【三人目のワタシ】
第一章 金メダル
ワタシの人生はもう終わっている。
最近つくづくそう感じるのだ。
忙しいだけの毎日に気力は奪われ、
みたされる事の無い心は、
そのみたしてくれる何かを求める事すら面倒に思ってしまっている。
そうして日々は過ぎていく。
ワタシがあの時、手に入れたものはこんなものだったのだろうか。
これが、この日々が、あの頃のワタシが夢見ていたものなのだろうか。
近頃ではグループ内で新曲の売上げ順位についての話題を口にすることはない。
スッタフの人達も次のスケジュールだとか衣装の発注だとかもっと細かな金銭的な話などで忙しい。
私が加入した時には既にそんな感じだった。
けれども、その中で一人、当時リーダーだった飯田さんだけが、
入って間もないワタシ達に対して過去の順位などの話を聞かせてくれた。
順位が発表される日は、
メンバー全員が一つの所に集合して直接スタッフの人達から発表を受けるのが当時の慣わしだった為、
先に自分だけが情報誌やテレビ・ラジオなどで順位を知ってしまわないように気を付けていただとか、
スッタフの人から順位を発表される、その瞬間はいつもドキドキしただとか、
とても懐かしそうに何度か話してくれた。
飯田さんはそんな過去にプライドを持っていたんだと思う。
ワタシはその頃から全く順位には興味が無かった。
いや、今よりもずっと興味があったのかも知れないが、
その頃のワタシは自分自身がモーニング娘。のメンバーでいる事自体にとても興奮していて、
順位や売上といった事は頭の片隅にしかなかったのだろう。
それに、いまよりも随分と幼く本当に子供だったので、
そういった事に関して良く意味が理解出来ていなかったのかもしれない。
それがいまでは、実際に過去の栄光を味わっている先輩達ですら、
もう順位や売上げなどといったものは、本当に遠い過去のものだと諦めてしまっている。
そんな周りの先輩達やスタッフの人達の様子を見ていると、
ワタシは小さい頃にテレビで見たオリンピック中継でのある選手の表情をい思い出してしまう。
あの時の見たその選手の表情をワタシは今でもはっきりと思い出す事が出来る。
その選手は金メダルを取った直後のインタビューで、何度も「実感が湧かない。」と答えていた。
そして、その選手は次の目標を聞かれると「また金メダルを取りたい。」と答えたのだ。
その時の表情は、本当にいまも忘れる事が出来ない。
その選手の顔からは喜びや悲しみといった感情は何も感じられず、ただ途方に暮れているといった表情だった。
選手の首にかけられた金メダルもまるで誰かから借りてきたもののように見えた。
本当にこれが世界で1位になった人なのだろうか。
まだ小さかったワタシはテレビを見つめながらそう感じていた。
そう、その選手の表情といまの先輩達の表情はどこかしら似ているのだ。
そして、多分いまのワタシもそんな表情をしているのだろう。
金メダルを掴んだその先に求めるものがあると錯覚し、
実際にその先を見てしまった選手の表情に・・・、
もうワタシは純粋に走ることが出来ない、
走ること自体が好きだった頃の表情を取り戻す事は出来ない。
誰もが皆、欲しいものを手に入れる為に必死で走り続けている、
けれども、多くの人は走り続けるうちにそのコースから徐々にそれていき、
いつしか完全にコースの外へと外れていってしまうのだ、
そしてゴールテープを切った、その時に、その瞬間に真実を知らされる。
手に入れようとしていたものは金メダルなんかではないと、
本当に欲しかったもの、
それはもう遥か後ろに遠ざかってしまったスタートラインに置き忘れてきてしまっているものなのだ。
ようやく手にした、欲しくもない金メダルを握り締め、
どんなに時間が過ぎるのを待っていても実感など沸いてこないだろう、
この先、いくつのメダルを首からぶら下げようとも心がみたされる事は決して無いのだ。
そして、再び走り出す、そこから先はもうゴールすら無いコースだ。
ワタシはそれを知っていた。
知っていたはずだった。
ワタシはメダルを取るためにモーニング娘。に入ったのではない。
そのはずだった。
「順位なんて関係ない。」
いまはもういない先輩の一人が言っていた。
その人は、ワタシが入るずっと前に辞めてしまっていて実際に会う事はなかったけれど、
ワタシの憧れの人だった。
あの人みたいに歌いたい、あの人みたいに踊りたい、あの人みたいに・・・ずっとずっとそれが夢だった。
それがワタシの求めていたものだった。
第二章 辞表届けの書き方
ワタシがリーダーになるという話を少し前に、あるスタッフから聞かされた。
リーダーになるという事以外細かい事はまだ何も決まっていないようだったので、
それがまだもう少し先の話であることも何となくわかった。
その話を聞いた、その日の帰り道、ワタシは青山にある大きな書店に立ち寄った。
『いざという時に恥ずかしくない文章の書き方』という本を手に取ってパラパラとページをめくる。
実用書の置かれているコーナーはこの大きな書店の中でも一際人気(ひとけ)が無く、
その清々しいまでの静けさは、ただでさえ何ともいえない爽快な気持ちにさせられるのだが、
いま自分が思いがけずこういった行動をとっている事自体の何か不思議な興奮とあいまって、
より一層爽快な気分がこみ上げてくるのをワタシは感じていた。
そして、漫画や雑誌以外に自分で本を購入するのは、
もしかしたら、これが生まれて初めての事なのではないかしらと思うと、
いま自分が置かれている状況に反して口元が緩む事を抑えられなくなり、さらに爽快な気分は増していった。
ワタシは手にした本の中から、
お目当ての項目『辞表の書き方』という目次を確認するとさっそくそのページを開いてみた。
「へぇー、パソコンでもいいんだぁ・・・。ふーん。」
人気のまるで無い、書店の一番奥のコーナーでひとり呟き、
お目当てのページに一通り目を通した。
他の本を調べても内容はどれも同じようなものなのだろうなと思い、
最初に選んだとりわけ薄く小さいこの本を買うことに決めた。
ワタシは小さな本を片手にレジへと向かった。
レジへと向かう途中の通路の両脇には、ちょうどワタシの背丈ほどの棚が並べられており、
その中には小説の文庫などがぎっしりと収められていた。
ワタシは無意識の内に本を持っていない方の手をその棚に伸ばし、
読みもしない本の背表紙を伸ばした手の指先でカタカタと音を立てて撫でながらゆっくりとした足どりでレジに進んだ。
本と一緒に真っ白い封筒と筆ペンも購入することにした。
「あのぉー、すいません、ちょっと話があるんですけど・・・。」
「・・・(ブツブツ)・・・(ブツブツ)・・・。」
昨日の夜、辞表を書いてる時はそれ程感じていなかったのに、
今日はやはり少し緊張している。
本を買った日の翌日の早朝、ワタシはスタジオに向かうタクシーの中で、
辞表届けの入ったハンドバッグをちょこんと膝の上に乗せ、
何度も辞表を出すタイミングの練習をしてみた。
筆ペンは封筒の表に『辞表届』と書くときにだけ使った。
ちょっと失敗して下手くそな字になっちゃったけど書き直しはしなかった。
「つんくさんもいるし、今日がイイ。」
タクシーの中で何度も何度も呟いた。
モーニング娘。を辞めることは昨日の夜、夕食を済ませた後に家族に相談した。
自分のノートパソコンで辞表を書き終えてから真っ先にババちゃんに相談した、
ババちゃんはニコニコしながら「うん、うん、そうすると良いよ。」と頷いてくれた。
意外とあっさりとした反応だったので、そのまま両親にも打ち明けてみた。
ママとパパの反応もワタシの予想とは違い、ワタシがモーニング娘。を辞めことに対してまるで関心の無い様子だった。
ママは台所で洗い物をしながらワタシの話に「へぇー、あらそう。」とか相槌を打つだけで、他は何も言わなかった。
二人の反応が全く無いので、結局ワタシが一方的に仕事を辞めることを打ち明ける形になった。
ワタシはキッチンとダイニングとリビングがひとつになったフロアーのちょうど真ん中にある、
大きなダイニングテーブルの椅子のひとつに腰掛け、
モーニング娘を辞める理由を二人に明かした。
その間、パパはリビングでテレビの野球中継を食い入るように観ていたし、
ママもキッチンでワタシに背を向けたまま洗い物の手を休める事は無かった、
ワタシが話しを終えて席を立っても、二人がワタシの方を振り返ることは無かった。
ワタシは部屋に戻って筆ペンのキャップを取り外すと、
先程パソコンで書いた辞表を入れた白い封筒に大きく『辞表届』と筆を走らせた。
文字は上から徐々に小さくなった。
毎日2章づつ書き込んでいこうと思います
キタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!
作者さんありがとう
そしてがんばって
415 :
名無し募集中。。。:2005/11/27(日) 00:23:15
気付かないやつが多そう
どのスレに知らせてやれば良いんだろう?
多分このスレ落ちないから後で気付いても間に合うだろうけど
待ってたかいがあったべ
417 :
名無し募集中。。。:2005/11/27(日) 03:23:47
作者さん乙です
こないだのは偽者だったのかな
なるほどタイトルには2つの意味があったんだ
冒頭の部分結構補正があるね
419 :
名無し募集中。。。:2005/11/27(日) 07:16:54
改めて読むとやっぱ面白いわ
冒頭の部分も深みが増してて
最初の引き込まれ方が凄い
第三章 少女の死
スタジオに着くと入り口に立つ守衛さんと受付のお姉さんに挨拶をして4階にある控え室へと向かった。
6階建てのこのビルの中にはいくつかのスタジオと控え室があるのだが、
そのうちのどの控え室を使うかは前日にマネージャーから教えられていたので、
受付で案内を受けずにそのままエレベーターに乗り込んだ。
エレベーじひょうとどけのターは目的の4階で停まり、
分厚いドアが微かな機会音と共に左右に収納される、
そしてワタシがエレベーターから4階の廊下へと一歩足を踏み出した時だった、
控え室の扉が開き、後退りするような格好で背中向きに亀井が部屋から出てきた。
エレベーターから一番近い部屋、そこがワタシ達に用意されているいつもの控え室だった。
ワタシは亀井の背中越しに、
「おはよう。」
と声をかけた。
亀井はワタシに背中を向けたまま、
「れいなが死んでる。」
と言った。
(えっ?)
ワタシはそこで立ち止まった、
聞き間違いではない、
いま亀井は確かに「れいなが死んでる。」と言ったのだ。
れいなは血だらけで床に倒れていた。
スタジオの人の通報で警察が到着するまで随分と時間がかかったように思えた。
亀井とワタシは警察署まで行き、遺体の第一発見者として簡単な取り調べを受けるとすぐに帰宅を許された。
取り調べを終え、警察署の取調室から出ると、
廊下で待っていたマネージャーから今日のスケジュールは全て取りやめになった伝えられ、
ワタシはそのまま事務所スッタフと一緒にタクシーに乗り横浜に戻ることにした。
帰りのタクシーの中では事務所の人達が忙しく携帯で連絡を取り合っていた、
ワタシにも何か話しかけていたのだが、内容は全く頭に入らなかった。
家に着き玄関の鍵を開ける、
家の中にはババちゃんも誰もいないようだった。
リビングのソファーに座り、深く深呼吸をしてから、
ゆっくりと小さな溜め息をひとつついた、自然と目から涙がこぼれ落ちた。
涙はいったん流れ落ちると、後から後から溢れ出し頬を濡らした。
脳裏には、れいなの横たわる姿が焼きついて離れなかった。
重々しい真っ赤な液体の上に真っ白になったれいながちからなく倒れ浮かんでいた、
ひと目見てそれが生きていないとわかる寂しさが、あの控え室の部屋中にみちていた。
ワタシの頭の中はそれ以外の事を考えられない状態だった。
どのくらいの時間そのままの状態だったのだろう、
玄関の方から急に明るい話し声が聞こえた。
その声は徐々に近付くと閉ざされたリビングの扉を開けた。
声の主により扉の横にあるルイスポールセンのペンダントライトのスイッチが入れられ、
淡く柔らかい光が静寂だったリビングを暖かく照らすと、
ママがワタシに声をかけた。
「あら、帰ってたの。」
ワタシはこぼれ落ちる涙を拭いながら、ママに背を向けてソファに座ったままの姿勢で、
「ん、うん。」
と返事をした。
声が少し震えていた。
ワタシの雰囲気の違いを察したパパは両脇にいっぱい買い物袋を抱えながらとても自然な口調で、
「辞めてきたんだろ。」
と、やさしく尋ねてくれた。
「ううん、今日はちょっとね・・・辞めれなかったの・・・。」
拭ったばかりの涙がまたこぼれ落ちそうになった。
「そうか。・・・うん。」
やっぱりパパの声は優しい。
第四章 夜を走る
その日の夕食の時に、食卓を囲みながらワタシは家族に今日の事件の事を簡単に掻い摘んで告げた。
パパとママとババちゃんは幾らか驚きの声をあげたが、
その後は一言二言ママが喋っただけで全くの沈黙がながれ食事を終えた。
夕食の後、お風呂に入ってる時も、れいなの姿は以前頭を離れなかった。
そして、その時ある疑問が突然頭の中に浮かんだ。
(れいなは誰に殺されたのだろう?)
れいなが刃物で刺されたことは刑事さん達の話を聞かなくてもわかっていた、
まだ現場では凶器が発見されていない事は取り調べの時に刑事さん達の話から知った。
ぼんやりと湯船につかりながら、そんな事を考えていると、
その疑問についての何かある違和感のようなものが自分の頭の中でどんどんと膨らんでいくような感じがした。
けれでも、その違和感が何であるかは、この時はまだはっきりとはわからなかった。
ただ、控え室の真ん中で倒れているれいなの姿だけが頭の中でぐるぐるとまわり続けていた。
(何かがおかしい。)
お風呂からあがるとパジャマに着替えて自分の部屋のベッドに腰掛けた。
ベッドの枕元にあるサイドテーブルの上のビビちゃんのお家をのぞくと、
ビビちゃんがホイールを勢いよく回して、元気に遊んでいた。
サボテンの形を模した柱に横板を渡した本棚の中から、ビビちゃんの観察日記とひまわりの種を取り出した。
「ビビちゃん、ビービちゃーん。」
「ご飯ですよー。」
ビビちゃんにエサをあげながら、
事件のことをこれ以上あれこれ考えるのはれいなに対して何か申し訳ないのではと思い直していた。
あまり変なことは考えないようにしようと思い、
いまはビビちゃんと思う存分戯れる事にした。
ベッドに腰掛けたまま、ひとしきりビビちゃんと戯れた後、観察日記の今日のページを開き、ペンを手に取る、
―――9月20日 ビビちゃんに今日も指を噛まれる。―――
日記をつけ終えると、それをベッドの上に置いた。
ベッドから立ち上がり、ウォーキングクローゼットの扉を開けると、一番手前に吊るしてあったパーカーをパジャマの上から羽織り、
コートハンガーに掛けてあった帽子を左手に掴んだ、
帽子を被りながら足音を立てないようにして玄関に向かうと、
誰にも気付かれないようにゆっくりと玄関の扉をあけて廊下に出た。
そこからは、もう駆け足でエレベーターまで行くと、
エレベーターのドアの横の下りのボタンを押してすぐにきたエレーベーターに乗った。
エレベーターの中で帽子を目深に被り直し、
1階でエレベーターのドアが開くと、
マンションのエントランスを抜けて通りへと駆け出した。
マンションの部屋から広い通りに出るまではほんの数分だった。
表通りの歩道に出て手をあげる。
一度乗車拒否をされた後、そのすぐ後に来た二台目のタクシーは最初のタクシーと同じタクシー会社だったが、
この変てこな格好の女の子を乗せて例のスタジオの入ったビルの方角へと向けて走ってくれた。
タクシーの中でワタシはあのビルに近付くにつれて事件がおきてからずっと頭の中にあった、
何か正体のわからない違和感のようなものが薄れていくような気がしていた。
「やっぱり、どうしても・・・見に行かなくちゃ。」
口に出して呟いてみた。
タクシーが目的地に着くと、ワタシは後部座席の左側のドアから車を降りた。
夜でも比較的賑やかな場所にあるそのビルの傍まで駆け寄ると、
目深に被った帽子のつばを人差し指でひょいと持ち上げて、そのビルを見上げた。
ビルはもうどの階からも明かりが消え、中に人の気配は無くなっていた。
しばらくそのまま見上げていると、
「お客さん。」
と、タクシーの運転手さんの呼ぶ声がした。と同時にワタシはあのある違和感が何であるかに気が付いた。
それは何の前触れも無く突然訪れた。
(そうだ、れいなは鍵を掛けていなかったのかしら?)
「ちょっと、お客さん携帯が鳴ってますよ。」
運転手さんが、もう一度ワタシに呼びかけた。
「あっ、はい。」
タクシーに戻り、座席に置いてあったお財布と携帯を取ると、着信はさゆからのものだった。
「どうしたの?」
慌てて携帯に出ると、さゆの泣きじゃくった声が飛び込んできた。
「絵里が・・・、絵里が、車に跳ねられたの・・・。」
(えっ?)
乙です
筋は知っててもワクワクします
第五章 微笑みの公式
狼狽する道重を落ち着かせながら事故の内容を聞くと、
携帯をパーカーのポケットに押し込み、いま道重から聞いた場所をタクシーの運転手さんに早口に告げた。
「東京女子医大病院まで行ってください。お願いします、急いで下さい。」
「どなたか事故にでもあわれたんですか?」
携帯の会話に聞き耳を立てていた運転手さんが尋ねた。
「ええ、友達なんです。」
「それは、大変ですな、では飛ばしますよ。」
いかにも気の良さそうな顔をした初老の男性の運転する緑色のタクシーは、猛スピードで夜の街を駆け抜けた。
車は細い抜け道を通りあっという間に大きな病院の入り口に到着した。
外来の受付にいた看護士さんに亀井の病室を教えてもらうと、
看護士さんに促された面会の手続きもせずに亀井の病室のある4階まで一気に階段を駆け上がる。
「あの、ちょっと、面会は30分までですよ、もう本当は面会の時間は・・・。・・・それに・・・・・・。」
頭の後ろから響いてくる声はすぐに聞こえなくなった。
4階の廊下に出るとナースステーションのすぐ隣にその病室はあった。
(亀井まで事故にあうなんて・・・。)
病室の扉の前でいったん立ち止まると、静まり返った病院の廊下で荒くなった呼吸を整えた。
それからノブに手を掛け、右手でゆっくりと扉を押し開けるとそこには上半身を起こしてベッドの上に佇む亀井がいた。
その傍らには亀井の両親と道重もいた。
亀井はベッドの上でゆっくりとこちらを振り向くと可愛らしい笑顔を見せた。
ワタシはその笑顔に駆け寄った。
「亀ちゃん大丈夫。」
「あ、スイマセン、わざわざ・・・。」
いつもと変わらない幼い声だった。
「ううん、そんな事より怪我の方は?足の骨を折ったって・・・。」
「はい、いまギプスをしてもらって・・・。」
亀井は掛けられていた薄い毛布を捲くり、ひょいっとギプスのされた足を持ち上げて見せた。
ワタシは道重からの電話で、亀井が帰りに自宅の前で乗用車に跳ねられそうになり、
その車を除けようとして道路脇の側溝に躓き転倒した時に足の骨を骨折したのだという事を聞いていた。
ギプスをした姿は痛々しかったが、亀井は元気そうだった。
それよりも病室にいた、亀井の両親や道重の方が、亀井とは対照的に心配そうに沈んだ表情を浮かべていた。
「あのさ、ちょっと・・・、新垣さんと二人きりにしてもらっていいかな。」
「悪いけど、さゆも席を外して。」
亀井は少しうつむいて照れたような笑顔を浮かべながら言った。
「うん。」
道重は返事をすると、亀井の両親と共に病室の外に出て行った。
広い病室にワタシ達二人を残して扉がカチャリと閉められる。
「何?」
ワタシが問い掛けると、亀井の表情は明るい表情から一転して悲しさを帯びたものになった。
先程までの笑顔は道重や両親を心配させまいとしていたのだろう。
そして、亀井はうつむいた顔をあげ、頼りなげな幼い声でワタシに言った。
「私、殺されちゃう・・・。」
亀井の表情や声が、それが悪い冗談などでは無いことを物語っていた。
そして、事態はただならぬ方向へと進んでいる事をワタシは悟った。
「・・・どうして?どうしてなの?・・・どうして殺されるなんて・・・。」
亀井は顔をそむけ、
「それは・・・、言えません。れいなの為にも・・・。」
と言って、また下を向いてしまった。
―――れいなの為―――意外な言葉だった。
「・・・そう、でもワタシに何か話しておきたい事があるんでしょ?」
そう聞いても、亀井はうつむいたままだった。
「ねぇ、・・・亀、ひとつだけ教えて。」
(言っちゃいけない。)
そう思った瞬間、ワタシの唇がこの言葉を口にするのを拒否するのがわかった。
「・・・あなたが。」
(こんな言い方をするべきじゃない。)
「・・・あなたがれいなを殺したの?」
唇が小さく震える。
なぜワタシは、ワタシの脳は、目の前にいるこの少女にこんな残酷な質問をさせるのだろう。
ワタシ自身の体がいくらそれを拒んでも、結局それを抑える事は出来なかった。
「それも言えません。」
亀井は泣き出しそうな表情だった。
亀井がそう答えた後、二人の間に僅かな沈黙の時間がながれた。
そうして暫くしてから、ワタシが口を開く。
「・・・・・・亀、ごめんね。」
そうとしか言えなかった。
やはり唇は小さく震えていた。
人が悲しむ姿を見るのは苦手だった、小さい頃から本当に苦手なのだ。
何故こんな事を聞いてしまったのだろう、亀井は命を狙われてるかもしれないと言うのに、
もっと何か亀井の不安を取り除くような事を言ってあげるべきだったのだが、
ワタシは一言謝った後、悲しそうな顔をした亀井と目をあわす事すら出来ずに病室を出ようとした。
「ただ・・・。」
病室を出ようとするワタシに亀井が小さな声で語りかけた。
「わからないけど・・・もしかしたら私、高橋さんに騙されてるのかもしれない。」
(?)
