生きと言った。
「私はこの件で、剣菱専務の解任緊急動議を提出したいと思います」
「!!!」
そう言った瞬間、場は騒然とした。もっとも、高砂が根回し済みである取締役
たちは、涼しげな表情を浮かべている。
「本気かね高砂君!」
中立の立場を持つ森田相談役が、突然の裏切り行為に動揺の声をあげた。
当然であろう。表面上、高砂常務は専務派の筈であったのだ。生々しい派閥
争いに参加していない森田相談役には、寝耳に水であろう。
役員たちの驚愕の表情を満足げに受け止めた高砂は、豊作に視線を移した。
彼は能面のように無表情を浮かべており、ショックで固まっているのか、それとも
この展開を予想していたのかは分らない。
ただ確実なのは、剣菱豊作が無力ということだけである。豊作は今この瞬間
まで、高砂の動きを抑制する決定的な手立てを打つことが出来なかった。一応、
今井精機から今井メディカルへの人材及び機密の流出に関しては手を打って
きたようだが、それだけである。
――所詮、剣菱万作の息子というだけの、無能な若造だ。これまではこの
坊ちゃんの下で働かざるを得なかったが、この功績を手土産に、社長派の
筆頭となり、上手い汁を吸ってみせる。
議長の戸村社長が場を納め、解任緊急動議について今ここで話し合う
ことを認められるか否かの決をとり、剣菱豊作自身を含めた全員一致の
賛成を得た。
「過半数の賛成があり、専務の解任発議を認めます。高砂常務」
ようやく発言の場を得て、高砂は笑みを浮かべながら、まさに勝利者の
ように剣菱豊作の無能を糾弾を開始した。
「〜以上が、ここ一年に我が社で起こったことでございます。お手元の資料に
ありますように、我が社が蒙った損益はざっと計算して40億。これには、開発
してPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に申請し、認可が
下りていれば得ていただろう利益も含まれております。度重なる機密や人材
の流出の責任は、これら関連部署を統括する開発本部長および、責任者
の剣菱専務にあると考えられます。剣菱専務は会長のご子息でありますが、
やはり度重なる失策をから考え、解任が妥当、と考えます」
十五分にもわたる高砂常務の演説めいた報告がようやく終わり、重役たち
は重い息を吐いた。
手に配られた資料は、どれも剣菱精機にとって看過出来ない問題が記載
されている。
高砂常務の訴える通り、剣菱豊作の責任は免れないと誰もが考えた。
場の流れは、大きく高砂常務――ひいては、彼を糸で操っているであろう
戸村社長派に傾いている。
今この時点で採決すれば、おそらく剣菱豊作の解任が可決されるであろう。
自然と、重役たちの視線は高砂常務から剣菱専務へと移った。
高砂もまた、本人は泰然自若というつもりらしいだらしない座りかたで、豊作
がどのような申し開きをするのかを待った。
「発言させてください」
豊作は、自分を包む強い注視の中、戸村社長に向かって声を上げた。
「専務の発言を許可します」
豊作は頷くと、背後に控えていた金井に合図を送り、資料を配らせた。
「まずはこれをごらんください」
配られた資料はかなり分厚い。
高砂は、豊作がちゃんと解任緊急動議への対抗準備をしていること自体に
驚きながら、慌てて資料を捲った。
彼が見る限り、豊作はいつも通りに仕事をし、毎日早い時間に自宅へ帰って
いる。そのため最後には父親である万作へ頼るつもりで、無策のまま重役会議
に挑むのかと思っていたのだ。
そして資料に目を通すうちに、高砂の顔色は蒼白となる。重役たちも、先ほど
の高砂の発表の比ではないほどざわめきはじめた。
「こちらにあるのは、高砂常務が起こした背任の証拠です」
豊作がまず攻めてきたのは、高砂常務と今井メディカルの開発センターの
センター長と高砂常務の間で結ばれた黒い繋がりについてだった。
インサイダー取引、剣菱精機から流出した人材や機密について、写真や
やり取りしたメールの記録など、動かぬ証拠が添付されている。
高砂は知らぬことであったが、それらの証拠を集めるのにおおいに活躍した
のは八代義一と経理部長である淵脇良助である。
八代は本人の思惑による自主的な協力であったが、淵脇の方はむろん
可憐を使った美人局のような遣り口で悠理や美童に脅されてのことだった。
淵脇は高砂常務から金銭を受け取るかわりに、彼の背任行為の隠蔽を
いくつか手伝ったのである。一流企業とはいえ、ただの部長に過ぎない淵脇の
金回りが異常に良かったのもそのためだった。
「以上により、わたし剣菱豊作は、高砂常務が弾劾する事柄の責任はすべて、
高砂常務自身にあると反論します」
豊作は静かな調子で、そう締めくくった。
その穏やかな態度により、彼が高砂常務の裏切りをあらかじめ知っておき
ながら、泳がせておいたのはもう誰の眼にも明らかだった。
蒼白になって何も言えず、口をパクパクさせている高砂を他所に、役員たち
はそれぞれ好き勝手に話し出した。
「どこからこのような証拠を……」
「この写真とか、この盗聴の記録とか、ちょっと普通じゃ取れませんよ。腕の
良い興信所を使ったものですなあ。恐ろしい」
「しかし、これはどうなのかね。もとはといえば高砂常務は専務の派閥の構成員
だろう。内乱のツケを会社が被って不利益を得たのだと考えれば、自分の身内
を御しきれなかった専務にもやはり問題があるのでは……?」
そういうざわめきの中に、光明を見出したのだろうか。
高砂は咄嗟に頭を働かせて叫んだ。
「嘘だ! 剣菱専務は、わたしが専務を見限ったことを察知して、わたしを落とし
入れるためにそうした証拠を捏造したんだ! だいたい、こんな証拠など出来
すぎだと思いませんか!」
「確かになあ……」
ざわざわする会議の中、戸村社長だけは発言をせず、じっと議論の行く末を
見守っている。
豊作はそんな彼の様子に、以前から彼に対して持っていた違和感を強めた。
「これらの背任行為を指示したのが剣菱専務という方がぴったり来るな」
そう言ったのは、矢島相談役だった。
彼は根っからの社長派であり、役員会でも発言権が強い。かなり無理のある
内容であっても、彼の発言は無視しがたいものがあった。
――風向きが嫌な感じになったことを察知して、さすがの豊作も顔色が悪い。
高砂などに比べ、豊作が根回しの能力が劣っているのは厳然たる事実だった。
さあどうなるか。
誰もが動議の膠着を覚悟したそのとき。
「失礼いたします」
突然、若い男の声がして、会議室の扉が開いた。
「なんだあ?」
別室のモニターで様子を窺っていた悠理が声をあげた。
ここは取締役会が開催されている会議室の隣にある小会議室である。
学校をサボッて集まった有閑倶楽部の面々は、特別に設置してあるモニターを
食い入るように覗き込んで、会議の推移を見守っていた。
もっとも、会議の内容を正しく理解し、嫌な展開に胃を痛めたのは清四郎と
野梨子ぐらいである。
裏の立役者である魅録は何故か週末よりずっと姿を眩ましたまま、この場には
いない。
「あれは加瀬氏と――高田元室長ではないですか」
清四郎の声も訝しげである。
彼の言うとおり、会議に乱入してきたのは開発室の研究員である加瀬と、
会社を裏切って辞職した高田元室長であった。
モニターの中の役員たちも当然ながら驚いたようである。突然現れた者たちが
何者であるか知ると絶句し、会議室には一瞬沈黙が落ちる。
そのときだった。
ガタン。
突然背後で音がして、それまでモニターに釘付けだった悠理たちは慌てて
振り返った。
そこにいたのは、無機質なベージュ色で統一されている会議室に不似合いな
ピンクの髪を逆立てた若い男が立っている。
すでに大体の事情を察したのだろう。清四郎は肩をすくめた。
「美味しいところを持っていかれましたね」
「なんとか間に合ったみたいだな――やっと落ちたよ、高田さん」
そういってにやりと笑い返した魅録の首に、悠理は「魅録!」と叫ぶと、
かじりつくように飛び掛って歓喜の声をあげた。
ツヅク
(中途半端な終わり方ですみません。あとここにある会社のシステム嘘っぱちです)
>秋の手触り
ようやくツミの段階に来ましたね。
ラストに向かって、物語がどう進むのか楽しみにしています。
>秋の手触り
魅録、かっこいい!
豊作さんもがんばってほしい。
続き楽しみに待ってます。
>>468 「え、え、一体どういうこと?」
突然の展開についていけず首を傾げる可憐に、清四郎が簡単に経緯を
説明した。
開発室長であった高田敏正が、高砂常務がぶら下げた餌――協力したら
加瀬を陥れることが出来る上に、好待遇で今井メディカルに引き抜いてもら
える――にみすみす食いついたのは、ひとえに彼が友人である加瀬への
劣等感を捨てることが出来なかったからである。
協力とは名ばかりで、自らも駒として利用されるばかりだと気がつきつつも、
高田元開発室長は高砂常務に命じられるままに今井メディカルへ情報を
売ったり、同僚たちの研究の邪魔をしてきた。
しかし約束は果たされなかった。
最後の指令として、剣菱精機を辞職したにもかかわらず、彼は今井メディカル
に入社することが出来なかった。それは、豊作が持ち出した取引によって、
今井メディカルのセンター長は剣菱精機への手出しをやめたからである。
その取引とは具体的にこうである。
以前から剣菱精機と今井メディカルが共同出資でアジアンスタディのための
研究機関を設立することが計画されていたが、そのCEOをセンター長にまか
せる見返りに、剣菱精機への手出しをやめる。
このような裏取引によって、高田が今井メディカルに好待遇で迎え入れられる
という約束はあっさりと反故にされた。
扱いが宙に浮いた高田は、剣菱精機の手前他の企業の研究室へ就職する
ことも出来ず、今井メディカルから支給された手切れ金めいた金で隠遁生活
を送っていた。
豊作たちは、そんな高田とも取引を持ちかけていた。これまでの経緯を証言
するなら、警察には告発しないと。
高田とて、今更今井メディカルへの義理もない筈であったが、それでもなお、
加瀬への意地のために、高田は取引に応じず、無言を貫いてきた。
豊作たちは説得をついに諦め、取締役会後に彼の処遇を検討することにして
いた。
「けれど、魅録は諦めなかったようですよ」
清四郎はそう言い終えると、魅録の方を見た。
魅録は少し笑った。
「俺だってちょっと前までは諦めてたさ」
胸のどこかで気にはかけていたものの、これだけ説得しても落ちないのなら
しょうがないと、彼を切り捨てる気でいた。
――しかし、豊作と金井の関係を知ったことがきっかけで、魅録はその考えを
改めた。
剣菱という大企業を背負っていくこと、金井という一般女性を幸せにすること、
そのどちらも諦めずに今なお努力しつづける豊作の姿に触発され、魅録は
ある決意をし、足を踏み出す覚悟が出来たのだ。
そんな魅録にとって、加瀬への劣等感を捨てきれず身を破滅させた高田は、
現状に足踏みしていた過去の自分と、どこか重なる存在に見えた。
彼ひとりを説得できなくて、この先何が出来るというのだ。
そう思った魅録は、高田敏正の説得を再開する気になったのだ。
つかり姿を消していた間、彼はずっと高田のアパートにいたのだ。
迷惑を顧みず夜中に彼の元へ押しかけた魅録は、ずっと説得を続けた。
その間の食事係が必要とばかりに加瀬まで呼び出し、二人がかりで高田を
ほぼ軟禁状態で説得しつづけた。
その熱意に打たれて、というよりも根負けした高田がようやく意地を引っ込め
たのが今日の昼。取締役会の開催時間がいよいよ迫るというときだった。
やはり罪悪感があったのだろう。妙な意地で張られたバリケードさえ取り払って
みれば、本当はずっと後悔していた高田が行動を起こすのは早かった。
彼らはその足で、剣菱精機へ急行し、現在に至る。
『たたた、高田!』
別室で有閑倶楽部の面々が会話をしているうちに、会議室の方でも動き
があったようだ。
モニター越しに、高砂常務の慌てた声が聞こえてきた。
とりあえず会話を中断して、彼らは会議の行方を見守ることとした。
* * *
「たたた、高田!」
口に泡を噴かんばかりに、高砂常務は立ち上がると、乱入者を怒鳴りつけた。
「辞めた筈のお前がどうしてここに!」
その言葉に、高田敏正は「さすがに常務でも、自分が使い捨てた駒のこと
ぐらいは覚えてるんですねえ」と嫌味を言った。
途端に顔を真っ赤にした高砂常務から取り合えず顔をそらせた高田は、
唖然として見守る役員一同に向かって丁寧に一礼した。
「突然申し訳ございません。私は以前、開発室長をつとめていた高田敏正です。
辞めた身で今更ノコノコやってきてとお思いでしょうが、申し上げるべきことがあり、
恥を忍んでやってまいりました」
彼もまた緊張しているのだろう。表情は硬く、顔色も悪い。咽喉が渇くのか、
何度も唇を舐めている。
剣菱精機を辞職したこの一ヶ月の間に随分痩せたようだ。苦悩の日々だった
のだろう、どことなく面差しも変わっている。
「――参考人として発言を許可する」
ただひとり冷静を保っていた戸村社長がそう言うと、高砂常務が目をむいて
「社長!?」と喚き声を上げた。しかし無様に取り乱した高砂常務を眇め見る
戸村社長の眼は冷え冷えとしている。
「なんだね、高砂常務」
「……いえ」
反駁は許さないと、逆に眼差しで刺される格好となった高砂常務は、なんとか
それ以上の非難を飲み込んだ。
「ありがとうございます」
彼らのやり取りを見て、高田元室長は、少しだけ肩の力を緩めた。
「――単刀直入に申し上げると、会議の俎上に上がったそれらの背任行為の
全ての手引きをしたのは、高砂常務の独断であり、剣菱専務には何の関係も
ありません。更に言えば、高砂常務の背後にいるのは矢島相談役です」
そう言った瞬間、突然名指しされた矢島相談役が椅子を蹴倒す勢いで
立ち上がった。
それまでは高砂をさりげなく擁護し、豊作の責任のみを追及していたが、
基本的には高みの見物を決め込んでいたのだ。
「な、何をいい加減なことを!」
「証拠がここにございます。これは高砂常務との会話を記録したものです。
一度だけ、矢島取締役も同席したことがありました。――いざというときに
身を守るため、録音していました。」
ざっと高田元開発室長が取り出したのは、ICレコーダーだった。
彼は操作すると、スピーカー機能を使って、彼は録音したものを流した。
そこには、高砂常務および矢島相談役の会話が明瞭に録音されていた。
――高田君、頑張りたまえ。君のことは今井メディカルが拾ってくれるし、
そうなれば今より良い立場になろう。支度金もやる。
――はい……分りました……。
――高砂常務もしっかり高田君をサポートしてやれ。君も今回の件が上手く
いったら、社長に取立てってやる。いつまでも専務の下で燻っていても
しょうがないだろう。
――承知しています、矢島さん。
――おそらく剣菱専務は、剣菱グループの会長にはなれない。剣菱一族は
現会長の退任後は前線から退いてもらい、創業者一族としての責任
を全うするだけの立場になるだろうからな。時期会長は、戸村社長だ。
矢島相談役も高砂常務も、もはや呼吸することさえ困難という風に喘いで
いる。何かを言おうとしながら、言葉を見つけられないのか、唇を開きかけたまま
固まっていた。
「昨年に開発した新型輸液ポンプが書類の紛失でPMDAに申請できなかった
件がありますね。あれは当時の室長の責任となり辞任し、私が後任となった。
あれは、次期室長となるという条件をもとに、高砂常務から直接持ちかけられ、
私が書類を盗みました。剣菱専務は何も知らないはずです。」
高田元室長の台詞は続く。
彼の背後に控える加瀬は、そんな親友の姿を食い入るように見つめている。
そんな加瀬に力づけられたように、高田はますます声に力を入れた。
「また人材流出も、ほぼ全てが高砂常務が手引きし、今井メディカルに引き
抜かれていました。剣菱豊作専務取締役の発表は全て正しいです。
――専務はいつだって誠実に仕事をされている方です。私は馬鹿なことを
しました。お詫びしようもございません。いかなる司法の処分も受けるつもりです」
高田はそこまで言うと、豊作の方へ向き直り、ふかぶかと頭を下げた。彼の
目が赤く染まっていることに気づいた者は一握りだろう。
「せっかく期待してくださったのに、申し訳ございませんでした」
「高田君……!」
豊作とて、当然現れた高田元室長に驚きを隠しきれなかったが、彼の言葉を
聞くうちに、自然と涙が溢れてくるのをとめられなかった。
これらの騒動は、全て組織のリーダーとしての能力に欠ける自分が引き起こ
したことだと、今まで豊作は思い悩んできた。
無論嘆いてばかりはいられないと気を張り、それをあからさまに表へ出すことは
なかったが、本音ではいつも情けない自分への自己嫌悪で一杯だったのだ。
特に目をかけてきた高田の裏切りは痛いものだった。だからこそ、その高田が
改心して頭を下げてくれたことで、何か救われた気になったのだ。
「採決を取る前に、私から一言よろしいか」
水を打ったように静まり返った会議室で、戸村社長が口を開いた。
彼は居並ぶ役員たちの顔を見つめた後、ゆっくりと言う。
「先ほど、今井グループの会長令息から連絡があり、今井メディカルの開発センター
のセンター長である山田直孝を懲戒処分するとのことだ。理由はむろん、高砂
常務との一件だ。――山田氏は、矢島取締役のことも証言したそうだ」
なぜ今井グループの会長令息がわざわざこちらに連絡をしてきたのか、と
誰もが覚えただろう疑問に答えることが出来るのは、悠理ぐらいであろう。
今井昇一と悠理の接触を知っている豊作さえも、先ほどからの驚きの連続に
絶句したままである。
「剣菱豊作専務取締役の緊急解任動議の採決を取る。賛成のものは起立を」
ここまで来て、高砂常務がやってきた根回しに何の意味があろう。
立ち上がったのは矢島相談役と高砂常務のみであった。
「反対多数で、動議を否決する」
戸村社長は淡々と決を採った。
それに対して、溜息とも感嘆ともとれる吐息が会議室に満ちたが、戸村社長
の台詞はそれで終わらなかった。
「ついては、私の方から新たな緊急動議の発議を提案する。
―――――矢島相談役と高砂常務の解任について」
ぎょっとして、矢島相談役と高砂常務は戸村社長の方を見た。
彼らにとっては、戸村社長こそが自らが所属する派閥の首魁だと思っていた
のだ。それがなぜ、自分の首を絞めるようなことをするのか、彼らには理解でき
なかった。
しかしそれまで無表情を保ってきた戸村社長が微笑んでいる。
普段は腺病質なその顔に喜色が浮かぶ日が来るとは、ここにいる誰が想像
しただろうか。
戸村社長が満を持してこの日を迎えたのは明らかだった。
* * *
「こりゃ、何がなんだかって感じだな」
今だ首にかじりついたままの悠理を名残惜しく引き剥がすと、魅録は彼女が
何故かニヤリと笑っているのに気がついた。
「悠理……?」
いや、笑っているのは悠理だけでない。野梨子もだ。
彼女たちは何を知っているのだろう。
「昇一さん、なんかあたいたちがいろいろ動いてたの、知ってたんだって」
「うえっ!? マジでか!」
心底驚いて魅録がそう言うと、清四郎も困ったように眉を下げて、悠理の
言葉を補足した。
「どうやら、悠理のことを調べているうちに、僕らが何か動いていることを悟られて
いたようです。それに剣菱の方から出してきた見合い話なのに、反応が鈍い
ことも疑問だったようで。それで今井昇一氏は悠理の口を割らせて、協力して
きたみたいですよ」
「って、おい。悠理お前、口を割ったのかよ」
清四郎の言葉に呆れた魅録は、ちょうど良い位置にいる悠理の頬をびよ〜ん
と引っ張った。お、意外によく伸びるなコレ――と思いながら。
「いでで。痛いって! だってだって。全部知ってるって言うから〜」
「あいつに変な貸しつくっても知らねーぞ」
睨みつけると、悠理は真っ赤なほっぺたを押さえながらも、へらへらと笑って
太鼓判を押した。
「大丈夫、ちゃんと友達になったから」
「友達ってなんだよ」
もともと婚約云々など、この計画のための歯車でしかなく、問題が片付けば
悠理と昇一の関係などなかったものになる筈だった。
それを友人関係に漕ぎ着けたというのだから、昇一の策略もファインプレー
だったと言えるだろう。
「昨日からあたいたちは、婚約者候補じゃなくて"友達"」
軽い口調、軽い言葉。
それでも悠理はちゃんと始末をつけてきたのだと目の色で分る。
日曜日に昇一と悠理の間でどんな会話がされたのか魅録は知らない。だが
何も問う必要はないだろう。悠理は何も自分で出来ない子供ではない。
ちゃんと大人になろうとしている一人の少女なのだ。
だから魅録は、「仕方ねーな」と彼女の頭をぐりぐりするだけにとどめた。
「いでで、今度は頭かよっ」
ジタバタともがきながら喚く悠理に笑いながら、魅録は話題を元に戻した。
「で戸村社長の件は?」
答えたのは野梨子だった。
「戸村社長ははじめからこのつもりだったんですわ。――八代さんを使ってね」
「……くっはー、マジで?」
突然出てきた八代義一の名前に、魅録は目を瞠った。怪しい奴だと思って
いたが、本当にスパイだったとは。
「わたくしも、一昨日初めて知りました。黙っていてほしいと頼まれまして。
ごめんなさい」
動揺する魅録に、野梨子が気まずそうに言う。
八代氏がどの派閥に属するのか迷っていたのも本当、豊作たちの動きを
察知して、自主的に豊作側についたのも本当。
ただその情報を彼に与えたのが、戸村社長だったのだ。
「戸村社長の動きが不審なのは俺たちも分かっていたけど、そー来たか」
くぁーと頭を抱えて悔しがる魅録に、悠理が「だからいいオッチャンだって言った
じゃん」と追い討ちをかける。
「それならそうと、はじめから豊作さんに協力してくれても良かったのに。それなら
俺らがこんな苦労は……」
彼の苦労を知る野梨子は、気の毒そうに答えた。
「八代さんが言うには、戸村社長が時期剣菱会長の座を狙っているのは本当
ですし、豊作さんと手を組みたくはなかったのでしょうって。豊作さんが不正をして
いないということを信じきれない思いもあって、八代さんに二重スパイを依頼した
んですって」
モニターの中では、当人たち以外満場一致で、高砂常務と矢島相談役の
解任が可決されていた。
満足げな戸村社長の表情に、美童が口笛を吹く。
魅録はうんざりと言った。
「――大人って怖え」
「同感ですね」
魅録ほどではないが、今回の件に随分と手を貸した清四郎も重々しく頷いた。
――将来、戸村たちを上回る狸になるには違いないお前らが何を言うかと、
他の面々が内心で思ったことには気がつかないまま。
なんとなく納得いかないものの、気を取り直して清四郎が言った。
「まあ、それでも良かったですよ。正直まさかここまで上手くいくとは僕も思い
ませんでしたからね。魅録が高田さんを説得して引っ張り出してこれたことが
大きいですよ」
「まあそうだけど」
責任を追及され豊作の降格も覚悟していただけに、この結果は嬉しいもの
であるには間違いなかった。
それでもなお微妙な顔をしてた魅録であったが、会議が終了し、モニターの
前に豊作が立ったことに気がつくと、表情を緩めた。
往生際悪く何かを喚き続ける高砂常務の声をBGMに、モニターに向かって
豊作は微笑むと、あんまり似合わない不器用な仕草でVサインをしている。
良く目を凝らすと、画面の後ろの方で秘書の金井もまた、悪戯っぽい顔つきで
同じくVサイン。
「やったな兄ちゃん! 魅録も皆もありがとー!」
トドメとばかりに悠理がまた背中に飛びついてきたあたりで、今度こそ魅録は
顰め面を解いて破顔一笑した。
いつの間に用意していたのか、クラッカーがパンと鳴って、魅録へ降りかかる。
完全無欠の大勝利。
悠理のはしゃいだ声が小会議室に響き渡った。
「今夜はごちそうだ――っ!」
ツヅク
>秋の手触り
ついに決着がつきましたね!
