フトシモエ隊

このエントリーをはてなブックマークに追加
6541/7
***************

TVでは派手なメイクの女のコが盛大に喘いでいる。
深夜だわ酔っ払いだわで散々盛り上がったそのノリで、アベ君と二人俺の部屋で
AVを見る事になったわけだが、言い出したのは俺の方なのに早くも飽き始めていた。
まず顔からして好みじゃねえなと思ったが所詮は安ホテルの有料チャンネル。
期待する方がバカだ。よって、そこら辺については早々に意識の外へと締め出した。
こういう場合は身体だけ見てりゃイイ。
しかし今回に限ってはその身体の方も実は好みじゃなかった。
こういう場合はどーしたもんか。
Hカップ美少女との謳い文句で、確かに巨大な塊(としか言いようが無い)が二つ
下から上から横から様々なアングルで何度も大写しになる。
宣伝に偽りは無いな。そこは評価しよう。
が、正直に言う。
あんまりでか過ぎてもこう…そそられるもんが無い。
とりあえず俺はもっと痩せてるコの方がいい。
スゲー迫力、と思ったがそれはAV感想としては限り無く間違っている気がする。
少なくとも制作者の意図とは外れたリアクションだろう。と思う。
格闘技観戦じゃあるまいし。
その類の感想はどっちかっつーと超CG駆使しまくったSFとかな。
いっそ怪獣大決戦とかな。そういうのを見た時に言うべき。監督も泣いて喜ぶわ多分。
でも今見てるのはAVだ。でもスゲー迫力だ。
あんまりでか過ぎるといっそ怖いな。俺だけか?触ればまた違うんだろーか。
抜けないAVが存在するなんて実際見るまで信じられなかったが…
…有ったんだなあ。感動さえ覚えそうだ。
どんな内容でも何だかんだで反応はするもんだと思ってたんだけど。
ともかくなんて言えばいいのだろう、これはどうにも色気が足りない。
脱いでるのに胸でかいのにもう徹底的に駄目だ。凄いぞある意味。
あーなんか見るのも段々疲れてきた。
6552/7:2005/10/24(月) 09:56:41
…どーでもいーけどさっきからアベ君微動だにしねえな。
画面の中からは甘い声が響き渡る一方、画面のこっちではお互いに黙り込んでいる。
この変な沈黙が重いぞ。
シングルのベッドに並んで座っていて流石に狭い隣の様子をこっそり窺ってみた。
面白い?俺、かなり萎えちゃってるんだけどー…
果たしてアベ君は興味無さそうなツラしてる癖にその目は画面に釘付けだった。
あ、巨乳はお好きですかそうですか。
俺の方はいよいよ本格的に酔いも醒めちゃってさ。あーあ。つまんねー。
流れ続ける映像に飽きてすげー暇なのでアベ君を観察する事にした。
随分伸びてきて目蓋の下まで届きそうな前髪。ツアーは半ばを過ぎた。
俺はそろそろ東京が恋しい。
一方ホテル暮らしが性に合っているらしいアベ君は平気のご様子で。
別に羨ましくなんか無いぞ。
いつ見ても涼しい顔してるその人は現在、ステージ上のカールコードが届く範囲に限っては
活動的なその長い足を折り畳んで、これまた長い腕で膝を抱え込んでおまけにその上に顎を
乗せた体勢。
腰掛けて脚は床の上に投げ出してある俺とは違って全身完全にベッドの上だ。
こんなでかい人が(俺も一般的には充分高い方なんだけどなー)実にコンパクトに収まってる
その姿は何故だか妙に可笑しかった。
ちなみに靴は脱いで裸足だ。当たり前の事なんだけど実は結構当たり前じゃない。
何故ならば be very drunk …早い話が酔っ払いに理屈を説くなかれってこった。
今日は一応その辺り自力で判断出来たらしい。
要するにそれが判断出来ない場合も…て事だ、うん。深くは突っ込むまい。
まあ俺も酒回ると人にとやかく言えない一面もあるしな?
脱いだりとか脱いだりとかはたまた脱いだりとかね。
6563/7:2005/10/24(月) 09:57:25
気付かずAVを見てるアベ君、と言うこの状況が段々面白くなってきた。
込み上げてくる笑いを噛み殺しながら引き続き観察を続ける。
日に焼けない性質なのか滅多に外出しないからか或いはその両方か。色が白いな。
と言っても今は首から胸元やら耳やら目元やら派手に朱に染まっている。
実にわかりやすい酔い方するよな。
…それにしても細い。
つくづく。しみじみ。思う。
こうして見てみて改めて実感したよ(俺も人の事言えないけどな!)。
服はいつもの如く黒尽くめ。ところで黒って引き締まって見える効果があるんだけど。
ああ、そのせいか!っていやいやいや実際痩せてるし。
今は見えないがアバラとか普通に浮いてるし。
腕とかも…この人の手首なら俺指で輪作って一周出来るかも。
しかしたまには黒以外も着ようとは思わないのかな。
服買う基準が「黒いかどうか」て。どうなんだ。
この際一度でイイから白タンクくらい着てライブやってみてくれないか。
会場激震するよ多分。今度提案してみよう。…OKされたらどうしよう。
実は案外面白い事好きで割と何でもやる人だからな…。
もしもまかり間違って実現してしまったら、それはそれで面白い事は面白いが、何か、
大切な何かを失ってしまいそうな気もする。
怖いのでやっぱりやめておこう。
ところでアベ君さっきから画面を見続けてるその目なんだけどなんかちょっと微妙に…
閉じかけてない?
眠たいのか。実はアベ君も飽きて来てんのか?