「愛ちゃんが・・・。」
思わずワタシは亀井の方に向き直り聞き返していた。
「本当に、よくわからないんです。なんでこんな事に・・・。」
亀井がそう言うと、扉がキィと微かな音を立てて開いた。
ほんの少し開かれた扉のちょうど真ん中あたりの高さからひょっこりと顔を出した道重は、
本当の子供よりもずっと子供っぽいすねた表情で、
「ねぇ、もういい?ひとりぼっちでいるの嫌いなの。」
と言って部屋の中のワタシと亀井を覗き込んだ。
道重を見つめ返す亀井の表情は幼く可愛らしい笑顔に戻っていた。
亀井の両親は、娘の容態を確認すると入院に必要な荷物の用意などを済ませ家に帰るようだったが、
道重は看護士さんに帰宅するように促されても、泊まっていくといって聞かなかった。
結局、道重の我侭に根負けした看護士さんは規則をまげて看病する事を許可した。
病院の入り口の自動ドアが開き、外に出ると病室で聞いた亀井の言葉がワタシの足取りを重くさせていた。
「愛ちゃん・・・。」
そう呟き、ワタシは曇天の東京の夜空を見上げた。
―――プップー ―――
軽いクラクションを鳴らしてワタシの真横に緑色の車が滑り込む。
運転席の窓から初老の男性が顔をのぞかせた。
「どうでした、お友達は。」
気になって待っていてくれたという運転手さんの微笑んだその顔は本当に優しそうなものだった。
うぉっと
油断してた
乙です
437 :
名無し募集中。。。:2005/11/28(月) 02:00:42
章ごとの副題が付くとまた新鮮っすね
「夜を走る」とかなんかかっこいい
乙です
438 :
名無し募集中。。。:2005/11/28(月) 09:17:48
乙です
改めて読むとやはり面白い
以前の文と少し読み比べてみましたがかなり修正していますね
頑張ってください
439 :
62:2005/11/28(月) 19:21:39
再開乙です。待っていて良かった。
すでに言われてる方もいますが、だいぶ表現とか描写が変わってる部分も多く、さらに良くなったんじゃないかと思います。章ごとに題が付くのも良いですよね。
これからも作者さんのペースで最後まで続けていただければ、と思います。頑張ってください。応援してます。
第六章 控え室の独り言
次の日の朝、リビングのテレビをつけると、
どの局のニュースも早朝で人気(ひとけ)のないスタジオの入ったビルの前を中継しながら、
れいなの事件を取り上げていた。
そして各局とも事件当日の放送よりも詳しい内容の説明がなされていた。
凶器が現場に無かった事、
れいなが直前に睡眠薬を服用していた事、
死亡推定時刻が早朝である事など、
全く同じ内容の報道が繰り返しどのチャンネルからも流れてきた。
けれども、亀井とワタシが死体の第一発見者であるという事は報道されていなかった。
ワタシは今朝早くかかってきたマネージャーからの電話で告げられたスケジュール通りに、
今日もあのスタジオにタクシーで向かった。
スタジオに集まることは昨日も警察署の廊下でマネージャーから告げられていたらしいのだが、
話が耳に入っていない様子だったワタシを心配して、マネージャーが確認の電話を入れてくれたのだ。
確かにワタシはその話を記憶していなかった。
スタジオに向かう途中でそのスケジュールも取り止めになった事をマネージャーから携帯で告げられたが、
直接伝達事項があるので取りあえずスタジオにはそのまま集合してほしいという事も併せて告げられた。
スタジオに着くと表で待っていたマネージャーがタクシーに駆け寄ってきた。
後部座席のドアが開き、タクシーを降りて周りを見渡すと、
ビルの前にはもう、取材中継をしている人の姿は無かった。
ワタシはマネージャーと一緒にビルの中に入り控え室に向かった。
昨日の控え室があったひとつ下の3階の部屋だった。
マネージャーが控え室のドアをノックすると、中にいた吉澤さんが扉を開けた。
控え室にいたのは吉澤さん一人だった。
普段から吉澤さんは現場の入り時間が人一倍早かった。
「紺野もいまこっちに向かってるから。」
とマネージャーに言われ、控え室に二人で残されると、
マネジャーはドアをバタンといきおいよく閉め、また表へと降りていった。
閉められたドアの内鍵はしなかった。
吉澤さんと二人きりになり、少し間隔を空けて二人とも椅子に腰掛けた。
ノール社製のポロックチェアで、この控え室にある白い会議用の長机と比較するとちょっと豪華で不釣合いな気もした。
吉澤さんは、その椅子に深く腰掛け足を目一杯前に投げ出し、
胸の前で腕を組みながら、じっと正面の壁に掛けられた時計を見つめていた。
吉澤さんと二人気になり少しすると不意に辞表届のことが頭をよぎった。
ワタシは辞表届が入ったままになったハンドバッグを見つめ、
吉澤さんも卒業しちゃうんだな、と胸の中で呟いてみた。
「ガキさぁ〜ん。」
正面の時計を見つめたまま、吉澤さんがワタシに話し掛けた。
ワタシ達の方をあまり見ずに話すのがいつもの吉澤さんの癖だった。
「昨日は、大変だったねぇ。」
警察での取り調べの事を言ってくれているのだろうと思い、
「はい。」
と返事をすると、少しの間を置いて吉澤さんは会話を続けた。
「ん〜あのさぁ、亀井は・・・まだ警察にいるのぉ?」
「えっ、あっ、いえあの、亀は昨日事故に遭って・・・病院に・・・。」
「事故ぉ〜?」
やはり目は正面の時計を見据えたままだったが、大きく目をむき出して吉澤さんが驚きの声をあげた。
「ええ、事故っていうか、足首を骨折して病院に入院してるんですよ、・・・いま。」
「・・・あ・・・そぉ〜なんだぁ。」
「ええ、そうなんです。」
また、会話は途切れ、しばらくのあいだワタシも時計を眺めた。
「・・・じゃあ、取り調べはむりだねぇ・・・。」
「・・・・・・そ・・・そうですね。」
それだけ言うと、あとは会話は無かった。
途中、「う〜ん、もしかしてさぁ。」と聞こえないくらい小さな声で吉澤さんが独り言みたいに呟いたが、
その独り言もそこで止まり、続きの言葉は不明瞭に吉澤さんの口の中で響いただけで喉の奥に押し戻された。
れいなの事についての会話も一切しなかった。
吉澤さんは、普段からそういう人だった。他人の事をあまり詮索するタイプではなかった。
でも、その吉澤さんも今回の件では、やはり亀井を疑っているのだろう。
その事が普段から口数の少ない吉澤さんの言葉からも感じ取れた。
勿論、誰もがその可能性を考えざるを得ない状況であることも確かだった。
二人は日頃からあまり仲が良くなかった。いや、むしろお互いを憎んでいたといった方が正確だろう。
以前に一度、新曲の通し稽古でれいなが亀井の些細なミスをひどく責めた事があった。
亀井自身、歌もダンスも器用とはいえないが、アイドルとしてそれなりの素質はある方だったし、
ひとから責められるほどのミスをするタイプでもなかったのだが、
かえってそれが、努力家で完璧主義のれいなには癪に障ったのだ。
あの時、激しく亀井を責め立てたれいなをそこにいたメンバーの誰一人として止めようとはしなかった。
れいなを止められなかったのは、あの時のワタシ達の誰もがれいな以上の情熱や熱意を持っておらず、
れいなの怒りが、亀井本人だけでなくそんなワタシ達にも向けられている事を知っていたからだった。
そんな事があってから、二人がお互いを激しく憎みあっているのをメンバーの全員が知っていた。
それが動機になると言えば、そういえなくもないのだろうが、
最近の二人の様子を考えるとそうとはいい難かった。
近頃のれいなは以前のような活気を無くしてしまったグループの中で孤立し、
一人あり余る情熱を傾ける先を見失い途方に暮れていた。
さらに、亀井との件があってからも変わる事の無いメンバーの冷やかな態度に、
ついには怒りのはけ口さえも失っている様子だった。
それからというものれいなは徐々に現場で塞ぎ込むようになり、
やる気の無いワタシ達以上にれいなの方がすっかり覇気が無くなってしまっていたのだ。
そんな近頃の悩んでいるれいなの姿を見ると、お互いいがみ合っていたのは確かだったが、
今回の事件の立場はむしろ全く逆のものであった方が自然に思えた。
暫く頭の中でそんな事を考えていると、二人に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。
亀井は大きな怪我をしているし、ましてや、れいなはもうこの世にはいないのだ。
一瞬、れいなの倒れていた場所に亀井が倒れている姿が頭をかすめた。
ワタシは何度くだらない考えをすれば気が済むのだろう。
メンバーの事を悪く考えるのはもう止そう。
そう思いワタシは吉澤さんに気付かれないくらい小さく頭を左右に振った。
しかし、頭をいくら振ってもワタシの頭の中にはどうしても消せないあるメンバーの顔が浮かんできてしまう。
(本当にどうしてこんな考えしか浮かんでこないのだろう、ワタシは最低だ。)
呆然と落ち込んでいると、控え室のドアを誰かがノックした。
「ど〜ぞぉ〜。」
吉澤さんがそう言うと、ドアはいきおいよく開かれ、マネージャーが部屋に入ってきた。
マネージャーは開かれたドアの内側のノブを厳しい顔で見つめながら、
「あんた達、ドアの鍵は必ず掛けなさい、いいわね、絶対よ。」
と注意した。
ワタシ達はそれに頷いた。
そして頷くワタシ達にマネージャーは、
こんこんがこちらに向かう途中に引き返した事と、他のメンバーとも電話連絡を取り自宅待機に変更させた事、
今後のスケジュールは約一ヵ月後のツアーのリハーサルが始まるまでの取材やレッスンなどの全ての仕事が、
ひとまず白紙になった事を告げた。
それからワタシには、警察の方から明日もう一度、任意で事情聴取を行いたいという要請があり、
別のマネージャーと一緒に警察にいくようにとも告げた。
伝達事項を告げ終えると、吉澤さんとマネージャーはすぐに控え室を後にした。
ワタシはのろのろと身支度を行い、二人が部屋を去って少ししてから一番最後に部屋を出た。
吉澤さん達を乗せたエレベーターが1階に着いたことをエレベーターのドアの上のランプが示すのを確認すると、
ワタシはエレベーターのドアの横の上りのボタンを押した。
第七章 なんでも屋
エレベータに乗ると4階のボタンを押し、ドアが開き4階で降りると、あの部屋から先はバリケードで封鎖されていた。
バリケードの向こう側の部屋の前には数脚のパイプ椅子が並べられ、そのひとつに若い警官が一人座っていた。
その若い警官とバリケードの前に突っ立ているTシャツ姿の男性の二人以外に人影は無く、
事件のあった部屋の中でも現場検証をやっている雰囲気は無かった。
他には誰もいないだろうとは思ったのだが、
詳しく部屋の中の様子を窺おうと、バリケードがされてある所まで近付くと、その傍に突っ立っていた男性が振り返った。
(うっわぁ〜。)
いかにもという感じのおっさんだった。
「あれー、アラガキさんだよね?」
(つまらない。)
ワタシの視覚と聴覚は完全にこの変てこなTシャツを着た汚らしいおっさんを無視した。
そして、バリケードに近付いてみるとこの角度からではどのみち詳しく部屋の中を窺う事は無理な状況なのもわかったので、
変なおっさんを無視して、早々にここから引き揚げる事にした
「いやー良かったよ、会えて。来た甲斐があったな。グッドタイミングだよ。」
おっさんの予想通りの馴れ馴れしい声は、おっさんを無視しようとするワタシの両耳の鼓膜を何の許可も無く振動させる。
コンサートやイベントなどで慣れてはいるが、本当にこの無神経な行動には心底腹が立つ。
よりによって、こんな所にまでコイツらはやってくるのだ。
(ダメだ、無駄だしさっさと帰ろう。)
透明人間にでも喋りかけられたかのようなわざとらしい無反応な態度でおっさんを無視して振り返り帰ろうとすると、
ワタシの気持ちなんてまるで考えていないであろうおっさんの声はなおもしつこくワタシの鼓膜を響かせる。
「ねえ、アラガキさん、ねえ、ちょっと。」
(完全に頭に来た、「オラヲタですか?」とでも言えばいいのかしら。)
エレベーターの中の狭い密室で一緒の空気なんて死んでも吸いたくない。
ワタシはエレベーターの前を通り過ぎると、
一番奥の突き当たりにある階段まで歩幅をぐんぐんと広げながら歩いていった。
無神経なおっさんはワタシの後を追いながらまだ話し掛けてくる。
「亀井さんの次に、死体を発見したんだってね、ちょっと君にいくつか確かめたいことがあるんだ・・・。」
階段を数段降りたときに、ワタシはその言葉を聞いて足を止めた。
(?)
(何故それをこのおっさんは知っているのだろう・・・?)
ワタシは4階の廊下より数段下の階段の所で振り返ると、いままで無視していたそのおっさんを今度はをまじまじと見上げた。
薄汚れたTシャツの胸には大きく『なんでも屋』とプリントしてあった。
階段を降りかけたのを急に静止した為にバランスを失ったおっさんは、
転びそうになりながらワタシに言った。
「アラガキさん、君さえよければ、詳しい話を聞かせてもらえないかな?」
第八章 あの子を探せ
「なんで・・・そのことを知っているんですか。」
ワタシはおっさんを睨みつけていた。
ようやく姿勢を立て直したおっさんは驚いたように答えた。
「え?」
「ああ、知り合いに聞いてね。」
おっさんの軽薄そうな笑顔で答えるおっさんの額には、ほんの少し歩いただけだというのに、もう汗が光っていた。
「知り合い?」
ワタシは眉をひそめた。
「ええと、警察に知り合いがいてね。」
「それで?」
ワタシは不機嫌に問い詰める。
「え?」
「だから、それで、どうしてそんな事を勝手に調べてるんですか?
勝手にそんな事するんなら、その知り合いの警察の人に逮捕されて欲しいんですけど。
そういうのってプライバシーの侵害なんじゃないんですか?何様のつもりなんですか?」
おっさんを見ているとどうしてなのか、無性に強い苛立ちを憶え、
ワタシはおっさんをまるで小さな子供を叱るようなきつい口調で問いただしていた。
「えっ・・・ああ、そうだね。ひとにものを尋ねるのにこちらが先に名乗らないのは失礼だったね。すまない。」
そこまで畏まって貰うつもりはなかったのだが、
おっさんは随分年下のワタシに恐縮そうに丁寧にお辞儀をすると、
穿いている作業ズボンの太腿に付けられたマチの大きなポケットからよれよれの名刺を一枚取り出した。
そして、それを恭しく私の前に差し出した。
おっさんは意外にもあまりに素直で礼儀正しかったのだが、ワタシは一度作ってしまった横柄な態度を崩せないまま、
ひどくぎこちなく不機嫌な素振りをしてやや乱暴に名刺を受け取った。
「それとワタシはアラガキじゃなくて、ニイガキですから。」
名刺を受け取りながらそう付け足した。
「いや、これはまた、申し訳ない。」
おっさんはもう一度深々とお辞儀をした。
受け取った名刺には、
なんでも屋
代表 恐田 松次郎
携帯電話 090−○○××−△△□□
と書かれていた。
おっさんの見た目にはそぐわないちょっとおっかなそうな名前で、
百点満点でいうと零点に近い感じのセンスの無い名前だと思った。
もしかしたら、探偵さんか何かなのかしらとも思ったのだが、そうではないようだった。
「君たちの親衛隊の人達から依頼されてね、この事件を調べているんだ。」
名刺を見つめるワタシになんでも屋さんは随分古臭い表現で説明した。
「・・・親衛隊?」
「そう、親衛隊の人達から頼まれてね。」
「えーと、何て名前だったかな。」
「電話だけで直接会ってはないんだけど、変わった名前だったな・・・確か、れい・・・うーん。」
なんでも屋さんは眉間に人差し指の指先をあてながら、名刺を取り出した方とは反対側の太腿のポケットを探り、
小さな緑色の手帳を取り出すと、
「ああ、そうそう、にゃんにゃんれいんにゃー部隊日本支部。」
手帳の一番最初のページを開いて読み上げた。
(呆れた。)
あまりに稚拙で悪趣味な悪ふざけの過ぎた大袈裟な名前に聞いてるこちらが恥ずかしくなった。
良くそんな名前を口にして電話など出来るものだと感心すらする。
その名前を聞いて、目の前にいるこの人には悪気は無いにしても、
いずれにせよ『そういう』人達の無神経な好奇心であることはわかった。
(馬鹿馬鹿しい。)
「日本支部だか何だか知らないですけど、そんな人達の為に話すことなんて何もありませんから。」
「そんな人達って・・・、君達の親衛隊だろ、それに・・・。」
(うるさい。)
無性に反論したかった。
「いまどき親衛隊なんて言いませんよ。」
本当の事だった。実際、ワタシ達のようなアイドルでも無い限り、
現在の若い人達はそんな言葉すら知らないのではないだろうか。
「・・・あ・・・そうなんだ、じゃあ、いまは何て言うのかな?」
「・・・・・・キモヲタじゃないですか。」
どうせ構わないだろうと思うと、おもわず嫌味が口をついた。
(『プライバシーの侵害』、『キモヲタ』、いつか言ってやりたい、ワタシは以前からそう思っていたのかもしれない。)
そう言って、再び下に向き直すと、ワタシはドタドタと乱暴に階段を降りはじめた。
急に逃げ出したワタシに慌てて、なんでも屋さんも再びワタシの後を追いかける。
「えっ、あの、ちょっと、まだちゃんと聞きたい事があるんだ。・・・ちょっと、新垣さん、ちょっと。」
「ちょっと待ってくれよ、頼む、君の助けが必要なんだ、じゃないと・・・。」
この人の言いたい事は想像がついた。この人にとってはこんな仕事でも死活問題なのだろう。
けれどもワタシは協力することは出来ない。
それがどんな理由であろうと亡くなったれいなに報いる為にも、こんな人達の手助けなんて絶対にしたくなかった。
何かまだぐずぐず言いながらすがり付いて来るなんでも屋さんを引き離すように、
ワタシはぐんぐんとスピードを増して階段を駆け降りる。
かなり引き離した所で、最後の数段を一気に飛び降りると、
手に持っていたお気に入りのマリメッコの花柄のハンドバッグをぐるぐると振り回して1階の受付を駆け抜け、
正面玄関の自動ドアから表の通りに駆け出した。
そして、タイミング良くこちらに走って来たタクシーに向かって手をあげると、
後ろから息を切らし追い駆けて来る、なんでも屋さんがすぐ後ろまで迫ってきていた。
追いつかれる寸前のところでタクシーの後部座席のドアが開き、
ワタシはタクシーに中に滑り込んだ。
「あの人誘拐犯です。捕まると殺されちゃう。」
タクシーに滑り込むなりそう叫ぶと、汗まみれで迫り来るなんでも屋さんを指差した。
車はは慌てて発進した。
ワタシを乗せて走り去るタクシーに向かって、とんでもない犯罪者にされてしまったなんでも屋さんが、
まだ諦めずに必死に車を追い駆けながら何かを大声で叫んでいる。
「・・・・・・小川さんが行方不明なんだ・・・。」
なんでも屋さんの声が微かに聞こえた。
第九章 訪問者のお願い
タクシーの後部座席から後ろを振り向くと、もう遥か後ろになんでも屋さんの姿が見えた。
「大丈夫かい?警察に知らせようか?」
運転手さんはバックミラー越しに、真剣な眼差しで言った。
「え?・・・ええ、・・・全然大丈夫です。とりあえず横浜まで。」
バックミラーに映る運転手さんの顔はきょとんとした表情に変わった。
握り締めたままだったなんでも屋さんの名刺をハンドバッグに入れると、
ハンドバッグの中から携帯電話を取り出し、メモリーの中からまこっちゃんの名前を選び出し、
通話ボタンを押してみた。
―――・・・です。おかけになった電話番号は、電波の届かない場所に在るか、電源が入っていない為、かかりません。こちらは・・・―――
タクシーの中から家に着くまでの間に何度も携帯をかけたが、まこっちゃんの携帯に繋がる事はなかった。
まこっちゃんと最後に会ったのは事件の起こる5日前の9月15日だった。
事件が起きた場所とは別のスタジオで、同期4人だけでダンスのレッスンを受けていた。
レッスンの帰りに皆でカフェに寄ることになり、そこでまこっちゃんはおもむろに全員の誕生日を聞いた。
ちょうど愛ちゃんの誕生日の翌日で全員がその事をうっかり忘れてしまっていたのを愛ちゃんに謝った。
それがまこっちゃんを見た最後の出来事だった。
その後は、それぞれ単独の仕事がだけで、同期のメンバー同士で会う事は無かった。
事件当日のまこっちゃんは、スタジオに向かう途中で事件の情報を知り、スタジオには向かわずに事務所に行っている。
あの日、現場に姿をあらわさなかったのはつんくさんとメンバーではただ一人まこっちゃんだけだった。
携帯の事が気になり、皆にまこっちゃんの事を聞いてみたのだが、
事務所を後にした、その後のまこっちゃんの足取りはどのメンバーもスタッフも誰も知らなかった。
ただ、事務所を後にする、その時にまこっちゃんから長期の休暇をとる事を申請された事と、
その時点でツアーリハーサルが始まるまでの約一ヶ月の間のスケジュールを空ける事がほぼ決まっていた為、
まこっちゃんのその申し入れをそのまま、その場で了承している事がわかった。
今朝の伝達事項も、休暇中のまこっちゃんにだけは連絡されていなかったのだ。
まこっちゃんの携帯が繋がらなくなっている事は、ワタシ以外まだ誰も気付いていないようだったが、
ワタシから皆にその事を伝えるのは、何故か出来なかった。
それでも、しばらくすれば皆も気付いてしまうだろう。
ワタシは一番最後に唯一まだまこっちゃんの事で連絡をしていなかった、愛ちゃんに連絡してみることにした。
(まこっちゃんは何処でどうしているのだろう。)
自宅の自室の真ん中に置いてあるパントンのハート型の青い椅子に座り、深く深呼吸をしてから、
ママとパパの携帯の次の3番目に登録してある、愛ちゃんの携帯に電話をかけた。
「はい?」
「うわぁっ!」
「うぎゃぁーーー!!」
ワタシが悲鳴をあげると携帯の向こうからはそれ以上の悲鳴が聞こえた。
「ちょっと、愛ちゃん、びっくりさせないでよ。」
普段、幾らコールしても電話に出ないのに、それがこんな時に限ってコールする前に電話に出られては、
驚いて悲鳴もあげてしまうというものだ。
「何や、ガキさんか。何、叫んでんの?すっごい怖かったんですけど。」
「何で、敬語なの?それより、愛ちゃんこそ、もっと普通に電話に出てよ。」
「えー、普通に出たやろ?あ、それより、ガキさん宝塚観に行かん?」
「いや、愛ちゃんね、そうじゃないでしょ?電話かけたのはこっちだからさ、まずこっちの話聞こうよ、ねぇ、うん。」
「あ、はい、そうですね。・・・でも、普段ガキさんの方がひとの話聞かないよね?」
「・・・・・・(また、敬語になってるし)。」
携帯でも、この人の相手をするのは体力を消耗する。
