◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう20◇◆◇◆

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769名無し草:04/05/13 12:14
今465KBだから、あと2作位は余裕で大丈夫だと思います。
ラストスパート待ってますよー
770名無し草:04/05/13 13:49
競作をうpさせていただきます。
7レスお借りします。暗い話です。
暗いのと気持ち悪いのが苦手な方は、お手数ですが。スルーを御願い致します。
清四郎が、消えた。
ある日突然、煙のように。
あれから七年、俺は今もあいつが帰ってくるのを、待ち続けている――。


「いらっしゃい、魅録」
矢張り今日も、野梨子は紫陽花に水をやっていた。
清四郎が行方不明になる前の年、二人で植えたという紫陽花の手入れを、野梨子は一日たりとも欠かさなかった。

「どうぞ」
今日は六月ならではの鬱陶しい蒸し暑い日で、振舞ってくれた麦茶が美味かった。
「悪りぃな、サンキュ」
野梨子も襷掛けを解いて、俺の隣に腰を掛ける。
「綺麗だな」
「――?」
「紫陽花」
俺は、庭を見渡した。
元は一株だけだった紫陽花は、清四郎が失踪してから毎年少しづつ増えていき
今では庭の大半を占めていた。
一面の青い紫陽花――梅雨時の湿った風に吹かれ、細波みたいに揺り動く。
波打ち際にいるような錯覚を覚えて、俺は僅かに目眩がした。
「清四郎は、青い色が好きでしたから」
野梨子はゆっくりと紫陽花の群れを見渡し、目の前の紫陽花に視線を落とす。
ここにある紫陽花は皆青いのに、その一株だけは、ピンク色だった。
その一株は二人で植えた紫陽花らしく、野梨子はその紫陽花を特に慈しんでいた。
清四郎の失踪は、本当に不思議な出来事だった。
何の変哲も無い夏のある日、忽然と自室から消えたのだ。
エアコンは点けたまま、パソコンは電源が入った状態でブラウザを幾つも開かれたまま止まっていて
コンポからはクラシックが流れ続けたままで、コーヒーも飲み掛けのまま放置されていた。
携帯電話も財布も触った形跡が無く、清四郎がいつも携帯しているバックの中にそのまま収められていた。
後で家人が確認をしたところ、靴も全て揃っていて、無くなった形跡は見られなかった。

その日はおじさんは仕事、おばさんと和子さんは所用で、皆出払っていた。
最初の異変に気が付いたのは、午後四時に家に来た菊正宗家の家政婦だった。
いつものように勝手口から入り、夕飯の準備をしようと流しに立った時
二階から微かに音楽が聞こえてきた。
清四郎か和子さんが居ると思ったらしく、声を掛けたが返事が無かった。
もしかしたら寝ているのかもしれない――それならわざわざ起こす事も無いと
家政婦は部屋の中を確認する事まではせずに、夕飯の支度に取り掛かったそうだ。
そして午後七時――駅で偶然会ったといって、和子さんとおばさんが一緒に帰宅。
和子さんは部屋着に着替え、夕食の旨を告げる為に清四郎の部屋をノックした。
部屋の中から音楽が流れているのに、返事は無い。
不思議に思いドアを開けたが、既に清四郎の姿はそこには無かった。
それでも、特に誰も心配はしなかったという。
可愛らしい幼女ならまだしも、高校三年にもなる男が一人、夕方家に居なかったところで
何かあったと早合点する方が確かに変だ。
どうせ仲間内の誰かの家にでも行っているのだろうと、二人は普通に夕食を取った。
午後十一時――おじさんが、病院から帰宅。
清四郎の話が出て、さすがに何の連絡も無いのを変に思い
和子さんが俺達全員にそれぞれ連絡を取り、誰も清四郎の居場所を知らない事が発覚する。
それでも事を大げさにするのは憚られたらしく、夏休みという事もあって三日間は待った。
その間俺達は、清四郎の行きそうな場所を探してみたり、友人に電話をしてみたりした。
俺は族仲間に頼んで捜索して貰い、悠理も財閥の力をフルに使って秘密裏に探させていた。
だが、清四郎は見つからなかった――。