あ、こっち向いた。
6574/7:2005/10/24(月) 09:58:24
「ウエノなんでさっきからこっち見てんの…」
「あ、気付いてた?」
「気付くよ。ずーっと見てんじゃん。」
「ただアベ君観察してただけだから別に気にしないでよ。TV見てなよ。」
「見れねーよっ。んな事言われたら!」
気が散るか。そりゃそうか。そりゃそうだ。
「あんだよ、お前から見るって言い出したんじゃねーか。」
アベ君が苦笑している。
うん、ごめん。まさかこうまで興味抱けないとは思わなかったんだ俺自身も。
でもアベ君もいい加減飽きてたよな?
「いやー正直…好みじゃない。つかさ、このコも少し痩せた方がよくね?」
「え?…別に太くはないだろ?」
ジーザス。コレがいわゆる価値観の違いって奴ですか。
だって太くはないが細くもない。まだまだ締める余地あるよ。二の腕とか。
「胸はでかいけど…あー、でもお前ガリの方がいいんだっけ?」
「いや…うん、確かに…でも度を超したのはさすがにヒくけどね?
それは別問題としてこのコはもう少し痩せた方が…いんじゃないかなー。」
アベ君が画面に向き直る。俺もつられて覗き込む。場面が変わっていた。
さっきはラブホにいたはずが何故か今度は外でやってる。どういう設定?
相変わらず胸を中心に映すカメラ割りは非常にこだわりがあるようで。
制作陣にフェチでもいたのか。多分そいつとは話が合わないだろーな…!
「すげー迫力…」
おおっシンクロニシティ。アベ君が呟いた。やっぱ思うよな。
「重くねーのかな?」
「肩はこるらしいって聞いた事あるよ。
やっぱ俺はもう少し細いコの方がいいよ、こえーよいっそ。」
「そうだなー。確かにこんなでか過ぎても…もうギャグにしか見えないな。」
全くだ。でかけりゃいいってものじゃねーな。
つまりは何事も度を超すと良くないって事だ。
…まさかAV見て悟りを開くとは思わなかった。
6585/7:2005/10/24(月) 09:59:06
沈黙が破れた事でさっきまでの変な緊張感は薄れた。
おかげさまで画面を見てるけど最早集中なんて出来そうも無い。
…俺は元から集中してなかったけど。
欠伸を一つ。あ、アベ君にも伝染した。
結局アベ君もとっくに飽きて、ただ惰性で見ていただけだった。
画面の中でアップになった顔に白濁の液がふり掛かる。
今気付いたが結構地黒なコだ。ほんと今更だ。どんだけ興味なかったんだ、俺。
「コレ本物…なわけねーよな。」
「なに使ってんだろーな?結構粘ってるし」
「山芋とか?」
「痒い痒い痒い!それ痒いじゃん!」
笑い転げる。
何しろ抜けないAVなんてあと出来る事は精々ツッコミどころを探すくらいだ。
この際消すという案は却下。
ホラ、既になんか変な義務感が湧いてしまってるから。
…ここまで見たモンは最後まで見ねーと。中途半端は良くないだろ何事も。
そのままひたすら画面の向こうに律儀にツッコミを入れ続ける。
一時の余興にはなったかこんなもんでも。
どう考えても制作者の意図とは違う部分だけどな!楽しんでるのは。
せめてもう少し細いコだったらな。ついでに色も白ければ尚更いい。
言い出すとキリないけど。
それは例えば透き通るような触ってすぐに骨の存在が確かめられるような。
それは、例えば。
視界の端に写るどう贔屓目に見ても痩せ過ぎなその腕。