れいながあんな事になった直後だというのに、宝塚を観に行こうだなんて、
この人は一体何を考えているのだろう。
取り留めの無い会話を何分もしてから、思い切ってまこっちゃんの事を尋ねてみた。
愛ちゃんは何の淀みも無く、いつもと同じ調子でまこっちゃんについて知っている事を話してくれた。
愛ちゃんの話が本当ならば、どうやら最後にまこっちゃんと連絡を取ったのは愛ちゃんのようだった。
愛ちゃんの話はこうだった。
事件当日のスタジオから自宅に帰る途中で、唯一事件現場に現れなかったまこっちゃんの事が気になり、
現場の状況を詳細に報せるべく、まこっちゃんの携帯に連絡すると、
この時はまだまこっちゃんの携帯はちゃんと繋がり、携帯に出たまこっちゃんから長期の休暇を取った事を告げられる、
それを聞いた愛ちゃんはそこでも、その休暇中に一緒に宝塚を観に行けないかとまこっちゃんを誘うが、
休暇中は私用で忙しいとの理由で、一緒に宝塚を観劇することは断られたという。
(やはり愛ちゃんは何を考えているのかわからない。)
まさに事件直後だというのに、ここでも宝塚を観に行くことを最優先に考えいるのだ。
そして、愛ちゃんと同様にこの話での事件直後のまこっちゃんの行動も不可解なものだった。
(なぜ事件直後に休暇を・・・。)
もう一度、もう一度だけかけてみよう、もし、それでも繋がらなかった時は・・・、
愛ちゃんと携帯で話した後、ワタシはすぐにもう一度まこっちゃんの携帯に電話をしてみる事にした。
まこっちゃんの携帯電話の番号が液晶画面に表示され、
ワタシは携帯の通話ボタンを押す、無機質なアナウンスが繰り返される、結果は同じだった。
(・・・まこっちゃん。)
お昼を過ぎた頃には、ワタシはどうしても気になって、
まこっちゃんのマンションを訪れていた。
オートロックのインターホンを何度か鳴らすが、応答が返ってくることは無かった。
仕方なく管理人室に行き、まこっちゃんの部屋の様子を伺わせてもらえるように頼みに行くと、
まこっちゃんとまこっちゃんと一緒に住んでいるまこっちゃんのお婆ちゃんの二人とも昨日から部屋を不在にしている事を教えられた。
それと、もうひとつ、その事が判明したのはまこっちゃん本人から管理人さんに告げられたのではなく、
昨日訪ねてきた興信所か私立探偵のようなある人物の依頼によるものだという事も教えられた。
きっとそのある人物とはあの人に違いないとワタシは思った。あの人はここにも来ていたのだ。
第十章 とりかえられた記憶
夕方になり、何の手掛かりも得られないまま再び家に戻ると、いつしか不安で胸がいっぱいになっていた。
(わからない、どうしたらいいの、本当にわからない・・・。)
れいなの死、亀井の事故、まこっちゃんの失踪、事態はさらに悪い方向へと動き出しているのは確かだった。
手遅れにならない方が良い。
でも、どうすれば良いのかわからない、このままでは不安に押し潰されてしまう。
(みんなにまこっちゃんの事を話すべきだったのだろうか。)
ワタシはハンドバッグからよれよれの名刺を一枚取り出し携帯電話に手をかけた。
名刺に書かれている番号のボタンをひとつずつ押す。
「はい、恐田です。」
「あの、・・・新垣です。」
ワタシが電話をかけた時、彼は新潟に向かう電車の中いた。
彼はまだまこっちゃんの事について新潟で調べたいことがあるらしかった、
ワタシとは翌朝、彼が新潟から戻ってから横浜で会うことだけを決め、
お互いに詳しい話は、その時話すことにした。
電話を切った後、しばらく部屋の中に呆然と突っ立っていたが、
本棚に置いてあるビビちゃんのごはんが少なくなっているのに気付き、
ペットショップにひまわりの種を買いに行くことにした。
近所のペットショップから戻ってくると、
買ってきたひまわりの種を本棚に置いたビビちゃんのエサを入れる為の深い緑色をしたガラス瓶に補充した。
「ビビちゃん、大丈夫ですよ。ちゃんとごはん買ってきたからね。」
ビビちゃんは、相変わらず昼間はずっと自分のお家に入ったままで出てこない
ワタシはビビちゃんの小さなお家に向かって語りかけた。
それから、サボテンの形を模した柱の本棚の一番下にしまってあった一冊の絵本を取り出して手に取った。
ワタシは小さい頃から何か不安な事があるといつもこの絵本を手に取って読んだ。
何度も読み返していて、内容もすっかり覚えてしまっていたけれど、
不安なことがある度に、きちんと初めから終わりまでを通して読んだ。
そうするといつも不思議と穏やかな気持ちになれた。
その絵本に書かれている主人公はとてもやさしく、
自分の体の一部でもある顔のアンパンを少しも惜しむ事なく困っている人達に分け与えるのだ。
そんな人がいつかワタシを救ってくれると、小さい頃は本当にそう考えていたのかもしれない。
この本棚もこの絵本もワタシが本当に小さい頃からずっとここにあった。
絵本をひと通り読み終え棚に戻した。
小さい頃からずっとサボテンだと思っていた本棚のギザギザの柱は、こうしていま改めてみると、
色も緑色ではないし、形もそれほどサボテンには似ていなかった。
(小さい頃は、どうしてこれがサボテンに見えたのかしら。)
そうやって思い直して良く見てみると、なおさらサボテンとは似ても似つかないものに見えてきた。
夕食の時、パパに本棚の事を聞くと、それはこのマンションを設計した建築家の人から頂いたものだと教えてくれた。
「エットーレ・ソットサスという有名な建築家なんだよ。」
パパは自分の事のようにその人の事をあれこれと自慢した。
そして、その棚には昔、ワタシが生まれたばかりの頃は、大きなサボテンの鉢が幾つも並べられていた事も話してくれた。
そのサボテンはワタシが大きくなり自由に歩き回り棚の上に手が伸ばせるようになると、
ワタシがサボテンで怪我をしないか心配したパパが棚に飾られていた物全てを知り合いに譲り渡し、
代わりにワタシが読むための絵本が棚に収められたことも話してくれた。
パパの趣味がサボテンを育てる事だということもはじめて知った。
パパは小さいワタシのために自分の大切なものをひとつ、自分からちぎってワタシにくれたのだ、少しも惜しむ事なく。
ワタシはそんな思い出をいつしかサボテンとギザギザの柱を取り違えて曖昧に記憶していたのだ。
その日の夜はいつもよりも長くお風呂に入って、ママに叱られた。
>>439 ありがとうございます
読んでいておかしな点があったら教えてください
ワープロソフトをくれた方ありがとうございましたコピーができて大変便利です
お疲れ様です
大量にありがとうございます
作者さんお疲れ様です
何度読んでも引き込まれますね
これからも楽しみにしてます
第十一章 モーニングをご一緒に
翌朝、ワタシはワタシが指定した待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所に着くと、彼は既にそこにいた。
昨日の作業ズボンにTシャツ姿とは違い、
ベルベットのジャケットにジーンズを穿いた今日の彼の格好は割とお洒落な感じだった。
待ち合わせ場所に指定したのは、
ワタシの家のあるマンションの前の坂道を下りきってすぐの場所にある馴染みのイタリアンレストランだった。
庶民的な雰囲気の店で、毎日朝早くから店を開いていた。
「どうも。」
どう挨拶しようか、坂の途中ずっと考えていたけれど、結局、彼の前にたって一言そう言うと適当に軽く会釈して、
テーブルを挟んで向かい側の席に腰掛けた。
「申し訳ないね、近所とはいえわざわざ出向かせてしまって。」
彼は、丁寧な口調だったが、その言葉にワタシは一瞬顔色が曇った。
やはり、この人はワタシ達の事を色々知っているんだ。
自宅の住所にしろ、電話番号にしろ、何処でどう調べているのかはわからないが、情報は流れてしまっているのだ。
予め分かっていた事とはいえ、改めてその事実を彼の口から聞かされると、やはりあまり良い気分にはなれなかった。
「あの、普通・・・朝食・・・食べます?」
彼の前の席に腰掛けるとワタシは彼に向かってそう言った。
既に席についていた彼のテーブルの前には食べかけの簡単なモーニングセットが並べられていた。
「え?」
彼は、スープをすくう手を止めて答えた。
「ああ、オレはいつも食べるほうだけど。」
「・・・いえ、そうじゃ・・・。」
人と話をするときに、食事をとる人をはじめて見た。
「・・・まぁ、そんな事よりも、麻琴の事なんですけど。」
ワタシは視線を彼の手にしているスープスプーンからテーブルの横の大きな窓ガラス越しに見える外の景色にそらして早口で言った。
「・・・その、昨日・・、恐田さんは行方不明だって・・・。」
「そう、あの時君に会って、その事について何か知っていればと思ったんだけどね。」
「君も知らなかったようだね、その様子だと。」
彼も食事の手をすっかり止めて、視線を窓の外に向けながら話した。
「あの後、亀井さんにも話を聞ければと思ってね、自宅を訪ねたんだけど、事故にあわれていて病院にいたんだ。」
「ええ。」
(あれは一体だれの仕業だったのだろう?それとも本当に単なる偶然の事故だったのかしら?)
「それで、そんな時に迷惑だとは思ったんだが、彼女の容態の方も心配だったし、病院の方へも訪ねてみたんだけど、
ちょうどお見舞いに来ていた高橋さんに追い返されちゃってね。」
「ははは、物凄い剣幕だったよ、彼女。」
全身の血管がドクンと大きく脈打つのを感じた。
「高橋さんに会ったんですか?病院で?」
ワタシは笑っている彼の目を見つめていた。
「ああ、病院でね。」
彼が答えた。
愛ちゃんが亀井に会いに行っている。その前の日の事件当日の夜は、亀井は愛ちゃんに対してひどく怯えている様子だった。
それに、一体愛ちゃんはどうやって亀井の事故のことを知ったのだろう。
ワタシと同じように道重か誰かに聞いて?それとも本人から直接・・・?
嫌な胸騒ぎがした。 同時にワタシは事件当日から今日までの出来事を振り返っていた。
「あの、それって・・・、高橋さんと病院で会ったのって何時頃なんですか。」
「君とスタジオで会ったそのすぐあとだから、まだ10時にはなってなかったんじゃないかな?」
彼が答えた。
昨日、ワタシが電話で愛ちゃんと話をした時間はお昼少し前、愛ちゃんが病院で亀井に会った後のはずだ、
けれども愛ちゃんはあの時そんな事は一言も言わなかった。
病院で亀井から前日にワタシが病室を訪ねていることを聞いていて、
お互い亀井が事故にあった事を知っていたからわざわざ話題にしなかったのだろうか?
ううん、普段の愛ちゃんなら真っ先にその事を話すはずだ、
いくら何でも亀井が骨折までしているのに、その話題に触れないというのはどう考えてもおかしい。
ワタシは激しく動揺していた。
落ち着こうとすればするほど胸の鼓動が速くなるのを感じた。
彼もいつしかワタシの目も見ながら話を続けていた。
事件があった日の午後には、彼は依頼を請け、全ての資料をファックスで受け取ると早速捜査を開始した事。
その日の夜に、手始めに聞き込みを行おうと自宅を訪ねたまこっちゃんが不在であったのを確認した事。
連絡無しに普段部屋を不在にする事のないまこっちゃんのお婆ちゃんまで一緒に部屋を空けるのは、
初めてだったという証言を近所の人と管理人から得た事。
そのまままこっちゃん達の帰宅をマンションの外で待ち続けたが、
次の日の未明になってもまこっちゃんは帰宅せず、
まこっちゃんの携帯はこのとき既に不通になっていた事。
明けてその日の早朝、現場に向かった彼が、事件の起きたビルの守衛より、
事件当日のセキュリティー等についての証言を得た事。
―――ワタシと会ったのはその時だった。―――
出入り口は自動ドアの正面玄関の一箇所だけである事。
九時から受付に係りの者が立つ以前の時間帯からも守衛により正面玄関が開錠され一般の出入りが可能になる事。
2階から4階までの控え室の部屋の鍵は全て同じ物で、
通常部屋の中から利用者が内鍵をしている時以外扉は常に開けられた状態になっている事。
受付が立った後もスタジオを訪れる全ての人は、
受付でのアポイントの確認がなくても、守衛と受付が通過を確認するだけで、
そのまま何の手続きも無く素通りで全てのフロアーに立ち入る事が可能な事。
れいなと亀井のスタジオ到着時刻は守衛が正面玄関を開放した直後の早朝であった事などを話した。
「それから、昨日新潟の小川さんの実家に行ってきたんだが、小川さんの預金のほとんど全てが事件当日に引き出されているんだ。」
「昨日、預金の引出しを行った。小川さんのお母さんがそれを確認している。」
彼の口からは、事態が好転するような事は何一つ出てこなかった。
「それと、君に聞いておきたい事がいくつかあるんんだが、いいかな。」
「・・・なんですか?」
ワタシはとりあえずまこっちゃんのことが気になっていただけなのだが、
彼は何故か捜査の詳細な報告までしてくれてから、ワタシに質問を開始した。
彼なりの取引とでもいうような感じなのだろうか。
「守衛の証言から君の入り時間は八時半頃だときいているんだが、さっきもいった通り、亀井さんと田中さんの入り時間はそれよりもずっと前なんだ。」
「はい。」
「そして、亀井さんと田中さんは、同時刻に揃ってスタジオ入りしている。それが正面玄関を開けた直後の七時半頃。」
「君が到着する一時間ほど前だ、多分スタジオまで二人一緒に来たんだろう。」
(れいなと亀井が早朝から一緒に行動するだろうか?それとも偶然同じ時刻に着いたのだろうか?)
「そして、君が着くこの一時間ほどの間に犯行が行われている。」
「・・・ええ。」
犯行が行われた時間帯の様子は当日の取り調べで多少警察の人達から聞かされていた。
「警察での君の証言によると、君が現場に着いた時、亀井さんは部屋の中からちょうど出て来る所だったんだよね?」
「・・はい、そうだったと思います。」
意外に記憶はもうあやふやになっていた。
「ちょうど・・・、うーん。ちょうど。」
彼は目を閉じ何度か小さく頷いた。
「その時、扉は完全に閉まっていたかな?」
「・・・え?」
「いや、君が見たという、亀井さんが部屋から出てくる瞬間なんだけどね・・・。」
「どうかな、いったん完全に扉が閉まった状態から亀井さんは部屋の外に出て来たのかな?それとも扉は多少開かれた状態だったのか・・・。」
「さぁ、そこまでは、ちょっと、本当に一瞬の事でしたし・・。」
「・・・うん、まあ、君の記憶の限りではどちらとも言えない際どいタイミングだったという訳だね。」
彼はワタシの説明した曖昧な状況を曖昧な内容のまま言葉の響きだけ明瞭そうに勝手にそう言い表した。
「それで、その時、亀井さんの手には凶器らしきものは無かったんだね?」
「ええ、勿論、それはハッキリと言えます。手には何も持っていませんでした。」
亀井を庇いたい気持ちからなのかワタシの声は大きくなっていた。勿論、亀井が犯人であるとも思っていない。
「それじゃあ、その後、警察が到着するまでの間、亀井さんがどこかに凶器を隠したり棄てたりするような行動をとっていた様子などは無かったのかな?」
「それも、ありません、亀井はずっとワタシの傍で泣き崩れていましたから、それは・・・。」
「うん、そうか、なるほど。うん、わかったよ、ありがとう。」
「うーん、それじゃあ、君も今日は、これから警察に行かなければならないだろうし、いそがしいだろうから、
あとひとつ、あとひとつだけ質問させてもらってもいいかな?」
「・・・ええ。」
いままでのワタシの答えが果たしてこの人の捜査の役に立つのだろうか?
緑色の手帳にワタシの返答を丁寧に書き留めてはいるが、それらは全て警察から既に筒抜けの情報なのではないのだろうか。
いまワタシが話した事はどれも捜査の足しになるようなものではない気がした。
多分、彼は新しい情報を得るためにワタシの話を聞いているのではない、
ワタシが話すのを聞きながら、メモを取りながら、ワタシをためしているのだ。
伝えられた言葉や文字ではなく、彼は容疑者をその目で確かめようとしているのだ。
そうなのだ、そういうことなのだ。
彼にとってワタシはいまはまだあらゆる可能性のひとつなのだろう、
もしかしたら犯人かもしれない、そういう目で見られているのだ。
「なんですか?」
ワタシは彼に最後の質問を尋ねた。
「うん、田中さんが睡眠薬を使用していた事については、みんな知っていたのかな?」
「もしくは夜眠れない事の相談を誰か受けていたりとか?」
最後の質問はれいなが服用していたという睡眠薬についてだった。
「・・・知りませんでした。多分みんなも知らないと思います。」
そうワタシが答えると、彼はそれについては何も書かずに手帳を閉じてそれを机の上に置き、
ワタシに時間を割かせた事について丁寧にお礼を述べた。
「目が、目が真っ赤ですね・・・、寝てらっしゃらないんですか?」
席を立ちながら、事件とは何も関係の無い質問をした。
「ああ、腹が減るのは耐えられないんだけど、寝ないのは平気なんだよ。」
(人間の体はそんなに便利には出来ていない。)
何故そこまでして?勿論それは仕事だからだろう。
心の中でワタシは自分の問いかけに自分で答えていた。
レジで自分の分の精算だけ済ませると、まだ食事をとっていた彼はガタガタと慌てて席を立ち、
口一杯に朝食を詰め込んだまま、何かもごもご言っていた。
ワタシは彼に軽く会釈だけして店を出た。
結局ワタシは自分で頼んだ、
スティグ・リンドベリのかわいい水玉模様のティーカップに注がれた紅茶には一口も口をつけなかった。
店を後にして、坂道をのぼる。
会わなければ良かったな。そう思った。
結局まこっちゃんについては何もわからなかったし、引き出されたお金についても気になった。
「ふぅ、坂道のぼるのだるいなぁ。」
マンションのある坂の上を眺めた。
第十二章 背番号
彼と別れてから、家に戻りマネージャーが迎えにくるのを待った。
マネジャーが迎えにきたのは10時ピッタリだった。
事務所の用意した車で警察に向かうことにした。
スタッフが運転するワゴン車の後部座席にマネージャーと並んで座る。
移動中も、さっきの恐田さんの質問がワタシの頭を離れなかった。
(「・・・相談を誰か受けていたりとか?」 )
(「みんなも知らないと思います。」)正直そう答えるのが辛かった。
しかし、実際にワタシは少しも気が付いていなかった、本当に他の皆も知らないであろうという事も容易に想像できた。
れいながそういう事をワタシ達に相談する事はいままでに一度も無かったからだ。
いや、一度だけ、ワタシは一度だけれいなから相談を受けたことがあった。
いつだったか、何かの写真撮影の為に映画で使う大きなスタジオに行った時の事だ。
その時、まだギクシャクした関係にあった3人の事を心配していたワタシは、
控え場所で亀井と道重とワタシの3人きりになった時に思い切ってれいなの事について二人に注意をした。
その時のワタシは頑張っているれいなの努力を無駄にしたく無かったのだと思う。
そうする事で何かれいなのためになればと考えていた。
「あんた達さぁー、最近田中っちとちゃんと仲良くしてるー?」
「え〜、仲良くしてますよ〜。」
「ねぇ〜。」
二人は仲良くじゃれあいながらワタシの質問に答えていた。
確かに二人はどこも悪くない、二人が仲良くする事に注意する道理など無かったのだ。
もしあの時ワタシが、仲の良い二人とれいなの間に生じていた溝を何か別の問題と結びつけて考えていたのだとしたら、
それはあまりにも子供っぽい考え方だったのだろう。
ここは、モーニング娘。という場所は、そういう仲良しグループのサークル活動なんかでは無い事は自分でも承知していた筈だった。
なのにワタシはあの時、二人に注意したのだ。
「ん〜、でも、最近こう、ずっと2対1にわかれちゃってるでしょ、そういうのって練習の時とかもさぁ・・・。」
ワタシが注意をはじめた瞬間だった、
ぱたぱたと軽い足音が聞こえ、れいなが控え場所に飛び込んできた。
「ねぇー、次えりの番だってー。」
叫びながられいなはそのまま勢い良く控え場所の床に直接敷かれた畳の上に寝転んだ。
「おっ、田中っち登場〜。」
二人に背を向け畳に寝そべるれいなの背中に向かって亀井が言った。
「お帰り〜。」
道重も微笑みながら言った。
何かひどくわざとらしいやりとりに感じた。ワタシがそうさせたのかもしれない。
ぎこちなく言葉を交わす3人の間でワタシだけ無言だった。
「えっと〜、じゃ〜、さゆ行こ〜。」
亀井から差し伸べられた手を掴み、出番とは関係の無い道重も亀井と一緒にその場から出て行った。
「ちょっと、あんた達ー・・・。」
ワタシの不機嫌な声は立ち去る二人に向けられた。
二人にだけわかるように釘をさしたつもりだった。
二人の並んだ足音が遠ざかり、れいなと二人きりになってしまった控え場所が静かになると、
それまで寝そべっていたれいながむくりと起き上がり自分に割り当てられた仮設の化粧台の前でせわしなく化粧道具をしまいはじめた。
「うちは、なーんも気にしよらんと。」
そしてれいなははっきりと口に出してそう言った。『017』という背番号の入った衣装の背中越しの言葉だった。
道具をしまう手を休めずに、視線も道具をしまう手元に落とされたままで、
その言葉が独り言なのか、ワタシに向けられたものなのか判断出来なかった。
二人きりの気まずい空気の中、そのときもワタシは無言だった。
あの時、れいなは気にしてないと言ったが、どんなに気になっただろう、
いや、違う、あの時、気にさせてしまったんだ。
仲良しサークルなんかじゃない、れいなだってそう割り切って頑張っていたのに、
あの時、ワタシが気にさせてしまったんだ。
ワタシが三人に余計な事をしてしまったんだ。
新曲の通し稽古でれいなが亀井を責めたのはそのすぐ後のことだった。
「れいな、いっつも肉ばっか食べよるけん。」
「ほんと、東京はすごいっちゃね。もう、なんでもあると、マジ楽しい。」
いつもれいなは強がりを言っていた。
れいながそう言う時はいつも反対の意味だった。
なんで、なんでワタシはあの時れいなに声をかけてあげられなかったんだろう。
どうして黙っていたんだろう。
「うちは、なーんも気にしよらんと。」
はっきりとそう聞こえたはずなのに、
こんなにわかりやすい強がりは多分それが最初で最後だった。
それは、強がりなれいなが出来る精一杯のワタシへの相談だったのだ。
「どうしたの気分でも悪い?」
気が付くと泣いていた。
「いいえ、大丈夫です。」
バッグからハンカチを取り出して涙を拭いた。
車は警察署の前まできていた。
今日はここまでかな?更新乙です
続き楽しみにしてます!