四日目の朝、おじさんは俺の親父に依頼して、警察が本格的に捜査に踏み切った。
空白の時間は、四時間――。
失踪した日の朝、最後に家を出たのはおばさんで、出た時刻は午前十時。
その時、清四郎は居間で新聞を読んでいて、今日は何処にも出掛けずに家に居るというような事を、
おばさんに言っている。
おばさんは、その日届く宅急便の荷物を受け取って欲しいと清四郎に頼み、家を出た。
宅急便の業者は午後二時に菊正宗家を訪れているが、何度チャイムを鳴らしても
誰も出て来ないので、そのまま玄関先で帰っている。
この事から、清四郎は午後二時には既に家に居なかったと考えていいだろう。
午前十時から午後二時――この四時間の間に清四郎の身に、何かがあったのだ。
家出、誘拐、何か事件に巻き込まれた・・・・・・果ては自殺の線まで警察は考え出した。
だが清四郎の性格や、居なくなった時の状況から考えて、どれもこれも全くと言っていい程
可能性は無かった。
家出、自殺――これは殆どゼロに近い確率だ。
第一理由が無いし、性格的にも暗く思い詰めたり、自虐的な行為をするとは思えない。
それに携帯や財布まで置いていく間抜けな家出など、清四郎には考えられない。
誘拐、事件――悠理の家には及ばないが、世間の基準に照らし合わせると
清四郎の家も十分財産のある家だろう。考えられない事は無い。
だが、わざわざ武道に秀でた体力のある男を誘拐するだろうか? 俺ならしない。
同じ金持ちを誘拐するのなら、いかにも弱そうな隣家の野梨子を狙う。
それに、部屋も荒らされた形跡も無い。事件性も、極めて薄い。

そして皆は、何よりも野梨子の事を心配した。
正式な形こそ無かったが、清四郎と野梨子は相思相愛なのだと、誰もが認識していた。
だが清四郎が居なくなっても、野梨子は一向に悲しむ素振りを見せなかった。
「清四郎は、何時もわたくしと一緒に居てくれますの」
そう言って嬉しそうに、二人で植えた紫陽花を毎日のように可愛がった。
清四郎が居なくなった事に拠る、一時的なショックで精神が錯乱しているのだと医者は言った。
「可哀相に。紫陽花を清四郎だと思ってるのね」
可憐は涙を浮かべて野梨子を哀れんだ。

捜索も空しく清四郎は見つからず、七年の月日が流れた――。
「旅行は如何でした?」
俺が一気に飲み干した麦茶の二杯目を、野梨子は持ってきてくれた。
「どうもこうも、あいつ食ってばっかり」
俺が呆れた仕草で両手を広げると、野梨子は再び庭に降り立ち、可笑しそうに笑った。
「悠理らしいですわ」
ひと月前――俺と悠理は婚約した。
本当は高校を卒業してからすぐでも良かったのだが、清四郎の事が気懸かりだったのと
残された野梨子に対しても気兼ねをしてしまっていたのとで、延ばし延ばしになっていた。
清四郎失踪から七年経って、やっと二人とも意を固めて婚約したが
矢っ張り大々的に婚約祝いをする気分までにはなれず、ささやかに二人きりで国内旅行を楽しんだ。
「俺達が泊まった旅館でも、たくさん紫陽花が咲いてたよ」
青い紫陽花やピンクの紫陽花――この庭では見ない、白い紫陽花なんかもあった。
「今まで知らなかったけど、紫陽花って土壌の性質によって、色が変わるんだってな」
旅館の主人は相当花が好きらしく、紫陽花について色々教えてくれた。
「随分、詳しくなりましたのね」
野梨子はふふ、とか細く微笑んで、ピンク色の紫陽花を撫でた。