八代さんが不自然に近づいてきた理由も分かってよかったです。
豊作さんや金井さんも良かったなー。
高田が改心したのもほっとしました。
もうすぐエンディングでしょうか。
続き楽しみにしています。
>秋の手触り
豊作さん、魅録、みんなやったね!って褒めてあげたいです。
ずっと読みたかったこのシーンが読めてほんとに嬉しい。
続き楽しみに待ってます。
>>475 その夜、剣菱邸では盛大な饗応がなされた。
フレンチにイタリアン、中華に和食。
いささか統一性はないものの、振舞われたご馳走はいずれも絶品で、若く
して舌の肥えたこの贅沢な連中たちも例外なく満足させるものだった。
大広間に終結したのは有閑倶楽部の面々だけでなく、剣菱精機の内部の
協力者たちの姿もちらほら見える。表立っての活躍はなかったが、彼らもまた
今回の陰の功労者だ。豊作が招待したのだろう。
パーティの準備以外はこれまで口出しをしてこなかった剣菱夫妻も参加して
飲めや歌えやの大騒ぎだった。
特に万作は、豊作の今後を見据えて無言を貫いたものの、もうあと少しで
我慢の限界だった様子だという。陰湿な遣り口が嫌いな万作であったが、
彼には天性のカリスマがあり、ついでに言えば運も行動力もある。彼が介入
したらグループの一会社でしかない剣菱精機の内紛など、快刀乱麻の手腕で
さっさと解決しただろう。だがそれでは意味がないのだ。
あらかたご馳走を食らいつくすと、今度は酒宴に移行した。
酒に弱い野梨子はさっさとリタイアして客室に篭り、可憐は美童となにやら額
をつき合わせて討論している。なにやら白熱しているから、どうせ恋の話でもして
いるのだろう。研究員の加瀬は他の研究員たちとしんみりと話をしている。たぶん
高田元室長のことでも話しているのだろう。端の方では八代義一は何やらひとり
黄昏ていた。
――悠理は。
そこで魅録は、悠理と清四郎がふたりバルコニーで話をしていた。
「楽しんでる?」
ふいに声をかけられ、必要以上にぎくりとしてしまった。
こわごわ振り向くと、豊作がスコッチ片手に微笑んでいた。
先ほどまで秘書の金井といい雰囲気でいたような気がしたのだが、本日は
平日ということもあり、彼女は先に場を辞して、車で自宅へ送られたらしい。
「ちょっといいかな」
誘われて断る理由もない。
彼の背中についていき、広間の隅に設えているソファーに腰掛けた。
「あらためて、本当にありがとう」
何度この人に礼を言われただろう。だが今回の言葉は今までのような申し
訳なさそうなものではなく、どこまでも晴れやかな顔だった。
「そんなお礼なんて。自分から首を突っ込んだようなものですし、結構楽しめ
ました」
そういいながら、魅録は感慨に浸った。
ああ、終わったのか。
豊作はここ一・二ヶ月の激動を思い返した。
悠理のことやらと色々あったが、豊作との作業は充実したものだった。
これまでつまらないと思い込んでいた企業内のことも、見方を変えれば
何より刺激的なものに違いない。
生来博打好きなのだ。
――もちろん、それだけではない。だがそれは今ここで豊作に向かって
言うべき言葉ではない。
「ところで高田さんはどうなりましたか?」
ちょうどいい機会だと思って、魅録はずっと気になっていたことを聞いた。
高田元開発室長は、「警察に突き出さない」という条件をちらつかせても
なかなか口を割ることはなかったが、一度こちらの説得に折れると一転
して、研究室の仲間たちや豊作に申し訳ないからと言って、警察に出頭
するといって聞かなかったのだ。
「高田君は明日にでも出頭すると言っていたが、思いとどまってもらったよ。
もちろん僕は彼のやったことは許しがたいことだと思っているし、実際に
金銭的にも甚大な被害を受けたから、罪は償うべきだと思う。頑張って
働いている他の社員たちにも申し訳がたたないしね。しかし、汚い話だが
さすがに企業としては表沙汰に出来る話ではないよ。信用問題に関わって
くる。PMDAへの申請にも関わってくる事項だし、審査官の心象を悪く
して、承認が降りにくくなったらそれこそ目も当てられない」
「それはそうですが……」
「むろん辞職は取り消して、懲戒処分にし、退職金は返金してもらった。
その後どうやって生きるのかは知らないが、きっと彼は後悔を背負って生きて
いくだろう」
あるいは司法にかかった方がすっきりしたかもしれない。訴えられないと知った
彼の不安そうな顔を思い出して、魅録はそう思った。
「被害額ってやっぱりそんなに大きかったんですか?」
「うん。まあ一応、今井グループに渡った機密は、今井氏が手を回して破棄
してもらえるようだから、過去はともかく、これからの研究開発には影響ない
だろうけどね」
「今井昇一が?」
また出てきた名前に、無意識に不快な顔をしてしまた魅録に、豊作は
少し笑いながら説明した。
「ああ。彼にとっても自分のグループ会社の不始末は不本意だと言ってね。
――全く、彼には足を向けては眠れないよ。いくらグループ会社といっても、
自分が関わってない会社に手を回すのは、彼にとっても、それは楽なことじゃ
ないくらい、僕にも分る。同じ立場だしね」
なるほど。
今井昇一も、最後の最後で振られ男の矜持を保ったらしい。
彼を巻き込んだのは、対外的に悠理との婚約を匂わせることで、今井メディカル
を牽制するためのものだったが、どうやらそれ以上のオマケがついてきたようだ。
「正直助かりましたね」
「うん。人材の流出はもう取り返せないけどね――全く予想外のことばかりだよ」
「戸村社長と八代さんのことも?」
「もちろんそれもだよ」
豊作は神経質そうな眉をさらに顰めて嘆息した。気持ちは分るので、魅録
も苦笑するにとどめる。
「ライバルに助けられる格好になったからね。これからますます気を引き締めて
いかなくちゃいけない」
そうか。これは豊作にとってはプライドだけの問題ではないのだ。
戸村和正は、剣菱精機の社長であるだけではなく、いくつかの関連会社の
取締役に名を連ねている。将来、万作の後継者候補のひとりとして挙げられて
いる一人である。
「ただでさえ、今回のことは君の力がなくちゃ乗り切れなかったんだ。高校生が
ここまでやってくれるなんて、本当に驚いたよ。僕もまだ修行が足りない」
しみじみと豊作は言った。
手放しで評価してくれるこの年上の男の言葉はいつもこそばゆい。
「そんなことを言って。豊作さんに教えてもらってばかりでしたよ、俺は。
だいたい俺が役に立ったのなんて、盗聴器だのといった小細工ばっか
だったじゃないですか」
「会社の中のことはね。そりゃ僕に一日の長があるよ。でも君は人を惹きつける
何かがある」
そこまで言ってから、豊作は少し躊躇うように口を噤んだ。しかし次の瞬間には
真っ直ぐ魅録を見据えて言った。
「――いや、こういう抽象的な言い方はやめよう。僕が君を信頼しているんだ。
君はまだ高校生だし、見かけも言っちゃ悪いけどそんな風だし、仕事を任せら
れるとは一見思えないのに、僕は君から協力を申し出られたとき、なぜか頷いて
いた。それから今日この日まで、君に不審を抱いたことなんて一度もなかったよ」
「豊作さん……」
「魅録君。今、僕がほしいのは信頼できる人材だ。君の能力も買ってる
けど、それだけじゃない。もちろん信頼だけでもいけない。信頼と能力
が両方揃っている君がほしい」
今まで仄めかされてはいた。だが、今ここではっきりと豊作は欲しいと
言ったのだ。
産毛がぞわりと立ち上がるような、妙な興奮が魅録を包んだ。
「僕は剣菱の息子だ。修行中として剣菱精機だけに取り掛かっていられる
のも今のうちだろう。父さんから実権を譲られるに足る人間なのか、それとも
大株主としての権利だけを残されて、表舞台から追いやられるのか、
そのうち試されるときがくる。そのときに君が傍にいてほしい」
(――この人は)
いい大人で、しかも剣菱の令息として経済界で戦っている立場のくせに、
この人はまだ高校生の自分を対等の男として、相棒に望んでいるというのか。
魅録は清四郎から将来の夢を聞かされたときのことを思い出していた。
ほんの少し前のことだというのに、もうずっと昔のことのようにも思える。
あのとき自分は、何の将来の展望もない自分と比べ、清四郎が大人の眼を
して医者になると語ることに焦りを覚えたのだった。
今はもうやりたいことがある。それは厳密には、豊作の補佐そのものではない。
だが魅録がやりたいことの裾野には剣菱がある
「君がいるのなら、僕が目指すのは無難な後継者なんかじゃない。――僕は
家のために将来を剣菱に捧げ、金井君のために、その中でも大切な人を守る
ことが出来るぐらい強くなることを決めた。でも君がついてきてくれるなら、僕は
自分のために、夢を見るよ。剣菱をこの手で、世界の一番にする」
豊作は一気に言いきると、魅録の返答を待った。
「……まいったな」
魅録は苦笑した。途端に、先ほどまでは強かった豊作の眼差しが僅かに
揺らぐ。
魅録は苦笑したまま、続けた。
「俺の方から言うことが何もなくなっちまった。豊作さん。俺はあんたに、土下座
してでも剣菱へ入れてもらうつもりだったんだぜ」
丁寧語をやめて軽い口調で言いながらも、魅録はグラスを持つ手に力が
入りすぎ、ぷるぷると震えている自分に気がついていた。
喜びでもあったし、恐れでもあった。けれど迷いはない。
歓声をあげる客たちの声が今は遠い。
はっとして豊作は目を瞠った。
「豊作さん。あんたを単なる後継者候補ではなく、万作さんに次ぐ新たな支配者
になる手伝いをしてやる。そのかわり――大学を四年。剣菱に参加して六年。
今から十年後に、俺は悠理へプロポーズするよ。悠理が誰を婿に迎えても、どんな
に奔放に振舞っても、誰にも文句を言わせないくらいに剣菱の世代交代を成功
させて」
「また遠大な計画だな。そのときゃ、悠理に別の男がいるかもしれないじゃないか」
「知るか、そんなこと」
魅録はにやりと笑った。
「それに、あの難儀な性格の悠理を落とすなんて、剣菱ごと丸抱えするぐらいの
つもりがあるやつしか無理だってこと、あんたが教えてくれたんだぜ」
悠理自身の意志すら関係ない。
――時間は十分にあるのだ。その間に、準備万端整えて待ってやる。
豊作は呆れたように、しばらく無言だったが、少しして口を開いた。
「もしかすると僕は、妹の婿がねにとんでもない男を推薦してしまったのかもしれ
ないな」
そういいながらも、いつしか豊作もまた魅録と同じような性質の悪い笑みを
浮かべている。
そしてどちらともなく、グラスを掲げる。
グラスが触れ合う軽やかな音は、新たなパーティの幕開けの合図だった。
ツヅク。
492 :
名無し草:2008/05/31(土) 21:50:19
>秋の手触り
待ってました!
もうすぐ終わってしまうんですね。
ああーさびしくなってしまう!
すみません、まちがってageてしまいました。
半年ROMってきます・・・orz orz orz
>秋の手触り
魅録、すごい決意をしたんですね。
十年先を見据えてこれから考えられない程の努力をしなければならないのに、
それでも手に入れたいものがあるってすごい。
続き楽しみに待ってます。
>秋の
この作品の魅録が大好きです。
もうすぐ最終回なんでしょうか。
もしそうならラストが楽しみですが、同時に寂しいです。
>>486 (う〜、食べ過ぎた)
普段から恐ろしいほどの量をその華奢な身体に収める悠理だったが、今日は
彼女にとっても食べすぎたようで、胃が重たい。
自分の隣で食事をしていた可憐が愕然とした顔をした後、そのうち気分が悪そう
な顔をしたことを思い出し、さすがに悠理も反省した。
だって嬉しかったのだ。
一時期は剣菱の会長になることも諦めたようだった豊作が、あんな堂々とした
態度で会議に出ていたことが。
腹がくちてくると、次には酒だとばかりに杯を重ねたため、足元も覚束ない。
宴も酣を過ぎている。
会場となった広間を見ていると、馬鹿騒ぎの時間が終わったようだった。みんな
それぞれ少数で固まって、ゆっくりと会話を楽しんでいる。
なんとなく誰とも会話をする気分になれず、悠理はこっそり輪を抜けると、
ふらふらと誘われるようにして、バルコニーへ続く窓の方へ歩いていった。
外に出ると、秋の夜風が吹き付けて、火照った頬に心地よい。
大きく深呼吸すると、静かな夜がこの身へ染み入るようだった。
(なんか落ち着くなあ)
眠れない夜には、こんなふうにバルコニーへ足を運ぶのがここ最近の習慣と
なっていた。
欄干に寄りかかってしばらく空を見上げていると、胸のもやもやが少しはマシに
なって、寝付けるのだ。
(――なんか女々しいっていうか、湿っぽいよなあ。あたいらしくもない)
ぼんやりと物思いに耽っていると、夜風に当たるだけのつもりだったのに、なんと
なく去りがたくなってきた。そのまま細い二日月が浮かぶ夜空の中にペガスス座
を探していると、背後で窓が開く音がした。
訪れたのが誰であるか、振り返らなくてもその気配だけで分かったと言えば、
信じてくれるだろうか。
「どうしたんですか、悠理。こんなところにひとりで」
凛と空気を割るような清四郎の存在に、いつもよりもあっけなく、悠理の心臓が
高鳴る。酒の影響か、それとも。
「なんか酔っ払ったからさ。風に当たろうと思って」
顔を空から外すことが出来ないまま、背中越しに声だけで応えた悠理に、清四
郎はのんびりと言う。
「そんな薄着じゃ風邪ひきますよ」
「大丈夫だよ」
(最近、また清四郎の声が変わってきたな)
ここ数ヶ月で清四郎の声は深みを増した。変声期を終えた後のどこか安定し
きらない若木のような声から、ゆったりとしたテノールへ。
その煙るような男の色香を感じるたび、悠理はどこか落ち着かない気分になる
のだった。
悠理はなおも彼に背を向けたまま、軽い調子で尋ねた。
「清四郎こそどうしたんだよ、こんなところに」
「野梨子を客室へ送っているうちに、いつの間にか悠理が消えていたので」
「そっか」
こんな細い月の下では夜は暗く、虫の音だけが匂うように響くだけである。今の
自分の顔を照らすものは何もなく、闇が覆い隠してくれる。
ふいに言葉が途切れると、背後の清四郎の存在が痛いほど意識してしまい、
まるでこの乾いた涼気の中、体温さえも肌に届くような気がした。
「悠理。なんか悩み事でも? ここ最近、少し変ですよ」
案じるような清四郎の言葉に、悠理は反射的に気持ちを伝えようかと思った。
自分の思うようにしろ。いつかは清四郎へ想いを告げろ。
そう言ったときの魅録の顔も、同時に思い浮かべながら。
(いつだって魅録はあたいの背中を押そうとする)
それでも悠理は、表情を変えなかった。
「何のこと?」
自慢ではないが、隠し事は下手だ。だから台詞の白々しさは承知の上だった
が、そう言い張ることでようやく勇気を振り絞ることが出来た悠理は、ゆっくりと
振り返った。
頼りない月明かりに、清四郎の玲瓏な面(おもて)も今はぼんやりとしている。
強い眼差しに貫かれないことを、悠理は半ば安堵し、半ば失望した。
「最近、なんか僕を避けてませんか」
極力ふたりきりにならないようにしていたことを、清四郎は気づいていたらしい。
わざとらしくならないように気を配ってはいたものの、二ヶ月間ちかく避けられて
は、清四郎とて気づくだろう。
「避けてなんかないよ」
今更、嘘を突き通すことに何の意味があるのだろう。
(あたいは意地を張ってるだけなのかな)
けれどどう考えても、魅録のような――あるいは目の前の男や野梨子のような
でもいい――何かを壊してもこの恋を伝えなければならない、という気持ちには
ならなかった。
報われないものだと知っているにもかかわらず、自分を押し倒して口接けした
魅録のような激情は、自分の中にはない。
あんなふうに強く輝く目を、あたいは知らなかった。
「そうですか?」
「うん」
具体的にどこまでかは分からないが、清四郎は何かに気がついている。
それでも彼は、悠理の拙い嘘を見抜きながらも、それ以上突っ込んでこな
かったし、悠理もまた彼が自分の中に侵入することを望みはしなかった。
清四郎への想いはいつだって自分自身だけのものに過ぎないのだと、ふと
悠理は気がついた。
散りかけの桜の下でキスを盗んだときのときめきは、まだ胸に甘く燻っている。
けれどあの瞬間がこの恋の絶頂であり、諦めを選んだそのときから、少しずつ
色褪せていったのかもしれない。
いまだ恋の只中にいながら、悠理はそれに未来がないことを受け入れて
しまっている。
>秋
うp復活後から特に魅録の描写や出番が飛躍的増えたせいか、自分は復活後は魅録が一番魅力的になってると思う。
最近のこの話の魅録は大好き。幸せになってほしい。
(そっか、終わるのか)
清四郎が自分を選ばないことを考えると、胸が張り裂けそうに悲しい。けれど
自分は自覚しないまま、それをもはや過去にしようとしているのだ。
(魅録は想像もしないんだろうな)
あんな激しい目であたいを見ちゃったりするお前には、あたいが今こんな
ことを考えてるなんて、思いもしないんじゃないかな。
だからあのとき、お前は清四郎に告れだなんて、マジな顔をして言ったんだ。
だけど魅録。
あたいには、恋人以上に、友達である清四郎の方が大切だったんだよ。
(これも失恋って言うのかな)
悠理は再び身体を欄干の方へ向けると、夜空へ視線を遣った。
すると清四郎も隣に並ぶと、欄干に凭れ掛かったのが視界の端に移った。
いつかの夜、魅録が同じようにしたことを悠理は思い出した。
彼らは同じように優しいが、清四郎はそばにいるだけで、あのときの魅録の
ように、自分の頭を撫でることはない。柔らかく髪をかきまぜる大きな手が、
いつも自分を見守っていたことに今更ながら悠理は気がついた。
そんなことを考えていると、突然ぽろりと言葉が零れ落ちた。
「本当はさ、失恋したんだ」
「えっ!?」
それまでのしっとりとした空気をぶち壊しにする、派手な音が立った。どう
やら動揺して欄干に寄りかかり損ねたらしい。
なんでそこで驚くんだと口を尖らせた悠理だが、体勢を崩したまま欄干に
しがみついて、こちらを凝視してくる清四郎の愕然とした顔を見ていると、
なんだか笑えてきた。
「ゆ、ゆ悠理が、こ、恋ですか。鯉じゃなくて」
誰が駄洒落を言えと。
「なんだよ、失礼なやつだなー」
「あああ相手はどこのアーノルド・シュワルツェネッガーですかっ」
『月刊碁ワールド』と『ムー』を愛読し、幼馴染の大和撫子を出来合いする
東京都のシュワちゃんだよ。畜生。
内心で毒づいているのに、なぜか可笑しくて堪らなくなって悠理が噴出すると、
揶揄われたと思ったのか清四郎は憮然とした顔をした。
その顔を見ると、ますます可笑しくて、勝手に口元がにやけてくる。
「嘘なんですか? それとも本当に?」
「ほんとほんと」
「誰ですか、それ」
「清四郎にはないしょ」
執拗く追求する清四郎の声をBGMに、悠理は空を眺め続けた。
いくら二日月の闇夜だといっても、明るい星が少ない秋の空には、星座を見つ
けるにはちょっとしたコツがいる。
「ペガスス座ってどこだろ」
「何を急に」
突然話題を変えた気まぐれな悠理に、清四郎は呆れたようだったが、すぐに
同じく視線を空へ遣った。彼の瞳にもう自分の顔が映っていないことに安堵して、
悠理は細い吐息を漏らした。
「去年、清四郎が教えてくれただろ」
「そうでしたっけ――あ、あれですね」
「え、どこどこ?」
「だからあれですよ」
清四郎の指先の示す方へ顔を向けながら、悠理は食い入るように空を見つ
めるふりをする。清四郎もまた秋の星空に魅入っているようだった。
自然と触れ合う清四郎の肩は布越しに硬く、この冷えた夜に暖かい。ほんのり
とお酒の匂いがする。
もう虫の音も、窓越しに伝わる宴会の様子も、何も耳に入ってこない。
あるのはお互いの表情も分からないほど暗い夜と、この体温だけ。
ごめんな、清四郎。本当はとっくに場所を知ってたよ。でもしばらく、あと少し
だけでいいから、あたいに星を探させて。
――眼裏を灼くこの熱が跡形もなく消えるまでは、このままで。
ツヅク
>秋
499です。感想書いてたらリアルで同じタイミングだったようで
連載の中間に感想を投稿されてしまいました。申し訳ありません。
>秋の手触り
う〜ん、せつないですね。
清四郎、全く気が付いてないんですね。
清四郎の声のわずかな変化まで感じ取ってしまう悠理は恋する女の子そのものなのに…
続き楽しみに待ってます。
>秋
今回も素敵でした。
清四郎と悠理の会話が堪りません。「鯉じゃなくて!?」や「東京都のシュワちゃんだよ」がすごく二人らしいなぁ、と。
続きを楽しみにしています。
頑張って下さい。
>秋
すごくシリアスなお話なのに、ああ、清四郎は確かに『ムー』読んでるよね。
と大笑いしてしまいました。
『清四郎にはないしょ』がなんともいえず切ない。
PRESIDENTとかTimeとかNatureとかの、
いかにも偉そうな雑誌の間に、ムーとかが紛れこんでるわけですねw
UFO同好会で、オカルトオタクたちとどんな話をしてるだろう。
>>496 このところ魅録の毎日はひどく慌しい。
最近、剣菱精機の内紛にかまけていたせいで疎かにしていた学生の本分
とやらが、一気に襲ってきたからである。
11月は体育大会があり、文化祭ほどではないがそれなりに生徒会の仕事
があったし、ようやくそれが終わったと思えば、来月上旬には生徒会選挙が
ある。引継ぎの準備もしなくてはならなかった。
もちろん学力テストなども待ってはくれない。
めまぐるしい日々の中で、近頃は有閑倶楽部内で遊びに出かけたりなど
ということがめっきりなくなっていた。
なんといっても一番忙しいのは清四郎だろう。彼は本格的に受験態勢に
入り、形振り構わず机へ向かっている。一年のときから準備してきた連中と
張り合おうというのだから、たいした根性だと思う。
受験といえば、美童もまたスウェーデンに帰国することを決めた。とはいっても
他の多くのスウェーデンの若者と同じように、彼もまたすぐに進学はせず、
まず一度目の就職をしてから、やりたいことを見つけ、大学へ行くつもりなのだ
という。
悠理はいろいろと思うところがあるのか、頻繁に今井昇一と連絡を取って
いるようだ。
野梨子は本格的に母親の下で修行をはじめている。
メンバーの中で唯一ぼんやりとしているのが可憐で、耳に挟んだところに
よると、ちょっと前までアプローチしていた男性とは、きっぱりと縁を切った
らしい。このところ何か物思いに耽っている姿をよく見かける。
魅録自身もまた、近頃は何かと考え込むことが多くなってきた。
(ぼけっとしてたら、あっという間に卒業だもんな)
一応保険としてセンター試験の申し込みだけは済ませておいたのだが、
まだ何も決めていなかったため、今後のことも踏まえて豊作へ相談した。
――君はうちへの就職がもう決まっているからね。別に高学歴を狙う必要は
ないだろう。聖プレジデントも、外部生には一応狭き門だから、名門の
うちには入るしね。
――でも、やっぱり大学時代にちゃんと経済を学んだ方がよくないですか?