482 :
62:2005/11/30(水) 01:13:07
>>464 連日の更新乙です。
だいぶ細部を修正されてますね。
前回、細かい部分ですが気になったのは、れいなの呼称が「れいな」だったり「田中」だったり統一されてない部分でした(言い換える必要があると思われる場合除く)。
ですが、今回はそれも修正されていますし、他にも色々改善されたことでしょう。この先も楽しみです。
特に今まで読みづらい部分とか無いですが、要望としては、作者さんが無理をしないペースで最後まで読ませていただきたい、それだけをお願いしたいと思います。頑張ってください。
483 :
名無し募集中。。。:2005/11/30(水) 16:11:52
この辺の件は何度読んでも泣ける
484 :
名無し募集中。。。:2005/11/30(水) 18:37:35
本当の娘。もこんな感じなんだろうなそう考えていた時期もありました
第十三章 二人の刑事
警察署に着くとすぐに取調室に通され事情聴取が開始された。
取調室はこの前と同じ部屋だった。
壁にはエアコンがひとつ付けられ、部屋の中央には机と椅子がおかれているだけで、
それ以外は何も無い狭い部屋だった。
部屋に入ると、四角い机を挟んだ両側にひとつづつ置かれた椅子のひとつに刑事さんが座り、
ワタシにも椅子に座るように手振りのみで促した。
入り口のドアから見て手前側の椅子に刑事さんが座り、反対側の部屋の奥の椅子にワタシが座った。
ワタシが席につくと、もうひとりの机の横に立っていた刑事さんが、
机の上に一枚の紙を広げた。
紙にはれいなの遺体があった部屋の間取りの平面図が書かれていた。
その紙を広げてワタシの目の前に差し出しながら、
立っている方の刑事さんがワタシのアリバイが立証されている事などを話してくれた、
刑事さんの言っているそれらの話はあまり耳に入っていなかったが、
ワタシの緊張を取り除く為に気を使ってくれているようだった。
前回の取り調べを受けた時も同じこの二人の刑事さんだった。
今回も前回同様に二人の刑事さんは穏やかな雰囲気だった。
前回は証拠品の提出も要求されなかったし、あっという間に取り調べは終わった。
今回もそんな感じなのだろうか。
(亀井の取り調べはどんな感じだったのだろう。)
頭の端にそんな疑問が浮かんだ。
確かあの日は、亀井の方がワタシよりも先に取調室から出てきていてようで、事情聴取もすぐに済ませたようだったし、
帰りの車を待つ間に亀井と交わした会話からは、亀井も同じように所持品などの提出は求められなかったということだった。
警察はワタシ達二人のどちらも容疑者として考えてはいないのだろうか、
やはり犯人は凶器と共にそこから逃げ去ったと考えているのだろうか。
あれこれ考えをめぐらせていると座っている方の刑事さんがワタシに質問をはじめた。
「度々申し訳ないね、今回ちょっと君に確認してもらいたい事があってね。」
「いま亀井さんや高橋さんの所にもうちの者が伺っておるんだがね、聞けば、亀井さんは事故に遭われたそうだね。」
「ええ。」
そう答えると、刑事さんは神妙な面持ちで「お気の毒に。」と言った。
椅子に座っている方の刑事さんは白髪が目立つ年輩の方でがっしりとした体格に合った低く太い声をしていた。
「えーそれでは、まず被害者の荷物なんだけどね、うん、これを見て、君がわかる範囲で何か気が付いたことがあれば、どんな事でもいいから教えてもらいたいんだ。」
座ってる方の刑事さんが立っている方の刑事さんに目配せをすると、
立っている方の刑事さんは手に真っ白い薄い手袋をはめると、持っていたビニール袋の中から次々と事件当日のれいなの所持品を机の上に並べ始めた。
それは唯一証拠品として提出されたれいながあの日持ってきていたバッグとその中身だった。
スタジオでレッスンを受けるだけにしては、いつものれいなからすると多少多めの荷物であるように感じた。
大きなエスニック調のショルダーバッグが一つと、
れいながお気に入りでいつも持ち歩いていたサマンサベガの小さなショルダーバッグが一つ、
確か同じ物を色違いで辻さんと一緒に買ったとれいなは言っていた。
その他は着替え等の衣類やタオルと洗面道具に化粧品などバッグの中身の細々したものが机の上に並べられた。
もちろんそれをみただけでは何も不思議な点は感じられなかった。
「この前の話だと、君が部屋に入った時には机の上に既にこれが置いてあったわけだね。」
刑事さんは広げられた図面の中央を指差した。
指は部屋の中央に置かれていた細長い会議用の白い長机のちょうど真ん中あたりの位置に置かれていた。
「そしてその横に亀井さんのハンドバッグも置かれていたんだったよね。」
「はい。」
バッグや中身自体には確かに何も不自然なところは無かった、
しかし、あの日、部屋から出てきた亀井と入れ替わるようにして部屋の様子を確認したワタシは、
倒れていたれいなの横の机の上に既に並べて置かれていたバッグを見つけると、
一瞬でそれが二人の物だと気が付いた、
そして、それを見た瞬間ワタシの頭は感情とは別に亀井を疑ってしまっていた。
勿論、それを見つけていなくても、現場には二人の他に誰もいなかったのだが、
やはり、あのバッグの存在はワタシに亀井を発見者としてではなく当事者として考えさせるのに十分な説得力を持ってそこにあった。
しかし、それも部屋の外で泣き崩れる亀井の様子や泣きじゃくりながら声にならずに漏らす言葉や警察の取り調べの経過から、
ワタシが現場に着くかなり前から控え室に入っていた亀井が一旦部屋を開けて戻ってきた時にれいなが倒れていたのだという事がわかった。
犯行は亀井が部屋を離れた時に行われた、ワタシ達の供述ではそういう事になっていた。
確かにあの時、部屋から出てきた亀井は手に何も持っていなかった、
ただ、それはアリバイの立証されていない空白の時間の後なのだ。
刑事さん達や恐田さんから聞かされる新しい真実を知っても、
さらに疑問は深まるばかりで、内鍵や部屋を後にした亀井についての言い表しようのない違和感は、
いまもワタシの頭の中でどんどんと膨らんでいる。
メンバーの誰もが特に意識はしていなかったかもしれないが、
普段、あそこのスタジオを使う時は内鍵はかけていた。
それは、ほぼ全員が揃っている時やレッスンが開始される直前などの本当に人の出入りが激しくなった時を例外とするだけで、
それ以外のときは誰が出入りしようとも中にいるものが無意識のうちに内鍵をかけていたと思う。
確かに確実とは言えないが、ワタシ達は知らず知らずにそういう癖がついていた。
ましてや早朝で二人きりであれば余程のことが無い限り内鍵を閉め忘れることはないように思われた。
刑事さんに話していないこの事実は亀井を疑わなくてはいけない大きな要因としてワタシの心を暗くさせた。
(亀井のはずが無い、けれでも、れいなが鍵をかけ忘れるだろうか?いや、もしも、閉めていた鍵を開けたのがれいなだったとしたら・・・。それとも鍵は最初から・・・。)
第十四章 シミュレート
「あの・・・。」
ワタシは思わず刑事さんに質問しようとしていた。
「ん、何だね。」
「あ、いえ、別に・・・。」
いったん部屋を出た亀井は一体何処に行っていたのか、そしてどのくらいの時間あの部屋を離れていたのか、
ワタシはそう質問しようとしたのだが言い淀んでしまった。
頭の中で、犯行後に凶器を隠し、いったん外に出てから再び現場に戻ってくる亀井を、
その仮説の狂いが無いか確かめるように何度も繰り返し仮想している自分自身への後ろめたさがそうさせた。
(そんな質問をしてワタシは一体何を確かめようとしているのだ。亀井を心から信じていればそんな事は考えもしないはずなのに。)
言い淀み、うつむいたワタシに刑事さんが声をかけた、
「気が付いた事があれば何でも言ってもらって構わないんだよ。」
刑事さんの顔には笑みが浮かんでいたがとても真剣な表情にも見えた。
ワタシは刑事さんにも何か悪いことをしてるような気がしたが、
考えれば考えるほど口は重く慎重になっていった。
二人の刑事さんとの取り調べはおよそ二時間ほど行われた。
椅子に座った刑事さんがワタシの供述を自ら調書に書き記しながら、
前回よりも丁寧に時間をかけ、
ひとつひとつ慎重に取り調べは行われた。
その取り調べの中で刑事さん達の方はワタシの供述からは大した成果を得られなかっただろうが、
ワタシの方は、れいなの荷物の中から当日持っていた携帯電話が無くなっている事や、
前日にれいなが亀井の家に泊まっていた事、
当日も一緒に現場まで移動している事など新しい事実を刑事さん達から聞かされた。
れいなと亀井が荷物や席を隣にする事や、ましてやプライベートで行動を共にする事などまず考えられない事だったが、
結局、最後までワタシはその事について感じる違和感を刑事さん達に伝えることは無かった。
そればかりか刑事さん達から聞かされる意外な新事実に平静を装いながら聞き流す振りをした。
(れいなが前日に亀井の家に泊まっていた?そんな事があり得るだろうか?あの二人が・・・。)
確かに前日かられいなが亀井と行動を共にしていれば荷物も隣同士に置いたかもしれない、
しかし、あの二人が一緒に行動するなんて・・・、
しかも、よりよって事件の前日から・・・、
ワタシはまた頭の中で考えてはいけない可能性を色々と想像していた。
第十五章 黒い彼女
取調室から出てきたワタシに、部屋の外で待っていたマネージャーが、
福岡で明日れいなの告別式が行われる事を教えてくれた。
司法解剖を終え、遺体は実家のある福岡市に送られ今夜お通夜が行われるとの事だった。
家に帰る前にマネージャーと一緒に横浜のデパートに立ち寄り、
フォーマルウェアを扱うコーナーでれいなの告別式用に礼服を購入する事にした。
試着をせずにそのままレジに向かおうとすると、
マネージャーが尋ねてきた、
「新垣、試着しなくていいの?」
「ワタシ、黒い服似合わないから。」
ワタシの答えが、服の試着をしない理由になっていないのは自分でも良くわかってはいたけど、
やはり黒い服を試着する気にはどうしてもなれなかった、
黒い服を着るのがどうも苦手なのだ。
買う前にママに断りの電話を入れると香典袋も買ってくるように言われた。
家に着き香典袋をママに渡すと、
ママが礼服のサイズを気にして聞いてきた。
「里沙はもうそんなに大きくならないと思うよ。」と言ったのだが、
ママは大きめのサイズにする事を電話で忠告し忘れたことをずっと悔やんでいるようだった。
ママには食事は外で済ませてきたと嘘をついて、夕食をとらずにそのまま自分の部屋に入った。
クローゼットの扉を開け、試着もせずに買った礼服を袋ごと投げ込んだ。
「ビービちゃん、ビービちゃん。」
ベッドに倒れこみ、仰向けになると天上に向かって呟いた。
耳元にあるビビちゃんのお家からはカラカラとホイールの回る音が聞こえる。
ビビちゃんは珍しく今日も起きているようだった。
カラカラという音を聞きながら、ワタシはいつしか眠ってしまっていた。
「あちゃー、もう8時じゃん。」
朝、目覚めると携帯に着信履歴が二件あった。
一件は恐田さんからで、もう一件は中学校の時の同級生からだった。
慌てて放り投げてあった礼服に着替えながら恐田さんに電話をした。
「あの、もしもし新垣です。」
「え、福岡でですか、ええ、あ、はい、あれ?これは?」
「え?いえ、はい、わかりました、はい。」
「そうですね、あれ?あれー?ちょ、あ、はい、ええ、はい、わかりました。」
恐田さんが昨日伝えようとした内容を聞き終えると電話を切った。
「里沙、起きたの?早く朝ごはん食べちゃいなさい。」
ダイニングの方からママの声がする。
「えー、いいよー、食べなーい、礼服汚れちゃうしー。」
「あれー?・・・・・・・・ねぇー、ママー、・・・・・・これどうやって着るのー?」
サイズはともかくもっとシンプルなやつにすれば良かった。
決められた集合時間より30分程早く空港の中の集合場所に着くと、
れいなの告別式に参列するためにメンバーとスッタフのほとんどがもうそこに集まっていた。
その中には既にモーニング娘。を卒業した石黒さんと市井さんもいた。
「おはようございます。」
先に着ていた皆に挨拶すると、
ワタシは皆と一緒にそこで残りの人達を待った。
保田さんと石川さんと愛ちゃんは集合の時間ぎりぎりに到着した。
「もーう、ほらー、みんな礼服じゃん、愛ちゃーん。」
私服姿の石川さんが愛ちゃんにぼやいた。
「あらー、ほんとや。」
同じく礼服に着替えていない愛ちゃんがワタシ達を驚いた様子で見つめながら言った。
三人は慌てて空港のお手洗いで着替えを済ますと、みんなと一緒に搭乗手続きの列に並んだ。
礼服に着替えて空港のお手洗いから出て来た愛ちゃんは、
女のワタシでも見とれるくらい綺麗で、黒い服がとても良く似合っていた。
ワタシは無意識のうちに、黒い喪服姿の彼女の動きを目で追っていた。
その姿は初めて会った時の彼女の印象に近いものだった。
そう思った瞬間、ワタシは彼女の姿を視線に捉えながら同時に頭に鈍い痛みがひろがっていくのを感じた。
(おかしいな、もう治ったと思ったのに。)
この症状はワタシがモーニング娘。に加入して間もない頃から出始めたもので、最近はすっかり治まっていたのだが、
数年前までは頻繁に、この頭痛に悩まされていた。
次第に大きくなっていく痛みに耐え切れず、ワタシは近くのベンチに腰掛け痛みが治まるのを待った。
目を閉じて頭をおさえていると、徐々に痛みは和らいでいった。
第十六章 引き継がれるリーダー
一番最後に安倍さんが搭乗手続きの締め切り時間ぎりぎりになって現れた。
安部さんも普段の私服で来ていた。
飛行機に搭乗するときも、離陸する時も、安部さんは朝になってから礼服を持っていない事に気が付いて、
大急ぎでまだ開店していない近所の洋服屋さんを叩き起こして、それらしい黒い服を礼服代わりになんとか手に入れたことを面白おかしく喋っていた。
安部さんがあまりに大きな声で喋り、両脇に座っていた辻さんも加護さんもそれを大声で笑うので、
周りのお客さんから苦情が出たらしく、スチュワーデスさんに注意までされていた。
しかし、それもしばらくして飛行機が安定飛行に入る頃には大きな泣き声に変わっていた。
安部さんがワンワン泣き出すと、つられて両脇の二人も大声で泣き始めた。
今度はそれを注意する人は誰もいなかった。
ワタシの席は皆が固まって座っている位置から少し離れた後ろの席で、
通路側から順に愛ちゃん、ワタシ、中澤さんという並びだった。
搭乗手続きをマネージャーが一斉に無作為で行った結果そうなった。
ツアーやイベントの時などもいつも決まった席順などは無く、毎回マネージャーから手渡されるチケットの席順通り座るのが通例だった。
空港でもそうだったが、飛行機の座席に座ってからもワタシは愛ちゃんと一言も口をきいていなかった。
愛ちゃんが空港に到着した時に何か声をかければ良かったのだが、
声をかけようか戸惑っていると、何故かそのまま話しかけるタイミングを失ってしまった。
不思議と愛ちゃんも何も喋りかけてはこなかった。
ここ数日、ワタシは愛ちゃんを何か遠い存在に感じている。
それはワタシのせいなのか、それとも愛ちゃんのせいなのか、
いつもなら大好きな飛行機の説明をいっぱい愛ちゃんに話したりするのに・・・。
この三人席の沈黙は長く続いた。
「あんた、今度リーダーになるらしいなぁ。」
着陸に入る少し前、窓際に座っていた中澤さんが、前を見つめたまま唐突にワタシに喋りかけた。
「えっ、ああ、はい。」
何故か嘘をついてるようで、そう、返事をかえすのがとても辛く感じた。
「よっすぃーと梨華ちゃんから聞いたわ。」
どうやら他のメンバーなどにもその事は伝えられていたようだった。
「いくつやったっけ?」
「16です。」
「うっわぁー、そうかぁー、わかいなぁー、あ、そーう。」
「そうかぁー、まだ16かぁー。」
「でも、あれやなぁー、そんくらいがええんかもなぁー、今は。」
「そうかぁー、リーダーかぁー。」
中澤さんは前を向いたまま何度も驚いて見せた。
「ほんなら、あんたでもう四人目やなぁー。」
中澤さんが呟く。
(えっ?)
そう思った瞬間、中澤さんはワタシの方に顔を近づけて、
「あかん、矢口抜かすとこやった。」
と小声でワタシに耳打ちすると、にっこりと微笑んだ。
黙りこくっているワタシを笑わそうとしてくれたのだろうか。
「あの子と、つんくさんは遅れてくるらしいわ。」
中澤さんの目はもう窓の外を見つめていたが、声だけワタシに向けてそう言った。
「うちらが五人やった時はほんまはそんなんなかったんやけどなぁ。」
外の景色を見つめながら中澤さんが小さく呟いた。今度は独り言だった。
近づいてくる陸地を見下ろしている中澤さんの横顔を眺めながら、
もしかしたら中澤さんが抜かして数えていたのは本当は中澤さん自身なのかもしれないと思った。
何故かそんな気がした。
第十七章 別れを告げる空
飛行機を降りて用意された大型バスに乗り込み、無事に福岡市の式場に着くと、
バスの荷物入れから出されたワタシの荷物を見て、愛ちゃんがワタシに話しかけてきた。
「あー、ガキさん荷物あったんや、さっき空港からすぐに出てこんかったやろー。」
愛ちゃんと今日はじめて言葉を交わした。
愛ちゃんが言うようにワタシは空港で一人、荷物が降りてくるのを待っていた為、
ワタシ以外の全員がバスに乗り込んだ後、
少し遅れて、持ってきた荷物をバスの荷物入れに積み替えてからバスに乗った、
普段、ロケバスなどでは愛ちゃんと二人で並んで座ることが多かったが、
今回はもう既に、愛ちゃんの隣の席が埋まっていた為、
後ろの方に座っていた愛ちゃんとは離れて、空いていた一番前の二人掛けの席に一人で座った。
ワタシは愛ちゃんに荷物について少し話した後、帰りは皆とは別れて一人で福岡から帰ることも話した。
少し遅れて一緒に式場に現れたつんく♂さんと矢口さんも告別式の始まる時間には間に合った。
結局、告別式に参列出来なかったのは、現役のメンバーでは、まこっちゃんと東京で入院中の亀井の二人、
それと、卒業したメンバーではツアー中の後藤さんと一期の福田さんも式には来ていなかった。
愛ちゃんは受付で、ハンドバッグから二つの香典袋を取り出し、
自分の名前の横にまこっちゃんの名前も記帳した。
例の事件当日の電話でまこっちゃんから頼まれていたらしい。
ワタシは愛ちゃんの後ろに続いて記帳とお焼香を済ませた。
お焼香の時、愛ちゃんはおそらく一分近くは祭壇に掲げられたれいなの遺影を見つめていたと思う。
れいなの告別式に参列した他の誰よりも長い時間、愛ちゃんはれいなの遺影と向き合っていた。
若くして亡くなったれいなに対し、参列者の殆どが声をあげて泣いていたが、
愛ちゃんは涙を見せなかった、ワタシも涙は流さなかった。
お焼香が済むと、愛ちゃんは喪主であるれいなのお父さんの横で目を真っ赤にして泣きはらし、
悲しみに暮れていたれいなのお母さんに、
一言二言お悔やみの言葉を述べているようだった。
ワタシは深くお辞儀だけして二人の横を通り過ぎたのだが、
その時、愛ちゃんが持っていた黒い革のハンドバッグの中から、
紫色の分厚い本のようなものをれいなのお母さんに手渡すのが見えた。
式が終わり、愛ちゃんや他の皆はれいなの出棺を見送ると帰りの便の飛行機に乗るべく、
再びバスに乗り込み空港に戻っていったが、
ワタシは恐田さんと会うためにこのまま福岡に残ることにした。
恐田さんと待ち合わせている都合もあり、ワタシは空港に引き帰すバスとは別に、
れいなの親族の人達が乗っているバスに乗り、一緒に火葬場まで向かうことにした。
親族の人達と一緒に火葬場まで行くには行ったのだが、
身内でもないし、ほんの数日前までのいきいきとしていたれいなを思い浮かべると、
灰になってしまったれいなを見るのは、遺体を見る以上に辛く思われて、
ワタシはお骨上げには加わらず、火葬場の炉の外で一人、皆が出てくるのを待った。
待っている間、一度だけ外に出てきたれいなのお母さんと言葉を交わした。
式場ではちゃんと言えなかったお悔やみの言葉を改めてれいなのお母さんに言うと。
お母さんは目にいっぱい涙を浮かべていた。
お母さんは赤い目を潤ませて、炉から出て来た娘の灰を見るのが辛くなって出てきてしまったと言った。
その時に交わしたれいなのお母さんの話から、
先程、愛ちゃんから式場で手渡された紫色の本はれいなが付けていた日記帳だということを知った。
それは、事件の前日に泊まっていた亀井の家にれいなが置き忘れていってしまったものを、
亀井から頼まれて愛ちゃんがれいなのお母さんに返すために福岡まで直接持ってきたものだという事だった。
ワタシが昨日、取り調べでれいなの所持品を見た感じからも、
れいなが荷物の中から日記帳だけを亀井の家に置き忘れるのはあまりにも不自然な感じがした。
日記帳を置き忘れるなどということが果たしてあり得るのだろうか、
荷物の中でも特に日記帳などは、もっとも置き忘れたりしないものなのではないだろうか。
そう疑問に思い、その日記帳を、
この場で詳しく調べてみたいと思ったのだが、
目を真っ赤にしている、今のお母さんの心情を考えると、突然そんな事を言い出す気にはなれなかった。