パツ、パツ――とそこかしこから、音が弾ける。
くぐもった雷鳴が遠くの空で鳴り、少しづつ近づいてくる。
雨が、降ってきた。
「清四郎は、その下に埋まってるんだな」
土が鉄分を吸収すると、青い紫陽花がピンク色になる――旅館の主人は、そう言っていた。
二人が植えたという紫陽花の花は、最初の年は青い紫陽花だった――。
だが清四郎が失踪した次の年――その紫陽花の色は青からピンクに変わっていた。

野梨子は着物のままピンクの紫陽花の側で濡れた地に足を着いて座り、紫陽花を雨から庇うように抱きかかえていた。
「誰にも、渡したくはなかった」
「野梨子――清四郎が好きだったのは、お前だけだったんだ」
今回の旅行中に、俺は悠理から意外な事実を聞いた。
清四郎が失踪する前の月、一旦は破談になった悠理と清四郎の結婚話が、水面下で進められていたらしい。
もちろんそれは本人同士の希望などではなく、いつまで経っても男っ気が無い悠理に業を煮やした
万作おじさんと百合子さんが、脅しの意味も込めて冗談半分で進めていた事だった。
だが前回の事もあり清四郎はそれを深刻に受け止めたらしく、剣菱家に出向き
剣菱夫妻と悠理の前で、自分は野梨子の事が好きだからと、きっぱり断ったという。
その毅然とした態度に深く感動した悠理は、野梨子にこっそり教えてやろうと
買い物を口実に呼び出し、話そうとした。
ところが野梨子は、『結婚話が強引に進んでいる』という
下りまで聞いた途端、耐え切れなくなったのか、最後まで話を聞かないまま悠理の元から走り去ったという。

それが、清四郎失踪の前日の出来事だった。
雨が、激しくなった――。

「もう、何処にも行かせない」
野梨子はずぶ濡れのまま、目を閉じて愛おしそうにピンク色の紫陽花に頬を近づけた。

「ずうっと、いっしょよ――」
紫陽花と一つになるように倒れこみ、野梨子は地に横たわった。

うなだれた紫陽花
まばらに広がった髪
海の色にも似た着物
はだけた素足
――雨は容赦なく、振り注ぐ。


「清四郎は、お前だけを愛してたんだ」
裏口の木戸を開け、俺は傘も差さずに出て行った。


色が無い雨は、いつまでも降り続けていた――。
778名無し草:04/05/13 13:59
以上です。
楽しい企画に参加させていただき、ありがとうございました。
779名無し草:04/05/13 14:07
>770 暗いのと気持ち悪いの
>771 清四郎が、消えた + 野梨子 + 紫陽花

最初の数行で……やっちまったか、野梨子、という感想が出てくる
お約束の展開でしたが、しっかり読んでしまいました。
白鹿さんの雨の庭に咲き誇る紫陽花の色が目に浮かびます。
作者さん自ら暗くて気持ち悪いとおっしゃっていますが、寧ろ綺麗な色の
印象が強いですね。

野梨子がどうやってあの清四郎を殺したのか(そして埋めたのか)
あるいはあの清四郎がどうやって野梨子に殺されたのか(そして埋められたのか)
ちょっと想像がつかなくて困ってます…。
780名無し草:04/05/13 14:41
>血
好きかどうかは別として、たまにこういう作品もあるとアクセントとしていいでつねw
紫陽花の色が土の成分によって変わることを初めて知りました。
勉強になりました。
「血」というタイトルですが、内容と比べてちょっと違和感あります。

>779
>やっちまったか、野梨子
噴射。笑。
781名無し草:04/05/13 14:55
>血
有閑キャラの中でも、清四郎と野梨子は恋の狂気に取付かれられそう。
779さんのレスを見て、清四郎は野梨子に殺されてあげたのか?
などとりとめもなく考えてしまいました。
しかし最後の場面、野梨子は意識を手放し、魅録は清四郎の敵を討ったようにも取れますね。
782名無し草:04/05/13 16:03
多分、あと1作ウプがあると、容量的にその次の作品のウプが
ギリギリになると思うんだけど、どうしよう?
ラストスパートを期待して、早めに新スレを立てておく?
783名無し草:04/05/13 17:31
すごい。
2ヶ月も経たないうちに新スレなんて。
784名無し草:04/05/13 17:46
>782
次のがウプされたらすぐに新スレを立てて、こっちの残りを
感想や雑談に使えばいいと思う。
二作目からは新スレにウプしてもらうようにして。
まゆこスレにテンプレがあるから、スレ立てはすぐにできるでしょ。
次のがウプされた時に居合わせた人が立てるってことで。
785名無し草:04/05/13 17:51
あと24kb余裕あるから、原稿用紙33枚分は書ける。
だから、あと1話と雑談分は十分持つよ
786名無し草:04/05/13 18:12
20万HITおめでとうございます。
競作で野梨子視点の話をうpします。
ですが彼女がアンハッピーな話なので苦手な方はスルーお願いします。