――学生のうちに名だたる大学で専門的に経済学を学んでも実感が沸か
ないと思うし、机上の空論になりかねないよ。シンクタンクなどに就職
するならともかく、いずれ剣菱の経営陣に加わろうという人間の役に
立つものではないだろう。聖プレジデントの授業で十分だよ。
どうしてもというなら、一度就職して、ある程度現場を知ってから企業
派遣で留学でもしてMBAを取得した方が効率が良い。
それよりも、大学のランクを落とした分、有り余るだろう余暇を利用
して、豊作の秘書のバイトをしたり、語学などの実践的な知識を詰め
込むことを勧めるよ。
結局、豊作の助言に従うことにした魅録は、聖プレジデントの経済学部へ
進むことを決め、受験勉強はせずにすんだ。
大学へ入学するまで暇なため、今は中国語を習っている。
豊作から、高田敏正の身の振り方を聞いたのは、取締役会から一ヶ月が
経とうという頃だった。
懲戒解雇となった高田は、その足で警察へ出頭しようとするのを止める
のに、豊作は随分苦労したらしい。最終的には『会社に損害を与えた上に、
更に企業イメージを低下させるつもりか』と脅しつけ、とどめに何があっても
告訴しないと言われ、高田も受け入れたようだ。
結局彼は、大学時代の恩師の伝手で、シンガポールの開発会社に就職
することになった。恩師は高田の不始末に随分と立腹していたようだったが、
平身低頭して謝って反省をみせたことと、加瀬の口添えもあって、重い腰を
あげたのだという。
高田敏正が日本を出立する日、魅録と悠理は二人して学校をサボり、
その見送りに行った。
高田は随分と痩せて、すさんでしまった瞳を隠すように、目を伏せた。それ
でも彼は高校生に過ぎない魅録たちに、ぎこちなくはあったが、丁寧に頭を
下げた。
感嘆にはわだかまりなど溶けはしないだろう。それでも彼がそんな自分と
向き合おうと努力するのは、大切な一歩だった。
「来てくれてありがとう。本当は、誰にも見送られなくて当然だから」
彼自身の言うとおり、見送りに来たのはあまり彼とは係わり合いのない魅録
たちだけであり、友人や家族の姿はなかった。
「加瀬さんは……」
魅録の問いに、高田は首を横に振った。
聞けば、高田と加瀬はあの取締役会の後、一度も会っていないのだという。
例の軟禁状態での説得のときや、恩師への口添えの件など、加瀬は高田
のために随分と手を貸したが、その実、彼が誰よりも一番高田を許していな
かった。
これまでの友情と、その裏切りに、加瀬もまた葛藤しているのだ。
「一生許してもらえなくとも、加瀬の友情に報いなければいけないと思って
いる。それしか、謝罪の方法を知らない」
犯罪者のくせに何の咎も受けず、何故のうのうと生きているのかと元同僚
たちからは恨まれ、またはっきりとした贖罪の方法がないからこそ、気持ちの
区切りもつけられない。
それでも、やはり彼は運が良かったのだ。そしてそれは彼自身の努力では
なく、彼が何よりも羨み、妬んだ友人から与えられたものだ。
それでも彼はまっすぐに生きていかなくてはいけない。一度道を踏み外した
者が、再び真っ当に太陽の下を歩くことの難しさを魅録は知っていたが、それ
でも願わずにはいられなかった。
「な、どっか行こうよ!」
高田を見送った後、魅録たちはそのまま登校するつもりだったが、悠理の
一言であっさり予定が変更された。
以前に約束したまま果たされなかったドライブを敢行することになった。
紅葉がきれいな時期ということで、目的地は奥多摩に決めた。
成田からバイクで三時間と少し。
高速を使わず一般道を進んだため時間はかかったが、その分流れる景色
を堪能しながらのドライブは楽しかった。木々は深く燃え、町中どこもかしこも
秋色をしている。
途中の休憩以外は、あまりふたりは話さなかったが、別段気まずくもない。
エンジン音と、ときおり背中越しに聴こえてくる悠理の調子っぱずれの歌が
すべてであり、それで十分だった。
もう魅録は、悠理をタンデムに乗せることを躊躇したりはしない。何気ない
日々を積み重ねるうちに、自分にとってこれは特別なことになったが、だから
といって何かが変わることでもないのだ。
(俺は悠理の特別ではなく、日常になろうとしているのだから)
奥多摩湖に到着すると、土産屋で弁当を買い、更に山奥の細道へ進んだ。
いくつかの峠を越した後、細い道路沿いにバイクを止め、脇道をゆく。しばらく
ゆるやかな傾斜の山道を歩くと、突如視界が開けた。
「うわあ、すごい」
悠理が感嘆の声をあげるのを、魅録はしてやったりと微笑んだ。
両側・背後を鬱蒼とした木々に囲まれ、正面には奥多摩湖。ベンチのひとつ
あるわけでもない、天然の展望台だった。
見渡す限り、どこもかしこも赤と黄で染められ、その鮮やかなコントラストに
目が眩みそうだった。
「じゃあ弁当食おうか」
「うんっ」
大量に買い込んだ弁当を二人で平らげる。いまいち美味しいと言い難い
その弁当も、こうしてふたりでいると何よりもご馳走と感じるのだから不思議
だった。
魅録は悠理の機嫌が良さそうな横顔を穏やかな心地で見つめた。
この想いに名前をつけることを拒んでいたというのに、いつのまにか恋すら
通り越してしまっている。
自分自身のことであるというのに、友情が恋に変わった瞬間も、恋が愛に
変わった瞬間も、魅録には記憶にない。
いいや。
今だって友情も、思春期のような恋情も、この胸にはある。
知らぬ間にすべてがドロドロに溶け合って、判別しがたいだけのことだ。
「ありがとな」
食事を終えた後、出し抜けに悠理は言った。
零れそうに大きな瞳が、瞬きも忘れたかのように、魅録を見つめている。
そのありがとうには、彼女にも説明しがたい、いくつもの意味を含んでいる
ことを、魅録にも分かっていた。
清四郎との間にあったことの次第は、すでに彼女自身から聞いている。
「あれから、ちゃんと泣いたか」
「……」
無理やり悠理を組み敷いてキスしたあの夜、彼女の見せた音のない涙を
見て、魅録は彼女がずっと泣けないでいたことに気がついたのだ。
「泣けよ。あんときみたいに」
魅録は悠理の肩を引き寄せ、強引にその頭を自分の胸に押さえつける。
抱え込むように抱き込まれた悠理は、しばらくもがいた後、突然糸が切れた
かのように嗚咽を漏らした。
「うー…うっく…ひっひっく……」
まるで子供のように全力で、下手な泣き方だった。
魅録は無言のまま、あやすように、髪や背中を撫でてやる。慰めの言葉も、
労わりの言葉も、何もかも相応しくないような気がした。
悠理は何もかも自分で決着をつけようとしているのだ。たとえまだその身に
厄介な恋を飼っていても。魅録に何が言えるというのか。
出来ることはこうして泣かせてやることぐらいだった。
しばらくそのままにしていると、いつしか泣き声はやんだ。豊かな山の中は
けっして静寂などではなく、虫の泣き声や枯葉がカサカサとなる音などに満ち
ている。ふたりは抱き合いながら、湿度を伴った濃厚な秋の山の気配に包み
こまれていた。
胸の中でさっきまで女が泣いていたというのに不謹慎かもしれないが、
あまりの居心地の良さにほんのり眠気に誘われた魅録は、悠理を抱きしめた
まま、ごろんと後ろ向きに倒れた。
「え、えぇ!?」
突然、魅録の胸の上に乗り上げる形となった悠理は、驚いて身動ぎしようと
したが、がっちりと包みこんで許さなかった。
目も鼻も真っ赤にし、頬は涙が乾いてカピカピになっている。
「洟でてるぞ」
「……う゛るざいな、ほっどけよ」
鼻をズビズビ言わせながら、情けない顔でこちらを見上げる悠理がおかしく
も愛おしく、自然と笑みが零れた。
「――頑張ったな」
そう言って、頭を撫でると、指先から心臓に向かって、ざわめきは伝導した。
おそらく悠理も同じような甘い痺れを覚えているのだと考えるのは、うぬぼれ
が過ぎるだろうか。
「お前に話したいことがある」
腕の中、抵抗をやめた彼女は、じっと続く魅録の言葉を待っている。
「悠理、俺は豊作さんの補佐になるため、剣菱に入るよ」
胸の上で、悠理が華奢な身体を震わせた。いつの間にかこんなにも体格差
が出ていたんだなと、一瞬、関係のないことを考える。
「……え、」
豊作に口止めしていたため、悠理は初めてこの話を知ったのだ。そりゃ驚ろ
いて当然だと思うが、撤回するつもりはない。
二の句が継げないとはこのことだろう。悠理は何かを言いかけようとして
口を開いたが、そのまま固まった。
魅録はそのまま、彼女に返答を強要することもなく、抱きしめたまま空を
眺めた。
どこまでも澄んで遠い青空を隠さんばかりに、紅葉や銀杏が鬱蒼と茂って
いる。風が吹くと赤・黄・茶の色の枯葉が舞のように広がった。
悠理の身体は冷め切っていて、熱を分け与えるように抱きしめる腕に力を
込めた。
――この恋が続くのならば。
この苛立ちをすべて飲み込み、お前を包めるだけの男になれるのならば。
いつか。
魅録は用意した台詞を告げる前に、一呼吸入れた。ここまで来て、思春期
の少年のように緊張するなんて、恥ずかしすぎたが仕方ない。
開き直っているが、本当は余裕など全くないのだ。
「お前が好きだ」
とうとう魅録はその言葉を唇に載せた。
とっくに、魅録の気持ちなど知っていたにもかかわらず、悠理は撃たれた
かのような衝撃をその顔に浮かべる。
今、ふたりは初めて本当の意味で向き合ったのかもしれない。
魅録は自分の言葉が擦り抜けて行かず、しっかり彼女に受け止められた
ことを知った。
「で、でもあたいは」
「言っておくが、お前の意思なんて関係ない」
――悠理。お前は覚悟しなければならない。
自分のしたいことしかせず、己の道を歩くことしか考えなかった俺を、お前は
すっかりと変え、この身に火を点けたのだ。
今すぐではない。しかし確実な未来に、お前の胸に燻り続ける熾火を、俺は
防ぎようのない燎原の火をもって、まるごと飲み込むだろう。
「お前は好きなだけ自分勝手に生きてみせろ。でも忘れんな。お前が今、
誰を好きでも、いつか俺はお前を攫って、力づくでお前を幸せにしてやる」
「あたいは自分の力でじゅーぶん幸せに……」
「分かってる。俺のエゴだ。でも譲らない」
自分勝手な上に、矛盾だらけな台詞だった。
悠理が清四郎に対して、けっして要求しようとしなかった愛情や将来の
希望をこともなげに押し付けた上に、悠理の意思などお構いなしのくせに、
その心を毛筋とも傷つけることはないと思い上がっている。
しかしそれでも、間違いなくこれは愛の告白だった。
誓いと言い換えてもいい。
(もーなんだよ、いきなり訳わかんないこと)
はっきり言って、悠理には不本意だった。
この男は、あたいを何と思っているのだと、そんな風に言うことが出来た
なら、まだ良かったのかもしれない。
しかし気がつけば、成す術もなく、彼女は頷いていた。圧倒的な熱量を持つ
この男に、いつかバリバリと頭から食らいつくされるのだろうと、理屈でない
ところで、彼女は予感した。
見詰め合った魅録の瞳は、あの夜のように獣じみた色気など浮かんで
おらず、いつものように軽妙洒脱だった。
なのに、悠理は何故か視線に縫いとめられて、身動きが取れなかった。
「――あたいがお前に惚れなかったら、いい恥さらしだな」
「それはないな。お前にとって、清四郎と張れるような奴は俺しかいないし、
悪いが今後そういった人間をお前が作れるとも思えない。俺が嫌なら、
今すぐにでも清四郎を追いかけることを勧めるぜ」
「うっわー、すんげー自信過剰。キモい。引く」
「今のは流石に俺も傷つくぞ」
「だいたい、付き合ってもないのに、将来の話なんてどうかしてんよ。
もしかして運命とか信じちゃったりしてんの」
悠理は何か不味いものを飲み込んだような目をして、じろじろと魅録を
見たが、彼はひるむことなく堂々と言い放った。
「運命なんかじゃない。れっきとした計画だ」
すると悠理は、何かもう、いろいろと諦めたようにため息をついた。
「……それ、余計に性質が悪い」
「お前さ、もういい加減黙れよ」
「ちょっ」
抗う悠理の意思を無視して後頭部を持つと、強引に彼女の顔を自らの
肩口に押し付ける。
すると存外素直に彼女は口を閉じた。
何やら神妙に腕の中におさまっている悠理の姿に、魅録は内心で苦笑
した。
そんなにぼんやりしてると、キスのひとつやふたつぐらい奪っても
いいんじゃないかと悪魔の尻尾をつけた自分が囁く。
(俺に押し倒されたときのこと、覚えてんのかね)
気を抜けばすぐに、単なる男友達レベルまで後退しそうな気がする。
ブチ切れて悠理を泣かせる羽目になるのを回避するためには、まずは
自分が男だということを、彼女に分からせるところから始めないといけない
ようだ。
それは想像するだに大変で、虚しい作業といえたが、何故かちっとも
苦痛に感じない。
もっとも警告はまた後日でいいだろう。今は無防備な悠理を抱きしめる
幸運と分別を引き換えにする気にはなれなかった。
ふと、魅録は肩がじんわりと濡れているのに気がついた。
また悠理が泣いていたのだ。
「あれ……? 変だな」
彼女自身、なぜ自分が泣いているのか分からないといった風に、困惑
している。まるで涙腺が壊れたかのように、彼女の感情や意思とはお構い
んばしに、涙だけがとめどなく流れている。
魅録はいっそう強く彼女をその腕でくるみこむと、小さな声で「今日は
そのままずっと泣とけよ」と秋の空気のようにひっそり囁いた。
――服越しにお互いの胸の鼓動が伝わる。
肌を刺す秋の日差しが、茜に染まった葉と葉の隙間から漏れている。
魅録は散り浮く茜に身を委ねるように、ゆっくりと瞳を瞑った。
今この瞬間が、すべての始まりなのだ。
腐葉土を覆う紅葉の絨毯が、ふたりの体重を受け止めるその柔らかさを、
魅録は生涯忘れることはないだろう。
それは悠理を包む秋用ニットの幸せな温もり。
冷え切って硬い頬。
悠理の髪に絡まった枯葉が手の中で粉々に砕ける感触。
どれもけっして忘れることはない。
――それは誓いを身体に刻む、秋の手触り。
秋の手触り [終]
ようやく完結いたしました。
この作品に関しては、
一度書き出すと止まらないぐらい、尽きぬ後悔や反省があります。
それでも今は五年越しの宿題をようやく終えた安堵と、
一度ならず二度三度と諦めた話に、エンドマークをつけることが出来た感慨でいっぱいです。
途中で三年間近くの休載期間を置いてしまいましたが、
待ってくださった方がいて、本当にうれしかったです。
ここまでお付き合いくださった方たちに、心から感謝します。
>秋
お疲れさまです。今来たら終わってたので驚きました。
魅録強引だけどカッコイイなあ…私が魅録に惚れそうなんですが。
結局魅×悠がハッピーエンド?っぽくなって幸せです。
ただ、清四郎や野梨子、可憐や美童はどうなるのか気になる点も残ってしまいました。
いつかこちらも書いてくださるのを期待しています。
>秋の手触り
本当にお疲れ様でした。
連載当初から愛読させていただいた
私も、ジ・エンドに胸震える思いです。
最後まで、実に読み応えがあり、
登場人物も多様で奥行きがあり、
二次を超えた小説として、楽しま
せていただきました。
ラストスパート、怒涛のうpに何
だか感銘してしまいましたよ。
終わりましたね。
本当にお疲れ様でした。
作者様の創作欲と努力に感服しました。
>秋
終わりましたねー。
読み続けてきた側からも、連載終了は本当に感慨深いです。
ちょうど300レス…今までの連載の中でも一番の長編かな?
これだけの長い作品を、最後まで書いてくださった作者様に敬意を表します。
そして鬼と言われてしまいそうですが、私も続編期待していますw
>秋の手触り
お疲れ様でした。本当に終わってしまったんですね。
まさかの復活で本当に嬉しい驚きでした。
こんなふうに愛されたら近い将来、悠理もきっとお手上げだろうなと思います。
魅録、ほんとにいい男ですね。
そして最後の一文に本当に感動してしまいました。
ラストまで読ませて頂いて幸せです。
ありがとうございました。
女優の続きキボン
>秋
ただただ、読ませていただきありがとうの一言です。
>秋の手触り
連載再開を心待ちにしていましたが、最後まで読めて感激です。
魅録と悠理の優しい未来に乾杯!