頭の中では現場から凶器と共に携帯と日記帳を持ち出す亀井の姿を想像していた。
れいなのお骨上げは無事終わったようだった。
みんなが火葬場の炉から出てきて、ぞろぞろと親族用の送迎バスに乗り込んでいく。
恐田さんとの待ち合わせ時間は既に過ぎようとしていた。
ワタシはれいなのお母さんに待ち合わせの為にここに残ることを説明すると、
「あら、そうなんですか。随分遅くなってしまったけど、戻ってみんなでお昼にしようと思ってたんですよ。」
「その方に連絡して、そちらで待たれては駄目なんですか。」
と言って残念そうな表情をした。
本当はワタシの心配所では無いはずなのに、
れいなのお母さんに余計な気まで使わせてしまっていた。
みんなを乗せたバスが火葬場の駐車場から出て行くのを見送ると、
ワタシは一人ぼっちになった。
雲ひとつない澄み切った秋晴れの空に火葬場の煙突からのぼった煙だけが細く白く流れていた。
もう暫らくもすれば青空に溶け込んで消えて無くなってしまいそうな、
その白い煙を見つめながら式場では言えなかった別れを告げた。
(さようなら、れいな。)
ワタシは声をあげて泣いた。
亀井のアリバイ部分などかなり直してしまいました
その部分は明日書きます
作者さんお疲れ様です
前のと比べてみると結構変更点がある様で新たな作品のつもりで楽しませていただきます
しかし相変わらず泣ける。・゚・(ノД`)・゚・。レイニャアアアアア
507 :
62:2005/12/01(木) 07:49:36
更新乙です。
こちらもだいぶ修正されましたね。特にれいなの葬式の章題「別れを告げる空」……いいですね。文章もいいんですが、れいなヲタだからかもしれませんが、読む前に章題だけで泣かせる……。
今回の修正版は、既出なのに全く別のものを読んでるかのような錯覚をおぼえますね。作者さんの努力にはただただ感服するだけです。
508 :
名無し募集中。。。:2005/12/01(木) 18:26:17
案外リアル娘もこんな雰囲気なのではないか、とすら思わせる文章の力が凄い
良い感性持ってるよね作者さんは
前回よりもガキさんの亀井への疑いが強く描かれてるね
大気へと同化していくれいなへの最後のお別れをするガキさんには
ジーンときました
個人的に好きなのはアンパンマンとガキさんパパとの比喩の部分
あと、ハッとさせられたのは黒い高橋の部分
俺はあの加入時の「黒い」高橋に惚れてヲタになったから
511 :
名無し募集中。。。:2005/12/02(金) 18:30:03
新垣が恐田の会話から住所を調べられている事を不愉快におもうところが好きです
こんこんヲタですけど
きてたのか
でももうストーリー忘れちまったよ
514 :
名無し募集中。。。:2005/12/03(土) 10:26:18
なるほど
有難うイメージしやすくなった
第十八章 通話記録のアリバイ
待ち合わせ時間はとっくに過ぎていたが、恐田さんはまだ現れなかった、
どうせならその間に着替えを済ませてしまおうと思い、
火葬場の建物のお手洗いに入り着替えをしていると携帯が鳴った。
携帯の液晶には恐田さんの名前が表示されていた。
ワタシは着替え途中のとんでもない姿勢のまま携帯にでると、
恐田さんからの電話の内容は、たったいま福岡空港に着いたところだというものだった。
「えー、もーう、そうなんですかー。」
「はい、わかりました。・・・あの、いまちょっとメモとれない状況なんで、かけ直します。」
(はぁ〜。)
おかしな格好のままで、小さな溜め息をひとつ吐くと、
素早く着替えを済ませて、恐田さんに電話をかけ直した。
電話で待ち合わせ場所を火葬場から市内のホテルに変更することにした。
先程の電話で恐田から紹介されたホテルに着くと、既にワタシの名前で予約されていた部屋にチェックインをした。
部屋に案内されると間もなく、フロントから内線が入り、恐田さんがホテルの1階のロビーに来ているとのことだった。
ロビーに行くとそこには昨日のジャケット姿のままの恐田さんが待っていた。
「あの・・・。」
ワタシが喋りかけようとすると、同時に彼も謝りはじめた。
「申し訳なかったね、東京ですこし問題があって予定通り動けなくなってしまってね。本当にすまなかった。」
「いえ、いいんです。それより・・・あの・・・、ここの宿泊費・・・。」
「気になってさっきホテルの人に尋ねたら支払いは恐田さんがすることになってるって・・・。」
「ああ、勝手にこっちで用意させてもらったけど、今日の朝打ち合わせてすぐでは、君も何の用意も出来ないだろうと思ってね。」
「費用は全部依頼主のキモーターの人達に請求できるから、それは心配しなくてもいいよ。」
「ふっ。」
思わず吹き出してしまった、恐田さんはJリーグのサポーターか何かの発音でそう言った。
「あの・・・、やっぱり親衛隊であってると思いますよ、・・・呼び方。」
そう言って笑っているワタシを見て、恐田さんは不思議そうな顔をしていた。
その後、ロビーの椅子に腰掛けて、お互いのこれまでに得た事件の情報を話し合った。
福岡で待ち合わせをして、お互いに情報を交換し合う事と、
告別式の翌日にれいなの実家を二人で捜査に訪れる事は今朝の電話で打ち合わせていた。
れいなの家を訪れる日を今日ではなく、告別式の翌日にしたのは、
勿論、遺族への配慮もあったのだが、
それと同時に、式の当日ではれいなの両親も忙しくて、
じっくりと話を聞くことが出来ないだろうと考えたからだった。
とはいえ、告別式からたった一日空けただけで、れいなの実家を訪ねることは、
まだ悲しみが癒えているはずもないれいなの家族の事を思うと何とも心苦しいのだが、
やはり、まこっちゃんの事を考えるとそうもいっていられない状況だった。
まこっちゃんの失踪とこのれいなの事件の間には何か必ず関係があるはずなのだ 、
ワタシ達は一刻も早くそれを突き止めなければならなかった。
(これ以上、これ以上悲しい事になんてなったら・・・。)
ホテルのロビーでの情報交換でわかった事は、
亀井は早朝にれいなと一緒に控え室に入った後、れいなだけを残してすぐに部屋を出た事、
部屋を出てからは遺体を発見するまでの間、一度もその部屋には戻っていない事、
部屋を出ていた間はすぐ下の3階の廊下の突き当たりにある喫煙所のベンチで愛ちゃんと電話で話をしていた事、
犯行が行われた時間帯におけるこれら全ての亀井の行動を亀井自身と電話をしていた相手である愛ちゃんも証言をしているのだが、
早朝であった為、それを証明する目撃者がいない事から、亀井の携帯と愛ちゃんの家の電話の通話記録だけでは、
結局、通話場所の特定には至らず、今のところ犯行時の亀井の明確なアリバイとは成り得ていない事、
亀井の証言では、3階、4階ともにその時間帯は自分たち以外の人影は無く不審者を目撃していないという事、
いったんビルに入ったれいなと亀井が、その間ビルの外には一度も出ていない事を守衛が証言している事、
そして、まこっちゃんについては未だにどこにも連絡が無く、依然として消息が不明である事などだった。
「そう、すぐに・・・。」
ワタシが呟くと恐田さんが話を続けた。
「ああ、以前にも言ったが二人がビルに入ったのは入り口が開錠された直後の七時半頃で、しかも、その日の最初の利用者だったらしい。」
「証言した守衛もしっかりと時間を確認していた訳ではないんだけど、出勤した直後の出来事だというのだから、感覚で言っているにしても、それ程ズレは無いだろうね。」
「通話記録と照らし合わせると、二人が控え室に入って亀井さんが高橋さんからかかってきた電話に出るために部屋を出るまでの時間は、誤差などを考えても恐らく10分も無いだろう。」
「そうなると確かに亀井さんの証言した通り、控え室に入った直後に電話に出たと考えられるんだが・・・。通話記録だけでは場所までは特定できないからね・・・。」
「控え室に入る前かもしれないし、・・・ずっと控え室にいたかもしれない、それに電話も何度かかけ直している。」
彼の話をうつむきながら聞いていた。
「あの、電話は高橋さんからかかってきたって・・・。」
「そう、一番初めの電話は彼女の方からだね、その後二回かけ直しているんだが、二回目は亀井さんから、最後の三回目はまた高橋さんの方からだね。」
恐田さんは小さな緑色の手帳に書かれたメモを読み上げた。
また、妙な違和感だけが膨らんでいくような気がした。
ワタシの方からは、告別式で愛ちゃんがれいなのお母さんにれいなの日記帳を手渡していた事を恐田さんに話した。
「前日から持ち歩いていた日記帳をねえ・・・。君の話から推理しても、やはり亀井さんと高橋さんは何かしら繋がっていると考えるべきなのかな。」
「とにかく明日、田中さんの家に行って、その日記についても良く調べてみよう。」
すでにれいなを殺害した加害者を絞り込もうとする恐田さんの言葉にワタシは返事を返さなかった。
外はまだ大分明るかったが、話し終えるとワタシ達は明日に備えてそれぞれ部屋に戻り休む事にして別れた。
どうやら恐田さんはこのホテルではなく別の所に泊まっているようだった。
部屋に案内された時、案内された部屋があまりにも豪華なスウィートルームで、
しかも、天蓋付きの大きなベッドが二つ並んでいて、
支払いも向こう持ちだというので、何か変な想像をしちゃっていたけれど、ホッとした。
彼がホテルから出て、ワタシがその豪華なスウィートルームに戻るとすぐに携帯が鳴った、
それは先程、ホテルを出て別れたばかりの恐田さんからの着信だった。
「はい、どうしたんですか?」
ワタシは携帯に出て答えた。
第十九章 戻りたい場所
「えっ?ちょっと、えー?いえ、でも、別にお腹も減っていないですし、うーん。」
一緒に食事でもどうかと誘われた。
「ええ、本当に、はい、すいません。」
―――ぐぅ〜〜〜―――
恐田さんからのお誘いを断るのと同時にお腹が鳴った。
考えてみればもう丸一日以上何も食べていなかった。
しかし、どうしても食事に行く気にはなれなかった。
携帯を切ると天蓋付きの大きなベッドにうつ伏せに倒れ込んで独り言を言った。
「だってさー、もう話すことなんてないしさー、ってか別に話さなくてもいいんだけどさー・・・。」
ビビちゃんを飼い始めてから独り言が多くなっていた。
(あっ、そういえばビビちゃんのごはん。)
ベッドの上でごろんと反転して今度は仰向けになり、
ママに電話をかけた。
「ママ、あのね、今日泊まる事にしたんだけど。」
「うん、うん、今?今ホテルだよ。」
「うん。」
「それでね、ビビちゃんのごはんなんだけど。」
「ビビちゃん寝てると思うから、起こしてあげてから、ひまわりの種を口に詰めてあげてほしいの。」
「うん、その時、機嫌が悪いと噛まれるから気を付けてね、口に詰めてあげれば、寝てても食べるから。」
「うん、わかった。うん、わかってるよ。」
ツアーやイベントなどで遠くに行くことも多かったので、
外泊する事には自分自身もう慣れっこになっていたけれど、
今日のママはとても心配そうだった。
(こんなに心配してくれるママは久しぶりだな、 ママにとって里沙はまだ子供なのかな。)
ベッドに仰向けになりながら切ったばかりの携帯を眺めていた。
―――ぐぅ〜〜〜―――
再びお腹が鳴った。
「あーん、やっぱり、お腹すいたなぁー。」
結局、恐田さんに連絡してホテルまで迎えに来てもらい一緒に食事に出かけることにした。
目的地に向かうタクシーの中で恐田さんはワタシに何度もこう言った。
「知り合いの店なんだけど、ちょっと一人では行き辛くてね。」
そして、タクシーが一軒の小さなおすし屋さんの前で止まると、
彼はひどく落ち着きを無くした様子になっていた。
もしかしたらこのまま退き帰してしまうんじゃないかしらと思えるほどだった。
一歩一歩、店の入り口に近付くにつれ彼の緊張が大きくなっていくのがワタシにも伝わってくる。
震える手で彼が店の入り口のを引き戸をゆっくりと横に開くと、
店の中から大柄な板前さんの威勢の良い声がかかる、
「へい、らっしゃーい。」
「いらっしゃいませー。」
カウンター席の横にいた女の人も可愛らしい声で出迎えてくれた。
女の人が席を案内しようとこちらに近づき、途中で立ち止まると、そのまま動かなくなってしまった。
大柄な板前さんの手の動きもピタリと止まった。
恐田さんは立ち尽くして動かない女の人に軽くお辞儀をすると、
案内も受けずに自分でカウンター席の一番端に行き席についた。
ワタシもその隣に座った。
「いいかな、ここ。」
恐田さんが二人に尋ねると、どちらからも返事は無かった。
不思議と恐田さんからはもう緊張や不安といったものがなくなっているようだったが、
店の中には何かはりつめた空気が漂っているようにも感じた。
ワタシ達以外にカウンター席に客は無く、奥の座敷に二組ほどのお客さんがいるようだった。
板前さんはまるでワタシ達などいないかのように再び黙々と仕事の手を動かし、
女の人は依然として立ち尽くしたままだった。
「上にぎりを二人前お願いできるかな、・・・里沙ちゃん。」
恐田さんが震える声で親しげに呼んだ名前はワタシのものではなく、
立ち尽くす彼女のものだった。
その言葉に彼女は声も無く小さく頷くと、
カウンターの中のこの店の主人らしき板前さんに、
「大将、上にぎり二人前お願いします。」
と注文を繰り返した。
板前さんはその声にも全く反応しなかった。
頼んだ注文が出てくるのかわからないまま板前さんの仕事を見ていると
恐田さんはまた板前さんに声をかけた、
「大将はいないのかい?」
やはり板前さんはこれにも何の反応も示さなかったが、
シャリをお櫃から取り出すために後ろを向いた時に、
「後で来るよ」
と大分遅れて、かすれた低い声を返した。
ワタシ達が店に入ってからしばらくして、
店の戸がまたガラガラと音を立てて開かれ、
一人の老人の腕が外に掛けられた暖簾を捲くった。
今度も店の二人は威勢良く掛け声を掛けた。
声を掛けられた老人は、
「何言ってやがんでぇ、馬鹿野郎、おれだよ。」
と言って、大声で笑いながら店に入って来ると、
座敷にいるお客さんに冗談を言いながら、
カウンターの中に入っていった。
ネタやシャリなどを確認しているのか、
店の主人の周りをちょこまかと動き回っていたが、
恐田さんに気が付くと、途端に大声をあげた。
あまりに大きな声で叫ぶのでびっくりしてワタシは椅子ごとひっくり返りそうになった。
「なんでぇー、びっくりさせやがって、この野郎、松じゃねーかー。」
「何黙ってんだい、この野郎は、えー、心配させやがって、今までどうしてたんだよ。」
そう言われると恐田さんはただ照れくさそうに笑っているだけだった。
「大将が元気そうで良かったよ。」
恐田さんが、そう老人に言い返すと、
老人はムスッとしている板前さんの背中を勢い良く叩き、
「なに言ってやがんでぇ、いまの大将はもうこいつだよ。」
「こいつが里沙と祝言をあげてからは店はこいつに任せて、おれはもうお払い箱だよ。」
老人は嬉しそうに言ったが、
言われた方の二人は無言のままだった。
「そうかい、結婚したのかい、おめでとう。・・・里沙ちゃん。」
恐田さんは、また彼女の名前を口にしたが、
何か無理矢理に付けたようなぎこちなさがあった。
表面的にだけ親しげなその響きは、どこか不自然に聞こえ、二人の間にある深い溝のようなものを感じさせた。
彼女はそのお祝いの言葉にも悲しげに頷くだけだった。
付け台の上に現在の大将が上にぎりを二人前差し出した。
先代の大将は嬉しそうに、
「見てくれよ、どうだい、腕をあげたもんだろう。」
と自信たっぷりだったが、
先代が自慢するほどにはおいしく感じなかった。
恐田さんはそれを嬉しそうに食べては何度も納得したように頷いていた。
恐田さんが先代に今の仕事の事など近況を報告すると、
先代はとても残念そうにその話を聞いていた。
「お前、まさか本当にやめちまう訳じゃねえんだろ、お前ほどの腕がありゃあ、どこにだしたって恥ずかしくないよ。」
「東京なら、俺の知り合いだっていっぱい居るし、お前さえ良けりゃちゃんと紹介状だって書くよ。」
先代は本当に悲しそうな感じだった。
恐田さんは今の仕事をする前は腕の良い職人さんだったのだろう。
店を後にする時も、大将夫婦からは何の声もかけられなかった。
ただ、先代は店の外まで出てきて恐田さんに何通もの紹介状を持たせようとしていた。
先代は紹介状を断る恐田さんに、
「お前も所帯を持ったんなら、板前に戻った方が良い。」
と言って、しつこく自分の書いた紹介状を恐田さんに手渡そうとした。
(所帯ってこのおじいさん、ワタシのこと奥さんだと思ってるの?)
普段は年齢より若く見られることが多かったが、さすがに人妻に見られたのは初めてだった。
確かに今日は告別式用に幾分化粧も濃いし、お年寄りからすれば16歳も大人の若い女性も大差無く映るのかもしれない、
面倒臭いので否定もしなかった。
恐田さんも先代のしつこさに最後は断りきれなくなり、渋々それを受け取った。
「手前の店をかまえて、ちゃんと幸せにしてやるんだぞー。」
老人はそう言って、大きく手を振ってワタシ達を見送った。
ワタシ達が見えなくなるまでずっとそうしていた。
手を振る老人の方を一度も振り返る事無く歩く恐田さんの上着のポケットには、
無理矢理に押し込まれてくしゃくしゃになった何通もの紹介状が顔を覗かせていた、
それは職人という生き方しか知らない老人の頑固な優しさなのだろう。
530 :
名無し草:2005/12/04(日) 10:09:32
連投おこられちった
タクシー乗り場まで歩いていく途中、
彼は何度もあの店に無理に連れて来てしまった事をワタシに謝ったが、
謝っている彼の心はもうそこに無いような感じで、
店に入る前とは逆にどこか安心しきった顔をしていた。
ワタシは彼に事件とは関係の無い質問をした。
これで彼に事件と関係の無い質問をするのは2回目だった。
「ここでお生まれになったんですか。」
「ううん、鹿児島で育ったんだ。両親と死に別れてね、鹿児島の施設で育った。」
「あいつ、兄貴なんだ。あのでっかいの。」
「全然似てないだろ?年も九つ離れてて、・・・一緒の施設で育ったんだ。」
ワタシの質問に答える彼はやはり心がどこかにいってるような、それでいて穏やかな表情をしていた。
「お兄さんだったんですか、一言も・・・喋ってくれませんでしたね。」
「ああ、でもあいつ良い奴なんだぜ、あいつが施設を出て、福岡に行ってあそこで働き出してすぐに、おれを迎えに来てくれたんだ、大将と一緒に施設から引き取りに・・・。」
「あいつが十六でおれがまだ七つだったかな、大将も・・・、先代の大将も東京から越して来たばっかりでさ、すぐに潰れちまいそうなちっぽけな店なのに、男手一つで小さな女の子と俺達兄弟を育ててくれたんだ。」
「本当の息子みたいに可愛がってくれたよ。」
「小さな女の子って里沙さん?」
「ああ、君と同じ名前だね、字も一緒だよ、・・・里沙と俺は同い年なんだ。」
同い年の幼馴染みに対する自然な呼び捨てだった。
普段もずっとそう呼んでいたのだろう、さっき店の中で聞いたぎこちなさはそのせいだ。
「恐田さん、おいくつなんですか。」
相変わらず髪はぼさぼさだし、とても眠たそうな目をしていたけど、
こうして良く見ると
作業服じゃない時はいつもお洒落だし、
初めて会ったときのようにそれほど歳には見えなかった。
「ん?俺かい?・・・今年で三十になるのかな?」
ずっと若く見えた。
そう二十代半ばくらいには見えるかな、
里沙さんもそれくらい若い感じがした。
「どうしておすし屋さん辞めちゃったんですか?」
「んー?なんでかなー、それも随分むかしのことだからなー、もう忘れちゃったよ。」
「多分向いてなかったんだろうな、すし屋が・・・。」
先代の口ぶりからはそうは思えなかった、
多分お兄さんよりもずっと腕の良い職人さんだったに違いない。
この四人に何があったのかはわからないが、
ワタシの横でタクシーを待つ、いかにも人の良さそうなこの横顔を見ていると
この人が何故東京に出てきたか何と無くわかる気がした。
お兄さんや里沙さんは彼に対しずっと何も喋らなかったけど、
この人が何か悪さをしでかして追い出されたとかじゃないことは確かだろう。
優しかった大将、
自分を引き取りに来てくれたお兄さん 、
幼馴染みの小さな女の子 、
多分四人のままではいられない事情が出来たのだ。
そして、この人の良さそうな顔をした彼はその答えを出してあげたんだ。
みんなの為に一人で答えを出したんだ。きっとそうだと思う。
いつの日か今の大将のお寿司がお世辞抜きで美味しくなった時、
いつの日か彼が本当の奥さんを連れてあの店を訪れた時、
いつの日かそうなった時には、また昔のように戻れるはずだ、
そう思ってこの人はあの場所を出てきたんだ。
二人でタクシーを待つ間そんな事を考えていた。
眠たそうにぼんやりと立ってタクシーを待つこの人の横顔を見ながらそう勝手に考えていた。
第二十章 犯人からの声
ホテルに着き恐田さんと別れ、一人っきりでは広すぎるスウィートルームに戻ると、
すぐにお風呂にお湯を張った、
ゆっくりお風呂につかりながら恐田さんに聞けなかった質問の答えを考えてみた。
(里沙さんの事が好きだっだんですか?)