ガラス棚の上には、淡い色調のカットソーが重ねられていた。
その中から、ピンクのボートネックを取り野梨子は身体にあてる。
隣の清四郎は、先ほどから戸惑った顔のままだが、気づかない振りをして、
スカートが並んだラックへ移動した。
その側には、フローリングの床に、ベージュの布製の頭をしたマネキンが
ポーズをつけて立っている。
身に着けている服は、紺色の地に白の小花模様の半そでのワンピースだ。

数日前、幼馴染が買い物につきあってほしいと頼んできた時、
元々夏服を買う予定だったからと、野梨子は快諾した。
先日彼が悠理の服を台無しにしたのを、目の前で見ている。
白地のプリントTシャツに、赤紫の染みが散っていた。
剣菱邸で皆で酒盛りをしている途中、ワインをかけてしまったのだ。
もっとも振り向きざまに、近寄ってきた彼女に接触したという
タイミングの悪い、事故のようなものだったが。
被害を受けた悠理はまるで気にしていないのに、律儀なところのある
幼馴染はきちんと始末をつけないと気がすまないのだろう。
しかし彼女の好みそうな服を扱う店はよく知らなかった。
そして、野梨子はあえて調べるほど親切にはなれない。

ごく近く彼の気配を感じ、スカートに目を向けたまま野梨子は口を開く。
「別に似たような服でなくていいと思いますわ。
清四郎が悠理に似合うと思うのをあげたらいいんじゃありません?」
「それはそうですが……」
少しは一緒に考えてくれないんですか?と非難の表情を見せる。
「わたくし悠理の服はわかりませんもの」
彼は、こんなことならば他の友人に頼むべきだったと思っているだろう。
可憐や美童ならば、からかいながらも親身になってくれる。
憮然とした顔の清四郎の元へ、店員がやってきた。
少し離れた場所で、ふたりのやりとりに耳をすませる。
店員が彼の前に服を数枚並べている。
清四郎はかすかに眉根を寄せていた。
頭の中で悠理に目の前の服を一枚ずつ当てはめているようだ。
彼は彼女にどんな服を選ぶのだろう?
興味を覚えないわけがなかった。
今日一緒に来たのもそのためなのだから。
店員のすすめる服は、なかなか彼の悠理のイメージに合わないようだった。
だんだんと、店の奥へと移動していく。
ふと、今まで店員の差し出す服を眺めるだけだった彼の手がすっと伸びた。
野梨子は目を細める。
彼の背中に隠れて、うすい黄色がちらりと見えた。

店員に見送られ、店を出た。
どんよりとした曇り空からは今にも雨が降りそうだ。
隣の清四郎が左腕に、ロゴの入った白い紙袋を下げている。
その中に何が入っているかは知っている。
淡いレモンイエローのノースリーブ。
四角い襟ぐりに同じ色のレースがついているかわいらしい服だ。
店員が丁寧にたたみラッピングするのを野梨子は見つめていた。
彼はどんな風に、あの少女めいた服を渡すのか。
悠理は、どんな表情を浮かべ受け取るのだろう?
頬に冷たいものが当たった。
乾いたアスファルトが、みるみるうちに黒く濡れていく。
「いそぎましょう」
小走りで駅に向かった。
足の遅い野梨子は、彼の背中を追いかける形になる。
彼は白い紙袋を、雨からかばうように抱えていた。