繊細で綺麗な文体がとても好きでした。
次回作も待ってます。
>秋の手触り
お疲れ様でした。
ラストまで読めてとても嬉しいです。
事件が納得のいく形で落ち着き、ほっとしたと同時に、
魅録の温かさ(というか熱さ?)が心に染みました。
素敵な連載、ありがとうございました。
清×野で小ネタ連作します。
一応どれも同じ設定の中で、
朴念仁な清四郎とそれに振り回される野梨子のゆるい日常を
毎回1〜2レスぐらいの短い小ネタを投下したいと思います。
途中でほんの少しだけ(あくまで本少し)魅野成分もあるかもしれません。
あまり時系列順に拘らず、書けた順に投下したいと思うので、
片思い中のSS⇒いきなり付き合って1年後SS⇒また片思いみたいなこともあると思いますが、
基本的に、ひとつひとつの小ネタ同士は(たぶん)あまり繋がりがないので、
あまり気にせずに読んでいただければ嬉しいです。
【act.1】中学二年生・冬
写真の品質が向上した現代において、セピア色の想い出、などという少し
ばかり陳腐な言い回しかもしれない。それでも私にとって遠い過去に置き去りに
したその出来事は、古い写真のように色褪せ、そしてほんの少しだけ記憶に焼き
付いている。
――今思えば、私も(彼が誰よりも素敵な男性に見えていた点において)
ちょっとばかりお莫迦な小娘だったのだ。
※
それは中等部二年の冬。放課後のことだった。
清四郎は部活があったためひとりで下校することになったのだが、下足室で忘れ
物をしたことに気づいたため教室へ戻った。戸を引きかけたところで、私はそのまま
固まった。突然自分の名前が耳に飛び込んできたからだ。
「清四郎君って本当に白鹿さんへ何の好意も持っていないの?」
好意。
長じてそれなりに世間というものが分かってきた今にしてみれば、良家の子息らしく
直接的な言葉を避けたその台詞は、なんと柔かな言い回しだったのだろうと思い返す
ことが出来る。だがまだ中等部の生徒であった当時の私にとっては下世話で、厭ら
しい問いのように感ぜられた。
そ知らぬ顔で中に入ることも、引き返すことも出来ないで、戸口にただ立ち尽くす
私に気がつく人は誰もいず、会話は続く。
「野梨子は幼馴染ですよ。大切であるには変わりありませんが、恋愛感情ではあり
ません」
何度も同じように質問されているのだろう。答え方が手馴れていた。
かく言う私の方も、清四郎との仲を勘繰る生徒達に何度も同じ問いを投げかけ
られていたからである。
「でも、白鹿さんみたいな可憐な子が幼馴染だったら、僕だったらすぐ好きになっちゃう
な。なんかこう、儚くてさ」
そう言ったのは確かSF研究会の仲間だったか。
「ああいう内気っぽい子っていいよね。理想的だよ」
「本当に勿体無い。菊正宗君って女嫌いなの」
「野梨子の場合、内気というより内弁慶なのかもしれませんがね。――そうですね、
僕はどっちかというと三年の……」
清四郎があげた名前は、気が強く知的なことで有名な先輩の名前だった。人気者
の割に彼女は取り巻きを寄せ付けず、ひとりで行動しているようだった。誰にも寄り
かからずにいるその凛とした佇まいは、野梨子の目にも魅力的だった。
そうか、清四郎はあんな女性が好きなのか。
胸に覚えたつきんとした痛みには気づかぬふりで、私は背を翻した。
※
もし過去に戻れるのなら、私は繊細で可憐な少女だった頃の私に言ってやりたい。
あの男だけはやめておけと。
act.2へ
>不感症
乙です
まだ話が見えてこないけど、楽しみです。
題名がいいですw
>不感症男
乙です。
まず題名にびっくりしました。
小ネタ連鎖の連載って新鮮で楽しみです。
>不感症男
新作が来てて嬉しい!
朴念仁な清四郎に期待しています。
>不感症男
新作乙です。
タイトル素敵です(SF好きなので、このテのフレーズにはついニヤリとしてしまうw)。
「あの男だけはやめておけと」という言葉がリアリティがあっておかしかったです。
次作も楽しみにお待ちしています。
【act.2】大学4回生・春
清四郎と婚約したことを知ると、多くの同窓生たちは私を羨み、お似合い
だと誉めそやしたものだった。親でさえ諸手を挙げて祝福したのである。
唯一、違う反応を見せたのは女友達だけだった。彼女たちが浮かべた表情は、
帝国ホテルで激辛キムチ入りのショートケーキを出された客のように微妙なもの
であり、それはまさしく彼女たちが彼という男を正しく理解している証左であろう。
※
聖プレジデント大の構内にある食堂やカフェテリアは、有名レストランにも負けぬ
味を提供しているが、昼の混雑時はなるべく避けることにしていた。外部入学生
たちからちょっとした好奇の眼差しを向けられるのが居心地悪かったからである。
無論彼らの多くに悪気はないのだ。ただ、外からやってきた彼らには、内部進学者
から何かと特別視される有閑倶楽部の存在が不思議なのだろう。
私はテイクアウトしたBLTサンドとコーヒーを手に、中庭に向かった。開いたベンチに
座ると膝にハンカチを広げ、春の陽気の下、ささやかなランチを楽もうとした、そのとき。
――白衣を着た男女ふたり連れが斜交いのベンチに座っているのが目に入った。
なにやら男の方が、女の背中を撫でている。いちゃついているとしか見えない光景を
半目で眺めていると、ふたりは視線に気づいたようだった。
「野梨子ではないですか」
隣に住んでいるというのに、都合二週間は連絡の途絶えた我が婚約者殿だった。
その隣で、色気過剰で、思いっきり「いかにも」といった風情の女性が、私にきつい
眼差しをくれながら、清四郎にしなだれかかった。
「この方って噂の恋人? あなたにしては随分子供っぽい方が好きなのね」
ああ、またこの手の女性かと、私は観察しながら彼女を見つめ返した。
どうやら清四郎は、思い込みの激しい女性に好かれやすいようである。彼女たち
は遠く離れた文学部にまで私の顔を偵察しに来ると、きまって私の幼児体型を
嘲笑するのだった。
冷静な目を持っていたら、清四郎のような男に惚れる女性など――まあ、この際
私のことはさておいて――いるはずがないではないか。
――きっと清四郎に『君の身体に興味がある』とでも言われたのだろう。
清四郎はその女性の意図を知ってか知らずか、生真面目に言った。
「好きというか、端的に言うと僕の婚約者です」
清四郎らしい言い草だった。
私たちの婚約はまず条件ありきであり、お見合い結婚となんら変わらない。
女性は婚約者という言葉に怯みつつ、しかし清四郎の冷たいともとれる言葉の
響きに縋ったようだった。
「それって親の決めた許婚ってやつね。可哀相な、せいしろうク…ン?」
砂糖を塗したような甘い声で囁きながら、女性が豊満な体をぐいぐいと清四郎へ
押し付けると、彼もまるでそれに答えるかように、彼女の背中から腰を撫であげた。
愛しさに満ちたその手つきにうっとりしながら、女性は優越感たっぷりに私を見る。
修羅場めいた空気に、周囲もハラハラとして様子でこちらを注目している。
私は呆れながら言った。
「その方の背筋がどうかいたしまして? いくらなんでも失礼でしょう」
「いや、そうは言いますが、しかしここまで酷い歪みは見たことがありませんよ」
彼は彼女の背骨の歪みがいかに無残であるか力説した。6歳の誕生日に貰った
顕微鏡で初めて虫の死骸を見たときと変わらない、それはもう嬉しそうな目で。
「外科医の道をやめて、整体師にでもなるおつもりですの。この際だから申し上げ
ますが、気持ち悪い標本で部屋の中を埋め尽くさないでくださいまし」
「善処します――約束できませんが」
一応、女性の愁派に気づいてはいない訳でもないのだ、この男も。
今回の場合は自分の興味が勝ったため、それを優先させたのだろう。
『医は仁』など嘘に違いない。昔はもっと気遣いがあったのに、医者を目指すのと
反比例して、彼の変人ぶりには磨きがかかり、無頓着さは増すばかり。
清四郎は、展開についていけず、硬直している女性に向かってにっこり笑った。
「姿勢が悪いのはいただけませんね。よろしければ良いカイロを知っていますが」
※
私達の婚約が事実だと理解した黄桜可憐は、哀れみを込めて言った。
『覚悟するのね。あいつにとって恋愛なんて、鳥の求愛ダンス同然よ』
――まこと至言だったといえよう。
act.3へ
>不感症男
これは…w
この清四郎は、婚約者側からしたら、酷く扱いづらそうですね。まさに朴念仁だ。
友人であるはずの可憐にも哀れまれてるし、この二人一体どうなってしまうんだろう。
野梨子頑張れ。
次回もお待ちしています。
>不感症男
GJです!
笑わせてもらいました。
いやぁ、1を読んで想像したよりもはるかに変人ちっくな清四郎ですねw
はたしてこの先、PEAの作用を体感できるのかどうか、楽しみに続き待ってます!
魅録の熱さに期待します
>不感症男
まず条件ありきの婚約ってところが気になる。
続き楽しみです。
【act.3】大学四回生・梅雨
誰にでも墓場まで持っていく秘密というものがあるだろう。
私にとって高校三年生で経験したあの一週間がそれにあたる。
あのとき、たしかに私たちは恋をしていた。
※
授業が終わって帰り支度をしていると、清四郎からメールが来た。
『突然午後の授業が休講になりました。一緒に帰りませんか』
真っ先に連絡してくるあたり、私が今日は3コマで帰られることを覚えていたらしい。
少しうきうきした気分で帰る支度をしていると、隣に座っていた成美さんが呟いた。
「あらやだ、雨が降ってる。朝は晴れてたから、傘なんて持ってきてないのに」
つられて窓の外を見ると、確かにいつの間にか灰色の雲が空を覆い、糸のような
雨を降らせている。天気予報に従い、傘を持参したのは正解だったようだ。
「あたしってそそっかしいから、しょっちゅう忘れてビニール傘を買ってるのよね」
私の視線に気づいた成美さんは、おかげで何本も増えちゃって、と快活に笑った。
外部性の彼女は、聖プレジデントの独特な空気に捕らわれず、気さくな態度で
私に接してくる。私はそんな彼女と他愛もない話をするのが好きだった。
「私の傘をおかししましょうか?」
「え、でも野梨子は?」
「実は清四郎と待ち合わせしていますの。彼が持っている筈ですわ」
清四郎のことだ。その辺は抜かりがないだろう。
「ふうん――じゃ、遠慮なく」
成美さんは私の傘を受け取ると、にやりと笑った。私は思わず赤面する。どうやら
彼女には、私の子供っぽい企みなどお見通しらしい。
文学部南棟のロビーで清四郎の姿を見つけると、知らず顔が綻んだ。
家が隣な上に、同じ大学だというにも関わらず、会うのは久しぶりだった。
就職活動の必要がない私と違い、医学部に入った清四郎は多忙だったし、
医学部と文学部の棟はかなり遠いため、偶然擦れ違うことも滅多にないのだ。
「野梨子が傘を忘れるなんて珍しいですね」
「ええ、うっかりしてました。一緒に入れてくださいな」
さりげなく申し出た私は、次なる彼の言葉に気落ちした。
「やっぱり生協に傘を買いに行きましょう。ふたりとも濡れてしまったら元も子もない」
ああ、なんて朴念仁!
相合傘なんて、非効率的な行為だとは百も承知だ。けれど清四郎と一緒に過ご
せる貴重な時間を楽しいものにしたいと思ったところで、罰は当たらないでしょうに。
「……そうね」
けれど私は結局清四郎の意見を受け入れ、ふたりで大学生協へ足を運んだ。
慌てて傘を求める生徒が続出したのだろう。入り口にはすでにビニール傘が並んで
いた。なんだか不本意な気持ちを引きずったまま、その一本を手に取る。
それでなくとも、私はあまりビニール傘が好きではなかった。いかにも間に合わせと
いわんばかりの素っ気無さが、雨の日の外出をいっそう憂鬱にさせたからである。
レジに向かう途中で、清四郎が傘のコーナーで立ち止まった。先程とは違い、
ちゃんとした造りの傘が並んでいる。
「清四郎?」
私の視線のもと、彼は一本の傘を選ぶとおもむろにその場で広げた。
骨組みの数が多いらしく、開くと円形に近い形になって可愛い。なにより目を惹く
のは、高級感のあるプルシャンブルーの生地だ。流石、我が大学と言うべきか、
生協に並んでいるとは思えぬ品だった。思わず見蕩れていると、清四郎が口元に
かすかな笑みを刻み(それが笑みであると気づくのは私ぐらいだろう)、言った。
「野梨子は気に入ると思いました」
そうして私に確認もせず、彼はさっさとレジへ行き、会計を済ませてしまったのだ。
未包装のまま、むき出しの傘を手渡されるまで私はあっけにとられたままだったが、
彼と傘を並べて歩きはじめるうちに、私は知らず知らず微笑んでいた。
プルシャンブルーの傘をさして清四郎と歩く世界は、どんな晴天の日よりも鮮やか
だった。
(軒先に見事な紫陽花を咲かせている家へ寄り道したいと言ってみようかしら)
靴に泥水が跳ね上がっても、雨の下を歩く私の足取りは軽い。
※
過ぎし日の恋は、彼も私も胸に秘めたまま、ときおり思い出しては、その甘酸っぱさを
楽しむだろう。
けれど悔しいことに、どんなに鮮やかな恋の記憶も、清四郎のくれるこの些細な喜び
にはきっと叶わない。
act.4ヘ
(2レスの予告でしたが、収まらなくてすみません
>不感症男
乙です。
清四郎、朴念仁なのにたまに女心を揺さぶるようなことをしてくれるんですね。
野梨子の高校3年のときの恋も気になります。
続き楽しみにしています。
>不感症
>やっぱり生協に傘を買いに行きましょう
ちょ、清四郎KYすぎだろwと思ったけど、傘を選ぶ所は清四郎の計算高さを感じました。
プルシャンブルーの傘をさして〜の表現がステキでした。
けど、野梨子の回想が過去形になってるのが気になる・・。
読んだばかりですが、続きが気になります。
小ネタというほどの話じゃないけど、昔このスレで有閑メンバーを「ベルサイユのばら」のキャラに例えたことあったけど
この前ベルばら読んでたら、そのことを思い出してすごく楽しかった。
オスカル悠理とアンドレ清四郎なんて、まったく別の話になりそうだし。
有閑メンバーで、部活対抗パフォーマンス大会(?)とかで、ベルばらの劇やっても面白そうだなぁw
劇いいね。それをうっとり眺める学生になりたい。
ロクサーヌの件で可憐が称したように、野梨子ってけっこういい性格してるから、
美童と並んで演技上手そう。
悠理と清四郎は下手そうだな。
魅録と可憐は、意外と羞恥心を捨てきれないかも。
お茶にお花に日舞に三味線はわかるけど、
野梨子が児童劇団(だったかな?)入ってたのも今思えば少し不思議。
そして一の蔵さんを押しのけてしまうほど演技が上手っていうのも不思議w
でも美童と経験者の野梨子なら絶対に素敵なカップルを演じただろうなあ。
可憐は「自意識過剰のお二方」のひとりだから、
入りこんでしまえば実力以上の演技を見せてくれそう。
魅録と清四郎は人前での演劇は嫌がりそう。
悠理は役柄に応じて?(お姫様とかは絶対嫌がりそうだけど)
演劇って、ちょっと内気なところがあって、自分の世界を持っている子の方が上手いとか。
一の蔵さんとのことは、
もちろん野梨子は主役を張れるぐらいの演技はあったんだろうけど、
彼女に勝ったのは単純に演技力だけの話ではなくて、
生徒たちからの人気だとか、もともともつ華とかが重視されたのかも。
あとは監督のもつ役のイメージがあったとか。
6レス借りて短編upします。
魅録+野梨子でCPではない話のつもりですが、
見ようによっては魅→野に見えないこともないかも知れないので、
苦手な方はスルーしてください。
高校一年時の設定なので、ふたりともまだちょっと他人行儀な感じです。
五月だというのに冬服では汗ばむような日差しだった。
昼休み、まだ着慣れない制服の襟元を気にしながら、
三ツ星ホテルのような聖プレジデント学園高等部校舎の裏を歩く松竹梅魅録の耳に、よく知った声が届いた。
「私、今はどなたともおつきあいするつもりはないんです」
隠れるように足を止めると、そこには白鹿野梨子と男子生徒が立っていた。
魅録の位置からでは男子生徒の顔は見えないが、
後ろ姿で誰かわかるほど親しい相手でないのだけは確かだ。
「別に結婚しようって言ってるわけじゃないし、ためしにつきあってみるぐらいいいだろ?
案外うまくいくかも知れないしさ」
「だから、今はそういうことする気になれないんです。申し訳ありませんけれど……」
「幼なじみの奴とつきあってるっていうのは噂なんだろう? それとも本当につきあってるの?」
「私はどなたともおつきあいしていませんし、おつきあいするつもりもありません」
……もてない男が必死にすがるのは見苦しい、とスウェーデン大使の息子が言っていたのが理解できる。
これでは堂々めぐりだ。
無粋な真似を承知で、魅録は他人事であるはずの惚れたはれたにくちばしをはさむことにした。
野梨子が近づいてくる魅録に気づき、口の中で「あ」と小さくつぶやく。
それでも男子生徒は自分の背後に気づかない。
肩を引いたら、裏返ったような悲鳴をあげて彼は振り返った。
やはり特に覚えのない顔だった。
「あまりみっともない真似するなよ。嫌がってるだろ」
我ながらこんな安っぽいドラマのような台詞を言おうとは。
見るからに文科系のこの男が腕力に訴えてこないことを祈った。
さすがに、金持ち学校に入学して二か月という時期に暴力事件を起こしたくない。
魅録のささやかな願いが通じたのか、
彼は不満そうな顔をして魅録と野梨子をそれぞれ一瞥し、駆け去っていった。
その背を何とも言えない気持ちで見送った魅録に、野梨子が言った。
「……助かりましたわ。ありがとう」
「感謝されるようなことはしてないさ」
こんなお嬢様が(というかこの学校の生徒の大半が)、
中学時代の魅録の素行を知ったら倒れるのではないだろうか。
恋愛ざたがもつれて暴力事件になった、という仲間の訴えで、
警察すれすれの大乱闘を起こしたことなんて一度や二度の話じゃない。
「そういえば、学年主任が探してた。
清四郎が言うには入学案内のパンフレットの記事を書いて欲しいということらしいけど」
決して多くはないが、魅録のように高等部から聖プレジデントに入学してくる者もいる。
そんな入学案内のパンフレットに、代表として何人かの生徒が学園紹介の記事を書く。
選ばれるのは文化活動や部活動で貢献した生徒か、そうでなければ成績優秀な生徒だ。
まして野梨子は幼稚舎からのプレジデント生で、教師の信頼も厚い。
「あら? わざわざありがとう」
「……でも、まあ、ちょっと時間をおいてから行った方がいいかも知れないな」
そうですわね、と野梨子はわずかに紅潮した頬を両手のひらではさむようにして、先ほど生徒が去っていった方を見た。
しかしそうは言ったものの、魅録は野梨子が去ってしまうまでは目的を果たせない。
何となく手持ちぶさたになった魅録を見て、野梨子は小さく微笑んだ。
「私に気にせず、どうぞ」
「ん?」
「煙草でしょう? 気にしませんから」
魅録は一瞬言葉に詰まり、結局はありがたくその申し入れを受けることにした。
まだ校内に慣れていないということを差し引いても、
この学校は煙草を吸える場所がない(ある意味当然だが)。
学生服の上着を脱いで芝生の上に投げ捨てる。
怪訝そうな顔をする野梨子に言った。
「立ちっぱなしってのもあれだろ?」
「制服が汚れますわ」
「これぐらい汚れたうちに入るかよ。――俺が座って吸いたいんだ」
ためらいながらも制服の上に座る野梨子を確認して、
魅録は風下に座ると遠慮なく煙草をくわえて火を点けた。
煙を吸いこんで、吐き出す。
副流煙が風に乗って流れていくのを見ながら魅録は間をもたせるように言った。
「男嫌いなのにもてるっていうのも大変だな」
高等部に入学して二か月の魅録にも、野梨子の人気とその難攻不落さはすでに噂として聞こえていた。
持ち上がり組はそれをよく理解しているから面と向かってアタックはしないということだが、
高等部から入学した連中が何人も玉砕したという話も。
「……清四郎も可憐も誤解してますけど、私、別に男嫌いじゃありません」
「へえ」
「ただ、恋愛に興味がないだけです。
――それに、皆さん私に何を望んでいるのかもわかりませんし。
好きだとよく知らない方に言われても、皆さん一体私の何を見ているのか……」
確かに、どう見ても不良学生の魅録相手でも、
今も構えたりおびえたりすることなく普通に話している。
つまりは自分に恋愛感情を向けてくる異性に興味がない、ということなのだろう。
他人に恋心を寄せられるのが自信になる人間と、面倒になる人間がいる。
美童グランマニエや黄桜可憐が典型的な前者で、剣菱悠理や野梨子は典型的な後者だ。
菊正宗清四郎と魅録はその中間あたりになるだろうか。
――ため息といっしょに魅録は煙を吐き出した。
この学校は居心地が悪いわけではないが、煙草を吸う場所がないことだけがつらい。
入学早々停学を喰らってはさすがに警視総監の顔をつぶすことになるし、
母親には「馬鹿ねえ、うまくやりなさいよ」と呆れられるに違いない。
「……隠れ場所が欲しいな」
思わずつぶやいた魅録の顔に野梨子の視線が向けられた。
驚いたように口元を片手で押さえている。
「いや、煙草。いちいちこんなとこまで来ないと吸えないのは面倒だと思って」
肩をすくめた魅録を見て、野梨子がわずかに微笑んだ。
「驚いたわ。私も同じことを考えていましたの」
確かに、四六時中男子生徒から注目を受けっぱなしではなかなか気も休まらないだろう。
その上、あからさまなものは少ないだろうが、
その中には即物的な視線――有体に言えば性欲――もいくばくかは含まれているに違いない。
見るからに潔癖症であろう彼女にとって決して喜べることではないはずだ。
「どうにかしたいな、切実に」
「クラブか同好会設立を申請してみるのはどうかしら?