「幼馴染みかぁ・・・。」
―――ブクッブクッブクッブクッブクッ―――
あまりに大きな浴槽だったので潜ってみたくなった。
翌朝目覚めると、寝ぼけながら点けたテレビからニュース速報が流れていた。
『えー、たった今入った情報によりますと、
本日未明に、先日なくなられたアイドルグループ「モーニング娘。」のメンバーであった、
田中麗奈さん所有の携帯電話からの発信で警視庁に犯行声明が伝えられた模様です。
にゃんにゃんれいんにゃー部隊中東支部と名乗る男性よりアラビア語での犯行声明が伝えられた模様です。
えー繰り返します。本日未明に、・・・』
テレビの画面から突然飛び込んできたニュースに寝ぼけた頭がフル回転で動き始める。
「・・・にゃんにゃん・・・中東支部。」
いくつもの情報がワタシの頭の中を駆け巡る。
ワタシはぼさぼさになった髪を抑えながら、枕の横に置いてあった携帯から恐田さんに電話をかけた。
「あ、あの、おはようございまう。今ニュースで・・・。」
ワタシが言い終わる前に彼も話し始めた。
「ああ、僕も今連絡しようと思っていたんだ、とにかく今から直ぐにそっちに向かうから、1階のロビーで待ち合わせよう、詳しい話は着いてから話すよ。」
慌てた様子の彼の声を携帯のスピーカーが伝えた。
「はい。」
短く返事だけをして携帯を切った。
ワタシは手早く身支度を整えるとロビーに出て恐田さんが来るのを待った。
チェックアウトを済ませロビーで待ち始めてから数分後に、
白いレンタカーに乗った恐田さんがホテルに到着した。
恐田さんはワタシを見つけると軽く左手をあげた。
ロビーの椅子に腰掛けたままワタシは軽く頭を下げた。
「驚いたね、詳しい内容はまだ僕もわからないんだが・・・。」
ワタシの前の椅子に座りながら彼が言った。
「あの、でも、にゃんにゃんれいんにゃー部隊って・・・。」
「ああ、そうなんだ・・・、そのことなんだが、昨日こっちに着くのが遅れてしまったのもその為なんだ。」
「昨日の朝、君と連絡を取り合った後、その依頼主から電話があってね。」
「そこで詳しい理由も無く、急遽捜査を止めるよう言い渡されたんだ、それで、前から少し気にもなっていたし、会うには良い機会だと思ってね、詳しい理由を聞くために直接依頼主の元を訪ねたんだが、依頼者がいるはずのその場所はすでにもぬけの殻になっていたんだ。」
「しかも、そのあと家に戻ってみると今度は家の中が滅茶苦茶に荒らされていてね、まあ、特に盗られた物も無いみたいなんだが、おそらく捜査を依頼してきた彼らの仕業だと思う。」
「・・・と、まあ、そんなわけなんだったんだ。」
まさか、昨日そんなことが恐田さんの身におこっていたとは・・・。
「にゃんにゃんれいんにゃー部隊っていう組織は本当に存在するんでしょうか。」
何から質問して良いのかわからなくなるほど聞きたいことがあった。
恐田さんに捜査を依頼してきたのがにゃんにゃんれいんにゃー部隊日本支部、
わざわざ犯行声明を警視庁に対して表明してきたのが同じ団体の中東支部、
この二つの組織とれいなの死には一体どんな関係があるのだろう、
まるで全てが作り事のように思えてならなかった。
「うん、調べたところ確かに実在する組織ではあるんだ・・・。もともと代表者のいない変わった体系の組織で田中さんの熱狂的な親衛隊であるらしいんだ。調べた限りでは活動自体にはこれといって変わった所は見られないんだけどね。」
「主要な人物も何人かは特定することが出来ているんだが、実際に捜査を依頼してきた人物が本当にその組織の人物であるかどうかもまだ確認していないし・・・。」
「組織の中にはほぼ匿名のようなかたちでかなりの資産家や政財界の大物も名を連ねているみたいで・・・。」
「うーん、まさか、こんな事になるとは思っていなかったからまだそれほど詳しくは調べてはいないんだが。」
「まあ、とにかく犯行声明を出した中東支部の事も含めて、一度、東京に戻ってからしっかりと調べなくちゃならないだろうね。」
彼の声には疲労の色が表れていた。
「でも、それでは・・・、いいんですか、依頼主がいなければ、もう恐田さんには・・・。」
そう言うと、彼がワタシの話を制して続けた。
「いや、小川さんの行方も未だにわからないままだし、もしかすると僕自身も彼らに何か利用されていたのかもしれない・・・、もう少し詳しい事がわかるまでは捜査を止める訳にはいかないよ。」
金銭的な心配をするワタシに恐田さんはそう言った。
けれども、金銭的な問題以外にも恐田さんの話を聞く限り、これ以上ワタシ達だけで事件を調べていてもしょうがないように思えた、
二つの組織とれいなの死、それを結びつける理由はどう考えても思い浮かばない、
しかも犯人を探す範囲は中東にまで広がってしまっているし、まこっちゃんの行方もわからないままだ、
犯人は何のためにこんな事をする必要があるのだろう、犯行声明とはいったいどのようなものだったのだろう、
ワタシは何か絶望に近い感情を抱いていた。
「新垣さん・・・それで、君に東京に戻ってから協力してもらいたいことがあるんだ、おそらく明日はその最後のチャンスになると思う・・・。」
「・・・・・・出来る限り全力で捜査を続けてみたいと思うんだ・・・。その為にはどうしても君の協力が必要なんだ。」
彼は真剣な表情でワタシに言った。
ワタシはその言葉に頷いた。
彼は頷くワタシに詳しい話は東京に戻ってから話すとだけ付け加えた。
第二十一章 色の消えた部屋
ロビーで話し終えると、ワタシ達はひとまず昨日予定していたれいなの実家に向かうことにした。
朝から降り続く小雨の中、白いレンタカーをれいなの実家へと走らせ、ホテルを後にした。
宿泊費は恐田さんが支払ってくれた、にゃんにゃんれいんにゃー部隊から振り込まれた捜査の手付金も、
捜査を中止するように言ってきた電話と同時に振り込まれた今までの捜査の報酬も、
一般的な依頼料や報酬よりも遥かに高額であったため、資金面での心配はいらないとの事だった。
しかし、そういうところも含めて得体の知れない不気味な組織であることを改めて感じた。
路面に張った水溜りの水を跳ねながら進む車の助手席に座り、
運転をする恐田さんの横顔にちらりと目をやると、
彼の横顔はやはりとても眠たそうで疲れて見えた。
れいなの家に着き呼び鈴を押すと予想に反して元気な返事が返ってきた。
れいなの弟の大きな声がワタシ達を出迎えてくれた。
れいなの弟は玄関の戸を勢い良く開けると、くりくりとした目で注意深く観察するようにじっとこちらの方を見た。
少し不機嫌そうな表情ながらもそのあどけない可愛らしい顔にはお姉さんを亡くしたばかりの悲しさはどこにもうかがえなかった。
そして、その表情や仕草の端々にはれいなの面影があった。
(子供は強いな。)
「オッス、お父さん達いるかな?」
ワタシは玄関先に出てきたれいなの弟の目線に合わせるように、すこし屈みながら精一杯明るく言ってみた。
れいなの弟はそれを聞くと返事もしないで振り返り、
玄関を開け放したまま家の中に引き返してしまった。
いきおいよく廊下を走りながら引き返す弟は玄関からまっすぐ伸びた廊下の突き当たりにある引き戸の前まで戻ると、
引き戸の奥の部屋に向かって大声で叫んだ。
「テレビ局の人じゃないよ、ニイガキだったよー。」
(元気なだけで可愛らしくないガキだ。)
そうすると、引き戸が開かれ奥の部屋の台所かられいなのお母さんが出てきた。
普段の私服姿のれいなのお母さんは告別式の時よりもさらに若く見えた。
しかし、それがかえって悲しさを際立たせているようでもあった、
そして、その目は告別式の日と同じように、まるで泣き腫らしていたかのように赤かった。
「あら、わざわざいらして頂いたんですか、どうぞ娘にお線香でもあげてやって下さい。」
お母さんから発せられる言葉は、式の時よりもか細いものだった。
昨日、みんなの前で必死に悲しみをこらえて頑張っていたお母さんを、
その深い悲しみが一日経った今になって、お母さんを一気に飲み込んでしまったかのようだった。
今朝のニュースを見てお母さんは何を思っているのだろう。
多分本当にいままで泣き明かしていたのだろう。
ワタシがお母さんの立場だったらどんなに悲しいのだろう、想像も出来なかった。
仏間に案内されると、外の薄暗い天気のせいで部屋の中にはまるで明るさが感じられなく、
部屋のあらゆるものから色が消え去ってしまったかのように感じた。
骨壷に収められた灰になってしまったれいなと向かい合い、
彼と二人でお線香をあげて、手を合わせた。
「娘も喜んでいると思います。」
というお母さんの言葉に何の返事も出来なかった。
会話も無いまま三人で仏間に正座をして向かい合っていた、
そして、三人とも顔だけを横に向け、壁に掲げられたれいなの遺影を見つめていた。
れいなの遺影は娘。になる以前の小学生時代に家族と一緒に撮ったもののようだった。
さほど鮮明ではない写真を大きく引き伸ばしたもので、
随分と幼い表情のれいながそこにいた。
ワタシには見慣れないれいなの顔だったが、
家族にはこちらの方が見慣れたれいなの顔なのだろう。
仏間に飾られた遺影はこの幼い少女のもの一枚だけだった。
三人の間の沈黙は長く続いた。
隣に座る恐田さんはワタシが話を切り出すのを待っていてくれているようだった。
「お母さん、この間見せて頂いた、れいなさんの日記帳なんですが・・・、・・・あの日記帳をお貸しして頂けませんか。」
そうワタシから言われてお母さんは少し驚いた表情をしていた。
「・・・ええ、別に構いませんけど。・・・どうして。」
ワタシはまこっちゃんが行方不明になってる事などをお母さんがショックに思わない程度に説明した、
今朝のニュースで親衛隊の事などはお母さんも知っているだろうし、
親衛隊の事やましてや愛ちゃんや亀井のことなどは、
お母さんにこれ以上よけいな心配をさないようにするには、
どう説明したらよいかわからなかったが、
そんなワタシのあやふやな説明でも、お母さんはワタシの申し出を快く承諾してくれた。
「本当に何も書いてないんですよ、あの子。これ、まるでスケジュール帳みたいで・・・、忙しかったんでしょうか・・・。」
れいなの実家の部屋からお母さんが紫色の日記帳を持ってきてくれてそう話した。
「昨日全部読んだんですよ、家に帰ってきてから。・・・でも、直ぐ読み終わってしまって・・・。」
「ページはこんなにあるのに・・・。ほんと、もうすぐ読めてしまって、日記らしいことが書いてあるのなんて最初の数日だけで、あとはもう・・・。」
「あの子もっと子供っぽい元気な子だと思ってたんですけど・・・。」
「違ったんでしょうね・・・。・・・多分、・・・私がそれに気が付かなかったんだわ・・・。」
外の雨はいつしか激しく降りはじめていた。
一定のリズムで屋根をうちつける激しい雨音と、
家の何処からか聞こえてくる、れいなの弟の吹く澄んだ口笛の音色が、
仏間に響きあい混ざり合っていた。
第二十二章 紫色の日記
れいなの家にいた短い間に何度か新聞社等から電話がかかってきたようだったが、
お母さんはその度に電話に出ては何も言わずに電話を切っていた。
同じ番号が二度三度と電話機に表示される時は受話器に耳をあてる事もなく電話を切っていた。
ワタシ達は東京での捜査のために福岡空港にレンタカーで退き帰すことにした。
空港の傍にあるレンタカー屋さんに車を返すと、帰りの飛行機にはギリギリで乗ることが出来た。
飛行機の中でお母さんから受け取った紫色のれいなの日記帳を開くと、
お母さんが言っていたように、
なんの罫線も引かれていない、真っ白なページには、
その日の日付とスケジュール以外はほとんど何も書かれていなかった。
書かれていたとしても、その日、つんくさんや夏先生から注意された事が二・三行ほど箇条書きで書き込まれている程度だった。
れいなはこの紫色の日記帳に几帳面に一週間につき一ページづつ、
ただ真っ白いだけのそのページに日付とその日行われたスケジュールを書き綴っていた。
日記は、オーディションに受かった日から事件の起きた二日前まで一日も休む事無く書かれていたが、
何度もチェックをして読み返していると、ワタシはこの日記帳におかしな点が二つある事に気がついた。
羽田に着き、飛行機を降りて、帰りの電車を待つ間、
待合所等のいたるところに設置されたテレビからはれいなについてのニュースが映し出されていた。
そしてそのテレビのスピーカーからは原文のまま翻訳された声明文を繰り返し読み上げるニュースキャスターの声が聞こえる。
『我々の手によりもっとも美しく輝く星の光は失われた、
君達の頭上にはこの先も幾度と無く澄みきった夜空が訪れるだろう、しかしその星空にあの美しい姿を見つけ出すことは出来ない
あの美しい星が君達を照らす事はもう無い、永遠に美しい姿のまま君達の胸にその輝きを灯す事はあっても。』
要求も予告も何も無いまるで詩のような犯行声明だった。
第二十二章 悪い夢
家へと帰る電車がホームに入ってくると、
ワタシ達はその赤い電車に乗り込んだ、
混み合った車内で吊り革を手に二人並んで電車に揺られた。
二人が別れる乗り換えの駅に着く間に、
恐田さんから今朝言われた捜査の協力についての詳しい話を打ち明けられた。
「亀井さんの退院予定は明日だそうだ、・・・明日が自然な形で盗聴の出来る最後のチャンスだと思う・・・。」
「盗聴?」
アラビア語で犯行声明が発表されようと、
れいなの携帯電話がどこにあろうと、
恐田さんの容疑者のリストから亀井の名前がはずれる事はないのだろう。
ワタシに協力して欲しい事とは、ワタシの仲間に対してのものだった。
「亀井の病室を盗聴するんですか?」
「ああ、なんとしても事件につながる会話を聞き出したい。それで君に・・・。」
恐田さんの言う捜査の協力が何を意味するのかは最後まで話を聞かなくてもわかった。
「それは・・・出来ません。」
「でも、それでは・・・。新垣さん、これは本当に最後のチャンスなんだ・・・。」
恐田さんの顔が強ばり、吊り革を掴む手に力がこもるのを感じた。
ワタシ自身、愛ちゃんや亀井を疑っている気持ちはもう誤魔化しきれないものとなっていた。
しかし、実際に親友を裏切ることはワタシには出来ない。
そんな事をして真実を知りたくない。
横に立つ真剣な表情の彼の目を見つめ、ワタシはゆっくりと口を開いた。
「・・・ワタシが、・・・明日、ワタシが・・・直接聞きます。・・・直接。」
それを聞くと彼は強ばった表情のまま頷いた。
その後は二人ともうつむいたまま会話も無く同じリズムで赤い電車に揺られた。
(ちゃんと聞くべきだった。)
そうするべきだった、はじめからそうしなくてはいけなかったんだ。
この数日間ワタシは何をやっていたんだろう。
事件はもうワタシには考えもつかないほど大きなものになってしまっているではないか。
そうだ、そうなんだ、ワタシのやっていることは最初から間違っていたんだ
一人では何も出来ないくせに、
誰一人助ける術も持っていないくせに、
他人に助けられるのはいつも自分の方のくせに、
やる事といえばいつも余計なおせっかいばかりだったくせに、
事件が起こったあの日、・・・あの日、皆から逃げ出そうとしていたくせに・・・。
電車に揺られながら頭の中で自分自身を責めていた。
まこっちゃんが最悪の事態なっていたらワタシは二人になんて謝ればいいのだろう、
いまは二人が無事でいてくれる事を願うことしか出来ない自分が情けなかった。
電車がワタシ達の乗り換える駅に近づき、ブレーキをかけてスピードを緩め始めた。
ブレーキの音は車内にも鳴り響いたが、その音は徐々に小さくなる、
音が小さく聴こえたのはスピードが落ちてきたからではなかった。
ワタシの意識が遠のいていったからだった。
電車が乗り換えの駅に着き、完全に静止する直前に一瞬激しく車内が揺れると、
握力を失ったワタシの手が掴んでいた吊り革を離れた。
支えを失ったワタシはしゃがみこむようにして、その場に崩れ落ちた。
「大丈夫かい。」
電車のドアが開く音と、恐田さんの声が遠くに聞こえる。
恐田さんは倒れ込むワタシを抱きかかえて電車を降りると、
そのままワタシをホームのベンチまで運び、その上にワタシを横にして寝かせてくれた。
しかし、恐田さんの呼びかける声はまだぼんやりと聞こえるだけで意識ははっきりとしない。
電車の中で倒れてしまった、この症状は、
空港で愛ちゃんの喪服姿を見たときに起こったあの症状と同じものだった。
まるで夢の中で大きな象に踏み潰されているような鈍く重い痛みが頭を襲い、
次第に瞼が重くなっていき、自分の意志ではもう視界を取り戻すことが不可能になる、
そして目の前が完全に真っ暗になると今度は徐々に全身から力が抜けていき、その場に倒れ込んでしまうのだ。
頭痛と眩暈を同時に起こしたような症状で、空港の時のように頭痛だけで治まらない場合は、
今日のように倒れ込んで意識を失ってしまうのだ。
モーニング娘。に加入した当初はそんな事が何度もあって、
そのため両親をひどく困らせてしまっていたのだが、
人前で倒れたのはこれが初めてだった。
今日のような倒れてしまうまでの重い症状は何故か不思議と自宅にいる時にだけ出るものであった。
そして、この症状を引き起こす時に、
ワタシは遠のいた意識の中で決まって同じ夢を見ていた。
あれは夢なのだろうか?
意識が遠のき、目の前が暗くなって、その場に倒れこむと、
ワタシは完全に意識を失う、
と、次の瞬間、今度は急に目の前が目を開けていられないほどの真っ白い光に包まれる、
周りからは物凄い騒音がしていて耳が痛い、そして、その光の中ワタシは舞台に立っているのだろうか?
ステージ衣装を身にまとい一人ぽつんと佇んでいる、
いや、佇んでいるのではない、良く見るとワタシは耳を手で押さえ立ち尽くし泣いているのだ、
舞台の上で泣いているワタシを誰かが横の方から見ている、
舞台の上のワタシはそれに気が付きそちらを振り向く、
多分ワタシを見ているのはワタシ自身だ、ワタシのもうひとつの意識がそれを舞台の横から見ているのだ、
横から見ているワタシと、舞台の上のワタシの目が合うと、
横から見ていたワタシが、舞台の上のワタシ自身に声をかける、
その声は私自身が出している声のはずなのだが、
周りのあまりの騒音のせいで自分自身何と言っているのかが良く聞き取れない、
ワタシは何とかしてその声を聞こうと耳をすます、
そして、いつも必ずそこで意識が戻るのだ。
第二十三章 答え
「・・かい、・・・大丈夫かい、しっかり。」
意識が戻り、目を開くと目の前には恐田さんの顔がぼんやりと浮かぶ、
次第に恐田さんの顔の輪郭がはっきりとしてくる。
「良かった、気が付いたようだね、大丈夫かい。」
「・・・あ、・・・ええ、すいません。」
意識が戻り少し落ち着くと、ワタシはベンチの上で横になっていた体を起こして、ベンチに座り直した。
「どうも、すいません、急に眩暈が・・・。」
「病院に行った方が良さそうだね。」
「いえ、大丈夫です。すぐに良くなると思います、前にも度々こうなる事があって・・・わかるんです。本当に、もう、大丈夫ですから。」
「・・・そうかい、それならいいんだが、かなり疲れているようだし、心配だから家まで送るよ。」
ここで別々の方向に別れるはずだったのだが、
彼は心配そうにそう言ってきた。
多分、彼の方がよっぽど疲れた表情をしてるに違いないのに、ワタシはそう思った。
「大丈夫です、あの、本当に、もう少しこうしてればすぐ良くなりますから。」
そう言ったのだが、結局、心配する恐田さんの説得に根負けして、
わざわざ駅を出てタクシーに乗り換えて二人で横浜まで帰る事にした。
二人でタクシーの後部座席に乗り込み、
柔らかいシートに深く腰掛けると、
ワタシはもう一度、冷静に電車での恐田さんの提案を考えてみた。
真剣に考えているワタシの表情がまだ頭痛で苦しんでいるように見えたのか、
恐田さんは考え込むワタシを気遣って何度も心配そうに声を掛けてくれた。
やはり明日は、ワタシが直接亀井に話を聞かなくてはならない、
その結果がどうであろうと友達ならそうするべきだ、
見て見ぬ振りをしておきながら、コソコソと嗅ぎ回るのは良くない。
しかし、恐田さんの提案も受け入れようと思う。
矛盾しているのかもしれないが、
何度考えてみてもワタシの答えはそこに行き着いてしまうのだ。
れいなも、亀井も、愛ちゃんも、まこっちゃんも皆同じ仲間なんだ。
多分、いくら考えても都合の良い答えなんて存在しない。
ワタシも恐田さんと同じように今はただ出来るだけの事をやろうと思う、
法律に触れていようが、
仲間を裏切る事になろうが、
とにかくワタシはワタシの出来る事全てをしよう。
それがワタシの出した答えだった。
「・・・あの、さっきの件なんですけど・・・。」
ワタシはタクシーの中で恐田さんに盗聴に協力する事を約束すると、
その代わりにワタシからも一つ恐田さんに守ってもらいたい条件をつけさせてもらった。
「・・・もし、もしも、彼女が、彼女達が罪を犯していた時は自首させてあげたいんです・・・。」
ワタシの言葉に彼が頷いた。
窓の外の景色はすでに暗くなっていて、
タクシーが横浜のすぐ近くまで来ている事をヘッドライトに照らしだされた標識で確認した。
頭の痛みはもうすっかり無くなっていた。
第二十四章 盗聴器
翌日朝早くから亀井の病院に行くと、
前と変わらぬ同じ病室に亀井はいた、
病室の扉を左手で開けると、
ベッドの上には眼鏡をかけていること以外は、赤と白のチェックのパジャマ姿に足にはギプスという、
あの日と同じ姿の亀井がいた。
ベッドの上で上体を起こし、すでに目覚めていた亀井は、
こちらに気が付くと慌てて眼鏡を外した。
そして、その眼鏡を枕の横に置くと亀井はにっこりと微笑んだ、
ワタシも微笑み返したが上手く笑えていたかは自身が無い、
どこか不自然なものになっていたかもしれない、
眼鏡を外した亀井の目にはどう映っていただろう。
「あっ、あれっ、お見舞いに来てくれたんですか?」
ワタシが突然訪れたので少し慌てた様子だったが、
亀井はもうすっかり元気そうで、
表情も本当に明るいものに戻っていた。
「昨日、電話で愛ちゃんが、今日、亀の所にお見舞いに行くって言ってたから、一緒に来ようと思ったんだけど、・・・この後ちょっと用事があって、・・・朝早くて迷惑だったかな、はいコレ。」
右手に持っていたお見舞い用の果物の籠盛を持ち上げ、
一瞬、亀の目の前で静止させてから、
ベッドの脇にあったサイドテーブルの上に置いた。
「え〜、いいえ〜、迷惑だなんて、うわぁ〜メロンだぁ〜絵里大っ好物なんですよっ。」
亀井は枕の横に置いた眼鏡をもう一度掛け直すと、
横に置かれた籠盛をまじまじと見つめて言った。
恐田さんの資料にも好きな食べ物までは書いてないだろう、
亀井が喜ぶと思ってワタシが選んだものだった。
「ふふ、亀、コレ冷えてないから家に帰ってから冷蔵庫で冷やしてから食べて、今日、退院できるんでしょ、昨日、愛ちゃんから電話で聞いたわ。」
病室には荷物なども殆ど無く今すぐにでもそのまま退院できそうな雰囲気だった。
「あっ、はい、そうなんです。」
亀井は眼鏡を外すとそれをまた枕の横に置きながらそう答えた。
亀井の退院の日は、昨日の夜、愛ちゃんから聞いた電話の通りであった、恐田さんも病院から退院の予定日を聞き出していた。
「良かったね、今度のツアーにも間に合うんでしょ?」
「はい、おかげさまで、ツアーのリハーサルが始まる前にはコレともお別れですよ〜。」
さゆに書かれたのか落書きだらけのギプスをベッドの上でばたつかせて亀井は言った。
「・・・・・・そう、良かった。」
「でも、あれなんですよ、絵里、あの後すっごい熱出したんですよ、前も・・・。」
「―――あのさぁ。」
話しをする亀井を遮ってワタシは話を切り出した。
「・・・あの日、ワタシがここに駆けつけた、あの夜、亀、言ったよね、・・・愛ちゃんに騙されてるかもって・・・。あの時・・・。」
「ヤダなぁ、違いますよ、ほら、あの時、うん、ほら、絵里すっごい気が動転してたから、そう、ホント何でもないんです、・・・ホントに、あれは・・・。」
ワタシが言い終わる前に今度は亀井がそう言った。
「誤解しないで下さいね、その・・・、れいなとは、れいなの事とは関係ありませんから・・・、ホントに。」
ベッドの上でうつむく亀井を見ると、ワタシはそれ以上何も言わなかった。
病室を後にして、腕時計に目をやるとちょうど九時をまわった所だった。
あと1時間もすると愛ちゃんが亀井を見舞いに、この病院にやって来る。
(結局、聞けなかった・・・。でも、どうしても亀井が嘘をついてるようには思えなかった・・・。・・・もうすぐ愛ちゃんがここにやって来るはずだ。)
ワタシは病院の駐車場に停めてある年代物の外国の車の助手席のドアを開いてそれに乗り込んだ。
「聞かなかったんだね、いいのかい。」
「もう、聞こえてるんですか?」
「ああ。」
恐田さんは、その古い車の運転席で盗聴器のレシーバーのアンテナを亀井のいる病室の方向に向けて、
そこから聞こえてくる音をヘッドフォンをして聞いていた。
他には車の後部座席にレシーバーにつながれたカセットテープ用のマルチトラックレコーダーが一台置いてあり、
愛ちゃんが病院に到着してからそれを回す手筈になっていた。
盗聴器のマイクは果物の籠盛に仕掛けられていた。
後は昨日の電話で聞いた通りに愛ちゃんが亀井の病室を訪れるのを待つだけだった。
第二十五章 真実
出来ればもうこんなテープを回したくはなかった、回す必要はないと思った。
恐田さんはワタシが亀井にあれ以上事件について直接聞かなかったことを不思議に感じているのだろうが、
ワタシにはあれで充分だった、ワタシには亀井が嘘をついているようには見えなかったのだ。
ワタシが事故の話を切り出した時に、亀井はすぐにれいなのことを口にした、
不自然かもしれないが、あの時のあの反応こそが素直な亀井の反応ではないかと感じたからだ、
それに、あれ以上あそこで事件のことを聞いたところで亀井の答えは変わらなかっただろう、それは愛ちゃんにしたって同じ事だ。
日記帳、アリバイ、内鍵、確かにワタシの頭の中ではそれらの様々な疑問が渦巻いたままになっている。
けれども、今はただ、二人を信じたかった、二人が事件とは無関係であって欲しいと願いたかった。
―――れいなの事とは関係ありません―――その言葉を信じたい。
もう、ワタシに出来ることは祈ることだけだ、
これがまたワタシの余計なおせっかいであって欲しいと。
恐田さんの横に座り、ワタシは持っていたバッグから水筒を取り出した。
「あの、コーヒーですけど飲みます?」
「ああ、ありがとう、頂くよ。」
ワタシは魔法瓶の外蓋を開けると、
中の白い内蓋にコーヒーを注いで恐田さんに手渡した。
「君は飲まないのかい?」
外蓋を閉めて魔法瓶をバッグにしまうワタシに恐田さんが聞いた。
「ええ、ワタシコーヒー飲めないんです。」
「なんだ、俺のためだけだったら、そんなわざわざ、・・・申し訳ないね。」
彼は恐縮しながらワタシの手渡したコーヒーを受け取ると、
視線を白いカップの中のコーヒーに注ぎながら、ゆっくりと口をつけた。
ワタシはそんな彼の瞳を見つめていた。
「ううん、・・・だって、とても眠そうだから、・・・疲れてらっしゃるんじゃないですか。」
彼は手にしたコーヒーを飲み干してからワタシに答えた。
「いや、そんな事は無いよ、・・・・・・・・・ありがとう、おいしかった。」
ワタシは彼から空になった白い内蓋を受け取ると、それを魔法瓶に戻した。
質問の答えとは裏腹に、コーヒーを飲んだ後も彼の目はいつものように眠たそうだった。
やはり昨日もあまり休んでないのだろう。
愛ちゃんを車の中で待つ間、恐田さんは昨日、調査してきたにゃんにゃんれいんにゃー部隊についての報告をワタシにしてくれた。
「名前に支部とは付いているが、二つの団体には直接的な関係は無いみたいだね。」
「支部を統括するような組織も人物も見当たらないし、資金的な繋がりなども全く無い。日本支部という名称も当初からのもので意味は特に無いそうだ。」
「お互いの交流も殆ど無いようで、中東支部設立時に日本に留学中のアラブの青年が中心になって日本支部の助言のもと、日本支部を模して作った団体という関係だけのようだね。」
「メンバーとおぼしき者の殆どは留学中の中東出身の若者で、これまでの活動からは宗教的な活動や政治的な活動の噂も無い。」
「わかっている限りでは、いたって普通の有志による施設応援団ということになる。」
「まあ、もっと詳しく調べてみない事にはわからない点も多いが、これを本格的に捜査するとなると相当な時間を要するだろうね。もう、こちらに関しては警察からの情報を待たないことにはどうしようもないだろうな・・・。」
彼の報告からも彼の言う「全力」の限界が感じられた。
彼からの報告を聞き終わると、一台のタクシーが病院の駐車場に入ってきた。
そのタクシーの後部座席に目をやると、そこに乗っていたのは愛ちゃんだった。
愛ちゃんはタクシーから降りると、そのまま病院の中へと入っていった。
恐田さんはマルチトラックレコーダーの録音ボタンを押すと、
レシーバーに繋がっている恐田さんのしているヘッドホンとは別に、
レコーダーの方に繋がっている方のヘッドホンをワタシに差し出した。
ヘッドホンのパッドを自分の耳に押し当てるとまだ室内からは何の音も聴こえては来なかった、
しばらくすると扉の開く音と靴音が聴こえた、実際にはそれ程大きな音ではないのだろうが、
仕掛けられた盗聴器のマイクはそんな僅かな物音もワタシが想像していた以上にしっかりとひろっていた。
「おはよう、どう、足の方は。」
愛ちゃんの声だ、ヘッドホンから聞こえるその声は、普段と変わらない明るい感じの声に聴こえた。
「あ、はい、だいぶ・・・あの、それより、さっき新垣さんが来て・・・。」
亀井の声も聴こえる。
「そう、でっ・・・。」
再び愛ちゃんが亀井に尋ねる。
「その〜、私、新垣さんに余計な事言っちゃったみたいで・・・。何かすごい疑われて・・・。」
「えーっ、言っちゃったって何をっ、まさかやったこと全部バレちゃったわけじゃないよねっ。」
愛ちゃんの甲高い声がヘッドホンの中できれいに響いた。
その声を聴くとワタシはヘッドホンをしたまま恐田さんの方に目を向けた、
彼も同じようにワタシの方に視線を向けていた、
そして、口を開かずに、見つめ合うその目でお互いの意思を確認しあった。
病室を見舞いに訪れたワタシに対する二人の不自然なやりとりが、
ワタシの祈りが無駄であった事を明らかにした。
そして、同時に彼の捜査の協力をしたことが結果的には間違いでは無かったことも証明していた。
二人は事件に関して何かを知っていて、それを他人に隠そうとしている、
恐らくそれは発見者や目撃者としてではなく加害者として、
車の中で目を合わせながらお互いにそう感じていた。
新しい部分は年末に書ければ書きます
565 :
62:2005/12/04(日) 13:07:20
大量UPお疲れさまでした。
一気に読み切ってしまいました。この後、どうなるのか?期待しながら待ちたいと思います。
乙です
続きも楽しみにしてます
567 :
名無し募集中。。。:2005/12/04(日) 20:51:25
連日お疲れ様です
本当面白いです
新しい部分、ゆっくりでも待ってます
本当もうそれだけです
うぉ!書き直しだけかと思ったら新展開がぁぁぁ
しかもすごい展開にワクワク
ところで104と120が無いですけど繋がりが変じゃ無いので単純ミスと理解してます
569 :
名無し募集中。。。 :2005/12/06(火) 23:28:02
ho
570 :
名無し草:2005/12/07(水) 15:54:28
ほ
スッタフ
572 :
名無し草:2005/12/09(金) 10:43:45
保土谷
573 :
名無し草:2005/12/11(日) 00:19:04
( ゚Д゚)、ペッ
574 :
名無し募集中。。。:2005/12/11(日) 15:08:48
名シーン。
3人目のワタシ
↓
さんにんめのわたし
↓
さのめしにわんたん
↓
佐野、メシにワンタン
↑
佐野って・・・・・・ 誰?