笑い過ぎて滲んだ涙を拭っている。
…なんとなく、掴んでみた。
6596/7:2005/10/24(月) 09:59:42
「なに?」
不思議そうな視線が注がれている。
アベ君の腕を掴んでまだ余裕を残す俺の手。…悪いが俺の方こそ訊きたい。
理由なんて…なんとなくした事だ。ただ、細いなって思って、それでつい。
って「つい」ってなんだ。何で掴む俺。無意識って言えばいいのか?こう言うの。
別になんでもないんだけど本当に。
…正直自分でもよくわからん。なにしてんだ俺。
とりあえずされるが侭になっているその腕を見下ろす。
人の事は言えんがほんっと細い。細過ぎる。
実は俺の手がでかいのか?…その両方だな。
コレでよくギター抱えてあんなかき鳴らしたり出来るよなあ。
ベースだったら無理?重いし。
抱えてふらつく姿を想像したらちょっと大分面白くてつい吹き出した。
そしたらアベ君は多少不機嫌になったみたいだった。
そんな、アベ君の事を笑ったわけじゃー…うん、あるんだけどさ。ごめんってば。
「なんだよ。なんで急に笑ってんだお前。」
「別になんでもないって…ごめん。笑ったのは別にアベ君のことじゃないよ。」
嘘だけど。
笑いを堪えながらじゃ説得力も皆無か。
俺の手を振りほどこうと……ちょっと待てそれ本気の抵抗?
ほんの少し力を込めて逆に引き寄せてみた。
容易く偏る重みに軋んだベッド。って嘘だろオイ。
体勢を崩されたアベ君は微妙に悔しそうな表情をしている。
え、ちょっと待った。マジですか。
俺がこんな事言うのも何だけどアベ君もう少し鍛えた方が…
あんまり力込めちゃうと折れそうだな、腕。
例えば今。
押し倒したらアベ君どうするだろ。…なに考えてんだ俺。
6607/7:2005/10/24(月) 10:00:42
「なんなんだよ。いい加減手、放せよ。」
黙っていたらいよいよ疑問に満ちた声が聞こえた。
本当に別になんでもないんだけど。けど。
未だ掴んだままの細い腕。細い肩。細い首。
癖の無い黒髪と色付いた肌とのコントラストが鮮烈だ。
俺は何をしているんだろう。全てがまるで他人事のように実感がわかない。
なにをしようと…
視線が絡んだ真正面。
見逃すはずも無い。平静を装うその瞳の奥に確かな怯臆が存在しているのを。
俺が怖い?
ベッドに乗り上げて距離を詰めたら掴んだ腕から動揺が伝わって来た。
一瞬、後ろへ退きかけた身体。反射的に力を込めて抑えた。
痛みに歪む表情、アザになってるかも。ごめんね。でも逃がさないよ。
慄いて揺れる目と目を合わせた。俺は上手く笑えているだろうか。
そっと手を伸ばして重力に素直なその前髪をかきわける。
俺のほんの一動作にも目を瞠ってビクついて…もうアベ君も気付いてる。
この先何をするのか。何が、起きるのか。
…簡単に、押し倒せそう。しかも簡単に押さえ込めそうだ。
てのひらの中の細い腕。すっかり強張っている…怖いの?なぁ、
「 ア ベ くん 。」
上映時間は終ったらしい。
ヒステリックな砂嵐の絶叫が堰を切って室内に溢れ出す。うるさいな。
狂ったように脳内まで駆け巡るその音はきっと警告。
今ならまだ引き返せる? だけど、と思った。

うるせえよ。知った事か。

そう、…思ってしまった。

***************