風はなく、日ざしは穏やかだった。
辺りに植えられた木々は、空へ空へと枝を伸ばし、葉はつやつやと光っている。
昼休み、中庭に面した回廊の柱に寄りかかり、野梨子はぼんやりとしていた。
空を仰ぐと、透けるようなセルリアンブルーに、すじ雲がところどころただよっている。
春の空は、どの季節よりも優しい色をしている。
見つめた後、目をとじた。
まぶたを通してあたたかさが伝わってくる。
「野梨子」
影がさし、悠理の声が降ってきた。
彼女は野梨子を覗き込み、手には一輪の花を握っている。
「これ、やるよ」
たんぽぽ、だった。
「あっちに咲いてたんだ。前に好きだって言ってたよな」
彼女は指差す。
パンジーの植えられた花壇の下、赤い煉瓦と芝生の間から
ギザギザの葉をした草が無理やりに生えていた。
庭師が入り、手入れの行き届いた中庭では珍しい。
「ありがとう」
太陽の光をわけてもらったような色あいに、自然と顔がほころぶ。
細かい花びらがびっしりとつまっているさまは、花火のようで、
目にすると、ぱっと心に火がともったような気がする。
そのあたたかなイメージは広がって、目の前の悠理と重なった。

きっと同じイメージを、清四郎も抱いている。
脳裏に、いつも眩しげに彼女を見つめる視線、
そしてレモンイエローの服がよぎる。
そういえば、彼は悠理にあの服を渡しただろうか。
悠理の趣味のデザインとは思えなかったが、
彼女は一度くらい袖を通しただろうか。
疑問を口にすると、途端、悠理の頬が真っ赤に染まった。
「なんで野梨子が知ってるんだよ!」
「一緒に買いにいきましたから。
……いえ、でもあれは清四郎がひとりで選んだんですのよ」
文句を言われてはかなわないので、野梨子は言葉をつけたす。
「……あんなの着れるかぁ」
あたいに似合うわけないし、大体アイツが選んだ服を
なんであたいが着なきゃなんないんだよ。
アイツあんな服買ってきて、からかってんのかよ。
悠理はぶつぶつとつぶやいている。
「野梨子。みんなには内緒だぞ。
無理やり着せられたらたまんないからな」
悠理は野梨子の肩をつかんで念押しすると、まだ赤い顔のまま
走り去っていった。

いつのまにか、べっとりとした白い汁がついている。
野梨子は手のひらに目を落とした。
ちぎられた茎の先はひしゃげていて、ねばつく液はそこからにじみ出ている。
ぴんと張りつめていた花びらは、なんだか少ししおれているようだった。
先ほどまで、いきいきと咲いていたのに。
野梨子は花を手のひらで包み込むようにしたが、
弧を描いた茎が、うなだれるように見えただけだった。

花壇には、瑠璃色のパンジーが行儀よく咲いていた。
その前に座り込み、野梨子は煉瓦に張りつくように生えた草を見つめる。
茎はまだ二本残っていて、ひとつはまだつぼみだった。
もうひとつには、半分散りかけた綿毛がついている。
その周りをぐるりと囲んで、やや乾いた感じのする緑の葉っぱが、
放射線状に広がっている。
生徒会室の戸棚の中には、ガラスの一輪挿しがあった。
透明で、ふちに紺のラインが入ったシンプルなもので、
素朴な野の花に似合うと思っていたのだが。
野梨子は、葉の上に途中から無残に折れてしまったたんぽぽを置いた。
元通りになるわけではないが、黄色い花は、少し息を吹き返したように見えた。
周りの黄緑色の芝生が、日の光を浴びつづけているせいか、
白っぽくなっている。
数日たてば、たんぽぽは、かさかさに干からびてしまうだろう。
それでも、明るい日差しの中でたんぽぽは微笑んでいるようだった。
野梨子はしばらく花を見つめていたが、やがて背を向けその場を離れた。