576 :
名無し募集中。。。:2005/12/11(日) 20:28:43
・・・元春?
「言ってないですよ、言ってないですけど・・・、ちょっと・・・、その・・・、なんていうか・・・・・・。」
「うーん、・・・・・・まぁ、いいわ、とりあえず上手くいってるみたいだし、それにもう、それ程しつこく調べられたりされることはなくなると思うわ・・・。」
「まぁ、それも、もう、わかんないんだけどね。うん、でも、大丈夫だよ、きっと。」
淡々とした愛ちゃんの声からはやはり普段と変わることのない明るさが感じられた。
「それより亀ちゃん、切り取ったページ頂戴、近いうちに携帯と一緒に私がまた返しに行こうと思うから。」
「あ、はい。」
亀井の返事とともに引出しを開けるよな音が聴こえる。
そこから取り出された物を受け取ったのだろうか、愛ちゃんが会話を続けた。
「うーん、最後のページだけでいいわ、こっちの残りは亀ちゃんが持っておいてあげて。」
「はい。」
亀井がまた短く返事だけするのが聴こえた。
>>568 すいません番号がおかしかったですね
抜けているわけではありません
24章以降はまた後で大幅に手直ししたいと思います
セリフも変えますし
亀井の病室に果物ナイフがあったことも加えたいと思います
愛ちゃんの達の会話を聴きながらワタシ達は車の中でもう一度目を合わせていた。
―――切り取ったページ・携帯―――
決定的だった。
愛ちゃんの口から出た携帯という言葉は現場から持ち去られたれいなの携帯のことを言っているのだろう。
そして切り取ったページとは恐らくれいなの日記帳のことだ。
ワタシのハンドバッグの中には今、コーヒーを入れた魔法瓶と一緒に、
昨日れいなのお母さんから預かったれいなの紫色の日記帳が入っていた。
この日記帳には、れいなの字で事件が起きる二日前までの日記が書かれている。
日記の最初の数日間を抜かせば、れいなの日記の付け方は決まっていて、
全て横書きで統一され、一ページにつき一週間分の日記が書かれていた。
そして、どのページも決まってページの一番上を月曜日にしており、
順に火曜日、水曜日と書き続けていき、日曜日を最後にして、そのページを終わらせるという書き方だった。
日記の内容は箇条書きでその日のスケジュール等が書き込んであるだけで、
その為、ページの半分も使われていない週が数多くあった。
一番最後に書かれているページは、れいなが亀井の家に泊まりに行く前日までの週、
つまり事件が起きる二日前までの一週間が書き込んである。
この最後に書かれた週のれいなのスケジュールには秋に行われるツアーに向けての稽古が入っており、
オフの日は9月18日の日曜日だけになっている。
そこには、同期全員が忘れていた9月14日の愛ちゃんの誕生日当日にプレゼントを贈ったことや、
5期全員が仕事で集まった帰りにカフェでまこっちゃんが同期全員の誕生日を聞き直したあの日の翌日、
9月16日の稽古の帰りに、忘れていた愛ちゃんへの誕生日プレゼントを買いに行くまこっちゃんに付き合って原宿に行った事や、
オフの日の9月18日の日曜日のお昼にこんこんと愛ちゃんと三人で食事に行ったことも箇条書きで書かれていた。
そして、ワタシが福岡からの帰りの飛行機の中で見つけたこの日記帳のおかしな点の一つ目は、
その最後の週の次のページにあった、そう、それは愛ちゃんが言った切り取ったページだ、
恐らく書かれている最後の週のページの次のページから二枚ほどが切り取られているようだった。
それは綴じられているページの根元からナイフのような刃物できれいに切り取られていた為、
一見しただけではわからなかったのだが、途中にも同じように抜けていたページがあった為に気が付いたのだった。
そして、その途中の抜け落ちていたページというのが日記帳のおかしな点の二つ目だった。
ちょうどれいなが亀井を練習中に激しく罵倒した時期の二週間分の日記が飛んでいる事に気が付いたワタシは、
その部分を何度もチェックしているうちにページを切り取ったあとがあることに気が付いた。
そうして、もう一度そのことを気にしながら日記帳をチェックしてみてみると、
やはり同じように最後の週の次のページ二枚も切り取られていることに気が付いたのだ。
切り取られたページは二箇所、全部で三枚あった。
「それじゃあ、また何かあったら連絡するから、いまはちゃんとこんこんの指示通り動いてね。」
「そっちも何かあったら連絡して、絶対にこんこんが何とかしてくれるから。」
「はい、わかりました。」
亀井はまた愛ちゃんの言葉に素直に返事を返した。
二人の会話は終わり、愛ちゃんがここを訪れる必要があった用事は全て済んだようだった。
軽い足どりで愛ちゃんの柔らかい足音が遠ざかるのが聴こえる。
病室の扉が閉じられる音が聴こえると後はもう何も聴こえなかった。
(こんこんか・・・。)
ヘッドホンを外し恐田さんがこちらを見つめている視線を感じたが今度は目を合わせなかった。
ワタシはもう、何も考えられない状態だった。
ヘッドホンを通して聴こえてくる真実はワタシの頭だけではなく、回り続けているこのカセットテープにも記憶されていく。
その音はこのヘッドホンから聴こえる音と何ら変わることの無いきれいな響きで何度も何度も繰り返し聴く事が出来るだろう。
そして、それは全て真実なのだ。愛ちゃんの口から直接聞かなくとも、もうここに真実があるのだ。
「どうする・・・。」
ヘッドホンをしたままのワタシに恐田さんが問い掛けた。
「テープの内容だけでは、さっぱり意味がわからないだろうし、勿論こんなもの何の証拠にもならないが・・・。」
「これを俺の知り合いに渡して事情を説明すれば、その後の警察の捜査は確実に犯人を追い詰めていくことになるだろうね。」
「・・・・・・まだ自首する事を勧めたいんだろ。・・・ただ、かなり大勢の人間が係わっているみたいだけどね。」
「どうする・・・、俺はもうクライアントもいないし、警察でもない、だから、これから先は君自身が決めてくれれば良い、俺は君の意見に従うよ・・・。」
もう一度彼がワタシに問い掛けた。
ワタシはヘッドホンを外すと、マルチトラックレコーダーの停止ボタンを押した、
レコーダーからカセットテープを取り出して彼に告げる。
「これ貸してもらえませんか。」
彼は言葉ではなく軽く頷いてそれを許可してくれた。
「それと、今度はワタシの協力をしてもらいたいんです。」
彼は今度も軽く頷くだけだった。
愛ちゃんを乗せたタクシーが病院の駐車場を出て行くと、
ワタシも彼の車で横浜まで送ってもらうことにした。
帰りの道がすいていた為、横浜の自宅に戻るまではそれ程時間がかからなかったが、
その間、ワタシはずっと車内で恐田さんにれいなの日記帳のことや、協力してもらうことについての話をしていた。
家に着くとまずワタシは愛ちゃんに電話をかけた、
電話にでた愛ちゃんに明日なら忙しくないので宝塚を観に行きたいと告げると、
愛ちゃんはとてもビックリしているようだった。
今までワタシの方から宝塚を観に行こうだなんて言った事が一度もなかったからだろう、
当日券で明日の東京公演を観に行く事を約束した。
次にワタシは、知り合いの遊園地のおじちゃんに電話をかけた、
もう何年もその遊園地には行っていなかったが、そのおじちゃんとは小さい頃からの友達なのだ、
電話にでたおじちゃんはワタシのことを憶えていてくれて、ワタシのお願いも快く引き受けてくれた。
そして最後に、恐田さんに電話をかけてもう一度明日のことについて細かく打ち合わせをした。
その後、夕食とお風呂を済ませてから、
自分の部屋に戻り、ビビちゃんにご飯をあげて、今日の観察日記を付け終えると、
パパの部屋から持ってきた古いドイツ製のラジカセにカセットテープを差し込んだ。
もし、この計画が成功しても、あまり大した意味は無いのかもしれないのだが、
ワタシは愛ちゃんの言っていた―――絶対にこんこんが何とかしてくれるから。―――という言葉が胸の奥に引っ掛かり気になっていた。
確かに、こんこんは物凄く頭が良いし、いろんな問題を解決してくれる頼もしい存在だ。
(でも、なんとかしてくれるってどういう事?本当に何とかなるの?まこっちゃんはどこにいっちゃったの?)
今日、愛ちゃんは亀井に、―――しつこく調べられたりされることはなくなると思う―――と言っていた。
これは警察の取り調べを受ける心配が無くなったという意味なのだろう、
加えて、―――それも、もう、わかんないんだけど―――とも言っている。
これは、にゃんにゃんれいんにゃー部隊日本支部を通してこんこん達が、
この団体に捜査を依頼され何らかの理由によりその捜査を打ち切られた恐田さんの今までの捜査報告から警察の捜査状況を得ていた事が考えられるのではないだろうか、
犯行声明を出した団体も関係は希薄だが、一応は繋がりのある同じ名前の団体であることからも、
こんこん達は、この二つの団体と通じて、かなり大掛かりな情報収集と捜査の撹乱を行い、この事件の真相を隠滅しようとしているのではないだろうか。
ワタシは今回の事件がこのままでは、永遠に犯人の見つからない事件になってしまうような気がしていた、
そして、ワタシに残された時間がもうあと少ししか無いことを予感していた。
(やはり、どうしても確かな証拠が欲しい。やってみる価値はあるはずだ。
意味が無かった時は、またその時に考えるしかない、
とにかく今は誰にも気付かれないように事を進めた方が良い、
そうしなければ真実は深い闇の中に埋もれてしまう。)
恐田さんから借りたカセットテープを何度も何度も巻き戻して聴きながら、そんな事を考えていた。
そして、いつのまにかワタシはヘッドホンをしたままでベッドの上に横になり、眠ってしまっていた。
油断してたらキテタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!
作者さん乙です
何だか予想外の展開になってる...犯人は誰なんだぁぁぁ
591 :
名無し募集中。。。:2005/12/11(日) 23:00:15
いよいよクライマックスって感じですね
お疲れ様です!
哀しくも温かい結末になりそう
592 :
62:2005/12/12(月) 18:34:30
更新お疲れさまでした。自分も、ここ何日かは全くチェックしてなかったので、慌てて全部読みました。
それにしても、一気に急展開ですね。しかも、(個人的には)完全にノーマークだったこんこんが黒幕!?
やられましたよ。完全に意表を突かれました。この先どう展開していくのか、さらに楽しみになりました。続きを期待して待っています。
3人目のワタシ
↓
さんにんめのわたし
↓
わにさんたのしめん
↓
ワニさん、楽しめん
↑
ワニさんは楽しくなかったの?
594 :
名無し募集中。。。:2005/12/13(火) 22:23:44
左腕に他メンの死
乙です
ガキさんの作戦、楽しみです
596 :
名無し草:2005/12/14(水) 07:53:16
これはオモロイね
そうなんだよオモロイんだよ
599 :
名無し草:2005/12/15(木) 15:08:53
あげ
h
ho
プロローグを読みたいのですがどこで読めますか?
>>603 すいません
1から途中までしか読んでなくて気付きませんでした
ありがとうございます!
605 :
名無し草:2005/12/18(日) 17:41:22
正月に全部読んでみます
某スレから初めてきました
ワクワクしながら続き期待してます
607 :
名無し草:2005/12/19(月) 03:36:35
たこ
続きあるんですよね?
もう作者さんいなくなったりしないですよね?
某ガキスレからきました
続きホントに期待してますから
>>608 たぶん大丈夫だと思うよ
お正月くらいまでに何らかの動き(更新)があると思う
それと、よければ君も感想・意見など書いてみたら?
もしかして例の1ヶ月前にヲタになったヒト?
>>609 そうかもしれないですたぶん
あっちではたまに痛い発言してると思うんですいません
作者さん
すごい面白いです
面白いというには相応しくない展開ですが引き込まれます
ガキさんの表情が自然と浮かんできます
狼から誘導されてきた
まさかこのスレがまだ生きていたとはな
難民は長生きさんれすね
ho
ほ
亀17歳おめ
クリスマホ
続きに期待してageさせて頂きます。
ぽ
619 :
名無し草:2005/12/28(水) 13:27:01
(´ρ`)
みなさまの期待に答えて新作でつ
3人目のワタシ
↓
さんにんめのわたし
↓
めのしたにわんさん
↓
目の下に王さん
↑
なんで?
あけおめ
↑まだ早い
ごめ
フライングだった orz
って事で気を取り直しまして・・・・
あけおめ!( ゚д゚ )ノ
あけましておめでとうございます
旧年中はお世話になりありがとうございました
今年もよろしくお願いいたします
いよいよ今年は真犯人が判明しますね
首を長くして待っておりますのでがんばって下さい
あけおめー
お〜ほっほっほっほっ!
まとめてみたいが途中からしか読めてない
先ずはじめから読まんと
だれか、ログ持ってる?
と思ったら書き直してるやん
hozenboyz
女王蜂の密室に近いな
ガキさんが意識を失う所も似てる
けれども
631 :
名無し募集中。。。:2006/01/07(土) 01:23:11
HIMITSU GIRL'S TOP SECRET
(ё)y-~
ニィ
ほ
人呆
-~
もう続きない気がしてきた
639 :
名無し草:2006/01/20(金) 16:27:58
気付くのテラオソスww
そんなこと言わずにマターリ待とうや
俺も書き込んでないけどしょっちゅう覗きに来てるよ
気長に待ってます
642 :
名無し募集中。。。:2006/01/21(土) 23:00:20
ここまできたらこのスレがどこまで続くのか見届けたい
ここを定期的に覗きに来ててたまたま上がっていたれいにゃーずスレを見つけそっちもハマってしまったw
ほんと小説書ける人って尊敬するわ
このスレが落ちる事は無いと思うけどもしもの時のためにあっちみたいなまとめページあった方が良いのかなぁ?
644 :
名無し募集中。。。:2006/01/22(日) 15:01:21
あれば嬉しいよね
無くてイイ
みんなここを覗きにくればいいんだよ
646 :
名無し募集中。。。:2006/01/25(水) 17:33:53
またここで終わるのか?
そんなこと言わずにマターリ待とうや
648 :
名無し募集中。。。:2006/01/26(木) 00:14:47
はぶられいなネタをこんなに美しく昇華した小説があったとは・・・
ほ
ガキさん最近やつれてないか
悩んでんのかな・・・
こなーゆきー
ho
揚げ玉ボンバーって古いな
ho
ri
あの頃は良かったなあ・・・
なんだよ
結局さしみと一緒で途中放棄かよ
659 :
名無し募集中。。。:2006/02/12(日) 23:13:44
661 :
名無し草:2006/02/13(月) 18:34:48
この小説読んでから独占欲とか聴くと
なんか寂しくなるわ
663 :
名無し草:2006/02/13(月) 22:37:40
あれ?作者さんかな?
どうしたの無言で?
ところで独占欲って何?
まだあったのかよ
666 :
名無し募集中。。。:2006/02/15(水) 19:47:31
いまどこまで進んでるの
667 :
名無し募集中。。。:2006/02/15(水) 20:50:00
亀井の病室に〇〇〇を付けたとこからちょっとだけ進みました
668 :
名無し草:2006/02/15(水) 20:57:14
669 :
名無し草:2006/02/15(水) 21:00:55
670 :
名無し募集中。。。:2006/02/15(水) 21:02:12
綾波レイ
671 :
名無し草:2006/02/15(水) 21:10:49
ああ
672 :
名無し草野仁:2006/02/15(水) 21:31:47
大目に見てよってことか
673 :
名無し募集中。。。:2006/02/15(水) 21:34:41
帰ってきてよ作者
妙に伸びてると思ったら狼落ちてたのか
675 :
名無し草:2006/02/15(水) 22:50:23
もう続きは諦めたから犯人だけでも教えてください ><;
676 :
名無し募集中。。。:2006/02/16(木) 00:14:07
小川の安否を!><
作者さんカムバック
ずいぶんひっぱるなぁww
ま、放置されるのは佐藤大輔で慣れてるけどねorz
ho
避難所なので幸か不幸か落ちないw
いや 好きです
gakisan
ガキさん
684 :
名無し草:2006/03/02(木) 20:04:18
あげ
685 :
名無し草:2006/03/05(日) 20:10:00
><;
( ・e・)<作者さんは恥ずかしがらずに出て来るのだ
もしかして作者って事故かなんかで死んだんじゃね
ガキさん
689 :
名無し草:2006/03/10(金) 14:39:18
作業中の雪崩事故で無くなられているらしいですね
せくしーうぇうぇ
にぃにぃ大好き
( ・e・)<作者さんはとにかく早く安否報告に来るのだ
693 :
名無し草:2006/03/19(日) 15:28:04
( ・e・)
694 :
名無し募集中。。。:2006/03/21(火) 07:11:15
初めて読んだ娘小説がこの作品で
あれ以来数多の名作を見て来たけど
695 :
名無し募集中。。。:2006/03/21(火) 07:12:03
見れば見る程この作品の凄さを実感するよ
それだけにすごく惜しい
( ・e・)<諦めてはいけないのだ
697 :
名無し草:2006/03/22(水) 00:33:35
おれもこれがはじめて読んだ娘。小説だった
衝撃だった
ガキさん
大好き
700 :
名無し草:2006/03/27(月) 17:55:35
明日続きが
読めますように
時間が出来そうなので
書ければ明日から書いていきたいと思います
キタワ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!