すぐにというわけにはいきませんけれど、申請が通れば部室がもらえるはずですもの」
へえ、と相槌を打つ。
そのアイディアはなかったけれど、悪くない。
「悠理にも言ってみるか。あいつ食糧置場が欲しいとか言ってたから」
「悠理ならきっと賛同しますわよ」
短くなった煙草を携帯灰皿に片づける。
それをきっかけにしたかのように、野梨子はにっこりと笑うと優雅なしぐさで立ち上がった。
もう一度かがんで魅録の制服を手に取り軽くほこりを払うと、丁寧に畳んでこちらに差し出した。
「本当にありがとう」
「感謝されるようなことじゃないって。また放課後な」
「ええ」
――たまに、これ以上ない幸福は救いようのない不幸と紙一重だと感じることがある。
凸と凹の形が、正反対なようで実は似ているように。
野梨子の容姿も家柄もそうなのかも知れない。
もう少し彼女の容姿と家柄が凡庸だったら、
彼女の性格や知性に好意を抱く男だけが寄ってきたかも知れないのに。
そして、野梨子と対等以上の頭脳と優れた武道の能力を併せ持ち、
容姿や家柄といった外面でなく、彼女の知性や才能を認めている清四郎と生まれたころからの幼なじみであるという現実も、
野梨子が恋愛のハードルを高くしている一因であることは疑いない。
清四郎がもう少し隙のある男だったらまた話も変わっていただろう。
野梨子の遠ざかっていく背中を見送りながら、『隠れ場所』ができるだけ早いうちに見つかるといいとぼんやり思った。
自分のためにも、そして彼女のためにも。
その後、正式に同好会を申請するのはいくつかの点で面倒があることがわかった。
なにせ部への昇格を目指さなくてはならないのだ。
それならば数か月後の生徒会選挙で本部役員を独占しようと提案したのは清四郎だった。
会長、副会長、会計、書記、運動部部長に文化部部長でちょうど席は六席だ。
結果、六人が生徒会室というこの上なく治外法権の隠れ場所を手に入れることになったのは数か月後の話。
そして、清四郎が野梨子のコンプレックスを刺激するようなことを言ったとき、
魅録が彼女の側に立つのはその三年後の話。
>デコボコ
めちゃくちゃ面白かったです。
設立秘話、そういえば原作になかったですもんね。
>デコボコ
GJ!
結成秘話おもしろかったです。野梨子と魅録から始まったのが意外で良かった。
この2人、本当にデコボコでぴったりです。
>デコボコ
乙です!
芝生に上着を投げ捨てる魅録に萌えました。
この二人の今後も読んでみたいなー。
>デコボコ
正反対の二人から結成が発生したってのは面白いですね!
すっごく楽しく読ませてもらいました。
恋愛要素は薄いのにラストでさりげなく三年後に繋げているのもGJ。
私も今後の話とか他のメンバーとの話とか読んでみたい。
清四郎×悠理の短編です。
三題噺のときに考えたけど間に合わずに放置していたものです。
5レスおかりします。
560 :
劇1:2008/06/12(木) 21:56:46
(今日もいい天気ですね)
蒼穹に大きく膨れ上がる雲の毛羽立ちを見つめながら、
ぼくは屋上のコンクリートに寝転がり、空を見上げていた。
現在、全ての学年の授業を潰し、学校をあげて文化祭の準備の真っ最中だ。
エスカレーターに乗っていれば良い名門私学の暢気さで、聖プレジデント祭はそこそこ盛り上がる。
わがクラスはコスプレ喫茶をやることとなった。
ぼくはなんとか裏方を勝ち取った。
とはいっても、ギャルソンの格好をすることで女生徒たちを納得させたわけだが。
今、教室では採寸やら仮縫いやら良く分からないが、
女生徒たちがきゃいきゃいと騒ぎながら衣装合わせをしており、男子禁制となっている。
そのうち昼休憩になったため、ぼくはこうして屋上で昼食をとっているわけだが、
午前中は早弁すら出来ていない悠理は今頃そうとう飢えていることだろう。
(そろそろ、あいつも我慢の限界でしょうね)
残してきた悠理を思い、ぼくは思い出し笑いをした。
そのうち獣のような顔をして――、
「もー嫌だ、うんざりだ!」
ほらね。
561 :
劇2:2008/06/12(木) 21:57:16
ばんっと勢い良く階段室へ続くドアが開けられ、
ピンクのひらひらを身に着けた悠理が雄叫びをあげた。
「お行儀が悪いですよ、”お姫様”」
ぼくが揶揄うように声をかけたら、そこで初めてぼくに気づいたらしい。
「――って、あー! 清四郎、おま、何してんだよっ」
弁当片手に寛いでいるぼくに非難の眼差しを向けてきた。
「何って、休憩中。ちゃんと委員長には、仕事があったらメールくれって言っておきましたよ」
もちろんまだ後ろポッケに入れてある携帯電話はぴくりとも震えていない。
まだ盛り上がった女生徒たちが教室を占拠しているのだろう。
当分、お呼びはかからないとぼくは踏んでいた。
「あたいが苦労してるときに、お前はのうのうと〜」
よっぽどストレスが溜まっているらしい。
今にもちっちゃな子供がするみたいに地団駄を踏みそうな勢いで、悠理は喚いた。
この調子じゃ、やっぱり脱走してきたんだな。
「だいたい、なんで女生徒全員参加なんだよっ。あたいは裏方でいいのに」
「どっちにしろ、お前料理なんか作れないだろ」
「まーそうだけど」
「で、それって白雪姫?」
「そ。もー脱ぎたい」
なかなか本格的な衣装だ。
「目立つの好きだろ」
「動きにくいんだよ」
悠理は別に、女らしい格好が嫌いなわけではない。
単にそういったものに興味がなく、それよりも誰も着ないような面白い服や、
動きやすさなどを重視しているだけらしい。
562 :
劇3:2008/06/12(木) 21:57:52
脱いだら怒られるかなぁと言いながら、悠理はたったままフェンスに凭れかかった。
さすがに地面に座って汚す勇気はないらしい。
気持ちは分かる。
普段はおしとやかなクラスメイトたちが、なにやらこのごろ妙に迫力があるのだ。
実害のないぼくでも恐れをなしているのに、
あのギラギラした眼差しを常に浴びている悠理が怖くない筈がない。
悠理にしては割とおとなしく要求にしたがっているのも、そういうわけなのだ。
「あー、文化祭までずっとこれが続くのか。ゆーうつ」
溜息をついて悠理は空を見上げる。ぎしりとフェンスが軋んだ。
ぼくに何の先入観もなければ、今の悠理は可憐極まりない格好だと思う。
悠理の奴、肌の手入れなんて絶対にやってない筈なのに、
毛穴なんて全く、肌理が整っていおり、しかも色白い。
睫だって、野梨子みたいに鉛筆乗りそうなぐらいバッサバサというわけではないが結構長く、
伏し目がちにしたら目元に蔭が出来るぐらいだ。
腕とかも、可憐とは違って筋肉もついているが、
それでも一体どこからあんな馬鹿力が出るのかと不思議になるぐらいには細い。
普段のユニセックスな格好じゃなく、ドレスなど着ているせいで、
少年っぽさが隠れ、ちゃんと美少女に見えるから不思議だ。
563 :
劇4:2008/06/12(木) 21:58:18
「あー腹減った」
恨めしげにぼくの弁当を見ている悠理に、ふとぼくは悪戯心が生まれた。
爪楊枝で弁当に入ってた林檎を突き刺し、立ち上がった。
そして、悠理の目の前に突き出して、
「お嬢さん、美味しい林檎はどうですか」と芝居がかった声で言ってみた。
悠理はえへへと笑うと、ぱくりと林檎に食いついた。
ぼくは、ハムスターみたいに口いっぱい膨らませて、
林檎をむしゃむしゃ食べる悠理の両脇に肘をついて、覆いかぶさるように見下ろした。
え? とでも言う風に咀嚼する口の動きを止め、ぼくを見上げた悠理に啄ばむような軽いキスをした。
「――可愛いですよ」
途端に、真っ赤になる悠理が可愛い。
慌てて口の中のものを飲み込んだ後も、何か言いたそうにしているが無言のままだ。
「お前、それほとんど嫌がらせ」
もちろんぼくはわかってやってる。
キスだけで動揺する悠理ではないが、こういう甘ったるい空気が苦手なのだ。
元来、ぼくもベタベタする付き合いかたなんかするタイプではないのだが、
身の置き所がなくてどうしたらいいのか分からず右往左往する悠理を見るのが面白く、
わざと気障っぽいことを言うときもある。
564 :
劇5:2008/06/12(木) 22:00:27
「あのさー」
困ったように眉根を寄せながら、悠理が言った。
「あたい、やっぱたまにはこーゆーヒラヒラ着た方がいいの」
「いや、いくらなんでもその衣装はないでしょう」
「たとえだよ、たとえ。そうだな、ほら可憐みたいなスカートとか」
「どっちでもいいですよ。……笑ってくれていたなら」
ごちゃごちゃ言う悠理の前髪をかきわけ、おでこにキス。
そのままシュンと音でもしそうな勢いで絶句した悠理は気づかないだろう。
ぼくの方こそ心臓がドクドクと早いペースで脈打っていることなんて。
揶揄うための気障ったらしい口説き文句は出てきても、
お前の飾りっけのない笑顔が好きなんだなんて、
――そういう本当のことだけは、照れてなかなか言えない。
おわり
>劇
面白かったです!!
キザな台詞を言う清四郎と真っ赤になる悠理が可愛くてイイです。
>劇
GJ!とても良かったです!
本心が言えない清四郎に萌えました。
素直な悠理ってめちゃめちゃ可愛いな〜。
【act.4】高校三年生・夏
あの頃、新しい友人たちが見せてくれる世界に、私はすっかり夢中だった。
何もかもが新鮮に感じられ、薄い靄で隠された視界が突如広がったかの
ように感じられた。
事実、それまで近視眼的であった私の思考は、そのとき啓かれたのだろう。
私の変化は、同時に清四郎との関係を新しいものへと変えようとしていた。
私達はそれまでの依存関係から脱皮せざるを得なかったのである。
※
土曜日の夜、私は可憐に付き合って銀座で遊んだ後、家路へつく途中だった。
駅から家へと向かう道で、偶然書店から出てくる清四郎と行き逢った。何か
買ったのだろう。小脇に紙袋を抱えている。
「こんな時間にひとりで歩くのは危ないですよ」
躾に厳しい親のような顔をして忠告してきたので、ちらりと時計を確認したら午後
八時をさしていた。確かに早いとは言えないが、こんな顔をして友人に咎められな
ければならない程に遅いわけでもない気がした。少し前の彼であれば、こんな些細
なことに口出しをしてこなかった筈である。
しかし私はあえて逆らわず、「次からはタクシーを使いますわ。心配かけてごめん
なさい」と返事した。ついでに微笑みも貼り付けてみせる。
清四郎は物言いたげであったが、結局は肩をそびやかしたのみで、それ以上は
何も言わなかった。
そのかわり彼は、私が手にする荷物を見遣った。
「服を買ったのですか?」
「ええ。ほとんど可憐に買わされたようなものですけどね」
どうやら前々から可憐は私の服装に対して思うところがあったらしく、待ち合わせ
に出てきた私を有無言わさずブティックへ連れ込んだのだ。
彼女の勧める服はどれも大胆で、身に着けるのには勇気のいるものだった。
特に肌を露出する服には抵抗があり、「可憐ならともかく、私が着ても似合わ
ないでしょう」と訴えてみたのだが、可憐によって一蹴された。
『馬鹿ね。こんな服、あたしが着たら胸ばかり強調されて下品なだけじゃないの』
褒めてるのか揶揄われているのかは分らないが、布地の心もとないキャミソールと
スカートを身に着けて鏡の前に立った私は、確かに似合っていたのだ。
結局可憐の押しに負けて、その服を着たまま店の外に出ることとなってしまった。
その後も、良い機会だと言わんばかりに、あちこちの店へ引っ張られ、気がつけば、
ゆうに一週間は着まわせる量を買っていた。全部は持ちきれないので、一部は取り
置きしてもらうことになった程である。
私は疲れきりながらも、お世辞ではないだろう可憐の手放しの賛辞が気持ちよく、
言いなりになりながら、街歩きを楽しんだ。
「……そういう格好は嫌いだと思ってましたよ」
予想通り、清四郎の顔は渋い。
私はそれに気がつかなかったふりをしながら、楽しげに続けた。
「いいえ。むしろなんだか気持ちまで軽くなったような、そんな気がしますわ」
言葉通り、歩きながら口に羽でも生えたような心地がしていた。
「そうですか」
反対に清四郎は、硬い表情で相槌を打っただけである。それも、文句がある
ものの筋違いだと分っているため、咽喉もとのあたりで言葉を飲み込んでいる
ような、そんな歯切れの悪い口調だった。
私は自然と口角が上がるのを止めることが出来なかった。
他の同級生の男子生徒たちとは違い、とっくに大人になったような顔をしている
清四郎も、本当は子供じみたところがあるのだ。
ある種の意地の悪い考えを抱きながら、私はこれまで感じたことのないような
痛快な気分を味わっていた。
※
自分こそ子供であったと悟るには、それから幾らかの年月を要することになる。
お互いの頑是無い執着の末にあるものを、そのときの私はまだ知らない。
act.5へ
× 口に羽が生えた
○ 靴に羽が生えた
訂正の連投ごめんなさい。
以後気をつけます。
毎度毎度本当にお見苦しい。
× 高校三年生・夏
○ 中学三年生・夏
>不感症男
お待ちしていました!
野梨子の服に渋い顔をする清四郎がかわいい。
執着の末にあるものは何なんだろう。
>不感症男
ちょこっと子供っぽい顔が見え隠れする清四郎がいい!
続き楽しみに待ってます。
>不感症
待ってました!
可憐と2人の買い物なんて、見立てとか、すごく女の子っぽくていいな。
清四郎の反応もw
続きも待ってます。
野梨子って、基本的には清楚な服とか着てるけど、
夏とかだと露出の多い服も意外と普通に着てたりするよね。
野梨子って、基本的には清楚な服とか着てるけど、
夏とかだと露出の多い服も意外と普通に着てたりするよね
なんという時間差連投。
ごめん
『突撃インタビュー・倶楽部最強は誰ですか』
1・文化部長の大和撫子「随分おかしなことをお聞きになりますのね。
…そうですわね、最強……。可憐じゃないかしら。どんな強い殿方も可憐には敵いませんもの。」
2・書記の傾国の美女「最強?そうねぇ、美童かしら。あいつの話術は詐欺師並みよ。あの顔と話術があれば負けることなんてありえないわよ」
3・会計の世界の恋人「そんなのわかってるだろ?清四郎に決まってるじゃん。
最強なんて清四郎のためにある言葉でしょ。頭脳明晰、文武両道。…彼に死角はないよ」
4・生徒会長の鉄人「まぁ、現実に考えれば魅録でしょうね。
能力の高さは元より、バランスや顔の広さも抜群ですから。」
5・副会長の常識人「そりゃ悠里だろ。あの腕っ節の強さにあの家だろ?まさに鬼に金棒だよ。…これで知能さえ加わればな」
6・体育部長の孫吾空「…知りたきゃ教えてやるよ。野梨子だ。
…理由?そんなのあたいの口からは言えねぇよ」
お粗末でした
>577
悠理は野梨子に何をされたのか激しく気になる。
>>574 野梨子、肩出してる黒のワンピ着てることなかったっけ。
千秋さんの誕生日の回で。
御大が書いた野梨子の私服で、いいかんじだと思った記憶がある。
ああ、これ可愛い。
別荘いったとき(エメラルド婆さん)の回も好き。
>>577 ワロタw
確かに野梨子は最強(最凶?)に違いない
可愛い服といえば、スパのときの悠理のふわふわなコートも好きだな。
>不感症男
今回誤字も面白かったですwすみません
二人も高校や大学の時より初々しい所が中学生らしくてよかったです。
>577
清四郎⇒魅録の評価がなんかいいなあと思った。
魅録スキーだから。
清野小ネタ連作の続きです。
バラバラになりすぎたので、時系列に並べてみました。
>>527【act.1】中2冬 ⇒
>>567【act.4】中3夏⇒
⇒今回【act.5】大3晩冬⇒
⇒
>>533大4春【act.2】⇒
>>539大4梅雨【act.3】
【act.5】大学3回生・晩冬
そのときの私の無様さを、恋に目が眩んだのであろうと人は嘲うのだろうか。
――それは事実かもしれなかったが、正確ではない。
むしろ感情に翻弄されることも、恋を凌ぐことも、私は全てを諦めてしまったのだ。
※
「野梨子が卒業したら、結婚しましょうか」
「……でもその頃、清四郎はまだ学生でしょう?」
直前まで清四郎は、故チェスタートンが世に出した推理小説が如何に特殊で
あったかを語っていた筈であった。それが何の脈絡もなく、――しかしそれまでと
全く同じ声音で――この男は突然プロポーズなんぞをしてきたのだ。どこか
おかしいのではなかろうか。それとも冷静に返答している私の方がおかしいのか。
私はどこか現実感がなく、他人事のような目で清四郎を見詰めた。
そもそも清四郎が久しぶりに我が家へやってきたのは、小母様からのお使いが
あったに過ぎない。すぐに帰ろうとする清四郎を母が引きとめ、成り行きで簡略
ながらお茶を点てることになったのだ。母が新たな客のために中座し、ふたりで
こうして茶菓子をつまみながら話をしていたら、急に彼は不機嫌になったのである。
不機嫌といっても、長い付き合いの私がそれとなく察する程度のものである。
傍目にはいつもと変わらぬ生真面目な表情に見えることであろう。
「確かに僕は、少なくともあと二年は学生ですし、無収入です。また卒業後も
研修医として不安定な立場であることも認めます。ですがそういうことは時間が
解決してくれるでしょう。隣に住んでいるのだから、籍を入れてすぐに同居する
ことに拘る必要はないですし」
「私は婿養子しか取りませんわよ」
「もちろん分っています」
私はもう一度自分へ問いかけた。
普通は甘い筈のプロポーズの言葉を何故か顰め面をしながら口にする清四郎
と、疑問の全てを飲み込んで、淡々と返事をする私のどちらがおかしいのか。
私の密かな動揺は、力を込め過ぎた手の中でつぶれ、そっと懐紙に戻された
落雁だけが知っている。
「私と結婚することの清四郎のメリットは?」
私自身のメリットについては今更問うまでもない。自覚してもうすぐ三年になる
この恋心を清四郎に告げたことはないが、彼とてこんなことを言い出すぐらいだ。
私の気持ちなどとうに察していたのだろう。
清四郎は私の質問に対して、淡々と、そして簡潔に答えた。そこに僅かであって
も綻びを見つけることが出来ていたのなら、私も救われていただろうか。
「君のそういう率直な態度が好ましいこと。君と結婚すれば、僕の周囲にたかる
煩わしいことの大半から開放されること。長年の経験から、一緒に生活できること
を許せそうな女性は野梨子ぐらいであること」
――おかしいのは。
嘘であっても愛の言葉を口にしないで平然としている清四郎なのか。それとも、
悲しみと半ばして、嬉しいと思ってしまう私だろうか。
香ばしくもさっぱりとした薄茶の匂いが和室に広がっている。
男性的であるものの美しい清四郎の指先が陶器の茶碗を扱う様を、私は茫と
して見詰めていた。
それから私は彼となんと受け答えしたのか、あまり覚えていない。しかし帰りがけ
に玄関先で清四郎が言った言葉だけは、今も脳裏へ鮮明に焼きついている。
「――君は本当にそれでいいのですか」
私の気持ちなど無視しておきなら、今更何を。
そう思いもしたが、自分を見詰める清四郎の瞳が、一刹那、思いも寄らぬ葛藤
を垣間見せたために私は口を噤んだ。しかし、立ち竦んだ私の姿を認めると、
次の瞬間には、彼はいつものポーカーフェイスを取り戻し、私に背を向けた。
※
願いを口にしたところで無駄だという思いの奥底に、今思えば清四郎が誰にも
情を傾けぬ冷徹な男であればという、浅ましい本音があったのだろう。
彼を罵倒し、頬のひとつでも張っていれば何かが変わっていた筈である。しかし
あの頃の私には、全てを飲み込むこと以外のどの行動も取れやしなかった。
act.6へ
588 :
名無し草:2008/06/15(日) 18:52:18
お待ちしてました!リアルタイムうれしすぐるwww
>不感症
私もお待ちしてました。
うーん清四郎が読めない。だがそこがいい!
