田中れいなこと田中れいにゃを応援しょぅと II

このエントリーをはてなブックマークに追加
97名無し草
平安末期には既に古典化しており、『六百番歌合』で藤原俊成をして
「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」と言わしめた源語は歌人や貴族
のたしなみとなっていた。このころには言語や文化の変化や流れに従
い原典をそのまま読むことも困難になってきたため、原典に引歌や故
事の考証や難語の解説を書き添える注釈書が生まれた。その一方、仏教が浸透していく中で、「色恋沙汰の絵空事を著し多くの
人を惑わした紫式部は地獄に堕ちたに違いない」という考えが生まれ、
「源氏供養」と称した紫式部の霊を救済する儀式がたびたび行われた。
これは後に小野篁伝説と結びつけられた。
江戸時代後期には、当時の中国文学の流行に逆らう形で、設定を室
町時代に置き換えた通俗小説ともいうべき『偐紫田舎源氏』が書き起
こされ、「源氏絵」(浮世絵の一ジャンル)が数多く作られたり歌舞
伎化されるなど世に一大ブームを起こしたが、天保の改革であえなく断絶した。
明治以後多くの現代語訳の試みがなされ、与謝野晶子や谷崎潤一郎
の訳本が何度か出版されたが、昭和初期から「皇室を著しく侮辱する
内容がある」との理由で、光源氏と藤壺女御の逢瀬などを二次創作物
に書き留めたり上演することなどを政府から厳しく禁じられたことも
あり、訳本の執筆にも少なからず制限がかけられていた。戦後はその
制限もなくなり、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴などの訳本が出版
されている。また、原典に忠実な翻訳以外に、橋本治の『窯変源氏物
語』に見られる大胆な解釈を施した私小説や、大和和紀の漫画『あさ
きゆめみし』を代表とした漫画作品化などの試みもなされている。200
1年から漫画家江川達也が原文と現代語訳を併読するスタイルで青年漫
画誌に、2004年からは漫画家きらが女性漫画誌に、それぞれ独自の解
釈で漫画を連載している。また、1882年の末松謙澄の英訳出版を皮切りに、世界に紹介されるよ
うになり、英語・ドイツ語・フランス語・中国語などの翻訳本が知ら
れている。中でもアーサー・ウェイリーの英訳("The Tale of Genji"
、1925-1933年発表)は名訳として親しまれている。