( ・e・)<信じて待っていて良かったのだ
705 :
名無し募集中。。。:2006/03/30(木) 05:28:35
まじか?
まじか?
まじかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
待っててヨカタヤヨー
707 :
62:2006/03/31(金) 08:31:44
正直言って今回はダメかと思ってましたが、待っていて良かったです。
ご自分のペースで、ゆっくりとお続けくださるよう、よろしくお願いしますm(_ _)m
これって大漁ですか
709 :
名無し募集中。。。:2006/03/32(土) 07:09:47
710 :
名無し草:2006/03/32(土) 09:25:09
( ・e・)
鯖移転にさえ巻き込まれなければもっと多くの人に読まれたかもしれないのにな
でも作者が遅筆だから巻き込まれてここへ来たのがよかったかもしれないし
・e・)
( ・e・)<な〜に言ってるんですかぁ 諦めてないですよぉ
gakisangakisan
ほ
まだあったのかよ
717 :
名無し募集中。。。:2006/04/12(水) 00:38:08
( ・e・)<まだまだこれからなのだ
718 :
1:2006/04/12(水) 01:38:28
次の日の朝、ワタシは激しい頭痛と共に目を覚ました、
目を覚ますまでワタシは激しい頭痛に襲われながらある夢を見ていた、
あの夢だ、舞台の上で一人立ち尽くし泣いているワタシの夢だ。
今までは必ず頭痛の後に訪れる眩暈によって完全に意識を失った時に見ていた一瞬の夢のようなものだったのだが、
こうして本当の夢として見るのはこれが初めてだった。
(どうして最近になってまたこの夢ばかり見てしまうのだろう。)
いつもなら意識を失った後には引いているはずの頭の痛みも今日に限っては痛みは残ったままで引く気配が無い。
痛みの激しいこめかみの辺りを手で押さえると、
涙が指先を冷たく濡らした、
ワタシは夢を見ながら実際にも泣いてしまっていた。
その手で涙も拭うと、
ベッドの上で仰向けの姿勢のまま首だけを傾けて、
壁に掛けられたヤコブセンのカラフルな掛け時計を見つめた。
大きくユニークな形をしたその時計の針は両目に残った涙で滲んで見えた。
(九時・・・・・・九時・・・十分・・・。)
ワタシはもう一度、涙を拭い時計を見つめた、
針の形が愛ちゃんとの待ち合わせまでそれ程時間が残されていない事を示していた。
719 :
2:2006/04/12(水) 01:39:19
「・・・急がなきゃ・・・・・・。」
ワタシは頭を押さえながのそのそとベッドから這い出した。
気だるい動きで着替えと身支度を済ませると、
物音のしないビビちゃんのお家に向かって「行ってきます。」と声をかけてから、
愛ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせ場所の遊園地に着くと、
既に入場門の前には愛ちゃんが待っていた。
「うわっ、早いね。ごめん、待った?」
「ううん、全然。私もそんなに早くきてえんざ。」
愛ちゃんが満面の笑顔で答えた。
「ところで、ガキさんが言ってた行きたい所ってどこなの?この近く?」
昨日の電話で愛ちゃんに宝塚の観劇前にどうしても付き合ってもらいたい場所があることを話していた。
「ここだよ。」
ワタシはそう言って遊園地の入り口を指差した。
720 :
名無し募集中。。。:2006/04/12(水) 01:42:25
おもろいスレねえええええええええええええええええええええええええええええええええええ
つ つ つ ついにキタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!のか?
まだ分からん
723 :
3:2006/04/12(水) 01:57:52
「えっ?ここって、・・・ここ?」
愛ちゃんもワタシと同じ方向を指差した。
「そうだよ。」
「そうだよって・・・・・・ここは・・・。」
愛ちゃんは遊園地の入り口の方を指差したまま不思議そうな表情でネットフェンスが張り巡らされた大きな入場門を眺めていた。
「愛ちゃん、あそこから入ろう。」
ワタシは家から持ってきた鍵をバッグから取り出すと、
大きな五つのアーチがある入場門のすぐ脇にある小さな通用門に向かって歩き出した。
「えっ、ちょっ、ちょっと、ガキさん。本気で入る気なの?」
すたすたと先を行くワタシの後ろを慌ててついてくる愛ちゃんがびっくりした顔でそうワタシに訊ねた。
狼落ちてて久しぶりに覗いてみたら何かキテター!
鯖落ちと縁のあるスレだな
更新キタ━━(゚∀゚)━━!!
待ってて良かった…
お前らまた騙されるぞ
728 :
62:2006/04/12(水) 08:13:05
作者さん乙です。
待ってて良かったとです。
偽物だろ
もう誰でもいいよ でも信じてみる
作者さんがプロット投げるって言った時にとりあえず出してもらっておくんだったか
でも作者さんの表現が好きなんで続けて欲しくて止めたんだよなぁ
何とか続けて欲しいからまだ諦めん
それ凄く分かるわ
今思えば・・・だけど、作者の文章で読みたかったから後悔はしてない
最近の釣り続きには参ったけど
まさか劇団ひとりじゃないよなあ
736 :
名無し草:2006/04/18(火) 02:27:02
誠(;´Д`)ハァハァ
(*´Д`)ハァハァ
(*´Д`)ハァハァ/lァ/ヽァ
(;´Д`)l\ァl\ァ
(;´Д`)Д`)Д`)Д゚) ハァハァ ハァハァ ハァハァ ハァ
(;´Д`)ハァハァ
(*´Д`)ハァハァ
(*´Д`)ハァハァ/lァ/ヽァ
(;´Д`)l\ァl\ァ
(;´Д`)Д`)Д`)Д゚) ハァハァ ハァハァ ハァハァ ハァ
(;´Д`)ハァハァ
(*´Д`)ハァハァ
(*´Д`)ハァハァ/lァ/ヽァ
・e・)
( ・e・)ワタシ?
e・ )
・e・)ヤッパリワタシ?
739 :
名無し草:2006/04/26(水) 22:29:47
また来たよー
( ・e・)<本当にまこっちゃんの居場所が分から無くなりそうなのだ
742 :
名無し草:2006/05/04(木) 20:28:53
( ・e・)<当然まだ待っているのだ
744 :
4:2006/05/10(水) 01:54:34
確かに愛ちゃんが驚くのも無理は無い。
遊園地と言っても、ここはもう何年も前に閉園してしまっていた。
ここではもう、いくら耳を澄ませても、昔の様な子供達のはしゃぎ声もパレードの音楽も聞こえてくる事のない静かな場所だ。
そして、そんな賑やかさを失ってしまった、今でも、ここにはその役目を終えた遊具達が寂しそうにひっそりと当時のままの姿でこうして取り残されてしまっている。
ワタシの小さい頃の思い出がいっぱい詰まっていた、この場所は今や巨大な廃墟となってしまっていた。
「うん、鍵貰ってあるから、大丈夫。」
ワタシは愛ちゃんに答えた。
「えっ?鍵?」
「そう、そこの通用門の鍵。」
そう言って、ワタシは前を向いたまま、鍵を持っている手だけを愛ちゃんの方にかざして、鍵を見せた。
愛ちゃんはその鍵をまじまじと見つめながら、ワタシの後ろをついてくる。
745 :
名無し募集中。。。:2006/05/10(水) 06:56:47
話が展開しねー
746 :
5:2006/05/11(木) 11:04:28
「でも、ガキさんこんな所入って何するの?」
再び愛ちゃんが訊ねる。
「・・・・・・何か、急にスキッドレーサーがしたくなっちゃて。」
「ス、スキッドレーサー?」
「うん、面白いよ、すっごい速いし、何て言ったらいいのかな、ゴーカートみたいな乗り物なんだけど。」
今度は愛ちゃんの方に顔を向けて答えた。
愛ちゃんはその答えに呆然とした表情を返した。
普段なら、愛ちゃんの話や行動にワタシがそういった反応をみせるのだが、今日はまったくのあべこべだ。
何だか愛ちゃんのこんな表情を見るのはとても新鮮な気がした。
747 :
6:2006/05/11(木) 11:05:01
「もう、な〜に心配してんの〜、だ〜い丈夫、大丈夫、遊園地側にはちゃんと話もしてあるんだから。」
不安そうにワタシの顔を見つめている愛ちゃんにそう説明しながら、
ワタシは通用門に掛けられた錠前を外し、園内へと入っていく。
愛ちゃんも恐る恐るワタシの後に続く。
中に入って幾分落ち着いたのか、愛ちゃんは上着のポケットに両手を突っ込みながら、
園内の異様な情景を興味深そうにキョロキョロと見渡していた。
「すごいね・・・ここ。」
「・・・・・・うん。」
愛ちゃんの言葉にそう返事をするのが辛かった。
ここには本当に沢山の思い出がある。
ワタシが初めて泳いだプールも、初めて滑ったスケートリンクもここにあった。
あの頃は何もかもが楽しかったけれど、その楽しい想い出の殆どがここにはあった。
748 :
62:2006/05/11(木) 19:50:50
続きキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!
待ってて良かったです。
749 :
名無し草:2006/05/15(月) 23:31:25
しっこ
はぁ
751 :
6:2006/05/17(水) 00:13:10
「もう、な〜に心配してんの〜、だ〜い丈夫、大丈夫、遊園地側にはちゃんと話もしてあるんだから。」
不安そうにワタシの顔を見つめている愛ちゃんにそう説明しながら、
ワタシは通用門に掛けられた錠前を外し、園内へと入っていく。
愛ちゃんも恐る恐るワタシの後に続く。
中に入って幾分落ち着いたのか、愛ちゃんは上着のポケットに両手を突っ込みながら、
園内の異様な情景を興味深そうにキョロキョロと見渡していた。
「すごいね・・・ここ。」
「・・・・・・うん。」
愛ちゃんの言葉にそう返事をするのが辛かった。
ここには本当に沢山の思い出がある。
ワタシが初めて泳いだのもここのプールだったし、初めてアイススケートをしたのもここのリンクだった。
ここでの思い出はどれもこれも楽しいものばかりで、辛い思い出や悲しい思い出なんてひとつも無い。
あの頃はただただ毎日が楽しかった。
そんな日々の思い出の全てがここにはある。ここは小さかった頃のワタシの思い出そのものだった。
752 :
7:2006/05/17(水) 00:15:41
出来る事なら愛ちゃんにはその当時の遊園地を見てもらいたかった、
こんな風になってしまった園内しか見せられないのが辛かった。
そして、今ワタシは変わり果ててしまったこの思い出の遊園地で愛ちゃんを騙そうとしている。
もう、ちゃんと自分で決意したうえで行っている事とはいえ、やはり出来ればこんな事をしたくは無かった。
「愛ちゃん、あれをくぐったらすぐだから。」
ワタシは入り口の門から真っ直ぐ伸びた通路の先にある二つのアーチを指差した、
下り坂のスロープの上に掛かったまるで小さなトンネルのようなその二つのアーチは小さい頃に良く待ち合わせをした場所だった。
このアーチをくぐり、今度は逆に上り坂になるスロープを登りきった先に目的のスキッドレーサーのコースがあった。
「ふーん。」
愛ちゃんはワタシの説明に生返事を返すと、まだ興味深そうに辺りを見回している。
愛ちゃんと二人でアーチをくぐり抜け、スロープを登って行くと、坂道の上に作業服姿の男性が一人こちらの方を向いて立っていた。
たるい
754 :
名無し草:2006/05/20(土) 21:25:13
h
狼で別の小説書いてるな
落ちちゃった
ん?
作者さんがトリ付きで狼にいたとか?
見つけたらこれの続き書いてとお願いしといてよ
鳥付で短編書いてたよ
賛否両論あるだろうけどね
まぁ生きてる事だけ分かればそれでw
作者さんがなんとなく稲中の古谷実とダブる
761 :
名無し募集中。。。:2006/05/21(日) 21:38:28
この作者の話は狼ではタブーだとか言われた
作者へのレスは全部完スルーされた
なんか事情知ってる人いない?
自演
763 :
名無し募集中。。。:2006/05/21(日) 22:44:33
もう俺には構わないでくれって事か
何でタブーなんだろ?
ここが止まってる事について他所で絡んだやつでも居たのかな?
もし続きを書くつもりが無ければプロット投げに来てくれんかなぁ
狼のやつ読んだ
さんざんに言われてたけど俺は結構好き
なんか知らんが引き込まれる
さんざん言われてたかな?
ああいうのは狼では挨拶みたいなもんだと思うが
( ・e・)<作者さんが元気な事が分かっただけでも私にとっては収穫なのだ
作者の話はタブーって
それは作者さんが実はプロだからと言ってみる
769 :
名無し募集中。。。:2006/05/22(月) 01:49:04
こないだの相変わらず文章の切れはあったけど何か物凄く哀しい感じがして辛かった
今作者の精神状態が余り良くないのかも
あ!狼で短編見つけた
もうちょっと早く気付いてればプロット書いてくれと頼めたのに1時間前に終わってたorz
まぁ頼んでも実際来てくれるかは分から無いけど
771 :
名無し募集中。。。:2006/05/30(火) 23:47:55
( ・e・)<まだ諦めるには早いのだ
772 :
安西:2006/06/01(木) 03:00:41
諦めたのでここで試合終了ですよ
773 :
名無し募集中。。。:2006/06/01(木) 19:28:31
( ・e・)<諦めたやつが負けなのだ
774 :
名無し飼育さん:2006/06/03(土) 10:12:34
おーい作者さんいる〜?
ちょっと悪いんだけどここに【アノ娘がいなくなった夏】貼り直してくれ〜
775 :
名無し募集中。。。:2006/06/04(日) 00:33:30
( ・e・)<ここは「3人目のワタシ」のスレだから自分勝手な事はしないで欲しいのだ
この状況を見てよく作者がここにいると思ったな
777 :
名無し草:2006/06/09(金) 03:12:09
3人目のタワシと読んでしまったのだ
778 :
名無し募集中。。。:2006/06/11(日) 21:16:11
( ・e・)<せっかくの777をムダに使われた気分なのだ
779 :
名無し草:2006/06/12(月) 23:08:59
ガキさんこういうことリアルで言いそう
780 :
名無し募集中。。。:2006/06/21(水) 02:58:27
( ・e・)<もうすぐ私の写真集が出るのだ
781 :
名無し募集中。。。:2006/06/21(水) 23:02:15
娘。小説@狼━━━二つのビルで観る映画━━━
これって?
782 :
名無し募集中。。。:2006/06/22(木) 23:33:27
また来てたのか〜
つか狼に書かれてもすぐ落ちるから分かんねえよ
784 :
名無し草:2006/06/24(土) 03:23:00
>>781 これほど爽やかで
これほど鮮やかな展開で
これほど予想を裏切られた事を気持ち良く感じた作品は無い
785 :
名無し募集中。。。:2006/06/24(土) 06:07:02
786 :
名無し募集中。。。:2006/06/28(水) 19:43:41
狼から来ました
787 :
781:2006/06/28(水) 19:48:29
やっと読めました
まさかこんな展開だとは予想もしていませんでした
ほんとうにありがとうござくぃましあ。た
789 :
782:2006/06/28(水) 21:37:39
どうでもいいことだけど
>>787の781は782の間違いね
この作者さんの他の短編どこで読めるの?
791 :
名無し募集中。。。:2006/06/29(木) 04:17:54
ログ持ってて心優しき方
ビルの短篇ここに張ってくださいませんか
勝手に続き書いちゃおうかな
794 :
名無し草:2006/06/29(木) 23:07:20
いんじゃね!書いちゃえ
相当ハードル高いですよね
796 :
名無し草:2006/06/30(金) 03:08:46
いざ書こうと思うと
ここまで書くには
かなりの知能レベルが必要な事がわかる
797 :
名無し募集中。。。:2006/06/30(金) 03:28:29
作者さんは狼で短編ちょこちょこ書いてるんだからプロット投げに来てくれても良いのになぁ
続きを書くのが大変で止めたんだろうから続きを書こうと言う有志の為にプロットだけは書いて欲しい
投げ出したからと言って責めるつもりは無いしこっちとしては結末が知りたいだけだし
ほんとだよな ここまで楽しませてもらって、責めるつもりなんて全くない
ちょっと前に数回続きっぽいのが書かれてたけど
あれは作者に会った人がプロット渡されて頼まれて書いてるって、狼の短篇スレで聞いたんだが本当だったんかな?
プロットが無いとこれは書きようが無い
800 :
名無し草:2006/07/01(土) 22:31:43
800
801 :
名無し草:2006/07/02(日) 04:06:49
確実に二人以上の人間にこのプロットが直接初代から手渡されているはずです
802 :
名無し募集中。。。:2006/07/02(日) 05:48:26
そうなの?
じゃぁ貰った人は続き書くか書けないならプロット晒してよ
お願いします
803 :
名無し草:2006/07/02(日) 11:32:41
まずここかどこかで短い短編を書いてみたらどうですか?
三人目のワタシとは一体何を表しているのだろう?
805 :
名無し草:2006/07/07(金) 23:22:35
↑もちろn犯人ですよ
806 :
名無し募集中。。。:2006/07/08(土) 07:50:14
この人の作風からしてガキさん多重人格で犯人説はミスリードだよな?
ガキさんが犯人じゃないほうが良いな
tes
810 :
名無し草:2006/07/15(土) 03:08:47
すまん、どうしても「3人目のタワシ」に見えてしまうんだ
811 :
名無し草:2006/07/15(土) 19:47:04
普通片仮名で書いたらそう見えるな
812 :
名無し募集中。。。:2006/07/17(月) 06:13:28
>>812 これタイトルだけだな
すぐ後のは文章力が遥か及ばないし
814 :
名無し募集中。。。:2006/07/18(火) 16:10:24
二つのビルもこれもタイトルだけでしょ?
ビルはどこかに全部あるの?
狼に作者さん降臨してるぞ
プロット投げるって言ってたんだから既にあるんだと思うんだよね
だから降臨してるのに気付いた人はプロット出してくれる様に頼んで下さい
今回も書いてくれた人がいるけどどうなるか
818 :
名無し募集中。。。:2006/07/19(水) 04:27:33
書き直すのが好きな人だね
なぜ毎回書き直すんだろう
しかも微妙に細かいとこを
ちょっと病んでるよね
820 :
名無し募集中。。。:2006/07/19(水) 17:10:00
作者さんに小説を書くコツを教えてもらいたい
从ヽ´,_っ`)<このままじゃ成仏出来んっちゃけど
れいにゃあああああああああああああああああああああああああ
>>821 確かにそうだよな
れいなを成仏させてあげてくださいな
824 :
名無し募集中。。。:2006/07/19(水) 20:52:41
れいにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ
犯人だけ教えてくれたら
無理矢理完成させるよ
最近の作品ってこの頃のようなポップさはないよね
何て言うか娯楽小説から純文学へみたいな
もちろん根底にはずっと同じ物が流れてたけど
今はそれが凄く剥き出しな感じ
おおざっぱに言うと古谷実がギャグ書かなくなった、みたいな
827 :
名無し募集中。。。:2006/07/20(木) 22:07:46
828 :
名無し募集中。。。:2006/07/22(土) 02:18:08
さくーしゃ
sakusyamadaaaaa
犯人だけでも教えてください
832 :
名無し募集中。。。:2006/07/26(水) 03:27:12
あの人は今
続き待ち
834 :
名無し草:2006/08/02(水) 23:11:41
タワシ
835 :
名無し募集中。。。:2006/08/05(土) 00:57:32
ワタシ庭にしたわ。
是非とも完成させてほしい
从ヽ´,_っ`)<ほんとこのままじゃ成仏出来んっちゃけど
こえーよ
8月15日がれいなの命日のような気がしてきた
残念ながら命日は9月20日です
事件当日のビビちゃんの観察日記
>>424
841 :
名無し募集中。。。:2006/08/16(水) 01:04:15
恒例の愛ちゃん誕生日スルーの後にマコが5期全員の誕生日を聞きなおしているシーンがあるね
9月20日には何か意味があるのかな?
842 :
名無し募集中。。。:2006/08/16(水) 20:44:10
そんな事言ったらまた気になってきちゃうじゃねえか
843 :
名無し募集中。。。:2006/08/17(木) 06:50:38
ネタバレ
れいな=愛染
え?何どうゆう事?
作者待ち
昨者せめて一言だけでも書き込んでくれ
みんなマットるから
847 :
小説 ◆n1d/wPxMTQ :2006/08/26(土) 23:08:33
昨日ミュージカルを観に行きました
3列目から見れたのですごい迫力でびっくりしました
小春がCMしていたカレーは普通でした
848 :
名無し草:2006/08/26(土) 23:54:24
ちょw
そんな報告よりプロット投げてよ
作者が普通に喋ってる・・・
ねぇここで書いてくださいよ
もう新作でもいいですから
851 :
62:2006/08/30(水) 21:04:21
>>847 お久しぶりです。
ずっと待ってたんですけど、もう書いていただくのは無理ですかね?それならそれで仕方ないですが……。
あの頃は楽しかったよねえ
俺なんてこれ読んで初めてライブDVD(春ヒット)買ってガキさんヲタになったんだから
信じられないと思うけど
853 :
名無し草:2006/09/07(木) 03:05:52
(´ρ`)
待ち
855 :
名無し募集中。。。:2006/09/12(火) 19:54:13
プロット投げてってば
856 :
名無し募集中。。。:2006/09/17(日) 18:02:15
从ヽ´,_っ`)<まだ?
857 :
名無し草:2006/09/18(月) 22:57:16
結末は作者のみ知る本当のミステリーですね。
858 :
名無し草:2006/09/20(水) 20:25:40
(´ρ`)
859 :
名無し草:2006/09/27(水) 15:42:17
たわしスレ
続き待ち
まだ?
862 :
名無し草:2006/10/04(水) 01:12:45
863 :
名無し募集中。。。:2006/10/16(月) 21:38:59
まだですか?
864 :
名無し募集中。。。:2006/10/26(木) 00:21:52
从ヽ●,_っ●)<まだ?
865 :
名無し募集中。。。:2006/11/05(日) 00:56:11
まだなの?
866 :
名無し募集中。。。:2006/11/07(火) 08:00:44
なんか湿っぽくなっちゃったね・・・
まだ〜?