夕暮れ時、とうとう文字が読みづらくなり、野梨子は本をとじた。
向かい側の席で、魅録が頬杖をつき、まぶたを閉じている。
十分ほど前に可憐が出て行き、生徒会室はふたりきりになっていた。
彼の耳元から黒のコードが伸び、かすかに音がもれている。
邪魔をしたいわけではなかったが、
「魅録」
名前を呼ばれ、彼は薄目をあけてイヤホンを外した。
野梨子は真っ直ぐに彼を見据える。
「魅録、お話がありますの」

清四郎が悠理へ服をプレゼントしたこと。 
それは、きれいなレモンイエローのかわいらしい服だったこと。 
そして最近、悠理を特別な目で見ているように感じること。

野梨子が口をつぐむと、しばらく沈黙が続いていた。
「野梨子は」
彼はようやく口火を切った。
「……清四郎のことが好きなのか?」
「そう…かもしれませんわね」
野梨子は曖昧に答える。

魅録に指摘された通り、清四郎のことは好きだった。
幼い頃から、彼の望むような女性になりたいと願ってきた。
その願いのためか、それともずっと近くにいたためか、
彼のいない人生など考えられない、と思ったことさえある。
骨の髄まで彼の影響を受けてきた、と言えるだろう。
彼が自分のことを幼馴染以上に見ることはない、そう悟った今も、
清四郎の影は野梨子から消えることはない。

野梨子はうすく笑った。
「あのふたりがつきあうようになったら嫌なんですもの」
魅録もそうじゃありません?――含んだ視線を送ると、彼は目を逸らした。
彼が清四郎と同じ目で悠理を見ていることに、野梨子は気づいていた。
「嫉妬するくらい好きなら、アイツに言ったらどうだ?」
魅録が抑えた声で言う。
(……嫉妬?)
ああ、そういう気持ちもあるかもしれない。
心の中でつぶやく。
でも、どちらに嫉妬しているというのだろう?

幼馴染が悠理を想う気持ちが真剣なものであることも、
どんな風に彼女に惹かれているかも野梨子にはわかっていた。
けれど。
(……悠理まであなたのものにしないで)
考えるたびに、胸がきしむ。
彼の想いがかなえば、
本人が望まずとも、知らぬうちに彼女を歪めてしまうだろう。
正反対の彼女を愛すると同時に、彼は必ず反発もおぼえる。
きっと少しずつ彼女を変えていってしまう。


窓の外には月が出ていた。
半月よりも少しふくらみを帯びた姿が白い光を放っている。
窓辺に近寄ると、校舎は濃紺の闇に沈んでいる。
ガラスに魅録がうっすらと映っていた。
「わたくしには、悠理は魅録の側にいる時が、一番楽しそうに見えますわ」
野梨子の言葉に、彼の表情が揺らいだ。
本当は、彼女に誰かと恋に落ちて欲しいわけではなかった。
だが、変わらないでいることが不可能だともわかっている。

野梨子は、悠理の輝かんばかりの笑顔を思い浮かべた。
ただ、その姿を見るのが好きだった。
いつも、こんこんとエネルギーが湧き出ているような彼女を、
目にするだけで、心があたたかくなった。
そう、自ら光を生み出す彼女に憧れていた。

どうか彼女は、彼女らしく伸びやかなままでいてほしい。
祈らずにいられない。
かなわないのであれば、
せめて、彼だけには――
清四郎だけには彼女を変えられたくない。

野梨子はきゅっと唇を引き結び、振り向いた。
魅録を見つめ、彼が口を開くのを待つ。
窓からしっとりとした夜気が忍び寄ってくる。
背中越しに月の光が強さを増すのを感じる。
冷ややかな光は野梨子に悲しいほどに馴染み、深く身体に染みとおっていく。

 <終>
797名無し草:04/05/13 18:50
>ダンデイライオン
清四郎と悠理に対する野梨子の微妙な感情がいい!