これからの展開も楽しみです。
>不感症
こんな清四郎は嫌だw
けどそれが面白くてニヤニヤしてしまいます。
>不感症男
互いに腹の探りあいをしてるような、こういう清×野は大好きです。
今回も面白かったです。
続きを楽しみにしています。
カプなし短編、3レスお借りします。
ごくごく微妙に美×可の要素があると言えばあるし、無いと言えば無いです。
雨の日は眠い。しかも生理前。学校なんて休んでしまえば良かった。
可憐は、教室の窓をぼんやり眺めていた。
午後1コマ目の数学。教師は生徒に宿題の板書をさせている。やる気が無いのは可憐
だけではないようで、生徒の4分の1は舟を漕ぎ、別の4分の1は声をひそめつつも
おしゃべりに興じ、更に4分の1は内職をしている。中間考査も終えた今、高校3年生とは
言え大半の生徒が受験に無縁の、聖プレジデント学園の授業は実に平和なものだ。
可憐はそっと席を立ち、教師に告げた。
「先生。気分が悪いので、保健室へ行きたいんですが」
教師は、訝しげに可憐を見る。またか。声に出さずとも、表情はそう語っていた。
授業が始まってから、保健室へ行くと言った生徒は可憐で3人目だ。
おそらく、誰ひとりとして保健室へなど行っていないのは、教師にもわかっていた。
「今日の分は、後でしっかり復習しておくように」
可憐もまた保健室へは向かわず、生徒会室へと続く廊下を選んだ。
誰が使ったかわからない保健室のベッドで横になるよりは、生徒会室のソファの方が
好ましい。
ホットミルクにラムでも入れれば、気持ち良く眠れることだろう。
*****
夢を見た。幸せな夢を。
夢の中で可憐は、柔らかい日差しが降り注ぐサンルームに居た。ノックに応えると、
メイドがコーヒーを運んで来た。
可憐は芳しい香りに包まれながら、夫のことを考えていた。
妥協しなくて良かった、と心から思った。
彼は、財産、外見、性格、年齢、すべてが理想通りだった。たくさんの婚約者も
居なかったし、ゲイでも幽霊でもマザコンでもない。
サンルームの外ではざわめきが聞こえる。
子ども達が庭で、友達とはしゃいでいるのだろう。
ひときわ大きい歓声が上がった。
「お父様!」
夫が久し振りに帰ってきたのだ。
実業家の夫は海外出張が多く、不在がちだ。出産前は可憐も同行していたが、子どもが
生まれてからは自宅で帰りを待つようになった。子ども達のことは愛しいが、末子が
中学生になれば再び夫に同行するつもりでいた。結婚して何年も経つのに、可憐は夫が
恋しかった。
彼はもうすぐこの部屋へやって来る。
いつも通り泣き黒子にキスをして、君が居なくて寂しかったよと言ってくれるだろうか。
新しい洋服を似合っていると褒めてくれるだろうか。彼は今も、自分を美しいと思って
くれるだろうか。
不意に、肩に温かい手が置かれた。
ノックも足音も聞こえなかったことに疑問を感じることもなく、これは彼の手だ、
と直感した。
頬に彼の唇を感じる。
コーヒーの香り、外の喧騒、彼の唇。可憐は、一分の隙も無い完全な幸福の中に居た。
夫の方を向こうとして、自分が目を閉じていることに気付いた。彼を見たいのに
まぶたが重い。
愛していると言おうとしても、口が思うように動かない。
もどかしさに首を振った途端、世界が希薄になって行くのを感じた。
*****
目を開いた時、可憐は一瞬、自分がどこに居るかわからなかった。
よく知っている天井、書棚、テーブルと順に視線をさまよわせ、生徒会室で
仮眠していたことを思い出した。
コーヒーの香りと外の喧騒は夢と変わらず、愛する人の唇だけが存在しなかった。
「良い夢、見てたわ」
誰に告げるともなくつぶやいた。
「へぇ、どんな夢?」
ふたり分のカップを手に、美童が現れた。
「うそっ。もう放課後?」
「そうだよ。もうすぐ皆も来るんじゃない?」
「やばっ。数学だけじゃなく、世界史までさぼっちゃったわ」
可憐は眉を寄せて体を起こした。
「ねぇ。外、雨よね? どうしてこんなに騒々しいの?」
「もう止んでるよ。グランドは濡れてるけど、夏の予選が近いから野球部は張り切ってる」
「うち、強かったっけ?」
「弱いよ。キャプテンが熱くて、今年は念願の2回戦進出を目指してるらしいけど」
ふうん、と気の無い返事をして、可憐は美童の運んだカップに口をつける。
可憐は以前、美童からコーヒーを褒められたことがあるが、実は美童もなかなかのものだ。
今は性能の良いコーヒーメーカーで美味しいエスプレッソも淹れることができる。生徒会室には
直火式の器具もあるが、可憐が腕を落とさない為に時々使うくらいものだった。
美童も使えるだろうとは思っていたが、実際に飲むのは今日が初めてだ。
「珍しいじゃない。美童が直火式を使うなんて」
「新しい彼女がさ、コーヒー好きなんだ。スウェーデン式のエスプレッソを飲んでみたいわ、
なんて言われて。久し振りに使うから練習中」
美童は肩から髪をはらい、僕ってもてて困っちゃうよね、のポーズをとる。
可憐は微笑んだ。
「美味しいわよ。あんたって、ほっんとマメよね」
「可憐がそう言うなら、合格だね」
美童はこういうとき、本当に嬉しそうな顔をする。
「で、良い夢ってどんな?」
「とても素敵な夢だったわ。だから、教えない」
「えー、なんで?」
「夢って、人に話すと本当にならないって言うじゃない。だから、良い夢は話さないの。
悪い夢を見た時に聞いてちょうだい」
「へぇ、そういうものなんだ」
夢での可憐は、財産のある相手と結婚し夫を愛していた。子どもにも恵まれ、
これ以上ないくらいに幸せだった。正夢になるだろうか。いや、絶対にしてみせる。
相手の顔がわからなかったことが、残念だった。きっと良い男だったに違いないのに。
覚醒間際のことを思い出してみる。
現実とリンクしていたのは、コーヒーの香りに、屋外の喧騒。足りないのは……。
ふと、美童の唇に目がいった。
まさか、ね。
疑念を振り払うように頭を振り、決意を言葉に乗せる。
「私は絶対、素敵な相手と恋に落ちるのよ。それもきっと近いうちに」
Fin.
>不感症男
きのうに続き、投下があって嬉しいです。
この話って、時系列がバラバラなせいか、本のページを集めてるようなおもしろさがあります。
清四郎が本当に何考えてるか判らん…。
PEAを体感するのか気になります。
>不感症男
愛の言葉もないプロポーズでも受け入れてしまう野梨子がせつない。
この二人、一体どうなるのだろう。楽しみです。
>午睡
おもしろかったです。
この後美童のことを意識しだしたりしちゃうのかなと想像してしまいました。
>午睡
こういう話好きだなぁ。
可憐にこうゆう幸せな未来が待っていてほしい。
乙でした。
7レスお借りして小ネタupさせていただきます。
かろうじて清四郎×野梨子のCPですがほとんど恋愛要素はありません。
ギャグというか変な話です。
>>456-463の「ムコ養子」の続きのような感じなので、
・有閑の面々は三十歳前後(作中の時間から十年ほど経っているという設定)
・そのため清四郎はじめ有閑の面々は若干雰囲気が丸くなっています
・六人以外のとある原作キャラクターの妄想設定がたくましいことになっています
以上の設定に抵抗がある方はスルーお願いします。
「結婚!?」
「ええ。また詳しく決まったら報告します」
ごちそうさま、と手を合わせて朝食を終え、
立ち上がった菊正宗清四郎を襲ったのは家族の質問攻めだった。
「おい、和子といいおまえといい、うちの子供たちは何なんだ! ちゃんと説明ぐらいしなさい」
「相手はどんな子? いつごろからおつきあいしていたの? 相手のご両親にはご挨拶に行ったの?」
「んまあ、あんたと結婚してくれるなんて奇特な相手がいるの? あんたまさか、だましてるんじゃないでしょうね」
――家族の美しすぎる信頼関係に涙が出そうだ。
食器を片づけに行こうとした清四郎は動きを止め嘆息した。
「皆さんよく知ってる相手ですよ」
「嘘、あんた私たちがいるときに家に彼女連れてきたことなんて一度もないじゃない」
「子供のころから知ってるでしょう。野梨子ですよ」
あわただしい朝の空気が、一瞬、完全に静まった。
すぐに時は流れだし、再び清四郎は質問攻めにされる。
「野梨子ちゃんと!? あんたたちいつからつきあってたのよ!」
「もう、もっと早く言っておいてくれないと。
ママ、この前道で野梨子ちゃんに会ったとき普通に挨拶しちゃったじゃない!
そうだとわかってたらもっと……」
「おいおい、簡単に結婚っていっても、白鹿さんの家は野梨子ちゃんひとりなんだぞ。
簡単に嫁に来てもらうわけには……」
「僕が彼女の家の籍に入ります。姉さんも結婚して病院を継ぐ下地もできたわけだし、問題ないでしょう」
質問はまだ続いていたが切り上げて、清四郎はさっさとダイニングから出て行った。
今日は久しぶりの休日で、ちょっと遠出して大きな本屋へ行こうと昨日から決めていたのだ。
家を出ようとしたとき、松竹梅魅録からメールが入った。
時間があるから一緒に昼食でもどうだ、との誘いに、ちょうど今日は休みだと返す。
本屋に行くからその後でと伝えると、車で拾ってくれるとのことだったので、ありがたく申し出を受ける。
書店にはタクシーで向かった。
最近は多忙なので本はインターネット通販で購入しているが、やはり自分の目で触って選ぶのが一番だと思う。
学術書や気になっていた新作を何冊か購入して店を出ると、黒のイタリア車が停まっていた。
ツーシーターのスポーツカーで、最初乗ったときに清四郎でもぎょっとしてしまったほどスピーカーがいい。
車と機械には手間と金を惜しまないところは少しも変わっていない。
「よう、久しぶり」
「元気そうですね」
清四郎が助手席に乗りこむと声をかけられる。
「何食う?」
「任せます」
これ以上ないほどなめらかに発車する。
東京の一般道で走らせるのはもったいない車だ。
きっと翼をもがれた鳥のようなものだろう。
それほど長くないドライブの後、魅録が車を駐車場に着けた。
大きな店ではなく、さほど混雑もしていないが、清四郎は友人のセンスを信じている。
創作和食の店だった。
常連らしい魅録が慣れたように何皿か注文したので、彼に任せることにした。
「ところでさ」
灰皿を手元に寄せながら魅録が言った。
「野梨子と結婚するって? 婿養子だって聞いたけど」
突然のことで、一瞬詰まる。
向かいの席に座っている彼はからかうように笑っていた。
「……情報が早いですね。いつでも探偵を本職にできますよ」
「そりゃどうも。ただ、種を聞いたらがっかりするぜ」
「ん?」
ライターを片手でもてあそびながら、魅録はまだ笑みを消さない。
「おふくろ、今ハワイに行ってんだよ。剣菱のおばさんと」
よくあること、とまではいかなくても決して珍しくないことだ。
ふたりは仲がいいし、年に一度か二度、毎年一緒に旅行をしている。
「それでさ、おまえ、自分の姉さんが剣菱のおばさんとメル友だって知ってた?」
「はあ!?」
完全に虚を突かれ、清四郎は思わず声を上げてしまった。
脳裏に姉と、魅録の母親と、剣菱財閥会長夫人の顔が順繰りに浮かぶ。
――つまり、朝食の席で報告を受けた姉が、すぐに剣菱百合子にメールを送り、
そこから松竹梅千秋に伝わり、情報を手に入れた魅録が清四郎に連絡を入れた、ということだ。
それにしても。
「……絶対に敵に回したくない連合ですね」
「同感」
肩をすくめた魅録は、続けて言った。
「とりあえず、おめでとさん。今度みんなで集まろうぜ。そのときちゃんと祝うからさ」
「ありがとうございます」
料理が運ばれてくる間、ふたりは無言だった。
魅録は静かに煙草を吸っている。
清四郎は店にかかっている絵をぼんやりと眺めていた。
何か違和感があるような気がするのだが、たいしたことではないだろうと考えるのを放棄する。
店員が下がると、魅録は煙草を揉み消して箸に持ち替えた。
「ようやくって感じだけどな、俺から見ると」
「そうですか?」
「生まれたころからのお隣さんで、幼稚園から小中高と同じ学校で、家族ぐるみで仲良くてさ。
正直もっと早くまとまるかと思ってた」
清四郎も箸を手に取って苦笑する。
「いろいろと事情もあったんですよ」
「ん? ああ、医大って六年だもんな。それから研修だっけ?」
「それもあるんですけれど、長子じゃない長男っていうのはなかなか難しい立場なんですよ。
姉も、あれで女性ですからね。もしかしたら相手の男性の家庭に入りたいと思うかも知れませんし」
そう、もしも(かなり確率が低いことではあったが)姉が結婚して仕事を辞めると言い出したら、
自分が後を継がなくてはならない。
弟としてそれぐらいのフォローをする義務はあるだろうと清四郎は考えていたし、
兄ならまだしも姉を差し置いて身を固めるのも何となくはばかられることだった。
ふうん、と相槌を打った魅録にはあまり実感が持てないのだろう。
公務員、とりわけ警視総監は子が継ぐ職というものではないし、その必要もない。
菊正宗病院や白鹿流のような家業とは話が違う。
現に彼は、気ままに機械をいじる仕事に就いている。
それからは、お互いの近況を報告しながら食事の時間を過ごした。
結婚祝いだと魅録がいつの間にか会計を済ませていた。
相変わらずそつのない男だと清四郎は思う。
魅録は、午後から外せない仕事があるとぼやきながら車に乗りこんだ。
とはいえ本業ではない。副業だ。
閑つぶしで始めた探偵業(本人は格安何でも屋と言っているが)が思いのほか有名になってしまい、
どうしたもんかと悩んでいるらしい。
「いっそのこと、そっちを本業にしたらどうですか? 会社を興すならいつでも協力しますよ」
家の前に車を着けてくれた魅録に、清四郎は半ば冗談半ば本気で告げた。
「……おまえ病院は?」
「考え中です。まあ、どっちにしても今すぐやめるというわけにはいきませんが」
「ふうん。――確かに、まあ、そういうのも悪くないかもな。俺も考えとく」
本を片手に車から降りると、「じゃあまた」と高校時代のように軽い挨拶で別れた。
この日から数日間、清四郎の近辺はすこぶる平和だった。
「フランスとニューヨークで素敵なリボンと生地を買ってきたのよ。
それからイタリアで今一番人気のあるブランドのデザイナーにデザインをお願いしてきたし。
きっと素敵なドレスができるわ」
――違和感は当たった、と野梨子とともに呼び出された剣菱家で、清四郎は内心頭を抱えた。
よく考えたらおかしな話だったのだ。
姉から剣菱夫人に伝わり、そこから魅録の母に、そして魅録へと伝わった結婚の情報。
それなのに、なぜか剣菱夫人の娘である剣菱悠理からはまったく音沙汰がなかったのだ。
魅録より先に悠理に伝わっても不思議ではないのに。
「あ、あの……おばさま」
「お色直しは何回にしましょう。最低五回はしないとねえ。ブーケトスのブーケも最高のものにしなきゃ。
ああ、結婚式ってやっぱり素敵よねえ」
「ちょ、ちょっと、おばさま、待ってください!」
――つまりは、ハワイで優雅なバカンスを過ごしていた剣菱夫人は、
自分の娘の友人たちが結婚するという一報を聞き、
すぐさま飛行機でアメリカとヨーロッパを渡り歩いて生地とデザイナーをかき集めていたのだ。
そう、娘への連絡を忘れるほど夢中になって。
「そうだがや、母ちゃん。待つだ」
傍に控えていた剣菱会長の言葉に、野梨子はほっと表情を緩めた。
剣菱万作は真剣な顔で首を左右に振る。
「白鹿さんの家は茶道の家元だがや。ドレスばっかじゃいけねえ。着物も準備するだ」
「まあ、私ったら。そうね、すぐに職人に連絡しましょう。立派な着物も仕立てないと。
きっと日本人形みたいに素敵でしょうねえ」
「ち、違っ……!」
妙な方向にエスカレートしていく剣菱夫妻の眼前に立つ野梨子は青ざめてさえいた。
「お金のことなら気にしなくていいのよ。
清四郎ちゃんも野梨子ちゃんも悠理とは幼稚園のころからの付き合いですものね」
「んだ。大船に乗ったつもりで剣菱のブライダル部門に任すだ。
ちょうど来年の六月から剣菱ブライダルでフェアをやるだよ。
そのブライダルフェア第一弾として、立派な式にしてみせるだ。
披露宴は剣菱のホテルの一番いい宴会場を取るとして、式はどうするだ?
寺か、神社か、教会か、どこでも希望を言うだよ」
「清四郎ちゃんと野梨子ちゃんならフェアの幕開けを飾るのにふさわしいものねえ」
「せ、せ、せ、せ、清四郎!」
何とかして、という野梨子の声にならない声は聞こえるのだが、どうにもならない。
この夫婦を止められる人間なんて、おそらく世界中に存在しない。
夫妻の後ろで控えている悠理が、
「おめでと」と祝福の言葉をかけるでもなく、
「何だよ水くさいな」と揶揄するわけでもなく、
清四郎と野梨子がこの部屋に招かれたときからずっと、
声に出さずに「ごめん」と繰り返しながらこちらを拝んでいる姿が印象的だった。
>すべてこの世は
GJです!最近は面白い小ネタが多くて嬉しいな。
特に『家族の〜涙が出そうだ』のくだりが好きですw
ぜひ結婚式も!勝手に期待して待ってます。
>すべてこの世は
和子さんの「あんたまさか、だましてるんじゃないでしょうね」に爆笑しました。
魅録と清四郎のなにげないやりとりもよかったです。
しかし清四郎、プロポーズしてからちゃんと恋人っぽくなったのだろうかちょっと心配w
自分ももっとこの二人の続きが読みたいです。
>午睡
ちょっと大人の雰囲気漂うSSで良かったです。
美童と可憐の気兼ねない会話が好きです。
>すべてこの世はムコ養子が好きだったので、続編うれしいです。
清四郎一家はじめ、取り囲む周りの人達が面白かったです。
何この最近の盛況ぶりは。
めっちゃうれしいです。職人さんたちGJ
>午睡
読んでいるこっちまで幸せになってくるような、
暖かな夢でした。
これが現実になればいいなあなんて読後の余韻に浸りました。
>すべてこの世
始終にやけっぱなしでした。
とくに「敵に回したくない」と、最後の拝む悠理に爆笑。
面白かったです。
なんだか盛況のうちに、そろそろ450KBですね。
テンプレなんですが、
>・950を踏んだ人は新スレを立ててください。
> ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
> この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、485KB位で新スレを。
> 他スレの迷惑にならないよう、新スレの1は10行以内でお願いします。
・970を踏んだ人は新スレを立ててください。
ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、485KB位で新スレを。
他スレの迷惑にならないよう、新スレの1は10行以内でお願いします。
でいいんじゃないかなと思ったり。
前スレとこのスレは盛り上がってたけど、
それでも一晩で50レスもつくことはあまり考えにくいし、
基本的には950で次スレは早すぎるんじゃないかなあと。
確かに950は早すぎる気もする。
というか、もう450kbか。
>すべてこの世は
まさに、すべてこの世はこともなし、といいたくなるような結末で、
笑わせていただきました。
【act.6】大学卒業+三ヵ月
白鹿家にはいくつものルールがある。
そのほとんどが、度し難い我が夫と、なんとか秩序のある生活を送りたいと願う
私の足掻きゆえに取り決められたものである。
※
――それに気がついたのは、大学を卒業して三ヶ月。結婚した日から数える
と丁度二ヶ月が経とうというある日のことであった。
「……清四郎ってば、いつの間に」
私の目の前には、ぎっちりと隙間なく本が詰め込まれた書架があった。そして
これが重要なのだが、これは私専用の書架であり、少なくとも一段分は余裕が
あった筈である。無論、清四郎にも専用の書架がある。むしろ彼個人の書斎は
私の仕事部屋よりも広いくらいなのだ。
私は早速、清四郎の本を追い出しにかかった。
『男の編み物』 …あの人、編み物になんて興味あるのかしら。
『解剖男』 …絶対、タイトル買いですわね、これ。
『昭和58年版 犯罪白書』 …なぜ昭和58年限定ですの?
『Conclusiones Philosophicae Cabalisticae et Theologicae』
……よくわからないけれど、手を出さない方が良さそうな。
思った以上に変態的なタイトルの数々に、私はすっかりうんざりとした。
そもそも、私の書架の空きスペースは、これから増えるだろう本に備えたもの
であって、清四郎の変態趣味に侵食されるためのものではないのだ。
なんとか全てを棚から抜き出して紙袋に詰めると、よいしょと持ち上げて清四郎
の部屋へ向かう。
彼はまだ病院実習中であり不在である。そのためノックせず中に入った。
「もう。また納戸を空けていないのね」
>>611 うん、自分も970くらいでいいと思う。
あまり早く次スレ立てても困るし板の迷惑になるかもしれないし。
昼間だというのに部屋が真暗である。私は呆れながらも、換気をするべく窓辺に
近寄ると、窓を開けた。
途端に気持ちいい風が入り込んできて、私は目を細めた。
そろそろお洗濯も乾いたかしら。
そんなことを思いながら振り向いた瞬間、生首に入った。そう、生首。なま……
(……首?)
顔面の皮膚を半分剥がされた生首。
白いシーツに包まれた二体の人体。
―――― 暗 転 ――――
そのまま失神した私が、意識を取り戻してから真っ先に見たものは、真っ青
な顔をして取り乱す夫の姿であった。
――その後、強く頭を打ったからといって菊正宗病院に連れていかれた私は、
MRやらCTやらを撮られている間、打撲の原因を知った看護師たちの失笑に
晒される羽目に陥った。
それからしばらく、私は珍しく悄然とした清四郎をいいようにこき使うことにした。
私のわがままに少しでも渋い顔をしたのなら、「ああ頭が痛いわ……」と言えば
いいのだから楽なものである。
後頭部にできた瘤のが治れば、許してあげよう。
※
新しく追加されたルールは三つ。清四郎の部屋の掃除は彼自身がすること、
新たな人体模型を買うときは必ず私に相談すること、本を買うときは自分専用の
書架を越えない程度にすること。
反省したらしい清四郎は、神妙な顔をしてそれを受け入れた。
しかしながらというべきか、無論というべきか、新しいルールの追加はそれで
打ち止めにはならなかった。それからも清四郎の変態趣味(何度でも言う)の
ために、私が数々の迷惑を蒙ったのは言うまでもない。
act.7へ
618 :
616:2008/06/17(火) 00:04:35
つまらないレスで割りこんでしまってごめんなさいorz
>不感症
GJ!
笑わせてもらいました。
野梨子も苦労人だなw
そりゃこの清四郎と一緒に暮らしていけるのは彼女だけですねww
>不感症
本のラインナップからうかがえるあり余る好奇心wに笑いました。
野梨子の受難はまだまだ続きそうで、wktkお待ちしています。
>>611 賛成。970で問題無いと思う。
しかし、前スレに引き続き、このスレも盛況で嬉しい。
>不感症男
乙です!
まさか、『男の編み物』ってそこまで網羅しているとは恐るべし清四郎!
大爆笑でした。
続き楽しみです。
>>611 自分も賛成です。
>不感症男
びっくりしました、大学卒業後本当に2人は結婚したんですね。
けど、野梨子は結婚後も振り回されっぱなしですなあ。
清四郎の変人ぶりがエスカレートしてるような気も…w
読んでる本がレベル高すぎで笑いましたw
もう次スレかあ。
早いな
>編み物
清四郎って実際、いろんなことはやろうと思えば、それなりにこなしそう。
料理とかもきっと上手いに違いない。
料理は、男三人とも上手そうだよね。
というより料理できないのって悠理ぐらいじゃない?
450KB超えてますが、485KBにはまだ間があるので小ネタ投下させてください。
>>548-554の「デコボコ」の続きっぽい話のつもりですが、
別に単品でも読めると思います。
魅録の話で特にCPはありませんが、
見ようによっては魅→野に見えなくもないかも知れないので、
苦手な方はスルーしてくださるとありがたいです。
・デコボコから三年後の話で、原作で言うとアドベンチャークイズあたりのエピソードです
・文章内で清四郎の行動について言及していますが、
書き手の自分が彼の行動についてそう感じているというわけではないので、
そういう見方もあるんだなーというふうに軽く流していただけると嬉しいです。
「……悪かったな」
「魅録のようにできのいい奴からひがまれるのは快感ですね。何度でもやってください」
自分で言った以上、菊正宗清四郎がひがみと理解しているのは当然かも知れない。
それに、できのいい清四郎を百パーセント嫉まないでいられるかと言われたら、
そういうわけにもいかない。
でも、それだけの理由で喧嘩を売ったわけではないのだ。
が、こちらから折れた手前そんな言い訳めいたことを言えるはずもないし、
言うつもりもない。
結局、負け惜しみのように口の中でつぶやくだけに終わった。
「……いやなやつ!」
黄桜可憐が剣菱悠理の知性を馬鹿にしただけなら、
もしくは白鹿野梨子の運動神経に文句をつけただけなら、
別にわざわざ波風を立てるようなことを言わなかっただろう、と松竹梅魅録は思う。
その逆もしかりで、悠理が可憐の根性のなさを、
野梨子が可憐の芳しくない成績を指摘しただけなら何とも思わなかったはずだ。
そういう光景は日常のもので、喧嘩するほどなんとやら、といった類のやり取りだからだ。
多少、空気が険悪になっても、よほどのことがない限り放っておくのが自分のやり方だ。
「ずいぶんと低次元な発言ですね。コンプレックスのやつあたりは見苦しいだけですよ」
……その清四郎の一言がいけなかった。
魅録は別に人の欠点を指摘するなと言いたいわけではない。
清四郎に聖人君子になれと言うつもりもない。
ただ、清四郎がその発言を周りに人間がいる中で野梨子に言う、
というのが魅録にしてみれば信じられないことだった。
他のメンバーならともかく、
清四郎が野梨子の運動音痴をどうこう言ったことなんてほとんどない。
むしろどちらかというと庇う側で、
男山やタマ・フクが誘拐されて水泳を強制されたときも、
泳げない彼女を当たり前のように背負っていた。
――何というか、普段そういうふうに扱っている相手に対して、
そんなふうな言い方をするのは、フェアじゃない気がするのだ。
それも言う側が清四郎だったら大抵の人間は能力的には反論ができない。
自分の懐に入れている人間の中で、
苦しい立場にいる相手に手を差し伸べたくなるのは良くも悪くも魅録の性質だった。
中学時代にいつの間にか不良たちのトップとして祭り上げられていたのも、
そんな性質あってのことかも知れない。
極力仲間や友人を切り捨てられない自分は、たぶん父親と同じ道を歩くことはない。
清四郎が、周りに人がいる中で、野梨子に発言する、というキーワードのうち、
どれかひとつでも欠けていたら魅録は何も言わなかったのではないと思う。
でも、あの状況では口出しせずにはいられなかった。
結局、野梨子と清四郎は清四郎から折れる形で元の幼なじみに戻った。
自分から折れるぐらいならあんなこと言うなよな、と思いはしたけれど、
いらないことまで言って喧嘩を売った自分が言えることではない。
一応それぐらいの自覚はあったので、抵抗はありながらも自ら清四郎に折れることにした自分は、
我ながら損な性分だと思う。
「その清四郎ちゃんが金に目がくらんで身売りとなると、男嫌いに拍車がかかるな」
「目がくらんだのは金じゃありませんけどね」
「自分に自信がある奴は、可能性に目がくらむんだぜ」
この男に自分が口で勝つ日がこようとは。
頭のいい人間を口先で負かすのは案外いい気分だと知った。
「……いやな奴」
いつだったかの意趣返しができたことに少しだけいい気分になりつつも、
飛び出していった野梨子のことが気になっていた。
例え男嫌いに拍車がかかったとしても、
根の深いブラザーコンプレックスから脱出して、
彼女の恋愛嫌いが少しでも改善されて、
それでもって清四郎以外の誰かと恋愛でもしてみればいい。
そのついでで保護者をきりきりさせてみればいい、なんて考える自分は、やっぱり損な性分だ。
>損な性分
有閑倶楽部では清四郎が一番好きだけど、
あーなんか魅録の気持ち分かるなあと思いながら読んでました。
魅録と清四郎の間にあるそことない緊張感が好きです。
>損な性分
原作のコマの間にあったであろう魅録の本心が、
とてもらしくて楽しめました。
このスレのおかげで、不得意だったキャラもどんどん素敵に思えてきます。
スペックだけいうと超絶に完璧
(顔よし、スタイルよし、家よし、頭脳・将来性よし、スポーツ・武道も完璧)
に見える清四郎だから、そういう天然の傲慢さでちょうど釣り合いが取れているのかも。
そういうちょっと破綻したところのある清四郎も好きw
実際、清四郎みたいな男と普通に友人付き合いできてる有閑のメンバーってすごいよ。
凡人はマンセーするか、嫌うか、無関心を決め込むかだろうし。
肩の力を入れるでもなく、普通に友人づきあいできる他メンバーも、
やっぱり傍目に十分普通じゃないなあと思う。
その後、傲慢さとジジ臭さが行きすぎちゃって釣り合いがおかしくなってる訳だがw
そういやこのケンカの場面、コミクスになった時に2ページぶん描き足されてるんだよね。
御大がそういうことするのって珍しいと思うんだけど、やっぱ重要なシーンだったってことだろうね。
>損な性分
アドベンチャークイズの話は原作でも好きな話なのでそのときの魅録の気持ちが
彼らしくておもしろかったです。
こういう彼だからこそ清四郎や他のみんなにも信頼されてるんだろうな。
>>527【act.1】中2冬 ⇒
>>567【act.4】中3夏
⇒ 今回【act.7】高校三年・夏
⇒
>>586【act.5】大3晩冬⇒
>>533大4春【act.2】⇒
>>539大4梅雨【act.3】
⇒
>>615【act.6】大学卒業+三ヶ月
※このシリーズは清四郎×野梨子ですが、
今回ほんのちょっと魅録×野梨子です。
あくまで過去のことですが、苦手なかたはスルーしてください。
【act.7】高校三年生・夏その1
その頃の私は、図書室でひとり、海外の古い幻想文学や児童文学が並ぶ、誰も
立ち寄らない書架に囲まれて本を選ぶのが好きだった。
舞い上がる埃が、遮光カーテンの隙間から漏れる光にきらきらと反射し、古めかしい
セピアやインクの匂いに囲まれるその時間は、私をここではないどこかへ連れ去った。
フィリップ・K・ディックに、アイザック・アシモフ。もちろんドイルもクリスティ、ポオや
カーも忘れられてはならない。
――けれど特別な位置を占めていたのは、やはりチェスタートンであった。
※
その図書は背表紙が日焼け、ページを捲ると埃の匂いがした。
裏表紙のポケットから黄ばんだ貸出カードを抜き出すと、私は一番下に記入
された名前が見知ったものであることに気がつき、微笑んだ。そしていつもより丁寧
に自分の名前をそこに足す。
貸出日の一覧をなぞると、この本が過去十年は誰も見向きがされなかっただろう
ことが分かる。
それなのに、ここ数日で二度も貸し出されるなんて不思議なものだ。
図書室を出て、教室へ向かう途中に松竹梅魅録と行き逢った。体操服に着替え
ていることから移動教室の途中なのだろう。級友たちと肩を並べ、颯爽と歩いている
その姿は、いつも生徒会室で見るものとはわずかに違い、近寄りがたさを感じる。
そのまま過ぎ去ろうとしたが、目が合ったので、咄嗟に手にした図書を指し示すと、
彼は含羞むようにすこし笑った。魅録にしては、珍しい類いの表情である。
視線が交差したのは一瞬のことだけだった。そのまま言葉を交わすことなく私たち
は擦れ違った。
手の中の図書が重みを増したようであった。
――じわり、じわりと熱が伝播する。
「遅かったですね。もう予鈴がなりましたよ」
「ええ。どれを借りるか迷ってしまって」
教室へついた私は、近寄ってきた清四郎とにこやかに話をしながら、借りてきた
図書を大事に机の中へ入れた。
そのまま授業が始まり、抑揚なく流れる国語教師の朗読を聞きながら、自然と
思考は先ほどの魅録へと向かっていく。
そっと机の中から先ほどの図書を取り出した。日焼けた表紙を眺めた後、金箔
してあるタイトルを指でなぞる。そして裏表紙を開くと、ポケットホルダーを見つめた。
もちろん貸出中の今は、そこには何も挟まっていない。
脳裏に焼きついたその笑顔。
知らず溜め息をついた後、唐突に、私は脈打う胸を制服越しに抑えた。
私にとっては何の考えもない、ほんのちょっとした仲間意識のつもりだった。
けれど間違いなく赤くなっているだろう顔を私は持て余した。
――貸出期間は一週間。
本来は一日で足りるページ数であったが、きっと自分は丁寧に読むであろうことを
私は予感していた。
※
はじまりも終わりもささやか過ぎたそれを、恋などと呼ぶのは私ぐらいなものかも
しれない。
けれど偶さかに訪れたその恋は、過ぎ去った後も時折眺めては心の中を温める
ものであり、今なお私の人生を鮮やかに綾なしている。
無論それらはすべて終わったことであり、懐かしき思い出である。
>不感症男
リアルタイム遭遇でラッキーです。
魅録との恋が気になっていたので読めて嬉しい。
なんだか読んでるこちらまで胸がきゅんとしてしまいました。
続き楽しみにしています。
640 :
名無し草:2008/06/19(木) 23:40:13
初めて投稿させて頂きます。
悠理ちゃん→魅録(友情)の小ネタを考えました。
1レスです。
わたしの中では、「悠理ちゃん=寂しがりやで甘えん坊」で、
「魅録=絶対に悠理ちゃんの味方でいてくれる人」というイメージです。
そのイメージに基づいて、悠理ちゃんにとって、魅録ってどんな存在なのかな?
と勝手に妄想しています。
稚拙な文章で申し訳ないのですが、読んで頂けたらうれしいです。
よろしくお願い致します。
641 :
傍にいてほしい:2008/06/19(木) 23:42:52
あいつと初めて会ったとき、すげー髪の色の奴だなって驚いた。
ピンクの髪が似合う奴って、めったにいないよな。
まあ、あいつの髪が何色でもかまわない。
例えばスキンヘッドでも、あいつはあいつなんだから。
あたいにとって、あいつは親友。
出会ってすぐに、友達になりたいって思った。
気が付くと、いつの間にかあいつはあたいの傍にいた。
あいつと一緒にいると、あたいはいっぱい笑ってる。
あたいが傷ついたとき、あいつは優しく慰めてなんてくれない。
ただ、黙ってあたいの傍にいる。
でも、あいつが傍にいるだけで、気持ちが楽になっていく。
そして、あたいはまた普通に呼吸ができるようになる。
いつか、あたいたちは、今みたいにいつも一緒にはいられなくなる。
そう遠くない未来、あたいたちは違う道を歩いていく。
あいつが傍からいなくなったら、あたいは今みたいに笑えるかな?
一人になっても笑えるように強くなるから、だから今はあたいの傍にいてほしい。
>不感症
自分も学生時代に戻ったような気がしてどきどきしました。
昭和だなあw
>傍に。
ご新規の職人さん、ようこそです。
悠理かわいいですね。
ちょっと切ない感じもあって。
自然と肩を並べるふたりがすきです。
ええと、老婆心ですがここはsage進行のスレです。
ルールは
>>1-7あたりにあるのでまたご覧になってください。
>不感症
雰囲気があって素敵でした。
良家の子女のほのかな恋心に、自分までときめいてしまいました。
久し振りにブラウン神父を読みたくなったりもw
>傍にいてほしい
初投稿、乙です。
悠理が魅録に寄せる信頼に、心が温かくなりました。
大女優と清悠記と突発的の続きが読みたいな。
これ、いただくわと病院坂もお願いします。
>不感症
懐かしい感じがする淡すぎる恋が素敵でした。
清四郎への恋を自覚した時の話も読んでみたいです。
>傍に〜
面白かったです!2人の関係がイイですね。
黙って傍にいてくれるだけで癒されそう。
648 :
名無し草:2008/06/20(金) 19:19:19
age
悠理が福引で肉まん当てようとする話の商店街のシーンで野梨子と清四郎のマフラーがペアっぽくて
萌える。ただ単に模様変えるのが面倒だったのかもだけど。
>>649 昔同じこと思った!
微妙に違うトーンかな?とも思ったけど、よく似てるから
妹に「ペアルックw」なんて言ったりしてた。
【act.8】高校三年生・二月
かつて菊正宗清四郎は「愛ってなあに」という甘えた質問に対して、こう答えた。
――愛も憎しみも、感情のすべからくは脳内から分泌されるホルモン産物である。
※
放課後の下足室。
予想はしていたものの、想像以上の光景に私は無言で隣の清四郎を見上げた。
彼はげっそりとしながら、自分の下駄箱に近づく。そこには色とりどりの”物体”が
わずかな隙もなく詰め込まれ、本来の住人である筈の革靴は床に置かれていた。
「猫も杓子もバレンタインですな」
下駄箱に食べ物を詰めるなんて不衛生極まりないと、可愛らしい女生徒の恋心
を咎める我が幼馴染は、その反面、フラスコで珈琲を啜るのが好きな自分を棚に
上げていることに気がついてはいない。
それにしても不思議なのは女生徒たちだ。清四郎みたいな男に、バレンタインと
いうイベントがどれほど無意味であるか彼女たちは知らないのだろうか。
告白を受け入れる云々以前の話である。
そもそも渡したチョコレイトが清四郎本人の口に入るかどうか、彼女たちは考えた
ことはあるのだろうか。毎年尋常ではない量の食べ物を貰うのだから、そのすべてを
食べることが出来ると考える方が普通ではないのだ。実際、清四郎は貰ったチョコ
レイトを左から右へと悠理へ提供しているし、手作りに至っては、何が入っているか
分からなくて恐ろしいと言って、焼却炉行きであった。
美童あたりならば「全部は食べられなくても、プレゼントを贈ってくれた気持ちが
嬉しい」だなんて言うのだろうが、清四郎にはそういう情緒も望めないだろう。
彼ほど、プレゼントのしがいのない男もいない。
「ご苦労なことですわね」
「全くです。毎年、この時期が来ると憂鬱で――困ったな。悠理はもう帰りましたか」
微妙に話が噛み合っていない。
あくまで女生徒たちへ同情しただけであり、やれやれと言わんばかりの清四郎に
共感したわけではないのだが、別段誤解を解こうとは思わなかった。言っても無駄
である。私はこの幼馴染に関しては、無駄なことはしないことにしている。
「……ヘレン・フィッシャーはその著書で、脳内物質のPEAが恋愛に大きく作用する
と言いました。眉唾物ですがね。かいつまんで説明すれば、PEAとはカンナビノイドの
リカンドとして単離されたアナンダミドのひとつで……ああ、カンアビノイドとはマリファナ
などの主成分だと言えば分かりやすいでしょうか。恋におちるとこのPEAが……」
帰宅途中、隣を歩く清四郎は今日も絶好調であった。
誰しもが恋を語るときには雄弁になるというが、清四郎もまた例外ではなかった
ようである。方向性は著しく偏ってはいたものの。
「まあ、PEAがチョコレイトに混じっているとはいっても、ほんの少量ですがね」
あまりちゃんと聞いていなかったが、話はそこに帰着したらしい。そういえば、チョコ
レイトが媚薬であるというのは本当かどうかの話をしていたのであった。
紙袋が揺れるたびに、甘い匂いがこちらまで漂ってくる。悠理へ押し付け損なった
からといって、清四郎がこれらのチョコレイトを自分で食べることはないだろう。行く先
が悠理から家族へと変わるだけである。任務を果たせぬ可哀想なチョコレイト。
それでもなぜか、私の目にはそれらのプレゼントが何か幸せなものに見えた。
「やっぱり、今年はチョコレイト作らなくて正解でしたわ。傍にいるだけの私でさえ
胸焼けしそうなんですもの」
「確かに、この匂いだけでもうチョコレイトはもう沢山という気分ですからね」
軽く言った私に、まるで助かったとでも言わんばかりの調子で清四郎が頷く。
バレンタインを迷惑と言って憚らない彼なのだ。当然だろう。
――今年、私は清四郎へバレンタインチョコを作らなかった。
幼き日は単なる親愛の情。幼馴染としての彼に執着していたときには独占欲
の現れ。そして親友となった後には惰性として。年を重ねる毎に意味合いは変わっ
ていったものの、私は毎年欠かさず彼にチョコレイトを贈っていた。
けれど今年は何もない。
無感動に私の想いを踏みにじることを、清四郎に許したくはなかったのだ。
(莫迦みたい)
小さく息を吐くと、寒気に白く煙って、空に溶ける。頬が冷たく強張って、私を
少しだけ悲しい気分にさせた。
隣に並んだ清四郎の歩くスピードは、私を気遣いながらもいつだってほんの少し
速い。もっと傍にいたいと思う私の想いを知っているみたいに。
話のキリがいいところで我が家の門前が見えてきたので、「それじゃあ」といって
別れを告げようとしたときだった。
「そういやさっきの話ですが」
私は足を止める。
何気ない様子で、清四郎は言った。
「別に、今まで野梨子から貰ったチョコレイトが迷惑だったわけではありませんよ。
それだけはちゃんと自分で食べましたから」
――急に何のことかと思ったが、すぐにもしかして彼は気落ちしていた私に気が
ついたのかもしれないと思い当たった。
清四郎の顔が見ることが出来ない。
私は泣いていいのか怒っていいのか分からず、結局笑うことにした。
「そんなこと気にしてませんわ。今更でしょう?」
最近では定番となった顔を作った後、私は思い切り良く制服のプリーツを翻した。
指先が冷たかったのは、冬のせいだ。
笑顔が強張ったのも、振り向いた後に鼻が赤くなったのも、全て冬の寒さの
せいだ。
ああ、私はこんなにも彼のことが好きなのだ。
※
――愛ってなあに。
もしその質問があのひとでなしへではなく、私へ向けられたものだとしたら。
それは自分にとっての清四郎であると、私は答えただろう。
act.9へ
>不感症男
今回、野梨子の清四郎へのせつない想いが痛いほど伝わってきました。
でも野梨子、あのひとでなしってw 胸きゅんと同時に笑わせてくれますね。
最初から読み直してみて改めて清四郎にPEAの作用を思いっきり体感させたい!と思ってしまいました。
>不感症
バレンタインは色々と大変そうですねw
変人ながらも、一応野梨子を気遣える清四郎を見直しました。
いや、こういう変人も結構好きですけど。
>不感症男
お待ちしてました!
いつもながら面白いですね。
フラスコで珈琲を啜る、とか
手作りチョコは焼却炉行き、とか
このSSの中の朴念仁・清四郎らしい行動に笑いましたw
清四郎は果たしてPEAの作用を体感できるのか?