そろそろ次スレ立てかな。
800ゲッターさんがちょうどいいんじゃない?
798名無し草:04/05/13 18:53
>ダンデライオン
野梨子の心情をとても丁寧に描いてあって、
じっくり味わいながら読ませてもらいました。
清四郎に愛情を持ちながらも、相手を変えて
しまうという彼の性癖を冷静に見つめている姿が、
好ましくも物悲しく感じられてなりません。
うまく言えませんが、心にじんわり染みてくる
お話だったと思います。

>797
競作最終日だし、ウプしたい作家さんがいて
待たせてしまったら悪いから、立ててみます。
799名無し草:04/05/13 19:04
新スレ立てました。
今後の作品ウプは新スレ、今までにウプされた作品への
感想や雑談は旧スレでドゾー。

◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう21◇◆◇◆
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1084442209/
800名無し草:04/05/13 19:16
>799
スレたて乙でした。
新スレの9ですが、ごめんなさい!感想あっちに書いちゃいました。
まだこっちが残ってるのにごめんなさい。
801名無し草:04/05/13 19:29
>800
目安として書いただけだから、お気になさらず。
802名無し草:04/05/13 19:40
>800
いや、保守しないと落ちちゃうから、いいんじゃない。
803名無し草:04/05/13 19:44
>802
難民は即死判定ないから大丈夫だと思うよ。
でも向こうがテンプレだけでレスが全然ないと寂しいから、
ちょうど良かったんじゃない?

さてさて、まだ書いてる作家さんは居るのかな。
リロード厨になってしまいそうだw
804名無し草:04/05/13 21:38
>ダンデライオン

そっかそっか、野梨ちゃんは清四郎ちゃんが好きなのね〜、って
読んでたら少しばかり意外な展開になり、やられたと思いました。
文章にも無駄がなく、野梨子の複雑な心情も、すっと心になじみました。
余韻の残るラストもよかったです。
805名無し草:04/05/13 22:47
「薔薇色の憂鬱」を書いたものです。
遅ればせながら、>728・6行目の「雅臣」は「柾臣」の間違いでした。
訂正させていただきます。
730様、ご指摘ありがとうございました。

また「ああ薔薇色の人生」の作者様もお気遣いレスありがとうございました!
806名無し草:04/05/13 23:07
>ダンデライオン
複雑な野梨子の心境は奇妙にも思えますし、頷けるような気もします。
悠理への憧れと清四郎への思慕と二人から望まれない歯がゆさとが
入り混じって、少し意地悪い心持ちになっているのかな。
何にせよとても繊細なタッチのお話でした。
次回作楽しみにしてます。
807名無し草:04/05/14 00:19
競作一週間これでおしまいかな?
今回ほんと豊作で(豊作さん主役はなかったが)、作者様方お疲れ様でした!&ありがとうございます!
808名無し草:04/05/14 00:21
楽しかったお祭りが終わってしまいましたね…。
連夜の怒濤のUpにそわそわしっぱなしだったので、反動がつらそうです(苦笑)。

お題「色」にふさわしい、色とりどりの素晴らしい作品を読ませていただきました。
作者さま方、お疲れさまです。ありがとうございました。


ただひとつ気になるのは、絵版です。これから何作品か見せていただけるのかな?
809名無し草:04/05/14 00:42
終わってしまいましたね・・・(脱力)
正直ここまで盛り上がるとは思っていなかったのですが
毎日、複数の作品が読めて夢のようでした。
作者様方、お疲れ様でした。ありがとうございました。

また連載が再開されるのも楽しみです。

>絵板
私も気になってます。今のところ1点だけですよね。
810名無し草:04/05/14 01:38
>808-809
もう寝ちゃったかな・・・
嵐さんのところに直接ウプされてるよ。新スレの43参照。
811名無し草:04/05/14 22:44
保守しとく
812名無し草:04/05/15 16:34
1日1保守で、少しの間残しておく作戦w
813名無し草:04/05/16 21:15
1日1保守再びw
814名無し草:04/05/17 20:45
あと2、3日残しておくかな。
815名無し草:04/05/18 16:21
今日も保守。
816名無し草:04/05/19 18:50
あと1回だけ保守。
817名無し草:04/05/20 19:51
もうちょっと残しておくかな。
818名無し草
400番台おわりからのお祭りUpラッシュ…ここは本当にいいスレッドでしたねぇ。