これからも楽しみにしてます。
不感症
難しさと面白さが絶妙です
このスレ、容量オーバーになりそう。
あと20KB強しか書けないから、そろそろ新スレを立てた方がいいのでは。
新スレは485KBくらいだよ。
意外と15KBってのはけっこう分量書けるから、これでも速いかなと思ってる。
カップリングなし、全員登場で小ネタを3レス書きます。
「文化祭でみんなで何かしたいと思って、やりたいことはもう考えたんだ。」
お菓子を片手にそう言った少女の言葉に、囲碁をさしたり、爪を磨いたり、
運動部の女子を視漢したり、バイク雑誌を眺めている動きがとまった。
「戦隊ものをやろう!」
明るく言う悠理の言葉とは裏腹に生徒会室は一瞬静まりかえる。
「勘弁してくださいよ。やるほうも見るほう高校生なんですよ。戦隊ものなんて興味ないでしょう。」
「戦隊ものは確か5人が基本ですわよね。わたくしが辞退させていただきますわ。」
「ちょっとー。野梨子ずるいわよ。何ひとりだけ逃げてんのよ。」
「運動音痴の私が戦隊ものなんて可笑しいですし、劇は演劇部でもしますので。
他での協力はさせていただきます」
「そうだわっ。女は一人だけでいいののよ。私だってやりたくない。」
「俺も嫌だよ。戦隊ものを見るには好きだったけど、自分が演じるのは別だ。」
「魅録ちゃん〜。そんなこといってもいいのかな。
芝居用も兼ねてこのバイク買っちゃおうかなと思ってたのに。」
「これは日本に数台しか入ってきてないものだ。それに文化祭の芝居道具としては」
「剣菱に不可能はない」
魅録の言葉を遮り力強く断言する。
「説得力がありすぎる。」
感心するやら呆れるやら。
「まぁ、みんな。せっかく悠理が考えたんだし考えだけでも一通り聞いてあげようよ。」
「美童〜」
「それもそうですね。どんな珍案を考えたのか興味もありますし」
「聞くだけよ。」
「それじゃあ──」
「配役。担当色を発表するじょ。」
「黒。清四郎」
「ほっ。まともな色ですね。」
「ピンク。魅録」
「ちょっと待て。ピンクは女の子の色だろう。」
「いいじゃん。細かいこというなよ。」
「悠理。もしかしなくても髪の毛の色で決めてない?黄色はまさか僕?」
「あたり〜。」
「僕の髪の毛は黄色じゃない。金髪。金色!」
「だったら私だって黒のはずですわ。」
「お、野梨子。やる気になった?」
「違います。」
「野梨子は緑だな。」
「まさか抹茶→緑ですの?」
「そのまさか。それに前に魅録と清四郎が話していたのを聞いたことがあるけど
野梨子みたいな髪は緑の黒髪っていうんだろ。でも何で緑なんだ?」
「悠理!人の話、勝手にばらすなよ。緑っていうのは緑がかってるっていう意味じゃないぞ。念のため。」
「ふーん。ん?野梨子、顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「大丈夫ですわ。」
「で、可憐は赤。」
「あら。私だけ髪の毛の色じゃないわね。まぁ栗色というか茶色のキャラなんて嫌だけど。なんで赤にしたの?」
「妙に恋愛に情熱的だし、宝石だとルビーのイメージがあるから」
「ふ〜ん、そう。で悠理は何色なの?」
「あたいはオレンジが虹色がいいな。」
「悠理こそ黄色だろう。危険の黄色だよ。他の皆はイメージにあわなくはないけど僕の黄色はおかしい。」
「私は緑は魅録のほうが合うと思いますわ。木々を連想させる穏やかで優しい色で
色んな人と上手く関係が築けるのも緑らしいですし。
そしてピンクは優しくて女らしい可憐に。赤はエネルギーあふれる悠理に。」
「俺は野梨子は青いイメージだな。知的で冷静で誠実。」
「魅録。せっかく自分を担当から外していったのにのに…。」
「ごめん。」
「皆さん僕の黒に意見はないんですか。」
「清四郎の黒は嵌り役ですわ。」
「ピッタリじゃない。」
「腹黒の黒」
「陰湿の黒」
「僕にどんなイメージ持ってるんですか。」
文化祭で戦隊ものが披露されることはなかった。
そのことを一番悲しんだのは発起人の悠理ではなく戦隊スーツ姿を見たいと考えていた美童であった。
終わり
665 :
名無し草:2008/06/24(火) 22:09:22
.
>色とりどりの
乙です。
悠理が考えたみんなの色のイメージもらしくておもしろかったし、みんなの意見も納得でした。
清四郎は自分も黒しか思い浮かばないw
>>660 >・950を踏んだ人は新スレを立ててください。
> ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
> この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、485KB位で新スレを。
準備しなくていいの?
準備って、つまりテンプレの話し合いのことじゃないの?
とりあえずテンプレについての話し合いは、
>>611からの流れで一度されているし、
それ以降、誰も声をあげないということは、
テンプレに対して特に意見なし、と考えていた。
>色とりどり
清四郎は確かにブラックだw
司令官でもいいな。
オチに笑わせてもらいました。
可憐と野梨子は戦隊物の性格づけだと、自分の苗字カラーどうりの色のキャラっぽい。
黄色って姉御キャラ系が多いし、白はあまり見ないけど出ると清楚キャラが主。
ピンクは戦隊だとロリ少女っぽいキャラが多いからなぁ。
すみません、注意を書きわすれました。
今回、微量ではありますが、大人なシーンを含みます。
直接的な描写はなく、特にR指定はしてませんが、苦手な方はスルーお願いします。
【act.9】大学卒業+一ヶ月その1
後々に判明した多大なる勘違いを思い出すたびに、あまりの恥ずかしさに、
今も私は消えてなくなりたい衝動に駆られる。
何故私ばかりがこのような思いをしなければならないのだ。一番悪い筈のあの男
が平然としているのに。
…………。
――ええ、認めますわ。私も莫迦だったのです!
※
夜半へ差し掛かり、両親へ笑顔で就寝の挨拶をした後、私は離れへと向かった。
離れは独立しており、母屋から石庭を挟んだところに建てられている。そもそもは
亡き祖父が、現役を引退してから起居するために建てられたものであるが、今回、
私と清四郎の結婚のために改築をした。
中へ入ると、すでに清四郎は居間でくつろいでいた。結婚式を済ませたばかりの
入り婿というよりは、彼こそは古くからの住人のように堂々としている。ともすれば、
私の方が嫁に来たように見えるだろう。
珈琲を飲みながら、至極落ち着いた――というよりふてぶてしい態度の彼を見て
いると、私はそれまで張っていた肩の力が抜け、なんだか気が抜けてきた。
――結婚式は、ひどく事務的なものであった。
自分たちの結婚式といえど、好きに出来るわけではない。新郎側から特に希望も
なかったことから、一から十まで白鹿の前例に則った、古式ゆかしい結婚式となった。
無論、私が口を挟む隙間などありはしない。
ホテルでの披露宴は更に堅苦しいものだった。
菊正宗病院の長男と、白鹿流の次期家元が結婚するのだ。その招待客は膨大
な数に及んだ。突如として沸いて出てきた薄い縁の親戚たちを筆頭に、招待客の
選別は紛糾した。市議会議員をはじめとする地元の有力者、医局の権力者たち。
むろん高弟達も下には置けない。彼らも家に帰れば、それぞれ権勢を誇るのだ。
披露宴では彼らをもてなすのが精一杯で、友人たちと話すことも出来なかった。
私は終日にこにこと笑って過ごしながら、その実、本当に疲れていたのだ。
しかもここで一日が終わりではない。むしろ私にとって、これからが本番だった。
私は母屋を出た瞬間から、まるで戦場へ赴くかのような心境でいたのだ。
(まあ、清四郎にとっては、こなすべき義務のひとつにしか過ぎないのでしょうけれど)
暢気に「お疲れ様です」などと言いながら、ソファで優雅に私を出迎えた清四郎が
憎たらしい。だが彼の姿を見て、緊張が解れてきたのも事実だった。
清四郎はすでに和式の寝衣を纏っていた。すだれ頭も今は下ろされており、日頃
年嵩に見られる彼も、そうしていれば年相応に見えた。思えば、いつでもかっちりと
身を整えている彼の無防備な姿を見るのは、久しぶりかもしれない。だが今日
からこれが日常になるのだ。私たちは夫婦になったのだから。
結婚式を挙げ、役所に書類を提出したのだから、自分たちは紛う事なき夫婦だと
いうのに何を今更と、人は思うかもしれない。しかし私にはまだその実感はない。
私は寝室へ向かうと、部屋着にしている木綿の着物を脱いだ。寝衣を手に取り、
少しばかり逡巡した。自宅に帰った時点で、化粧と汗を流すため、すでに入浴も
済んでいる。後は寝衣を着て、布団を敷く他にすることはない。
私は今更過ぎる内心の動揺を押し込めて、表面上は淡々と就寝の準備をした。
布団を敷き終わり、人心地ついていると、ふと気配を感じた。
いつのまにか襖の前に清四郎が立っている。真面目くさった顔をして私を見ている
彼に、私は早々と観念することにした。
あれほど不安に思っていたというのに、実際にこのときを迎えると、私は自分でも
不思議なほどあっけなく、覚悟を決めることが出来た。そこに、想像していたような
恐れはなく、羞恥はあったものの抗うほどではない。
清四郎は部屋の明かりを豆電球だけにすると、立ち尽くす私に近づいてきた。
そして私たちははじめての口付けを淡々とした。
豆電球にてらてらと照らされた清四郎の表情は、心なしか硬い。
――寝衣の結び目に清四郎の長い指がかかる。
無感動のままに身体へ加えられる愛撫は、しかし丁寧である。下着を取り去る手際
も良かった。もともと器用な男であるが、やはり清四郎は女性との経験があるのだろう。
今までに恋人がいたという話は知らないが、女性に囲まれている大学での姿を見ると、
未経験である方が不自然だった。朴念仁とはいえど、彼も健康な成人男性なのだ。
「……余裕ですね」
汗を滲ませた清四郎が、揶揄うような声音で指摘した通り、私は他所事を考えて
しまうくらいには、不思議と落ち着いていた。彼の抱き方が情熱的なものではなく、
あくまで義務を思わせるようなものであったからかもしれない。
それでも破瓜の瞬間には、さすがに息が詰まった。予想よりは軽いものであったものの、
私は目を瞑って、鈍い疼痛に耐える。もしかすると涙も流れていたかもしれない。
清四郎の汗ばんだ背中に縋り付くと、彼は鍛え抜かれた硬い感触のする体を僅かに
強張らせ小さく呻いた。
快楽の滲んだ彼の表情と、自分の身体を苛む痛み。
私は言葉に表すことのできない感情が己の中に灯っているのを知った。
酷く幸せなような、酷く悲しいような、曖昧模糊とした切ない感情に沈みながら、
唇を噛んだとき、ふと場にそぐわない気の抜けた声が耳を撫でた。
「――まさか」
何が『まさか』なのか。
目をあけると、己に覆いかぶさる清四郎が何故か愕然とした顔をしていた。しかし
私の視線に気づいた彼は、さっとその感情の揺れを隠した。
私は何故か、彼に求婚された日のことを思い出していた。だがあの日に彼が見せた
翳りのある眼差しとは、似ているようでまったく違うものである。
理由を問おうと口を開いた私は、しかし果たせなかった。お役所仕事のような(全く
失礼な話である)今までの態度から一転した烈しさで、彼の瞳は私を射抜いたのだ。
「ちょ……ちょっと待ってくだ……清四郎!?」
――そして私は、清四郎の持つ熱に飲み込まれた。
※
明くる朝に起こった騒動を含め、叶うのならば忘れ去りたい過去である。
しかし同時に、私達が新しいものへ生まれ変わるような、そういった意味を
持つ夜だった。
act.10へ
新スレを立ててもよろしいでしょうか。
テンプレは、前スレの変更と、
>950を踏んだ人は新スレを立ててください。
を970へ直すだけで。
>>677 いいと思います。お願いします。
できれば
>>3(このスレでは
>>7)の三行目、
>・初めから判っている場合は、初回UP時に長b編/短編の区分を書いてください
の部分の「長b編」のbを削ったほうがいいかなと思うのですが…
(気になっているのは自分だけかも知れませんが)
>678
了解しました。
チャレンジしてきます。
テンプレの順番も、このスレはちょっと間違っているようなので、直しておきます。
>>680 素早いスレ立て乙でした。
一応待機してたけど役立たずだったw
>>不感症〜
リアルタイムで更新に出会えて嬉しかったです。
翌朝何が起こったのか、次スレで楽しみにしています。
>不感症男
淡々としているのに、なんだかとても萌えました。
お役所仕事から一転したのは何故だ、清四郎w
翌朝の騒動も楽しみにしています。
>>680 スレ立て&テンプレ修正乙です。
次スレでも、たくさん作品が読めますように。
>不感症男
「まさか」ってなんだー!?
翌朝なにがおこったんだ?
この二人のそっち方面はどうなっているのか気になってたのでにやにやしながら
読んでしまいました。
続き楽しみに待ってます。
>>680 スレ立て乙です!
32スレも充実したスレになるといいな。
>不感症男
私もドキドキしながら萌えさせてもらいましたw
特にこの清四郎は変わってるから、いろいろとどんな行動を取るか想像できないのでw
清四郎は何に気がついたんだろ。
その2をワクテカしながらお待ちしています。
こっち、明日中には埋めたいな。
ということでMY萌えシチュ叫びながら点呼なんてどうですか、お姉さん方。
点呼1
これまで可憐の恋愛を遠巻きに見ていたのに、
そのロマンチストさや意外に乙女なところがだんだん気になってくる清四郎。
ある日、失恋した可憐に「僕にしておきませんか」なんてしれっと言ってほしい。
点呼2
これまで何度も言ってきたけど、これからも言い続ける。
スパでの、美童と悠理が同室なのが、もう萌えて萌えて仕方ない。
一緒の布団とかに入っちゃってさ。
初日は男女意識せず仲良くしてるんだけど、翌日以降、心境が変化して、
意識せず⇒
悠理って可愛いよね、妹みたいだ、杏里もこうだったら⇒
うっわー、悠理って細いな。でも、肩とか結構丸くて、女の子っぽい。⇒
なんかいい匂いするし⇒
ヤバイ、チューしたい⇒
……眠れないよ⇒
(悠理が寝返り打って、美童にぴったりくっつく)ば、バカ、こっちくるなよ⇒
思わずぎゅっと抱きしめる
みたいな、モンモンムラムラな夜だったらなとニヤニヤ。
点呼3
野梨子のいろんな「初めての時」を共有してきた清四郎。
初めて歩いたのは清四郎の後を追いたくて(双方の母談)。初めてけんか(しかも取っ組み合い)したのは悠理にこてんぱに
された清四郎をかばって。初めて保護者なしで遠出したのは清四郎とプラネタリウムに行きたくて・・・
なのに彼女の初恋は裕也。もしやファーストキスも奴としたのか!?もやもやしながらも恐くて確認できない。
で、可憐にキスはキスでもデコチューだと知らされて、それまでの保護者を卒業して一念発起。
「野梨子のファーストキスは僕が頂きますよ。できればその先も・・・」
MY萌えシチュってことで御許しください。
点呼4
好きなカプやシチュエーションはいろいろあるので、
>>686に便乗して語ると、
美童と悠理はとにかく見た目美しくちと倒錯的なカプだと思う。
美童女装+悠理男装でも(身長はちょっと苦しいけど)ぴったりはまりそうw
普段はへたれな美童+たくましい悠理という感じだけれど、
テニスのときみたいに根性ある美童+それに心を動かされる悠理というふうに、
腹をくくると強い美童というのもイイ!
個人的にはどのカプも、
「もしかしてこれって○○(相手)に惚れてるの?
なんで今さらになって…今までどれだけ一緒にいたと思ってるんだ自分。
ていうか大事な仲間なのにそんなふうになるなんてまずいよなあ…どうしようか」
というような片想いなりかけでモヤモヤしてる状態が好き。
点呼5
どのカプでもいける雑食なんだけど、最近ハマってるのは美童と野梨子。
軽い遊びでしか女性と付き合ってこなかった美童が、生真面目な野梨子に
戸惑いながらも振り回されるといい。
野梨子が色々堅苦しく考えすぎて行き詰った時、美童の能天気さに
癒されるといい。
プレイボーイの本領発揮した、くらくらする程魅力的な美童を見てみたい。
原作では絡みが少なすぎて悲しい。
点呼済み。
>>689 美童と野梨子の組み合わせって、なんかいいな。
お互いが補完しあえるというか。
恋愛経験では格差があるけど、トータルでいえばある意味、すごく対等なのかも。
カプもいいけど、コンビでいうと、
美童と清四郎のデコボココンビもいいな。
性格がぜんぜん違うのに、普通に仲いいよね。
肩を並べたときに、ビジュアル的にも好対照な男の色気・
>>689 自分も点呼済み。
>くらくらする程魅力的な美童
自分も見たい!以外な一面とか見せられたらくらっとしちゃいそう。
6
カプは清野がすきだけど、幼なじみから変化する過程に萌えるんだよね。
でも、ここに書いてるシチュ、全部萌えたよ。
点呼6
魅録がらみのカプに最近萌えます
可憐さんの魅力に突然気付いたり
ある日いきなり清四郎ちゃんに嫉妬しちゃったり
いつもはなんでもない悠理とのバイクの二人乗りで急に照れたり
なんかある瞬間に恋に落ちる魅録っていうシチュに萌える今日このごろ
点呼済み
つまりギャップ萌えの人が多いのかなw
ギャップ萌えといえば、悠理が大人っぽいドレスを着たり、
野梨子がパーカーにジーンズ(少年用ならなお良し)を着たり、
可憐がすごくストイックなパンツスーツを着たりとか、
想像したら萌える。
つ点呼8(6がダブり?)
>>2 スパとテニスは美悠萌えには最高の回だよね。
顔が中性的な2人なのに、甘い顔の美童とキリっとした顔の悠理は好対象。
2人がいちゃこらしながら甘甘だったら、むちゃくちゃ萌える。
つ点呼9
清野の幼馴染からの変化萌えは同感。
野梨子のふとした仕草にうろたえ、野梨子を背後から抱きしめ項にキスする清四郎なんてのがいいですね。
点呼10
自分の萌えカプも出てるし、萌える所似てるし
書くこともないけど取りあえず点呼だけ参加。
点呼11
自分も点呼のみで
皆さんの萌えはおいしくいただいてるw
点呼12
次スレも沢山の作品が読めますように・・・。
点呼済み
485で引越しというのもちょっと速いかもね。
次々スレのテンプレは490KBくらいならどうだろう。
自分も点呼済み
そうだね。970、490KBぐらいでちょうどいいかも。
覚えてたら次スレの450KBぐらいで提案してみるw
点呼13
正直、住人が13人もいるとは思わなかったよw
前スレに続き、31スレはいい感じだったね。
競作もあったし、秋の手触りのまさかの完結w
短編もいっぱいうpあったし。
次スレも繁盛したらいいな。
そして休載中のお話が再開されたらもっといいな。
(女優さんとか、清悠記さんとか、突発さん、とか。
ちょっと前になるけど病院座坂さんとか)
前スレ同様に、AAで締めくくってみる。
.i ハレ, /,
_、ゞ゙` ´ <シ
/ ̄ ̄ !゙ヽ シ、=ミ゙≧__ ミ
i' .,rr`!~''i~i.}  ̄j ,;ヘ ミ:_ 、シ
|,-、i_{{ゞ、L,j. リfiラ゙ シへ ミ
li ァ`'ー' 'ー゙l! .ノ ij´.j='ヘ;;Y´
,オ、lj rrrr、イ ~ゝ _/ 从、
_,.--‐'゙ ヾ、ヽ〉``` ス__. ヽ-へ._r=彡' `ー‐--、
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ノr ,ゞ〃 ≧、
〃彡ィ爪 !!ヾ、ー ヾミ、
”j.てへ)iミ-へヾ ゞ、!゙
"lー゚ ゚―' ト、ヾリ
. ( (二二);j.6)ノ
`ーr―_.I^ソリ`
. / ̄ハ.レ' .>―;へ.
| ク~「`ぐ o/ |
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>'ーァ1_i|j lj ノ ヽ
jヽ \ヽ.><」i'‐┘
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/ , /二==ミミY/ 二ミ }ト、ヽ. ヽ.. │
/.///,r、=-、ミY/ r'"ハ ミ jj ハヽ\l!. | 次スレも楽しみましょ!
| ィ l ハミヾ、ヾヽ〃〃' }.j ,ィリ| | |ノハ |
/ |ハ ヽ.\ | | .ハイ,イヽヽ `ヽ、\
_.ノ j ヽヾ il } ヽヽ ヾヾ\\_ノ、 l ヽ.__
/ _ノ.j .| v'〃ー-.、 ,..-‐ヾ、__ヽ \} .| ノ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( /r' / _.ノ jj' _,..--..._`: r;ニ-;-;_ ,,ミ ヾヽヾ.} 川
゙i / /イjゞ'-―-ヾ ィ'匹フ;ミニヾミ ノ ノ八
|ハ. ( ./ ∧ ~ ´~~.` ハ l /ハ!,r'~} ~`ー-、
ノ ハ ヾヽ ヽ l .ハ _ _ ./ノ / ..y'7. | __.ヽ. l
,r‐' ̄ ノ \\ \∧. ゙ '~ ∧ilイノ .V,.┤ |/7 )) ,}
j r―' ハ l ハ ハ =;;;-;-;;=ァ / / ) // ,l「./ / 〃 ハ
r' i ( / 彡,.リ ,レ ,へ ゙ー-‐'' ,ィ' ノ ,ノ./ j レ'゙ ∧ l l ヽ
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\このスレ終了だゴルァ!! /
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